Coolier - 新生・東方創想話

秘め百合

2022/09/22 18:24:18
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 その夕方、人里で買いものを済ませた霊夢は、徒歩で神社への家路を辿っていた。
 何故歩くのかと言われても、気まぐれとしか言えない。門を出て、水色のそよ風が袖をなびかせるのを感じて、たまにはこういうのも良いな、と思っただけだ。
 じりじりと照る西日を背に、歩を進め始める。もう田植えも終わり、視線の先はすっかり翠に敷き詰められている。萌葱色、若葉色、浅葱色、苔色――田園を過ぎて、森に入っても、ずっと緑色。住人としてどこかを飛んでいる鳥のさえずりは、穏やかな生が満ちていることを、こちらに教えてくれる。
 乾いた小枝を踏みしめ、柔らかな土に足を沈め、馴染みの階段まで。鳥居の朱がにじんだかのように赤の色味を挿した空を見て、ふぅ、と息をつく。やはり、いつも空を飛んで行き来しているからか、たまに歩くと、随分長い時間をかけたかのように感じられる。汗ばんだ首もとを小さく拭い、一段一段、足を持ち上げる。
 踊り場まで来たところで、そよ風がさらり、さらさら、枝を奏でる。呼吸を整える身体に、その涼しさは安息となる。けれどその風は、さっきまでとは色彩がちょっとだけ変わっていた。ほのかに甘味を出す砂金に惹かれた霊夢は、ちらり、風上へと視線を向ける。
「…あ」
 思わず、声が出る。階段のすぐ横、崖となっている草叢。淡く濃く緑の水彩で染められた景色に、一点、白が零れているのが目に入った。
 丈高き茎の先に咲く、白の大輪。黄金の筋と臙脂の斑点が散るその花は、初夏の崖に堂々と構えている。
 そよ風に豊かな芳香を託しながらゆらり、首を垂れる――山百合。

 抱えていた荷物を持ち替えて、正面から山百合を見据える。さらさら流れていく風に、垂れていた花はゆぅらり、涼むように揺れて。ふぅん、筋が本当にしっかりしてるわね。厚みのある花弁に、真っ直ぐと塗られている。あ、よく見たら花に隠れて蕾も一つ。あと数日したら、あれも咲くかしら。
 ……そっか。もうそんな時期か。

 びゅう、と一陣の風が吹き降りる。身体全体に空気をまるごと押し付けてくるような、強く、圧のある風。
 そこらの者が風を受けたら、きっと気圧されて跪いてしまっていただろう。けれど、小さな気から風の主を悟った霊夢は、背筋をしっかりと伸ばしたまま、小さく眉をしかめるのみだった。

