Coolier - 新生・東方創想話

■今こそ、分かれ目■

2018/03/22 00:00:37
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【現在:後戸の国】





「…、二人とも休んでいいよ」


手元の巻物を巻き取り、席を立つ女が一人


「、どちらに?」


休む様言われ、歩み出す主に後ろから問う女が一人


「んー?閻魔サマのところ…ちょっと調べものがね 留守を頼むよ」


「、分かりました お気をつけて…」


自ら現れ開いた扉を潜って出ていく主を見送る女が一人


摩多羅隠岐奈の支配する後戸の国

彼女の背景として踊るに徹していた爾子田里乃と丁礼田舞だけが残された


「ッはぁ…最近は御師匠様も御多忙ね あちこち行ったり来たりで」


手にしていた茗荷(みょうが)の葉を腰帯に差し、腕と背中をグイィィっと伸ばす里乃


「少し前までは扉から眺めてるばっかりで、あの頃は退屈…、?舞?」


手にした笹をぼんやり見つめたままの相方が気になった


「 ぁ、うん ごめん、ぼーっとしてた…」


「らしいわね」


真正面まで歩み寄り、指の腹で頬をグニグニ


「昔の舞はよく何も考えないでぼーっとしてたけど、最近は色々考え過ぎてぼーっとしてるよ 巫女や魔法使いが来た頃からだったかしら?」


「ぬー…」


弄られる頬をそのままに、舞も里乃の髪を一房取る


「御師匠様はともかく、私達は“跡継ぎ捜し”の時以外はこっちに引き籠りっぱなしだったからねぇ…これからは遣いっ走りで外に行く事も増えそ、う…」


「…」


サラサラの長い髪 人差し指に巻き付けクルクルクルクル…


「ま~い~…?」


…未だに、里乃の顔を真正面から見る事に慣れない

無性に…恥ずかしい


「んーっ…」


親指も使い口元を挟む

まぬけ面


「…お話しよぉ? ね?」


口を力任せにゆっくり閉じれば、あっさり指を離してくれる


「…幻想郷、賑やかになったね」


結局目を合わせていられず、彼女の喉元を見るしかなくなる


「…ここ十年二十年で、特にね 人も妖怪も、外の世界で何が起きたらこんなに入って来るのやら」


「何が起きたら」
主人である摩多羅隠岐奈に聞かされた幻想郷の仕組みを知っていれば、理由自体は容易く思い付く

理由が分からないのではなく、その理由に至った現状に驚いての溜め息だ


「それ以上に…ごっこ遊びの範疇とは言え、御師匠様や八雲様相手に勝ち星を上げる人間までいたってのがまた驚きだけど」


「この前来た奴ら、半分は天狗と妖精だったでしょ?」


「だとしても凄いけど…博麗の巫女や魔法使いの知り合いには同じ位に戦える庭師や使用人もいるって…」


「外の世界が枯れてる反動で、幻想郷(こっち)ではそう言う力を持った人間が発生しやすいのかしらね」



「…僕達の後任も、すぐに見つかりそうだね」



「…本題はそれ?」


里乃は僕の烏帽子を外し、未だ束ねたままだった髪の束を放してくれた

風も無い後戸の国だが、何かしらの力場が働いているのだろうか 髪の束はしばし宙に舞った


「…里乃は、さ 昔の事とか覚えてる?」


「?昔ってどれくらい」


「ここに…御師匠様の所に来る前までの 事」


「…『二人揃ってなぁんにも覚えてない』って事で結論にならなかったっけ?」


「うん、そう そうなん、だけど…」



やはり、思い出さないか



「もしも後任が見つかって、私達がお役御免になったら、その 思い出せない私達の素性…探してみるのもいいかな  って」


「?何で?」


疑問に思う事に何ら疑問を感じない そんな返しだった


「ぇ、えと…ッどうせ、今の仕事が無くなったら暇になるだろうしっ、やっぱり自分達の事も知らないってのも何だかむず痒いし…」


手当たり次第に理由を並べる

…やはり僕は、言い訳が下手だ


「自分探しねぇ…」


真正面に立つ里乃の雰囲気は既に乗り気でなくなっていたが、それでも頬に手を当てて考えてくれる


「私は昔の事とか興味無いからなぁ…どうせ大昔の事だから私達の事知ってる人もいないだろうし それに…」


里乃の顔の両脇から溢れる二房の長髪が揺れる


「御師匠様に拾われる位だったんだから、どうせロクな生き方してなかったろうし」



(違う、よ…)


