ひとしきり笑い転げてから、妹紅は縁側で横になった。もぐもぐと口を動かした後、しかし彼女はすぐに起き上がった。
「やあ、月のかけらがまた落ちてきたよ」
誰に言うでもなく妹紅はつぶやいた。縁側を飛び出して光の尾っぽが見えるその場所までぺたぺたと駆けていく。
「あまり外に出すぎるんじゃないわよ」
「わかってるよ」
永琳はそう言うと、隣にいる輝夜にみかんを差し出した。
「薄い皮もとって」
「自分でやりなさいな」
「面倒なんだもの」
「妹紅に笑われますよ」
そこまで言うと輝夜は眉をひそめてみかんを受け取った。輝夜の反応も仕方がない。みんなみんな、今は何もかもが面倒なのだ。先程永琳が妹紅に心配をかけたのも、例えば何かに襲われた時に服を縫うのが面倒なのだ。被服担当の永琳はため息を付く。
「良いものだ。キレイ」
妹紅は噛みしめるようにそう言って、うなずきながら2年ぶりに縁側に帰ってきた。「キレイでしょう、ねえ」今度は縁側に並んでいるみなに見えるように、月のかけらを高く掲げる。
「そんなもの月なもんですか」
「なにおう」
「やめなさいよ」
永琳はみかんを妹紅に投げつけた。妹紅はそれを受け取りながら「わかってるよ」とぽっけにかけらを入れる。じゃらりと音が鳴った。
「せっかく私はみんなにキレイを見せてあげようとしたのに」
「もういい加減。最初は少し楽しかったけど。ねえ永琳、今ので何個目よ」
「14万2857個を超える頃から数えてないわ」
妹紅は永琳の背中に回る。肩を揉みしだいてやると「ういー」と永琳が鳴いた。
「私にも」
「お前はさっきやったろ」
「さっきってもうしばらく前じゃない」
「60年以内はさっきに入るんだよ」
「じゃああと35年待つわ。35年経ったら起こしてよ永琳」
「ういー」
そこから120年ほど経った頃、永琳は「ねえ、そろそろ輝夜を起こしたほうがいいんじゃない?」と声を上げた。「まだそんな経ってないでしょ」「でも空を見なさいな。月のかけらがまた落ちてきてるわ」「大変。ひろいに行かないと」
妹紅はぴょんと縁側を飛び降りる。永琳とは反対に、妹紅の凝り固まった体中の骨や筋肉が重機器のような音を立てて開放された。永琳は「ほぐれたほぐれた」と腕を回す。そろそろごはんの時間かしら。そう思い輝夜の肩を揺すった。
「ねえ輝夜、起きて。ごはんにしましょうよ」
「んあー」
「あなたが担当でしょ。早く拾ってきて」
「永琳が行ってー」
「だめですよ。みんなで決めたでしょう。担当になったらそれがどういう時でもどういう理由でも役目を全うすると。ほら、妹紅に肩を揉まれながら新しい服を縫ってたんです。これを着て行ってきて」
「お笑い担当、じゃなかった。お気遣い担当は何してるのよ。ついでに拾ってきてくれればいいのに。んもー」
かつての全盛期から何年時が経ったのか。彼女らの周りにはかつて永遠亭と呼ばれていた屋敷の縁側とギリギリ残っている迷うわけのない迷いの竹林、あとは妹紅が集めてくる月のかけら(と思われるもの)や永琳の縫う服が入っている、穴の方が多いたんすがあるだけであった。
「ねえみんな。キレイでしょう」
妹紅が月のかけらを持ってそれを高く掲げながら帰ってきた。永琳は「本当にね」とぶっきらぼうに答えみかんに視線を向ける。そして柔らかく頬を緩ませ、それを剥きはじめた。その表情はまるで我が子の世話をする母のようだ。何を隠そう、このみかんは永琳のもうひとりの相棒である。永遠を共にするための、過去の永琳が開発した固定のみかん。今永琳の手元には1つ、膝には2つ転がっているが、仮にこれを永琳が1つ食べたとする。永琳の体内にみかんは入り、しばらくすると消化される。その瞬間に、それがこの世から存在しなくなった瞬間に、永琳の膝のみかんは3つになる。個数がこの空間上に固定化されているので、そのみかんは減ることは永遠に無い。もちろん、原理は永琳にしか知り得ない。
「ところでなんでみかんなのよ。りんごでもキウイでもいいでしょうに」
「輝夜はそういうところがあるわね」
