Coolier - 新生・東方創想話

おれまりライジング

2018/11/06 23:42:40
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午後、うだるような暑さがピークを迎えている。
魔理沙はアリスの家を目指して、今日も愛馬である箒に跨る。魔法実験の手伝いと引き換えに食事を恵んでもらう約束だった。
空はまるで神様が水色を思い切り塗ったように美しく、視点を下げれば木々が生い茂る魔法の森の緑色がまぶしい。上空の風の涼しさも心地良かった。
少し離れたところにアリスの家がぽつんと見えた。一直線に飛ぶとなんて事のない距離だが、これを歩くとなると、途中で獣や妖怪に襲われる危険を差し引いたとしても、相当時間がかかってしんどいのである。
魔理沙は飛行中、ちょうど同じ時間帯にパチュリーとも同様の約束をしていた事に気づき、少し頭を抱えたものの、とりあえずアリスの家へ行ってから考えようと思い、彼女のドアを叩いた。

「アリス、来たぜ」
「いいわ、入って」

アリスの家には沢山の人形と、その作りかけが家のいたるところに置いてあった。魔理沙に家にもあるような薬草や魔道具の類は、よくは知らないが多分少ないだろうと魔理沙は思う。彼女の来訪時、アリスは食卓のある部屋ではなく、作業用の部屋でいろいろと研究や人形作成などに打ち込んでいるらしかった。
腹が減ったなと思いながらその部屋をのぞいて、魔理沙の食欲が消し飛んだ。
作業机には、人間の腕が一対、向きをそろえて置いてある。そのうちの片方は刃物を入れられ、筋や骨が露になっていた。
思わず両腕を胸に押し付け、年相応の女の子のように怯えて魔理沙は敬語で叫ぶ。

「意外とかわいい所あるのね」
「ひいい、それなんなんですか、アリスさん」
「ああこれ、リアルな人形研究用にもらってきたの、あの仙人のセイガさんって人から。ポリマーリンゲル液のお裾分けのお礼にって。大丈夫、殺された人の物じゃないわ」

みかんのお裾分けのお礼にたけのこを頂きました、とでも言うような口ぶりで、アリスは作業机の椅子に座ったまま、魔理沙の方を見もせず作業を続けている。

「そうじゃなくって、なんでお前平気でそういう事ができるんだよ」
「意外だな、あんたもそういうの慣れてる系だと思ったんだけど」
「私はそういう系の魔法使いじゃないからな」
「そう、で、魔法実験の事だけど……」 アリスは作業の手をとめて椅子を立った。
「それはな、すっかり忘れていたぜ、まさか実験って……」
「この腕を使うわけではないわ。この腕の構造を人工物で再現した実験よ」
「そうか、ああ、忘れていたぜツー、パチュリーともちょうど今ごろ紅魔館に行く約束をしていたんだった」

アリスが、はぁ!? と呆れて椅子を立った。

「ばかね、ちゃんと日付確認しときなさいよ、仮にも知の探究者でしょ?」
「すまん、ところでその実験をぱぱっと終えてからパチュリーの所に行こうと思うんだが無理かな」
「無理、結構夕方までかかりそうだし、今から紅魔館に行って断ってきて」

魔理沙は結局、パチュリーに今日は休むという旨の手紙を書き、それを上海人形に送ってもらい、その日はアリスの実験に付き合い、シチューをご馳走になって帰った。

次の日もアリスの実験に協力する約束があった。

「今日はパチュリーとの予定もないし大丈夫だ。さてと、今日のご飯は何かな」

飛んでいると、紅魔館方向から奇妙な一団が近づいてくるのを発見した。
パチュリーの使い魔の小悪魔が、もっと小さな悪魔たちを率いて、魔理沙を見つけると距離を詰めてくる。

「魔理沙さん、見つけましたよ」
「パチュリーとの用事はまた今度な」
「いいえ、今来てください、みんな、魔理沙さんを捕まえて」
「こあー」
「こあー」
「こあー」×無数

魔理沙は小悪魔と無数の小小悪魔にまとわりつかれ、紅魔館へ連行される。
図書館に連れていかれると、ぷんぷんすかすか怒るパチュリーと対面。

「ちょっと、昨日はどういう事、ドタキャンするなんて」
「だから、うっかりアリスのスケジュールと重なっちまったって手紙で伝えたじゃんか」
「私の魔法実験、あなたも興味を示していたじゃない、アリスの方が大切だったのね。どうせ、魔法探求だけじゃなくて、人生のパートナーとしてもあの子の方が大事なんでしょ」

