Coolier - 新生・東方創想話

イミテーション・タイガーアイ

2021/12/05 16:36:26
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「小さなつづらを持ち帰ったおじいさんに、なぜ大きなつづらを持ち帰らなかったのだとおばあさんは怒って雀の屋敷へ向かいました。おばあさんが無理矢理持ち帰った大きなつづらはずっしりと重く、おばあさんは待ちきれずに帰る途中でつづらを開けてしまいました。すると、大きなつづらの中から世にも恐ろしい魑魅魍魎が……」
「あー、もういい、途中から聞いてないから」

女苑は不機嫌を隠さずに、つらつらと絵本を読み聞かせる星を遮った。読み聞かせを中断された星は、小首をかしげて絵本を閉じた。

「そうですか。では、こちらにしましょうか。小判を掘り当てた犬を横取りしたおじいさんが、犬に無理やり地面を掘り当てさせると、小判は出てこず代わりに世にも恐ろしい化け物が……」
「だから昔話はもういいっつの! あと中途半端に省略すな!」

懲りずに今度は別の絵本を開いた星に女苑は吠える。
星の手元にあるのは、人里の子供向けに描かれた昔話を題材とする絵本だ。表紙のほんわかする淡いタッチのイラストが子供扱いされているようでイラつく。
依神女苑、紫の命令で夢の世界の住人を全員捕まえ、一度は逃げ出した命蓮寺に戻った今は絶賛修行中である。聖白蓮からは質素倹約の心得を叩き込まれ、命蓮寺のご本尊たる寅丸星にはなぜかその一環で絵本の読み聞かせをされている。寺子屋か鈴奈庵ででもやればいいだろうに。

「子供扱いするんじゃないわよ、馬鹿にしてんの? だいたい舌切り雀だの花咲か爺さんだので強欲を諌めようなんて甘いのよ」
「けれどありがたい仏様の教えは嫌がるじゃないですか。なのでもう少しわかりやすくて親しみやすい話題を、と思ったのですが。幻想郷には本物のかぐや姫も一寸法師の末裔もいます。幻想郷自体が御伽話でできているようなものですからね」
「はいはい、けど絵本みたく子供向けに書き改められたものなんて事実と食い違うものでしょう? あてにならないわ」
「昔話を単なる御伽話と侮るものではありません。古来より語り継がれてきた物語には様々な教訓が含まれているのです。欲深を諌め、謙虚を讃えるもの……大きなつづらと小さなつづらなら小さい方を選び、金と銀の斧どちらかを選べと言われたらどちらでもないと、両手から溢れるほどの砂金の山を差し出されたら『欲しくない。いらない』と答えるのです」
「最後のは昔話じゃなくない?」

女苑は相手をするのも面倒だったが突っ込んでおく。回りくどい説教を延々と続けられたらたまったものではない。

「そもそもだけどさ。なんであんたが出てきたのよ」
「私、ですか?」

女苑は前々からずっと疑問に思っていたことをぶつけた。初めに紫苑との悪行が紫と霊夢のコンビにまんまと打ち破られた後、女苑には更生の余地があると引き取りを申し出たのは聖だった。その間、聖がほとんど付きっきりで女苑の更生にあたっていた。一度はそんな暮らしに嫌気がさして、紫の提案に乗っかる形で命蓮寺を抜け出したのだが、なんだかんだで命蓮寺の生活や聖に親しみを抱いているのだと気づいた女苑は、再び命蓮寺に戻ろうと自らの意志で決めたのだ。
ところがいざ戻ってきてみれば、聖のありがたいお説教は頻度が減り、この虎妖怪が新たに女苑の指導役に加わることになっていたのである。初めに命蓮寺へ連れて来られた時にはろくに会話も交わさなかった星が関わると聞いて、女苑は少し苛立ちを覚えた。

『そういうわけですから、今後は私だけでなく寅丸星からも教えを乞うように』
『ふざけないで! 私はあんたの元なら修行もいいかなって思ったのに。……結局、あんただって一切衆生をあまねく救おうなんて思ってないくせにさ。今まで見捨てた妖怪が何人もいるんでしょ? 姉さんだって拒んだじゃない。ああ、かわいそうな姉さん! 似非坊主にも切り捨てられ、誰にも顧みられずに見放されてしまうのね……よよ……』
『嘘泣きをしても無駄です。自分一人で修行するのが嫌だから道連れにしたいだけでしょう?』
『ちっ、バレてら』

これ見よがしに舌打ちした。正直女苑はそこまで紫苑を哀れだと思っていない。完全憑依には紫苑の能力が不可欠なため頼りにしていたのだが、周りも自分をも不幸にする貧乏神なんて、妹の自分ですらお近づきになりたくない。姉を巻き添えにする計画は頓挫したが、自分一人だけ苦行を強いられるなんてまっぴらだと未だに女苑は恨みに思っている。

「ぐうたら聖はとうとう自分で説教するのまで面倒くさくなったわけ?」
「それは違いますよ」

この頃、聖との関わりが薄くなっているのをあて擦ると、星はぴしゃりとはねつける。

「聖は貴方の更生に私が適任だと買ってくださったのです。私が財宝の妖怪なのは知っていますよね?」
「ええ、財宝を好きなだけ集める能力を持っていながらまったく活かそうとしない、文字通りの宝の持ち腐れってね」

嫌味ったらしく告げるも、星は平然としている。

「私の財宝集めの能力は、私本来の能力ではなく、後天的にもたらされたもの。ですが、長年毘沙門天の代理を務めてきた私は財宝を扱う心得をよく知っています。その魅力も、危うさも、すべて」
「ふん。それであんたがご高説を垂れてくれるってわけ?」
「はい。私は七福神が一柱、毘沙門天の代理。つまり私は福の神でもあるのです。私は貴方に福をもたらすよう尽力します」

にこやかな笑顔で言い放った星に、女苑は顔をひきつらせる。福をもたらす、なんて、似たような言葉をあの八雲紫からすでに聞かされていた。“完全敗北”という幸福をくれてやる、と。こいつも紫と同じ穴のムジナか。それに貴方を幸せに、なんてインチキ宗教家や詐欺師の常套句じゃないか。

「ドーン!! ってどん底に叩き落とす胡散臭いセールスマンの間違いじゃなくて?」
「心のスキマを埋めたいのでしたらスキマ妖怪に頼んでください」
「ごめん被るわ! 完全敗北ならもう間に合ってるわよ。だいたいあんた、毘沙門天に帰依してる、弟子になってるっていっても、あくまで代理でしょ? そんなの紛い物の神じゃない」
「確かに財宝集めは宝塔による借り物の力です。それでも私の一面ですし、何より私は“忍耐”をよく知っています」
「冗談じゃない。なんで正真正銘の疫病神の私が偽物の神に説教されなきゃならないのよ!」

憤りのまま、女苑は立ち上がる。これだから星と関わるのは嫌だったのだ。女苑は嫌われ者でも、疫病神としての意地がある。ただの妖怪のくせに神の名を騙る星に上から目線で諭されるくらいなら、女苑はもう命蓮寺との縁を完全に断ち切る方がマシだった。

「出て行ってやる!!」

大声で啖呵を切って、星の部屋をズカズカ出てゆく。廊下の途中で一輪と雲山にすれ違い、一輪は女苑のただならぬ様子に後ろから声をかけた。

「あー、ちょっと女苑、どこ行くの!」
「こんなしみったれた胡散臭い寺、今度こそ出て行ってやるわ!」
「え、あの疫病神、また出て行くの?」
「女苑さーん! 待ってくださーい!」

騒ぎを聞きつけて命蓮寺の連中がわらわらと出てくる。一輪にムラサ、響子の声が追いかける中、女苑は振り切って寺の入り口まで駆け抜けた。

「お待ちなさい!」
「うげー! あんたは……!」

ところが、そんな女苑の行動を見透かしていたかのように、寺の正面口に聖が仁王立ちしていた。聖は普段の温厚な目をつり上げ、厳しい面持ちで女苑を睨んでいる。

「女苑、言ったはずですよ。寺を逃げ出すのは許しません」
「雑用を押し付ける労働力がほしいからでしょ? あんたの本音はもうわかってるのよ。どんなに善人ぶってても騙されないんだから」
「それもありますが」
「え、聖様、否定しないの?」
「なんか夢の人格が暴走して本音が漏れちゃったからヤケクソになってるみたいよ」

後ろで一輪とムラサがひそひそ話し合っている。女苑は取り澄ました聖の本音を暴いたのだから、もう聖に遠慮する必要はないと思っていた。
聖は睨み返してくる女苑を険しい眼で射抜いていたが――不意に眉を下げて、女苑に取りすがってきたのである。

「お願いだから出て行かないで」
「……はっ?」
「寂しいじゃありませんか。袖振り合うも他生の縁、私は結構貴方を気に入っていたのに」
「いやいや、何よ急に萎らしくなっちゃって気持ち悪い」
「お願い。数多の弟子や檀家を抱えていても、お寺を去ってゆく者がいると寂しくて仕方ないの。逃げないで。私を置いていかないで」
「え、ええー……あんたそんなキャラだったっけ?」
「うわー、聖様、珍しく必死だわ」
「よっぽどあの疫病神が気がかりなのねぇ。聖様らしいっちゃらしいけど」

また後ろでひそひそ話が始まる。聖は捨てられた子犬みたいな目で女苑を見つめてくる。普段の聖人然とした姿はどこへやら、女苑はあまりの変わり様にたじろいだ。
聖が存外、俗っぽい一面を持つのは知っている。知っているが、なりふり構わぬ哀願は女苑の心を揺さぶった。言い方は仰々しいが“寂しい”のはきっと本音で、女苑は聖が元は人間で年老いた老婆だったのを思い出す。それを無碍にあしらったら、こちらが悪者みたいな気がするではないか。
構わず出て行ってやればいいじゃない。いやでもここで遺恨を残したら後々面倒くさいことになりそうだし。揺らいだのちに、女苑はとうとう根負けした。

「ああもう、わかったわよ! 出て行くのはまた今度にする、だけど一生この寺で暮らすつもりなんて微塵もないから!」
「本当? 嬉しいわ、もう少し長く一緒にいられるのね」

今にも泣き出しそうな顔が、一瞬のうちに満面の笑みへ変わる。したたかな僧侶である。
そして女苑がまた戻れば、星はわかっていたような顔をして待っていた。憎たらしい。女苑は舌打ちして星を睨みつけた。

「いい? 私はあんたに従うつもりなんてこれっぽっちもない。仕方なく聖の頼みを聞いてやってるだけだから。私はもうストイックな生き方はうんざりよ」
「そうですか。でも、聖は貴方を気に入ったみたいですからね」
「目をつけられたの間違いだろ。どうせあんたも聖とグルなんでしょ」
「質素倹約を重んじる聖の姿勢は私と同じですから」
「変な奴。財宝の妖怪のくせに、財宝に価値を感じないとでも言うの?」
「ええ、まったく」

毅然と言い放つ星に、また女苑の苛立ちが募る。彼女の言葉には一切の嘘偽りがなく、財宝への執着は微塵も感じない。この虎妖怪はこんな虫唾が走るような綺麗事を滔々とのたまえるのだ。そのくせ臆面もなく自分は財宝の妖怪だと言い切る。
女苑の不機嫌を察してか、星は少し考えてから話し始めた。

「いえ、まったくというのは語弊がありますね。先ほど述べたように、私は財宝の価値も魅力も理解しています。けれど財宝の煌めき、魔力は非常に危うい。ともすれば持ち主の身を滅しかねません。何より法力を極めた私には、尊い法の光に比べて財宝の光は鈍く映るのです。――貴方だって、本当はもうわかっているのではありませんか?」
「うるさい! 知った風な口を聞くな!」

女苑は湧き上がる苛立ちをそのままぶつける。確かに命蓮寺に戻った当初こそ、女苑はストイックな生き方を追求しようと思った。見かけの豊かさよりも内面の豊かさを重んじようと。財宝の輝きなんて目眩しのようなものではないか、お寺の修行も悪くないと。嫌われ者の自分にだって本当の幸せがつかめるはずなんだ、と。
しかし、女苑は早くも修行に飽きてしまったのだ。第一、富を奪ってなんぼの疫病神が貧相にちぢこまってどうする。貧相は姉の専売特許だ。
立ち上がった女苑は、座ったままの星を上から睨みつける。星は静かに女苑の眼差しを受け止め、女苑の目を見つめ返していた。何もかも見透かすような金色の瞳――虎の目が疎ましい。人里で縁起のいい妖怪と非常にありがたがられながら、驕りもせず財宝の価値にも溺れない。その理性的な姿勢が癇に障った。

