Coolier - 新生・東方創想話

妖精と魔法使い

2021/07/12 02:34:13
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ワイワイガヤガヤと、楽しそうな声が飛び交う。

今日は宴会。幻想郷中の人妖たちが、博麗神社に集まって、何やらモノを食べたり、飲んだり、自慢話や愚痴などを漏らしたりしている。恐らく、朝まで飲み明かすつもりなのだろう。
主催者の霊夢も酔いつぶれているものだから、本当に呆れるものだ。

私は部屋の片隅でひとり、ただその楽しそうな光景を見つめていた。
皆と交わろうと思わないわけでは無い。かと言って、関わりたいと強く願う訳でもない。
だって、こんな下っ端の妖精なんて、誰も相手にしてくれないだろうから。

一番の大親友であるチルノちゃんは、その性格のお陰か、楽しそうに皆の中に混ざって、お話している。
いいなあ。私もチルノちゃんみたいになりたい......。胸の中に、嫉妬とも憧れとも取れない複雑な感情が湧き上がる。

人見知りで、他人と関われない私が、宴会中にすることといえば。
人間観察。いや、人妖観察と言った方が正しいだろうか?
ただぼーっと、気になる人を目で追いかけるだけの、簡単な遊び。

そう、簡単な。

今、私には気になっている人物が居る。
たとえば......


すぐそこで楽しそうに友人と酌を交わす、霧雨魔理沙とかいう魔法使いかな?









「ふぅ......」

溜息なのか何なのか分からないような吐息を漏らし、私は手に持っていた、空になった紙コップをテーブルに戻す。
そして、机上に用意されているやや大きめの瓶を手に取り、再び紙コップに注ぐ。
まあ中身はといえば、お酒は苦手だから、ただのオレンジジュースなんだけどね。

さっきからちょいちょい回されてくる紙皿。
イカやタコなどの、簡単な摘みがのっている。恐らく、ミスティアが詰め詰めで準備させられてるんだろうな......と、私は少し苦笑する。

空きっ腹にちょっとしたお摘みを、オレンジジュースで流し込む。これが私流の食べ方だ、と、誰もいない方向へとドヤ顔をする。
何をやっているんだ私は、と、再び前を向き、騒がしい人妖たちをぼーっと眺める。

だが、全体を見ているつもりが、不思議なことに私の視線は、気がつくと魔理沙の方に向いている。それも毎回。

とくん。

連れの魔法使い二人と話しながら、楽しそうに酒を口に運ぶ魔理沙。

とくん。

酔っているのか、少々頬が赤く染まっている魔理沙。

とくん。

段々高鳴っていく、自分の鼓動。

とくん。




「だーいちゃんっ!」

「わあぁっっ!?」

気がつくと、私の向かいの席にはチルノちゃんが座っていた。唐突に声をかけられたせいで、つい自分でもびっくりするくらいの大きな声が出る。
チルノちゃんは石像のようにフリーズし、呆然と私の方を見ていた。

「ご、ごめん......ぼーっとしてて。どうかしたの?」

慌ててそう説明する。
すると、さっきまで菩薩のように硬直していたチルノちゃんの頬が少し緩む。「よかったぁ〜」と安心したようにはにかむその姿に、私はホッとする。

「そんなところに居ないでさ、こっち来て一緒に話そ?」

そう言うとチルノちゃんはくるりと振り返り、遠方を指さす。その方向に目をやると、そこには酔っ払った勇儀さんと萃香さん。
楽しそうに何かを話しており、私の視線に気がつくと、にっこり笑い、手招きをしてくれた。

「ほら、あの二人も話したいってさ」

「あー......いや、私はちょっといいかな」

「えー、何で?」

「だって無理やり飲まされるから......」

そう、前の宴会で無理やり飲まされて、その場で倒れたことを私は忘れていない。お酒は苦手だ、とはっきり断ったにもかかわらず、言うことを聞いてくれないのだ。あの二人は。

チルノちゃんはつまらなさそうに「むー」と唸ると、「それなら仕方ないね」と言い、手を振って席を離れる。私も、応えるように軽く手を振る。

ああ、申し訳ないなぁ。
そう思いながら私は思い切り項垂れる。


「よっ、飲んでるか!大妖精ー」

「ひぁぅ!?」

突然魔理沙に横から声をかけられ、私の口から思わず間抜けな声が漏れる。その様子を見た魔理沙は、面白そうにくすくすと笑っていた。
彼女の後ろでは、魔理沙を追いかけてきた二人の魔女 ──パチュリーとアリス── が、呆れたように苦笑しながら私たちのことを見ていた。

