抜けるほどの青い空というのはこういうものなのだろう。
どこまでも透明で透き通った青空に雲が流れていた。
白い雲は、気が付けば形を変え、場所を移動しているそんな速度で漂っていた。
気持ちがよく、暖かな日が辺りを照らしている。
その空に、歌が響いていた。
細く、高い少女の声、だがどこまでも響き渡っていくようなそんな力強さが籠っている。
ふとすれば空気に、空に、日に、溶けてしまいそうな、そんな儚さと、全てを包み込むような優しさをもつ、そんな歌声だった。
「ドロドロドロドロ、泥ヘドロ~、くらえ!必殺ヘドロ光線~♪」
全て台無し。
箒に跨り、珍妙な歌を繰り広げているのは普通の魔法使い、霧雨魔理沙。
その声は、ふとすれば多くの者が足を止め、聞き入るような美しいものである。が、しかしその喉から発せられるのが必殺ヘドロ光線だ。
喉の無駄づかいである。音痴に謝れ!
「ねえ、魔理沙。もうちょっとマシな歌はないの?」
溜息混じりにそう声をかけるのは、七色の人形遣い、アリス・マーガトロイドだ。
呆れた顔をして、魔理沙の隣を飛んでいた。
「全てを溶かせ~ドロロロロ~♪ってなんだよアリス。人が気持ちよく歌ってるのに」
「歌うのは結構ですけどね。歌うのならもっとまともなのにしなさいよ」
「別にいいだろ? 私それほど音痴でもないし」
「確かに歌が上手くて、声の質も結構なんだけど、歌うのならまともな歌にしなさいって」
「しかたないなぁ、じゃあ別のにするか」
多少不機嫌な表情を見せたが、直ぐにいつもの笑みを浮かべる。
そして軽く息を吸い、再びその可愛らしいくも美しい声を響かせ始めた。
ゆったりとしたテンポの中にもどこか魂が込められた、そんな歌。
「思い込んだら試練の道を~行くが乙女のど根性~♪」
「何の歌だあ!」
「邪魔するなよ、良いところなのにぃ」
口を尖らせて拗ねたように魔理沙が言った。
御丁寧にコブシまで再現したのに、台無しである。
「まともな歌にしろって言ってんでしょう!」
「それじゃあ、愛で空が落ちてきたり、鼓動が速くなるやつの方がいいのか?」
「微笑み忘れた顔も見せればいいし、愛もとっとと取り戻しなさいよ! まともな歌にしなさいって何度言えば!」
「ほら、そんなこと言ってる間に着いた」
YOUはSHOCK!
魔理沙がそう言って見下ろしているのは、紅い紅い悪魔の館、紅魔館。
水面に映る館の紅と、空の青がなんともいえないバランスをとっており美しくも、どこか違和感を覚える。
二人が門の前まで降りてくると、相も変わらず人の良い門番が出迎えてくれた。
「いらっしゃい、今日も図書館ですか? アリスさん」
鈴の鳴ったように凛としていて、それでも温かみのある声音。
紅い髪を揺らし、大陸風の衣装をまとった妖怪 紅美鈴。
今日も今日とて気の抜けた顔で門の前に立っていた。
「私に挨拶はないのか?」
魔理沙が人の悪い笑みで尋ねる。
普段、強盗紛いのことをしている人間の言うことではない。
「挨拶は客人にするものです。普段の行いを見れば挨拶はいらないでしょ」
「今日はきちんと客としてきてやったのに、そんなこと言うのなら強行突破といこうか?」
「客人としてきたというなら、きちんと御持て成しいたしましょうか。いらっしゃい魔理沙」
あくまで笑顔を崩さないまま、美鈴が答えた。
魔理沙としては客としてもてなされたのだから、文句はないはずだが、どこか釈然としない。
普段はシエスタ交じりにへらへらとしているくせに、妙なところで手強いのだ、この無敵看板娘は。
「う~、なんか釈然としないぜ」
「図書館はいつもの通りですよ。本はキチンと返してくださいね」
「私が死んだら家まで取りに来てくれ」
二言、三言魔理沙とそんなやりとりをして、ふと美鈴は鼻をひくつかせる。
すんすんと音を立てて、匂いの元を辿ると、アリスから甘い香りがした。
「ふむ、いい香りがしますね、アリスさん」
「あなたが言うと、別の意味に聞こえるわ」
苦笑いを浮かべつつ、アリスが答えた。
再び美鈴がアリスの匂いを嗅いだ、華やかで心の休まる香りがする。
綺麗な花の匂い。甘い蜜の香り。日と土を含んだ生命の香り。
「ふむ、香水ですか。何の香りでしょう?」
「魔法の森の花よ。そこら辺に適当に生えているやつ、綺麗でいい香りがしたから、ついね」
「あー! 私が聞いても教えてくれなかったのに!!」
魔理沙が納得いかないと声を上げた。
紅魔館に来る前、散々何の香水か尋ねていたのだ。
「あら、そうだっけ?」
「聞いてもはぐらかしたじゃないか。私、作りたいから教えてくれって言ったぞ」
「魔法使いが魔法使いにほいほいと教えるわけないじゃない」
「う~、私も香水したいのに……」
「あなたに香水はまだ早いわね」
「そうですねぇ。あと五年は少なくとも……」
「良いじゃないか、自分でやっても上手くいかないんだよ」
拗ねたように魔理沙が呟く。
口を尖らせ、ジト目でアリスを睨む。
普段、だぜだぜ言っていてもやはり女の子。香水やファッションについてやはり興味あるお年頃なのだ。
そんな女の子らしい一面を見せる魔理沙に、二人は微笑えましいと表情を和らげた。
普段は傍若無人で破天荒だが、ちょっとしたところで少女らしさを隠せないのが魔理沙なのだ。
「はいはい、そんなに拗ねないの。そこまで言うなら教えてあげるから」
「本当か!」
「色々と条件付きだけどね」
「都会の奴はケチ臭いな」
きゃいきゃいと騒ぐ二人を館に見送りながら、美鈴は優しく微笑む。
「まるで近所のお姉さんと小さな子みたいだなぁ。まあ、実際そうだけど」
二人に聞かれたら弾幕が飛んできそうな内容をさらりと言って、再び門の前でへらへらと佇む美鈴だった。
* * * * *
悪趣味なほど紅く彩られた通路を抜け、しばらく右へ左へ前へ後ろへ。
どこぞのパーフェクトメイドのおかげで体積だとか面積に喧嘩を売ってるこの紅魔館は広く、そして入り組んでいる。
そうした迷宮のごとき道を行き、地下に降りた所で目的の場所は見えてくるのだ。
幻想郷でも随一の蔵書量を誇り、本読み少女の小さな世界である大図書館。
その巨大な扉は固く、重く閉ざされている。
防音およびその他の諸々から本を守るための術式が組み込まれているその門は、さながら一つの守護者だ。
中の本とその主人を守り続ける鋼鉄でできた守護者。
そんな厳めしい扉に手を掛け、二人は普段通り、気楽に図書館へと足を踏み入れた。
「むきゅうううううううううううううううううぅぅぅ」
遠吠え? いやいや断末魔。
嫌に甲高い叫び声のあと、やってきたのは大爆発だった。
凄まじい程の閃光と衝撃が世界を覆いつくす。
「なあ!」
「間に合わっ!」
勝手知りたる我が図書館、といった感じで完全に気を緩めていた二人。
