「これと……これ、くださる?」
いつものように糸と綿を求められ、霖之助はその量を確認して算盤を弾いていく。
アリスも香霖堂の得意客の一人ではあるが、所狭しと並んだ品の物色はほとんどしない。
結界の外から入ってきた人形が入荷してあればそれを求め、普段購入するのは糸や布・綿などの材料、あとは紅茶くらいだ。
なのでそういった物をまとめておいた一角は、ほぼ彼女専用のコーナーとなっている。
今日も例に漏れず、その一角へ直進して目的の物を選び出していた。
「と、このくらいでどうかな」
「……安くしてくれるのはありがたいんだけど。
いくら何でも半値ってのはおかしいんじゃない?」
算盤が示す数字を見て怪訝な表情をするアリス。
数少ない「支払いをする客」に対してこの値引きは裏があると見られても仕方のないことだ。
「年末だからね。
貴重なお得意様への感謝……と、日頃魔理沙がお世話になっているお礼も含めて」
「……ああ、とりあえず納得はできたわ」
売った品を袋にまとめると、次いでサービスだよとお茶を淹れる霖之助。
何か話をするという合図なのか、単純に言ったとおりのサービスなのか。
どちらにせよ客一人にかまける程度には暇であるらしい。
必要な材料は揃ったし、お茶を飲む程度の時間を惜しむほど急ぐわけでもない。
せっかく値引きまでしてもらったのだから少しくらいは付き合おうか。
座れそうなスペースを探し、アリスは腰を下ろして湯飲みを受け取った。
「実際の所、魔理沙のことで君には本当に感謝しているよ。
僕は一緒に戦うどころか、並んで飛ぶことすらできない身だからね」
「そんなの私じゃなくてもできるじゃない。
第一、一番大事な諫める役はあなたがやることじゃないの?」
アリスは、魔理沙が自分の忠告を素直に聞いたためしなどほとんど無いと認識している。
例えば霧雨邸を訪れるたびに「少しは片付けろ」と繰り返しているのだが、訪問を繰り返すごとに家の中は乱雑になっていく。
見かねて勝手に片付けてやろうとしたら配置を崩すなと怒り出す。
なら貸した本を今すぐ返せと言ってみれば探すのに小一時間かかったりしてケンカになる始末だ。
魔理沙の耳に入る諫言ができるのは肉親くらいだろう、と。
「僕は魔理沙を生まれた頃から見ているし、彼女の境遇も知っているから。
どうしても甘くなってしまって、なかなか強く言えないんだよ」
魔理沙の境遇。
小さい頃に父親に勘当されたとか言ってたっけ、と思い出す。
近くにいた者としては同情のような気持ちが入ってしまうのだろうか。
アリスにとっての「魔理沙の過去」は霊夢とともに魔界に乗り込んできて暴れ回ったアレが一番古い記憶だ。
同情するところなどカケラも無いし、その件自体は今となってはもうどうでもいい。
霖之助は「やはり君の方が向いてるよ」とお茶をすする。
「僕はまあ兄の役くらいしかできないが……。
その点、君なら甘やかす母親、世話を焼く姉、たしなめる先輩、対等の友人、競うライバルと臨機応変に──」
「ちょっと、私一人に何役させる気? どんな貧乏劇団よ」
だいたい他はまだしも母親代わりはないだろう。
アリスは魔法使いであるが、まだ成り立ての身で年齢は外見相応だ。
魔理沙にややマザコンの気があるのは事実だが、だからと言って同年代を母親代わりにするのはどうなのか。
別にアリスは甘えてくること自体を嫌っているわけではない。
むしろそういうときは可愛げがあるので、いつもより好ましく思えるくらいだ。
すり寄ってくる魔理沙は子猫みたいなので、さしずめ私は飼い主……とまで考えたところで頭を振って思考の飛躍を吹き飛ばす。
「じゃあ霊夢でいいじゃない。
私より付き合い長いんだし、魔理沙のことだってよくわかってるでしょ」
「あれだけ密度の濃い付き合いをしていれば、さしたる差じゃないよ」
ぐっ、と返す言葉に詰まる。
家が近けりゃ顔を会わす機会は当然多い。
些細なことで言い争ったり、採集でかち合ったり。ケンカばかりかと思えば、一緒にお茶したり食事するのも文字通り日常茶飯事だ。
異変の解決で一緒に戦ったこともあれば、同じベッドで眠ったことすらある。
魔法使いは研究内容を秘匿するのが普通だけど、数日間こもって共同研究することだってあった。
何かにつけて弾幕し、相手の動きを研究していればクセや考え方まで自ずと頭に入ってくる始末。
ここ最近はアリスが外に出ないときでも、向こうからやってくることが多くなった。
こうして列挙すればするほど、霖之助の言葉を肯定する材料が出てくるばかりだ。
「それに霊夢はよほどのことがない限り、他人の生き方に干渉しないタチだ。
さらに言うなら、魔理沙にとって彼女は背中を追う目標のような存在だろうからね」
「だから私に隣を歩けって?
