Coolier - 新生・東方創想話

Four better phrase, for better days. - ルナサと魔法のヴァイオリン

2024/04/07 14:17:28
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 フランドール・スカーレットはべつに「お誕生日会」が嫌なわけではなかった。ただ「早々に私を切り捨てたあいつがなにを今更なのよ?」というのが正直な所感で、ふかふかして座り心地の悪い椅子にふんぞり返りながら、隣に座った姉とは目も合わせずに、ブラッディオレンジジュースの波々注がれたグラスをトゲトゲしい仕草で傾けていた。そして「HAPPY BIRTHDAY!!」と書かれた垂れ幕を一瞥しては、ふんっと喉を震わした。

「言っとくけど」

 甘いというより柑橘系の酸味が強い真紅の液体が行儀悪く溢れ、ドレスを赤く汚す。その仕草は実に姉そっくりだったのだが、フランドールは気が付かない。

「言っとくけどね? あんたのためじゃない。パチェが、咲夜が、美鈴が、メイドたちが、準備のために駆け回らされたんでしょう? どうせ……。それを壊すのは非道いことだわ。だから、しかたなくよ。ここに来てやったのは」

 氷のような言葉にレミリアは言葉を返せない。というより、それどころではない。その大きな真紅の瞳をきょろきょろと左右に彷徨わせる。大きなコウモリ様の翼が所在なさげにぱたぱたと羽ばたく。
 生唾を呑み込む音がする。震える小さな唇が開かれる。姉の吸血鬼が片手に持ったブラッディオレンジのグラスはとっくに空になっていた。

「プププ、プ、プ、」
「ぷ?」
「プレゼントを用意したの!」
「……は?」
「ああ、あ、あ、あなたが、すす、好きだって聞いたから……! あなたのために、お、おお、お呼びしたのよっ!」
「ちょ、ちょっと……なんでそんな吃ってるわけ? いつもみたいに不遜に笑ってたらいいじゃん」
「プリズムリバー楽団の皆様よっ!」

 噛み合わない会話に顔をしかめるフランドールをよそに、レミリアの合図によって幕が上がる。フランドールの視線が舞台上に吸い寄せられる。もう一口を飲もうと傾けたままのグラスが静止する。
 その紅い瞳の先、舞台上で一礼する黒衣に金髪のヴァイオリニスト。

「本日は、バースデイという特別な日にお招きいただきありがとうございます。祝いの曲を奏でさせていただきます、プリズムリバー楽団と申します。」

 途端、フランドールの表情が輝く。身を乗り出し、牙を覗かせての歓喜の叫び。
 
「うそ!? すごい! 自己紹介なら大丈夫! 私、あなた達の大ファンなの!」
「ありがとうございます。楽団一同、心を込めて演奏させていただきます」

 虹色の翼が羽ばたく。隣りではコウモリ様の翼が縮こまって揺れている。
 ルナサが弓をそっと弦に添える。
 その様子を後方から眺める紅魔館の面々。そわそわと落ち着かなげなメイド長の肩を軽くたたいた自称恣意的な魔女が、ぼそりと陰鬱に呟いた。

「賽は投げられたわ。せいぜい見守りましょう」

 無論これは予知夢などではなく現実であることを、パチュリーは理解している。咲夜に励ましの言葉を投げかけつつも、この場でもっとも神妙に時を待っているのはおそらく彼女だった。
 ルナサの握る弓がヴァイオリンの弦に近づいていく……それらが互いに触れ合うまでのわずか1秒足らずの時間すら、パチュリーには無限の空白のように思えすらした。そしてあたかもその空白を埋めようとするかのように蘇る、今よりほんの数十分前の記憶。
 
――宵風の吹きすさぶ紅魔館・バルコニー。そこから望める雄大な紅の夕陽。

 そこへ息せき切って降り立ったのは、亜麻色の髪の乙女。それと妙に目を赤く腫らした、白髪の少女。
 
「遅い」

 疲れの滲むため息は、他ならぬパチュリー自身のものだった。なにせあの時、あの時点でもうデッドラインは過ぎていたから。この演奏会にプリズムリバー楽団を起用するか否か、それを決める締め切りの予定時刻は。

