Coolier - 新生・東方創想話

かつ丼を愛したツェペシュの末裔

2017/08/20 14:48:04
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5.当日 ~十六夜咲夜


「まあまあ、美味いんじゃない? がつがつ」

 素直じゃないお嬢様の食べっぷり。
 私が時を止め、泣いて喜んだのは、お嬢様は気付いていたのだろうか。
 お嬢様のことだ、きっと気付いていたけど私に悟らせなかったのだろう。
 当時の私は気づかなかったはずだ。
 苦労の末作り上げたその料理。
 お嬢様が初めて残さず食べてくれた料理こそが、かつ丼なのだ。
 それを今、お嬢様は一生懸命私のために作ろうとしてくれている。

「けふ。ごちそうさま。咲夜、まあまあ美味かったからまた作ってよ」
「喜んで」

 美鈴に報告したら阿呆みたいに大げさに喜ばれた。
 パチュリー様に報告したら優しく頭を撫でられた。
 紅魔館はこんなにも優しくて温かい。
 私は幸福に満ち溢れ、天高く、背中に生えた翼で、天国へと翔んでいくのであった。




「むにゃむにゃ。もう食べられない」

 まあ、夢なんだけど。

 無事にその日の朝を迎えることが出来た。
 お嬢様の事は信頼しているけれど、お嬢様の能力はなんとも曖昧なところが有るので
 少々不安だったのは否めない。
 しかし、もし能力がなかったとしても、こんな夢を見てしまったのなら
 自分でも薄々「今日死ぬんじゃないかしら」と予測は出来たかもしれない。
 
 今日はパーティの日。
 私がこの世を去る、お別れパーティの日だ。
 
 よし。
 今日も一丁、ふざけよう。
 
「美鈴、私の死を盛り上げるお別れパーティの準備で忙しいだろうけどちょっと良いかしら」
「そういうの自分で言うんですね。全く、もっとゆっくり寝てていいんですよ」
「そんな『年寄りは朝が早いなあ』みたいな顔しないでよ」
「心読まないでくださいって」

 やった。当たった。

「それで何の用ですか?」
「完全なゲストなんて初めてだからちょっと聞いておこうかと。
 今日はどのくらいの人が来るの? 催しは? ガチドレス着たほうが良い?
 ジャージじゃまずい?」
「ええと、私も正直あんまり把握していないので、あとでメイド妖精に連絡表を持ってこさせます。
 今日はお嬢様が書いたので。まあジャージはまずいです」

 そういうと美鈴はすっちゃかすっちゃか走っていった。
 忙しいのは結構だけど、もう少し構ってくれたって良いのに。
 ちなみに連絡表とはメイド妖精が回しているただの紙のことである。
 その日の大事なことっぽいことが書いてあるただの紙。
 昔は私が書いてメイド妖精たちに回していたけど、最近は美鈴が書いているらしい。
 うーん、こうやってお役目が御免されていくのね。
 なんだか咲夜、ちょっぴり悲しい。

「咲夜起きてる?」

 部屋でマッチ棒パズルをやっていると
 フランドール様の声がノックとともに投げかけられた。
 寝てますよ、と返事すると勢い良くドアが開かれた。
 それにしてもフランドール様もすっかり朝方になった。
 お嬢様と同じ日和吸血鬼だ。

「寝ている所悪いんだけど、遊ぼ」
「もちろんです。暇していたんですよ」

 きっと今この館で暇なのはきっと私とフランドール様だけだ。
 他の面々はこの私のお別れパーチーの準備で忙しいのだろう。
 ぜひとも壮大にやって欲しい。

「何かしてたの?」
「息とかしてました」
「小学生なの? まあいいや。これやろ」

 フランドール様が持ってきたのは
 最新のピコピコだった。
 どこから仕入れたのか知らないが、面白そうだ。
 
「スプラ2ね」
「あい」

 よくわからなかったけど返事をした。
 フランドール様がこうやってピコピコに誘ってくるということは
 何かを言いたい時、聞きたい時に限っている。
 目を合わせると何かを感じてしまうし、何かを思ってしまうから。
 お互いを見ずに、話をしたい。
 そんな時にピコピコは向いている。

