ごすん
良い音がしました。
例えるなら、勢いよく額から柱に激突したかのよう。というか、神社が揺れたから、少なくとも何かが激突したのは疑いようもない。
と、神社にお住まいの霊夢さんは思ったわけである。ちなみに、既に日は沈んでいる。こんな時間に、という思いが、ほんの僅かに心をささくれ立たせる。些細なことで機嫌を損ねるのは普段のことであるが。
「……激突するとなると、魔理沙かしら。他のはぶつかるより、ぶつけてきそうよね……誰かが神社倒壊させようとしてたらどうしよう」
霊夢の目には恐怖、なわけもなく、ただ無感情な殺気ばかりが浮き上がっていた。情はない。あるわけもない。むしろ追い剥ぎできるならとりあえず身包み剥ぐ。
と、そんな鬼畜じみた巫女がおんもに出ると、そこには一人の金髪の少女が俯せに倒れていた。両手が何故か狐さんを表現していたりするが、恐らくは無意識に指が動いたものだろう。ぶつかった音が『こんっ』ならそれらしかったが、そこは惜しいと言える。
「……あら珍しい」
黒い服にお札のリボン。それは、ルーミアであった。
とりあえず、見て見ぬふりをするのもどうかと思ったので、人差し指と親指で襟首を掴んで中へと引っ張っていく。
「ぐえ」
僅かに極まり掛けているようで、気を失っているルーミアが苦しげに呻いた。が、無視。
すたすたと歩き、先ほどまでお茶を飲んでいた部屋に摘んでいたルーミアを放る。
「もきょっ!」
奇声が上がった。顔面から投げられ、床に接吻をした所為だろうか。
「……うぇ……な、なに、なに?」
突然むくりと起き上がると、ルーミアは辺りをキョロキョロと見渡した。どうも、今の衝撃で目覚めたらしい。
「おはよ」
ルーミアの眼前に膝を曲げて立ち、やる気なく片手を上げての挨拶。思わずルーミアも片手を上げるが、まだ頭が落ち着いていないようで、きょとんとした顔である。
「お?」
しばらくしてから、ルーミアは目の前にいる霊夢に焦点を合わせた。
「おー、巫女っぽい人間だ」
「惜しいわね。巫女よ、間違いなく巫女」
腕を組みながら、呆れた顔でそう口にする。そんな霊夢を見ながら、ルーミアはころころと微笑んだ。
「食べて良い?」
「駄目」
「なんでだ?」
「なんででしょう」
「おー……」
悩み込んでしまった。
埒が開かないと思ったので、話を変える。
「今夕飯を作っているんだけど、食べる?」
「ご飯? それって、巫女とどっちが美味しい?」
「どっちでしょう」
「おー……」
また悩み込んでしまった。
しばらくうんうんと唸っていたが、これは放っておくといつまでも考え込んでいそうに思えたので、霊夢は頭を掻いてから、溜め息混じりに口を開く。
「私の作ったご飯の方が美味しいわよ。あと、私の名前は霊夢。憶えなさい」
「おー。そうなのか」
途端、目がキラキラ。キラキラキラキラ、キラキラキラキラ。
まぶしすぎる。飯の方しか聞いてなかったかもしれない。
「食べていいの?」
「いいわよ。まだ作る量も決めてなかったし」
直視に耐えかね、視線を逸らしつつ霊夢は応えた。
本日のメニューはパスタ。大量制作お手の物。何よりお値段控え目。
ちなみに、二人分のホワイトソースを作る材料がなかったので、カルボナーラにしようという提案を諦め、ペペロンチーノの制作が開始された。
というわけで、霊夢は台所へ向かう。
「お?」
ルーミアの手を引いて。
「おー」
目の前に並ぶ食材。
「働かざる者食うべからず。少しくらい手伝いなさい」
「判った!」
そんなわけで、霊夢とルーミアは夕飯作りに勤しむことと相なった。
本日のメニューは、ペペロンチーノと簡単な野菜のサラダ。サラダというか、生野菜盛り合わせ。
まず、ルーミアは野菜を洗い、霊夢はパスタを茹でるという作業から開始された。
作業開始から数分後、ルーミアは自分の洗っていたものをじっと見てから、ポイッと口に放り込む。
しばし時間が経過。
「……っ!」
ルーミアが口を押さえた。
良く噛んで嚥下した物体は、ペペロンチーノに使う赤唐辛子であった。
「この小さい人参、苦辛い……!」
「それに懲りたら摘み食いしないように」
実は摘み食い予防にわざと食わせたものだったりする。
それが思いの外効果覿面で、ルーミアは他の食材を食べようとはあまりしなかった。でも、サラダ用に使おうと思っていた大根は綺麗にいただかれた。ちなみにトマトも一つを丸ごと食われた。いい加減腹が立ったので、陰陽玉で一発だけ頭を殴ってみた。
「っ!?」
