上を見上げれば青い空、周りを見れば落ち葉が積もる境内。
日差しは既に顔を出し、地面を暖め始めている。だけど吹く風は少し冷たい。
秋とはなんとも過ごしやすい季候だろうか。こうしていると、境内の掃除にも少し力が入る。
「今日もいい天気ねー。」
竹箒を肩に寄せ掛けて、私…東風谷早苗は大きく伸びをした。
私達が幻想郷に来てから早数週間。リアルでは3ヶ月以上経ってるとかは言わないでほしい。
そんな事はどうでもいいが、博麗の巫女や白黒なんでも屋さんと弾幕合戦を繰り広げてからも、結構時間が経った。
思えば、あの弾幕合戦以外は特に目立った出来事もなく、日々を緩やかに過ごしている。
時々宴会なんかにも赴いているし、妖怪の信仰も得られている。
なんて充実した生活なんだろう。何だかんだで、私は幻想郷がとても気に入っている。
信仰が増えた事で八坂様も上機嫌だし、私も友人が増え、弾幕合戦という名の娯楽も、慣れれば楽しい。
「…あれ?」
そこで私はある事が気になった。
当然だが一番最初に弾幕合戦を繰り広げた時から、私の弾幕形式は変わっていない。スペルカードもそのままだ。
私は風祝。風祝はその名の通り、風を操る秘術を使う人間。
だからこそ私の最大のスペルは「神の風」「八坂の神風」である。
だけど、落ち着いて考えてみれば、他のスペルには「風」の名を持つスペルは(今の所)ない。
寧ろあるのは…。
「何で私の弾幕って星型なんだろう…。」
自分で弾幕を展開しておいてこんな事を考えるのも変だが、通常弾幕も含めて私のスペルの殆どは「星」に関係している。
ひーふーみー…。数えてみれば、2/3のスペルは星型あるいは星の名が入っていた。
…殆どじゃん。
「星といえば陰陽師だけど…。」
星型で有名な物といえば、私としては第一に安倍晴明氏、陰陽師を思い出す。まあそういう家柄なので。
陰陽師を象徴する五芒星。日本古来の呪術の基本と言っても過言ではないかもしれない。
私の家は古くから続く家柄だし、秘術だってきっと昔に作られたのだと思う。
そういう意味では、この星は陰陽師の術式を模したのかもしれない。
しかし、そうするともう一つ疑問が浮かんでくる。それは陰陽師と守矢神社の関係だ。
結論から言ってしまうと、とてもじゃないが関係があるとは思えない。
陰陽師は奈良や京都、守矢神社は(元)長野。母を訪ねて…と言うほどではないが、当時としてはかなりの距離である。
昔の事は学校で習った程度なので、確かな事は言えないが…。
…ええい、止めだ止め。こんな事を考えていてもしょうがない。私には結論を出せそうもない。
大人しく、手っ取り早い方法を使うことにしよう。
* * * * * *
「…で、私に聞きに来たと。本当に手っ取り早い…。」
卓袱台を挟んだ向かい側、八坂様は「めんどくさい」とはっきり分かるような表情で頬杖をついている。
悩んでも答えが出そうにない疑問は、基本的には八坂様に聞く事にしている。
齢1000を超える大年増…コ゛ホンコ゛ホン、オバs…でもなくて、神様なわけですし。
「信仰が広まってからは殆どNEETなんですから、少しぐらいは相談に乗ってくれてもいいじゃないですか。」
「だからってあなた自身の弾幕の事を聞かれてもねぇ。序に英語表記にしても全然かっこ良くないから止めなさい。」
むぅ、わがままだな八坂様は。神様がはっきりニートと言われたら示しがつかないだろうから英語にしたのに…。
「八坂様は何か知らないんですか?五芒星は先ほど申しましたとおり、関係が薄いのではないかと…。」
「そうねぇ…。私も術として思いつく星は五芒星くらいなものよ。とは言っても、星って結構色々な意味があるから…。」
そう言って思案顔になる八坂様。
真剣に考えてくれるのは嬉しいのだが、知識深いと思っていた八坂様から、即座に何かしらの糸口が貰えなかったのは残念だ。
…使えない神様だなぁ。
「…早苗、何か言った?」
「いえ、何でもありません。」
神様って勘は鋭いんだな、結構。
しかし困った。そうなるとどうすればいいんだろう。
私が分からないからと諦めてしまえばいいのだが、こういう疑問は一度考えるとなかなか消えるものじゃない。
とは言っても、何処を調べればいいのか…。