かつてそう問われた永琳はみかんを大事そうにむきながら、淡々とこう答えた。「だって世話が必要なんですもの」「見てて」「わこわことむくでしょ?」「筋をぴっぴと取って」「薄皮をむいてもいいわね。でも私はそのまま」「たまに種が入ってるのよ。愛おしい」「果実一粒一粒に表情があるのよ」「個として食べてもいいし集合として食べてもいい」「蠱惑的な形をしてるしね」輝夜だけではなく、その場に居たみなが永琳の変人っぷりを味わったエピソードである。
永琳がみかんを一つむいて、眺めて、取って、眺めて、むいて眺めて眺めて個集合味わい個個個個個集合個眺めと楽しんでいると、がさりと竹林が鳴いた。縁側に腰をかけたりかけなかったりしていた妹紅が怒りの声をあげる。「遅いぞ」「仕方ないじゃない」「95年は待った」「そんなわけないでしょ」
輝夜は先程の「んもー」から690年ぶりに縁側に座ると「ふひい」と鳴いた。その様子を見た妹紅は「ん、そういえば約束だったな」と輝夜の肩をもみ始める。「ういー」と輝夜が鳴く。永琳は黙ってそれを見る。しばらくそれらを楽しむ時が流れる。
「ねえ、何が取れた?」
33年経って永琳が輝夜に問いかけた。「きのみ」と輝夜が答える。「だからなんのきのみなの」永琳は輝夜の肩掛けカバンを無理矢理にひったくった。それを機に「もういいだろう」と妹紅は肩から手を離す。「ああんもっと」「もう終わりだ」「いけず」「何言ってる。これから食事だ、楽しい食事が始まるんだぞ」「そっか、そうね」妹紅は輝夜の隣に座る。それを黙って縁側に並べる。「食事は楽しみね」輝夜は1173年をかけてにっこりと笑った。妹紅と永琳はその笑顔の完成を待ってから「さて」と息を吐く。
「じゃあ並んで」
永琳が輝夜の肩掛けカバンをひっくり返した。中から出てきたのはエメラルドグリーン色のきのみが6個、ショッキングパープル色のきのみが28個。クロミアムオキサイドグリーンブリリアント色のきのみが8128個。「大量だ。やるじゃん」「しかも全部きりの良い数字だわ」みなは大いに喜ぶ。永琳はそれを四等分にしていく。途中妹紅が、エメラルドグリーン色2個とクロミアムオキサイドグリーンブリリアント色496個の交換を輝夜に要求した。この場では全て話し合いで交渉が行われる。妹紅が最後に言った「でもやっぱり緑ってだいたい一緒じゃん」という言葉が決め手となり、交渉は無事成功した。きっと、輝夜の奥底に眠っている乙女心に火を灯したのであろう。輝夜は満足そうにエメラルドグリーンを受け取っていた。三人は自身のきのみを2年かけて眺めた。
「やあ食事だ。隣に月のかけらを並べてみよう。キレイになるよ。どう永琳」
「さっきまでは質素だった食卓がとても華やかね。はい、それでは頂きましょう。ほら輝夜、お笑い担当を起こして」
「うん。ねえ起きて。ねえねえ」
輝夜は冒頭からずっと横になっていた八雲紫の体を揺する。永琳と妹紅は待ちきれない様子で紫が起きるのを待っている。
「ふわあ。起きましたわ」
「ねえ紫さん。紫さんが寝てからもう2020年も経ったのよ」
「え、そんな! でも、そんなこと言われても、私はまだ17歳なんですが……」
控えめに紫が言う。フェムトの時が流れて、それを聞いた三人はげらげらと笑い始めた。これだ、これが聞きたかったのだ。三人が笑いながら縁側をばんばんと叩くせいで、また縁側の面積が小さくなった。紫はそんな三人を満足そうに見て、置かれているきのみを飲み込んでから再び横になった。「おやすみー」「またねー」「また聞かせてね」。三人は寝息をたてる紫を見届けた後、先程の事を思い出してまたげらげらとした。
「ひー、ひー」「聞けてよかったわね」「今回も面白かったなあ」「だめ。また思い出し笑いしちゃう」妹紅と輝夜が交互に評価する。腹を抱えて震えていた永琳が顔を上げた。「ああ良かった、まだ生きられるわー。ねえ?」
妹紅と輝夜は頷いた。
「本当に。本当に」
「世界って、面白いわねえ」
「よかった。また生きてやりましょう」
三人は同じ空を見上げて、そう呟いた。
「やあ、月のかけらがまた落ちてきたよ」
誰に言うでもなく妹紅はつぶやいた。縁側を飛び出して光の尾っぽが見えるその場所までぺたぺたと駆けていく。