突然の強烈な衝撃に、ルーミアが悲鳴を上げず驚き、キョロキョロと周囲を見回す。そして、霊夢の方へと視線を向けると、酷く潤んだ目でジッと見ていた。「なんで叩かれたの?」という感じの声が聞こえた気がした。
そんなルーミアに、調理前の食材を食べるな、と説教したかった。しかしそれはどうせ上手くは伝わらないだろうと思うと、霊夢は素っ気なく「食うな」とだけ口にした。
「さぁ、パスタはできたし……面倒ね。トマトこのままでいいわ」
小皿にレタスを敷くと、二つの小振りなトマトをその中央に乗せた。楽しすぎであった。
とまぁ、そんなこんなあり、とりあえず料理はあっという間に完成した。ルーミアの手伝いでどの程度速度が増したのか判らないほど、霊夢のそれは手際の良いものであった。
目の前に置かれた、ニンニク香るスパゲッティーに、ルーミアは目を輝かせつつ匂いを嗅いでいた。
「……おー。なんかすごい」
「……この料理で驚かれると、もっと手の込んだの作って見せたくなるわね」
基本的に料理なんてせず、それなので料理など滅多に食べたことないルーミアにとって、目の前の食事は好奇心を刺激するに充分なものであった。
そうして二人は料理を居間に並べると、少し遅めの夕食を開始した。
勿論、箸ではなくフォークである。巫女服にこれでもかというほど似合わない。慧音がテニスウェアを着込んでポニーテールでテニスに興じるくらい違和感がある。「それ、いくぞ妹紅」と言っちゃう程度にちょっとはっちゃけてる。
しかし、雰囲気の合う合わないは食べ方とは無論別であり、霊夢のそれは優雅であった。クルクルとフォークを回し、適量絡めると、そのまま口に入れる。啜らず、こぼさない。一度アリスに習っただけだが、あっさりと習得した本格的な食べ方であった。あぁ、妬まし。
一方。
「ずずずずずずずずず」
ラーメンか、あるいは蕎麦というアジアンな音を、オリーブオイルと共にまき散らすルーミア。握り締めるように持ったフォークで皿の表面を掻き、同じく皿に接触している自らの口に入れる。
体勢が体勢なので、霊夢の方に油は飛ばないが、ルーミアは顔中てかてかだった。
「どう、美味しい?」
「えとね、判らない!」
良い笑顔だった。
食事が終わり食器を片付けると、霊夢はルーミアから服をゆで卵の上手な剥き方のようにすぽんと引き抜くと、自らも衣服を脱ぎ、油まみれのルーミアを浴室に放り込んだ。
「……お?」
そこもまた目新しく、油で輝く額同様に、ルーミアの瞳がまたも輝いた。
「お風呂、入ったことある?」
「お風呂かぁ」
絶対に理解していないことだけが、これでもかというほど判った。
「……とりあえず、湯が汚れるから顔から洗うわよ。こっち来なさい」
そんな霊夢の手招きに、ルーミアは素直に従うと、横に腰を下ろした。
「さて」
石けんを手ぬぐいにつけて、泡立てる。あっという間に、それは膨らみ広がり、柔らかく霊夢の腕を包んでいった。
「美味しそう」
「絶対に食うな」
想定通りの会話を終えると、霊夢はその泡を投げつけるようにルーミアの顔面に叩き込む。
「わっぷ!」
そして押し倒し、顔と髪をゴシゴシと洗っていく。
「にゃはははは! 苦しい! くすぐったい!」
「ええい、暴れるな!」
泡立てている最中に悪戯心がうずいたらしく、乱暴に、けれど痛くはないようにルーミア洗っていく。ルーミアもどちらかといえば心地良いようで、いやいやと体をくねらせながらも、霊夢に全身を洗われていく。髪、顔、首、胸、胴、腕、脚。流れるように体を丁寧に洗われ、どこかルーミアは夢見心地になってきてた。
ばしゃん
「わっぷ!」
泡投げつけられた時に似た驚き。うつらうつらとしていたルーミアの頭から、お湯が被さったのだ。
「おー……」
寝ぼけた頭で理解できていないのか、ぼーっとしている。
「さ、洗い終わったわよ。湯船に入ってなさい」
ルーミアの全身から泡が流れたことを確認すると、霊夢は湯船を指さした。けれど、それに近づいてから、顔からダイブしようとしたので止めた。恐らく飲もうとしたのだろう。
霊夢はルーミアの両手を持ち、ゆっくり片足ずつ浴槽に入れていく。そして両足が入ると、そのままゆっくり腰を下ろさせた。何をしているか判らないけど楽しい。そんな雰囲気が満ちていた。
そんなルーミアに背を向けながら霊夢は体を洗い、あっという間に洗い終えると自らも浴槽に入る。ちょっと狭かった。
「……ルーミア。つめなさい。もっと向こう」
「横に移動」
ズイズイと腰を動かして移動する。けれど狭い。
