Coolier - 新生・東方創想話

初秋という季節は、大空に羽ばたく聖女の顔をしていた

2023/05/04 20:08:25
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(上)


 初秋。昼間の青色が微かに薄くなり、ようやく涼風が幻想郷に囁き始めた季節。
 稲穂が付き出したことを雀の祝詞に聞き取った人々が、そろそろ秋祭りの時期と衢(ちまた)を行き交い始める。ある者は友人と回る計画を語り合い、ある者は屋台で使う器具について、古くなっていないか点検を始め。ほら、気の早い者たちが餅を仕込んでいる良い匂いが、歩いてみれば既にちらちら。

「いつも置いてくださりありがとうございます」

 そんな人間たちの喧騒の中で、今日も一羽の記者が、妖気の行き交う貸本屋を訪れていた。
「ではこちら、お願いしますね」
「はい。こちらこそ、いつも助かってます~」
 貸本屋「鈴奈庵」の店主となった女性、本居小鈴は、記者の問いかけに対しにこやかに返事をする。臙脂色の風呂敷から今や馴染みとなった紙の重さを感じながら、ふと小鈴は疑問を抱く。
「…ここに新聞置き始めてから、もう何年経ちますっけ?」
「どうでしたかねぇ。この程度の時間、我々にとっては気にするものではありませんでしたから」
 枯葉色のキャスケット帽を被り直しながら、鴉天狗の記者――射命丸文は答える。出会った時から全く変わらない整った顔立ちを見ながら、あぁ、そうなのかも、と小鈴は苦笑する。
 既に千年近くを生き、これからさらに永久(とこしえ)に近い時を飛翔するこの妖怪にとっては、私の一生すら、一羽の小鳥を見届けるのに等しいのだろう。
「あぁ、でも」
 長いまつ毛をたたえた瞳が視界いっぱいに広がる。不意の接近につい仰け反ってしまった自分を夕陽色の鏡に見つめる傍らで、文は感慨に耽るように輪郭のない息を吐く。
「言われてみれば、初めてお会いした時より、すっかり大きくなられましたね」
「!」
 優しい文の声にくすぐられ、小鈴は確実に膨らんだ胸を張ってみせる。
「そうでしょうそうでしょう!もう私も、立派な大人の淑女(れでぃ)です!」
「はい。そういうところが、まだまだ子供です」
「ちょっとぉ!?」
 上げてから落とす天狗仕草に、つい噛みついてしまう小鈴。そんなツッコミも、文はけらけら意地悪な笑いと共にひらり、躱していく。最近になって増えるようになった気がする、彼女とのじゃれ合い。
 ちらり、文の目を見る。夕陽色の瞳には、どこか懐かしさと暖かさと共に、僅かな寂しさがこもっているように見えて。けれどそれを聞く前に、いつも枯葉色のキャスケット帽を被り直されてしまう。今回もそうだった。
「幻想郷はすごいにぎわいですね」
 熱気あふれる人々の声を拾い上げたそよ風が、暖簾を通り抜け、二人のもとまで届く。ふわふわはためく暖簾に文は口許を綻ばせると、肩にかけた鞄から徐に写真を取り出す。
「これでもここに住むようになって長い身ですが、ここまで明るく活発な幻想郷は、見たことがありません」
 こちらが視線を向けているのに気付いたのか、くすりと文は目を細めてみせる。
「見ます?」
「良いんですか」
「どうぞどうぞ。小鈴さんだけにお見せする特ダネです」
 こちらを的確にくすぐってくる言葉に、つい身を乗り出してしまう。あぁこういうところ、自分はまだまだ「子供」なのかもしれない。ニヤニヤ楽しんでいるのだろう記者の顔を見ないよう気を付けながら、机に並べられた写真に視線を移す。
「わぁ…」
 ある写真には、里の外に広がる田んぼが映っていた。筋雲に掠れた空の下で刈安色(かりやすいろ)に靡く田園の装いは、秋の訪れ、そして来たる黄金色の豊穣を約束してくれる。そして、奥をよくよく見れば、畦道を走る子供たちの前で、箒に乗った魔理沙が手を振っていた。あの子供たちは、どうにか魔理沙さんに追いつこうとしているのかな。頑張れ。
 ある写真には、懐かしい寺子屋で、ある少年が慧音先生に教えを乞うているようだった。けれど彼は、もしかしたら先生をも越す程度に背が高い……あぁ!あの切りそろえられた髪!よく見たらこの子、昔鈴奈庵から白紙のノートを借りていた狐君だ!そういえば、最後に会った時「先生になりたい」て夢を話していたっけ。立派に頑張ってるんだなぁ…また来てくれるかな。
 ある写真には、長閑な茶店で、山茶花の髪飾りをつけた阿求が、葉っぱの髪飾りをつけた鈴奈庵(うち)の「常連さん」と語り合っている。そういえば、彼女たちはいつの間にこんな話すようになったのだろう。分からない。けれど、何ごとかを(鬱陶しがられてそうなくらいに)懸命に聞いている親友の姿は、まだまだ生気に溢れていて。このまま、ずっと元気でいてくれると良いな…
「あと半月もすれば刈り取りでしょうか。今年の秋祭りが楽しみですね」
 柔らかい文の声音に、吐息を弾ませながら頷く。自分も、久々に思いっきり回ろうかな。こういう場でしか会えない知り合いの方々も、たくさんいることだし。
「そういえば昨日、阿求が話してましたよ。秋神様や市神様、それに霊夢さんが話し合って、良い日取りを考えているって…」
 ここで、小鈴の声は止まった。
 机上に広がっているのは、ここを長年見続けて来た者が切り取った「小さな幻想郷」。そんなベストショットには、自分が判読眼を得てから知り合った皆が、余すことなく映っている。
 ただ一人を除いて。
「あの、文さん」
「はい?」
 そうだ。最近、私にはずっと、疑問に思っていたことがあったんだ。