「…そんなに悩むなら、神社の歴史でも調べてみればいいじゃない。」
私があれこれと考えていると、八坂様がそう仰ってくれた。
そうか、守矢神社の成り立ちとかを調べれば、何か分かるかもしれない。
よかった、八坂様が絶望するほど使えない存在でなくて。
「ありがとうございます、八坂様。じゃあ早速インターネットを…。」
「ちょっと待て。」
私が立ち上がった瞬間に、なぜか八坂様が制止の声を掛ける。
なんだろう、と私が首をかしげると…。
「何処にインターネットがあるんだ何処に。」
「何処って…私の部屋ですけど?」
私が返事を返すと、さらに怪訝な顔をする。
「あなた…幻想郷に電気が無いのは知ってるわよね?」
ああ、八坂様、やっぱり古いですね。
「八坂様、今の時代ニン○ンドーDSでもインターネットは見れますよ。」
「そういう意味じゃない!!て言うかDSも充電できないでしょ電気なくちゃ!!」
「全く、本当に八坂様は現代の事を知りませんね。DSは電池充電も出来ます。」
「何処に電池が!?」
「幻想郷に来る前に、近くの100円ショップのを買い占めておきました。コンビニのは高いです。」
「何気に経済的!?で、でもDSが使えるとして、どうやって電波をこんな山奥で!?」
「そこはほら、奇跡を起こす程度の能力です。」
「なんて能力の無駄遣い!!」
「そこは才能の無駄遣いと言うところです。」
「ニコニコしてるんじゃない!!」
「DSの事は知らないのにそのネタは分かるんですね。」
「そ、それは…その…。」
勢いよく突っ込んでいたかと思えば、急に言葉を噤む八坂様。
何故か目線を逸らすし、何やら少女らしくもじもじしていて、少し気味が悪い。
…まさか…とは思うけど…。
「…八坂様、ひょっとして幻想郷に来る前はニコn…。」
「神祭『エクスパンデッド・オンバシラ』アアアァァァ!!!!」
「ぱっ!!」
や、やっぱり図星…。
「奇祭『目処梃子乱舞』!!!!」
「びっ!!」
に、二連オンバシラ…!!
「神秘『ヤマトトーラス』!!!!」
「ぶっ!!」
や、やばい、そろそろ意識が…。
「天竜『雨の源泉』!!!!」
「ぺっ!!」
あ、後一回…。
「『マウンテン・オブ・フェイス』!!!!」
「ぽおっ!!」
い、言えた…。「あべし」とか「ひでぶ」とかはよく聞くけど、たまにはこっちも思い出してあげて…。
…何で知ってるんだ、私…。そう思ったところで、世界が暗転した。
* * * * * *
「…すみません、八坂様。」
巫女服がボロボロになって使い物にならなくなったので、予備のに着替えてから頭を下げる。
「…こっちこそやりすぎたわ。ごめんなさい。」
八坂様も頭を下げ返した。世の中信仰する神に頭を下げられる巫女がどれだけいるだろう。私は少し嬉しくなる。
しかし、歓喜もほどほどに。八坂様にはやってもらわなければならない事が出来た。
「…神社の修理、お願いしますね。」
「…はい。」
5連続のスペルカードは、神社を全壊とまでは行かなかったが、軽く半分は吹き飛ばした。
普通に修理するとなると、時間も労力もかなり掛かるだろう。
そういう訳で、これは八坂様にやってもらう事にする。手っ取り早いので。
よし、私はこの間に守矢神社のことを調べるとしよう…。
* * * * * *
「うーん…。…分からない…。」
幸い倒壊を免れていた自室で唸る私。今日は独り言が実に多い。
守矢神社のことを色々調べてみたものの、結局星と関連しそうな事柄は特になかった。
分かった事といえば、八坂様のスペルカードの名前の由来くらいだ。
星についても調べてみたが、私の術と関係がありそうなのはやっぱり五芒星くらい。
まさかミシュランの星なんか関係ないと思うし、ダビデの星は六芒星だし。参考、Wikipediaより。
他にも色々調べてみたが、なにぶんDSインターネットは探すのに時間が掛かる。
なんだかめんどくさくなってきたので、DSの電源を落として、大の字に畳に寝転がった。
「あーもう…。…何で私の弾幕は星なの~…。」
このまま一眠りしたかったが、その事ばかりが気になって眠気が来ない。
星、星…。…他に星といえばヒ○デマン…。…なんでもない、忘れよう。