あいにく、いつも全力疾走してるあいつは私なんかすぐに追い抜いていくわ」
「君も立ち止まっているわけじゃなし、それはないと思うがね。
まあもしもそうなったら──走り疲れたときに背中を支えてやってくれることを願うよ」
人の良さそうな笑みを浮かべながら「もちろん、隣にいるときでもたまには肩を貸してやってほしいな」と。
やはり魔理沙の知り合いだけあって、この店主も善良とはほど遠い人種だ。
あの程度の値引きの代わりに大変な役回りを押し付けられたような気がする。
割り引されて割に合わないとはシャレにもなってない。
冷めかけたお茶をぐっと一気に飲み干してやる。
「はぁ……、ずいぶんと高い買い物にされたわね……。
ご馳走様。もう値引きには安易に応じないよう心がけることにするわ」
さっさと帰れば良かったと愚痴をこぼすアリス。
湯飲みを置いて立ち上がり、戸口へ向かう背中に声がかかる。
「メリークリスマス。良いお年を」
「いったいどの口でメリーとか言えるのよ、あなた」
アリスが出て行ってすぐにずしん、と一つ大きな揺れ。
何事かと思って霖之助が外に出てみれば、近くの立木にくっきりとブーツの跡が残されていた。
特に関係のない話だが、十センチほどへこんだ足形の中心にはラフなタッチで眼鏡の男の顔が描かれていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「今年ももう年末、早いもんだなー。
その前にクリスマスか」
昼食に出された蕎麦をずずっとすする。
萃香が年越し蕎麦を打つ練習とか言い出してこれまた大量に作ったらしい。
現在博麗神社の主食にして主菜は三食蕎麦だ。
「余所の神サマの誕生日なんぞ、うちの神社には何の関係もないんだけどね。
ハロウィンとかもそうだったけど、結局は宴会するための口実でしょ」
ずびずばーと豪快な音を立てて蕎麦の滝が逆流していく。
しかしどてらで炬燵に潜って蕎麦を飲み込む少女も、あまり神社に関係するものには思えない。
この霊夢からは巫女成分がさっぱり見て取れないのだ。
何でも昨日おみくじ作って疲れたから今日は休みとか。適当極まる。
「明日、私はレミリアにパーティー誘われてるからタダ飯食いに行くけど。
あんたも招待されてんでしょ?」
ああ、ちょっと前に図書館行ったときにパチュリーがそんなこと言ってたっけ。
宴会は大好きだし、当然参加だ。
熱さの残る出汁をすすってお椀を置く。
「ご馳走様っと。
んー、そだな。みんな集まるんだろうし、特に断る理由も──」
「咲夜が言ってたけど、アリスは遠慮するってさ。
やることがあるし、どうせ年末にまた集まるんだろうからって」
「──ああ、私も用事を思いついた。パスだって伝えといてくれ」
にやにやしながら言った霊夢の顔が、すぐにあきれた様相に変わっていく。
そしてはぁと一つ大きいため息を吐いた。
「何かもうわかりやすすぎて、逆にからかいづらくなってきたわね……」
「カウンターを取れる防御法だぜ。便利だろ」
食事も終わり、霊夢がお茶を淹れ直してくれる。
熱々の湯飲みに口を付け、迫るクリスマスについて考えを巡らせる。
「しかし行くのはいいとしても、手ぶらで押しかけるのも芸がないな。
せっかくのクリスマスだし、何かプレゼントの一つも用意した方が……」
「本泥棒に精出してるやつがよく言うわ」
少しは協力してやろうかなー、とか思わないのかこいつは。
まあもともと霊夢は他人の色恋なんぞにさして興味が持てないようで、
協力や応援をするよりは「なるべく邪魔しない」が基本スタンスだ。
「体にリボン巻いて『私を好きなように操って』とかやったら? バカっぽくてあんたらしいんじゃないの?」
「……放置されて風邪引くのがオチだな」
それよりも万一本気にされでもした日には霧雨人形のできあがり。
人形であるからには大事にはしてくれるだろうが、本末転倒と言わざるを得ない。
ダメ出ししたらしたで「あなたの糸で私を縛って」の方がいいかしらとか言い出した。
やはり霊夢ではまるで頼りにならん。
「あのな、そういうのは自分がやられて喜ぶかどうか考えろ」
ふむ、と顎に手を当て考える霊夢。
程なく柿を食ったら渋柿でした、みたいな感じの渋い顔になった。
「確かに。もしも紫がそんな真似してきたら純粋に気持ち悪いわね。
リボンだけもらって蹴り出してから結界張るわ」
真顔で答える霊夢。わかってもらえて何よりだ。
「ああ、でも早苗くらい甲斐甲斐しく世話してくれる子ならうっかりもらってしまうかも──」
と思ったら葛藤しだした。
恐らくは自らの財政事情と一人食い扶持が増えることの板挟みになっているのだろう。
奇跡的な心変わりでもあって早苗がここに住み出すようなことがあれば、まず神様二柱も付いてくる。
そうなれば参拝者は増えるし財政も潤うと思うが。
ぐっとお茶を飲み干す。
悩める霊夢を残して、私は神社を後にした。
箒を飛ばす私へと吹き付ける、身を切るように冷たい冬の風。
やはり寒いのは苦手だ。
「もらって喜びそうなもの、か……」
人形、これはまず無理だ。
人形遣いアリスの名は十分に通っており、珍しい人形でもあればその情報はすぐにアリスの知るところになる。
魔導書やマジックアイテムの類……、と家にあるめぼしい物をリストアップしてみる。
ダメだ。家にある魔導書で貴重と言っていいレベルのはだいたいパチュリーかアリスの持っていた物。
……アリスの魔導書は異変解決の報酬としてもらったものだ。念のため。
そしてマジックアイテム。
蒐集でぶつかって取り合ったり、協力体制で遺跡を探索して山分けにしたり、そんな出自がほとんど。
そんなもんプレゼントにするアホはいない。
普通に年頃の女の子ならアクセサリーとか喜ぶんであろうけど。
思い返してみても、アリスがカチューシャやリボン以外を身に付けてる記憶はない。
わりと優雅な生活してるのに、そういった物を付けてないのは特に興味ないからだろうか。
それに飾る物なんか無くても十分だし。
眼下に広がる魔法の森。その入り口にたたずむ古びた家。
ううむ。あいつは正直霊夢より頼りになりそうにない。
それよりは……と頭の中で知り合いの顔をたぐり、他のアテを考えてみる。
これでも幻想郷中を飛び回っている身、交友範囲の広さなら指折りのはず。
……三十人くらいを超えたところで、悲しいことにこういう相談ができそうな人材にほとんど心当たりが無いことに気が付いた。
早苗くらいかな、と思い当たっても常に余計な神がくっついているから相談しづらい。
さらに妖怪の山はネタに飢えた天狗のテリトリーだ。鴨がネギしょって居酒屋の入り口を叩くようなものである。
と言うか幻想郷には日々退屈してどう遊ぶかしか考えてない輩が多すぎる。私もあまり人のことは言えないが。
閑話休題。
まあ珍しい物だけはある場所だ。
良さげな物があるかもしれないし、物色してる内に何かひらめくものがあるかもしれない。
