Coolier - 新生・東方創想話

あなたは神様の宝物

2025/05/01 08:12:33
最終更新
サイズ
71.03KB
ページ数
1
閲覧数
544
評価数
12/12
POINT
1150
Rate
18.08

分類タグ


1.

 神は民を大御宝(おおみたから)と呼び、大切に思っていた。
 天照大御神。彼女にも大と御がつく。それはどちらも敬意を込めた言葉で、大げさに言うと、とってもすっごい神様! と言う意味だ。
 大御宝もまた、とってもすっごい宝! と言う意味になる。それがこの国の民につけられた名だ。イザナギにも、イザナミにも、スサノオにも、その二文字は付けられていない。
 今のこの国に、そのことを知る人はほとんどいない。そのように大事な宝物として扱われている人も、ほとんどいまい。



 夏の暑さが残る夕暮れ時。神木の上から諏訪の湖と街並みを眺めていた神奈子は、とぼとぼと歩いて神社に向かう少女を見た。境内まで降りて少女を出迎える。
 小学生の早苗は、赤いランドセルに夏らしく半袖姿だ。だが、顔や腕に絆創膏を貼り付けている。

「早苗? 喧嘩をしたの?」
「喧嘩じゃないもん!」

 いつも神奈子を慕っている早苗が、珍しく声を荒らげて反論した。
 縁側に移って話を聞くと、事情が分かってきた。早苗のクラスメイトの少女が、数人の男子達からいじめられていたらしい。早苗が注意すると口論になり、殴り合いになったのだと言う。ちなみに早苗に言わせると、喧嘩ではなく悪を退治したとの事だった。

「それでね、そいつら全員、ぎったぎたの、ぼっこぼこにしたの!」
「ふふふっこの時代に妖怪退治をする巫女がいるとはね」

 早苗は褒められてニコニコと嬉しそうだ。
 神奈子は軍神でもある。「先祖の血は争えないわね」と笑ったが、じきに、この世界では善意であろうとも、そういった荒々しさが淘汰されるだろう事を寂しく思った。
 早苗は、戦前生まれの祖母が「いじめっ子のガキ大将を棒で叩いて、川に落としてやった」と話すのを、キラキラとした目で聞き入ってしまう子だった。川に落とさなかった分、早苗の方が文明的と言える。ちなみに祖母がガキ大将を小川に落としたのは冬のことだった。

「でもあいつら、私がいきなり殴ったって嘘ついたの。卑怯者よ」
「それで、早苗だけ怒られたの?」
「どっちも悪いって」

 今時、いじめを止めるためであっても、暴力はいけないと教えそうなものだ。
 神奈子からしたらケースバイケース。神の身からしたら細かいことは抜きにして力で解決するのは悪い方法でもない。そういう神話もたくさんある。

「それに先生、いじめがあるって分かってたのに、見ないふりしてたんだよ!」

 神奈子は腕を組んでうなった。この国から、和の心、勇気や善意が減っているのは分かっていたが、それほど深刻になっているとはと頭を抱える。
 とは言え、大人になった時、力で解決する方法は到底受け入れられないだろう。それにこの国は、力で解決するばかりが能でもない。

「早苗、和の心をもちなさい」

 神奈子が人差し指を立ててそう言ったが、早苗は不服そうだった。

「神奈子様も言うんだ。和を乱すなって」

 神奈子がさらに事情を聞く。早苗は、いじめを止めようと声を上げたのだが、一部のクラスメイトから「変なことをしないで」「怖いから止めて」と言われたのだと言う。

「なるほど。それはみんな、和と同を取り違えているわ」
「和と同?」
「和とは調和の心。同は意見を持たず周りに同調すること。”君子は和して同ぜず”と言う言葉があるの。立派な人は、周りの人と調和を持つけれど、決して安易に同調しないと言う意味よ」
「ふーん」
「”和を以て貴しと為す”と言うのも、しっかりと話し合いをしなさい、と続くわ。協力して解決するための意見を出し合いましょうって」
「みんな、意見なんてないもん。意見を言うと、怒るし、嫌がられるし」

 神奈子は拗ねた様子の早苗を笑った。

「とにかく、見て見ぬふりをしなかったのは偉い!」

 神奈子がわしわしと頭を撫でてあげると、早苗は笑って機嫌を取り戻した。

「早苗、私が丸い注連縄を背負っているのも和を意味してるわ。わっかの輪は、調和の和。早苗が、私に相談してくれたのも和。本当に、早苗を責める人ばっかりだったの?」
「ううん、良かったって言ってくれる子もいた」
「ほら、その子たちは意見を持ってる。いじめは良くないって分かってる子も多いの。ただ、巻き込まれるのが怖くて声を上げられないのよ。いじめっ子をやっつけたのも、悪い事じゃないけど、他にも色々な方法があるのよ」
「うーん、その子たちに、いじめられてる子を友達にしようって話してみようかな」
「いい子よ。友達の輪ね。諏訪子と、おばあちゃんにも相談すると良いわ。早苗にしっかり向き合ってくれるわよ」

 早苗は元気よく返事をした。得意そうに笑ってから、ある事に気がついた。

「でも、神奈子様は、何でも自分勝手に決めちゃうよね」
「痛い所を突くわね。私も得意な方じゃないのよ。私が暴走していたら、早苗が叱っておくれ」
「いいよ! 私は神奈子様の巫女だから!」

 自信満々に答える少女を見て神奈子は笑った。夕日が遠く、山に沈もうとしていた。その最後の瞬間まで、赤い光と暖かさを二人に届ける。

「早苗は、どうしていじめられている子を助けようとしたの?」

 早苗が人助けをした理由は、優しさと善意、祖母から受け継いだ道徳、それから神様への信仰心だ。いじめられて泣いている少女を見捨てるようでは、神奈子と諏訪子とおばあちゃんに合わせる顔がなかった。
 だが、早苗はそれを上手く言葉に出来なかった。そんな早苗を、夕焼けが優しく見守る。

「お天道様が見てるから!」

 神奈子は早苗をぎゅっと抱きしめた。大切な宝物のように。そう早苗は”古来から”宝物なのだ。太古の時代から、神は人を大御宝と呼んで大事に思っていた。
 最も人を愛しているのは、今でも空におわす天照だ。この国は、民を大御宝と呼んで建国した。民は、何よりも大切にされるべき宝なのだ。
 だが、今の民のありようは、とても宝として大切にされているものではなかった。いじめられ、先生にすら見捨てられていた少女もそうだ。神奈子は憂いた。日の本の民、大御宝がこんなに虐げられて良いはずがないのだと。
 ただ、早苗が太陽を、神を敬う限り、かすかでも加護が与えられるだろう。いや、例え太陽を敬うことが無いとしても、女神は無償の愛情を誰にでも惜しみなく降り注いでくれる。一日も休むことなく、たとえ厚い雲に遮られようとも。どんなに辛い時代にあっても、それだけは確かだった。
 神奈子は、早苗の成長と幸せを願った。神奈子にとって、今は小さい巫女が、何より大切な大御宝だった。




2.

 数年後。平成十九年、秋。
 八つの峰が連なる山々、八ヶ岳が東に広がる。そのどれもが二千メートルを悠々と超えるが、まだ雪は積もっていない。そこからゆっくりと太陽が顔を出し、街を曙に染めた。
 巫女服を着た早苗は、朝日を浴びるとおごそかな気持ちが湧いて、竹ぼうきを掃く手を止めて太陽に手を合わせた。
 境内の木々は緑から黄に移り始めた頃だった。これから赤くなれば、より美しくなる。冬の寂しさを迎える前、最後の見どころだと言わんばかりに紅葉の絨毯が敷き詰められるのだ。
 陽の暖かさを感じながら、参道の掃除に戻る。そこに神奈子が伸びをしながら降りて来た。

「おはよう早苗、今日も早いわね」
「おはようござます。今日は澄んだ秋空ですよ」

 幼い頃とは違い、早苗は神奈子へ敬語を使うようになっていた。しかし、それで二人の仲が離れることはない。

「掃除もご苦労様。おかげで毎日すがすがしいわ」
「ありがとうございます。これから、落ち葉の季節になると大変ですけど」
「そうしたら、風を使って、一辺に掃除をしてあげるわ」

 神奈子は手のひらに小さいつむじ風を作ってみせたが、早苗が「ダメです!」と叫んだ。

「お力をあまり使わないでください!」
「少しくらい、大丈夫よ」
「私は神奈子様の身を案じて!」
「はあ……巫女に小言を言われるとはね。昔はかなこしゃま~って無邪気に喜んでくれてたのに」
「どれだけ昔の話ですか!」

 神と巫女がかしましくしている所に「ご飯の準備が出来ましたよー?」と穏やかな声が届いた。
 初老の女性が神奈子に向けて深く一礼してから微笑みを浮かべる。名を稲穂と言う。早苗の祖母で、同じく神に仕える身だ。御年七十八になるが、背筋はのび、動きも軽やかで、凛々しく美しい佇まいをしている。
 ここ、守矢神社に住まうのは、早苗と稲穂の二人、神奈子ともう一柱の神、諏訪子の四名だ。そして、神奈子と諏訪子の姿を見ることが出来るのもまた、早苗と稲穂のたった二人だけになってしまった。
 早苗の親は神職でない普通の仕事に就いていたが、早苗が物心つく前に不幸があって亡くなっていた。それ以来、祖母のいる守矢神社で暮らしてきた。両親はいないが、早苗はこれまで寂しさを感じることは無かった。明るく優しい神奈子と、無邪気で楽しい諏訪子がいつも一緒にいた。彼女たちは神でありながら、早苗にとって双子の姉や、母親のような存在だったのだ。



 居間のちゃぶ台を囲んで、諏訪子と稲穂が待っていた。食事は二人分しか用意されていない。神奈子も諏訪子も、力があった頃は実体を持っていたが、今はそれが無いためだ。稲穂が食事をささげると、二柱は食事の分霊を取り出した。日本は八百万、米粒の中にも神様がいる。その分霊をいただくのだ。
 四人は手を合わせて「いただきます」と言ってから箸を伸ばした。ご飯に焼き魚にお味噌汁。梅干しとたくあん、それから里芋、ニンジン、コンニャクや大根の煮物だ。

「うー、渋いねえ、渋い」

 諏訪子が梅干しを口にして顔をしかめ、ご飯をかき込んで味を薄めた。早苗よりも孫らしい仕草だ。

「諏訪子様、好き嫌いなさらないで下さい」

 稲穂がたしなめると「いや、美味しいんだけどね」と返す。

「今日は、もうちょっと甘い味付けが好みな気分だったのだよ」
「でしたら、お夕飯は早苗に作らせましょう」
「いや、夜には渋いものが食べたくなってるかも」
「……諏訪子様だけ、ご飯抜きにいたしましょうか?」
「冗談だって、美味い美味い!」

 そう言って、魚をおかずにご飯をかき込んだ。それから神奈子が空模様を見て呟く。

「そう言えば早苗、明日は体育祭だろう?」
「そうですけど?」
「このままだと明日は雨になりそうよ。今日の夜に降らせておいた方がいいわね」
「えー? 結構ですよ。お力を消耗しますし。そこまでしても、みんな……神様に感謝してくれる訳でもないですし……」

 諏訪子が「ダメだよ早苗! お祭りなんだから楽しくしなきゃ!」と口をはさんだ。それから神奈子が続ける。

「お祭りも神事よ。この国がお祭り好きなのは、神話の時代から。天照が岩戸に隠れた時も、興味を引くためにお祭り騒ぎをしたのよ?」
「それにハレの日に雨が来ないよう、みんな恐れるでしょ? 晴れれば感謝する。直接、神様に感謝しなくても、それを通して信仰が集まるんだから」

 とは言え、そうして得られる信仰はほとんどない。なおも納得がいかない早苗だったが、稲穂がぱんと手を叩いて注目を集めた。

「奇跡の儀式は、私が行います。それより早苗、そろそろ時間よ」

 早苗は「はあい」と答えると、手を合わせ、ごちそうさまをしてから鞄を手に取った。



 セーラー服姿の早苗が境内に出ると、鳥居の下、綺麗な黒髪の少女が待っていた。早苗が声をかけると元気そうに手を振って、二人で去っていく。
 それを見届けてから、稲穂が二柱へ話を切り出した。

「それで、幻想郷へ移住なさる件ですが」

 諏訪子が「ま、そろそろ覚悟をきめなきゃね」と達観したように促す。しかし神奈子は気まずそうにしたままだ。

「どうしても、言わなきゃダメかしら」

 珍しく弱気な神奈子に、稲穂が返事をする。

「お二方が、別れを告げずに幻想郷へ行けば、早苗は深く傷つきます。そして、このまま信仰の無い世界で、消滅を迎えることになれば、それ以上に早苗は傷つき、自分を責めるでしょう。どうか、ご決断を」

 二柱の神と孫を思って強く進言する稲穂だったが、それが分かっていても神奈子は踏ん切りがつかないでいた。どうしても、早苗を悲しませる。
 苦しいように「せめて、祭りのあとにさせてちょうだい」と告げた。




3.