「前々から思ってたけど、ようやくはっきりしたわ。私はあんたが嫌いよ」
「そうですか」

女苑は一言一句、星の耳にしかと届くように断言してやったが、星は顔色一つ変えない。これが聖だったら傷つき悲しむ表情をするのに、星は女苑の心象などどうでもいいと言わんばかりだ。

「私を突っぱねたって無駄です。それしきのことで私はお役目を投げ出しません」
「私は今すぐにでも前言撤回して出て行ってやりたい気分よ」
「そうですか……では、貴方が逃げ出す前に、これを渡しておきましょう」

星は懐から飴玉ほどの大きさの小さな石を取り出して、手のひらに乗せ、女苑に見せつけた。女苑は目を瞬く。金色がかった茶色の石に走る黒い線は、虎の縞模様に似ていた。

「タイガーアイ。虎目石と呼ばれる宝石です。まあ、宝石というには価値は劣りますし、外の世界ではパワーストーンとして愛好されているようですがね。あ、もちろんオカルトボールと違ってこれに結界を破る力などありませんのでご心配なく」
「宝石ねぇ。ダイヤモンドやパールに比べたらずいぶんちゃっちい輝きだこと」

女苑は差し出された虎目石を遠慮なく物色した。星は宝石だと言ったが輝きは鈍く、下手したら数珠の一粒かと勘違いするほどだ。
タイガーアイ。虎の目。確かに、目の前にいる星の目に似ている気がした。しかし今しがた嫌いだと言い放った相手に、自分の目に似た石を差し出すとはどういう神経をしているのだろう。
星は再び女苑の目を見つめた。一呼吸置いて、星は口元に微笑を湛え、女苑に問いを投げかけた。

「女苑。富と財を好む貴方に尋ねます。貴方はこの虎目石が本物だと思いますか? 偽物だと思いますか?」
「……はぁ?」

女苑は口をあんぐり開けて、星の目と手の中の虎目石を見比べた。本物かどうかって、この石ころがイミテーションか否かを見抜けというのか。いったい何のために。女苑の物欲を、煌びやかな財宝に惹かれる心を、この石を使って正してやろうという魂胆でもあるのか。
星は呆れてものも言えない女苑の手のひらに虎目石を押し付け、握らせた。

「これは貴方に預けます。お守り代わりに持っていてください。そして貴方が本当に命蓮寺を出て行く時に、答えを聞かせてください」

星はその後私もお勤めがあるので、と一旦席を外した。女苑は立ち尽くしたまま、手の中の虎目石を見つめていた。

「あの似非毘沙門天、私に目利きがないとでも思ってるのかしら?」

女苑はぶつくさ文句を言いながら虎目石を観察する。女苑は煌びやかな財宝を好むのだ、この程度の石なら本物か否かを見抜くなんて容易い。
女苑の見立てでは、この虎目石は紛れもない本物だ。だがしかし、と女苑は思いとどまる。あの問いかけが単に女苑の審美眼を確かめるものとは考えにくい。何か仕掛けがあるのではないだろうか。財宝集めの能力を持つ星なら、精巧な偽物も、偽物じみた本物も簡単に出せるのではないか。
かといって安直に偽物だと答えるのもまずい。もし星の望む答えが“偽物”だったとしたら――女苑は質素倹約を美徳とする命蓮寺の妖怪達の思惑に乗せられかけていることになる。星は本物を差し出しておきながら、あえて女苑に“偽物”と答えさせて、これで女苑も贅沢への執着を捨てられましたよ、と聖の思い描くシナリオを実現しようとしているのかもしれない。

「悪趣味な奴」

本人がいないのをいいことに(本人がいても女苑の態度は変わらないが)女苑は悪態をつく。この虎目石を見ると嫌でも星の目を思い出すから不愉快なのだ。
だいたい女苑は、あの星の目が気に入らない。虎は獰猛で野性溢れる猛獣なのに、星の目は本能に忠実な虎の目ではない。本人が財宝より尊いと言った法の光のような、澄み切ったまっすぐな光を湛えている。女苑はその紛い物の美しさに吐き気を催す。

「何が私は福の神でもあるのです、よ。あいつは虎の妖怪じゃない。お澄まししちゃってさ、獣の本能はどうしたのよ」

女苑はいっそ星に真っ向から『あんたの本能はどこに行ったの?』と問いただしてやろうかと思ったが、即座に思いとどまる。いや、何も星に聞く必要はない。下手したらお説教につながるかもしれない。
命蓮寺は妖怪寺と呼ばれているように、妖怪の修行僧がたくさんいるのだ。女苑が把握している限りでは聖と一輪、と雲山、それから響子。他にも妖怪はいるが、たとえばムラサは正式な修行僧かは不明である。さらに居候のマミゾウとぬえ、たまにくる星の部下ナズーリンも数えれば命蓮寺はなかなかの大所帯だ。
女苑はあることを思いつき、口元をつり上げる。命蓮寺は妖怪が修行に励む寺と思われているが、その妖怪達は意外と戒律を破ったり聖の与り知らぬところで悪事を働いていたり、お世辞にもお行儀がいいとはいえない。妖怪は本能のままに動いてなんぼだ、堅苦しい戒律に縛られる方がおかしいのだ。地味な修行で抑えつけられるものとは到底思えない。
女苑は立ち上がる。命蓮寺の修行僧達に、妖怪の本分とは何か問いただしてやろう。そのうち、取り澄ました星の醜い本性も見えてくるかもしれない。女苑は一人忍び笑いを漏らした。



「え? 私の妖怪の本能は何かって?」
「そうよ。あんただって妖怪の端くれなんでしょ?」

呼び止められた一輪と雲山は、不思議そうに女苑を見つめていた。
手始めに女苑はまず異変の最中にも戦った一輪と雲山に声をかけた。なお、居候で修行僧ではないマミゾウやぬえは端から対象外である。ムラサは曖昧なので後回しにした。ナズーリンも僧侶ではないから除外だ。
一輪は唐突な女苑の問いに悩んでいるようだった。傍らの雲山も、僅かな警戒心を滲ませて女苑を見つめている。

「うーん……改まって聞かれると難しいな。妖怪の本能……妖怪の根幹を成す定義ってこと?」
「そんな難しく考えなくていいのよ、あんたにとって抗い難い、抑えきれない、剥き出しの本音を教えてくれればいいの」

女苑はここぞとばかりに親しげに話しかける。寺の妖怪達は人の悩みや相談を聞くのもまた仕事だと話していた。ならば女苑の問いにだって答えてくれるだろう。
一輪はしばし真剣に考えていたが、やがてはっと目を見開いた。健康的な面差しが次第に血色が悪くなり、両手はわなわなと震えている。心なしか雲山まで戸惑っているような気がする。

「……あるわ。私にとっての最も恐ろしいもの。それは誰もが虜になる抗い難い魔力を持っていて、取り憑かれたら最後、みんな我を失ってしまうの」
「へえ。どんなもの?」

よし、と女苑は心の中でガッツポーズをする。普段明るくノリのいい入道使いが恐れるものとはなんだろう。さあ曝け出せ。思いのままに暴露しろ。果たして一輪は、たっぷりと呼吸を置いてから、ため息混じりに白状した。

「こないだこっそり呑んだお酒は文句なしの美酒だったわ」
「そうそう、お酒の魔力には誰も逆らえないからねー、って違う!!」

女苑は盛大に突っ込んだ。何を怪談みたいな調子で戒律破りを暴露しているのだこの入道使いは。確かにお酒はみんな好きである。扱いを誤れば身を持ち崩す危うさと甘美な酩酊をもたらす魅力を兼ね備えた無敵の危険物だ。だが女苑はそんなことを聞きたかったのではない。

「あー、言っちゃった。まあいいよね、女苑って神様なんだし」
「勝手に懺悔して満足するな! そんな誰でも破滅するようなものじゃない、あんたよ、あんたの持つ抗えない本能を聞いてんのよ、雲居一輪!」
「ちょっと、雲山を無視しないでよ」
「面倒くさっ! ああわかったわよ、雲居一輪と雲山!」

一輪のじとりとした視線に不承ながら言い直す。無視したというか、雲山に話しかけても一輪越しにしか答えは返ってこないから結局一輪に聞くしかなくなるのである。存在感だけは無駄にあるくせに無口なのだ、雲山は。

「そりゃあ私だって、あ、人間だー、脅かしちゃえ、くらいは思ったりするけどさ。私も元は人間だったからか、そこまで人間を襲いたいとか考えないのよね。雲山がいるから人間は勝手に怖がってくれるけど」
「元人間ってことは、あんた、妖怪に身を落としたの?」
「身を落とす? 妖怪ってそんなに悪いものかしら? 聖様は雲山にも慈悲を寄せてくれるのよ」

何の疑問もなく答える一輪に、女苑は確信した。この入道使い、見た目は普通の人間と変わらないが、積極的に人を襲わないだけで思考は完全に妖怪だ。人間も妖怪も平等になんてのたまう聖の弟子をやっているだけはある。
一輪から妖怪の本能なんて聞くのは無理だったか、と諦めかけた女苑に、一輪が語りかける。

「それでもあえて私の妖怪としてのアイデンティティを問うなら、雲山の存在そのものね」
「こいつ?」
「今回の完全憑依でよくわかったわ。私と雲山の意識は連動していて、私が死んだ時に雲山は死ぬ」

重い単語が飛び出して、女苑も思わず口をつぐむ。一輪の口調は淡々としているが、眼差しはどこまでも真剣だった。

「雲山は昔、見越入道として人間を襲っていたけど、私に退治されてから悪さは一切やめたの。本当なら退治された時点で雲山は消えるはずだったんだけどね。あの時から、雲山は人間を襲う代わりに私を守ることが自分の存在意義になった。私の存在が妖怪としての雲山を守っているのよ。そして私をいついかなる時も守る雲山が死ねば私も死ぬの」
「いや……雲山はともかく、あんたは生き残るんじゃないの?」
「無理ね。妖怪になった時に私は雲山を守ろうって決めたから」

一輪の言葉からは揺るぎない決意と、重さに似合わぬ明るさが感じられた。雲山もまた一輪の傍らに寄り添って、言葉はなくとも一輪に同調し、女苑に訴えているかのようだった。
ともすれば二人を繋ぐものは絆なんて綺麗な言葉ではなく、呪縛や共依存と紙一重の危うい位置にあるが、一輪と雲山にとってそれは決して枷や戒めではない。運命を共にする者を一蓮托生と呼ぶが、きっと二人はそう呼ぶべきなのだろう。

「あんたらは運命共同体ってわけか」
「そう。私達はいつでも二人で一つだった。故郷じゃ負け知らず。そうでしょう?」
「どこかで聞いたことのあるフレーズに乗せられても反応に困るんだけど」

お前らの青春なんざ知るか、と心の中で悪態をつく。自分だったら誰かと運命を共にするなんてまっぴらだ。

「面倒くさいものに取り憑かれてるのねぇ。嫌にならない?」
「あっはっは! 嫌だったら千年も一緒にいないわ。そうね、あと五億七六◯◯万年ぐらいは平気じゃない?」
「あんたらどれだけ長生きするつもりなの」

弥勒菩薩が本当に現れるかどうかも定かでないのに。呆れ返る女苑に、不意に一輪は目を細めて告げる。

「私は雲山やみんなと一緒にいたかった。人間として天寿を全うするよりね。見た目じゃない、心なのよ、人間と妖怪の境界は」
「はいはい、私に自己満足のご高説を垂れてくれなくていいから」
「えー、私は貴方に感謝してるんだから。悔しいけど貴方達、最凶最悪のコンビに負けて自分の未熟さを知ったし、布都とも前よりもっとわかり合えた」
「私達に負けた後、派手に喧嘩してた記憶があるんだけど?」

女苑はあからさまに調子に乗った一輪&雲山&布都のコンビ、もといトリオが女苑と紫苑の前に現れた時のことを思い出した。
挑みにきたトリオは憑依交換で同士討ちを余儀なくされ、案の定一輪と布都は揉めに揉めた(雲山はたぶん黙っていた、よく知らないが)。「あんた裏切ったでしょ」「いいやお前だ」とつかみかからんばかりの大喧嘩の末、二度と口を聞かないとまで互いに言い放ったのに、数日経たないうちにまた二人は仲よく出かけていたのである。女心と何とやら。
呑気に笑っている一輪を見ていると苛立ちが増してきて、女苑は適当に話を切り上げて立ち去った。
やっぱり一輪ではあてにならない。他の修行僧を探そう。



