Coolier - 新生・東方創想話

■今こそ、分かれ目■

2018/03/22 00:00:37
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「!?…?」


隣の里乃の更に向こうから突然上がった女の声
舞も当然驚いてはいたが、冥土へ歩み始めた身体は意識にまるでついて来られず、殆ど頭の重さだけで首を巡らした


綺麗な人だった 筈だ
真っ暗闇の中でもほんのりと輝く黄金を背負っている事が最初に目に留まり、次にそれが髪である事に気付き、その中で整った顔立ちの女性の顔が穏やかに僕らを見つめていた


「 だ れ…」


驚きに任せて小さくはない声で尋ねた筈なのに、溢れた音は囁き声より小さな叫びだった
声と息が口ではないどこかから漏れ出したかの様だった


「私?んー…」


頭をじわりと撫でられる


知らなかった
里乃以外の者に頭を触られた記憶は一切無い だから



「神様?かな 神様」



こんなにも こんなにも温かく、柔らかく、優しい感触は初めてだった

里乃の手から伝わるそれとは全く違う、無条件に全てを投げ出してしまいたくなる心地好さだった



「っげほッ!!ご…ッほぇ…!!」


焦りと驚きを忘れた一瞬に、息苦しさと痛みが容赦無く戻って来た


「ぁーよしよしよし…まったく無茶をするんだから…」


当然の様に後ろに回って肩を支え、背中を撫でてくれる

再び降り掛かる未体験の安心感が背中に広がり、驚く程に苦しみが薄れていく

心無しか、里乃の呼吸もしっかり落ち着いたものになった様に見えた


ーーー実の所、この時の二人の身体は既に限界に近付いており、とても安らぎを感じられる余裕は無かったのだが

それ程までに、神を自称する女の与える労りに打ちのめされていた


「…ッがみ、さま…?」


錆び臭い痰が絡まる喉を何とか動かし、ようやっと声を振り絞る


「なんだい?」


自身を背もたれにして少女二人を寄り掛からせる自称神は、大地の様に揺るがず、しかし春の陽射しの様にふわふわとしていた

死にかけている現状と併せて、現実味を感じにくかった


「ざど、の…里乃、里乃 を…助ッ …げぁッ」


「うん、分かる 分かるよ けど…」


…いつの間にか、片手は胸元の傷口を押さえてくれていた

細くしなやかな手がどす黒く染まっていく


「これは厳しいね…」


「、…!」


「出血もそうだけど、肺にまで切り口が及んでいる 傷口を塞いだだけじゃどうにも…」


「おね゙ッがい…!」


神に願った事など一度もなかった

神様がいると信じた事も無かったし、現に何かしてもらった覚えも無かった

しかし今、大事な人の一大事と言う時にその神様とやらが目の前に現れた どうして助けを求めずにいられようか

だのに、その神はそれは難しい等と抜かしやがる 人を嘲笑うのも大概にしろ


「それに…君も相当参っている様だけど、自分の心配は…」


「里乃を…!助゙、け 助け…ッ!」


「…するつもりは無し、と」


…さっきからこの神様とやらは、本当に助けるつもりがあるのだろうか

優しさに満ちていた筈の介抱が、途端に裏返って不信感に染まり始めた


「ともかく…神様が願いを叶えるにはお供え物やお祈りが必要と相場が決まっている お祈りは充分として…あとはお供え物か」


…里乃の胸に当てられた手は、傷口を押さえていただけの筈

それが急に、彼女の心臓を鷲掴んでいる様に感じた


「さて何を貰おうか…」


「早゙ぐ…!」


その里乃の血にまみれた手を掴んで引き剥がし、自分の胸に当てた


「…こう言うのは一番大切なものを貰うのが常だからね 君の…」


欲しければくれてやる…!

僕の命と引き換えに、里乃を…!