ああ、だけどスピー○スターみたいな絶対必中の弾幕作れたら強そうだなぁ。今度考えておこう。
「早苗~。どこ~?」
…そのまま天井を眺めていると、遠くから何処か幼い声が聞こえてくる。
こうしてだれている姿を見られるのも嫌なので、さっと身体を起こす。
それと同時に、私の部屋の襖が開いた。
「あ、いたいた。神奈子が一人で遊んでるから遊ぼ~。」
「洩矢様、部屋に入る時はノックをしてください。それと遊んでるわけじゃありません。」
八坂様に比べると、どうも神聖さに欠けるというか…。
洩矢様は相変わらず遊ぶのがお好きだ。八坂様が手を離せない場合はこっちに回ってくるんだから困る。
別に「神遊び」で死ぬ事は無いのだから、付き合うのも悪くないとは思っているが…。
…そうだ、一応洩矢様にもさっきの事を聞いておこう。
「洩矢様、少しお話が…。」
「え~、いいじゃんいいじゃん遊ぼうよぉ~!」
…殴るぞこのカエル…。っと、いけないいけない、巫女にあるまじき行為だそれは。
「…話を聞いたら神遊びでも何でもしますから、とにかく聞いてください。」
出来る限り感情を抑えて頼み込む。
洩矢様も、まあそれでも渋々といった表情だが、黙って私の正面に腰を下ろす。
私は先ほどまで悩んでいた事を出来る限り手短に話した。
その間に3回ほど瞼が落ちそうになった洩矢様を、その度蹴り飛ばしたい衝動に襲われたが、何とか耐え切った。
…話をしてるのはこっちなのに、何で私が色々我慢しなくちゃいけないんだ…。
「あーうー、星といったらちょっと嫌な事を思い出すね…。」
私が衝動を抑えて何とか落ち着こうとしていると、洩矢様が急に苦笑いを浮かべる。
「嫌な思い出…?何かありましたか?」
咄嗟には星に関係する事を思い出せなかったので、自然と聞くような形を取ってしまった。
嫌な思い出を聞き出すというのも、あまりいい気分ではない。
「ほら、以前此処に来たあの白黒の魔法使い。魔理沙とか言ってたっけ?それが使ってた弾幕が…。」
言われて思い出す。そう言えばあの何でも屋の使っていた弾幕に、確か「スプレッドスター」と言うのが…。
…あ、そうか、まだその手段があった。もう1人いるじゃないか星の弾幕を使う人間が。
あの白黒魔法使いに希望を持つのも癪ではあるが、夜眠れなくなる不安に比べれば幾分かマシだ。
「洩矢様、ありがとうございます。お陰でもう一つ希望が生まれました。」
一礼、こういう礼儀だけは忘れてはならない。それに相手は神様なわけだし。
「ん、参考になったならいいわよ。それじゃ早く遊んで…。」
「それでは今から出かけてきます!!夕飯までにはたぶん戻りますから!!」
私は自室を飛び出し、霧雨魔理沙の元へと急いだ。
…うん、これは自分の悩みを早く解決したいだけであって、決して洩矢様から逃げた訳じゃない。
だったら巫女としてはまだ大丈夫だ、うん。あははははははははっ。
* * * * * *
「…早苗~…遊んでくれるんじゃないの~…?」
「諏訪子ッ!!!!」
「ひゃあ!!か、神奈子!?」
「あんたも神社の修理手伝いなさい!!どうせ暇なんでしょ!!」
「ええっ!?あれって神奈子が壊したんでしょ!!だったら自分でやってよ!!」
「やかましい!!働け!!」
「うわーーん!!早苗ーー!!助けてえええぇぇぇぇ!!」
* * * * * *
守矢神社を出てから数刻、特に何事も無く妖怪の山を降りることに成功。
不思議な事に妖怪には逢わなかった。まあ逢わないに越した事はないけれど。
しかし妖怪の山を降りたところで、私はとある事に気づいてしまった。勢いで降りてきたとは言え、迂闊だった。
「…あの魔法使い、何処に住んでるんだろう…。」
本当に迂闊だった。私は魔理沙さんの家が何処にあるかを知らない。
彼女に逢った事自体まだそんなに多くもないし、わざわざ訪ねようなどとは考えた事もない。
…さて、どうすればいいだろう…。
…って、そう深く考えるまでも無いか。
彼女の住居が何処にあるかを知っていそうな人を、私は知っているではないか。
「…目的地変更、博麗神社か…。」
博麗の巫女と魔理沙さんは、一緒に殴り込んで来ただけの事はあって、長い付き合いらしい。
博麗神社なら場所は知っているし、飛んでいけばそんなに時間は掛からないだろう。