「霊夢さんのこと、もう記事に書かれないのですか?」

 博麗霊夢。幻想郷の守護者たる、当代博麗の巫女。かつては、気ままにぐうたら、信仰などを求めて欲張っちゃったりする人間らしさが見守られて来た巫女。けれど、たくさんの出会いと出来事を通して成長を続けた彼女は、今や日々祭事に勤しんでは人間のために飛び回り、幻想郷を牽引する存在として皆から慕われている。
「何故、それを気になさるのです?」
「な、何故って…それは」
 夕陽色の瞳が、じっと小鈴を見つめる。嫌悪などは一切感じさせない、ただ真っ直ぐに疑問を投げかけるような声音。けれど、その姿勢がむしろ小鈴を戸惑わせる。
「以前は、あんなに追いかけていらしたのに」
 皆から愛される存在だった霊夢。その中で、最も彼女を愛していた妖怪が、射命丸文だった。少なくとも、小鈴からはそう見えた。
 風呂敷の結び目を解けば、でかでか霊夢の映っている写真が見えて、幾度呆れたことか分からない。文面を読んでも、批判しているように見えて、実は遠回しに激励していたり勇気づけたりするような書き方をしていて。こんなんじゃ彼女には伝わらないんじゃないかなぁ、なんて微笑ましさすら覚えて来て。
 それが、いつからだろう。