とっさのことに対応が出来ず、衝撃の直撃を受ける。
防御陣を張る隙もどこかへ逃げる時間もなく、二人は吹き飛ばされ、床を転がった。
そして爆風の後に残るのは、妙に毒々しい色をしたピンク色の煙。そして無傷の本棚の群れ。
二人はぴくりとも動かず、倒れ伏したままだ。
箒と帽子が吹き飛び、上海と呼ばれる人形が二人の傍らに落ちている。
そのまま二人はこの図書館の中で……
「し、死ぬかと思ったああ!!」
「あ、お母さん……それに夢子さんまで……どうしてこんなところに? うふふふ……」
「アリース! 起きろぉ!! 」
「あら、怠惰な死神がこんなとこで何を……?」
「そっちはダメええ!」
「……逝けるっ!」
「行くなって」
ごすっ、と魔理沙の拳がアリスにめり込んだ。
「ありんすっ!?」
「大丈夫かぁ?」
「あ、う……ま、魔理沙?」
結構な勢いでボディを食らったはずなのに、平気なのは流石魔界人。
二人とも服が乱れただけで、大した怪我もないようだった。
「爆発の威力が弱かったのかしら?」
「それよか、あの爆発は何だ? 私はここまでされる様なことはしてないぞ」
「迎撃用だったらもっと威力あげるでしょ。大方、実験の事故じゃない?」
「そういやあ、妙な声が聞こえたな。あれ、パチュリーか」
服の埃を叩き、お互いに軽く身嗜みをチェックしあってから、二人は図書館のパチュリーの元へと向かった。
「「うわぁ……」」
二人の口から同じ言葉が出てきた。
言うならば踏みたくないものを踏んだようような、そんな声。
案の定、パチュリーは実験に失敗したようだ。
ガラスの容器だったものはそこら中に破片がばら撒かれ、テーブルだった物は半分以上が炭になって吹っ飛んでいる。
常温であるのにボコボコと気泡をうつオレンジ色の液体や、血みたいにどろりと赤いジェル状のもの、やけに鮮やかな青色1号、青の6号。
果ては、何やら緑の生物が呻き声を上げながら這いまわっていた。
しかし、一番二人が目を背けたかったのは、口から大量に血を吐いてぶっ倒れているムラサキモヤシ。
その顔は引き攣ったように目を見開き、口は断末魔を上げたままぽっかりと開いていた、正直怖い。
ついでに鼻から薄水色の液体が垂れているものだから、パチュリーの整った顔立ちが色々と台無しだ。
元々、端正な顔立ちをしていた少女がゾンビの如きツラを曝しているのだから見るに堪えないものがある。
そして彼女の使い魔であり、この図書館の司書を務めている赤毛の悪魔と言えば、頭から本棚に突っ込んでおり、その小振りな尻を魔理沙とアリスに向けているのだった。
地獄絵図? いえいえ魔女の割れた釜の底。
「パチュリー、死んでるかー?」
嫌そうに顔を歪めながらも、ぺしぺしと図書館の主の頬を魔理沙が叩いた。
「ぐ、げほっ……ま、魔理沙?」
「おお、良かった。大丈夫か?」
「ごほっ……うふふ、知識の魔女がざまあ無いわ……」
「パチュリー……」
「魔術に殺されるのなら本望よ……“ん”と“う”を抜いたらホモよ」
「まーだ、余裕があるな。トドメをささんと」
「まあ、ギャグ言える余裕があるなら大丈夫でしょ」
アリスが本棚につっこんだ小悪魔を引き抜きながら言う。
そう簡単に死ぬかよ! 創想話でさ!
「それで、見なくても実験の失敗のようだが、なにやってたんだ?」
チーンとハンカチで鼻をかむパチュリーに魔理沙が尋ねた。
そのハンカチに付いた水色のものが呻き声をあげていたが、見ないことにする。
鼻からスライムを垂らす乙女なんざあってはならないのだ。
「ちょっとした薬を作ろうとしたんだけどね、配合をむっきゅり間違えたわ」
配合ミスって大爆発。恐怖のパチュリー・ノーレッジ。
流石、穀潰し知識人。知識だけではどうにもならないことが沢山あった。
「失敗の所為で原材料も何も吹っ飛んだわ。魔力も全部かき消えたみたいだし」
「それはご愁傷様だな」
「いつものことね。さて、片付けをしないと……咲夜~?」
決して大きくはない声でパチュリーがその名を呼んだ。
紅魔館が、そしてその主が誇る銀のメイド。掃除洗濯料理にお世話、果ては部下の管理までこなす完璧な従者、十六夜 咲夜。
その立ち振る舞いと仕事振りから彼女はこう評される、瀟洒な従者と。
流石、メイド長! いつの間にか部屋が片付けられて、紅茶まで淹れられている!その仕事に痺れる憧れるゥ~!!
なんて展開を予想したパチュリーだが、待てど暮らせど、一向に片付く気配はない。まして紅茶なぞ出てもこない。
しばらく待っていると、ひらひらと紙が落ちてきた。
『御自分の尻くらいテメェの手でお拭きになってくださりやがりませ』
可愛らしい字で微妙にきっついこと書かれてた。
口で言わずに紙に残すあたりなんとも瀟洒だ。
「機嫌悪いみたいだな、忙しいのかな?」
「……今度からもうちょっと咲夜に優しくしてあげよう」
結局、復活した小悪魔やアリス達と共に自分の尻拭いをすることになるパチュリーだった。
その後、片付けは想像以上に難航した。吹き飛んだ実験器具の片付けやら、実験の失敗で発生したスライムやらナマモノの駆除。
しかし、日が沈む前にどうにか片付けは終了することができた。
ここまで時間が掛った理由と言えば、せっかく綺麗にした床に血を吐いたムラサキモヤシ。および、隙有らば本を読みふけるムラサキモヤシが七割くらいの原因を占めている。
流石穀潰し知識人。肉体労働に関しては無力もいい所だ。
働かないってレベルじゃねえ。
「……結局、片付けだけで終わったな」
「まあ、普段本を貸してもらってるお礼と思いましょうよ」
「ごめんなさいね。色々と手伝ってもらっちゃって」
申し訳なさそうにパチュリーが呟く。
その言葉に二人が軽く笑った。
「困った時はお互い様よ」
「外に出て体を動かさないから、そうやってか弱いんだぜ。もっと体を鍛えるべきだな」
「外は髪と本が痛むからいや」
軽くそんな話をして、二人はそれぞれの家に帰っていった。
* * * * *
窓から差し込んでくる明かり。カーテン越しの黄色の光。
大量の人形が飾られ、どこか少女趣味な部屋にアリスは寝ていた。
朝の柔らかな光が部屋を優しく包んでいる。
スースーと、小さな寝息だけが部屋の中を満たしていた。
と、そんな平穏な朝を掻き消すかのようにドンドンと、けたたましい音が鳴り響く。
ドアがノックされる音だ。しかもかなり強めに激しく。
思わず跳ね起きたアリス。
そして小さく舌打ちをした。
「こんな朝っぱらから、あいつは……」
なおも騒がしく打ち鳴らされるドア。
家を叩き壊す気かあいつは。そんなことを考えながら、アリスはのんびりとベットから降りた。
「……あれ?」
このベットってこんなに大きかったかしら?
