Coolier - 新生・東方創想話

運命を破壊する程度の能力

2025/03/28 18:45:54
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 1.

 それは、今よりもずっと空気が澄んでいた時代。夜中に煌々と輝く街の灯もなければ、空にガスが充満することもない。
 暗い夜を照らすのは、満点の星々の輝き。満月は地上にはっきりと影を映すくらいに明るい。小高い丘に広がるシロツメクサが夜にも関わらず映し出される。

 金色の髪をした幼い少女、フランドールが器用につたを編む。背中からは枝のような翼が生え、カラフルな八つの結晶がぶら下がっている。
 その隣、水色の髪と、コウモリのような翼を生やした少女、レミリアが不器用そうにつたを編んでいた。

「お姉さま! できたよ!」

 フランドールが綺麗に作り上げた花冠を、姉のレミリアに見せる。だが、姉の方は「ちょっと、まってちょうだい」と不満げだ。レミリアが作った花冠は、花の向きもバラバラで所々ほつれている。

「お姉さま、へたくそー」
「ふん、なんだっていいのよ」

 レミリアがぶっきらぼうに、自分の頭に不格好な花冠をのせる。

「それより、月が綺麗なことだし」

 レミリアがさっと右手を差し出すと、フランドールも自分の花冠を頭にのせてから、その手を取った。そのまま二人は、高く宙に浮かぶ。

「今日は、パヴァーヌを踊りましょう」
「鼻歌のパヴァーヌ?」

 二人は鼻歌でハーモニーを奏でる。満月を背に、空でスキップを踏みながら踊り出す。ふと、フランドールの目線が空に奪われた。

「見て、お姉さま」

 レミリアが視線の先を追う。満月の周りに、薄い雲が広がり、淡い虹を作っていた。月虹(げっこう)、またの名はムーンボウ。夜の闇に浮かぶ虹はどこまでも幻想的だ。

「確かに、中々綺麗だけど」

 レミリアの言葉に、フランドールは首を傾げた。レミリアは妹の翼を見つめる。

「あなたの方が綺麗よ、フラン」

 八つの結晶が、月の光を受けてキラキラと、虹よりも美しい色をたたえていた。フランドールは頬を膨らませて、すねたように答えた。

「もう、わたしは見れないじゃない!」



 2.

 フランドールが女性に抱きつき、頭をなでられている。その傍らの男は嬉しそうに微笑んでいる。フランドールの両親だ。父親が従者から何事かの報告を受けている。

「うむ。フランドールは優秀だな。魔法の才に、勉学も良くできる。レミリアに見習わせたいくらいだ」

 褒められたフランドールは無邪気に笑った。

「あなた、レミリアにだってたくさん良い所があるじゃない」
「まあそうだが、とにかく我が家は安泰だな。レミリアには抜けた所がある。フランドール、よく姉の事を支えてやってくれ」
「うん! お姉さまを支える、立派な妹になるわ」
「頼もしいわねえ。フランはどんな能力に目覚めるのかしらね?」
「とっても凄い能力に決まってるわ!」

 両親は微笑み、仲睦まじく支え合う姉妹の姿を想像した。はてして妹はどんな能力を持つだろうと期待した。それはフランドールも同じだった。早く、大好きな姉の役に立てるような大人になりたい、早く、素敵な能力が目覚めて欲しいと願った。自らの能力を呪う事になるとは知らずに。

 ◆◆◆◆◆◆◆◆

 月の無い暗い夜。紅い館が半壊している。そして、光がない暗闇にも関わらず、赤い血だまりが広がっていることが分かった。
 フランドールは自らの能力を恐れた。何故こんな能力が、こんな能力なら要らなかったと絶望する。こんなにも姉のことが好きなのに、なぜ。

「お、お姉さま……」

 わなわなと両手を震わせる。その先には、体中に大小さまざまな穴を開け、血だらけになったレミリアが仰向けに倒れていた。魔力が尽きたのか、体が再生することもなく、血が抜けきって、ぴくりとも動かない。
 ほんの少し前まで、他愛もない、幸せな日常だった。姉と一緒に、従者やメイドにいたずらをして回り、一緒にお菓子作りをして姉の不器用さをからかった。そのお菓子でティータイムを楽しみ、夜はダンスをして、一緒に寝るはずだった。
 突然、手の中に何かの目が現れたのだ。それを好奇心から握り締めたとたん、目の前の姉が消えて、視界いっぱいに赤色がひろがった。
 両親が駆け付け、その惨状を見る。フランドールと視線が交差する。その目は恐怖に慄いていた。
 両親がフランドールを恐れるよりも強く、フランドールは自分を呪った。なんて悪趣味な運命なのだと。こんなにも姉が好きなのに、このおぞましい能力のせいで、もう姉に近付くことは出来ない。
 その時、力尽きたかのようだったレミリアが、ゆっくりと、苦しそうに首を動かし、フランドールを見ようとした。フランドールは、姉がどんな表情をしているのか恐ろしくて、目をつむって顔をそらした。

 ◆◆◆◆◆◆◆◆

 それからフランドールは、能力の暴走を恐れて、自ら地下に閉じこもるようになった。両親も、そのまま幽閉をする事にした。
 だが、レミリアは重く閉ざされた巨大な扉を開けてフランドールに会いに来た。
 その姿を見て、フランドールは今すぐにも飛びついて抱きしめたいと思った。本当は、傷つけてごめんなさいと、泣いて謝りたかった。だが、拳を強く握って、その衝動を抑える。優しい姉は、謝ればきっと自分を許してくれる。だが、もう姉と会うべきではないのだと思った。

「私は一人がいいの。だから会いに来ないで」

 そう嘘をついて、拒絶した。
 レミリアはそれからも、地下に会いに来たが、フランドールは拒絶をし続けた。数百年も経つ頃には、しつこいお節介な姉を嫌う演技も上手になってきた。それで良かったはずだった。



 3.

 地下深くに巨大な部屋が広がっている。その一角でフランドールは水晶玉を見つめていた。遠望の魔法。千里眼のように、遠くの景色を映し出す術だ。水晶の中、白黒の魔法使いが館に侵入しようと試み、中華服を来た赤髪の妖怪が迎撃している。

「美鈴の弾幕、綺麗なんだけどなあ」

 その言葉通り、花の模様をした幾何学的な弾幕や、虹色の弾幕が美しい。だが、弾幕の密度はそれなりで、白黒の魔法使いに突破されてしまう。今日も目的地は、大図書館とその主、パチュリーの元だろう。

 レミリアが紅魔館の主となり、幻想郷への移住を決める頃には、両親はいなくなっていた。フランドールはその事情を知らなかったし、今となってはそれほど興味もなかった。本を読むくらいしかやる事がない地下生活だったが、最近では美しくも激しい弾幕を見るのが趣味になっていた。
 水晶玉から目を離すと、インスピレーションが湧いて、白紙のカードに文字や文様を書いていく。

