Coolier - 新生・東方創想話

シャッターと文屋

2025/04/12 13:16:33
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ドスン!

朝が遅い幻想郷の片隅、木造の家屋の前にパタパタと鳥の羽音が舞い降りる。

「本日も!新鮮な情報をお届けに参りました、“文々。新聞”でございます!」
扉も閉め切った静寂の家の中で、誰も望んでいない新聞が玄関の隙間をこじ開けて投げ込まれた。
毎度のことながら、声も音も、騒音として鳴り響く。
青年は布団の上でうっすらと眉をしかめながら、「またか....」と天井を見つめる。
どうしてこんなにうるさいんだ、あの天狗は。
しかも、新聞は別に購読を頼んだ覚えはない。
第一、内容の大半は「目撃情報」や「筆者の主観的な批評」などという名の大袈裟な記事で、情報というより娯楽に近い。
それでも、毎朝欠かさず届けられる。
人の家を新聞ポスト代わりにするのはやめてほしいと何度も伝えたが、効果は皆無だった。
ガラ、と扉を開けて外に出ると、朝露に濡れた新聞紙と、目の前で翼をパタつかせる烏天狗がいた。
「おや、お目覚めですか。今日の第一読者さまですね?」
「....読まないけどな」
「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。読み終えたら感想なども聞かせていただけると、筆者としての励みに...「頼んでないし、読み終えないし、感想も言わない」
「それは...それは、実に遺憾です」
言葉は丁寧なのに、顔は全然残念そうじゃない。
むしろ勝手に満足しているように見える。
青年はため息をつき、家に戻ろうとしたが、彼の手にあるものを見て文が目を輝かせた。
「ほほう....それは、二眼レフですね?」
青年は足を止めた。
無言で自分の手元を見る。
そこには、フィルム式の古いカメラがある。
「そちらの二眼レフカメラ....実にいいモノです。もしよろしければ、その扱い方、私がご教授いたしましょうか?」
「....あんた、新聞記者だよな?」
「ええ、射命丸文と申します。“文々。新聞”主筆にして、幻想郷随一の報道者でございます」
「記者が、写真の撮り方も教えるのか」
「当然ですとも!記事は文字と写真の融合にて成り立つもの。片方だけでは、真実に触れるには足りません。写真は、瞬間の真実を封じ込めるものなのです」
その言葉だけは、妙に力強く、どこか誇りがにじんでいた。
うるさい天狗だと思っていたが、この天狗は本当に写真を愛しているのかもしれない。
「....じゃあ、一つだけ教えてもらう。シャッターってどれ?」
「まずはそこから、ですね!よろしい、では特別に“射命丸式・初級撮影術”をお教えしましょう!」
ニコニコと、だが押しつけがましい笑みで、文はぐいっと青年の腕を引いた。
青年は少しだけ顔をしかめながらも、抵抗はしなかった。
こうして、名もなき青年と、慇懃無礼な新聞記者の、奇妙なカメラ交流が始まった。
 
「構図とは、風景の“どこを切り取るか”という作家の意思でございます。どんなに素晴らしい被写体でも、撮り方次第で台無しになりますからね」
文は翼を広げて、青年の肩越しからカメラのファインダーを覗いた。
「まずはこの木ですね。左に寄せて、背景の山とのバランスを取る、これが“日の丸構図”の打破、というやつでございます」
「日の丸....?」
「真ん中にドンと被写体を置いてしまう初心者構図のことです。もちろん意図があれば悪くはないのですが、芸がないと言われがちでして」
文の口調はあくまで丁寧だったが、その語りぶりには小馬鹿にしたような響きが混じっていた。
青年はカメラを持ちながら、内心でため息をついた。この天狗、口数が多すぎる....が、教え方は的確だった。
構図、光の向き、シャッターの押し方、ピントの合わせ方。不思議なほどに、写真を撮るという行為に彼女は真剣だった。
「....あんた、本当に好きなんだな。写真」
「え?ええ、まあ。記者という仕事柄でもありますが、単に“撮る”という行為に心惹かれるのですよ。時間を一枚の紙に閉じ込める。とても神秘的だとは思いませんか?」
文の声は、いつもより少しだけ静かだった。
その横顔を、青年は無意識にファインダー越しに覗いた。