他人から見れば、僕達は廃するべき劣った存在だったかも知れない
しかし、張本人である僕達はそうは思っていなかったのだ

僕達はロクな生き方はしていなかったが、ロクでも無い存在では決してなかった筈だ

その確信を二人で交わしたのだ

交わした筈なのだ

なのに


「、そう…だね…」


“君と彼女…舞と里乃の繋がりを…”

里乃の命と引き換えに差し出した、僕にとって一番大切なもの


神様は決して約束を破らなかった

神様は約束通り里乃の命を救い、約束通り僕達の繋がりを奪った
二人で一緒にいた頃の記憶を消してしまったのだ



里乃の記憶だけを



(やっぱり、性格の悪い御方だったなぁ…)



目が覚めた時、目の前に里乃が横たわっていた
無傷だった

戸惑う僕の後ろにいた御師匠様が「どうぞ?」と譲るものだから、僕は馬鹿正直に駆け寄り、抱き上げ、声を掛けた


直前の契約で、目を覚ました里乃が自分の望む反応を返してくれるかどうか…もう少し考えておくべきだった



御師匠様にその辺りの事を話したり、記憶を戻す様頼んだりもしなかった
契約が完遂されたとなれば、摩多羅隠岐奈が今更それを覆す理由は無い

そして、相棒の命の恩人である事に代わりはない
対価を取られた事に文句を言うのは筋違いだろう、と今日まで恩返しに踊り続けてきた次第だ

その日々を保つ為に、里乃に無くした過去を打ち明ける事も無く…

記憶を持たない爾子田里乃と、記憶を隠した丁礼田舞
二人の童子を向かえ、秘神と三人の新しい体系が生まれた



御師匠様様の下での仕事も、一から作り直した里乃との関係も順調だ

里乃は里乃で僕の事は気に入ってくれていた様なので、現状に不満も無い


「…舞は気になる?昔の事」


けれども、やはり寂しくなる事はある

昔はあんなに近くで一緒に隣り合い、二人だけで踊っていたのに、今では距離を開けて他人の為の踊り囃子だ

隣り合う際の位置取りが以前と逆なのも地味にムズムズする


「僕は…」


何より、昔の様にお互いを分かり合う事が出来なくなった

かつては言葉も無しに疎通が取れた位なのに、里乃は僕の考えが読めず、僕は里乃の気持ちを捉えられなくなっていた


繋がりを失うとは、これ程の事なのか


「…僕は、無くしたものを諦めたく、ない」


現状に不満は無い 師との契約への怒りも無い 繋がりを無くした里乃に対する苛立ちも無い


だが、他人を気遣い隠し事をしている自分の体たらくには一言言いたいものがある


「無くしたものをまた集め直して、それが本当に要らないものかどうか…自分の目で確かめたい…!」


僕はもっと、我儘な女だった筈だ

欲しいものを追い掛け、食べたい物を食べ、眠くなるまで踊って語って笑って

泣き喚く程に望んだ願いの為に、大切なものまで投げ出した

