幻想郷に春が訪れていた。
今年もまた例年通りに春を迎えられた事を私――稗田阿求は安堵する。
「……」
書き物の手を休めて、書斎から見える庭に目をやる。
視線の先には、1本の桜。稗田家の庭にあるその桜も見事に咲き誇っていた。
この分だと里の桜も見頃を迎えていて、みな思い思いに花見を楽しんでいることだろう。
その賑やかな光景を想像すると、自然と笑みが零れるのだった。
「……さて、それじゃあ準備でもしようかしらね」
私はそう独り言ちると、女中達に声をかけるべく書斎を後にするのだった。
「相変わらず見事な桜よね」
庭の桜を観ながら、小鈴はそう感想を口にする。
「そうね、いつも通りと言えばいつも通りね」
私はそう返しながら、女中達と準備を進める。
例年通りの稗田家での儀式に、今年もまた小鈴は同席していた。
言うまでもなく、儀式のあとの花見――というか宴会が目当てなのは間違いないだろう。
しょうがないなあ、なんて思うものの、邪険に出来ないのも確かだった。
(……これも小鈴の人徳、なのかしらね)
「ん? 阿求、どうかした?」
小鈴が首をかしげつつ聞いてくる。
「……なんでもないわ」
私はそう言いつつ、女中達に指示を出していく。
もっとも女中達も慣れたものなので、指示出しとは言うが、本当に細かい部分のみとなるのは助かっている。
「そういえば阿求ってここ以外に花見しないの?」
例年通りに此花咲夜姫、岩永姫への儀式をつつがなく終え、小鈴と二人で宴会をしている時、唐突にそう聞いてきた。
「……」
「いや、さ。阿求ってなんだかんだ桜好きなのかなーって思うから、さ……」
何も言わない私に、小鈴はバツが悪そうに続けた。
「……そうね。桜は好きだけど、ここで十分だし、わざわざ他に出かけてまでって程ではないのは確かね」
実際その通りだ。
儀式云々は抜きにしたって、稗田家の桜は身内びいきでもなんでもなく、見事な桜だと思っている。
唯一残念なのは本数がないので、見渡す限りのって訳にはいかない所だ。
ただそれも、里を歩けば桜並木を目にする機会はあるので、それだけで十分と言えば十分であった。
「もちろん身体の事もあるけど、落ち着いて過ごせるこの場所が好きなのは確かね」
小鈴は「そっかー」と言いながら、何が嬉しいのか静かに微笑むのだった。
それから私達は他愛のない話をした。
小鈴がどこそこの桜があまり人が居なくて穴場だとか、あそこの桜並木近くの茶屋が美味しいだとか、色々。
そういった事を聞きながら、また話しながら、お酒を嗜むこの時間は、私にとってかけがえのないもので。
そういった意味で言うなら、小鈴には感謝すべきなのだろう。
私は改めて桜を見上げる。
花びらが風に舞いながら、手元に飛んでくる。
ああ、雅なるかな。風流とはまさにこの事を言うのだろう。
「……阿求って本当に桜が好きなのね」
よほど楽しそうにしていたのだろう、私の様子に、小鈴がそう聞いてくる。
「ええ、そうね。桜は生の象徴みたいなものだから……」
「……えー、そこまで、かなあ」
小鈴は困ったように言う。
「桜は1年に1度だけ花を咲かせる。それは無事に1年を過ごせた、という事なのよ。だから私は桜に焦がれるの。」
「……」
小鈴は解ったような解らないような、微妙な顔をしていた。
「今年が終わっても、来年にはまた再び花が咲く。当たり前のように思えるその繰り返しこそ、まさに生の象徴じゃない?」
そして私は頭上の桜に手を伸ばす。
伸ばした手は当然のように桜には届かない。何も掴めない、掴むことが出来ない。
「伸ばした手は何も届かないかもしれない。でもその足跡は残ると信じてる。誰かがそれを見て後に続くかもしれない」
私は小鈴を見て言った。