女苑は参道の掃き掃除をしている響子をつかまえた。響子は生まれつきの妖怪、それも命蓮寺が幻想郷にできてからの弟子だから、聖に必要以上の思い入れもないはずだ。うってつけの相手だと思った女苑は、箒を手に出鱈目な読経をしている響子に話しかけた。

「あんたさー、こんなしみったれた寺で修行なんかしてて虚しくないの?」
「虚しいですよ! 世の中が虚しいから私は出家したんです!」

声が大きい。思わず女苑は顔をしかめた。響子はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに箒を握りしめ、女苑に向かって捲し立ててくるが、女苑は耳に指をあてる。こんな近距離で怒鳴らないでほしい。

「聞いてくださいよー、人間達は山彦をただの自然現象で片付けてしまうようになったんです。それじゃあ私の存在意義って何ですか!? ただ一人で山で叫んでるだけのやつですか? あんまりじゃないですか!」
「私に聞かれても困るんだけど……」
「そう、そこで私はこの命蓮寺の門を叩いたのです! ところがどっこい、聖様は意外と厳しいし、お経も座禅も退屈で退屈で、鬱憤ばかり溜まっていくんですよ!」
「お前人の話聞いてないだろ」

内容は概ね同意できるのに、なんか一緒にされたくないと感じてしまう。女苑は早くも声をかける相手を間違えたのではないかと思った。

「大声を出すといい感じにストレス発散できるんですけどねー、つまらないお経の繰り返しじゃなかなかできなくって。それで私、ミスティアと組んでたまにゲリラライブを行ってるんですよ。“鳥獣伎楽”っていうんですけど」
「あー……名前だけは聞いたことあるわ、騒音がひどいって苦情になってたあれね」
「これでも若者にはバカウケなんですから!」

響子の話によれば、同じく世の中に不満を持つ妖怪、ミスティアとのバンドは鬱屈を抱えた妖怪の若者層を中心に人気を博しているらしい。

「そうだ、女苑さん、プリズムリバーウィズHのライブお好きですよね? でしたらぜひ私達、鳥獣伎楽のライブに来てください!」
「いや、遠慮し」
「次のライブは二日後の予定なんです! 場所は人里から博麗神社への道中で神社よりの方、あ、チケットとかはないんでお気軽にどうぞ!」
「だから人の話を聞け!」

ここの妖怪は真面目に人の話を聞く気がないのか、悩みを聞くのも仕事のうちじゃないのか、と思いつつ、女苑は仕方なしに響子とミスティアのライブに足を運ぶことにした。
正直に言って、パンクロックはプリズムリバーウィズHの音楽とは方向性が真逆で興味は惹かれない。しかし世の中に不満を抱える妖怪が集まると聞けば、抑圧された妖怪の燻る鬱屈を垣間見るチャンスでもあると捉えられる。響子が声高々に不満を叫ぶ姿を、本能を曝け出す姿を見れば、そら見たことか、お前らの修行なんて何の役にも立たないんだよと聖や星の聖人面に叩きつけてやることができる。
女苑はある種の期待とそれ以上の気の進まなさを抱きつつ、響子に半ば強引に押し付けられたライブの日を待った。



人間達が寝静まった真夜中、ステージとはお世辞にも呼べない粗末な台座の上で、パンクロック風な黒の衣装に身を包んだ二人の妖怪がシャウトしていた。

「野郎共! 今日も妖怪人生、存分に謳歌してるかー!!」

響子の第一声がマイクのハウリングで余計に響く。あまりの騒音に女苑は頭痛すら覚えた。そもそも山彦たる響子にマイクなんていらないだろうに。響子の呼びかけに応じて、周りの妖怪達が一斉におおー、と声を上げる。女苑は響子達のバンドなんてせいぜいマニアが二、三人だろうとたかを括っていたが、なかなかどうして人気があるようだ。

「声が小さーい! もっと腹から声出せ!」

続いてミスティアも叫ぶ。こちらの声量はまだましだが、かき鳴らすギターの音程がズレまくっていて実にノイジーだ。

「今日も始めるぞ! 言いたいことも言えないこんな世の中じゃ……ポイズンマーダー!」

それお前のスペルカードじゃないだろ、と内心つぶやく。響子のシャウトと同時にミスティアが出鱈目なギターを鳴らす。これがライブの始まりのようだ。
そこから二人の歌らしきものが始まるが、歌詞の意味はよくわからない。とにかく早口で何がしかの不満や皮肉めいたことをがなり立てているようなのだが、ノイズがひどくて頭に入ってこない。この夜雀、歌の才能がないんじゃないだろうか。響子の方はもっとめちゃくちゃで、ひたすら大声で叫んでばかりでもはや歌の最低限の形すら為していなかった。こんなのは音楽に対する冒涜ではなかろうか。

「おらお前ら、もっと叫べー!」

女苑は観客に押し流されまいと踏ん張るが、周りは女苑など眼中にもないようで腕を振り上げたり飛び跳ねたりと好き放題だ。

「聞こえねぇぞアリーナ!」
「アリーナなんかないだろ」

思わず突っ込んだ女苑の声は観客とステージの怒声にあっけなくかき消される。女苑の冷めた心とは裏腹に、会場のボルテージは最高潮だ。大向こうのような掛け声、バラバラの手拍子、激しく頭を上下に振る客(危うくぶつかるとこだった)、大地を揺さぶる観客の振動。響子達が人気を獲得しているのはわかる、わかるのだが……。

「うっせぇわ!!」

苛立ちのボルテージが頂点に達した女苑が耐えかねてシャウトした。バンドの二人も観客も熱中しすぎてうるさくて敵わない。ライブというのはもっと格調高く、盛り上がっても最低限のたしなみは忘れないものだ。その点、プリズムリバーウィズHは音の躁鬱を操る演奏者がいるせいかよくまとまっている。
とにかくこのライブは女苑の好みではない、その一言に尽きた。憂さ晴らしにも退屈しのぎにもならない、ただ鬱憤が溜まるだけだった。
ライブが終わり、観客が次第にはけてゆく。さすがに響子とミスティアも疲れたのかずっと水分補給を行っている。その中でも目ざとく女苑を見つけた響子が、女苑の元に汗だくのまま駆け寄ってきた。

「女苑さん、どうでした、私達のライブは?」
「おめでとう、あんた達二人は間違いなく今宵の最凶最悪の二人組よ」
「本当ですか? ありがとうございます!」

褒めてない。あて擦りくらい気づけ。苦虫を噛み潰したような顔の女苑に対して、響子は思う存分に叫んでストレスを発散できたのか清々しい顔をしている。

「いやー、今回のライブも最高に盛り上がりましたよ!」
「けど夜中にこんな好き勝手騒いじゃってさー、聖の奴は何も言わないの?」
「……明日一日お説教と修行が倍になるのは覚悟しなければなりません」

途端に響子の表情が青ざめる。やはりこのライブ、聖が看過しているものではないようだ。観客は満足していたが近隣住民から苦情が来るに違いない。

「すみません、これが私の宿命のようなものでして。あ、女苑さんに懺悔したら罪が軽くなりますかね?」
「なるか。そもそもあんたらクリスチャンじゃないでしょうがよ」
「一応前より騒音被害が大きくならないよう場所は考慮するようにしてますし、固定のファンがいるので、とか、こうやって妖怪の存在感をアピールするのも必要なんで、とか、どうにか解散せずに続けてもいいよう納得してはもらってるんですがね」
「はあ? どれだけ身内に甘いのよあいつは」
「甘いですかね? 優しいと思ってますけど」

きょとんと首をかしげる響子を見ると、そんなに聖が好きか、とまた女苑は苛立つ。意外と厳しいなんて言ったくせに。
夜中にライブを行って苦情まで受けて、それでいて破門にはならず、お説教で済み響子は修行僧として生活を続けている。飲酒をした一輪や雲山に対してもそうだ。これが身内に対する甘さでないなら何と呼ぶ。
だとしたら、やたらと厳しく質素の心得を叩き込まれたり、引き止められてまだ出て行けずに寺に居座っている自分はいったい何なのだろう。身内じゃないから厳しく当たる――さすがに聖はそんな性格ではないと考えたいが。

「……簡単に抑えられたら苦労しないのよ」

質素な生活も悪くない。そう感じたのは本当だ。だが、一方で他人の財を巻き上げ浪費したいという本能は女苑の中で燻り続けている。
いったいどうすれば聖に認められる形で本能を発散できるのだ。あの紛い物の神から何を学べと言うのだ。ジャケットのポケットの中には、例の虎目石がずっと入ったままだった。見れば気分が悪くなり、かと言って捨てることもできずに持ち続けている。女苑は苛立ちを抱えたまま、ミスティアとライブの反省会を始めた響子を置いて一人夜道を歩いた。



「ねえ、ちょっといいかな」

後日、女苑は命蓮寺でムラサに呼び止められた。ムラサは女苑との交流には消極的で、女苑はあまり話したことがない。そういえばムラサから妖怪の本能について聞き出すのを忘れていた。ムラサの用件は何だろう。まさかお説教でも始めるのか、それでも星よりはマシか、と女苑は大人しくついてゆくことにした。

「星が最近『女苑がつかまらない』って嘆いているの。こないだは響子のライブに行ってたんだって?」
「あっちから誘ってきたのよ、頼んでもいないのに。まあ、あいつが困ってるなら私としては万々歳だけど」
「あんまりいじめないであげてね」

ムラサは苦笑いを浮かべる。他の修行僧からも話を聞いて参考にしたいと言えば、星は渋りつつ許してくれるので、星から逃げる口実としてはうってつけなのだ。

「貴方、私達の本能について知りたいんだって?」
「ええ、私は戒律なんぞで押さえつけられるもんだと思ってないからね。でもあんた修行僧じゃないんでしょ?」
「その辺りは曖昧なんだけど、星や一輪や雲山とは長い付き合いなんだよ」

それなら私のところにも来ればよかったのに、とムラサは親しげに話しかけてくる。女苑への好意というより、さすがのムラサも仲間の星が気がかりになったからだろう。ムラサは明るく話し上手、とは星の弁だった。

「私はもう長らく人を殺してないけど、未だに水場に行くと水難事故を起こしたくなるんだ。こないだも三途の河で死神にちょっかいかけちゃったし」
「えらいカムアウトね。寺の妖怪がそんなことぶっちゃけていいの?」
「いやほら女苑は神様だし」
「だから私はそういう神じゃないっつの!」

いっそペケを突きつけて水をぶちまけてやろうか、と思いきや目の前の相手は水場に強い妖怪である。というかどいつもこいつも自分の信仰する宗教くらいきちんと把握しておいてほしいものだ。それこそあの似非毘沙門天の出番じゃないのか。
ムラサの懺悔、もとい告白は続く。

「駄目だってわかってるし、未練だって昔に比べたらかなり薄くなったのにやっちゃうのよ。本能に関しては、たぶん私が一番危ない。なるべく誰も溺れさせないようにしてるけど、殺さなきゃいいってものじゃないのよ」

ムラサは嘆息する。予想以上に重い話に女苑は困惑した。前の二人がアレだったので警戒していたが、もしかしたら本当に一番に話を聞きにくるべき相手だったのかもしれない。そういえば、地底の血の池地獄に通うムラサの姿を目撃したなんて話も聞いた。誰から聞いたかもう忘れたが。
黙り込んだ女苑を見て、ムラサは苦笑いを浮かべた。

「聖様が断ち切ってくれたのは、あくまで私を沈めたあの海との未練。舟幽霊の本能は、聖様でもどうにもできなかったみたいね」

念縛霊は生前の未練から成仏が叶わない。ムラサの場合は自分を死なせた海やそこを渡る舟に恨みを抱き続けていたようだ。ゆえに本来なら聖が未練を断ち切った時点で成仏してもよさそうだが、ムラサの恨みは生半可なものではなかったらしい。
女苑には目の前で明るく語るムラサの奥に潜む恨みが見えない。本人の言うように薄くなったからか、それともムラサが巧みに隠しているからか。もっと仄暗い感情が見えないのか、と目を凝らす女苑に、でも、とムラサは続けて言った。