「時間切れよ。とっくに」
「申し訳ありません……間に合わなくて。演奏、受けられなくて……」

 頭を下げるルナサに向け、パチュリーはニコリともせずに口角を尖らせる。

「なに腑抜けたこと言ってるのよ? あなた達がやらなきゃ他に代わりはいない。今更なによ」
「え……でも、一時間で戻れなかったら断るよう、雷鼓さんに伝えて……それに次善の策があるって」
「次善の策、ね……」

 確かにパチュリーはルナサ達にそう告げてあった。そこに嘘はない。
 もしもプリズムリバー楽団が「使えない」ことになれば、魔法でもって用意した楽団の鏡像を配置するつもりだった。だがそれには時間がかかる。演奏という複雑な動作を行わせる鏡像を、それも4体も作るのは流石の彼女にも骨だった。十分な集中と詠唱が要るだろう。けれどその機会はとうに過ぎ去ってしまった。既に陽は沈みかけていたし、誕生日会はもう間近。今から準備するのでは間に合わない。
 ……もっとも魔法での再現には限界があったし、フランドールの満足を得られる保証もまた無かった。とどのつまりパチュリーは最初からルナサたちに任せる他無かったのだが……彼女はそのことは告げず、むしろ大仰にため息をつく。

「あんたねぇ」
「は、はい」
「あの付喪神に心底感謝しときなさい。まったく……」
「それは――」

 意外そうに目を丸くするルナサだったが、すぐに居住まいを正した。理解したのだろう。自分がまたしても人に恵まれ、助けられたということに。
 それでも――ルナサの瞳が金色に輝いているのは、夕暮れの眩さを浴びたせいだけではなかった。少なくともパチュリーはそれを見て苛立たしげに頷いて、

「改めて、言っておくけど」
「はい」
「これはただの演奏会ではない。ただの誕生日会でもない。495年間も分かたれていた姉妹が、互いにその手をもう一度取り合うための最初の一歩。そう心得なさい。うまくいきませんでした、は許されない。少なくとも――私は許さない」
「はい……」
「策はあるのね? 運命を打破する策」
「……はいっ」

 陽が沈み、宵闇が足音を立てて悪魔の館に迫りきていた。
 ルナサはヴァイオリンに束の間瞳を向ける。「Bevitore」の銘が彫り込まれた魔法のヴァイオリンに。
 既にその魔力はルナサ・プリズムリバーという騒霊そのものを蝕んでいる。例えこのヴァイオリンを手放したところで、ルナサの演奏は楽団の音を「理想の音色」に束ねてしまうだろう。そうなれば、彼女の見た予知夢の通りの運命が来る。
 だけれども彼女は、ルナサは、震え一つない声で告げた。

「スコルダトゥーラで弾きます」

 その言葉に驚いたメルランが姉を見やる。半ば宵闇に影を落とされたその後ろ姿を。
 漏れ出す魔女の吐息。

「それは……賭けね? 合わせの時間なんて無いわよ」
「わかってます」
「友人の運命を賭けろと言うのね、私に」
「申し訳ないとは、思います。全ては私の至らなさのせいです。本当に、お詫びのしようもありません」
「それでもやるのね」
「……やりたいと、思っています。失ってしまった信用は、演奏でしか取り戻せないと思うから。虫のいい話、ですけれど……」
「私はあなたたちの信用なんぞ興味はない。問題は、上手くやれるのかどうかだけ。けれどもししくじれば、もしこの期に及んでそんなことがあれば、くどいようだけどね、私はあなたたちを許さないでしょう。ここは悪魔の館。私はそこに住まう魔女なのよ。それでも、やるのね」

 静かな視線の交錯があった。パチュリーの長い髪が風になびいた。その冷たさのせいか彼女は少し咳き込んで、館に戻るよう踵を返す。慌てて追いかけるルナサに向け、魔女の言葉が鋭く響いた。

「いいでしょう! それより時間がない。こうなったらもう私にできるのは、あなた達が少しでも良いパフォーマンスを発揮できるよう取り計らうことだけ。準備にかかってちょうだい。延期の延期なんて笑えない」
「……はい。はい! ありがとうございます! ほんとうにご迷惑ばかりおかけして申し訳も――」
「いいから、もう。それより必要なものがあればメイドに言いつけなさい。あなた達のファンだって張り切ってる連中がいるから。なんでもしてくれるでしょうよ。けほっけほ……」

――そして、今に至る。

 彼女自身の言葉の通り、既に賽は投げられていた。ルナサたちプリズムリバー楽団の四名は舞台上に立ち、吸血鬼の姉妹がそれをじっと見つめている。二人の拳はそろって握りしめられている。
 パチュリーもまた全ての現実がただただ進行していくのを見つめる。
 ルナサの構えた弓がヴァイオリンへと触れる。

 演奏が始まる。

 震えた音色が響く。ヴァイオリンのソロ。それを耳にしてパチュリーは……彼女の表情がこわばる。例えるなら、スピーカーが一言目からつまらない挨拶を発した時の聴衆のように。

――ヴァイオリンが主導権を握ってはダメなのだと、あの騒霊は理解できなかったのかしら?

