Coolier - 新生・東方創想話

曇り時々雨、のち晴れ (暴力・流血表現あり)

2017/12/13 21:24:38
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「屠自古~、これで、これで大丈夫なのか?」
「知るかッ!! しかし、西欧のスポーツで、お互いが全力でやりあえる……これしかない。香霖堂の文献をあさったんだ。これでだめならあきらめて死ぬしかない。私も参加できるし、できうる限りのサポートはする」
「だが……これはほとんどタイマンだぞ!?」
 紅魔館では門前で口論している二人組がいた。フランドールを楽しませるためにやってきた二人組である。布都が小ぶりのスイカのようなボールを小脇に抱えている。
 二人が考えてきたアイディアはドッジボール、肉体的な接触がなくかつ全力で戦えるはず……少なくとも直接殴り合うボクシングやサッカーのショルダーチャージで吹き飛ぶことはないはずだった。
 問題はボールだが鞠の要領で作ってしまった。ちょっとドキドキしている。吸血鬼の剛腕で投げつけられたら……まあ、死にはしないはず……だといいなぁ。

「妹様。あそこに屠自古さんと布都さんがいますよ。そういえば楽しいことを持ってくるのは今日が期限でしたか」
「そっか――、別にもうあの二人はどうでもいいんだけどな。適当に笑って終わりにしよっか」
 今度は悪意とか意地悪じゃない。純粋に興味を失ってしまった。
 二人組は門の前でうだうだとしてるので後ろから声をかける。
 口から心臓を吐き出しそうな顔で振り返ってくれた。

「えっと、その、フランドールお嬢様におかれましては本日もご機嫌麗しゅう」
「挨拶はいらないからさっさと要件を済ませてくれる? 何をやってくれるの? 一発芸? それともコント?」
 フランドールの言葉を受けて布都がボールを見せる。

「えっと、ドッジボール――」
 美鈴が顔を覆う。この馬鹿は死にたがりなのか? そんなものフランドールに全力投球されたら体を貫通される。
 フランドールも目をむいている。一発芸でもいいといったのに、わざわざ身体能力というどうあがいても勝てない舞台に上がってきた。
 美鈴とフランドールの表情を見て二人組が顔を硬くしている。

「お、終わった」
「まて、早まるな。まだ、まだ今日はあと十二時間はある」
 フランドールがまた来られても面倒だから、ちゃっちゃっと終わらせて手仕舞いにしようと考えた。

「別にいいよそれで」
「あ、あの、妹様……加減は」
「大丈夫だよ。加減はする。ただあざは覚悟してね。あと、顔面への直撃は自分で何とかよけてね。そこまで責任持たないからね」
 美鈴がほっと胸をなでおろす。
 しかし、二人は顔面直撃を宣告されたようで顔が引きつっている。
 もういいからさっさと終わらせようとルールを確認しようとする。

「ねえ、フラン」
「何? チルノちゃん?」
「何か天気がおかしくない?」
 フランドールがようやく薬が抜けたチルノと一緒に顔を上に向ける。確かに違和感がある。え~っとこの気配は……あの連中だ。

「出てこい。いつまで見ているつもり?」
「――へぇ、よく気が付く」
 空から影が落ちてくる。神奈子に諏訪子、神奈子はにこにこと笑い、諏訪子は馬鹿にしたように薄く笑っている。

「だいぶ回復したみたいだね。これでようやく謝罪を受け入れてくれるかな」
「ほっときゃいいのさ。こっちが謝る理由はない。むしろ止めてやったんだからお礼の言葉が欲しいぐらいだよ」
「諏訪子……お前余計にこじらせるなよ」
 フランドールが白い目で神様達を見ている。思わず手に力が入る。それを諏訪子は見逃さない。

「本当にちょっとの刺激でさぁ。またぶちのめしてやらにゃ死人が出る」
 目を細めた諏訪子を押えるべきか神奈子が悩んでいる。
 フランドールも怒りで一歩を踏み出そうとした。
 それを止めたのは美鈴だ。

「はいはい。ストップ、ストップ。妹様、ここはひとつ大人のレディとして譲ってあげてください」
 フランドールが怖い顔をしている。ここは怒るのが正しいんじゃないのか? それをものともせずに美鈴が耳打ちしている。

「そう怒気を散らさないでください。妹様、ここは軽~く謝ってやって馬鹿にし返してあげましょうよ」
「美鈴――」
「ちょっと怒るのは後回しにしましょう。今は諏訪子を馬鹿にしてやるのが先決です。
 いいですか、挑発した態度をどう収めるかしっかり観察してやりましょうよ。
 馬鹿にされたんだから馬鹿にし返す。相手よりも優雅にです。できますよね?」
 できると言わなければいけない。いろんな経験をしたんだ。悔しかったり、うれしかったり、恐怖だって学んできた。もう失敗はしたくない。
 優雅にふるまうとしたら参考になるのは姉さまかな?
 みんなの見ている目の前で深呼吸。精神を落ち着かせる。

「あー、悪かったね。暴れてさ、でももう落ち着いたからそんな気づかいは不要だよ」
「く、くふ、くふふふふふ、気遣いねぇ。勝手に言ってろ、こっちとしてはお前の成長なんてどうでもいい。暴れる口実なんてどうでもいいんだよ」
 邪悪な笑みを浮かべて諏訪子が構える。
 すかさず神奈子が拳骨を落とす。

「いっつ~、神奈子、邪魔を――」
「どこまで子供のつもりだ!!」
 フランドールを含めそのままみんなを放置して、神様同士が喧嘩を始める。はたから聞いていた諏訪子の言い分は全力で遊びたい。ただそれだけだ。
 フランドールの見ている目の前で諏訪子のたんこぶが増えていく。神奈子の手加減のなさに若干引いた。

