「きっと茹だるとダルくなるってウ~って言うから茹だるって言うんだぜ」
「ほぼ確実に「ゆだる」から来ていると思うわ」
「う~だ~る~」
「あ、誤魔化した」
季節は夏。貴重な氷を一気に食い潰したくなって仕方がない夏。氷を水を張った桶に入れて足を浸したり、砕いて甘いシロップなんかをかけて食べたり、もっと贅沢に水風呂に大量の氷を入れて風邪でも引いてしまいそうなほど凍えたい夏。
そんな夏に、魔女が道のわきの草むらでのびていた。そしてそんな夏に、のびている魔女をメイドが見下ろしていた。更にそんな夏に、待ち合わせに巫女が遅刻していた。
「……霊夢来た?」
「まだ見えないわね」
ここは待ち合わせの場所である、中有の道の手前。そこの草むらに魔理沙は寝ころび、そのすぐ横に咲夜が腰を下ろしていた。
幽霊とか集まってるとひんやりして気持ち好いということで、三人で中有の道に行くことにしたのだ。そこは常に縁日のような状態なので、特に夏に行くと丁度良い。
「早く涼みたいぞー!」
「往来で叫ばない。あのグータラ巫女も、もうじき来るでしょう」
バタバタと手足を振って、その運動でより一層暑がることになる自虐的な魔女。
しばらくすると、道の向こうの方から縁起の良さそうな紅白の色が飛んできた。その飛行速度は速い。だが、これは遅刻したから急いでいるのではなく、風を受けるのが心地好いから速いのだ。風を切る涼しさを喜んでいるようで、笑顔がやたら眩しかった。
巫女は二人の前に着くと、急停止をして道に降り立つ。
「ちょっとお待たせ」
「随分とお待たされたぜ!」
横になったまま目線だけを動かして、魔理沙は霊夢に文句を言った。そしてまたバタバタと暴れては、額を伝う汗で帽子を、首筋を伝う汗で服を濡らしていく。気持ち悪いが、着替えに戻るのも面倒に思い、魔理沙は飛び起きると服をパタパタとさせ空気を入れて我慢した。
そこでふと気付く。自分と比べると、二人のなんと涼しそうなことか。
「つうか、なんでお前ら二人は汗かいてないんだよ」
涼しそうな顔の二人を、ジト目で睨む魔理沙。
「メイドは汗かかない」
「巫女も汗かかない」
「嘘吐け!」
暴れて汗を飛び散らせる少女が約一名。
この汗かき娘が水分を大量に出し過ぎていたので、咲夜が強引に水筒から直接水を飲ませようとした。水を飲むともっと汗が出ると魔理沙はわめいたが、有無を言わさず口に水筒を押し付けながら水を注ぎ込まれ、仕方なく魔理沙はコップ一杯ほどの量の水を口にした。
口を離すと、魔理沙は荒く呼吸をする。無理に飲ませようとした際に、咲夜が鼻を摘むものだから、呼吸困難になりかけていたのだ。
魔理沙の呼吸が整ったのを見ると、咲夜は先程の問いに答える。
「メイドが汗をかくと主人が気になるでしょ。だから汗をかかないよう、食べ物や運動で調整するの」
「すげぇ、メイドすげぇ」
「私の場合は脇が開いてるから涼しいのよねぇ。風通し抜群」
「えろい、巫女えろい」
「えろくない!」
えろいと言われ、やや顔を赤くしながら霊夢が叫ぶ。そんな霊夢を見て、遅刻という大罪に対してささやかな罰を与えられた思い、魔理沙はにっこにこの笑顔を浮かべた。
こうして文字通り姦しくなった三人は、暑くならない程度に早足で日差しから逃げるように中有の道へと向かっていった。
ほどなくして、三人は熱気から解放された心地好い涼しさに充ち満ちている夏の楽園、中有の道に至った。そこはまさしく楽園。なにせ、幽霊がウヨウヨしている。真夏に雪が舞っているようなものだ。
「わー、すずしーぜー!」
「冷やっこいわねぇ」
「ふぅ。心地好いわ」
順に、あまりの居心地の好さにむしろ八つ当たり気味な怒りを覚える魔理沙、この涼しさに満足げな霊夢、身を焼くような強さから逃れられて安心した咲夜となっている。それぞれ現状に対して過去、現在、未来とに感心が分かれており、十人十色の良い例となっていた。
中有の道。そこは、三途の川へと通じる霊の通り道である。が、そこを通る霊相手の出店がやたらと立ち並び、またその出店目当てに祭り好きの生者も踏み込んでくるという賑わしい場所なので、霊の集う場所のくせに肝試しには恐ろしく向かない場所であった。
なお、ここの出店の売り上げは地獄へと流れていく。どこもかしこも財政難なのだそうな。地獄の沙汰が金次第となっても、それは仕方がないことなのかも知れない。
