Coolier - 新生・東方創想話

Dream Decoding Done Dirt Cheap -いともたやすく行われる境界暴き

2020/10/16 00:00:51
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1. 
 科学世紀、某年某月某日、冬の頃。
 秘封倶楽部行きつけのカフェテラスに入店。五、六歩ほど歩いたところにて。
 マエリベリー・ハーンは驚愕した。
 慌てて腕の時計を確認するが、何度確認しても針が指す時刻は約束の十分前。
 正確にはじっと盤面とにらめっこしている間に長針が一つ進んで九分前になっていた。

「……なにしてるのよ、メリー」

 なんと宇佐見蓮子が既に指定の場所に腰かけて待っていたのである。

「どうしちゃったの蓮子。手持ちの時計が進んでたの?それとも体調が優れない?冬場でここの所寒いものね。私もちょっと風邪気味かも。それなら今日の活動は止めにしておいてゆっくり休みなさいよ。気にしないでいいから」
「吃驚するくらい失礼に心配してくれるわね」
「仕方ないじゃない。だって蓮子が約束前後一分とかならまだしも、十分も前に待ち合わせ場所にいるなんて、この前行った古道具屋でブラウン管みつけたときくらいの衝撃だもの」
「ひっどいなぁ。そりゃあよく遅刻はするけど、私がメリーを待ってたことだって何度かあるでしょ!」

 言われてメリーが記憶を反芻する。

「…………いや、ないわよ。一回も」
「嘘だぁ」

 少なくともメリーの記憶にある範囲では、今回のように落ち着いて腰かけた姿を目にしたことなど一度もなかった。
 覚えにあるのは少し申し訳なさそうに駆けてくる蓮子と、とても申し訳なさそうに走ってくる蓮子と、開き直って堂々と歩いてくる蓮子だけである。
 おかしいなぁ、と腕を組みながら納得いかないような顔で唸っている蓮子をよそに、椅子の背板にコートをかけたメリーが腰を下ろし、近づいてきた店員に注文を伝える。

「あ、はい。私はカフェラテ、ホットで。……まあ、なんにもないならそれでいいわ。折角の晴れ間なのに、雪はともかく槍が降らないことを祈るばかりね」
「よくはないけど……。この話に関しては圧倒的に分が悪いから撤退するわ。とりあえず打合せをしましょう、打合せを」

 言って蓮子が咳払いをする。本題に入る示し合わせのようなものだ。
 
 続けて蓮子が口を開く。

「メリーはさ、ドッペルゲンガーって知ってるわよね?」
「そりゃあ、まあね。自分と瓜二つの人間が見えちゃうってあれでしょ?」

 メリーが顔の前で両人差し指を立て、向かい合わせにしながら続ける。

「呼ばれ方は違ったりするけど古典心理学からの研究対象だし、相対性精神学が学問として認知されるようになってからは注目も増したみたいよ。ちょっと今の私が挑むには難しい論文ばっかりだったけどね」
「あー……そっちの専門的な話は私が理解しきれないけど、そのそれよ」

 少し苦笑いを浮かべながら蓮子が肯定する。
 
「オカルトとしても色々曰くがあるんだけどね。出会ったら死んじゃうーとか、実は本人の生霊だーとか、さ」
「まあ、確かによく聞くわね」

 いわゆる都市伝説の類でもそこそこにメジャーな話だ。
 口裂け女や人面犬なんかには劣るかもしれないが。

「そういう危険性の高い性質の報告はいまのところないんだけど、最近多いのよ。『自分と瓜二つの人間を見た!』って噂」
「ふうん、瓜二つねえ……」

 運ばれてきたカフェラテに手を伸ばしながら、メリーがそっけない反応を返す。

「……お気に召さない?」
「ちょっとインパクトが弱いかなあ、とは思うわね。正直」
「確かにいつもの境界暴きなんかと比べたらありきたりかもね」
「危険がないに越したことはないけれど。なんというか、この科学世紀なら自分と瓜二つの人間なんて、見つけようと思えばいくらでも見つけられそうだもの」

 しかし蓮子が『その反応は予測していた』とでも言いたそうな顔で話を引き受ける。

「でもこれ見てよ、こんなところにまでこんなに書き込みが来てるの」

 そう言って蓮子がタブレットの画面をメリーに向ける。

「これは……見たことない数ね……」

 何を隠そう、彼女ら秘封倶楽部は境界暴きのスペシャリストである。
 打ち捨てられた衛星で化け物と遭遇してみたり、割と冗談にならない冒険譚にも事欠かない。
 が、実情を知らない周囲にとっては妙なオカルトサークルであり、多少内実を知っている学友にとってはただのお茶飲み兼小旅行サークルだと認識されている。
 なので、何か役に立つかもしれないと作成した情報収集サイトも碌に動くはずがなく、普段は昼の行燈、月夜に提灯といった塩梅だった。
 そんなところに今週だけで21件、情けない話だがこれだけでもうちょっとした異変である。