「……妹様、止めてあげたらどうです?」
「……なんで?」
「最終的にあの二人がヒートアップの挙句、ブチギレしたら、止められるのは誰です? この至近距離だとチルノちゃんも巻き込まれますよ?」
 そうか、この二人を止めるのは私になるのか……強いってのは不便でメンドクサイ、こんなことまで解決しないといけないなんて……。
 ため息をつく。
 両手に魔力を込める。二人の注意を引き付ける柏手を打つ。

「二人ともストップ。やるなら守矢でやって」
 諏訪子がたんこぶを帽子で隠した。振り返った神奈子の顔に大きなあざがある。

「す、すまない。ちょっとこいつが聞き分けないものでね」
「その件はもういい。こっちも水に流す。だから勝手に家の前で争わないでくれない? これからドッジボールしなきゃいけないんだけど?」
 神奈子が改めて一行を見る。そういえば盗み聞きしていた元の話はドッジボールの話だった。しかし、神奈子がどう考えてもゲームが成り立たない。
 仮にドッジボールを行った場合、フランドール対残りの全員……美鈴、チルノ、屠自古、布都……という条件下で全く勝負にならない。フランドールの戦力が突出しすぎていてどう組み合わせてもバランスが取れないのだ。
 だが、もし諏訪子が入れば? そこそこ拮抗した勝負になるはずだ。それに諏訪子も全力で遊ぶ事ができる。
 しかし、ここまでこじれた挙句に、仲間に入れてくださいとは言いづらい……そうだ 審判をやってあげればいいかな?

「フランドールちゃん、まず、許してくれてありがとう。そこで、お詫びと言っては何なんだけどドッジボールの審判、私にやらせてくれないかな? コートの結界も私が張るから」
 フランドールが意表を突かれたように驚いている。まさか、まだ食いついてくるとは思っていなかった。そして神奈子の話はまだ続く。

「それで、仲直りもかねて諏訪子もいれてドッジボールをやってもらえないかな?」
 諏訪子が目をむく、神奈子はその視線を無視してフランドールだけを見ている。フランドールの顔には嫌悪感が出ていた。

「却下、神奈子の言いたいことはわかるけど……私、諏訪子に対して加減できないよ?」
「いやいや、それでいいよ。互いに制限なんていらない相手が必要だと思うけどね?」
 とどめに神奈子がフランドールに対して「ぼっこぼこにして構わないからさ」と耳打ちしている。
 フランドールはそれでも難しい顔をしている。下手をすると負ける可能性すらある。
 悩むフランドールにとどめを刺したのは諏訪子だった。

「神奈子、私はそんな弱っちい奴を相手にするつもりはないぞ」
 握った拳からバキリと音が鳴る。顔は笑顔のまま「いいよ。ドッジボールにまぜてあげる」とフランドールが宣言した。
 それを見て神奈子が笑う。そしてうまく挑発に乗せた諏訪子が大爆笑している。
 さっそくチーム分けが行われた。

チーム スカーレット……フランドール、チルノ、美鈴 
VS
チーム 神仙連合……諏訪子、屠自古、布都

 神の巻き添えをくった屠自古と布都が蒼白になるさなか、さらに二人がヒートアップしている。

土着神「宝永四年の赤蛙」
禁忌「フォーオブアカインド」

 そこからフランドールが人数を合わせて一体の分身体を消す。最終的に五対五。
 長方形のコートに外野は無し。外れたボールはすべて神奈子が結界で止めるそうだ。結界に当たった跳弾はすべて床のワンバウンドと同じ扱いになる。
 チームを分ける境界線が中央に一本のみ。それを挟んで各チームが向かい合う。諏訪子とフランドールが激しく視線をぶつけあう。
 比べて布都と屠自古は青い顔でチルノは自信満々、美鈴はニコニコ顔だった。
 今から十分後、試合開始……わずかに許された作戦タイムだ。
 各陣営でそれぞれ円陣を組む。

「チルノちゃんは大丈夫ですか?」
「うん!! 任せろよ大活躍するからさ!!」
「チルノちゃん。屠自古さんと布都をお願いね。諏訪子だけは私が殺す」
「言葉が物騒すぎますよ?」
「あいつだけはすごいムカつく。顔面直撃で泣かせてやる」
 フランドールの気配がいつになくとがっている。それでいて気持ちをまき散らさずにその対象を絞っている。
 本当によく心が成長した。あとは……願わくは勝利が欲しい。


「さ、作戦はどうする?」
「全力で投げてかわす。もうそれしかない――」
「お前らなんてあてにしてないよ。はっきり言って戦力外だ。適当に座ってろよ」
 諏訪子が二人を完全無視して一人で作戦を立てている。さっさと美鈴とチルノを片付けてあとはフランドールをなぶる。今回もおかしく滑稽に踊ってもらう。
 祟り神が邪悪な笑い声をあげている。


「全く、あの馬鹿は……時折暴れさせないと何をしでかすかわかったもんじゃない」
「そのセリフはお前にも当てはまるぞ」
「そんなことはないぞ。レミリア・スカーレット」
 館の前の騒ぎを聞きつけていきなり現れた吸血鬼を動じずに受け流す。

「あいつら何をする気だ?」
「ドッジボールだよ」
「そんな風には見えないがな」
「誰もただ普通のドッジボールなんて言ってないさ。そうだ。公平さのためにもお前も副審として参加したらどうだ?」
「お前ごときの策略に乗りたくもないが仕方ないな」
 レミリアがコートの中央にボールを持っていく。

