Coolier - 新生・東方創想話

里の素敵な鍛冶屋さん

2025/05/04 14:30:36
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 かんっきんっ かんっきんっ かんっきんっ かんっきん

 里の小屋から響き渡る小気味の良い槌音。唐傘お化けの妖怪、多々良小傘が鍛冶に勤しむ音だ。

 元々彼女は、人を驚かすために、特技の一つである鍛冶技を披露していた。ところが、思いのほかその評判が良かったため、あれよあれよと鍛冶屋を開くまでに至った。

 今や、彼女のところには、毎日のように農具や刃物の修理依頼が舞い込んでくる。
 正直、休む暇もないくらいだが、それでも彼女は、客の驚く姿が見たくて、今日も鍛冶に精を出していた。

 ぷっぷくぷぅーーーーーーーーーー!

 これは来客を知らせるチャイムだ。小傘はいったん作業を中断して、客を迎えようと玄関へ向かう。
 玄関へ向かうと、紅葉のように赤い服をまとった女性の姿があった。その女性を小傘は笑顔で迎え入れる。

 □

「いらっしゃーい! こんにちは静葉さん!」
「こんにちは。小傘」

 その女性――秋静葉は、ふっと笑みを浮かべ小傘に挨拶を返すと、首をかしげて尋ねる。

「それにしても、いつ聞いても不思議なチャイムね」
「驚いたでしょ?」
「ええ。まあね」
「えへへっ。ごちそうさま!」

 驚きこそ我が喜びと言わんばかりの小傘に、静葉は思わず苦笑する。

「……それにしてもこのチャイム、子どもにもウケが良さそうね」
「あ、わかる? そう! それもあってこの音にしてるんだよ! さっすが静葉さん!」
「……そういやあなたベビーシッターもやっていたものね」
「うん。と、言っても、最近はからっきしだけどねー」
「あら、そうなの」
「ほら、こっちの方が忙しくなっちゃって……」
「ああ、子守どころじゃなくなったってことね」
「そうそう。あと……。ほら、音もうるさいしさ」
「……そうね。確かに奥が鍛冶場じゃ、せっかく寝た子も起きちゃうわね」
「そーいうこと。……で、ところで今日のご用件は?」
「ええ、そうね。全部で二つあるわ。まずは、こないだの穣子の包丁の修理代。はい、これね」

 静葉は懐から小銭の入った小袋を取り出し小傘に手渡す。その小袋の中身を確認した小傘は、思わず目を丸くさせる。

「ちょ、ちょっと、こんなにいっぱい……!?」
「気にせず受け取ってちょうだい」

 平然と告げる静葉に小傘は、困惑気味に苦笑いを浮かべる。

「え、でもさすがに……」
「いいのよ。おかげで美味しい料理を、食べられるようなったし。私からの気持ちよ」
「……そ、そっか、それじゃ遠慮なく! まいどあり! ……で、それでどう? その後の調子は」
「ええ。おかげさまで絶好調よ。穣子ったらあなたに修理してもらった包丁を肌身離さず持ち歩いてるわ。どうやらみんなに自慢して回っているようね」
「あー……。それでかなー。ミスティアからも包丁の修理依頼来たんだよねー」
「あらあら。きっと穣子に触発されたわね」
「うん、間違いない! ……で、もう一つの要件ってのは?」
「ええ、そうね。実は鎌を作ってもらいたいの」

 小傘は思わず目をぱちくりさせて聞き返す。

「……鎌? 鎌って、あの鎌?」
「ええ、そうよ」
「死神が持ってるような? 命を刈り取るような形の」
「いえ、普通の鎌よ。草を刈り取るような形の」
「……ふーん。なるほどねー?」
「お願いできるかしら」

 珍しく神妙そうな様子の静葉に、小傘は笑顔で応える。

「そりゃもちろん、お安いご用よ! なんてったって静葉さんはウチのお得意さまの一人だし!」
「そう。それは助かるわ。いつもありがとう。小傘」
「こちらこそ、静葉さん!」

 二人はお互いを見ながら微笑んでいたが、ふと小傘が難しそうな顔で首を傾げたので、すかさず静葉が尋ねる。

「あら、どうしたの。眉間にしわ寄せて」
「……んー。刃物をイチから作るとなると、ここじゃ、ちょっと出来ないかなあって」
「あら、ってことは、ここ以外に作業場があるってことかしら」
「うん! 実はあるんだなーこれが!」
「あらまあ。そうなのね」
「案内するから私についてきてよ!」

