「ぐぬぬーっ!! ぬぬぬぬうぅーっ!!」
その日、穣子は朝からカボチャと格闘を繰り広げていた。
と、言っても当然、カボチャとレスリングなんかしているわけではなく、あくまで比喩的な表現で、実際は包丁で切るのに苦戦していたのだ。
「ぬぬぬぬぅーっ!」
今日も寒いから煮物でも作ろうかと、カボチャに包丁を入れたまでは良かった。しかし予想以上に硬い皮が刃の行く手を拒み、力任せに圧し切ろうとした結果、途中で包丁が動かなくなってしまったのだ。
それこそ無理に動かしたら包丁が折れてしまいそうなほどである。まさに進むも地獄、退くも地獄。そこにあるのは絶望のみといった状況だ。
「ね、姉さん! このカボチャめっちゃ硬ぃ……!」
「ええ、ずっと見ていたからわかるわよ」
静葉は、穣子がカボチャと格闘する様を涼しい顔で眺めている。
彼女は始め、新聞を読んでいたが、カボチャに悪戦苦闘する妹に気づき、こっちの方が面白そうだと観戦を決め込んでいたのだ。
「ちょっと姉さん! そんなとこで見てないで、少しは手伝ってよ!?」
「手伝うと言っても何をすればいいのよ」
「え、……応援とか?」
「そう。では。僭越ながら……。フレーフレー。がんばれー。赤勝て、白勝て、カボチャ勝てー」
いかにもやる気なさそうに応援する静葉に、すかさず穣子がツッコミを入れる。
「なんで、カボチャの応援なんかすんのよ!? そこは普通、私でしょ!?」
「どうせ、最後はあなたが勝つでしょう。ならせっかくだから私は弱い方を応援させてもらうわ」
「ちょっと判官びいきひどくない!? それと無表情で応援すんの腹立つからやめてくんない!?」
「まったく、注文の多い料理店だこと」
「食材にされないだけマシだと思ってよね!」
「ええ、そうね。食材にするなら、私より、イモ神のあなたの方がうってつけだものね」
「イモ神言うな! この枯葉大魔神!」
などと、ピースカギャースカ言い合いながら、穣子は包丁の持ち手を持ってカボチャをまな板に、ごっすんごっすんと叩きつける。
「ちょっと穣子。そんなことしたら包丁が悲しむわよ」
「何言ってんのよ。包丁が悲しんだりするわけないでしょ。大丈夫! 私は姉さんと違って包丁の扱いには長けているの! なんてったって料理は愛情だもの! えーい! 当たって砕けろー!」
などと言いながら穣子が、一層力強くまな板にカボチャを叩きつけると、ついに刃は進み、カボチャが真っ二つになる。しかしそれと同時に、辺りにパキィンと、悲鳴のような音が響き渡り、包丁も真っ二つになってしまった。
「あ……」
「当たって砕けたわね」
「ああああああああああーっ!? 私のマイ包丁がぁあああぁあーっ!?」
□
……と、いうわけで、穣子は包丁を直すために里へとやってきた。
この冬の寒い中、外に出るのは地獄だ。しかし包丁がないと料理が出来ない。料理が出来ないと暇が潰せない、暇が潰せないと、長い冬が辛いし、色々困る。
と、考え得る限りのあらゆる思考を張り巡らせた結果、彼女は断腸の思いで、里に住む鍛冶屋の所へ繰り出したのだった。
「さ、寒ぃーっ!」
もちろん、寒さにはめっぽう弱い彼女のこと、その防寒対策はぬかりない。全身にあらゆる防寒具を身にまとい、カイロも五体くまなく装備している。
まさに歩く蒸かしイモ状態な彼女だが、それでも刃のように突き刺す寒風が、彼女を輪切りイモにせんと襲いかかっている。
「ひぎぃいい……!」
ちなみに静葉は囲炉裏でぬくぬくしながら「河童にでも頼んで修理してもらったら」などと宣っていたが、発明マニアの彼女なんかにまかせたら、どんな魔改造されるかわかったもんじゃない。
それこそ全自動タマゴ割機付き包丁みたいな、アイデア調理器とは名ばかりの単なるガラクタにされてしまいかねない。
そんなものにされるくらいなら、寒さで死にかけても里で修理してもらった方がマシだった。
「……つ、着いた……。うっ! はぁーっ! さっみぃーっ!」
彼女は、かじかんだ手で鍛冶屋の小屋の引き戸を、がらがらどんと引く。
ぷっぷくぷぅーーーーーーーーーー!