「聖様は私が何度溺れても助けてくれる。貴方は大切な仲間だって、決して手を離さないでいてくれるの。だから私はもう徒らに殺すのはやめよう、自分の本能にちゃんと向き合って、一生付き合っていこうって思ったの」
「立派な心がけね。ところで、その手に握ってる柄杓の水は何?」
「あ、ごめん。なんか貴方が仲間になりたそうにこっちを見てる気がしたから、つい」
「誰がだ」

笑顔でさらっと怖いことを言うんじゃない。そもそも溺れさせたところで、疫病神の女苑が舟幽霊になるわけがないのだが。
ムラサの声は明るい。己の抱える本能について、もうとうに迷い悩む段階は通り過ぎて、開き直っている。女苑も割り切ってしまえれば楽なのかもしれないが、女苑はまだそこに至れない。
ムラサの口から本能を聞き出せたのはいいのだが、結局聖かよ、と女苑は白ける。なるほど聖はお人好しだし、真面目なくせに案外俗っぽいし、救われた恩義から慕いたくなる気持ちもわかる。だが彼女の前ではそんなに皆揃って五体投地したくなるものだろうか。

【原始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。今、女性は月である。他によって生き、他の光によって輝く、病人のような蒼白い顔の月である。……】

誰の言葉か忘れたし人間の理屈が妖怪に適用されるかもわからないが、女苑はいったい聖がいなくなったらこの寺の妖怪達はどうなるのだろうと思った。聖があまねく衆生を救う太陽の光なら、ここの妖怪達はただ誘蛾灯に引き寄せられる羽虫のような、自らの光を放てない軟弱者だ。

「それで? 殺したがりのあんたを思いとどまらせてるものは何? 正義? 道徳? 倫理? 聖様が駄目って言うならやりませんっていう奴隷根性?」
「貴方、相当聖様に逆恨みしてるのね」
「正当な恨みよ」
「いろいろあるけど、私の考えが変わっていったきっかけはこれね。人の話を聞くのよ。仲間だけじゃなくて、お寺には色んな悩みを抱えた人がくるから。ああ、つらくて苦しいのは私だけじゃないんだなって安心するの」
「そしてあいつの不幸よりはマシだなと優越感に浸ると」
「それもあるわね」

混ぜっ返すつもりで口を挟めば、ムラサはあっさり肯定する。この寺の連中は馬鹿正直すぎやしないか。嘘をつくべからずってそういう意味じゃない気がする。
ムラサは閉口する女苑に微笑みかけた。

「だから、もう少しだけ星の話を聞いてごらんよ。貴方にとって星の話は聞きにくいかもしれないけど、忠言耳に逆らうっていうでしょ。それにね、星は貴方の話に耳を傾けてくれるはずだよ」
「……だから、なんで私があいつに」

そうして誘導されるのは結局寅丸星の元で、女苑はまた苛立ちが募るのを感じる。
星と会話しても、女苑の挑発を星は悠然とかわすし、星は自分が言いたいことを言っているだけで、一方的に話されているようにしか感じない。女苑だって星から逃げているし耳を塞いでいるが、星の方こそ歩み寄るべきじゃないか。少なくとも聖なら簡単に会話を諦めたりしない――女苑はそこまで考えて、まるで自分が聖に頼りたがっているみたいでぞっとする。それでは女苑が見下している寺の連中と同類ではないか。

「女苑! 夕飯の支度を手伝ってください」

その時、何というタイミングなのか、奥から星の声が聞こえてきた。

「あ、私も手伝おうかな。ねえ、行こうよ」
「……」

ムラサに手招きされて、女苑は仕方なしに歩き始める。
どうして寺に戻ってきてしまったんだろう。聖のせいだ。夢の世界の聖が、普段は口にしないようなことを口走るものだから。
――ああ、聖人ぶっといて、あんたも人並みに楽をしたいとか考えてるのね。
善良な僧侶の素顔を垣間見た気がして、女苑は親近感を抱いた。本人は夢の人格の暴走を知って修行が足りないと嘆いていたが、この世の悪を悉く滅しようだの世界を壊して作り直そうだの考えて実行しようとしていた奴らに比べたらかわいいものだ。
派手に散財したい。だけど本当は慎ましく暮らしたい。
――私はどうすればいいの?
そう聖に聞きたくても聞けなかった。いくら聖に親しみを抱いたからって、女苑の疫病神としての意地が許さない。それに聖の目の前にはあの虎妖怪がいる。
台所にたどり着けば、真っ先に星の金色の目とかち合って、女苑は顔をしかめた。

「どうかしましたか?」
「……何でもない」

露骨にそっぽを向く女苑を星は不思議そうに見つめている。
――聖、あんたこいつを使って私をどうしようっていうの。私はこいつが嫌いだよ。こいつの目が嫌いなんだよ。無意識にポケットの中の虎目石を握りしめた。



その夜、寺の皆が寝静まった後も女苑はなかなか寝付けず、一人部屋を抜けて廊下を歩いていた。
春も終わりが近く、寝巻き一枚で歩いてもちっとも寒くない。女苑はふと、離れの一室から明かりが漏れているのに気づいた。聖の部屋だ。こんな遅くまで修行をしているのだろうか。女苑が気配を消して近づくと、中からぼそぼそと話し声が聞こえてきた。

「難しいですか? 女苑と向き合うのは」
「難しいですよ。私は嫌われているようですし、聞く耳を持ってもらうにもなかなか……」

聖と話しているのは星だった。途端にムカつきを覚えるも、星の思惑は聞いてみたくもある。女苑は襖のそばにそっとしゃがみ込んで、聞き耳を立てた。

「星、あの子の願いをきちんと聞くの。自分の伝えたいことを一方的に喋ったっていけません。向き合いたいなら相手が何を考えているのか、貴方だって歩み寄らないとね」
「痛み入ります」
「貴方ならできるはず。だから、貴方の方から女苑の面倒を見ますって言い出したんでしょう?」

女苑は息を呑んだ。聖が星の才覚を買ったとは聞いていたが、星が自ら名乗り出たなんて初耳だ。

「私だって聖のお役に立ちたいんです。それに、私、どうしても女苑に伝えたいことがあるんです」
「星。それなら、これからも貴方に任せていいわよね?」
「もちろんです。ですから、励みになる言葉をください。私に毘沙門天の代理を任せてくれた時のように、信じていると、大丈夫だと言ってください」

胃袋に氷の塊をぶち込まれた心地がした。女苑はゆらりと立ち上がって、ふらふら廊下を歩き出した。背中には、二人の会話がまだ届いてくる。

――星、貴方なら大丈夫よ。信じているわ。
――ありがとうございます。私に任せてください。

「くそったれ」

女苑の足取りは次第に速さを増し、勢いよく音を立てて走るように廊下を駆けてゆく。
信じているなんて、そんな薄ら寒い言葉で何が満たされるものか。綺麗事の応酬に反吐が出る。
星が伝えたいことなんて知らない、知ったこっちゃない、あんたも結局聖のためにしか動かないんじゃないか。聖もやっぱり平気で綺麗事を口にするし、そのくせ弟子をけしかけるだけで自分はもう女苑と向き合おうとはしないんだ。そんなままごとに付き合ってなんかいられない。
何もかもが煩わしい。腹立たしい。薄っぺらなおためごかしも、聞こえがいいだけの絵空事も大嫌いだ。命蓮寺を形作る護摩のにおいも、厳めしい仏像も、読経の声も、妖怪達の笑顔も、紛い物の毘沙門天も、何もかもが偽物に思えて仕方ない。女苑の中で怒りと衝動が膨れ上がる。
女苑は闇に紛れて姿を暗ませ、寺を抜け出した。人里は夜になるとほとんど明かりを落とすが、夜型の人間に合わせて夜中も営業している店がある。酒屋などの飲みの場は特に繁盛して賑やかだった。

「やっぱり、疫病神はこうでなくっちゃあね?」

女苑は口元をつり上げる。手始めに人間になりすまして、酒屋へ潜り込んだ。自然な体で会話に混ざり、お酌をしてやれば赤ら顔の男は上機嫌に喋り出す。女苑はにこやかな笑顔を貼り付けて、ひたすら相手の話の聞き手に周り、持ち上げて機嫌を取った。
そうして容易く酒と女に溺れた人間達から、財布に装飾品に金品に、財の限りを奪い取って回った。
物欲を満たす金品だけが正義で本物なのだ。



翌朝になって、女苑は真っ先に聖に呼び出された。

「女苑」

女苑の悪行は早くも命蓮寺に届いたようで、怒りをあらわにする聖の周りには命蓮寺の妖怪達が集まっている。女苑は元より隠す気などなかったし、聖の眉をつり上げた表情にもそれをはらはら見守る連中にも何も思わなかった。

「貴方、自分が何をしたかわかっているの?」
「知らないわ、もしかして夢の住人の私が勝手にしでかしたんじゃない? ……なんて言ったら、あんたはどうするの?」

女苑は平然と口から出まかせを言って、聖の反応を伺う。聖はますます眉間にしわを寄せただけだった。ここでカッとなって手が出ない辺り、聖は人が出来ているなあと他人事のように思う。

「女苑、話があります。私の部屋へ来なさい」
「嫌なこった。あんたの薄っぺらい言葉なんか何も響かない。ほっといて」
「女苑――」
「ほっとけって言ってるんだよ!」

差し出された手を振り払おうとして、女苑は手首をつかまれた。しかしつかんだのは聖ではない。
いつのまにか星が聖の隣に立って、目を鋭く細めて睨んでいた。

「汚い手で聖に触らないでください」
「……なんだって?」

女苑の声が地を這うように低くなる。星は本気で怒っているのか、女苑の手首をあざが残りそうなぐらいの力で握りしめてくる。女苑は昨夜の盗みで発散したはずの怒りにまた火がつくのを感じた。

「聞こえませんでしたか? 盗みを働いた後の汚れた手で聖に触らないでください、と言ったんです」
「あんたはそうやっていつも聖、聖って聖の威光を傘にきて威張ってるわけだ」
「ちょ、ちょっと、二人共落ち着いてよ!」

見かねたムラサが止めに入る。どうにか二人を引き離そうとするも、女苑も星も互いを睨みつけたまま一歩も退かない。

「貧すれば鈍する、神子さんにそう言われませんでしたか? 必要以上の贅沢が驕りを生むように、貧乏は正常な判断力を鈍らせます。貴方の行いでどれだけの人間が傷ついたのでしょう。心が貧しくなれば貴方も不幸になるだけですよ」
「うるさいッ!!」

女苑は星の手を無理やり振り解いた。女苑の凄まじい剣幕に他の妖怪達は気圧され、聖は無言で二人の動向を見守っている。
女苑は怒りを見せてなお冷静さを残している星に腸が煮えくり返って、カバンとポケットの中に手を突っ込んだ。

「あんた財宝の妖怪でしょう? なら、あんたも目の色変えて欲しがりなさいよ!」

人間達から奪った宝石や札束、アクセサリー、金品の類をすべて叩きつけるような勢いで星に突きつける。

「綺麗でしょう? 輝いているでしょう? あんたみたいな偽物の神と違って財宝の輝きは“本物“なのよ!」

星は積み上げられた財宝を差し出されても微動だにしない。星の目からふっと怒りが消え失せ、憐れむような、悲しむような色に変わった。星は眉一つ動かさずに、右手に携えていた宝塔を高く掲げる。

「“そんなもの”でよければ、私の力でいくらでも出せます」

宝塔が眩い光を放つ。一瞬のうちに、部屋中が見る者の目を潰すような輝かしい金銀財宝で埋め尽くされた。
女苑は己の中の何かが粉々に砕ける音を聞いた。こっちは人間に扮して、騙くらかして、取り憑いて、華やかな見た目とは裏腹に地道な手順を踏んでかき集めるのに、こいつは一瞬で女苑が稼いだ以上の財宝の山を積み上げてしまう。しかもこいつはこの山のような財宝に、一銭の価値も感じていない。
星は淡々と女苑に語りかけた。

「だけど女苑、貴方が本当に欲しいものって、それで合っていますか? 貴方はそんなもので満足できるんですか? そんなものに何の価値があると思って――」

女苑は手のひらに握りしめていた宝石を投げつけた。星の右のこめかみに鈍い音を立てて当たって、床に転がり落ちる。偶然か否か、投げつけたのは星に預けられた虎目石だった。

