Coolier - 新生・東方創想話

旧今雨夜~怪綺妖縁~

2020/01/27 17:50:16
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Mystic Square Side

―玄武の沢
 妖怪の山の麓、霧の湖の畔にある不思議な地形の沢。
 かつて、妖怪の山が荒ぶる火山だった頃、その溶岩が冷えて固まることで、玄武岩の六角形柱状結節が並び立つ奇妙な地形を作り上げた。
 玄武岩の柱状結節が乱立するこの沢には無数の洞窟がある。
 その中でも最も巨大な洞窟―そこに沢の主である玄武の大亀を祀った祠があり、それが玄武の沢と呼ばれる所以である。
 その洞窟の前に一つの人影があった。
 癖のある金髪を片側だけお下げに垂らして白いリボンで留め、同じく白いリボンのついた黒い三角帽を被り、真っ黒なローブを着込んだ少女。
 いくつものゴツゴツした岩塊の中、川のせせらぎが響きわたる。
 その涼やかな風景とは対照的に、その少女―霧雨魔理沙は額に汗を浮かべており、八角形の炉を持った手の袖でそれを拭った。
 魔理沙はライバルの博麗霊夢を打倒するために、新たな魔法の特訓をしている真っ最中である。
 その前にはもう一つの人影が足音もなく姿を現す。
 流れるような長い緑髪の上に青い三角帽をかぶり、青を基調した洋服に同色のマントを羽織り、帽子に描かれた太陽や胸元のリボンは黄色と、青を地に黄色をアクセントとした装いをした女性。
 手には三日月を象った杖を持ち、帽子と同じデザインのスカートからは足ではなく幽霊の尾が覗いていた。
「魔理沙。次はこれを撃ちなさい」
 その人物が身長の倍はあろうかという玄武岩の塊を杖でさす。
「魅魔、それはいくらなんでも……」
―大きすぎる。こんな岩、本当に魔砲で砕けるのか?
 少なくとも今の魔理沙には不可能に思えた。
 彼女は魅魔。魔理沙の魔術の師匠であり、育ての親でもある。
 八卦炉を構え、固形化した化け物茸を投入。
 そして魔力を八卦炉に集中する。
 八卦炉から黄色い発射された魔砲が岩に刺さり、鈍い音と共に黒い煙が上がる。
 しかし、焦げ後と小さなヒビが入っただけで、岩はびくともしない。
 ふと視線をふると、先ほどまで魅魔がいた場所には誰もいなかった。
「ひゃう?!」
 背中に柔らかいものが押し当てられ、まるで後ろから抱きすくめるように八卦炉に手が添えられる。
「おかしな声を出すんじゃないよ」
 耳元から響く魅魔の声。
―温かい……。
 一般的な幽霊は冷たく実体を持たないが、魅魔のような怨霊や神霊は幽霊の一種だが実体があって熱を持つ。
 そして、その熱量は神霊なら信仰の多さ、怨霊なら怨念の強さに比例する。
 さきほどから、魔理沙の手に添えられた魅魔の手や、背中に触れるその躰からは魔力と共に伝わってくる温もり。
 魅魔の熱は本来なら禍々しい怨念の炎の産物であるが、魔理沙にとってはずっと慈しみ育んでくれた温もりだった。
―魅魔様……。
 同じ女であるはずなのに、背中に押し当てられている柔らかい感触に少しどきどきする魔理沙。
「ほら、ぼーっとしてないでこれでもう一度撃ってみな」
 魅魔の声に我に返る。背中越しに添えられた魅魔の手からその魔力が上乗せされ、八卦炉には見たこともない量の魔力が充填されていた。
 魔砲を受けて、さっきまでびくともしなかった岩が轟音と共に岩が砕け散る。
「実戦で使うならせめてこれぐらいの威力は欲しいところだねえ」
「さ、次はあの岩だよ」
 体を離した魅魔が先ほどの岩とほぼ同じ大きさの別の岩を指さす。
 魔理沙は再び繰り返し魔砲を放つが、やはり小さなヒビと焦げ痕を付けて黒い煙があがるだけで、岩はびくともしない。
 魅魔が小さく息をため息をつき、魔理沙もそれに気付いて歯噛みする。
―霊夢に勝つにはもっと強力な魔法が必要なのに。魔法の森ではもっと強力に撃てたはずなのに……。
「ちょっとぉ。人が折角偵察してやってるんだからもっとこっちの参考になる特訓をしなさいよ」
 岩陰からさらにもう一つの影。
 癖のある緑のショートボブの髪に、真紅の瞳。白地に赤のチェック柄のベストとズボンを穿き、胸元には黄色いリボンつけ、手には白い日傘。
―イヤな奴がきやがったな。
 魔理沙が顔を顰める。
 彼女は周辺最強と言われる妖怪・風見幽香。
 昨年の夏、配下の妖怪を使って博麗神社にちょっかいを出したときは、霊夢と魔理沙で幽香の本拠地である夢幻館に攻め込んだこともあった。
 魅魔が幽香を見て微笑む。
「さっきからバレバレよ」
「あなたに隠し事は出来ないわね」
 幽香は魅魔が旧地獄に封じられる前からの旧友であり、二人が親しくしている様子が魔理沙には面白くなかった。
「わたしに負けたくせに偉そうに……」
 幽香は見下し笑いを浮かべる。
「わたしはあなたに負けたんじゃない。博麗霊夢に負けたのよ」
 幽香が持っていた日傘の先端を日傘を魔理沙が撃っていた岩に向ける。
 先端から緑色の魔砲が発射され、岩は一瞬で粉砕された。
「こんな岩一つ砕けない小娘にわたしが負けるなんてあり得ないわね」
 幽香を睨み付ける魔理沙。
「幽香。わたしの弟子を虐めないでよ」
「しょうがないじゃない。弱い者虐めはわたしの趣味なんだもの」
 戯けた顔で手を掲げて見せる幽香。
「それでもダ~メ。わたしは今、あんたよりこの子の方が大事なんだから」
 魅魔が帽子の上からぐりぐりと魔理沙の頭を撫でる。
 帽子で隠れた下で、魔理沙の顔が緩んでいく。
「魔理沙。次はあの岩を……」
 川から頭を出していた丸い岩を杖で指して、魅魔がそう言いかけたとき。
「玄爺!やっぱりこっちにいたのね」
 妖怪の樹海の獣道から紅白の人影がやってくる。
  艶やかな黒髪を左右耳の下で白い髪飾りで留め、後頭部には赤く大きなリボン、白い着物の下には赤いスカートを穿いた少女。
 彼女が魔理沙がライバル視している博麗神社の巫女・博麗霊夢である。
「神社の横の池にいつもいてって言ってあるじゃない!」
 すると魅魔が先ほど指さした岩が持ち上がって脇から小さな顔が出てきた。
 霊夢以外の三人が驚く中、その岩が喋り出す。
「御主人様、しかしわたしはここの主で、ずっと留守にするわけにもいかんのですじゃ」
 ようやく状況が理解できた。
 この亀は玄爺。霊夢をいつも乗せて飛んでいる大亀で、玄武洞の祠に祀られている玄武の沢の主である。
「特に今は洞を見張っておかねばならんときですからの」
 玄爺の視線の先には、玄武鎮護と書かれたお札が何枚も貼られた大きな洞窟の入口があった。
 この洞窟―玄武洞の奥には玄武を祀った祠があり、その奥にはここを根城にしている河童達が禁術で空けた異世界に通じる穴があった。
 霊夢も玄爺の視線の先に目を向ける。
「まあいいわ。どうせ目的地はここだったから」
「霊夢。そろそろ来る頃だと思っていたわ」
 魅魔が杖を肩に掛け、全員に向かって話し始める。
「いい具合に役者も揃ったことだし、話を始めるわね」
 杖で川縁に転がる黒い塊を指す魅魔。
「霊夢。こっちに来た用事はそれでしょ?」
 よくみると沢のあちこちにそれは転がっている。
「確かにここから湧いて出てきた魔物が周辺を荒らしているのをどうにかするために来たのだけれど……。なんでこんな有様になってるわけ?」
 魅魔が再び杖を肩にかけ直して自分の肩を叩き始める。
「ちょうどいいから魔理沙の新魔法の実験台になってもらったのよ」
 魔理沙も魅魔の横に並んで箒を使って同じポーズをとる。
「弱すぎて全然練習にならなかったな。その辺の岩の方がよっぽど手強いぜ」
 そう言って胸を反らす魔理沙。
 幽香が小さく吹き出したので、訝しんで魔理沙がその視線を確認すると、どうやら魅魔と魔理沙の胸を見較べていたらしい。
 魔理沙は腕を組んで自分の胸元を隠し、再び幽香を睨み付ける。
 幽香も魅魔に引けを取らない、大きな胸の持ち主である。
「たぶん、霊夢は霊魔殿を占拠しているわたしの仕業か、わたしの支配から漏れた魔物が抜け出したと考えているんじゃないかしら」
「まあそんなところね」
 魅魔がビッと玄武洞を杖で指した。
「あの魔物達はわたし達が根城にしている霊魔殿のような浅い区画ではなく、魔界のもっと奥からやって来ているのよ」
「なんですって?」
 魅魔の話を訝しむ霊夢。
「え、じゃあ、魔物を送り込んできてるのは」
 霊夢と、そして魔理沙も顔を上げて魅魔の話に聞き入る。
「おそらく、魔界のもっと奥にいる、魔界を統べる者の仕業でしょうね」
 魅魔は我が意を得たりと頷いた。
「わたしも、魔物退治もいい加減鬱陶しくなってきたところだし、魔物を送り込んできている主犯にご挨拶に行こうと思っていたところよ。それで、霊夢は職責上拒否権がないとして他はどうする?」
 間を置かずに答える魔理沙。
「ついていきます。いい修行になりそうだし、魔法の本場なら新魔法のヒントが掴めるかも知れないし」
 即答後、魔理沙が幽香の方に視線を振ると
「わたしもいくわ。面白そうだし、わたしもあんたらやそれ以外から珍しい魔法を観察できるかもだしね」
―こいつは着いて来なくていいのに……。
「決まり。全員参加ね」
 無言で睨み合うわたしと幽香を尻目に魅魔が話を進めていく。
「さあ、いくわよ」
 魅魔が先頭に立って洞窟に入っていく。
 幽香がそれに続き、霊夢・魔理沙の順に入っていった。
 洞窟の入口はヒカリゴケによる乱反射で明るくなっていたが、その分奥に進むと急に暗くなっていった。
 祠のところで魅魔と幽香が霊夢と魔理沙を待っていた。
 祠を境界として足場が途切れてその先には宇宙のような空間が広がっている。
―幻夢界
 その昔、河童達が禁忌とされる技術を用いて空けた結界の穴から続く廻廊である。
 この穴は地獄や魔界に通じているが、幻夢界は魔界との境に渡された廻廊であり、この空間を使えば夢幻世界を周回する悪魔姉妹に出会わず安定して魔界に行くことが出来る。
 魅魔がマントを蝙蝠の羽に変化させて飛び上がる。
 幽香は白い日傘を広げて持ち、それ続いて飛んだ。
 魔理沙も箒に跨り、霊夢も玄爺に乗って続く。
 飛びながら魅魔が話を再開する。
「何年か前、あなたが神社が荒らされたとかで、魔界や地獄に攻め込んで暴れ回ったのは憶えてるわよね?」
「ええ、まあ……」
 霊夢が魅魔から目を逸らす。
「効力が薄れていたとはいえ、地獄や魔界へ繋がるゲートはかつての博麗の巫女達が陰陽玉の霊力で封印していたのよ。それをあなたが陰陽玉の力でゲートを開放してそれぞれの世界で暴れ回ったせいで、封印は完全に解けてしまったの」
 霊夢は無言で魅魔を睨み付ける。
「ええ……そうね」
 あのとき、霊夢は神社が魔物に荒らされたのでその犯人を懲らしめるべく、ゲートを越えていったのだ。
 そして、その犯人は未だに明らかにはなっていない。
「地獄も魔界も、あなたが陰陽玉の力を制御できずに暴れ回った区画を放棄して切り離したの。わたしは、放棄された旧地獄とも言うべき区画に封印されていたけれど、それをきっかけに逃げ出して、放棄された旧魔界とも言うべき区画に逃げ込んで居座ったという訳」
「ふ~ん……」
 怪訝な顔をする霊夢。
 あの騒動でこの怨霊だけが得をした。魔理沙が魅魔の手下になったのはこの騒動の後だと聞いたが、里香や明羅がいつから魅魔の手下だったのかを霊夢は知らない。
 あの騒ぎも魅魔が封印を解くために自分を誘い出したのではないか―霊夢はそんな疑念を抱いていた。
 実際にその事件の後、魅魔は里香を使って博麗神社を荒らす事件を起こしているし、地獄に居た段階で獄卒の明羅がすでに魅魔に抱き込まれていたのなら、封印状態からでも指示を出して事件を起こすことは可能だったのではないか。
 霊夢の意味ありげな視線に気付いたが、魅魔は小さく笑っただけで話を続ける。
「無限の広さを持つと呼ばれる世界―魔界は途轍もなく強大な魔力を持つ一人の悪魔が己の魔力のみでその空間も建造物も住人までも造り出したと言われているわ。そして、その魔界を創造した悪魔は今も魔界神として君臨し続けている」
 霊夢は思う。
 仮に、その疑念が事実だったとしても今となってはどうしようもない。
 しかし、これ以上いい様にこの狡猾な怨霊に利用されるのはあまりにも癪ではないか。
 今回、利害が一致しているのは確かなようだし、共闘はやぶさかではないから今は事を荒立てないが、こいつの動向は注視しておかなければならないだろう―そう霊夢は考えていた。
 そのまま飛び続けていると、宇宙空間の中に赤土の大地が現れ、その迫り出した崖の上に金属製の台に五つの金属球が乗った施設が見えてくる。
 その施設に近づくと、その施設の上に一つの人影が見えてくる。
 ところどころに紫のラインの入ったブラウスの上から白衣を羽織り、茶髪を赤いリボンで三つ編みに留めて垂らした女性。
 先頭を飛ぶ魅魔が手を振ると、彼女も手を振り替えしてくる。
 彼女の名は里香。魅魔の手下の一人で人間の技術者であり、侵入者を迎え撃つための砲台も彼女が作ったものである。
「ここからが、旧魔界―かつて魔界だった区画で、いまはわたしが縄張りにしている場所。魔界神は魔界を造り出したのはいいものの、自分が作り出したこの世界を隅々まで統治しきれていなかったみたい。さっき言った通り、霊夢に荒らされたのを機にこの区画を切り離してしまったの」
 眼下には岩塊が転がった荒涼とした赤い荒野が続いていく。
 さらに進んでいくと、その退屈な景色の中に突如大きな古城が現れる。
 魔界の荒野を覆い尽くす赤土を焼いた煉瓦で建築されたそれは、古城と言うより巨大な教会のような造りをしていた。
 水場があるのか、古城の周囲にだけ植物が植えられ、その古城の前面には透明な素材が嵌められた道が整えられ、両脇には植物が植えられた庭園のようになっていた。
 これが、魅魔が拠点としている城―霊魔殿である。
 近づくと、その前には一つの人影が見えてくる。
 袖口や裾が赤い和服の上から赤い羽織を着て、背中まである紫の髪を後ろで一つにまとめた、いかにも侍といった格好をした女性。
 彼女も里香と同じように先頭を飛ぶ魅魔に対して手を振り返してくる。
 彼女の名は明羅。魅魔の手下の一人で、もともとは旧地獄にいた獄卒である。
「あら、明羅さんじゃない。明羅さ~ん!」
 霊夢が明羅に対して笑顔で手を振ると、明羅はぎょっとしてすぐさま霊魔殿に引っ込んでしまった。
 追いかけようとする霊夢の襟を、魔理沙が掴んで引き留める。
「ほら、先を急ぐぜ」
「もう、彼ったら照れ屋なんだから……」
 霊夢が頬に手を当てて困ったそぶりをする。
「何度も言ってるが、明羅は女だぜ」


