この身は不死とは縁なく、三十歳に満たずに死ぬと運命付けられた有限の命だ。
そのせいか他者と比べると体が弱く、幼い頃はよく風邪を患い喘息に悩まされて生きてきた。だから埃や花粉といったものには人一倍に敏感で、とにかく部屋は綺麗にしておかないと気が済まない。これは潔癖症というよりも、そうしないと生き難い――というよりも物理的に息苦しい為だ。当時は線香の煙ですらも喉の奥が掠れてくるから、今になっても線香の臭いは苦手だったりする。
そして人里では今、由々しき事態が起きていた。
右を向いても、左を向いても、誰かが煙を吸っては吐き捨てる。御手製の棒状のものを咥えて、ぷかぷかと煙草を吸っては、あゝ今日も私は生きている。と満面の笑顔を浮かべてみせた。その顔は見ているだけでも胸が苛立ち、喉が掠れてくる。特に許せないのは私の前を悠々と歩く輩であり、わざとなのか、なんなのか、周りを気にせず、唐突に棒状の物を咥えては火を点ける。悠々と笑顔を見せながら、煙を口から吐き出した。その後ろを通る誰かのことなんてお構いなしだ。コホコホと咳をすれば、なんだてめぇは、あてつけか? と睨みつけられる。そして度胸なしの私は、そそくさと彼らか申し訳なさそうにしながら距離を置かざる得ないのだ。
煙草を吸う奴が道のど真ん中を歩き、煙草を吸えない、吸わない奴が道の端へと追いやられる。
嗚呼、嫌だ。どうしてこんなに肩身の狭い想いをしなくてはならないのか。
私、稗田阿求は煙草が大嫌いだ。苛立ちに酒を呷る。
幼い頃、私は田畑の周りが嫌いだった。
特に秋から冬にかけては足を運びたいとも思わない。何故かと聞かれれば、それは田畑で出た枯れた植物等を焼いていることが多い為だ。その時に出た煙を思いっきり吸い込んでしまって、喘息で呼吸ができなくなったことがトラウマで今でも田畑には苦手意識を持っている。それでも田畑に足を運ぶのは人里が煙草の煙で包まれてしまっている為だ。
煙管を片手に大股開いた輩が通りのど真ん中で堂々と煙草を吸えば、如何に其の者が煙草の灰を自前のケースで処理していたとしても、それを真似した若者が格好いいからとか、そんな理由で格好いい部分だけを真似して吸い始める。そして人里では至る所で吸い殻が捨てられるようになった。まだ火が点いている吸い殻を塵に捨てて、ボヤ騒ぎになったことも何度もある。そういったことは当人の問題であると見て見ぬふりで、問題を起こさなければいいんだと大股開いて煙草をぷかぷか吸い続ける。周りに迷惑をかけなきゃ何をやっても良いんだ、と真昼間から顔を真っ赤にして酒を飲む連中と似た臭いを漂わせていた。ヤニ臭いにおいを身に纏わせている歩く公害が何を言っているのやら。ああ、そうだ。自分の臭いは自分では分からないだった、こりゃ失敬。
畦道を散歩していると向かい側から煙草を蒸した輩が現れて、綺麗な空気で吸う煙草は美味い! と馬鹿笑いを上げていた。
それを見て、私はそそくさと行く道を変える。
私は過分に、過剰に煙草が嫌いだ。
奴らが私に配慮しないのに、私が奴らに配慮して、言葉を選ぶ必要はなかった。
ただひたすらに私は煙草が大嫌いだ。
だから酒を呷る。
何処も彼処も煙草を吸う連中で満ちている。
煙草が流行った影響か、外食する時、お気に入りの店の壁に焦げ茶色の染みが目立つようになった。屋内では常に煙が充満しており、煙草の臭いが染み付いてしまった。美味しいはずの食事も煙草の臭いと混じり、味が濁っているように感じられた。それは気のせいかもしれない。しかし食事中であるにも関わらず、料理の肴と言わんばかりにぱかすかと煙草を吸い続ける輩に嫌気がさして、料理は半分以上も残して席を立った。釣りはいらない、と机に金銭だけを置いて店を出た。それからしばらく、その店には足を運ばない。
世界が煙草に支配されている、人里が煙草に侵食されている。
それはある意味で紅霧異変を彷彿とさせるようで、もういっそ異変として巫女に依頼でもしようかと思うほどだった。根本的な解決にはならないことを知っているが、いやはや、しかし、この煙草ブームの発端をとある伝手から私は知っているのだ。
