Coolier - 新生・東方創想話

『文々。新聞』号外「情報求む 博麗の巫女、丸くなる 異変か!?」

2022/06/08 04:41:48
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***1***


 こん、こん。がらがら。

「おはようございます!『文々。新聞』届けに参りました!」

 朝の人里に、活発な声が響く。
 人間に最も近い鴉天狗、射命丸文は、今日も家々に「正しい」情報を伝えるため走り回っていた。

「あ、『るぽらいたぁ』のおねえちゃんだ」
「こんにちはぁ」
「はい、こんにちは」

 道を歩けば、子供たちからの元気の良い挨拶が聞こえて来て、文も笑顔で返す。
 人里での文は「社会派ルポライターあや」として、キャスケット帽にジャケットスタイルといった格好に身をやつして取材に回っている。
 当初は見慣れないジャーナリストの出現に戸惑う人々も多かったが、そこは文、持ち前の人当たりの良さと話術でもって、現在ではすっかり里になじんでいた。

「あやちゃん、ありがとうね。お茶でも飲んでいくかい?」
「いえいえ、お構いなく。出来るだけ早く記事を皆様にお届けしないといけませんので」
「そう。いつもたいへんねぇ」
「とんでもない。こんなに皆様に読んでもらえるなんて、記者冥利に尽きますよ」

 そして、最近になって、彼女が刊行する『文々。新聞』は、人里に暮らす人間を中心に購読者を増やしつつある。
 幻想郷社会の真実を謳う彼女の新聞はこれまでも広く配り続けられていたが、ここまで伸びていくのは初めてのことだった。素直に嬉しい。ほくほく。
「あらあら、また巫女様が何かしてしまったのね」
「そうなんですよー。全く、本当に懲りないお方です」
 茶店のおばちゃんの困ったような反応に、文は大げさに肩をすくめてみせる。
 『文々。新聞』が最近になって人気になったのは、もちろん(ここ強調)記者たる文の腕の良さや誠実な姿を分かってもらえるようになった、というのもあるが――最大のきっかけは、今こうして一面を飾っている巫女の存在にあるだろう。
 博麗霊夢。幻想郷の結界を保つ博麗神社の当代巫女にして、妖怪退治なども請け負う少女。しかし一方で、人間のみならず妖怪からも惹かれ慕われる、稀有な魅力を持った少女でもある。
 それはつまり。社会的のみならず、人間的な意味からも、巫女の動向は高い関心を集めている、ということ。そして、『文々。新聞』は、そんな彼女のことをほぼ独占して報道する新聞でもあった。
「ですが!こういう時に何回でも声を出さなければならないのが記者たる者の務めですからね!これからもめげずに彼女を追い続けることにしますよ」
「うふふ。任せたわよ、あやちゃん」
 博麗霊夢といえば、とにかく話題に欠くことがない巫女として有名である。ことあるごとに金もうけや信仰集めに熱中しては失敗するなんてしょっちゅう、他にもちょっと掘ってみれば事件疑惑がざっくざく。
 巫女として幻想郷の手本となる存在のはずなのにこの有様とは、文としては実にありがた―――こほん、けしからん話である。だから、文は常に彼女の動向を追跡しては、こうして積極的に一面記事に入れているのだ。
 つまり、文としては、読者の求める内容、並びに博麗巫女の社会的責任に対する警鐘を考慮して巫女の記事を書いている訳で、決して、けーーーっして!ネタになっておいしいから書いている訳ではないのだ。

「…ふぅ」
 …そんなこんなで、どうにか新聞を一通り配り終えることが出来た。片手で紅葉色のネクタイを緩め、もう片手で顔をぱたぱた。いやはや、多少は涼しくなったとはいえ、こうして走り回るのは体力使いますね。日はもうそれなりに高い位置まで来ているし。
 ふむ。これ以上購読者が増えたら、配達が自分一人で回るかも分からなくなりますね。そろそろ、犬一匹配達に雇いますか――遠くで、将棋盤に向き合っていた白狼天狗が、小さくくしゃみをした。
「―――さて、と」
 人里の門からそれなりに離れたことを確認すると、ばさり、大きな黒翼を現出させる。本来ならこの後一休みするべきなのだろうが、そうもいかない。スクープはいつ降って来るか分からないものなのだ。社会の真実を見抜くためであるならば、常に気を張っていなければならないのである。
 目指すはもちろん、博麗神社。黒翼を大きく一回羽ばたかせると、目にも留まらぬ速さで空を駆け抜け、あっという間に朱の鳥居の前で降り立つ。
「さぁ、巫女はどうしてるかし……あや」
 たまには良いか、と正面から鳥居をくぐると、あっさり巫女の姿を見つけることが出来た。
 拝殿の真横に立つ社務所の障子を開き、畳の上に寝っ転がって日向ぼっこ――どころか、小さく寝息を立てて眠っていたのだ。
 改めて参道を見回せば、朽葉色に色づき始めた落葉が、既にちらほらと形を定めずに散らばっている。申し訳ないが、この巫女にかの利休翁のような風流を持ち合わせているとも思えない。十中八九、参拝客が来ないことを見越して掃除をサボったのだろう。やれやれ。
「気持ち良さそうに寝ちゃって、まぁ…」
 暖かな光に当たりながら穏やかに寝息を立てるその姿は、まるで猫のよう。ほら、手を伸ばして横になって、足を伸ばす様までそっくり。
 さらに一歩、また一歩近づいてみる。霊夢の顔を影とすることのないように気を付けながら、横に座ってみる。
 …へぇ。こうして見ると、この子、まつ毛結構長いんだ。緑の黒髪と形容するにふさわしいさらさらの髪からは、クロモジの芳しい香りが鼻をくすぐる。
 ぷに、と頬をつついてみれば、「うぅん…」と体をよじりながらも、やっぱり起きる気配がない。ふぅん。やっぱり柔らかいのね。おまけにとても健康的な真珠色。まだ幼さを残す歳とはいえ、天然でここまでの艶を保てるものなのだろうか。ちょっと羨ましくすらある。
 指を頬から離して、ぼぅっと寝姿を見つめる。こんな少女が、今の博麗巫女として神妖をも恐れさせ、そして惹きつける存在だなんて、改めて考えてもとても不思議な話だ。
 小さな寝息が、朝から働きまわっていた文の耳を癒していく。顔が綻んでいくのを感じる。
 こんなにも、か弱そうて、幼くて………

 ……―――――……………

 ………はっ。いかんいかん。しっかりしろ射命丸文。
 ぺちぺちと頬を叩いて、はっきりとした視界で霊夢を見つめる。
「まったく…」
 ため息が出る。こんな真っ昼間から、しかもここまで丸見えのところで眠っちゃって。万が一、万っっっが一参拝客が来たらどうするつもりなのだろうか。守護者がこの体たらくでは、特に人間たちは夜も眠れないだろう。
 それはまぁ、どうせ来ないだろうから、というのは分かりますよ?けど、こうしたこまめな積み重ね一つ一つが、神社や巫女の外聞、そして信仰という重要な事柄にもつながるというのに。
 いけない。いけない。これはいけませんね。
 ……だから。

 ――これは、記事にしなければいけませんねぇ???