ささやかな期待を胸に、私は店の前へと降り立った。
「──と思ったが、やっぱガラクタばっかだな」
「ここには君が拾ってきた物もかなりあるんだがね」
「そりゃガラクタだから押し付けたのさ。私が欲しいもんなら持って帰ってるぜ」
「ふん、君にとってはガラクタでも価値がわかる人にはわかる物だってあるんだよ。
だいたい来るなり店の中を引っかき回して、何のつもりなんだい」
馴染みの店主──倉庫番と言うべきか──香霖にも事情を話す。
香霖も霊夢と同じく私のことをよく知る一人だし、話しても特に問題ない。
話を聞いた香霖は指で眉間を押さえ、
「……一応聞いておきたいんだが。
もしも何かめぼしい物があった場合、いつものように持って行くつもりだったんじゃないだろうな」
「いや普段ならともかく、さすがにこういう時のプレゼントでそれはないぜ。
まあ結局、これって物は特に何も無かったわけだが」
結局のところ、ここにあるのはガラクタと珍品の境界線上にある物ばかりだ。
どれだけ珍しかろうと興味ない物はガラクタにしか過ぎない。
アリスは蒐集家を名乗ってはいても、私のように手当たり次第に集めているわけではなく。
また集めて終わりではなく、道具は使ってこそ意義を持つと言うタイプなので興味のない物には全然かまわないのだ。
以前一緒に遺跡に潜ったときも、検分した後に一割ほどを取って残りは全部私にくれたこともあったりした。
さて、そうなると困った。何を渡せば喜ぶのだろうか。
魔法使いというのは出費の激しい生き物である。研究には当然先立つものがいるし、私の場合は生活にも必要だ。
自然、予算というものも限られてしまい、あまり値の張る物に手を出すことはできない。
「──魔理沙、賢者の贈り物という話を知ってるかい」
悩む私に香霖が声をかける。
練金術がどうしたと問う私に、違うよと話し始める。
あるところにとても仲の良い夫婦がいた。
夫には祖父の形見の金時計、妻には美しい髪と貧しいながらも宝と言える物があった。
そして訪れるクリスマス。
愛する人に何かプレゼントを贈ろうと思っても、貧しい二人にはそんなお金もなかった。
そこで妻は自分の髪を売り、夫の金時計にぴったり合うチェーンを買い求めた。
帰ってきた夫は妻と彼女の買ってきたプレゼントを見て驚いた。
夫は妻の髪に合う櫛を買うために金時計を売っていたのだ。
「何だそりゃ。結局お互いプレゼントは無駄になったのかよ」
「聖書を元にした話だからね。
お互いの大事な物を手放しても相手に贈り物をしようとした奉仕の精神を讃えているんだろう」
正直、あまり参考になりそうにない。
アリスの大事なもの、たとえば人形を手放してでもというのはまず無い。
私だって八卦炉と交換と言われちゃさすがにうなずけないし。
そもそも「他人のために自分の資産を手放すなんて魔法使いがすることじゃない」とか言うだろう。
「まあ月並みなことだが、心の交換が大事じゃないかと言う話さ。
それに珍しい物なんてしょっちゅう取り合いしているだろう」
「そりゃそうだが。心の、なぁ……」
「ううむ、でも君の場合はいつも通りに振る舞った方がまだマシな結果になるかな。
気取ってみたところですぐ化けの皮がはがれるに決まってる」
助言したいのか、けなしたいのかどっちなんだ。
「もういいや、そんじゃ後は自分で考えるよ。邪魔したな」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
出ようとした私を香霖が呼び止める。
私を待たせたまま店の奥に入っていき、瓶を手にして戻ってきた。
日本酒以外にはあまり詳しくないが、とりあえずワインなのはわかる。
「僕からのクリスマスプレゼントだ。
どうせ君の家には日本酒しか転がっていまい」
「へぇ、案外気が回るんだな。このぶんならその内モテるようになるかもしれないぜ」
「余計なお世話だ。一応、上手く行くようには祈っておこう」
もらった酒瓶を帽子の中へ突っ込んでおく。
こいつは当日のお楽しみ。それより先に考えをまとめておかなければ。
霊夢も香霖も、二人の口から出たのは「私らしく」とか「いつも通り」とか。
あいつらめ、私にゃロマンチックとか無縁だとでも言いたいのか。
まあ普段の私を知ってるアリスのことだ。歯の浮くような台詞でも口にした日にゃドン引きするのは想像に難くない。
結局のところ、特別な日であろうがいつも通りの延長でいいのかもしれない。
一緒に飲んで、たわいない話をして、それで帰るときに笑っててくれりゃ十分なんだろう。
財布の中身を確認する……が、やや心許ない。
幸いまだ丸一日以上の時間はある。慧音あたりにバイトの相談でもしてみるか。
方針も決まって足取りも軽く、私は人里へ向けて進路を取った。
そして二十四日。
「ちと遅くなっちゃったな……」
魔法の森上空を飛ぶ現在は夜八時頃。
一仕事終えて、買い物までしてたらこの時間だ。
夕方からパーティーを始めた紅魔館では宴もたけなわといった頃だろう。
まあかまわない。今日は一緒に飲んでプレゼントを渡したら帰るつもりだ。
アリスもやることがあると言ってパーティーを断ったんだし、家にいるだろう。
長く邪魔するのは無理でも、小一時間くらいなら休憩がてらに付き合ってくれるかなと思う。
見えてきたマーガトロイド邸にはうっすらと明かりが灯っている。家にいるのは確かなようだ。
ドアの前に降り立ち、いつものようにノックする。
しばらくしてドアが開き、アリスが顔をのぞかせた。
「はーい……って魔理沙?
あんたパーティーに行ったんじゃなかったの? うちには何もないわよ」
「心外だな。私は飲み食い目的で宴会に行ってるわけじゃない。
みんなと飲むのが楽しいから行ってるのさ」
私の言葉にけげんそうな顔をするアリス。
「だったらなおのこと意味がわからないわ。みんな紅魔館に行ってるじゃない」
「私にとっちゃこっちの方が楽しいと思ったから来たんだよ。ここまで言わせないでくれ」
アリスの動きが一瞬止まる。髪の間からちらりと見えた耳が少しだけ赤い。
どうやら予想外だったようだ。
アリスは相手の行動をある程度予測して、冷静な対応を取ろうとする。
そのぶん、想定外の事態には一瞬対応が遅れるのですぐわかるのだ。
私の行動パターンはかなり読まれてるんで、こういうことはなかなか無いんだが。
「あ……、えと……、風が入るからとりあえず入っていいわ」
「んじゃ、お邪魔させてもらうぜ」
アリスに促されて家の中へ。室内はいつもと変わらない様子だ。
用事でパーティーの参加を断ったんだから、一人でやってるわけもない。
「やることがあるらしいけど、少しくらい付き合ってくれよ。
酒も持参だぜ、香霖からのプレゼントだが」
私が見せた酒瓶にいささか驚いた表情を見せるアリス。
と、そこで昼から何も入れてない私のお腹が小さく鳴った。
「夕飯食べてないの?