 『文々。新聞』から、霊夢について書かれた記事が消えてしまったのは。

 最初は、ちょっと気になった程度だった。その時には、文は幻想郷そのものを取材対象にしているから、そういうこともあるのかな、と考えていた。
 けれど、それが何ヶ月も、何年も続いて。三面記事の隅っこまで隈なく判読しても「霊夢」の文字を見ることはなくなって。
 まるで初めから博麗霊夢のことを気にもしていなかったかのように、射命丸文の時間は流れている。少なくとも、小鈴にはそう見えている。
「…どうやら、何か勘違いしておられる様子ですね」
 口許に手を当てながら、文は小さく頷いてみせる。眉一つ動かさないあまりに落ち着き払っている様子が、小鈴の不安をもやもや粟立てていく。
「私が霊夢を追っていたのは、あくまで彼女の言動に記事に書くだけの価値が存在したから。それだけです」
 そんな、という大声が、気付けば飛び出していた。
 確かに、文が霊夢について記事にしなくなったのは、彼女がお勤めをさぼらなくなって、博麗の巫女として完成した時からだった気がする。文の発言は、小鈴の抱いていた疑問をかちりとはめるものだったと言える。
 けれど、だからこそ、小鈴には文のその態度をどうしても認めることが出来なかった。
「今だって面白いじゃないですか。それに最近は、幻想郷や人里のことで特に積極的に動いていらして…」
「良いですか?記事というものは、日記や物語では決してありません」
 意志の固い声が、小鈴の反論を黙らせる。
 今、射命丸文は、あくまで一人の記者「社会派ルポライターあや」として、小鈴と対峙している。
「貴方はご存知ないかもしれませんが、今の霊夢は"博麗の巫女"として本来当たり前の姿。その皆が知っているような姿を私が改めて書くことに、何の意義があるというのです?記事とは、暴くべき真実を記し、社会がどうあるべきものかを考えてもらうことに真価があるのですよ?」
「う…」
 整然と並べられた持論に、今度こそ小鈴は小さく膝を曲げてしまう。
 記者として、長年幻想郷にいる者として、一つ一つの言霊に重みがある。この方がどれだけ記事というものと向き合って来たか、その欠片を見て来たからこそ、その論説が文にとっての「真」であることが小鈴にも分かってしまう。
 けど、そうじゃない。
 そうじゃないのだ。そんなはずないのに。
 あぁ、くやしい。胸に燻る靄を、言語化することが出来ない。書を読み続けることで幾多にも積み上げてきたはずの語彙が、この人を前にして、まるで役に立たない。
「納得いただけたようで何よりです」
 仮面の笑みを見せながら、そそくさと机に散りばめていた写真たちを文は片付けていく。こちらが止める間もなく鞄を整えると、くるり、そのまま背中を向けてしまって。
 分厚いガラスに阻まれてしまったかのように、伸ばした手が力なく下りていく。見送ることしか出来ない自分が虚しくなって、項垂れてしまう。
「…あ」
 一枚、写真が残っている。片付け忘れたのだろうか。あぁ、もう文さんが暖簾を抜けようとしている。とにかく呼び止めないと。
「あ、文さーん!これ…」
 けれど、手に取った写真を掲げ、その中身が視界に入った瞬間、小鈴は目をまん丸に見開いてしまう。

 …これ、さっきまで机に並べてあった写真じゃない。
 あれ程写真が散りばめられていたはずなのに、何故それが分かるのかって?
 分かる。むしろ、すぐ分かるに決まってる。
 だって、その写真に映っていたのは――

 目を丸くさせたまま、小鈴はゆっくりと顔を上げる。刹那、こちらへ振り向いていた文と、再び視線が合う。
 口許に人差し指を当てた射命丸文の笑顔は、どこまでも「人間」で、優しかった。


(下)


 冷気を帯びた風が、小鈴の頬を小さく震わせる。入口に揺れる暖簾を見れば、柑子色が僅かに染みた光が瞬いているのが分かる。賑やかな喧騒も落ち着きを見せ、今聞こえるのは、レコードから流れるチェロの音色だけ。
 今日棚に整理しておくつもりだった本の数々。受け取った新聞も、風呂敷の結び目だけ開いて、そのまんま。ため息をつきながら、椅子の背にもたれかかる。
 あー、と掠れた声も出てしまう…いつの間にか、夕方になっちゃっていたんだ。
 胴体を揺り戻し机にべたっと突っ伏しながら、手元へ再び視線を向ける。持っているのは、さっき文が置いていった一枚の写真。
 本当……何回見ても、良い、写真。
 このまま夜を徹して寝落ちてしまうまで、ずーっと見つめ続けていたい。胸に抱きしめて、離さずにいたい。
 去り際に文が見せていた顔が、ふわり、画面の奥から浮かんで来る。
 あの人、これを撮っていた時も、あんな顔をしていたのかな。
 けれど、だったらなおさら、なんで自分から離れていくような態度を取っていたのかな。
 もっともっと、素直になっても良いはずなのに。

