Coolier - 新生・東方創想話

はこここいろこ

2018/09/05 21:50:39
最終更新
サイズ
11.87KB
ページ数
1
閲覧数
2582
評価数
13/24
POINT
1660
Rate
13.48

分類タグ




 魔理沙が「霊夢、見るぜ」「見るんだぜ」「見ろぜ」などと言いながら、私に妙な箱を押し付けてくるのですっかり目が冴えてしまった。
 午睡というのはしどろでもどろな状態が一番心地よいというのに、それを邪魔してくるなんて悪い魔法使いもいたものだ。
 しかし既に空は冴えるべき色をしており、嗅いでもいないのに夕餉の香りが目に見えるほどに漂っていたのは事実だった。
 このまま、ぼうと見えない匂いを見ていても心地が良いのだが、じき、空想ではない味噌汁の匂いが舞い込んできた。
 なのでああやはり、冴えるべき時間だなと感じながらやっと重い頭を魔理沙に向けて口を開く。

「勝手にお勝手を使っているのは誰よ」
「あうんじゃないか? ともかく見るんだぜ」
「しつこい。なんなのよ」
「でもやっぱり見せるのはちょっと怖いのぜ」
「は?」
「でも見てほしいんぜ。見てぜ」
「とんちでもやってるの? 早く見せなさいよ」
「見せるぜ。気をつけろよ。蓋を開けた途端飛び出してくるかも知れないから」
「待って。待ちなさい」

 魔理沙がここまで推してくるのだから、なにか妙な茸か魔力を感じる小物あたりだと思ったが、どうにも箱のそれは飛び出してくるらしい。
 まだ寝ぼけているこの状態でそんなものを見てしまったら素っ頓狂な声を上げてしまいそうだ。
 素っ頓狂な声を上げるのは恥ずかしいので、私はやはり、一度覚醒する必要がある。

「お茶頂戴。うんと熱いの」
「この暑いのに熱いのか?」
「うん、濃いの」
「濃いのは恋の魔法使いである私にとってお茶だけにお茶の子さいさいだ。あ、私が居ない間、決してこの箱を開けるんじゃないぜ。危険ぜ。私が開けるんだぜ。無理矢理は駄目ぜ」
「あ、うん」
「よびましたー?」
「よんでなーい」

 本当に何が入っているのよ、と言う前に魔理沙は勝手にお勝手に行ってしまったので残されたのは私と箱、もとい箱の中のそれだけとなった。
 魔理沙は決して開けるなと言っていたが中に居る(在る?)それは何なのだろうか非常に気になる。
 茶色い箱は外から差す暮れのだいだい色の光に染まり、和に似合う色となって、あたかも最初からここにあったかのように馴染んでいた。
 途端、私はそれを非常に開けたい衝動に駆られたが、なんとか「唯一の悪友だから」と箱をつつく程度に気持ちを抑えた。
 反応は何もなかった。

「粗茶ですが」
「うちのお茶になんてこと言うのよ」
「めちゃくちゃお茶目が出ちゃいました。お茶だけに。てへー」
「はいはい。そういや萃香はいないの?」
「裏の井戸で冷やしています」
「そっちでなく」

 あうんが私の分と自分の分のお茶を縁側に置いた。
 彼女は「お豆腐のお味噌汁にしました」と我が物顔で言いのけて更に「夕飯は何時にします?」と聴いてきたので私は家主らしく「私が食べると言ったら」と言ってやった。

「魔理沙は?」
「お花を摘みに」
「気になる事を残して自分だけすっきりしようなんて憎たらしいわね」
「でも三日目だって」
「そういうのは黙っているものよ」
「霊夢さんは四日目ですもんね」
「あー?」

 よく見ている、と自称するあうんの目に大幣をぶっ刺してやりお茶をすすった。熱い。暑い。暮れとはいえ最近の夏とかいうやつは猛暑すぎる。
 目から血を流して泣き叫ぶあうんを外に放り出して蚊帳を吊る準備を始めることにした。
 この時期、暗くなるとすぐに無視出来ないレベルで虫が集まってくるので蚊帳は必須だ。
 昔から使っているかなり大きな蚊帳なので人手が欲しかったが、あいにく魔理沙もあうんもいない。うちにたむろするなら少しは手伝ってくれたら良いのに。ため息を吐いた。
 あっちにひっかけこっちにひっかけ。もう慣れたものなので意識することなくそれをこなしていく。
 途中、箱が邪魔なのに気づいた。しばらく悩んだが、まあどかすだけならと持ち上げて、ひどく後悔した。
 持ち上げた瞬間、ぞわりと背中に冷たいものが走ったのだ。
 なんとなく、これはなんとなくだが、ほぼ間違いなく生き物、せいぶつ、なまものか何かが入っている気がした。  
 なんというか、のっぺりというか、のったりと言うか、「な行」が似合う重みを感じた。
 そして、間違いなく熱を持っていた。
 気持ちが悪いので足で少しずつずらして箱をのけた。
 引き続き作業を続け、蚊帳を組み立てたと同時、魔理沙が帰ってきた。