 にやり、と口の形が三日月に歪んでいく。
 立ち上がってシャッター音が聞こえない程度に離れると、ぱしゃり、ぱしゃりと撮っていく。あ、落葉に乱れた参道も、しっかりぱしゃり。鳥居をくぐった時の視点もちゃんと押さえねば。
 …うん、これくらいで良いかな。あ。最後に一枚。霊夢の寝顔をズームして―――ぱしゃり。

 ……………ん。とても、良い写真が撮れた。

 さて、こうしてはいられない。一刻も早くこのことを記事にして知らせねば。
 頬を綻ばせたまま、ばさり、勢い良く神社を飛び立つ。まるで最初から誰もいなかったかのように、風と共に姿が境内から掻き消える。
 ただ一つ彼女がいた痕跡となった一枚の羽根は、まどろみつつある少女の柔肌を短くくすぐった。


***2***

 その日、霧雨魔理沙はご機嫌だった。
 何せ、長い時間研究していた魔法が、やっとのことで完成したのだ。
 窓から差し込む光を浴びながら、大きく伸びをする。昨夜は珍しくぐっすり眠ることが出来たし、とても気持ちが良い。
 さて、今日も張り切っていこうかな。今日は魔法の成果を自慢するために、アリスと図書館に行く予定なんだ。まずは、ちゃんと腹ごしらえを……と。

 どん、どん、どん!

 ……………
「あー、はいはい…」
 気持ち良かった朝から一転、気分が降下する。なんて元気なノックなんだ、ちくしょう。変わり者が多い幻想郷といえど、朝からこんな訪問の仕方をするやつを、魔理沙は一人しか知らない。
「魔理沙さーん。おっはようございまーす!」
 ドアを開けてみれば、やっぱり。ジャケットスタイルに身を固めた鴉天狗、射命丸文が、元気の良い返事で挨拶してきた。
 背後から射す朝日も相まって、爽やかさすら感じられる文の笑顔に、魔理沙はため息をつく。
「…お前、朝からご機嫌だな」
「それはもう。良い記事が出来上がりましたからねぇ」
 さぁさぁ、と文が新聞を押し付けると、不承不承と魔理沙は受け取る。コイツがこんな顔をする時、そして真っ先に魔理沙のもとに新聞を届けに来る時、書いてあることなんて大体決まっているのだ。
「……お前なぁ」
 ちらりと一面の題名を見て、やっぱりか、と魔理沙は頭を抱えた。
「また霊夢が一面かよ。しかもどう考えても一面で使うネタじゃないだろ、これ」
 一面記事には『博麗巫女、白昼堂々職務怠慢!?』と、霊夢の寝顔がデカデカと映っていた。しかも、参道での枯葉の散り具合や、鳥居をくぐった時の視線からの写真も載せるなど、何というか、「ここまで本格的に書くか?」てくらい具体的に書かれている。
 この鴉天狗が霊夢のことを気に入っていて、ことあるごとに霊夢にちょっかい出す記事を出しているのは多分幻想郷で(当人たち以外)誰もが気付いている事実だろう。が、最近『文々。新聞』の購読数が伸びているからかは分からないが、最近は霊夢に関する記事の頻度はさらに上がっていたのだ。
「何を言いますか。幻想郷で最も重要な役目たる博麗の巫女が白昼堂々無防備な姿をさらして眠るなんて、巫女の立場としてなってません」
 …それはそうかもしれないけど。今さらそんなの気にしているやつ、購読者の中にはいないだろ。
 ったく、活き活きした表情で高説を語り続けやがって。いつもこいつらのじゃれ合いを見せつけられるコッチの身にもなって欲しいもんだぜ。その間ずっとこっちはほっとかれる訳だし。あーあ、もうちょい「おもしろい」ことが起こってくれねぇもんかなぁ…

「…ん?」

 と、魔理沙は気付く。視線の先には、小さく貼られている霊夢の写真。一体どれくらい近くから撮ったんだよ、と呆れるくらいに寝顔がドアップされた写真。
 けれど、魔理沙が見ていたのは「写真」ではなかった。
「うん?どうかしましたか?」
「…いや。なんでもないぜ」
 へぇ?ほーん?なんだコイツ、たまにはやるじゃねぇか。

 ―――くっくっく。これは「おもしろい」ことになりそうだぜ。

 文から見えていない右の唇を、器用に大きく吊り上げる。
「本当ですか?内容に何かあるのなら、是非聞きたいのですが…」
「まぁまぁ良いじゃねぇか。それより、配達まだあるんだろ?」
 にこにこと肩に手を置いてぐいぐい押し出そうとする魔理沙に、今度は文が怪訝そうに眉をひそめる。この反応の時点で、魔理沙が何か企んでいることは、文にも丸分かりだった。
「最近購読者増えたって言ってたし、早めに運びに行った方が良いんじゃねぇか?」
「むぅ…」
 けれど、こういう時の魔理沙は、簡単に真意を話したりすることはしない。それは文も分かっていた。それに、魔理沙の指摘通り、文は、後続の配達もある以上、ここでもたつく訳にもいかない。
「…いつか、今日のこと聞かせてくださいね」
「おう。ま、期待せずに待っときな」
 魔理沙の返事に文は一つため息をつくと、そのまま手を振って、魔理沙の家を飛び立って行った。
 にこやかに手を振りながら、魔理沙は思考を巡らせる。文はこれから人里に出て新聞を配り回るはず。そして、人里では足を使って家々を回らないといけないから、どうしても配達が終わるまでには時間がかかるだろう。
「さーて、と」
 玄関に立てかけてあった箒を手に取る。だったら急がねぇとな。

「アイツが配達を終える前に、神社に行って来ますか」

 魔理沙は深く被った帽子の下で、金色の眼を怪しく輝かせた。


***3***

「…なんだったんでしょうね?」

 本日分の配達を終えた文は、空を飛びながら首を小さく傾げていた。いつもは最速を誇る速度でひとっ飛びなのだが、今はゆらゆら、不安定に空を揺らめいている。
 やっぱり、さっき見た魔理沙の顔が、頭から離れない。文の記事を見て何か気付いた、もしくは何かを考えついたことは明白なのだが、改めて自分の書いた記事を読んでも、魔理沙が何を思ったのかが全く見当もつかない。
 もう一つ。実は紅魔館に配達に行った時、いつもは門番(大体寝ている)に新聞を託していくのだが、今日に限って何故か当主である令嬢自らが出迎えて新聞を受け取ってくれたのだ。どうしてか聞いてみても「なに。『おもしろい』ことが起こる気がしてね?」と笑うばかりで、またも首をひねるばかり。
 ……………
 ……ま、良いか。
 あの方が「おもしろい」ことが起こるというのなら、そうなのだろう。だったら、もしかしたら無理に魔理沙に聞いたりせず、その「おもしろい」ことが起こるのを待った方が良いかもしれない。だって、そうしたら、ウケる記事が出来そうだし?
 うんうん、と一人で頷くと、翼を水平に伸ばして、目的地に向けて加速する。さて、気を取り直して、目指せ博麗神社へ。