「あんたなんか大っ嫌いよ」

星の額にあざができた。周りの者達が息を呑んでも、星は平然と立っている。文句も言わない、咎めもしない。
星が福をもたらすだって? そんなの大嘘だ。それじゃあ女苑の頬を伝う涙は何だ。胸を覆い尽くす惨めったらしい気持ちは何だ。

「自分こそが正義です、正しいんですって自分の考えを疑いもしない奴が嫌いなんだよ!」

獣のように吠える女苑を、星は静かに見つめている。女苑が嫌いな金色の目に浮かぶのは悲しみではなく、憐れみだった。

「迷える者の先頭に立って導く者が迷ってはいけないのです。自分自身すら信じられない者を、いったい誰が信じてくれるというのでしょう」
「そんなの理想論だろう! 誰もがお前みたいに正しく生きられないんだよ!」
「私は、誰に何を言われようと、私が正しいと思う道しか歩けませんから」
「ねえ、星、もうそのへんで……」

そこでようやく口を挟んだのは一輪だった。聖すら止めない二人の諍いがさすがに静観に耐えないと感じたらしい。
女苑は袖口で涙を拭ってから、最後に星を睨みつけて、財宝の散らばる部屋を逃げるように出て行った。
今すぐこんな寺、縁を切ってやりたい。けれどあれが最後のやりとりになったら自分が星に負けたみたいで惨めではないか。いっそ指輪で飾りつけた拳で顔面を殴ってやればよかった。それでも星はやはり顔色を変えない気がして、ますます悔しさが広がってゆく。

「ちょっといいかな」

立ち尽くす女苑に声をかけたのは、女苑が今までほとんど口を聞いたことのない妖怪鼠だった。



妖怪鼠のナズーリンは、女苑が落ち着くまで何も言わずに隣で座っている。こいつは星の部下だった、けれどいつも寺にいるわけではないから、女苑もナズーリンがいつ星に呼ばれているかなんて把握していなかった。

「あんたいつからいたの?」
「わりと最初っから。君は気づいていなかったようだけどね」

ようやく落ち着いた女苑が問いかけると、ナズーリンは飄々と返してくる。結局どこからだよ、と女苑は毒づく。鼠なだけあってすばしっこく、誰にも動きを悟らせないようだ。

「ご主人様には口出し無用と言われていたんだけどね。ご主人様があんまり仏頂面を貫くもんだから、君の方が気の毒になって出てきてしまったよ」
「そんなこと言って、主人のフォローをしてやろうって魂胆じゃないの?」
「はて、何のことやら」

ナズーリンはすっとぼけてみせる。忠実な部下というにはナズーリンの態度はかなり横柄で、星に対する敬意もどこまで本物だかわからない。それぐらいのドライさがかえって今の女苑にはちょうどよかった。
ナズーリンは尻尾を指先にくるくる巻き付けながら、軽い調子で話し始めた。

「君は悪人正機って知ってるかい。悪人こそ仏は救ってくれるってやつ」
「知らない。そんなのこの寺じゃ聞いたことないけど」
「そりゃ、聖が封印された後の時代になって広まった教えだからね。私は毘沙門天様の弟子であって仏の弟子じゃない。仏法に関しては好き勝手言わせてもらうよ」

ナズーリンはにやりと笑う。なるほど、どうりで寺に居着かないわけだ。今まで女苑に絡んでこなかったのも、聖達“命蓮寺”の問題だと認識していたからだろう。それが今になって現れたのは、口では否定するものの、きっと星が絡んでいるからだと女苑は思う。

「君もみっともなく助けてくれって縋りつけば、聖は救ってくれるかもよ」
「誰がそんなことするもんか」
「ご主人様でもいいけど」
「もっと嫌!」

女苑は勢いよく首を振る。あいつに助けを求めるなんてまっぴらごめんだ。それならまだ聖の方がマシな気もするが、どちらにせよ女苑のプライドが許さない。自分は憐憫の情をかけられる対象なんかじゃない。
ナズーリンはむくれる女苑を見て苦笑する。

「まあ、君も知っての通り、ご主人様は変わり者さ。そしてなかなかの頑固者だ。だからこそ聖もご主人様を信頼して毘沙門天様の代理を任せたんだろうけどね」

女苑は『信じているわ』と星に言う聖の声を思い出した。ただの妖怪に大切な寺の御本尊になってもらうなんて普通は考えもしない。聖は星を頼りにし、星は聖を慕い誰よりも大切に思う。普段取り澄ました顔をしている星だが、女苑の手首をつかんだ時に見せた怒りは本物だった。
ナズーリンはじっと女苑の顔を覗き込んできた。赤いルビーのような目が光っている。

「信じられるかい。あの人は千年もの間、聖と仲間達を待って毘沙門天様の代理を勤め続けてきた。自分の選択が正しいのかと迷っても、聖の理想が間違っていたのかとは一度も悩まなかった」

さすがに女苑も目を瞬いた。長生きの妖怪にだって千年という歳月は決して短くない。加えて精神に依存する妖怪が敬愛する恩人を失っても心を強く保つのは相当に難しいだろう。星が“忍耐”を知っていると自負したのは、単なる見栄ではなかったのだ。
ナズーリンは主人の行動を誇るでも馬鹿にするでもなく、肩をすくめてみせた。

「頑なな聖への信仰がご主人様を救ったんだ。恩人や仲間を失っても、心を折られずに生きてきた。……あの人は聖のためならなんだってするよ」
「だから、聖が救おうとする私のことも救おうっていうの」
「少し違うな。救いの手は聖が差し伸べた、ご主人様が君にもたらすのは福だ」
「だーかーら、もう完全敗北はいらないってば」

呆れて女苑は立ち上がった。星がただの聖馬鹿ではないのはわかった。信仰が星にとって儚くも脆くもなく、確かな意味を持っているのも理解した。星への怒りは少し治ったものの、だからといってすぐに星を認める気持ちにはなれなかった。
そういえば聖に部屋へ来いと言われたのだった。歩き出した女苑の背中に、ナズーリンの冷淡な声が届く。

「君もご主人様のことをよく見つめてみればいい。その言葉に耳を傾けるがいい。私が毘沙門天様の代理に相応しいか見極めるべく、そうしてきたように」

女苑が聖の私室の前にたどり着くのと、中から聖が出てくるのはほぼ同時だった。

「あら、私が言ったことを覚えていたのね」
「あんた、さっきずっと黙ってたくせに、今更お説教するの?」
「星のおかげで私はほとんど言うことがないわ」
「……ものぐさ坊主」
「ちょっとぐらいお話ししましょうよ。どうせまだ星とは顔を合わせていないんでしょう?」

聖はにこやかに言ってのける。女苑はわざとらしくため息をついた。星の面の皮の厚さは聖に似たのであろう。ムラサに続いてナズーリンにまで星の話を聞けと言われてしまったが、聖を優先したって文句を言われる筋合いはない。

「急に何なの? 今までずーっと私をあいつに押し付けてたくせにさあ」
「あの子が私にとって一番信頼のおける、最も優秀な弟子なの。あの子がお寺を守ってくれるから、私は安心してお寺を空けられるわ」

さいでっか、そんなご自慢の弟子に石を投げつけて悪うござんしたねえ。よっぽどそう言ってやろうか迷ってやめた。聖があれを悪いと認識していたなら、その場で止めに入っていたはずだ。聖は困ったように眉を下げて笑った。

「女苑、私のことは好き?」
「嫌い」

急に問われて驚いたものの即答する。思った通り、聖はわかりやすく落ち込んだ。星もこれぐらいあからさまな反応をしてくれれば乏し甲斐もあるというのに。ひょっとしたら逆に“好き”と言ってやれば少しは見る甲斐のある表情が拝めそうだが、女苑は嘘でも星に好きとは言えそうになかった。

「みんな嫌いよ。この寺は厳しい修行なんてうわべだけで、ぬるま湯に浸って仲良しごっこをしているみたい。真面目に修行したって馬鹿を見るだけだわ」
「そう。やっぱり寺の外の妖怪や人間は厳しいことを言ってくれるものねえ」
「ありがたがらないでよ、私はまだ怒ってるんだから」
「思えば、最初に私の口からちゃんと説明するべきだったのよね。星に貴方を任せたのはね、あの子が自ら名乗り出てくれたからでもあるのよ」
「……あっそう」

昨夜盗み聞きをしたので知っているが、とりあえず知らないふりをしておく。
聖の話は続いた。夢の世界の聖の暴走が命蓮寺に知れ渡ってからというもの、聖は弟子達にあれこれ詰られたそうだ。何を真面目な修行の振りして押し付けてくれてんだ、ただの雑用係じゃないか、というか疲れたから休ませてくれって素直に言えばいいのに。外の世界では名もなき家事とやらが云々と関係ないところまで話が広がったのち、この中で一番寺にいる時間が長い星が声を上げた。

『私達は今まで聖に頼りっぱなしでした。私だって一輪や雲山みたいに聖の力になりますよ。私は聖の認めてくれた弟子です。今度は私を信じて、私に任せてくれませんか?』

「あいつ、本当に鳥肌が立つような綺麗事を平気で言うのね」
「誰も理想を唱えずペシミズムとニヒリズムに浸った者しかいなくなればそれこそ世も末ですよ」
「それであんたは体よく厄介払いをしたと。やっぱり面倒くさいんじゃないのさ」
「迷える妖怪を前に面倒だなんて思うものですか。完全憑依の調査に一輪と雲山を頼ったように、私は星を信じているから、好意に甘えて仲間に頼ろうと思ったの」
「私にはあんたありきで成り立ってる脆弱で頼りない連中に見えるけどね」
「あら、それは貴方の観察不足ね。星に限らず、あの子達は私が思っている以上に逞しいのよ」
「……」
「でも、私と話がしたいならいつだって私のところへ来てくれて構わないんですよ」
「あんたと話すことなんか何もないわ」

女苑は再び立ち上がる。結局、聖も星も互いに信頼し合っているから、それに落ち着く。確かに宗教家が信じる行為を蔑ろにしたら救われない。
怒りはだいぶ鎮まっている。気は進まないが、もう星と対峙しても大丈夫だ。そもそも何でこんなに腹を立てていたんだか、ああそうだ、澄ました虎妖怪の本性を暴いてやろうと思ったのだった。けれど聖を傷つけかけ、星に石をぶつけてもあの態度なのだから、結局は本人に直接聞くしかないのかもしれない。
女苑は腹を括った。あいつから望み通りの答えが聞けるなんてもう期待していない、けどまあ、ひとまず話だけは聞いてやろうじゃないか。

「あんたが過労で倒れたら、また私はあの虎妖怪に睨まれるんだから」

聖の部屋を出る前に女苑が顔をしかめて告げると、聖は決まり悪そうにふにゃりと笑った。



女苑が意を決して星の部屋へ向かうと、星は女苑を見て笑顔を見せた。こめかみには早くも治りかけの傷跡が残っていた。

「よかった。もう顔を合わせてくれなかったらどうしようかと思っていました。女苑、これ、落としましたよ」

当たり前のように女苑がぶつけた虎目石を手渡されて、女苑は顔をひきつらせた。いくらなんでも投げつけた相手に『落としましたよ』はないだろう。ここまで冷静さを貫かれると怖くなってくる。

「なんで怒らないの?」
「私もちょっとやり過ぎたと思っているので。一輪達にも怒られました。あの財宝の山を誰が片付けると思ってるんだって」
「そっちかよ」

女苑は脱力する。口論の方じゃないのか。寺の資金とするのかどこかに寄付するのか、どちらにせよ星の能力をフルに活用したらハイパーインフレどころの騒ぎではない。積極的に自分の能力を使いたがらないのもわからないでもなかった。
というか命蓮寺の妖怪達は開き直りと順応が早すぎやしないか。一応謝るべきかと覚悟していたのに、星がこの調子では素直に頭を下げられない。女苑は渡された虎目石をまたポケットにしまってそっぽを向いた。

「私はあんたに悪いなんて思ってないから。正しさが何よ。正義なんて、弱い者いじめの正当化でしょう」
「女苑は神様なのに人間みたいなことを言うんですね。人間は何かと正義を疑って正義そのものから目を逸らしたがります。不真面目でものぐさで、ほとんどは何が正しいか、何が悪いのかも真剣に考えていません」
「そうやってあんたも私を否定する」
「仏教は矛盾なのです。己を否定して己の存在を確認する。否定が肯定になるのです」
「それは、あれ? 我思うゆえに我あり?」
「異国の言葉を借りるならそうでしょうね」