「ねー」
「はいー」
「もうゲーム出来なくなっちゃうね」
「そうですねえ」
「寂しくない?」
「寂しいですよ」
「そうは見えない」
「そうは見せてないのです」
「むう」

 隣でふくれているのがわかる。
 可愛い。

「お腹すいたなあ」
「パーティで食べましょう」
「うん。がばーって食べよう」
「かつ丼とか良いですよね」
「あ、やっぱり? 良いよねえ」

 けらけらとフランドール様が笑う。
 ああ本当に、お嬢様に似てらっしゃる。
 あれはもう、記憶が遠い。幼いころの記憶。
 私が館に来たばかりの記憶なんてとうに無くなった。
 覚えているのはしばらくして館に慣れ、「料理でもしてみる?」とお嬢様に言われた時の事。

 既に刃物での仕事はいくつかしていたので、包丁を持つのに抵抗は無かった。
 料理なんてちょちょいのちょいだと思っていた。
 しかし想像と現実は違う。
 私は美鈴に手取り足取り教わった料理をことごとく失敗していった。
 掃除とか、接客とか、そういうのは向いてる方だと思ったけど
 料理はとことん向いていない。
 その時はそう思った。
 今であればヤフー知恵袋なんかに質問したり、ラインで友達に聞けば
 答えが返ってくるかもしれない。でも、あの頃の私は酷く必死で意地っ張りだった。
 あれ、今の誰かと似ているような。まあいい。
 
 なぜ上手くできないのか。なぜ美味しいものが出来ないのか。
 もしかして私が知らないだけで、料理には魔力や妖力が必要なんじゃないかと思ったこともあった。
 だけど、そんな頑張っている私をよそに、そこらのメイド妖精が私より美味しいカレーを作りやがり
 自分の力不足を感じたりもした。
 そして、自然と料理からは離れていった。他の事を頑張ることにした。

「咲夜はかつ丼好き?」
「めちゃ好きです。今はそんなにがっつり食べられませんが」
「私も好き。血でもいいんだけど、おなか空いた時はかつ丼がばーっと食べたい」
「わかります」

 同じことをお嬢様も言っていた。
 あの頃のお嬢様は色々と溜まっていたから。
 詳しく話すと小説一本分くらいになるから言わないけど
 先代が無くなったり、領地を奪われて居場所をなくしたり
 幻想郷にやってきたり、吸血鬼異変を起こしたり。
 いらいらしているのが、若い私にもわかったから
 畏れ多いとは思いつつも、提案をした。
 「何か、私がお嬢様のストレスを発散出来ないものでしょうか」と。
 お嬢様はにんまりして「じゃあ美味い料理でも作ってよ。がばーっと食べられるの」そういったのだ。
 
 しかし、その頃になると、もう私は料理に対してトラウマのようなものを感じていた。
 どう作ってもうまくいかない。
 だからどうすることも出来ない。
 そう思っていたのだが、私は偶然、その昔美鈴が言った事を思い出したのだ。

「この館で何かわからないことがあれば、地下に居る魔女に聞くといいですよ。
 その魔女は一見不機嫌そうで仏頂面で魔女特有の面倒臭さをかもしだしている上に女臭いねちょねちょしたところを惜しみなく噴出している所は有りますが
 決して質問を無下にはしません。困ったときは、頼って下さい」

 当時は絶対そんなやつに頼るかと思ったけど
 今思うと美鈴の表現は的確だ。

「パチュリー、なんだかんだ優しいからね」
「ええ。それから何回もお世話になりました。パチュリー様の助言を聞いて、その後作ったかつ丼で私はお嬢様に初めて褒められたんです。
 すごいでしょ。えへん。褒めていいですよ」
「はいはいすごいすごい」

 フランドール様の流し気味な返事は少ししょぼんとしてしまう。
 どうやって上手くなったの?! すごーい! とか聞いてくれればいいのに。

「だって、私知ってるもん」
「え?」
「まあいいや。じゃあそろそろ行こうかな。やる事あるし。
 それに咲夜このゲーム強すぎ。勝てる気がしないからつまんない」
「リベンジはいつでもオッケーですよ、フランドール様」
「……いつやるのよ。もう死んじゃうのに」