家の中に足を踏み入れた途端、気の抜けたラッパのような音が響き渡り、穣子は「うおうぅう!?」と思わず驚きのけぞってしまう。すると、奥の方から青い髪の少女が、どたどた駆け寄ってきた。
「はいはいはい。いらっしゃい、いらっしゃーい! 刃物修理からベビーシッターまでなんでもござれの……って、なーんだ穣子さんか。どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、何よ。この間抜けな音?」
「何って、決まってるでしょ。客が来たときに鳴る合図よ」
「そりゃわかるけど、何でこんな気の抜けた音なのよ?」
「なぜってもちろん、驚かせるためよ! 知ってるでしょ。驚きこそが私の栄養! 実際、驚いたでしょ? ふふふっ! ごちそうさまっ!」
そう悪びれもなく言い放つと、その青い髪の少女――多々良小傘はおどけるように舌を出す。
「はぁ……」
すっかり調子を狂わされた穣子は、ぶ然とした様子で家に上がり込むと、ちゃぶ台の前に座りこむ。
小傘も同じく対面に座ると、穣子をのぞき込むようにして尋ねた。
「んでんで、こんな寒い中、わざわざ来るなんて何の用? もしかして私の顔でも見に来た? なーんて」
「……なんでそんなに楽しそうなのよ?」
思わず半眼を向けて尋ねる穣子に小傘は、泣くそぶりをしながら答える。
「……だってさー、久々の来客だったんだもん。寂しかったのよー。ほら、寒いせいか、だーれも来やしないし」
「……あー。そりゃそーでしょーね。私だって用事がなきゃ来るつもりなかったし……」
「で、その用事って?」
「あ、実はさ。これの修理を頼もうって……」
そう言いながら穣子は、懐から新聞紙にくるんだ包丁を取り出す。それを見た小傘は思わず目を丸くして驚いてしまう。
「うわわわっ!? いったいなにごと!?」
「……あんたが驚いてどうすんの」
「いやいやいや、これを見て驚くなっていう方が無理! しかし、また見事な中子折れね。錆びて折れたわけじゃなさそうだし。……いったい何があったってのよ?」
「あ、ああ。……実はね。かくかくしかじかうんぬんかんぬんってわけで――」
事情を聞いた小傘は、呆れた様子で、思わずちゃぶ台に頬杖つくと穣子に告げる。
「……ねえ、穣子さん。知ってる……? 包丁は調理に使うものだよ? カボチャと戦うための武器じゃないんだよ?」
「い、いや、だって硬かったんだもん。あのカボチャ。それにほら、よく言うでしょ。食材と戦ってこそ美味しい料理が出来るって……」
「聞いたことないよ! そんなの!」
小傘は穣子の言い分を軽くあしらうと、口をとがらせながら彼女に尋ねる。
「……穣子さん。包丁壊したのこれで何回目だっけか?」
小傘の問いに穣子はふっと笑みを浮かべ、返す。
「……小傘。あんたは今まで食べたイモの数覚えてるの?」
すかさず小傘が言い返す。
「イモ食うような感覚で包丁壊さないでよ!? とにかく! いくら穣子さんの頼みでも、そんなひどい使い方する人の包丁は、もう修理出来ないよ!」
「なんでよ!? こちとら客よ!?」
「客だろうと何だろうと、道具を大事に使わない人はダメっ! ほら、見て! この子も悲しんでるよ!?」
そう言って小傘は頬を膨らませながら、折れた包丁を穣子に見せつける。
「……う、付喪神のあんたに、それ言われたら何も言い返せないわ……!」
さしもの穣子も、思わずこうべを垂れてしまう。続けざまに小傘は言い放つ。
「ほら! この子に誓って! もう二度とひどい使い方しないって!」
「……うう、わかったわよ。もう二度と乱暴に扱ったりはしないわ……」
「ダメっ! もっと心込めて!」
「もう金輪際! 乱暴に! 扱ったり! しません! 神に誓って!」
「はいっ! よくできました!」
そう言って拍手をする小傘に、穣子は思わずため息をついて尋ねる。
「……はぁ。……で、これで修理してくれるのよね?」
小傘は、にやっと笑みを見せると、どこからともなく金づちを取り出す。どうやら鍛冶道具のようだ。
「ふっふっふ。まかせて! 新品同様に仕上げてみせるから!」
「……一応聞くけど、どのくらいで治んの? 出来れば今日中だとありがたいんだけど……。夜も何か食べたいし」