 静葉は、小傘に促されるように家を出ると、彼女の案内で、もう一つの作業場所へと向かった。

 □

 二人は陽の光をさんさんと浴びながら、林の中へと入っていく。

「それにしても。小傘」
「ん? なーに?」
「あなた、雨が降ってなくても傘を差すのね」
「そりゃそうよ。この傘は私の本体であり相棒なんだから。いつでもどこでも一緒だし、一心同体よ!」
「ああ。そういえば忘れそうになるけど、あなた唐傘お化けだったわね」
「そうだよー! ほーら! おどろけ! おどろけー!」

 と、そのナスのような紫色の傘を振り回しておどける小傘に、思わず静葉は苦笑を浮かべて告げる。

「……ふふ。そうね。それじゃ、あなたの鍛冶技を見て驚くとしましょうか」

 □

 彼女の案内でたどり着いたのは、少し離れた林の中にある古ぼけた小屋だった。

「へえ。こんな所があったのね」
「ちょっと前に鍛冶屋をやめた人から譲ってもらったのよ」
「あら、ずいぶん太っ腹だこと」
「えへへへっ。ここなら思う存分腕を振るえるってわけ」
「……ふむ。それにしても色んな道具があるのね」

 静葉は興味深そうに、少し薄暗い作業場をあちこち見回すと、石で組まれた、かまどのようなものを指さし小傘に尋ねる。

「ふむ。これは火を使うところかしら」
「そうそう、火床(ほど)って言って、ここで火を起こして鉄を熱するんだよ」
「それじゃ、その横にある取っ手のついた木箱は何かしら。なんか横に穴が開いてるけど」
「あ、それは鞴(ふいご)だよ。火床に風を送る道具。こうやって取っ手を動かすとね」

 小傘が鞴の取っ手を持って、押したり引いたりすると、その横の穴から、ひゅうひゅうと勢いよく風が吹き出る。

「あら。いい風ね。秋の涼風みたいに心地いいわ」
「でしょでしょ? これを使って火床の火加減を調節するんだよ!」
「なるほどね。それでその横の鉄の台は……。アレね」
「そう。金床(かなとこ)!」
「やっぱり鍛冶屋と言ったらこれよね。さすが存在感あるわ」

 静葉は、作業場の真ん中に、どっしりと鎮座している鉄の作業台を、まじまじと見つめる。

「そうそう! 鍛冶屋のシンボルだよね! ちなみにアンビルってもいうよ!」
「へえ。ところで、どうして金床って、片側が鬼の角みたいにとがった形してるのかしら」
「あ、それはね。この曲線を使って鉄を曲げるためだよ。鉄を筒状に加工するときとかに使うの。ちなみに、ここの部分を鳥口(とりぐち)って呼ぶんだよ!」
「……確かに鳥のくちばしに見えなくもないわね。言い得て妙だわ。それにしても面白いものね。鍛冶の道具って」

 あまりにも物珍しそうに鍛冶場を見渡す静葉に、小傘は思わず苦笑を浮かべながら告げる。

「さて、それじゃあ、そろそろ始めるよ?」

 小傘は、壁につるしてある藍色の作務衣に着替えると、額に鉢巻きを巻きつける。

「あら。なかなか似合ってるじゃない。小傘」
「そう?」
「ええ。いかにも職人さんらしいわ」
「ふふっ! これを着ると身が引き締まる感じがするんだよね!」
「……ねえ、小傘。一つお願いがあるんだけど」
「ん? なに?」
「あなたの作業の様子、横で見ててもいいかしら」
「別にいいよ。……でも、大して面白いことはしてないよ?」
「いいのよ。こういうの間近で見る機会なんて滅多にないもの」
「そうかな……? ……うん、そうかも!」

 小傘は一人で勝手に納得するように頷くと、円座に腰を下ろし、鉈で炭を切り始める。すかさず静葉が問いかける。

「さっそくだけど何してるの」
「ん? ああ、火床に火を起こすための炭を用意してるんだよ」
「へえ。まずはそこからなのね」
「そう! なんてったって鍛冶屋の修行は、この炭切りから始まるんだから!」
「へえ。地味ね」
「いやいや、地味だなんてとんでもない! 炭切りってとても大事なんだよ?」
「そうなの。でも地味ね」
「いやいやいや、同じ長さに切ってかないと、火起こしが上手くいかないからね? それこそ炭切り三年なんて言われているくらいには」
「へえ。桃栗三年みたいね」
「そうそう! つまり、どっちも下積みが大事ってこと! しーっかり下積みして、初めて立派な果実が実るんだよ!」