万物神気 ~ Materialization

 魅魔は霊夢の様子を見て小さく息をついたあと、話を続ける。
「もう少し進んだら、おそらく魔界神が新たに張ったと思われる結界に到達するわ。結界は新魔界を全域を覆っているけれど、一カ所だけ出入り可能なゲートが残されていて、そこから魔物が這い出てきているの。そして、門番とおぼしき一人の魔界人がそこを守っている」
 魔理沙が魅魔の指す先を見ると、途中から大地が途切れて宇宙空間が広がっており、その先の宙に浮いた大きな赤い輪があるのが見て取れた。
 そして、その前には一つの小さな人影も見て取れる。
「腕が鳴るわ~。本場の魔法はどんなものかしら。まとめてわたしのものにしてやるわ」
 幽香が嬉しそうに指を鳴らす。
「魔界の魔法を盗むのはわたしだぜ。ついでだからお前の魔法も盗んでやるぜ」
 魔理沙がそう言うと、幽香は例によって見下し笑い。
「あら、相変わらず身の程を知らない小娘ねえ」
 先頭を飛ぶ魅魔が止まったのに合わせて、後ろで睨み合う魔理沙と幽香もそれに止まり、さらに後ろの霊夢&玄爺も同じように止まった。
 赤い輪の前で一人の魔界人が腕を組んでいる。
 薄紫のセミロングの髪を後ろの片側で一部束ね、赤い瞳の女性。赤のワンピースの上にボタンで留められた白いケープ。
 どうやら彼女が魔界の門番らしい。
「あなた如きに盗めるものか、見ているがいいわ。魅魔、わたしが行かせてもらうわよ」
 魅魔は「どうぞ」と手を差し出して道を譲った。
 ゲートの前に降り立ち、門番と対峙する幽香。
「わたしは魔界の門番、サラ。お前達は何者だ」
 日傘を肩にかけて無表情に答える。
「風見幽香よ。あなたの命があるほんの少しの間だけだから覚えておいてね」
 サラと名乗った門番は小さく微笑む。
「何者であろうと、門番としてここを通すわけにはいかないわね」
 サラは、両手でスカートの裾を摘まんで小さく持ち上げる。
 そして、そのままの姿勢で体全体をコマのように回転しさ始めた。
 回転しながら青い弾幕をバラ撒いたと思えば、今度は止まって赤い弾幕を複数の方向に一直線に連続で放つ。
 二色二種類の弾幕を交互に放つ波状攻撃。
 周囲が青と赤の二種類の弾幕で埋め尽くされていく。
 しかし、幽香はそれをこともなげに最小の動きでかわしていった。
「……蓬莱桜花」
 幽香がそう言って日傘を持っていない方の手をかざすと、その掌からは広範囲にわたって桜の花弁を模した弾幕がバラ撒かれていく。
 花弁は辺り一面を覆い尽くし、サラの放った光弾をかき消していく。
 サラと、そして幽香自身の体も花弁に囲まれ一時的その姿が見えなくなる。
 サラはもとの位置から幽香にめがけて前進し、両手を広げた構えをとる。
 魔理沙にはその両掌に魔力が収束されていくのがわかった。
 その掌からはそれぞれ2本の光線が発射され、そのままサラの手が閉じるのと共に幽香に向けて鋏が閉じるように狭まっていく。
 幽香は突撃してくるサラに向けて日傘を構えた。
 そこから緑の魔砲が発射されるも、サラの魔力の凝縮された光線の威力に挟まれかき消されていく。
 魔理沙には違和感があった。
 幽香の放った魔砲の威力が玄武の沢で見た半分もないのだ。
 サラの放つ光線が幽香に向かって閉じていき、幽香を押しつぶそうとしていた。
 勝利を確信したのかサラが口の端を緩める。
「ムーンライトレ……」
 そう言いかけたサラの側面から緑の魔砲が一閃。
 閉じかけた光線の外側からサラを直撃した。
「なっ……」
 魔理沙達三人は間違いなく幽香から遠く離れた背後にいて、新たな魔砲を放ったのはその三人の誰でもない。
 サラが魔砲が撃たれた方向に目をやるとそこには同じ姿形をした風見幽香がもう一人。
「ダブルスパーク」
 二人の風見幽香は同じ声でそういうのを聞き届けてから、サラはドサリを倒れて意識を失った。
 新たに増えた日傘を持たないもう一人の幽香がもともといた幽香に近づくと、日傘が二人を隠すようにくるりと回り、その一瞬のうちに風見幽香は再び一人に戻っていた。
 魔理沙は幽香が今何をしたのか必死に考えていた。
―花弁の弾幕で目眩ましをした隙に分身を放ったのか……。
 幽香はそのまま魔理沙に近づいていき微笑みかける。
「どう?盗めそうかしら」
 魔理沙は何も言い返さず黙って睨み返すだけ。
「まあ、せいぜい頑張ってね」
 そう言って小さく肩を叩くと魔理沙の横を通り過ぎていく。
「分身と言うより分裂よ。ただの曲芸であなたが真似るところはどこにもないわ」
 横で魅魔が話し始める。
「確かに幽香は広角弾幕が得意だから雑魚を沢山相手にするには便利だけど、分裂したぶんパワーは半減するから、同格以上の相手にはパワーが半減したところを各個撃破されるだけだわ。パワーが落ちたら意味が無いわ、弾幕はパワーなんだもの」
「魅魔~、早く先へ進みましょうよ」
 幽香の声に応えて魅魔が赤い輪状のゲートを越えて先へ進んでいく。
 魔理沙は立ち止まったまま悔しさに黙って拳を振るわさせていた。
「さあ、魔理沙。わたしたちも行きましょう」
 しかし、霊夢に促されて新魔界へのゲートを潜った。


魔空間 ~ Border Space

 ゲートを潜った先にも宇宙空間のような景色が続いている。
 魔理沙はその景色を見て小さくため息をついた。
 この景色はもうしばらく続くらしい。
 魅魔や幽香を追ってさらに退屈な景色を進むと、ほどなく一人の魔界人が逆走してくるのが見えた。
 紫のリボンの巻かれた白い鍔ぜり帽子を被り、金髪を小さく後ろでまとめ、目は糸のように細い。
 白い半袖、ロングスカートに紫のスカーフという、白地に紫をアクセントにまとめた見るからによそ行きの格好をしていた。
 こちらをみるなり近づいてくるからすわ戦闘かと思いきや、彼女は親しげに笑顔で話しかけてくる。
「みなさん、幻想郷からいらっしゃった方ですか?」
「そうだけど……」
 魅魔が訝しげに答える。
「これは珍しい。わたくし、魔界にて旅行会社を営んでおります、ルイズと申します」
 そう言って名刺を差し出す。魅魔はそれを受け取ってしげしげと眺めた。
「最近、我が社では幻想郷観光ツアーを盛んに企画しておりまして。新たな観光プランを企画するにあたり、是非とも幻想郷に在住の皆さまにお話を聞かせていただければと……」
 魅魔が他の三人に視線を振る。魔界本土に到着する前に犯人と遭遇するとは。
「このツアーはあなたの会社が独自に考えたものかしら?」
 魅魔が慎重に訊ねた。
「いえ、魔界の上層部から奨励をうけ、それに基づいてわたしが立案したものですが」
 ルイズの表情が曇る。どうやら四人の不穏な空気を感じ取ったようだ。
「ねえ。わたし達はこれから逆に魔界に観光に向かうんだけれど、よければあなたが案内を引き受けてくれないかしら。幻想郷の話はその後たっぷり聞かせてあげるわ」
 魅魔がニヤリと口角をつり上げる。
「申し訳有りませんが、わたくしこれより幻想郷にて観光地の下見と特産品の補充の仕事がございまして……」
 ルイズが言い終わる前に、三日月杖から発せられた青い魔砲が至近距離からルイズの顔を掠めて放たれ、彼女の帽子だけが跳ね上げられた。
 跳ね上がった帽子が落ちてきて、それを受け取る魅魔。
「わたしは早撃ちが得意でね……」
 予備動作なしからの魔砲一閃。これは、妙な動きをすればすぐに撃ち抜くという魅魔からの脅しだった。
「ああ、申し遅れました。わたくし、この先のゲートの向こうの区画を取り仕切っている魅魔―と申します。その、魔界の上層部の方にご挨拶に伺いたいんだけど、改めて案内をお願いできないかしら」
 糸目のまま神妙な面持ちで魅魔と正対するルイズ。
「承りました。その前に一つお聞かせ願えますか」
「わたし達にお答えできることでしたら」
 魅魔が帽子を指で弄ぶ。
「ここに来る前に門番が居たはずです。サラという名の」
「あいつならわたしがぶっ倒したわ。門番ならもっと強い奴に任せた方がいいわよ。まあ、あなたに門番を選ぶ権限はないでしょうけど」
 幽香がしゃしゃり出て答えたのを魅魔が手で制する。
「わかりました。ご案内します」
 ルイズはそう答えると、魅魔が差し出した帽子を受け取る。
「魔界の上層部の方はどちらにいらっしゃるのかしら」
 魅魔の問いに対して、ルイズは自分が向かってきた方向を指さす。
「ここをもう少し進んだ先の陸地を川に沿って進むと、『エソテリア』という街があります。魔界の中枢へ行くにはそこを通ることになります」
 ルイズを指さした先を魅魔は見るも現状では何も見えなかった。
「そう、やはり魔界の奥地でも水場に沿って街を造るのは同じなのね」
 霊夢がそれを聞いて小首をかしげる。
「霊魔殿の近くに水場なんてあったかしら?」
 魅魔が振り返り霊夢に意味ありげに微笑みかける。
「あったのよ。ヴィナの海と呼ばれた大きな湖が。あなたが荒らしてくれたお陰で湖の水の大半が失われて今や廃墟だけどね」
「そ、そう……」
 霊夢は気まずそうに目を逸らした。
 一行はルイズに先導されて、再び宇宙空間を飛び始めた。
 ほどなくして、視界に赤い岩塊が混じり始め、それを避けて飛ぶことになる。
 そこから、さらに進むと岩塊とは到底呼べないような赤土の大地が現れた。
「これは……広いぜ」
 魔理沙が呟く。
 赤い大地を眼下に進んでいくと、草木が混じり始めほどなく川に行き当たってそれに沿って飛んでいくことになる。
 遠くには山々が見え、少なくとも視界にある範囲では陸地が途切れている様子はなかった。
 箒に乗って飛ぶ魔理沙にそっと魅魔が寄ってくる。
「魔理沙、感じるわよね?」
「はい、魅魔様」
 進むにつれて確実の瘴気の濃さが増している。
 瘴気を発しているであろう魔界神に近づいている証拠だった。
「どうやら、ルイズは嘘の場所に誘導しようとしている訳ではなさそうね」
 魔理沙が住む幻想郷の魔法の森にも化け物茸が発する瘴気が充満しており、その瘴気が魔力を高める効果があると言うことで魔法使いが好んで住み着くことが知られている。
 だが、この魔界の瘴気はその濃さが魔法の森の比ではなかった。
 魔法の森以上に魔力が高まるのを感じたが、それ以上に瘴気により肌が冒されていくのを感じた。
 魅魔や幽香は平然としているが、魔理沙は服を着ていない頬や腕をしきりと気にしている。
 振り返ると、霊夢も同じように服を着ていない部分の肌をさすっていた。