「あまり外に出すぎるんじゃないわよ」
「わかってるよ」
永琳はそう言うと、隣にいる輝夜にみかんを差し出した。
「薄い皮もとって」
「自分でやりなさいな」
「面倒なんだもの」
「妹紅に笑われますよ」
そこまで言うと輝夜は眉をひそめてみかんを受け取った。輝夜の反応も仕方がない。みんなみんな、今は何もかもが面倒なのだ。先程永琳が妹紅に心配をかけたのも、例えば何かに襲われた時に服を縫うのが面倒なのだ。被服担当の永琳はため息を付く。
「良いものだ。キレイ」
妹紅は噛みしめるようにそう言って、うなずきながら2年ぶりに縁側に帰ってきた。「キレイでしょう、ねえ」今度は縁側に並んでいるみなに見えるように、月のかけらを高く掲げる。
「そんなもの月なもんですか」
「なにおう」
「やめなさいよ」
永琳はみかんを妹紅に投げつけた。妹紅はそれを受け取りながら「わかってるよ」とぽっけにかけらを入れる。じゃらりと音が鳴った。
「せっかく私はみんなにキレイを見せてあげようとしたのに」
「もういい加減。最初は少し楽しかったけど。ねえ永琳、今ので何個目よ」
「14万2857個を超える頃から数えてないわ」
妹紅は永琳の背中に回る。肩を揉みしだいてやると「ういー」と永琳が鳴いた。
「私にも」
「お前はさっきやったろ」
「さっきってもうしばらく前じゃない」
「60年以内はさっきに入るんだよ」
「じゃああと35年待つわ。35年経ったら起こしてよ永琳」
「ういー」
そこから120年ほど経った頃、永琳は「ねえ、そろそろ輝夜を起こしたほうがいいんじゃない?」と声を上げた。「まだそんな経ってないでしょ」「でも空を見なさいな。月のかけらがまた落ちてきてるわ」「大変。ひろいに行かないと」
妹紅はぴょんと縁側を飛び降りる。永琳とは反対に、妹紅の凝り固まった体中の骨や筋肉が重機器のような音を立てて開放された。永琳は「ほぐれたほぐれた」と腕を回す。そろそろごはんの時間かしら。そう思い輝夜の肩を揺すった。
「ねえ輝夜、起きて。ごはんにしましょうよ」
「んあー」
「あなたが担当でしょ。早く拾ってきて」
「永琳が行ってー」
「だめですよ。みんなで決めたでしょう。担当になったらそれがどういう時でもどういう理由でも役目を全うすると。ほら、妹紅に肩を揉まれながら新しい服を縫ってたんです。これを着て行ってきて」
「お笑い担当、じゃなかった。お気遣い担当は何してるのよ。ついでに拾ってきてくれればいいのに。んもー」
かつての全盛期から何年時が経ったのか。彼女らの周りにはかつて永遠亭と呼ばれていた屋敷の縁側とギリギリ残っている迷うわけのない迷いの竹林、あとは妹紅が集めてくる月のかけら(と思われるもの)や永琳の縫う服が入っている、穴の方が多いたんすがあるだけであった。
「ねえみんな。キレイでしょう」
妹紅が月のかけらを持ってそれを高く掲げながら帰ってきた。永琳は「本当にね」とぶっきらぼうに答えみかんに視線を向ける。そして柔らかく頬を緩ませ、それを剥きはじめた。その表情はまるで我が子の世話をする母のようだ。何を隠そう、このみかんは永琳のもうひとりの相棒である。永遠を共にするための、過去の永琳が開発した固定のみかん。今永琳の手元には1つ、膝には2つ転がっているが、仮にこれを永琳が1つ食べたとする。永琳の体内にみかんは入り、しばらくすると消化される。その瞬間に、それがこの世から存在しなくなった瞬間に、永琳の膝のみかんは3つになる。個数がこの空間上に固定化されているので、そのみかんは減ることは永遠に無い。もちろん、原理は永琳にしか知り得ない。
「ところでなんでみかんなのよ。りんごでもキウイでもいいでしょうに」
「輝夜はそういうところがあるわね」
かつてそう問われた永琳はみかんを大事そうにむきながら、淡々とこう答えた。「だって世話が必要なんですもの」「見てて」「わこわことむくでしょ?」「筋をぴっぴと取って」「薄皮をむいてもいいわね。でも私はそのまま」「たまに種が入ってるのよ。愛おしい」「果実一粒一粒に表情があるのよ」「個として食べてもいいし集合として食べてもいい」「蠱惑的な形をしてるしね」輝夜だけではなく、その場に居たみなが永琳の変人っぷりを味わったエピソードである。