 そう言ってドヤ顔をする小傘に、静葉が告げる。

「……それ、あなたの師匠あたりの受け売りかしら」
「あ、バレた?」

 苦笑しながら炭切りを終えた小傘は、慣れた手つきで火床に火を起こす。そして鞴を使って、巧みに火加減を調節し始める。

「ふむ。みごとね。まるで紅葉が燃えるがごとく、力強く真っ赤な火だわ」
「そんな表現初めて聞いたわよ。静葉さんって詩人さんだよね」
「そうなのかしら。思ったことを言ってるだけだけど、それにしても、見事な手さばきね」
「結構大変なのよー。これ」
「見ればわかるわ。これも慣れが必要そうね。修行も大変なんじゃないかしら」
「うん。まあね。でも、修行と言っても、師匠の動きを見よう見まねするくらいしか出来ないんだけどね?」
「ああ。つまり、技を盗むってことね」
「そうそう。体に染み込ませるってヤツ!」
「いかにも職人っぽいわね」

 火がしっかりついたのを見ると、小傘は細長い鉄板がたくさん立てかけられている場所から、板を一枚取り、それを作業台の上に置く。すかさず静葉がたずねる。

「ふむ。それは材料になる鉄かしら」
「そ。地金だよ」
「思うんだけど、こういうのってどうやって調達しているの」
「あ、それ聞いちゃう?」
「あら。いけなかったかしら」
「いや。話すと長くなるんだけど。……ま、かいつまんで言えば、自分で作ってるんだよ」
「あら、そうなの」
「そ、いらなくなった鉄製品とか、クズ鉄をもらって、それを地金に加工してるの」
「へえ。それはなかなか大変そうね」
「そんなことないよ? 製鉄は楽しいよ!」

 小傘は、大きなやっとこのような器具で地金をつかむと、火床で熱し始める。

「そうなの。なんか熱くてつらそうなイメージあるけど」
「たしかに熱いは熱いかも。でも私、元々、製鉄が得意だったからさ。たたら製鉄とか」
「あら。そうだったの」
「そうそう。鍛冶やる前から、趣味で作ってたし」
「……ああ。だからこんなにたくさん地金があるわけね」
「そういうこと! いわゆる、アバドンテージってやつだよね!」
「アドバンテージね」
「そ、そうとも言う……!」

 思わず苦笑いを浮かべながら、小傘は熱した地金の切れっ端の部分を、小槌とたがねを使って切り離す。

「うん。こんくらいでいいかな」
「これが今回使う量なの。……案外少ないのね」
「鉄は叩けば伸びるからね。これくらいで十分なのよ」
「ああ。確かに」
「ちなみに使う鉄の種類も作るものによって、変えなきゃいけないからねー。これでも色々気をつかってるんだよー」
「ちなみに今回使うのは何かしら」
「包丁鉄ってやつだよ。柔らかくて粘りがあるの。主に刀身に使うよ」
「……ああ、そういえば、刃物って、刃の部分には別な鉄を使うんだったわね」
「そうそう。鋼を使うよ。そうしないと、まともに切れないし」

 小傘が熱した鉄を、金床に置き、小槌で叩き始めると、あたりに火花が飛び散る。それを見た静葉が一言。

「あら。まるで弾幕みたい」

 それを聞いた小傘が一言。

「……弾幕か。それいいかも!」
「新しいスペルカードのネタになりそうかしら」
「うん。取り入れてみようかな? 鍛冶由来のスペルカードとか面白そう!」

 などと言いながら笑顔の小傘だったが、ふっと真顔になると静葉に告げる。

「……よし、それじゃ、いよいよ鍛接に入るよ!」

 小傘は小さく薄い鋼の板を取り出して地鉄の上に乗せると、軽く槌で叩き、その上に何やら粉をふりかけ始める。すかさず静葉が尋ねる。

「それは何」
「ホウ砂だよ」
「ホウ砂」
「そう。鉄と鉄をくっつける接着剤みたいなものかな。これを熱すると、金属同士が溶けてくっつくんだよ」
「へえ……」

 さっそく小傘はホウ砂をかけた地金に藁炭をかけ、火床に入れる。

「こうやってしばらくすると鉄と鋼がくっつくよ」
「へえ……」

 不思議そうにしている静葉を尻目に、小傘は鞴を使って火床に風を送る。
 火のそばということもあり、火床の火がパチパチ鳴る中、小傘は頭の汗をぬぐう。対する静葉は平然と様子を見守っている。それに気づいた小傘が言う。