情報源は本居小鈴、そして黒幕は――
「あんまり顰めっ面を続けておると老けるぞ」
――二ッ岩マミゾウだ。
「偶には付き合わぬか? 良い酒が入ったのでな、誰かに奢りたい気分なんじゃ」
私は酒を飲むことは好きだ。酒を飲む時は味わうようにして、ゆっくりと静かに飲むのを好んでいた。
酒瓶に口を付けて、浴びるようにして飲むのは下品だと考えている。それは宴会であっても同じことであり、飲むには飲むし、騒ぎもするが、ただ酔いたいだけの連中に高い酒を渡すのだけは絶対に嫌だった。それは紅魔館の当主であるレミリアも同じようで、酔う為の酒と味わう為の酒を別々に用意していたりする。
マミゾウ邸。その縁側に腰を下ろして、ほっとひと息を吐くように酒を口に付ける。
その隣でマミゾウは煙管を片手に煙を吹いた。
煙草は嫌いだ、その臭いすらも嫌いだ。
積もりに積もった想いは心に根を張り、嫌悪感は固定観念として定着してしまった。
だから煙草は嫌いだ。その想いが変わることはない。
ただ煙草を吹かすマミゾウには他とは違う想いを抱いている。
いや、無論、嫌いだ。本人の望む望まず煙草を流行らせた悪行は御阿礼の子の伝手を使ってでも閻魔大王に地獄判決を下させてやる、と決意する程度には嫌いだ。妖怪相手に地獄だとか、天国だとか、そういう場所が用意されているとも思えないけど。
マミゾウは煙管の先に火を灯すと、その端に口を付けて、ゆっくりと味わうように肺に煙を溜め込んだ。そして静かに細く息を吐き出すように、ふぅーっと煙を空気中に四散させる。その姿は確かに格好良くて気障っぽい。なにより優雅だった。似たようなことを小鈴がしようとした時、涙を流しながら噎せてしまったことを覚えている。それを盛大に笑い飛ばしてしまってから小鈴は数日、口を利いてくれなくなり、煙草にも手を付けなくなった。曰く、本が汚れるからだとか。そんなことを口先を尖らせながら言っていた。
余談になるが鈴奈庵は火気厳禁、親にも怒られたという事情もあるそうな。
マミゾウが煙草を吸う仕草が鼻に付かないのは、きっと共感できるからだと思った。
私は煙草を吸わないが酒は好きだ。しかし酒は嗜む程度で、何処ぞの鬼のように常日頃から酒を酔うような真似はしない。そして、その酒飲みは周りからは嫌悪されることが多く、よく見知った仲であっても仕方ないな。と愛嬌で許されているというのが実情だ。なんだかんだで酒臭い、絡みがうざい。といったこと以外に実害はないし、彼女は彼女で酔い慣れており、迷惑のかけ方というのを心得ている。甘えられる相手を選んでいる、とも云える。
煙草の場合も実害は出る。煙たいし、うざいし、街が汚れる。これがただ一人だけで良いなら気にすることもないだろうが、人里全員で同じことをされると被害は大きくなる。なによりも酒は駄目だが煙草は大丈夫という謎の理屈から何処彼構わずに煙草を吸う連中が多すぎた。酒だって他に迷惑をかけなければ真昼間から飲んでも良いのだ。ただ、それが目に余るから制限されるだけの話だ。そして煙草を吸う連中は明らかに限度を超えていた。
自制できないのであれば制限するしかない、そして制限するだけで駄目なら規制するしかない。
「そういえば、知っておるか? 竹林の方では喫煙所と呼ばれるものが流行っているようだの」
藤原妹紅は重度のヘビースモーカーとして知られている。
他人に迷惑を掛けないならば、というよりも、自分は健康とか関係ないから、という理由で吸っている。
そして喫煙所は文明人が集まる場所として知られているようだ。
これは使える、と思った。
思い立ったが吉日、マミゾウに感謝の言葉を伝えた私は足早に屋敷へと戻った。
その足で喫煙無法者を撲滅する為、稗田家の力を使って全力で情報操作に力を注いだ。
キャッチフレーズは……そうですね。こんなのは如何でしょうか?
――喫煙所は文明人の拠り所!