 翌日、早苗が通う高校は、朝から祭りの熱気に包まれていた。空は雲一つない快晴、どころか分厚い雲に覆われていた。だが、大雨は降らず、たまにぽつぽつと小雨が降っては、小休止のように雨が止むのを繰り返している。今の神奈子にとって、これが限界であった。
 クラスメイト達は雨にも負けず、競技を楽しんでいた。早苗はリレーの最後尾を務め、見事な走りで一位を勝ち取り、女性陣から黄色い歓声を浴びたが不満そうにしていた。聞くまいとしても、周りの雑談が耳に入る。

「せっかくの体育祭なのに雨なんて最悪ー」
「しかも寒いしねー」

 そんなただの雑談がどうしようもなく嫌だった。この天気も、祭りも、神奈子と稲穂、それと多分諏訪子が、一生懸命、奇跡を起こした結果だったが、感謝する者は一人もいないかのように感じられた。

「さーなえ!」

 黒髪の綺麗な少女が早苗の腕に飛びついた。小学生の時、いじめから助けて以来、ずっと仲良くしている親友で楓と言う。

「どしたの? 元気ないけど。大活躍だったじゃん」
「ううん、何でもない。ちょっと疲れてただけ」

 気を取り直して、明るく振るまう早苗だったが、楓にはそれが無理をしているのだと分かった。

「もしかして、この雨?」
「ん、まあね」
「私、知ってるよ」

 楓が明るい声で言った。楓は早苗について、色々なことを知っていた。早苗が、神様や、大自然に深い畏敬の念を抱いていること。
 楓は心の底から、神様の存在を信じている訳ではない。それでも、早苗の話を迷信だと切り捨てることなく、伝統や信仰の形として真剣に聞いてきた。自分には見えないが、早苗が仕える神様の名前、そして、何を司っているか。

「本当は、土砂降りの予報だったもんね? 体育祭ができて良かった!」

 その言葉に早苗も笑顔を取り戻した。楓が元気よく「ほら、次は騎馬戦だって」と指さす。

 小雨が土を泥に変えている。だが、競技は最後まで行われるようだった。
 泥でぬかるむ校庭に、一年生から三年生まで、学校中の男子生徒が騎馬を組んで向かい合っていた。
 少女たちが白熱した応援を、驚きや悲鳴を、時に黄色い声援を上げる。男たちは敵に押され、ぬかるみに足を取られ、次々、落馬していく。その度に、愉快そうな声があらゆる所で上がった。少女たちも口を開けて大笑いをしている。
 泥まみれになって遊ぶのは、ほとんどの者が小学生以来の事だった。いや、人生で初めての者の方が多いだろうか。
 男たちは、服を、足と腕を、顔を泥で汚して笑い合った。最後に残った勝者すらも、周りの亡者から襲われ泥に倒れた。それは、まさしくお祭り騒ぎであった。

「ナイスファイトー!」

 女子たちが健闘を讃えて、皆を歓迎した。だが、男たちが近づくと、汚れるのを恐れて露骨に距離を取る。それを見て、また笑いが起こる。
 泥の姿は、汚れているほど、激しく戦ったことを示し、勲章の様だった。

 校内アナウンスが流れる「次は、男女混合、二人三脚です」。
 女子たちから「えええええ!?」と悲鳴とも怒号ともつかない叫びが上がる。「絶対、順番、おかしいでしょ!?」「中止よ中止!」と誰かが叫んだ。
 全ての競技が終わった後、今更になって雨が晴れ、光が差した。そして、諏訪湖の上空に虹が刺した。最後の体育祭となる三年生たちは、その光景に神秘的な何かを感じていた。
 三年生の男子生徒が叫ぶのが聞こえた。

「一番、おもろい体育祭だった!」




4.

 鳥居の下で楓と別れ、早苗は上機嫌で帰宅した。居間には、愉快そうに酒を飲んでいる二柱がいた。

「おかえり早苗ー! いやー盛り上がってたねえ」
「あんな大馬鹿騒ぎは、久しぶりに見たわ」
「若い奴らは、やっぱり馬鹿じゃないと。それにしてもあの時の女たちの顔、うぷぷ、お前らも泥にまみれるんだよー!」

 祟り神の諏訪子が、人の不幸をさかなに酒を仰いで邪悪な笑い声をあげる。二人三脚では転ぶ組が続出して、阿鼻叫喚の悲鳴が上がっていた。
 その横で、稲穂が静々と新しいお酒を用意していた。稲穂は下戸で酒が飲めず、酒瓶は減ることなく、二柱は延々、酒を飲み続けた。

「ほら、早苗も酒をのみねえ!」
「い、いえ未成年ですから」
「なんだー? 神様の酒が飲めねえってえの!?」

 ダル絡みをする諏訪子を、神奈子が「まあまあ」と諫めた。

「でも、いつか早苗とお酒を酌み交わしたいものね」

 神奈子が寂しそうにそう言うので、早苗は「はい、是非」と答えた。



 翌日、土曜休みのこの日も、朝から神奈子は上機嫌だったが、稲穂が「そろそろお話を」と切り出すと、とたんに気まずい顔をして「夜に話そう」とごまかした。結局、次の日の夜までごまかし続けたが、夕食が終わると稲穂が話を切り出した。
 諏訪子はうつぶせになって漫画を読みながら足を揺らしているが、神奈子と稲穂がいつにも増して真剣なので、早苗もまた居住まいを正して言葉を待っていた。

「神奈子様、祭りの熱も冷めました。今日こそ話していただけますね」
「分かってはいるのよ」
「お話できないのなら、私からお伝えしましょうか」
「それはダメよ!」

 神奈子は腕を組んで黙していた。しばらくして重い口を開く。

「何から話そうか……そうね、体育祭、大変愉快で大成功だったけれど、残念ながら、信仰はほとんど増えなかったわ」
「そう、だったのですか……」

 早苗が悲しそうにつぶやく。無理もないことだ。確かに生徒たちは祭りを楽しみ、虹に驚きはしたが、それが神様の起こした奇跡だとは思いもしない。得られたのは微かな自然への畏敬だ。

「信仰は年々、減っているわ。いずれ私も、奇跡を起こす力が無くなり、姿すら保てなくなってしまう。それがどれくらい先の事か分からないけれど、すぐにそうなってしまうかもしれない」
「そ、そんなの、嫌です! ど、どうすれば、どうにか私が信仰を集めれば良いのですか!?」
「いや、方法はあるわ……」

 狼狽する早苗だったが、その言葉を聞いてほっと安心した。だが、神奈子の表情は固いままだ。

「幻想郷。人々から忘れ去られ、幻想となったものが集まる郷があるの。この国で忘れられつつある神への信仰もまた、その郷には色濃く残っているわ。私も諏訪子も人々から忘れられつつある存在よ。だから、神社ごと、その郷へ移って、信仰を集め直す道もある」

 それを聞いて早苗は、心底安心したように息をついた。

「そうですか、それならその地に移りましょう」

 早苗は当然のようにそう返した。自分もその地について行くのだと。だが、神奈子は辛く苦しそうな表情をしている。諏訪子は揺らしていた足を止めると、胡坐をかいて早苗に問いかけた。

「本当に来たいの? 水道も、電気も、ガスもないし、知り合いもいないよ。漫画も、ネットもテレビも。江戸時代のド田舎にタイムスリップするようなもんだよ?」
「確かに怖い気持ちもありますが……楽しみでもあります! そこは、神様がいるのが当たり前の世界なのですよね? 私の奇跡の力も、きっと今以上に、お二方のお役に、立てられるでしょうし」
「この世界に仲の良い子もいるだろうに」

 早苗の脳裏に、楓の姿が浮かんだ。彼女だけは、早苗の話をよく聞いてくれた。
 他にも友人と呼べる者は多くいる。だが、神様や神話の話をしても、話を変えたり、打ち切ったり、時には馬鹿にしたり、否定したりする。神様の姿が見えないどころか、その存在を信じようとも、感じようともしてはくれない。
 確かに学校での毎日は、それなりに楽しい。だが、根本的な価値観がズレている。どこか分かり合えない所がある。早苗にとって信仰のない世界は異常だった。
 この神社での毎日と、神奈子と諏訪子との触れ合いこそが、かけがえのない日常であり、幸せな時間なのであった。

「神奈子様と諏訪子様にお仕えすることこそが、私の生きがいであり、やりたい事なのです」
「そっか……」

 どこか会話が噛み合わず、早苗は不安を覚えた。そして神奈子がゆっくりと口を開く。

「早苗は、幻想郷に行くことは出来ない」

 早苗は愕然として、言葉を詰まらせた。何か発しようとするが、言葉を成さず、意味のない戸惑いの声だけを上げる。

「幻想郷は、忘れ去られたものが行きつく先。早苗は守矢神社の巫女として街の人々から、学友として友達から、はっきりと認識されている。忘れ去られることは無い」
「そ、そうかもしれませんが……お二方だって忘れられる事はありません! 私が、神奈子様と諏訪子様を忘れるとでもお思いですか!」
「早苗も稲穂も、奇跡を起こし、神を心から信じている。二人とも、幻想郷の話を信じることが出来る。現実離れしている。だからこそ、現実の世界に私達を留める力はほとんどないのよ」
「わ、私を置いて、いなくなってしまうのですか?」

 早苗が縋ると、神奈子は笑って早苗の頬に手を当てた。

「いいや、そんなことはしないよ。早苗が望むのなら、私はこの地にいつまでだって留まるから」

 早苗が手を握り返し、目を潤ませながらうずくまった。そこに「早苗」と稲穂の声が響く。

「本当に、この地に留まらせて良いの? 信仰は日に日に無くなり、神奈子様も諏訪子様も弱々しくなっていく姿を見ることになるのよ。そして、いつか姿が保てなくなり消えてしまう。あなたにとって、それが何より辛い事なのではないの?」

 うずくまっていた早苗の体がぴたりと止まる。うるんでいた涙も一瞬で乾いた。それは、あまりに恐ろしい未来を想像してのことだった。

「その時、私も既に死んでいて、あなた一人で見送る事になるかもしれないわ。お二方を幻想郷へお送りすれば、確かに、もうお会いすることは出来ません。でも、遠い地で元気に過ごしているのですよ」
「おばあ様、そんなこと言ったって……こんな、どうやったって神奈子様も諏訪子様も居なくなるだなんて……なんで、こんな話……」

 神奈子が「ごめんなさい、早苗」と申し訳なさそうに早苗の頭をなでる。しかし、稲穂は毅然と言葉をつづけた。

「早苗、なぜ、神奈子様がこの話をしてくれたか。幻想郷へ行くにしろ、この地で消滅するにしろ。急にお二方がいなくなれば、あなたは何も分からず、ただただ深い悲しみと絶望の淵に立つことになったのよ。だから、お話してくれたのです。どんなに残酷でも、真実が分かれば人は決断できるのだから」

 早苗の目に再び涙がにじむが、それを必死にこらえた。どんな思いで、神奈子がこの話をしてくれたのか。神奈子が早苗を悲しませたい訳が無かった。より深い悲しみを回避するために、この話をしてくれたのだ。
 この優しい神様を、消えさせてしまってはいけないと思った。




5.