 顔に雲がかかる。
 フランドール様のこの顔は好きじゃない。

「来年の盆あたりに」
「なにそれ」
「死んだってここの従者ですので。どんな体でも、きっと遊びに来ますよ」

 嘘をついてしまった。
 私は死ぬまでここの従者だ。
 それを気付いて、フランドール様は笑ってくれると思った。
 だけど。

「……咲夜はいつもおかしいなあ。じゃあ、また後でね」
 
 フランドール様の笑顔は好きだ。
 可愛らしい純粋な子供の笑顔。
 だけど、この笑顔は違う。
 無理やり作って、誤魔化そうとしている偽の笑顔。
 どうして。
 
 扉がぱたんとしまり、再び一人の世界に戻ってきた。
 フランドール様の様子がおかしかったことを、横になって考えた。
 あの方は大変かわいらしい。
 子供らしくて愛くるしい。なでなでしてあげたい。
 だけど、あの顔は……

 思考は更に巡り、これからのことを考えていた。
 私が居なくなった紅魔館の事。
 私が居ないからってビッグカツを食べまくるお嬢様とか。
 私が死んだ途端図書館の空間がもとに戻り、本棚に潰されたパチュリー様が「むきゅう」と鳴く所とか。
 妹様が私を思い出しながら絵本を読んでる所とか。
 美鈴が変わらず昼寝してメイド妖精のやるダーツの的にされたりとか。

 これから起こるであろう、紅魔館の出来事を想像した。
 その場に私は居ないけど、きっと皆は幸せだ。
 だから、私も幸せだ。
 なんて心地良い。
 幸せは、紅魔館に詰まっている。
 今までいっぱい幸せを感じたし、これからもいっぱい幸せが待っている。
 こんな、恵まれた場所で生きて死ぬ、私はなんて幸せ者なんだ。



 少し眠ってしまったのか、気付くと日は落ち部屋の外は一層騒がしくなっていた。
 パーティは始まったのだろうか。
 覚醒しない頭で天井を眺めていると扉がコンコンと喋り始めた。
 そういえば、メイド妖精が連絡表を持ってくると言っていた。
 どうぞ、とむにゃむにゃ言ってみると「失礼します」とメイド妖精にしては随分大人びた堅苦しいお堅い堅物声が聞こえてきた。

「あら」
「……誰かと勘違いしてた?」
「いやいや、えーと。ちょっと待ってね」

 なんと慧音が部屋に来た。
 流石にすこし狼狽えてしまい、あたふたと体裁を整えようとしたが
 髪もぼさぼさ服もシワだらけとどうにもごまかしきれなそうなので
 開き直ってベッドで肘をついて「何の用?」と聞いてやった。

「メイドを辞めたらそうなるのか」
「なんか取り繕うのも面倒で」
「まあいいか。その方がこちらも楽。……ええと、何人泣かせた?」
「ひどい質問!」

 なんともひどい台詞だ。
 流石に感動死に別れ二大巨頭の一角(角は二本)は伊達じゃない。
 慧音はくすくす笑ったかと思うと元気そうで、と息を吐いた。

「こりゃ大往生だ」
「ピンピンしてると思うんだけどねえ。でもお嬢様の言ったことだし」
「まあ、壮絶な死に別れよりもそっちのほうが似合ってるよ」
「あら失礼。悲劇のヒロイン役は言われれば承りますわ」
「貴女はもっと簡単に、ギャグみたいに死にそうだけど」
「人の最期を軽々しく……しっしっ」
「しっしっされちゃったか。じゃあ、おいとまするかな」
「会場には行ったの?」
「ああ。でも、もう帰るよ。そういうのが疲れる年になったってのもあるし」
「軟弱ねえ」
「最後に顔が見られて良かった」
「こちらこそ」
「咲夜、じゃあ」
「ええ」

 慧音は私の手を強く握りしめてよっこらと腰を上げて去っていった。
 慧音は、わかっている。
 私と慧音はこれくらいでちょうどいい。
 わかっているんだ。
 右手に残った力強さが、少しだけ私の涙腺を緩めた。
 もう、泣いちゃうじゃないの。
 あっちで待ってるわよ。