「あれ? 姉さま来たんだ?」
「私も副審として参加する。お前ら結界に触れ。合図したらボールを早い者勝ちでとるんだ」
 コートの中央にボールが置かれる。両チームはセンターラインから最も遠い結界の壁に触る。全員の姿勢が整い。視線がボールに集中する。
 両チームを見渡す。全員が張り裂けそうな気持ちを抑え込んで緊張している。屠自古は覚悟を、美鈴は楽しさを、布都は恐怖を、チルノはワクワクを、諏訪子は邪心を、フランドールは興奮を、六者六様の複雑な思いが交錯する。

「チーム スカーレット、準備いいか?」
「「「O.K.!!!」」」
「チーム 神仙連合、いいか?」
「あいよ」、「OK」、「良い!」

「両チーム全力勝負だ。構えろ。
 Ready! ……GO!」
 掛け声とともにボールが消失する。
 ボールを奪い取ったのは当然の如くコート内最速、フランドール・スカーレット!!! 瞬きする間にスタート点に戻り結界に張り付いている。
 相手チームはこれを当然として壁際に張り付いて動かない。
 フランドールの瞳が引き絞られる。獲物を狙う目だ。そして、全力加速からの全力投擲!!!
 端で見ていた神奈子が「ボールってこんな風に変形するんだ。知らなかった」と思っている間に炸裂音がする。
 首をわずかに傾けただけで超音速の剛速球を軽くかわした諏訪子が立っている。神奈子の作った結界に剛腕だけでめり込んだボールがそこにある。

「くふ、くふふふふふ、ボールありがと、フランちゃん」
 見せつけるようにゆっくりとめり込んだボールを外す。そして手元で回す。回す。回す。
 いつの間にか鞠の模様が視認できないほどの高速回転になっている。

「時にフランちゃん。変化球って知ってるかい?」
 さらに手元で回す。回ってしまう。
 諏訪子は心の隙を言葉で作る。ニタリを笑うと「パス」と言ってフランドールにボールを投げ渡す。
 これを受け取るほど馬鹿ではない。ワンバウンドしてからのほうが絶対に安全だ。分身体を含めフランドールは壁際、美鈴も警戒している。
 一人だけ、この言葉を真に受けてフランドールへの攻撃だと思ってしまったチルノが棒立ちだ。
 そしてそんなことは神の手の内、弧をえがくはずの軌道が曲がる。
 フランドールをめがけた軌跡がチルノに向かって伸びる。
 このボールは取れない。触れた瞬間に回転が解放されてスピンに巻き込まれる。

「チルノちゃん!! よけて!!!」
「!!! げぇっ!?」
 とっさの判断、氷壁を作る。ボールが氷壁に触れた瞬間に回転が解放される。
 強烈なバックスピンがかかる。ボールは諏訪子のもとへとあっという間に転がっていった。

「惜しいねぇ。仕留めそこなった。……それにしても審判。あれは反則だろう?」
 諏訪子が笑いながらチルノを指さす。
 副審と主審はそれぞれ首を横に振った。

「今のは有効」
「能力差も理解できない馬鹿に言うことはない」
「へぇぇ、なるほどねぇ。じゃあ次は力で破ろうか。審判もいいって言っているしね」
 顔を審判に向けたまま投球モーションに入っている。フランドールには及ばないが狙いはチルノ……ただの氷壁程度なら貫通する。
 チルノをかばってボールを受けたのはフランドールの分身体、だがキャッチはできなかった。
 当然のように先ほどと同じ回転がかかっている。バックスピンで地面を転がったように体の上をボールが転がっていった。

「あれま……仕留め損ねた」
 しかしその表情はさほど残念そうではない。
 対照的にフランドールが唇をかんでいる。アウトになった分身体が消える。本体ほどの性能はないが、それでも軽くチルノや美鈴を上回る能力だったはずだ。
 それがキャッチをミスするほどの回転がかかっている。
 美鈴もチルノも分身体もあてにできない。
 そんな姿を諏訪子が笑う。流石に祟り神である。相手の弱みを逃すほどに優しくない。

「くふふふ、さっさと終わりにしようか。第三球……次は誰だろうね?」
 コート内でボールが飛び交う。三体の諏訪子が壁に、地面に、空中に縦横無尽に動き回り、その間をボールが行き来する。
 チーム スカーレットを緊張が襲う。
 パスワークはわずか数秒……しかし、フランドール以外がボールの出どころを見失う。
 狙いは美鈴!!! 先ほどよりも速い球が襲い掛かる。
 この状況で反応したのはフランドール。全力でボールをけり上げる。しかし、強烈なバックスピンがかかっている。空中に放りあがったボールは無情にも相手コートに向かっていく。

凍符「パーフェクトフリーズ」

空中でボールが静止する。

「フラン! キャッチだ!!」
 声に後押しされて慌てて飛びつく。ようやくボールはこっち側だ。
 諏訪子が猛抗議している。

「流石に今のは反則だろう!!」
 しかし審判はどこ吹く風である。

「最初に言わなかったか? 全力勝負だ」
「そうそう、どこの誰が能力使用禁止なんて言ったんだ? 能力禁止なら最初の分身の時点で反則だったさ」
 諏訪子が舌打ちしている。

「こ、後悔するなよ」
「お前が馬鹿な真似する前に一つ。能力で相手を攻撃したらお前の負けだぞ。勝負はあくまでドッジボール、そこに能力を上乗せできるアイディアがあればなお良し。審判から言えるのは以上だ」
 顔から湯気が出んばかりに赤くなった。まさか審判までが敵に回るとは……くそっ、私の能力はドッジボールに上乗せしづらい。
 作戦を最初から練り直す必要がある。

「チルノちゃんありがとう。助かったよ」
「いいってことよ。それよりパス頂戴、あたいも活躍したい」
 フランドールがちょっと悩んでいる。チルノのボールじゃ諏訪子には通じない。でも……友達には優しくしよう。別に永琳に言われたからじゃない。自分だけがボールを独占するのは不公平だと思ったからだ。