 それから一週間、早苗は心ここにあらずだった。
 結論は分かり切っている。現代社会で信仰を保つことは出来ない。力を失う前、今直ぐにでも神奈子と諏訪子を送り出すのが最善だ。
 二柱は、あれから努めて今まで通りの日常を過ごしていた。この世界で消滅することになっても、それで良いと思っている様だった。稲穂は神様たちを送り出すつもりで腹を決めていて、早苗の覚悟を待っているようだった。とは言え、急かしてくるわけでもない。


 早苗は、湖畔にある公園のベンチに楓と腰かけていた。揺れる早苗の心とは裏腹に、穏やかな湖面は、鏡のように空と街を映していた。
 早苗は神奈子たちの前で上手く笑う事が出来ずにいた。家に帰っても、何となく自室にこもってしまう。帰るのが気まずくて寄り道をしていた。楓は早苗の様子を心配していたが、無理に話を聞き出そうとするでもなく、取り留めのない話をあれこれ振ってくれる。それが楓なりの優しさだった。早苗もこのままではいけないと言う思いがあり、ぽつぽつと話をし始めた。

「例えばなんだけどさ。すごく仲の良い人がいて、もう二度と会えない遠くに旅立っちゃうとしたら、送ってあげられる?」
「二度と会えないの? 中々そんなこと無いと思うけど」
「電話も、メールも届かない。飛行機でも会いに行けないとしたら」
「物語みたい。宇宙人の友達が、遠い銀河に帰らなきゃいけない、みたいな」
「そう! 例えば、宇宙人の存在が周りにばれちゃったの。そのままだと捕まって酷い目に合っちゃう。だから、送り出すべきなの」
「その人は、出て行こうとしてるの?」
「ううん、そばにいてくれてる。でも、送り出すべきなの」
「難しいけど……送り出すべきかな」
「そうだよね。でも、中々、決断できないんだ」
「二度と会えないんでしょ? だったら、悩むのも当たり前じゃない」
「そうかな」
「うん、そう」

 早苗はこの一週間、何も決められず自分を責めてばかりいた。その気持ちが少しだけ楽になった。本当の事を話してみようかと頭に浮かんだ。楓は、早苗がする神様の話を、頭ごなしに否定した事は一度もなかった。

「楓は神様のこと、どれくらい信じてる?」
「早苗に不思議な力があるのは信じてるよ。子どもの時、山で隠れんぼして迷子になった子がいたでしょ? 絶対、見つからないような場所だったのに、あっさり見つけて、なんで分かったのって聞いたら、神様が教えてくれた、だもん」

 早苗は、そんな事もあったなと思い出す。その迷子は道から外れ、街から離れるように反対の山を登っていたのだ。諏訪子に案内されながら、早苗が迷わず深い森の中を進むと、楓や他の友達は、遭難するんじゃないかと、怯えていた。

「でも、私には見えないから、いるかもしれないってくらい。早苗には見えてるんでしょうけど。私は、確証はもてないわ」
「さっきの二度と会えない、送り出さなきゃいけない人が神奈子様と諏訪子様だって言ったら、笑う?」

 楓は目を大きく開けてから、真剣な顔をして答えた。

「笑わない。笑わない、けど。消えちゃうの? 神様……」
「いつか消えちゃう。この世界だと信仰が保てない」
「それは、私とかが、神様を信じていないから?」

 楓が、申し訳なさそうな顔で早苗を伺う。

「大丈夫、楓は信心深いって、神様も、おばあちゃんも褒めてたわ」
「そうだと良いけど……でも、そう。それは、決められないよ」
「送り出すべき、送り出さなきゃいけないって分かってるんだけどね」

 愛する神様を送り出したい。だが、それより強い気持ちで、どうしても別れたくなかった。早苗は楓に引き寄せられた。肩と肩が触れ合う。

「ごめんね早苗、力になれなくて」
「ううん、ありがとう。なんでだろう。ちょっと楽になったような気がする」

 そうしてしばらく二人で佇んでいると、早苗は少し元気を取り戻した。それを見て楓が人差し指を差し出すと、早苗は首を傾げる。

「なにこれ?」
「ほら、宇宙人の映画」

 早苗は笑うと人差し指を出して、重ね合わせた。

「トモダチ」

 それは少年が宇宙人と出会い、仲良くなって、別れる映画のワンシーンだ。いや、キャッチコピーだけ先行して、そんなシーンはなかったのだったか。確か最後の別れは、宇宙人が、少年の眉間に光る指を当てて『イツモ、ココニ、イルヨ』。遠く離れ、二度と会うことは無いとしても。




6.

 早苗は神奈子と諏訪子を誘い、守屋山を登っていた。木々は黄色に赤が混ざり始めている。
 モミジにソメイヨシノにハナミズキ、それからカエデ。もうしばらくすると赤く染まり、なお美しくなるだろう。
 楓と話をして気づいた事がある。神奈子と諏訪子を避けていてもしょうがないと言う事だ。今はまだ決める事が出来ないが、いずれ送り出す決意をしなくてはいけない。別れの前に、二柱との時間を大切にしないといけない。思い出を一つでも増やしたかった。

 草原には、紫や白のコスモス、赤いサルビアが咲き誇り、みなでそれを指さし眺める。
 その上空を、鷹が優雅に旋回してみせた。神奈子と諏訪子がそれを見上げる。

「優雅なものねえ」
「ま、私たちも飛べるんだけどね」
「たまには地上の景色もいいけどね」

 二柱は、いつも空を飛んで、諏訪の景色を眺めたり、様子を見たりしている。早苗も、一度でいいから空を飛んでみたかったが、叶わぬ夢だと思って口にしなかった。
 だが、山頂に登ると早苗は息を飲んだ。
 360度、どこを見渡しても空が広がり、どこを見渡しても山脈が映る。
 西から南にはアルプスの山々。長野の県境も務め、日本を縦断する巨大な峰だ。東には一際大きく、八つの峰を持つ八ヶ岳が見える。
 守屋山は雲一つない晴天だったが、遠くの山々は頂きの下に雲を従えている。早苗はまるで、雲の上にいるように感じた。早苗たちの他に人もいない。空と山だけが眼下に広がる。

「空を、飛んでるみたいです」
「ええ、本当に、空の上みたい」
「お二方と一緒に、空を飛ぶことができるなんて……」
「冬景色も一緒に見に来たいねえ」

 神奈子が何でもない事のように、しみじみとそう言ったが、早苗は果たして冬まで待たせて良いものかどうか迷った。そうして神奈子に甘えてしまったら、二柱を送り出すのが、先へ先へと伸ばしてしまうのではないか。

「馬鹿! 早苗を迷わせること言うんじゃないよ!」
「いや、別にそういうつもりじゃ……」

 諏訪子に叱られ、神奈子が気まずそうに言い訳をする。そんな様子も微笑ましい。そんな日常が愛おしい。

(ああ、そうか、こんなにも)

 彼女たちとの何でもない日常が、かけがえのない、大切で愛しいものだと分かった。別れがあるから、それが大切なのだと気がついてしまった。
 物心つく前に、両親と別れた。それでも寂しいと感じる日など、一日たりともなかった。毎日一緒に食事をして、学校から帰るといつでもそこにいた。他愛もない話しも、相談事も聞いてくれた。山を走って飛び回り、川で水遊びをし、湖をともに眺めた。幼い頃は、一緒の布団で眠った。

(こんなにも、こんなにも、好きだったんだ)

 好きだと言う気持ちが、愛している気持ちが大きければ大きいほど、その別れは辛く苦しい。
 早苗は涙をこらえた。泣いたら心配させてしまう。そうしたら、神奈子も諏訪子も、この地に留まろうとしてしまう。それはいけないと、安心させないといけないとおもった。弱くてはいけない、強くあらねばと。

「早苗? 大丈夫?」
「だ、だいじょうぶです……だいじょうぶ」

 早苗は泣きそうな顔を見せまいと俯いた。しかし神奈子が早苗を抱きしめ、落ち着かせるように頭と背中を優しく叩いてあげた。

「早苗? 無理に別れようとしなくてもいいのよ? 信仰が無いとしても、奇跡が起こせなくなったとしても、早苗と一緒にいられるだけで幸せなんだから」
「私も、一緒にいられるだけで、今日みたいに、一緒にいられるだけで、幸せです……」

 早苗の両の目から、涙がつーっとこぼれ落ちた。




7.

 その日の夜更け。寝る時間になった頃、早苗は正座で、稲穂の部屋の前に佇んでいた。そのままではいけない事は分かっていた。

「おばあ様、よろしいですか」
「ええ、入りなさい」

 音を出さないように障子を開け、そのまま静かに入る。稲穂もまた、畳の上に正座で考え事をしていた。

「相談事かしら」
「はい。神奈子様と諏訪子様を、幻想郷に送り出すべきと言うのは分かっています。ですが、どうしても決断できないのです」

 その悩みに稲穂は微笑んで、早苗の頭を一度だけ撫でた。早苗は悩みを続ける。

「幻想郷にお送りする以外、すべはないのですか? この地で信仰を取り戻すことは……」
「その迷いから、断ち切りましょうか。そうね……早苗は神様への信仰が、どうして減ってしまうのだと思う?」
「それは、人は神様じゃなくて、科学を信仰し始めたから。神様のご利益がなくても、科学があれば、豊かになるし、科学は、昔の神話や奇跡を否定するから」
「半分正解かしら。でも、神奈子様の受け売りね。ねえ早苗、人はどうして神社にお願いをするのかしら?」
「えっと」

 早苗は悩むが、冴えた考えが浮かぶでも無かった。だが、答えないわけにもいかず、怒られるかもしれないと思いながら返事をした。

「願いがあるから……」

 まるでオウム返しのような答えだったが、稲穂は笑ってみせた。

「その通りよ。単純明快なの。恵みの雨を降らせてください。はたまた、川を氾濫させないで下さい。豊穣祈願に厄除け。学業、恋愛、金運、交通安全。全ては人の願望なのよ。今やそれは欲望と言ってもいい」
「よ、欲望ですか……?」
「本当に科学が好きな人は、物質的な欲望は少ない。むしろ彼らの願望は、謎を解明したいと言う知的好奇心が大きいわ。早苗も理系だから分かるかしら」

 その気持ちが早苗にも少しわかった。科学の何が好きかとうと、物質そのものよりも、新しい技術や可能性にワクワクするのだ。それから惑星の軌道をぴたりと当てる方程式に、神秘的な美しさを感じる。
 近代の科学者は、その多くが信心深かった。ケプラーも、ニュートンも、ガリレオも、マクスウェルも、アインシュタインも宇宙の神秘、世界の法則、それを解き明かすために、生涯を研究に費やした。彼らは神秘を讃えた。
 さらに、科学では説明が出来ない領域には、神秘が宿る。それは重力だったり、量子だったり、光だったり、宇宙だったり。

「十分に高度な科学は魔法と区別がつかない。ドラちゃんの秘密道具は魔法のように神秘的でワクワクするでしょう」

 確かにそうかもしれない。科学は必ずしも不思議を否定しないのかもしれない。

「それでは、人は何を信仰しているのです?」
「欲望を最も叶えるもの、お金よ」
「お、お金!? そ、そんなわけが! か、神様は、お金に負けたとでも言うのですか!?」
「こんなにもお金が信仰されている時代はないわ。お金を渇望し、お金に取りつかれ、お金に魂を売る者さえいる」
「そんな、ひ、人は、もっと、高潔で……清廉で……」
「科学は人を豊かにした。車も、家も、水も、電気も。でも、それを買うのに必要なのは? 人はお金で欲望を満たせる」
「そ、そんな……う、うそです……そんなの……」
「お金は昔からあった。悪いものだと否定するつもりはないわ。ただ、あまりにその力が増え過ぎている」