「そうねー。私の手にかかれば、半日もかからないかな!」
「おお、さすが頼もしいわね! 寒い中はるばるやってきた甲斐があるってモンだわ」
「ふふん。ま、それまでその辺で暇でも潰しててよ」
「暇潰すったって、どうやって?」
「ほら、せっかく里に来たんだから、外で散歩とか?」
「イヤよ。外寒いし……」
「あ、そっか……。じゃあ……」
と、小傘はきょろきょろと周りを見回し、何かひらめいたように手をポンと叩く。
「あ、そうだ! そこで寝てていいよ!」
「は……?」
「ほら、私が準備したげるから!」
そう言って小傘は、てきぱきと布団を敷く。
「あ、えっと……」
穣子は困惑しつつも、成りゆきのまま布団に横になって、くるまる。とてもぬくい。
「それじゃ、どうぞごゆっくり!」
そう言い残すと、小傘は奥の方へと姿を消してしまった。
ほどなくして奥から、きんっきんっと金物を叩く甲高い音が響いてくる。さっそく包丁の修理が始まったらしい。
成りゆきのまま布団にくるまって、ぬくぬくしていた穣子だが、ふと我に返り「……何で私は他人の家まで来て布団にくるまってるんだろ……?」と疑問を持つ。
そうしてる間にも奥からは、きんっきんっと音が聞こえる。
「……そういや、あいつどうやって包丁修理してんだろ?」
興味を持った穣子は、ぬくい布団から起き上がると、音のする方へと向かった。
□
どうやら家の奥の土間が鍛冶場となっているようで、色々な鍛冶道具に囲まれながら小傘は、金床の上の地金を一心不乱に叩いていた。
火を使っているせいか、辺りは熱気を帯びており、彼女は額に汗をにじませている。
「おー。精が出るわねー……」
思わず穣子は言葉をもらすが、小傘は穣子が来たことに気づいていない様子で、地金を熱しては叩き、熱しては叩き、を繰り返す。
熱されて黄金色になった地金が金槌で叩かれる度に、甲高い音とともに火花が飛び散り、鉄の焼けるにおいが辺りに立ちこめていた。
「ほへぇー……」
穣子は思わず、場の様子に見とれてしまう。
「……あれ? 穣子さん?」
しばらくして、ようやく穣子の存在に気づいた小傘は手を止める。
「いつからそこに?」
「あ、結構前から……」
「なあんだ。あのまま眠っててもよかったのに……」
「いや、気になったのよ。あんたがどうやって包丁を直すのか」
「別に面白いことしてないよ? 鉄を鍛えて沸かし付けるだけだし」
「……鍛える? 沸かし付ける? え、筋トレ? 湯沸かし?」
頭に「?」がたくさん浮かんでるような状態の穣子に、小傘が慌てて補足を入れる。
「……えーと、叩いて丈夫にした鉄を折れた中子にくっつけるの! あ、中子ってのは持ち手に入る部分のこと!」
「お! 今度はよくわかったわ! そういうことね!」
「そーそー。そーいうこと、そーいうこと。あ、あと、もちろん刃もしっかり研いでおくからね!」
「おー! それは助かるわー。これできっと、あのカボチャも倒せるわね!」
「……だーかーらー。包丁はカボチャを倒す武器じゃないって言ってるでしょ! 穣子さん!」
と、頬を膨らませて抗議する小傘に、穣子はすかさず告げる。
「た、例えよ。例え! 愛情込めて美味しく調理してやるってことよ! ……そう、あんたが愛情込めて仕上げた包丁で!」
「まったく調子がいいんだから……」
小傘は思わず苦笑しながら、穣子が見守る中、再び作業を再開させた。
□
「……こさん! 穣子さんってばー!?」
「……ん?」
「起きてって!」
「……へ?」
穣子が気がつくと、鍛冶場の壁にもたれた状態で座り込んでいた。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「あれ……? いつの間に」
「……なんで鍛冶場で寝れんのよー? 初めてだよ。こんなとこで寝る人」
「いやー。あったかくてつい……」
伸びをして立ち上がり、穣子は思わず苦笑する。
「まったく……」
その様子を見た小傘も苦笑を浮かべる。
「……で、包丁はどうなった?」
「ほら、この通りだよ!」
と、小傘は修理の終わった包丁を見せつける。
