幻想郷の季節が冬に染まった頃。まるで音も無く降り続く雪のように、彼女は動いた。
ただ何かを成したいわけじゃない。ただ一つの疑問の解を求めて。
とある贋作の人形症候群。
「何となく珍しい組み合わせだな」
月は師走。まだ大晦日には少し早い時期に、ある二人が魔法の森にある霧雨邸を訪れた。
「偶然よ偶然。ねぇ? 霊夢」
「そうね。魔理沙に会いに行った先にアリスが居ただけよ」
「ふーん。まぁいいけどな。入れよ、寒かったろ」
まだ本格的ではないものの、肌寒さを感じたあたりから雪がよく降るようになっていた。
今日も昼を過ぎて少ししたら、薄暗い空から白い粒がひらひらと外を舞っていた。
「はぁ~、やっぱアンタん家は暖かいわね。流石床下暖房。ほんっとにもう神社は寒くて寒くて氷死するかと思ったわよ」
「”ひょうし”って何だよ。凍死だろ。それに神社が問題なんじゃなくて、お前の恰好に問題があるんじゃないか?」
マグカップ三つとポットを乗せたお盆を運びながら、魔理沙は霊夢の恰好を見て思わず寒気を覚えた。
「しょうがないじゃない。巫女の冬服がこうなんだもの」
霊夢はいつぞやの春雪異変の時と同じように、巫女服にマフラーという非常に隙間風入り放題の恰好をしていた。
「……ん? そういやそのマフラーはアリスのじゃないか?」
服装を指摘して気付いたが、よくよく見れば霊夢が巻いていた萌黄色のマフラーは何となく見覚えがある。
「あらバレた? 外で霊夢に会った時は素で巫女服だったから私のを貸したげたのよ」
アリスは霊夢とは違い、厚手のコートとニット帽を被っていた。
連れている上海人形も同じデザインで人形サイズのものを着ているから、多分手作りなんだろう。
「ってゆーか、人形が防寒する必要があるのか?」
「気分の問題よ」
そういうもんか。と魔理沙は無理やり納得し、まだかまだかと待ちかねている霊夢のためにマグカップに熱々のお茶を注いだ。
それから、今年の雪が多い事や大晦日の宴会の事など他愛のない話をして、雪が止んだ夜の手前で二人は帰っていった。
二人を玄関先で見送った後、魔理沙は二人が来る前と同じように、暖炉の傍で本を読み始めた。
その日、雪は降っていなかった。
ただし最近降り続いていた雪が地面には未だ残っていて、泥混じりの水雪が靴を汚した。
「珍しい顔……ってわけでもないわね」
「暇だから遊びに来てやったぜ霊夢。寒くないか? 私の八卦炉で暖めてやろうか?」
「やめて、私のウチが吹き飛ぶから」
「じゃあアリスの人形に火をつけて暖をとるか?」
「やめて、私の人形は爆発するから」
冬に相応しい寒風の中、魔理沙とアリスが博麗神社へとやってきた。
年の終わりの足音がもうそろそろ聞こえてきそうな時期ではあるが、博麗神社には足音が聞こえる予兆は皆無。
今年は、初詣に何人が来るだろうか? ここ最近の霊夢の心配事であった。
「今年は全体的に雪が凄いからな。多分元旦から三が日は雪で石段が昇れないと思うぜ」
「そん時はあんたの魔法で雪を溶かしておいてよ」
「やめといたら。どうせ石段ごと溶けて誰も神社に来れなくなるのがオチよ」
三人は炬燵に入りながら、魔理沙の持ってきた大量の蜜柑を肴に他愛のない話をした。
今年の雪が多い事や大晦日の宴会の事などの話を。
指先が黄色に染まってきた頃、二人は帰っていった。
二人を炬燵に入ったまま見送った後、霊夢は魔理沙が置いていった三人で半分減らしても尚大量の蜜柑を食べ続けた。
「いらっしゃい。別に珍しくない組み合わせね」
魔法の森のマーガトロイド邸に、二人が来た。
正確には、アリスの方から二人を呼んだのだ。
「外は寒かったでしょ? 暖かい部屋と温かいお茶と美味しいお菓子があるわよ」
呼ばれた二人は何となく怪訝に思いながらも、アリスに促されるまま家に入っていく。
今日は昨晩から雪が降り続き、昼を過ぎてもまだ雪が降っていた。
どこまでも地面に積もる雪は白銀の平原を想起させる程だった。
「それで、どうかしたの?」
冷えた体が温もってきた頃、霊夢はそう切り出した。
「私と魔理沙を呼んで、何の話?」
霊夢と魔理沙の視線が、アリスに集まる。
テーブルを挟んだ向かいのソファに一人で座るアリスは、一度息をついた。
「そうね。その前に、霊夢」
「なに?」