とまぁ、そんな他所様の事情はさておいて、この人間様御一行は、年中無休なので若干の季節感と節操に欠ける出店の群れに辿り着いた。
「「えーんーにーちー!」」
「恥ずかしいから叫ばない、紅白饅頭とモノクロ魔女」
「「よし、まずは金魚すくい!」」
「叫ぶなというに」
両手を挙げて高らかと叫ぶ賑やかな二色娘たちと、その二人の手綱を握ろうとする紺と白の二色娘。服の色だけならやや地味だが、周囲からすれば実に派手に映る三人組であった。
「霊夢、どっちが多くすくえるか勝負!」
「面白い!」
「二人とも、袖を濡らさないように」
すっかり保護者となる瀟洒な保母さん。
と、二人が同時に金魚すくいに挑戦するものだから、慎ましやかに咲夜も金魚すくいに挑戦をした。
祭り慣れしているのか、霊夢と魔理沙は実に上手い。既に二人の器には五匹もの金魚がピチピチと跳ねていた。
一方、瀟洒な保母さんはというと。
「……あっ」
順調に金魚すくい屋の店主を儲からせていた。破った紙は実に五枚。すくった金魚はその数にゼロを掛けた数。要するにボウズである。
「……咲夜って、意外に鈍いのな」
「変なとこ抜けてるしねぇ」
更に二匹ずつ金魚をすくった二人が、咲夜の手元を見てそんな感想を口にする。
「むっ」
突如燃え始めるプライド。内心で紅魔館のメイドとして負けるわけにはいかないなどと自分に言い聞かせているが、金魚すくいに紅魔館は関係ない。ちなみに、レミリアとフランドールは金魚すくいよりむしろスーパーボールすくいの方が好みらしい。というかスーパーボールが面白いのだそうな。
逸れ始めた話を軌道修正。
突然何かに目覚めた咲夜は、今までの漫然と水の中にポイを突っ込んでは水圧で紙を破るという紙と金の無駄使いを止め、次々と金魚をすくい始めた。
「な、なにぃ!?」
「ふふっ」
大きく驚く魔理沙と、不敵に微笑む咲夜。
見たところ、技術的な進歩があったようには思えない。すくい方は明らかに素人のそれであり、紙が破けない方が不思議である。だというのに、咲夜は無造作にポイを突っ込んでは金魚をすくい上げていく。
「……判った。ポイに張ってある紙の時間を止めてるのね。さっきからあの紙、破けないどころか濡れてもいない」
じっくりと観察して、呆れ顔になった霊夢。
「き、汚ぇ!」
「私に対して鈍いと言ったこと、訂正させるわよ」
「くそっ!」
「……鈍いを返上することにはなっていないような」
保護者が一転して悪ガキとなった。
結果、咲夜が十二匹、霊夢が十一匹、魔理沙が八匹となった。魔理沙は咲夜の変貌に驚き、誤って紙を破ってしまった。霊夢は途中で馬鹿らしくなったので手を抜いて紙を破いた。咲夜は、トップに躍り出るとその時点で時間停止を解き、次の瞬間には実力で紙を破いた。
「私の勝ち!」
金魚すくい史上稀に見るであろう強烈なインチキをしたメイドは、心底嬉しそうにガッツポーズなどを決める。そんな咲夜に、呆れ顔の霊夢はやる気のない拍手を送り、納得できない魔理沙は悔しげに文句を垂れていた。
なお、ここの金魚は金魚の霊なので、持ち帰ることができない。その為、すくった金魚の全てをキャッチ&リリースすることになる。得る物がない娯楽である。その代わり、お値段はとても安い。
金魚を返す際に、店主の親父は三人に小さな飴を渡した。騒いで周囲の感心を惹いてくれた礼だ、と言っていた。それをありがたく貰うと、三人はすぐに舐め始める。甘い、生クリームのような味が舌の上に広がっていった。
続いて三人が興味を示したのは来世占いである。これはその名の通り、自分の来世を占うというものだ。
他にも、生前の自分を評価するもの、これから転生するまでに何があるかという死後の占いなど様々なものがあったが、その中でもこの占いは一番目を引いた。
「私の占いは当たるわよ。ただ、転生すると大抵記憶失っちゃうから、だぁれも当たったって言いに来てはくれないけどね」
ケラケラと笑いながら、霊感商法諸々で人を騙し続け地獄に堕ちたジェシー(仮名)は語る。ちなみに、外見も口調も日本人なのだが、そこにはツッコミを入れてはいけないらしい。本気で怒るそうだ。
なお、ジェシーは地獄に堕ちてからここで働く内に、随分と性格が丸くなり気の良い女性になっていった。この様な変化は少なくないようで、思わぬ効果に地獄はご満悦なのだとか。金を儲けて人格更正と、正に一石二鳥。
閑話休題。