ちょっとした違和感。しかし寝ぼけているせいだと思いそれほど気にしないことにする。
それより先ずは玄関だ。
なんだか普段よりも歩きにくい。裾をどうしてもずってしまう。
どうなっているか確かめようと思ったが、その前に、ドアの音をどうにかしようと思う、流石に喧しすぎる。
アリスが向かっている間もひたすらにドアは叩かれ続けており、その五月蠅さに眉をしかめる。
「ちょっと喧しいわよ。今開けるから」
と、普段の要領でドアノブに手を伸ばす。が、その手はノブに触れることなくドアの表面を撫でるだけだった。
「え?」
改めてもう一度ドアを見る。
手を伸ばした先にドアノブは……ない。
慌てて見てみると、普段よりも大分上の位置に、なぜかノブがあった。
「何? これ」
慌てて周りを見回してみる。
普段から使っている机が大きい。本棚がいつもより高い。
見慣れているはずの部屋が、いつもより広く、巨大だ。
自分の手を見てみる。
普段の人形を操る細く長い指がない。まるで、子供のように丸く小さい手だ。
自分の目がおかしくなったのか、と呆然とその指を見つめる。
しかし、どれだけ見ても自分の指であって自分の指ではない。そうして再び必死にドアが叩かれた。
軽く舌打ちしつつも、ノブに手を伸ばす。背伸びをしないと届かないのがもどかしい。
そうして、必死に足を伸ばしていると、アリスはもう一つ違和感を覚えた。
声がしないのだ。普段ならあの良く通る声が聞こえてくるはずなのだが、今はただドアが叩かれる音が響くのみ。
「魔理沙?」
声をかけると、ドアを叩く音が収まった。
とにかくドアを開けよう。そう思い、アリスはようやくドアノブに手を届かせた。
どうにもやりにくいと思いつつ、どうにかドアを開ける。
「……っ!」
「ま、魔理沙!?」
そこには泣いている魔理沙がいた。
真っ赤な顔をして、涙を手で拭いながら、ぼろぼろと泣いている。
時々、しゃくり上げるように体を震えさせていた。
何があったのか声をかけようとして、ふとアリスが気付く。
声が聞こえないのだ。泣いているはずなのに、嗚咽や声が聞こえてこない。
ひたすら無音で、ぐしぐしと魔理沙が涙を拭っていた。
「魔理沙、声はどうしたの?」
恐る恐る尋ねると、魔理沙が涙を拭いながらアリスを見て、そして驚きの表情で固まった。
そこから再びじわりと泣き顔になり、そしてとうとう子供のように泣き始めてしまったのだ。
「え、あ、ちょ……人の顔見て泣かないでよ!」
そうして魔理沙に近づいて、アリスは再び自分の目を疑った。
自分が魔理沙を見上げているのだ。
アリスの方が背が高いため、普段はアリスが魔理沙を見下ろしている。
なのに今はアリスが魔理沙を見上げているのだ。
「……とにかく、入りなさい」
自分を、そして魔理沙を落ち着けるように、ゆっくりと言葉を吐いた。
白黒の服の袖を掴んで引っ張ると、泣きながらも素直に付いてくる。
魔理沙を机に座らせ、人形にお茶を用意させようとした。しかし、いつものように指が動かない、きちんと動かすことが出来ない。
ぎこちなく人形が動くだけ。
「くそっ、上海」
半自律で動く上海を起動させ、とりあえず魔理沙の相手をさせた。
その間に、自分の体がどうなっているのか確かめなければならない。
部屋に戻り姿見の前に立つ。
鏡がその身にアリスの姿を写し出した。
そこには、だぼだぼのパジャマを着た小さな子供がいた。
いつも着ているパジャマのサイズが合っておらず、肩がだらしなく覗いている。
裾がだらしなく引きずられており、まるで小さな子が無理して大人の服を着ようとしたみたいだ。
大きな瞳にちょこんと出っ張った小さな鼻ほんのりと赤い頬。
どこかアンティーク人形のような雰囲気はあるが、その顔は付きはどこまでも幼く、可愛らしいものだ。
魔界に居た頃の、小さかったころのアリスがいた。
まあ、乳臭い。
「……うわぁ」
アリスが思わず頭を抱えると、鏡の中の幼女も可愛らしく小さな頭を抱えた。
こんな乳臭い子は紅魔館にいる方がむしろ様になるだろう。
うー、うー言ってればどうにかなるのだから、カリスマも安いものだ。
よくよく思い出してみれば、さっき魔理沙を家に入れる時も、普段ならクールな魔法使いの有り様をまざまざと見せつけることができるが、こんなロリっ子状態では、無理して大人ぶっているようにしか見えない。つまり乳臭い。
更には玄関を開けるときだって、小さな子供が懸命に背伸びをしてドアを開けていたという図になる。つまり乳臭い。
クールな金髪ロリってどこのあれだ。ブレザーバニーガールの兎よりも酷いぞ。
「……着替えよう、うん」
このまま頭を抱えていても仕様がない。
そうしてぶかぶかのパジャマから着替えようとしたが、普段着を取りだしたところでふと、その動きが止まった。
アリスの持っている服が、どう見てもサイズが大き過ぎるのである。
パジャマでさえ今の体には大きかったのに、言わんや普段着をや。
いつものロングスカートでは歩くことも難しいだろう。
いくつか服を漁ってみるも、どれもこれもサイズが合わない。
今から自分のサイズを測って服を作ろうかとも考えたが、布地が足らないことを思い出した。
今日は里に買い出しに行く予定だったのだ。
明らかにサイズの合わない服で出かけるわけにもいかず、かと言ってこのまま家に籠っていても埒が明かない。
今ある服に手を加えて着れるようにするしかないか。と考えた所で、ふと、視界の隅に小さな箱を見つけた。
表面には「アリスちゃんのお洋服」と丸い字で書いてあった。
「あのファンシーな丸文字は確か……」
魔界の全てを作り上げ、アリス達を生み出した母にして神、神綺のものだ。
様々な物を生み出せるくせして、妙に所帯染みているというか、物を大事にするのだあの神は。
「アリスちゃんの成長記録捨てないでぇ! お母さんの楽しみを奪わないでぇ!」
とは、アリスが着れなくなった服を捨てようとした時の弁である。
アリスに縋り付いてマジ泣きしながら言うものだから、仕方なく着れなくなった服を残しておくとにしていた。
よもやこんなところで役に立つとは。
「とりあえず感謝いたします神綺様……」
どこかでお母さんと呼んでー! という声が聞こえた気がするが、アリスは気にしないことにした。
そうして出来上がったのは、青いリボンに青いスカート、子供らしいシャツをきたアリス。
要するに、昔の自分の服である。幼さを強調するような可愛らしいスカートに、頭で揺れる大きなリボン。
服の汚れもなく、生地がシッカリしていたため、問題なく着れることができた。
くるりと一回転すると、鏡の中の女の子もくるりと楽しそうに回る。
自分だけど自分じゃないなぁ。なんてことを思いながら、魔理沙の様子を見に行く。
と、上海が困った様子で飛んできた。魔理沙の方を見るとまだぐしぐしと涙を溜めている。
再び上海が慰めようとしているがどうにもなりそうになく、おろおろと困り果てている。
流石に荷が重かったか。
「魔理沙、大丈夫?」
「……」
座っている魔理沙と立っているアリスで目線が同じくらいだ。
魔理沙はフルフルと、首を横にふる。
「声が出ないの?」
「……」
今度は小さく頷いた。
子供を相手にしているみたいだな、なんて思ったりもする。
「ちょっと喋ってみて」
涙を溜めながら、魔理沙がパクパクと口を動かした。
しかし、声はやはり出ないようで再び、ボロボロと涙がこぼれ始める。
「あ~、もう。泣かないでよ」
アリスがハンカチを取り出し、手渡した。
傍から見たら、幼女に慰められる女の子である。
それはそれで中々微笑ましいものがあるが、彼女らにそんな余裕はない。
でも傍から見れば中々にウフフな光景であるのは確かなのである。
そこにロマンはあるのかしら?
「それで、何時頃から声でなくなったわけ?」
そう尋ねるアリスに、魔理沙は口を開いたが、直ぐに困り果てた表情になってしまった。
声が出ないため、何かを伝えようとしても伝わらないのだ。
「ああ、ごめん。はい、これに喋ること書いて」
そう言って紙と羽ペンを手渡す。
机の上から、上海が持ってきたものだ。
魔理沙がさらさらとペンを走らせ、アリスに向ける。
(朝起きたら、声が出なくなってた)
「なるほどね。朝起きたらおかしくなっていたのは、私と同じか」
そう言ってアリスは顎に手をやった。
本人は真剣だが、傍から見れば小さな子供が格好つけて考えているように見えるだけである。
「まあ、どうしてこうなったかは分からないけど、こうなる原因は考えなくてもいいわね」
(やっぱり、パチュリーのせい?)
「昨日の実験の失敗しか、そうなる要素が思いつかないわ。あなたと私で症状が違うのが気になるけど」
(紅魔館に行ってどうにかするしかないか)
「そうね、それじゃあ出発しましょうか」
そう言ったところで、くう、とお腹の鳴る音がした。それも二人分。
アリスと魔理沙が、若干顔を赤くしながらお互いを見る。
「……先ずは何か食べましょうか」
こくり、と魔理沙が頷いた。
* * * * *
その後、流しに背が届かず、台を使ってアリスが朝食を作ろうとしたが、包丁やフライパンが大きくて使えないという事態に陥ったり、食器棚から皿を取ろうとして、バランスを崩し掛けるなど非常に危なっかしい場面があったりした。
魔理沙の手伝いでどうにか朝食を作り、いざ食べようとしたところで、今度はアリスが普段使っている椅子がでかく、一人では座るのに苦労するということもあった。
小っちゃいって事は不便だねっ!