カシャ。

「おや?今のは私を撮りましたね?」
「....悪い」
「いいえ、いいえ。むしろ嬉しいくらいです。ただし、勝手に撮るなら、写りを気にする乙女心にも配慮を」
「乙女、ね」
「何ですその反応は。“天狗だって歳は重ねますが、心は乙女でございます”という私の名言を知らないのですか?」
「知らないし、聞いてないし、広まってない」
「無礼千万です!あなた、礼儀というものをご存じない!」
そんなやり取りをしながら、ふたりは風の中を歩いていった。どこか騒がしくて、けれど心地よい、そんな午後の風景。
青年は気づかぬうちに、文との会話にも、写真を撮ることにも、少しずつ慣れていった。
そしてその日の最後、文は青年のカメラを覗き込みながらふと、つぶやいた。
「....いつか、あなた自身の“本当に撮りたいもの”が見つかるといいですね」
「....」
「その時は、教えてくださいね。そのレンズの向こうに、何が見えていたのか」
青年はその言葉に、うまく返せなかった。
でも、文の目は、どこか遠くを見ているようだった。
まるで、シャッターが切れるよりも速く過ぎてしまった何かを、見つめているように。
 
写真には、光しか写らない。けれど、ときに人はその“光の中”に、かつてあった温度や匂い、声や気配さえも見る。
青年がそれに気づいたのは、ある小さな出来事がきっかけだった。
 
「これは....おじいさんですか?」
文が持ち上げたのは、青年の部屋に置かれていた一枚の古写真だった。色褪せたセピアの中、柔らかな表情で笑う老人が、庭先の藤棚の下に立っていた。
「....祖父です」
「優しそうな方ですね。よく一緒に過ごされたのですか?」
青年は少しだけ言葉に詰まった。
「....俺に、カメラをくれた人です。これも....その時の遺品のひとつで」
「なるほど、それであの二眼レフを」
文は感心したように何度か頷き、写真をそっと机の上に戻した。
「ならば、あなたが撮る写真のどこかには、その方の記憶も宿っているのでしょうね」
「....記憶?」
「ええ。カメラを構えるということは、記憶を切り取る行為です。あなたが今見ている景色の“意味”を、どこかで決めている」
言いながら文は、ふと口を閉じた。
そして小さく笑い、独り言のように続ける。
「....私にも、忘れたくない風景があります。風の通る高い崖の上、新聞が一面に舞っていた日....あれは、いま思えば最悪の失敗でしたが」
「新聞....飛ばしたのか?」
「全部です。発行部数五十部、初の創刊号が....ふわりと風に乗って幻想郷中へ旅立ちました。あの時の顔色、文屋仲間の冷たい視線....」
文は遠い目で語っていたが、青年は吹き出した。
「ははっ、それは、新聞ってより風の便りだな」
「ひどいです! でも、そんな風景も、今となっては貴重な思い出ですね」
文がそう言って笑った時、青年はふと、カメラを構えていた。

カシャ。

今度は、文も文句を言わなかった。
ただ、少し恥ずかしそうに目をそらすだけだった。
 
その日の夕方、青年は山道を一人歩いていた。
風が、草をなびかせ、雲を追いかけ、枝葉をざわめかせる。
その風の中で、彼は一枚の風景を撮った。
木々の間から漏れる夕日、そこに立つ一本の大木。
その下に、さっきまで文が立っていた。
いま、そこに彼女はいない。
でもシャッターの中に、確かに文の残像があった。
彼女がそこにいて、風の中で喋り、笑い、そして静かに立ち去ったという痕跡が。
青年は、その写真を見つめながら、口の中でつぶやいた。
「....次は、何を撮ろうかな」
少しだけ笑って、風に吹かれながら歩き出した。
その背に、遠くから新聞紙がひらりと一枚、舞い落ちていた。
 
幻想郷の秋は、唐突に深まる。風の匂いが乾き、空の色が澄み渡り、影がくっきりと長くなる。
「季節の変わり目は、写真の季節でもあります」
文はそう言って、青年を紅葉の山へと連れ出した。鮮やかな赤と橙の木々が、陽の光に映えて揺れている。
「絞りは少し開き気味、光を多く取り込んで、色の厚みを出します」
「なるほど……」
「……って、ちゃんと聞いてます? そこのあなた」
「聞いてる、聞いてるって」
青年は少し照れたように笑いながら、カメラを構え直す。
その様子に文は鼻を鳴らしつつも、まんざらでもなさそうだった。
 
木漏れ日の下、シャッター音が何度も響いた。
写真を撮るのが楽しいと思えたのは、いつ以来だろうか。単なる機械だったフィルムカメラに、今は“何かを伝える手段”としての意味が宿っていた。
その夜、文は青年に言った。
「そろそろ、あなたの写真を見せていただけませんか?」
「今までの?」
「はい。あなたの“目”を知りたいのです。シャッターの向こうで、何を見てきたのか」
 
