Coolier - 新生・東方創想話

幻想は記録されない

2025/04/24 20:38:50
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西暦20XX年、旧・京都市文京区。
かつて「東山」と呼ばれた地域一帯は、都市統合再編により「第七学術区」として再開発され、今では巨大な研究都市となっていた。
衛星通信、量子計算、生体解析、そして時間地理学。
あらゆる分野が交差するこの都市で、“一つの地形”だけが、未だに正体を明かしていなかった。
それは、存在していたはずなのに、地図に存在しない“空白地帯”。
 
「また、地形データが歪んでる....」
宇佐見蓮子は、電子地図投影装置に映る立体地形図を睨んだ。
地図は完全に整っている
ただし、そこに映るはずの“山”だけが、なぜかいつも曖昧なノイズに覆われている。
 
「標高差はある。影も重力も確かにある。
....なのに、測量データは常に再送信要求で弾かれる。まるで“誰かが”そこを測らせたくないみたいにね」
蓮子の背後で、小さな足音がした。
「誰か....って、“何か”の方が正しいんじゃない?」
振り返ると、マエリベリー・ハーン
メリーがいた。
薄紫色の服に、透明な視線。
その目は、“境界”を見る目だった。
 
「見に行くの?」
「ええ。今夜、あの山に踏み込む。正式な許可はないけれど、研究用観測データの二次取得という名目なら、足はつかないわ」
メリーは小さく首を傾けた。
「また、“見えてはいけないもの”を見に行くのね」
蓮子は笑った。
「私たちは秘封倶楽部よ。“封じられた秘密”があれば、見に行かないとね」
 
地図から消えた山 
古文書のなかにしかその名は残っておらず、国土局の最新データにも、そこだけは“構造不明”と記されていた。
けれど、確かにそこには“地形の圧”がある。
夜になれば、風が逆巻き、音が反転する。
 
蓮子たちはその夜、学術区の外れにある鉄条網を越え、山の麓に足を踏み入れた。
 
「....不思議。ここだけ空気が濃い」
メリーが呟いた。
境界の感覚を持つ彼女にとって、その違和感は明瞭だった。
重力の揺らぎ。温度の逆転。遠くの音が近くで鳴っているような錯覚。
「結界....とはちょっと違う。でも、明らかに“誰かの意志”を感じる」
 
山を登る途中、蓮子はひとつのものを見つけた。
朽ちた石碑。
読めない文字。
削られた銘。
けれど、かろうじてひとつだけ、文字が残っていた。
 
“博麗”
 
蓮子は息を呑んだ。
そして、心の中でそっとつぶやいた。
 
「幻想郷....やっぱり、ここにあったのね」
 
風が、逆に吹いていた。
上から下へ、ではない。
前から後ろでも、横からでもない。
“内側から外側へ”
そんな方向に風が吹くなんて、物理的にはありえない。
けれどメリーには、それが“正しい”と直感できた。
 
「....ここ、入るべきじゃなかったんじゃない?」
声は冗談めいていたが、目は真剣だった。
蓮子はそれでも前に進む。
手に持つライトが捉えたのは、古い鳥居だった。
木材は苔むし、土に埋もれかけている。
だが、それは確かに“かつて信仰されていた空間”の名残だった。
 
「記録にも地図にもない。けれど、ここに“門”があった」
蓮子は手帳を開き、さらさらと何かを書き込む。
「存在しない記録を、私たちが上書きする。これが、秘封倶楽部のやり方よ」
 
鳥居をくぐった瞬間、空気が変わった。
風の音が止まり、虫の声も消えた。
代わりに、微かな人の気配がした。
どこかで、誰かが茶を点てるような音。
誰かの足音が、石畳を歩くような響き。
 
「蓮子....誰か、いる」
メリーの声は震えていた。
 
蓮子は静かに頷く。
「私も感じる。“誰か”が、“ここにいた”気配」
 
その時だった。
メリーの目が、ゆっくりと“境界の歪み”を捉え始めた。
空間が、折れている。
平面が、断層のように走る。
世界が、本のページのように“めくられた”。
 
そして、その隙間に、少女がいた。
 
紅白の衣。
黒髪を結ったまま、無表情にこちらを見つめている。
風も音も動かないなかで、ただ一人、境界の向こう側に“立っていた”。
 
「博麗....霊夢....?」
メリーが名を口にした瞬間、
世界が、波紋のように揺れた。
霧が走る。空間が崩れる。
視界が白く反転する中、メリーは叫ぶ。
「境界が、閉じる....っ!」
蓮子がメリーの腕を掴み、鳥居の外へと引き戻した。
次の瞬間、音が戻り、風が普通に吹き抜けた。
 
境界は、閉じた。
世界は、また“普通”になった。
 
地図には、何もない。
記録にも、残せない。
けれど、ふたりは確かに見た。
 
“あの少女”が、そこで生きていたことを。
 
静寂のなか、京都の夜が濃くなっていく。
二人は研究棟の一室に戻っていた。
無機質な光の下、電子機器が淡く瞬いている。
けれど、メリーの視線はずっと手元のスケッチブックに注がれていた。
 