「ごめんね、コイツ今の今まで物凄い量飲んでて......」

アリスが申し訳なさそうに説明する。
どうりでアルコール臭いな......と思いながら、私はアリスとパチュリーに丁寧に一礼する。

「ほら、この妖精さんすごい礼儀正しいわよ?貴女と違って」

と、パチュリーが魔理沙のことを軽く小突く。
「何をー!」と、魔理沙が不機嫌そうに頬を膨らます。それを見たアリスとパチュリーの間に、笑いが起きた。

三人とも仲良いなぁ......。
そう思いながら見ていると、途端に肩がぐいっと引き寄せられた。

「大妖精も飲めばいいんだよ。な?」

そう笑い飛ばしながら、肩を組んでくる魔理沙。
突然のことに私の頭は真っ白になり、思考回路がストップする。

至近距離の魔理沙から漂ってくる、強いアルコール臭と、シャンプーのいい香り。それらが、混乱した私の思考回路を更にぐちゃぐちゃに掻き回していく。

「全く魔理沙ったら、大妖精が困ってるじゃないの」

「そうよそうよ。アンタはアリスと同じで、いつもトラブルメーカーなんだから」

「ちょっとパチュリー?今聞き捨てならない言葉が......」

アリスとパチュリーが次々と言葉を発する。
だが、私には殆ど届いていなかった。もはや思考回路は灼き切れたかのように、まともに機能していない。
数分ほど経過して、ようやく私にまともな思考回路が戻ってきたような気がした。私を抱き寄せている魔理沙本人は、先程から繰り広げられているアリスとパチュリーの口論を見物し、ゲラゲラと笑っていた。

と、魔理沙がテーブルのコップを手に取り、そのまま一気飲みした瞬間。

私の肩から魔理沙の腕が、力なくずるずると滑り落ちた。
魔理沙はそのまま、とすん、と床に倒れ込んだ。
どうやら、酔い潰れて意識が飛んだらしい。「あーあ」と、アリス達は呆れたような表情を浮かべる。

「全く、油断して羽目を外すからこうなるのよ」

「わ、私っ、永琳さん呼んできます!」

オロオロと慌てふためきながらも、私は二人にそう伝え、席を立つ。最初は「あら」と意外そうな顔をしていたアリスとパチュリーは、何が可笑しかったのか、「ぷっ」と吹き出す。

「じゃあ、お願いしようかしら。」

「は、はいっ」

「行ってらっしゃーい」

そんな感じで、私は永琳さんに魔理沙のことを頼むと、チルノちゃんに一言だけ挨拶をし、そのまま宴会会場である博麗神社を後にした。









私はひとり、真夏の生ぬるい風を受けながら、昼間の人里をふよふよと飛んでいた。

そう、今は丁度、寺子屋から帰る道のりの途中なのだ。
リグルは幽香さんの所に用事。ミスティアはお店の準備。チルノちゃんとルーミアは......慧音先生による補習授業だ。


空では太陽が、キラキラと輝いている。
それによって直射日光を受けた地面の土が、鬱陶しく熱気を放つ。
もう夏も本番だ。周りからやってくる蒸し暑さが、ジワジワと私に襲いかかる。

(少し日陰で休憩していこう......)

私は地面にふわりと着地し、辺りをキョロキョロと見渡す。
流石に熱中症になりそうだったので、丁度良い木陰を見つけた私は、そこで少し休んでいくことにした。




「よぉ、大妖精じゃないか」

「あっ......」

唐突に真正面から声をかけられ、思わず心臓が跳ね上がりそうになる。

魔理沙だ。

私は、木にもたれかかっていた身体を起こす。
起こしながら、心臓の鼓動を抑えるために、自分の胸に手のひらを押し付ける。勿論、魔理沙にはバレないように。それなのに私の身体は全く言うことを聞かず、心音はみるみる速くなっていくだけだった。

胸の奥から、得体の知れない熱が押し寄せてくる。心臓の音が、振動とともに自分の脳に伝わってくる。

「この間はありがとな」

(......え?)