そんなジェシーの上手な話に引かれ、魔理沙たちは占いを受けることにした。すると、本格的な占いや呪術の道具が立ち並ぶ店内から、ジェシーは御神籤箱を五つ取り出すと三人の前に置いた。
「はい、それじゃ好きなのを振って」
「「「クジなのか!」」」
三人が叫ぶ。それを見て、ジェシーがより一層ケラケラと楽しそうに笑った。
クジを引くと、中から出て細い棒に書かれていた番号をジェシーに伝えると、それぞれが紙を受け取った。
「くっそ、あの店内の道具全部が飾りか。騙されたぜ」
占い自体に興味を引かれていた魔理沙としては、結果よりも過程がメインであっただけに不満があるようだ。一方、軽い気持ちで購入した霊夢と咲夜はそれほど不満はなかったようである。
ただ、不満があった魔理沙も、結果は結果で気になるのか、機嫌をあっという間に直していく。
「それじゃ、みんなで一斉に開ける?」
「いや、ここは一人ずつ開けていこう」
一気に開けるより順番に開けた方が長く楽しめると魔理沙が提案して、それに二人が頷いたので霊夢、魔理沙、咲夜という順番で開けることとなった。
「それじゃ、いくわね」
霊夢が緊張もなく、お菓子の袋を開けるような気軽さでパッと開く。
『神』
いきなり突拍子もないことが書いてあった。
「「「………」」」
沈黙が場を支配する。
「大吉……みたいなもんかな」
「また随分といい加減な……」
「あんまりなりたくないなぁ」
初っ端から凄まじすぎる占い結果に呆然としてしまう三人。
霊夢の引いたクジの下の方には、『どこか高い場所に宿り、広く世界を見渡して人々を守り養う存在となる。迷い人を導く存在でもあるが、迷い人の素行が悪いと延々と遠回りさせるという性格』と書かれていた。
占い自体は全体的に粗いが、変なところがやたら細かい占いだった。
「まぁ、巫女だし神でもいいのかしらね」
「ねぇ、咲夜。巫女ってそう言うものじゃないと思う」
「さて、と。それじゃ次いくぜ」
思い切って魔理沙も開ける。
『蜘蛛』
次の瞬間、見事に崩れ落ちた。
地面に四つん這いになり、悲哀に満ちた顔で固まっている。また、崩れ落ちる寸前に紙を手放してしまい、下に書いてあった細かな説明は誰も読めなかった。
「……嬉しくない」
魔理沙が本気でショックを受けていたので、二人には掛ける言葉が見つからなかった。
立ち直るまで三分という時間が掛かったが、その時間で完全に吹っ切れたのか、立ち直るとやたらと達観した良い笑顔になっていた。
「良し、次は咲夜だ!」
「神に蜘蛛……何か見るのが恐いわねぇ」
そんなことを口にしながら、恐る恐る紙を開く。
『犬 忠義を忘れず、主人に尽くす名犬。ただし、何事にも真剣でありながら微妙に抜けている為、溝に足を取られ怪我をすることがある。注意が必要』
それを見て、喜ぶべきなのかそうでもないのかを複雑な顔をして首を傾げる咲夜。
「「……あぁ、うん、判る」」
「え、納得!?」
自分以外の二人にしみじみと頷かれて、やや驚いてしまった。
こんな調子で、三人はのんびりと縁日を楽しんでいく。
現在、三人は霊と三途の川の水で冷やしたという西瓜を食べていた。随分と罰当たりな商品にも思えるが、公認の代物っぽいのでそれについての発言は揃って控えることにした。
西瓜を食べていると、霊夢がちょっと用事があると言って個人行動を取ろうとする。それに対して魔理沙が「トイレか?」と訊ねると、まだ少し残っていた西瓜が魔理沙の顔面に炸裂して弾けた。そして「予想が付いても訊ねない!」という言葉を残し、霊夢は颯爽と便所を探して人混み、というか霊混み消えていった。
「……甘いぜ」
顔を滴る西瓜の汁。顔面がべったべただった。それを、咲夜が手持ちのタオルでゴシゴシと拭っていく。その度に微妙な悲鳴が聞こえたが、完全に無視して咲夜は一分ほど拭き続けた。
「鼻が曲がるかと思ったぜ」
ちなみに比喩ではない。
霊夢がいなくなり、賑やかな道から少し外れた位置で、二人はぼうっとすることにした。
「なぁ、咲夜」
「ん?」
ふと、魔理沙は良い機会だと、常々言いたかったことを言おうと決める。
「あの、そのさ……」
しかし、どうにも歯切れが悪い。もごもごと何かを言いかけては、また口を閉ざしてしまう。それを五回繰り返し、ようやく魔理沙は口を開いた。
「私が人間じゃなくなっても、友達でいてくれて、ありがとうな」
「どういたしまして……というか、感謝されるいわれはないんだけど」