折れた刃と持ち手が元通りになっているのはもちろんのこと、ところどころ欠けていた刃はピカピカに磨かれ、持ち手も蜜ろうが塗られた高級感ある木材に換えられていた。
「うぉおおっ!? これ、マジであの包丁なの!? もはや別モンじゃん!?」
「ふふふっ……!」
小傘はどうだと言わんばかりに胸を張って告げる。
「この包丁ならどんな食材も思いのままに切れるよ! 切れ味は私が保証するわ!」
「マジ!?」
「百聞は一見にしかず、さっそく試し切りしてみようか。たしかちょうどいいのが……」
と、言いながら小傘は戸棚から切り餅を持ってくる。
「うっわ。またカッチカチなやつ持ってきたわねえ……。なんかビミョーに赤いし、どうしたのそれ」
「いやー。前にもらったのすっかり忘れてて……」
そう言って思わず舌を出す小傘に、呆れた様子で穣子は尋ねる。
「本当に切れんのー? こんなレンガブロックみたいなの……」
「ま、試してみてよ!」
穣子は包丁を持って切り餅に押し当てる。すると驚くほどスッと刃が入る。それだけで十分驚きの対象だったが
「さあ、そのまま引いてみて!」
「こ、こう?」
小傘に言われるまま穣子がゆっくり包丁を手前に引くと、まるでバターでも切るような感覚で切り餅が切れてしまった。
「うっぉお!? マジやべーわ! これ! すっご!?」
「どうよ! 渾身のリペア」
驚きまくっている穣子に小傘は、ドヤ顔でピースサインを作る。
「いやー。あんたに頼んで良かったわ!」
「今度は大切に使ってあげてよ? ……道具だって生きてるんだからね!?」
「もちろんよ! 後生大事に使わせてもらうわ!」
そう言って、大事そうに包丁の刃を布で拭く穣子の姿に、小傘は思わず目を細める。
ふと、穣子が思いついたように告げる。
「あ、そうだ! 今日の夜、うちに来なよ! この包丁で作った料理振る舞ってあげるわ!」
「本当!? 行く行く!」
「よーし、じゃあ、ご馳走作って待ってるからね!」
と、さっそく穣子が、ヤル気満々で小屋から出ようと入り口に向かったそのとき。
ぷっぷくぷぅーーーーーーーーーー!
例のラッパが鳴り響き、思わず穣子はずっこけて、苦笑を浮かべながら、小傘の方を見る。小傘も同じく穣子の方を見て思わず苦笑を浮かべた。
□
その日の夜、さっそく穣子は、小傘を家に招き、生まれ変わった包丁を使って料理をこしらえた。
「ふふん! 今日のは特に自信作よ! この包丁と私との、渾身のコラボ、とくと味わいなさい!」
静葉と小傘の目の前にはカボチャの煮物と、大皿に山盛りとなったサツマイモの天ぷらが出されている。
「わぁー! おいしそー」
無邪気に笑顔を見せる小傘に、静葉がふっと笑みを浮かべて告げた。
「小傘。好きなだけ食べなさい」
「え? いいの?」
「もちろんよ。今日の主役はあなたよ」
そう言いながら静葉は、包丁片手に機嫌良さそうな様子の穣子を見やる。
「それじゃお言葉に甘えて! いっただきまーす!」
小傘はさっそくサツマイモの天ぷらを頂く。
「うわあああっ!? うっまーい!!」
驚きの表情を見せる小傘に穣子が尋ねる。
「どうよ。お味の方は?」
「サックサクのホックホク! さいこうよ! 穣子さん!」
「ふっふっふ。あんたのおかげよ。小傘! あんたが包丁を修理して……。いや、包丁に命を吹き込んでくれたからこんなに美味しい料理が出来たのよ! やっぱあんたは最高の鍛冶屋だわ!」
「えへへ……。やめてよ照れちゃうから! っていうか、さっそくこの包丁を使いこなせてる穣子さんこそ最高の料理人だよ!」
そう言って、はにかむような笑みを浮かべる小傘に静葉が告げる。
「……どうやらあの子もようやくわかったようね。モノにも命が宿るということを」
「ふふっ! そうみたいだね。包丁もさぞかし喜んでると思うよ!」
そのとき、ふと、穣子が二人に告げる。
「あ、そうだ! 私ね! この包丁に名前付けることにしたのよ!」
「へー。なんて?」
「傘一文字芋景(かさいちもんじいもかげ)よ!」
「うわー。なんか格好いいっ!? っていうかその傘っての、もしかして」
「そうよ。あんたの名前から取らせてもらったわ! だって、あんたの作品だもんね!」
「……まったく。穣子らしいわね」
