Coolier - 新生・東方創想話

Dream Decoding Done Dirt Cheap -いともたやすく行われる境界暴き

2020/10/16 00:00:51
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2.
 科学世紀、某年某月某日、冬の頃。
 マエリベリー・ハーンは沈んでいた。
 先刻よりは幾らか持ち直したが、顔はまだ少し青いままだった。

「……昨日、私が先に来てメリーを待ってたと」

 メリーの説明を聞いた蓮子が他人事のような言葉を漏らす。
 実際のところ一切記憶にない話なのでその通りなのではあるが。
 
 眉間に皺を寄せたメリーが、テーブルに項垂れながら口元に手を当て応える。
 頭痛を堪えているらしい。

「ええ、十分も前によ。思えばもっと疑問に思うべきだったわ。蓮子が遅刻してこないどころか私を待ってるなんて」
「うん、まあ、返す言葉はないけどさ、そういえばなんか昨日のメリーなんだか妙にぷりぷり怒ってたな……。それで、ドッペルゲンガー探し?」

 因みに蓮子の話だと、経緯こそメリーの記憶に程近いが、ブロッケンの怪物『のようなもの』の目撃談についてざっと調べたのみでお開きになったそうだ。
 こんな京都の街なかでブロッケン山もなにもないが、だからこそ、それが光学的でない何物なのかを探ろうとしたのだという。

「本当にドッペルゲンガーにでも出会った気分だわ……」
「でも私に関することだけならともかく、頼んだメニューとか天候だって違うんでしょ?それじゃ辻褄が合わないわ」

 確かに単なる偽物が入れ替わっていただけであるならば、ここまで入り組んだ話にはなっていない。
 それこそドッペルゲンガーか、もしくは狐狸の類に化かされたか、だ。今更それくらいで面食らう秘封倶楽部ではない。
 しかしお互いに昨日の顛末を聞いた後、手持ちの端末で天気アプリを調べてみたところ、そこにははっきりと降雪の記録が残っていた。
 いわば、蓮子の記憶が正となっている状態である。

「まあ、考えられるのは境界越えよね。メリーがたまにやってるっていう」
「好きでやってるわけじゃないわよ。それに昨日一日、丸ごと違うってなるともう個人的な境界越えの範疇越えてるような気もするけど……」
「そんなの、普段聞いてる話の方がよっぽど突飛に聞こえるわよ?女の子型の化け物に追われたり、天然物の筍持って帰ってきたり」

 言われてみれば、よほど非現実的な目覚め多く経験していることにメリーが苦笑を漏らす。
 むしろ、今回は普段の現実そのものに違和感が生じているから、これほど気持ちが悪いのかもしれない。

「ちょっと暴論じみてるけど、世界が入れ替わったんじゃなくてメリーが取り替わってたんじゃないかしら。眠った拍子に」
「そんな寝違えたみたいに簡単に言われるとちょっと癪なんだけど」
「でも多元宇宙って結構メジャーな話よ?」

 蓮子が身振り手振りで説明を続ける。
 
「こう、宇宙というか世界が幾つも並行してるって話。個人的には夢と現実なんてものを超えるよりは、ちょっとお隣さんにある世界の方がまだ簡単そうに思えるわ」
 
 メリーは妙な納得を覚える。
 ただ蓮子の言う通りだとして、心身ともに覚醒した状態での境界跳びは初めての経験だ。
 いつもならこちらの体は眠っているはずで、突然見知らぬ土地に放り出されるのがお決まりになっている。
 お互いの体が動いていて、なんていうのは経験したことがない。
 そもそも、夢の中の体が目覚めたときにどうなるのかも知らないのだが。

「何かきっかけがあるんだろうけど、いつもの感じならメリーの知ったこっちゃないわよねえ」
「全く心当たりはないわね。それこそ例の如くって感じよ」

 予告されたとして、対応できるわけではないのだが。
 (と、言いつつも最近はしばしば戦利品を拾ってくるくらいの余裕を見せ始めている。)

「……うぅん、風邪引いてたからとか?」
「そんなので毎回入れ替わりが起こるなら堪らないわよ、流石に」

 蓮子の気の抜けた考えに、もはや眉間の皺というよりも困り眉になっている。
 確かに風邪引きの時の悪夢といえば悪夢なのかもしれないが。

「でもなんにせよ、ちょっと世界を取り違えたくらいなら変わらないもんなのね、私たち」
「どうせなら私は約束時間を守ってくれる蓮子の方がありがたいけど」
「……善処はするわ」
「別にしなくていいわよ。もし似たようなことがあったらいよいよ見分けがつかなくなっちゃう」
 
 メリーはふと思う。
 向こうの私もいま似たような話をしているのだろうか。

 事態の解決にはなにも至っていないが気持ち悪さは晴れ、代わりに幾許かの安心と、とてつもない疲労が手に入った。
 そういえば昨日から少し風邪の気があった。
 寒さも手伝って体が重い。蓮子の体調をからかったしっぺ返しだろうか。

「ちょっとメリー、大丈夫?」

 テーブルにへたり込んだメリーを覗き、蓮子が声をかける。
 眼だけで一瞥を返し、はぁーっとため息をつく。

「やっぱり、駄目ね、冬は」

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