「いいよ。任せる」
「おう、任せておけ」
 自信満々、いつものとびっきりの笑顔で腕をぐるぐる回す。
 ?……ボールが手に張り付いているように見える。
 へぇ、すごい。見せてもらおう。
 フランドールの耳元で美鈴が解説してくれた。

「手に氷結させて張り付けてますね」
「ちょっと次の一手が楽しみ」
 チルノがダッシュからの全力投球を行う。それなりの速度だ。しかし、諏訪子にも、フランドールにも止まって見える。そんな速度では狙った屠自古には通用しない。
 キャッチの瞬間、またもパーフェクトフリーズ、一瞬硬直したボールの軌道がいきなり変わる。フォークボールの様に足元に曲がる。
 突然の軌道変化を舌打ちしながら跳躍してかわした。

「ちぃぃい! 惜しい!」
「流石ですね。狙いがいい」
「すごいね。ああいう工夫は私にはできないよ」
 ボールは相手コート、布都がボールを拾っている。

「ボールをよこしな」
「少しぐらい我らにも投げさせてくれても」
「お前らじゃフランドールにボールを渡しているようなもんだろう。さっさとよこせ」
「待ってくれ。私にアイディアがある。私にボールを渡してくれないか」
 必死に懇願する屠自古をあざ笑うと諏訪子がボールを取り上げる。

「また諏訪子さんが投げるみたいですね」
「私が止めるよ。二人とも私の後ろにいてね」
 美鈴とチルノを背中にかばい本体と分身体が前に立つ。
 相手コートではすでに諏訪子がボールに回転を加えている。諏訪子がボールを分身体に渡す。本人は素早く地面に手を沈める。
 フランドールがやばいと思った直後にボールが迫る。
 足元はすでに泥の海……踏ん張ることのできない空中でボールを受け止めたフランドールが威力と回転で遊ばれる。最終的に暴れるボールを抱きかかえたまま泥にダイブすることになった。
 ボールこそ手放さなかったが、全身泥まみれだ。


「おい、神奈子。あれの反則は取らないのか」
「あの程度遊びの範囲だろう?」
「初めて意見が食い違ったな」
「じゃあ、反則にしてやろうか?」
 レミリアが妹を見る。生き生きと笑っている顔が見えた。反則は取らなくてもいいか。

「いや、いらない。貸しにしておいてやる」
 神奈子も笑ってコートに視線を向ける。今度は、チーム スカーレットのターンだ。


「はい、美鈴」
 言われた美鈴が驚いている。フランドールがここまでされてボールを手渡してくれるなんて……うれしい。

「妹様、このまま私が投げてもおそらくアウトは取れません」
「いいよ。その程度、私が挽回する」
「いえそれでは、申し訳ないので、合体技やってみませんか?」
「? どうするの?」
「チルノちゃんも一緒にどうかな?」
 チルノも加えて合体技を繰り出す。必殺技の内容を聞くとチルノもフランドールもニンマリ笑った。
 まずはボールをキンキンに冷やす。
 美鈴が最後尾で軽く、ボールを放り上げる。空中で美鈴がミドルキックの要領で思いっきり諏訪子に向けて蹴りつけた。
 チルノをはるかに超える速度だ。だが、この程度、神からすれば取れなきゃおかしい。
 しかし、ボールの軌道がセンターライン直上で捻じ曲がる。
 フランドールがその脅威の視力でボールをとらえ、ダメ押しの肘打ち、ボールの軌道が鋭角に更なる速度を加えて曲がる。
 標的は諏訪子の分身体……しかし、その能力は本体に準ずる。キャッチの体勢だ。布都も屠自古も反応できていないのに軌道に合わせて姿勢を整えている。
 必殺技の最終段階が始動する。チルノが「パーフェクトフリーズ」と叫んでいる。
 このためにあらかじめ凍る寸前までボールを冷やしたのだ。
 さすがの諏訪子の分身体も軌道変化を予測して一瞬体が硬直した。
 分身体が弾き飛ばされる。
 なぜかパーフェクトフリーズが発動したにもかかわらず一切の制動がかからずにそのまま分身体を直撃した。
 チルノが混乱している。

「あれ? なんでだ? あそこから諏訪子にもういっかい曲がるはずなのに?」
「あの……妹様」
「ごめん、合体技がうれしくて本気でボールぶっ飛ばしちゃった」
「ダメじゃないですか。超高速の連続軌道変化なのに……冷気を一発でぶっ飛ばしちゃ」
「ご、ごめんね」
「別にいいさ。結果オーライだ」とはチルノの弁。全員で相手コートを見る。
 今、ボールはチーム神仙連合のコートにある。
 一方で諏訪子が唇をかんでいる。フェイントに引っかかった。止まるものが止まらなかったらキャッチなんぞ絶対無理だ。
 そんな諏訪子の隙をついて屠自古がボールを拾い上げる。何か言われる前にさっさと投げてしまおう。
 屠自古の体が放電で発光する。
 ボールを帯電させる。通常のボールはゴムだが、これは大きな鞠……動物の皮でできているのだ。尋常じゃない量の電荷を帯電させる。
 触れるだけで静電気により硬直する。名付けてサンダーボール……狙いは紅美鈴、必殺技の起点をつぶす。
 電磁力で帯電したボールを弾き飛ばす。普通に投げるよりもこちらのほうが絶対に速い。
 想像以上の速さで迫るそのボールに反応したのは分身体、キャッチと同時に静電気が走る。ポトリとボールをこぼしてしまった。