そうして二人は今、湖の上を飛んでいた。
当たり前だが、昨日のように魔理沙の歌が聞こえることはない。
そして二人の間にはどことなく、微妙な空気が流れている。
普段は魔理沙が何かを言い、それに対してアリスが突っ込みをいれたり、文句を言ったりしている。
しかし、魔理沙が喋れない今、会話の口火を切れず、二人とも妙な居心地の悪さを感じていた。
移動をしている時の掛け合いは、いわば二人にとっての習慣なのだ。それが無いため、妙に落ち着かないのである。
「……パチュリーも、妙なことになっているのかしらね?」
「……」
この空気に耐えきれなくなりアリスが呟く。
魔理沙はそれに対して、こてんと首を傾げるだけだった。
そうして再び無言の飛行が続く。
ああ、空気が重い。
しばらくして、ようやく紅魔館が見えてきた。
「ようやく到着ね」
その言葉に、また魔理沙がこくんと頷いた。
館の前に降り立つと、昨日と同じように美鈴がやってくる。
いつもと変わらず、ニコニコと笑っていた。
「あら、ルーミア、チルノ達はどうしたの?」
「……アリスよ」
「イメチェンですか?」
「聞かないで」
「服を着替えたルーミアに見えなくないですよねぇ、背丈とかリボンとか色々」
「……上海、レーザー最大出力」
「あはは、冗談ですよ」
アリスがジト目で睨んでも、美鈴はふにゃりと笑みを零すだけだ。
そして笑ったまま遠慮することなく二人を観察している。
「アリスさんは子供になって、魔理沙は声が出ないようですね」
「症状が分かるの?」
「ええ、二人とも気の流れが乱れてますから。アリスさんは全身。魔理沙は喉の奥とか、その周りが小さくなってます。それで声が出ないのかも」
「あなたの能力で治せないかしら?」
紅美鈴。気を扱う程度の能力。
その能力は病を治すも、人体の破壊もお手の物という便利な能力である。
モヒカンがヒャッハーな世なら、自称天才をぶん殴っていたり、胡坐をかいて掌からビームが出たり、激流に身を任せて同化していたかもしれない。
命は投げ捨てるものではない。
「残念ですが、私じゃ無理そうです。魔法については、詳しくないんで」
「やっぱりパチュリーに訊かないとダメかぁ」
アリスが溜息を吐きながら言った。
魔理沙も残念そうに、俯いてしまう。
「そういえば、今朝から図書館が騒がしいんですよね」
「パチュリーもおかしなことになってるんでしょ」
「まあ、二人とも良くなるよう祈ってますんで。魔理沙が静かだと、調子狂うんですよ」
悪かったな、とでも言いたげに、魔理沙はそっぽを向いて頬を膨らませる。
その様子が妙に子供っぽくて、アリスと美鈴がクスクスと笑った。
館に入ると、妙に緊迫した雰囲気が流れていた。
妖精メイドは慌ただしく駆けずり回り、怒号やら悲鳴やらがあちこちで鳴り響いている。
明らかに普段の紅魔館とは様子が違っていた。フランドールが暴れてでもいるのかだろうか。
何事かとたたずんでいる二人の前に、突然現れる一つの影。
銀の髪にメイド服。どこかナイフを思わせる雰囲気を纏った少女。
メイド長 十六夜 咲夜である。
「あら、魔理沙……とルーミア?」
「アリスよ!」
「あらあら、可愛くなっちゃって」
微笑みながら、アリスの頭を撫でる咲夜。
子供を撫でる母親の表情だ。
お嬢様も可愛らしいけど、このアリスもまた……という言葉が聞こえた気がするが、気にしてはいけない。
「なーでーるーなー!」
「普段より可愛いじゃない。その格好でずっといれば?」
「嫌よ!」
アリス手を振り回して、その手を払い除けようとしても上手い具合にかわされてしまう。
なんとも楽しそうに咲夜がよしよしと撫でていた。
そこで魔理沙が咲夜の裾を引っ張る。
何事かと顔を向ける咲夜に、魔理沙はフリップの要領で紙を見せた。
(それより、この慌ただしさは何だ?)
「どうしたの、新しい魔法?」
キョトンとした顔で尋ねながらも、アリスを撫でる手は止まらない。
「魔理沙は今、声が出ないのよ。ていうか、いい加減撫でるの止めなさいって」
「あら、失礼。あまりに可愛かったから」
「……それで、この騒ぎは何?」
「ああ、これはね、パチュリー様がちょっと……」
咲夜が軽く言い淀んだ所に、妙に甲高い声が響いてきた。
幼いながらもどこか蠱惑的な響きを放つその声は、聞く者に絶対的な服従を強いることができ、その一声は数多の人間を堕落させることができる。まさに魔性の響き。
生まれながらにして相手を魅了する声、そして瞳。
その華奢な容姿とは裏腹に凄まじい怪力を持ち、蝙蝠に化け、霧に変化し、人の生血を啜るノーライフキング。夜の魔、吸血鬼。
夜の王を自称するこの館の主。この血塗られた悪魔の館の象徴とも言うべき存在、レミリア・スカーレット。
その幼い外見からは想像も付かないほどの、力とカリスマを備える吸血鬼が、魔理沙とアリスのところにやってきた。
「さくやぁぁぁ! どっかいっちゃやああ!!」
思いっきりベソをかきながら。
びえええと泣きながら、とてとてと走ってくる夜の王。
カリスマ? 何それ美味しいの?
「ああ、お嬢様、申し訳御座いません! 咲夜はここです!!」
「もうやだあ! あんなのパチェじゃないもん! パチェの姿をした何かだもん!!」
普段から微妙に子供っぽいところはあるが、今日はいつもに増して、あれである。
私れみりゃ! 500歳!!
そんなカリスマブレイク。
何事かと驚く二人に、突如巨大な揺れが襲ってきた。
揺れは一回では収まらず、何度も何度も繰り返し襲ってくる。
規則正しく揺れと轟音が響き渡る。
紅魔館全体がミシミシと音を立てて揺れている。
轟音と揺れはどんどんと大きくなっており、何か巨大な物が近づいてくる気配がした。
アリスと魔理沙は何事かと身構え、レミリアは咲夜に抱きついて泣きじゃくっている、咲夜はどこか幸せそうな顔でレミリアをあやしている。
このメイド長もうだめかもしんない。
「むぅぅぅきゅぅぅぅぅぅん」
低く、間延びした声が紅魔館に広がった。
巨人の咆哮とはこういうものだろう。
圧倒的な力と生命力を秘めた、恐ろしい程の叫び。
そして
「うぅぅぅぅぅぅぅ、パァァァァァァチュゥゥゥゥゥゥゥゥリィィィィィィィィ!!!」
紅魔館が誇る巨大ホールをブチ破って、それは出現した。
紅魔館の巨大なホールをぶち抜くようなその巨体に、凄まじいまでの筋骨隆々。
紫の髪はだらりと流れ、その上に小さなナイトキャップのような帽子がちょこんと乗っていた。
その様はまさに筋肉達磨。少女金剛力士。
運慶、快慶も到達しえなかった筋肉の美。筋肉パラダイス。
ぴくぴくと動く胸が、ゆったりとした服の上からでも確認できた。
筋肉だから恥ずかしくないもん!
胸が出ていても、色気もへったくれもないのは如何なものか。
「パ、パチュリー!?」
そのあまりの迫力にアリスが後ずさった。
数メートル異常はある筋肉の塊がムキューいいながら暴れているのだからこれは怖い。
しかも、顔はパチュリーなのだ。
もうムラサキモヤシなんて呼ばせないっ!
「いいえ、違うわ……」
「レミリア?」
「あれは私の親友、パチュリー・ノーレッジじゃない……マチョリー。そうマチョリー・ノーレッジよ!!」
それはパチュリーというにはあまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。
それはまさにマチョリーだった。
ドラゴン殺しくらい片手で扱えそうだ。
「ていうか、あれ、話通じるの?」
「無理ね、お嬢様と私で話しかけたけど、台詞がムキューと、うーパチュリーだけ」
(脳みそまで筋肉になったのか)
「いくら攻撃しても効かないのよ、筋肉の所為でナイフ刺さらないし。お嬢様のグンニグルが胸板で跳ね返された時は笑ったわ」
「凄まじいわね」
「おまけに見境なく暴れ回るから手に負えませんわ」
(どこかの緑の怪物か)
超人マチョリーここに誕生。
しかし、ごす、という鈍い音がどこからか聞こえてきた。
それは丁度マチョリーの足から。そこに瓦礫の山が横たわっている。
マチョリーがその瓦礫に足の小指をぶつけていた。
「ちょおおおおいてえええええええええよおおおおおおお~!」
「あ、パチェが別のこと喋った」
「痛そうですねぇ」
(いやに冷静だな、お前ら)
「ていうか、こっちに倒れてきてるんだけど!?」
小足ぶつけてKO余裕でした。
「お嬢様、逃げましょうか」
「そうね、お願い咲夜」
(私達も助けろ!)
