〇月×日 到達時刻 19:00
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「……ハッ!?」
気付けば、部室の椅子の上だった。
傷はないがじんじんと痺れる体を起こしながら、ぼうっとする頭で何があったのか記憶をたどる。
放課後、部室の椅子で寝たことは覚えている。次に記憶にあるのは、視界いっぱいに広がる色とりどりの弾幕。あまりにもいきなり過ぎる光景に、よけるどころか言葉を発する余裕もなく……。
そしてこの状況。どうやら弾幕ごっこしてるど真ん中に私は出現してしまったみたいだ。幻想郷に着くと、いつも博麗神社の鳥居の下に出現する。きっとあそこが中と外の境界なんだろうか。だから、神社で弾幕ごっことかやっているとたまにこうして被害に合うことがある。
……今回みたく幻想郷に着いた瞬間現実に送り返されるようなことは初めてだが。
「さて、……どうしようか」
すっかり目が覚めてしまった。今から椅子に座りなおしたところで寝られる気がしないし、そもそも夜に幻想郷に行ったところでみんな寝ているからさして面白くもないし一人で色々するには危険だ。
とはいえ、こちとら寝たら問答無用で幻想郷へ旅立つ身。夜は博麗神社の一部屋で過ごさせてもらうか、夜通しの宴会に参加するか、妹紅さんとお喋りしながら竹林を歩くか……日中と比べて出来ることはごく限られる。だからこそ授業中に寝てまで昼間に幻想郷に行く、という側面も無きにしも非ずなのだが。
何となく部屋に掛けてあったマントと帽子を身に着け、部室棟の屋上へテレポートする。ここは部活にそれほど熱心ではない進学校。夜遅くまで熱心に練習してる部活動はなく、人の声はしないが校門前の大通りはまだ車がたくさん走っているようで、車のエンジン音がここまで聞こえてくる。
ふわり、と。
自分の体が浮き上がる。いや、浮かせているというのがのが正しいか。他ならぬ自分の超能力で体を持ち上げているのだから。
泳ぐように、あるは踊るようにくるくると回りながら空へと落ちる。校舎より高く、ビルより高く。
見下ろせば、有象無象の人々が歩いているのが見える。誰も彼も前か下を向いていて、上空の私には気付かない。
あぁ、私は今、東京の空を舞っているのだ。人も、車も、ビルも。スカイツリーすら遥か下に見下ろす高さまで。この日本一の大都会である東京にいながら周りには誰もいない。誰も私を見ていない。完全に私一人。私独りだけ。
なんていい気分。最高の気分。誰も私に喋りかけてくることもない、私だけの聖域。
その事実がとっても気持ちよくて、高所にいることによる少しの寒さと息苦しさすらも楽しくって、だから……。
こんな世界の片隅が本当に私の居場所なの?
唐突に。
あるいは今までに何度も考えてきた、そして考えないようにしていた疑問が頭をよぎった。
いつもなら頭の奥底へ押し込んで見なかったことにするその思考が、何故か今日だけは頭から離れようとしなかった。頭を振っても、幻想郷に想いを馳せようとしても、何故かその言葉は頭の一番上に残り続けた。
「……どうして?」
声が漏れる。その声が風の音にかき消される。
どうしてだろうか。
夜の空に一人、ただただ漂いながら今まで結論が出なかったその疑問について考えてしまう。
……何で私は独りなのだろうか?
あっちの世界には友達もいっぱいできた。楽しい経験も沢山した。
対してこの世界には私の居場所なんてなくて。こんな東京の空、誰もいない世界の片隅まで飛んできてようやく息苦しさから、生き苦しさから少しばかり解放されて。こんな空で独り過ごして。
それが、私の居場所だって?
「だって、私がそう望んだのだから」
そう、私はそう望んだ。
学校では誰とも関わらないようにして
一人になろうとして、一人であろうとして、一人になりたくて。
だから、こんなところまで飛んできて。こうして一人空を漂って。それは私が望んだことだから。
そうでなければならないから。
だって、そうじゃなきゃ、
そうじゃなきゃ、
「今更、私が間違ってたなんて……」
…………違う!