実は今から随分前に、魔理沙は完全な魔法使いへと変化を遂げていた。魔理沙は、もう老いることはなく、また食事を取る必要もなくなっている。
魔法使いになるという決意は、魔法の究極を目指す魔理沙にとってとても強く固いものであった。けれど、それでも人間から変わってしまったということを、魔理沙はずっと気にし続けている。
「だって、私は魔法使いになっちゃったんだぜ。それなのに、以前と変わらず付き合ってくれるって、これってすごいことだと思うんだ」
人間三人の中から抜けてしまったこと。それが、魔理沙の中で変わらずに残り続けている。自分でも判らず、そして割り切れない言いようのない罪悪感。それがどうしても拭いきれないでいた。これはそんな気持ちの、初めての吐露であった。
「ねぇ、魔理沙。私って、ずっとこの髪型でしょ」
「え? あ、あぁ」
突然話を変えられて、目を点にする魔理沙。
「もし、私が髪を腰まで伸ばしたら、私は別人に見えるかもしれないわね」
「あー、かもしれないな」
「そしたら、あなたの友達じゃなくなってしまうの?」
そのあまりの言葉に、魔理沙は一瞬言葉を失う。
「なっ! そんなわけないだろ!」
「それじゃ、もしも霊夢が巫女をやめてメイドになったら、霊夢は友達じゃなくなってしまう?」
「そ、それは想像つかないけど……もしそうなったって勿論友達だぜ。当たり前だろ」
「でしょ。そういうことよ」
にこりと笑い、咲夜は魔理沙の額を軽く指で突いた。
「へっ?」
「あなたが人でも妖怪でも、あなたが霧雨魔理沙で在り続ける限り、私も霊夢も、ずっとあなたの友達よ」
しばらく頭の中が白紙になってしまったが、それがあまりに温かく優しい言葉だと気付くと、魔理沙の目は次第に潤んでいった。それを袖でゴシゴシと拭いて誤魔化す。
「な、なんていうかな……照れちまうぜ」
真っ赤な顔をして俯いてしまった。本当に嬉しくて、そして恥ずかしくて、今の顔を見られたくなかったのだ。
そのまましばらく無言を続けた後で、ぼそりと魔理沙が呟いた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
魔理沙の表情は、憑き物が落ちたように晴れやかであった。
その後、すぐに霊夢が戻ってきた。その霊夢の手には『地獄で大人気の地獄焼き』というものが三つ乗っかっている。
端的に特徴を述べると、それは赤かった。
「か、辛い!」
「……!」
「さすが地獄焼きね」
悲鳴を上げる巫女、無言で悶える魔女、顔を引き攣らせながら食べていくメイド。異様な光景だった。
地獄焼き=激辛お好み焼き。
売り文句は『灼熱地獄を越える辛さの限界に挑め』というもので、辛さの段階は五段階。霊夢の買ってきたものは一段階であるのにも関わらず、魔理沙のしんみりとした余韻を外の世界まで打ち上げてしまうほどの辛さを持っていた。
ちなみにこの地獄焼き、霊は死なないから大丈夫というコンセプトで考案されているため、三段階以上は生者が注文しても焼いてくれなかったりする。
さて、この我慢大会を彷彿とさせるお好み焼きを食べ、全員の額に汗が浮かぶ。汗をかくことを最大限抑えている咲夜でさえ汗をかくのだから、魔理沙などは全身に汗をかき、先程とは違う理由で顔を真っ赤にして涙を浮かべつつ食べていた。体に悪そうである。
「慣れてくると美味しいわね」
咲夜のトンデモ発言に、魔理沙と霊夢は自分の耳を疑ってから聞かなかったことにして黙々と食べ続けた。
なお、食べ終わった後に全員頭痛を覚えた。悪影響の香りがした。
縁日を涼しさと共に満喫すると、三人は中有の道を抜け、暑苦しい場所へと戻ってきた。ただし、もうじき夕方になるので、昼と比べれば随分と涼しくなっている。
「「「あぢぃ……」」」
でも、さっきまで涼しかったから文句は勿論出る。というか、涼しかった分だけ暑さが辛かった。
「あそこ気持ち良かったわねぇ」
「そうね」
「咲夜は、今度は時間停止使わないで金魚すくえるようにしないとな」
「うっ」
他愛もない会話をしながら、三人はてくてくと当てもなく歩いていく。
やがて三人は、魔法の森の近くまで来た。
「なんか悪いな、送ってもらったみたいで」
そう言うと、にししと嬉しそうに笑う。
そんな魔理沙の顔を満足そうに眺めると、霊夢は小さく溜め息を吐いた。