私もまだだから少し待ってて。たいした物はないけど、何か用意するわ」
そう言ってアリスは人形を数体連れてキッチンに向かう。
手数の多さはさすがのもので、二十分ばかりでできあがったようだ。
焼き立てのパン、スープにサラダ。オーブンから取り出したローストチキンを切り分けて皿に取っていく。
これだけあれば十分だろ。
一通りの料理が並んだテーブルについて、持ってきたワインを開ける。
グラスに注がれる葡萄色の液体。
「乾杯と行くか」
「何に?」
「んー、別に私らキリスト教徒でもないな。んじゃ、静かな夜にってことで」
「あんたがいると全然静かになる気がしないんだけど……はい、乾杯」
チン、とグラスが澄んだ音を奏でる。
せっかくのもらい物なのでゆっくり味わうか、と鼻を近づけグラスをくるりと回す。
立ち上る香り。ワインはあまり飲み慣れちゃいないが、こりゃそこらの安物じゃなさそうだ。
グラスに静かに口を付けて傾ける。
うお、何だこれ。いつも飲んでるような酒とは比較にならん。
アリスの方も香りを楽しんで珍しく陶酔しているようだ。
「霖之助さん、商売する気あるのかしら……。
いくらプレゼントだって言っても、こんなものタダであげるなんて」
「確かにこりゃいかんな。
こんな味覚えちまったら酒代が高くついてかなわないぜ」
「あまりお勧めしないわよ。
あんたが普段飲んでる安酒なら、これ一本の値段で百本以上は軽いから」
マジか。
香霖のやつも価値がわかってないわけはないし、よくくれたなそんなもん。
あの店が趣味の産物なのは今に始まったことではないが、さすがにあきれそうだ。
「冷めないうちに食べちゃいましょ。
こんなの飲んじゃったら全然釣り合わないけど」
もう少し凝った方が良かったかな、とスープを掬う。
アリスも料理の腕前は十分高く、やろうと思えば咲夜が作るような華美な一皿もできるだろう。
以前にそのことを聞いたら、
「私が食事を取るのは精神の安定のためよ。
気を安らげるために食事を取るのに、ドレス着て食べるようなもの作らないわ」と。
それはそれでいいか。
私は和食派だけど、アリスの作る料理は家庭的というか落ち着く味がして好きだ。
料理をほおばる私の顔を見て、アリスは嬉しそうに微笑んだ。
食事も終わって、片付けも後回しに。
私たちはソファに並んでワインの残りを空けていた。
やることがあるんじゃないのかと思ったが、何も言ってこないならもう終わってるんだろうか。
肩が触れないくらいの距離。今日はこれくらいがちょうど良い。
「にしても、何であんたとこうやって落ち着いてるのかしらね。
こっちで会った頃は顔会わせるたびにケンカしてて、犬猿の仲とか言われてたのに」
「ケンカは今でもやってるだろ。
別に犬と猿が不倶戴天の敵ってわけでもなし。それじゃ桃太郎のお供は務まんないぜ」
採集で生きる猿と縄張りを守る犬。
生活スタイルや考え方が違うことを、お互い知らないから警戒しているだけだ。
互いの性格を理解して、付き合い方がわかってくりゃ不思議でも何でもない。
ワインも空いたし、そろそろお開きかな。
帽子からラッピングされた紙袋を取り出し、アリスに渡す。
「マリサンタからのプレゼントだぜ。後で開けてくれ」
実に意外そうな顔だ。
そんなに私から物もらうのがおかしいか。
まあ一緒に飲んでプレゼント渡せたので、今日のミッションは終了だ。
「それじゃ私はこのへんで──」
「待って、魔理沙」
帰ろうとした私をアリスが呼び止める。
振り向いたら、首の回りにふわりと何かが巻き付いた。
肩から胸元くらいを覆う暖かいケープ。
「さっき出来上がったからプレゼント。
地底に行くときにあげたのはダメになっちゃったでしょ」
間欠泉が湧いた騒ぎで地底に行ったときにアリスからもらったケープ。
やる気も上がって快進撃をしたものの、地獄の熱気と激しい弾幕に晒されて事件が片付く頃にはぼろぼろになってしまっていた。
嬉しかっただけにショックも結構大きかった。
「前のは私のお古だったけど、今度はちゃんとあんたのサイズに合わせたから。
魔力編み込んで織ったから前のよりはだいぶ丈夫なはずよ」
さっきできたってことは、パーティーを断ってまでやってたのってこれのことなのか。
やばい。超うれしい。
今すぐみんなに見せびらかして回りたいくらいだ。
「あんたがパーティーに行ってる間に届けておこうかと思ったんだけど。
うちに来たなら二度手間になるのもバカらしいしね……って聞いてる?」
「わっ!?」
頭が舞い上がってたところに、気が付いたらアリスの顔がすぐ目の前に。
反射的に抱きついてしまった。
アホか私。普通は驚いて飛び退くところだろ。
「えっと……いきなり何?」
「か、感謝の印と……、今のバカ面見られないように……かな」
もう少しマシな返し方できんのか私。
しどろもどろになる私の背中に、アリスの腕が回ってくる。
「変な顔して飛んで行かれても困るし、私も押さえといた方がいいみたいね」
たっぷり十分ほどそのままで。もうこの暖かさで年越せそうだ。
アリスから離れて余韻を味わってると、がさがさと紙の音が耳に入る。
しまった。「後で」じゃなく「私が帰ってから開けてくれ」と言うべきだった。
止める間もなく、アリスは中の物を取り出していた。
「……何これ」
アリスの温度が急激に冷えていく。
両手の間にある物はふんだんなレースで三角形でおまけに黒。
ついでに紙袋の中にはそれと一対になる物が入っている。
「釈明させてもらえると嬉しいな」
「……どうぞ」
本当は渡してすぐ帰るつもりだった。
私が帰った後で紙袋を開けたアリスはそれを見て、「ホントに魔理沙はバカなんだからぷんぷん!」
……と、いつも通りのバカな日常って感じでオチを付けようと思ってたのだ。
それがアリスからもプレゼントがあり、なおかつわりと良い雰囲気になるなどとは想定してなかった。
「ふーん……、じゃあ望み通りのオチを付けてあげるわ」
すぅぅ、と大きく息を吸うアリス。
一応耳を塞ぐが、あまり効果はないと思う。
「こぉの、ばかまりさぁぁぁぁぁっ!」
大音声は、静かな魔法の森を揺るがすほどに響き渡った。
「ん……」
ふと、夜中に目が覚めた。体感だが日付が変わる頃だろう。
あの後、結局泊まってしまった。
したたかに引っ張られた頬はようやく痛みが引いてきたようだ。
隣を見ればベッドの半分が空いていた……が、まだ少し温かさは残っている。
私の目が覚めたのも、トイレか何かに出て行った物音にでも気が付いたんだろう。
そんなことを考えてたら私の方もちょっとお花を摘みたくなってきた。
酒を飲んだのに寝る前行かなかったっけ、などと寝ぼけ気味に考えながら寝室を出る。
トイレに行く途中、廊下に明かりが漏れていた。
ここ何だっけ、とのぞいてみる。
「げ。何でぴったりなのよ……」
ああ、脱衣所だっけ。
「あ」
「え……?」
くるりと鏡に背を向けたアリスとばっちり目が合った。
雪のように白い肌に黒いレースが綺麗に映える。
「よ、良く似合ってますわ……?」
「お褒めいただきどうも。どうしてサイズまで合ってるのかしらね」
にっこりと笑うアリス。
白い手のひらに、オレンジ色の光が輝いた。
目が覚めたら朝だった。
何かすごく良い夢を見た気がするが、微妙に曖昧な記憶しか残っていない。
なんとか思い出そうとしてみても肝心な所がぼやけた感じだ。
うむむ、とうなってるところへ戸口からアリスが顔をのぞかせる。
「魔理沙、朝よ──って何だ、起きてるじゃない」
私が起きているのを確認すると、すぐ朝食にするからときびすを返す。
その後ろ姿を見て、頭の中がかちりとはまったような。
「アリス、黒いのが透けてるぜ?」
「ふぇ!?」
反射的にお尻のあたりを押さえるアリス。
そしてすぐにはっと気が付く。着てるのはいつもの青いワンピースだ。透けるわけがない。
羞恥か怒りか、顔を赤くしたアリスがずかずかと近付づいてくる。
私はベッドの脇に立てかけた箒に手を伸ばし、窓を大きく開け放った。
「待ちなさい!」
そこから飛び出すと同時に、数条のレーザーが私のいた場所を貫いていく。
続いて私を追いかけるように窓から躍り出るアリス。
こいつとの弾幕なんて朝飯前の日常茶飯事だ。
「メリークリスマスだぜ!