演技か本気か、涙声になるパチュリー。

「おいおいどうしてそういう話になるんだ」
「じゃあ、もうアリスより私との約束を優先しなさい」
「分かったよ。心配するな、あいつはただのライフラインだ。単に魔法の森で生きていくのに必要だから付き合っているだけだ。せいぜい魔法実験を助け合ったり、時には食べ物を恵んでもらったり、キノコ採集に付き合ってやったり、一緒にいると落ち着いたり、思い切って悩みを打ち明けるとちょっとだけ気が楽になったり、私が男だったら絶対惚れていると思ったり、いや女でも好きかもと思ったり、その程度の関係だ」
「じゅうぶん深い仲じゃない! ちくしょう!」

ちょうどその時、レミリアと咲夜が図書館に遊びに行こうとしていたのだが、ドアの向こうから聞こえる怒声に驚き、互いに顔を見合わせて去っていった。

「ほら、貴方のせいで、今回のレミィと咲夜の出番無くなったじゃない」
「何わけのわからない事言ってんだ」
「……ごめん魔理沙、私感情的になり過ぎた、でも今日は私の実験に付き合って、アリスも呼んだから」
「アリスも来るのか、そりゃあ……」 もっと修羅場になるかも知れない、魔理沙は不安になった。

図書館の外からやや乱暴な足音が聞こえて、アリスがドアを勢い良く開けた。彼女は怒っていたが、魔理沙がただ実験の約束に遅れた事に対してではなさそうだった。

「どう、私のプレゼント、気に入ったかしら」ドヤァと笑うパチュリー。
「なーにがプレゼントよ、私の上海をあんなにして」
「かわいい人形だったから、私がもっとかわいくしてあげたのよ」

どうやら昨日パチュリー宛の手紙を届けさせた上海人形が、何かをされたらしい。
少し間をおいて、何か機械の駆動する音が廊下から響いてくる。

「何の音だ?」
「見てよ魔理沙」

キュラキュラキュラ……
廊下の角から現れたのは、下半身をキャタピラにされ、両手が機械的なマジックハンドという、不整地走破性と精密作業能力が高そうな変わり果てた上海人形だった。後から床を傷つけないで下さいと叫びながらメイド妖精が追いかけてくる。

「シャンハ~イ」

「あんたのせいで、愛らしい女の子の人形が、いかにも男の子マインドくすぐる実用機械になっちゃったわ。そりゃあ、重い荷物運びに役立つけど、元に戻してよ」
「あの子、本を運ばせたら、時々とてっと転ぶのよ、だから改造して、使える可愛い奴になったでしょ」
「あのとてっと転ぶところが良いんじゃない」
「しょうがないわね、下半身と腕は返してあげる」

魔理沙は上海タンクと化した人形のキャタピラとロボットアームを興味深げに見つめている、デザインと質感からして、どうやら製造には河童が一枚噛んでいるように思われた。

「魔理沙も言ってやってよ」
「なあこれ、ロケット噴射で飛んだり、背中に擲弾発射機とか付かないか」
「面白そうね」
「お前ら~」

二人でアリスをなだめた後、パチュリーの魔法実験を手伝うことになった。
アリスも最初はしぶしぶという顔で付き合っていたが、自分の知らない七曜の魔法に興味を示し、盛んにパチュリーに質問をして、パチュリーもそんなアリスの意欲に真摯に応えていた。パチュリーもまた、上海を改造して知ったアリスの技術を称え、冷え切っていた二人の関係は徐々に温和なものへと化学変化する。

「なかなかの深い知識体系ね、パチュリー」
「そちらこそ、自動人形と魔法の融合、学ぶところ大きいと言わざるを得ないわ」
「なんつうか、男同士が殴り合って友情が芽生える漫画を思い出すぜ」

休憩に小悪魔がいれた紅茶を味わいながら、二人は魔理沙に向き合って言った。

「でも魔理沙は渡さないわ」アリスが釘をさす。
「研究のパートナーとしてなら貸してもいいわよ」パチュリーも譲らない。

「おいおい、人は誰かの所有物じゃないぜ」

「シャンハ~イ」

さすがに呆れる魔理沙の気持ちを察したのか、より背の低くなった上海タンクが、ロボットアームを伸ばし、頭をなでなでしてくれる。手の可動部に髪が挟まり、少し痛かった。髪が何本か抜けて悲鳴を上げた。





次の日から、魔理沙は何となく違和感に襲われるようになった。
その日、彼女はアリスのお茶に呼ばれ、楽しい時間を過ごしているのだが、今朝どのような行動をしたか、記憶があいまいな感じがしていた。体調には変化はない、病気でもなさそうではある。今朝、普通に家で目覚めたはずだ、そして朝食を食べ、昼にアリスの家にお邪魔しているのだ。