魔界 ~ Devil's World

 川に沿ってさらに進んでいくと、遠くに建物が幾つか建っているのが見えてくる。
「あれが例の街―エソテリアで間違いないかしら?」
 幽香がルイズに問いかける。
「ええ……おや?」
 ルイズが細い目をさらに細めて街の方を見る。
 街に近づくにつれて、その手前上空で一人の少女が浮遊しているのが見えてきた。
 なんだか、こちらを睨みつけているように見える。
 整えられた金髪をリボン付きの青いカチューシャで留め、白い洋服に水色の吊りスカート、腰に白いリボンを巻き手には青赤一対の人形を抱いていた。
 近づくつれて、やはり気のせいではなく確実にこちらを睨み付けているのがわかった。
「そこまでよ!」
 その少女は髪と同じ金色の瞳でこちらを睨み付け、はっきりと指さしていた。
「ルイズ!どういうつもり?侵入者に手を貸すなんて」
 おそらく一〇歳そこそこの少女が、少なくとも見た目は明らかに年長のルイズを呼び捨てにしている。
「アリス……これは仕方がなかったの。わたしは侵入者に脅されて」
 ルイズは目を反らし困惑している。
「あれはなに?」
 幽香がルイズに訊ねる。
「魔界神の末娘のアリスです」
「へえ……」
 幽香が興味深そうに少女を見つめる。
「わたしのことを知らないみたいね。なら教えてあげるわ」
 その少女は胸を反らし、幽香達より少し高い位置に浮き上がった。
「わたしは魔界神より生まれし最も新しい魔界人。”死の少女”アリスよ!」
 魔理沙が興味深そうに見ていた幽香の前に手を翳して前に出た。
「ならば、ここはわたしが相手をさせてもらうぜ」
「あら、あなたは今回はずっと見学だと思っていたけれど」
 見下し笑いを浮かべる幽香を魔理沙が睨み返す。
「お前はさっき戦っただろ。今度はそっちが見学する番だぜ」
 魅魔が不安そうに魔理沙を見ている。
「魔理沙、いけるの?」
「はい、魅魔様。わたし一人で行かせてください」
 魅魔は心配そうにしていたが、幽香に促されて下がった。
 改めて魔理沙がアリスと対峙する。
「霧雨魔理沙。幻想郷の魔法使いだ。わたしが相手をさせてもらうぜ」
―きっとこいつならわたしの新しい魔砲の実験台として申し分ないだろう。
 それに魔理沙はこの幼い少女に対して一つの予感を感じていた。
 かつて流星祈願会で霊夢と出会ったときのような予感を。
 これが魔理沙のもう一人のライバルとなるアリス=マーガトロイドとの初めての出会いだった。
「ふ~ん、田舎の魔法使いさんねえ……。辺境の野良魔法使いにわたしが都会流の魔法を見せてあげるわ」
 街の手前を流れる川の上空で対峙する魔理沙とアリス。
「いくぜ!」
 魔理沙がかけ声と共に星弾をばらまきながら箒で突進する。
「スターダストレヴァリエ!」
 何の小細工もナシに黄色い星弾を螺旋状にばらまきながら真正面から一直線に向かう。
 少女の手の中にあった一対の人形が起き上がる。
「上海!蓬莱!」
 おそらくそれが人形の名なんだろう。アリスがそう呼ぶと、人形達は両サイドに展開すると魔力をその体に溜めていく。
「インビンシブルシールド!」
 アリスのその声を共に、魔理沙の箒の先端に強い衝撃が走り動きが止まる。
 左右に展開した人形達から楕円形で透明のバリアが展開されていた。
 魔理沙が放った星弾も、ことごとくバリアに跳ね返され背後に消えている。
 そしてアリスは真正面で静止した魔理沙に向けて手をかざし、魔力の充填をすでに完了させていた。
 魔理沙と目のあったアリスがニヤリと笑う。
 そのまま魔理沙に向けて大量の青い光弾を集中砲火。
「くっ」
 バリアは相変わらず張られたまま。アリスの弾幕だけが一方的にすり抜けて魔理沙を狙い撃つ。
 バリアを解除すると人形達も小粒の光弾を周囲にばらまき始め、それと入れ替わりにまたもアリスが赤い大粒の光弾を周囲にバラ撒いて魔理沙の行動範囲を狭めてくる。
 しかし、それを細かく素早い動きで魔理沙はかわしていった。
「ふ~ん、器用に躱すじゃない」
 魅魔との特訓で身につけた回避技術。
 速射が得意な魅魔と相対すると先制がほぼ不可能なので、魔理沙にとって魅魔との弾幕の打ち合いは常に回避から始まる。
 そこで相手の弾幕の進行方向を先読みして回避する技能が身についたのだった。
「マジックミサイル!」
 魔理沙が赤い方の人形に向かって砲弾魔法を放つ。
 しかし、魔力充填の隙をついて、アリスと青い方の人形が同時にレーザーで狙撃してくる。
「うわっ!」
 ぎりぎりで緊急回避する魔理沙。
 しかし、マジックミサイルの方もしっかり人形にかわされていた。
 魔理沙は弾幕を撃つのを中止して回避と、そして魔力の充填に集中し始める。
「あら、もう手詰まりかしら。やっぱり幻想郷の魔法使いも大したことないわね」
 そう言いながらもアリスは弾幕を撃つ手はゆるめない。
「まあ本場のわたし達と比べては可哀想かしら。わかれば魔界せんべえでも買ってとっとと帰ったら?今なら泣いて謝れば許してあげるけど」
 アリスが魔理沙が減速した隙を突いて、人形達と共にレーザーを放ってくる。
 それを躱すとすぐに魔理沙はポケットから無加工の化け物茸を取り出し、鼻に当てて胞子を吸い込む。
 体が熱を帯び、臍の下辺りから魔力が沸き上がってくるのを感じた。
 八卦炉を構え、さっきのとは別に加工して固形化した化け物茸を投入する。
「マスター……」
 八卦炉から放たれる、玄武の沢のときの数倍の威力の魔砲。
「スパーーーーーク!」
 人形達はまたもバリアを展開しようとするが間に合わず、魔砲はそのままアリス本人に襲いかかる。
「キャーーーーーッ」
 アリスはとっさに弾幕を放って相殺しようとするが、その全てを飲み込んで魔砲が着弾して派手に爆炎が上がる。
―やっぱりそうだ。魔法の森の時と違って玄武の沢で撃ったときに魔法の威力が弱体化した原因は化け物茸がなかったせいだ。なら、魔法の森の時と同じように化け物茸の胞子を吸えばいい。
「やっぱり、弾幕はパワーだぜ」
 魔理沙が魅魔の方を見ると、魅魔は黙って頷いていた。
 爆炎の中から、煙の尾を引いて何かが川の方に落ちていく。
 それが魔砲が直撃したアリスであり、魔理沙が目を凝らすとどうやら気を失っていることに気付く。
 箒を最高速で飛ばして落下地点に先回りする魔理沙。
 川に落下する前になんとか滑り込み、川面に当たる前にその小さな体を抱き留める。
 魔理沙の体にのしかかってくる重力加速を伴ったアリスの全体重。
「ぐっ……」
 川面までの距離はほとんどなかったが、なんとかアリスの体を抱えたまま河原までそのまま移動して着地する。
 魔理沙の腕の中で咳き込むアリス。どうやら受け止めた衝撃で目を覚ましたようだ。
「ケホッ……幻想郷の魔法使いは……みんなこんなに強いのかしら」
 魔理沙はアリスを地面に立たせると、返答せずに難しい顔をしていた。
「アリス……お前、もしかして」
「いいえ、そいつは雑魚よ」
 追って降りてきた幽香がこちらに来る。
「でもあなたが弱かったわけじゃないわ。……あなた、面白い魔法を使うのね」
 どうやらアリスの魔法に興味を抱いたらしい。
「媒体を使っての自律攻撃&回避。花を使って応用できないかしら……」
 自分の魔法に転化する方法をぶつぶつ考え始めている。
「わたし達は魔界の神と話をしに来ただけよ。別に騒動を起こしたくて起こしてるわけじゃないわ」
 さらに後ろから追いついてきた魅魔が話す。
 アリスは涙目で魔理沙や魅魔を睨み付ける。
「お母さ……神綺様を殺しに来たんじゃないの?」
 魅魔は笑顔で首を横に振る。
「約束するわ。あなたのお母さんは殺さない」
 後ろで魅魔が、おそらく回収してきたのだろう―アリスの一対の人形を抱いて立っていた。
「だから心配しないで待っていなさい」
 アリスの目線に合わせてしゃがみ、笑顔で人形を差し出す。
 受け取ったアリスの頭を撫でていた魅魔だが、何かに気付いたようだ。
「さあ、進みましょう」
 ルイズを見張っていた霊夢が告げる。
 再びルイズの先導でエソテリアの街をあとにする四人。
 前進しながらも魔理沙は振り返る。
「小さい子の扱いに慣れてらっしゃいますね魅魔様」
「あなたのおかげでね」
 魅魔は笑顔で隣を飛ぶ魔理沙の頭を帽子ごと撫で回す。
「ふふっ、よくやったよ魔理沙」
 魅魔はその胸に魔理沙を抱きしめる。
 魔理沙も遠慮無く魅魔の胸に顔を埋めたが、今回は魅魔は何も言わなかった。
 ふにふにと揉みしだき始めたあたりで、魅魔が魔理沙の頭を掴んで引きはがす。
「はい。ご褒美終わり」
 魔理沙が名残惜しそうに魔理沙の胸に手を伸ばすがその手は空をきり届かない。
「ほら、未練たらしいよ。切り替えな魔理沙」
 魔理沙がしぶしぶ魅魔から離れて、その隣を箒で飛び始める。
「魅魔様、気付かれましたよね」
「ええ」
 魔理沙も魅魔もアリスに触れて気付いたこと。
「あいつ、人間でしたよね」
「正確には元・人間ね。修行により人間を脱して魔法使いになったんだわ」
 魔理沙や魅魔が触れた体は人間だったが、発する魔力はサラやルイズと同じ魔界人のそれだった。
「あいつ、魔界の神をお母さんって……」
「魔理沙」
 魅魔に遮られる。
「考えない方がいいわ。交渉は試みるけど、十中八九戦闘になる。迷いを抱えて勝てる相手ではないわよ」
「……はい」
「どうやら、敵の本拠地が近いみたいよ~」
 幽香が水を差すように大きな声で魅魔と魔理沙に話しかける。