私は身体を中に浮かせ、幻想郷の東の端の目的地へと、少し急ぎ足(飛んでるけれど)で向かった。
* * * * * *
ご都合主義というかなんと言うか、博麗神社までも特に何事も起きずに辿り着いた。
途中で、宙に漂う黒い球体を見かけた気がしたのだが、まあそれは放っておこう。
階段を上り、神社の鳥居をくぐり、境内を見回せば…。
「あ、いたいた。」
霊夢さんは箒を持って立っていた。背を向いているので顔は確認できないが、あの服やら髪やらは間違いなく彼女だ。
…ただ、声をかけようと彼女に歩み寄るうちに、おかしな事に気付く。
見た感じ掃除をしている最中だったように思えるのだが…。
…私が近寄る数十秒の間、彼女は一歩たりとも移動しなかった。何か動作を起こす事もしなかった。
彼女でなくても、こうして落ち葉が敷き詰まった場所で、誰かの足音に反応しないはずは無いと思うのだが…。
…どうしたのだろう、声をかけるにかけられない…。
少し不安になり、恐る恐る彼女の顔を覗き込んでみると…。
「…すか~…。」
…ハリセンで頭をひっぱたきたくなった。今度作っておこうかな。
まさか立ったまま寝てるとは思わなかった…。いや、よく掃除をサボって寝ていると言うのは聞くが、まさか此処までとは…。
そもそもこの巫女服姿で寒くないのだろうか。いやまあ、人の事は言えないけれど。
…さて、どうしよう。此処で無理矢理たたき起こすか、それとももう少しこのまま見ているか…。
カメラでもあったら写真を撮りたかった。実際に立ったまま寝ている人なんて初めて見たからなぁ…。
…今度からカメラも持ち歩くようにしようかな。射命丸さんじゃないけど。
「…すかぁ~…。」
…あ、涎が落ちた。かなり深く寝入っていらっしゃる。
物凄く気持ち良さそうに(立ったままなのに)眠っているので、起こすのは気が引けるが…。
…このまま起こさなかったら夜まで寝ていそうなので、ここは心を鬼にしよう。
「霊夢さん、起きてください。もうお昼ですよ。」
肩をゆすって起こしにかかる。口から垂れた涎が足に掛かりそうになった。
10秒ほどゆすった所で、とりあえず眠りから覚めたのか、目が僅かに開く。
「…あ~…あと5時間…。」
「何時まで寝る気ですか。普通あと5分でしょう。」
全く、自分で言うのも難だが、私と比べても全然巫女っぽくない。
こんなんだから信仰が増えないんだ。やっぱり私達の分社を立てて正解だっただろう。
「…早苗…?どうしたの…?営業停止ならしないわよ…?」
ゆすり続けて1分ほど、ようやく頭が覚醒してきたようだ。
「何時までその話をしてるんですか。それはもういいんです。それより今日は聞きたいことが…。」
「…ぐぅ…。」
…すみません、そろそろスペルカード打ち込んでいいでしょうか。
どうして魔理沙さんの家を訊きに来ただけなのにこんな手間を…。
…仕方が無い、最終手段だ。
「霊夢さん!!起きないとお賽銭入れませんよ!!」
「それは駄目!!」
一瞬で目を覚ました。お賽銭と言う単語はこの人には効果覿面だ。
…しかしまあ、これでお賽銭を入れる事での出費が…。…だから使いたくなかったんだけどなぁ…。
…まあ、四の五の言ってられないか。時間が掛かると夕飯に間に合わなくなる。
「霊夢さん、実は魔理沙さんに用事があるのですが、彼女は何処に住んでるんですか?」
用件を手短に言う。霊夢さんにさっきの質問をしてもいい答えは帰ってきそうもないし。
「あ~、あんたが魔理沙に用事?内容が物凄く気になるわね…。」
…まあ、この反応も仕方ないかもしれない。私と魔理沙さんでは接点がまだ少ない。
まあいろいろありまして、と誤魔化して、とりあえず納得してもらった。
「魔理沙の家は魔法の森の奥よ。」
「魔法の森?」
聞いた事のない単語に首を傾げる私。
魔法の森と言うくらいなんだから、まあ魔法の森なんだろう。そんな事はどうでもいい。
「森と言うほど木が生えてるのは妖怪の山以外なら魔法の森しかないから。
森の入り口に「香霖堂」ってお店があるから、それを目印にすると分かりやすいわ。」
なるほど、香霖堂。それが目印に…。
…って、そんな所で店を開いてるなんてどんな人なんだ…。…そもそも人なのか?