「……さて、と。安心したし、そろそろ私たちは帰ろうか」
すると、霊夢は咲夜にそう同意を求める。その言葉に、咲夜は名残惜しそうな顔をしてから小さく頷き、魔理沙に向けて優しい笑顔を浮かべた。
「そうね……それじゃあね、魔理沙。これから色々あるだろうけど、頑張って」
「ばいばい、魔理沙。縁があったら、また会いましょう」
「へっ?」
二人の言葉に離別を感じて、魔理沙は焦る。
「おい、二人とも!」
だが声を掛けた直後に、二人は幻のように消えてしまった。
途端、夢から覚めたように、今まで感じていなかった違和感と忘れていた記憶が、一気に押し寄せる。
自分が魔法使いになったのはいつのことか。そして、あの二人と最後に会ったのはいつのことか。
「あ……」
ふと、思い出す。
「……今日は、お盆だ」
我知らず、魔理沙は涙をこぼした。
「はっ、はっ、はっ」
息を切らせて、魔理沙が博麗神社に続く階段を駆け上る。顔は汗と涙でグシャグシャになっていたが、それを袖で乱暴に拭うと、速度を緩めずに駆けていく。
二人が消えた直後からここまで、魔理沙は全力で走ってきた。足が痛むし、頭は破裂しそう。けれど、飛ばずに走りたかった。魔法でなく、自分の力で駆けてきたかった。
そんな魔理沙に、二人の巫女が声を掛けてくる。
「あれ? 魔理沙だ、珍しい」
「どうしたの、こんな時間に」
この二人は、霊夢の曾孫に当たる双子の巫女。霊夢の死後に生まれたので、霊夢との面識はない。だが、異変解決を手伝う魔理沙とは、従姉妹のお姉さんという感じに親しい。
「なんでもない。ちょっと、な」
大量の汗で顔を濡らしている。というのに、二人の少女は魔理沙の涙に気付いた。
「泣いてるの?」
「あ、本当だ。どうしたの?」
心配そうに訊ねる。茶化しちゃいけないという雰囲気を二人は感じたようだ。
「なんでもない、なんでもないんだ。気にしないでくれ……ただちょっと、すげぇ良い夢を見ちまっただけだから」
精一杯強がるが、それももう限界だった。崩れ落ちそうになる膝に力を込めて、倒れそうな体を無理矢理起こす。
「悪い。少し叫ぶ。うるさいと思うから、耳を塞いだ方がいいかもしれないぜ」
そう言われ、二人はお互いに顔を見合わせた後で、少し下がってから耳を塞いだ。そんな二人を見てクスリと笑ってから、魔理沙は夕日の方角を眺め、深く息を吸う。
何かを叫ぼうとして、言葉が詰まり、息を吐く。もう一度吸って、また声が出ない。言葉は無理だと思うと、魔理沙は次にめちゃくちゃに発声をした。
「あーーーーー!」
とにかく叫ぶ。一度叫べば、声は続く。
「私は大丈夫だからなぁ! 心配すんなよ! 私、頑張るからぁ!」
届かない、霊夢と咲夜への言葉。自分を心配してくれた二人への、感謝と、詫びと、誓い。本当は泣き言を言いたいのに、それを必死に堪えて強がりを言う。
「頑張って、生きていくから!」
そんな魔理沙の精一杯の強がりは、穏やかに沈む夕日に響いた。
どこかで、二人分の微笑みが聞こえた気がした。
~過ぎゆく時間、残される時間~
時は流れる。
「相変わらず小さいわねぇ、魔理沙」
「うるさい、すくすく育ちやがって。普通に成長してたら、霊夢よりずっと背も高くなって、スタイルだってすごかったんだぜ。きっと」
「その淡い可能性も、芽が出ないでさぞや残念」
「くっ!」
時は流れる。
「弾幕ごっこ、するか?」
「身重に向かって何てことを言うか」
「ようするに太っただけだろ?」
「……その認識、女としてどうなんだろう」
時は流れる。
「うへぇ、咲夜も皺が増えたなぁ」
「そういうことを面と向かって言うものじゃないわよ」
「すっかり老けたもんだな」
「……これでも時間操ってるから、結構見た目は若いはずなんだけど」
「お婆ちゃん」
「……刺すわよ」
そして、時は流れていく。
やがてそれは、残される者にとっては残酷な時間を刻み始める。
「霊夢……」
「……なんて顔してるのよ」
老衰。魔理沙が失い、霊夢や咲夜には避けようのない終わりの時間。
この時、霊夢は既に目がほとんど見えなくなっていた。
「だ、大丈夫だぜ。判ってたし、覚悟してた。魔法使いになった時から、ずっと」
「嘘ばっかり」
覚悟が決められなかったから、誰よりも霊夢や咲夜の傍にいた。大切なもののなかで、二人を一番最初に失うと知っていたから。
「いつまでたっても子供ね」
「……酷いぜ」