その相手はいつだって里乃だった

里乃に支えられ、里乃と生き、里乃を振り回し

…里乃を巻き込んでしまった


「…いいの? もしも私が言った様に、私達がロクな人生を送ってなかったら…知らなくてもよかった事を見つける事になるわよ?」


なのに今更、この先ずっと彼女に隠し事をしたまま生きていけと言うのか

…間抜けな話、自分がそこまで辛抱強いとは思えない
いつかは打ち明けずにはいられなくなってしまうだろう


「でも、知った方がいい事もあるかも知れないもん 僕は…それを、放ってはおけない」


今はまだ御師匠様の元で働こう それが恩人との契約だ

全ては跡継ぎを見つけ、“用済み”になった後の話だ


「…貴女が見つけたがってるものが、私の見たいものとは限らないわよ?」


口調も表情は普段通りの朗らかなもの

なのに、雰囲気はどこか冷たいものを感じた

考えが、読めない


「、かも知れない…し、里乃を傷付ける事になるかも知れない」


その結果、それでも里乃が記憶を取り戻すとは限らない

今話した様に…彼女を傷付け、嫌われるかも知れない


そしてこの先…恐らく何があろうと、もう二度と里乃と一緒だった頃には戻れないだろう


それでも


「僕は…里乃と共にいきたい」


僕を助けてくれるのも
僕が我儘を言えるのも
僕が一緒に踊りたいのも
今度こそ僕が助けてあげたいのも


「里乃が傍にいてくれなきゃ…嫌なんだ」


もう、ダメだ 僕はもう、里乃無しでは何も出来ない
一緒にいた頃も、そうでなくなってからも、ずっと隣り合って生きて来たのだ

今更どうして別れられようか


「…もし」


里乃が僕の鎖骨付近に触れた

そのまま腕を伸ばせば、突き飛ばせる様な触れ方だ


「もしも私が…舞が私に思ってる程、貴女と一緒にいたい訳じゃないとしたら?」


里乃が死にかけた時に味わった息苦しさが、胸の内から滲み出る


「私が、舞と離れたがってるとしたら?」


この先永遠に、この失う事への恐怖と共に生きていかなければならないのか


「っだと、したら…」


里乃には 里乃にだけは、無理強いはしたくない

だけど…だけど


「…駄目」


「駄目?」


「駄目…離れ、られない」


それだけは、出来ない


「どうして?」


「それは…」


(…約束、したから…)


先に逝く事も、置いて逝かれる事も

どちらも、両方とも、二人とも、嫌だったから

何も持っていなかった二人の決めた、数少ない財産


だが、それを明かす事は出来ない
彼女の過去を明かす事…すなわち秘神との契約に反発する行いが何を招くか分かったものではない
あの秘神も無邪気と同時にえぐい邪気も持ち合わせた女だ 迂闊な真似をして反抗的とみなされては、何をされるか分からない