凍てつく世界で ~ Ice Dream

 魔理沙が小さく幽香を睨み付けた後、ルイズが進む先を見る。
 ルイズが先導する先には小高い丘があり、その上には轟々と吹雪が渦巻いている。
「魔界神である神綺様の住まう居城パンデモニウムは、この氷雪世界の中にあります」
 吹雪の手前で一言説明してから、ためらいなく吹雪に入っていくルイズ。
 四人も順次それに続いていった。
「寒っ」
 霊夢が自分の両腕をさすり始める。
 さらに勢いを増した瘴気に加え、寒気が肌を突き刺す。
 視界は吹雪で完全に遮られており、見通しは全く立たなかった。
 そんな中をさらにしばらく飛び続ける。
「ちょっと、どこまで続くのよこれ。パンデモニウムとやらはまだなの?」
 がなり立てる幽香の声に対してルイズが立ち止まった。
「そろそろいいかしらね」
 振り返ったルイズからは青白い魔力が炎のようにゆっくりと沸きあがる。
「この氷雪世界を抜けた先に、神綺様がおわすパンデモニウムがあるわ」
「だったらさっさと案内しなさいよ!」
 いきり立つ幽香。
「どういう心境の変化かしら?」
 それを魅魔が手で制する。
「どうもこうも、わたしは少しでも勝率の上がる場所にあなた達を導いただけ。寒さと瘴気が堪えるでしょう?」
 初めて見開かれるルイズの瞳。
 その瞳は瞳孔と白目の区別無く全てが紅かった。
「でもね、魔界に住むわたし達にはこの瘴気この上ない栄養。そして、それは神綺様のお側に近づくほどに……その濃度を増す!」
 ルイズの体から立ち上がるオーラの炎が激しさを増し、全身を青く染める。
「あなたたちはわたしのサラを傷つけた……絶対に許せない!」
 その目からは、これまで瞼に遮られていたのであろう、これも瞳と同じ赤い涙があふれ出る。
 前に出ようとしていた幽香を魅魔が再び手で制した。
「魅魔……」
 幽香に向かって魅魔が微笑みかける。
「大丈夫よ幽香……それにあいつはわたしの担当よ」
 ルイズと改めて対峙する魅魔。
 ルイズは身を屈めて頭の前で両腕を交差させて、両腕に魔力を溜めていく。
 一気に身を伸ばして両腕を横に広げ、その腕や掌から弾幕が放たれた。
 サラと同じようにその体を中心に青い光弾がバラ撒かれる。
 かと思えば、今度は逆回転で赤いクナイ弾がバラ撒かれる。
「思ったよりやるじゃない」
 魅魔が二種類の逆回転の弾幕を躱しながら三日月杖に魔力を溜めていく。
「ならば、これはどうかしら」
 額に汗を浮かべたルイズが再び赤いクナイ弾をバラ撒いた。
 先ほどと違い、回転しながらではなく放射状にまっすぐのクナイ弾。
 しかし、その弾幕が途中でぴたりと停止したかと思えば、途中で回転を帯びてその進行方向を変える。
「むっ」
 魅魔がとっさに弾幕の軌道変更に合わせて回避運動をしたところへ、すかさず今度はルイズが回転しながら凍てつくレーザーを放射状に放った。
 その一本が確実に魅魔を捉えようとしていた。
「幽幻乱舞!」
 魅魔の構えた三日月杖から青い星弾が発射され、ルイズの弾幕を相殺していく。
「穏便に無力化して案内を続けてもらおうと思ったが、こりゃあとっとと決着をつけるべきかねえ」
 しかし、魅魔はすぐさま撃つのをやめて、再び三日月杖の先端に急速に魔力を溜め始めた。
 ルイズは再び赤いクナイ弾をバラ撒き始める。
 そして、クナイ弾はまたもピタリと停止。その軌道を変更する。
 それに合わせて魅魔も回避運動をする。
 そして、ルイズはそのタイミングを逃さず、極太の凍てつくレーザーを魅魔にめがけて放った。
「なっ」
 レーザーの先にいた魅魔はマントを蝙蝠の羽に変化させて大きく広げ、幽霊の特徴とも言うべき半透明の尻尾がなくなり、生きた人間のような二本の足が生えていた。
「魔理沙。よく見ておきなさい。あなたの師の力を」
 振り返らずにそう言うと魅魔は三日月杖を前方に掲げた。
 ルイズの放ったレーザー魅魔に迫る。
「トワイライト……」
 魅魔の方も三日月杖を中心に、蝙蝠羽に囲われた空間にみるみる青い光が球状に収束していく。
 気がつけば光球は魅魔自身と変わらないほどの大きさにまで膨張していた。
「スパーーーーーク!」
 そう言った瞬間、轟音と共に地響きを立てて照射される青い魔砲。
 その魔砲はルイズの放ったレーザーやクナイ弾はおろか、周囲の吹雪すら吹き飛ばして一瞬でルイズを飲み込んだ。
 ルイズの纏ったオーラも一秒も保たずに消し飛び、それでも魔砲の勢いは留まることを知らず、ルイズ自身をも吹雪の彼方へと運び去った。
 魅魔の魔砲が突き抜けた一瞬だけ吹雪が消え去り、青空が顔を覗かせる。
 しかし、すぐさま視界は吹雪に覆われた。
「ちょいとやり過ぎたかねえ……」
 目を潤ませた魔理沙が魅魔に駆け寄る。
「凄いですっ、魅魔様。感動しました」
「ああ、あんたももっと頑張りなよ」
 その胸に抱きついてきた魔理沙を抱き留め、後頭部をポンポンと叩く魅魔。
「いや、だからドサクサに紛れて揉むなっつってんだろ」
 そして、再び魔理沙を引きはがす魅魔。
「それでここからどうするの。道案内が居なくなってしまったけれど」
 幽香がわざと大きな声で魅魔と魔理沙に指摘する。
 気がつけば吹雪の中、案内役もなく四人は取り残されていた。
 ルイズも自分に有利な場所に誘い込んで、敵わないまでも一矢報いられたらぐらいのつもりだったのだろう。
「じゃあ、この吹雪の中でわたしたち迷子ってこと?」
 霊夢が自分の両肩を抱きながらそう言った。
 そう思ったら急に寒さがぶり返してきたようだ。
「ここまで連れてきてもらえたら十分よ」
 魅魔は魔理沙を見つめると小さく微笑みかけ、その両肩に手を置いた。
 そして、魔理沙に顔を近づけていく魅魔。
 魔理沙が魅魔から目を逸らして視線を少し下げると、魅魔の唇が視線に飛び込んでくる。
 その唇が動いてそっと囁く。
「魔理沙、目を閉じなさい」
 言われるがままに目を閉じる魔理沙。
 魔理沙の胸が高鳴る。
―こんな状況で霊夢も幽香もいるのになにをするつもりですか、魅魔様。
 そう思いつつも、魔理沙は唇を小さく突き出した。
「そのまま感覚を研ぎ澄ませなさい」
 光が閉ざされ、魔理沙の世界は吹雪の音と、すぐそばにあって彼女の体を支える魅魔の声だけとなる。
 突き出した唇に当たる吹雪の風が冷たく、虚しくなったので魔理沙は唇を引っ込めた。
「どう、どちらからより強い魔力が流れてくる?」
 耳元の声に従い力を抜いて体を魅魔に預け、魔力感知に集中する魔理沙。
 魔理沙の中で、嗅覚とも触覚とも味覚ともつかない、そんな感覚に体がざわめいた。
 目を見開くと、魅魔はかわらず魔理沙をみつめていた。
 魔理沙が小さくある一方を指さす。
「うん。合格」
 頭の上に手が置かれ、魔理沙は胸を撫で下ろした。
 手を伸ばそうとした魔理沙の動きを額に手を当てて制する魅魔。
「みんな、いくわよ。パンデモニウムはそう遠くはないわ」
 今回はご褒美はナシだと悟り、シュンとなる魔理沙。
 魅魔の先導により、四人は進行を再開する。
「愚かな人たち。このまま凍え死んだ方が楽に逝けたのに……」
 直後、風が吹き荒れる中にもかかわらずハッキリ響いてくる声がした。
 その声と共に足下に六芒星が浮かび上がる
 見上げればそこには吹雪の中には浮かぶ二つの影。
 それはまるで最初からそこにいたかのように佇んでいた。
 一人は金髪に茶の瞳、頭には黒い帽子、黒い服で背中に白いリボンの少女。話しているのはこちらの少女だった。
 もう一人は水色の髪に碧眼、頭には白いリボン、服も真っ白。背中には羽を生やしている。こちらはずっと黙っている。
 どちらもアリスより少し年長なぐらいの、未だ幼さの残る少女だった。
「わたしはこの氷雪世界の守り人・ユキ」
「……同じくマイ」
 白の少女が初めて喋った。
「あなた達の狼藉もここまでよ。あなた達をパンデモニウムに進ませるわけにはいかないわ」
 でも結局それだけで続きを話すのは黒の少女だった。
 そのあとも口上を続けるユキを尻目に、魅魔が何か考えている。
「え~、ローテーション的には……霊夢!」
 霊夢が何事かと振り返る。
「お待ちかね。あなたの順番よ」
 魅魔が視線で二人の少女を示す。
「え、一人でなの?」
「あなたも玄爺と二人じゃないの。それに、あいつら魔力で見るところ単体での強さはルイズやアリスよりは下よ」
 不服そうな顔をする霊夢。
「単体ではでしょ? どう見てもあいつら相互補完タイプじゃない」
「いままで十分休んだんだからそのぶん働きなさいな。まあ、危なくなったら入ってあげるわよ」
 渋々といった表情で霊夢が玄爺に話しかける。
「玄爺、吹雪の中だけどいける?」
「まあ、なんとかなりますかな」
 陰陽玉を脇に浮かべ、お払い棒を構える霊夢。
「じゃあ、いくわよ!」
 霊夢は玄爺に乗って改めてユキやマイと対峙する。
「クリムゾンマジック!」
 ユキが両手を広げて赤い大型弾幕を回転しながらバラ撒き始める。
 玄爺と共にそれをかわしていく霊夢。
 それに対し、マイは構えたまま狙いを定めている。
「ジューダスストーム!」
 マイが右腕をあげてその手から凍てつくレーザーを放ち、ユキと反対側から薙ぎ払って弾幕で霊夢を挟撃する。
 追いつめられた霊夢が封呪符を発して迎撃する。
「ホーミングアミュレット!」
 霊夢が大量に発した封呪符は自動追尾でユキを集中的に狙い続け、ユキの弾幕を相殺してその身に迫ろうとしていた。
 マイはレーザーを薙ぎ払いつつ霊夢に当てようとするが、霊夢を乗せた玄爺はレーザーを躱しつつ霊夢の方は封呪符でユキを追い詰めていく。
 そんななか、霊夢が封呪符に混ぜて何かを投げつけた。
 ユキの方は密度を濃くする封呪符に弾幕濃度で押し負け始めており、次第に追い詰められていった。
「マイっ……早くなんとかっ」
 そう言いかけたユキの顔面に封呪符に紛れて飛んできた陰陽玉が直撃。
 自分に何が起きたのかを確認する暇もなく、ユキは意識を失って降り積もった雪の上に墜落した。
 ユキを撃墜した陰陽玉が霊夢の手の中に戻る。
「ふうっ、一丁あがりね」
 玄爺の上で一息つく霊夢。
 相棒を倒されたマイはレーザーを撃つのをやめて不敵に笑っていた。
「足手まといもいなくなったことだし、これでようやく本気を出せるわ」
 マイの背中の小さかった白い羽が大きく開かれる。
 そして、大きく右手を掲げたマイの左右には氷柱型の弾幕が展開されていった。
 冷めた目でそれを見つめる霊夢。
「いくわよ!」
 左右から霊夢を挟み込むように発射される多くの氷柱。
 その中を、霊夢を乗せた玄爺はまっすぐに突っ切ってマイに迫る。
 氷柱の死角となっていたマイの眼前に飛び込んだ霊夢が陰陽玉を振りかぶる。
「アイシクルフォー……」
 そう言いかけたマイの顔面に陰陽玉が直撃。
 ユキと同じように、マイも意識を失って降り積もった雪の上に墜落した。
「足手まといって……あんたの方が弱いから、あっちを先に片づけたのよバ~カ」
 跳ね返ってきた陰陽玉を受け止めながら霊夢が吐き捨てた。