「――涼しやと 風のたよりを たづぬれば しげみになびく 野辺のさゆりば」

 高く透き通った声が古歌を唱え、からり、一本歯の下駄が床を鳴らす。切れ長の紅い妖眼が夕日に映えるのを目にしながら、霊夢はふん、と鼻を鳴らした。
「かっこつけ」
「失礼な。そこは雅って言うところでしょう?」
 から、からと高下駄を軽快に鳴らしながら、その鴉天狗――射命丸文は、霊夢の横まで歩み寄る。なおも唇を尖らせる霊夢に文は緩やかに微笑むと、「ふぅん、やっぱり山百合だったわね」と目を細める。射干玉の黒翼は、西空で揺蕩う雲のように柔らかく弾んでいるように見えた。
「山百合、好きなの?」
「そうね。好きというか、竹馬の友のような親しみを持ってるわ」
「…あぁ、そっか。そこらに咲いてそうね、アンタのとこだと」
 納得した霊夢の言に、文はゆっくり頷く。
「丈高く艶やかな大輪は、鬱蒼と草繁る山に映えるもの。我々は、百合が咲くのを見て『嗚呼、夏が来たな』て呟くの」
「ふぅん」
 気のない返事をしながら、再び紅い妖眼を見つめる。長いまつ毛をたたえた、白く整った顔立ち。すらりと伸びた体つきに、艶さえ見せる妖力の翼。確かに、コイツがあの山百合を持っている姿は、大和絵もかくやと思われる程、映えることだろう。
「霊夢は?」
 と、不意に文の瞳が、霊夢の方へ向く。さっきからずっと文を見つめていたことを途端に自覚し、胸の鼓動が速まる。
「…何よ」
「さっきからじっと見ているから。貴女はどうなのかな、て」
 けれど、幸か不幸か、夕焼けの赤のせいで表情の変化は気付かれなくて。いつもみたいな笑みでこちらを見つめて来る鴉天狗が、何故だかちょっと面白くなくて。
「別に?」
 はっきりとした声音と共に、再び山百合を見る。あぁそうよ。こいつにはずっと言いたいことがあったのよ。
「ただでさえ花弁がでかいってのに、あんなに派手な色まで添えちゃってさ。目立つったらありゃしない」
「は、はぁ」
「おまけに香りもやたら強いわ花粉がついちゃうとなかなか取れないわ――」
 そうよ。毎年毎年、夏になるとこいつが気になって仕方なかったのよ。行く先々でなんか咲いてるから、いつもいつも目に入ってさ。気まぐれで切り花にして活けようと思ったら、図に乗って香りや花粉をこっちにまき散らしてきて。あぁもう、語り出したら愚痴が留まることを知らない。
「そんなに呼ばなくてもさ、アンタがそこにいるのは、分かってるっつーの」
 横目で文を見れば、さっきまでの余裕ぶりは崩れ、思わぬ反応に呆気に取られている。文から見えていない唇の端を小さく緩めながら、「けど、」とまた山百合を向く。
「…何故だか、嫌いにはなれないのよね」
 甘い香りを運ぶそよ風が、こちらを撫でる。茜を増した夕日に染まった立ち姿は、やはり何にも喩えられない程綺麗だ。
「あんっっまりにうるさいからさ、見れないと調子狂うのよ」
 なかなか見れないと、時折今年は咲いていないのか、つい目で追ってしまって。何だかんだ、自分の記憶に刻み込まれているんだなって、実感して。

「だから、こうして咲いているのを見るとさ、なんだか満たされるの。『嗚呼、また逢えたな』って」

 そよ風にまた山百合が、ゆぅらり。それまで霊夢を向いていた花が、文の方へと揺れる。から、と下駄が鳴り、肩が触れるのが分かった。暑いっつの。
「風に吹かれてあっちへこっちへ揺れているのを見るのは良いわね」
「へぇ。霊夢にしては、良い感性ね」
「アンタには言われたくないわ」
 横から聞こえる鴉天狗の声は、すっかり元の調子。からかってくる声も、こう聞いてみると、高さも抑揚も心地良い。
「たまにちらちら余所見してくれるくらいが、ちょうど良いのよ」
 背中を何かふわふわしたものが掠める。そよ風に乗って、小さく鼻歌が聞こえてくる。あぁ、てことは今触れてるの、こいつの翼か。くすぐったいっつの。
「…ふふ」
「なんでアンタが喜ぶのよ」
「いいえ。なんでも」
 から、と下駄の音が響き、跳ねるように文は離れていく。さっきまで暑いと文句を言っていたはずなのに、いざ離れられるとちょっと肌寒い。温もりを求めるように横を見れば、夏の夕日を背景に、爽やかに笑いやがって。出来ることなら、首から下げているカメラを攫って、写真に撮ってやりたい。
 小さく息を吐くと、よいしょ、と買いものの荷物を持ち直す。
「あまりここで突っ立ってる訳にはいかないわね。そろそろ夕飯の準備しないと」
「荷物、持ってあげるわ」
「ん。ありが…」
 そう言ってくれた文の厚意に甘えようとして、ぴたり、伸ばしかけた手を止める。
「…アンタ、そのままウチに居座る気ね」
「良いじゃないの。見たところ、一人で食べるには多すぎる量でしょう?」
「むぅ…」
 ふふ、と得意げに微笑んでくる文を、霊夢は小さく睨みつける。
 そりゃまぁ、どうせコイツみたいなやつが来ると考えて、多めに準備してはいたけど。むしろ、それも良いかなって、思い始めていたけど。ここで素直に頷くのは、コイツを調子に乗せるだけで、なんだか癪だ。
「それ運んでお賽銭入れたら、お茶くらいは淹れてあげるわ」
「ケチ巫女」
「うっさい。素敵な巫女が出す対価としては高すぎるくらいよ。そこから先はアンタの働きしだいね」
「ふむ。『参拝客を不当にこき使うケチな巫女』と」
 文花帖にいらんことを書き出そうとした馬鹿天狗に、大幣を一見舞い―――するも、ひらりと容易く躱していく。「暴力はいけませんよー」とばかりに手を前に出して眉尻を下げる文にふん、と霊夢は鼻を鳴らすと、そのまま荷物の袋を文に押し付け、先に階段をあがっていった。
 踊り場に残された文は、歩いていく霊夢の背を見つめる。軸をずらすことなく、凛と背筋を伸ばしたまましっかり足を地につける後ろ姿は、いつの間にか大人びて見えて、小さく唇を緩める。
 …さて、私も行きましょうか。再びそよ風が黄金の香りを運び、ちらり、山百合を見る。
「あ」
 思わず声が出る。夕日ももう沈みかけ、暗さもより増していく草叢。土も草も、そして百合の花すら宵に溶けていく中で、ふわり、光が一つ飛び出すのが見えた。白の大輪から迷い出て来たかのように、自らの灯を揺蕩わせていく生命――蛍。
 首にかけたカメラに、手が伸びていく。カメラを握った手が震えているのが分かる。しっかりしろ射命丸文。こんなの、きっと幻想郷でも滅多には見られない光景なのだから。片手を一度胸に当て呼吸を整えてから、再度カメラに手をかけて、眼前の景色に照準を合わせて――
 ……