「なあアリス」 キッチンで何かを焼いているアリスの背中に声をかけた。
「ん? どうしたの? 元気ないの?」
「いや、すこぶる元気だが、今日私何時にここへ来たっけか?」
「何言ってるの? 20分ほど前に来て、こうやってくつろいでいるじゃない」
「そうか? ああ、そう言えばそうだったな」
「それで、私の家に来る前に、博麗神社で暇つぶししていたって、魔理沙が言ったでしょう」
「そうだったっけ、神社ヘはよく行っているから、今日も多分そうなんだろうな」

アリスはキッチンから皿に乗ったケーキを持って戻ってきた。

「で、このケーキ、最近手に入ったハーブを混ぜてみたの、食べてみて」
「おいおい、何かの実験台じゃないだろうな」
「まさか。そうだとしても、危ない作用をもたらすような実験はしないわよ、魔理沙には」
「そこはかとなく闇を感じさせる台詞ありがとう」

ケーキをひと切れ食べる。少々薬草めいた苦みを感じるが、甘さと妙にマッチしているようで自分には十分美味しかった。

「ちょっと昼寝していいか?」
「しょうがないわね、うちのベッドでいいわよ」
「いや、この机でいい」

机にハンカチを敷いて、その上に突っ伏して寝息を立てる。

「おやすみ、魔理沙」





いくらか時間が過ぎて、魔理沙は紅魔館付属の図書館にいた。いつもの本棚、いつもの小悪魔、いつものパチュリー。そしていつもの空気。魔理沙はそれを確認すると、借りた本を読み進ようとしたが、なんとなく頭にもやがかかったような気がして、本をぱたんと閉じてパチュリーに向き直る。

「パチュリー、聞いていいか?」
「答えられる事なら何でもいいわよ」
「昨日の私、家に帰ってなかったような気がする」
「ああ、それね、あんた昨日ここで遅くまで本読んでいて、そのまま寝ちゃったじゃない」
「そうだったかな、いや、そうだったな」
「自分の事も覚えていないの?」
「ごめん、なんだか記憶が薄まっているみたいで」
「魔理沙らしくないわね、あとで特製のハーブティ持ってこさせるから、それ飲んだら一緒に食事しましょ、レミィやメイド達と一緒で良ければね」

小悪魔がハーブティ入りのカップを持ってくると、魔理沙がカップを手に取る前に自信なさげにつぶやいた。

「このハーブティあまり自信ないので、もし気分がすぐれなくなったら飲まなくていいですから」
「こあ、余計な心配は良いわ、私が友達や客人に質の低い物を出させるわけないじゃない」
「すみません」
「じゃあ頂くぜ」

甘くて少し苦いハーブティを味わうと、魔理沙は睡魔に襲われて……。





魔理沙はその時、アリスの家にいた。
確か今まで何をしていたのだろうか、と彼女は思い出そうとした。
確か昨日だったか、図書館でハーブティを飲んだ後居眠りしてしまい、それから家に戻り、何だかんだで今日アリスの家にお邪魔しているのだろうと自分を納得させた。
しかし妙な感じがする、最近の生活ではっきり記憶が残っているシーンと言えば、決まってアリスかパチュリーの所にいる時だけだ。
そして、記憶の最後にはハーブケーキやハーブティ、そういえば、前にアリスの家で食べたハーブケーキと、図書館でのハーブティは同じような匂いがしなかっただろうか。

「ははん、さては……」

魔理沙は二人が自分に何をしたか、大方見当がついた。
それですぐに逃げ出すか、二人に怒ってやろうかとも思ったが、一計を案じ、わざと騙された振りを試みる。

「なあアリス、今日はちょっと具合が悪いみたいだ、風邪かもな」
「あら、馬鹿は何とやらと言うけれど」
「もうそのネタは聞き飽きたぜ、なんか薬草とかないか」
「じゃあ、いつもの体にいいハーブティを作ってあげる」

そら来た、と魔理沙は心の中で言う。 
程なくして、アリスはカップを持って台所から戻ってきた。

「おおサンキュー」

魔理沙はカップを口につけかけて、それから窓を見て、偶然何かを見つけたように驚きの表情を作ってみた。

「おい、いま6枚の羽生やしたアホ毛の女の人が飛んでるぞ」
「えっ、どこどこ」

アリスが窓の外を覗いた隙を見計らって、魔理沙はハーブティを観葉植物の鉢に捨てた。

「誰もいなかったじゃない」
「ごめん、魅魔違いだったかな」
「悪霊と一世界の神を見間違うなんて」
「悪い、でも魅魔様は私の恩人なんだぜ」
「そうだったわね、悪かったわ」