「まあ行ってみれば分かるわよ。西に飛べば見えてくるし。」
そりゃ博麗神社は東の端なんですから、大概の場所は西にありましょうね。
ちょっと高い位置を飛べば、ある程度は分かりやすいかな。
「ありがとうございます、助かりました。」
一礼は忘れずに。
「いいわよ別に。それよりお賽銭よろしく。」
…ああ、やっぱり忘れてはいないんですね…。
巫女が他の神社にお賽銭を入れると言うのも妙な話ではあるが、約束は約束だ。
懐から財布を取り出して、お賽銭箱に入れておいた。
その様子を霊夢さんはいい笑顔で見つめてくれていた。現金な方です、本当に。
…仕方ない、ちょっとイタズラしておこう…。
お賽銭を入れて、霊夢さんにもう一度お礼を言ってから、私は急ぎ足で博麗神社を飛び立った。と言うより逃げた。
* * * * * *
「さて、早苗はいくら入れてくれたのかしらね~。真面目な奴だから少しは期待できるわね。」
「霊夢ぅ~。なに空っぽの賽銭箱覗こうとしてんの~。」
「空言うな萃香。今日は今入れてくれた奴がいるから空じゃないわよ。」
「へぇ、奇特な奴がいたもんだねぇ。」
「…とりあえず、今日は許してあげるわ。さて、一体幾ら…。」
「……。(萃)」
「……。(霊)」
「……。…1円…。(萃)」
「…あんにゃろおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「ちょ、な、何で私のほうを!?」
「宝具『陰陽鬼神玉』!!!!」
「や、八つ当たり反たわばっ!!」
* * * * * *
結構な速さで飛んだせいか、ものの十数分で、目印である香霖堂に辿り着いた。
早く霧雨邸に辿り着きたい。でないと霊夢さんが襲ってくるかもしれない。
香霖堂がどんな店なのかは気になる、て言うか外に置いてある物が、外の世界で見るものばかりなので、ゆっくり見ていきたい気さえする。
ただまあ、身の安全のために、早く霧雨邸を目指す事にしよう。
幾ら霊夢さんとは言え、私と魔理沙さん2人なら撃退できるだろう。
…自業自得な上に、魔理沙さんが協力してくれるとは到底思えないわけだが…。
…まあ、そこは少しでも確率の高いほうへ、という事で…。
もう一度身体を浮かせ、上から魔理沙さんの家を探す事にした。
* * * * * *
そして探し始めてからもう十数分、私は「霧雨魔法店」の看板の前にいた。
別に、探すのにそんなに時間は掛からなかった。
家の周りまで樹が茂っているはずは無いので、森が開いている場所を探せばいいだけだ。
魔法の森にはもう一つ、誰かが住んでいそうな家があったのだが、どう見ても魔理沙さんが住んでいそうには見えなかった。
何故って、洋風な外見なのと、あと綺麗すぎて。
そういうわけで、もう一つの家のほうを調べてみれば、その看板があったわけだ。
恐らく此処が、魔理沙さんの家で間違いないだろう。
…ただしまあ、こっちはこっちでおおよそ、(仮にも)女の子が一人ですんでいそうな場所には見えない。
なんと言うか、さっき見た洋風な家とはまるで正反対だ。和風で結構年季が入っている。
魔理沙さんなら分からない事はないんだが…。…なんか大雑把な性格っていう気もするし…。
…仲がどうなっているのか想像してしまって、入るに入れない。
「…ええい、何を悩んでるんだ私。覚悟を決めろ。」
3回ほど深呼吸して、心を落ち着かせる。
そしてベルを鳴らそうと思って、そう言えばない事に気付く。まだ外の世界での癖が抜けきっていないようだ。
コンコンコンッ、扉を3回ほどノックする。実際に人の家の扉を叩くなんて、どれくらいぶりだろうか。
ややあって、中からガタガタと物音がし、その後に扉が勢いよく開いた。
「へいらっしゃい、霧雨魔法店にようこそだぜ…って、早苗じゃないか、何してるんだこんな所で。」
なんだ今のラーメン屋の店主みたいな出迎え方は。しかもこんな所で何してると聞きたいのはこっちのほうだ。何故こんな所に住んでいる。
色々突っ込みたいところはあったのだが、気合で言葉を飲み込んだ。
「今日は魔理沙さん、今日はちょっと相談事がありまして…。」
他に魔理沙さんに相談ごとを持ちかける人がどれだけいるんだろうなぁ…。
「おお、なんだなんだ恋の相談か?早苗も気が早いな。それならこの魔理沙さんに任せるんだな。泥船に乗った気で。」
まさにその通りだよホントに泥船だよ寧ろ泥船ですらいいほうだよ沈没確定だよ。
全く何を考えてるんだこの人は。
「違います。幻想郷に来てから間もないのに、誰に恋をしろって言うんですか。
そうじゃなくて、あなたは以前うちに弾幕合戦をしに来た時、星の弾幕を使ってましたよね?」
「んっ?ああ、スプレッドスターの事か?別にあれだけじゃなくて、私の弾幕は殆どが星型だぜ?