最後の審判 ~ Judgement Day

 二人が意識を失ったことで、足下に展開されていた六芒星が消えて周囲の吹雪がピタリと吹き止む。
 それに伴って周囲の景色が見渡せるようになった。
 そして、目の前には青白く輝く水晶で組み上げられた神殿が現れる。
「これがパンデモニウム……」
 四人は息を呑んだ。
 それは禍々しいその名に合わず、神々しさすら漂う壮麗な建造物だった。
 ドリア調の彫刻がされた水晶の柱は、雪の光を煌びやかに反射している。
 それらが支える屋根は美しい意匠の施された黄金で葺かれ、星の光を受けて燦然と輝いており訪れる者を威圧していた。
「まさかここまで辿り着くとはね」
 その奥から響き渡る声。神殿の反響で四方から跳ね返ってくる。
 神殿の奥からやってくる一つのシルエット。
 煌めく白銀色の髪を桜桃のような赤い髪留めでサイドテールにまとめ、黒いリボンの巻かれた肩口のゆったりした赤いローブを着た女性。
 見た目は大人であるのに、童顔で小柄の幼い印象。
 彼女は水晶の階段の最上段で立ち止まった。
「あなたが魔界の神様かしら」
 魅魔が前に進み出た。
「ええ、この世界のものはみんなわたしが創ったから、まあそうなるのかしら」
 その女性は小さく微笑んだ。
 白銀色の無機質な瞳を覗き込んで、魔理沙の足を竦ませる。
 魔理沙が抱いていたイメージと違ってずいぶん柔らかい。
 魔界の神と言うからもっと畏怖されるような存在かと思いきや、むしろ大地母神とかのイメージに近く、アリスの母親というのも大いにうなずけた。
 しかし魔理沙の体の感覚が、この魔界に満ちる瘴気の源泉があいつだと告げていた。
 そして瘴気と共に溢れ出すとんでもない量の魔力。
―これが魔界の神か……。
「わたしは幻想郷の神―魅魔よ」
 魅魔が一歩前に進み出て言い放つ。
「これはこれは……。あなたたち、ここに来るまでずいぶんとわたしの創った子たちを虐めてくれたようだけど、どういう目的なのかしら」
 神綺は見た目の印象と違ってその態度は冷ややかだ。
「あら、先にわたしの世界である幻想郷に侵入して来たのは魔界人なのに、まるでこちらが一方的に加害者のような言い草ね」
 魅魔の言葉に魔界の神が小首を傾げる。
「幻想郷に行きたがっている子達がいると聞いたから、旅行の許可は出したけど……」
「神綺様!」
 奥からもう一つのシルエットが浮かび上がる。
 波がかった黄金色の髪の上にホワイトブリムを被り、胸元に黒いのリボンの付いた赤い洋服の上に、肩や襟にレースのついた白いエプロンをつけた、赤と白のメイドルックの大柄な女性。
「そのような粗暴な者達のお話をお聞きになってはなりません」
「あら、夢子ちゃん」
 夢子と呼ばれたメイドの剣幕とは対照的に神綺はきょとんとしている。
「神綺様が出るまでもありません。ここはわたしにお任せ下さい」
「夢子ちゃんが出るほどのことでもないと思うんだけど……」
 メイドのハッキリとした態度に、神綺はぶつくさ言いながらも神殿の奥に引き下がっていった。
 神綺が見えなくなったのを確認すると、夢子は腕を組んでこちらに向き直った。
「あなた達ね? 幻想郷へ向かった子達をことごとく壊してくれたのは」
 今度は幽香が前に出る。
「あらら? 神様と違ってずいぶんと事情に詳しいじゃない」
「当然よ。わたしの立てた計画だもの。神綺様は何も知らないわ」
 夢子は小さく肩を竦ませた。
「主の許しも得ずに大したメイドだわね」
「問題ないわ。全ては神綺様の、ひいては魔界のため。神綺様なら分かって下さるわ」
 水晶階段の最上から見下ろす夢子。
「それで、どうするつもり? わたし達はもうここまで来てしまったわ。このままでは何も知らない神綺様にまで危害が及んでしまうわよ」
 夢子の態度は余裕にあふれている。
「わたしがここであなた達を全て倒せば問題ないわ。神綺様を守り、幻想郷も手にすることができる。考えようによっては手元であなた達を叩けるんだから好都合かも知れないわね」
 魅魔が改めて前に出る。
「ずいぶんな自信じゃない旧式のくせに。あなた、かなり古い型の魔界人よね。体から発する魔力も知れたモノのようだし」
 しかし、夢子はその表情を崩さない。
「あら、よく見抜いたわね。わたしは神綺様がこの世界で初めに創った魔界人なのよ」
 夢子は水晶の階段から飛び立ち四人の前に着地する。
「でもね、だからこそ他の子達に勝るものがある。それは……」
 目を閉じ、息を吸い込む夢子。
「誰よりも古くから神綺様にお仕えしお護りして来た自信と、全ての魔界人の長女としての誇り!」
 吹き荒れる瘴気を纏った魔力の突風と共に、夢子はパンデモニウムを背にして遙か上空に浮かび上がっていた。
「年季がある者の強さはあなた達、妖怪や魔法使いの方がよく知っているはずだけど?」
 魅魔はそれを苦い顔で見上げた。
「そうね……その通りだわ」
 夢子はそれを見下ろし、小さく笑う。
「……デモンゲート」
 そう呟いて夢子が片手を振り上げると、背後の空間が波紋状に歪み背後にあるパンデモニウムが波紋を通して歪む。
 波紋の中から湧き出た白い霧が無数の紅い切っ先を形成していく。
「あり得ないぜ……あの体にはこれほどの弾幕を張れる魔力なんてなかったはずなのに」
 魔理沙が夢子を見上げながら声を震わせる。
「自分の体の内にある魔力ではなく、魔界を漂う瘴気をそのまま自分の魔力として使っているのよ。神様以外でこんなことが出来るヤツがいるとは」
 魅魔が魔理沙の横に立ってその背を小さく叩いた。
「確かに、これまでの相手とは違うようね。これは一対一つてわけにはいかないかも」
 幽香ですら余裕を失っている。
 そうこうするうちに、波紋から湧き出た白い霧から精製された赤いクナイ弾は視界を覆い尽くすほどに数を増やしていた。
 夢子がニヤリと口の端をつり上げると上げていた片手を振り下ろす。
 それと同時に無数のクナイ弾が四人に向けて加速し、襲いかかろうとしていた。
「イビルフィールド!」
 魅魔が前にでてそう叫ぶと魅魔を中心に四色の光弾が発現して周回し始める。
 その四色の光球は襲い来るクナイ弾をはじき返し、魅魔自身と後ろの三人に襲い来る弾幕を防ごうとするも、何本かはすり抜けて降り注いでくる。
「さあて、では追加でいかせてもらおうかしら」
 夢子は青い短剣を束も両手に取り出して構える。
「幽香っ! 少しなら一人で保たせられるから、あんたがやりなさい!」
「オーケー!」
 魅魔の声に応えて幽香が傘を広げて魔力を充填させていく。
「ドールオブミザリィ!」
 夢子が青い短剣の束を幽香に向けて投擲するが、魔理沙はとっさに星弾幕を放ってそれらを打ち落とした。
 幽香が魔理沙の方を一瞥してニヤリと笑う。
「サンフラワー……スパーーーーーク!」
 幽香の傘から放たれる緑の魔砲。
 夢子は弾幕の勢いはそのままに、それが自分に届く前に背負ったデモンゲートごと座標をずらして回避する。
「それでかわしたつもりかしら?」
 しかし、それに合わせて緑の魔砲も軌道を曲げる。
「知ってる? サンフラワーはね、日に向かって自ら花の向きを変えるの」
 軌道を変更し、夢子を襲いかかる緑の魔砲。
「……だから向日葵というのよ」
 そう言い放った幽香の髪は腰に届くほどに伸び、背には紫の翼と緑の翼が一対ずつ、計四枚の翼が生えていた。
 着弾を確認した幽香は改めて振り返って魔理沙を見る。
「礼は言わないわよ?」
「いらないぜ」
 幽香の姿を改めて見る魔理沙。
 自分の師匠である魅魔に蝙蝠羽と足が生えたのと同じように、これが本気を出したときの姿だということだろう。
 魔砲の威力も魅魔のトワイライトスパークに勝るとも劣らない威力だった。
―幽香も今まで本気を出していなかったのか……。
「やるじゃない」
 その声に驚いて振り返る幽香。
 次第に晴れていく爆炎の向こうで短剣の束を交差させ、夢子は魔砲を耐えていた。
 ひらひらのカチューシャ・エプロン・黄金色の髪を焦がしたものの、致命傷にはほど遠い。
「さあ、第二幕と行きましょうか」
 赤く小さな炎を発するホワイトブリムとエプロンを夢子が脱ぎ捨てると、再びデモンゲートから顔を覗かせる紅い苦内たち。
「魔理沙っ!かわりに保たせて!」
「わかりましたっ」
 魔理沙が箒に跨り浮かび上がって魅魔の入れかわり夢子と対峙する。
「幽香っ、合わせなっ」
 魅魔は魔理沙と入れかわりに下がって幽香と合流する。
「オーレリーズサン!」
 魅魔と同じように魔理沙が四色の光球を発する。
 夢子が再び手を振り下ろすと、今度はマイが放った凍てつくレーザーが繰り返し繰り返し何本も発射される。
 魔理沙が光球をでレーザーを受け止めるも、確実にレーザーの威力に押し負けていた。
 それに加えて、夢子がまたも手に青い短剣の束を構える。
「ドールオブミザリィ!」
「ホーミングアミュレット!」
 魔理沙の傍らから封呪符が発せられ、夢子の短剣を打ち落としてた。
 魔理沙が振り返るとそこには玄爺に乗った霊夢。
 目が合うと霊夢は小さく笑って見せた。
―これならなんとか保たせられそうだ。
「いくわよ、幽香」
「ええ」
 魔理沙の背後から聞こえてくる魅魔と幽香の声。
「「ツイン……スパーーーーーク」」
 魔理沙や霊夢の脇を通り抜けて極太の翡翠色の魔砲が轟く。
 苦内も短剣も無関係に突き進み、そのまま夢子に襲いかかる魔砲。
 魔砲は夢子に直撃してもその勢いを止めない。
「がっ」
 夢子はパンデモニウムにその体を強かに叩き付けて水晶の壁を穿った。
 徐々に晴れていく爆炎。
 そこには穿たれた水晶に磔にされた物言わぬ夢子の姿があった。
 振り返ると魔砲の根元では、魅魔と幽香が肩を寄せ合い、三日月杖と畳んだ日傘をそちらに向けている。
「久しぶりだったから少し同調に時間がかかったけど、何とかうまく行ったわね」
 魔理沙が改めて二人の並んだ姿を見る。
 それぞれ翼を生やし、幽香は髪を伸ばして魅魔は足を生やした姿で並んだ姿は、魅魔が生きていた頃に長き戦いを共に戦い抜いたパートナーらしくとても絵になっていた。
 そして、改めて磔にされた夢子を見上げて魔理沙は二人の合体技の威力を改めて思い知る。
「大丈夫よ魔理沙。さすがに頑丈よ、死んではいないわ」
 魔理沙の肩に手を置く魅魔。