試行錯誤の末、霊夢の上にルーミアが乗っかる形となった。
「どう。気持ち良い?」
「ぬるい」
ちなみに、「ぬくい」と言ったつもりらしい。
そのまま二人はぼへーっと、ただのんびり湯船に浸かり、ルーミアがフラフラし始めてからようやく上がったのだった。
浴室を出れば、外はそこそこ涼しい。逆上せ気味のルーミアに霊夢は浴衣を着せ、自分も浴衣を着ると、縁側にルーミアを寝かせた。
そのまま霊夢はルーミアの服を洗いに行き、お茶と団子を持ってルーミアの横に戻ってきた。ちなみに、洗濯は文明の利器(カッパのマークの洗濯機)なので、とても早い。巫女装束も傷めず洗える逸品である。
「団子、食べる?」
「後で~」
逆上せているからか、寝ていると食べづらいからか、あるいは満腹だからか―――それはないか―――。そんなルーミアを、少しだけ珍しく思うと同時に、それなりに生き物なんだと、霊夢はぼんやり思った。
横になるルーミアの横に腰を下ろしていると、ルーミアはズイズイと寄ってきて、断りもなく霊夢の太ももに頭を乗せた。
「……あ、これちょうど良い」
「……脚痺れたら無理矢理どかすからね」
眠そうな顔。だるそうな顔。けれど揃って、居心地は良さげな顔。
気だるそうな会話も風に流れるほど、外は穏やかであり、優しい風が吹いていた。
「ねぇ、霊夢」
「ん?」
眠そうな声。けれどどこか普段とは違う、困ったような色が混ざっていた。
「何が食べて良くて、何が食べちゃいけないの?」
それは、ボソッと漏れて、風に吹かれて消えていく。しかし何故か霊夢の耳の奥には、酷く反響して残っていた。
「私、判らないなぁ」
悲鳴。そう聞こえもした。でも、これは単純な言葉。困った声。
何も考えていないようで、色々考えることもしていたのだなぁ、と、霊夢は感じた。それが何故か嬉しいようで、少し哀れに思えた。
「そう。それなら、聞けばいいじゃない」
「霊夢に?」
「んー」
考える。この人を食って良いかと訊ねられた時、良いと言って良いのか。言えはするだろう。だが、それでは博麗の巫女として正しいと言えるのか。
……自分には応えられないと気づいた。
「私は人間。だから、人間を食べて良いなんて言わないわよ」
「そうなのか」
残念そうだった。答えを期待したのだろう。
「そういうのは紫に聞きなさい。食べて良い人間と、食べちゃいけない人間……まぁ、こっちの都合か、それは」
霊夢は考える。どうすれば良いのか。どうしなくてはいけないのか。
ハッとする。それは簡単なことだった。
「そうね。ねぇ、ルーミア。それはあなたが考えなさい。妖怪は長寿だから、いつか自分で選べるようになるわ。私に封印されるようなヘマをしなければね」
「あははは、怖いなぁ」
軽い会話。人と妖怪という線引きが浮き上がり、少しだけルーミアは心が冷えた。
「……ねぇ。霊夢は、食べて良い?」
「あなたが選びなさい。でも、私を食べようとしたら、私はあなたを殺すわよ」
そこに、迷いはない。自分の命を狙うとすれば、この巫女は間違いなく、首を貫き、心臓を抉り、蘇生などできぬように殺し尽くす。それが、ルーミアには伝わった。
「難しい」
「ゆっくり考えなさい。時間だけはあるのだから」
穏やかな風は少し冷たい手でルーミアの頬を撫でた。同時に、自分では理解できない感情がルーミアの心に触れ、ほんの少しだけ泣きたくなった。
「それじゃ、眠るわよ」
「うん。寝る」
乾くはずだった服が乾かなかったので、ルーミアはお泊まりをすることになりました。
その予定の乱れの原因は、乾燥機が壊れていた。おそらく、この前魔理沙があの中でお菓子を作ろうとしたことが壊れた理由だろう。明日にでもにとりに修理を頼み、魔理沙にその修理代を奉納させようと計画していた。
霊夢は一つの布団を敷くと、面倒だからという理由を口にして、ルーミアと一緒に眠ることにした。
ルーミアのポカポカとした体は、まるで行火のようであり、涼しい夏には少しだけ暑かった。
しばらくして、霊夢の穏やかな寝息が聞こえてくる。
けれど、ルーミアは霊夢の腕の中で、眠れずにいた。
空腹ではないが、鼻に触れる人の香りが、食欲を刺激していた。
もぞもぞとルーミアは動き、霊夢の腕に触れ、それを撫でる。頬に当て、舌を這わせる。人の味が広がっていった。
「食べたいなぁ……」
霊夢は眠っている。今なら食べられる。そう思う。
「自分で考える……」
食べたい。なんで? 食べたくない。なんで? なんでなんでなんで?