 再び扉がコンコン鳴いた。

「来たぜ。わ、汚い部屋だな。寝起きか? 会場はこれとないくらい賑やかだってのにここはまるで陰湿だな。
 まあ汚いばあさんが居るんだからしょうがないか。ひひひ」

 魔理沙が来た。
 私とは違うぴちぴちの肌。幼い顔つき。減らずに増える減らず口。
 捨虫の魔法使うの、もう少し後で良かったように思うけど。
 もう少し大人になって落ち着いてから。
 それにしてもうるさい。しっしっしたい。

「まあまあ。これやるよ」
「なにこれ」
「シトリンの石。いいだろ、私の髪と同じきれいな金色だ」
「へえ売れる?」
「まずそこを聞くのかよ。でも残念、そこまで高級なものじゃないぜ。三途の川は短くならない」
「あ、わかった。宝石言葉でしょ。うわーそういうの恥ずかしいーありがちー」
「な、なんだよ。その通りだよ。悪いか」

 流石に恋の魔法使い(笑)はやることがキザったらしい。
 ……ええと、『シトリン 石 言葉』。

「おい、ヤフるな恥ずかしい!」
「じゃあ意味を教えなさい」
「…………ゆ」
「ゆ?」
「……ゆ、友情って意味だよ。ふん、私はパーティに出ないからこれで最後だな。
 楽しかったぜ。それじゃあな!」
「あら」

 少しだけ魔理沙が可愛いって思えてしまった。
 普段からそうならいいのに。ああ、勿体無い。
 でも、気に入った。
 わざわざチェーンも付けてくれたようなので(その厚かましさが魔理沙っぽい)
 パーティに付けていくことにしよう。
 ……魔理沙も、パーティに参加しないのね。

 それから、私の部屋の扉はコンコン言い続けた。
 里のお店屋さん、パーマ屋さん、花屋さん、あとは妖怪。
 寺の妖怪、山の妖怪、花の妖怪、宴会で少しだけ話した妖怪、それに冥界の者も。
 目を真っ赤にした妖夢が来た時は少しうるっと来たものの、それを見て震えて笑っている亡霊が後ろに見えたので、私はすぐに冷静になれた。
 そうだ、こいつらはわりとすぐ会えるじゃない。
 
 ともかく嬉しかった。
 私のために部屋に来てくれた事実が嬉しかったし
 皆が皆、遠慮の無い言葉を投げてくれたことが、心に染みた。

「結構楽しかったわよ。人間の割に」
「こっちも結構楽しかったわ。またいつか弾幕りましょう」
「あやや、怖いわねえ」
「私が居なくてもたまにいらっしゃいな。珈琲くらい出すように、美鈴に言っとくから。ごみはあさらないでね」
「そんなのしたこと無いってのに。貴方のくだらない話が結構肴になったんだけどねえ。まあ、気が向いたら。
 疲れてるみたいだし、私はこれで」
「悪いわね。それじゃあ」
「ええ、それでは」

 扉が閉まる。
 しばらく待ってみたがもう扉は落ち着いたようで私は再びベッドに横になった。
 楽しかったけど、疲れた。
 これだけの人と話したなんて、それこそ宴会の時くらいだろう。
 しかし皆、口を揃えて「パーティには出ない」と来たもんだ。
 何かしらの理由が有るのだろう。
 全員が全員、気を遣ったとは思えないが。
 そんなことをむにゃむにゃ考えていると、ノックをせずに美鈴がどたどたと入ってきた。

「楽しめました?」
「何よ、もう。美鈴でしょ通したの。こんな姿でお客様を迎えるなんて失礼なのに」
「お客様じゃないでしょう」
「え?」
「皆、貴方のお友達じゃないですか。だからいいんですよ、そんな格好で。
 私はドレスを着せに来ました。どうします? クローゼット開けますね」
「ちょっと」