神戦 ~ Dream Battle

「さあ、行きましょう」
 魅魔の声を合図に四人はパンデモニウムの階段を上り、回廊を進んでいく。
 回廊には外周と同じ青白いドリア調の柱に、それぞれ燈火が垂れ下がり、それが延々と続いていた。
 脇に立ち並ぶ意匠の施された銅の扉には目もくれず、四人は燈火の照らす回廊をただまっすぐに進んでいく。
 そしてようやく回廊を抜けた先には大広間。
 その床には平滑な水晶の敷石が一面に敷かれ、弓状に彎曲した天上からは無数の吊り燈火が煌々と辺りを照らし、それが水晶に反射して燦爛と輝いていた。
 突き当たりには大結晶からから削りだしたであろう、一つの水晶からなる大きな壁。
 そこに……魔界の神はいた。
「へえ……。まさか夢子ちゃんが負けるなんてね」
 壇上の玉座から四人を見下ろす神綺。
 文字通り行き止まり。ここが終点だった。
「だいたい察したわ。夢子ちゃんがわたしのためにやったことだったのね」
 神綺はうつろな瞳のまま、表情だけ微笑む。
「夢子ちゃんは忠義に厚いのは嬉しいのだけれど、わたしのためになると暴走することがあるから……」
 玉座から立ち上がる神綺
「そのことに関しては申し訳ないことをしたわ。わたしの監督不行届き、でもね……」
 そして魔界の神は空中に浮かび上がる。
「魔界を治める神として、ここまで魔界を荒らしたあなた達を、このまま帰すわけにはいかないわ」
 その背からは三対六枚の白い蝙蝠羽が広がる。
「……魔神復誦」
 神綺が呪文の詠唱を始めると同時に弾幕が発せられる。
 羽の両端から白い光弾、神綺の手元からは同色の大粒弾幕が発せられる。
「花鳥風月、嘯風弄月!」
 幽香が広角弾幕で迎撃する。
 これまででもっとも大型で密度の高い花を模した緑の弾幕群。
 高密度の弾幕が神綺を押し返すが、すぐさま神綺の弾幕が変化した。
 そして、神綺の羽の色が下の羽から順に徐々に白から紫に変化していき、変色した羽から発せられる光弾は夢子と同じ紅いクナイに、そして神綺自身が発する大粒弾幕も紫色に変色していき破壊力が飛躍的に増していく。
 一対二枚が紫色に変色した時点ですでに幽香とは互角の威力となり、二対目が変色し始めると幽香の弾幕を押し返し始める。
 神綺の詠唱と共に羽の変色は加速していく。
 幽香の表情にも焦りが生まれていた。
「トワイライト……スパーーーーーク!」
 幽香の背後から発せられた魅魔の青い魔砲。
 神綺はその光線が自分に届く前に、変色した四枚の羽で防御する。
 そのままじりじりと後退し、水晶の壁に体を押しつけられるも、神綺はそれをしっかり受け止めた。
 どかされた羽の向こうから余裕で見下ろす神綺とは対照的に、苦い顔をする魅魔。
 神綺は羽の皮一枚を灼いただけで魔砲の勢いを殺し切ったのだ。
 一時的に詠唱が止まっただけで、再び広げられる羽と再開される詠唱。
「魔理沙っ、霊夢っ」
 魅魔が魔理沙達の方を振り返る。
「はいっ」
「わかーったわよ」
 箒、及び玄爺で宙に上がる魔理沙と霊夢。
 夢子との戦いと同じ流れで霊夢・魔理沙と入れかわりに幽香が後ろに下がって魅魔と合流する。
「幽香っ」
「オーケー」
 幽香が向日葵を日傘に変えて折り畳み、自然落下してくる。
 つまりこれはさっきと同じパターン。
「オーレリーズサン!」
「ホーミングアミュレット!」
 夢子の時と同じく、四色の光球と封呪符で弾幕を迎撃する魔理沙と霊夢。
 その間にも神綺の詠唱と共に羽の変色は加速していく。
「魔理沙っ。レーザーが来るから備えて」
 霊夢の声に魔理沙が身構える。
 三対六枚の羽がすべて紫色に変色すると同時に、それぞれの羽の先端から加えて燃えるレーザーが発射された。
 霊夢の忠告でとっさに身を躱してレーザーを回避して対応する魔理沙。
 しかし、弾幕圧力が一気に増したことで確実に押し負け始める二人。
「「ツインスパーーーーーク!」」
 魔力を充填させた魅魔と幽香の翡翠色の魔砲が神綺に襲いかかる。
 それを六枚全ての羽で防御する神綺。
 しかしその勢いを殺しきれず、そのまま背後の水晶の壁に強かに打ち付けられた。
 水晶に打ち付けられた神綺から濛々と上がる爆炎。
 晴れていく煙、そして黒く焦げた六枚羽がどけられた向こう。
 煤で顔を黒くしたものの、神綺は未だに健在だった。
 神綺が防御に使った六枚の羽が消し炭のように崩れ落ちていく。
 崩れた羽の向こうから現れた神綺の顔がこれまでの柔らかな表情から一変、初めて怒りを露わにした。
「おのれぇぇぇっ、生意気な神の犬共が!」
 崩れた六枚の羽達が神綺の左右に現れた二つの波紋に吸い込まれていく。
 その波紋は大きな魔力の渦となり、球状に形を形成していく。
 頭のサイドテールが大きく光を放ち、光が収まったとき渦のあった場所には巨大な眼球が浮かび上がっていた。
「このわたしに幽幻魔眼まで使わせるとは!」
 二つの眼球は、神綺の周りを周回し始める。
「幽幻魔眼……!」
 霊夢が霊夢が神綺の弾幕を様子を見て呟く。
 周回していた二つの眼球の瞳孔が開かれる。
「魔界神聖!」
 周回する眼球から大粒の白い光弾が大量にバラ撒かれ、神綺自身は逆回転で大量の赤いクナイ弾をバラ撒き始める。
「みんな、わたしのうしろに!」
 言われるがままに魅魔の背後に回る他の三人。
「反幽幻弾!」
 魅魔がシールドを張ると大量の弾幕がそのシールドで反射されていく。
 魅魔の顔が歪む。
「霊夢、あなたはあの神綺の弾幕を見たことがあるようね」
 魅魔が振り返らずに話しかける。
「ええ、あんた達より前に霊魔殿に巣くっていた魔界人達の弾幕とよく似ているのよ。あれは、おそらく神綺が自分の弾幕をコピーしたものだったのね」
「なら、わたしのかわりに3分、いえ1分でいいわ。保たせられる?」
 霊夢はシールドの向こうを見て少し考えた。
「とっておきを使えば……それぐらいならなんとかしてみせるわ」
「魅魔様、それならわたしも……」
 魔理沙の言葉を遮る魅魔。
「魔理沙、今度はあなたもわたし達と合わせるのよ。早く魔砲を撃つ準備をしなさい。霊夢はわたしとかわる準備を」
「でも、それじゃ魅魔様が……」
 魔理沙が顔を曇らせる。
 それでは魔理沙や幽香と違い、魅魔は1分そこそこで魔力の充填及び同調を済ませなければならないことになる。
「大丈夫。幽香とは2回で勘を取り戻したし、あなたのことはわたしが誰よりも知っている。そしてわたしの特技は知っているでしょう」
―魅魔様の特技……早撃ち。
「それにね、魔理沙。師匠の心配をするなんて一〇〇年早いわよ」
 魔理沙の方を振り返って微笑みかける魅魔。
「さあ、みんな準備をして!」
 魔理沙はミニ八卦炉に、幽香は日傘にそれぞれ魔力を充填させていく。
 霊夢は封呪符を何枚も空中に展開して祝詞の詠唱を始めている。
「オッケー」
「いいわよ」
「いけます魅魔様」
 三者三様に答える。
「じゃあ……いくわよ」
 解除される反幽幻弾。
 そして、玄爺に乗って飛びあがり代わりに矢面に立つ霊夢。
 さきほどまで魅魔が反射していた神綺の弾幕が一斉に霊夢に襲いかかる。
「夢想封印!」
 霊夢が封呪符が展開した空間に虹色の光球が幾つも生まれ、それが神綺めがけて飛んでいき、神綺の発した弾幕とぶつかり、ぶつかった光球は炸裂してさらに多くの小さな光球が飛び散る。
 幾つもの虹色光球が霊夢の展開した封呪符から生み出されては神綺の弾幕と相殺されて消えていく。
 霊夢の背後では、魅魔と幽香が先ほどのように肩を付き合わせて日傘と三日月杖を重ねて構え、魔理沙がその中央後ろに立って二人の肩越しに両手で八卦炉を重ねて構えた。
 すでに、おおむね魔力を充填し終わっている魔理沙と幽香だが、その同調が全く噛み合わない。
 そこへ、魅魔が凄まじい早さで魔力を充填していく。
 神綺の弾幕は勢いを増し、霊夢はその顔に苦悶の表情を浮かべている。
「魔理沙……集中。目を閉じなさい」
 霊夢を信頼しているのか、魅魔も幽香もすでに目を閉じていた。
 魔理沙が目を閉じると、急速に膨れあがる魅魔の魔力を感じた。
 そして、噛み合わなかった魔理沙と幽香の魔力を同時進行で自ら触媒となって一つに溶かしていく魅魔。
「……いくわよ」
 魅魔の声を合図に三人は刮目する。
 三人の魔力はすでに一つとなっていた。
「霊夢っ、いいわ!」
 その声で、夢想封印を解除し、玄爺の上にへたり込む霊夢。
 玄爺がそれを労るようにゆっくりと降下した。
「トリニティ……」
 魅魔の声に三人が呼吸を合わせる。
「「「スパーーーーーク!」」」
 発せられた薄緑色の魔砲。
 神綺もすぐさま幽幻魔眼の周回を留め、こちらに向けて留めて魔砲の相殺に集中させる。
 中央で燻る二つの弾幕。
 神綺が頬をゆるめた。対照的に魅魔の表情は苦い。
 徐々に、だが確実にこちらの魔砲が押され始めている。
 魅魔の表情を見て、魔理沙は表情を曇らせた。
 魔理沙の魔砲の出力が三人の中で明らかに足りていないのだ。
―一瞬でもいい。わたしが限界を超え、二人に匹敵する魔力を発せられたら勝機はあるのに……。
 片手で八卦炉を維持したままもう片方の手でポケットを探って何かを取り出す魔理沙。
 先ほどから胞子を吸うのに使っている無加工の化け物茸。
「魔理沙?」
 魅魔は気付いたようだが、魔理沙はそれをそのまま、口に頬張って噛み砕き嚥下する。
 魔理沙の腹の底から熱いなにかがせり上がってくる。
 その熱は喉から顔・頭に伝わり、肩から手・足を経て指先とすぐさま全身へと広がっていった。
 魔理沙の喉が……焼けるように熱くなり、体全体が燃え、全身の血が沸騰するかのような錯覚を覚えていた。
「あァァァーーーーー!」
 魔理沙は衝動のままにその熱を八卦炉に向けて放出する。
 魔理沙の放出する魔砲が血のように赤く変色していき、その赤は魅魔の青、幽香の緑を取り込んでいった。
 赤青緑が混ざり、純白の閃光へ変わった魔砲は神綺の弾幕をみるみる押し返していく。
「そんな、こんなことが……神であるわたしが」
 神綺が戦慄する中、魔砲は瞬く間に眼前に迫り、ついには幽幻魔眼を貫いて神綺に襲いかかる。
「バカなーーーーーッ」
 魔砲は神綺を水晶の壁に叩き付け、ツインスパークですらヒビ一つ入れられなかった水晶の壁に大きな穴を穿った。
 魔理沙にはそれを見届けるのが限界だった。
 文字通り燃え尽きたような感覚で、異様に喉が渇いており、視界が暗転しそうになる。
 倒れそうになる魔理沙を優しく抱き留める魅魔。
「魔理沙……」
 潤んだ瞳で魔理沙を見つめながら、その顎を持って唇を自分へ向けさせる。
―魅魔様、今度こそ……そうなんですね。
 至近距離で魅魔の表情を見た魔理沙は、その唇が近づいてくるのを見て瞼を閉じて少し唇を突き出す。
 魅魔はさらに顔を近づけるとそのまま魔理沙の唇を開かせて……。
 ズブリと人差し指を根元まで突っ込んだのだった。
「げぇーーーーーっ」
 魔理沙は床に突っ伏して涙目になりながら、胃の中のものをあるだけ吐き出した。
 俯いた魔理沙の視界の隅に、片側だけ結った三つ編みが垂れ下がる。
 魔力を枯らし尽くした魔理沙の髪は白く変色し、ガサガサになっていた。
「化け物茸を食べるなんて、無茶する子ねえ。そうやって戻せる分だけでも戻しておきなさい」
「は、はひ、びばざば……」
 這いつくばった弟子を尻目に、魅魔は水晶の壁に穿たれた穴を見上げる。
「まあ、おかげで勝つことが出来たけれどね」
 改めて魔理沙の方を振り返る魅魔。
「魅魔様……」
 顔を上げた魔理沙と視線を合わせる。
「やっぱり弾幕はパワーですね」
 その言葉を聞いた魅魔が小さく微笑む。
「当然でしょ」
「何を……言っているの……かしら」
 上空から声がする。
 四人が見上げると、水晶の穴から神綺が這い出していた。
 全身煤で真っ黒、紅いローブは焦げてにそこかしこに穴が開き、髪もあちこちが焦げている。
「弾幕は……ブレイン……よ」
 穴から這い出るも羽を失った神綺は壇上に無様に墜落した。
 どうにか玉座に這い上がり、そこに収まる神綺。
「それを言うのは勝者だけの特権よ、神様」
 魅魔を先頭に、改めて神綺と対峙する四人。
「あれほどの魔砲を受けて、意識があるのは大したものだけど、さすがに戦闘不能の様ね」
 呼吸を整え、嘆息する神綺。
「ええ……あなた達の勝ち」
「では、幻想郷に侵入した魔界人達を撤収して、結界を元通りにしてもらうのはもちろんとして、勝者としてもう一つ要求があるわ」
 十分に間をとって魅魔は言葉を放つ。
「旧魔界の統治権を正式にわたしによこしなさい」
 目を見開きしばらく考えた神綺だったが、諦めたように目を閉じて嘆息した。
「わたしに拒否権はなさそうね」
 こうして、『幻想郷縁起』に記されることのない、今回の異変は解決された。
 公式名称のないこの一連の異変を霊夢や魔理沙達は便宜上、〝幻想魔界戦争騒動〟と呼ぶことになる。