頭がこんがらがる。自分の感情が理解できない。食べたい理由も食べたくない理由も、理解できない。
「うーーーーー」
もぞもぞと震え、呻く。
そのまま三十分霊夢の腕を名残惜しげに舐めてから、ルーミアは決意した。
「判らない!」
つまり保留である。
そう口にすると、ルーミアは霊夢から少しだけ離れ、霊夢に背を向けると、数分の後に眠りに就いた。
それと同時に、霊夢は腰の下に隠していた退魔針から手を離した。
夜は、優しかった。
「……アフロ」
霊夢の眼前に転がる。真っ黒の塊。闇をまとったルーミアである。
「それじゃ、私はでかけるね」
闇の中から声がする。
「え、えぇ」
着替えを闇の中に放り込むと、ルーミアはその服を十分間探しまくり、十分掛けてようやく着ることに成功した。らしい。実際見れないので確証はない。
「ご飯、また食べに来るね」
「はいはい」
「……霊夢はどっちだ? あと、外はどっちだ?」
「……見てると優しい気持ちになれる存在ね、あんた」
完全に迷っていた。
霊夢は闇の中に手を突っ込み、ルーミアの手を引いて神社の外まで連れ出した。
「外の香りがする」
「目が見えないなら、もっと鼻と耳を使いなさい」
「判った」
返答が早すぎたので、理解してないものと理解した。
「じゃあね」
ルーミアはそう口にすると飛び上がる。そして、フラフラと上昇すると、ゆっくり全身を始めた。
「あっ」
真っ直ぐ、鳥居目掛けて。
ごすん
また鳴った。
「おー……!」
短い悲鳴が聞こえたと思うと、闇は降下して、石段に落ちる。
がらがらごんがらがらごん
思わず肩をすくめたくなる音が響く。時折悲鳴に似た声が聞こえた。
その音が遠くなり、やがて聞こえなくなると、霊夢は呆れた顔で頭を掻いた。
「なんていうか……不器用な生き物ね」
霊夢は動かない。ただ、闇の塊が再度空に浮かんでどこかに飛んでいくまで、その場に突っ立ってぼーっと眺めているのであった。
今日も、幻想郷は良い天気である。
とりあえず「……見てると優しい気持ちになれる存在ね」には全面的に賛成します。
二人の会話や、話の流れも、自分好みのとても良い作品でした。
ルーミアかわいいよルーミア
なんだか、二人に幻想郷の縮図を見たような気がします
とりあえず二人とも俺を混ぜうわなにをすr
それにしてもルーミアかわいいなぁ…。考えを押し付けないで自ら道を選ぶよう諭す霊夢さんもイカス。
人妖のちょっと奇妙で素敵な話、ありがとうございました。
柱にぶつかるのもそうだけど唐辛子を食べてしまう様子も愛らしい・・・。
こう…彼女って作品や絵を見ていると年齢としてはずっと上でしょうけど、まるで幼い
子供のように感じますから不思議ですよね。
とても面白かったですよ。
ルーミアと霊夢が素敵すぎなお話でした。
でもあとがきの魔理[ぽー]沙にすべて持っていかれました。
>ギャグなら書けるハズと作った結果がこれでした
ギャグにならないということは、やはりほのぼの系が肌に合ってるんでは?
巫女服にフォークは、これくらい違和感があるというのですね?
・・・いいえ、違和感どころか、これだけで生きていけそうです。
次回作も期待
確かにるみゃは、幻想郷の妖怪のなかでも、かなり幼い思考の持ち主でですよね。ある意味、獣に近い思考回路なのでしょうが。
あるいは、それこそが封印なのかも知れませんが…
ゆっくり考えて答えを見つけなさいな。
幻想郷はこうでなくっちゃあ
お互いの立ち位置はそのままに、少しだけ成長したルーミアがよろしかったです。
どうでもいいけど、慧音のテニスウェアって死ぬほど似合いそうな気がする。
あと高橋留美子風の倒れ方もルーミアに似合いそうw
霊ルーに期待
霊夢さんが
「絶対に食うな」
と言ったところでなぜか爆笑してしまいましたw
ルーミアちゃんは私の妹にしたい妖怪暫定1位になりましたw
魔理[ぽー]沙www
でもところどこに切なさを感じさせるものがあって…
ああ幻想郷だなあ、と。素晴らしいです。
あとるみゃ可愛いよるみゃ、性的な意味で食べらr(ry
つまり何が言いたいかと言うとルーミア可愛い