 スペルカードルールによる決闘が誓約されると、レミリアは幻想郷を紅い霧でおおい尽くす紅霧異変を巻き起こした。すると紅白の巫女が現れ、何とレミリアを倒してしまったのだ。どうやら紅白の巫女は人間であるらしい。フランドールは姉を倒すことが出来る人間がいることに驚き、二人が弾幕を飛ばし合う決闘の美しさと楽しさに魅了された。
 鼻歌を奏で、自分が組み立てた弾幕の構想をイメージしながらカードのデザインをするが、ふと冷静になってカードを机の上に捨てた。どうせ、自分が誰かと弾幕ごっこをする機会など訪れない。
 今ごろ、図書館にたどり着いた白黒の魔法使いが、パチュリーを相手に弾幕ごっこに興じているだろうが、今はそれを見る気にもなれず、フランドールはベッドにもぐりこんで、ふて寝をした。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 紅い霧が世界を包む中、巫女は霧よりも紅い館の最深部、レミリアの元にたどり着く。二人は軽口を叩き合う。

「こんなに月も紅いのに」
「楽しい夜になりそうね」
「永い夜になりそうね」

 それから二人の決闘が始まる。レミリアがレーザー光で巨大な六芒星を描く。針山地獄のように千本のナイフと魔弾を放つ。高密度の大、中、小の弾が右に、左に回転しながらばら撒かれていく。巫女は踊るように優雅に、その全てを躱して見せた。
 最後にレミリアは、大玉を波紋のように射る。その軌道に無数の弾が現れ、幻想的にゆらゆらと、惑わすかのように巫女を包む。巫女はそれをどこか楽しそうに、不敵に笑いながら避けきると、レミリアに無数の陰陽玉と札を投げつけた。
 決着がついたその時、楽しそうな声が響き渡る。

「待ちなさい! そこの紅白!」

 どこか興奮した様子のフランドールが、レミリアを成敗しようとする巫女の前に立ちふさがる。その顔は自信と期待に満ちあふれていた。

「楽しい夜は、まだこれからよ!」

 フランドールは巫女の四方に魔法陣を展開すると、弾幕を放ち始めた。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

「うへへ、そんな、それほどでもないよ……」

 フランドールがベッドの上でにやけながら寝言をとなえている。そこに、地震のような揺れと低い音が鳴り響く。

「ふわあああ……」

 呑気にあくびをするが、轟音とともに瓦礫がベッドの天蓋に落ちてきた。キングサイズのベッドの半分、フランドールが寝ていた真隣がぺしゃんこに潰れてしまう。見上げると、部屋の柱と壁はひび割れ、天井が今にも崩れ落ちそうになっている。
 フランドールは自分の能力が暴走したのだと恐怖する。しかし、呆ける間もなかった。咄嗟にカードをつかんで服にしまう。

「あああああ!? 私の水晶!?」

 もう一つの大事な物は瓦礫に飲まれ、無残に砕け散った。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 からくも崩れ行く部屋から脱出したフランドールは、しかたなく地上にのぼり図書館に姿を現した。都合よく、レミリアとパチュリーがお茶をしている所だった。傍らにはメイドの咲夜が控えている。

「あら、珍しい。引きこもりの妹が地上に来るだなんて、今日は空から何が降ってくるのかしら」

 ふざけた冗談を言う姉に、フランドールは仏頂面を返した。本来なら、誰とも対面で会いたくはない。食事や本の受け渡しも、やり取りは最小限にしてきた。だが、今回ばかりはそうも言っていられなかった。

「お姉さまにお願いをするなんて屈辱だけれど、地下室が壊れちゃったわ。直してちょうだい」
「何よ藪から棒に、まずは紅茶でも飲みなさいな」

 レミリアが空いている椅子を指し示すと、何も置かれていなかった空間に、紅茶の入ったティーカップとお菓子が並べられる。時を操る咲夜が、一瞬で用意したのだろう。フランドールは席に座りながらパチュリーに話しかけた。

「話しかける相手を間違えたわ。ねえパチュリー、地下室を直して欲しいのだけど」
「魔法はそんな万能じゃないのよ」

 その答えに、フランドールとレミリアは同時に肩をすくめた。パチュリーは気にせず紅茶をたしなむ。

「妹様、おまかせ下さいませ」
「結局、この館で仕事が出来るのは咲夜だけね。ありがと。お姉さまもパチュリーも似たもの同士だわ。咲夜なら時間を止めて、一瞬で直せるのかしら」

 フランドールの期待に、咲夜は申し訳なさそうに目を伏せた。レミリアが妹を嗜める。

「そんな訳ないでしょ、時間を止めるための魔力だって無限じゃないわ。それに瓦礫をどかせるような力持ちは、美鈴と、私くらいしかいないから、どう頑張っても時間はかかるわ」
「それじゃあ、たまにはお姉様も仕事をしたら?」
「もう一人いた、あんたよ」

 レミリアはしてやったりと、満足そうに紅茶をすすった。フランドールは拗ねたように頬を膨らませる。

「それよりお嬢様、工事中のフランドール様のお住まいですが」
「ああ、外で野宿でもさせる?」
「ふざけないで! 部屋なんて、いくらでもあるでしょ!」
「それが、紅霧異変の後も妖精メイドの希望が殺到していまして、空き部屋はないのです」
「咲夜は知らないかもだけど、お父様とお母様が使ってた大部屋があるでしょ」
「ああ、その部屋なら」

 フランドールの指摘にレミリアが自慢げに返事をする。

「壁をなくして、全部私の部屋にしちゃったわ」
「わ、わがままっぷりは、お変わりないようね……」
「紅魔館の主に相応しい、巨大な作りよ」
「じゃあ何! ほんとに野宿しろって!?」
「そんな訳ないじゃない」

 レミリアが自信満々に答え、咲夜が珍しく困ったように、パチュリーがいつも通り興味なさそうにレミリアを見つめる。

「フラン、あんたはしばらく私の部屋で同居よ」
「はああああ!?」

 フランドールの叫び声が館中に響き、遠くで昼寝をしていた美鈴の耳まで届いた。



 4.

 フランドールはやむなく、実に数百年ぶりに館を散策していた。
 レミリアからは、これを機会に、紅魔館の面々と交流をとるようにも命じられていた。それに素直に従う義理は無かったが、姉と一緒の部屋では軽口の応酬が始まったり、思い付きに巻き込まれたり、何よりプライベートという物が無い。

 今は庭園に訪れていた。美鈴が手入れをする花壇を水晶越しではなく、自分の目で見てみようと思ったのだ。美鈴が傍らにいて日傘をさしてくれている。
 ラッパのような形のアサガオ、太陽に顔を向けるヒマワリ、青や白のクレマチス、黄色やオレンジのジニアの花が美しい。季節は夏だ。地下にいたフランドールにとって、その暑さや入道雲すら真新しく感じられた。

「フランドール様、いかがでしょう」
「素晴らしいわ。どうやら門番より、庭師の方が向いているようね」
「いやお恥ずかしい。弾幕ごっこはどうにも得意では無くて」
「でも綺麗な弾幕よ。花の弾幕も良いけど、虹色の弾幕はこの花壇より美しいわ」
「ありがとうございます。ですがフランドール様ほどではありません」
「ん? どゆこと」
「フランドール様の翼の輝きには及びませんから」