これからも魔理沙さんに変わらぬご愛顧をよろしくな」
「メリーじゃないわよメリーじゃ! あんたも蹴っ飛ばすからそこ動くな!」
今日も、いつも通り楽しい一日になりそうだ。
いつものように糸と綿を求められ、霖之助はその量を確認して算盤を弾いていく。
アリスも香霖堂の得意客の一人ではあるが、所狭しと並んだ品の物色はほとんどしない。
結界の外から入ってきた人形が入荷してあればそれを求め、普段購入するのは糸や布・綿などの材料、あとは紅茶くらいだ。
なのでそういった物をまとめておいた一角は、ほぼ彼女専用のコーナーとなっている。
今日も例に漏れず、その一角へ直進して目的の物を選び出していた。
「と、このくらいでどうかな」
「……安くしてくれるのはありがたいんだけど。
いくら何でも半値ってのはおかしいんじゃない?」
算盤が示す数字を見て怪訝な表情をするアリス。
数少ない「支払いをする客」に対してこの値引きは裏があると見られても仕方のないことだ。
「年末だからね。
貴重なお得意様への感謝……と、日頃魔理沙がお世話になっているお礼も含めて」
「……ああ、とりあえず納得はできたわ」
売った品を袋にまとめると、次いでサービスだよとお茶を淹れる霖之助。
何か話をするという合図なのか、単純に言ったとおりのサービスなのか。
どちらにせよ客一人にかまける程度には暇であるらしい。
必要な材料は揃ったし、お茶を飲む程度の時間を惜しむほど急ぐわけでもない。
せっかく値引きまでしてもらったのだから少しくらいは付き合おうか。
座れそうなスペースを探し、アリスは腰を下ろして湯飲みを受け取った。
「実際の所、魔理沙のことで君には本当に感謝しているよ。
僕は一緒に戦うどころか、並んで飛ぶことすらできない身だからね」
「そんなの私じゃなくてもできるじゃない。
第一、一番大事な諫める役はあなたがやることじゃないの?」
アリスは、魔理沙が自分の忠告を素直に聞いたためしなどほとんど無いと認識している。
例えば霧雨邸を訪れるたびに「少しは片付けろ」と繰り返しているのだが、訪問を繰り返すごとに家の中は乱雑になっていく。
見かねて勝手に片付けてやろうとしたら配置を崩すなと怒り出す。
なら貸した本を今すぐ返せと言ってみれば探すのに小一時間かかったりしてケンカになる始末だ。
魔理沙の耳に入る諫言ができるのは肉親くらいだろう、と。
「僕は魔理沙を生まれた頃から見ているし、彼女の境遇も知っているから。
どうしても甘くなってしまって、なかなか強く言えないんだよ」
魔理沙の境遇。
小さい頃に父親に勘当されたとか言ってたっけ、と思い出す。
近くにいた者としては同情のような気持ちが入ってしまうのだろうか。
アリスにとっての「魔理沙の過去」は霊夢とともに魔界に乗り込んできて暴れ回ったアレが一番古い記憶だ。
同情するところなどカケラも無いし、その件自体は今となってはもうどうでもいい。
霖之助は「やはり君の方が向いてるよ」とお茶をすする。
「僕はまあ兄の役くらいしかできないが……。
その点、君なら甘やかす母親、世話を焼く姉、たしなめる先輩、対等の友人、競うライバルと臨機応変に──」
「ちょっと、私一人に何役させる気? どんな貧乏劇団よ」
だいたい他はまだしも母親代わりはないだろう。
アリスは魔法使いであるが、まだ成り立ての身で年齢は外見相応だ。
魔理沙にややマザコンの気があるのは事実だが、だからと言って同年代を母親代わりにするのはどうなのか。
別にアリスは甘えてくること自体を嫌っているわけではない。
むしろそういうときは可愛げがあるので、いつもより好ましく思えるくらいだ。
すり寄ってくる魔理沙は子猫みたいなので、さしずめ私は飼い主……とまで考えたところで頭を振って思考の飛躍を吹き飛ばす。
「じゃあ霊夢でいいじゃない。
私より付き合い長いんだし、魔理沙のことだってよくわかってるでしょ」
「あれだけ密度の濃い付き合いをしていれば、さしたる差じゃないよ」
ぐっ、と返す言葉に詰まる。
家が近けりゃ顔を会わす機会は当然多い。
些細なことで言い争ったり、採集でかち合ったり。ケンカばかりかと思えば、一緒にお茶したり食事するのも文字通り日常茶飯事だ。
異変の解決で一緒に戦ったこともあれば、同じベッドで眠ったことすらある。
魔法使いは研究内容を秘匿するのが普通だけど、数日間こもって共同研究することだってあった。
何かにつけて弾幕し、相手の動きを研究していればクセや考え方まで自ずと頭に入ってくる始末。
ここ最近はアリスが外に出ないときでも、向こうからやってくることが多くなった。
こうして列挙すればするほど、霖之助の言葉を肯定する材料が出てくるばかりだ。
「それに霊夢はよほどのことがない限り、他人の生き方に干渉しないタチだ。
さらに言うなら、魔理沙にとって彼女は背中を追う目標のような存在だろうからね」
「だから私に隣を歩けって?
あいにく、いつも全力疾走してるあいつは私なんかすぐに追い抜いていくわ」
「君も立ち止まっているわけじゃなし、それはないと思うがね。
まあもしもそうなったら──走り疲れたときに背中を支えてやってくれることを願うよ」
人の良さそうな笑みを浮かべながら「もちろん、隣にいるときでもたまには肩を貸してやってほしいな」と。
やはり魔理沙の知り合いだけあって、この店主も善良とはほど遠い人種だ。
あの程度の値引きの代わりに大変な役回りを押し付けられたような気がする。
割り引されて割に合わないとはシャレにもなってない。
冷めかけたお茶をぐっと一気に飲み干してやる。
「はぁ……、ずいぶんと高い買い物にされたわね……。
ご馳走様。もう値引きには安易に応じないよう心がけることにするわ」
さっさと帰れば良かったと愚痴をこぼすアリス。
湯飲みを置いて立ち上がり、戸口へ向かう背中に声がかかる。
「メリークリスマス。良いお年を」
「いったいどの口でメリーとか言えるのよ、あなた」
アリスが出て行ってすぐにずしん、と一つ大きな揺れ。
何事かと思って霖之助が外に出てみれば、近くの立木にくっきりとブーツの跡が残されていた。
特に関係のない話だが、十センチほどへこんだ足形の中心にはラフなタッチで眼鏡の男の顔が描かれていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「今年ももう年末、早いもんだなー。
その前にクリスマスか」
昼食に出された蕎麦をずずっとすする。
萃香が年越し蕎麦を打つ練習とか言い出してこれまた大量に作ったらしい。
現在博麗神社の主食にして主菜は三食蕎麦だ。
「余所の神サマの誕生日なんぞ、うちの神社には何の関係もないんだけどね。
ハロウィンとかもそうだったけど、結局は宴会するための口実でしょ」
ずびずばーと豪快な音を立てて蕎麦の滝が逆流していく。
