Coolier - 新生・東方創想話

もう一度、夢を見るために

2021/08/27 23:14:39
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こんばんは、宇佐見菫子さん。
お久しぶりですね。私のこと、覚えていますか? そう、親愛なる夢の隣人、ドレミー・スイートさんですよ。

そう、私がいるということは、ここは夢の世界です。不気味なシンデレラ城に明るいとも暗いとも言えない紫の空、ちぐはぐな世界。貴方にとっては見慣れた……というにはずいぶんと期間が空いてしまいましたね。最後にここに来たのはいつでしたっけ?
私、ずっと貴方のこと夢で待っていたのに、どうして会いに来てくれなかったんですか? 寂しかったんですよ?

……あら、どうしました? なにやらひどくお疲れのようですね。言葉を返す気力もないと見えるし、よく見ると目の隈もひどい。
何か、お悩みでもあるんですか?

あらあら、そんなに私を睨み付けないでくださいよ。怖い怖い。
ほら、ソファに座って下さい。紅茶の一杯でもいかがですか? 飲めば少しは落ち着けるかもしれませんよ?
……ふむ、そんな気分じゃないと。それは残念。せっかく、貴方のために用意したのに。
これはアールグレイ。どうです、ここで一つ、ティーブレイクでも。
……うん、いい香り。湯気とともにアールグレイ独特の柑橘系の香りがこの夢の世界いっぱいに広がっているの、菫子さんも感じますか?
アールグレイの香りの元はベルガモット……柑橘系の精油なんですが、この香りには精神を癒し、日々の不安を和らげる効果があるんです。ホットティーで飲むには少々香りが強いきらいがありますが、今の貴方にはそれくらいがちょうど良さそうに見えますね。もちろん、夢の世界には茶葉なんてないので、これは私が苦心して再現したものですが。
おっと、まがい物と侮ることなかれ、これでも再現度には自信があるんですから。

……ティーカップを手に取ってくれたところを見るに、少しは落ち着いてくれたと見ていいですかね。それじゃ、私もここいらで一服。
……さて、貴方が私を見る目、そこに宿る敵意が幾分か和らいだところで、本題に戻りましょう。
貴方がそんな大きな隈をこしらえている原因。不機嫌な理由。そして貴方の悩み。ええ、もちろん知っていますとも。
なんたって、私は夢の世界の管理者なのですから。

さて菫子さん、最後に寝たのはいつですか?
……ふふ、即答できないくらいには、貴方も苦労しているみたいですね。一日? 一週間? それとも一ヶ月?

もちろん、不眠が一般的に辛いことだとは知っています。私は眠ったりしないのでその面さを経験したことはありませんが。
しかし、貴方にとって不眠は、単に眠ることが出来ない以上の意味がある。
眠れない、夢を見られない。それは即ち幻想郷に行けないということ。
貴方にとって、それはきっと何よりも辛いことなのでしょう。ずっと、貴方の大好きな幻想の景色を見られていないのですから。

おっと、一応言っておくと、私がその原因ではありませんからね。そんな剣幕で身を乗り出されても困ります。
むしろ、そんな貴方を心配してわざわざこうして夢の世界へ招いたと言ってもいいくらいです。

……ありがとう、ですか。
ふふっ、あの捻くれと拗らせの権化みたいな性格の菫子さんから、まさかそんな言葉が聞けるなんて。少し驚きです。
……あらあら、そんな口を尖らせないでください。せっかくの可愛いお顔が台無し……ということもないですね。それはそれで可愛いですよ。

……ねぇ、菫子さん。
貴方が望むのなら、幻想郷の景色をまた、見てみませんか?

ちょ、ちょっと、そんなに身を乗り出さないでください。顔が近い、近いですって。
……コホン、まったく、驚かせないでくださいよ。

ほら、落ち着いてください。
胸を大きく動かして深呼吸。
はい、吸って、吐いて。吸って、吐いて。

えっと、何の話でしたっけ。
ああ、そうだ。幻想郷の景色を見るという話でしたね。
知っての通り、幻想郷とは、夢と現の境目の世界。貴方と幻想郷は繋がっている。心の中に幻想の景色がある限り、その素晴らしい景色が大切なものとして貴方の中にある限り、いつだって、貴方はその景色を見ることが出来る。
私は、それをそっと後押ししてあげるだけ。

菫子さん、いいですか。目を閉じて、私の声に耳を、意識を、全てを委ねて下さい。
そうすれば、もう一度見せてあげましょう。貴方の大好きな、幻想の景色を。

これから、貴方は眠ります。
ソファに、楽な体勢で横になって下さい。

まずは深呼吸。私の声に続いて、大きく呼吸してください。
吸って。吐いて。
吸って。吐いて。
そう、その調子。
全身をリラックスさせて、そして思い浮かべるのです。貴方の焦がれた、幻想郷の景色を。

さあ、貴方は今、どこに立っていますか?
殺風景で最低限のものだけが並ぶ貴方の部屋? 違います。
教師の説法が流れる授業中の教室? 違います。
ちぐはぐで不気味な夢の世界? それも違います。
貴方は眠ると幻想郷へ来る。そして貴方が最初に降り立つのは、いつだって同じ場所だったはずです。そこは、夢と現、幻想郷の中と外の境界に位置する場所。
そう、博麗神社。
貴方はまさに今、その場所へ立とうとしているのです。

想像してください。
貴方は、光を感じます。白く、そして強い、目を閉じてなお瞼を越えて視界全てを覆い尽くすような、太陽の光。
最初はその眩しさに目もくらむような光も、次第に慣れればよく見慣れた景色へと変化していくはずです。
まず、貴方の目に映ったのは、赤い鳥居。大きく、自分の数倍の高さもある鳥居が、さんさんと照らす太陽の光を受けて立っています。
鳥居の先には、何もない。遮るものの無い、青い空と緑に覆われた山々が見えてきます。
そう、それが幻想郷の景色。幻想郷は、いつだって自然とともにある。貴方は、辿り着いたのよ、幻想郷に。
もっと身を委ねて。私の声に、全身を預けて。私が、幻想郷を案内してさしあげましょう。
一歩を踏み出すと、石畳の固い感触が足へと帰ってくる。靴底が石畳に当たり、こつりと心地良い音を立てる。
さあ、もっと踏み出して。もっといろんな景色を見るんでしょ? 幻想郷の景色が、みんなが、貴方を待っているわ。


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