 美鈴は勝手にクローゼットを開けて私のドレスを吟味し始めた。
 
「派手派手しいのがいいですよねえ、主役だし」
「地味なのでいいわよ」
「これ! こんな綺麗なの持ってたんですか。始めて見た気がします」
「そのコバルトブルーのは一回だけ来たわ。
 『お嬢様が動画サイトに投稿した動画再生数三十突破記念パーティ』で」
「あーこのクロミアムオキサイドグリーンブリリアント色のドレスもいいですねえ」
「それは『お嬢様が書いたウェブ連載小説閲覧数五十突破記念パーティ』の時のね」
「このウィンザーバイオレットディオキサイジン色のは?」
「『お嬢様が紅魔館流し素麺大会で見事ピンクの素麺をゲットした記念パーティ』の。
 ねえ、美鈴。無難なのでいいわよ」
「無難、無難ですって? 何言ってるんですか。一番無難じゃないのにしますよ。あ……」

 あるドレスの前で美鈴の視線は止まった。
 それは、まずい気がするのだけど。

「これにしましょう」
「いやいや、それは駄目よ」
「じゃあなんで持ってるんですか」
「……綺麗だったから衝動買いしたのよ。若い頃の話」
「咲夜さんも衝動買いとかするんですね」
「家計簿をちょっといじればお金なんてすぐ出て来るし」
「……聞かなかったことにしよ。これ、一回も着てませんよね?」
「着るわけないじゃない」
「じゃあこれで。お着替え係のメイド妖精さーん! 来てー!」

 美鈴のよく通る声が紅魔館に響き渡る。
 少しの間の後、ドドドドドとジョジョみたいな地響きがなり始めて、三人のメイド妖精が扉をバタン! と叫ばせた。

「はーい!」
「着せます着せますー」
「誰を全裸にして着せ替えればいいです?」
「咲夜さんでーす。このドレスを着せてあげて」
「おまかせをー!」
「着せます着せますー」
「元メイド長を全裸にしますー!」

 その後私はメイド妖精たちに裸にされてもみくちゃにされて着せ替えさせられたのでした まる
 ……もう少し若けりゃ抵抗できたのに。ちくしょう。



---



「ありゃま」


 『家族限定!第一回チキチキ十六夜咲夜ばいばいお別れ記念パーティ』。

 フォントサイズ512くらいのそれで作られた看板はパーティホールの上空をでかでかと飛んでいた。
 普段のパーティではあちこち歩き回っているメイド妖精は
 既に席に着きぺちゃくちゃと雑談に花を咲かせている。
 しかもなぜか……パーティホールには畳が敷き詰められている。
 その上にはちゃぶ台。一つのちゃぶ台に対して四、五人ほどのメイドが正座をしたりあぐらをかいており
 待ちわびてるやつがお茶碗をちんちん鳴らしていた。
 ぽかんと口を開けていると誰かが私の到着を気付いたのか、次第に拍手や声が上がり始めた。

「あ、メイド長ー!」
「主役の登場だー!」
「咲夜さーん!」
「ばいばーい!」
「さみしーい!」
「居なくなるのやだー!」
「いえーい!」
「またねー!」
「いままでありがとー!」
「おめでーとーう! おめでーとーう!」

 好き勝手叫んでいる。
 後ろにいた美鈴が席に案内してくれた。
 待ちかねていたのはやっぱりちゃぶ台。
 席には動かない大図書館とフランドール様が寛いでいる。
 美鈴と私がそこに座れば家族団欒の輪が出来上がり。

「妹様……あの、先程は」
「咲夜、ちょう綺麗!」
「え、あ、勿体無いお言葉ですフランドール様」
「咲夜は主役なんだからそこまで畏まんないでいいの。その黄色の宝石も紅にとても映えるわ。すごい」
「有難うございます。でも、このドレスで良かったんでしょうか?」
「良いに決まってるよ。咲夜、綺麗ねえ……」
「褒めすぎですよ。何点ですか?」
「もちろん百点!」
「十点満点中?」
「その過剰な自意識がやっぱり咲夜っぽいよね」

 妹様はきししと笑った。
 ああ、この顔だ。この顔が好きなんだ。

 美鈴が選んだドレスは、深紅よりももっと深く濃い紅のドレス。
 我が主人のイメージカラーとまるかぶりのそれは、この和の空間とは合っていないように見えたが
 そもそも座っている妖精や魔女、吸血鬼は洋服なので気にしないことにした。
 美鈴に関しては中華系だし、まるで文化のねるねるねるねだ。