 早苗は慄いた。お金が持つ力、お金が集める信仰、そのあまりの大きさに。この時代に神が信仰を集める事は出来ないと悟った。それは、自分ががむしゃらに頑張れば、持ち直す事が出来るかもしれないと言う希望的観測を砕くには十分だった。早苗が声高に信仰を語ったところで、白い目で、余計に煙たがられるのが関の山だ。
 稲穂が、早苗に語るでもなく、何かを憂い、こぼすように呟いた。

「戦前ですら、力を持ち過ぎていたと言うのに……」

 早苗が打ちひしがれて、下を見つめる。そこに、どこからともなく諏訪子が現れ、あぐらをかいて畳に座った。体は脱力し、気だるげな様子だ。

「稲穂は相変わらず、早苗に厳しいね」
「お二方が甘過ぎるので、私が損な役回りをしているのです」
「わたしゃ、神奈子ほどは甘くないよ」
「それでは祟り神らしく、諏訪子様も残酷なお話をしに?」
「うん、私から見た、信仰についてね」

 早苗はこれ以上、残酷な話を聞きたくなかった。恐怖が現実を嫌がったが、もう一つの、巫女としての直感がそれを聞くべきだと叫んだ。

「……諏訪子様、お願いします」
「そうさな早苗、今日は楽しかったね。それに、一緒に居られるだけで幸せだなんて、湿っぽい事まで言っちゃってまあ」

 諏訪子がよよよ、と泣きまねをすると、早苗は顔を赤くした。これまで家族に涙を見せた事もなかった。

「なんです、ご迷惑でしたか?」
「いやいや。私も早苗を家族みたいに思っている。だから、早苗が私達を家族みたいに思ってくれることはとても嬉しい」

 それを聞いて早苗がほっと胸をなでおろした。その瞬間を見計らい、諏訪子が言葉を続けた。

「ただねえ、畏れ敬う神様でなく、そこにいるだけで良い家族になると、危うい」

 ひゅっと早苗が浅い呼吸をする。

「もちろん家族愛と、神への畏敬は反することは無い。家族として親しく想いながら、神様として畏れ敬うことは何の問題もない。ただ、これから、信仰と力が失われていくと、早苗の中の畏敬も薄れていく」
「そ、そんなことはありえません!」

 諏訪子がまあまあとなだめる。

「お年寄りの方が、若い人よりも信心深い事は分かるね? 昔は学校で神話を教わったし、暗闇も、川の氾濫も、畑を襲う虫や不作も、ずっと身近で恐ろしい存在だった」

 それは早苗にも何となく分かる事だった。年配の老人、とくに戦前の生まれの人たちは「お天道様が見ている」と言って慎ましやかに暮らし、「山の機嫌」や「空の機嫌」と言って、山や空、雲の様子をつぶさに伺っている人が多くいる。

「そして、自然の摂理で、お年寄りから亡くなっていく。信仰はゆっくりと、だが着実に減っていく」

 諏訪子もやはり、早苗にとって絶望的な解釈を述べる。

「しばらくすると、幻想郷に引っ越す力も無くなるかもしれない。私達は日に日に弱々しくなっていくわ。多分、早苗は弱っていく私たちを見るのが辛くなるよ。見送っていれば、弱らせることもなかった。自分のせいで、私と神奈子を緩慢に死なせることになってしまうってね」
「それは、その通りだと、思います……」

 そんな最悪の結末だけは、何としても回避したかった。

「早苗、冬はね? ぐっと死者が増えるんだよ。ほとんどお年寄りさ。冬が来る度、信仰が大きく減っていくの」

 その事実は、早苗に衝撃を与えた。木々が赤く色めき、その葉を散らせて赤い絨毯を敷き詰めたら冬が来る。

「幻想郷の話を聞く前は、私も達観してたんだけど」

 そこで、諏訪子は初めて言いよどんだ。稲穂が「諏訪子様、どうか」と促した。残酷だとしても早苗に現実を受け入れてもらうために。戦前の世代ほど、残酷な現実を突きつけられた世代もない。

「早苗、置きざりにしないで欲しいって気持ちは、分かるよ。でも幻想郷に行かないと、神奈子も私も緩慢に消えていくんだ……あとは、言わせないでおくれ」

 祟り神は、言葉少なに現実を告げた。それは、最初に稲穂が諭したことだった。早苗自身が自覚していたつもりの事だった。だが、諏訪子の口から言わせてしまったことで、それが色濃くなる。
 神奈子も諏訪子も緩慢に消えていく。それでもなお、自分の傍にいて欲しいと言うのは、この地に留まらせるのは。
 それは、束縛であり、呪いのようなものだと思った。

「よく、わかり、ました」

 早苗は涙声でそれだけ伝えると、深く頭を下げ、顔を見せないようにしてその場から去った。自分の部屋の布団にうずくまり、声を押し殺して泣いた。
 だが、悲しむよりも自分を叱咤した。神奈子と諏訪子を、この地に束縛はしない。幻想郷に送り出すのが祝福なのだ。新しい門出は、笑顔で見送るものなのだと。
 門出であっても、別れの悲しさは無くならない。だから、きっと、さよならの時も、泣いてしまうだろう。

(でも!)

 それでも、笑う。笑ってみせる。泣き笑いのぐしゃぐしゃの顔で送り出すのが、祝福という事なのだと自分を励ました。




8.

 早苗は翌朝、自然に目が覚めると、一つの決意が生まれていた。
 早くから、境内の掃除を済ませ、朝食の下準備も暗いうちに終わらせてしまう。それから、まだ冷たい拝殿の向かいに、正座をして目を閉じると精神を集中させた。
 最初にやってきたのは朝日だった。まぶたの裏が微かに赤に染まる。鳥たちが、ちちちと朝のあくびをする。ゆっくりと目を開けて、朝の空気を吸い込んだ。
 次にやってきたのは稲穂だった。早苗と同じ巫女装束に身を包んでいる。朝拝を行うのは風祝である稲穂の役目で、いつも拝殿と向き合うように座る。だが、感じる所があったのか、一度早苗と向き合って座った。早苗が声を上げる。

「覚悟ができました」
「確かにそうみたいだけど、無理をしているわね」
「その通りです。ですが、今日の朝、今この時、覚悟を決めたのです。想いは先に延ばせば延ばすほど、霧のように薄くなって行きます。今日をおいて、他にありません」
「分かったわ。それでは私から祝詞で報告を……」
「おばあ様! どうかその役目は私に」

 早苗が声を上げてから、大きく頭を下げる。

「早苗、それは辛いでしょうに」
「私の覚悟です。それが伝わらなければ、お二方は留まろうとしてしまいます」
「儀式にあなたがいるだけで、覚悟は伝わるわ」
「そうだとしても、どうか私に、お願いします!」
「それにあなたが伝えると……」

 稲穂は言葉を飲み込んだ。早苗が伝えると、ただでさえ悲しい別れが、より湿っぽくなる。それは早苗にとっても二柱にとっても、この地に未練、執着を残すことになる。多くの者を見送ってきた稲穂であれば、それを抑えて二柱を送り出すことが出来る。
 早苗を見るに、確かに覚悟はできたようだが、執着を抱えたままだ。朝の静寂で無理やり抑えていたかのように、今は激しい。それは当然の事だった。心は別れたくないのだ。稲穂は数奇な螺旋を見た。早苗も自分と同じ思いを抱くのだろうかと。

(もしかしたら)

 稲穂の体に天啓のような直感が走り、それからふっと笑った。


 神奈子と諏訪子があくびをしながら拝殿にやって来る。稲穂が「今日の朝拝は本殿で行いましょう」と提案した。神奈子は「いや、ただの朝拝じゃないの?」といぶかしんだが、悲壮な早苗を見て、覚悟を決めた。
 本殿の奥には神棚が祀られ、さらに御神体である神具が扉の内側に収められている。本殿の床に神奈子が、その横に諏訪子が座った。
 稲穂がその正面を早苗に譲ると、神奈子は動揺した。

「稲穂がやるんじゃないの?」
「今日は早苗に任せることになりました」

 早苗が深い礼をしてから、厳かに「朝拝を執り行わせて頂きます」と述べると、神奈子は分かったと頷くしかなかった。

「それでは、御神体を出させて頂きます」

 扉を開けるとそこには古式ゆかしい、しかし曇り一つない丸い鏡が現れた。力の入った目が映る。早苗は神奈子の正面に戻ると深く二度拝礼してから祝詞を上げ始めた。

「高天原に 比木高知(ひぎたかしり)て 鎮座(しづま)り坐(ま)す 掛巻(かけまく)も 綾(あや)に尊き天照大日靈之命(あまてらすおおひるめのみこと)以ちて 八坂姫大明神 諏訪明神を祝奉(いはひまつり)を」

 神々を讃え、畏れ敬い、それから諏訪の地の繁栄、民の安寧、神の恵みに感謝を伝える。

「恵み幸(さきは)へ給(たま)へる 広く厚き御恩頼(みめぐみ)に 報ひ奉(まつ)り 称辞竟(たたへごと)を奉りて
 拝(おろが)み奉(たてまつ)る状(さま)を 平(たひら)けく安(やすら)けく聞食(きこしめせ)と 恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(もう)す」

 日々の朝拝は本来それで終わりだ。だが、早苗は祝詞を続ける。起きてから自分で作った祝詞だった。

「門出する 幻想の果ても 赤染まり 神の御恵(みめぐみ) 幸(さきは)へ給へと 恐み恐みも白す」

 門出を、新しい地での幸福を、楽しみを、成功を、安寧を、その短い祝詞に詰め込んだ。
 最後に、一緒に真っ赤に染まった紅葉をこの地で見たかった。だが、それは心にしまい込んだ。一日でも過ぎれば、その分、決意は薄れていく。別れはこの日、この時だと決めた。
 神奈子と諏訪子もそれで分かった。別れの時になるのだと。この地に留まらせる力が無くなり、二柱と神社そのものが輝き始めた。

「そう、祝ってくれるのね」
「はい」
「ありがとうね早苗。心が温かくて。でも、寂しくて、悲しいわね」
「私も、とっても寂しくて、悲しいです」
「早苗、あなたが産まれて、この神社に来てくれて、あなたが巫女で、幸せだった」
「もったいない、お言葉です」

 早苗は深く拝礼して、顔を隠した。目から涙がこぼれる。それを見せないようにしたかった。だが、涙はおさまることはない。

「早苗、頭を上げて」
「ですが」
「あなたの顔を見せてちょうだい」

 早苗は顔を上げた。目もくらむほど光が輝くなか、不思議と神奈子と諏訪子の姿がはっきりと捉えられる。二柱は穏やかに笑っていた、そしてとても悲しそうでもある。そうして早苗は嗚咽を漏らすのを止められなくなった。

「この世界から旅立っても、あなたを見守ってるわ。必ず」
「はい、みまもっでいで、ぐだざい」
「この地に吹く風と、降る雨は私そのもの。そうよね?」
「はい、いづまでも、お慕いじでおりまず」

 神奈子と諏訪子が早苗を左右から抱きしめた。

「早苗、忘れないで、あなたは、あなたこそ、八坂神奈子と洩矢諏訪子の大御宝なのだということを」
「そう。早苗は、私達の一番の大御宝なんだから」
「わ、わずれまぜん、ぜっだい、いっしょう」

 神奈子の目から涙が一筋、頬を伝う。それが早苗の肩に落ちた時、温かさと柔らかさが消えた。
 気がつくと、神奈子と諏訪子は消え去っていた。神棚に残った丸い鏡が、早苗の涙にぬれたぐしゃぐしゃの顔を写していた。
 それから早苗は稲穂の体にしがみついて、大声をあげて泣いた。

「おばあざま、わだじ、わらえながっだ、えがおで、わらっで、おぐらないと、いげながっだのに」

 稲穂は早苗の頭をなでて言った。

「泣いたっていいのよ早苗、とっても、立派だったわ」




9.