「……静葉さん。よく涼しい顔でいられるね」
「そりゃ、神様だもの。それにしてもこの火花。紅葉の散る瞬間みたいで綺麗ね」

 静葉は火床を眺める。

「お。さすが秋の詩人さん! 何なら一句詠んでもいいよ?」

 静葉は苦笑して告げる。

「遠慮しておくわ。今日の主役は小傘だもの」
「主役だなんてそんなー……」

 と、照れた様子で小傘は苦笑を浮かべていたが、ふと告げる。

「……ちなみにさぁ、話変わるんだけど」
「ええ」
「……最近の鍛冶屋ってさ。結構、機械使ってる人いるんだよねー」
「あらそうなの」
「なんだっけ。ベルトハンマーとか言ってさ。ペダル踏むと強弱つけながら鉄を叩けるの」
「へえ。それは便利そうね。機械ってことは、やっぱり河童由来の製品かしら」
「まぁ、そんなとこなのかな。で、実際に使ったことあるんだけど」
「どうだったの」
「確かに便利は便利だったよ。でもねー……」
「なにか不満が」
「うん。なーんか味気ないなーって」
「あら、そうなの」
「そうだよ。……だって孤独なんだもん! ずっと一人で寂しいよ! 知ってる? 鍛冶ってのはさ。横座(よこざ)と先手(さきて)とのコンビネーションなんだよ」
「と、いうと」
「私が今座っているのが横座」
「ふむ。作業場のど真ん中ね」
「そう。で、その横に助手となる先手がいるの。本来、鍛冶は二人以上でやる作業なのよ」
「そうなの。でも、あなた、今一人じゃ……」

 と、静葉が問いかけようとした瞬間、小傘がさえぎる。

「おっと! 時間時間!」

 小傘はさっそうと火床から地鉄を取り出し、真っ赤になった地鉄を金床に置く。そして小槌で二、三回、確めるように軽く叩くと、一つ、大きく頷いた。

「よし! うまくくっついたよ! ほら、見てよ見てよ!」

 嬉しそうに小傘は、赤熟した鉄を静葉に見せる。

「……あら、本当ね。二つの鉄がまるで一つの鉄のようになってるわ」
「どう? この技を沸かし付けっていうんだよ!」
「ふむふむ。そうなのね」
「これさ。鉄の配合とか火加減とか凄く大変なんだからね!」
「まさに熟練の技ね。みごとだわ。それでこのあとはどうするの」
「鍛錬に入るよ。叩いて叩いて形にしていく!」
「ある意味、最大の見せ場ね」
「まあ、そうかもしれないね! と、いうわけで……」

 小傘は例の紫色の傘をそばに持ってくる。

「その傘をどうするの」

 静葉の問いに、小傘はニコっと笑みを見せて傘を立てると、次の瞬間、傘が自立して動き出す。思わず静葉は驚いたように告げる。

「あらまあ、その子、動けたのね」
「ふふ。さっき言ったでしょ。この子は私自身であって、相棒だって。ちなみに、その驚きごちそうさまっ!」

 傘は何かを探すように、きょろきょろと辺りを見回していたが、壁に立てかけてある大槌を見つけると、長い舌を伸ばしてつかみ取る。
 その様子を見た静葉は、何かに気づいたように手をポンと叩く。

「ああ。なるほど。この子が、あなたの先手さんなのね」
「ふふ。そういうこと! さーて。ここから余計なおしゃべりはなしね! 時間との勝負になるから!」

 そう言って小傘が熱した地金を金床に置くと、さっそく、それに向かって傘が勢いよく大槌を振り下ろす。

 「かん」っと鈍い音が辺りに響き、それに続いて小傘が小槌を振り下ろすと、今度は「きん」っという甲高い音が辺りにこだまする。二人は交互に鉄を打ちつけ始める。

 かんっきんっ かんっきんっ かんっきんっ かんっきんっ

 二人が鉄を叩くたびに、規則正しいリズムが辺りに響き、みるみるうちに地金が鍛えられ、その形を変えていく。
 静葉は感心したように、思わず「ほう……」と息をもらし、その様子を見守った。