 そう感じたパチュリーが失意のため息を吐き出しかけた。だが、刹那のうちにヴァイオリンの音色が隠れる。追いつくキーボードの、トランペットの、ティンパニの合奏。たちまちに生ずる音の衝動の奔流。
 しかしそれは……やはりアルモニアとは程遠い混沌と苦悶ののたうつような演奏だった。けして聞き心地の良い音色ではない。

――やはり、無理なのか。

 パチュリーもまた知らず知らずに両手を握りしめていた。ルナサの作戦は機能こそしているが、どう考えても準備時間が圧倒的に足りていない。パチュリーはそう見積もる。
 スコルダトゥーラ。変則調弦、または特殊調弦とも訳せるそれは、その名の通り変則的なチューニングにより楽器本来の音とは異なる音を出す手法を指す。ではルナサは、この騒霊のヴァイオリニストは、いったい何をしようとしているのか?

――ルナサ、あなたの狙いは理解できる。

 パチュリーが目を向けた先には、今も必死の形相で演奏を続けるルナサがいるだけだ。
 だが魔女の瞳には見えていた。「Bevitore」のヴァイオリンの周囲に集中している異常な魔力のモヤ。より正確に言えば、モヤはヴァイオリンのペグ(糸巻き)の辺りに垂れ込めている。

――これがあなたの賭けた手札なんだわ。いくら魔法のヴァイオリンが「理想の音色」を響かせるとしても、物理的にペグを、弦の張り方を歪められれば音は変わる。変わらざるを得ない。そうすれば楽団の演奏を導く魔法も効力を発揮しない……。変則調弦(スコルダトゥーラ)。たぶんその発想は正しい。唯一の正解とさえ言えるでしょう。けれど……。

 魔女が思案するうちにも演奏は続いていく。つんのめり、かと思えば突然に艶を取り戻し、そして再びに歪まる奇妙なヴァイオリンの調べ。
 抵抗しているのだ、とパチュリーは察する。ルナサが騒霊の力でペグを弄り調弦を変える度、ヴァイオリンの魔力もまた「理想の音色」を取り戻そうと調弦を「巻き」戻している。イタチごっこだ。
 あるいは何時間も、何十時間もこの演奏を続ければいつかはルナサ自身の音色を取り戻せるかもしれない。
 だが今は、今こそが本番なのだ。今この瞬間が大一番であった。
 それなのに、けして音楽に詳しくないパチュリーにすら今のルナサのヴァイオリンは壊滅的だと理解できてしまう。二重人格のヴァイオリニストが交互にその主人格を取り替えながら演奏しているようなものなのだ。破滅的なデュオ。素晴らしい演奏など生まれようもなかった。

――やっぱり、あなた達を呼んだのは間違いだったわ。残念よ、ルナサ……。

 聞くに堪えず、その場を立ち去ろうとするパチュリー。その背後であがるフランドールの叫び声。

「違うっ!」

 ああ、もうお終いだわ。レミィの勇気も、姉妹が再びに手を取り合う未来も、全ては水泡に帰した。そんな諦念がパチュリーの胸中によぎりさえした。
 だが。

「違うわ! 私の知ってるのとぜんぜん違う! こんな演奏初めて!」

 フランドールの上げたのは、顰蹙よりもむしろ歓声だった。驚き振り返ったパチュリーの、その意識に刹那ふりかかる音の波。騒々しいアンサンブル……。
 それでふと彼女は気がつく。自分がヴァイオリンの音色にばかり気を取られていたことを。
 たしかにルナサの演奏はひどいものだ。今の状態は、とてもプロの水準ではない。それ単体であれば。