永琳がみかんを一つむいて、眺めて、取って、眺めて、むいて眺めて眺めて個集合味わい個個個個個集合個眺めと楽しんでいると、がさりと竹林が鳴いた。縁側に腰をかけたりかけなかったりしていた妹紅が怒りの声をあげる。「遅いぞ」「仕方ないじゃない」「95年は待った」「そんなわけないでしょ」
輝夜は先程の「んもー」から690年ぶりに縁側に座ると「ふひい」と鳴いた。その様子を見た妹紅は「ん、そういえば約束だったな」と輝夜の肩をもみ始める。「ういー」と輝夜が鳴く。永琳は黙ってそれを見る。しばらくそれらを楽しむ時が流れる。
「ねえ、何が取れた?」
33年経って永琳が輝夜に問いかけた。「きのみ」と輝夜が答える。「だからなんのきのみなの」永琳は輝夜の肩掛けカバンを無理矢理にひったくった。それを機に「もういいだろう」と妹紅は肩から手を離す。「ああんもっと」「もう終わりだ」「いけず」「何言ってる。これから食事だ、楽しい食事が始まるんだぞ」「そっか、そうね」妹紅は輝夜の隣に座る。それを黙って縁側に並べる。「食事は楽しみね」輝夜は1173年をかけてにっこりと笑った。妹紅と永琳はその笑顔の完成を待ってから「さて」と息を吐く。
「じゃあ並んで」
永琳が輝夜の肩掛けカバンをひっくり返した。中から出てきたのはエメラルドグリーン色のきのみが6個、ショッキングパープル色のきのみが28個。クロミアムオキサイドグリーンブリリアント色のきのみが8128個。「大量だ。やるじゃん」「しかも全部きりの良い数字だわ」みなは大いに喜ぶ。永琳はそれを四等分にしていく。途中妹紅が、エメラルドグリーン色2個とクロミアムオキサイドグリーンブリリアント色496個の交換を輝夜に要求した。この場では全て話し合いで交渉が行われる。妹紅が最後に言った「でもやっぱり緑ってだいたい一緒じゃん」という言葉が決め手となり、交渉は無事成功した。きっと、輝夜の奥底に眠っている乙女心に火を灯したのであろう。輝夜は満足そうにエメラルドグリーンを受け取っていた。三人は自身のきのみを2年かけて眺めた。
「やあ食事だ。隣に月のかけらを並べてみよう。キレイになるよ。どう永琳」
「さっきまでは質素だった食卓がとても華やかね。はい、それでは頂きましょう。ほら輝夜、お笑い担当を起こして」
「うん。ねえ起きて。ねえねえ」
輝夜は冒頭からずっと横になっていた八雲紫の体を揺する。永琳と妹紅は待ちきれない様子で紫が起きるのを待っている。
「ふわあ。起きましたわ」
「ねえ紫さん。紫さんが寝てからもう2020年も経ったのよ」
「え、そんな! でも、そんなこと言われても、私はまだ17歳なんですが……」
控えめに紫が言う。フェムトの時が流れて、それを聞いた三人はげらげらと笑い始めた。これだ、これが聞きたかったのだ。三人が笑いながら縁側をばんばんと叩くせいで、また縁側の面積が小さくなった。紫はそんな三人を満足そうに見て、置かれているきのみを飲み込んでから再び横になった。「おやすみー」「またねー」「また聞かせてね」。三人は寝息をたてる紫を見届けた後、先程の事を思い出してまたげらげらとした。
「ひー、ひー」「聞けてよかったわね」「今回も面白かったなあ」「だめ。また思い出し笑いしちゃう」妹紅と輝夜が交互に評価する。腹を抱えて震えていた永琳が顔を上げた。「ああ良かった、まだ生きられるわー。ねえ?」
妹紅と輝夜は頷いた。
「本当に。本当に」
「世界って、面白いわねえ」
「よかった。また生きてやりましょう」
三人は同じ空を見上げて、そう呟いた。
理解はできませんでしたが、なぜか終始楽しかったです。
分からないところだらけですが、とても良かったです。
固定のみかんも永琳が実際開発しそうな妙な塩梅で良かったです
擬音とか色彩とか何気ない所々の表現に印象に残るものがあって全体の不思議雰囲気により一層深みが生まれているようでした みんなノリが良くてかわいい…混ざりたくはないけど