しかしどてらで炬燵に潜って蕎麦を飲み込む少女も、あまり神社に関係するものには思えない。
この霊夢からは巫女成分がさっぱり見て取れないのだ。
何でも昨日おみくじ作って疲れたから今日は休みとか。適当極まる。
「明日、私はレミリアにパーティー誘われてるからタダ飯食いに行くけど。
あんたも招待されてんでしょ?」
ああ、ちょっと前に図書館行ったときにパチュリーがそんなこと言ってたっけ。
宴会は大好きだし、当然参加だ。
熱さの残る出汁をすすってお椀を置く。
「ご馳走様っと。
んー、そだな。みんな集まるんだろうし、特に断る理由も──」
「咲夜が言ってたけど、アリスは遠慮するってさ。
やることがあるし、どうせ年末にまた集まるんだろうからって」
「──ああ、私も用事を思いついた。パスだって伝えといてくれ」
にやにやしながら言った霊夢の顔が、すぐにあきれた様相に変わっていく。
そしてはぁと一つ大きいため息を吐いた。
「何かもうわかりやすすぎて、逆にからかいづらくなってきたわね……」
「カウンターを取れる防御法だぜ。便利だろ」
食事も終わり、霊夢がお茶を淹れ直してくれる。
熱々の湯飲みに口を付け、迫るクリスマスについて考えを巡らせる。
「しかし行くのはいいとしても、手ぶらで押しかけるのも芸がないな。
せっかくのクリスマスだし、何かプレゼントの一つも用意した方が……」
「本泥棒に精出してるやつがよく言うわ」
少しは協力してやろうかなー、とか思わないのかこいつは。
まあもともと霊夢は他人の色恋なんぞにさして興味が持てないようで、
協力や応援をするよりは「なるべく邪魔しない」が基本スタンスだ。
「体にリボン巻いて『私を好きなように操って』とかやったら? バカっぽくてあんたらしいんじゃないの?」
「……放置されて風邪引くのがオチだな」
それよりも万一本気にされでもした日には霧雨人形のできあがり。
人形であるからには大事にはしてくれるだろうが、本末転倒と言わざるを得ない。
ダメ出ししたらしたで「あなたの糸で私を縛って」の方がいいかしらとか言い出した。
やはり霊夢ではまるで頼りにならん。
「あのな、そういうのは自分がやられて喜ぶかどうか考えろ」
ふむ、と顎に手を当て考える霊夢。
程なく柿を食ったら渋柿でした、みたいな感じの渋い顔になった。
「確かに。もしも紫がそんな真似してきたら純粋に気持ち悪いわね。
リボンだけもらって蹴り出してから結界張るわ」
真顔で答える霊夢。わかってもらえて何よりだ。
「ああ、でも早苗くらい甲斐甲斐しく世話してくれる子ならうっかりもらってしまうかも──」
と思ったら葛藤しだした。
恐らくは自らの財政事情と一人食い扶持が増えることの板挟みになっているのだろう。
奇跡的な心変わりでもあって早苗がここに住み出すようなことがあれば、まず神様二柱も付いてくる。
そうなれば参拝者は増えるし財政も潤うと思うが。
ぐっとお茶を飲み干す。
悩める霊夢を残して、私は神社を後にした。
箒を飛ばす私へと吹き付ける、身を切るように冷たい冬の風。
やはり寒いのは苦手だ。
「もらって喜びそうなもの、か……」
人形、これはまず無理だ。
人形遣いアリスの名は十分に通っており、珍しい人形でもあればその情報はすぐにアリスの知るところになる。
魔導書やマジックアイテムの類……、と家にあるめぼしい物をリストアップしてみる。
ダメだ。家にある魔導書で貴重と言っていいレベルのはだいたいパチュリーかアリスの持っていた物。
……アリスの魔導書は異変解決の報酬としてもらったものだ。念のため。
そしてマジックアイテム。
蒐集でぶつかって取り合ったり、協力体制で遺跡を探索して山分けにしたり、そんな出自がほとんど。
そんなもんプレゼントにするアホはいない。
普通に年頃の女の子ならアクセサリーとか喜ぶんであろうけど。
思い返してみても、アリスがカチューシャやリボン以外を身に付けてる記憶はない。
わりと優雅な生活してるのに、そういった物を付けてないのは特に興味ないからだろうか。
それに飾る物なんか無くても十分だし。
眼下に広がる魔法の森。その入り口にたたずむ古びた家。
ううむ。あいつは正直霊夢より頼りになりそうにない。
それよりは……と頭の中で知り合いの顔をたぐり、他のアテを考えてみる。
これでも幻想郷中を飛び回っている身、交友範囲の広さなら指折りのはず。
……三十人くらいを超えたところで、悲しいことにこういう相談ができそうな人材にほとんど心当たりが無いことに気が付いた。
早苗くらいかな、と思い当たっても常に余計な神がくっついているから相談しづらい。
さらに妖怪の山はネタに飢えた天狗のテリトリーだ。鴨がネギしょって居酒屋の入り口を叩くようなものである。
と言うか幻想郷には日々退屈してどう遊ぶかしか考えてない輩が多すぎる。私もあまり人のことは言えないが。
閑話休題。
まあ珍しい物だけはある場所だ。
良さげな物があるかもしれないし、物色してる内に何かひらめくものがあるかもしれない。
ささやかな期待を胸に、私は店の前へと降り立った。
「──と思ったが、やっぱガラクタばっかだな」
「ここには君が拾ってきた物もかなりあるんだがね」
「そりゃガラクタだから押し付けたのさ。私が欲しいもんなら持って帰ってるぜ」
「ふん、君にとってはガラクタでも価値がわかる人にはわかる物だってあるんだよ。
だいたい来るなり店の中を引っかき回して、何のつもりなんだい」
馴染みの店主──倉庫番と言うべきか──香霖にも事情を話す。
香霖も霊夢と同じく私のことをよく知る一人だし、話しても特に問題ない。
話を聞いた香霖は指で眉間を押さえ、
「……一応聞いておきたいんだが。
もしも何かめぼしい物があった場合、いつものように持って行くつもりだったんじゃないだろうな」
「いや普段ならともかく、さすがにこういう時のプレゼントでそれはないぜ。
まあ結局、これって物は特に何も無かったわけだが」
結局のところ、ここにあるのはガラクタと珍品の境界線上にある物ばかりだ。
どれだけ珍しかろうと興味ない物はガラクタにしか過ぎない。
アリスは蒐集家を名乗ってはいても、私のように手当たり次第に集めているわけではなく。
また集めて終わりではなく、道具は使ってこそ意義を持つと言うタイプなので興味のない物には全然かまわないのだ。
以前一緒に遺跡に潜ったときも、検分した後に一割ほどを取って残りは全部私にくれたこともあったりした。
さて、そうなると困った。何を渡せば喜ぶのだろうか。
魔法使いというのは出費の激しい生き物である。研究には当然先立つものがいるし、私の場合は生活にも必要だ。
自然、予算というものも限られてしまい、あまり値の張る物に手を出すことはできない。
「──魔理沙、賢者の贈り物という話を知ってるかい」
悩む私に香霖が声をかける。
練金術がどうしたと問う私に、違うよと話し始める。
あるところにとても仲の良い夫婦がいた。
