~妖怪の山、集落部~
ザワザワ…ガヤガヤ…
私は河城にとり。幻想郷の機械担当である河童の発明家だ。
いつもは玄武の沢付近にある洞窟内で籠りっきりで機械を作ったり、たまに来る依頼を受けたりしている。
そんな何でもできる超ハイスペックな私だが、苦手なものがある。それは、人間と人混みが多いところだ。それなら、なぜこんなところにいるか疑問に思うだろう?簡単な話、気分転換をするのが一つ。もう一つが、いんすぴれーしょんとやらをわかせるためにだ。そんなことより…
「お腹が…空いた…」
そう、おなかが空いたのだ。現在の時刻はすでに12時を過ぎている。小腹が空いた時に食べようと思って家できゅうりを準備をしたのだが、いつものかばんに入らなかった。どうせすぐ飽きて帰るからいいだろうと高を括っていたあの時の自分に活を入れたい。そんなことを今更言ってもしょうがないので、飲食店を探そうと歩き回る。実はここまでで何件か見つけているのだが、店の前にある看板を見ると、少し特殊なメニューが書かれており、抵抗を感じたのだ。とはいえ、文句は言ってられない。次に見つけた店に入ろうと思う。お察しの通り、ここには来たことがあまりない。なので正直賭けなのである。
「お?」
しばらく歩いて見つけたのは、暖簾に『御食事処』とだけ書かれている少し古ぼけた店。これはリフォームのし甲斐が…いや、今は空腹を満たすことを頭に入れよう。
ガチャッ…
「いらっしゃいませ」
「一名で」
「空いている席へどうぞ」
ふむ、店の雰囲気はいいな。外の賑やかな場所とは違い、十分食事を楽しめるような空間。自分以外の客は何人かいるが、邪魔と思うほどではない。
「お冷と品書きです。ご注文がお決まり次第、声をかけてください」
「ありがとうございます」
…さて、どんなものがあるのやら…お、ここはいい店だ。何故ならきゅうりを使った料理が豊富だ。だが、今は少し疲れている。なら、腹が膨れるメニューを頼むものだ。久しぶりにきゅうり以外のものも食べるとしよう。
…へぇ、私が見ていない間に随分と新しい料理が出てきたものだ。パスタか…未知の味に手を出すのもいいが、今日はなじんだ味で楽しみたい。
「お、これは…期間限定か…」
メニューを開きながら目の入ったのは、期間限定と書かれた『焼うどん』である。ちょっとした余談だが、人というのは『限定』という文字に弱い。『希少性の法則』というものがあり、そのものの数が少ない、と言われるとそれに本来以上の魅力が感じられるようになるものだ。とやかく言う私もその焼うどんに目がいっている。
「すみません」
「なんでしょう?」
「注文をしたいのですが…」
「分かりました。ではご注文をどうぞ」
「この『期間限定の焼うどん』を一つ、きゅうりの浅漬け一つ、きゅうりのたたきのピリ辛あえ…あの、焼うどんにきゅうりを入れることってできますか?」
「えぇ、可能ですよ」
「じゃあそれでお願いします」
「かしこまりました。注文は以上ですか?」
「はい」
「では、少々お待ちください」
そう言って彼は厨房に戻っていく。私はこの地注文してから料理が来るまでの時間が好きだ。何故なら、どんな味がするのだろうと妄想を膨らませることができる。たとえそれが食べたことのある味でも、店が違えば味も少しながら違う。それがいいのだ。そうしていくうちに、時間なんてすぐに過ぎていく。
「お待たせしました。ご注文の品です」
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
来た。うまそうな臭いとともに立ち上る湯気が焼うどんの温かさを象徴し、食欲を湧き立たせる。側にある二品のきゅうり料理が目に優しく、色どりを与えてくれる。それでは…
「いただきます」
手を合わせ、箸を取る。さて、どれからいただこうか…やはりここはきゅうり…と行きたいところだが、あえての焼うどんから行こう。
「…ふぅ、ふぅ、…ずるるっ…はふはふ…」
…うまい。少々温度もあるが、じんわりくる。今日は少し寒く、冷え込んでいたこともあるのか、体にしみる。主な味付けは味噌で、香り付けなどに出しなどが使われているのだろう。やはりきゅうりを入れておいて正解だった。少し味付けが濃い目だったが、きゅうりの水分で程よく優しくなった。
「はふっはふっ…」
噛むたびに香りが鼻を通り、具材のうまみが口いっぱいに広がる。久しぶりにうどんを食べたが、焼うどんもなかなかにいい。次は、口直しもかねて浅漬けにしよう。
「あむっ…ボリボリ、シャキ、シャキ…」
…やはりきゅうりは至高だ。最高だ。うますぎる。一口サイズにカットされ、冬だがしっかり冷えている。さすがの水分量。先ほど食べた焼うどんがリセットされる。これにより次に食べる料理を素直な味で楽しむことができる。きゅうりを食べる手が止まらない…が、すべてを食べきるわけにもいかない。ピリ辛きゅうりに手を伸ばすしよう。
「あむっ…ボリボリ…んん!」
これはすごい!きゅうりにピリ辛…つまり唐辛子をかけるのはどうかと思ったが、きゅうりを砕くことにより味がしみこむ。そこに唐辛子の控えめな刺激がたまらない。唐辛子の子の刺激…気に入った。疲れた体によく効きそうだ。それにきゅうりにもよく合う。後で仲間にも伝えてやろう。
それよりも焼うどんが冷めてしまうな。早く食べておこう。
「ずるるっ…はふはふ…はぐっ…んぐっ…」
焼うどんを早く掻っ込むごとに、口に広がる香りとうまみが比例して増していく。こうしてみるとたまに見かけるきゅうりを掻っ込む仲間の気持ちがよくわかる。今度きゅうりを一本がつがつ食べてみよう。
「ボリボリっ…んぐんぐ…」
残っているピリ辛あえと浅漬けを一気に食べる。たまに私は思う。きゅうりの料理を開発した人は天才だと。箸が止まらない。やはりうまい。きゅうりの風味がたまらない。
「ゴク、ゴク…ぷはぁ…ごちそうさまでした」
手を合わせ、合唱をする。同じことを言うが、うまかった。今度友人とここに来るのもいいかな。
「またのご来店をお待ちしております」
ぺこりと会釈をし、会計をすまし、店を出る。冬風が私に吹きつけるが、食事で温まっているため体中は温かいままだ。
「さて」
私は少し軽い足取りで歩きだす。目立った目標が決まったわけでもないし、作りたいものが思い浮かんだわけでもない。だが、お気に入りの店を見つけれた喜びと、うまいものを食べれた幸福感に包まれながら帰路につくことにした。
完全に井之頭なにとりでした