「いやあああああ!!」
結局、紅魔館は半壊。
マチョリーは小指の痛みで気絶している間にガリバーよろしく、中庭に縛り付けられている。
今は、美鈴が陣頭指揮を取っているところだ。
元に戻るまでは縛り付けたままにするらしい。
さて、困ったのは魔理沙とアリスである。
頼ろうと思ったパチュリーがマチョリーなのだ。
まさに筋肉状態っ!
「どうにかなると思ったんだけどなぁ……」
「自分達で解決したら?」
「そうしたいのは山々だけど、あの実験の材料が分からなきゃ下手に弄れないのよ」
(小悪魔に聞けば分かるんじゃないか?)
「パチュリー様に吹っ飛ばされて、行方を捜索中だから無理ですわ」
「図書館の様子は? 研究資料くらい残してあるでしょ」
「パチュリー様のせいで跡形も無い状態。書架は辛うじて無事だけど、それ以外はボロボロね」
(それに、あのパチュリーの研究資料だ。厳重なプロテクトが掛かってると思う)
「地道にやってけば、いつかは元に戻れるだろうけど、それまでこの体っていうのは……」
(私、喋れないと辛い)
「治るっていう保証もないしね。突発的なものだから長続きしないと思うけど、どうなるか」
ふう、と小さくアリスが息を吐いた。
正直、手はまだあるが使いたくないというのが、今の心情である。
(パチュリーの回復を待つっていうのは?)
「ノン。いつ回復するか分からないわ。下手したらずっとこのままかも」
(紫に頼む)
「ノン。例え治ったとしても、性悪スキマに借りを作るとどうなるか」
(あの月人に治療してもらう)
「ノン。迷いの竹林がある。もしそこを抜けたとしても、薬で治療できるか疑問だわ。向こうの魔法と私達のでは、体系が違うだろうし」
「つまり」
ぬるり、と日傘を差したレミリアが二人の間に入る。
どこまでも妖しく、どこまでも愉快そうな笑みを浮かべて。
「つまり魔法使いのプライドを傷つけず、安全に、後腐れないように治療をしてもらう。そんなルールか」
(それがどうした)
「言われなくても分かってるんだけどね」
「さくやー、こいつらノリ悪いー!」
「ていうか、そこまで分かってるんなら、もう結論出てるじゃない」
「咲夜が無視したー!!」
涙目で呻くおぜうさま。
カリスマなんていらない。かりちゅまがあればそれでいい。
(仕方がない。観念して紫に頼もう。霊夢に頼んで紫のとこに行こうか)
「……憂鬱だわ不本意だわ気が進まないわ!」
ぶつぶつと文句を言いながら、二人は空に浮かび上がった。
目指すはスキマ妖怪。
* * * * *
神社は今日も変わる様子はなく、相変わらず寂れていた。
庭を掃いている目出度い紅白が、遠くからでも良く見える。
二人が降りていくと、紅白が空からの影に気付いたようだ。
「あら、魔理沙じゃない。それと……ルーミア?」
「アリスよ!! まったくどいつもこいつも!!」
「ああ、そんな格好もしてたわね。懐かしい」
「相変わらずのお気楽紅白ね……」
「んで、どうしたの? 魔理沙がやけに静かだし、あんたはそんな格好だし」
「色々とね……ところで、スキマはいる?」
その言葉に霊夢が、くいと顎を向ける。
母屋の居間を指しているようだ。
今日は神社にいるらしい。
二人が見に行くと、確かに八雲 紫はいた。
「見事に寝てるわね……」
(酒瓶が散乱してる)
「昨日、紫が酒持って来て、文と萃香がやってきて、一緒に朝まで呑んでた」
「その面子で、よく潰れなかったわね」
「私は軽く呑んでとっとと寝たわ」
「鬼と天狗は?」
「さあ、別の場所で呑んでるんじゃない?」
(ある意味好都合だ。誰も来ない内に起こして、治してもらおう)
「んー、無理じゃない? この様子だと、たぶん何しても起きないわよ」
なんとも投げやりに霊夢が言い、試しにと紫の鼻を摘まんだ。
しばらくは、うーやーと、もがく紫だったが、その内また鼾をかき始める。
口を塞いでも、もがもがと言うだけで起きる様子はなし。
(皮膚呼吸でもしてるのか? こいつ)
「てか、息せずに寝てたりして……」
「針投げても、陰陽玉ぶつけても起きなかったわ。ま、起きるまで待ってたら?」
そう言って霊夢は台所に引っ込んだ。お茶でも出す気なのだろう。
アリス達はとりあえず待つことにして、居間に上がった。
しばらくすると、霊夢がお盆にお茶を乗せて戻ってきた。そうして、丸机にゆっくりと座る。
「んで、何があったの?」
お茶を一啜りしてから、そう霊夢が言った。
取り合えず説明を始めたが、アリスが説明をしている間も、霊夢は、のらりくらりとお茶を啜っている。
本当に話聞いてるのか、このお茶巫女は。
「ふ~ん」
そうして全てを説明し終わった後の感想がこれである。
ふ~ん、どうでもいいや、お茶がうめえ。とでも言いたいのだろうか。
体の八割がお茶で出来ているのかもしれない、この巫女。
「本当に話聞いてた?」
「パチュリーの失敗に巻き込まれて、魔理沙は声が出ない。アリスはロリスになったんでしょ?」
「ロリス言うな」
「まあ、紫はその内起きるわよ」
「この姿、他の誰かに見られたくないんだけど」
(私も早く喋れる様になりたい)
「ま、じっと待つしかないわね」
そう言って再びお茶を一啜り。
そこから、二人はどうにかして紫を叩き起こそうとした。
しかし、流石にスキマは格が違った。
揺すってもくすぐっても、むずがるだけで起きることはなく、ビンタやら髪を二、三本抜いても顔を歪めるだけ。水をぶっ掛けたり、サンドバックにしてみたり、日頃の恨みを込めた右ストレートでもやはりダメ。最終的に、寝ている状態にも拘らず結界を張ったため、手出しができなくなってしまった。
「ここまでやっても起きないなんて……」
(癪だけど、待つしかないか)
「顔に落書きでもしないと気が収まらないわ」
仕方無く、三人でお茶でも飲みながら時間を潰す運びとなった。
適当に話をしたり、しばらくお茶を啜って煎餅を食べたり、寝ころんだり。
昼食を軽く済ませて、三人はお茶を飲みながら呆けていた。
「ところでさあ」
軽く湿気た煎餅を齧りながら霊夢が言う。
「魔理沙って喋らないと可愛げがあるわよね」
ぴしり、と煎餅に手を伸ばしていた魔理沙が固まった。
アリスはチビチビとお茶を飲みながら、確かにと頷く。
「普段は色々と面倒で五月蠅いけど、それが無いものね」
「喋らないと、なんだか大人しいし、人形みたいかも」
「見た目は悪くないのよね、魔理沙って。ただ、普段が普段だからあれだけど」
「喋らなければ、小さい女の子だもんね」
褒めているのだか、貶しているのだか分からない会話を繰り広げる、霊夢とアリス。
魔理沙はというと、煎餅に手を伸ばしたまま固まって、顔だけがどんどん赤くなっていった。
可愛いと言われたりなんだりで気恥かしいのだ。
いつも文句や皮肉しか言われないため少しでも褒められるというのが、むず痒いのである。
霧雨 魔理沙、中身はやっぱりシャイで初心な乙女であった。
伊達に、うふうふ言ったり、語尾にハアトマーク付けたりしてなかった。
「魔理沙、顔真っ赤よ?」
霊夢がぴらぴらと魔理沙の顔の前で手を振る。
しばらく固まっていた魔理沙は、はっと顔を上げ、煎餅を頬張って、そのまま帽子を目深に被ってしまった。