 木々は真っ赤に染まり、紅葉は見どころとなっていた。街中にいても、山を眺めれば秋を感じられる。
 神様との別れから一月、早苗は抜け殻のような日々を送っていた。
 はた目にはそうは見えない。神社の仕事も家事も以前と変わらず真剣にこなし、授業もさぼらず受けている。
 むしろ忙しい時や何かに集中している時は、心が楽になった。
 参道を箒で掃き、社の木材を光るまで磨く、そうして神社を清めていくと、無心でいられる。食事の支度もそうだ。
 だが、作業が終わると、それを褒めてくれたり、楽しんでくれるのが、稲穂だけになってしまったと気づかされる。

 自分が始めて作った料理はお味噌汁だった。小学生の時から、稲穂を手伝い、一緒に台所に立っていた。居間のちゃぶ台をみんなで囲み、美味しいと言ってもらえるかどうか、どきどきしていた。
 諏訪子が味噌汁を口にして、わざとしょっぱそうに顔と口をすぼめた。だが、一瞬後にぱっと笑って「なんだこれはー!? うまい! うますぎる!?」と言いながら具をかき込んだ。

「ほ、ほんとう? おいしい?」
「毎日、早苗の味噌汁が飲みたいねえ」
「そしたら毎日、作ってあげる!」
「およ、今のはプロポーズの言葉だよ」
「そうなの?」
「諏訪子様、それはもう時代遅れです……」
「ババアにババア扱いされた!?」

 早苗はくすりと笑みを浮かべる。思い出にひたっている時は、少しだけ幸せだった。だが、その約束は果たされなかった。毎日、彼女たちのためにお味噌汁を作っていたかった。
 神奈子と諏訪子とのそんな日常が、大切で大事なものだと思っていた。だが、分かっていなかった。別れてから、本当に本当に愛しく幸せなものだったのだと分かった。
 神奈子と諏訪子は自分を、大御宝だと、とても大事な宝物だと言ってくれた。彼女たちがそばに居ることもまた、とても大事な幸せだった。その幸せが、今はない。

 ずっと、幻想郷へ行くことを妄想していて、夢にすら出てくる。
 幻想郷は自然が豊かな所で、どこまでも緑が広がっている。空気が美味しくて、夜には満天の星空が広がるのだ。
 そこは神奈子と諏訪子以外にも色々な神様や、鬼や天狗や河童みたいな妖怪がいて、人の信仰を巡って日夜、戦っていたりするのだ。
 そこでは早苗も空を飛ぶことが出来て、魔法やSFみたいに色々な技も繰り出せる。そして、神奈子と諏訪子と一緒に妖怪と戦うのだ。

 馬鹿で幼稚な妄想だ、現実逃避だと頭を振った。今を受け入れて、新しい一歩を踏み出さなくてはいけない。
 新しいことも始めようと、弓道部に体験入部してみたりしている。先輩は熱心に勧誘してくれているし、新しい友だちもそれで増えた。学校生活はちゃんと楽しい。
 だが、ふとした時にどこか空虚で、心が鈍くなる時がある。



 空に雲が広がっている。早苗が楓と談笑をしながら通学路を歩く。湖畔の公園を通りかかった時、早苗の耳に、女性たちの雑談が届いた。

「役所にうるさくするなって文句言いにいこうかしら」
「いやでも、公園は遊ぶものよ? そんな意見通らないわよ」
「そしたら最近、遊具が危ないって話題じゃない。子どもが怪我したらどうなるんだー! って言いに行こうかしら」
「ええ? なんの関係があるのよ」
「遊べなくなれば、うるさくなくなるわよ」

 通り過ぎてから聞こえた会話だ。それはおかしい、と言いに行こうかと迷う。だが、道を戻ってまで言う気力が湧かなかった。

「楓、聞こえた?」
「うん、絶対おかしいよ、あんなの」

 楓が足を止めて答えた。唯一の救いは、楓がどんな話でも聞いてくれる事、色々な意見が一緒であることだった。それから。

「わ、私、ちょっと、言ってこようかな?」

 楓は怯えと緊張、そして覚悟をにじませながら声を震わせた。元々、勇敢な少女ではない。だが、早苗に救われ、その勇気に憧れていた。早苗の前で、臆病なままでいられなかった。

「も、もし、ど、怒鳴り返されたら……」
「だいじょうぶ、私が言い返してあげるわよ」

 早苗は肩を、楓の体にぶつけて励ました。



 早苗と楓はいつもより少しだけ遅れて教室に入っていった。
 女性との話は平和的に終わった。楓が、相手を責めるのではなく「子どものころ、ここで楽しく遊んでいたので、遊具を無くすのはちょっと考えていただけませんか」とお願いするように話すと、女性は強く否定することもできず、気まずそうに肯定した。

「そう言えば早苗、来週のお祭りって……」
「ああ、もちろんやるわよ。神奈子様と諏訪子様がいらっしゃらないとしても、私の役目は変わらないから」
「そっか、楽しみにしてるよ?」

 そこに女子生徒が「おっすー」と話しかけてきた。高校に入ってから新しくできた友人の一人だ。

「そう言えばさあ、早苗がたまに話してる、かなこ様とすわこ様って誰なん? なんで様付け?」

 それは、これまで何度も聞いてきた、他意のない質問だった。今までなら、それほど傷つく事もなかったかもしれない。
 早苗は、ああそうか。だれも知らないよね。神社に祀られている神様の名前何て、と諦めるように心で呟いた。

「うちの神社で祀っている、大事な神様のお名前よ」
「あーそっか、早苗って巫女さんだっけ。じゃあ、やっぱり神様の存在、信じてたりするの?」
「もちろんよ」
「あー、そっか……まあ、そうだよね」

 少し気まずそうにしてから、友人は別の話題を振る。そして、その話題は寝耳に水だった。

「先生に聞いたんだけど、なんか、来年から騎馬戦なくなるんだって」
「どうして? とても面白かったじゃない」
「ねー。なのに苦情だって。服が泥だらけで困る、どういう運営をしているのかとか、息子がねん挫した、責任を取れとか」
「……またそういう話ね」
「てか文化祭のキャンプファイヤーも今年は無いって、火があぶないからって」
「そう……先生に無くさないよう話してみるわ」
「早苗、私も行くよ?」
「あー、じゃあ、私も行こかな。騎馬戦、笑ったし」
「ありがとう、二人とも」

 世界で一番お祭りが好きな民から、遊びと祭りを無くしてしまわないように。



 夕暮れの中、早苗と楓は、朝に通った公園を、とぼとぼと言葉少なに歩く。騎馬戦とキャンプファイヤーを無くさないで欲しいと言う話は、にべもなく拒絶された。聞く耳すらないような対応だった。

「ちょっと、あそこ登ろ」

 早苗が指差した先には、見晴らし台が建てられている。二人でそこに上って、手すりにもたれながら街の景色を見た。いつか見た守屋山からの景色ほど高くはない。それでも、紅葉と夕焼けで紅に染まった世界は美しかった。

「綺麗だね、早苗」
「うん、綺麗なのにね」

 こんなにも紅く美しい。山と木、空と雲、それから湖を囲む街が、赤く染まっていた。太陽が赤く輝いている。それなのに、無性に悲しかった。




10.

 どうにも心が鈍い。その日の夜。祖母との夕食もぼんやりとしていた。色々な事が頭に浮かんで、眠れなかった。現実逃避の妄想ばかりが浮かんだ。
 どうして自分は幻想郷へ行けないのだろうと、そんな事をいつまでも考えていた。
 時刻は丑三つ時となっていた。眠れなくて、水を飲みに行こうと台所に向かう。コップに水を注いで、一気に飲み干した。ふと、まな板に包丁が置きっぱなしになっているのに気がついた。しまい忘れていたらしい。いけないいけないと、片づけようと手に取る。そして、ふと、自分の左手首に包丁を添えてみた。
 もちろん、切るつもりなどないし、ちょっとした好奇心のようなものだった。右腕と左手首は、緊張したように固くなり、少しだけ心拍数が上がる。

(もしかして)

 突飛なアイデアが浮かんで、早苗は笑った。包丁を離そうとする。だが、金縛りにあったかのようにしばらく動けなかった。
 その後は何故か、不気味なほどぐっすりと眠れた。




11.

 翌朝も早苗は心ここにあらずで、朝の掃除の間中、昨日ひらめいた考えを精査していた。
 自分が幻想郷に行けないのは、人々から忘れ去られる事がないからだ。街の人や、学校の人から、神社の巫女や友人として認識されている。だが、その認識を壊す方法を思いついてしまった。死だ。
 死ねば肉体が無くなり、魂だけの存在となる。そして、人々は、早苗と死者と認識することになる。魂など信じない、だから、もうこの世界にいないと認識するのだ。
 早苗の頬がにやりと歪んだ。楽しそうな、しかし陰のある笑みが自然と浮かぶ。

「早苗、朝食ができたわよ」
「は、はーい」

 少し慌てて居間に向かう。平静を装い、ちゃぶ台を挟んで祖母の正面に座った。

「早苗」

 稲穂が優しい声色で話しかける。その表情は柔らかく、全てを受け入れるほど穏やかだ。

「楽しいことがあったみたいね」
「う、ううん! そんなことないけど」
「あら、それじゃあ良くないこと?」

 良くないことかと問われて、早苗は答えに詰まった。死ぬことは、もちろん良くないことのように思えたが、亡霊となってでも神奈子と諏訪子の元に行くことは、あまりに魅了的な考えだった。
 彼女たちを送り出したのは、そうしないと結局、この地でも失うことになるからだ。本当は、心は、魂は、別れたくないと、ずっと、ずっと叫び続けていた。
 返事をしかねて、口ごもる早苗に、稲穂が言葉を続けた。

「変な夢を見たわ。あなたが台所で、手首に包丁をかざしているの」
「え!?」

 早苗はいかにも図星ですという声を上げてしまった。だが、稲穂は責めたり怒ったりする事もなく、笑ってみせた。

「神奈子様と諏訪子様が見せてくれたのかしら? お二人とも、相変わらず過保護ね」

 叱られないからと言って、気まずさは変わらなかった。早苗は罰が悪そうに居住まいを正す。すると、稲穂はすっと背筋を伸ばし、厳かに告げた。

「神託など無くとも一目で分かります。早苗、あなたは分からないの?」
「え、えっと……」
「穢れが溢れているわ。身を清めてきなさい。御神木で待っています」

 稲穂はそう言い放つと、すっと立ち上がり去っていった。


 秋も半ばの早朝は寒い。早苗は風呂場で冷水を浴びてから、巫女服に身を包んだ。それから境内の御神湯まで歩いた。諏訪の地には、神様が温泉を作った逸話があり、神社の境内にもわずかながら湯が沸き出ている。そのお湯で手と顔を清めると、温かさが身に染みた。

「ありがとうございます」

 早苗はおごそかな気持ちで御神木に向かった。これから、何かが起こる、何かの正念場を迎える気がしていた。
 守矢神社の御神木は、本殿に祀られている鏡と同様、神聖な存在だ。そこは神様のおわす場所。神奈子と諏訪子はその高い木の上から、諏訪の街、湖、山々を見つめていた。
 御神木の右手、巫女服を着た稲穂が、正座をして待っていた。早苗は向かい合って、神聖な大地にそのまま座った。

