3.一日前 ~紅美鈴
「なんでそんな元気なんですか」
「さあ? 気持ち良いわ」
突然早朝から「体操しましょ。そうしましょ」と来たもんだ。
お嬢様に聞いた話だと、明日の夜か明後日の朝方には永眠するって聞いたんだけど。
前々から変な人間だと思っていたけど、やっぱり変だ。この人間は。
「朝ごはんなにかしらねえ。ハニートーストだったらおかわりする」
「咲夜さんてそんなに食べる人でしたっけ」
「ゆっくりと食事をする時間も良いものだわ。今までは時間がないから仕方なく取ってたけど」
死ぬ前にわかってよかったですね、は流石に辛辣すぎる。
だけど、この人間の前に世辞は聞かない。
オブラートに包んでもぶち破って中に入り込むのが得意なのだ。
だから黙ってる。
多分あっちもそれをわかって黙ってる。
だからやっぱり意地悪くにやにやしている。
「これで終了?」
「まさかその年の咲夜さんが『お元気美鈴健康第一体操』の最終章までついてこれるとは
思わなかったです」
「ぷ。なにその名前。ださ」
「お嬢様命名ですよ」
「あー、どーりで」
どーりでって。
「それでも疲れちゃった。美鈴、足もんで」
「はいはい」
「終わったら肩も」
「甘えん坊ですねえ」
「胸は?」
「おばあちゃんのおっぱいなんて興味ないですよ?」
「PADなんて入ってないわよ」
「古い話すぎてついていけないです」
「腰ももんで」
「わかりましたって。なんでもやりますよ」
「連帯保証人になって」
「わかりまし……それはわかりません。危ない危ない」
「ちっ」
唐突に何言うんだこの人。
「終わったらおんぶして図書館まで連れてって」
「自由人ですねえ」
「年寄りはいたわりなさい」
「年寄りが言うのはずるいですよ。ってなんで図書館なんですか? 自室じゃなくて?」
「昨日図書館行った時、『マッチ棒パズル100』って本見つけたから解きたいのよ」
「まさか死ぬ前日でそんな暇つぶしみたいなことやると思ってませんでした。100問も解く気ですか」
よくわからないなあ。
でもまあ好きにさせたい気持ちもある。
昔は自分がやりたいこととか言わない子だったし、出来ることなら。
……この子が居なくなると少し、この館が静かになるかもなあ。
「大丈夫よ。他に騒がしいのはいっぱいいるから」
「今ナチュラルに心読みましたよね」
「いいから早く連れてってよ」
「はいおんぶ。よいしょ」
「ここからだと、門を抜けて扉をくぐってエントランスを抜けて娯楽室の廊下を抜けて
階段降りて図書館のクソ重い扉あけたらパチュリー様のところね」
「どうしました?」
「読んでる人に説明したの。そうねえ……30秒くらいで行ける?」
「……いや無理でしょ」
急にどうした。
流石に普通に歩いたら5分ほどかかるその道程を30秒は難しい。
「美鈴なら本気を出せば行けるでしょ? 私をおぶってるなんてハンデにならないわよね」
「もう、なんなんですか。さっきから振り回されっぱなしなんですけど」
「風を感じたいのよ。最近飛んだり跳んだり翔んだりしてないから。じゃあ美鈴、本気出して。
本気を出して年寄りに若い頃の気持ちを思い出させて。ブイブイいわせて」
「はあ、わかりました。そんなこと言われたらやるしかないでしょう。
しっかりつかまって下さい」
「よいしょ」
「私のおっぱいは持ち手じゃない」
「あらやだ」
「あらやだはこっちの台詞なんですが」
「はいじゃあ美鈴、30秒過ぎたら罰ゲームね。レディー」
「え、ちょ」
「ゴー!」
気付いたら朝っぱらから体操に付き合わされ
気付いたらよくわからないことを言われ
気付いたらセクハラをされ
気付いたら走らされてる。
闇雲に駆けるその間、背中の人はきゃーきゃー叫んで喜んでいた。
30秒過ぎたら何をされるかわからない。
今のこの子は死ぬとわかってから発言権がお嬢様以上にある。
罰ゲームなんて堪ったもんじゃない!
そんな思いもあるけれど。
振り回されっぱなしだけど。
罰ゲームは嫌だけど。
私は久しぶりに「楽しい」と思いながら、力の限り紅魔館を駆け抜けた!