 かんっきんっ かんっきんっ かんっきんっ かんっきんっ

 火床で熱された地金が、叩くと火花の散る、朝焼けの金色のような色から、紅葉が熟した様な色に変わるほんのわずかな時間の間、小傘はしたたる汗を気にも止めず、傘と一緒に槌でひたすら地金を打ち続け、どんどん、どんどん形を整えていく。

 やがて、地金が刃物の形になると、柄とつなぐと思わしき部分に、錐のようなもので小さな穴を開けてから、今度はやすりで刃を研ぎ始める。

「もう鍛えは終わったの」
「うん。今やってるのは荒研ぎよ」
「ずいぶん早いわね。荒研ぎっていうと……。刃先を研いでるのね」
「そうそう。まだざっくりとだけどね。あとでしっかり研ぐときにわかるように」

 研ぎが終わると、小傘はおもむろに刃に泥をハケで塗り始める。

「それはなにしてるの」
「泥を塗って鎌の刀身に熱が入りやすくしてるんだよ。これから刃物作りで、正真正銘、一番大事な作業に入るから。その下準備」
「と、言うと」
「焼き入れ」
「ああ……。なるほどね」

 静葉は大きく頷くと、静かに作業を見守った。
 
 小傘は深呼吸すると、火床で熱した刃物を水桶に入れる。ジュウッという音が辺りに響き、鉄くさいにおいとともに、刃物が一気に冷える。
 間髪入れず、小傘は再び刃物を火床で熱し、刃先に少しずつ水滴を落とす。
 その瞬間、辺りにピリッと緊迫した空気が流れる。小傘は、今日一番の真剣な眼差しで、落とした水滴が蒸発する様をじっと見つめる。
 しばしの沈黙ののち、小傘は「よしっ……!」と、小さくつぶやき、再び刃物を水桶に入れて冷やす。そして冷えた刃物を水桶から取り出すと、確かめるように、色んな角度から見つめて、うんと一つ頷く。
 静葉は息をのんで、ささやく様に聞いた。

「……どう。うまくいったの」

 小傘はニッと笑って返す。

「ふっ。カンペキ!」

 小傘はそう言いながら刃物を掲げる。

「うん! 我ながらいい鎌が出来たわ! ゆがみもほぼないし!」
「あら、すごいじゃない。本当、とても綺麗な形してるわ!」

 珍しく、静葉は興奮気味な笑みを見せる。

「やった! 静葉さんのその驚き、もーらい!」

 そう言って小傘は、おどけるように両手を掲げる。
 そのとき、傘が二人に鉄のコップに入れた水と、お盆に入ったまんじゅうをもってくる。どうやら一休みということらしい。
 小傘も一度、鉢巻きを緩める。鉢巻きには、はっきりとわかるほど汗が染み込んでいた。

「それにしても、小傘ったら、さっきの焼き入れの時の眼差し、すごく真剣だったわね。場の空気が一気に変わったわ。やっぱり緊張するものなの。焼き入れって」
「そりゃもちろん! 言ってしまえば、鉄とのガチンコ勝負だもん! これに失敗すると、今までの作業が全部パァだし!」

「そうなのね。その勝負、里のみんなにも見せたいものね。……ちょっとした神の気まぐれで」

 そう付け加えると静葉は、意味深に目を細める。

「ん? なになに? 静葉さん、もしかしてなんか企んでるでしょ?」

 小傘はまんじゅうを頬張りながら、探りを入れるように、静葉の方をのぞく。
 静葉は涼しい顔で告げる。

「何もないわよ。……ところで小傘。焼き入れってなんなの。大事な作業ってのは知ってるけど」
「ふぁ、ふぁっふぇ!? ひはふぇふふぇいふふふぁふぁ!」
「……食べ終わってからでいいわよ」

 小傘は、頬張ったまんじゅうを飲み込み、一息をつくと話し始めた。

「……んーと。鉄ってさ。熱いうちだとグニャグニャでしょ?」
「ええ、そうね。叩いて形を変えられるくらいね」
「うん。でもさ。逆に冷えてる鉄はカチカチでしょ?」
「ええ。そうね。とても硬いわ」
「それじゃ、熱した地鉄を急激に冷やすと、どうなると思う?」