いつのまにか仏教の話に持っていかれていることに違和感を覚えつつ、女苑は“矛盾”という言葉がひっかかった。
富を巻き上げる疫病神として財宝を好みながら、一方でそんなものに何の価値があるのか、贅沢をしなくても幸せに生きられるのではないか。そんな思いが頭を離れない。疫病神の本能と、それに相反するエゴに女苑は苛まれているのだ。多くの人間や妖怪は女苑のコソ泥行為をエゴだと言うだろうが、女苑はあるいは慎ましさに憧れる自分もエゴの一部なのではないかと思っていた。
だからエゴも包容してくれそうな聖に惹かれた。けれど疫病神の本能は命蓮寺の修行でも抑えきれず、他の妖怪達のように受け入れて開き直ることもできず、星の葛藤なんて微塵もありませんと言わんばかりの品行方正っぷりに刺激されて昨夜暴発してしまった。
女苑は星の隣にどかりと座って、星の目を睨みつけた。虎目石によく似た、虎の獰猛さを感じない金色の目。澄んだ瞳を濁らせたくて、女苑は己の中に燻るエゴをぶちまけた。

「私はね、あんたと違って金銀財宝が大好きだし、華やかな宝石やブランド品で派手に着飾りたいし、お金はあるだけ全部パーっと散財したい」
「自分のお金だけでやるなら問題ないんですがね」
「でもごてごてした飾りを全部捨てて質素に慎ましく心の豊かさを求めて生きていきたい」

女苑の告白に、星は目を丸くした。薄々勘づいていた、けれど女苑の口からじかに聞くことはないと思っていた、そんなところだろう。女苑は嘲笑い、続けて吐露した。

「ここで修行してたら、ストイックな生き方も悪くないって、本当に思ったのよ。だけど退屈したらまた富を巻き上げたくなる。他人にどれだけ諌められようがこの本能は捨てられない。……あんたの言う矛盾よ。本能とエゴが交互に襲ってくるの。どっちが本物の私なのか。どうせあんたは財宝好きな私の方を否定するんでしょうけどね」

女苑は星を見下すように皮肉をたっぷり込めて告げた。
星は黙って女苑の話を聞いている。神妙な顔つきなので、女苑の言葉を真剣に咀嚼しているのだろうが、こちらが一方的に白状するばかりでは不公平だ。

「何か言いなさいよ。あんたも神の名を騙るなら、少しは道を説いてみたらどうなの」

女苑は発破をかけた。道を説くのは神ではなく宗教家だろうが、星は己を福の神だと名乗ったのだ。福の神としての星の意見を引き摺り出したい。
星はしばしの逡巡ののちに、重い口を開いた。

「仏教では無我の境地に至る、つまり悟りを開くのが究極の目的です。ゆえに感情、心の制御は大きな課題となります。蓋し心の制御とは心を殺すことではありません」

星は女苑の目をじっと見つめた。その目には憐れみも同情もない、真剣に向き合おうとする姿勢があった。

「無心って感情を失くすことじゃないの?」
「少なくとも聖は感情をすべて拒絶するべきものとは考えていません。よく思い出してください。聖は貴方を叱っても、貴方の感情そのものは否定しなかったはずです」

星の熱弁に気圧され、女苑は最初にこの寺に引き取られた頃の、聖の厳しい指導を思い出した。

『――ほら、掃除をなまけるんじゃありません。何も読経や座禅だけが修行じゃないのよ』
『常に身を慎ましく保つこと。質素な生活も悪くありませんよ。過ぎた欲望は貴方自身を破滅させかねないわ』
『欲しいものは己の力で手に入れるべきよ。人様のものを盗むだなんて言語道断です』
『修行の意味がわからない? 立ち止まって考えるからわからなくなるのです。まずは体を動かしてごらんなさい。心は後から追いついてきますよ』

口うるさい、やかましい、説教臭い善人気取りめ。最初は聖が鬱陶しくて仕方なかった。しかし今思い返せば、確かに聖の言動はあくまで女苑を鍛え直すための指導であって、女苑の本能を、ひいてはそこから生じる感情を否定はしていない。女苑が好き勝手に文句を言っても聖はきちんと聞いてくれた。

「己の欲するところに従えども矩を超えず。大切なのはコントロールなんですよ。自分の心を認めて、理解して、よく制するのです」

星は微笑を浮かべる。ここまで自信たっぷりに言い切るとは、星もまた己の感情を制御せんと修行を積んできたのだろうか。ならばあの冷たさすら感じる動じなさも納得がゆくのだが。
女苑の疑問を察してか、星はくすくす笑って歌うように喋り出した。

「たまには私の話をしましょうか。むかしむかし、あるところに虎の妖怪が生まれました」
「ちょっと、また昔話? もういいっての」
「普通の思い出話じゃつまらないでしょう」
「余計な脚色が入りそうで信用ならないんだけど」
「嘘はつきません。戒律ですから」

女苑は呆れてものも言えない。最初の舌切り雀やら花咲か爺さんやら、なんでこいつは昔話が好きなんだか。星の生い立ちなんて知りたくもない……いや、たぶん星は女苑が求めていた“星の抱える生まれ持った本能”の話をしようとしている。御伽話仕立てという余計なおまけつきで。

「昔の人々は大陸の未知なる猛獣を恐れました。そして想像したのです。どんな姿をしているのだろう、どんな力を持っているのだろう……そうして、小さな島国に不完全な虎が生まれました。虎には名もなく、親もなく、行き場もなく、信念もなく、あるのは原始的な本能のみ。特に強かったのが食欲でした。虎は本能のままに人の肉を貪り食いました。けれどいくら人間を食べても虎は満たされません。ある日、虎の悪事を聞きつけて徳の高い僧侶が現れました。虎は喜んで噛み付いてやろうと思いました。しかし僧侶は虎を恐れることなく、退治することもなく、虎に寄り添いました。お腹を空かせてかわいそうだと言いました。虎は驚いて動けなかったのです。ずっと一人で生きてきた虎は他人の温かさも優しさも知りませんでしたから」

女苑は淡々と語る目の前の星と、人間の肉を貪る虎が同一だと思えなくて困惑した。今の星は天地がひっくり返っても人間を襲いそうにない。
それでも星の語る僧侶が聖を指しているのはすぐにわかった。妖怪に慈悲を寄せ、寄り添う変わり者なんて聖以外にそうそういてたまるものか。

「僧侶は一緒に飢えを満たす方法を探そうと言いました。虎は僧侶についていこうと決めました。虎が弟子となって、僧侶が名前を与えて――心が満たされた虎が初めて人の肉を食らわずに飢えを感じなくなった時、寅丸星という妖怪は生まれたのです。めでたしめでたし」

星は最後にお決まりの文句で締めくくった。星の表情は終始穏やかだった。
女苑は星の語りから虎の本能のたどる末路を考えていた。虎といっても、星は妖獣よりは妖怪寄りの存在だ。肉体より精神に依存する。だから人を喰らわずとも、心が満たされれば生きてゆける。しかし、それなら星が生まれ持った虎の本能はどこに行ってしまったのだろう?

「あんたの本能は消えたの?」
「いいえ。私の中にあります。昔よりずいぶん小さくなりましたがね」

星は己の胸元に両手を当て、祈るように目を閉じた。

「蓋し人間も妖怪も、皆心の中に虎を飼っています」
「何? 今度は臆病な自尊心と尊大な羞恥心の話でもするの?」
「それはあくまで李徴という男の場合でしょう。私は性情よりも本能、欲望、エゴイズムが虎にあたると思うのです。うまく宥めて従えるか、持て余して虎に自我を呑まれるは各々の自制心によります。私は従えることにしたのです、虎の奴隷になりたくありませんから」

星は笑って言う。星もまたムラサ同様、己の本能と向き合い、割り切って過ごす者だ。あまりの呆気なさに女苑は肩透かしを食らった。もっとせめぎ合う本能と理性の狭間で苦しんでくれてたらよかったのに、星はもうとっくに乗り越えている。すべては過去の話なのだ。

「私の心は満たされた。聖は本能に操られるだけの私を導いてくれた。それから聖の元で仏法を学び、己を制御する生き方を知りました。……その聖とも、封印されて離れ離れになってしまいましたけど」

星の語りは忌まわしき過去へと向かう。千年の孤独についてはナズーリンから聞いた。聖を寄る方として長き苦しみを耐え忍んだと。星は苦しげに目を伏せた。さすがに千年の忍耐は星にも堪えたらしい。

「私は千年耐えた。聖の留守の間、お寺を守ってほしい。聖と交わした約束だけが頼りでした。心の拠り所でした」
「蜘蛛の糸より頼りない。よく発狂しなかったわね」
「ええ、本当に」

星は寂しげな微笑みを浮かべている。

「いくたびも後悔しました。本当によかったのか、真実を告げていれば、私も聖達と一緒にいれば……。紛い物の神として人々に崇められる私は虚ろ。そんな日々に千年耐えてわかったことが一つあります」

星は不意に顔を上げた。金色の目に強い意志を宿して、真っ直ぐに女苑を見つめてきた。
女苑は身構える。きっとこの先が星のどうしても伝えたかったことだ。いったいどんなご高説が始まるのやら。長き忍耐の末、彼女はどんな悟りを得たのか――。

「自分の心を押し殺す我慢はもうこりごりだ、です」
「……へっ?」

にっこりと、満面の笑みで告げる星に女苑は一瞬思考が停止した。
――えっ、そっち? 長く厳しい修行にも似た忍耐を経て私は成長しましたとかそういうのじゃなくて?
固まる女苑をよそに星はぺらぺら勝手に話を進めてゆく。

「ムラサ達が地底からやってこなければ、私は死ぬところでしたよ。さすがに私も疲れ果てて抜け殻同然でしたから。私なりに聖達を助けようと千年の間色々試したんですけどね。昔は弥勒菩薩の到来を今すぐにでもと待ちかねている人間を『どうしてそう辛抱ができないんだろう』と不思議に思っていましたけど、五億だの五十六億だの途方もない年月を待つのは無理です、不可能です、妖怪の私が言うんだから間違いありません。聖のいない間の仏教の変遷をまとめてみようかとか思い立ちましたけど、ナズーリンったらちっとも興味持ってくれないんですもの」
「えーっと、一応聞いておくけど、あんたは現のあんたで間違いないのよね?」
「大丈夫ですか? 今更ここまで話が進んでおいて夢オチでしたなんて誰も望んでいませんよ」
「うん、このムカつく物言いは現の方だわ」

怒涛の愚痴が始まり、女苑は星が夢の星と入れ替わったのではないかと一瞬疑った。もっとも夢の星なんて知らないが。
女苑は飄々とした妖怪鼠を思い浮かべた。たぶんあの仏教なんか知りませんって態度のナズーリンには説法など馬の耳に念仏なのだろう。というかよくそんな価値観の隔たりがあって千年も主従を続けられてきたものだ。

「私は不死に興味はありませんけど、もし聖達を救えず、未練を残して死んだら成仏できずに魂が彷徨っていたでしょう。私は聖が何よりも大事ですから、命拾いした私は聖に仇なすものをすべて討つでしょう。私は今度こそ大事なものを手放さない。大切なものはいくつだって抱えていられるんです。恩人も、仲間も、役目も、本能も、すべて抱えて生きていく。――それが私の答えです」

星は晴れやかな笑みを湛えていた。すべて余す事なく、なんて口で言うほど簡単ではない。なのに星の言葉も態度も確固たる自信に満ちている。
星は女苑の手を取った。ぎょっとするも、やめろ気持ち悪いと振り払えなかった。今は星の手の温度が不快ではなかったのだ。

「だから、女苑、貴方だって見つけられるはずなんです。心を殺さず、けれど本能やエゴに振り回されず、自分らしく生きる方法が。人を踏み躙る贅沢はいけませんが、過度な抑圧は暴走を生みます。夢の世界の住人と戦った貴方ならわかるでしょう?」

女苑は言葉に詰まった。夢の支配人曰く、夢の住人は感受性豊かで素直。ゆえにあれらの人物の言動は多少の誇張はあれど、本音の一端なのだ。夢の住人達は皆、現の自分の言動に不満があるような旨を口にしていた。だから過剰な抑圧を不安視する星の言葉にも納得できた。
女苑は何となく理解した。聖に影響を受けているが、星は聖とは違う。聖が日向に行けば星は陰に、聖が陰に行けば星は日向に。星は単に多忙な聖の代わりを勤めるのでなく、星にしかできないことをやって聖を支えているのだ。