ああでもあの時はスペルカードは使わなかったな。だけどあれは複製禁止だぜ。魔法店とはいえ、スペルは売ってないぞ。」
…聞いた話によれば、たしか魔理沙さんのスペルって盗品もあるんじゃ…。
ええい、そんな事どうでもいいんだ。落ち着け私、魔理沙さんに流されすぎだ。
「別にスペルは欲しくありません。あなたなら星のことに詳しいのではないかと思っただけです。」
「まあある程度はな。つまり天体の授業を私にやってほしいと。授業料は高いぜ。」
…ちょっと違う。何でこの人は一人で暴走するんだろう…。
「そうでもなくて、実は私の弾幕の事についてなんです。どうして私の弾幕は星型なのかと…。」
…そういった瞬間、魔理沙さんの顔はこれでもかというくらい引きつった。
…ああ、何となく次の言葉も想像できる。そうだろうなぁ、こう思わない方がおかしいもんなぁ。
「…お前、自分の弾幕の由来も分からないのか?」
…顔から火が出そうと言うのはこういう状況なのか。
改めて考えると、物凄く恥ずかしい質問な訳ですしね。
何も答えられずに、私は俯いてしまう。無言の肯定というやつだ。
「…そうみたいだな。まあ上がれよ、話くらいは聞いてやるぜ。」
どうやら理由は訊かないでくれたみたいだ。訊かれても答えられないんだが。自分だってどうして分からないのか分からない。
しかしまあ、話は聞いてくれるという魔理沙さんの返事は嬉しい。
私は顔を上げて、彼女の顔を見て…。
…とても不安になった。
すぐに向こうを向いてしまったので、確かな事は言えないが、なんだか物凄い笑顔だった。
彼女の心を読み取るなら、「こんな面白そうな事見逃す手は無いぜ」と言った所だろうか。
…魔理沙さんのことだ。私のこの痴態を誰かに話す恐れは充分にある。まあそれは洩矢様辺りにも言える事なのだが。
…そうならない事を祈るしかないか。他に相談できる相手もいないことだし…。
ため息を一つついて、魔理沙さんの後に続いて彼女の家に入った。
* * * * * *
絶望した。この言葉がこれほどすんなり言えるとは思わなかった。
「霧雨魔法店」と言うくらいなのだから、魔具がごった返している事は想像の範囲内だった。
しかし、これはどうだろう。所狭しなんてレベルではない。足の踏み場なんか殆どないじゃないか。
あちこちに詰まれた本、床に散乱した何に使うのかよく分からない道具。
仮にも魔理沙さんは年頃の少女。その彼女がこんな場所に住んでいるというのか?
大雑把にもほどがある。あの黒くれすばしっこい、いわゆる頭文字Gが大量発生していそうだ。時期を無視して。
…まあ、類は友を呼ぶとも言うけれど。
「なんか物凄く失礼な事を考えなかったか?」
「いえいえ、そんな事はありませんよ。」
この人も勘がいいなぁ…。
* * * * * *
「ふーん、なるほど。私は五芒星だと思ってたけどな。」
私が一通り話したところで、魔理沙さんがそう言った。やっぱりそうなんですか。
「何か分かりませんか?八坂様に訊いても洩矢様に訊いても分からなかったので…。」
その時の事を思い出してため息をつく。
洩矢様は魔理沙さんの事を思い出させてくれたからともかく、八坂様は全く役に立たなかった。
…信仰する神を間違えたかなぁ、私。
「普通は分からないぜ。」
「そうですか…。…って、声に出してましたか?」
その問いに対しては、彼女はただにまにまと笑うだけだった。
「まあそうだな、星には確かに色々意味があるな。
夜に輝く星、勝利という意味での星、あと私がよく本を借りに行く屋敷のメイド長と図書館に住んでる奴が、私のことをたまにそう呼ぶ。」
最後のはよく分からなかったが、星に色々な意味があるのはもう充分に理解している。
ただその中のどれが私の星なのかが分からない。
今の所魔理沙さんにも思い当たる節がなさそうなので、私は少し意気消沈する。
「ただまあ、星にはプラスの意味が多いみたいだな。」
「…えっ?」
少し沈んだ私の顔を、その言葉が再び持ち上げる。
「星は光り輝くものの例えとして使われるし、勝利の白星なんて物もある。
まあ黒星ってのもあるんだが、逆を考えるとキリがないから無視してくれ。
タロットカードでは星は希望を意味するし、凄い人なんかを「巨星」って言ったりもするだろ?