「でもなんで畳にちゃぶ台なんでしょう」
「レミィのことだから、『団欒』にこんなイメージしかないんでしょ。発想が貧困ね」

 でかでか看板は確かに「家族限定」と書いてある。
 そうか、先程私の所に来た面々はこのせいで口を揃えて「参加しない」と言っていたのか。
 納得だ。こんな館全体で家族感を出されちゃあ、部外者は参加できまい。

『主役は来たみたいだな! お前ら、準備はいいか!』

 マイクのキンという音と共に威勢のいい声が上がる。
 壇上に居るのはお嬢様……いや、参りました。
 そう、壇上に居たのは、深い緑のドレスを着たお嬢様だった。
 わざと外してきたのか。
 こちらを一瞥して犬歯をちらりと見せた。
 いたずら成功、みたいな顔。
 先ほどのフランドール様とは違う、混ざり混ざった大人の笑顔。
 
『それじゃあここに、第一回チキチキ十六夜咲夜ばいばいお別れ記念パーティを開催する。
 みんなグラスは持ったな! かんぱーい!』

「いえーい!」
「うぇーい!」
「ヒュー!」

 ノリノリのお嬢様にノるノリノリメイド妖精たち。
 掲げられたワイングラス、ビールジョッキ、おちょこ、湯呑み、マグカップは決して畳に合わないけれど
 このまぜこぜ感が紅魔館らしいなと思った。

 乾杯の後はメイド妖精がとっかえひっかえ私の所に来た。さっきの続きだ。
 私は座布団の上に座りながら対応していたのであまり疲れなかったが
 もしかしてスタンディングにしなかったのはこういう目的も有る?
 さすがお嬢様。

「メイド長が居なくなるの寂しいです……」
「キッチンは任せたわ。大丈夫、あなた達なら出来る」
「これでメイド長に家具をつーっとやって『ほこりが溜まってる。やり直し』って言われなくて済みます」
「代わりに美鈴がやってくれるわよ。それかフランドール様」
「もうお会計の計算間違っても怒られない?」
「先輩メイドにたんと怒ってもらうよう言っとくわ」
「私は誰を全裸にすればいいんですか……」
「お嬢様に服を着させてあげて。あとその言い方ちょっと良くないから」
「メイド長、遠くにいっても頑張ってね」
「はいはい。貴方達も頑張りなさいよ」

 この中で、私の死を認識しているメイド妖精はどのくらい居るのだろう。
 お嬢様か、妹様か、美鈴か、パチュリー様か。
 だれがどう説明したかはわからないけど、きっとこの子たちは死の重さを実感していないだろう。

『最後の咲夜クイズの正解は、『鼻毛』でした! 正解者はおめでとう!
 これで咲夜クイズは終わり。全問正解者には咲夜ワッペンをプレゼントするから後で私に言ってちょうだい。
 それじゃあ引続きパーティを楽しんでね!』

 メイド妖精達の話も終わり、やっと一息ついたら壇上でそんな台詞が聞こえてきた。
 そういう催しで盛り上がってたみたいだが
 しかしどういう問題だったのか。激しく気になる答えだったけど、無視するのが一番だ。

「パチュリー様、飲んでます? 食べてます?」
「もういっぱいよ」
「美鈴、パチュリー様のグラスが空よ」
「おっと、失礼しました。なみなみ注ぎますね」
「むきゅう」
「美鈴も、気を遣ってばかりじゃなくて食べなさいよ」
「ええ、もりもり頂いています」
「フランドール様、楽しんでますか?」
「まあ」
「楽しんでなさそうですね。はい、美味しいワインですよ。濃縮三倍」
「ありがと。……あのさ、咲夜」
「なんでしょう」
「お姉様も、美鈴も、パチュリーも、メイドたちも、咲夜も。なんで、そんなに楽しそうなの?」
「え?」

 フランドール様のその疑問は、お嬢様によってかき消されてしまった。

『みんなー聞いて聞いて。ここでメインイベントかつメインディッシュ! メニューがかつ丼だけに!
 なんと私が作った料理を食べてもらうよ。
 これから咲夜が居なくなるんだから、私がたまに作るからねー』