――そう。そうなのね。ルナサ・プリズムリバー。あなたは一人じゃないってわけ……。
 
 ルナサの揺らぐヴァイオリンの調べに合わせ、マニックに震えるトランペットの賑やかな。
 かと思えば立ち直った「理想の音色」と交叉するように鋭く奏でられる、キーボードのシャープな響き。
 そしてそれらの間隙を違和感なく埋め合わせるの、パーカッションたちの愉快ながらも頼もしい律動。
 合わせているのだ。メルランが、リリカが、雷鼓が、ルナサと「Bevitore」の互い違いに響く演奏に合わせて、それを時に引き立てるように、それを時に導くように、楽団全体をスコルダトゥーラで響かせている。ルナサがヴァイオリンの魔力を抑え込んでいるために、他のメンバーは既に「Bevitore」のくびきを脱しているのだった。
 ……たしかにそれは個々人としてのベストな演奏ではないのかもしれない。しかしそれぞれが、それぞれのできる範囲でもって、最上のベターを生み出そうと悪戦苦闘する過程そのものであった。
 それこそが彼女たちのアンサンブルであった。
 それこそがプリズムリバー楽団という一有機体にとっての理想の音色に他なからなかった。

 ◯

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 ヴィーノ・ロッソの香りがした。私たちは空っぽの舞台に立っていた。
 薄暗いスポットライトの外れ、舞台のふちに腰掛けた、煤けた男の背中が見えた。

「せっかくの理想の音色だ。勿体ないことをする」

 酒に灼けたような掠れた声が響いた。背中越しでその表情は見えない。彼にもまた私のことは見えていない。
 だというのに……奇妙な親近感があった。なにか声をかけようと思っても、うまく言葉が見つからない。
 だから、ずいぶんと長い間があった気がした。不思議と嫌な間では無かった。その末に、私は口を開く。

「ありがとう……ございます……」

 がたん、と。驚いたように背中が震える。彼は手元にヴァイオリンを持っているようで、それが舞台に触れた音のようだった。
 私もまたヴァイオリンを手にしていた。そこには私の名前が彫ってあった。たぶん、彼の方にも……。

「たくさんの未熟さに気がつけました。たくさんの大切なこと、思い出せました。半分は、あなたのおかげだと思う。だから……ありがとうございます」

 頭を下げる私に、乾いた笑いが返る。とても切なそうな笑い声。とても、さみしげな。

「あんたは俺とは違ったな。俺のような惨めにはならずに済んだ」
「私は、そんなのじゃ」
「Non c'è di che……完敗だよ、グランデ・マエストラ」

 ふと顔を上げたら、もう彼の背中はどこにも無かった。彼のあだ名が刻まれたヴァイオリンだけが舞台に残されていた。
 私はそれを拾おうとして――ふと、顔を上げた。
 
 気がつけば演奏は終わっていた。
 そこは紅魔館のホールで、その場の誰もが感極まった瞳を私たちに向けていた。
 私が呆然としていると、駆け寄ってくる小さな影が一つ。

「あの、あの! とっても素晴らしい演奏だったわ!」

 フランドール・スカーレットが歓喜の声をあげる。それでようやく「終わったんだ」って理解できた。全身から力が抜けていく。
 ううん、まだだ。まだ私の仕事は残っている。己に喝を入れ、私もまた彼女を見つめ返す。微笑みを携えて。

「……楽しんでいただけたでしょうか?」
「うん! 最高だった! ねえねえ、今の曲はなんて名前なの? もしかして新曲かしら!?」

 曲の名前……考えたこともなかったな。
 私は助けを求めて仲間たちを振り向くが、先程までの協調はどこへやら、たちまち皆の知らん顔。「リーダーなんでしょ、任せるよ」って。
 まあ、いい。それもまた信用の証ということにしておこう。

「……そうね。演奏中、いろんなことを思い出していた。いかに私がちっぽけな存在なのかって、よくわかった。だから、この曲の名前は『ちっぽけなバイオリンのメメント』にしようかな」
「なんだか卑屈な名前ね? でも、それってルナサさんらしいわ。私ますますファンになっちゃった!」

 はにかむフランドールが、かと思うと顔を赤らめて、振り向く。
 その視線の先、ずっと落ち着かなく身を揺すっていたレミリアを見やる。
 私は彼女たちの関係性を知らない。この数百年にどんな確執と歩み寄りがあったのかも知らない。けれど、自然とこっちまで緊張が走る。