そう考えると、星って言うのは悪い意味で使われることは少ないんだ。
だからお前さんの星も、少なくとも悪い意味ではないんじゃないか?」
…まさか、魔理沙さんからこんなまともな返答が来るとは思わなかった。
考えてみると、確かに星という語を含んだ言葉で、マイナスな意味を持った言葉はあまり聞いたことが無い。警察の「ホシ」くらいだろうか。
…ってさっきの奴はひょっとしてそういう意味じゃないだろうな…。
「まあ、だからそう深く考えなくてもいいんじゃないか?
お前さんが分からない以上、私にだって本当の理由なんか分からないぜ。
だったら由来なんて何だっていいじゃないか。星はいい意味なんだぜ。それでいいじゃないか。」
…返す言葉が出てこなかった。かわりに少し苦笑する。
なんとも彼女らしい意見だろう。余計な事は考えずに、と言ったところか。
しかし、的を射てる気もする。分からない事をくどくど考えても仕方がない。
これは本来、私自身が知っていなければならない。それを他の人に聞こうとした事自体が、本末転倒ではないか。
彼女の言うとおり、星はマイナスの意味ではない。それが分かれば充分じゃないか。
私が分からない、つまり元から、これは答えが誰にも出せない疑問なのだ。
まさかこんな単純な事を、魔理沙さんに教えられるなんて思わなかった。
やっぱり、幻想郷の人は私に色々な事を教えてくれる。自分の至らなさを教えてくれたのも、彼女たちなのだから。
「そうですね、考えるだけ無駄でしたね。ありがとうございました、魔理沙さん。お陰ですっきりしましたよ。」
「いやいや礼には及ばないぜ。何でも屋は相談事も受け付けてるぜ。」
その言葉に、私はまた苦笑した。彼女は本当に自分の思うとおりに生きてるんだなぁ。
「それじゃ相談料は500円、税込みで525円だぜ。」
…ああ、本当に自由に生きてるなぁ…。
何で相談事で消費税が掛かるんだ。そもそも消費税があるのか幻想郷は…。
とりあえず、料金は払っておいた。
* * * * * *
次の日、私はいつもどおり境内の掃除をしていた。
しかし今日の掃除ははかどるなぁ。やっぱり疑問が解決した後は気分がいい。
「今日もいい天気ねー。」
昨日と同じ台詞とともに、私は大きく伸びをする。今日もいい一日になりそう…。
「上海!!蓬莱!!」
聞きなれない声と共に、私のすぐ背後から爆音が響く。
何かと考える前に私は爆風に吹き飛ばされ転倒。石畳に頭をぶつけた。
「な、何事!?敵襲!?」
狼狽しながら私が顔を上げると、神社の入り口…鳥居の下に、見慣れない…いや、見た事がないわけじゃない。
宴会に誘われた時、ちょっと離れたところで孤独に飲んでいた気がする。名前は確かアリス…。
「あんたか!!魔理沙に手を出したのは!!」
「はぁ!?」
いきなりわけの分からない事を言い出した。
魔理沙さんに手を?私が?何の事だかサッパリ分からない。
…と、よく見れば彼女の手には新聞が一枚。あれは射命丸さんの「文々。新聞」…?
「しらを切るつもり!?これを見なさい!!」
そう言って、新聞をおもむろに広げて…。
…言葉が出なくなった。
『山の巫女と魔法使いの関係は!?密会現場を激写!!』
…それは、間違いなく昨日の私と魔理沙さんの…。
しかもご丁寧に、私が魔理沙さんの言葉に納得して苦笑している時の、一見すれば仲が良さそうにも見えるベストショット…。
…ああ、そうか、おかしいと思ったんだ。
妖怪の山を降りて、博麗神社に行って、それから魔法の森に行って、また妖怪の山に帰って…。
その途中、一回も他の妖怪に逢わなかった…。…なるほど、その理由が今分かった。
ずっと追跡されていたのか、射命丸さんに…。
天狗は妖怪の中でもトップクラス、他の妖怪は、彼女がいるのに私を襲おうとは思わないだろう。
「射命丸さあああぁぁぁぁぁぁん!!!!」
私の全てが爆発した気がした。
そんな事じゃないって!!一部始終見てたんならそんな事じゃないって分かるだろ普通!!
なんなんだあの烏天狗はああぁぁぁぁ!!!!
「さあ覚悟しなさい青巫女!!魔理沙に近付く奴は全員排除するわ!!」
「待ってください!!落ち着いてくださいアリスさん!!誤解です!!私は魔理沙さんに相談事があっただけです!!」
「魔理沙に相談事!?嘘つくならもう少しまともな嘘をつきなさい!!そんな奴いるわけないでしょ!!」
「自分でもそう思いますけど事情が事情なんです!!魔理沙さんにしか相談できなかったんですよ!!」
私の必死の訴えを無視して、彼女は…正確には彼女の人形が、見るだけで痛そうな小型のナイフを構える。
あの、私人間ですよ!?妖怪なら多少切られたくらい大丈夫でしょうけど私は駄目です!!
