Coolier - 新生・東方創想話

現日記

2020/07/14 21:09:19
最終更新
サイズ
17.31KB
ページ数
5
閲覧数
2831
評価数
15/17
POINT
1560
Rate
17.61

分類タグ


○月×日 到達時刻 09:00

 今日、私はレイムッチ、マリサッチと空中レースをした。学校ではマラソンだの徒競走だのと足の速さを競わされることはよくあったし、決まっていつも後ろから数えた方が早いくらいには私は地上を走るのが苦手だった。だから私はキライだった。ルールの中で競わせて、超能力が使えない私を他の奴らと同じ土俵まで引きづり下ろされて枷をつけた状態で競わせて、足が遅いって、劣等だって事実を無理矢理作って叩きつけられてる気がしてた。
 でも、今日の空中レースは楽しかった。結局2人には負けちゃったけど、超能力で思うがまま空を飛んで、妨害したり妨害されたりしながら幻想郷の空を駆け抜けるのは楽しかった。
 それにしてもレイムッチって結構負けず嫌いなんだね。初めて知った。最初マリサッチからレースの話が出た時は全然乗り気じゃなかったのに、私が抜かそうとすると凄い量のお札を投げてきたし。無表情だったのにすごく怖かった^ ^;





 一説によると、寝ている時に見る夢というのは、脳が記憶を整理する作業を行う上での断片のようなもの、らしい。
 科学が進歩し、人間が脳味噌のどこで物事を考えるかということすら分かってきた現在でも、そのメカニズムの全ては未だ解明されていない。誰もが当たり前に日々使っているのに、その多くは謎に包まれた一番近くて遠いブラックボックス。それがきっと脳、なんだと思う。
 じゃあ私が夢の中で幻想郷にいる間、記憶の整理はいったいどうしているのだろうか。もしかして、いつか頭がパンクするんじゃないだろうか。整理されなくなった記憶はいつかみんな頭の中から出ていってしまうのではないか。
 だから私は記憶の整理のために、幻想郷の日々を日記に綴ることにした。最初はそんな実験半分恐怖半分といった気持ちで始めた日記だけど、今では日課として楽しんで書くようになった。今までブログとかSNSにそういうのを書く人の気持ちがよく分からなかったけど、今なら分かる。幻想郷の楽しい日々を記していると、その楽しさを再体験しているような、そんな気分になって、端的に言えば楽しい。
 だから昼休みに部室で一人、お弁当をつつきながらスマホ片手に自分が書いた日記をボーッと眺めてる。教室で一人で食べること自体にはもう何の抵抗もないけど、スマホを覗かれて面倒なこと聞かれるのも嫌だったし。
 ……こうして読んでいると、我ながら本当に幻想郷を満喫してるんだなぁ、と他人事のようにしみじみと感じてしまう。いや、ドッペルゲンガーに夢人格と、幻想郷にいる自分が本当に自分かって言われると自信はないところはあるが、それでも今現実にいる私には、ちゃんと幻想郷で過ごした記憶を持っている。
 それでも、思うがままに超能力を奮い、日記越しからも伝わってくる楽し気な文面からは、本当は幻想郷にいる自分が本当の自分、幻想郷こそが私のいるべき場所なんじゃないかと思ってしまう。
 と、そんな益体のないことをつらつらと考えていると、チャイムがなるのが聞こえた。昼休み明けの授業開始5分前になる、予冷のチャイム。体感以上にここで時間を潰していたらしい。
 私にとってのチャイムは授業と休み時間を区切る合図ではなく、もはや眠りにつく、つまり幻想郷へ行く子守歌だ。パブロフの犬がベルの音を聞いてよだれを垂らすように、私の体はチャイムの音を聞いて眠気を感じるようになるくらいに、授業と睡眠が結びついてしまっていた。授業開始とともに眠って幻想郷に訪れている私にとって、授業もチャイムもそんな認識でしかなくなっていた。
 だけど、この部室で寝るわけにはいかない。優良な成績を出していれば授業中の居眠りくらいのことには細かく言ってこない進学校でも、さすがに授業のサボりまでお咎めなしにはしてくれない。授業一回くらいならどうということもないと思うが、それでも留年も退学もごめんだ。
 周回遅れ、リタイア。そんな視線を、顔も覚えていない元クラスメイトから向けられるなんて、なんだかんだで負けず嫌いで跳ねっ帰りな自分が耐えられるとは到底思えない。
 眠ろうとする自分の体に鞭打って、なんとか体を起こし、部室を出て、廊下を歩き、教室の椅子へ座る。
 それと同時に、急速に瞼が重くなるのを感じる、午後一の授業開始を伝えるチャイムを聞いたかどうかハッキリしないまま、私の意識は現実を離れて……。





コメントは最後のページに表示されます。