私は間違ってなんかいない。
間違えてなんか、いない。
これは私が望んだこと、私が、一人でいたいって、あんなやつらと一緒になんていたくないって、そう望んだんだ!
それでも、出した言葉は戻らない。露呈した気持ちは否定しようとすればするほどに表に転び出る。
「……嫌っ!」
その言葉から、私の意識から逃げるように高くへ昇る。空を翔ける。自分の持つ全力の力での疾走。ずっと持て余した力を速度に変えて、どこに行きたいのかも分からず、どこが居場所なのかも分からず、ただ闇雲に誰もいない場所を、空を目指して……
「あっ」
気付いた。
気付いてしまった。
超能力による私を持ち上げる力がピタリ止まる。ぽーんと、慣性で十数メートルをそのまま馬鹿みたいに舞って、再び落下し始める。
自由落下。このまま落ち続けて地面に激突すればどうなるかなんて小学生でも分かるというのに、頭の中はさっきの気付き、とっかかりを元に疑問の答えを導きだそうとくるくると回っている。
ああ、認めよう。認めるさ。私はずっと一人でいたい訳じゃない。孤独を愛している訳じゃない。存外、私は人肌恋しくなるタイプらしい。
だからと言ってアンタたちこの現の人間と一緒にいたいだなんて欠片ほども思っちゃいない。私は私を受け入れてくれる場所、こんな超能力を持ってなお、当たり前のように歓迎してくれる場所がいい。
もちろん、そんな場所は幻想郷にしかないわけで。
魔法使いが魔法を使うように、巫女が神秘の力を振るうように、私だってこの力を、超能力を自由に行使したい。
そうやって、自分でいられる場所、ありのままでいられる場所が、きっと私の居場所。こんなに自分のことをひた隠しにして、窮屈で、退屈で、こうやって自分を偽ってなきゃ生きていけないような、こんな場所。たとえ神様がここがお前の居場所だって言ったとしてもゴメンだわ。
落ちる。落ちる。
思考が廻る。巡る。
私は、人間ではないのかもしれない。
こんな超能力を生まれながらに使える人間がいるはずがない。
だったら、私は。
かつては音の反響を山彦と呼んだ。土蜘蛛が病を振りまいたとされた。そんな、人々の理解できないものを妖怪と呼んだ。ある種の人々によって共有された概念と言ってもいいかもしれない。
しかし、それらは科学の進歩によって否定された。けど、それで妖怪が生まれなくなったわけじゃない。
機械が生まれれば、それにいたずらする妖精『グレムリン』が飛行機乗りの間で噂された。学校が全国に出来た事で『学校の七不思議』が子供たちの間で生まれた。自意識の成長が、自分自身という存在への恐怖が『ドッペルゲンガー』という怪異を生み出した。映画に登場した化学兵器によって生まれる化け物『ゾンビ』の設定が常識のように人々の共通認識となった。
そして、きっと『超能力者』も、そんなものの一つ。漫画か、ゲームか、映画なのかは知らないが、誰もが想起して、『超能力者』という像を作り出した。皆が、そんな特別な力を持った存在を想起した結果、生まれたのが『超能力者』なのだとしたら。
……だったら、この私が幻想郷にいたって何の不思議も無いじゃない。
「聞け! この世界の人間どもよ!」
落下しながら叫ぶ。
周囲を見渡せば、私と同じ高さにビルがある。もうそこまで落ちてきたのだ。
高速で落下する中で叫んだところで、一体誰の耳に入るというのだろう。
そんなものは、決まっている。
私だ。
その言葉が、私という無自覚者を確固たる存在へ変える。あるべき姿、いるべき場所を想起させる。
さあ、叫べ。
その言葉を己に刻むのだ。
今こそ変えり、そして帰る時。
どこを現にするかなんて、そんなのは自分が決める。
お前は、なんだ?
「私は宇佐見菫子。泣く子も慄く最新の大妖怪、生まれ持っての超能力者だ!」
私は落ちて、堕ちた。
いや、堕ちてない。
私は、昇るんだ。