「この前、魔理沙が持ってきた沢山の蜜柑は食べ切れた?」
「え、えぇ。お陰さまであの日から三日間三食蜜柑尽くしよ。
朝はオレンジジュースに始まり、昼は蜜柑の刺身、夜は焼き蜜柑。お陰さまで紅白から橙になりそう」
「待て。私がいつ、神社に蜜柑を持っていったというんだ?」
霊夢の蜜柑話に魔理沙が口を挟んだ。自分はそんなの知らない、と。
「まぁまぁ魔理沙。そういえば、この前霊夢に貸したマフラーを魔理沙の家に忘れていったんだけど、ちゃんと持ってきてくれた?」
「あ、あぁ。ほら」
そういって懐から萌黄色のマフラーを取り出して、アリスに返した。
「私が借りた? 何言ってるの。私はマフラーなんか借りてないし、ここ数日巻いてないわよ?」
いよいよ二人の視線がチクチクと痛くなってきた頃、アリスは立ち上がる。
「実はね、私は人形を二つ作ったの。一つは魔理沙そっくりのもの。もう一つは霊夢にそっくりのもの」
アリスがついっと指を振ると、部屋の戸を開けて、魔理沙と霊夢が入ってきた。
「うへぇ」
「うわ……」
自分そっくりの人形を見て、霊夢と魔理沙は一様に驚きと若干の気味悪さを感じた。
「じゃあなんだ。この間私の家に来た時の霊夢はその人形で」
「この前神社に来た魔理沙はその人形だったってわけ?」
「そうね」
霊夢人形と魔理沙人形は、お辞儀だけして、部屋を出ていった。
アリスはソファに戻り、お茶を一口飲み、また一つ息を吐いて話を続ける。
「二人には悪いと思ったけど実験をね、したの。証明したかったのは『モノの区別、本物の定義』」
目標とする『完全自律稼働の人形』はまだ遠いけど、
自分が操る分にはある程度の完成度を以って人に近い域にまで辿り着けた。
そうして人形という人のカタチを作り続けてきたある日、ふと疑問が生じた。
究極的に同じモノは、本人の代わりになるのか?
なる、ならないを区別するのは何なのか?
例えば、『博麗神社の巫女』という機能があるならそれは霊夢本人ではなく、霊夢に似せた人形でもいいんじゃないか。とか。
例えば、『本を盗む』という機能があるならそれは魔理沙本人ではなく、魔理沙に似せた人形でもいいんじゃないか。とか。
例えば、『人形を作る』という機能があるならそれはアリス本人ではなく、アリスに似せた人形でもいいんじゃないか。とか。
機能が同じなら、本物は必要無いんじゃないか……?
「まぁそういう話。実際、二人は前に遊びに行った時、人形だと気付かなかったでしょ?
それは、私が霊夢人形には霊夢の、魔理沙人形には魔理沙の機能を擬似的に再現したから」
未だ自律稼働人形を作れないアリスは、霊夢や魔理沙に扮した人形と遊びに行く事によって、
人形の隣に座り、それを常に操作し続けた。
霊夢の言葉を語るという機能を持った人形、魔理沙の態度をとるという機能を持った人形。
同じ機能を持つ人形を、彼女らは本人だと認識していた。とアリスの目には映っていた。
「……怒る?」
今度はアリスの視線が二人を射抜く。
「……あのさ、もうちょっと解りやすくならない?」
「何よ。巫女は頭が足りないのね。……ん、要するに、もし魔理沙が死んだとする」
「私はそんな簡単にくたばらないぜ!」
「もしもの話よ。そんな怒鳴る事ないでしょ。……で、もし魔理沙が死んだとして、霊夢がそれを物凄く悲しんで」
「別に悲しまないかも」
「お前は外道巫女だな!」
「一々脱線しないでよ……。ったくもぅ……。
だから、もし魔理沙が死んで霊夢がそれを悲しんで、
そこに私が魔理沙そっくりの自律稼働人形を霊夢にあげたら、それで霊夢は喜ぶ?」
二人はしばし考え込む。それは、アリスがクッキーを一枚食べ、お茶を二口飲むだけの時間だった。
「喜ばない。別に嬉しくないわね」
「私もだ。逆で考えてみたけど、喜ばないな」
二人の答えは同じだった。
「どうして? それは全く同じ魔理沙なのよ?
本を盗むし、神社にお茶をせびりにくるし、派手な魔法を好む、何一つ変わらない魔理沙なのに?」
「それでも、その魔理沙は人形であって魔理沙じゃないもの。人形だ、っていうなら何だか気味悪いわ」
霊夢の言葉に、うんうんと魔理沙も頷く。
「じゃ、私が『聞いて霊夢。死んだと思ってた魔理沙が実は生きてたの』って人形を連れてきたら?