「あ、蹴るなぜ。大事にしているのに。うまじゃないんだから」
「うま? これ、なんなのよ」
「見るぜ? ビビるなよ? 普通のときは普通なんだが危ないときは危ないぜ」
「は? まって怖いわ」
「見ないのか?」
「見たい」
「わがままぜ」

 ごくり、つばを飲んだ。
 その時、妙な感じがした。
 感じは感であり勘である。
 この勘を感じたときは、大体が嫌な予「感」であり、私にとって良くないことが起きるときだ。

「見るぜ? 見るぜ?」
「待って、魔理沙」
「あけるぜ?」
「待ってったら」
「早くぜ。なんなのぜ。早くぜ」
「ねえ、あんた今どうやって蚊帳の中に入ってきたの」

 その瞬間、体が揺れた。
 最初はなにかに突き飛ばされたと思ったが、違う。
 全身、全体、この神社が揺れていたのだ。
 地震、しかもかなり大規模の。

「霊夢、霊夢、あけるぜ? みるぜ? あけるぜ?」
「魔理沙、待って! なに、なんなの!」
「見るんぜ? 怖がるなぜ? これは私の」
「魔理沙、伏せて!」

 がらがらと神社が崩れていく視界の中で、魔理沙はずっと笑みを浮かべていたのが見えた。
 私はそれを気味が悪いと思ったのか、気持ち悪いと思ったのか、それとも安心したのかはわからない。
 それでも決して、悪い感じはしなかったと、なんとなく確信していた。
 
 

 頭の上から声がした。

「そろそろ起きろ。飯が出来るぞ」

 意識が戻ると同時に体を起こした。
 蝉がじーじーかなかな鳴いているのを聞いて、非常に静かだと感じた。
 先ほどの轟音は、地震は、一体。
 かけられている布団をのけてから、地獄のような暑さの中に居たのだと知る。
 哀れみのようなそよ風が体を冷やして心地よかった。

「なんで、縁側で寝てたのに布団が」
「私がかけた。風邪引いたら面倒だからな」
「このくそ暑いのになんで冬用の布団なのよ」
「それしかなかったんだ」

 そう言って笑う魔理沙を見て、先ほどまでの事は夢だと言うことに気づいた。
 ほっとして、布団を蹴り飛ばしまた横になった。
 味噌汁の香りが鼻をよぎる。

「また寝るのか。もうすぐごはんなのに」
「勝手にお勝手に入って。お味噌汁は豆腐?」
「ビンゴ。食べるだろ?」
「食べゆ……ふあ……」
「じゃあ起きろ。目覚しに冷たい水飲むか?」
「暑い……」
「あー?」
「熱いお茶頂戴。濃いの」
「この暑いのに熱いのか。わがままなやつめ」

 魔理沙はそう言って戻っていった。
 頭の中を整理する、までも無かった。
 感じは感であり勘である。
 私のその勘は夢でそれを現してくれた。

「粗茶だぜ」
「うちのだっつの」
「今度奥に入ってるやつ良いお茶使わないか?」
「げ。気づいたのね。あれはスペシャルな時に飲むのよ」
「なんだよスペシャルな時って」
「それは……未知の花魅知の旅が再販された時とか」
「……確かにスペシャルだが」

 ごはんはお味噌汁とお漬物、あとは茸を醤油で炒めたものと、ビーフストロガノフだった。
 少し物足りないけど最低限、ちょうどいい量でまあまあ満足した、ような気がした。
 間違いなく自分で作るよりは、ちょっと豪華。

「そういえば、あうんは?」
「アリスのとこだ」
「え、なんで?」
「アリスがあうんの服を作ってやりたいと。私が紹介してやったんだ。今日は戻らないぜ」
「ふうん」

 そして、刻一刻とその時が近づいてきた。
 食後、だらけて横になる魔理沙を叩き起こして、蚊帳を一緒にはった。
 何も言わなくてもきっと泊まるつもりなんだというのはわかっていたので、お風呂を沸かして別々に入った。
 「私が先に入る」と言ったら「お前の後だと水の量減ってるんだよなあ」と返してきた。
 大幣を目にぶっ刺して外に放り投げようかと思ったが、すんでのところで体は止まった。