「よーし! これからもよろしく! 芋景! 一緒に美味しい料理をたーくさん作っていこうね!」
二人が見つめる先には、いつまでも包丁に微笑みかける穣子の姿が映っていたのだった。
その日、穣子は朝からカボチャと格闘を繰り広げていた。
と、言っても当然、カボチャとレスリングなんかしているわけではなく、あくまで比喩的な表現で、実際は包丁で切るのに苦戦していたのだ。
「ぬぬぬぬぅーっ!」
今日も寒いから煮物でも作ろうかと、カボチャに包丁を入れたまでは良かった。しかし予想以上に硬い皮が刃の行く手を拒み、力任せに圧し切ろうとした結果、途中で包丁が動かなくなってしまったのだ。
それこそ無理に動かしたら包丁が折れてしまいそうなほどである。まさに進むも地獄、退くも地獄。そこにあるのは絶望のみといった状況だ。
「ね、姉さん! このカボチャめっちゃ硬ぃ……!」
「ええ、ずっと見ていたからわかるわよ」
静葉は、穣子がカボチャと格闘する様を涼しい顔で眺めている。
彼女は始め、新聞を読んでいたが、カボチャに悪戦苦闘する妹に気づき、こっちの方が面白そうだと観戦を決め込んでいたのだ。
「ちょっと姉さん! そんなとこで見てないで、少しは手伝ってよ!?」
「手伝うと言っても何をすればいいのよ」
「え、……応援とか?」
「そう。では。僭越ながら……。フレーフレー。がんばれー。赤勝て、白勝て、カボチャ勝てー」
いかにもやる気なさそうに応援する静葉に、すかさず穣子がツッコミを入れる。
「なんで、カボチャの応援なんかすんのよ!? そこは普通、私でしょ!?」
「どうせ、最後はあなたが勝つでしょう。ならせっかくだから私は弱い方を応援させてもらうわ」
「ちょっと判官びいきひどくない!? それと無表情で応援すんの腹立つからやめてくんない!?」
「まったく、注文の多い料理店だこと」
「食材にされないだけマシだと思ってよね!」
「ええ、そうね。食材にするなら、私より、イモ神のあなたの方がうってつけだものね」
「イモ神言うな! この枯葉大魔神!」
などと、ピースカギャースカ言い合いながら、穣子は包丁の持ち手を持ってカボチャをまな板に、ごっすんごっすんと叩きつける。
「ちょっと穣子。そんなことしたら包丁が悲しむわよ」
「何言ってんのよ。包丁が悲しんだりするわけないでしょ。大丈夫! 私は姉さんと違って包丁の扱いには長けているの! なんてったって料理は愛情だもの! えーい! 当たって砕けろー!」
などと言いながら穣子が、一層力強くまな板にカボチャを叩きつけると、ついに刃は進み、カボチャが真っ二つになる。しかしそれと同時に、辺りにパキィンと、悲鳴のような音が響き渡り、包丁も真っ二つになってしまった。
「あ……」
「当たって砕けたわね」
「ああああああああああーっ!? 私のマイ包丁がぁあああぁあーっ!?」
□
……と、いうわけで、穣子は包丁を直すために里へとやってきた。
この冬の寒い中、外に出るのは地獄だ。しかし包丁がないと料理が出来ない。料理が出来ないと暇が潰せない、暇が潰せないと、長い冬が辛いし、色々困る。
と、考え得る限りのあらゆる思考を張り巡らせた結果、彼女は断腸の思いで、里に住む鍛冶屋の所へ繰り出したのだった。
「さ、寒ぃーっ!」
もちろん、寒さにはめっぽう弱い彼女のこと、その防寒対策はぬかりない。全身にあらゆる防寒具を身にまとい、カイロも五体くまなく装備している。
まさに歩く蒸かしイモ状態な彼女だが、それでも刃のように突き刺す寒風が、彼女を輪切りイモにせんと襲いかかっている。
「ひぎぃいい……!」
ちなみに静葉は囲炉裏でぬくぬくしながら「河童にでも頼んで修理してもらったら」などと宣っていたが、発明マニアの彼女なんかにまかせたら、どんな魔改造されるかわかったもんじゃない。
それこそ全自動タマゴ割機付き包丁みたいな、アイデア調理器とは名ばかりの単なるガラクタにされてしまいかねない。
そんなものにされるくらいなら、寒さで死にかけても里で修理してもらった方がマシだった。
「……つ、着いた……。うっ! はぁーっ! さっみぃーっ!」
彼女は、かじかんだ手で鍛冶屋の小屋の引き戸を、がらがらどんと引く。
ぷっぷくぷぅーーーーーーーーーー!