「早苗、穢れを抱いた理由を言ってみなさい」

 不思議と、頭ごなしに否定をされたり怒られたりしない気がした。

「死ねば、幻想郷へ行けるかもしれないと考えました」
「なるほど。その歳にして……いや、その歳だからこそ、かしら?」
「どういうことですか?」
「いえ。とにかく、その発想は正しい。あなたは確かに人の身だけれども、元から現実離れしている。神様が見え、幼くして奇跡の秘術を修めた。肉体がなければ、あなたは、忘れ去られた風祝の末裔として幻想郷へ行けるかもしれない」
「ほ、本当ですか! や、やっぱり、そうなんだ……」
「それであなた、肝心の死ぬ覚悟はあるとでも言うの?」

 稲穂が早苗を見つめる。簡単にあると言ってはいけない気がした。それはなぜだろう。神道では、人は死ぬと御霊になる。仏教でも輪廻を転生する。死んだとしても魂の旅はそこで終わりではない。ではなぜ、死を穢れとしているのか。

「死ぬという事は、私や、あなたの友人たちを置いていくという事よ。その覚悟はあるの?」

 楓の悲しそうな顔が、涙が頭に浮かんだ。
 死は別れだった。魂があるのだとしても、死んでしまったら、この世では、もう大切な人と会う事は出来ない。顔を見ることも、声を聞くことも、手や頬に触れることも、出来ないのだ。だから、生きていくのか。この世に、交わる人がいて、やる事が残されているのであれば。
 そうか、また天秤なのかと思った。神奈子と諏訪子がいる幻想郷を目指すか、楓と稲穂がいるこの世界に留まるか。
 早苗は、神奈子と諏訪子を見送ったからこそ、置いてゆかれ、残される寂しさ、辛さが痛いほど分かった。自分がいなければ、楓も稲穂も寂しく悲しいだろう。だが、それは神奈子と諏訪子も同じで、自分も同じだった。
 自分の自然な在り方を考えた。大自然の中、山と水、空と雲、木々と花、鳥や獣。季節の移り変わりを感じ、信仰を説き、神奈子と諏訪子に尽くして生きる。生きたい。それが自分の望みだった。

「ある……あります。どうしてもです」

 どうしても、会いに行きたかった。

「神奈子様と諏訪子様の元へ、行きたいです。もう一度、お仕えしたいです。それが私の生きがい、やりたいこと。それが私にとって、生きるということです」

 それが生まれてこの方、毎日続けてきた生き方だ。
 今のままでは、ただ生きているだけで、本当の意味で生きることが出来ない。

「あなたも、数奇な運命だこと。人生は螺旋のようね」

 それがどういう事か、早苗には分からなかった
 続きを聞こうとした時、突然、神社が奇妙な気に包まれた。

「おばあ様、これは」
「不思議なお客人が訪れたようね。表に行きましょう。それから、楓さんとは別れを済ませておくように。それで覚悟を示しなさい」
「……わかり、ました……」




12.

「早苗見て、諏訪の街が一望できる!」

 楓がはしゃいだ声を上げる。神様と登った守屋山の山頂に二人は来ていた。最後に、楓ともこの景色を見たいと思ったのだ。
 前、来た時に勝る美しさだった。モミジとカエデは赤々と色づき、どこを見回してもアルプスや八ヶ岳の峰々が連なる。秋晴れの空がどこまでも広がり清々しい。そして眼下には、諏訪湖と人々が営む街並みが望める。

「ね、早苗、また来年も来ようよ」

 早苗はそれに頷くことが出来なかった。

「私、山がこんなに綺麗だなんて知らなかった。他の山も登ってみようよ。霧ヶ峰とか、高ボッチ山とか近いじゃない?」

 楓が無邪気に笑いながら振り返る。早苗はそれに優しくも悲しそうな表情を返した。

「大学生になったら、もっと色んな山も登れるし。富士山とか、早苗と一緒にいきたいなあ」

 これまでの道のりで、何かを感じ取っていた楓は、努めて明るそうに話を続ける。そんな当たり前の未来が続くことを願って。だが、伝えなければいけなかった。

「ごめん。私は旅立つことにしたの。楓とは、今日でお別れになる」
「どういうこと? 学校があるでしょ?」
「卒業よりも、急な転校よりもずっと遠い所に旅に出るの」
「な、なによそれ、なんでそんな急に……」
「前、電話もメールも届かない、飛行機でも会いに行けない旅立ちの話をしたわね」
「い、いやよ……そ、そんな所ないもの……」
「ごめん、私、行くって決めたんだ」

 楓はその時の話を思い出した。もう二度と会えないとしても、送り出すかどうか。その時、自分は送り出すべきだと答えた。
 状況は似ているが、違った。早苗はあの時、送り出すべきかどうか悩んでいた、だが今は。

「さ、早苗は……」

 私を置いて行くのか、私より神様が大事なのか。そんな言葉が出てきそうになって、楓はそれを抑えた。それを言っても、早苗を困らせるだけだ。早苗は、もう、決めてしまっていた。最後に伝えたい想いを考え、これまでの思いが頭を巡った。

「好きだった……早苗のこと、ずっと」
「え!?」

 早苗が頬を染めて驚いたので、楓は急いで訂正した。

「その、恋愛感情とかじゃないよ! でも親友より、もっと特別な存在だってこと!」
「そ、そっか、そうだよね」

 それから楓は、ぽつりぽつりと思いを語り始める。

「私が一人ぼっちで、男子たちからいじめられてて。一人じゃ絶対、刃向かえないって思ってた。だから、ずっと、耐えるしかないと思ってた。みんな、ずっと見ない振りをしてた、先生でさえも」

 その時のことは思い出したくもなかった。一人で、孤独で、辛くて苦しくて、学校になんて行きたくなかった。この世の全ては嘘だらけだと思った。優しさも、善意も、勇気も、現実には存在しないかのようだった。

「でも、クラスが変わって、その日に、早苗が声を上げてくれた。しかも、みんな倒しちゃうんだもん」

 そんな世界に、本物を見た。本当の勇気と優しさを。世界を照らす太陽は、あまりに眩しかった。

「早苗は私にとって、勇者様だったよ、正真正銘。それから、女神様だった。軍神、八坂様の巫女だった」
「じゃあ、私はお姫様を救えた訳ね」
「ふふ、村娘だよ、ただの。でもお姫様だけじゃなくて、困っている人を助けるのは、勇者みたいだし、神様や、神話みたいだった」
「もう、おおげさねえ」

 楓にとって、何より大きな物語を、何でもないかのように、早苗は照れてみせた。本当に早苗にとって、何でもない事なのかもしれない。村娘を救うくらい、朝飯前なのかもしれない。楓は、一度しか伝えていなかった思いを、もう一度、口にした。

「ありがとう。あの時、声を上げてくれて。いじめから守ってくれて。それから、友だちの輪に入れてくれて、ありがとう。一生、忘れない」
「こちらこそ、ありがとう。そう言ってもらえると、嬉しいよ」

 本当に伝えたいことは、これで伝わった。後は、門出を祝福するだけだ。

「友達でも、いつかは別れるものね。進学だったり、就職だったり、結婚だったり」
「そう、ね」

 だが、最後の最後、感情が決壊した。

「いやだよ早苗、そりゃ、大人になったら、会うのは減るかもしれない。でも、たまにでいいから、会いたいよ、いつまでも、早苗の声を聞きたいよ」
「ごめん、ごめんねえ楓……」

 それから楓はわんわんと涙を流した。早苗は優しく抱きしめて、背中を叩いて落ち着かせる。

「これだけは約束する。いなくなっても、楓のことは絶対に忘れない」
「わだじも、わずれない……」
「この日のことは、来世まで忘れないわ。楓、一つだけ約束して、精一杯、生きるって」
「わ、わがった……がんばる……」
「私も、精一杯、生きるから」

 楓が落ち着いたのを見計らって、早苗はもう一つ、大事なことを伝えた。

「これから辛い事が起こったとしても、どうか絶望しないで。何があっても、私を信じて。魂を信じて。何より、あなた自身を信じて。それが信仰だから」
「わがった……しんじる……」

 楓が泣き止んでから、二人はもう一度、山頂の景色を見回した。携帯のカメラで自分たちを写すけれど、画質はそんなに良くはない。楓は景色よりも、早苗の顔を目に焼き付けようと見つめていた。早苗が振り返り、二人の目が合う。それから笑い合った。
 帰る時、楓が転びそうになって、早苗の右手が、楓の左手を握った。

「あ、ありがと」
「うん、それじゃ、降りようか」

 そうして歩き出した早苗だったが、右腕が引っ張られて立ち止まった。

「もうちょっと」
「繋いで帰ろっか、今日は」
「うん」

 二人は手をつないで帰る。それを祝福するように、秋風が吹き、太陽が照らしていた。




13.

 明くる日の朝、楓はいつも通り朝食を食べていた。突然、新聞を読んでいた父が狼狽し「か、楓……」と声を上げた。その記事を娘に見せるか迷った。嫌な予感がした楓は、新聞を奪ってある記事を見つけた。

『登山道で崩落。女子高生一名が死亡。
 局所的な豪雨が発生。土砂崩れがおこり、一部の登山道が崩落した。下諏訪町在住の東風谷早苗さん(16)が亡くなった。
 当日は雲一つない晴天で、多くの家族連れが登山を楽しんでいた。突如、原因不明の豪雨が発生。東風谷さんは、逃げ遅れた児童に土砂が襲うのを庇い、滑落した。すぐに救助が行われたが発見された時には亡くなっていた。児童は軽傷で済んだ。
 東風谷さんは守矢神社の神職であり、神社で葬儀が行われる。児童とその家族の他、警察署、消防署も哀悼の意を表し、葬儀に参列する』

 楓は新聞を投げ出し走った。
 そんな馬鹿な。つい先日まで、笑って、喋って、手をつないで歩いていたのだ。そんなはずがない。旅立つ方法だって、こんなはずがない。彼女は確かに、楓に精一杯、生きて欲しいと、そして早苗もまた、精一杯、生きるのだと約束したのだ。こんな馬鹿な話が、あるはずがない。

 神社はいつもと変わらない風景が広がっていた。ただ、朝に境内を掃いているはずの早苗の姿がない。今日はもう、朝食をとっているのだろうか。
 楓は母屋に駆け寄ると、声を張り上げた。

「さ、早苗!? いるよね!? 私、楓だよ!」

 しばらくすると、がらがらと戸が開けられる。だが、現れたのは稲穂だった。

「おはようございます。楓さん」
「お、おばあさん、さ、早苗は、い、いますよね!」
「……早苗とは、もう会えません。納棺は夕方に行います。辛いでしょうが、来ていただけると、早苗も喜ぶでしょう」
「そ、そんな……嘘です……さ、早苗を、見せて下さい、会わせて下さい……」
「……本来ならば、いけませんが。早苗と一番仲良しだった子ですものね……ついて来て下さい」

 楓は一室に案内された。和室の中央に人が眠り、顔に白い布が被せられている。稲穂がそっと布を取り上げると、穏やかな表情で眠る早苗がいた。だが、その顔に生気は無い。

「ば、ばか、起きてよ、何してんのよ……ね、ねえ、起きて、起きてよ……」

 ぽたぽたと涙をこぼしながら楓が願う。だが、答えは何も返らなかった。
 まるで現実を受け入れられなかった。

 楓は学校を休んで、早苗を見守り続けた。
 日が暮れると、粛々と葬儀が進んで行く。早苗が棺に入れられる。親族、親しかった友人、早苗が助けたという子どもとその家族が、花を手向ける。それから、遺体と最後の別れをすませていく。

「早苗、なんで ……どうして……」

 白くなった早苗の頬にさわるが、それは柔らかさを失い、固く冷たかった。

「なんで……なんで……」

 その時、脳裏に微かに、信じて、という声が聞こえた気がした。早苗の声だった。

「い、いま! さ、さなえの声が聞こえた! ま、まだ生きてる! まだ生きてます!」

 そう叫ぶ楓を、ある者は悲しそうに、ある者は気まずそうに見つめた。稲穂が楓に寄り添い、早苗の頬に触れる。それから、ゆっくりと首を振った。
 それから早苗の棺は蓋をされてしまった。