 フランドールはわずかに頬を赤くさせた。ひねくれ者の自分や姉、魔女と違って素直な美鈴が嬉しくもあり、照れ臭かった。ずいぶん昔にも、こうして誰かに翼の結晶を褒めてもらった事がある。

「そうだ、何か花を摘まれていきますか」
「そうねえ」
「姉妹ですし、レミリア様と同じ花を選ばれるかもしれませんね」
「ありえないわ」

 そう言ってフランドールは花壇を見渡す。派手好きの姉のことだ、どうせヒマワリやアジサイ、はたまた薔薇といった王道の花を選んでいるだろうと当たりをつける。それらを避け、一つの花を指さした。名前は分からないが、赤い茎に小さな花弁が沢山ついていて上品だ。

「サルビアですね。お目が高い。それに赤ですか」
「お姉さまは何を選んだのかしら」
「カサブランカです」

 フランドールも名前だけは聞いたことがあった。美鈴に見せてもらうと、白い大きな花びらから、赤い葯(やく)が飛び出している。確かに姉が好きそうだと納得する。さらに花言葉が『威厳、高貴』と来たものだ。いかにも過ぎてフランドールは吹き出して笑った。
 美鈴はサルビアの他に、紫の薔薇をつまむと、器用に棘をそぎ落としてフランドールの胸ポケットに添えた。

「お部屋の飾りつけに、フランドール様に見立てて、色とりどりの薔薇も用意しますね」
「あら、何色?」
「その~、五色です」
「私の羽は七色よ」
「すみません、それしか色が無くて。薔薇の花でもフランドール様には敵わないという事で、ここは一つ」
「あら、この館で二番目にまともだったのは、あなただったのね」
「おや、一番は?」
「もちろん、私よ」

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 フランドールは美鈴と別れてからも、上機嫌でその日を過ごした。数百年も引きこもっていた自分にとって、何もかもが新しく、探検をするような高揚感があった。
 レミリア、パチュリーとの夕食も、ずいぶん饒舌に軽口を叩いた。だが、それが終わると、嫌な現実に引き戻された。

「じゃ、行くわよ」
「ねえ、本気で言ってたの?」
「別に、野宿がいいならそうしたら」

 フランドールはげんなりとしながらレミリアと共に部屋に入る。唯一の癒しと言えば、美鈴が約束通り、赤、ピンク、白、黄色、紫の薔薇を部屋に飾ってくれていたことだけだ。フランドールが選んだ赤いサルビアも花瓶に入れられていた。

「あら、気が利くじゃない。五本の薔薇だなんてキザねえ」
「どゆこと?」
「あなた、頭は良いくせに、花言葉は知らないのね」

 いちいち花言葉を調べるのはフランドールの趣味ではなかった。それよりも、ある事に気がつき、汗を浮かべる。巨大な窓と豪華なカーテン。食器や高級そうなお酒が並ぶワイナリー、姉が読むはずもないだろう一面の本棚、無意味な執務机に、来客用の歓談スペース、ドレスや衣装が並ぶウォークインクローゼット。そして天蓋のついたキングサイズのベッドが一つ。そう、ベッドが一つしかない。

「お姉さまは床で寝てくれるのね」
「んな訳あるか」

 レミリアが両腕を広げると、瞬時に衣装がネグリジェに変わる。気がつくとフランドールもまた、ネグリジェ姿にさせられていた。咲夜のしわざであろう。レースとフリルで飾られた無防備な姿に戸惑う。

「お姉さまの自慢のメイド、着せ替えごっこは出来てもベッドの用意も出来ないの」

 しかも幼女姿の自分を、断りもなく裸にしてネグリジェに着せ替えたのだ。変態なのではなかろうかといぶかしむ。

「そう言いなさんな。この郷にベッドが売られてる訳ないでしょ。時間がかかるのよ」

 レミリアは自然な足取りでベッドに飛び乗る。フランドールは先を越されたと焦った。

「ほれ」

 レミリアが、隣に来いと、ぽんぽんとベッドを叩いた。それにフランドールは顔を引きつらせる。

「本気で言ってる?」

 レミリアはそれを無視して仰向けになると、寝る体勢を取り始めた。フランドールは流石に硬い床で寝る気になれず、恐る恐るベッドに侵入し、姉に背を向けて寝転がる。

「ねえ、もっと外に寄ってよ」
「わがままねえ」
「お姉さまにだけは言われたくないわ。それと、絶対、こっち向かないでね」

 レミリアはしぶしぶ答え、少し距離を空けてお互いに背を向けながら横になった。レミリアはすぐに寝てしまい、すーすーと寝息をたてはじめる。フランドールは緊張して中々、眠ることが出来なかったが、姉の穏やかな寝息に耳を澄ませている内に、いつの間にか眠りにいざなわれていった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 フランドールは暖かい布団の中、柔らかい体を抱きしめ、さらさらとした髪の毛に顔を埋め、甘いような匂いに包まれながら目を覚ました。頭はまだ覚醒しておらず、ぎゅーっと抱きしめて、その感覚を楽しんだ。布団から出るのも、この柔らかな体を離すのも惜しい気がして、もう少し寝ていたいと願う。だが、うっすらと開けた目に、水色の髪が映ると、急激に意識を覚醒させた。

「どわあっ!?」

 とっさに手を離してのけ反る。自分が甘えるように抱きしめていたのはレミリアの体だった。レミリアは約束通り、背を向けて眠っていたが、なんとフランドールの方から、レミリアの方を向き、あまつさえ腕を回していたのだった。

「こ、ここここれは事故よ! か、勘違いしないでよね!」

 顔を赤らめ、手をわたわたと振りながら言い訳をするフランドールだったが、レミリアはまだ起きておらず、すーすーと寝息を立てていた。それを見て、フランドールはごくりと唾を飲み込んだ。
 数百年の間、遠ざけてきた姉が、無防備な姿をさらして目の前にいる。お節介な姉が地下に来てくれることは度々あった。だが、扉越しに追い返したり、無理やり部屋に入ってきても、そっけない態度で距離をとってきた。姉を壊さないようにと、ずっと我慢してきた。
 フランドールは布団の中に戻ると、姉のお腹に手を回すように後ろから抱きしめた。鼻を姉の後頭部に埋めて、隙間がないようにぴったりとくっつく。そうしていると、なんだか涙が出そうになった。

「ん……」

 レミリアが目覚めたかのような声を上げると、フランドールは全力で姉を突き飛ばした。

「ええっ!?」

 レミリアは戸惑うような悲鳴を上げながら、ベッドから床に転げ落ちる。顔を上げて、責めるような目線をフランドールに向けた。だがフランドールは背中を向けている。

「なにすんのよ」
「ご機嫌ようお姉さま」
「最悪の目覚めよ、全く」

 フランドールは、赤い顔と心臓の鼓動がおさまるまで、向き直ることが出来なかった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 レミリアと別れたフランドールは咲夜を探して館を歩いた。とにかく姉と別のベッドを用意してもらわないと、調子が狂ってしまう。図書館に着くとパチュリーに給仕をしている咲夜を見つけた。フランドールは不満をぶつけるように乱暴に椅子に座った。