「私はそれを信じて足掻き続けていくわ。いったでしょ、抗ってみせるって」
「阿求……」
桜を見上げる。
「私にとっては桜はそういうもの。眩しいくらいの生の象徴と共に、私自身の決意を新たにしてくれるような、そんな存在なの」
一年に一度だからこそ。
稗田家で儀式をしているのはそういう意味合いも含まれている。
小鈴を見ると、予想通りにびみょーな顔をしていた。
「……もちろん、難しい事は置いておいて、花見をしながらの宴会は楽しいわ。単純に楽しいですもの」
そういうと小鈴はにへぇーっと笑う。
「えへへ~~」
別に褒めた訳ではないけど、小鈴は満面の笑みを浮かべた。
なんだかこうやって笑った顔を見てると、こんな時間も悪くはないなあ、なんて思ってしまう。
絶対に言わないけど。
「ね、ね、じゃあ、じゃあ、乾杯しよっ」
難しい事は解んないけどさ、なんて言いながら杯を近づけてくる。
「……何に乾杯するのよ?」
「んーーーー、今この瞬間に、とかはどう???」
何の理由にもなってない。
だけど、その単純さは嫌いではなかった。
しょうがないなー、もう。
自分でもにやけてるのが判る。
桜が満開なこの時に、二人でささやかに杯を交わす。
来年もまた同じように桜を楽しめますように……。
そんな事を私は願うのだった。
桜咲く春の幻想郷。
今年もまた色々あるのだろう。異変だって起こるのかもしれない。
そんな一年を、私なりに余裕をもって過ごしていきたい、と素直に思うのだった。
「……小鈴」
私は静かに小鈴の名を呼ぶ。
小鈴は、ん? という感じで赤らんだ顔を向けてくる。
「今年もまた一年よろしくね」
今年もまた例年通りに春を迎えられた事を私――稗田阿求は安堵する。
「……」
書き物の手を休めて、書斎から見える庭に目をやる。
視線の先には、1本の桜。稗田家の庭にあるその桜も見事に咲き誇っていた。
この分だと里の桜も見頃を迎えていて、みな思い思いに花見を楽しんでいることだろう。
その賑やかな光景を想像すると、自然と笑みが零れるのだった。
「……さて、それじゃあ準備でもしようかしらね」
私はそう独り言ちると、女中達に声をかけるべく書斎を後にするのだった。
「相変わらず見事な桜よね」
庭の桜を観ながら、小鈴はそう感想を口にする。
「そうね、いつも通りと言えばいつも通りね」
私はそう返しながら、女中達と準備を進める。
例年通りの稗田家での儀式に、今年もまた小鈴は同席していた。
言うまでもなく、儀式のあとの花見――というか宴会が目当てなのは間違いないだろう。
しょうがないなあ、なんて思うものの、邪険に出来ないのも確かだった。
(……これも小鈴の人徳、なのかしらね)
「ん? 阿求、どうかした?」
小鈴が首をかしげつつ聞いてくる。
「……なんでもないわ」
私はそう言いつつ、女中達に指示を出していく。
もっとも女中達も慣れたものなので、指示出しとは言うが、本当に細かい部分のみとなるのは助かっている。
「そういえば阿求ってここ以外に花見しないの?」
例年通りに此花咲夜姫、岩永姫への儀式をつつがなく終え、小鈴と二人で宴会をしている時、唐突にそう聞いてきた。
「……」
「いや、さ。阿求ってなんだかんだ桜好きなのかなーって思うから、さ……」
何も言わない私に、小鈴はバツが悪そうに続けた。
「……そうね。桜は好きだけど、ここで十分だし、わざわざ他に出かけてまでって程ではないのは確かね」
実際その通りだ。
儀式云々は抜きにしたって、稗田家の桜は身内びいきでもなんでもなく、見事な桜だと思っている。
唯一残念なのは本数がないので、見渡す限りのって訳にはいかない所だ。