 壇上のお嬢様の合図とともに、キッチン妖精がかつ丼を配り始める。
 流石に人数分は難しかったのか、各ちゃぶ台には一つずつ。
 メイド妖精たちはお嬢様の料理だということできゃーきゃー騒ぎ始める。
 お嬢様の料理はきっと、皆初めてなはずだ。


「お嬢様の料理!」
「美味しそうな見た目!」
「美味しそうな匂い!」
「美味しそうな湯気!」
「この間よりマシ!」
「ホントだこの間よりまだマシ!」
「この間よりまだ体裁を保っている!」

 いろんな声が聞こえてきた。
 私達の机にもひとつ、ドン、と丼が置かれた。

 確かにその匂いと見た目は食欲をそそる。
 見た目だけだったら私が作ったものとそう代わらない。
 昨日の美鈴やパチュリー様の話を聞く限り、そうとう酷かったようだけど
 ここまで見れるものになったということは、本当に頑張ってくれたみたいだ。
 嬉しい。お嬢様、メイド冥利につきますわ。
 よく見るとお嬢様の手のひらは、ばんそうこうだらけだ。
 なんてベタな。でもそういうの、今なら咲夜は感激してしまいます。

『……分けた? じゃあ手を合わせて。いーたーだーきーます』
「いーたーだーきーます!」

 ドヤ顔お嬢様の合掌で、声が揃う。
 あの自信を見る限り、期待できる。
 さあいざ。
 蓋を開けるとわあすごい。お肉も綺麗に揚がってて、卵もふんわり。
 ネギは二種類。玉ねぎと白ネギ。どちらも味が染み込んで美味しそう。
 つゆがかかったごはんはそれだけでもおかずになりそう。
 最高。お嬢様、最高です。
 有難くいただきます。














 あれ。

「美味しくない」

 思わず声に出てしまった。
 メイド妖精たちも互いに顔を合わせて感想を言い合っている。

「まずくないけど美味しくない」
「……キッチンちゃん達の方がマシ?」
「メイド長が居なくなったらこれを食べなきゃいけないの?」
「食べログで言うと星二つくらい?」
「私もういらないや」
「私もー」
「美味しくなーい」

 その騒ぎは次第に大きくなり。
 壇上のお嬢様に罵声として浴びせられる。
 美鈴は仕方がない、といった顔をしているし、パチュリー様も眉を寄せている。
 フランドール様は箸を持ってすら居ない。
 ドキリと胸が痛み、壇上のお嬢様を見やる。そして、すぐにほっとする。
 なぜならお嬢様は、焦ることなくまるで批判が飛んでくるのがわかっていたように
 いつものドヤ顔だったからだ。

『どうだ皆、味は』
「美味しくなーい!」
「こんなの食わすなー!」
「金返せー!」
「このロリ吸血鬼ー!」
「レミリア敗北ー!」
「ファッキュー!」

 中指を立てる者まで現れ始めた。
 壇上のお嬢様に駆け寄ってリンチが行われそうな勢いだ。
 しかしお嬢様の表情は変わらない。

『美味しくない?』
「美味しくないー!」
「げろまずー!」
『咲夜のが良い?』
「メイド長の方がいい!」
「キッチンちゃんたちの方が美味しい!」
『じゃあお前らは、きっと咲夜を忘れないはずだ』

 お嬢様が何を言っているのかわからなくて
 野次を飛ばしていたメイド妖精たちは顔を見合わせた。

『咲夜が居なくなるってわかったから、私は考えていたんだ。
 美味しい咲夜の料理が食べられなくなるから、それに代わる料理を作らないとって。
 でも、私には作れなかった。いや、きっと誰にも作れないんだ。
 だって咲夜の料理は咲夜しか作れないんだから。
 だから私はまずくても良いから自分の料理を作ることにした。
 ……これからの紅魔館は、咲夜の料理の代わりに私の料理を出す。
 私が作るんだ。まずくたってしょうがない。咲夜は居ないから。
 だから、皆も受け入れてくれ。
 泣いたって、喚いたって、暴れたって出て来る料理は私のまずい料理だ。
 だからそれは思い出に残しておいてくれ。
 私のまずい料理を食べる度に咲夜の最高だった料理を思い出せるはずだ」