「あら妹様、ご機嫌ななめのようね」

 フランドールはそれには答えず、いつの間にか用意されていた紅茶を口につけた。

「レミィから聞いたわよ。一緒のベッドで寝たんですってね」

 ぶーっと吹き出す事は乙女の威厳にかけて避けたが、げほげほとむせる。

「レミィが愚痴を言っていたわ、意外に甘えん坊で困るって」
「こ、殺す……」

 立ち上がってわなわなと震えるフランドールを咲夜がなだめる。

「とにかく! ベッドを用意してちょうだい!」
「スライムを召喚してあげましょうか? 外の世界にはウォーターベッドと言う物があるのよ」
「飲み込まれないでしょうね」
「飲み込まれて服が溶けるやつよ」

 レミリアの前で服を溶かされる、おぞましい光景を想像して、フランドールががっくりとうなだれる。このふざけた魔女は本格的に何の役にも立たないらしい。姉にお似合いの友人だなと思った。

「パ、パチュリー様、そのベッドについて詳しく……」
「咲夜、今日中にベッドを用意して、豪華なやつじゃなくていいから」

 姉も魔女もふざけていればメイドもふざけている。フランドールが睨みつけて話を遮ると、咲夜は残念そうにしていた。

「それから、暇つぶしに本を貸してあげるわ」

 パチュリーが数冊の本をフランドールに渡した。題名は『素直な好意の伝え方』『コミュニケーションの教科書』『聞く力』などなど。

「パチュリー、これはどういうこと?」
「引きこもりの妹様のためを思って」
「いらないわ、パチュリーこそ読んだ方がいいんじゃない?」

 フランドールは本をそのまま突き返したが、一番下にあった『花言葉・花図鑑』という本だけ興味を持って借りる事にした。話は終わりだとフランドールが立ち去ると、咲夜がついて来た。

「なに?」
「今日はフランドール様のお世話をするよう、お嬢様から仰せつかっております」
「ふーん、お姉さまの世話はいいの?」
「今日は神社にお出かけなさっていますので」

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 風が流れる、上階のテラス席でフランドールは紅茶やお菓子をつまみながら本を読んでいた。地下室より開放的で気分も良い。階下に目をやれば色とりどりの花が咲く庭園が眺められるし、正面には湖や雄大な山々も広がっている。湖の上空では、誰かが氷の弾幕を放っている。
 紅茶を飲みきっても、すぐにカップにおかわりが注がれる。その待遇にフランドールはご機嫌だ。

「咲夜」

 呼びかけると、どこからともなく瀟洒なメイドが姿を現した。

「美味しい紅茶の淹れ方を教えてもらえるかしら?」
「淹れ方、ですか?」
「ええ、淑女として紅茶くらい淹れられるようにならないとね」

 咲夜は少し戸惑いながらも、温度の管理や蒸らし、淹れ方のコツなどを教えてくれる。フランドールがそれを実践して、咲夜に紅茶を淹れてあげると、笑顔で「美味しいです」と答えてくれた。

「よかった。これで一人でも大丈夫ね」
「一人、ですか?」
「ええ、地下に戻った時、人を呼ばずに紅茶が飲めるようになるわ」

 その答えに、咲夜が寂しそうな顔をした。フランドールは気まずくなって「そろそろ戻ろうかしら。後片付けは任せていいのよね」とごまかし、室内に戻ることにした。
 咲夜は「もちろんでございます」と答えて深々とお辞儀をする。

「じゃあ、お願いね」
「フランドール様」

 去り際に呼び止められたフランドールは、咲夜の目の凛々しさにびくりと怯えた。

「お菓子がなくては紅茶も味気ないものですわ。いつでも遠慮なく、この咲夜を呼んで下さいませ」

 咲夜が優しい声色で、穏やかに微笑む。

「う、うん、考えとくね……」

 迷いながらそう答えたフランドールを、咲夜は深くお辞儀をしながら見送った。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 レミリアが館に帰り、食事をとった後。今日も今日とて、フランドールは仏頂面でレミリアについて行く。だが、今日は姉とは別のベッドが用意されているはずであった。昨日ほどは緊張せずに部屋に入る。
 そこには、青色の巨大なスライムのベッドが鎮座していた。フランドールが全身をぷるぷると震えさせると、スライムもまた全身をぷるぷると震えさせる。フランドールは頭の中でふざけた魔女とメイドに罵声を浴びせた。

「お、お姉さま……ちょっとだけ部屋から出ていてもらえるかしら……?」
「え、ええ」

 戸惑いながらレミリアが外に出る。それから炎の魔法でスライムを焼き尽くした。レミリアは部屋に戻ってくると開口一番つぶやいた。

「なによ、一緒のベッドで寝たいなら、素直にそう言えばいいじゃない」
「ふざけんな! ばか! 馬鹿しかいないわ!」

 結局、この日も姉妹で一つのベッドに眠ることとなった。



 5.

 狭く暗い牢屋、硬く冷たい石の床にフランドールが横たわっている。ロウソクを手に誰かが近づいてくる。顔を上げると、そこにいたのは父だった。
 フランドールの服は汚れて破れ、顔はやせこけたように衰弱している。にも関わらず、父親は怯えたような目つきでフランドールを見つめていた。

「お父様……ここから出して……本当は……外に出たいの……」
「自ら望んで幽閉されたのだろう? レミリアを傷つけるからと言って」
「そうかもしれないけど……やっぱり、お姉さまといたいよ」
「また、傷つけることになるぞ」
「能力だって……抑えてみせる……もう、暴走なんて、させない……」

 父親は疲れた様子で長い溜息をついた。

「お前のその能力は、抑えられない。必ず、誰かを傷つける。お前にとって大事な者ほど、その能力によって破壊されることになる」
「そんなこと、ない!」
「呪いなのだ、誰もがお前を恐れる」
「違う、違う違う違う」

 父の呪いの言葉に、うわごとのように否定を繰り返す。そして、気がつかないうちに、その右手に、目が現れた

「お前が愛する姉すら、お前を見捨て、恐怖する」
「うるさいうるさいうるさい!」

 フランドールが叫び、両の手を握りしめた時、父は全身の毛穴から血をまき散らせた。一瞬で真っ赤になって、地面に倒れ伏せる。その顔は、皮膚がなくなり、肉もこそげ落ち、骨は折れて、不格好に飛び出している。その顔で父が告げた。

「言っただろう。お前の破壊の力は抑えられない。本当は分かっているだろう?」
「い、いや、いや、いや」

 うわごとを繰り返すフランドールは、半壊し、崩れ落ちる館の前にいた。両親がフランドールを怯えように見つめる。全身に穴を開け、血を流し尽くし乾ききったレミリアが、苦悶の表情で起き上がり、フランドールを見つめる。その目は恐怖と恨みに満ちていた。

「痛い、痛いわ、フラン……」
「あ、ああ、あああああ……」
「どうして、フラン、どうしてなの……」
「ち、ちがう、お姉さま、嫌わないで、嫌いにならないで……」

 そして気がつくと、右手に、目玉が現れ、自分を見つめていた。

「いやあああああああっ!」



 6.