適当に会話を続けながら、魔理沙は眠くなった振りをする。

「アリス、ちょっと眠くなってきた、寝ていいか」
「良いわよ、寝室のベッドを使ってちょうだい」
「すまない」

魔理沙は寝室に入り、帽子をハンガーに掛け、箒を立てかけて、ベッドに横たわり毛布を掛けた。そのまま寝たふりをする。
ほどなくして、眠り薬が効いたと思ったのか、アリスが部屋に入ってくる。

「よっこいしょっと」

眠ったふりをしている魔理沙の両脇を抱えてベッドから下ろし、上海タンクの腕に抱かせた。金属製の腕が冷やりとしたが我慢する。そのまま目を閉じていると、そのままキュラキュラと無限軌道の音とともにどこかへ移動するのが分かった。ドアを開け、外気を感じる。今度はパチュリーの所へ連れていき、自分をそこで覚醒させるのだろう。

「それじゃあ、上海、お願いね」
「シャンハ~イ」

バシュッ、ゴーッという音がして、魔理沙は自分が浮遊する感覚を覚えた。
上海タンクがロケット噴射で空を飛んでいるらしい、もう実装されていたのか。
だが感覚からして、飛行はすべてロケット噴射によるのではなく、魔法力にも頼っているようだ。おそらく、ロケットの推力は無限軌道と機械の腕で重くなった分をカバーしているくらいだろう。飛行速度はいつもアリスにくっついている上海を同じようだ。などと、ずっと眠っている振りも疲れるので、いろいろと考え事をしながら上海の腕に抱かれたまま紅魔館へ運ばれ、一室のベッドに寝かされた。上海が帰っていき、メイドも外へ出たのを見計らって、魔理沙は行動を開始する。おそらく、時間が来るまでここで寝かされていて、パチュリーの前に運ばれてから目覚め、いろいろ言葉巧みに今までここにいたじゃない、とか言われるのだろう。だが今度はそうはいかないぞ。

「パチュの奴、まだ私が寝ているとおも……」
「魔理沙さん?」

ドアをこっそり開け、廊下に出るといきなり小悪魔に見つかった。彼女は両手で口を押え、予想外の出来事に驚いている。魔理沙はこのまま逃げようかとも思ったが、思い切って話しかけてみる。

「小悪魔、私はアリスとパチュリーの奴に変な薬飲まされて、交互に付き合わされているらしいんだ、あるいはお前もグルなのか? 事と次第によっては弾幕だぜ」

魔理沙は何らかの衝突も最悪考えたが、予想に反して、小悪魔は誰かを呼んだり自分を捕まえようとはせず、それどころか、どこかほっとしたような顔をしている。

「魔理沙さん、今のうちに逃げてください。パチュリー様とアリスさん、魔理沙さんシェアリングだとか言って、魔理沙さんが今言った通りの事をしているんです。さすがに可哀そうだと思ったので、何度も止めるよう申し上げたんですが、いっこうに聞いてくれなくて。ごめんなさい」

と、頭を下げた。

「お前のせいじゃないぜ、そうだ、いい事思いついた、協力してくれるか?」
「なんでしょうか? 内容にもよりますが」
「本来、私はまだ眠っているはずだよな」

と悪戯を企んでいるような、女性を口説く時みたいな、そんな笑みで小悪魔を肘でつつく。
小悪魔もそれを察し、にやりと種族名じみた笑みを返す。

「ええ、あのハーブはパチュリー様が完璧に調合したものです。魔理沙さんは今、確実に眠っています。だから、今の時間に眠っているはずの魔理沙さんが事を起こせるはずありません」
「そういう事、これから起こることに私は関与していない、いいね」
「はい、私は今、魔理沙さんが目覚めてやらかす所を見ていません、パチュリー様の睡眠魔法は完璧ですので」

思いがけない内通者を得た魔理沙はさっそく移動を開始する。
二人は背中合わせに言葉を交わす。

「でもなんで私を見逃すんだ」
「以前月に行ったレミリア様をパチュリー様は止めようとしませんでした、その理由と同じです」
「多少痛い目に合えばいいって事か」
「これは裏切りではなくて、主を思うがゆえの教育的指導です」
「イタズラというルビが振ってありそうだな」
「ふふふ、あっでも装備も武器も現地調達でお願いします。あくまで見逃すだけですから」