絵本のとびら開いて ~ Open Sesami

「旧魔界の統治権を認めさせたはいいけれど、神綺の影響力がどれぐらいあるかは怪しいかもね。今回の件は、わたしたちが魔界で奥地まで侵入して支配者を打ちのめしたことが魔界で喧伝される方が大きいわ。そうすれば、魔界人の雑魚なんかは最初から向かってこなくなるでしょうしね」
 道中で魅魔の話を聞きながら、一行はすでに旧魔界の区画まで戻って来ていた。
「まあ、これでひとまず神綺の影響で幻想郷にやってくる魔界人は減るでしょうし、漏れ出てきたヤツがいたとしてもわたしが何とかしてみせるわ」
 霊夢は魅魔の言葉を聞いてはいるものの、釈然としない表情をしている。
 利害が一致していたのは確かだし、異変も解決できたが今回も魅魔に利用された気がしてしょうがないのだ。
 魅魔達の協力がなければ異変解決は困難だったが、これで魅魔は根城の支配を確実なものにしてしまった。
 ようやく、玄武の祠の前に降り立つ一行。洞窟を抜けたらそこは幻想郷である。
「魅魔様、幽香はどこへ消えたんですか」
 魔理沙が魅魔に今さらな質問を投げかける。
「アリスの魔法を盗みたいからって、エソテリア上空で離脱していったわ」
―まあ、いない方がいいからわたしは構わないけれど。
 洞窟を抜ける。
 魔理沙はヒカリゴケから乱反射される陽光に目を細めた。
 玄武の沢を流れる清流。
 その沢辺には一人の先客が居た。
 明るさに慣れない中、いま一度目を凝らすと、それは幻想郷にいるはずのない人物だった。
「……アリス」
 体に不似合いなほど大きなグリモワールを抱えて、そこには”死の少女”アリスがいた。
 どういうわけか瞳の色が青くなっているが、それは間違いなくアリスだった。
「ようやく来た。待っていたわよ!」
 霊夢が改めて確認する。
「ええと、幽香はなんで魔界に残ったんだったかしら」
 掌を瞼に当てて項垂れる魅魔。
「はっはっはっ、ざまあ見ろだぜ」
「魔理沙……あなた」
 魅魔が絶句している。
「お母さ……神綺様を殺さないでいてくれたことには礼を言うわ。でもね……魔界で暴れ回ったあなたたちを大人しく帰す訳にはいかないのよ!」
 グリモワールを開くアリス。
「神綺様にかわって、この魔導書に記された究極の魔法でわたしがあなたたちを懲らしめてやるんだから!」
「へえ、面白いじゃない」
 前に出ようとした魅魔を魔理沙が手で制する。
「魔理沙……」
「あいつはわたしの担当ですよ、魅魔様」
「でも、あなた……」
 心配そうに見つめる魅魔。
 魔力を使い切った魔理沙の髪は真っ白に変色したまま元に戻る様子はない。
「大丈夫ですよ魅魔様。地の利はこちらに」
 そう言いかけた魔理沙の両頬を魅魔はそっと押さえて自らの顔を近づける。
 魔理沙が体を強ばらせる。
 こうやって魅魔が顔を近づけてくるのは今回三度目。
 普通なら嬉しい展開のハズだが、そんなことは二回ともなく二度目に至ってはノドに指を突っ込まれたのだ。
 目を閉じ、あらゆる衝撃に備えてしっかり閉じた魔理沙の唇に柔らかな感触が触れる。
「んっ」
 驚いて、思わず目を見開いた魔理沙は自分の唇に魅魔が唇を重ねているのを知った。
―ああ、今度こそキスしてくれるんですね……。
 魔理沙はうっとりとした目で唇を開いて魅魔を受け入れる。
「ふぐっ」
 お互いの体を抱き寄せ、舌を絡め合う師弟。
「ちょっ、何やってんのよあんたら!」
 頬を赤らめながら霊夢が怒鳴りつけるも、二人は構わず続けている。
 アリスの方は、魔導書を取り落としそうにながら、顔を真っ赤にさせて口をパクパクとさせている。
「こ、これが幻想郷なのね……」
「違うから、断じて違うからっ。勘違いしないで」
 アリスから二人を隠すように前に立ち塞がって必死に否定する霊夢。
「いつまでやってるの! いい加減にしなさいよ」
 霊夢の声にようやく体を離す魅魔と魔理沙。
 魔理沙の舌からは糸が引いていた。
「髪を見てみな。これで一戦ぐらいなら魔力が保つだろ」
 真っ白だった魔理沙の髪は元の金髪に戻っていた。
「だから、ドサクサに紛れて揉むなって言ってるだろ」
 しつこく魅魔の胸を揉みしだいていた魔理沙の体を強引に引きはがす魅魔。
「ああ、魔力補充してくれるなら、どうせならそっちから吸わせて下さいよ魅魔様~」
 物欲しそうに見る魔理沙から、魅魔は自分の胸を手で覆って隠す。
「外でそんなこと出来るはずないだろ、このバカ弟子が」
 魅魔もさすがに少し照れて頬を赤くしている。
―家ではやってるの?!
 霊夢とアリスが愕然となる。
「さあ、待たせたなアリス」
 魔理沙がアリスに向き直る。
「ちょっと待って! 少し時間をちょうだい」
 アリスが胸に手を当てて深呼吸を始める。
―あんな小さい娘がいきなり目の前であんなの見せられたら、そりゃあ動揺するわよねえ……。
 必死で呼吸を整えているアリスをしみじみと見つめる霊夢。
「あんたら、いったい普段はどんな修行をしてるのよ」
 自分の横に下がってきた魅魔に霊夢が訊ねる。
「そりゃあ、あたしは〝魅魔〟だからね。純粋に魔法使いとしての修行以外にも色々と仕込んでやってるさ」
 魅魔が霊夢の視線を受け止めながらニヤリと口角をつり上げる。
「なんだい?興味があるのかい。あんたも年頃だものねえ」
「バッ……そんなわけないでしょ!」
 霊夢は魅魔から逸らした視線を魔理沙に向ける。
―師弟とはいえ、こいつら女同士でこんなことしてるなんて……魔理沙を見る目が変わりそうだわ。
 なお、この濃厚な師弟のキスシーンが魔理沙を挟んだ霊夢とアリスの関係に影響を及ぼすことになったりならなかったりするのはずっと後のお話である。
「もう大丈夫か?」
「ええ、始めましょう」
 アリスは改めて魔理沙と向き合うとグリモワールを開き、大きく息を吸い込むと呪文の詠唱を始めた。
 呪文の詠唱開始と共にアリスの足下に浮かび上がる六芒星。
 アリスの瞳が魔界で見たときと同じ金色に変わっていく。
 アリスを中心に発せられた幾つもの火球が途中で方向を変えて魔理沙に襲いかかる。
 魔理沙は箒に跨がると、すいすいと躱していく。
 通用しないと悟ると、今度は青い氷の弾幕をばらまいたあと、同属性の炸裂弾が両脇に放って跳ね返らせ魔理沙を挟み撃ちにしようとする。
 しかし、魔理沙はそれも苦もなく避けていく。
 次は、連続放射された何条もの紫の針弾で移動範囲を狭めた上で、同属性のレーザーで狙い撃とうとする。
 しかし、魔理沙はそれも危なげなく躱していった。
 次は緑色の大粒弾幕をバラ撒きながらホーミングレーザーで狙い撃つも、魔理沙は幾つかの弾幕を相殺しただけで難なくくぐり抜けた。
 次はアリス自身が回転しながら黄色の苦内型の弾幕を全方位にバラ撒き始める。
 アリスは滝のような汗をかき肩で息をしながら、仕留められない歯がゆさに目に涙を浮かべていた。
「イリュージョンレーザー!」
 魔理沙の発したレーザによってグリモワールをはじき飛ばされるアリス。
 慌ててグリモワールを拾い上げようと歩み寄るが、その間には魔理沙が投げた箒が突き刺さった。
「真面目に戦いなさいよ!」
 アリスは魔理沙を睨み付け、悔し涙を流しながら叫ぶ。
 その瞳の色は、再び青に戻っていた。
 魔理沙の方は沢辺にへたり込んでいる。
「真面目だぜ。さっきのレーザーで最後だ。わたしはもう飛ぶ力も残ってない」
 アリスは愕然としている。
「……アリス。ここはわたしの修行場所なんだ。ここは一切魔力が増幅されない、まっさらな場所だ」
 魔理沙はアリスに歩み寄り、箒を抜いて肩にかけた。
「だからわたしは普段は魔法の森や霊魔殿で過ごして魔力の増幅を促すが、修行はここでする。どんな状況でも戦えるようになるためにだ」
 アリスの弾幕は魔界にいたときと較べて弾速も威力も弾数もまったく足りていなかった。瞳の変色もそれに起因するものだろう。
「これが魔界だったらわたしが敗れていたかも知れないな」
 魔理沙は河原に落ちたアリスのグリモワールを拾い上げる。
「勝者の特権としてこれは預かるぜ。究極の魔法はわたしが習得しておく」
「に、人間には無理よっ」
 アリスが取り返そうと手を伸ばすも、その手は魔理沙に届かかず宙を掻くのみだ。
 振り返ると、魅魔が後ろからその襟を掴んでいた。
「あなたはこっち。霊魔殿でメイドとして雇用してあげるわ」
「ちょっと待ちなさいよ。そいつにはわたしが境内の掃除をさせるのよ」
 霊夢の方はアリスの腕を掴んでいた。
「わかったわ。そっちにも貸してあげるから」
 アリス本人の意思は無視して、為されていく戦利品の分配。
 それを尻目にグリモワールを片手に魔法の森の方へ歩いて行く魔理沙。
 その後、魔理沙が魅魔から魔砲の修行をつけてもらうときは、メイドのアリスが傍で控えて待つようになり、特訓のあとにアリスとグリモワール奪還を賭けて決闘するのが日課となった。
 しかし、そんな日々にも終わりが訪れる。
 アリスが決闘で魔理沙に勝つ前に、魔理沙が魔砲を習得してしまったのだ。
 そして、全ての魔法を魔理沙に伝授し終えた魅魔は、幻想郷との盟約に従って魔界が結界を張り直す際に霊魔殿に残り、魔理沙には幻想郷に残るように言い渡したのだった。
「大丈夫。離れてもわたし達は繋がっているわ。だって……あなたはわたしの娘なんだもの」
 最後にそう言って魅魔は魔理沙を深く抱きしめた。
 それから、魔理沙は魅魔とは会っていない―。