唐突に発せられた魔理沙の一言に、私は心の中で首を傾げる。

「ほら......宴会で私、倒れてさ。その後、医者を呼んで来てくれたのって、大妖精なんだろ?」

「あっ......えっ、なんで知ってるの......?」

「聞いたんだよ、アリス達から」

魔理沙はその後、何が起こったのかを話してくれた。


私が帰った後、まだまだ宴会が盛り上がっている中、魔理沙は目を覚ましたらしい。アリスとパチュリーに挟まれた状態で。

二人は、魔理沙に全てを話したらしい。
飲みすぎで倒れたこと。私が慌てて永琳さんを連れてきたこと。そして、何も言わずにそそくさと帰ってしまったこと。

(言わなくて良かったのに......)

「まあ、そんな訳でありがとって話。お陰で助かったぜ」

「あ......いや、別にそのくらい......」

私は魔理沙から目を逸らし、しどろもどろに応答を返す。
その不器用な返事に、魔理沙は少しばかり首を傾げ、不思議そうに見つめる。だが、すぐにポンと手を叩き、

「そういや今日は、紅魔館で本を借りてくるんだったんだ」

と口にし、すぐさま箒に飛び乗った。
「んじゃ、またな」と言い、魔理沙が飛び立つのを、私はただ呆然と見つめていた。
魔理沙が遠ざかっていくうちに、自分の心音が徐々に落ち着いていくのを感じた。

大きく深呼吸をし、心を落ち着かせる。


私は恐らく、魔理沙に恋をしている。









最初は、魔理沙のことが嫌いだった。

思いやりもないし、そこら辺の妖精だからって、私たちのことを平気でからかったり、馬鹿にしたりする。
そんな魔理沙のことが嫌いだった。

あの紅霧異変の時だってそうだ。
異変解決の為に、紅魔館に向かう命知らずの人間がいると聞いて、いても立ってもいられなくなったチルノちゃんが暴走を企てていた時。

弾幕戦の準備に勤しんでいたチルノちゃんを守るために、魔理沙を足止めしようと立ち向かったあの時。
なんと初対面であるにも関わらず、人の話もろくに聞かないで、魔理沙はそのまま突っ込んできたのだ。

私の言葉を全て無視して箒で突っ切ってくるものだから、流石に応戦できず、秒でやられてしまったという訳である。全く酷い話だ。

それから私は魔理沙のことが嫌いになり、出会った時はできるだけ避けるようにしていた。私たちに対する揶揄も全て無視していた。

それなのに、いつからだろうか。
魔理沙のことを目で追うようになったのは。

確かに嫌な奴だが、全てが全て悪いという訳では無かった。
むしろ、人妖の壁を越えて誰とでも仲良くできるその姿に、私は少しずつ惹かれていったのかもしれない。

下っ端の妖精である私に対してでも、他の皆と同じように接してくれる。
冗談も言うし、私のことをからかったりもするけど、それでも嬉しかったし、何より魔理沙と一緒にいると楽しいと思ってしまう自分が居た。


私は、魔理沙に恋をしている。









それは、珍しく幻想郷が大雨に見舞われた日だった。
ああ、これが例のアレか。最近授業で習った、「夕立」とかいうやつ。

そんな悠長なことを考えていられるほど、今の私の頭には余裕がなかった。

全身に打ち付けられる、大粒の雨。
それらによって遮られる視界。
最早リズムを刻むことすら出来ない位に勢いを増す雨音。

私は、大雨の中必死に走っていた。
まさか寺子屋の帰りで、チルノちゃんと別れてすぐこんな雨に見舞われるなんて......。さっきまであんなに晴れていたのに。

ふと、私は周りが木々に囲まれていることに気がつく。
雨宿り出来る場所を求めて走り続けた結果、どうやら魔法の森に迷い込んでしまったらしい。


魔法の森......。雨宿り......。
そうだ、魔理沙の家だ。あそこなら、匿ってくれるかもしれない。

とくん、とくんと高鳴る心臓。
だがそんな自分に対してか、私の中にひとつの疑問が思い浮かぶ。

魔理沙の家って、何処?