ただそれも、里を歩けば桜並木を目にする機会はあるので、それだけで十分と言えば十分であった。
「もちろん身体の事もあるけど、落ち着いて過ごせるこの場所が好きなのは確かね」
小鈴は「そっかー」と言いながら、何が嬉しいのか静かに微笑むのだった。
それから私達は他愛のない話をした。
小鈴がどこそこの桜があまり人が居なくて穴場だとか、あそこの桜並木近くの茶屋が美味しいだとか、色々。
そういった事を聞きながら、また話しながら、お酒を嗜むこの時間は、私にとってかけがえのないもので。
そういった意味で言うなら、小鈴には感謝すべきなのだろう。
私は改めて桜を見上げる。
花びらが風に舞いながら、手元に飛んでくる。
ああ、雅なるかな。風流とはまさにこの事を言うのだろう。
「……阿求って本当に桜が好きなのね」
よほど楽しそうにしていたのだろう、私の様子に、小鈴がそう聞いてくる。
「ええ、そうね。桜は生の象徴みたいなものだから……」
「……えー、そこまで、かなあ」
小鈴は困ったように言う。
「桜は1年に1度だけ花を咲かせる。それは無事に1年を過ごせた、という事なのよ。だから私は桜に焦がれるの。」
「……」
小鈴は解ったような解らないような、微妙な顔をしていた。
「今年が終わっても、来年にはまた再び花が咲く。当たり前のように思えるその繰り返しこそ、まさに生の象徴じゃない?」
そして私は頭上の桜に手を伸ばす。
伸ばした手は当然のように桜には届かない。何も掴めない、掴むことが出来ない。
「伸ばした手は何も届かないかもしれない。でもその足跡は残ると信じてる。誰かがそれを見て後に続くかもしれない」
私は小鈴を見て言った。
「私はそれを信じて足掻き続けていくわ。いったでしょ、抗ってみせるって」
「阿求……」
桜を見上げる。
「私にとっては桜はそういうもの。眩しいくらいの生の象徴と共に、私自身の決意を新たにしてくれるような、そんな存在なの」
一年に一度だからこそ。
稗田家で儀式をしているのはそういう意味合いも含まれている。
小鈴を見ると、予想通りにびみょーな顔をしていた。
「……もちろん、難しい事は置いておいて、花見をしながらの宴会は楽しいわ。単純に楽しいですもの」
そういうと小鈴はにへぇーっと笑う。
「えへへ~~」
別に褒めた訳ではないけど、小鈴は満面の笑みを浮かべた。
なんだかこうやって笑った顔を見てると、こんな時間も悪くはないなあ、なんて思ってしまう。
絶対に言わないけど。
「ね、ね、じゃあ、じゃあ、乾杯しよっ」
難しい事は解んないけどさ、なんて言いながら杯を近づけてくる。
「……何に乾杯するのよ?」
「んーーーー、今この瞬間に、とかはどう???」
何の理由にもなってない。
だけど、その単純さは嫌いではなかった。
しょうがないなー、もう。
自分でもにやけてるのが判る。
桜が満開なこの時に、二人でささやかに杯を交わす。
来年もまた同じように桜を楽しめますように……。
そんな事を私は願うのだった。
桜咲く春の幻想郷。
今年もまた色々あるのだろう。異変だって起こるのかもしれない。
そんな一年を、私なりに余裕をもって過ごしていきたい、と素直に思うのだった。
「……小鈴」
私は静かに小鈴の名を呼ぶ。
小鈴は、ん? という感じで赤らんだ顔を向けてくる。
「今年もまた一年よろしくね」
どちらかというと桜は散り様を魅せる花(だと私が勝手に思っている)なので、そういう意味は珍しい……いや、年一に咲く花って他にも色々……ないのか?無知ゆえわからない……。
そういう意味では結局なんのかんの言いつつ二人で過ごす時間尊いね!って話で読ませていただきました
ささやかながらも喜びに満ちている二人がよかったです
ご馳走様でした、面白かったです。