魔法図書館の奥深く、普段パチュリーや魔理沙や読書している場所から離れた書庫、そのさらに深部を魔理沙が歩いていく。照明はほとんど届かず、廊下は歩くたびにぎしぎし音が鳴る場所がある。たとえ襲う者が居なくても子供なら絶対泣き出す迷宮だ。しかし魔理沙は魔法の照明を灯し、鼻歌を歌いながらずんずん進む。

「この辺はもう踏査済みだからな。今日は『への5番』へ行ってみるか」

読みたい本があるなら自分が探すのにと言う小悪魔もなんのその、彼女は機会があるごとに書庫を訪れ、こうして少しずつ征服範囲を広げているのである。
ちなみに『への5番』とは魔理沙が勝手に名付けた書庫の座標で、間違ってもパチュリーはそんな呼び方はしない。
歩いていると、突然本が飛び出し、ページが開き中から鋭い牙が現れて襲い掛かるが、魔理沙はひょいと避ける。

「文字通りのキラーコンテンツだな」

箒をつっかい棒にして本の口を閉じられなくした。牙を向いて襲ってきた本はどうにもできず困っている。ページの中にある停止スイッチを押す。すると牙のある本は動きを止めた。
それから弾幕を出す魔導書を軽く撃ち落とし、飛んできた豆本を軽く首を傾けて避けた。背後から迫る悪戯好きの暗闇妖精を振り向きもせずに蹴とばし、まだまだだなと笑う。この辺の罠のパターンは大体知っている。

「もうちょっと気合の入った罠はないもんかね」

それに応じるかのように、いきなり床の裂け目から真っ黒な手が飛び出し、歩いていた魔理沙の足首を掴んだ。

「うおおおっ!?」

床の裂け目からは何者かのぎょろりとした目が覗いていた。
しかし魔理沙はすぐに冷静さを取り戻し、にやりと悪戯っぽい微笑を浮かべて、自分のスカートをめくりあげ、ドロワーズを下ろす仕草を見せつけた。目が真っ赤に染まったところで、薄めた唐辛子エキスを床の裂け目にまいた。

「可愛い奴だ」

背後のくぐもった悲鳴を聞きながら歩いていると、への5番はもうすぐだ。ある書庫の下に人影が見えた。

「あのネックレスを返せえ、妻の形見、返してくれ~」

幽霊の男がさまよっている。魔理沙と男の目が合う。

「あれを返してくれよぉ」

しかし魔理沙は腕を組んで余裕で構えている。

「ないならお前の首をよこせ~」
「なあ、お前が探しているのって、妻の形見のオルゴールじゃなかったっけ?」
「へ? あっいや、その……」 なぜか冷や汗をかく霊体。
「それは見つかったのか」
「そそそ、そうなんだ、でもあれも大切な妻の形見なんだ」
「会うたびに探し求めている設定が変わるな」
「いやあ、何度もここに出入りする人間なんて滅多にいないもんだから、つい」
「そもそもお前、生前、妻どころか、恋人も、友人もろくに居なかっただろ」
「その話をするな、うおおおおおおおおおおおお」

痛いところを突かれたのか、男の幽霊はいくつもの真っ赤な目玉を持った黒い靄のような姿に変化した。それっぽい禍々しい空気が辺りを支配したと言えなくもない。

「おお、本気出せばやるじゃん」
「オ前ハ、言ッテハイケナイ事ヲ言ッテシマッタ」
「カタカナ言葉になって雰囲気も増したし」
「フザケルナ! 後悔スルガイイ」

靄の一部が槍のように突き出し、魔理沙の右胸を狙った。魔理沙は回避が遅れ、靄の槍は難なく彼女を一突きした。彼を過小評価したが故の報いだった。
しかし……。

「いてえ!」 痛いだけだった。
「コシャクナ」

再び靄の槍が魔理沙を襲うが、落ち着いてみれば皆の弾幕よりも避けやすい。
槍は一突きずつしか出せないらしく、だんだん異形の怪物と化した男も疲れてくるようだった。

「お前さ、霊体なのに息切らしてなくね?」
「今日ノ所ハ見逃シテヤロウ、はあはあ……ダガ次はあはあ……コウハイカンゾ」

ときおり振り返りながら下っ端のような捨て台詞を残して、男の幽霊は小走りで書庫の陰に消えていった。
霧のようにかき消えて、とかではなく。

「まあいいか」

ついに『への5番』の場所に着いた。
立ち並ぶ本棚の一角にドアがあり、そこが目当ての場所であるらしい。
ちなみにドアには『ダンゴ虫の3番』の表記があった。
パチュリーの区画命名のセンスもかなり個性的らしい。

