(※以下はシュールギャグ台無しパートです※)
私たちは、一度やり直すことにした。日本に帰って、蓮台野の墓石を元に戻した。フランスのハムスターの高速回転は止まり、それより他に動物が高速回転することは無くなった。
けど、やり直したのはそれだけじゃない。
私たちは、お互いの関係をやり直すことにした。もう一度、お互いを知ることから始めた。私は、蓮子の名字が宇佐見であることを知った。蓮子は、私の本名がマエリベリー・ハーンであることを知った。
逆に何故今まで知らなかったのか？ 答えは簡単だ。私たちは気が合いすぎた。秘封倶楽部に憧れる者である、その共通点を見つけた、ただそれだけでお互いを信頼するのには十分だった。通常は数か月を要するであろう人間関係の段階を、一瞬ですっ飛ばして、いきなり仲良くなってしまったのだ。だから……知り合ったのは僅か三週間。あり得ないことだと思う。ほぼ初対面の人間と、いきなり夜中に墓荒らしをして、更に翌朝タイに遠征に行く阿保がどこにいるのだろう。ましてやタイで高速回転する犬の調査だなんて……
でもそれが現実だ。そして、私たちが本名さえ知らなかった理由。でも焦ることは無い。私たちはこれから何度だってやり直せる。だって、まだ三週間しか経っていないのだから。
――これからみっちりと、宇佐見蓮子を教育できる。
この地球を、そして宇宙を護るために、私がするべきこと。真実を知っている、私にしかできないこと。
彼女に自身の能力を悟られてはならない。
都合の悪い事実を隠すな。私は蓮子にそう言ったけど。本当はとても心苦しかった。なぜなら、蓮子をそう叱ったことさえ、私が、都合の悪い事実を蓮子から隠すための手段に他ならなかったのだから。
――私は知っている。あの墓石は只の墓石じゃない。
地球の自転に直結する墓石だ。
それを回して、地軸の向きが変わったから……春分点の方向が変わり、秋なのに桜が咲いたのだ。そして、それに人々が気づけないのは、蓮子の能力のおかげである。
彼女の能力、星を見て時間が分かり、月を見て今居る場所が分かる。それはある意味で正しく、別の意味で徹底的に間違っている。
というのも、蓮子は時間も場所も言い当ててはいない。彼女が口にする時間や場所は、全くの出鱈目である。しかし、振り返ってみれば、彼女が時間や場所を間違えたことなど一度も無い。これが意味することは、ただ一つだ。
彼女の言葉が、現実を書き換えている。
宇宙そのものが、彼女の言葉に合うように修正される。
彼女の言葉という偽りが、真実となり、彼女の言葉にそぐわない現実が、偽りとなるのだ。
この能力が発現するのは、宇佐見蓮子が揺るがぬ確信を以て言葉を発するときである。彼女は月と星に関する時間と場所の特定能力があると本気で信じてしまっているため、その時刻や場所に対する宣言は、悉く現実を上書きしてしまう。それでも……発現条件が限られているだけ、今はマシなのかもしれない。
「犬力」。彼女がそれを口にしたとき、私は背筋が凍る思いだった。物理学的発見を目の前にして、物理学者が抱く確信、自分の仮説こそ正しいのだという確信は、往々にして悲劇的な誤りを犯させる。殊に……宇佐見蓮子という物理学者に関しては、その誤りが悲劇を通り越して惨劇に直結する。
あの瞬間、蓮子がそう発言した瞬間。この宇宙には、第五の力、つまり「犬力」が本当に生まれようとしていたのだ。それが現実にならなかったのは、彼女自身が、半分ユーモアのつもりで言っていたからなのだろう。ハムスターが高速回転したおかげで、犬力によるタイの異常の説明は殆ど効力を失い、蓮子もその仮説を捨てるに至ったため、現在の物理法則は再び安定を取り戻している。
だが油断はできない。宇佐見蓮子が、またいつ荒唐無稽な〝革新〟を持ってしまうか分からない。予断を許さないこの仕事に、しかし私は誇りを持っている。そしてこれからも、私は黙々と使命に取り組んでいくだろう。
人妖のバランスを監視する、秘封倶楽部としての使命を。
人妖の結界を隔てる、電脳管理局結界課職員としての使命を。
そして、宇佐見蓮子というオカルトを閉じ込める。専属の結界としての使命を。
これでもかと詰め込まれた時事ネタに蓮子の大真面目なクソ理系ムーヴが合わさって驚くほどに狂気的です。
こんな怪作を見事にまとめた氏の手腕に拍手。しぬほど面白かったです。ちょっとフランス行ってコマ回ししてきます。
時事ネタも多く大変楽しませてもらいました
シュールギャグから始まって、壮大なSFに帰着させるその手腕に脱帽
どうやったらそんな話を思い付くのか、首をかしげるばかりです
物理学はからっきしわかりませんが、五つ目の力とか言い始めたあたりから電波ゆんゆんっぷりが素人目にもわかってきました。
｢イグみが深い｣｢犬力｣といったパワーワードにボコボコにされてパンチドランカーになりそうです。光速で回転する犬で地球がヤバイ。
そして後半からうずたかく積み上げられてゆく陰謀論的世界観…。
SS読んでクラクラするとは思いませんでした。これは電子ドラッグか何かでしょうか？
とにかくすごかったです。
あたまはおかしいけどちゃんとまとめて急に某コズミックホラーみたいな
何かとてつもない脅威があるみたいなオチで落としていて面白かった
そしてほんのり蓮メリ成分と陰謀論にコズミックホラーな要素と、シュールな土台の上に凄まじいバランス感で乗っている何か。
面白いのに思わず首を傾げてそのまま回り出しそうな、そんな不思議に最高な作品でした。
すごくハイコンテクストな秘封倶楽部を描かれていることで本当に作者さんの頭脳が秘封についていけてるのが好みです。
コメディなのに、最後にあー―っ!っていう締めを持ってこれるのも「らしい」。
プランク並みなのでは?
犬が助かったからハッピーエンドでいいんですよね多分？