 拝殿に移り、魂を送るための遷霊祭が始まると、多くの人々が神社に集まり、拝殿に収まりきらなかった。
 早苗に助けられた子どもの父親や、神職の関係者、警察署、消防署の偉い人が、早苗の行いに感謝し、礼を述べる。早苗は、英雄になってしまった。だが、楓にとって、それより生きていて欲しかった。

 翌日には葬場祭が行われた。参列者が玉串を奉る。境内には列ができ、それはしばらく途切れなかった。
 それも終わると、棺は霊柩車に乗せられ、火葬され、守矢神社ゆかりの墓所に早苗は埋葬されてしまった。
 楓は、ずっと泣きながらそれを見ることしか出来なかった。人々が墓所から消え去っても、楓はその前で佇んで、泣き続けていた。

「おねえちゃん、ごめんね」

 少女が楓に話しかけた。それは早苗が助けたと言う少女で、彼女もまた泣きそうな顔をしていた。

「どうしたの? どうして私に謝るの?」
「だって、おねえちゃんが、一番、泣いてた。悲しそうにしてた」

 少女は、自分が助かる代わりに、早苗を死なせてしまったことを謝っていた。
 その子の年齢は、かつての自分と同じだった。いじめられ、絶望し、救いを求めていた時の、幼かった自分と。
 楓の目から、涙が消える。

「あなたは悪くない、悪くないのよ」
「でも……」

 簡単には、納得できないだろう。何か希望は無いかと楓は考えた。そして、少女と自分の境遇が、少し似ていることに気がついた。

「早苗には、ありがとうって言ってあげて。その方が喜ぶから」
「うん、ありがとう。でも……」

 それでもまだ、少女は納得できないでいた。

「私も、早苗に助けられたの……私は、いじめから助けてもらったんだけど」
「え!?」
「そういう子なの。だから、私は早苗に憧れてて、少しでも、早苗に恥ずかしくない自分でいたくて」
「うん」
「だから、ちょっとだけ、良い自分でいられたらなって。自分に出来る範囲で」
「そっか、私も、そうする! 私も、誰かを助けられるようになる!」
「そっか、じゃあ、お姉さんと一緒だ。一緒に頑張ろうか」
「うん、頑張る!」

 両親が少女を探しに現れ、楓に気がつくと深く礼をした。楓も、凛々しく背筋を伸ばして礼を返した。

「お姉ちゃん、それじゃあ、約束だよ! 指切り!」
「うん、約束」
「ゆびきりげんまん、指切った! じゃあね、またね!」

 少女は明るさを取り戻して去っていった。楓は穏やかな笑みを浮かべ、手を振ってそれを見送った。

「またね、か」

 あの少女とは、もう一生会う事はないかもしれない。だが、もしかしたら縁があって、また会うことになるだろうか。右手の小指に、微かな暖かさが残った。




14.

 葬儀が終わり、皆が墓所から去ったのを確認してから、稲穂は神社に戻った。境内には、奇妙な人影がある。
 長身に、金色のショートヘアの美女。現代ではまず目にすることのない導師服。穏やかに微笑む目元は、狐の笑い顔のように糸目になっていた。帽子は獣耳があるかのように尖っている。そしてその背には、美しい毛並みの、金色の尻尾が九つ。だが、稲穂と早苗を除いて、それを認識することは出来ないだろう。

「お狐様、お世話になりました」
「だから、私は神の類ではなくてですね」
「冗談です。本殿まで見に行きますか」
「いや、最後に、祖母殿の勧誘をもう一度と思いまして」
「この地の守矢神社も寂れさせて良い訳ではありません。それに、この世界で、やる事が残っていますので」
「答えは変わりませんか」
「それに、あれほど大掛かりな大嘘、そうそう何度も起こせません」
「ふふっ、強い思念が結界に届いて様子を見に来ましたが、面白いことをやらせてもらいました。あんなに大勢の人間を化かせるなんて」
「妖怪冥利に尽きますね」
「祖母殿は妖怪と共謀した巫女という訳です。神様に怒られるのでは?」
「ここに神様はおらず、私と早苗がその代理です。それに、昔から無くは無いでしょう? 妖怪との共闘」
「ふふふ、幻想郷は今でもそうよ。終われば宴会付きです」
「早苗は私に似て下戸かしら。あの子とお酒を酌み交わしたかったわね……」

 その歳になるまで、早苗を見守って行けたらと思っていた。だが、その未練も断ち切る。

「では、酒の席があれば加減しておきましょう」

 九尾の女性は楽しそうにうなずいている。

「祖母殿、それではそろそろ」
「はい、それでは」
「ええ。死んだら幻想入りも考えて下さい。なにしろ風祝なのですから。主の受け売りですが、幻想郷は全てを受け入れます」

 稲穂が深く礼をし、頭を上げると、既に九尾の女性は消え去っていた。

「最後まで、口説かれちゃったわね」

 稲穂は疲れを感じさせない足取りで本殿に向かう。中には、正座をして微動だにしない早苗がいた。その頬は瘦せこけている。早苗は数日間、水だけで本殿にこもり、精神を集中させ続けていた。
 早苗が死と別れを覚悟して幻想郷を望んだとき、この計画は立てられた。稲穂だけであれば、早苗を行方不明にさせて、死体無しで葬儀をするつもりであった。だが、早苗の強い想いが幻想郷の結界に干渉し、その管理者である九尾の妖怪が現れた。狐の妖怪である藍は、人を化かす能力にたけ、この世界でも催眠術や認識の改竄と言う形で力が使えた。局地的豪雨も土砂崩れも、早苗と稲穂の雨風を操る奇跡で行った。藍は霊柩車に乗せられてから、堂々と棺から出てきた。空の棺を火葬して終わりだ。

「早苗、お疲れかしら?」

 早苗がゆっくりと瞼を開けて、稲穂を見返す。

「思ったよりも、悲しませてしまいました」
「抱えるしかないわ。どうしても行きたいのでしょう」
「それから、嘘をついたことが、どうしても」

 早苗の正直さに、稲穂は笑った。それは早苗の美徳だ。できれば、自分の様にずる賢くならず、変わらないでいて欲しい。

「私がついた嘘よ。あなたは気にしないでおきなさい。それより」

 早苗の体が、薄く光りはじめていた。

「早苗、あなたは確かにここに存在している。肉体を持っている。でも、あなたと言う概念が広がっているのが分かりますね?」
「はい」
「別れをすませましょう。あなたをこの世界に留める最後の鎖を」
「おばあ様は、一緒には行ってくれないのですよね……」
「ええ、この地にやり残した事があるの。それに、楓さんにも奇跡を残しておかないといけないでしょう」
「はい……お願いします」
「それは、私に任せなさい」
「おばあ様がやり残した事を、教えていただけますか?」
「そうね。早苗は、神奈子様と諏訪子様を送り出して、別れに苦しみ、幻想郷に行くことを渇望したけれど、お二方を送り出したこと自体を後悔はした?」
「いえ、それを後悔したことはありません」
「そう、それが私との違い。私は後悔した。悔やんでも悔やみきれないわ」
「……? おばあ様が?」

 それは意外な事だった。稲穂は厳しいが、いつも穏やかで優しい。凛々しく、強く、冷静沈着。大樹のように心が太いはずだった。

「神奈子様と諏訪子様じゃあないわ。私の兄よ」
「お兄様?」

 兄と聞いて、早苗の身が引き締まる。稲穂の兄が、戦争で死んでいた事は知っていた。居間に若い青年の写真が飾られていた。だが、戦争のことは気軽に聞けなかったし、稲穂が話してくれることも、ほとんどなかった。

「町中総出で、万歳三唱をして戦地に送り出したの。それをずうっと、後悔してた」

 それは、稲穂にとっての後悔と罪の意識。その心を推し量ることは、早苗には出来なかった。だが、大小、後悔や罪の意識があるから、戦前の人は多くを語らないのかもしれない。

「私たちは、嘘の戦況を教えられていたの、政府も、軍も、報道も。負けているのに、勝ってるかのように。NHK、朝日、毎日、読売。新聞とラジオは全部よ」

 人々は突然、敗戦を突きつけられ、嘘に騙されていたと気がついた。だが、その代償はあまりに大きかった。

「本当は負けているって言う人もいたけれど、みんなで無視したの。でも、最後は、どうしようもない条件で降伏したわ。だから、戦争なんてやめましょうって叫ぶべきだった。一日でも早く犠牲を止めて、一日でも早く少しでもマシな講和をしましょうって。石を投げられてでも、叫ぶべきだった」

 稲穂は懺悔をするかのようだったが、息をついて落ち着きを取り戻した。

「その二つが大きな後悔よ。人は失敗して、大事なものを失って、その大事さに気がついて。反省して、心だけじゃなく行動も変えて、同じ過ちを繰り返さないよう成長して。私は最後まで、この世界で生きるわ」
「……心に、留めておきます」

 それから稲穂は、穏やかに優しく微笑んだ。

「兄さんを送り出したことを、ずっと後悔していた。合わせる顔が無いと思っていた。でも、今は、顔向けすることが出来るわ。こんなに立派な孫を、送り出すことが出来たのだもの」
「おばあ様……私、そんな、立派じゃ……」
「あなたは、私にとっても大御宝。神話すら関係ない、孫はおばあちゃんの宝なのよ。毎日が幸せで、毎日、神様に感謝していたわ。こんな孫を送って下さって、ありがとうございますって」
「私も……おばあちゃんの、孫で、よかった」

 早苗の目から涙が落ちる。幼子のように、稲穂に抱き着いて、その胸に顔を埋めた。

「おばあちゃん、私、本当にいいのかな、おばあちゃんを残して、楓も残して」
「早苗、あなたは幻想郷でやりたいことがあるのでしょう?」
「うん、信仰を話したい。やっぱり、私にとって信仰は、人の為のものだから」
「早苗、自分を大事にして良いの。やりたいことがあれば、それに突き進んでいいの。自分を大事に出来ない人が、どうして人を大事にできるものですか」

 稲穂が早苗の背中を叩きながら話す。

「あなたがいなくなるのが寂しい。あなたもまた、悲しいでしょう。その感情は、無理に消すことはないわ。でも、強く想い、願うの。あなたが在るべき場所、あなたが仕え、あなたが愛する神奈子様と諏訪子様のことを。その思いは、この世界への未練よりも強いはずでしょう?」

 早苗は、強く祈った。稲穂と楓の幸福を。神奈子と諏訪子の幸福を。そのどちらもが惜しい。それでも。

「おばあさま……ありがとう、今まで、ずっと」
「寂しいけれど、孫の旅立ちを笑って見送るわ。元気でね早苗。向こうの世界でも、明るく、楽しく。精一杯頑張るのよ。精一杯、やりたいことを、やるべきことをやるのよ。しっかりね」

 早苗はぼろぼろと涙をこぼす。稲穂の強さを、視界をにじませながら目に焼き付けた。
 稲穂は泣くことはなかった。幸せそうに、笑っていた。孫が新しい世界へ旅立つ。未踏の地を歩もうとしている。確かに寂しい、確かに寂しいが、これ以上に、幸せなことがあるだろうか。孫が一人前になるために、険しい道を行こうとしている。稲穂にとって、これほど祖母の冥利に尽きることはなかった。

「今日からあなたが、守矢神社の風祝です。しっかり、神奈子様と諏訪子様にお仕えなさい」

 早苗の身が引き締まる。名残惜しそうに、稲穂の体をぎゅっと抱きしめてから、そっと離した。

「いってらっしゃい」
「はい、いってきます」

 そうして早苗の体はまばゆい光に包まれて消えた。



 稲穂は一人、本殿から出る。満月が明るく境内を照らしていた。
 これで良い。自分はじきに死ぬことになる。もう、そんなに長く早苗と一緒にいられる訳ではない。

「この地にお祭りも残さないといけませんし」

 決意を新たにする稲穂だったが、どうしても悲しいものは悲しい。右手でそっと瞼を抑えた。

「この神社も、ずいぶん、寂しくなるわね」

 雫が一つ、ぽつりとこぼれた。




15.