 ――はぁ。何年経っても、文さんの考えてることは、全く分からないなぁ…

「小鈴ちゃん、いる~?」

 暖簾をくぐって来た声に、小鈴の肩が思いっきり跳ね上がる。あまりに聞きなじみのある、ちょっとだけ伸びた声。パニックを起こした頭で声の主をなんとか判断し、慌てて写真を引き出しにしまう。
「れ、霊夢さん!いらっしゃいませー」
 勢い良く立ち上がったせいで、倒れた椅子の悲鳴が店に響く。
 揚羽蝶のように優美に広がる赤いリボン、肩が開いたスカート状の巫女服。翡翠の髪状(かざし)を艶やかに伸ばした噂の巫女、博麗霊夢がそこにいた。
「あ、何今の反応。もしかして、誰か気になる人でも出来たかしら?」
 どうやら、写真を隠すところは目ざとく見られてしまっていたらしい。机を隔てて小鈴と向き合うと、面白そうに目を細めて来る。
「そ、そんなことは」
「ふーん?」
 首を小さく振って初めて、自分の顔が沸騰するほどに熱くなっているのを自覚する。わぁ、すごく恥ずかしい。
「ま、本格的に話が進んだら、うちに相談なさいね。小鈴ちゃんにはお世話になってるもの、盛大にやったげるから」
「だからそんなんじゃないですってばぁ」
 すっかりその気になりながら暖かい視線を向けて来る霊夢に、小鈴はあわあわと手を振るのがやっと。否定すればするほど霊夢の口許はにこにこ緩んでいってるし。
 けど、博麗神社で、かぁ…どんな形で祝ってくれるのかな。着るのは白無垢だよね、私でも綺麗に着こなせるかなぁ…へへへ……
「最近はどう?何か相談とかは来ていないかしら」
 はっ。ふわふわしている場合じゃない。我に返った小鈴は一息つくと、真っ直ぐこちらを見つめる霊夢と視線を合わせる。
「このところは特に。今日も里は平和ですよ」
「良かった。小鈴ちゃんが話を聞いてくれるようになって助かるわ」
 穏やかな吐息に、小鈴の胸が高揚する。
 霊夢たちの「仲間」として迎え入れられて以後、小鈴は阿求たちの助言も受けながら、人間の里で起きた小さな事件などを聞くための窓口も代わるようになっている。
 前よりさらに妖怪に関して踏み入ることになるこの役割に、阿求や文などからは今でも心配されているけれど。こうして役に立てていることを聞くだけでも、引き受けて良かったな、と思う。
「これからの季節、お祭り騒ぎに乗じて調子に乗る馬鹿が出るかもしれないから。何か見聞きしたら、すぐ私に知らせなさい」
「大丈夫なんですか?秋祭りの準備でもお忙しそうなのに」
「心配無用。これくらいでへこたれる程、軟じゃないわ」
 白い歯を見せながら堂々と笑う霊夢からは、くたびれた様子が一切感じられない。白く艶のある肌は年下であるこちらが羨ましくなる程に若々しさを見せ、一方で、紅を増した巫女服から落ち着いた大人の雰囲気を感じさせてきたり。
 調和の取れた頼もしさに思わず見とれてしまっていると、徐に霊夢が背丈をこちらに合わせて来た。
「…ところで、ミアレウェストマコットの新作が入荷されたって聞いたんだけど」
 誰もいないのに、こそこそ囁くような語り口。別に隠すようなことでもないのに、こういうところはいつまでも変わらないんだなぁ、と小鈴は口許を綻ばせる。
「ふふ。一部残ってますよ」
「やった♪」
 幼く弾んだ声を背にしながら、本棚からお求めの小説を取り出す。赤朽葉の表紙のその本は、紅葉に艶書を託したところから始まる、甘くも苦い物語。…そういえば、霊夢さんの方こそ、そういう話、出ていたりしないのかな。聞いてみても良いのかなぁ、けど巫女さんだからその辺り厳しかったりするのかな…
「あ」
 何かに気付いたらしい霊夢の声が聞こえる。がくんと膝を崩されたような動揺に、小鈴は思わず本を取り落としそうになる。
 ちくちく棘のこもった感情的な声音は、小鈴にも耳馴染みがある、霊夢の声。
 けれどそれは、もう長いこと聞くことのなかった声でもあった。