「フラン……」
「ふんっ。まあ、お姉様にしては素敵なプレゼントだったわ。いちおう、お礼を言っておく。あ、ありがとうっ!」
「フラン……!」
「こ、今回だけよ! ちょーし乗らないでよねっ!」

 ぷいっと顔を背けるフラン。それに入れ替わりでレミリアが立ち上がって、号令をかける。

「さあみんな! 言っておくけど誕生日会はこれからよ! 食事も飲み物もたくさん用意したし、パーッと楽しみましょう!」
「涙声じゃあしまらないわねぇ、お姉様?」
「う、うるさい! せめて姉らしく決めさせなさいよ!」

 それで……今度こそ「終わったんだ」って実感が湧いた。
 視界の端っこでは、私の百倍も疲れ切った表情のパチュリーさんが、へなへなと椅子に崩れ落ちていた。


【Epilogue】


 紅魔館での演奏会から、気がつけばもう一ヶ月が経った。あの仕事の後は休暇を取るはずだった私たちは、しかし休むどころかなぜか連日連夜のコンサートツアー遊行を敢行していた。
 疲れた。
 今はもう、その感情一色だ。だというのに……。

「えー、こほん! 本日は皆様お忙しいところお集まりありがとうございます! それでは只今より、プリズムリバー楽団第三回決算報告会を始めます!」
「先月やったじゃーん」
「いいの!」

 いつも以上のマニシーは、メル。たちまちあがるリリカのブーイング。雷鼓さんは「相変わらず賑やかね」って楽しそうか顔で見つめてる。
 私は……はぁ。もう好きにしておくれ。

「えー、皆さまのご尽力のおかげで、おかげで……なぜか! また観客数が減少傾向にあります! なんでよ!?」
「そりゃねぇ、前のはルナ姉の『あれ』がウケちゃっただけだからね。

 ぐふっ。リリカの嫌味が私に突き刺さる。
 「あれ」……もとい、魔法のヴァイオリン「Bevitore」は、まだ私の手元にある。けれど前のような歪んだ「理想」の音はもう出なくなっていた。今はただ、一人でに調弦が済む素敵で便利なヴァイオリンにすぎない。
 あの恐るべき魔力はどこへ消えてしまったのか。あるいは消えずに眠りについただけなのか。それとも私が弾きこなせるほどの実力を得た、とか。
 真相はわからない。それにどうでもいいことだ。次にまた暴走しても、もう私たちの仲を引き裂くような大事にはならない。それだけは間違いない。

「メル、リリカ、もうその辺にして。観客が減ったのは寂しいけれど、しかたない。今の幻想郷は素敵な音楽家たちが増えてるからね。それに……」

 私は少し息を置いて、メルの、リリカの、雷鼓さんの表情を順番に見渡していく。アンサンブルは皆で形作る物だけど、メンバーに不安がある時、それを導くのはやっぱりリーダーの役割だ。

「メル、今日もこの後にライブがあったよね?」
「うん。中有の道で、会場をおさえてあるよ!」
「そっか……ねえ、みんな。ひとつ提案があるんだけれど……」

 静まり返るメンバーたちに向け(みんな大袈裟なんだ)、私は咳払いを一つ挟んで続ける。

「実は、鳥獣伎楽の二人に声をかけてて……この後のライブの最後の一曲、彼女たちとコラボ演奏にする、ってのはどうかな? ほら、他の演奏家たちと敵対するより、手を取り合って、高めあうほうが素敵でしょ? みんなさえ良ければ、すぐにでも彼女たちに連絡をするんだけど……」

 言いながら不安になってくる私。やっぱり無理かな? なかなか話がまとまらなくて(半分は、伎楽が神出鬼没すぎてコンタクトできなかったせいだけど)、こんな土壇場になってしまった。
 
「あ、あのね、まだ確定事項じゃないから皆が嫌なら別に……」

 けれど。

「素敵! ゲリラライブのゲリラコラボね! きっと盛り上がるわ!」
「私はもともとみすちー達と演奏してたからねー。ま、このリリカちゃんがいれば壊滅はしないわよ」
「ふふ、賑やかな演奏になりそうね。けれど合わせの時間は無いわ。ぶっつけ本場になるけど、ルナサ、それは平気?」
「あはは……実は私たちって、ちょっとそういうアドリブ混じりの方が、むしろ賑やかでいいのかなって思って。きっとみんななら上手くやれます! ううん、私たちなら!」
「あら、信用してくれてるのね。でも……」