 絶叫して起き上がると、ベッドの上だった。目は見開かれ、呼吸は浅く、全身が嫌な汗で濡れていた。夢で良かった、落ち着こうと自分を言い聞かせる。
 そう、夢だ。父親からあのような呪いの言葉をぶつけられた事もないし、父親を能力で破壊した事もなかった。地下室に閉じこもったのは自分の意思で、無理やり牢屋に幽閉された事もない。そんなこと、優しい姉が許すはずもない。そう優しい姉が、と思って横を見ると、恐怖から全身を震わせた。一緒に眠りについたはずの姉がいない。

「い、いや、いや、嘘よ……」

 フランドールはそのまま部屋から飛び出した。

 ◆◆◆◆◆◆◆◆

 フランドールは息を切らせながら、乱暴に食卓の扉を開けた。そこには驚いたように目を開けて固まっている咲夜と、突然の出来事にも関わらず悠然と食事を続けるレミリアがいた。

「フラン? どうしたの、落ち着きなさいな」
「よ、よかった……」

 膝から崩れ落ちてフランドールがつぶやく。姉は何でもない様子で紅茶を飲んでいる。咲夜がおろおろとしながらもフランドールの横に寄り添う。フランドールは一つの決心をした。

「お姉さま、今日限りで茶番は終わらせて。もう、地下に戻るわ」
「……ふうん」
「さようなら」

 フランドールは一方的に別れを告げて、そこから立ち去った。

 ◆◆◆◆◆◆◆◆

 フランドールは灯を手に、暗く長い階段を降りていく。少しは瓦礫も片づけられているだろう。部屋の体を成していなくとも、簡素なベッドさえ置ければよい。最下層に付き、半壊した巨大な扉を灯で照らす。
 だがフランドールは怒りに震えることになる。地下室の作業は、全く、これっぽっちも進んでなどいなかった。騙されたのだと思った。美鈴もパチュリーも咲夜も、レミリアとグルになって自分を騙したのだ。
 ふと、崩壊したはずの部屋から目線を感じた。嫌な予感がしながらも、恐る恐る、崩れ落ちた扉に近づいていく。隙間からそっと部屋の中を見た。元々広い部屋は、完全に瓦礫に埋もれた訳では無く、ある程度の空間が残っていた。そして目が合った。正確には、かつて目だった物だろう。目玉を構成する硝子体が無残につぶれ、ぐちゃぐちゃの断面を見せている、複雑な視神経が伸びて、無理やり千切られている。

「ひっ」

 フランドールは後ずさって床に転んだ。考えないようにしていた想像が、現実のものとなった。地下室の崩壊は、能力の暴走が原因だったのだ。寝ている間に、意識することなく、勝手に目を壊してしまったのだと思った。
 その時、手の平に、嫌な感触が広がった。生暖かく柔らかい、湿った球体。目玉が手の平に浮かんで自分を見つめていた。

「い、いや、な、なんで……」

 手の平から落とそうとしても、くっついていて離れない。

「い、いらない! き、消えて! 消えてよ!」

 そう叫ぶと、目玉は願いを叶えた。フランドールが手の平を握っていないにも関わらず、見えない何かに押しつぶされるように、歪に圧縮されていく。

「い、いや! なんで! なんで勝手に! 戻れ! 戻ってよお!」

 ぷちゅんと音を立てて目玉が潰れる。残骸となったそれは、ようやく手の平から離れて地面に落ちた。そして低い音を立てながら、地下が揺れ始めた。

「は、ははは、はは、そうなんだ……やっぱりダメなんだ……」

 やはり自分はレミリアのそばに、みんなのそばにいてはいけないのだと思った。瓦礫が頭に激突し、血を流しながら仰向けに倒れた。そして、このまま瓦礫の生き埋めになってしまおうと思った。呪われた自分にはそれが相応しい。

「ははは、はは、ははははははは」
「フランドール様!」

 鋭い叫び声が響く。そして、誰かに力強く、抱き上げられた。
 気がつくと、地下へ続く階段の最上部に連れられていた。足元では、音を立てながら階段が瓦礫に沈んでいく。咲夜がぎゅっとフランドールの体を抱きしめる。

「なぜお逃げにならなかったのです」
「私なんて、死んじゃえばいいから」
「馬鹿な事をおっしゃらないで下さい!」
「それより咲夜、嘘ついてたんだ」
「……申し訳ございません」
「いいよ、どうせお姉さまの指示でしょ。どこにいるの?」
「月を見ながら待っていると伺っております……」

 フランドールは自分を抱きしめる咲夜の腕をほどくと、ゆっくりと飛び上がった。そして感情を殺して呟いた。

「咲夜、私にはもう、近づかないで」



 7.

 上階のバルコニーが満月の光に照らされている。風が少し強い。レミリアが月を見つめている。
 そこに、幽鬼のようなフランドールが現れた。その目は怒りや苛立ち、達観、色々な感情を宿していた。

「お姉さま、能力が、暴走したよ……」
「そうみたいね」
「まるで知ってたみたい。それも”運命を操る程度の能力”のおかげ?」
「……ここまで見えた。この先は、分からない」
「変えようとは、運命を操ろうとは、思わなかったの?」

 その言葉に、レミリアは返事をせず、無表情でフランドールを見つめ返すだけだった。何を考えているのかは分からない。フランドールは話題を変えた。彼女にとっての本題だ。

「地下室の工事が進んですらいなかったわ」
「あんな部屋、いらないもの」
「いるよ! また、お姉さまを、みんなを傷つける! お姉さまは元に戻れたかもしれないけど! 次も大丈夫なんて保障ない! 咲夜の目を潰したら、一瞬で死んじゃうんだよ!」
「あなたはもう、能力を使いこなせるのよ」

 レミリアの言葉に、フランドールは愕然とした。

「は、はあ? ついさっき、暴走させたばっかだよ。一昨日、部屋を壊したのも暴走だったの」
「解釈がずいぶん違うようね。確かに、無意識の発露だったかもしれない。でも、あなたの願望を叶えたのよ。心の奥底の願望をね」
「ふざけないで! 私の願望? 破壊の力に怯えて! 絶望して! 地下に閉じこもるのが私の願望なんだ!」
「……地下室を壊して、外に出たい。みんなと遊びたい。それがあなたの願望よ。だから無意識に壊した。違う?」
「ふ、ふざけた妄想を……暴走だよ! 二度も能力が暴走して、私がどんな気持ちになったと思ってるの?」
「良かったじゃない、逃げる場所がなくなって?」