「君と彼女…舞と里乃の繋がりを貰おうかな」




「…?…!?」



「君にとっては命よりも大切なものだろう? 捉え様によっては…」


女の手を固く掴んでいるのは自分の筈なのに、逆に捕らわれているかの様な錯覚に陥った


「彼女の命そのものよりも、大切なものだ」


女が優しげな口調で冷徹に告げる

びょうびょうと夜風が吹き荒れ、視界の端で黄金の長髪がチラつく

まるで後ろから追い縋り纏わりつく亡者の腕だ


「君が本当に無くしたくないのは…」
「ゔるさい゙ッッ!!」


それが嫌で嫌で、目を詰むって俯き、喉も裂けよと叫んだ


「うるざッッゲホンッ!!ッッンン゙っ…!!」


「君達が自覚しているのかいないのかは知らないけど…」


咳き込む舞の胸元を擦ってやる手つきはそれでも尚優しい
残酷なまでに優しい


「君達のその…常人には無い繋がりは、君達の命そのものに強い負担を掛けている」


里乃はどうなったろう、と思い始めた時、それを察したかの様に“神様”は動いた
抵抗の無くなった舞の手を取り、里乃の頬に触れさせた

自分よりも幾分冷たい滑らかな肌に、戸惑う


「好きな相手が死にかけて、自分も死にたくなるって事はあるけど…実際に“同じ理由で死ぬ”なんて事はありえないんだよ 普通は」


一刻も早くに助けなきゃいけないのに、背後から伝わる言葉から気を逸らせられない

無理もない 自分と里乃との事について語る他人は彼女が初めてなのだから


「だが、君達にはそれが出来る 出来てしまうんだ」


この窮地にあって、“神様”の存在はあまりにも新鮮で刺激的過ぎた


「そうでなくても一つの人生を二人で食い合っているんだ…普段から最低限ギリギリの、張り詰め過ぎて弾け飛びそうな生命力は身体にも大きな負担だったろう」


「…、…」


ひっきり無しに救いを求めていた舞が、条件を提示されて以降狼狽えっぱなしである

“神様”の話なぞ、対価の提示より後はほとんど頭に入っていなかった


「普通に助けても、いずれはどこかで共倒れだ」


捉え様によっては里乃の命よりも大切なもの

まさしく“神様”の言う通りなのかも知れない
里乃が助かったとしても、それで彼女と一緒にいられないのであれば“自分にとっては”意味がない 結局里乃を失ったも同然ではないか


(僕、は…)


彼女を助けたかったのではなかった のか?
彼女と一緒にいる自分を助けたかったのだろうか
その為に今まで這い擦り回る思いで生き、泣いて騒いで助けを求めていたのだ

全部 それこそ「里乃の為に」と思っていた事も含めて、自分の為だけにやっていた事だったのだ


「自己嫌悪に浸る事は無い」


俯いていた顔が勝手に持ち上がった
“神様”が舞の顔を手で支え、顔同士を付き合わせた

手についていた舞の血は既に乾き始め、頬に奇妙な感触を走らせた


「人間、結局全ては己の為に在るものだ 自己犠牲ですらもそれを行う欲望から始まるのだからな」


…里乃の呼吸は既に止まり、舞も同じく息を詰めていた

後ろから、しかし真正面から“神様”に見据えられ、意識を逸らせない

罪悪感を肯定された今、里乃の頭は重要な選択から逃れる事は出来ない

何年も何年も、常に生き死にの境を掛け擦り回って生きて来たのだ その忘れ得ぬ経験が、重大な決断から逃げる事を許さなかった


「大丈夫…“君達二人だけの”繋がりではなくなるけれど…私が間に入った、新しい繋がりを与えてあげよう」


顔を削る様に手が滑り、舞の視界を覆った



「今まで通りとはいかないが…彼女の近くにはいられる筈よ」



乾いてパリパリになった里乃の血が、ぬるりと頬を伝った


「早い話、私のところで働いて欲しいんだ なぁに難しい事じゃ…」


「 る」


「な、い?」


「や゙る…」


「即決…でもなかったか まぁ難しい話ではあるよね」


「いい゙、がら…早ぐ…!」


胸元に“詰まる”様な感覚が重く満たされ、喉にまでせり上がって来ていた


(約束、したんだ…!)


ずっと一緒にいようと
里乃の傍からいなくなる事も、彼女より先に死ぬ事もあってはならないと

それは僕も同じなんだ
里乃が傍からいなくなる事も、僕より先に死ぬ事も許さない


歩いて、食べて、寝て、死ぬだけの人生なんて真っ平だ

我が儘でも独り善がりでも構わない…!

死んでたまるものか 僕達は、絶対に生き


「それじゃあ…」


ドンッ!と
目元を覆う手が離れた事に気付くより早く、背後から肩甲骨の間に強く手を着かれ、痛みも苦しさも寒さも吹き飛ぶ激しさが響いた


「この手の作業は彼奴の方が得意なのだろうが…ま そう難しいものでも無かろうさ」


座った姿勢のまま、一歩も動けない
下手に身動きを取れば大変な事になると、直感的に悟っていた


背骨に伝って衝撃が継続している
身体が左右から引っ張られる

何かが…何かが、“開いている”!?

身体が、真っ二つに“開いている”!?


(里…ッ乃…!?)


全身で地割れが起きているかの様なおぞましい錯覚に怯みつつ、それでも隣にいる大事な相棒を求め




舞の意識はそこで途絶えた




結局の所、二人は離れ離れになってしまったのだ

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