 山の中腹に湖と守矢神社が鎮座している。周りに民家は見えず、妖怪の山の名の通り、一羽の烏天狗が新聞の束を抱えて空を飛んでいた。
 眼下に幻想郷を一望できる。一面が綺麗な紅に色づいていた。
 母屋の一室で、早苗と神奈子と諏訪子がちゃぶ台を囲んで朝食を楽しんでいる。諏訪子がずずずと味噌汁をすする。

「はあ、早苗の味噌汁が飲めて幸せ」
「ふふふ、お粗末様です」

 開け放たれた障子から、風にのって紅葉が一枚、二枚と早苗の手元に吸い寄せられた。それから神奈子が寂しそうに言う。

「でも、この季節は」
「しっぶい味付けも恋しくなるねえ」

 二柱がしんみりと呟く。七十八年仕えてくれた少女に想いを馳せる。強い少女だった。
 早苗が場を明るくするように手を鳴らした。

「そうだ、霊夢さんに教わってみましょうか?」
「ああいいね、あそこの巫女はしっぶい茶をいれるし」
「それにしても、ずいぶん仲良くなったわね。最初、ここに来た時は」
「もう、それは言わないで下さい!」

 早苗が幻想郷に来たばかりの頃、信仰を巡って一悶着があった。どうも自分は、悲壮な覚悟と緊張感に満ちていたらしい。



 母屋の縁側に、のんきな巫女が腰かけ、お茶を飲んでいる。遠くから青色の巫女服を着た少女が飛んできた。

「霊夢さーん、遊びにきました!」
「今は、お茶を飲むのに忙しいわ」
「そう、そのお茶です! おばあちゃんみたいに、しっぶいお茶のいれ方を教えて下さい。あとお味噌汁と煮物も」
「あんたねえ」

 一回、弾幕ごっこで落としてやろうかと考えが浮かぶ。それがこの郷での遊びだ。
 ふと霊夢は、早苗が珍しい力をまとっていることに気がついた。神が持つ神徳のようだが、神奈子からの借り物の様でもない。

「あんた、妙な力が宿っているわね」
「ああ、信仰の力ですね」
「信仰たって、巫女のあんたには付かないでしょ。里で自分への信仰でも売り出したの?」
「いえ、外の世界からのものですね」
「外にはあんま残ってないって聞くけどね。だとしたら強い願いだったみたいね」
「残してきたんです、奇跡を」

 それは、早苗が幻想入りして、三年目の事だった。



 神社の拝殿で祈祷がささげられる。その儀式に参列する者は少ない。早苗の叔父や叔母、いとこと言った親族、神職の関係者がほとんどだ。楓は静かに、早苗の幸福と安寧を祈った。
 儀式が終わり、人々が去っても楓は祈り続けていた。

「楓ちゃん」

 振り向くと少女がいた。中学生になり、可愛らしいセーラー服を着こなしている。

「わあ、ずいぶん、大人になったねえ」
「私なんて全然。早苗さんや、楓ちゃんみたいな立派な大人にならないと」
「いやあ、私なんてまだまだだよ」
「そんなことないけどなあ」

 それから、しばらく近況を報告し合う。部活や勉強の話、友達や家族の話、ちょっとした人助けの話。

「それじゃ、またね!」
「うん、また」

 二人の約束が破られることは無く、縁もまた続いていた。年は離れていても、お互いに励まし合うような関係だ。
 少女と別れてからも、楓はしばしその場に佇んでいた。目をつむって色々な事を考える。

 早苗との思い出はどれも幸せなものばかりだ。それから、守屋山の山頂で過ごした最後はどうしても印象深い。早苗に好きだと伝え、いじめから助けてくれた事、友達の輪へ入れてくれた事への感謝を伝えられてよかった。それから、お互いを忘れない事、精一杯生きることを約束した。
 それから、何が起こっても、信じて欲しいと言われたのだった。その意味はよく分からなかったが、無意識に信じていたのかもしれない。早苗が死んでしまってからも、早苗を忘れず、精一杯生きるという約束を果たしている。なんで、あんな事を言ったのだろう。まるで、これから辛い事が起こると分かっているかのように。
 楓が目を開けると、いつの間にか正面に稲穂が座って、同じように瞑想をしていた。

「わっ」

 楓が小さく驚きの声を上げると、稲穂はゆっくりと目を開ける。それから深く礼をした。

「早苗の事を想って、この度は三年祭に来て頂いて、ありがとうございます。早苗も喜んでいるわ」
「い、いえ」
「早苗から、手紙を預かっています」
「え!?」

 稲穂が封筒を差し出す。楓は震える手で手紙を取り出し、深呼吸をして落ち着いてから読み始めた。

『親友よりも大切な楓へ。
 突然、居なくなってしまって、それから、あんな悲しい居なくなり方をして、ごめんなさい。普通に別れるより、ずっと悲しくて辛い思いをさせたよね。本当にごめん。

 それから、ありがとう。忘れずに思っていてくれて、ありがとう。

 楓は元気にしてる? 旅立つ前に書いた手紙だから、近況報告も出来ないけれど、私も元気にしてるよ。それだけは間違いないから安心して。

 忘れないでくれて、本当にありがとう。あなたが三年経っても、覚えてくれていたように、私も楓を想っているよ。覚えて、絶対に忘れない。あの日、泣いてくれたことも、手をつないで帰ったことも。
 楓の心の奥に、いつも私はいるよ。だって、小さい時から、毎日のように一緒にいた。私と楓は魂で重なり合った。だから、あなたの中にいる。

 楓は私のことを、親友よりも大事だって言ってくれたよね。私もそう。それをなんて言うのか、上手い言葉が見つからないけれど、一つ思いついた事があるの。
 神様はね、私達のことを大御宝って言って、大切に思っていてくれたの。友達は宝物だよね。だから、楓は私にとって、大御宝。いや、大御友。親友より、すっごい大親友って意味!
 ふふふ、ちょっと馬鹿っぽいよね。

 それから、あの時の返事をするね。
 私も好き。大好き。
 愛しているよ。

 なんちゃって。ちょっと恥ずかしくて、誤魔化しちゃった。
 でも、本当。
 愛しているよ。遠く離れて、もう会うことは出来ないとしても。ずっとずっと。
 あなたの大御友 早苗より、心を込めて』

 楓は、大粒の涙をこぼしながら泣いていた。

「ずるいよ早苗……そうだったんだ……愛してたんだ……早苗のこと……」

 楓は、早苗を友として愛していた事に気がついた。

「私も言いたかった、伝えたかったよ、早苗……」

 それを伝えるすべは無い。
 だが、暖かい気持ちが胸を満たす。

(ありがとう早苗。私も。ずっとずっと)

 それから手紙を大切に折りたたんで、封筒の中に戻した。そして静かに自分を見守ってくれていた稲穂に礼をする。その時、ふとした考えが頭に浮かんだ。

「あの……早苗のおばあさん」
「はい、なにかしら」
「その、つかぬ事をお聞きしますが……神職って、どうやってなるものなんですか……?」
「あら、全然、変なことじゃあありませんよ? そうねえ」

 稲穂は笑っている。その心は諏訪の湖のように穏やかで、深い懐を持っているかのように。



 明くる日、用事があって稲穂は電車に乗っていた。席は埋まっており、吊革に手をかけた。

「あ、あの、どうぞ」

 女学生が立ち上がって、席を譲ろうとしてくれる。

「あらいいのかしら? それじゃあお言葉に甘えようかしら」

 稲穂はお礼をして、席に座ることにする。

「ありがとう。良いことがありますように」

 少女が少し照れる。
 電車の中にも関わらず、爽やかな風が少女に吹いた。
 まだ、和の心は失われていないはずだった。
 神様たちは、私たちの事を“大御宝”と呼んで大切に思ってくれていました。
 過去形ですが、現在進行形にも出来ます。
 信仰は儚き人間の為に。
白岩 風都
https://www.pixiv.net/users/72781314
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.簡易評価なし
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.90名前が無い程度の能力削除
よかったです
3.100ヘンプ削除
面白かったです。早苗の葛藤から別れ、そして信仰。それらがとてもよかったです。
4.90のくた削除
長さを感じさせない読みやすさでした。面白かったです
5.100竹者削除
とてもよかったです
6.100名前が無い程度の能力削除
長く感想を書くのもなんか無粋な気がするので、
ご馳走様でした、面白かったです。
7.100ローファル削除
面白かったです。
二柱と一緒にいられなくなったことを知った時、大切な相手なのにどうしていいか分からなくて距離を置いてしまう早苗の行動にとても共感しました。
最後の最後まで早苗の前で泣かなかった稲穂さん、素敵。
8.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしく良かったです。離別の悲しみとそれに折り合いをつける心情が丁寧に描かれていて、それでも世界そのものには美しさ(もちろん汚さも)があって、未練や願望の入り混じる具合がひとつの輪として連なっているように感じました。
9.100南条削除
面白かったです
神奈子と諏訪子を選びつつ、未練もがっつり残してる早苗が素晴らしかったです
別れと未来への展望のコントラストが美しかったです
10.80名前が無い程度の能力削除
幻想郷への移動に早苗さんが覚えられていることは関係がないのでは? という解釈の違いはありつつも、それはそれとして王道な書き口でとても良かったと思います
和の心の文脈が綺麗に着地していたのが構造として綺麗でした
11.100名前が無い程度の能力削除
とても良かったです
12.100東ノ目削除
幻想郷に行った二柱と外の世界の大切な人とを天秤にかけることになったときに、どちらか片方だけ、ではなく両方に納得がいく結末になるように突き進む早苗さんの純粋さと前向きさに心打たれました
13.無評価白岩 風都削除
奇声を発する程度の能力さん
2.さん
竹者さん
11.さん
コメントいただき、ありがとうございます。

ヘンプさん
神奈子と諏訪子、稲穂と楓。それぞれの別れを上手くかけていたら良かったです。信仰も、作中から感じることがあったのなら幸いです。

のくたさん
長さを感じさせないというのは目標の一つでした。ありがとうございます。

6.さん
楽しんで頂いたようで、ありがとうございます。

ローファルさん
大切な相手なのに、距離を置いてしまう事ってありますよね。勇気をもって、なるべく踏み込みたいものです。
稲穂は凄い好きなキャラで、褒めて頂き嬉しいです。一連のシーンは私もお気に入りです。

8.さん
素晴らしく良かったとの評価ありがとうございます。
世界の良さと汚さも、バランスが取れていたら幸いです。私は汚さにフォーカスしがちなので。
早苗が二度の別れを経験することや、みなが似た悲しみや葛藤を抱き、でもそれぞれが違う決意をする様は、確かに数珠つなぎのようかもしれません。

南条さん
元の世界に、普通に家族や友人がいて、それを置いて来ていたらと思い立ちました。稲穂や楓との別れをメインで表現したかったのです。
楓は残されてしまいましたが、手紙や少女と稲穂との新しい関係を通じて未来への希望を感じて頂けたら幸いです。

10.さん
王道を目指しているので、そう評して頂きありがたいです。
和の心は、実は私は大分苦手です。幼少期早苗みたいなものです。上手く和の心が表現出来ていたら、これほど嬉しい事はありません。

東ノ目さん
置いて行かれてしまった楓ですが、守屋山の別れや手紙の希望を胸に生きていきます。
無粋かなと思って、作中では表現しませんでしたが。輪廻の旅は続きます。今生で会えないとしても、一生懸命に生きていれば、来世で……。という想像をしています。