その時だった。


「わっ!?」

突然後ろから足元を掬われ、私は思わずバランスを崩してしまった。
かと思えば、今度は背中をぐっと押され、自然と私は前のめりの姿勢になる。

「しっかり捕まってろよ!」

ホウキで高速移動する魔理沙にそう促され、私は突然のことに動揺しながらも、後ろの藁の部分をギュッと掴む。

「そんなんじゃ、離れちまうだろ!ほら」

そう言うと魔理沙は、左腕で私を抱え、叫んだ。

「スピード上げるから気をつけろよ!!」

「えっ......ちょ、ちょっと待っ─── 」

私がそう言いかけたのがまるで聞こえていないのか、魔理沙はニィと笑みを浮かべる。

遠方に、段々と霧雨魔法店が見えてくる。
突然加速するホウキに、私は死に物狂いで掴まっていられたお陰で、何とか落ちずに済んだ。









「ふーっ、濡れちまったな」

家の中に入るなり、魔理沙はホウキの藁の部分を、傷んでいないか確認し始めた。
案の定、私も魔理沙も全身ずぶ濡れだ。水気を帯びた洋服が、肌にべったりとまとわりついてくる。

私は横目で、チラッと魔理沙の方を見る。
しっとりと濡れた髪から、ぽたぽたと雫が垂れる。気がつけば、私は我を忘れて彼女に見とれていた。

美しい。
とくん、とくんと胸が高鳴る。

そんな私の視線に気づいた魔理沙が、こちらを見る。反射的にビクッと反応し、私は思わず目を逸らす。

そして、数秒の沈黙を挟み、

「あっ......」

魔理沙は何かを察したように、ぽん、と手を叩く。
まさか、心でも読んだのだろうか。私がヒヤヒヤしていると、魔理沙は申し訳なさそうに言った。

「確かに、ずっと濡れてるのは嫌だよな。悪ぃ、すぐ風呂炊いてくるから」

「あっ............お、お願いします......」

消え入りそうな声で、私はそう答える。

(申し訳ないなぁ......)

浴室に向かう魔理沙の背中を、私はただ見つめることしか出来なかった。






「おっ、出たか。どうだった?湯加減は」

「最高だった〜」

浴室から出てきた私は、呑気にそう答える。
温かい湯に浸かったことで、大分緊張は解れたようだ。
服は、魔理沙の部屋着を有難く使わせてもらっている。

魔理沙はベッドに仰向けに寝転がり、何かの魔導書を読んでいた。
そして、私が出てきたのを確認した途端、本をパタンと閉じ、ひょいっとベッドから起き上がる。

「じゃ、次は私が入らせてもらうとするよ」

「はーい......」

ベッドから降り、着替えを持って浴室へ向かう魔理沙。
パタン、という扉の音と共に、消えかけていた緊張の糸が再び私の中で張り詰める。部屋に居るのは私一人。辺りはシーンと静まり返っている。聞こえるとしたら、一向に止まない雨の音くらいだろうか。

ふと、私は周りを見渡す。
あまり年季を感じさせない、綺麗な木の床。広めのテーブルの上には、見たことも無い実験器具や、魔導書の数々。そして、棚に収納されている怪しげな魔法瓶。
本で見た魔女の家そのものだった。

それから何分くらい経っただろうか。
不思議な世界に見惚れていると、パタン、という音が聞こえ、私は強制的に現実に引き戻される。
浴室の扉の方に目をやると、そこには部屋着の魔理沙が立っていた。ドレスのような、白いヒラヒラの服を着た魔理沙は、まるでどこかのお姫様のようだった。

「すまん、待たせたな」

「いや......全然大丈夫っ」

しどろもどろする私を見た魔理沙は、面白そうにクスッと笑う。そして、「まぁ座れよ」と言い、魔理沙はベッドの方を指さす。
私は促されるままに、ベッドにゆっくりと腰掛けた。