 ――さゆり葉の 知られぬ恋も あるものを 身よりあまりて 行く蛍かな

 けれど、シャッターを切ることはなく、そのままカメラを下げる。一粒の光に合わせるようにゆらゆらなびく山百合に妖眼を合わせ、唇を綻ばせる。

 …今は、このままにしておきましょう。

 ずっと隠して来たつもりで、けれどどうしてもこぼれ出てしまった、山百合の想い。この蛍のように、まだ不安定に明滅を繰り返している、ささやかな感情。今はまだ、伝えるべき時ではない。
「ちょっとー!」
 と、上からこちらを呼びかける声がする。階段を先にあがりきった霊夢が、端正な顔を小さく膨らませてこちらを睨みつけていた。
「何ぼーっとしてるのよー!早く来ないとお茶も取り上げるわよー!」
 あややや、全く横暴ですねぇ。ちょっと写真撮ろうと立ち止まっていたくらいでこの仕打ちとは。
「はいはい、今行きますよ」
 よいしょ、と荷物を持ち直すと、一本足の下駄を軽快に弾ませる。上で仁王立ちをしている巫女を見つめて、胸が温まるのを感じる。
 一面に花が咲き誇る中、一際可憐に立っている巫女を見つけてから、どれだけの時が経ったかしら。そこからあの子を追いかけて、撮り続けて。いつの間にか、彼女に会うことそのものが、自分の目的になっていって。

 『だから、こうして咲いているのを見るとさ、なんだか満たされるの。『嗚呼、また逢えたな』って』

 …ふふ。私も同じ想いですよ、霊夢。

 夜を知らせる涼風が、またゆらり、山百合を揺らす。白い花弁を照らすかのように、蛍はふわり、光を強め、茎のまわりを穏やかに踊っていた。
 文々。新聞友の会で、文ちゃんと山百合が描かれたステッカーをいただきまして。あぁ、すごく素敵だなぁ…って。
 ここまで読んでくださりありがとうございました。
UTABITO
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コメント



0.190簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
4.100名前が無い程度の能力削除
山にひそかに咲いた百合の花、素敵でした。
6.100Actadust削除
いちゃいちゃしやがって(好き)。
終始色になぞらえた描写を織り交ぜられていて、読んでいてすごく楽しかったです。
7.100のくた削除
情景の切り取りが素敵でした
8.100南条削除
面白かったです
文ちゃんがうれしそうでなによりでした