「…来たわね」

 また鳥居をくぐってみると、霊夢は今日は起きていて、こちらを睨みつけて来た。箒を手に、参道を掃いて枯葉を集めているようである。ふむ。感心感心。社務所の方を見れば、霊夢がいつも過ごしている和室のちゃぶ台に、さっきまで配り回っていた新聞が綺麗に畳まれているのが見えて、ちょっと胸が弾んだ。
「その様子だともう記事のことはご存知のようで」
 少女の喜びを道化の面で隠しながらカメラを向けると、霊夢は小さく唇を尖らせる。
「見たわよ。ったく、他人の寝顔を勝手に撮るなんて、ひどいことするわね」
「霊夢さんがあんな目立つところで寝てたのが悪いんじゃないですかー」
 文句に肩をすくめながら返事をして、一枚、また一枚とぱしゃり。霊夢は鬱陶しそうに文を引き剥がしながら「羽根を散らすな、また掃除しなきゃいけないでしょうが」と眉をしかめる。
「大体ね、昼寝しているのが良くないって書くんなら、せめて帰る前に起こしていくくらいのことはしなさいよ」
「そんな。気持ちよさそうにぐっすり眠っているのに起こすだなんて、私の良心が咎めます」
「…アンタ、自分が滅茶苦茶なこと言ってるって気付いてる?」
 あぁ言えばこう言う文の態度に霊夢はため息をつくと、箒を壁に立てかける。
「ま、良いわ。どうせそろそろ来るだろうと思ってお茶淹れてあるから、飲んでいきなさい」
「はぁい」
 軽い足取りで縁側に座ると、程なく霊夢がお盆に急須と湯呑を載せてこちらに運んで来るのが見えた。
 慣れた手つきでお茶を注ぐと、早速口に運ぶ。ま、ここのことです、どうせ出がらしなんでしょうけど。配達に走り回ったことを考えたら、こちらとしてはとてもありがたい限りで――
「……あれ?」
 一口喉を通した刹那、文は真っ赤な瞳を丸くさせていた。
 あれ?え???どういうこと?そんな疑問を頭にかけ巡らせながらもう一口飲んで、さらに戸惑いを見せる。

 ………おいしい。

「なに」
「あ、その……」
 こちらの動揺に気付いたのか、霊夢は文をじっと見てくる。
 文は霊夢にどう聞けば良いのか迷いながら、お茶が注がれた湯呑を改めて覗きこむ。いつもなら湯呑の色とほぼ同化してしまっていたお茶の色が、今日はしっかりと透き通った黄緑色を呈しているのが分かる。それに、夏の若葉もかくやという、どこかすっきりとした香り。また喉を通してみれば、懐かしさを感じるような渋みと旨みが、舌を転がって。
 …間違い、ない。これ、文がいつも好んで飲んでいる煎茶だ。
 え?え??けど、どうして今日に限って霊夢がこれを?
 たまたま手に入れたのだろうか?…待て、それにしてもおかしい。この煎茶は良質な葉を使っており、なかなか手に入らないと山でも評判なのだ。霊夢にとってもそれは例外ではないだろう。そんなものを、独り占めするどころか、嫌っているだろう文に出すこと自体、いつもの霊夢の行動原理を考えると変なのである。
 ……あれ…考えてみれば―――ちら、と文は和室の方に目を向ける。
 ここに来た時、霊夢は、今日発刊された新聞を既に読んだ、と言っていた。その上で、新聞は、丁寧に折り畳まれていた。

 ……新聞が「丁寧に折り畳まれていた」?

 来るたびに新聞をくしゃくしゃに丸めて投げ返したり、焼き芋の包み紙にして見せつけていたあの霊夢が??それも、霊夢の寝顔を激写したあの記事を読んだ上で???
 分からない。霊夢の考えてることが分からない。頭がぐるぐるする。
「…なんでも、ないです」
「そ」
 結局、文にはこう返すことしか出来なかった。霊夢がさして気にしてなさそうな声音で返しながらお茶をすする音が聞こえるが、どうして、今は彼女の表情を見る勇気が出ない。文は、優しく漂う湯気と香りを肌に感じると、そのまままた一口、お茶を喉に通した。

 ………やっぱり、おいしい。

 胸にまで伝わって来る温かさが、文にとってはますます落ち着かなかった。


***4***

「良いなー。文、最近また新聞の購読者増えて来てるんでしょ?」

 夜。妖怪の山にあるとある居酒屋。
 ぽん、とはじき出された茶豆を器用に口へと放り込みながら、姫海棠はたては、気の抜けた声で文に向かい合っていた。
 「引きこもり」だったところを文によって外へと引きずり出されて以後、はたての発行する新聞『花果子念報』は文の発行する『文々。新聞』と発行部数などを競い合う仲になっていた。時々今もちょっとしたことでムカついたり喧嘩することもあるけれど、最近は互いの新聞の良いところも認めあったり、誘っては(時に一匹の白狼天狗も交えて)こうして気軽に飲んで語り合ったりしている。
「…まぁね」
「やっぱ、博麗の巫女の影響力ってすごいんだな~。私ももっと早くに取材始めれば良かったかな」
「駄目。巫女のスクープは、私が書くって決まってるの」
「何それ。文が勝手に決めてるだけでしょ~?良いじゃん書くくらいさぁ」
「駄目ったら駄目。それだけは譲れないわ」
「ケチ」
「………」
 けれど、今日の文の様子は、ちょっとおかしい。ぼーっとしている、というか。心ここにあらず、というか。
「どったの」
「ん?」
「なんか元気ないように見える」
「んー…」
 はたてが声をかけると、文は赤い目を一瞬はたてに向けて、また俯いて、酒の入ったお猪口をゆらゆらと回す。いつも饒舌なコイツがここまでぼんやり、言葉に表現出来ないだなんて、本当に珍しい話だ。はたては余計に興味をそそられる。
「ま、せっかくだしさ、この敏腕記者姫海棠はたて様に話してみなさいな」
「んー…そうねー…」
 …あ、これは重症だわ。だって、いつもの文なら、こっちが「敏腕記者」なんて自称したら絶対に否定してくるもの。
 まぁ、というのはさておき。またお猪口を何回か回した後、ぽつ、ぽつ、と今日あったことを文はこぼし始めた。今日の『文々。新聞』を配り終えた後に、博麗神社に行ったこと。そこで感じた、巫女に関する違和感のこと。そして、自分がそれに対して異様に戸惑っていること―――
 ……なぁんだ。聞いてみれば、結構簡単な話じゃない。
 ――ま、でも。文みたいなやつには、案外気付けない、か。
「あのね文、それはさ――」
 文の話を聞き終えると同時に、すぐにはたては正解を返そうとして――刹那、その口を止める。
「…それは?」
 文はずい、と食い気味に身を乗り出してくる。紅い瞳に宿る猛禽の光に、ついつい気圧される。こえぇよ。
 ……それはさておき。ここで全てを話してしまうのは簡単だ。けど、ここまで思い詰めている「おもしろい」文なんて、なかなか見られるようなものじゃない。だとしたら、ここであっさりと話してしまうのはあまりにもったいないだろう。