家の中に足を踏み入れた途端、気の抜けたラッパのような音が響き渡り、穣子は「うおうぅう!?」と思わず驚きのけぞってしまう。すると、奥の方から青い髪の少女が、どたどた駆け寄ってきた。
「はいはいはい。いらっしゃい、いらっしゃーい! 刃物修理からベビーシッターまでなんでもござれの……って、なーんだ穣子さんか。どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、何よ。この間抜けな音?」
「何って、決まってるでしょ。客が来たときに鳴る合図よ」
「そりゃわかるけど、何でこんな気の抜けた音なのよ?」
「なぜってもちろん、驚かせるためよ! 知ってるでしょ。驚きこそが私の栄養! 実際、驚いたでしょ? ふふふっ! ごちそうさまっ!」
そう悪びれもなく言い放つと、その青い髪の少女――多々良小傘はおどけるように舌を出す。
「はぁ……」
すっかり調子を狂わされた穣子は、ぶ然とした様子で家に上がり込むと、ちゃぶ台の前に座りこむ。
小傘も同じく対面に座ると、穣子をのぞき込むようにして尋ねた。
「んでんで、こんな寒い中、わざわざ来るなんて何の用? もしかして私の顔でも見に来た? なーんて」
「……なんでそんなに楽しそうなのよ?」
思わず半眼を向けて尋ねる穣子に小傘は、泣くそぶりをしながら答える。
「……だってさー、久々の来客だったんだもん。寂しかったのよー。ほら、寒いせいか、だーれも来やしないし」
「……あー。そりゃそーでしょーね。私だって用事がなきゃ来るつもりなかったし……」
「で、その用事って?」
「あ、実はさ。これの修理を頼もうって……」
そう言いながら穣子は、懐から新聞紙にくるんだ包丁を取り出す。それを見た小傘は思わず目を丸くして驚いてしまう。
「うわわわっ!? いったいなにごと!?」
「……あんたが驚いてどうすんの」
「いやいやいや、これを見て驚くなっていう方が無理! しかし、また見事な中子折れね。錆びて折れたわけじゃなさそうだし。……いったい何があったってのよ?」
「あ、ああ。……実はね。かくかくしかじかうんぬんかんぬんってわけで――」
事情を聞いた小傘は、呆れた様子で、思わずちゃぶ台に頬杖つくと穣子に告げる。
「……ねえ、穣子さん。知ってる……? 包丁は調理に使うものだよ? カボチャと戦うための武器じゃないんだよ?」
「い、いや、だって硬かったんだもん。あのカボチャ。それにほら、よく言うでしょ。食材と戦ってこそ美味しい料理が出来るって……」
「聞いたことないよ! そんなの!」
小傘は穣子の言い分を軽くあしらうと、口をとがらせながら彼女に尋ねる。
「……穣子さん。包丁壊したのこれで何回目だっけか?」
小傘の問いに穣子はふっと笑みを浮かべ、返す。
「……小傘。あんたは今まで食べたイモの数覚えてるの?」
すかさず小傘が言い返す。
「イモ食うような感覚で包丁壊さないでよ!? とにかく! いくら穣子さんの頼みでも、そんなひどい使い方する人の包丁は、もう修理出来ないよ!」
「なんでよ!? こちとら客よ!?」
「客だろうと何だろうと、道具を大事に使わない人はダメっ! ほら、見て! この子も悲しんでるよ!?」
そう言って小傘は頬を膨らませながら、折れた包丁を穣子に見せつける。
「……う、付喪神のあんたに、それ言われたら何も言い返せないわ……!」
さしもの穣子も、思わずこうべを垂れてしまう。続けざまに小傘は言い放つ。
「ほら! この子に誓って! もう二度とひどい使い方しないって!」
「……うう、わかったわよ。もう二度と乱暴に扱ったりはしないわ……」
「ダメっ! もっと心込めて!」
「もう金輪際! 乱暴に! 扱ったり! しません! 神に誓って!」
「はいっ! よくできました!」
そう言って拍手をする小傘に、穣子は思わずため息をついて尋ねる。
「……はぁ。……で、これで修理してくれるのよね?」
小傘は、にやっと笑みを見せると、どこからともなく金づちを取り出す。どうやら鍛冶道具のようだ。
「ふっふっふ。まかせて! 新品同様に仕上げてみせるから!」
「……一応聞くけど、どのくらいで治んの? 出来れば今日中だとありがたいんだけど……。夜も何か食べたいし」
「そうねー。私の手にかかれば、半日もかからないかな!」