 雷鼓さんのにこやかな瞳が、すっと細まって。

「次からは、もう少し早く伝えてくれてもいいのよ」
「そうね。ちょっと土壇場すぎるかも!」
「そうだそうだー! 賃上げを要求する!」
「ち、賃上げ……? それは、うぅ、ごめんなさい……」

 なんだか……また間違えてしまったみたい。どうも上手くやろうとすると、これだ。人(幽霊だけど)って急には成長しないものなんだろう。本当に、未熟なことばかりで嫌になる。
 ああ……憂鬱……。

「そんなに落ち込まないで、ルナサ」
「雷鼓さん……はぁ、完璧で理想のリーダーは遠いです」
「いいのよ、少しずつ良くなっていけば。大切なのは、今を楽しむこと! その点で、先のあなたのアイデアはとっても素晴らしいと思う! 私もなんだかわくわくしてきちゃった」

 どっと肩の力が抜ける。
 今回わかったこと。私は周りの人たちに助けてばっかりだってこと。だからこそ。そんな恩を少しでも返すには、きっと地道な道しかないのだろう。一足跳びで「理想」に辿り着くよりも、私には私の調弦がある。私が歩むしか無い道が。私しか歩めない道がある。たふんそれが、それこそが、私の理想の音色なんだろう。
 だから探し求めよう、昨日より良い音色を。
 だから追い求めよう、今日より良い日々を。
 大好きな妹たちと、大好きな仲間たちといつまでもそばにいたいるために、まずは私が良く在ろう。

――ルナサ、きっとそれでいいのよ。

 その時ふと、懐かしい声が響いた気がした。
 けれどすぐにそれは、私を呼ぶメルとリリカの声にかき消えた。
読んでいただきありがとうございます。
ひょうすべ
https://twitter.com/hyousubesube
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コメント



0.50簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.80せんとらた削除
こういう、色々あったけど、最後には小さく、しかし大きな一歩を踏み出せたって展開がまず大好物なので、とても良かったです。
登場人物たちの音楽に対する真剣さや、ひとりよがりでなく、他人との共感を重視しようというテーマが丁寧に描写されていた点も好きです。特にメイド妖精の無垢さによってルナサが解放されたくだりは、それまでの縛られたルナサの描写が丁寧だった分、転換点として非常に綺麗でした。
しかし、それだけに前半の、元ファンに電撃を食らわせる場面はこれらをかなり損なってしまうものだと感じました。何故なら、そのような行為は音楽と他人に対する誠実さの欠落だと思うからです。音楽家が離れたファンに音楽で返すのでなく実力行使ってのも、それはそれで幻想郷っぽいですけどね!
総じて、美しい童話を読んでいるようで楽しかったです。
3.100東ノ目削除
Bevitoreのヴァイオリンがあまりにも呪いの装備なのでこれは決別して元のヴァイオリンに戻すだろうなあと予想していたらBevitoreを使いながら問題も解決するという欲張りな解が提示され、でも読後はそれ以外あり得ないと思うくらいに強欲な解が納得のいくものに纏められていて流石と思いました
4.100夏後冬前削除
二次創作を読んであまりの感動に泣いたのは久しぶりでした
ブラボー、ブラボー
5.100名前が無い程度の能力削除
柔らかくも叙情的な文章表現と、音楽を通して進展する関係性、そして進化する音そのもの、様々な要素で構成されたプリズムリバー姉妹が愛おしかったです。
6.100南条削除
とても面白かったです
一本の映画を見終わったような充実感がありました
迷いを晴らしたルナサたちの演奏が聞こえてくるようでした
素晴らしかったです
7.80名前が無い程度の能力削除
序盤から中盤、少しユーモアもある語りなのに閉塞的な雰囲気を強く感じたのは、おそらくルナサの視点が「自分たち」もしくは「自分の記憶」にしか向いていないからなのではと感じました。妖精メイドたちという完全な他人と交わるシーンが一番好きだったのですが、あのシーンの爽快感はそこから来るのかもしれません。
音楽と向き合う以上に、家族に対して、他者に対してどう触れようか、おずおずと、しかし時に激しく頭の中で葛藤するルナサの姿が印象的でした。
8.100名前が無い程度の能力削除
シミュレーション上のフランが怒った後から、欲しいものがお出しされて最高でした!