 ――どうしたら、もっと「おもしろく」出来るかな。

「――きっとさ、巫女に飽きられちゃったんだよ」
「…は?」
 翳りのある声に、悪寒が背中を走る。だからこえぇって。
 …こほん。気を取り直して。
「だって考えてもみなよ。文、巫女に関する記事、数えきれないくらい書いてきたんでしょ?」
 それこそ、金儲けのこととかサボりのこととか、事あるごとに巫女の粗をつつく記事をたくさん『文々。新聞』に書き留めて来た。初めは巫女も、そんな記事が住民へと出まわったら博麗神社への信仰に傷がつくとも考えて、記者である文を目の敵にしただろう。
 ところが、幾度となくその趣旨の記事が出回ることで、幻想郷の住民も「まぁ今の巫女ってそういう方だもんね」と慣れてしまい、巫女のそういう短所も愛するようになってきた。文の記事一つだけでは、住民の危機感も博麗神社に対する信仰もそこまで揺らがないことに、巫女も気付いてしまったのである―――まぁ、こんなことを、はたてはその場で「仮説」として説いてみた訳である。
「なるほど…」
 文はというと、はたての話を口を挟むことなく聞いていた。ぼんやりと陰がかった表情はだんだんとはっきりとした色へ変わっていき、いつの間にか文花帖を取り出して一文字も聞き漏らすまいと記録している。
 本当、こういうところは尊敬出来るんだけどな…そんなことを考えていると、書き終えたらしい文が、再び顔をこちらに上げる。
「…どうすれば良い?」
「決まってんじゃん。めげずに書けば良いのよ」
 住民たちが巫女の短所に「慣れてしまった」のなら、どうしたら刺激を与えられるか、再度考えてみれば良い。それこそ、今まで見つけていなかった巫女のワルを暴く、とか。
 たとえそれが見つからなかったとしても、語彙や表現、あるいは書き方をちょっと転換するだけで、それまで無批判に受け入れてきたものにふと疑問を持たせる効果も十分期待出来る。再び巫女を激昂させ、振り返らせることも出来る。けれどそれは、諦めずに自分の手で試行錯誤してみないと、つかめることではないだろう。
「だからさ、ここからが文の腕の見せどころなんじゃないの?」
「…そっか。そうよね」
 文はぱたんと文花帖を閉じて、しばらく考え込んでいた。そして、また顔を上げたかと思うと、酒の残ったお猪口をぐいっと傾け。お茶碗を勢い良くつかんだかと思えば、ほかほかの炊き込みご飯を一気にかきこんで。ぽかんとしているこちらを他所に「ごちそうさま」と手を合わせた。
「ありがと。はたて」
「はぇ…?う、うん……」
「こうしちゃいられないわ。何としても彼女のスクープつかんで来なきゃ!」
 「これ、今日のお礼ね」と、奢りにしても多すぎるお金を卓上に置くと、こちらが何か声をかける間もなく、いつもの速度を取り戻した文はお店を駆け抜けてしまっていた。突然巻き起こった風にまわりのお客たちも呆然とする中で、はたてはもう見えなくなってしまった文に向けて、空虚に手を振る。
「…なんか……」

 ――ちょっと、悪いことしちゃかったかな…

 はたては振っていた手の指を小さく曲げながら、しばらく、ぽっかり空いた前の席を見つめることしか出来なかった。


***5***

 一月くらい経って。はたては、文の家の前まで来ていた。

 こん、こん、こん。

 戸を叩いてみても、返事が全く来ない。けれど、手をかけて引いてみると、がら、とあっさり戸は動いた。
 高下駄やひも靴があちらこちらに散乱しているのを見て、ため息をつく。あーあー、本当にこういうとこだけは無頓着だなぁ。他のことは割としっかりしている奴なのに。
 取材の度に、地に足をつければ長い距離を駆け回らされ、空を飛べば空気を切る程の速度で振り回されて。挙句は「早く記事を書かなきゃ」という強い意志のあまり、家に着けばあっという間に放り飛ばされて。多分こいつらは、文に最も付き合わされた苦労人(?)と言えるだろう。
「……」
 ――今は、こいつらも、ちょっとだけくすんでいる気がする。
 散らばった履物を一つ一つ揃えてあげてから玄関を上がると、勝手知ったる足取りで廊下を歩いて。そのまま、ほのかな光が差し込んでいる書斎へと、足を踏み入れる。
「あー…」
 目に入ったのは、文机の上に山のように積まれた手紙――そして、それに負けず劣らず膨らんでいる布団の甲羅。そして、甲羅の中には、一匹の大きな亀が、もぞもぞと閉じこもっている様子だった。
「これはまた、だいぶ参っているわね…」
「うるさい。あんたも気付いてたんでしょう、この外道」
「……それはほんと、ごめんって」
 布団の中から聞こえてくる声はまるで番犬のような威嚇と拒絶に満ちている。これは、紛れもなく射命丸文の声――けれど、どの知り合いに聞いても、今の文からいつもの社交的な姿なんて、想像することも出来ないだろう。
 …はぁ。まさか、かつて「引きこもり」から引きずり出されたことのある私が、今度は引きこもっているコイツを見舞う立場になるとは…何が起こるか、本当に分からないものね。

 文が引きこもるきっかけ。それは、彼女が半月の『文々。新聞』一面に載せた、とある記事にあった。

 …あの居酒屋ではたてから助言を得た後、文はすぐに行動を起こした。巫女の傍に張り込んでは彼女の様子を見続け、時には念入りに聞き込みなどの活動も熱心に実施し、いつもよりもさらに高い頻度で彼女のことを記事にし続けた。
 結局、そう楽にはスクープを手に入れることは出来ず、ほとんどはことあるごとに巫女がお勤めをサボったり何らかの騒ぎを起こしたり、とかそういう中身だったが、それでも、長年の蓄積から得た豊富な語彙を余すことなく駆使し、彼女を挑発してきたのである。
 ……さて、これだけ書けば、巫女は文を見るなり激情を露にするだろう。また自分専用の弾幕使って攻撃したりするのかな。それとも―――ふふ。反応を見るのが楽しみ楽しみ。そう翼を羽ばたかせながら、文は神社に向っていた。
 ……ところが。何度くり返しても、彼女が文の求める反応をくれることはなかった。…それどころか。
 『あ、来た来た。お茶ちょうど淹れたところなんだけど、どう?』
 文の姿を認めると、巫女はまるで待っていたかのように出迎えて歓迎してくれて。呆気にとられる文の前で、にっこり、ご機嫌そうな笑みを浮かべて。

 『いつも取材お疲れ様。さ、時間はあるから、何でも聞いてってちょうだい?』

 ぞくっとした。今まで通用してきたことが全く効かないことに、ひたすら戸惑い、畏怖を覚えた。そして、ただただその場を逃げざるを得なかった文が、恐怖と混乱に任せるがままに書いたのが、半月前の記事だったのだ。

『情報求む…博麗の巫女、丸くなる 異変か!?』

 要するに、彼女がどうして文に対して優しくなったのか、考えても考えてもついに全く分からなかったので、藁にもすがる思いで読者に助けを求めたのである。
 すると、あっという間にたくさんの購読者から手紙という手紙がばんばん送られて来た。(いくら購読者が増えてきたとはいえ)破れかぶれでの駄目元な考えだっただけに、その事態に文はただただ目を丸くさせ、それでもとんでもない記事になる匂いに期待の念を膨らませながら、封筒の口を破ってみたのだ。
 
 ――その結果、文は布団にこもった亀へとなってしまったのである。
 当然、この半月間、『文々。新聞』は休刊のままだ。

「…見ても良い?」
「………」
 はたてが手紙の山を指して聞いてみるも、文は布団でもぞもぞするだけで、何も返事をしない。はたてはそんな彼女の様子にまた一回ため息をつくと、手紙を何枚か手に取った。
 まず手にした手紙たちには、はたても知っている名前が宛名に書いてあった。ま、初めに見るには適しているだろう。封筒からまとめて便箋を取り出して、ぱらり、ぱらりと目を通す。
 何枚か並べて見ると、記事に対する読者たちの反応は様々。
『くっくっく、まさかここまでこじらせてるとはねぇ。良い余興になったわ』
と、一連の文を見てひたすら楽しんでいた者もあり。
『本当にもう…さすがにかわいそうだから、教えてあげるわ』
と、混乱する文を憐れんで教えてくれる者もあり。
『ま、せいぜい頑張るんだな。良い『記事』が出来たら、また霊夢に届けてやるぜ?』
と、からかっているんだか応援してくれるんだか分からない者もあり。
 けれど、その全ての者が、全く同じ結論を手紙に認めていた。
 確かに、文の最近の記事は(巫女を煽り倒すには)最良の記事だった。誤字脱字もなく、論理構成もしっかりと組み立てられ、語彙なども読者を惹きつけるものを準備した上で彼女を挑発していた。ただ記事本文を流し読みしていただけだったら、たちまちに彼女は噴火して文の目論見通りに暴れ回ってくれただろう。