しかし、帽子から覗く口元から、戸惑っているような居心地が悪いようなけれども褒められて嬉しいという、そんな表情をしているのが見て取れる。
そんな様子を見てクスリと小さく笑うアリス。
普段の憎まれ口を叩くような魔理沙が、なんとも可愛らしい反応をしているのだ。
そんな微笑ましい様子に自然と笑みが零れた。
そして霊夢は、なんとも不思議そうな顔をして魔理沙を見つめる。
「あんたって、ホント妙な所で恥ずかしがるわよねぇ……」
(ほっといてくれ)
魔理沙は、紙にそう書いて、そのまま煎餅を齧り始めた。
帽子を目深に被っているせいで、遠くから見たら帽子が煎餅を食べているようだ。
「それにしても、喋れないのってそんなに辛いのかしらね」
「辛いんじゃない? 特に魔理沙、お喋りだし」
「あんたも、その姿だと辛い?」
湯呑にお茶を注ぎながら、霊夢が尋ねた。
流石お茶巫女、消費ペースが早い。
ふうふうと湯呑に息を吹きかけていたアリスは、顔をあげる。
面倒臭いとでも言いたげな顔である。
「辛いわね。誰かにこんな姿見られたら、恥ずかしいなんてもんじゃないわ」
「私とか、紅魔館の連中はいいわけ?」
「必要なものは我慢するわよ」
小さく息を吐きながらお茶を啜るアリス。
その幼い見た目的に、ホットミルクでも飲んでいるのと思えてしまう。
行動の一つ一つが、どうしても子供っぽく見えてしまうのだ。
流石ロリス、乳臭い。
「それにしても懐かしい格好よねぇ、それ」
「あまりいい思い出が無い服だわ……」
「魔界で初めて会った時のだっけ?」
「暴れ回ってる人間がいるって駆け付けたらボロボロにされて……リベンジしようとしたら余計酷い目にあって……」
「ご愁傷様」
「あなたも加害者の一人」
「加害者とは失礼ね。最初に喧嘩吹っ掛けてきたのはそっち。だけど勝ったのは私」
「へえ、喧嘩売ってる?」
「別にぃ。ていうかその格好で喧嘩やれるのかしら?」
「やったろうじゃないの……他の人形が使えなくたって、こっちにはリターンイナニメトネスと上海があるんだから!」
そう言ってアリスが立ち上がろうとした時、不意にその体が持ち上げられた。
脇の下から手を通して抱き上げる、所謂お人形さん抱っこだ。
むにゅ、とアリスの背中に柔らかいものが当たる感触。
「いや~ん!! なんか可愛いわぁ。小さな子はやっぱこうじゃなきゃ!」
「わ、ちょ、下ろせ~!!」
「あら、紫、おはよ」
「ねえ霊夢、この子何? こういうお人形さんみたいな子大好きなのよぉ!!」
アリスを抱きかかえながら、キャイキャイとはしゃいでいるのは、少女臭 八雲 紫。
普段の導師服ではなく、紫のネグリジェ風な服だ。
アリスを抱きながら、新しい人形と遊ぶ少女のように笑う。
「お、下ろせー! 下ろしなさいよ、このロリコンスキマぁ!!」
「ああ、金髪ロリっ子なのにちょっと毒舌!? いいわ、とても良いわぁ」
「わあああん、助けてぇ!」
アリスが短くなった手足を一生懸命振り回すが、紫に効果はゼロ。
それどころか、よしよしと頭を撫でられる始末。
嫌がる子供を慰める母親の様な図になっている。
「小さい頃の藍を思い出すわぁ。あの頃も藍は可愛かった……」
「拉致られるのは嫌ぁ!! 霊夢、魔理沙助けてよぉ!」
アリスまさかのマジ泣き。
連れ去られるくらいで泣かなくても、と思ってはダメである。
アリスは身の危険をひしひしと感じていたのだ。だってゆかりんだもん!!
その涙をぼろぼろと零す姿は、それはそれはイヂメたくなる姿であったとか。
小さい子は泣かせちゃダメ!
「さようなら、アリス……次ぎ会う時は、もう違うあんたなのね」
(お前の分まで、きちんとマジックアイテムは管理してやる)
「さあて、まずはもっとフリフリのドレスを着させてあげるわね。その後はアレしてぇ、コレしてぇ……」
「やあああ!!」
* * * * *
「つまり、自分達でどうにも出来ないから私を頼ったわけね」
「……いい加減下ろして」
アリスを抱きかかえたまま、至極真っ当真面目な顔をして紫が言った。
どこか疲れた表情で、アリスがその腕の中に収まっている。
アリスが暴れても、器用に紫が腕を動かして逃げられないようにしているのだ。
抱きかかえること母の如し!
(お前なら、私達を元に戻すくらい簡単だろ?)
「別にやってあげてもいいんだけどねぇ……」
「嫌に含んだ言い方ね」
抱きかかえられながらも、アリスが不機嫌そうに言った。
アリスを抱えながら、紫は器用に扇子を開き口元を隠す。
「だって無駄な労力は使いたくないんですもの」
「無駄? 私達にこのままでいろと?」
「違うわよ。私が手を出さなくても問題ないってこと」
「つまり、自分達でどうにかしなさいってことかしら?」
「あなた達でも解決できるってこと。原因が同じなのに結果が異なるということは、その間の条件に違いがあるのよ」
そう言うと、紫はアリスを下ろし、隙間の中へ消えていった。
頑張ってね、とからかうように言い残して。
忌々しげな顔でスキマが消えた後を睨むアリスだが、その表情にあまり迫力はない。
やはり子供のままでは締まりがない。精々、怒られた子供が納得できないと親を睨むような感じだ。
「紫がああ言ってるなら、元に戻れるでしょ。たぶん」
ずずっ、とお茶を飲みながら、霊夢が呟いた。
説得力があるのだか、ないのだか分からない言葉。
とにかく、自分達でどうにかするしかないようである。
その後、二人はアリス宅に戻り、色々と調べることにした。
原因と条件と結果。
まず、アリスが小さくなったり魔理沙の声が出なくなったり、パチュリーがマチョリーになったことが結果。
その原因は、パチュリーの実験の失敗。
では、結果の元となったその条件は何であろうか?
「一緒に巻き込まれた上海が無事ということは、魔力の問題ではないのよね」
(魔力に作用してこうなったなら、上海も無事じゃないだろしな)
「問題は魔力ではなく私達の体自身ってとこかしら?」
(質じゃなくて魔力の絶対量が問題って可能性は?)
「それだったら……」
そうアリスが言い掛けた所で、ノックの音がそれを遮る。
玄関を小さく叩く音。
その後から聞こえてきたのは、凛とした声。
「アリス、いるかしら? 小悪魔が見つかったわ。実験の内容もきちんと覚えている状態でね」
メイド長 十六夜 咲夜の声だった。
その知らせに、二人は顔を見合せる。
これで手掛かりが増えた、と二人はガッツポーズを取った。
「早いとこ治療できるようにしてね、パチュリー様があのままだと嫌だし」
はいこれ、その実験で使われてた材料のメモ、とペラ紙を渡したら、咲夜はとっとと帰ってしまった。
曰く、パチュリー様が壊した館の修理とお嬢様のお守りをしなくちゃ、とのこと。
多忙なメイド長に幸多からんことを。
アリスと話している間ずっとその頭を撫で続けていたのは、まあ置いておこう。
その瞳が小さい子供を愛でるものではなく獲物を狙うような邪なものであったのも、まあ置いておこう。
哀れなれみりゃに幸多からんことを。
「さあて、これで必要なものが揃ったわね」
(パチュリーは何を作ろうとしたんだ?)