部屋の隅に積み重なったフィルムと、現像した紙焼き写真たち。青年はその中から何枚かを選び、文の前に差し出した。
文は一枚ずつ、丁寧に眺めた。風景、動物、飛び跳ねる子供、落ち葉の影、そして、彼女自身の姿もあった。
「....ずいぶん、私を撮ってますね」
「....いつの間にか、増えてた」
「ふふっ。お上手にはなりましたが、まだまだ“記録写真”の域ですね」
「そういうあんたは、俺を撮らないのか?」
「撮ってますよ? 隠し撮りですが」
「は?」
「記事にはしませんけどね。あなたの表情が面白いですから」
青年は頭を抱えたが、文は愉快そうに笑っていた。
それは、今まで見たことがないほど自然な笑顔だった。
 
「あなたが初めて“被写体”として私を見たとき、何を考えましたか?」
「うざいやつだな、って」
「それは否定しませんが。もっと、他には?」
しばらく沈黙があった。
やがて、青年は静かに言った。
「....風みたいな人だと思った。どこにでもいて、掴めなくて、でも....ふと、そばにいたら、なんとなく安心する」
文のまぶたが、ほんの少しだけ揺れた。
「それは、嬉しいですね」
青年は顔をそらして、あくまで淡々とシャッターを切った。

カシャ。

文はその音に、ふと微笑む。
「今のは....記憶ではなく、想いの写真ですね」
青年は返さなかった。
けれど、シャッターの向こうで見た“彼女の横顔”は、記憶よりも、風景よりも、なによりも心に残っていた。
 
ある日、文がふらりと姿を見せなくなった。
いつものように突然現れ、新聞を突っ込み、勝手にお茶を淹れて、うるさいくらい喋り倒していく、そんな“いつもの日常”がふと、途切れた。
青年は最初のうちは気にしていなかった。
「まあ....また風にでも吹かれてんだろ」
だが、一日、二日と過ぎても、彼女の姿は見えなかった。
さすがに心配になって、青年は山に登った。紅葉の時期に案内された、あの見晴らしの良い崖の上。
すると、そこに彼女はいた。
木陰に腰を下ろし、足をぶらつかせて、空を見上げていた。
「....何日ぶりだ?」
「三日です。数えていたのですか?」
「....いや、たまたま」
「ふふ。ウソつき」
彼女は肩をすくめ、少しだけ寂しそうな笑みを見せた。
 
「実は、しばらくこの土地を離れるんです」
「....は?」
「天狗の里で、少し任を外れることになりまして。羽を伸ばしてこようかと」
風が強く吹き抜けた。
「まぁ、すぐ戻ってきますよ。だって、あなたの写真をまだ回収していませんし」
青年は何も言わなかった。
ただ、いつの間にか手にしていたカメラを構えた。
「撮らせてくれ」
文は驚いたように目を丸くして、すぐに目を細めた。
「....はい。心して、ポーズを」
「いや、いつものままでいい」
彼女が風の中で立ち上がる。
その羽がばさりと音を立てた。
その姿を、彼は静かに、確かに捉えた。

カシャ。
 
数日後。文の気配は完全に消えていた。
けれど、部屋にはひとつだけ、“文からの贈り物”が残っていた。
分厚い封筒に入った、未発行の新聞「文々。新聞・特別編集号」。
タイトルにはこう書かれていた。
『青年と写真と、少し風変わりな烏天狗の話』
青年はそれを手に取り、苦笑した。
「....誰が載せていいって言ったよ」
でも、そこに書かれた文の文章には、なぜか涙が滲んだ。
 
「私は、シャッターの向こうであなたを見るのが好きでした。
ぶっきらぼうで、素直じゃなくて、でも時々だけ、優しい目をするあなたを。
風は掴めないものですが、写真にすれば、それを閉じ込められる。
だから私は、あなたの風になりたかったのかもしれません」
 
青年はカメラを抱きしめ、静かに目を閉じた。
その夜、彼は夢の中で、もう一度あの崖の上に立っていた。
隣には、風のような笑顔の烏天狗がいた。
その夢の中、彼はもう一度、シャッターを切った。
 
カシャ。
 
それが、青年のアルバムに最後に加えられた一枚だった。
そこには、何も写っていなかった。
けれど彼だけは、そこに彼女が写っていたことを、確かに知っていた。
 
ここまで読んで頂きありがとうございます。
私自身、投稿するのは初めてなのでおかしな所があったら申し訳ございません。
Mr
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コメント



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この話の文、かなり面倒くさいところは面倒くさいのに根は誠実で憎めない感じで、妙に印象に残るタイプでした。面白かったです