然りとて本能はその掛け替えの無い宝物を片割れに返したがっている

全てを明かして楽になり、あわよくば思い出して貰いたがっている


「離れたく…ない…」


…恩義と本能のせめぎ合いの最中、『対価は契約したあの瞬間に差し出したのだろうから、今更思い出せない事を話す位なら…』と妥協が頭をもたげ始めた時



「我儘なやつ」


スルリと胸から腕に滑った里乃の手が、僕の手を取る


「そこまで言われたら…置いていける訳無いじゃない…」


苦笑いを浮かべた里乃が、しかし目蓋を降ろして確かめる様に言葉を紡ぐ


「里っ…」


「別段やりたい事も思い付かないし…舞を一人で放り出したら何をするのか分かったもんじゃないし…」


「…、それって…」


「えぇ 付き合うわよ、舞に」


こんなにも眩しい笑顔が離れていったのかも知れなかったと


「わっ ッと…里乃?」


そんな事、考えたくもなかった

里乃の返事に対する嬉しさと、ありえたかも知れない未来への不安に感極まり、里乃の左腕にしがみつく


「んもぉ 舞どうしちゃったの…?何か今日変よ?普段もだけど」


「うん…うん…」


二の腕に目元を埋めず、返事を返すのがやっとだ

里乃も戸惑いながらも空いた手抱き締め、頭を撫でてくれる


「…まだ後任は見つかってないし、それで私達がお役御免になると決まった訳じゃないんだから」


あの日の神様がくれたものとも違う温かさは、一層眼球の奥を温め、潤わせた


「…うん…」


「まだまだしばらくは、私と貴女で御師匠様の賑やかしよ」


「うん…」


「頑張れる?」


「うん…!」


どうして、こんなにも不安だったのだろう

記憶をなくしたとしても、一緒でなくなったとしても、里乃はずっと隣にいてくれたと言うのに


やはり、僕は我儘な女なのだ


「それよりほら、さっき御師匠様が『今の所もう一回』って仰った所」


向かい合い、里乃の左手と僕の右手で組み合う


「、ん… くるくる、回って…手を離したっら…背中を向け合って、擦れ違って…」


折角里乃が話題を変えてくれたのだ 未だにグズグズと涙と嗚咽の残りが溢れるが、躍りの事ともなればいくらか切り替えられそうだ


「そっ で、擦れ違う所で一回転入れた方が…」


里乃の改変に従い、足取りを確認

目元を拭い、ムキになった様に表情を引き締める


(頑張ろう…)


いつか役目が終わる日まで

いつかまた、里乃と二人で歩き出す為に

今は踊ろう 里乃と共に 御師匠様の為に



里乃がいてくれれば、難しい事ではない筈だ



…とは言え…やはり、里乃と離れ離れなのは 少し寂しい かな



感傷に噛みつく様な勢いで踊りに打ち込む僕に、里乃の表情は目に入らなかった
早いもので、こちらでは二年半ぶりの投稿なのですの…( ・ω・)お久しや
今回の作品はとあるさとまいのイラストを見て「合点がいった」と言うか「しっくりきた」と言いましょうか、「その線も充分にあり得るよなぁ」と感じた一枚から着想を得ました

ただなんと言いましょうか 陳述トリックと言うのとは少し違いますし…「要点をに触れずに最短距離の遠回しな表現で書いた結果伝えたい事が伝わりにく過ぎる」と言う結果に( ・ω・)うーむ

3/25に微修正入れました 一人称のミスが主ですが、まだあるんだろうなぁ…  あと付け忘れてたオチを入れたんですが、今更過ぎて蛇足感が… 付け忘れてたんですよぉ…っ

以下コメント返信
3:汲み取って頂けた様で本当にありがたい( ;ω;)肝の部分について作者が一人だけで盛り上がってて文章には巧く表せられず…反省点です
4:そっちの方の偏見に関しても東方だとたまに重いテーマにされて描かれる事多いですよね 俺得■人称視点をウロウロする書き方は昔から意固地なまでに続けてて直そうとしませんっ(オイ) 舞の一人称ミスは単純に間違えました…orzどころかどっちが里乃でどっちが舞か何度もごっちゃになりました…(オイオイ)
大豆まめさん:あの二人は片想い両想いそう言う仲ではないに関わらず歪な雰囲気があって  それがよいのですけどねっ
5:何故だか番号とばしてました…申し訳ありませんorzしかしてお褒め頂き有難い限りです
6:ワーオ南条君さんお久しぶりです! んでんでお褒め頂きありがとうございまする…!orz恐縮でございまするァ…! メリーバッドエンドってとは違いますが、この二人にはどうも歪な妄想が付き纏います
7:ありがとうございます!

http://id40.fm-p.jp/168/dtjajm/
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コメント



0.60簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
精神的なつながりだけではなかったというお話ですね
そりゃ忌避されるし斧も投げられ摩多羅神とも相性がいいわけで・・・
4.80名前が無い程度の能力削除
摩多羅神の特性上、二童子が人間だった頃は排斥されてきた可能性もありますが、そういう理由だったと思うと腑に落ちますね。
国によっては法律で認められるようになった現代でも差別は根強いので、昔なら尚更…

舞視点での地の文で、何か所か一人称が「私」だったり急に三人称視点になったりするのは気になりましたが、それを差し引いても引き込まれました。
5.90大豆まめ削除
いじらしく切ないさとまいでした、
6.100南条削除
とても面白かったです
2人の出生に妙な説得力があり、これこそが正史なのではと思ってしまいました
素晴らしかったです
7.100名前が無い程度の能力削除
とても良かったです···
8.90ひょうすべ削除
よかったです