「じゃあミミズの7番とかオケラの2番とか、ダイオウグソクムシの65536番とかあるのかよ」

その場にいない相手に突っ込みを入れつつ、ドアを無造作に開けると、驚愕の光景が広がっていた。
内部は明るく、温かさそうな照明と暖炉、床には高級そうな文様の入った絨毯が敷かれ、簡素だが品の良いイスやテーブルが置かれている。奥には別の部屋に通じるドアがあり、そこも何らかの居住空間なのだろう。そして図書館の奥にあった思いがけない部屋の真ん中に、一人の少女が座っていた。

「お、お前は」
「君は誰なのぜ?」

特徴的な話し方のその少女は、年のころは魔理沙と同じぐらいに思われ、容姿も魔理沙のような西洋系の血筋を感じさせる顔立ちに、金色の髪、どこをとっても魔理沙そっくりの生き人形にしか見えなかった。

「君はもしかして、俺のオリジナルなのか?」

オリジナルだって?

魔理沙は驚いた。もしかして、パチュリーの奴、私の代わりになるホムンクルス?とか 人造人間?とかを作っていやがったのか。幸い、こいつ、敵意はないようだが。

「私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ」 とりあえず自己紹介。
「俺もキリサメマリサ、ご想像の通り普通の人工少女だぜ」

微妙に口調が異なるが、自分そっくりさんの彼女。魔理沙は不気味に思いながらも彼女を観察してみる。おそらく彼女を生成したのはパチュの奴で、アリスも一枚噛んでいるに違いない。細部を観察して、あの二人には自分がこんな風に見えているのか、それとも理想像を投影しているのかなどと考えた。

「あの、あんまりじろじろ見ないで欲しいのぜ」 魔理沙の複製少女が戸惑っている。
そう言われて本来の魔理沙は慌てて謝罪した。

「おお、悪い悪い、お前も出自はどうあれ、女の子だったな」

この子にも人格があるのだ、それを尊重しなければ、と魔理沙は自分に言い聞かせる。いかに不気味な存在に見えようともだ。しかしそれでも、魔理沙は彼女の存在になにか不気味なものと苛立ちを感じてしまうのだった。
この子自身にではなく、この子を産みだした背景に対して。

「ずっと閉じ込められているのか」
「うん、食事も風呂もトイレも不足はないけどね、それに、ここには知り合いのお化けさん達もいっぱいいるから寂しくないよ」
「お前、外に出てしたい事とかないか?」
「特に今は何も。俺はきみの代わりとして作られたのだから」 視線をそらしてそっけなく答える。

魔理沙は俺魔理沙(便宜上そう呼ぶ事にした)の両肩を掴んだ、彼女がきゃっと声を上げる。それでも肩を話さなかった。

「驚かせてごめん、でも本当にお前はそれでいいのか?」
「しかたがないんだぜ、霧雨魔理沙が外に二人も存在するのはまずいって言われている。ここで一生過ごすのがおたがいのためなのぜ、それに……」

俺魔理沙の顔にさらなる影が差した。

「パチュリーとアリスが俺に言ったんだ、きみのような魅力は俺には無いから失敗作だ、多分俺はいらない存在なのぜ」

そういうものだと割り切ろうとして、でも割り切れない表情。悔しさと悲しさが同居する俺魔理沙の目を見て、魔理沙の脳内の血の温度が急上昇する。
魔理沙は決然と俺魔理沙の手を取り、外に向かって歩き出した。

「外に出るぞ!」
「ええっ、でもだって……」
「これからどうするかは、外を見てから決めろ、それにな」

魔理沙は俺魔理沙を振り返る。

「お前は自分が思うほど、いらない存在じゃないはずだ」
「オリ魔理沙……」
「加えて、私をかたどっただけに美人だぜ」とウインク。
「うん、そこまで言うなら外の世界にかけてみるぜ」 瞼を赤くしながら、俺魔理沙が笑顔で応じた。

魔理沙に引っ張られていた俺魔理沙は、手をつないだまま、今度は魔理沙と並んで歩いていく。暗い図書館の廊下を、光を目指しながら。

途中でしっかりパチュリーの隠し金庫をこじ開け、パチュリーが生成した宝石類を俺魔理沙に持たせた。

「こんなのいらないのぜ」
「いいや、今までの慰謝料兼今後の生活費だ、持っとけ。これくらいは良いだろ」

半ば強引に俺魔理沙を納得させ、自分自身は金庫にあった旧地獄銀行の預金通帳を取り出し、中を覗いてみた。名義はパチュリーだった。」

「あいつ、結構持ってるじゃないか」

通帳の額を眺めた後、魔法で火をつけた。なんの抵抗もなく灰に還る。

「天誅っと」

そして二人は図書館を出た。

その様を、魔理沙を襲った男の幽霊と、床板の裂け目から除く目玉が見つめていたが、その視線は温かい。

「ようやく、あの子はあの子の人生を歩み始めたようだな」
「それにしても大したお嬢さんだ、あの子をあんなにあっさり説得しちまうんだからな」
「少し寂しくはあるけどな」
「そろそろ俺たちも、別の驚かしスポットでも探すかな」
「スカート覗きスポット、だろ」
「馬鹿言え、お前さんこそ何に未練がある幽霊なのか設定決めろよ」
「ハハハ、ちげえねえ」