 …そう。「本文」だけなら。

 新聞には――特に撮影が特技の文が発行する『文々。新聞』には――しばしば写真が効果的に配置される。その際、掲載した写真がどんな場面を撮ったものか、記事にどう関連するか見せるために、ちょっとだけ説明書を補うことがある。
 さて、どんなことが説明されていたのか。
 まず、ちょっと前、白昼堂々巫女の居眠りをすっぱ抜いた記事。ここには、日向に当たりながら寝転がっていた彼女がアップで映された写真があったのだが、その説明書をどうぞ。

「日向に当たりながら眠っている霊夢氏。眠る様子は猫のようでたいへんかわいらしい」

 次。里でとある妖怪にからかわれた結果、騒ぎを起こしたことを記した記事。ここには怒りながらお祓い棒を振り回す巫女が映っているのだが、その説明書はこちら。

「衆人環視の中で妖怪に襲いかかる霊夢氏。今日も元気そうでとても嬉しい」

 さらに。巫女が変装しながら、毎日里をうろうろとしていた記事。最終的にはそれが貸本屋で「漫画」なるものをこっそり借りるためだったと分かり、記事にも漫画を手に神社で笑っている彼女の写真が載せられたのだが、その説明書がこちら。

「漫画を手に笑っている霊夢氏。やっぱりこうして笑っている顔が記者は一番好き」

 ……もう、言わなくても良いわよね?

 ばさばさ、と文机から手紙が何枚か崩れていく。どうやらはたてが手紙を手に取ったことで、バランスが崩れてしまったらしい。拾ってみれば、これは人里の人間たちの手紙……?
 ふむ。私の記者活動の参考にもなるわね!とはたては迷わず便箋を開いていく。
『絶対何かあると思ってたんですよ!今度話を聞かせてくださいね!』
 あー分かる分かる、コイツ本当分かりやすかったわよねー。本当、自覚なかったのが不思議なくらいだわ。
『ふふふ。本当、若いって良いわねぇ』
 あー、うーんとね。あなたは知らないでしょうけど、コイツ、多分あなたの二十倍以上は生きてますよ。
 …おっと、これは。平仮名だらけで一文字一文字もとても大きい。んー、寺子屋の子供からの手紙ってところかな?どれどれ……
『おねえちゃん、みこさまがしんぱいなんでしょー?』
『みーんなしってるよ』

『おねえちゃん、みこさまのことだいすきだもんね!』

 おぉ…なんて無垢な……邪気など一切まとわない、ダイレクトなボディーブロー…
 すばらしい!グッジョブ!本当に良く言った!!今度はたておねーちゃんが寺子屋に甘味いっぱい差し入れてあげるね!!
「良かったじゃん、文。読んでる人からこんなにも愛されててさ」
「良くないぃぃ……」
 はたてがそう慰めるも、文は木霊の悲鳴のように声をすぼめて、布団の中で縮こまっていく。…本当、考えてみたらすごいことなんだけどな。正体を知らない人間も多いとはいえ、こうまで慕われて「近い」存在になれるの、天狗どころかそこらの神妖を見ても相当に稀有な魅力だと思う。
 ま。今までのあんた見てたら、無理もないけどさ。
「…それで、結局あんたは何しに来たの。ただ私を笑いに来たの」
 布団の奥から、赤い眼がギラリと光る。だーかーら、こえぇってば。
「そんな訳ないでしょ。たまたま外を飛んでいたら魔法使いと会ってさ、ちょっと良いこと聞いて来たんだよね」
 そう言いながら、一枚の言伝を鞄から取り出す。
 …本当は、また山に不法侵入したらしい魔法使いが白狼天狗の椛と出くわして言い争いになっていたところに、はたてが通りかかった、という形なのだが、そこは触れなくて良いだろう。
「ほら、これ。博麗神社でまた巫女がお祭りを開くってさ」
「……」
 のろのろ、本当に亀みたいな動きで布団から顔が現れ、言伝を手に取る。いつも輝いていた紅い瞳は迷いのために翳っていて、くせっ毛ながら活動的な文によく映えていた黒髪は、すっかりぼさぼさで艶をなくしてしまっていた。
「なんでも麦酒を主に使うお祭りみたいでさ。今回は紅い館が全面的に支援して準備しているそうよ」
「………」
「どう?妖怪と組んで、しかもわざわざ『博麗神社』で祭りを開くなんて、また巫女が何か企んでそうじゃない?私は、良いスクープになると思ってるんだけどな」
 はたてが楽しそうに話すのを耳に、文は瞳を上から下へ、また上から下へ動かして、言伝をじっくり読み進める。けれど、最後まで読み終えると、言伝を持つ左手をくしゃっと握った。
「…どんな顔して、彼女に会えば良いんですか」
「良いんじゃない、そのままでさ。これを機に、ちょっとは素直になったらどう?」
「………無理ですよぉ…」
 枕に口もとをうずめて、弱々しく声を出す。
 ――こいつは、元々道化の仮面を被って生きて来たやつだ。どんな時も決して「本音」を出すことなく、縛られることなく、長き動乱を自由に生き続けた天狗。
 だから、いざこうして、自分の本当の気持ちを認めてしまった時。そして、それが既に皆にもだだ洩れていたと知った時、どうすれば良いのか、全く分からないのだろう。……はたてが考えるに、多分それが、この半月文が引きこもってしまった、本当の原因だ。
 けれど、はたては見逃していなかった。
 博麗神社で珍しい祭りがあると聞いた時、それまでくすんでいた文の肌が、ほんの少しだけ、色彩を取り戻していたことに。
「―――じゃあ、良いや」
 文が持っていた言伝をぱっと取り上げると、はたては意地悪に笑う。

「このネタ、私がもらっちゃお」
「…えっ」

 …あーあ。そんな、宝物を取り上げられた子供みたいな顔しちゃってさ。
「だーって言ったじゃん。このお祭り、良いスクープになりそうだってさ。まして、文が行くつもりないんだったら、これは『花果子念報』が独占する記事になるってことでしょ?」
「……え…あ…」
「ふふふ、これは『花果子念報』の名を上げる大きなチャンスになりそうね。ま、文は布団の中で指くわえて見てなさい。すぐにアンタの新聞なんて追い抜いてみせるんだから」
 さぁ文、どうするの?このままぽかんとしていると、本当にこの「宝物」私のモノにしちゃうわよ?
「そうと決まれば善は急げ!早速取材に向かわないといけないわね。じゃ、お大事に――」

「――待って」

 立ち去ろうとする足首を、つかむ手がある。歩き出そうと、振りほどこうとしても、今度は決して離さないとばかりに、強く握りしめる。
「何よー。急ぎたいんだけど」
「……言ったでしょ」
「んー?何を?」
 つかんだ手の主である天狗は、その質問に、刹那、言葉を詰まらせて。けれど、すぐに息を大きく、吸って、吐いて、また吸って。瞳に確かな光を宿らせて、はたてを見つめた。