 レミリアは挑発するように、不敵に笑ってみせた。どこか楽しそうでもある。

「は、はは、なに? 余裕ぶって?」
「あなたも言ったでしょう? ”運命を操る程度の能力”」

 運命。その言葉をフランドールがどれほど、呪った事だろう。姉を殺しかけたのも、運命だと言うのか。能力を暴走させて、その力に怯えるのが運命だと言うのか。大好きな姉を嫌うふりをし、憎まれ口をたたき、抱きしめたいのに、遠ざかって地下に閉じこもることが運命だと言うのか。そして。

「運命を操る能力をもってしても、この結果なんでしょ! どの運命でも、私の力は暴走するんでしょ! その全てで、私はこの能力に打ちひしがれているんでしょ!」

 その叫びに、レミリアはにっこりと穏やかな笑顔を見せた。

「……よく分かったわ。だから、地下室が欲しいのね」

 フランドールの心にわずかに迷いが生じる。美鈴とパチュリーと咲夜と交わした会話が、笑顔が惜しかった。たった数日の出来事だったが、それはあまりに楽しく、輝いていた。
 それを断ち切らねばならないと自分を言い聞かせた。これから一人に戻っても、綺麗な思い出がきっと励みになると思った。みなを傷つけないためにはそれしかない。そして、もう一度、部屋が崩壊するようなら、今度こそ生き埋めになれば良い。それでも死ねずに助け出されてしまうなら、館から抜けて生きるか、太陽に身を焦がすか。

「そう。お姉さまの茶番はもう十分。いい加減に、地下を戻してちょうだい」

 レミリアは軽くため息を吐くと、その身に強大な魔力と、身を焦がすような怒気を宿し始めた。

「ふっ、ふふふ、ははは、はーっはっはっはっ! よーく分かったよ」

 そして神速の動きで姿をくらませた。
 フランドールの腹部に、強烈な痛みが走る。重く、鈍い痛みが引くことなくジンジンと続く。それで、自分は殴られたのだとようやく気がついた。いつの間にか、天高い上空に吹き飛ばされていた。眼下の紅い館が小さく見える。そして、満月を背にした幼きデーモンロードが、腕を組んで自分を見下ろしている。

「数百年も引きこもった妹が、とんでもない甘ったれに育ったことが」

 フランドールの体に痛みと共に、熱が走る。レミリアの奇襲と侮辱に、フランドールの中の吸血鬼としての誇りが、怒りを発した。

「この、いい加減に、しろ!」

 フランドールは赤い魔弾を作り出して、弾幕のようにそれを放つが、レミリアは優雅に回避して見せた。レミリアもまた、紫色の大玉を吐き出しながら応戦する。

「さっきから聞いていれば、破壊の能力が怖い? 暴走が怖い? おまけに、うえ~ん、運命が意地悪するの、お姉さまの能力で何とかしてよ~、と来たものだ」
「ふざけるな! 笑って! 馬鹿にして! 私がどんな気持ちで!」
「馬鹿にしているのは貴様だ! お前はその程度の能力で、私が死ぬとでも思っているのか! お前の思い込み、妄想の中の私はそんなにも弱いのか。弱いのはお前だ! だからそんな弱い妄想を抱く! 私は、お前より、ずっと強いぞ!」

 お互いに弾幕をかいくぐり、接近した二人は同時に右拳を突き出す。拳と拳が激突し、二人の距離が空いた。

「二枚」

 レミリアが右手を突き出した。三本の指で、二枚のカードを掲げている。

「お前が勝てば、望み通り、地下室でも何でも作ってやろう」

 それはフランドールが望んだ通りの展開だった。だが今は、姉がスペルカードを二枚しか宣言しなかった事に血がのぼって睨みつけた。

「たった二枚? 相変わらず傲慢なのね」
「あまり私を舐めるなよ。今のお前なら、二枚で十分」

 レミリアは悠然とそう言い放つと、満月を見上げた。

「ねえフラン? 月が大きいわ」
「永い喧嘩になりそうね!」
「楽しい踊りになりそうね」



 8.

 レミリアはカードを使わずに、再び大玉を展開して翻弄し始めた。

「お姉さまこそ、私を舐めるな! ”禁忌 クランベリートラップ!”」

 四方に魔法陣が展開され、レミリアを包囲するかのように、果実のような赤と青の魔弾が迫る。二重、三重の包囲網をレミリアは服をかすらせながら避けきる。

「弾幕ごっこがしたかったのでしょう?」
「そうよ! でも、お姉さまの大好きな紅白も黒白も、殺しちゃうかもしれないんだから!」
「ははは、面白い冗談を言う」
「冗談なんかじゃない! ”禁忌 レーヴァテイン!”」

 包囲を抜けて近づいてきたレミリアに、フランドールは次なるスペルカードを宣言した。レーザー光で巨大な炎の剛剣を作り出すと、それを力強く、縦横無尽に振り回す。

「威力は認めるけどね、こんな大振りの技!」

 剣戟を潜り抜けたレミリアが、至近距離で大小さまざまな弾幕をぶつけ、フランドールを弾き飛ばした。フランドールはこんなはずではないと自分に檄を飛ばす。吸血鬼としての格も、力も互角のはずである。戦闘力は自分の方が姉よりも上だと思っていた。こんな一方的な展開になるはずがなかった。

「自分の能力を否定する者が、私に勝てるものか!」
「うるさいうるさいうるさい! ”禁忌 カゴメカゴメ!”」

 牢屋のような格子状の弾幕がレミリアの周りに展開され、動きを制限した。フランドールが黄色い大玉を投げつけると、牢屋が飛び散り、レミリアに襲い掛かる。

「みんな! みんな騙してたんだ! 咲夜も! 美鈴も! パチュリーも! お姉さまとグルになって!」
「そうさ! 楽しいいたずらに、みんな笑っていたぞ!」
「私だけ除け者にしたんだ! 家族じゃないから! だから、みんなで騙したんだ!」
「家族じゃないですって?」

 レミリアがフランドールを睨みつける。その目の力強さにフランドールはびくりと震えた。

「教えてあげるわ。みんな、万が一、死ぬことになってもいいと覚悟したの。それでもあなたを迎え入れるって。みんな血は繋がっていないとしても、あなたを家族として受け入れるって!」

 その真実に、フランドールは涙をこぼした。だが、姉とその家族を大切に思えば思うほど、それを壊してしまう可能性が恐ろしい。

「やっぱり、万が一、死んじゃうんだ! お姉さまも能力が暴走するかもしれないって、思ってるんだ!」
「呆れた。495年も引きこもって、吸血鬼の本分すら分からないのね」

 レミリアの周りに莫大な妖力が集まっていく。

「下らない屁理屈ばかり、ぴーちくぱーちく。お姉ちゃん怒ったわ」
「屁理屈なんかじゃない!」
「”紅色の幻想郷”」

 レミリアが宣言すると、紫色の巨大な魔弾が全方位に放たれた。フランドールはとっさに躱したが、巨弾が走った軌跡にも紅い玉が並んでいる。その弾がゆらゆらと幻想的にフランドールに迫る。