「おお、さすが頼もしいわね! 寒い中はるばるやってきた甲斐があるってモンだわ」
「ふふん。ま、それまでその辺で暇でも潰しててよ」
「暇潰すったって、どうやって?」
「ほら、せっかく里に来たんだから、外で散歩とか?」
「イヤよ。外寒いし……」
「あ、そっか……。じゃあ……」
と、小傘はきょろきょろと周りを見回し、何かひらめいたように手をポンと叩く。
「あ、そうだ! そこで寝てていいよ!」
「は……?」
「ほら、私が準備したげるから!」
そう言って小傘は、てきぱきと布団を敷く。
「あ、えっと……」
穣子は困惑しつつも、成りゆきのまま布団に横になって、くるまる。とてもぬくい。
「それじゃ、どうぞごゆっくり!」
そう言い残すと、小傘は奥の方へと姿を消してしまった。
ほどなくして奥から、きんっきんっと金物を叩く甲高い音が響いてくる。さっそく包丁の修理が始まったらしい。
成りゆきのまま布団にくるまって、ぬくぬくしていた穣子だが、ふと我に返り「……何で私は他人の家まで来て布団にくるまってるんだろ……?」と疑問を持つ。
そうしてる間にも奥からは、きんっきんっと音が聞こえる。
「……そういや、あいつどうやって包丁修理してんだろ?」
興味を持った穣子は、ぬくい布団から起き上がると、音のする方へと向かった。
□
どうやら家の奥の土間が鍛冶場となっているようで、色々な鍛冶道具に囲まれながら小傘は、金床の上の地金を一心不乱に叩いていた。
火を使っているせいか、辺りは熱気を帯びており、彼女は額に汗をにじませている。
「おー。精が出るわねー……」
思わず穣子は言葉をもらすが、小傘は穣子が来たことに気づいていない様子で、地金を熱しては叩き、熱しては叩き、を繰り返す。
熱されて黄金色になった地金が金槌で叩かれる度に、甲高い音とともに火花が飛び散り、鉄の焼けるにおいが辺りに立ちこめていた。
「ほへぇー……」
穣子は思わず、場の様子に見とれてしまう。
「……あれ? 穣子さん?」
しばらくして、ようやく穣子の存在に気づいた小傘は手を止める。
「いつからそこに?」
「あ、結構前から……」
「なあんだ。あのまま眠っててもよかったのに……」
「いや、気になったのよ。あんたがどうやって包丁を直すのか」
「別に面白いことしてないよ? 鉄を鍛えて沸かし付けるだけだし」
「……鍛える? 沸かし付ける? え、筋トレ? 湯沸かし?」
頭に「?」がたくさん浮かんでるような状態の穣子に、小傘が慌てて補足を入れる。
「……えーと、叩いて丈夫にした鉄を折れた中子にくっつけるの! あ、中子ってのは持ち手に入る部分のこと!」
「お! 今度はよくわかったわ! そういうことね!」
「そーそー。そーいうこと、そーいうこと。あ、あと、もちろん刃もしっかり研いでおくからね!」
「おー! それは助かるわー。これできっと、あのカボチャも倒せるわね!」
「……だーかーらー。包丁はカボチャを倒す武器じゃないって言ってるでしょ! 穣子さん!」
と、頬を膨らませて抗議する小傘に、穣子はすかさず告げる。
「た、例えよ。例え! 愛情込めて美味しく調理してやるってことよ! ……そう、あんたが愛情込めて仕上げた包丁で!」
「まったく調子がいいんだから……」
小傘は思わず苦笑しながら、穣子が見守る中、再び作業を再開させた。
□
「……こさん! 穣子さんってばー!?」
「……ん?」
「起きてって!」
「……へ?」
穣子が気がつくと、鍛冶場の壁にもたれた状態で座り込んでいた。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「あれ……? いつの間に」
「……なんで鍛冶場で寝れんのよー? 初めてだよ。こんなとこで寝る人」
「いやー。あったかくてつい……」
伸びをして立ち上がり、穣子は思わず苦笑する。
「まったく……」
その様子を見た小傘も苦笑を浮かべる。
「……で、包丁はどうなった?」
「ほら、この通りだよ!」
と、小傘は修理の終わった包丁を見せつける。
折れた刃と持ち手が元通りになっているのはもちろんのこと、ところどころ欠けていた刃はピカピカに磨かれ、持ち手も蜜ろうが塗られた高級感ある木材に換えられていた。
「うぉおおっ!? これ、マジであの包丁なの!? もはや別モンじゃん!?」