人形租界の夜 ~ Cherry Blossom Side

―一年後
 幻想郷の空を一つの黒い影が飛んでいく。
 癖のある金髪を片側だけお下げに垂らして白いリボンで留め、同じく白いリボンのついた黒い三角帽、白のブラウスの上に黒いサロペットスカート、肩には白いケープの上に臙脂色のマフラー、その上に白いエプロンという、白と黒で構成された出で立ちをした少女。
 普通の魔法使い―霧雨魔理沙は焦っていた。
 幻想郷では今、5月になっても雪が降り続けるという異変―のちに〝春雪異変〟と呼ばれる異変が発生している。
 そこで彼女は幻想郷から春を奪っている奴がいると踏んで異変解決に出かけたのだが、はっきり言って出遅れていた。
 妖怪の山の麓にある樹海で道を見失い、迷い里で予想外の戦闘をする羽目になってしまったのだ。
 おそらく、同じく異変解決に乗り出した巫女やメイドはもっと先に進んでいるだろう。
 彼女はとんがり帽子に添えた手にさらに力を込めて、箒の出力を上げた。
 さきほど、ようやく川を見つけてそれに添って山を登っている。
 森が途切れ、箒越しに見える眼下の景色が一変した。
 ようやく森林限界点を越えたらしい。
 目の前には一面の草原が広がる。
 妖怪の山の中腹にあって、大蝦蟇の池を中心として広がる草原。
―幻草原
 そう呼ばれている場所である。
 このまま進んで、渓谷を越えると山の妖怪達の縄張りに入ってしまう。
 だから渓谷に行き当たる前に雲上の結界の境目を見つけなければならない。
―やはりおかしい。
 彼女の疑念が確信に変わる。
 森を抜けたときから感じていた違和感。
 普段ならこの辺りを季節ごとにあわせた妖精が飛び交っているはずなのだ。
 しかし今、その気配が全く感じられなかった。
 彼女が目を閉じて感覚を研ぎ澄ませ、周辺の様子を探ってみるとその理由はすぐに判明した。
 一人の妖怪が、前方から凶悪な妖気を垂れ流しているのだ。
 おそらく妖精達はそれに怯えて隠れてしまったのだろう。
―敵意の矛先は……おそらくわたしだ。
  整えられた金髪を赤いヘアバンドで留め、青の洋服の肩に白いケープを羽織って、首と腰に赤いリボンを巻いたロングスカートの少女。
 それは彼女のよく知る人物。
 しかし、会うのは半年ぶりになるとはいえ、その容姿は彼女の知るものとはずいぶん違っていた。
「アリス……か?」
 魔理沙は慎重に旧友アリス=マーガトロイドに話しかける。
 魔理沙の知る彼女は一〇歳にも満たない、少女のような容姿だったはずだ。
「見違えたぜ。どうしたんだ? その姿は」
 魔理沙は素直な感想を口にした。
 アリスの姿は魔理沙と同じ年の頃、上背に関しては魔理沙を超えるほどに成長していた。
 そして、怒気を含んだこの妖気、この気配。
 彼女がどんな手段でこれほどの変貌を遂げたのかはわからないが、このただごとではない様子からどうやらその原因が自分にあることが伺えた。
「ええ、久しぶりね。魔理沙」
 うつむいていてアリスの表情はよく見えない。
―だめだ、やはり恨まれる理由が思い当たらない。
「アリス。グリモワールは返したし、もうわたしが借りてるものはないよな? 何を怒ってるのかは知らないが、今は急ぎの用があるから……」
「ねえ魔理沙」
 アリスが初めてその顔を上げ、青い瞳が露わになる。
 しかし、その無機質な瞳は何も見ていないようにも見えた。
「わたしのグリモワールはどうだった?」
 アリスが自らの手にあるグリモワールを掲げながら尋ねる。
 魔理沙は考える。
 どう答えれば満足してすんなりここを通してもらえるのだろう。
 はっきり言って時間がない。
「すごく参考になったぜ? おかげでわたしの魔法もずいぶん強化され……」
「そう、よかったわ。なら、試させてもらうわね」
 またも言葉を遮るアリス。
 その仮面のような笑顔は彼女の憎悪をむしろ際だたせていた。
 グリモワールを広げると彼女は呪文の詠唱を始める。
 詠唱が進むに連れて青かったアリスの瞳が金色へと変色していく。
「……蒼符『博愛の仏蘭西人形』」
 アリスの周囲に召喚される六体の洋風の人形達と、それぞれが形成していく蒼色の弾幕群。
―五色の魔法……懐かしいな。
 アリスの魔法は、魔方陣ではなく人形を媒介とすることで強化され、幻想郷の命名決闘法にもちゃんと則っていた。
「懐かしいな、アリス。この魔法は一年前の玄武の沢で戦って以来か」
 アリスは何も応えない。
「紅符『紅毛の和蘭人形』」
 魔理沙がパターンを憶えて回避をし始めると、今度は入れかわり立ち替わり紅毛の人形が現れては消えつつ紅い弾幕をバラ撒き始める。
「白符『白亜の露西亜人形』」
 魔理沙がパターンを憶え始めたのも束の間、赤毛の人形に替わり白い人形が現れてさらに強化した弾幕をバラ撒き始める。
「魅魔様とも魔砲を習って以来会っていないが、お前も神綺に会いに行ったりしてないのか?」
 アリスはやはり応えない。
「闇符『霧の倫敦人形』」
 今度は、召喚した六体の洋風の人形達が緑色の米粒型の弾幕を放ち始めた。
 なんとか回避はしているが魔理沙にそれほどの余裕はなかった。
「あのあと、幽香とも会ってない。お前のところに魔法を盗みに来たりしなかったか?」
 アリスは魔理沙の質問に何も答えない。
「廻符『輪廻の西蔵人形』」
 入れ替わりに同じく六体の亜細亜風の人形達がより強力で、大量の青い米粒型の弾幕を放つ。
―五色目。これで最後のハズだ。
 回避が厳しくなっていたがこれが最後と懸命に回避する魔理沙。
「なあ、アリス。今は春になっても雪が降り続けるという異変が起きてるのは知ってるよな。今は霊夢と競ってその異変解決に向かう途中で急いでてな?」
 魔理沙は思い出す。
 半年ほど前にも、吸血鬼が紅い霧で幻想郷を覆うという異変―〝紅霧異変〟を起こし、アリスに構う余裕がなくなったことからアリスにグリモワールを返した。
 それが、アリスに会った最後だったのだ。
「また、そうやってわたしに構わず異変解決に向かう訳ね……。雅符『春の京人形』っ」
 またも入れ替わりに召喚される今度は和風の六体の人形達。そこから放たれるさらに強力で、大量の水色の米粒弾。
「な、六色目?!」
 魔理沙の記憶が確かならば、アリスの魔法は五色だったはずだ。
「くっ、魔符『ミルキーウェイ』」
 魔力を温存しようとしていた魔理沙だったが、たまりかねて天の川に見立てた星弾で相殺する。
 グリモワールを返したあのとき、まだ幼い姿だったアリスは沈痛な面持ちで「確かに受け取ったわ」とそれを受け取った。
 魔理沙は、ようやくアリスが怒っている理由を理解し始める。
「咒符『魔彩光の上海人形』」
 七色目の魔法として改めて召喚されたのは初めて出会ったときからアリスが抱えていた青い人形。
 その人形が放つ弾幕はこれまでとはその様相を全く異にしていた。
 次々と放たれる色鮮やかな黄赤青の三色の弾幕と時間差で放たれる紫の大粒弾。
「さっきから魅魔だの、幽香だの、霊夢だの……」
 ようやく感情を露わにし、口を開き始めるアリス。
「光符『アースライトレイ』!」
 魔理沙も魔法瓶を投げると、着弾した魔法瓶からレーザーが発され、光の柱が立ち上ってアリスの弾幕を相殺していく。
「じゃあわたしは? わたしはあなたのなんなの……ライバルじゃないの?!」
 展開したアリスの人形達が一斉に魔理沙の方に向き直る。
「魔符『アーティフルサクリ」
「恋符『ノンディレクショナルレーザー』!」
 詠唱の暇を与えず、魔理沙は無軌道のレーザーを発射する。
 レーザーはアリスが展開した人形達を薙ぎ払い、そしてアリスをも呑み込んだ。
 被弾したアリスが、草原の中に墜落していく。
 しかし、すんでの所で自ら衝撃を緩和して、ゆっくりと草原に降り立った。
―……今度は受け止めてくれないのね。
 アリスが小さく呟く。
 魔理沙が草原に横たわったアリスの横に魔理沙は降り立つ。
「人形を媒介にした七色の魔法とは恐れ入ったぜ」
 箒を肩に掛ける魔理沙。
「さっきのレーザー、あれって……」
「『ノンディレクショナルレーザー』か? あれは『紅霧異変』の時に紅魔館の地下図書館の管理人と友達になってな。そいつから盗んだ魔法だ」
―グスッ
「だからわたしのグリモワールはもう必要ないってわけ? ひどいわ……あんまりよ……」
 アリスの声に嗚咽が交じり始める。
「で、でもその前に撃った『アースライトレイ』はお前の『アーティフルサクリファイス』を参考にしたスペルなんだぜ」
 ぐずるのをやめるアリス。
「本当?」
 アリスのが怒った理由は魔理沙の霊夢に対する感情と対比することで容易に理解することが出来た。
 仮に、霊夢が魔理沙の技を盗むためにこのグリモワールを盗んでいき、魔理沙がそれを奪い返すために何度も勝負を挑んだとする。
 しかし、勝負を挑まれるのが面倒だからと霊夢がそれを自分からそれを返してきたとしたら、きっと自分ごと不要だと言われた気になるに違いない。
 そして、自分の存在を叩き付けるためにグリモワールを使って血を吐くほどの修行をして再び挑むだろう。
 それを自分から盗んだグリモワールと何の関係もない技で返り討ちにされたらどう思うだろう。
「ああ、今度その図書館の管理人にも紹介してやるから」
―アリスが悔し涙を流したのも納得だ……。
「……約束よ」
 そう言って何かを投げつけるアリス。
 受け取って見ると、それはリボンで括られた白い巾着。その中から輝く桜の花びらが透けて見えていた。
 魔理沙自身すっかり忘れていたが、今回の騒動の元凶である、物質化された春。
 アリスに視線を戻すと彼女は涙を拭い、夜空を見上げていた。
「……わかったらもう行って。心配しなくてもこの埋め合わせはさせてあげるわ」
「わかった……わたしはいくぜ」
 魔理沙は箒に跨り、宙へと浮き上がる。
 幻草原の空高く飛び上がった魔理沙は、再び山上へと向かい始めた。
 雲を抜け、雲上に出ると頭上には満たされた月が出ていた。
 かつて彼女にとって月は嫉妬の対象だった。
 ほとんどの妖怪がそうだが、魅魔は特に月の満ち欠けにその強さを左右されていたため、満月のたびに酒を飲みながら魔力を増幅すべく、月光をその目に焼きつけていた。
 魅魔は平行世界からやって来た”夢幻遺跡”で岡崎夢美に勝ったときに、何でも願いを叶えると言われ、欠けることのない永遠の満月を願ったのだ。
―やはり魅魔様は言うことのスケールが大きいな。
 魔理沙はようやく見つけた幽明結界の歪みに向けてさらに箒を加速させた。
 この秋、『永夜異変』で魅魔の愛した満月が奪われたとき、魔理沙とアリスは手を携えてその奪還に立ち上がることになるのだが、それはまた別のお話である。
自分なりの解釈で『東方怪綺談』をノベライズしてみました。感想お待ちしております。
胡玉
kanseiyu@hotmail.com
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コメント



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2.100モブ削除
この長さを書ききったことが、まずすごいです。作者さんなりの幻想郷をみせてもらいました。ありがとうございました。
3.100終身削除
弾幕を通しての戦いもそれぞれにスタイルや特徴が良く感じられて何だか弾幕のお互いに自分を表現するというポイントの元になるようなものがあったように感じました そんな魔界での戦いを通して魔理沙やアリスには彼女達なりの成長がそれぞれにあったようで戦いの終わった後は2人がなんだか良いライバルになっているみたいでほっこりしました 
4.100こしょ削除
とてもおもしろかったと思います
弾幕勝負のシーンや、キャラクターの表現などよかったです