「弾幕ごっこでも、死ぬことはある。私だけじゃない。巫女も魔法使いも、それくらい覚悟している」

 レミリアが誇り高く、高貴に言い放つ。

「あなたにも、異変を体験させてあげるわ!」
「くっ!」

 ゆらめく紅い玉に気を取られたフランドールは、襲い掛かる巨弾に直撃して吹き飛んだ。紅い館にそびえ立つ、大きな時計塔に叩きつけられ、煙に包まれた。

「私に勝てもしないのに、巫女を殺る心配だなんて笑わせてくれる!」

 フランドールの心から、迷いが微かに薄れていく。それと同時に、吸血鬼本来の力が、微かに戻ってくる。

「”禁弾 過去を刻む時計!”」

 巨大な青いレーザーで二つの十字を作ると、一つは時計回りに、もう一つは反時計回りに回転しながらレミリアを襲い、焼き尽くしながら湖の中心まで吹き飛ばした。水しぶきを上げながら水の中に沈んだレミリアだが、すぐに上空に舞い戻る。

「お姉さま、吸血鬼は流水に弱い」
「ええ、でも湖は流れていないわ」
「お姉さまの言いたい事は分かったわ。でも、私はずっと閉じこもっていたの。その思いは簡単には変わらない」
「決着をつけましょうか」
「495年、ずっと抱えていたの! 運命も証明しているわ! ”QED 495年の波紋!”」

 フランドールがスペルカードを宣言すると、円形の弾幕があらゆる場所に現れ、ゆっくりと波紋のように広がりながら、レミリアに向かった。波紋と波紋は重なると、干渉し合い、複雑な波を作ってレミリアを惑わす。

「なるほど、中々の運命ね」

 レミリアはつぶやいた。それはフランドールにではなく、自分の前に立ちふさがった試練に対してだった。波紋の弾幕の一部が、湖に沈むと波を起こし始めた。湖もまた、複雑に波打ち、干渉し、大きな波を作り出す。それがレミリアを包囲して迫っている。吸血鬼は流水を渡れない。

「私が勝つ運命だった! やっぱり私はみんなと一緒にいるべきじゃない!」
「ねじ伏せがいがある」

 レミリアが右手を掲げると、紅い魔力が槍のようにうごめき形作られる。紅霧異変を終えて、まだ誰にも見せていない。

「”神槍 スピア・ザ・グングニル”」

 フランドールとの間には、分厚い水の波紋と弾幕の波紋が立ちふさがる。レミリアは紅い槍を渾身の膂力で投擲した。衝撃波が湖と館をまるごと揺らす。波を薙ぎ払い、フランドールとの間に道を開く。フランドールは両腕に炎をまとわせ、迫る槍を掴んで止めようとした。だが勢いは止まらず、時計塔まで押し戻される。

「くああああああっ」

 フランドールは塔の壁に挟まれ、グングニルの槍がなおも迫る。だが、体に届く直前で霧散した。姉妹の間に繋がった道も、閉ざされようとしていた。

「勝った……」

 フランドールがそう呟いた。だが、レミリアは槍が切り開いた道を、一直線に突き進む。すでに道は閉ざされ、新しい波紋の弾幕がふさいでいた。だが、他の場所よりも密度は薄い。

「”運命を操る程度の能力”は万能じゃない! 運命はいつだって残酷だった!」

 レミリアの能力は万能ではない。自由自在に運命を操れるのなら、どうしてフランドールを悲しませたままにしておくものか。
 レミリアの能力の本分、運命を操るとは、不屈の精神によって行動を完遂することだった。フランドールが破壊の能力に縛られたまま閉じこもり続ける事が運命なら、そうならないまで足掻き続ける。運命は自分の望むものに捻じ曲げる、つかみ取る、勝ち取る。それは意地と意思の力だった。

「運命を乗り越える! それが私の能力だ!」

 レミリアの体に波紋が直撃し、脇腹に、足に穴が開き始める。両の翼を吹き飛ばしながら、波を貫き、フランドールに迫った。フランドールは敗北を悟った。傷だらけの姉の姿を目に焼き付けて、渾身の一撃を覚悟した。

 フランドールの体に訪れたのは、優しく暖かく包み込むような感触だった。レミリアの細い腕が、柔らかい体が、そっとフランドールを抱きしめていた。

 そして思い出した。レミリアを傷つけた時、両親は恐ろしいものを見る目で自分に怯えていた。だが、瀕死のレミリアは、死にかけているにも関わらず、恐れることなく、今と同じように優しく抱きしめてくれたのだった。
 フランドールは泣きながら姉の背に手を回した。抱き合ったまま、ゆっくりと館の庭園に落ちてゆき、花畑の上に降り立った。

「フラン、あなたと一緒に過ごしたいの。あなたが楽しそうにしていて幸せだった。あなたが笑顔でいると、私も笑顔になるのよ」
「私も、楽しかった、私も、一緒にいたい!」
「万が一、殺されたとしても、あなたを恨んだりなんてしない。亡霊になってでも、会いに来るわ」
「うん、うん」
「あなたが咲夜を殺してしまったら、一緒に地獄で暴れて、私たちのものにしちゃいましょう。咲夜なら楽しそうに着いてくるわ」
「うん、お姉さまとなら、咲夜となら、簡単だよ」

 それから、とっておきの秘密を教えるように、レミリアはフランドールの耳元で呟いた。

「あなたの”ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”でも、私のあなたへの思いは壊せない。覚えておきなさい」

 フランドールは姉を強く抱きしめた。それは自分も同じだった。姉への思いを壊すことなど出来なかった。
 レミリアは仰向けになって、フランドールは覆いかぶさるようにして抱き合う。満月の光が、二人と花園を明るく照らしていた。レミリアが安らかにふっと笑った。

「フラン、あなたも運命を越えてみせて。あなたの能力が”ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”なら、運命すらも破壊して見せて」

 魔力を使い果たしたレミリアは目をつむって眠りについた。二人に影が迫る。フランドールが振り返ると、先ほどの衝撃で限界を迎えた時計塔が、轟音を立てながら崩れ落ちていた。赤い石材や、砕けたガラスが飛び散っている。そして、巨大な時計塔の針が、二人を貫こうと迫っていた。
 フランドールは姉を抱いて飛ぼうとしたが、自らもまた、ほとんど魔力を使い果たしていた。針が、自分たちに迫る。それに貫かれても、自分も姉も、復活できるかもしれなかった。だが、今は愛する姉に、痛い思いをさせたくない。

 自分たちが佇む花壇に、沢山の赤いサルビアが植えられている事に気がついた。パチュリーに借りた本でその花言葉を知っていた。美鈴が大切に水をやったその花の言霊は”家族を愛する”。

 ここに倒れているのが、姉でなく咲夜だったらどうだろう。咲夜は簡単に死んでしまう。とまどう暇など無い。右手に、目が現れる。フランドールは初めて、自らの力に感謝し、ぎゅっと拳を握りしめた。
 巨大な針が、粉々に砕かれ、霧散した。フランドールの能力は呪いから祝福に変わった。この力は、大切な家族を守れる力。あらゆる脅威を破壊出来る力だ。残酷な運命だって破壊してみせる。姉妹でならそれが出来る気がした。

 姉の愛情にこたえようという気持ちと、姉のように強くなるのだという気持ちが溢れている。自分も臆病なままではいられない。何故なら自分は、勇敢で誇り高いレミリア・スカーレットの妹なのだから。



 9.