夫には祖父の形見の金時計、妻には美しい髪と貧しいながらも宝と言える物があった。
そして訪れるクリスマス。
愛する人に何かプレゼントを贈ろうと思っても、貧しい二人にはそんなお金もなかった。
そこで妻は自分の髪を売り、夫の金時計にぴったり合うチェーンを買い求めた。
帰ってきた夫は妻と彼女の買ってきたプレゼントを見て驚いた。
夫は妻の髪に合う櫛を買うために金時計を売っていたのだ。
「何だそりゃ。結局お互いプレゼントは無駄になったのかよ」
「聖書を元にした話だからね。
お互いの大事な物を手放しても相手に贈り物をしようとした奉仕の精神を讃えているんだろう」
正直、あまり参考になりそうにない。
アリスの大事なもの、たとえば人形を手放してでもというのはまず無い。
私だって八卦炉と交換と言われちゃさすがにうなずけないし。
そもそも「他人のために自分の資産を手放すなんて魔法使いがすることじゃない」とか言うだろう。
「まあ月並みなことだが、心の交換が大事じゃないかと言う話さ。
それに珍しい物なんてしょっちゅう取り合いしているだろう」
「そりゃそうだが。心の、なぁ……」
「ううむ、でも君の場合はいつも通りに振る舞った方がまだマシな結果になるかな。
気取ってみたところですぐ化けの皮がはがれるに決まってる」
助言したいのか、けなしたいのかどっちなんだ。
「もういいや、そんじゃ後は自分で考えるよ。邪魔したな」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
出ようとした私を香霖が呼び止める。
私を待たせたまま店の奥に入っていき、瓶を手にして戻ってきた。
日本酒以外にはあまり詳しくないが、とりあえずワインなのはわかる。
「僕からのクリスマスプレゼントだ。
どうせ君の家には日本酒しか転がっていまい」
「へぇ、案外気が回るんだな。このぶんならその内モテるようになるかもしれないぜ」
「余計なお世話だ。一応、上手く行くようには祈っておこう」
もらった酒瓶を帽子の中へ突っ込んでおく。
こいつは当日のお楽しみ。それより先に考えをまとめておかなければ。
霊夢も香霖も、二人の口から出たのは「私らしく」とか「いつも通り」とか。
あいつらめ、私にゃロマンチックとか無縁だとでも言いたいのか。
まあ普段の私を知ってるアリスのことだ。歯の浮くような台詞でも口にした日にゃドン引きするのは想像に難くない。
結局のところ、特別な日であろうがいつも通りの延長でいいのかもしれない。
一緒に飲んで、たわいない話をして、それで帰るときに笑っててくれりゃ十分なんだろう。
財布の中身を確認する……が、やや心許ない。
幸いまだ丸一日以上の時間はある。慧音あたりにバイトの相談でもしてみるか。
方針も決まって足取りも軽く、私は人里へ向けて進路を取った。
そして二十四日。
「ちと遅くなっちゃったな……」
魔法の森上空を飛ぶ現在は夜八時頃。
一仕事終えて、買い物までしてたらこの時間だ。
夕方からパーティーを始めた紅魔館では宴もたけなわといった頃だろう。
まあかまわない。今日は一緒に飲んでプレゼントを渡したら帰るつもりだ。
アリスもやることがあると言ってパーティーを断ったんだし、家にいるだろう。
長く邪魔するのは無理でも、小一時間くらいなら休憩がてらに付き合ってくれるかなと思う。
見えてきたマーガトロイド邸にはうっすらと明かりが灯っている。家にいるのは確かなようだ。
ドアの前に降り立ち、いつものようにノックする。
しばらくしてドアが開き、アリスが顔をのぞかせた。
「はーい……って魔理沙?
あんたパーティーに行ったんじゃなかったの? うちには何もないわよ」
「心外だな。私は飲み食い目的で宴会に行ってるわけじゃない。
みんなと飲むのが楽しいから行ってるのさ」
私の言葉にけげんそうな顔をするアリス。
「だったらなおのこと意味がわからないわ。みんな紅魔館に行ってるじゃない」
「私にとっちゃこっちの方が楽しいと思ったから来たんだよ。ここまで言わせないでくれ」
アリスの動きが一瞬止まる。髪の間からちらりと見えた耳が少しだけ赤い。
どうやら予想外だったようだ。
アリスは相手の行動をある程度予測して、冷静な対応を取ろうとする。
そのぶん、想定外の事態には一瞬対応が遅れるのですぐわかるのだ。
私の行動パターンはかなり読まれてるんで、こういうことはなかなか無いんだが。
「あ……、えと……、風が入るからとりあえず入っていいわ」
「んじゃ、お邪魔させてもらうぜ」
アリスに促されて家の中へ。室内はいつもと変わらない様子だ。
用事でパーティーの参加を断ったんだから、一人でやってるわけもない。
「やることがあるらしいけど、少しくらい付き合ってくれよ。
酒も持参だぜ、香霖からのプレゼントだが」
私が見せた酒瓶にいささか驚いた表情を見せるアリス。
と、そこで昼から何も入れてない私のお腹が小さく鳴った。
「夕飯食べてないの?
私もまだだから少し待ってて。たいした物はないけど、何か用意するわ」
そう言ってアリスは人形を数体連れてキッチンに向かう。
手数の多さはさすがのもので、二十分ばかりでできあがったようだ。
焼き立てのパン、スープにサラダ。オーブンから取り出したローストチキンを切り分けて皿に取っていく。
これだけあれば十分だろ。
一通りの料理が並んだテーブルについて、持ってきたワインを開ける。
グラスに注がれる葡萄色の液体。
「乾杯と行くか」
「何に?」
「んー、別に私らキリスト教徒でもないな。んじゃ、静かな夜にってことで」
「あんたがいると全然静かになる気がしないんだけど……はい、乾杯」
チン、とグラスが澄んだ音を奏でる。
せっかくのもらい物なのでゆっくり味わうか、と鼻を近づけグラスをくるりと回す。
立ち上る香り。ワインはあまり飲み慣れちゃいないが、こりゃそこらの安物じゃなさそうだ。
グラスに静かに口を付けて傾ける。
うお、何だこれ。いつも飲んでるような酒とは比較にならん。
アリスの方も香りを楽しんで珍しく陶酔しているようだ。
「霖之助さん、商売する気あるのかしら……。
いくらプレゼントだって言っても、こんなものタダであげるなんて」
「確かにこりゃいかんな。
こんな味覚えちまったら酒代が高くついてかなわないぜ」
「あまりお勧めしないわよ。
あんたが普段飲んでる安酒なら、これ一本の値段で百本以上は軽いから」
マジか。
香霖のやつも価値がわかってないわけはないし、よくくれたなそんなもん。
あの店が趣味の産物なのは今に始まったことではないが、さすがにあきれそうだ。
「冷めないうちに食べちゃいましょ。
こんなの飲んじゃったら全然釣り合わないけど」
もう少し凝った方が良かったかな、とスープを掬う。
アリスも料理の腕前は十分高く、やろうと思えば咲夜が作るような華美な一皿もできるだろう。
以前にそのことを聞いたら、