「フン、相変わらずデタラメな記事ばかり書いてるわね」

 小鈴が見たのは、解いたばかりの『文々。新聞』を手に取る霊夢の姿だった。
 形の整った眉を真っ直ぐに逆立て、口の形も見事なまでのへの字。そして栗色の双眸にもめらめら反抗心が燃え上がっていて。
 面影が残っている、だとかそういう次元ではない。小鈴が出会ったばかりそのままの「少女」である博麗霊夢が、そこにはいた。
「…あの、霊夢さん」
「あー?」
 ドスのきいた眼光が喉元まで迫り、思わず頬を引きつらせる。う、うわぁ、この泣く子も黙らせる圧、本当に懐かしいなぁー…
「さ、最近文さんとは会われてないんですか?」
「そうね。もう長いこと顔すら合わせてないかしら」
 新聞を一瞥しながら、再び鼻息を立てる。何故だろう、気まぐれに漂っていた妖気が、荒魂を畏れて全部本へ引っ込んでいったような気がする。
「ま、私としてあの気取った笑顔に付きまとわれなくなって、むしろ清々しい気分なんだけど」
「あはは…」
「あー、思い出したらまたムカついて来た。滅ぼしに行こうかしら」
 ぎらり、生意気な鳥に狙いを定めた猛獣の目。あまりの禍々しさに、こちらの愛想笑いまでがかちかちに凍り付いていく。
 慣れた自分でさえこうなのだ。霊夢をあまり知らない者が今の巫女を見れば、怒気に巻き込まれるまま、卒倒してしまうだろう。
 けれど、その怒りは、射命丸文にはきっと通じない。この二人にとっては、むしろこれが日常の関係だったのだ。
 むしろ、文の方がちょっかいをかけては霊夢が噛みつき、期待した反応を文は楽しみながら、追いかけっこが始まる。
 幻想郷中の空を巡って、どこまでも、どこまでも。
「はい。これが入荷した新作です」
「ありがと…そうだわ、これも一部買おうかしら」
「へ?」
 ぱさりと『文々。新聞』を重ねて来たことに、小鈴は目を丸くさせる。今まで、自分から文の新聞を購入しに来ることなんて、ほとんどなかったはずなのに。
「言ったでしょう?お祭りなら何しても良いって考える馬鹿が出るかもって」
 その視線に気付いたのか、霊夢は意味ありげに笑ってみせる。紙面を強く握りつつ活き活きと話す様は、宝物の地図を見つけ出した旅人のよう。

「だから、こうして見張ってやるのよ。ちょっとでも調子に乗った記事書いたら、すぐに懲らしめられるように、ね」

 会計を済ませるや否や、こちらが反応する間もなく霊夢は店を飛び出していった。
 後から振り返っても、あの時自分が何か言ったかうまく思い出せない。「ありがとうございました」てちゃんと言ったかなぁ。そういえば、文さんが出て行った時も、挨拶出来ていなかったかもしれない。駄目だなぁ。
 濃紅の巫女服は、茜色の光を受けてさらに熱をまとい、後ろに靡く黒髪は乱れてなお艶を増す。走る足音は、荒地を駆け出す鹿のように、整然としていて力強い。誰もから崇敬される今の霊夢だからこそ映える、あまりにも頼もしい光景。
 けれど、迫力ある活動写真を見ているような時間の中で、小鈴の記憶に何より焼き付いていたのは、購入した新聞を大切そうに胸に抱きしめる、乙女の細腕だった。
 暖簾の幕が下り、卓上灯の淡い光だけが貸本屋に残る。一つの劇に惹きこまれた後のような余韻が、小鈴の胸に揺らめく。
 …あぁ。もしかしたら私は、大きな勘違いをしていたのかもしれない。

 あの二人はもう、誰よりも分かちがたい絆で結ばれていたんだ。

 初秋の黄昏。祭りの前夜を表象するかのような静寂に包まれる幻想郷。
 紅葉色に散らばった雲が漂う大空に、二羽の大鳥が、高く高く羽ばたいていた。
これは、幻想郷でも多分私だけが知っている、ほんの小さなスクープ。
UTABITO
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コメント



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とても好みなあやれいむでした。
みんな成長して大人びていく中で少女らしさを秘めていて、かつての面影を感じさせてくれます。落ち着きの増した文はイケメン度がさらに極まっていてかつての姿をなかなか味わわせてくれませんが、そこに小鈴視点らしさが効いていて好きです。(文と小鈴もいっそう打ち解けてきてる様子で可愛い)
それも結局写真一枚で感情ダダ漏れなのがやっぱり射命丸文だなって安心します。かわいいね。
成熟しきった感のある文と霊夢の関係性がとにかくいい味出していました。熟した二人が秋という季節設定によくマッチしてますし、前作の初夏からの繋がりを強く感じました。立派な巫女になったね霊夢さん。
素敵な作品ありがとうございました。
8.100南条削除
面白かったです
離れていてもお互いをちゃんと思っているところが雅でした
小鈴だけが知っているというところがよかったです
9.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。相変わらず、濃密なあやれいむでした。