薄い笑顔。衰えて今にも消えそうな霊夢に対して、そんな顔しか作ることが出来なかった。笑いかけてやれるほど、今の魔理沙の心は、平静ではなかった。
「大丈夫。あなたの周りから私がいなくなっても、あなたなら大丈夫。だからずっと、魔理沙は魔理沙のままでいて。そして、笑っていてね」
「へへへ……本当に婆さんみたいになっちまって」
「あら、私は本当にお婆さんじゃない。孫もいるわよ」
「そういえばそうだったな」
「魔理沙。あなたに会えて良かった。あなたと一緒に居れたこと、本当に幸福だったと思ってる」
「うん……私もだ」
「大好きよ、魔理沙」
「私もだ……わ、私も……霊夢のことが大好きだぜ」
淀みのない、元気な声。対して、若々しく元気なはずの魔理沙の声は震え、そして沈んでいた。
恥ずかしいことを言ったと、少し気恥ずかしくなって、何かを言おうと思うが、何を言えば良いのか頭に浮かばず、頭を掻いて照れている。
しかしふと、霊夢に反応が全くないことに気付いた。
「……霊夢?」
声を掛けて、途端、全身が震えた。
「っ!? 霊夢っ、霊夢ぅ!」
一番避けたかった、一番目を瞑りたかった現実が、目の前に転がってしまった。
博麗霊夢は、静かに息を引き取っていた。
「嫌だ、嫌だよ霊夢! 起きて、起きて起きて起きて! 死んじゃ嫌だ!」
半狂乱になり、魔理沙は叫ぶ。次の瞬間、魔理沙は霊夢を殴りつけて起こそうとした。けれど、霊夢の顔があまりに安らかで、振り上げた拳は行き場を失い、魔理沙はそのまま霊夢に縋り付いて、子供のように大泣きをした。
この後、魔理沙の叫び声を聞きつけて孫たちが駆けつけて、翌日には葬儀となった。その葬儀に、魔理沙は最初から最後まで現れることはなかった。
もう一人の人間の知人である咲夜とは、死ぬ前に会うことはできなかった。霊夢の死で落ち込んでいた時に、咲夜もまた老衰で死んでしまったと、アリスに伝えられた。
咲夜の葬儀の時、魔理沙はレミリアに強く頬を叩かれた。口の中が切れて、鉄臭い味が広がっていく。
レミリアは、咲夜がポツリと、魔理沙に会いたいと漏らしたのだと言った。
その後、魔理沙はその場に崩れ落ちて泣いた。人の目も気にせず、弱々しく泣き続けた。
この時に、魔理沙は自分が人間でなくなったことを後悔した。好きな人より後に死ぬことが、これほどまで辛いことなのだと知ってしまったから。
時は過ぎ、魔理沙は魔法使いとして生きている。人里に積極的に関わろうとして、以前よりも慧音や妹紅と親しくなった。
人間は、自分より先に死んでしまうと判っている。けれど、それでも人と関わらずにはいられなかった。アリスは苦しくなると言っていた。実際、魔理沙は人の死に目を見る度に泣いて悲しみ、そして心に傷を負っている。
しかしそれでも、魔理沙は人間を愛して、人間の傍に居続けることを決めた。その素直な心を決して折ることはなく。そしてそんな魔理沙を、アリス、妹紅、慧音の三人は精一杯支えていた。皆、人から人ならざる者に変わった存在であり、魔理沙の心を察することができたからだ。
人であった過去、人でありたかった思い、魔法使いを選んだ今、魔法を研究したい願い。その矛盾が解ける日は、恐らくこない。だけれども、それでいいのかもしれない。
『魔理沙は魔理沙のままでいて。そして、笑っていてね』
霊夢の死後から、決して離れない言葉。泣きたくなるほど甘く、痛いほど優しい記憶。その全てを捨てず、糧として、魔理沙は今を生きていく。
「私は、笑ってるよ。だから、霊夢も咲夜も、笑っていてくれよな」
自分の家の屋根に寝ころんで、ぼんやりと魔理沙は呟く。
頬を撫でるように涙が伝った。何度も何度も泣いているのに、相変わらず流れる涙に少しだけ感心してしまう。
「さて、新しい魔法でも作るかな」
今日も、魔法の森で少女は笑顔のまま暮らしている。
色褪せない思い出を、その胸に強く抱き締めながら。
まさかそんな展開だったとは・・・
確かに魔理沙は妖怪になりそうだよなー
目から食塩水が・・・。 えーと思ったんですが魔理沙はこの小説ではアリスやパチュリーみたいになったって事ですよね?それは魔法使いじゃなくて魔女になったんじゃないかな?って思いました。魔理沙は人間であり魔法使いなのだからそこからまた魔法使いになるのは変では?そこだけ違和感を感じましたね。でもいいお話。作者お疲れ様でした。
これが涙か…
こういうのも悪くない、てかイイ!!