「確かに、気にはなるわね」
「でしょう?」

 蓮子が先ほどよりも自慢げな顔をする。
 しつこいようだがあまり誇らしげに語る話ではない。

「対象はコイツでいいと思うんだけどね。ただ問題はどう攻めるかよ」
「すごい根本の問題じゃないの」

 当然といえば当然だが、書き込まれた情報に具体性がない。
 場所も状況も一貫性がないのである。
 
「だから今日は作戦会議よ!二人の力を合わせて調査に徹するの」
「調査って言ったって、そもそもその足掛かりがないんでしょう?やりようがないんじゃない?」

 チッチッチ、と蓮子が指を振りながら舌を鳴らす。
 宛ら古い映画の名探偵のような仕草だが、メリーの胸中は九割が不安で占められていた。
 
「メリー、いくら情報が滝のように流れてくるこの時代でもね、肉体労働を思考から除いてしまうのはとてもよくないことよ」
「……つまり?」
「総当たりよ!」
「だと思ったわよ……。この寒い日に……」
「あはは。総当たりって言ってもほとんど近場だし、今日だけで全部回るつもりもないからさ。折角晴れてるんだからそんな暗い顔しないで」
「それ、言い換えれば連日寒空の下をを歩くってことじゃない。まあ、いいわ。ちょっとさっきの書き込み見直させてもらえる?」
「勿論。まずはこの辺りをつつこうと思ってるんだけど―」

 メリーが呆れ顔で画面を覗き込む。
 ただ、その表情には柔らかさと少しの好奇心も浮かんでいた。

§

 大学構内、近辺の小径、ショッピングモール。
 書き込みの中でもなるべく具体的な情報が記載されていたものに絞りローラー作戦を実行した、のだが。

「見事に成果ゼロ、ね」
「うーん……」

 蓮子が悔しそうに顎に手を当て考え込んでいる。
 結局、それらしい境界どころかドッペルゲンガーの影すら見つけられなかった。
 影のようなモノの、さらに影を掴もうとするのが土台無理な話なのかもしれない。

「今日はここまでね。これ以上足を伸ばすと疲れで見た幻覚だかと区別がつかなくなっちゃう」
「そうね……。折角だしお開きにする前に夕飯食べて帰ろっか」

 モール内の適当なレストランに入り、案内された席に腰を下ろす。
 注文を済ませ、一息ついた後メリーがふと口を開く。

「ねえ、蓮子」
「ん?」
「カフェで言ってたじゃない、ドッペルゲンガーの特徴」
「ああ、出会ったら死んじゃうって話?」
「それ、ホントに見つけちゃったらどうするつもりなの?」

 例えば先の鳥船遺跡ほどの異境ならば、ある程度対処も絞られてくる。
 夢であるならば脅威が迫ったところで目覚めればいい。その単純さに油断し少し痛い目をみたわけだが。
 ドッペルゲンガーはその普遍さと裏腹に、出現条件や対処法の絞り込みが困難になる。
 うまく遭遇できたとして、彼の整髪料の名前を叫んだり、べっこう飴を放ったところで撃退などできない。
 いわゆる特攻的な弱点に乏しいのだ。

「んー、一応聞きかじった対処法はあるんだけどね。勘だけど、そもそも今回のは害はなさそうだなって思ってるの」
「勘、ねぇ」
「近所で変死とか失踪の話も聞かないし。もそもドッペルゲンガーって結構逸話が色々混ざって曖昧でね、だからこそ境界暴きには相応しいかなって思ったんだけど」
「相応しいって、どうして?」

 一瞬。蓮子がきょとんとした表情になり、幾許かして口角を上げる。

「だってメリー、重なり合った曖昧なモノをほどいて明かすのが、私達の活動の醍醐味じゃない」

§

 科学世紀、某年某月某日、冬の頃。
 秘封倶楽部行きつけの喫茶店。
 マエリベリー・ハーンは呆れていた。
 いつも通りの光景にある種の安堵を覚え、抹茶ラテを口に運ぶ。
 ゆるりと腕の時計を確認すれば、指す時刻は約束の五分過ぎ。
 帽子と肩の雪を払った宇佐見蓮子が悠々とこちらに向かって歩いてくる。

「お待たせメリー」
「ええ、待たされたわ」

 優雅な待ち姿はどこへやら。
 いや、落ち着きだけなら今も負けず劣らずではあるが、悪い意味で。

「ごめんごめん。……今日も抹茶ラテ?珍しいわね、毎回フレーバー変えてた気がするけど」
「昨日飲んでたのはカフェラテよ。大丈夫?やっぱり体調悪かったんじゃないの?」
「あれ、そうだったっけ」

 それとも歩き回ったせいでぼうっとしているのか。
 流石にこの色味を間違えるほど疲れていたようには見えなかったが。

「それにしても、本当に雪が降っちゃったわね」
「え?昨日も降ってたじゃない。今日より強いやつ」



「…………え?」



 昨日の天候はよく覚えている。
 寒空の下、街なかを駆けずり回ったのだ。
 少なくとも降雪の記憶はないし、そんな状況で無謀を行うほどメリーも蓮子も浅はかではないし幼くもない。

 一つ、質問を投げかけてみる。

「……蓮子、昨日の待ち合わせ。何時くらいに来たか覚えてる?」
「だから、十五分の遅刻はごめんってば!昨日も言ったけど時計が八分も進んでたのよメリー!…………メリー?」

 最初は小さな違和感だったものが確信に変わる。
 得体のしれない気持ち悪さのせいか、背中に悪寒が走る。
 すぅっと顔から血の気が引いたのがメリー自身にも、顔を覗く蓮子にもよく分かった。

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