「い良しッ!!! キャッチできなければこちらの物。みんな私にボールを――」
「アホか、連中には氷の壁がある。もう通じないぞ。初手でフランドール本体を沈めるべきだったな」
「……ぐっ、そ、そんなことは」
「いいから黙って隅で小さくなってろ。邪魔だ」
 屠自古ががっくりと肩を落としている。
 

「危なかった。もし最初に触ってたらアウトだったよ」
「向こうも諏訪子さんだけじゃないってことですか」
「もう一度必殺技だ。今度は屠自古を狙うぞ」
 三人でフォーメーションを組む。最初にボールを冷やして、美鈴がボールを全力でける。ライン上でフランドールが方向転換させる。今度は冷気が散らないように加減する。
 飛んでく方向は布都……しかし、パーフェクトフリーズで方向を屠自古に向けるつもりだ。
 ショックを受けている屠自古では止められない。
 
「おおおおお!!!」
 布都が炎符「廃仏の炎風」を使ってボールの冷気をかき消す。そして、そのまま高速のボールの直撃を受ける。
 必死に全身を丸めて抑え込む。フランドールの加減が幸いした。冷気が散らない程度の速度だったため、最初の一撃よりも速度が遅かった。
 キャッチに成功する。
 しかし、一秒弱の攻撃だったが、回復に必要な時間はそれの十倍をはるかに超える。抑えるだけで手いっぱいでうずくまったまま動けない。

「ふん、よく止めたね。さ、ボールをよこしな」
「……いやじゃ」
「よこせ」
「いやじゃ! 屠自古、もう一回、お主にかける!! 祟り神なんぞに任せられるか!!!」
 ボールは屠自古にわたる。

「勝手にしろ!! 邪魔ばかりしやがって!!」
 諏訪子が悪態をついて壁際まで下がる。

「屠自古、気にするな。フランドールの分身体を倒したその実力を我は信じておる」
 ボールには布都の炎熱が込められている。これなら、簡単な氷の壁なら突破できる。

「フランドールは我らで倒す。全力勝負だぞ屠自古よ」
 その言葉にうなずく。布都の前に立って投球モーションに入る。
 折れてなんていられない。
 炎熱がなくなる前に……電荷チャージ、さっきよりも多く、速く、狙いはフランドール。
 にらみつけたその先で、フランドールが笑った。
 レールガンの要領でボールを射出する。
 チルノの氷壁は展開すら間に合わなかった。
 美鈴にも文字通りの光の矢にしか見えない。
 そんなものがフランドールに直撃する。
 体に触れた瞬間にため込まれた電荷が炸裂する。まばゆい閃光が走った。
 屠自古ですら光で視力を失っている。

「手ごたえあり!!!」
「よくやったぞ!! 屠自古!!!」
「……ふん」
 諏訪子が鼻を鳴らしたところで笑い声が聞こえる。
 ボールをつかんだ手が焦げているが……完全にキャッチをこなしたフランドールが笑っていた。

「きゃははははは、すごい! すごいね!! 面白かったよ!!!」
 フランドールに残る炎熱の痕跡は手だけではない。腹も足も胸も……全身を丸めこんでボールを抑え込んでいる。
 布都のキャッチの方法は見ていた。そして両手だけで抑え込もうとした分身体がボールをこぼしたことも見ている。
 フランドールをして全身を丸めこまねばキャッチできなかった。
 さあ、反撃だ! 相手は強敵!! 遠慮はいらない!!!
 腕を振る、肩を回す。ほこりを払って、「やるぞ~」と両ほほを叩く。それだけで与えたはずのダメージが消えていく。

「ぐっ!! ば、化け物め!!!」
「あなたも十分化け物だと思うけどね」
 フランドールが笑顔で振りかぶって投げたボールが屠自古を透過する。
 屠自古はもともと幽霊、物理的な力を止めるには力不足だった。そしてその背で布都もボールが直撃している。
 ダブルアウト。
 直撃を受けた布都は気絶してしまった。
 屠自古が布都を背負って退場する。
 二人が結界を出る間だけプレイが中断されている。
 目的は達成した。フランドールを笑わせて、布都を生きて無事に帰還させる。
 でも、なんだか悔しい。
 味方のはずの諏訪子に邪魔者扱いされて、フランドールには手も足も出なかった。
 次……次があればなぁ。神子様なら……もっと連携がつながるメンバーなら……もう少し戦えたかもしれないのに。

「邪魔者がいなくなってせいせいするよ」
 味方からは小馬鹿にされてトボトボと結界を出る。

「またやろうね!」
「ドッジボールなら歓迎しますよ」
「次も勝ぁつ!!」
 敵対したはずの三人に元気よく後押しされて、二人で永遠亭に向かっていく。
 それを神奈子が呼び止める。

「結果を見ていかないのかい?」
「……見る必要がない。勝者はチーム スカーレットだろう?」
「そうかな? 諏訪子は祟り神……要するに邪神さ。悪魔が簡単に勝てる相手じゃない」
「ドッジボールじゃなければそうだろうな。でもな、これは結局チームプレーがものを言うさ。チームメイトを信じられないような奴が勝てるほど甘くはない」
「そりゃま、そうかもね。じゃあ医者の所に行ってきな。治療費の請求は守矢神社宛で構わないよ」
「そうさせてもらう」
 ふわりと浮き上がると振り返らずに永遠亭を目指す。次回があれば仙人チームで出る。でも、もう二度と布都がやりたがらないだろう。惜しいなぁ。
 そんなことを考えながら、病院に向かう。


 コートでは諏訪子がボールを片手に笑っていた。その傍らには分身体までもがいる。
「くふ、く~ふふふふふふっふ。さぁて、これからが本番だねぇ。フランドールちゃん」
 言葉を受けて、フランドールが美鈴とチルノの前に立つ。自分は盾、諏訪子のボールを止められるのは自分のほかない。