「――霊夢のスクープは、誰にも渡さないって」

 ………

 …はぁ。ったく、ちゃんとそう言えるんじゃん。

 あーあー、残念だなー。せっかく文の新聞を追い越すチャンスだったのになー。

「そう言うんだったら」
「えっ」
「さっさと起きろ!」
 ばさっと布団が宙に取り上げられる。寝間着姿でぽかんとしたまま、握る力をつい緩めてしまった手を、今度ははたてががっしりと握りしめる。
「ちょ、はたて、あなたいつの間にこんな力強くなったのよ!?」
「おかげさまで。いやーほんと、文には感謝してるわ。あの時『引きこもり』から外に出してくれたおかげで、今度はあんたを『引きこもり』から引っ張り出すことが出来るん、だから、ね!!」
「ま、待って。あ、あの、その、せめてもう半刻くらい心の準備を――」
「ざーんねんでしたー。あのお祭り、準備出来次第すぐ始めるんだって。だから、呑気に準備してる暇なんて、ない、の!!!」

 起きろ!起きない!起きろ!起きない!というぎゃあぎゃあとした引っ張り合いが続く。

 まぁ、チャンスを逃したのは残念だけど。その方が、私にとっても良かったのかな。

 どうせ追い越すのなら、どこまでも最速を誇る「射命丸文」に、全力をもって追い縋りたかったから。


***6***

「いたた…はたてめ、本当に強く引っ張ってくれたわね…」

 博麗神社。お祭りの準備が進む中で、じんじん痛む腕を忌々しそうにさすりながら、文は大きな枝に身を隠す。ちょうど赤や黄色に朽葉色と艶やかに装っていた神社の落葉樹は、自身が身を隠すのに最適だった。
 生命力と活気に満ちた境内で、一人、ため息をつく。結局、はたてに言われるがまま来てしまった。
 正直、初めはここに来る勇気が完全に出ていた訳ではなかった。神社に行くふりをしてどこかに身を潜め、後で適当に取材してから没ネタにしてしまう―――なんてことも、ちょっと頭をよぎった。
 が。長年近くにいて、文について誰より知っているはたてが、それを許すはずもなく。
 『ちゃんと神社に行くよーに。ごまかして寄り道でもしてみなさい。念写(これ)で分かるからね』
 『はいはい、分かってますよ…』
 『あ、そうそう。ついでに言うと、椛にもお願いして千里眼で見張ってもらってるから』
 『――はぁ!?ちょっと、いつの間にそんなことを!』
 『ここに来る前にねー。『文さん弄れる機会なんてそうそうないですからね』って、ノリノリで引き受けてくれた』
 『…あの犬ころ、いつか絶対に締める』
 憎たらしいことに、完全なバックアップ体制が既に敷かれてしまっていた結果、ここに来ざるを得なくなってしまったのだ。
「…まぁ、別に良いわ」
 呼吸を整える。落ち着け。簡単なことじゃないか。いつもみたいに、どこかで隠れてこっそり祭りの様子を撮影すれば良いだけだ。大丈夫。隠れる技術を私は持っているはずだ。それで今まで見つかっていないんだ。自信を持て。
 それに、記事の件だって、原因さえ分かってしまえば何ということもない。今度から写真の説明書きも念入りに推敲すれば良いのだ。そうして、配達の時に何ごともなかったかのように配り続ければ、いずれ皆の記憶からもこのことは風化されるだろう。それまで、それまでの辛抱――
「メイド長ー、これはどちらに持っていけば良いんですかー」
「あぁ、それはあっちのテントまで持って行ってくれるかしら」
「はーい……あっ」ガラガラ
「(パチン)―――ほんと、危なっかしいんだから。気を付けて運びなさい」
 胸に手を当てて、一息つく。さて、取材だ。
 見れば、境内の参道に沿って無数の白いテントが張られていて、紅い館のメイド長指示の下、妖精メイドたちが食材や大きな樽を運ぶのを手伝っている。恐らくあの大きな樽一つ一つに麦酒が入っているのだろう。日本酒を主に嗜む文は麦酒というものをあまり飲んだことはないのだが、樽の木材を視認した限り高い質のものが入っているようだ。
「はー、あちこち飛び回ってたら疲れたぜ。おいアリス。こいつ、一つつまんでも良いか?」
「駄目。お祭りが始まるまで待ちなさい。どうしてもというなら、あなたも作るのを手伝うこと」
「えー…ったく、しょうがねぇな」
「交渉成立ね。上海、魔理沙の髪を結んであげて」
「シャンハーイ!」
 一つの白いテントから湯気が立っているのを見れば、人形使いが人形たちに指示を加えながら手際よく肉を焼いている。湯気に乗って香辛料やハーブの香りがこちらまで漂ってくるため、どうしようもなく文の食欲を誘う。横では上海の指示を受けながら魔法使いがジャガイモを炒め始めるところだった。狐色にこんがり焼けた切り口には時折パセリの緑がまぶされていく。あの肉とジャガイモを一緒の皿に載せ、それを肴に麦酒を飲む、という趣向なのだろう。……こんなことになってなかったら地上に降り立ってつまんでみたかったな。
 他にもまわりを見回しては記録を続け、凡その概要をまとめる。
 なるほど。紅魔館がバックにいるという話から考えてはいたが、やはりこれは元々西欧で行われていたお祭りなのだろう。詳しいことは裏取りが必要だが、図書館で知識を得た魔法使いあたりから巫女が話を聞き、紅魔館と何らかの話をつけて神社で開かせることにした――というのが筋書きだろうか。そして、何だかんだ珍しいものに関心が高い幻想郷の住民たちも多く訪れることが見込まれ、また一定の収入が神社にもたらされる、という寸法である。
 さて、金もうけに関してはだらしのない巫女のことだ。これで神社が潤えば、懲りずにはめを外してどこかでボロを出すことだろう。にんまり、舌なめずり。良いぞ良いぞ。ちょっとは調子が戻って来た。
 ……そうだ。いっそ、この祭りを大々的に宣伝してやろう。そうして上げるだけ上げておいて、調子に乗って隙を見せたところで派手に落としてあげるのだ。卑怯かもしれないし、本来の自分の流儀ではないのだが、せっかくだ、これで鬱憤晴らしが出来る。ふっふっふ。
 さーて、そうと決まれば簡単だ。まずは宣伝するために祭りの準備の様子を写真に撮ってやろう。こうして、皆が熱心に準備している様子を写真に収めて配り回れば、皆こぞってこの祭りに集ってくることだろう。そこからが勝負だ。
 まずは麦酒の樽運びを指示するメイド長をぱしゃり…次に料理をつまむ魔法使いと注意する人形使いをぱしゃり…と。ふふふ、良い写真が撮れた気がする。さて、後は主役の巫女を――と。
 ……あれ?

 ―――そういえば、霊夢はどこだ?