 お嬢様が言い終わると、先ほどまで騒いでいた
 メイド妖精達は俯き、拗ねたように手元のかつ丼をじっと見つめている。
 
 ……これが、お嬢様の答えだったのだ。
 昨日私は、パチュリー様に「心配じゃないのか」と聞かれた。
 お嬢様がこのまま料理が上手くならず、妖精の暴動が起きるのが心配じゃないのか、と。
 私はもちろん、心配じゃないと答えた。
 お嬢様のことだから、きっと何かを持っているのだろうと、そう思っていた。
 それが、先ほどの台詞だった。
 
 お嬢様は諦めていたのだ。上手くなることを。
 その上で、上手くない料理に意味を作った。
 これが、お嬢様の答えだったのだ。
 私の料理を皆に刻むために、美味しくない料理に意味を作ったのだ。

「……食べよっか」
「うん、メイド長は居なくなっちゃうんだから、これ食べないとね」
「皆でちょっと我慢しないとねー」
「……でもこのまずさ、癖になるかも」
「わかるー。まずいけどやめられない感じするー」
「あーまずい。レミリアお嬢様ーおかわり無いんですかー?」
『おいおいあんまりまずいまずい言われるとお嬢様傷つくぞー』

 先ほどの殺伐した雰囲気はもう無い。
 これが、私の愛したお嬢様の答えだったのだ。
 お嬢様の望む、私が死んだ後の紅魔館だったのだ。
 美鈴も安心した様に息を吐いている。
 パチュリー様の眉も心なしか標準に戻っている気がする。
 その瞬間に私は安堵した。
 何に安心したのだろうと一瞬考えたが、すぐに答えはわかった。
 旅立つ準備が出来たのだ。
 もう、思い残すことは何もない、悔いもない。そういう状態になったのだ。
 
 そう自覚した途端、安心した途端、一気に眠気のようなものが襲ってきた。
 そうか、と思った。
 そうか、私はもう死ぬんだ。
 紅魔館で、皆に囲われて、安心して、納得して死ぬんだと。
 なんて、ぜいたく。
 満足して、安心して、納得して、そのまま死ねるなんて、なんて幸せなのだろう。
 一気に色々な事を思い出していた。
 走馬灯、だろう。
 全ての記憶を、今までの記憶を。
 私の輝いていた、紅魔館の記憶を、全部。
 全ての記憶を胸に、私は。
























 ……はて。
 これで、全部?

 そう思った途端、疑問は破裂した。
 












 フランドール様が居ない。











 
 
 
 
 そう思うと同時に、ちゃぶ台の上のかつ丼が、音を立てて破裂した。
 意識は再び現実に戻る。
 時の止まったようなパーティホールに響くのは、フランドール様の声だ。

「さっきから! さっきからさっきからさっきから!
 聞いていれば、皆、お姉様も、皆、バカじゃないの! 何納得してるのよ。
 何楽しんでるのよ。こんなまずいもの食べて、笑って、楽しんでるの! バカじゃないの!」
『ど、どうしたんだよ。フランドール』

 フランドール様はお嬢様の隣、お嬢様のマイクを奪って更に続けた。
 息が切れ切れで、涙が流れないように必死に歯を食いしばっている。
 そのフランドール様の顔。その顔を見て、私はわかってしまった。
 フランドール様が今から、何をしたいのかが。

「皆、悲しくないの? 何笑ってるの? 何楽しんでるの? 咲夜、もう死んじゃうんだよ?
 美味しい料理を作ってくれて、優しくて、あったかくて、楽しくて、たまに厳しくて怖い、咲夜が居なくなっちゃうんだよ。
 私は嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 悲しくてしょうがないの。眠れないの。頭から離れないの。
 だって咲夜は大切だから。咲夜の事が大好きだから。
 あんた達は咲夜の事が好きじゃないの? 好きでしょ! 咲夜の事を嫌いなやつ、紅魔館にいるわけないでしょ!
 なに大人ぶってんのよ。大っ嫌い、私そういうの大っ嫌いなの! 大人ぶって自分に正直になれないやつが大嫌いなの!」

 フランドール様は、お嬢様の考えを、お嬢様の考えた私の死後の紅魔館を。

「だから私は認めない。こんな紅魔館は認めない!」



 私のために、破壊しようとしてくれてるんだ。





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