「もう、そっちはあんただけだね」
「そうさ。だから気楽なものさね。どのみち、最初っから最後まで私とお前だけの勝負だったのさ」
 諏訪子が笑う。邪神の笑み……背筋が凍る。

「三人まとめて始末してあげるよ。くふっ、くふふふふふふ」
 諏訪子が二人でボールを支える。二人でボールを回し始める。

「二人で回せばいつもの二倍の回転」
 最終的に二人同時で殴りつけて更なる回転を加える。回転で模様が見えないどころじゃない。小さな竜巻だ。
 軽く浮かび上がらせて諏訪子が後方の結界に張り付く。

「知ってるかい? 足の力は腕の三倍はある」
 にたりと笑う。ボールを狙うのは二人、分身体と本体だ。

「いつもの二倍の回転で、足を使って蹴りつける。その上二人がかりのツインショットだ。二×三×二で十二倍さね。とれるものなら……とってみやがれ!!!」
 言葉の終わりとともに分身体と諏訪子がボールに向かって飛翔する。
 仮に腕の力を百万パワーとするなら、二倍の回転で二百万パワー、足の力を利用して三倍の六百万パワー、二人がかりなのだから当然それらの二倍……今、千二百万パワーの光の矢になってボールがフランドールに襲い掛かる。
 フランドールには回避ができない。後ろに美鈴とチルノがいる。フランドールがよけたら二人が巻き込まれてしまう。
 捕るしかない!!!
 ボールの勢いをわずかでも殺すために前進する。自分自身を弾丸と化してボールに突進した。
 ボールを弾き飛ばすわけにはいかない。弾き飛ばしたらそのまま試合終了だ。二人には悪いが、残ったチルノと美鈴では到底、諏訪子を倒せない。
 一番柔らかい腹で受け止めて全身で抱え込む。
 全く衝撃を殺しきれない。全身で一回転させられた。しかも横回転で……全力を出した上で転がされる。
 突進したはずなのにボールの威力だけで後ろに吹き飛ぶ。
 背中に感じた衝撃でさらにボールが食い込む。そしてあらぬ方向にはじき飛ばされる。
 空中に舞った後、結界にたたきつけられる。
 今、ずるりと結界に沿って落ちた。ボールの威力を殺す……たったそれだけのコトで体力のほぼすべてを持っていかれた。
 しかし、それでもボールを止めた。
 ニヤリと笑ってやる。

「チッ、あれを止めるなんてね。流石に怪物と呼ばれるだけのことはあるじゃないか。でも、その後をどうするつもりだい?」
 その言葉を受けて立ち上がろうとするが、足がしびれている。はたから見ているだけなら横に倒れただけだ。

「い、妹様……」
「なに、美りん」
 美鈴の言葉が続かない。チルノもまた、フランドールを見て言葉を失っている。ボールを受け止めたおなかの周りが真っ赤だ。
 フランドールも言葉がおぼつかない。ちょっと肺までダメージがいった結果である。

「も、申し訳ありません。とっさの事態で、弾き飛ばすしかなくて……わ、私が支えていれば……」
「そっ か、背 中の、衝 撃は美、鈴だった んだ……でも、いい よ。 美鈴、の後 ろには、チル ノちゃん がいた。弾き、飛ば してくれな、かった らチルノ ちゃんがつぶれて、たよ」
 にっこり笑って立とうとする。全然立てない。
 そういえばご飯……全然食べてなかったなぁ。
 表面的なやけどならすぐに直せたけど……体の芯までダメージが入ってしまった。
 今までは楽しい気持ちだけで戦えてたけど……今回は立て直すのが難しい。

「ごめ ん、チ ルノちゃん、ボール、渡 すから」
「いや、いいから、一緒に病院に行こうよ」
「……ヤダ、この ぐらい、なら、まだ 治せる」
 フランドールが再生を始める。普通の生き物ならこれでも脅威の速さだが……吸血鬼としたら遅い。完全治癒まで一時間以上かかる。

「いつまでボールを持ってる気だい? そんなに待たせるなら退場してもらうよ」
 諏訪子が退場を促すように審判を見る。主審と副審はコート内の惨劇を見て今まさに殴り合いを始めたところだ。

「殺す、諏訪子を殺す。よくも私の大事なフランドールを……」
「落ち着けよ。な? ほらフランちゃん笑ってるだろう? 大丈夫だよ」
 レミリアの視線が一瞬コートに向くが、倒れて動けない妹が目に入っただけ……余計に怒りが助長される。
 雄叫びを上げる。
 魔力がほとばしる。
 神奈子のどんな言い訳も聞く耳持たない。
 レミリアの体が残像を残して消える。
 神奈子の腹にレミリアの拳が刺さって、二人はそれを合図に開戦した。

「チッ、あの馬鹿め。自分もただ暴れたいだけじゃないか」
 諏訪子の目に、鼻血噴きながら笑っている神奈子が映る。
 審判があの状態じゃ、いったいいつまで待たされるかわからない。
 獲物はすでにぶちのめした。……飽きたな。勝手に切り上げさせてもらう。

「お前らあと五分で投げてこないなら、こっちは勝手に引き上げさせてもらうからな」
 フランドールが焦って再生を進めるが、回復なんてし切れない。

「私が 勝つ、勝つの…… 待ってよ。こんなこと、なら朝ご飯 食べて、おくんだった」
 フランドールが悔しそうな顔をしている。体調さえ万全ならまだ戦えたはずだ。口惜しい……諏訪子の必殺技は防御に使えるものではない。こっちの必殺技ならとどめを刺せたはずだ。
 無念……戦意はまだあるのに、戦う力が体にない。