「夢の世界の甘言に惑わされず誑かされず、貴方は、いえ、貴方達姉妹は夢の住人の暴走に打ち勝ちました。それだけの強さを持っているんですよ。だからきっと大丈夫。虎なんかに負けません。私は信じています」
「まーた信じるなんて軽々しく言っちゃってさ。信仰なんて蜃気楼に等しいじゃない」
「私が紛い物の神でも、私に向ける人々の信仰まで偽物だとは限らないのですよ。だから私は胸を張って毘沙門天の役目を務められます」

星は一切の迷いも曇りもない目で断言した。言葉なんて形がなく頼りないのに、ここまで“信じてます”という態度を貫かれるといっそ清々しい。
女苑の意固地が少しずつ揺らぐ。目の前の虎妖怪を真っ直ぐに見つめて、言葉に耳を傾けて、女苑の目に結ばれた実像は何だ。星が名乗った通り福の神なのか? それとも……。

「……あんたは、何者なの?」
「私は寅丸星。虎の妖怪、仏に帰依する聖の弟子、財宝を司る毘沙門天の代理、そして暗闇に迷える者を導く星の光」

滔々とのたまって、星は菩薩の如き笑みを浮かべた。なぜだろう、女苑には星の笑みが眩しく見えた。財宝の煌めきより明るく、鬱陶しいほど目に痛い。これは聖の後光か。毘沙門天の威光か。
いや、違う。星は他者の光でしか輝けない軟弱者ではない。自ら光を放つ恒星なのだ。おそらくムラサや一輪や雲山や響子だってそうだ、みんな自力で輝けるだけの強さを持っている。
己を紛い物だと認めながら、聖が一番だとのたまいながら、星は自分の力で、自分の足で立っている。女苑はようやく寅丸星の輪郭をしかと捉えた気がした。きっと、女苑が星から本当に聞き出したかったのは本能ではなく本音だったのだ。
堂々たる星の姿は希望と幸福に満ちていた。今、星の手元には財宝なんかないのに。宝塔すら今は手放して円卓に置かれているのに。
全身から無駄な力が抜けた女苑は、星の手を振り払ってぽつりと言った。

「やっぱりあんたは嫌い」
「そうですか」
「あんたねえ、これだけ嫌いって連呼されてなんで平気なわけ?」
「導く相手に好かれたいと望むなんて傲慢ですよ」
「じゃあ聖は傲慢なんだ」
「聖は貴方が娘のようにかわいいんです。それに、あれで意外と寂しがりですから」

星は苦笑した。聖が女苑に向けるのは救いの手だけでなく慈愛でもあるのか。確かに星から慈愛なんてものは感じない。あるのは揺るぎない善意と絶対的な正義、彼女が最初からずっと示し続けてきた毘沙門天の代理たる福の神の姿だ。正義のヒーローはいつだって人知れず恨みを買うのに。

「あんたは嫌われてもいいんだ」
「はい。私は聖が大好きですけど聖と同じにはなれませんし、私の生き方しか貫けないので」

やはり星の答えは変わらない。愚直だ。聖はそれを立派だと褒めるだろうが、女苑には不器用に見える。星が聖や神子同様に煙たがられる様を想像して、女苑は笑った。

「初めてあんたと意見が一致したわ。私も嫌われ者で結構。好意なんて鬱陶しいだけ。罵詈雑言も褒め言葉にしか聞こえないの」
「私に被虐趣味はありませんけど」
「マゾヒストなんかと一緒にしないで。私には私の意地があるのよ。だから絶対に疫病神を辞めたりなんかしない。貧相に縮こまる辛気臭い生活も嫌」
「そうですか」

星はあっさり言う。また女苑が昨夜のように悪事を働くかも、なんて考えてもいないのだろうか。

「自分が何をしたいのかはっきりしているなら大丈夫です。私の出る幕はありませんでしたね。貴方は自分の力で幸福をつかめそうです」
「何さ、一人で勝手に納得しちゃって」

女苑は嘲笑う。星は道を示したが、その道を歩むか否かは、自分の生き方は女苑自身が決めることだ。

「私は泣く子も黙る疫病神。人に厄災をばら撒き私に富をもたらすのよ。姉さんと違って自分にまで火の粉が降りかかったりしないわ」

女苑は悠然と立ち上がる。誓って星に絆されたわけではないが、憑き物が落ちたように気分はすっきりしていた。
今頃、命蓮寺の妖怪達は部屋中を埋め尽くした財宝の片付けに躍起になっているのだろうか。自由気ままなくせして真面目な連中だ、盗品と星が宝塔で出した財宝はしっかり分けてあるかもしれない。

「どこに行くんです?」
「……昨日盗んだもの、ぜんぶ返してくるわ」
「私も付き添いましょうか」
「あんたはついて来るな、邪魔」

女苑は子犬でも追い払うように手を振った。心配しなくともどさくさに紛れて逃げようなんて思っていない。一緒に謝って回るなんて、それこそ子供じゃあるまいし。女苑は口元をつり上げて星を見下ろした。

「もう少しだけ修行に付き合ってあげる。完全敗北はもういらない。私はあんたに勝ってこの寺を出るの」
「勝つまではいてくれるんですね?」
「せいぜいストイックに生きてやるわ」
「いいでしょう。命蓮寺は私達には終の住処でも、貴方には仮の宿り。いえ、この世のすべては仮の宿りに過ぎないのですがね」
「はは、言ってろ」

真面目ぶって言う星を女苑は鼻で笑った。
女苑はポケットから再び虎目石を取り出す。星の目と同じ、と考えて、女苑はその時初めて星がこの石を渡した意味を知った気がした。



さて、あるいはここで女苑は厳しい修行に耐え抜き、克己的な生き方を貫く喜びを見出しました、めでたしめでたし。と、物語を締めくくれればよかったのだが……。

「こんな寺、出て行ってやる!!」

数日後、命蓮寺に女苑の怒声が響き渡った。
女苑はズカズカと音を立てて寺の廊下を歩いてゆく。寺の妖怪達はああ、やっぱりね、といった顔でもう止めようとはしなかった。唯一、彼女を気に入っていた聖を除いて。

「待ちなさい、女苑。逃げないでと言ったはずよ」
「あんたに命令される謂れはないのよこの偽善者! 富を巻き上げないで何が疫病神よ、こんなの私の生き方じゃない!」
「困ったわ……星、どうしましょう?」

聖は眉をひそめて傍らに立つ星を見つめた。さてこいつが聖の味方になるか否か。女苑は相変わらず温厚な面付きを崩さない星を真っ向から睨みつけた。

「何よ。止めようったって無駄だから。あんたの顔をこれ以上見なくて済むしね」
「わかってますよ。せめて挨拶はしておきたくて。行ったきりなら幸せになるがいい、戻る気になりゃいつでもウェルカム、と外の世界では去ってゆく女性に贈るのです」
「あんた外の世界については中途半端な知識しか持ってないのね?」
「バブルってこういう感じなんでしょう?」
「バブルはもっと新しいから」

何度となく勝手にしやがれと叫びたくなったのはこっちだ。女苑は肩をすくめてみせた。別れ際まで締まりがないったらない。まあ、聖に同調せず見送るつもりでいるのはいい。

「女苑。私との約束、忘れてませんか?」
「ああ、あれね? そうそう」

女苑はポケットに仕舞い込んだままだった虎目石を取り出し、星に向かって投げた。今度は軽く放るように。
宝石にしては鈍い輝きを放つ石が、星の目と同じ色をして光っている。女苑の大嫌いな虎の目を真っ直ぐに見つめて、女苑は勝ち誇るように笑った。

「そいつは偽物よ。紛い物の神のあんたと同じ、イミテーション。あんたの言いたいことなんかお見通しよ。私の目を誤魔化せるとでも思ったの?」

女苑の答えを聞いた星は、一瞬目を大きく見開いて――花が咲き綻ぶように笑った。

「私の負けです」
「……へ?」
「わたしまけましたわ」
「誰が回文で言い直せって言った」

こんな時までおちゃらける星に女苑は脱力する。負けたと言いながら、星はなぜそんなに嬉しそうなのだろう。今までの笑顔は精巧な作り物だったのかと疑いそうになるほど、星は自然に笑っている。

「わけがわからない。やっぱりあんたは嫌いよ」
「かまいません。貴方が私を嫌いでも、私を好きになってくれる人は他にいますから」
「うわお前マジでムカつく」

女苑は容赦なく吐き捨てた。なんだか予想していた反応とだいぶ違うが、それでも星の口から“負け”と引き出したのだから、いいか。

「また困ったことがあったらいつでも来てくださいね。聖も喜びますよ」
「もうお説教はこりごりだってば」

ひらりと手を振って背を向けたその時、二人のやりとりを見守っていた聖の声が飛んできた。

「女苑! 私が楽をしたいのは本当。だけど、寂しいのも本当なんですよ」

女苑は足を止めた。振り返らなくとも、聖の表情は容易に想像がつく。だが、女苑は同じ手に二度は引っかからない。振り向いた女苑は、いつのまにか勢揃いしていた命蓮寺の連中全員に思い切り舌を出してやった。

「勝手にふるえてろー!」

捨て台詞を残して、女苑はステージを降りるように颯爽と石段を歩いて行った。

「……行っちゃった。ありゃあしばらくうちに近づきそうにないね、雲山」
「聖様、そんなに落ち込まないでくださいよー。私達もいるんですから」
「……そうですね。私にはやるべきことがあります。貴方達へのお説教がまだでしたし」
「うぎゃあ、忘れてた。ね、ねえ聖様、もうちょっとぐらい仕事を星に任せて休んだらどうです?」
「結構です。また姿を消したぬえの行方も気がかりですし」
「そういえばマミゾウ共々見かけないな。どこに行ったんだか」
「ナズーリン、貴方が探したら? 貴方の能力はうってつけでしょう」
「……ご主人様は鼠使いが荒い」
「部下の使い方を覚えろと言ったのは貴方じゃない」



「ご主人様、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですがね」

女苑が寺を出て行った後、ナズーリンは星の元を訪れた。星の手の中には女苑に預けていた虎目石がある。

「本当に女苑を帰してよかったんですか」
「来る者拒まず、去る者追わず。命蓮寺はそうあるべきよ」
「今まで来る者を結構拒んできたような……私には今にあれの悪事が耳に入りそうに思えてなりません。聖もご主人様もよくいらぬ苦労を買いたがるものです」
「ちょっとうまくいかなかったくらいで諦めていたら宗教家なんて務まらないわ」
「宗教家も楽じゃありませんねえ」
「それでも、少しくらいはいい方向に向いたと思ってるんだけど。あの子はなんだか手のかかる妹を見ているようで……なんて言ったら、本当のお姉さんに失礼かしら」
「あれがそんな殊勝なタマには見えませんよ」

ナズーリンには女苑が完全に更生したとは考えられない。聖も星も、たった数日で他人の本質は変わらないと本当はわかっているんじゃないだろうか、とナズーリンは密かに思う。
ところで、とナズーリンは気になっていたことを問う。

「ご主人様、その虎目石、私の目には紛れもない本物に見えるんですがね」
「ええ。これは正真正銘、本物のタイガーアイよ。私が偽物の宝石を差し出すわけがないでしょう」
「やはり。では、なぜ負けたなんて言ったのです? 女苑の答えは不正解ではありませんか?」
「私は正解を当てなさいなんて一言も言っていないわ」

にこやかに告げた星にナズーリンは口元をひきつらせた。我が主人の神経は千年の間にずいぶんと図々しく、したたかになったようだ。やれやれとナズーリンはため息をつく。

「いい性格をしていらっしゃる。ますます女苑に嫌われますよ」
「いいのよ。御伽話では兄より弟が、姉より妹が最終的に勝利と幸福を得るのがお約束なのだから」

そこでナズーリンも星の意図を把握した。昔話の読み聞かせなんてやりだしたり、普段は言わないようなキツいことを女苑に言ったり。今回、星は女苑に告げた“福の神”だけでなく、御伽話の住人まで演じていたのだ。それにしては容赦なく本音を浴びせていた気もするが。