 静葉は、口元に手を当てて少し考えてから答える。

「……そうね。温度差でヒビが入っちゃうとか」
「あ、惜しい! 正解は『硬くなるけど同時にもろくなる』よ。強度は増すけど、少しの衝撃でも壊れやすくなっちゃうの」
「あら、そうなのね」
「焼き入れってのは、この性質を利用して、熱い鉄をガッと冷やして硬くする技よ! でも、もろくなっちゃうの」
「ふむ。まるで、穣子の作ったクッキーみたいね。形はいいけど、すぐ崩れちゃう」

 そう言って静葉がニヤリとすると、小傘は思わず吹き出す。

「ぶっ! それナイスな例え! でさ、さっき私、刃物に水を垂らしてたのは、水の蒸発具合で刃物の温度をはかっていたのよ。刃物にはそれぞれ、ちょうどいい硬さになる温度ってのがあるの。その温度になったら、水槽に入れてガッと一気に冷やす! そうすると刃物に適度な粘りと、しなりが出て折れにくくなるの! これを焼き戻しって言うんだよ!」
「……なるほど。焼き入れに焼き戻しね。……奥が深いわね。刃物鍛冶って」
「ふふふふっ! そりゃそうよ。一朝一夕で出来るものじゃないわ!」

 小傘は自慢げに胸を張る。静葉はつられて微笑むと、小傘に尋ねる。

「それで、このあとの作業は」
「あとはもう最後の仕上げだね。刃をやすりでといで、柄を付けて完成よ!」
「そう。いよいよなのね」
「うん! もう少し待っててね! 最高の一品に仕上げてみせるから!」

 小傘は、にっと笑みを見せると、再び鉢巻きを額に縛り、刃物を研ぎ始める。
 小傘は濡らした研ぎ石や銑(せん)で刃をひたすら研ぎ、刃先を整えていく。
 傘は静葉と一緒に作業を見守っていたが、やがて、仕上げ研ぎが終わると、奥の方から木箱を持ってくる。

「さんきゅー!」

 小傘が、その木箱を開けると、中には沢山の柄が入っていた。小傘はその中から、めぼしいのを見つけて取り出す。

「うん。小柄な静葉さんには、これがぴったりね!」
「あら、そうなの。なんか長過ぎるように見えるけど」
「大丈夫! これでいいの!」

 そう言いながら小傘は、柄に口金を付けて刃を差し込み、釘を打ち取りつける。そして手に持って、何度か振るうと、納得したように大きく頷いた。

「うん! よし! 完成したよ!」
「お疲れ様ね」

 傘が持ってきたタオルで汗を拭きながら小傘は、出来上がった鎌を金床の上に置く。
 その鎌は、刃は小ぶりながらも、刃の模様がくっきりと見え、柄はやや細く、小柄な女性でも持ちやすい太さになっていた。

「あら、素敵。この刃の波模様、綺麗ね」
「刃文のことね。刀身と刃の部分で違う鉄を使ってるから、その境目がこうやって出るのよ!」
「へえ。そうなのね」
「さあ、持ってみて!」
「ええ」

 静葉は出来上がった鎌をそっと手に取る。

「どお?」
「……ふむ。驚くほど手に馴染むわ」
「でしょ?」

 次に静葉は鎌を軽く振るってみると、思わず目を見開く。

「……これは驚いたわ。少し柄が長すぎるかなと思ったけど、全然そんなことないわね。重すぎず、軽すぎずこれでちょうどいいわ」
「でしょでしょ!? 使う人に合わせて刃先の長さを変えたり、柄を調節する。これも鍛冶技の一つなのよ!」
「ふむ。感服したわ……。あなた本当に凄いのね」
「ふふふっ! 静葉さんのその驚き、ごちそうさまっ!」
「ありがとう。小傘」

 静葉は満面の笑みを見せて、小傘とハイタッチをかわす。

 その後、二人はしばし談笑する。小傘は目を輝かせながら静葉に告げる。

「もし、次の機会あったら、そのときは紅葉に負けないくらい綺麗な刃文つくってみせるよ! それこそ刀顔負けのね!」
「あら、それは期待してるわ」
「そのときは、また静葉さんの驚きちょうだいね!」
「そうね。私を驚かせるものが作れられたらね。……でも、あなたの腕ならきっとまた驚かされてしまうのでしょうね」
「またまたー。静葉さんったら、お世辞上手いんだからー」