「じゃあ入るぜ」
「せっけんは新しいの開けないでよ」
「あれもうお米粒くらいだろ。新しいの使わせてくれよ」
「いいから」
「よくないが、お前が言うなら仕方ない」

 魔理沙をお風呂に見送ってから、境内の階段までゆっくり歩いて行って、戻るを繰り返した。
 来るべき時に向けて、縁側で体温を冷ます必要があった。

「外に居たのか? 湯冷めしちゃうぞ」
「もう寝るわよ」
「早いな」
「別に、普通よ」

 普通を装うとするほど普通を装えないのは昔からだ。
 なんとなく子供の頃、二人でお風呂に入ったときのことを思い出した。



 灯りを小さくして、布団につく。
 いつからか存在していた魔理沙専用の敷布団は最近干したばかりだ。
 足でその感触を確認して「よし」と思った。

「……霊夢」

 不安そうで、今にも消えそうな声が片耳に入ってきた。
 「ん」でも「あ」でも無い声で返事をした。

「お前、さっき起きたばかりなのに寝れるのか?」
「余裕よ。私をなめてるの?」
「なめてないが……そんなことで自慢げにいわれても」

 暗い部屋の中で蚊帳の影を見つめた。
 ばたばたと飛ぶ変な虫が枕元の小さな光につられて入ろうとしていたが、ここは結界の中だ。
 決して誰も入れない。もちろん虫すらも。

「私はな」

 ぽつりと魔理沙の声が流れてきた。

「私はな、霊夢。私はな」
「うん」
「別にこの関係に不満を持っているわけじゃあ無いんだ。私は今のままでも楽しいし、このまま何もしなくても楽しくいられる自身がある」
「うん?」
「まあ聞いてくれ」

 そう言われたので黙って聞く。

「でも気づいちゃったんだ。気づいちゃったから、そうしないと駄目なんだ。気になって気になって気になって気になって気になって気になって仕方がない。お前なら、私の性格はわかるだろう?」
「うん」
「だから今日は言いに来たんだ」

 ごくりとつばを飲む音が聞こえた。
 横を向いたが、魔理沙は私に背を向けている。
 背中は小さい。
 そして、やっぱり小さい。

「改まって、何を言いに?」

 自分でしたのに、馬鹿みたいだなって思った。少し笑いが吹き出した。
 空気を壊すかなと思ったけど、聞こえていないみたいだった。
 よかった。

「うん、言うぜ。言うから、黙って聞いててほしい」
「聞く」
「ご、ごほん。いつからかわからないけど。もしかしたら最近かも、それか最初からかもしれないけど」
「うん」
「あのな、私は、霊夢のことが……す」
「……」









 沈黙があった。
 一瞬かもしれないし、もっと長かったかもしれない。










「……す、すす……すすすすすすす」










 外で鈴虫が鳴いた気がした。
 もうすぐ夏も終わりなのだろう。










「ごほん。霊夢、の、ことが、すすす、すすすすす」
「……」
「すすすす、すすすす、すすすすす」
「……」
「すすすすす」
「……うん」




 うん。




「すす、すす、すす、すすすす」
「……」
「す、すす……すすすす、すすすすすすすす、すいか」
「あ?」
「す、すいか、まだ冷やしっぱなしだ」

 魔理沙は立ち上がり、蚊帳を抜けて裏の井戸へとかけていった。
 その勢いで、天井にかけていた蚊帳のひもが一つだけ取れた。
 すぐに閉めなければ虫が入ってきてしまう。
 だけれど体が動かなかった。

「……すいか、すいか、持ってきたぜ」

 息を切らして魔理沙は自分の顔ほどの大きさのすいかを頭の上に掲げた。
 その阿呆みたいな笑顔を見て、一度うなずいた。
 うん。

「食べるか? なんてな、はは。明日の朝ごはんの後に食べよう。な。な」
「うん」

 彼女の顔はこの暗さでもわかるくらい、これ以上にないくらい、見たことがないくらい、赤く染まっていた。
 上半身だけ体を起こして、枕を投げつけてやった。

「わ、なんだよ」
「今食べましょ」
「え、今からか?」
「うん。お茶を淹れて。あつくてこいの」
「え、すいかにお茶か?」
「私は……あつくて、こいのが好きなの。早く持ってきて」
「まあいいけど……今から? 本当に?」
「私が食べるって言ったら食べるの。私が貰ってきたすいかなんだから」
「わかったよ」
「蚊帳も一旦外して、灯りもつけて。あ、お酒も飲みましょ。あとぐい呑もお願い」
「おい、どうしたんだ急に」
「ちゃぶ台立てといて。あとおつまみもなんか作ってよ。茸あるんでしょ? あと私も魔理沙のこと好き。お茶は戸棚の奥のスペシャルのやつ出していいから」
「お、あのお茶淹れていいの……ん?」
「考えない、早く行って」