「チルノちゃん、妹様のことよろしく頼みます」
 今までだったら、無茶苦茶はここで終わったはずだ。隅のほうで「ようやく終わった」と胸をなでおろしていればよかった。
 でも、今回は違う。ちゃんと支えてあげたい。心の望むままに全力勝負を続けさせてあげたかった。
 今、フランドールの目の前にすっと腕が差し出される。

「妹様、私の血を飲んでください。もう一度立てるようになるはずです」
 フランドールが首を横に振る。血を取り込んだら、美鈴が動けなくなる。必殺技が成り立たない。そんなことでは勝てない。

「今日だけ特別です。血と一緒に私の気も流し込みます。気の流れでもっとよく動けるようになるはずです。
 勝ちましょうよ。ここまでやったんだから。それこそ、百年先までとどろくような勝ち方をしましょうよ」
 美鈴の目を見て、本気であることを悟る。口を開いて腕にかみつく。
 血液と一緒に気が流れてくる。そして、美鈴の気持ちも一緒に取り込む。
 ……美味しいなぁ。私を思ってくれているのがよくわかる。そして気持ちがいい。全身を美鈴の血と気が駆け巡っている。つま先から指の先まで意識して動かすことができる。
 ちょっと夢中になって血を吸い上げる。美鈴の体は大きいし、多少多めに抜いても大丈夫だ。
 体を一気に再生させて立ち上がる。

「ちょ、妹様、の、飲みすぎ」
 逆に美鈴が貧血でしりもちをつく。それを見てようやく牙を抜いた。

「ごめんね。美鈴がおいしかったからさ。ほんとは浴びるほど飲みたかったけど……ま、仕方ないよね」
 今、全身を気が駆け巡っている。絶好調よりもさらに上、新品の体を手に入れたみたい。深呼吸一つとっても肺細胞の隅々まで酸素が行き渡ったことが意識できる。
 体を完全復活させたフランドールにおずおずとチルノが声をかける。

「フ、フラン、あ、あのさ、血が足りないなら……あ、あたいの血も……」
 フランドールが微笑みかける。そんなことはしなくてもいいと笑って言う。

「や、約束したじゃん。そ、外で血を飲むときは半分ずつって」
 美鈴も目を丸くしている。そんな約束、律儀に守らなくていいのに……怖くて震えているのに……よく言えるものだ。
 覚悟を決めて腕を出す。痛みへの恐怖で目をつむる。
 フランドールが震えている腕をとる。迷いなく口を開いた。友達の覚悟を笑って台無しにする気にならない。チルノの覚悟も取り込んでこの勝負に勝ってみせる。
 チルノの血は冷たくて甘い。
 ああ、すごくおいしい。私への強がりも優しさも怖さも混ざっている。今まで取り込んだどんな血液よりも複雑で強い味がある。……癖になってしまいそうだ。
 完全に魔力が戻る。

「ぷはっ、おいしかった。ありがとうチルノちゃん。これで全力全開で行けるよ」
 チルノも貧血で目が回っている。しりもちついて視点がぼけている。
 丁寧に噛み痕をぬぐって、魔法で治療する。腕には痕跡一つ残さない。
 貧血で倒れた二人をコートの隅に連れていく。貧血で青い顔している二人に頭を下げる。
 さあ、ようやく反撃だ。二人のおかげで最後の最後に戦う力がもらえた。
 ボールをわしづかみにする。

「待たせて悪かったね」
「待ちくたびれたよ。さっさと来てほしいね」
 フランドールが笑って振りかぶる。今まで力んで意識していなかった関節の可動限界ギリギリまで体を引き絞る。今ならやわらかく力を使うことができる。きっと美鈴の気のおかげだ。
 体の動かし方を気の流れが教えてくれる。動作を大きく、速く、そして精密に収束させる。
 バレリーナのような体のしなり、大投手のような大胆な体の使い方、達人の如きつま先から指先までの力の伝導……投球フォームが予想出来てボールの射出点までがわかる。
 そして諏訪子の分身体が吹っ飛んで結界にたたきつけられた。
 肝心かなめのボールそのものが見えない。
 着弾のタイミングを予想していたが、それを超える速さでボールが当たった。
 暴れまわっていた審判ですら耳を取られる。二人同時にコート上の出来事を確認している。
 これまで無駄にロスして使いきれていなかった分の力をスムーズに発揮されただけでこのざまだ。単純な力のごり押しで負けた。

「ねぇ、降参する? 土下座するなら許してあげるよ」
「……」
「負けを認めたくないのかな? でもね、認めないならとどめを刺すよ?」
「……くふっ!! くふふふふふふふふ」
「……ショックで壊れちゃったのかな?」
「ふふふふ、あははははっはは、悪いね、これでも私は正気だよ。いやいや、どうして、凄いじゃないか。これで……心置きなく全力が出せる」
 フランドールが驚く、先ほどのボールが全力ではなかったとでもいうのか?

「いや~、悪いね。神ともなると遊びですらついてきてくれる奴がいない。でも、お前は私の分身体を力業で沈めた。合格だよ。次はお遊びはやめて全力で叩き潰す」
 ボールを空中に放り上げる。

「蹴鞠ってね平安の昔から日本で流行していたんだ」
 放ったボールをけり上げる。

「お前なんかとは年季が違うよ」
 再びボールをけり上げる。

「さあてこれで仕上げだね」
 三度ボールをけり上げる。
 フランドールがドキドキしている。諏訪子は足を使って全力で回転を加えている。それも三回……X軸、Y軸、Z軸、三次元回転体……足を使っているのだから当然腕の三倍の回転力……これにシュートの威力を加えたら……。
 今、諏訪子がにっこり笑っている。