「私が食事を取るのは精神の安定のためよ。
気を安らげるために食事を取るのに、ドレス着て食べるようなもの作らないわ」と。
それはそれでいいか。
私は和食派だけど、アリスの作る料理は家庭的というか落ち着く味がして好きだ。
料理をほおばる私の顔を見て、アリスは嬉しそうに微笑んだ。
食事も終わって、片付けも後回しに。
私たちはソファに並んでワインの残りを空けていた。
やることがあるんじゃないのかと思ったが、何も言ってこないならもう終わってるんだろうか。
肩が触れないくらいの距離。今日はこれくらいがちょうど良い。
「にしても、何であんたとこうやって落ち着いてるのかしらね。
こっちで会った頃は顔会わせるたびにケンカしてて、犬猿の仲とか言われてたのに」
「ケンカは今でもやってるだろ。
別に犬と猿が不倶戴天の敵ってわけでもなし。それじゃ桃太郎のお供は務まんないぜ」
採集で生きる猿と縄張りを守る犬。
生活スタイルや考え方が違うことを、お互い知らないから警戒しているだけだ。
互いの性格を理解して、付き合い方がわかってくりゃ不思議でも何でもない。
ワインも空いたし、そろそろお開きかな。
帽子からラッピングされた紙袋を取り出し、アリスに渡す。
「マリサンタからのプレゼントだぜ。後で開けてくれ」
実に意外そうな顔だ。
そんなに私から物もらうのがおかしいか。
まあ一緒に飲んでプレゼント渡せたので、今日のミッションは終了だ。
「それじゃ私はこのへんで──」
「待って、魔理沙」
帰ろうとした私をアリスが呼び止める。
振り向いたら、首の回りにふわりと何かが巻き付いた。
肩から胸元くらいを覆う暖かいケープ。
「さっき出来上がったからプレゼント。
地底に行くときにあげたのはダメになっちゃったでしょ」
間欠泉が湧いた騒ぎで地底に行ったときにアリスからもらったケープ。
やる気も上がって快進撃をしたものの、地獄の熱気と激しい弾幕に晒されて事件が片付く頃にはぼろぼろになってしまっていた。
嬉しかっただけにショックも結構大きかった。
「前のは私のお古だったけど、今度はちゃんとあんたのサイズに合わせたから。
魔力編み込んで織ったから前のよりはだいぶ丈夫なはずよ」
さっきできたってことは、パーティーを断ってまでやってたのってこれのことなのか。
やばい。超うれしい。
今すぐみんなに見せびらかして回りたいくらいだ。
「あんたがパーティーに行ってる間に届けておこうかと思ったんだけど。
うちに来たなら二度手間になるのもバカらしいしね……って聞いてる?」
「わっ!?」
頭が舞い上がってたところに、気が付いたらアリスの顔がすぐ目の前に。
反射的に抱きついてしまった。
アホか私。普通は驚いて飛び退くところだろ。
「えっと……いきなり何?」
「か、感謝の印と……、今のバカ面見られないように……かな」
もう少しマシな返し方できんのか私。
しどろもどろになる私の背中に、アリスの腕が回ってくる。
「変な顔して飛んで行かれても困るし、私も押さえといた方がいいみたいね」
たっぷり十分ほどそのままで。もうこの暖かさで年越せそうだ。
アリスから離れて余韻を味わってると、がさがさと紙の音が耳に入る。
しまった。「後で」じゃなく「私が帰ってから開けてくれ」と言うべきだった。
止める間もなく、アリスは中の物を取り出していた。
「……何これ」
アリスの温度が急激に冷えていく。
両手の間にある物はふんだんなレースで三角形でおまけに黒。
ついでに紙袋の中にはそれと一対になる物が入っている。
「釈明させてもらえると嬉しいな」
「……どうぞ」
本当は渡してすぐ帰るつもりだった。
私が帰った後で紙袋を開けたアリスはそれを見て、「ホントに魔理沙はバカなんだからぷんぷん!」
……と、いつも通りのバカな日常って感じでオチを付けようと思ってたのだ。
それがアリスからもプレゼントがあり、なおかつわりと良い雰囲気になるなどとは想定してなかった。
「ふーん……、じゃあ望み通りのオチを付けてあげるわ」
すぅぅ、と大きく息を吸うアリス。
一応耳を塞ぐが、あまり効果はないと思う。
「こぉの、ばかまりさぁぁぁぁぁっ!」
大音声は、静かな魔法の森を揺るがすほどに響き渡った。
「ん……」
ふと、夜中に目が覚めた。体感だが日付が変わる頃だろう。
あの後、結局泊まってしまった。
したたかに引っ張られた頬はようやく痛みが引いてきたようだ。
隣を見ればベッドの半分が空いていた……が、まだ少し温かさは残っている。
私の目が覚めたのも、トイレか何かに出て行った物音にでも気が付いたんだろう。
そんなことを考えてたら私の方もちょっとお花を摘みたくなってきた。
酒を飲んだのに寝る前行かなかったっけ、などと寝ぼけ気味に考えながら寝室を出る。
トイレに行く途中、廊下に明かりが漏れていた。
ここ何だっけ、とのぞいてみる。
「げ。何でぴったりなのよ……」
ああ、脱衣所だっけ。
「あ」
「え……?」
くるりと鏡に背を向けたアリスとばっちり目が合った。
雪のように白い肌に黒いレースが綺麗に映える。
「よ、良く似合ってますわ……?」
「お褒めいただきどうも。どうしてサイズまで合ってるのかしらね」
にっこりと笑うアリス。
白い手のひらに、オレンジ色の光が輝いた。
目が覚めたら朝だった。
何かすごく良い夢を見た気がするが、微妙に曖昧な記憶しか残っていない。
なんとか思い出そうとしてみても肝心な所がぼやけた感じだ。
うむむ、とうなってるところへ戸口からアリスが顔をのぞかせる。
「魔理沙、朝よ──って何だ、起きてるじゃない」
私が起きているのを確認すると、すぐ朝食にするからときびすを返す。
その後ろ姿を見て、頭の中がかちりとはまったような。
「アリス、黒いのが透けてるぜ?」
「ふぇ!?」
反射的にお尻のあたりを押さえるアリス。
そしてすぐにはっと気が付く。着てるのはいつもの青いワンピースだ。透けるわけがない。
羞恥か怒りか、顔を赤くしたアリスがずかずかと近付づいてくる。
私はベッドの脇に立てかけた箒に手を伸ばし、窓を大きく開け放った。
「待ちなさい!」
そこから飛び出すと同時に、数条のレーザーが私のいた場所を貫いていく。
続いて私を追いかけるように窓から躍り出るアリス。
こいつとの弾幕なんて朝飯前の日常茶飯事だ。
「メリークリスマスだぜ!
これからも魔理沙さんに変わらぬご愛顧をよろしくな」
「メリーじゃないわよメリーじゃ! あんたも蹴っ飛ばすからそこ動くな!」
今日も、いつも通り楽しい一日になりそうだ。
やっぱよォ~~~これっくらいがいいよなぁ~~
うむ、ベネ。
貴方様のマリアリは毎度すごくにやにやしてしまいます。
愁様の名前を題名の横に見るたびにマリアリを期待してしまいますw
もう私は病気w
つい、見入ってしまったアリスの黒い下g(ry
なんていうか……その…下品なんですが…フフ……b(ry