霊夢はそれが人形だと知らなければ、本物だと思って同じようにお茶を出すんじゃない?」
「む……」
霊夢がまた黙り込んでしまう。そこに魔理沙が口を開く。
「だからってそれが私になるわけじゃないだろ。あくまで人形は人形でしかないんだからな」
「そうねぇ……それじゃあもしも……。
人形の魔理沙が、本を盗む事も無く、神社にお茶をせびりにくる時は必ずお賽銭とお土産を忘れず、
世の為人の為派手すぎず慎ましく魔法を使う魔理沙だとしたら?
みんなは喜んで、人形の魔理沙を『魔理沙』本人として受け入れるんじゃない?」
他人から見て都合の良い魔理沙は、例え本物ではなくても、本人に摩り替るのではないか? と。
「………………それは、無い」
考え込んでいた霊夢が、ふと呟いた。
「そうだな」
魔理沙もそれに同調する。
「どういう事?」
アリスの問いかけに、魔理沙は自信たっぷりに答えた。
「とりあえず『本物の定義』だが、それは『機能が同じなら同じモノ』ってそれで合ってるぜ。
だって、それを『同じ』って言うのが普通だろ? 一人で言葉遊びしてたらそりゃ、解らなくなるぜ」
魔理沙の威勢に続くように、霊夢も言葉を並べる。
「それから『モノの区別』だったかしら。本物と偽物をどうやって区別するかって事よね。
そんなのは無理に決まってるじゃない。完璧に同じモノならね。
それでも、本物と偽物の区別をつけるのは、私自身よ。
さっき言ったみたいな都合の良い魔理沙なんて私は嫌いだわ。だから私はそれを偽物だと区別するでしょうね。
でもね、それは都合の良い偽物だから嫌いになるわけじゃない。
例え今横に座ってる本物の魔理沙がそんな都合の良い風になっても私は嫌いになるわ。
逆に言えば、人形だと解らない限り本を盗んだりする偽物は私にとっての本物の魔理沙になる」
「……偽物でもいいって言うの?」
「結局、その魔理沙が私と付きあう上で合うか合わないかの問題よ」
それから雪の降る日、降らない日を挟んで数日が経ち、大晦日の夜。
綺麗に晴れた年の暮れの夜空は、冬の透き通った冷たい空気の中、鮮やかな月を掲げていた。
その月の下で、いつもの面子が酒や料理を持ち寄って博麗神社で宴会をしていた。
境内には真っ赤に燃える篝火がいくつも焚かれ、暖房兼照明としてその赤い炎の下に参加者たちが寄り添う。
その明るく赤るい中でそれぞれが思い思いに騒ぎながら除夜の鐘など気にも留めず、
ただ楽しさのままに煩悩で酒を飲み続けていた。
そのメンバーたるや、紅魔館と白玉楼と八雲一家、永遠亭、守矢神社に、
遠く天界と地底からは比那名居の不良天人と龍宮の使い、地霊殿の姉妹とペットたちも参加していた。
「アリス、飲んでるかー」
「程々に飲んでるつもりよ。魔理沙は飲みすぎじゃない?」
「まだまだ酒はこれからだぜ。おい霊夢、私の酒を飲めー」
「はんっ、それくらい飲んでやろうじゃないのよ!」
魔理沙から渡されたグラスを煽る霊夢。一気に飲み干すと、周りから歓声があがり際限なく宴会が盛り上がっていく。
「あー、そういえばアリスよ。この前の私たちの人形はちゃんと処分しただろうな?
私が本物である以上、あんなのはあるだけで気味が悪いからな」
「えぇ。ちゃんと処分したわよ。お陰で充実した新年が迎えられるわ」
「どういうことなんだぜ?」
「森近さんは良い人ね。私が丹精込めて作った人形よって言ったらかなりの額で買い取ってくれたもの」
篝火とお酒に囲まれながら、幻想郷はまた一つ新しい年を刻んでゆく。
が、残念な事に、香霖堂に新年は訪れそうになかった。
本物の定義が揺らぐなんて事があったら恐ろしい話ですね…
本当に何もしらない人が見たら本人だと思うんでしょうね。
でも、私としてはいくら性格や外見が同じであってもどこかに必ず
差異があると思いますね。
それが彼女たちを定義づけている何かだと思ったり。
しかし、実際登場すると同じ人物がいるような感じで若干怖く感じるかも。
面白作品でした。
と言うか、買う人限られてそうだなー
人物の本物と偽物って定義は、人の形を扱うアリスにとって何度も巡ってくる難題なんでしょうね。
ちょっと受け付けませんでした
よかったです。
因みに話の元は“スワンプマン”ですか?