「ふふふっ……!」
小傘はどうだと言わんばかりに胸を張って告げる。
「この包丁ならどんな食材も思いのままに切れるよ! 切れ味は私が保証するわ!」
「マジ!?」
「百聞は一見にしかず、さっそく試し切りしてみようか。たしかちょうどいいのが……」
と、言いながら小傘は戸棚から切り餅を持ってくる。
「うっわ。またカッチカチなやつ持ってきたわねえ……。なんかビミョーに赤いし、どうしたのそれ」
「いやー。前にもらったのすっかり忘れてて……」
そう言って思わず舌を出す小傘に、呆れた様子で穣子は尋ねる。
「本当に切れんのー? こんなレンガブロックみたいなの……」
「ま、試してみてよ!」
穣子は包丁を持って切り餅に押し当てる。すると驚くほどスッと刃が入る。それだけで十分驚きの対象だったが
「さあ、そのまま引いてみて!」
「こ、こう?」
小傘に言われるまま穣子がゆっくり包丁を手前に引くと、まるでバターでも切るような感覚で切り餅が切れてしまった。
「うっぉお!? マジやべーわ! これ! すっご!?」
「どうよ! 渾身のリペア」
驚きまくっている穣子に小傘は、ドヤ顔でピースサインを作る。
「いやー。あんたに頼んで良かったわ!」
「今度は大切に使ってあげてよ? ……道具だって生きてるんだからね!?」
「もちろんよ! 後生大事に使わせてもらうわ!」
そう言って、大事そうに包丁の刃を布で拭く穣子の姿に、小傘は思わず目を細める。
ふと、穣子が思いついたように告げる。
「あ、そうだ! 今日の夜、うちに来なよ! この包丁で作った料理振る舞ってあげるわ!」
「本当!? 行く行く!」
「よーし、じゃあ、ご馳走作って待ってるからね!」
と、さっそく穣子が、ヤル気満々で小屋から出ようと入り口に向かったそのとき。
ぷっぷくぷぅーーーーーーーーーー!
例のラッパが鳴り響き、思わず穣子はずっこけて、苦笑を浮かべながら、小傘の方を見る。小傘も同じく穣子の方を見て思わず苦笑を浮かべた。
□
その日の夜、さっそく穣子は、小傘を家に招き、生まれ変わった包丁を使って料理をこしらえた。
「ふふん! 今日のは特に自信作よ! この包丁と私との、渾身のコラボ、とくと味わいなさい!」
静葉と小傘の目の前にはカボチャの煮物と、大皿に山盛りとなったサツマイモの天ぷらが出されている。
「わぁー! おいしそー」
無邪気に笑顔を見せる小傘に、静葉がふっと笑みを浮かべて告げた。
「小傘。好きなだけ食べなさい」
「え? いいの?」
「もちろんよ。今日の主役はあなたよ」
そう言いながら静葉は、包丁片手に機嫌良さそうな様子の穣子を見やる。
「それじゃお言葉に甘えて! いっただきまーす!」
小傘はさっそくサツマイモの天ぷらを頂く。
「うわあああっ!? うっまーい!!」
驚きの表情を見せる小傘に穣子が尋ねる。
「どうよ。お味の方は?」
「サックサクのホックホク! さいこうよ! 穣子さん!」
「ふっふっふ。あんたのおかげよ。小傘! あんたが包丁を修理して……。いや、包丁に命を吹き込んでくれたからこんなに美味しい料理が出来たのよ! やっぱあんたは最高の鍛冶屋だわ!」
「えへへ……。やめてよ照れちゃうから! っていうか、さっそくこの包丁を使いこなせてる穣子さんこそ最高の料理人だよ!」
そう言って、はにかむような笑みを浮かべる小傘に静葉が告げる。
「……どうやらあの子もようやくわかったようね。モノにも命が宿るということを」
「ふふっ! そうみたいだね。包丁もさぞかし喜んでると思うよ!」
そのとき、ふと、穣子が二人に告げる。
「あ、そうだ! 私ね! この包丁に名前付けることにしたのよ!」
「へー。なんて?」
「傘一文字芋景(かさいちもんじいもかげ)よ!」
「うわー。なんか格好いいっ!? っていうかその傘っての、もしかして」
「そうよ。あんたの名前から取らせてもらったわ! だって、あんたの作品だもんね!」
「……まったく。穣子らしいわね」
「よーし! これからもよろしく! 芋景! 一緒に美味しい料理をたーくさん作っていこうね!」
二人が見つめる先には、いつまでも包丁に微笑みかける穣子の姿が映っていたのだった。
ドヤる小傘がかわいい)
道具は大事に(大事に
包丁が直ってめちゃくちゃ喜んでる穣子がかわいらしかったです