「こういう薬系のものは、あなたの方が得意でしょう?」
差し出された紙を受け取って、魔理沙はつらつらと目を通していく。
そうして、何とも言えない表情を作り、苦笑いを浮かべた。
まるで、他人の日記を偶然見てしまったような、そんな表情だ。
「それで、パチュリーは何を作ろうとしたの?」
(滋養強壮と筋肉の薬)
「……気にはしてたんだ、貧弱ってこと」
薬の製薬に失敗したが、結果的にマチョリーになれたのは幸か不幸か。
いや、脳味噌筋肉だったから幸せなのだろう。あんなに立派になって……
今度から安易にムラサキモヤシと、からかうのは止めようと二人は誓った。
取り合えず、そのメモを元に薬の効果を打ち消すものを作ってみる。
液体状の透明なものだ。
それを試しに飲んでみたが、二人とも効果は現れなかった。
「あの失敗が原因じゃないのは確かね」
(紫も条件が違うって言ってたしな)
「そういえば、パチュリーの様子を見ると、あの薬は一応は成功したことになるのよね……」
(筋肉は付いたみたいだな)
「パチュリーは筋肉になったけど、私達は逆に小さくなったりしてるのよね。
ということは、パチュリーと私達に起こった結果は異なっている。
けど、その原因自体はあの失敗に違いないから、つまりは、パチュリーになくて私達にあったもの。もしくはその逆のものが条件ということ?」
口に手を添え、確認していくように呟くアリス。
考えを整理している時に、独り言をする彼女の癖だ。
なんでも、口に出した方が頭でまとめられるということらしい。
(そんなもの、当て嵌まるのが多すぎて思い浮かばないな)
「まあ、地道に考えていくしかないわよ」
取り合えず、二人はパチュリーとの相違点をどんどん書き出していくことにした。
地道にやっていけばその内、正解に当たる。それが問題解決の基本だ。
そして数十分後、粗方相違点を書き出したところで、アリスがその紙を眺める。
それを見て小さく笑ったところで。
「多すぎるわぁぁ!!」
アリスが吠えた。その紙が舞った。
びっしりと細かい字で埋められた紙が、ひらひらと落ちていく。
食生活から始まり、体格の考察、髪の長さ、生活習慣の違い、その他諸々。
中には引籠り、着瘦せ等の文字も見受けられた。
脱ぐと凄いのよあいつ。
「あまりにも候補が多すぎるわ……」
(というか、症状の違いで見たら、私とアリスの異なった条件も探さないといけないぞ)
「……何か別の条件があるっていうのお?」
ペンを投げ捨て、疲れたようにアリスが声を上げる。
魔理沙も気だるげに突っ伏していた。
すっかりグロッキーな二人の前に、上海が紅茶を淹れて持ってきた。
アリスが淹れさせたのか、それともある程度自分で考えたのかは分からなかったが、取り合えず魔理沙にはありがたいものだった。
ありがとう、と言う代わりに優しく上海を撫でてやる魔理沙。
上海はくすぐったそうに身動ぎをして、そこにちょこんと座った。
(これ、全部自律か?)
「事前にある程度仕込んでおけば、このくらいは動けるのよ。定期的に命令しないと駄目だけどね。所詮、反応の集合によって導かれた動きよ」
(目標には遠いんだな)
再び、上海を撫で始める魔理沙。
ぽんぽんと、軽く叩くと人形の顔が少しだけ困ったものになっていた。
その様子が面白かったのか、突っついたりくすぐったりして、魔理沙が遊び始める。
「ちょっと、あんまり苛めないでよ。私の大切な子供なんだから」
そんなアリスの言うことを聞いていないかのように、上海を突く魔理沙。
その小さい体で上海が精一杯、嫌がるポーズをした。
そんな様子を見て、ごめんとでもいう様に、再びその頭を撫で始める。
その動きがふと止まった。
何かに閃いたような、何かを見つけたような、そんな表情だ。
そして、素早くアリスに語りかける。
(門番が何か小さいってたよな?)
「ああ、私の体が小さくなってるとか……」
(私についても言ってた?)
「ああ、そういえば言ってたわね。確か……」
(喉の奥が小さくなってる、って言ってた)
そこまで魔理沙が書いて、ようやくアリスも何かに気付いたようだ。
あの時、美鈴に言われたことを、アリスが繰り返す。
「私の体は小さくなった。そして魔理沙の喉も小さくなって、それで声が出なくなった」
(共通点は小さくなる。私とお前の症状は、つまり同じだ)
「にわかに信じられないわね。あなたと私の共通点が条件かもしれないなんて。まあ、パチュリーとの違いを探すよりかは簡単だけど……」
(問題は、なぜアリスは全身で、私は喉だけなのかということ)
「種族的な問題?」
(魔界の出でも一応人間だろ? そんな差があるか?)
「ないわね。じゃあ、失敗の爆発の時にダメージを受ける位置が違った?
(真横にいたのに、ありえない)
「食事とかの問題?」
(ここ二~三日、お前の家と神社でしか食べてないぞ)
「そういえば、そうだったわね……」
ここ最近、昼は神社にたかり、夜は一緒に酒を飲んで話をしているのだ。
つまり、二人はほとんど一緒の食事しか摂っていない。
(捨蟲、捨食の法での影響は?)
「だったら、パチュリーと私が同じじゃなきゃいけない。それに影響があったら分かるわ」
(そういうものなのか)
「つまり、私と魔理沙の共通点であり、パチュリーと異なる点……」
(見当もつかない)
「それに加えて、全身に付くけど喉にも付く、私と魔理沙の共通点な~んだ、ってね」
(まるでナゾナゾだな。水とかは?)
「水脈は同じだけど、私は、水は全身に浴びてないわね。朝風呂はしない性質なの」
(私は、毎朝と毎晩入ってる)
「水の無駄よそれ。とにかく、他に答えはないかしら?」
(空気は?)
「だったら、お互い同じ影響がでるはずでしょ」
(魔法の森の胞子?)
「空気と同じじゃないの、それ」
常に胞子が充満しているこの魔法の森。空気を吸えば必然的に胞子も吸うことになるのだ。
そして、たまに凄い匂いの胞子も漂っているので、厄介なのである。
と、そこまで考えて、アリスがふと、気付いたように顔を上げる。そして再び、考える姿勢になった。
口に手を添え、その眼が忙しなく動く。
「匂い……」
そう、言葉が零れた。
頭の中から、ふと転がり出てきたような、そんな様子。
「香水の成分なら私の全身について、魔理沙の喉の奥に付いていてもおかしくない……」
(それだったら、私の体にもその成分が付いているはず 隣にいたから)
「飛んでいる間にそんなもの飛んでいくわ。例え残っていたとしても、僅かだと反応が鈍いとか」
(そんなに都合よく、私の喉に付くか?)
「あなた、犬みたいに私の体を嗅いでたじゃない」
(その言い方、なんかやだ)
「とにかく、試してみましょう。」
早速、香水の元となった花を煮詰め、エキスを作る。
それを先ほどの解毒剤と混ぜてみると、何とも毒々しいピンク色の薬が出来上がった。
匂い自体は元の花の優しく甘い香りがするが、見た目がとにかく蛍光ピンクである。
二人分の薬を作り、二人がその容器を持った所で魔理沙は思う。
こいつは、飲んでもいい薬?
花の匂いがするピンクの液体である。どう考えても飲む気は起らない。
本当に飲んで大丈夫なのか?
磔にされた聖者でも誰でもいいから教えて欲しいものだ。
エキスと混ぜる前の解毒薬は一応飲むものだったが、正直、このドクターなペッパーを飲むのは、願い下げであった。
飲むんだったら確実に効果が分かった状態で!