「戦操『ドールズウォー』!!」
ナイフを持った10体の人形が、横回転しながら私に襲い掛かってくる。
と、とりあえず逃げよう…!!私のスペルは出が遅いから、こういう時には不向きなんだ…!!
回れ右して身体を浮かす。よし、逃げ切れ…。
「夢符『夢想妙珠』!!」
…なかった。見上げた目線の先には、紅白の巫女と七色の陰陽玉…。
「霊夢さああぁぁん!!何でそんな所にいぃぃぃ!!」
「賽銭の事を忘れたとは言わせない!!金の恨みは恐ろしいのよ!!」
よりによってこんな時に復讐しに来ないでください!!
前は夢想妙珠、後ろは殺人人形(ドールズウォー)、ど、どうすれば…!!
「八坂様あぁぁ!!洩矢様あぁぁ!!助けてくださああぁぁい!!」
こういう時には神頼みしか…。普段熱心に信仰してるんだから、こういう時くらい…。
「…私は使えない神様だからねぇ…。」
「…早苗のせいで重労働だったんだから…。」
…そんな、天の声が聞こえた気がした…。
「ぎにゃあああぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!」
ああ、きっと私は今日、夜空に輝く『星』の一つになるんだろうなぁ…。
>あの黒くれすばしっこい
黒くて、では?
霖之助が出てくる話も期待してます
>22:20:05の名無しさん
>早苗さんの五芒星は東洋チックに考えて、陰陽道の5行である木・火・土・金・水を示してると思ってたんだけど……
私もそうとは思っています。書き方が悪かったかもしれませんが、小説内では五芒星=五行術と扱っていますので。
しかし、どうも早苗と陰陽師との関係が見出せなかったので、こうなりました。日本の呪術は大抵陰陽師に由来しますけどね…。
>22:41:01の名無しさん
>あんまり巫女っぽくないですが幻想郷のもう一人の巫女を見るともっと酷いのでまぁこんなものかと思いました
個人的に真面目な人は内心は結構強気ってイメージがあります。
…霊夢が酷いのは…まあ、話の都合というものです。
>黒くて、では?
仰るとおりです、ありがとうございます。
>名無し妖怪さん
>霖之助が出てくる話も期待してます
ありがとうございます。ただそれだけではちょっとネタが短すぎる気もするので、ひょっとしたら別の話にその話を盛り込む形になるかもしれません。
再度、読んでくださった方、感想を下さった方、真にありがとうございます。
古神道
仏教・儒教・道教など外来宗教の強い影響を受ける以前の神道
>12:01:04の名無しさん
>神奈子が攻めて来るまでは古神道で、それ以降は現在一般的な神道だと思うんだけど、どうかな?
そうかもしれませんし、そうでないかもしれませんし…。
結局どれが本当なのかは、開発者であるZUN氏しか分からない訳なんですよね、キャラテキストに書いてあるわけではありませんし。
この小説の意味としてはそう言う心算だったんですけどね。
分からない事は、たとえ分からないままでも、考える事が重要である、と。
…まだまだ修行不足ですね、私も。
考えてみれば弾幕は、東方キャラの人生の三分の一ぐらい。もしかしたら本人たちは、普段はけっこう真面目に考察したりしているのかも。
五行陰陽思想は仏教と同じく中国伝来なので、古典神道とは相反するような気もします。
だけどフランクな流派だったらなんでも使えるものは取り込んでいるかもしれませんね。
>17:32:20の名無しさん
>神奈子、よく見たらそれは全部ルナスペルでは
厳密には中3つですね。オンバシラ2連続は如何しても入れたかったので…。
…それとディバイニングクロップって正直名前的に微妙(ディバイニングクロップ
>もしかしたら本人たちは、普段はけっこう真面目に考察したりしているのかも。
何だかんだで結構全員弾幕に特徴ありますからね、針だったり星だったりナイフだったりオンバシラだったり。
あっ、そのネタ面白いかもしれません。全員で新弾幕創作大会とか。
気軽に読めて楽しめましたwww
そんな訳でコメントありがとうございます。どんな訳でとは突っ込んではいけません。
>☆月柳☆さん
>早苗さん南無……。
流石の早苗も元祖鬼畜巫女を含んだタッグには勝てないと言う事です。
>20:47:58の名無しさん
>カワイそうな早苗さん・・・
早苗に哀れみの目を送れるのは「風祝と~」ではきっとこの話だけです。
>気軽に読めて楽しめました
「風祝と~」では(以下略