図書館を出た後、魔理沙を探していたパチュリーとばったり鉢合わせした。
あら魔理沙、そこにいたの、と平静を装うが、魔理沙が物陰に隠れていた俺魔理沙を呼ぶと、衝撃を隠せなかった。

「その子、見つけてしまったのね……」
「おいパチュリー、なんなんだよこれは!」

怒りに俺魔理沙が首を縮める。

「いやお前を責めているわけじゃなくて……。パチュリー、お前らの私への感情はうすうす知っているぜ」
「やっぱり、嫌だったかしら」
「ああ待て待て、別に悪い気持じゃないぜ。そして、今さら生命への冒涜だ、などとは言わん、私もそういう世界に首突っ込んでいる身だしな、だがな」

と俺魔理沙を指さした。

「こいつには立派な心がある、自分はいらない存在かも知れないって嘆く感覚もある、きっちり喜怒哀楽もある。だからもうこいつはお前らの人形じゃない。わかってやれよ」

「ねえ、私があなたをおもちゃにしていた事は怒らないの?」

「怒っているさ、でもな、人外と付き合うのはこういう事っていうのを完全に忘れていた私にも落ち度はあるさ。親父と仲違いしたとはいえ、この世界に入ったのは完全に私の責任だしな。それよりも怒りたいのはな」

魔理沙は一呼吸おいて続けた。

「自然だろうと人工だろうと、悲しみとか苦痛とか他の生き方がなかったのか、とかいう認識を持ったヤツをおもちゃにしていいはずはない、少なくともそんなヤツを友達にした覚えはない。外に出してやれ。当面こいつは元ネタの私が預かる。あとハーブ料理はもういらん」
「……わかった。その子は魔理沙に任せるわ」

あっさりパチュリーは認めた。

「いいか、お前らは確かにこいつの生みの親だ、ここまでの創造ができるお前らは正直すごいよ、神がかっているかも知れない、でも親なら娘の意思も尊重してやれよ」

俺魔理沙の手を引いて、魔理沙はパチュリーに背を向ける。

「当面こいつは私が預かる、生活費とかは全部私で何とかするから安心しろ。なんかあったら力を貸せ、じゃあの」

魔理沙は器用に箒の後ろに俺魔理沙を乗せ、バランスを崩さず飛んで行った。

全てがばれた時、パチュリーは猛烈に罵倒され、関係が0になってしまうのではないかと内心怯えていた、しかし魔理沙は怒ったものの、意外に冷静な抗議であったのは拍子抜けだった。
そしてもうひとつ、魔女である彼女が意外に思った事がある、彼女をハーブで眠らせてアリスと魔理沙を『シェア』していた事と、自身が生成した人工人間、俺魔理沙の尊厳を軽く見ていた事。魔理沙は怒りの比重を前者より後者に置いていた。

「これが人の心」

この心に近づけたら、私はもっと魔理沙と仲良くなれるだろうか?
種族魔女である事を抜かしても、ここまでに何か大切なものを捨ててきたのだろうか。

「意外と、私は魔理沙をなめていたわね」

魔理沙は『なんかあったら力を貸せ』とも言った、自分を見限ったわけではないとアピールして、体よく自分を利用するつもりなのか、という疑念もないではなかったが、『もう絶交だ』とならない点で有難かった。少なくとも俺魔理沙への同情と自分やアリスへの怒りは本物だったと確信できる。改めてわかる、魔理沙はとっても良い子だった。
確かにこのままでは良くないと感じてはいたのだ。でもこの事が露見して、魔理沙との関係が悪化するのが怖かった。結局ばれてしまったわけではあるが、全体的にパチュリーの気持ちは晴れつつあった。

「へえ、そういう風に落ち着いたわけね」 見守っていたレミリアが言う。
「あら、前半の出番を取り返しに来たの?」
「それもあるけど、これ以上あれを続けるなら、ちょっと当主として看過できないかなって思ったのさ」
「反省はしつつ、後はなるようになれ、でいいでしょう」
「当事者同士で納得ならそれで良しとしよう」