亡くなった話はあまり好きでないのに死者という感じがなかったからか、
何故かそんな自分でも受け入れられる内容でした。
魔理沙…この腋フェチめ!
霊夢は本当に神になってそうだなぁ…咲夜さんは紅魔館に拾われて(ry
求聞史紀以来、魔理沙が魔女になるか人間のままかっていうのはSS書きの挑みたいテーマのひとつですよね。私もその内……そ、そのうち?
題材の割にちょっとあっさりし過ぎていたような気もしたのですが、でもこれくらいでちょうど良いのかもしれません。ご馳走様でした。
最初と最後の雰囲気のギャップがいいかんじですね
魔理沙は魔女になり大切な人たちの死を見取ってきた・・・。
そのたびに傷ついて泣いて、でも霊夢たちの想いがあって精一杯笑いながら
過ごしてゆく・・・。
そういった魔理沙のお話はとても素敵だと思いました。
思ってたのに…
こういう話好きだなぁ…
順当に考えるとこうなるのが一番妥当なのかもしれませんね…
完全にしてやられましたよ
神霊という存在もあると求聞史紀に書かれていたくらいですし
霊夢なら神霊になる可能性もあるし(十中八九ないとおもいますけど)
生まれ変わって神になる可能性もありますね
咲夜さんの死に目に会えなかったのがさびしかったですね
後半は涙を誘いますね。
>好きな人より後に死ぬことが
ココで某同人誌を思い出しました。
この手のお話は多数あれど、ギャップの強さもあり心に残る作品となりそうです。
次も楽しみにしてます。
涙腺が緩んで緩んで…
何とも表現し難い気持ちで胸がいっぱいです。
このタイトルは秀逸ですね。縁日の何気ない描写やほのぼのさも相まって本当に不意を突かれた。
でも唐突な超展開かと言えばそうじゃなく、前半から微かに散りばめられた違和感が段々符合していくような構成が好みです。
魔理沙が神社に「走り」、叫ぼうとしても声が出ない部分の畳み掛けるような描写で涙腺決壊しました…。
個人的に咲夜さんが魔理沙に甘々なお姉ちゃんっぷりを発揮してるあたりが原作っぽくて好きです。
一応神道なのにお盆に帰ってくる霊夢さんまじフリーダム
中盤まではほのぼのとした日常かと思いきや、まさかお盆だったとは・・・
深いですね・・・・
確かに真理の探究には時間がいくらあっても足りないものですからねぇ・・・・
人間のまま・・・というのも、魔女になって・・・というのも魔理沙を書く上で悩むもののひとつですしね~
目から汗なんてかいてないやい!
お盆だったということから一気に感動の話に変わったというのも素晴らしかったです、タイトルからしてギャグかと思ったのですが、意外なシリアスに驚きです。
最後に、GJです!
だからこういうのダメだって言ってるだろうが(誰にだよ
だがよかった。嫌だがよかった
魔理沙に関わらず、寿命の差というのは大きなテーマだとは思うが、この魔理沙はちゃんと現実を見て進んでいて好印象だった
最近、孫やら死やらの話が多い気がするけどはやってるのか?