 鍛冶場に笑い声が響く。気がつけば辺りはすっかり日が暮れていた。

 話もそこそこにして静葉は、小傘と別れて帰路へとついた。
 辺りはすっかり暗くなり、少し肌寒いくらいだったが、彼女の心の中は温かな日差しに包まれていた。

 □

「……ふーん。で、これが小傘に作ってもらった鎌なんだ?」

 穣子はテーブルに置かれた鎌をしげしげと見つめる。

「ええ、そうよ」
「ところで姉さん。鎌なんか作ってどうすんの? 弾幕ごっことかでぶん投げんの?」
「そんなわけないでしょ。どこぞの一人で一揆起こすような農民じゃないんだから」
「誰?」
「勇敢なる農民よ。彼の投げる鎌はホーミング機能付きなの。だけど竹槍持つと弱くなっちゃうのよ。ほら、竹槍って短いから……」
「そんなん知るか!? いつもながら、唐突にわからない話やめてくれる?」
「そう言うあなたこそ、なんで鎌を投げつけるなんて言ったのよ」
「え、だってほら。鎌って投げるモンでしょ? なんか鎖とか付けて」
「それは鎖鎌でしょ。これは普通の鎌よ。そんなのも見てわからないの」
「普通の鎌なんか作って、ますますどうするのって話よ?」
「それはもちろん、庭の草刈りに使わせてもらうわ。それに山の藪払いや、枝払いなんかにも使えそうね。あと紅葉狩りとか」
「そういうのって普通は鉈とか使うモンじゃないの? それに紅葉って鎌で狩るもんじゃないんじゃ……」
「あら、この特製鎌なら余裕よ。なんせ私のために小傘が作ってくれた特別品だもの。言わば私の分身よ」
「ほーん……」

 穣子は鎌を手に取り、見回しながらつぶやく。

「ねえ。この鎌、調理にも使えたりするかな? 材料切るときとか」

 涼しい顔で静葉は返す。

「料理は包丁で十分でしょ。鎌は草刈りするもの。穣子、ものには適材適所というのがあるのよ」
「そんじゃさそんじゃさ。私の包丁みたいに名前でも付けてあげようよ? きっと喜ぶと思うよ? なんなら私が付けてあげようか?」

 静葉は穣子から鎌を奪い取ると、ふっと笑みを浮かべて告げる。

「遠慮しておくわ。あなたネーミングセンス悪いし」
「わ、悪かったわね!?」
「……それにね。名前なんか付けなくても、小傘が私のために丹精込めて作ってくれたんだから、すでにこの子は私の相棒よ」
「ちぇっ。ノリが悪いわねー……。ま、いいもん。私にも小傘が修理してくれた包丁『芋景』があるし! 『芋景』のおかげで前よりも美味しい料理作れるようになったし!」

 鎌を手に取って誇らしげにしている静葉に負けじと穣子は、包丁を取り出し構えていたが、ふと、苦笑しながらつぶやく。

「……ま。に、してもさー。……小傘のヤツ、すっかり里に馴染んじゃったわよねぇ」
「……ええ。そうね。……ま、いいんじゃないかしら。とってもイキイキしてたわよ。……まさに里の素敵な鍛冶屋さんだったわ」

 そう言いながら静葉は、明かりに照らされ、作りたての刃物特有の光沢を放つ鎌を愛しそうに見つめていた。

 □

 ――数日後、射名丸文の家にて。

「……へえ。で、これが小傘さんに作ってもらった鎌なのね?」
「ええ、そうよ」
「どうなの? 使い心地は」
「ええ。申し分ないわ。切れ味がいいのはもちろん、驚くほど手に良く馴染むの。振るった時も余計な力がいらないから、すごく取り回しがいいし。まさに私のための鎌ってところだわ。さすがね」
「へえー……。持った感じ、私にはちょっと軽すぎるけど」

 そう言いながら文は、鎌を軽く振るとテーブルに置く。

「ま、静葉さんに合わせて作ったという感じなんでしょうね」
「ええ、まさにそうよ。ところで、文」

 静葉は不敵な笑みを浮かべると文に問いかける。

「どうだったしら。私が書いた『取材資料』の出来は」
「……いやいや、素晴らしいわ。それこそ、まるで私が小傘さんの槌音を聞いてきたみたいに。ぜひ記事にして、この『かんっきんっ』を里中に響かせてみたいわね」