「ここよ。この目、この衣、佇まい。夢でも幻でもない。“確かに見た”」
鉛筆の線は迷いなく引かれていた。
そこには、あの紅白の少女“博麗霊夢”が、写し取られていた。
 
蓮子は傍らで、その名を呟いた。
「霊夢....幻想郷を護る、最後の巫女。記録上は存在しない。けれど古い資料には、断片的に登場していたわ」
彼女が端末を操作すると、ディスプレイに古文書の断片が表示される。
「“結界の守り手”“幻想の巫女”“時を止めた存在”....名前は残らず、役割だけが伝承されていた」
 
「それって....」
「そう。“記録されないようにされた”のよ」
 
メリーは、紙の上の霊夢の姿を見つめながら言った。
「ねえ、蓮子。私たちがあの場所に立ったとき、確かに世界が揺れた。でも、霊夢はただそこにいた。何も言わず、何も求めず」
「....うん。まるで、“まだ終わっていない役目”をただ続けているようだった」
 
その瞬間、蓮子の目に、一つの記録が思い浮かんだ。
「“誰にも見られない限り、幻想は消えない”」
それは、ある消失した研究者が残した言葉だった。
「つまり霊夢は、幻想郷は、誰かがまだ、探している限り”、消えきれずにあるってこと?」
 
メリーがふっと笑う。
「じゃあ、私たちは....彼女にとっての“最後の観測者”だったのかもね」
 
蓮子は、机に置かれたスケッチを見つめた。
それは、存在してはいけないはずの少女。
記録にはならない。
論文にも書けない。
誰にも証明できない。
それでも、確かに“記憶”には残った出会い。
 
蓮子は手帳に一行、静かに書き加えた。
「本日、記録に残らない“現実”に出会った。それは、地図にない地の、結界の狭間で起きたことだった。」
 
そして、ペンを置くと、メリーの方を見て言った。
「ねえ、また行こう。今度はもっと深く。彼女が“何を守っていたのか”を、見に行きたい」
 
メリーは頷いた。
「うん。だって、まだ“あの風の匂い”が残ってるもの」
 
記録には残らない。
けれど、それは確かに“あった”。
そして、まだ終わっていなかった。
 
深夜、再びあの山へ向かう途中、蓮子はふと思った。
なぜ、私たちはこんなにも惹かれるのだろう。
そこにあると“信じたい”ものに。
合理も、証明も、論理も通じない世界。
科学者としては愚かかもしれない。
でも、それでもなお、蓮子はこの足で、もう一度、境界を越えようとしていた。
 
メリーは、隣で静かに言った。
「たぶん、霊夢って....ずっと“誰かが来るのを待ってた”のよ」
「....待ってた?」
「そう。役目が終わっても、世界が消えても、“来てくれる誰か”を、ずっと....」
 
二人は、再び鳥居をくぐった。
風が巻く。世界が反転する。
光が失われ、音がねじれ、空間が再び“境界”を覗かせる。
 
そこに、また彼女はいた。
赤と白。
時を止めたままの巫女。
静かに、霊夢は二人を見つめていた。
無言のまま、ただそこに立ち、そして初めて、声を発した。
 
「....来てくれて、ありがとう」
 
蓮子とメリーは息を呑んだ。
その声は、どこまでも穏やかで、どこまでも人間的だった。
だが、それゆえに、あまりにも切なかった。
 
「幻想郷は、もう消えたわ。私のいるこの空間も、あと少しで閉じる。でも....最後に、“誰かに見てほしかったの”」
 
蓮子は、一歩踏み出し、静かに問う。
「なぜ、あなたはそこに居続けたの?」
 
霊夢は微笑んだ。
それは記憶よりも、記録よりも、何よりも美しい表情だった。
 
「それが、“私の役目”だったから。
 “誰かの夢が、ここにあった”と証明すること。それが、幻想郷の最後の意味」
 
メリーは、もう何も言えなかった。
彼女の目には涙が滲んでいた。
“境界”を越える目を持つ彼女ですら、いまだけは、ただ少女のように泣いていた。
 
霊夢はふたりに背を向け、空へと歩き出す。
風が、花びらのように巻き上がる。
衣が揺れ、姿が淡く、光と同化していく。
 
最後に、彼女は振り返って言った。
 
「....記録には残らないわ。でも、覚えていてね。“あなたたちは、ここに来た”ってことを」
 
そして、霊夢は、風に溶けた。
 
幻想郷は、完全に閉じた。
誰も入れず、誰も出られず、
誰にも語られず、誰にも書かれず。
 
けれど。
 
蓮子とメリーの記憶には、
あの光と、あの声と、あの風が――永遠に、残っていた。
 
そして、ふたりはまた歩き出す。
記録されない郷を、
記録にならない“真実”を探して。
 
なぜなら、幻想は、記録されないから。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
読者の皆様に楽しんで頂けましたら幸いです。
Mr
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コメント



0.20簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
良かったです
3.100南条削除
面白かったです
序盤の舞台設定がとてもよかったです
秘封倶楽部にはこういうところにわざわざ突っ込んでいってほしいですね
4.100名前が無い程度の能力削除
切り取る力があるなあ、と思うのです。二人が憶えているかぎり、幻想は無くならないのでしょうね。ご馳走様でした、面白かったです。