先ずはこいつに毒見させるしかねぇ……
「魔理沙、いっせーの、で飲むわよ」
と、どうやって相手に飲ませるよう持っていくか考えていた魔理沙は、アリスの言葉に驚いた。
てっきりアリスも同じことを考えて、魔理沙を嵌めようとしているかと思っていたのだ。
しかし、ラッキーである。いっせーの、で飲むふりをしてアリスの様子を伺えばいいのだ。
効果がありそうならそのまま飲めばいい。駄目だったとしても飲んでない自分に影響はない。
普段なら色々と言い争ってお互いに押し付けようとしているはずだろうが、アリス自身そこまで余裕がないのだろう。
魔理沙がこくりと、大きく頷く。
「それじゃあ、いくわよ。いっせーの!」
アリスが容器を傾け、魔理沙も一緒に飲むふりをした。
後はアリスの様子を見て……
そう考えているところで、ふと気付く。
体が動かない。
「かかったわね」
嫌な笑みを浮かべたアリスがいた。
これは言うならばクロリス。
どこぞの偽造紙幣の国のお姫様みたいな響きだ。
その内サル顔の怪盗でもやってくるのだろうか。
「操るのは無理でも、動けなくするぐらいなら出来るわね」
その言葉に、魔理沙が自分の体を見てみると微かに輝く光の糸が見えた。
糸に魔力を通したものだ。それが腕や指に巻きついている。
汚いとでも言いたげに、非難めいた視線をアリスに送る。
「人の提案を受けて素直に飲もうとしないのと、注意を怠った方が悪いのよ」
さて、と言ってアリスが軽く押すと、魔理沙の体は簡単に傾いた。
倒れるっ!、と目を瞑って衝撃に備えようとしたが、何かに背を支えられる感触。
そうしてゆっくりと床に軟着陸した。
床に倒れる直前に、上海と蓬莱が魔理沙の顔を横切る、この人形達が支えてくれたのだろう。
不意に、体の拘束が解け何事かと思った瞬間には、アリスが馬乗りになっていた。
「あんまり長い時間拘束できないのよねぇ……つくづくこの体は不便だわ」
やけに深い溜息を吐く金髪幼女。
魔理沙は逃れるように手足を動かそうとしたが、足には何かが巻き付けられている感触。そして手には何かに押さえつけられている感覚。
「足は糸で縛らせてもらったわ。腕は上海と蓬莱が抑えているわよ」
魔理沙が急いで横を向くと、人形達が両腕をしっかりと抑えつけていた。
軽く力を込めるが、びくともしない。
「あ、その子達、結構力強いから。そこら辺のタンス位ならその二人で持ち上げられるし」
魔理沙が力を振り絞って払いのけようとするが、動きそうにない。
こんな小さな体のどこにそんな力があるのだろうか。
「さあ、先ずはあなたに飲ませて、その様子を見ましょうかね。
この最終鬼畜解毒剤をもって
あなたの症状に私自らが処置を与えるわ
死 ぬ が よ い」
涙をため、いやいやと首を横に振る魔理沙にゆっくりと解毒薬の容器が近づいてった。
その得体の知れなさに、恐ろしさが込み上げてくる。
そして……
* * * * *
その後、魔理沙は声が出るようになり、アリスも元の姿に戻ることができた。
しかし、突然大きくなったアリスの体に服が合わなくなり、胸やら尻が、締め付けられパツパツのキュウキュウになったり、履いていた下着が破れかけて酷いことになったり、丈が短すぎて下着丸見えだったり、色々と目も当てられない状態になったという。
そこにロマンはあるのかしら?
とにかく、これでもって今回の騒動は完結し、パチュリーも元に戻して、全てが元に戻った。
そして、図書館がようやく復活したと聞いて、二人は今、湖の上を飛んでいる。
「しっかし、もう二度とご免だよな、あんな体験は」
「人形は使えなくなるし、背は届かないし。同感ね」
「でも、小さい方が色々と評判良かったじゃないか」
笑いながら魔理沙が言う。
どこか、からかっている様な調子だ。
「あなただって喋らない方がずっと魅力的だったわよ? 大人しかったから」
「大人しい私は私じゃないさ」
いつもの自信たっぷりな笑顔は、眩しいくらいに魅力的だ。
やっぱり魔理沙は憎まれ口を叩いている方が似合う。
「ああ、その憎まれ口が無いと落ち着かない自分が嫌だわ。魔理沙の所為で私までおかしくなっちゃう」
「人の所為にするのはよくないぜ?」
魔理沙が楽しそうに声を弾ませる。
力強いが、まだ幼さを含んだ細い声。
アリスが魔理沙の後を追っていく。
普段通りの、落ち着いた雰囲気。
しかしどことなく優しい視線を、その背中に送っている。
腕白な子をなだめる、姉の様な瞳。
何だかんだ言って世話焼きで面倒見がいいのがアリスなのだ。
「お、見えてきた」
湖から現われたのは紅い館。巨大な門、そしていつもの門番。
今日も今日とて美鈴がにこやかに門の前に立っていた。
「お二人ともいらっしゃい。図書館はもう直ってますよ」
「その話を聞いたから来たんだ」
「あれから三日と経たずに修復するなんて流石よね」
紅魔館の建築力を舐めてはいけない。
普段、役立たずと言われている妖精メイドでも、やる時はやるらしい。
軽く話をして、二人は館に入っていった。
色々と皮肉の応酬をしている二人の背中を見て美鈴が小さく呟く。
「やっぱりあの二人は、ああでなきゃ」
人生平穏が一番、と美鈴は軽く背伸びをしたのだった。
館の中では普段の様に妖精メイドが働いているのか、いないのか分からない光景を展開しており、真っ赤に塗られた廊下は騒がしくもにぎやかだ。
そんな廊下を行き、たまにちょっかいを掛けてくる妖精を打ち落とし、いつものように図書館へと進む二人。
三日前まで、半分崩壊していたとは信じられない程の見事な廊下だ。
そうして図書館の扉に辿り着く。こちらも、相変わらず威圧感と不気味さで出迎えてくれた。
「また中に入った瞬間、爆発したりしてな」
「いくらパチュリーでも同じことはしないでしょ」
「いやいや分からないぜ? 今度は三人してあんな風に筋肉の塊に……」
「想像したくも無いわね、そんなの」
そんな軽口を叩きつつ、勝手知りたる大図書館と、扉を開く二人。
重い扉は不気味な音を立て、沈黙を守る図書館を開く。
普段の様に、暗く、カビ臭い図書館だ。
「入る時にちょっと身構えちゃうのよね……」
「ああ、分かる。軽くトラウマだな」
そう話しながら二人は歩き出した。
すると、遠くの方から物音が……
「むきゅううううううううううううううううううぅぅぅ」
そんな断末魔と一緒に、今度は眩いばかりの閃光が二人を包んで……
行間前にでてくる小ネタもとても笑えてテンポもよかったです。
詠唱組に愛を感じる素晴らしい作品でしたー^^
早速ですが、楽しく読ませていただきました。
随所に散らばめられた小ネタが良かったです。
サンホラ好きなんですね^^
それはそうと、面白かったのは面白かったのですが、やはり作者様もおっしゃられている通り
少し冗長だったかもしれません。もう少しスリムにするともっとテンポが良くなるかと思います。
では、次はぜひ、マチュリーを主役に(無理
こんな乳臭いアリスは俺がもらって行きますね!
…あれ何だこの隙間はぅわわっナイフが目の前nくぁwせdrftgyふじこlp;@:「」
文章のいたるところに散りばめられと言うより敷き詰められたと言って良いほどの大量なネタの数々にニヤニヤが止まりませんでした。
そしてまさかこの文章は永遠ループするのかー?
この長さで内容も内容なんで不評なんじゃないかなぁ……と不安になりましたけど、気に入っていただけたようで何より。
小ネタが全部分かったあなたは、三文字と一晩語り合う刑に処します。
9の名前が無い程度の能力様
魔理沙の乙女分を感じて頂いたようで、何より。
小ネタとテンポはまだまだ物足りないところがありますけど、満足していただいたようでなによりです。
○○●様
サンホラネタの使いやすさは異常。マリアリでスターダストとかやってみたり……何故なのよー!
妙な複線を回収(香水の行)しようとするから、こう長くなるのだこの阿呆!と自分を責めてみたり。
文章が冗長になるのはこれからの課題ですね。要精進。
マチョリーが主役ねぇ。パニックものでも書きましょうかね、ゴジラみたいなのりで。
17の名前が無い程度の能力
さあて、スキマとナイフがこない内に乳臭ぇアリスをもrひでぶっ!
##このコメントは魔界の神に粛清されました##
白徒様
終わりがないのが終わり。それが(ry
無限ループって怖いねっ!
いやぁ、いいなぁ。
ネタに頼らないと笑わせることができないのです。
ですが気に入ってもらえたようで、ありがたいです。
乙女な魔理沙がいい!
一つ気になったのが「魔理沙、声はどうしたの?」の後の『そしてとうとう声をあげて泣き始めてしまったのだ。』という所。
声が出ないのに、声をあげてとなっているのが少し気になりました。
それでもいい話です。とても楽しませていただきました。
ちなみに私もサンホラ好きだったり(笑)
これはうっかり。ご指摘の部分を修正しました。
文の繋がりで、ついつい書いてしまったようです。
東方好きは、サンホラーとレイブンが多い気がします。ええ、何となく。
カリスマブレイクやキャラ崩壊もここまでくると芸術ですねw
全体を通して、意図せず言葉通りの『背伸び』をする羽目になったアリスや、普段隠してる性格が表に表れる魔理沙、何だかんだでいつも通りな霊夢など、キャラクタ達から溢れんばかりの魅力を感じました。
そしてそこはかとなくダメもやしなぱっちぇさんに乾杯。良いお話を有難う御座いました。
…とまぁそんな話はおいといて、自分は楽しく読めました。
死ぬがよい、の場面で思わず笑ってしまった自分が少し恥ずかしい…いや、これは誇るべきなのか。