 目を輝かせながら文は、机の引き出しから細かい文字が書かれた用紙を取り出す。

「それは光栄ね。そのときはぜひタイトルは『里の素敵な鍛冶屋さん』で、お願いね。でも、記事にするなら本人にちゃんと許可は得なさいよ」
「ええ。それはもちろん! ……にしても、一体どういう風の吹き回し? 急に取材をしてみたいだなんて……」

 文の問いに静葉は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ答えた。

「……ま、神の気まぐれってやつよ」

 苦笑しながら文は再び尋ねる。

「……それで、どうだった? 『取材』してみた感想は」
「ええ、そうね……。あの子の意外な面が見れたし、なにより格好よかったわね。同じ職人として、私も見習わなくちゃって思ったわ。」
「……いやいや、見習わなくちゃって静葉さん。あなた職人じゃないでしょ?」
「いえ。職人よ」
「え? なんの」

 訝しげな様子の文に、静葉は静かに告げる。

「紅葉職人」
「……ああ、たしかに」
「でしょ」

 と、満足げに笑む静葉に、文はニヤッとして告げる。

「……紅葉職人ねえ。なんか記事にしづらそうだわ。実態がなさ過ぎて。まだ、小傘さんの職人魂の方が記事映えするわね。きっと里中の驚きを集められるわ!」

 静葉は取材資料に目を通しつつ、文の方を見やると言葉を返す。

「ふふ。小傘の驚きは私だけでいいわ。……それにね。文」
「なんです?」

 怪訝そうな表情の文に、静葉は不敵な笑みを浮かべて告げた。

「秋の美は取材じゃ追えないわよ」

 □

 ――作業後の談笑中、彼女は言った。いずれ鍛冶業は機械が主流となってしまうだろう。それは時代の流れであって、致し方のないことだと。そう、あっけらかんと言い切った彼女からは、悲壮感のようなものは驚くほど感じとられなかった。
 彼女はこう続けた。それでも自分はこれからもこの相棒と一緒に、昔ながらの方法で鍛冶業を続けていくつもりだと。
 それは誰のためにでもなく、ただ、お客の驚きをいただく。それだけのために。と。

 今日も小傘は相棒とともに重たい槌を振るい、鍛冶業に精を出す。この「かんっきんっ」という小気味のいい槌音が聞こえ続ける限り、里の住人が刃物のことで困ることはない。
 里の笑顔と驚きを彼女の槌音が、これからも紡ぎ続けるだろう。

 なぜなら彼女は、素晴らしい職人であり、里の素敵な鍛冶屋さんなのだから。
鍛冶屋な小傘のお話第二弾です。読了、ありがとうございます。
バームクーヘン
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コメント



0.90簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.90福哭傀のクロ削除
この手の話ではどうしてもそうなるというか、どうすればそうならないのかが私にもわからないのですが、どうしても作業工程中の静葉のポジションが部隊層にみたいになってしまうのがやはり気になってしまう。
全体的に大変な工程の中で結構質問が投げられて、それに機嫌良く答える小傘はやっぱり子供を相手にするのにむいてるなぁと
3.100みやび削除
包丁に次いで静葉の鎌も快く引き受け見事な仕上がりとなりましたね。前作同様に陽気で仕事もしっかりする小傘が伝わっています。文にとっては紅葉を彩ることよりも鍛冶屋の仕事を評価している。紅葉の取材の方が鍛冶以上に厳しい、静葉の紅葉神としての職人気質も伝わる作品でした。
6.100南条削除
面白かったです
仕事してる小傘が楽しそうでよかったです
7.80ローファル削除
面白かったです。
鍛冶の工程や専門用語を嬉々として語る小傘がとてもかわいかったです。
8.100名前が無い程度の能力削除
読んでいて癒される、という感覚は久しぶりです。
その中でも小傘の生真面目さと人の良さがにじみ出た作品でした。
ご馳走様でした。面白かったです。
9.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。ほっこりした
10.100名前が無い程度の能力削除
おもしろーい!
11.90東ノ目削除
鍛冶ってそういう感じなんだなあとなりました。小傘は有能。面白かったです