Coolier - 新生・東方創想話

怪談「蛍」

2020/10/10 12:48:01
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 昔から怪談が好きだった。子供の頃は図書館に並ぶ『新耳袋』に心を奪われた。学生時代は心霊サークルに入り、同好の士とともに体験談を集めてまわった。そのときは、まさかそれが仕事になるなんて思っていなかった。大学時代の仲間とともに、怪談語りを肴に酒を飲むバーを開いたのだ。もっとも、経営状態は火の車で、怪談というよりもドリンク代で切り盛りしているという有様だ。それでも、好きなことを仕事にできたという点で運は良かったのだろう。ただ、趣味を仕事にするということは、必ずしも楽しいことばかりではない。私が楽しむことは後回しになり、良くも悪くも、お客さんのための妥協が必要になる。
 今日もいつものように、取材相手から聞いた体験談を、お客さんが聞いて楽しめる形に直す。大抵の取材相手は語りが上手くない。話が時系列に沿って進まないなんてことも珍しくない。まず、物語としてまともに聞ける形に整形する必要がある。しかし、それだけではお客さんが楽しめる怪談にはならない。枝葉末節を省く。ときには設定を変える。生の体験談はそのままでは面白くない。どうしても改竄が必要になる。本当にあった怖い話を語る体で、偽りで粉飾した怪談を語るわけだ。あまり楽しいことではないが、仕方がない。
 私はディスプレイ上に映る草稿をぼんやりと眺めた。この状態ではまだ真実の体験談だ。取材相手の話に嘘や勘違いが含まれていなければ、の話だが。これはまだ仕事ではない。「趣味」の体験談コレクションの段階だ。これから草稿を「仕事」の原稿に変えるのである。

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