ああ、これは笑える。楽しくなってきた。
いや、しかし、何処ぞ彼処で御構いなしに煙草を吸うよりも、きちんと法整備をしてやってモラルに従わせる方が遥かに文明人と呼べるのではないだろうか? 自制していた喫煙者の諸君、恨むなら自分勝手に煙草を吸い続けていた連中を恨んで欲しい。酒中毒に嫌気が差していた人間が、酒を自粛しろと言うように、煙草中毒に嫌気を差していた連中が煙草を自粛しろと言った。煙草が体に悪いとか、そういうのは動機付けに過ぎない。今までは煙草を好む人間の方が多かったが、今となっては煙草を嫌う人間の方が多くなったというだけの話。つまり無法者が今の状況を生み出したのだ。
本当に周りに迷惑を掛けていないのであれば、ここまで情報が早く広まったりしなかったはずである。
つまるところ自業自得、今や喫煙所は喫煙者共の豚小屋だ。
時と場合と場所を弁えろ、酒だってでしょう?
お前達は度が過ぎたんだ。
今日は良い酒が飲めそうだ、と久方ぶりに煙草の臭いのしない世の中に乾杯を告げる。
たったひとりの祝杯を楽しんでいると、ふと煙草の臭いが鼻を突いた。
「ちと性急過ぎたのではなかったかの?」
「いいえ、これで良いんですよ」
酒を啜る。そして細めた目でマミゾウを見つめる。
「お酒は飲む場所と飲み方で価値が変わるのですから煙草だってそうでしょう? 下品な吸い方をしてるから見るに見兼ねた連中に咎められただけの話ですよ」
「そのおかげで儂らは肩身が狭くなったがの〜」
「それまでずっと私達は肩身が狭かったんですよ。これは革命のようなもの、今まで抑え付けてきたものが噴出しただけの話なんですよ」
煙草を好む人には分からないでしょうけどね、と添える。
正直、ここまで上手くいくとは思っていなかった。上手くいったということは私と同じように煙草をよく思わない人が多かったということだ。大義名分を得た途端に、こんな簡単に情勢がひっくり返ったことがその証左だ。もっと皆が皆、マミゾウのように嗜好品のように煙草を吸っていたのであれば、ここまでにはならなかったと思っている。料亭の分煙も喫煙室ではなくて、禁煙室になっていたはずだ。
煙草無法者にとって、煙草は日用品。私が酒を日用品として好むのと同じように、ああ酒が美味い!
そのせいか他者と比べると体が弱く、幼い頃はよく風邪を患い喘息に悩まされて生きてきた。だから埃や花粉といったものには人一倍に敏感で、とにかく部屋は綺麗にしておかないと気が済まない。これは潔癖症というよりも、そうしないと生き難い――というよりも物理的に息苦しい為だ。当時は線香の煙ですらも喉の奥が掠れてくるから、今になっても線香の臭いは苦手だったりする。
そして人里では今、由々しき事態が起きていた。
右を向いても、左を向いても、誰かが煙を吸っては吐き捨てる。御手製の棒状のものを咥えて、ぷかぷかと煙草を吸っては、あゝ今日も私は生きている。と満面の笑顔を浮かべてみせた。その顔は見ているだけでも胸が苛立ち、喉が掠れてくる。特に許せないのは私の前を悠々と歩く輩であり、わざとなのか、なんなのか、周りを気にせず、唐突に棒状の物を咥えては火を点ける。悠々と笑顔を見せながら、煙を口から吐き出した。その後ろを通る誰かのことなんてお構いなしだ。コホコホと咳をすれば、なんだてめぇは、あてつけか? と睨みつけられる。そして度胸なしの私は、そそくさと彼らか申し訳なさそうにしながら距離を置かざる得ないのだ。
煙草を吸う奴が道のど真ん中を歩き、煙草を吸えない、吸わない奴が道の端へと追いやられる。
嗚呼、嫌だ。どうしてこんなに肩身の狭い想いをしなくてはならないのか。
私、稗田阿求は煙草が大嫌いだ。苛立ちに酒を呷る。
幼い頃、私は田畑の周りが嫌いだった。
特に秋から冬にかけては足を運びたいとも思わない。何故かと聞かれれば、それは田畑で出た枯れた植物等を焼いていることが多い為だ。その時に出た煙を思いっきり吸い込んでしまって、喘息で呼吸ができなくなったことがトラウマで今でも田畑には苦手意識を持っている。それでも田畑に足を運ぶのは人里が煙草の煙で包まれてしまっている為だ。