「あっ。文、みーっけ」

 刹那、聞き覚えのある声と共に、落雷の如き衝撃が文を走った。
 悲鳴すらあげる隙もなく大きな波が体を伝った後、まるで水のたまった甕に大きな穴が空いてしまったかのように、背中を通して力が一気に吸われていく。
 はっきりとしていた視界は、一気にぐらぐら揺れて。そのまま、何が起こったのか考える余裕もなく、闇へと落ちていって。
 握られていたカメラが、ずるりと文の手を離れていく―――けれど、土に落ち形を崩すかと思われたその時、別の華奢な手によって、しっかり、意識を落とした文と共に受け止められた。


***7***

「う……」

 激しいだるさを抱えながら、文はゆっくりと目を開く。
 額には、何かがひやりと当てられていて。ぼんやりと手を持っていけば、濡れているふわふわしたものがかけられているのが分かった。
 ぼやっとした視界で、木目の走る天井をようやく把握する。
 ……私、何をしていたんだっけ。えっと。麦酒祭りの取材のためにはたてから博麗神社へ叩き出されて。その後、隠れながら祭りの概要を把握して、記事の方向を決めて。そうして写真のために巫女を探していたら、急に力が抜けて―――
 『あっ。文、みーっけ』
 あの声。気を失う直前に聞こえた、弾んだ声。だんだんと思い出すにつれ、目を大きく見開いていく。聞き間違える訳もない、あの声は――

「気が付いた?」

 その時。文のすぐ傍から、あの時聞いたのとまったく同じ声が聞こえて来た。
 どこまでも闊達で、呑気で、屈託のない声。今、文が最も聞きたくなくて――最も、気になっていた声。
 血の気が引く……怖い。やっぱり今は「彼女」とまともに向き合うことなんて、出来る訳がない。せめて、せめてすぐにでもこの場を離れなければ…
「あ。今アンタの背中にはお札が貼ってあるから、あんま無闇に動かない方が良いわよ」
 背中に力を込めてみても、黒い翼が羽根一枚すら現出しない。それどころか、意識すればするほど、背中から妖力が流れていっている気がして、文は荒く呼吸をする。声の主が言っていたことは本当らしい。考えるに、一般的な人間の少女程度の力しか、今は出すことは出来ないだろう。
 せめてもの抵抗に、忌々しげに声の主を睨みつける。

「久しぶりね、文」

 それに対して、目の前に座る少女―――博麗霊夢は、全く意に介する様子もなく、得意げに微笑む。
「ふふん、やっぱり来た。アンタならきっと食いつくだろうと思ってたわ」
 ………は?
「―――!…まさか、今回のお祭りは…」
「そういうこと。『居て欲しい時に居ない』のなら、『来ざるを得ないように誘い出せば良い』ってね?」
 やられた…!ここに来て文はようやく、一連の真相を悟る。
 要するに、この麦酒祭りという祭事そのものが、こちらを引っ張り出すために霊夢たちが準備した舞台装置だったのだ。紅魔館は、ありがたいことに(そして今回に限っては不幸なことに)『文々。新聞』を昔から愛読してくれている令嬢が率いる勢力だ。きっとますます面白くなりそうだと、喜んでこの計画に乗ったのだろう。
 以前の自分なら、その線も考えることは出来たはずだろう。けど、出来なかった。はたてに乗せられたとかそういう話以前に、落ち着いて思考を巡らせる気力すら文になかったから。
 そんな自らの大失敗に唖然とする文に、ずい、と霊夢が身を寄せて来る。
「ふーん」
「な、ななな」
 小さな吐息すら肌に触れる。ゆらりと動く髪からは、今まで微かにしか感じてこなかったクロモジの香りが、鼻をくすぐってきて。
「こうして見ると、アンタもまつ毛、結構長いのね」
 カメラのズームでしか近付いたことのなかった距離に、とにかく頭が沸騰して。情動に身を任せたい欲求がぐらぐら煮え立って、噴きこぼれてしまいそうで。
「顔!近い近い!」
 持てる限りの力を出して、振り払うかのように霊夢を引き剥がす。お、落ち着け落ち着け、私。すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、と荒い呼吸を繰り返しながら、残念そうな顔をしている霊夢を睨みつける。
「このお札をすぐ剥がしなさい」
「それだとすーぐ逃げちゃうでしょ?イヤよ」
「…引っ張れば引っ張る程、後のしっぺ返しが痛くなるだけですよ」
「そう。じゃ、私が一生そのお札を剥がさなければ済む話ね」
 冗談めかして妖艶に首を傾げる霊夢に、文は苦々しく口を閉ざす。実質生殺与奪が霊夢に握られている以上、今は言い合いをしても勝つ見込みも持てないようだ。ちくしょう。笑顔が憎たらしい。
「し、しかもなんですかさっきからニタニタ笑って!気味が悪い」
「そうかもね?」
 …え?

「けど、嬉しいから当然じゃないの」

「~~~~~~!!」
 あー!あー!反則!反則だ!くっそ、煽りも全く効かない!!
「あーあ、ずっと気付かなくて損したわ。こんなにも長い間、迷惑かけることしか考えてないパパラッチとしてアンタを見続けていたなんてね?」
「…むしろそう見続けてくれた方が、私にとっては何万倍もマシでしたよ」
「へぇ。つくづく難儀な奴ね」
 …分かってますよ。自分がつくづく面倒くさいやつだってことくらいは。
 本当は、初めから気付いていたはずなのに。
「最初は私も半信半疑だったんだけど。みんなに私のことを聞こうとしてた記事を見せてもらった時は、思わず笑っちゃったわ。アンタにも意外とかわいいとこあんのね」
「ぐ…」
 いつから、この子の写真を見るたびに、胸の鼓動が速まるようになったのかな。記事を書くのが、どうしようもなく楽しくなって、写真を貼り付けるまでに、時間がかかるようになって。
 ごまかしたくて、隠したくて、それでもなお、彼女の素直な表情を見たいと、願うようになって。いつの間にか、こんなになっちゃうまで膨らんでしまったんだろう。
「いっそ退治してください」
「なんでよ。アンタを退治しないといけない理由がどこにもないじゃない」
「あなた、立ち塞がるからとか妖怪だからというだけであちこち退治して回ってませんでした?」
「そうだっけ?そんな昔のこと、すっかり忘れたわ」
 くすくす笑いながら、霊夢は再び文へ体を寄せる。
「ま、何にせよダーメ。お願いされたって退治してあげない」
 そうして、なおも俯き続ける文の顎を、優しくあげて。真っ直ぐに見つめて。

「――アンタはこれから、祭りが終わるまで私と一緒にいるの」

「…は?」
 言葉の意味が一瞬判別出来ず、文は目を丸くさせる。
「は?じゃないわよ。せっかくここまで準備を進めたのに、文を捕まえたからお祭りも解散、なんて訳にもいかないでしょう」
 まぁ、それはそう、かもしれませんけど。へ?だって、ここでそんなことを言うってことは……その、そういうことなんですよね?
 もしかしたら、この麦酒祭りを開こうと霊夢が考えた本当の意味だって、そうなのかもしれない。
 ……………………この子は…本当に良いのだろうか。
「それとも、」
 なかなか文が返事出来ずにいると、霊夢は顎から手を下ろして、ちょっとだけ首を傾げて。

「――私と一緒は、イヤ?」

 ずき、と胸に痛みが走った。
 こんなにも近くにいるのに。その問いかけは、障子に閉ざされたこの部屋に溶けてしまうかのようなほの暗く、弱々しくて。
 こちらの妖力を封じ込めて、絶対的に優位に立っていたにも拘らず。今怯えを見せているのは、間違いなく目の前の巫女だった。

 …ずるい。ずるい。本当にずるい。

 せめて、これが演技だ、なんて疑えたらまだ良かったのに。
 ずっとずっと彼女を見続けた射命丸文の目は、それが全て噓偽りのないものだと、見抜けてしまう。
 この怯えが、叫びが、全て本物だと、分かってしまったのだ。
「全く…」
 ため息をつきながら、横に丁寧に置かれていた文花帖を開く。麦酒祭りに関して書いていたページまで、ぱら、ぱら、ぱら、とめくって。一瞥した後、びり、と破く。