と、私の左側に魔理沙が座る。
ドクン、と、心臓が跳ね上がりそうになるのを必死に抑え、私は目を逸らす。

「雨、全然止まないなぁ......」

外の雨音を背景に、魔理沙が天井を見上げながらそう呟く。
外では雨に混ざり、雷までゴロゴロと鳴り始めていた。

「ま、こんなんじゃ帰るのも難しいだろうし。今日のところは泊まってけよ」

そう言いながら、魔理沙は私の背中をぽんぽんと叩く。
私は促されるままに、コクコクと頷く。そんな私を見ると、魔理沙は面白そうにくすくすと笑い始めた。

「なぁ、大妖精」

突然名前を呼ばれ、思わずドキッとする。

「嬉しいか?」

「え......?」

「今日、私ん家に泊まることができて、嬉しいのかって」

私がきょとんとしていると、彼女はそう付け足した。
心中を的確に言い当てられ、私の中に混乱が巻き起こる。何故、バレたのだろうか。

「悪ぃんだけど......アリスとパチュリーから言われたんだよ。そろそろ大妖精の気持ちに、気付いてやれって」

恐る恐る、魔理沙の方を見る。彼女は困ったような表情で、頭を掻いていた。
何と言葉を返せば良いのか分からず、私はただ俯き、口を固く閉ざす。
自分の気持ちひとつの為に、魔理沙を困らせるのは、辛かった。

「それってつまり、アレってことだよな......その......言い難いんだが」

「魔理沙」

私は意を決して、力強い瞳で魔理沙を見据える。
これ以上クヨクヨしたところで、何にもならない。ただ魔理沙を困らせるだけだ。
それに、もうバレているのだ。私が魔理沙に恋をしていること。それも、魔理沙本人に。
だからもう、隠す必要なんてなかった。



「魔理沙、......あなたのことが好 ───」


ドカーン



「きゃっ!!?」

突然鳴り響いた轟音に吃驚し、私は思わず魔理沙の腕にしがみついた。同時に、辺り一面を巨大な閃光が覆う。

「だ......大丈夫か?」

雷の余韻が終わって、しばらくしてから、私はようやくハッとした。がっちり掴んでいた両手を、魔理沙の右腕からバッと離す。

「ごっ......ごめん!」

「いや、大丈夫大丈夫」

ヘコヘコと頭を下げて謝っていると、魔理沙は困ったような表情を浮かべ、ただオロオロしていた。

「まぁ、とりあえず寝るか」






一人用にしてはやや広めのベッドで、魔理沙はすやすやと眠っていた。隣で私は、魔理沙と背中合わせで、眠れずにいた。
雷も止んだし、雨の音も少しずつ落ち着き始めていた。だが、私に睡魔が訪れる気配は一向になかった。

(言えなかった......)

魔理沙に「好き」と伝えるチャンスだったのに。今しかなかったのに。そう思うと、憤りと後悔に激しく苛まれる。先程の雷を呪い殺したいくらいだ。

「うぅっ......」

憂いを帯びた涙の雫が、乾いた頬を濡らしていく。
初恋という名の鎖が、私の心をきつく締め上げていく。今の私には、外の雨音を聞きながら、ひたすら涙を流すことしかできなかった。



***


「うっ......ぐすっ」

後ろから聞こえてくる泣き声に耳を傾ける度、心が痛む。
私、霧雨魔理沙は、恋心がよく分からない。それゆえ、大妖精の心を傷つけてしまったのかもしれない。
本来ならさっき、あの場で言葉の続きを聞いておくべきだった。それなのに、私ときたら。

ここまで自分の鈍感さを憎んだ日はなかった。



何日くらい前だっただろうか。
アリスとパチュリーから言われたのだ。

「そろそろ大妖精の気持ちにも気付いてあげなさいよ」

と。

明日、目が覚めとき、一体私は何て声をかければ良いのだろうか。どんな顔をして、大妖精と向き合うべきなのだろうか。

分からない。
本当に、自分の阿呆さに無性に腹が立った。



***


翌朝。

私は思いのほか早く目を覚ました。
そして、横で魔理沙がすやすやと眠っていることに、ぎょっとする。

ああ、そうか。
私、魔理沙の家に泊まったんだ。

昨日は惜しかったな。
一晩寝たお陰か、もうあの辛さは私の中には殆ど残っていなかった。
雨は、嘘のようにすっかり止んでいた。

魔理沙を起こさないように、そーっとベッドから出る。
そして、昨日から部屋で干させてもらっていた私の服に着替える。


家の扉を開けたところで、私は魔理沙の方を振り返る。
彼女は、何とも幸せそうな表情で眠っていた。

「またね」

私はそっと扉を閉めると、夜明けの空を一気に駆け抜けて行った。
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お互い臆病ながら少しずつ近づいていくこの感じがすきです。
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大妖精の心の声がよかったです。