煙管を片手に大股開いた輩が通りのど真ん中で堂々と煙草を吸えば、如何に其の者が煙草の灰を自前のケースで処理していたとしても、それを真似した若者が格好いいからとか、そんな理由で格好いい部分だけを真似して吸い始める。そして人里では至る所で吸い殻が捨てられるようになった。まだ火が点いている吸い殻を塵に捨てて、ボヤ騒ぎになったことも何度もある。そういったことは当人の問題であると見て見ぬふりで、問題を起こさなければいいんだと大股開いて煙草をぷかぷか吸い続ける。周りに迷惑をかけなきゃ何をやっても良いんだ、と真昼間から顔を真っ赤にして酒を飲む連中と似た臭いを漂わせていた。ヤニ臭いにおいを身に纏わせている歩く公害が何を言っているのやら。ああ、そうだ。自分の臭いは自分では分からないだった、こりゃ失敬。
畦道を散歩していると向かい側から煙草を蒸した輩が現れて、綺麗な空気で吸う煙草は美味い! と馬鹿笑いを上げていた。
それを見て、私はそそくさと行く道を変える。
私は過分に、過剰に煙草が嫌いだ。
奴らが私に配慮しないのに、私が奴らに配慮して、言葉を選ぶ必要はなかった。
ただひたすらに私は煙草が大嫌いだ。
だから酒を呷る。
何処も彼処も煙草を吸う連中で満ちている。
煙草が流行った影響か、外食する時、お気に入りの店の壁に焦げ茶色の染みが目立つようになった。屋内では常に煙が充満しており、煙草の臭いが染み付いてしまった。美味しいはずの食事も煙草の臭いと混じり、味が濁っているように感じられた。それは気のせいかもしれない。しかし食事中であるにも関わらず、料理の肴と言わんばかりにぱかすかと煙草を吸い続ける輩に嫌気がさして、料理は半分以上も残して席を立った。釣りはいらない、と机に金銭だけを置いて店を出た。それからしばらく、その店には足を運ばない。
世界が煙草に支配されている、人里が煙草に侵食されている。
それはある意味で紅霧異変を彷彿とさせるようで、もういっそ異変として巫女に依頼でもしようかと思うほどだった。根本的な解決にはならないことを知っているが、いやはや、しかし、この煙草ブームの発端をとある伝手から私は知っているのだ。
情報源は本居小鈴、そして黒幕は――
「あんまり顰めっ面を続けておると老けるぞ」
――二ッ岩マミゾウだ。
「偶には付き合わぬか? 良い酒が入ったのでな、誰かに奢りたい気分なんじゃ」
私は酒を飲むことは好きだ。酒を飲む時は味わうようにして、ゆっくりと静かに飲むのを好んでいた。
酒瓶に口を付けて、浴びるようにして飲むのは下品だと考えている。それは宴会であっても同じことであり、飲むには飲むし、騒ぎもするが、ただ酔いたいだけの連中に高い酒を渡すのだけは絶対に嫌だった。それは紅魔館の当主であるレミリアも同じようで、酔う為の酒と味わう為の酒を別々に用意していたりする。
マミゾウ邸。その縁側に腰を下ろして、ほっとひと息を吐くように酒を口に付ける。
その隣でマミゾウは煙管を片手に煙を吹いた。
煙草は嫌いだ、その臭いすらも嫌いだ。
積もりに積もった想いは心に根を張り、嫌悪感は固定観念として定着してしまった。
だから煙草は嫌いだ。その想いが変わることはない。
ただ煙草を吹かすマミゾウには他とは違う想いを抱いている。
いや、無論、嫌いだ。本人の望む望まず煙草を流行らせた悪行は御阿礼の子の伝手を使ってでも閻魔大王に地獄判決を下させてやる、と決意する程度には嫌いだ。妖怪相手に地獄だとか、天国だとか、そういう場所が用意されているとも思えないけど。
マミゾウは煙管の先に火を灯すと、その端に口を付けて、ゆっくりと味わうように肺に煙を溜め込んだ。そして静かに細く息を吐き出すように、ふぅーっと煙を空気中に四散させる。その姿は確かに格好良くて気障っぽい。なにより優雅だった。似たようなことを小鈴がしようとした時、涙を流しながら噎せてしまったことを覚えている。それを盛大に笑い飛ばしてしまってから小鈴は数日、口を利いてくれなくなり、煙草にも手を付けなくなった。曰く、本が汚れるからだとか。そんなことを口先を尖らせながら言っていた。
余談になるが鈴奈庵は火気厳禁、親にも怒られたという事情もあるそうな。
マミゾウが煙草を吸う仕草が鼻に付かないのは、きっと共感できるからだと思った。
