Coolier - 新生・東方創想話

タイで高速回転する犬

2019/06/24 04:03:52
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「うー、くたびれたぁー」

 私たちはバンコクの空港に戻っていた。

「蓮子~~~腕揉んでよ~~~」
「はいはい、わかりましたよ……」

 今は帰りのフライトを待って、ベンチで休んでいるところである。

「アアア~~~きもぢぃ~~~」
「ちょっと、メリー! 声抑えて」

 蓮子が耳にささやく声。

「みんな見てるから!」
「ごめんなしゃ~アァァアオオオっ!?」

 ばしん。蓮子のツッコミが背中に命中した。

「あんた……結界暴きより下品なゲームの声優の方が向いてるんじゃないの?」
「蓮子こそ……整体師でも始めたら? ……おひっ?」

 ばしん。

 蓮子の手が止まる。

「続きは帰ってからにしましょ。そうでなきゃ社会的に死ぬわよ。私たち」
「まさか。あんたここがどういう国だか分かってる?」
「そういう問題じゃ……」
「そうゆう問題よぉ。せっかくのタイなのよ? 最後くらい、周りの目を気にせず楽しめばいいじゃない。……ねぇ? キミもそう思うでしょう?」

「ワン!!!!!」

「うっっっっわびっくりしたなぁ!!! てか何でついてきてんのよ!!!」

 嬉しそうにしっぽを振る例のコーギー。尻尾の長さも三倍である。

「この子、一緒に日本に来たいって」
「いや無理。無理だから。胴体長すぎるから」
「いいじゃない。ウチでこっそり飼いましょうよ」
「いや無理だから。犬小屋とかもう特注品だから。車両基地みたいになるから!」

 長い箱を象るようなジェスチャーをする、いかにも楽しそうな蓮子。その手を私はぐっと掴んだ。

「あのね、蓮子。私が筋肉痛になってるの、誰のせいだと思ってるの?」
「私のせいじゃないわよ? 少なくとも今回は……。タイで高速回転する犬のせいよ」
「本当にそうかしら」
「……えっ?」
「あの炉心のファンが高速回転してた理由……あなた、何か思い当たることは無いの?」
「それは……」
「私はあるわよ。というか昨日の今日なのよ?」
「いや……それは……あり得ないわ。ないない。絶対ない……」
「私の目を見なさい」
「う……」

 蓮子の目は、明らかに何かを解っている目だった。しかし解ろうとしない目でもあった。

 だから私が、理解らせてあげるしかない。
 
「まずね。あの非常用ハンドル。私、あれをどのくらい回した?」
「四分の一回転」
「じゃぁ蓮台野の墓石は?」
「……四分の一」
「あのハンドルはどっちに回した?」
「時計回り」
「それは、反時計回りに回るファンの回転を打ち消すため、よね?」
「うん」
「蓮台野の墓石はどっちに回したかしら」
「時計回り……」
「次の質問。タイで犬が高速回転するようになったのはいつ?」
「現地時間午前〇時三十分」
「……JSTで答えて」
「午前二時三十分」
「蓮台野で私が墓石を回したのはいつ?」
「午前、二字三十分……」


「最期の質問。炉心のファンを回転させる……



 ……あの巨大な〝角運動量〟は何処から来たの?」



 ――私は知っている。あの墓石は只の墓石じゃない。



「あなたみたいな勘の良いお嬢さんは……」

 下手な声真似で茶番に走ろうとする蓮子に、私は釘を刺した。

「勘ですって? ふざけないで。私がこれまで蓮子と過ごした時間を何だと思ってるの? さんざん物理の話を聞かされて、物理の質問で試されて。未だに角運動量保存のひとつも分からないような、成長のない馬鹿な学生だと思うわけ? 私が下手に出てるからって、いつでも教える側に立って教授気分になって。持論の展開をするのは気持ちいいかしら? 成長してないのはあんたの方よ。向上心の無い者は馬鹿なんだから」
「それはね、メリー、あんたが議論を……」
「議論を自分への攻撃だと勘違いして怒っているから、そう言いたいんでしょう? でもね、蓮子、アンタ人のこと言えるのかしら。自分だけは感情を切り離して議論しているつもりでいるのに、今だって、私に知られたら都合の悪いことを隠そうとしたじゃない」

 ……蓮子が口を閉ざす。その代わりとでも言うように、コーギーが口を開いて舌を見せていた。まるで何事も無かったかのように、笑顔で、元気に。

「……ごめん。メリー、そんなつもりじゃなかったの」
「あのね、蓮子。私は、あなたにいつも力仕事を任されることに腹を立ててるんじゃないの。都合の悪い事実を、私には分からないだろうって高をくくって、隠そうとしたことが許せないの。分かってくれる?」
「……うん。分かったよ。ごめん」
「謝らなくてもいいから。今度からそういう隠し事はナシよ」
「………………うん」

 沈黙が訪れた。
 自分が言ってしまったことを反芻し、少し後悔する。蓮子はきっと突然のことで驚いているだろう。けれど、いずれ言わなければならないことだった。私はすぐに人に合わせてしまうから、いつしか蓮子についていくだけになっていて。蓮子の方も、それが当然であるかのように私を連れ回して、私を得意になるためのサンドバッグにして。このままでは、私が我慢するばかりの関係では……いつしか決定的に決裂してしまうと思った。破滅的な絶交が起きてしまうかと思った。だから、これは必要なことだったんだ。これからも、二人で秘封倶楽部を続けていくために。
 初代会長の意志を受け継いでいくために。

 交わす言葉を失った二人は、正面のスクリーンに流れるニュースを茫然と眺めていた。

 ――犬の高速回転、終息  ――タイ

 そんなような内容のテロップが、英語で表示されている。私たちが秘封倶楽部でなかったら、きっと今頃、ちょっとしたヒーローになっていただろう。それは、表舞台に姿をさらすその行為は、しかし、秘封倶楽部には許されない……

 ――次のニュースです。

 テロップが切り替わる。
 私は、そして蓮子は、二人同時に目を見張った。

 ――ハムスター、高速回転か  ――フランス

 二人で目を見合わせ、数秒。
 私たち盛大に噴き出した。



「成る程これは……」
「角運動量のたらい回しね」
「ワン!!!!!」

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