 それから数日だけ、フランドールはレミリアと一緒の部屋で過ごして、ある異常に気がついた。姉と一緒のベッドで眠ると、これまで以上に心臓が高鳴り、動揺して、冷静でいられなくなってしまうのだった。
 フランドールは淑女として、あくまでプライベートと自立のために地下室の再建を要求した。もう一度、弾幕ごっこで決闘をして、その権利を勝ち取った。部屋が別々になって、レミリアも咲夜も残念そうだった。フランドールは安堵しながらも、姉以上に寂しい気持ちを抱いていた。
 それからは、もちろん閉じこもらず、地上に来てはみんなと交流をしている。パチュリーと本の感想を言い合い、何の役にも立たなそうな魔法の実験をしてみる。美鈴と花を愛で、時に日陰で一緒にお昼寝をする。世話好きの咲夜に、お菓子をたくさん作ってもらって一緒に紅茶を飲んで笑い合う。
 しかし、結局、レミリアとは憎まれ口をたたき合う関係になっていた。そうしないと、何故か照れくさくて、恥ずかしくて、しょうがないのだ。



 10.

 灼熱の太陽が、青々とした木々を照らす。巫女服の少女、霊夢が境内に水を撒くが、それも蒸発して蜃気楼のように景色を歪めた。既に日も傾きかけていると言うのに、異様な暑さをしている。
 縁側に座り込んだレミリアが、うちわを仰ぎながらうんざりとしている。

「暑い~暑すぎるわ~」
「あんた、こういう時に霧を出しなさいよ」
「霧が晴れたら、蒸し暑くなるわよ」
「やっぱ止めてちょうだい」

 そこに黒白の魔法使いの魔理沙が箒にのって飛んできた。

「暑いぜ暑いぜ、暑くて死ぬぜ」

 しばらく三人で、軽口を叩き合うが、突如として雷鳴が鳴り響いた。だが、雨は降ってこない。外を見ると、不自然な空模様になっていた。遠い湖の一角、紅魔館の周りだけに豪雨と雷が落ちていた。その光景に霊夢は異変に似た感覚を得た。

「仕方ないなぁ、様子を見に行くわよ」
「楽しそうだぜ」

 霊夢と魔理沙は、レミリアに神社の留守番を任せると、紅魔館に向けて飛び立っていった。レミリアは右手を頬に添えて首をかしげながらそれを見送った。夕日が、山に沈み始める。

 ◇◇◇◇ そして”東方紅魔郷Extra”へ ◇◇◇◇

 神社で待っていたレミリアだが、雨が止むと神社から飛び出し、館に向かった。霊夢がふよふよと浮いているのに合流する。日は沈み、月が真上に上っているが、分厚い雲を照らして姿を隠している。

「やあやあ、綺麗だね」

 レミリアの言葉通り、魔理沙が星の弾幕をまき散らしている。楽しそうに笑い声を上げながらその相手をしているのはフランドールだった。

「これでつかまえてみせるわ。”禁忌 恋の迷路”」

 フランドールが渦巻き状の迷路のような弾幕を展開する。魔理沙は迷路をくぐり回避しようとするが、高速のそれに追いつかれて被弾しかけた。

「”恋符 マスタースパーク”」

 魔理沙が掲げる八卦炉が閃光を上げる。極太のレーザー光がフランドールを飲み込む。そのまま天高く伸び、分厚い雲に穴を開け、そこから満月が顔を覗かせた。薄く伸びた雲の穴に、月を囲むように丸い虹が、淡く映し出された。

「あら、月暈(つきがさ)……日本酒でも持ってくれば良かったかしら」

 霊夢がその虹に見惚れて軽口を叩く。夜に浮かぶ虹は幻想的だ。

「ええ、本当に綺麗で……ねえ霊夢、可愛らしいでしょ?」

 服をところどころ焼け焦がしたフランドールが、虹よりも美しい羽をたずさえて月を背に悠然と佇む。月の光が色とりどりの羽を照らし、八つの宝石を輝かせる。

「コンティニューが必要なのは、そっちだったみたいだぜ」

 挑発する魔理沙だったが、フランドールはとっておきの返しを用意していた。

「真っ直ぐで情熱的。今のは、誰に恋して作ったカードなのかしら?」
「う、うるさいぜ!」
「あそこの紅白かしら?」

 フランドールは虹色のスペルカードを天高く掲げた。

「お礼に私も虹を見せてあげる!」

 白い靄がフランドールの周りに集まったかと思うと、無数の虹色の魔弾が天高く跳ね上がった。それはダンスのステップの様に楽しそうでもあり、七つの音を導く指揮のように優雅でもある。そして虹の魔弾が魔理沙に向かって降り注ぐ。

「一緒に踊り狂いましょう? ”禁弾 スターボウブレイク!”」

 フランドールと魔理沙の、優雅でも何でもないダンスが始まった。魔理沙は無我夢中で、自身をかすめる虹を精一杯避けた。だが、いささか集中力を欠いて、一つの宝石に捉えられると落ちていった。
 それを見届けると、霊夢は無言でフランドールの元へ飛び立っていた。レミリアは一瞬、その表情を見た。いつも捉えどころのない霊夢だが、微かに笑っているように見えた。

「ワインでも持ってくれば良かったわ」

 そう呟いて遠くを見やる。愛しの妹が、楽園の巫女ととんちんかんな問答をしている。

「レプリカとかいう、悪魔のこと?」
「レミリア! レミリアお姉様よ!」

 むきになって怒ったようなフランドールを見て、レミリアはくすりと笑った。妹と巫女が月の下で踊り始めると、レミリアは鼻歌を奏で始めた。今日は、神社ではなく、紅い館で宴会だ。

――Fine――
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コメント



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1.100南条削除
面白かったです
紅魔館が今日も愛にあふれていて素敵でした。
運命なんて乗り越えるもの、本当にその通りだと思います。
とてもよかったです。
2.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。フランドールと紅魔館の人々の関わり合いが言葉遊びやウイットに富んだやり取りを含めて丁寧に描かれていて、だからこそ最後の全力のバトルの見ごたえがあったように感じます。
3.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.100ローファル削除
面白かったです。
フランドール視点の破壊する能力が「家族を守れる能力」に変わるまでの
描写がとても丁寧に描かれていたと思います。
5.無評価白岩 風都削除
 南条さん
 紅魔館の様子を楽しんで頂けて何よりです。運命を乗り越えるというテーマは良いですよね。

 2.さん
 言葉遊びも、最後の全力バトルも上手く書けたつもりだったので、褒めて頂き嬉しいです。

 奇声を発する程度の能力さん
 評価いただき嬉しいです。

 ローファルさん
 フランドールとレミリアの姉妹愛を丁寧に書いたので、褒めて頂き嬉しいです。