私は煙草を吸わないが酒は好きだ。しかし酒は嗜む程度で、何処ぞの鬼のように常日頃から酒を酔うような真似はしない。そして、その酒飲みは周りからは嫌悪されることが多く、よく見知った仲であっても仕方ないな。と愛嬌で許されているというのが実情だ。なんだかんだで酒臭い、絡みがうざい。といったこと以外に実害はないし、彼女は彼女で酔い慣れており、迷惑のかけ方というのを心得ている。甘えられる相手を選んでいる、とも云える。
煙草の場合も実害は出る。煙たいし、うざいし、街が汚れる。これがただ一人だけで良いなら気にすることもないだろうが、人里全員で同じことをされると被害は大きくなる。なによりも酒は駄目だが煙草は大丈夫という謎の理屈から何処彼構わずに煙草を吸う連中が多すぎた。酒だって他に迷惑をかけなければ真昼間から飲んでも良いのだ。ただ、それが目に余るから制限されるだけの話だ。そして煙草を吸う連中は明らかに限度を超えていた。
自制できないのであれば制限するしかない、そして制限するだけで駄目なら規制するしかない。
「そういえば、知っておるか? 竹林の方では喫煙所と呼ばれるものが流行っているようだの」
藤原妹紅は重度のヘビースモーカーとして知られている。
他人に迷惑を掛けないならば、というよりも、自分は健康とか関係ないから、という理由で吸っている。
そして喫煙所は文明人が集まる場所として知られているようだ。
これは使える、と思った。
思い立ったが吉日、マミゾウに感謝の言葉を伝えた私は足早に屋敷へと戻った。
その足で喫煙無法者を撲滅する為、稗田家の力を使って全力で情報操作に力を注いだ。
キャッチフレーズは……そうですね。こんなのは如何でしょうか?
――喫煙所は文明人の拠り所!
ああ、これは笑える。楽しくなってきた。
いや、しかし、何処ぞ彼処で御構いなしに煙草を吸うよりも、きちんと法整備をしてやってモラルに従わせる方が遥かに文明人と呼べるのではないだろうか? 自制していた喫煙者の諸君、恨むなら自分勝手に煙草を吸い続けていた連中を恨んで欲しい。酒中毒に嫌気が差していた人間が、酒を自粛しろと言うように、煙草中毒に嫌気を差していた連中が煙草を自粛しろと言った。煙草が体に悪いとか、そういうのは動機付けに過ぎない。今までは煙草を好む人間の方が多かったが、今となっては煙草を嫌う人間の方が多くなったというだけの話。つまり無法者が今の状況を生み出したのだ。
本当に周りに迷惑を掛けていないのであれば、ここまで情報が早く広まったりしなかったはずである。
つまるところ自業自得、今や喫煙所は喫煙者共の豚小屋だ。
時と場合と場所を弁えろ、酒だってでしょう?
お前達は度が過ぎたんだ。
今日は良い酒が飲めそうだ、と久方ぶりに煙草の臭いのしない世の中に乾杯を告げる。
たったひとりの祝杯を楽しんでいると、ふと煙草の臭いが鼻を突いた。
「ちと性急過ぎたのではなかったかの?」
「いいえ、これで良いんですよ」
酒を啜る。そして細めた目でマミゾウを見つめる。
「お酒は飲む場所と飲み方で価値が変わるのですから煙草だってそうでしょう? 下品な吸い方をしてるから見るに見兼ねた連中に咎められただけの話ですよ」
「そのおかげで儂らは肩身が狭くなったがの〜」
「それまでずっと私達は肩身が狭かったんですよ。これは革命のようなもの、今まで抑え付けてきたものが噴出しただけの話なんですよ」
煙草を好む人には分からないでしょうけどね、と添える。
正直、ここまで上手くいくとは思っていなかった。上手くいったということは私と同じように煙草をよく思わない人が多かったということだ。大義名分を得た途端に、こんな簡単に情勢がひっくり返ったことがその証左だ。もっと皆が皆、マミゾウのように嗜好品のように煙草を吸っていたのであれば、ここまでにはならなかったと思っている。料亭の分煙も喫煙室ではなくて、禁煙室になっていたはずだ。
煙草無法者にとって、煙草は日用品。私が酒を日用品として好むのと同じように、ああ酒が美味い!
煙草すってないけど煙草の臭いしそう
酒のうまさを知る阿求ですが、いつか煙草も吸うようになったら面白いと思いました
それにしてもけむい