「さあさ、洩矢 諏訪子の全力、受けきってごらんよ。
 ラストバトル! これで決着さ!!
 必殺! ワイルドボール!!
 ファイア!!!」
 砕けて散れと言わんばかりの勢いでけりつける。
 ボールは腕の回転の三倍が三方向に加わっている。そしてけりによるショット……さらに三倍……三×三×三、つまり通常の二十七倍の威力!!! 本当に全力を温存していた!!!
 さっきのボールとは異なり直線的な威力は劣るが……その分回転がいやらしい。
 止めようとしたらさっき以上のダメージを負わされる。
 しかし、この状況で浮足立つことなく冷静にボールを見ることができる。きっと美鈴の気のおかげだろう。
 突進で直線のボールの威力を相殺する。大丈夫、まっすぐ進むだけならさっきのボールのほうが速かった。
 気の流れが自分の動きを誘う。Z軸に合わせて飛び、Y軸にシンクロさせて腕を動かす。X軸は指先で滑らせる。
 自分自身でボールの回転に合わせて動く。加えられていた回転方向だけならさっき観察していたのだ。動きをできうる限りボールに合わせて、やわらかく受け止める。
 これまでなら力尽くで一瞬で止めていた。今回は相手に合わせて柔軟に受けている。
 はたから見ていればボールの直撃でコート上を転がっているようにしか見えないが、ボールと同じ回転方向でまとわりついているというのが正しい。事実衝撃を受けた破裂音がしていない。
 フランドールはボールにまとわりついたまま結界の壁を転がりながら登っていく。
 今、諏訪子が見上げる先でボールを完全に受け止めたフランドールが結界に立っている。

「すごい! すごいね! キャッチだけで十秒以上かかったよ!」
 ふわりと舞い降りてくる。
 諏訪子が舌打ちしている。

「お返しと言っては何だけど。私も全力で行くよ」
 フランドールがボールに魔力を込める。
 チルノの血をベースにしたその魔力がボールの中に凝縮されていく。
 不意にボールを放り上げる。
 フランドールの姿が消える。目にも止まらぬ速さでボールに打撃を加えていく。結界から結界へ飛んで、縦横無尽にあらゆる方向から回転を加えていく。蹴りとかではない。全体重を使った当身だ。
 唐突にボールの直下にフランドールが出現する。ボールの自由落下に合わせて体の体勢を整える。

「これが私からあなたへのラストショット……また挑戦しに来てね。楽しみにしてるから!
 必殺――
 スカーレット ショット!!!
 いっけぇ―――!!!」
 突進からの全力の蹴り上げ、フォームだけなら美鈴の生き写しだ。最高効率で最大の力を伝導する。
 今までのすべてのボールの速さを超えたそれは、諏訪子をしてまともな反応の時間がない。
 巨大な衝撃とともに試合が決着する。

……

「……」
「……諏訪子が凍っちゃった」
 諏訪子は涙目になる寸前の表情で凍り付いてる。
 結界がなかったら紅魔館が氷山に覆われていたであろう魔力を単体で浴びた。
 天高く氷の柱がそびえたっている。
 チルノのパーフェクトフリーズをまねたつもりだったが、オリジナルとはかけ離れた技になってしまった。

「ふふ、まるで永久凍土の氷壁だな」
 神奈子が氷漬けの諏訪子をしみじみと眺めている。
 氷に触れてみる。温度が上がる気配がない。それどころか触れている部分に霜が降りる。

「これじゃパーフェクトフリーズ(完全凍結)ならぬエターナルフリーズ(恒久凍結)だな」
 ようやく手の平に力を込める。
 神奈子が柱のバランスを見ながら氷を溶かし始める。
 諏訪子を掘り出した後は氷の柱の真上から御柱を打ち込んで粉々に砕いた。 

「……いや~世話になったね。こいつもこれで少しはおとなしくしてるだろ」
「二度と来るなよ?」
「姉さま、大丈夫だよ。今度は私が守矢神社に行くから」
 レミリアが舌打ちしている。フランドールが変な遊びを覚えてしまった。神遊びは巫女に任せるべきだと思っている。
 神奈子は今、諏訪子を背負っている。諏訪子はフランドールの全力の直撃でのびてしまった。
 神奈子が去り際にフランドールにささやいている。

「ああ、そうだ。次回は私も混ぜてくれないかな。お姉ちゃんも一緒にさ。きっと面白いことになる」
「いいね! そういうの大歓迎だよ!」
 フランドールの言葉にうなずくと姿が消える。

「フラン、私はやらないからな」
「なんで? 楽しいよ?」
 レミリアはボロボロだ。神奈子とは最近で二戦したが、容易に倒せる相手ではない。それが諏訪子とコンビを組んだら余計に手に負えなくなる。
 姉の心配事を読み取ったのかフランドールは笑顔で言い切る。

「姉さま、たまには相手に勝ちを譲ってあげるってのもいいことだと思うよ」
「!……そうか」
 レミリアが少し驚く、そして笑った。
 妹が自分とは別の道を選び始めたのを実感した。笑顔で負けてもいいなんて絶対に私は言わない。
 ここから先、妹は私の知らない道を歩んでいく。
 妹は怪物の道を選ばなかった。私の知らない普通の道を……誰もが通る誰も知らない道を、フランドール自身だけの道を歩んでいく。
 人生の門出だ。
 ならば、人生の別れ際、私も少し妹の背中の後押しをしよう。

「なら、少し練習してから行くか」
「あ、それいいね。せっかくだからパチュリーも入れてさ、紅魔館でチームを作ろうよ」
 不意に手をつかまれる。
 フランドールが笑顔で手を引いていく。
 この力には逆らえないな。変えようのない運命を感じる。
 背中を押すはずの手をとられてレミリアもまた、別の道に進んでいくことを感じた。

おしまい

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