 背中を思い切り叩いて魔理沙を動かした。
 魔理沙はどたばたとお勝手を跳ね回っている。
 伸びをして、布団を蹴飛ばして脇によけた。
 なにか、気分が高揚していた。

 いや、心当たりはある。なにせ私の勘が珍しく外れたのだ。
 違う、自ら外したのか。
 今ならなんだってできる気がする。

「れ、霊夢」

 お勝手から顔だけ覗かせた魔理沙の声を、背中で受ける。

「あの、気のせい、かも、なんだが、さっき」
「お酒はまだ?」
「…………」
「まだ?」
「……うん、まってろ」

 その日はもう、その話はしなかった。
 したのは恥ずかしい昔話と、魔理沙の作った茸のおつまみの感想と、熟れていないすいかの文句だけだった。





 私は思う。
 いずれ開くとわかっているものならば、その箱は、決して今急いで開ける必要はない。
 二人でゆっくりと開けていくのでも、全然良いのだと思う。
 もちろん焦る必要はなくて、それは自分達のペースで一緒に二人で開けられるのなら、なんだって良い。
 
 なぜなら、私達はその箱の存在は知っているし、少し戸惑うかも知れないけど開け方も知っている。
 だから今は、一つ一つゆっくりとその箱を開ける準備をすればいい。
 あつくてこいものを胸に感じながら、あつくてこいお茶を無理やり体に流し込みながら、お互いに遠慮しながら、ずかずかと踏み入りながら、箱を開けていくのがきっと、私達に合っている。



 そう、初めて自覚したその日は、そうやって過ごして、昼まで寝た。
 私達らしいなって思った。


『はこここいろこ』
おわり




ここまでお読み頂きありがとうございました。
主人公たちです。書くにあたり原作を振り返りプレイしましたが、彼女らはやっぱりあざとくない可愛さを持っているので、可愛く書くのが似合います。
あざとさは大幣をぶっ刺して放り投げてやりました。
文字遊びで作ったタイトルは、可愛く出来たと思います。はこここいろこ。

書きながら飲んでいたのは亀吉という辛いお酒です。
あっさりしてるけどしっかり味ついてて美味しいです。
それでは次の作品で。またね。
ばかのひ
http://atainchi.com/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.450簡易評価
1.100サク_ウマ削除
面白かったです。
現実の魔理沙は普通の話し方なのに、夢の中ではぜ口調なんですね。
2.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
3.90名前が無い程度の能力削除
後半のレイマリが可愛すぎた
>>「まだ?」
>>「……うん、まってろ」
このやり取りが大好きです
4.80名前が無い程度の能力削除
私、霊夢の事、スイカ!(バァァァァン
5.100ふつん削除
とてもよいです。良いレイマリです。「やっぱりこうでなくちゃ」な感じのレイマリでした。
二人はきっとこれからも自分達のペースでゆっくりじっくりと
仲睦まじくやっていくんでしょうねえ。
「よびましたー?」のあうんちゃんもあざとい…もとい可愛いです。
強引さが突き抜けた感じのぜ口調も良いですクセになります。
見るぜ。見るんだぜ。見ろぜ。見てほしいんぜ。見てぜ。早くぜ。
7.100乙子削除
見たぜ。

すごく好き、私はこの箱を持っている二人と二人の関係が好きです。
8.80kad削除
懐かしくも王道な感じもあるレイマリでした、ごちそうさまです。
9.100名前が無い程度の能力削除
よかったです
10.90小野秋隆削除
言葉遊びがとても心地よかったです。
11.90南条削除
おもしろかったです
読み終わってみれば割とすっきりとしたレイマリだったと思います
結局言いたかったことを言えなかった魔理沙がかわいらしかったです
14.100名前が無い程度の能力削除
君ハイセンス
16.100名前が無い程度の能力削除
最初は妙な違和感だらけでしたがなるほど夢で、その後のやり取りはほんとうに「らしい」最高のレイマリでした。ありがとうございます
20.100大豆まめ削除
レイマリうおおお
恋的なものを、開けてはならない箱の中身に仮託して綺麗に物語に落とし込んでいるのがうまいなと思いました。