「これじゃ記事にならないわ」

 くしゃくしゃに丸められて放り投げられた紙は、あまりにも綺麗な放物線を描いて、そのまま、小さな屑籠の中に、ころ、と音を立てて吸い込まれていった。
「…ふぅん?」
「何その顔。記者が被写体になった記事がどこにあるのって話です。それだけです」
「そ。私は没になって嬉しいけどね」
 その言葉と共に、霊夢は立ち上がって、障子を開ける。灰色だった部屋に秋晴れの光が差し込んで、畳の、家具の、そして眼前の少女の色も一気に彩られていくのが分かる。

「――アンタの頭で、今日の思い出が完結するんだからさ」

 人が集まってきているのか、参道のにぎわいが既にやかましい。その中でも、霊夢の言葉は、涼風に運ばれてしっかりと文にも聞こえて来た。
「…喋りますね、今日は」
「そうかしら?」
 二人して、ぷっとこらえきれずに息をこぼし、そのまま笑い合う。
 『アンタの頭の中で今日の思い出が完結するんだからさ』
 …何となくだけど、分かる気がする。だって。

 こんなにもかわいらしくころころと笑う霊夢、たとえ自分の記事だとしても、他の誰にも見せたくないって―――そう思ってしまったから。

「おーい霊夢ー!こっちの準備はほぼほぼ整ったぜー」
「というか、遅いからもう始めちゃってるわよー!」
 魔法使いと吸血鬼の令嬢が呼ぶ声が聞こえる。覗いてみれば、二人とも仲間たちと共に麦酒片手に騒ぎ回っていて、既に出来上がっちゃっているようだ。
 まだまだ日も高いというのに。まったく、しょうがない方々である。
「さ、行きましょ」
 差し伸べられる、巫女の白い手。絹のように綺麗で傷一つない手に、自分の手はどうだろうと、ぼんやり比べてしまう。ずっと筆を握り続けたから、ところどころ固くなっちゃっているのかな。
「…ん」
 躊躇いがちに手を取ると、思った以上にしっかり握られて、胸の鼓動が、また少しだけ早くなって。そんな温かさを感じたまま、文は喧騒の光の中へ、引っ張り出されていった。

「こらぁ!主役ほったらかして、勝手に始めてるんじゃないわよ!!」


***8***

「……はー」
 祭りが終わった真夜中。高下駄を放り出して書斎に辿り着いた文は、固い文机の上に頭を載せて、だらり、と体を預ける。
 お札はもうとっくの昔に剥がされているはずなのに、動くことすら出来ない。ここに帰るためにどうにか出した黒翼は、ゆるゆると縮んで、背中に消えてしまって。あぁ、多分明日までは飛べないだろうな。

 …まったく、散々な日だった。

 『アンタが逃げられないように』なんてずっと手を放してくれなかったものだから、常に温かい視線が注がれて恥ずかしかったし。
 二人を知る友人たちからは『社会派ルポライター、ついに巫女に調伏される』なんてひたすらからかわれたし。
 ジャガイモを熱がっている霊夢を笑っていたら、いきなりジャガイモを口に突っ込まれて火傷しそうになったし。
 慣れない西欧の踊りに付き合わされた結果、足がつんのめって霊夢に抱きつくような体勢になっちゃったし。
 あーほんと。何もかもがうまくいかない。
 結局、霊夢が開いたお祭りとしては珍しく「大成功」に終わっちゃった訳だし……つくづく面白くない。
 ……けど。

「…楽しかったな」

 小さく呟く。祭りの最中には、決して口に出来なかったけど。
 さっきまで握られていた手を見つめる。そんなはずはないのに、握られた時の温もりが、まだ残っている気がして。ぐーぱーさせる度に、鼓動となって文の胸まで届いていく。
 『ねぇ。文って麦酒はもう飲み慣れてるの?』
 最初にジョッキに麦酒が注がれた時、霊夢はこんなことを聞いて来た。
 『いいえ。実は麦酒はあまり飲んだことがないんですよ。得意ではなくて』
 『良かった。実はね、私もまだ全然慣れてないの』
 麦酒に慣れていないことの何が『良かった』のか、あの時は分からず首をひねるだけだった。けれど、今なら分かる気がする。
 いつも飲んでいるお酒よりずっと度数も低いはずなのに、気が付けばなんだかぼぅっとしちゃって、ふわついていて。まるで、夢の中にでもいるみたい。きっと霊夢も、そんな感じだったのだろう。
 今はそれで良いのだ。だって、全てがあまりに唐突だったんだもの。お互いの気持ちどころか、自分の想いすら、まだ受け入れきれてないんだもの。
 だから、まだ「夢」で良い。きっと、明日からまた、イジワルに記事を書いては巫女がそれをくしゃくしゃにする、そんな日々が戻って来る。
 けど、「夢」だったはずのものは、ゆっくりゆっくり時間をかけて、いつか「現」になっていくだろう。…なると、良いな。
 鞄から、一枚の写真を取り出す。それは、お祭りの最中に霊夢にせがまれて撮った、霊夢と文とのツーショット。麦酒がのっていた上に自撮りなんてやったこともないものだから、ブレブレで目から上しか映っていない有様である。
 くすり、と笑う。我ながら、あまりにひどくて見ていられないバッドショット。けれど、今日という日を考えた時には、こういう写真こそが紛れもないベストショットだ。

 文は、ぱら、ぱら、ぱら、と文花帖を開くと、さっき破り取ったページの箇所に、その写真を大切に挟み込んだ。
 なお、本作で登場した「麦酒祭り」ですが、これはドイツ、ミュンヘンにて秋に開かれるビールの祭典「オクトーバーフェスト」をモデルにしています。
 元々「オクトーバーフェスト」は、当時のバイエルン皇太子と、ザクセン=ヒルトブルクハウゼンの王女の結婚式を祝うお祭りだったそうです。
(※参考文献:浜本隆志・柏木治(編著)『ヨーロッパの祭りたち』(明石書店 2003年))

 つまりそういうことだ。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。
UTABITO
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コメント



0.150簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
にやにやできるあやれいむとても良かったです。紙面上に思いがほとばしってしまう文と、それを受け止めてご満悦な霊夢、相思相愛ですね。デレてからの後半の殺し文句のオンパレードが良かったです。楽しめました。
2.100KoCyan64削除
文の愛が重い上に何も本人が気づいてないのが本当に良いですね~~~あと子供がストレートに殴るのとか、知らぬ間に紙面で感情が出ちゃっているのとか、それに気づいて散々ポンコツになる文とか、普段のギャップからの可愛さで最初から最後まで面白いお話でした!
3.100名前が無い程度の能力削除
あややガチ乙女でかわいい。その文の視点からの霊夢も愛くるしくてすごくかわいい。ごちそうさまでした。
4.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
7.100サク_ウマ削除
完璧だと思います。すごかった。めちゃくちゃ笑顔になりました。良かったです。
8.100Actadust削除
終始いちゃいちゃしやがって! だだ甘かよ! 最高かよ!
文の自覚無しのクソデカ感情が炸裂してからの畳みかけが最高に好きです。素晴らしいあやれいむでした。最後から最後まで甘い二人の関係が最高でした。
9.100夏後冬前削除
好きです
10.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです!
11.100南条削除
面白かったです
射命丸がかわいらしかったです
12.100めそふ削除
とても良い百合でした。本当に良い気分になれました。