「さしずめご主人様は意地悪な継姉役ですか。となると、聖が親玉の継母になりますね」
「聖には言わないでね。悪役なんて聞いたらショックを受けるでしょうから」
「……それで、もし女苑が本物だと答えていたら、どうしたんですか?」
「この石は私なのよ。女苑は気づいていたわ。私が自力で身につけた法力だけを取り除いた、財宝を司る虎の妖怪としての私自身。借り物の力を使う私を女苑が本物だと言ってくれるなら、それはそれで嬉しいわね」

虎目石を握りしめて穏やかに微笑む星は本気でそう思っている。つまりどう答えても星は女苑を肯定していたのだ。そんなので勝負になると思えないものの、はなから星は負けるつもりで難題を与えたのだ。どちらでも嬉しいのは本心だろうが、星はきっと正真正銘の神たる女苑に“偽物”だと否定してほしかったのだ、とナズーリンは思った。

「やれやれ、恐ろしいこった。用意周到に法力を省いておくなんて」
「ほら、私は少しうっかりしているところがあるから」
「お戯れを。ご主人様の肝は以前にもまして図太くなった。いったいどこの女狐に誑かされたのやら」
「さあ、誰でしょう?」

呆れ返るナズーリンに、星はいたずらっぽく笑った。



人里から妖怪の山へと連なる道を悠々と闊歩していた女苑は、偶然にも姉の紫苑とでくわした。紫苑はあれ以来ずっとあの不良天人と行動を共にしていると聞いていたが、紫苑一人である。

「あ、姉さん」
「女苑。とうとうあんた、あの寺を破門になったんだってね」
「あんな辛気臭い寺、こっちから出て行ったのよ」
「ふーん」

疑わしげな紫苑の眼差しを女苑は鋭い眼光で跳ね返す。

「姉さんこそ、ついに崩れ天人に見捨てられたの?」
「天人様は正真正銘の天人様よ。私と玄武の沢で遊んでいたら風邪を引いてしまって。早く良くなるように薬草を探してたの」
「薬草ねぇ」

女苑は紫苑が山のように抱えている草を見たが、どう見ても毒草である。そもそもあの殺しても死ななそうな天人が風邪を引くなんておかしい。貧乏神に取り憑かれては、無尽蔵に思えた天賦の幸運も尽きるんじゃなかろうか。それともやっぱり紫苑の絶対に勝てない宿命の方が勝るのか。敗北の一寸先が幸福なんて紫苑くらいだろう。
そうそう、と紫苑は女苑に話しかけた。

「女苑、あんた、また人里の人間を破産させたんだってね」
「なんだ、もう話が届いてるの。だけどそんなのいつものことじゃない」
「人里で噂が持ちきりよ。女苑が取り憑いた成金野郎、やたらと恨みを買ってたそうじゃない」
「金持ちは妬まれるからね」
「それだけじゃない」

紫苑は食い下がる。寺を逃げ出した女苑は、相変わらず人間から財を巻き上げる日々を送っていた。結局、命蓮寺の修行では女苑の執着や本能を消し去るなど無理だったということだ。いいや、女苑は最初から本能よりエゴより刹那的な欲望の発露が最優先だった、それだけの話だ。道端に生える雑草を引き抜いても地の底に深く根を張ってなかなか根絶やしにできないように、女苑はしぶといのである。
紫苑はじとりと女苑を見つめている。相変わらず辛気臭くて嫌な顔だなあと女苑は眉をひそめる。

「そいつ、人里の掟で禁じられた賭博でえらく儲けていたそうね。気の弱い人間を選んで言いくるめて、無理やり引き込んで、無茶な金額をふっかけて、大金を巻き上げてたんだって。天罰が降ったんだって泣いて喜んでる奴もいたそうよ」
「へーえ、知らなかった」
「……もしかして巻き上げたお金を返してあげたりしてる、とか?」
「やめてよ姉さん。私は鼠小僧じゃないのよ」

女苑は口を尖らせる。女苑が金品を返したのは命蓮寺にいた時のあの一度きりだ。第一、女苑は自分のために金を巻き上げるのであって、貧しい奴に分け与えたりなんかしない。そういうのは妖怪鼠に任せればいいのだ。あの鼠は嫌がりそうではあるが。

「人間は自分の都合の良いように物事を捉えたがるのよ。卑しくも貧乏神の姉さんが噂話を鵜呑みにしてどうするの」
「そうだね。考えてみれば女苑が善行に励むなんて気持ち悪いわ」

紫苑はうなずいてみせる。成金野郎の話には続きがあるのだが、紫苑は言わなかった。成金はあの後妻にこっぴどく叱られ、心を改めた。里中で嫌われ者になる中、自分を見捨てなかった妻に感激し、無闇に金や財宝に執着しなくなったと聞いていた。
なぜ言わないのかと言えば、紫苑と女苑は二人そろって嫌われ者なのに、女苑だけがありがたい神様みたいに扱われるのが嫌だったからだ。だから紫苑の目に見える女苑の変化も正直には教えてやらない。
女苑は姉の思惑を知ってか知らずか、得意げに鼻を鳴らした。

「まあ、調子に乗って粋がってる奴が絶望のどん底に叩き落とされる様を見るのは楽しいからね」
「あー、それは同感かも。私だけ貧乏なんて嫌だもん。みんな一緒に貧しくなってくれたらいいのにっていつも思ってるわ」
「その発想の貧しさは流石だわー、姉さん! 陰気臭さが感染るから近寄らないで」
「私も今の護摩臭いあんたには近寄ってほしくないわ」
「ちょっと姉さん、ついに性根だけじゃなくて鼻までひん曲がっちゃったの? 護摩のにおいなんかとっくに消えてるわよ」
「生き方が護摩臭いの」
「意味がわからないわ」

姉はあまりの貧しさに幻覚ならぬ幻嗅覚まで獲得してしまったのか。とにかくこれ以上一緒にいるのはごめんだ、と互いに思った姉妹はどちらからともなく別れを告げて去って行った。便りがないのが良い便り、というように、紫苑はあの不良天人とそれなりに楽しくやっているのだろう。もはや道の分かれた姉の行方に興味はない。また縁があればタッグを組むかもしれないし、組まないかもしれない。
女苑はポケットの中に手を突っ込む。出てくるのは眩い輝きを放つ宝石ばかりで、あの虎目石はもうどこにもなかった。
女苑はあの時、星から渡された虎目石を偽物だと答えたが、あれが本物だったことくらい、女苑の目利きでも見抜くのは容易い。
けれどその裏にある星の魂胆に気づくには少し時間がかかってしまった。単に女苑に財宝の価値を問いたいなら、わざわざ虎目石なんて中途半端な鉱物を選ぶ必要はない。
あの虎目石が“寅丸星”という妖怪の見立てなら。虎の妖怪、財宝の妖怪という星の一面を表しているものの、肝心の聖白蓮の弟子、仏法を極めた僧侶の姿が欠けている。
だから答えは“偽物”だ。本人はやたらと福の神としての面を強調していたが、彼女が最も価値を重く置いた法力がなければ寅丸星ではない。いくら嫌いな相手でも、女苑だってそれくらいは理解していた。あの虎は自分で難題を与えておいてヒントをばらまきすぎである。

「正真正銘の疫病神たる私が、あんな紛い物の福の神に負けるなんてあり得ないのよ」

女苑はにやりと笑う。次はどの人間に取り憑こうか。人里に住む人間の顔を次々に思い浮かべ、女苑は早くもターゲットを品定めしていた。
御伽話の欲深なじいさんばあさんは痛い目を見て終わる。それがセオリーだ。そして脅かし役には妖怪がいたりする。なら、その役を女苑は気まぐれに演じてみようと思った、それだけのこと。

「この世界が御伽話で出来てるんなら、いくら登場人物が増えたって構わないでしょ」

女苑は高らかに笑った。

後日、人里でいっとき、噂が流れた。
――あんまり欲をかいたら疫病神が取り憑くぞ、と。

めでたし、めでたし。
女苑と星の憑依華後日談でした。邦楽ネタが多いのは気のせいです。この話は『星は藍色の空に輝く』の延長線上にあるようなイメージですが、特にあっちを読んでなくても問題ありません。
途中で女苑がカオナシみたいなことを言い出しましたが最終的には反抗期の娘とそれに手を焼く家族のホームドラマのように。本編に出せなかったマミゾウとぬえには概要欄で好き勝手に喋ってもらいました。言いたいことをぽんぽん言う女苑に命蓮寺組も負けないようにしなくちゃ、とか思ってたらみんなマイペースかつフリーダムなぶっちゃけ寺になってしまった。
憑依華のあのテキストはプレイヤー向けだと思うんですが、メタ的には尻拭いとはいえ解決したのは依神姉妹なのだから、ということで、二人に幸あれという気持ちで書きました。紫苑も幸せをつかめると思うよ。
朝顔
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コメント



0.100簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.80名前が無い程度の能力削除
星のキャラが良かったです!
4.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです。和やかな空気感と悩みながら過ごす女苑が素敵でした。
5.100サク_ウマ削除
口説き落とされてめでたしめでたし、にならないところが面々の芯の強さを感じられてとても好きです
めちゃくちゃかっこいい〆でしびれました。とても良かったです。
6.90竹者削除
よかったです
7.100石転削除
キャラが実に「らしい」感じで良いですね
8.100Actadust削除
本当にみんな良いキャラしていて、本当に素晴らしい作品でした。
まず女苑。疫病神としての本能と自身のエゴの間で苦しみながら、不器用に悩みながら生きているところに等身大の魅力と親近感を覚えます。
そして星。当初、あまり良い印象ではありませんでした。ご高説を垂れて女苑とは徹底的にウマが合わず、なまじ女苑に感情移入していたが故に鼻に着く嫌味を感じさせます。
しかし途中からこの印象は裏返りました。
星のそれがかつて女苑が辿った道であると理解し、女苑に寄り添う。どこか突き放した距離で強く当たる場面も、その裏返しであると分かる。この感情と印象のひっくり返りが上手く、まさしく女苑の目線で物語を体験することが出来ました。
最後、安易に説得されるでもなく、それでて自身の幸せに一歩近づいたと思わせてくれるのも爽やかで素敵でした。
9.100名前が無い程度の能力削除
葛藤する女苑が美しかったです
10.100夏後冬前削除
生きる希望の延長線上にあるはずの、倫理のその先を観たくなりました
11.100モブ削除
反抗期の終わりのような話だと思いました。
じょーんをどう見るか、それで作品のイメージががらりと変わる作品だと思います。
ご馳走様でした。
12.無評価モブ削除
後書きの『反抗期の娘とそれに手を焼く家族のホームドラマ』という目線を潜在的に持って読んだ場合、作品自身がそのように流れているのもあるからこそ、じょーんは人間側の立場に見えるのです。欲が描かれていますからね。

この作品の痛烈な皮肉が本来欲を形作るものたちこそが無欲の道を歩く、もしくは付き合っている。それはまさに欲の化身のじょーんからすれば絶対に相いれないわけで、

だからこそ、このじょーんの葛藤をどう見るか。そこでこの作品は大きくイメージが変わると思うのです。

作中でじょーんはなんやかんやと一つの道を見つけています。この物語だから、この帰結なのでしょう。それは寺の面々の力が大きいわけで、事実としてじょーんは癇癪玉のように感情を持て余しながらも、きちんと話を聞くところで聞き、実にしているのです。だからこそ、朝顔さんはホームドラマと後書きに残したのかもしれません。

妬み、自身が下に見られている、自身が誤っている側にいると決めつけられている。自身が欲しているモノ(しかもそれを目の前で形作られる)、しかもどれだけ自身の中にある不満をぶつけても、周りの者たちはそれを既に乗り越えてしまっているんですよね。

神としての尊厳。心のどこかで絶対だと思っている自身の譲れない一線を他者に越えられた時に、それを石を投げつけるというだけでギリギリとはいえ踏みとどまれる。そのじょーんをどう見るか。それでこの作品の印象は変わると思います。

きっと、このじょーんはいい子なのでしょう。

改めて、ご馳走様でした。
13.100めそふ削除
とても面白かったです。
初めから最後まで女苑に感情移入しっぱなしで、彼女の抱える葛藤や困難への受け入れ方の過程の書かれ方がとても良かったです。ずっと女苑に感情移入していた為、当初は星の態度がひどく苦手で全く好きになれなかったんですけど、段々と女苑が星の立場を理解するにつれて、自分も印象がどんどん変わっていくのが分かり、この物語への没入のさせ方が素晴らしいと思いました。
14.100柏屋削除
とても面白かったです。
次回作も楽しみにしています!