俺には合わなかった。
予告しちゃうと味が無くなる作品ではありますけどね。この辺は好みだからどうしようもないっすねーorz
バトル物、ワクワクしてまっていたいと思いますー。
けどこんな解釈もアリとは思う。
ただ、タイトル見てほのぼの系と思い込み(実際前半はそうだし)読み進めたら一気に変わりすぎ。
話自体は良くできているけどある意味タイトルに裏切られた気がする。
いくら時が経っても3人の絆は消えないんだろうな…
安直なお涙ちょうだいになってしまっていると思います。
もっと3人が楽しんでいるシーンに重点を置いて、魔理沙が現実へと引き戻されるシーンでぷつりと切ったほうが美しかったのではないでしょうか。
>>2008-03-24 20:52:09さん
お言葉、感服致しました。私自身、強くその意見には賛同します。
本来、後半の設定はあくまで設定としてだけあっただけで、実際には後半を書く気がなかったんです。ただ、どうしても補完したいという欲求に書いている最中に負けてしまい、このような形になってしまいました。
ご意見、胸に深く刺さりました。ありがとうございます。
>>某のさん
作品を楽しみに期待させていただきます♪
>>題名との違いに悪い意味でショックを受けた方々へ
申し訳ありません。
騙すつもりはなかったので、結果そうなってしまったことをお詫びします。いっそ私自身が狙っていたのなら諦めてくれと言えるのですが、そうでもないので申し訳なかったです。
>>題名との落差を好意的に受け取ってくれた方々へ
心から感謝します。
タイトルと中身の差異も一つの面白みにはなるのだと知ることが出来ました。ありがとうございました。
別離を受け入れてでも人間と関わって行こうという魔理沙の姿勢、強くてとても素敵でした。
霊夢も咲夜さんも受かられます。
ソレは作者さんにも言えます。
書きたいものを一本筋を通す事で
私たち読書側にも思いは伝わります。
良い話でした。
この落差はひどい。そうか、盆かぁ…
後半との落差がすごかったです。もちろんいい意味で。
駄目だ。魔理沙が悲しむ所すら可愛く感じるwww
ってセリフも伏線だったのか……チキショーパソコンの画質落としちまったじゃねーか……
コメントで見るまで気づきかなかったけど、上手い。
うぅ、目から汗が止まりませぬ。
魔理沙は魔法使いにならない派の私ですが、こういう話も嫌いではありません。
とても良い話で感動しました(マジ泣き
気になった点を上げるなら、他の方も書いていますが、タイトルと中身が微妙にあっていないのと、二人分の微笑みが聞こえた気がした以降は個人的には無い方が良かった気がするのでこの点数です。
こういう感じの魔理沙は結構いいですね、最近見た中では一番好きかも。
金魚すくいの時の咲夜さんは可愛かったです。
でも、最後の所は微妙に蛇足かなぁ?
やっぱりこの3人はこうであってほしいですね
ありがとうございました!
話の展開自体はありがちだとは思いますが、序盤で感じさせる妙な違和感を
後半でしっかりと消化させるのは作者様の文章力の賜物とでも言うのでしょうか
霊夢魔理沙咲夜の居る場所から直ぐに「ああ、これは……」と推測は出来たのですが、演出がお上手でしたので先が解っていて話を読んでいても苦にはなりませんでした。ご馳走様です。
ほのぼのだと思って油断していたら目から塩化ナトリウム含有率0.9%の水が!!
ただの魔法使いから種族として魔法使に魔理沙がなるのかどうかは気になりますよね。
序盤の汗をかかない、という展開の伏線には気づけませんでした。脱帽。
ただ僕も、「~過ぎゆく時間、残される時間~」以降はちょっと蛇足に感じたような。
縁日のシーンは楽しそうな3人の様子が良かったです。
感情表現豊かな魔理沙がかわいい…。
これと、その後の数行の描写でノックダウンされました。
ええ、泣きましたとも。
私が泣いたことをここに記すことがこの作品へのプラスの評価になるのか何の意味も無いただの報告なのか分かりませんが、作者のあなたに伝えたかった。それだけ
種族名が魔女ではなく魔法使いなのであってますよ。
あと魔理沙は種族が人間で、職業が魔法使い(名乗ってるだけ)なので問題ないはずです。
ちょっと気になったんで訂正を
最後の霊夢と咲夜が老いていく部分は蛇足かも知れないけれど、
良い話でした。ありがとう。
夢からさめっちゃった時の喪失感がくるなぁ。
なんか魔理沙から熱さが感じられて好感度うなぎ登りだった
それだと来世の転生と矛盾しますが魔理沙的には少しでも救われるかなぁとか
落差がきつ過ぎかなとも思いますが・・・泣きました
目から血と同じ成分の水が…
最後が蛇足に感じられたけど、それを除いてもいい話でした。
タイトルぇ……