ただ後で知った『天誅』には参った。





「さて、天誅セカンドといくか」

俺魔理沙を家に残し、何食わぬ顔でアリスの家に戻り、例のハーブ料理をアリスが作っている間に自動人形や魔法の知見をまとめた本やノートを盗んでやった。                
その後、香霖堂、鈴奈庵、河童の工房など、あらゆる技術や知識が集まる的なスポットにそのコピーが『何者か』によって無償でばらまかれ、結果、アリスの製作品と似た様な人形が流行り、そのおかげで、アリスの経済力はもうゼロよ。

「うう、生活できなくはないんだけど」自室でうなだれる彼女。
「アリス、創造した命を暗い部屋に閉じ込めたり、不思議なハーブで人をおもちゃにした罰が当たったんじゃないか」
「もう、それはごめんなさいって何度も言ってるじゃん」
「なあ、コピーされた人形もなかなかのもんだろ」

魔理沙はコピー製造された人形をいくつか鞄から取り出して見せた。純粋なアリス製より安価だが小さめで、質も『それなり』のようである。

「どこが? ガラスの瞳も濁っているし、球体関節もどこかぎこちないし、こんなもんがアリス=マーガトロイドの人形と同一視されたら嫌よ」
「じゃあさ、人形そのものを売るのはあきらめて、これと同じ規格のガラスの瞳とか、手足とか、衣装とか、ばら売りして、思い思いにカスタマイズしてもらうっていうのはどうかな」 
「馬鹿言うな! この子たちは私の赤ちゃんや姉妹同然、それを手足や眼球バラバラにして売るなんて……」

売った。
背に腹は変えられなかった。

「こんな事で……自分の収入が改善されたなんて……」

もしかして、これが遠回りな罰なのかな、と思うアリスだったが。人形制作文化の普及でいろいろな人形やそこから派生した玩具、道具などが生み出され、結構アリスにとっても刺激になったという。





それからの俺魔理沙はというと、
魔法の森のどこか、幻想郷に迷い込んだ一人の男がルーミアに追いかけられていた。

「待つのだ~遊ぶのだ~」
「嫌だ~」

男は思う、こういう世界に迷い込んだ以上、あの子は人外の存在だ、ピンときた。遊ぶと言っているが、どうせ外見は女の子でもすんごい怪力で俺の手足を引きちぎって遊んだり、内臓引きずり出して美味しいのだ~、とか言って味わうんだろう。

ルーミアはどこまでも追ってくる、男の体力はもう限界だ、息も絶え絶えになって足が鈍り、とうとう転んでしまった。

「さあ、遊び相手になってもらうわよ」
「ひいっ、殺すなら、一思いにやってくれ」
「ええ~そんな事するわけないじゃ~ん、久しぶりの外の人間だし」

やっぱり、そうとうエグイ殺され方をするのだろう、男は震えが止まらず、もうだめかと思った時、閃光がルーミアを直撃した。

「ぜえ、ぜえ、こらー人を襲っちゃダメなのぜ」

いかにも物語の魔女のような姿のもう一人の少女が、肩で息をしながら男とルーミアの間に立っていた。そばにはひとりでに動く異形の人形が居た。

「あっ、魔理沙もどき、今の弾幕でもういっぱいいっぱいなんでしょ」
「まだこういう魔法慣れていないのぜ、代わりに行けっ、上海タンク」
「シャンハーイ」

脚がキャタピラになったままの上海人形は、腕のガトリング砲でルーミアをけん制しながら、右肩からせり出したグレネードキャノンを発射し、ルーミアを吹き飛ばした。

「さあ、外界の人、神社に案内するのぜ」
「ありがとう、助かったよ」

ルーミアが泣きながら歩いて来た。俺魔理沙が身構えるが、敵意はない。

「久しぶりの外の人間だったから、お話ししたり、お茶飲んだり、最近安くなったお人形さんごっこの相手とかして欲しかっただけなのに、夕方までに霊夢んとこへ送ってあげるつもりだったのに、みんなひどいよぉ」
「ええっ、取って喰うつもりだったんじゃないのか」 男が驚いて言う。
「それは作品集157『私が人肉食をやめたわけ』を読めばわかるのか~」
「意味不明だが、その、ごめんなのぜ」

と言った具合に、森の奥に住み、上海タンクとコンビで魔法の研究や妖怪退治をして結構楽しく暮らしており、時々魔理沙と入れ替わって悪戯したりするらしい。ちなみに人里では、『性格がマイルドな方の魔理ちゃん』としてファンも出来た。おしまい。

書き始めたのは夏で、もう冬の初め頃になってしまいました。投稿ペースが落ちてますが、まだ頑張りたいです。
とらねこ
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