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「はあ、はあ。着きました。咲夜さん、何秒ですか……?」
「あ、ごめん。道中、天空璋のラスボスの事を考えてたから数えてなかった」
「ちくしょう!」
罰ゲームは無しになりました。
「あまりにうるさいから久しぶりに歩いちゃったわよ」
珍しくパチュリー様がクソ重い扉の前で私達を出迎えてくれた。
勢い良く扉を開けてうるさくしたから、文句と愚痴と呪詛とアグニシャインあたりでも飛び出すと思ったけど。
安心安心。
「せっかく来たんだし朝食ここに用意させる?」
「ぜひ! ナイスアイデーアですパチュリー様。久しぶりですね。初めてですかね? この三人で朝食なんて。あ、フランドール様も呼びましょう」
ナイスアイデーアて。
「妹様はさっき聞いてきたけど用があるから無理って。レミィは知らない」
「ええ、せっかくなのでフランドール様もと思ったのに、残念です。
お嬢様は、まあいいわね。美鈴もいいわよね?」
「まあ」
何がいいのかわからなかったけど、まあ今は我が紅魔館の決定権を握っているのは間違いないので
おとなしくテーブルに座った。
なぜか既に置いてあるのは私の好きなジャスミンティーだ。
「じゃあ小悪魔、朝食はここにってキッチン妖精へ伝えてきて。あとはあんたは休んでていいから」
「はーい。いえーいお休みだー」
「あんまりはしゃぐんじゃないわよ。むきゅ」
さて、と言いたげな表情でパチュリー様が「むきゅ」と鳴いた。
十年前の二次創作みたいだ。もしかして機嫌がいい?
いつもの面倒くさそうな顔じゃないし。
手元のココアか何かをずずずとやってから、パチュリー様は口を開いた。
「美鈴、この後の予定は?」
「ええと、朝ごはんの後はもうずっと明日のパーティの準備です。
結構人がくるんで、功夫を積んでおかなくればいけません」
「なぜ功夫を? まあいいわ。お嬢様へのレクチャーは終わったの?」
「気になるわね。この前食べたものは本当にもう文章だと伝えられないレベルのそれだったし。
文章だと伝えられないのであえてここでは描写しないけど。妹様は吐いてたし」
「ええ。あの時お嬢様が泣きながら逃げたじゃないですか。
あの後二人で少し話し合ったんですよ」
「へえ」
「お嬢様はあくまで自分でやると言ってました。
だけど私が側について、何か間違ってたら教えてくれ、と」
あの時のお嬢様は真剣だった。
なので私も真剣に応えた。
私が口出ししたら確かにうまくなる。ただそれは「お嬢様の料理」ではないことは確かだ。
だけど、ゼロから始めてうまくなるということは暗闇の中を目隠しとギャグボールをされて亀甲縛りで彷徨わせるようなものだ。
まっすぐ歩くために支えるのは、私がやる。
そこまで料理は得意じゃないが、基本的な事は知っている。
支えるくらいは私が出来る。
だけど。
「どういう道を進むかは、お嬢様に全で任せる、そう二人で決めました。お嬢様は本気です」
「楽しみね」
「昨日のうちに、基礎は叩き込みました。あとどうするかは、お嬢様次第です。私ももう口出ししません」
「レミィらしいわね。それで?」
「昨日のレクチャーを踏まえて言いますが、お嬢様はマジで料理向いてません」
「パチュリー様、美鈴が『マジで』なんて言いましたよ」
「どうやらそれほどマジで『マジで』らしいわね。想像してたけど」
いやあ本当に。
お嬢様はあらゆる場面で優秀だ。
頭もキレるし年齢の割に経験もある。
先代から受け継いだ自信と判断力はキレをマシていくし
儚月抄では地上で最強にして最速なことがわかったし
儚月抄ではバシュッ ゴオオオしてレミリア敗北しても気にしないほど余裕があり
更に儚月抄の最後では人間のために海を作ってあげるほど懐の大きさがある。
こんなパーフェクトなお嬢様だけど、料理はどうにも難しかったようだ。
きっと豪快な人だから、ちまちましたのが苦手なんだろう。
ホント駄目。てんで駄目。
「もっと簡単な料理なら良かったかもしれないんですけど」
「そういえばお嬢様は何を作っているの?」
「かつ丼です。なんでかは知らないですけど」
「あー。お嬢様、覚えていらしたんですね」
「どうしたのよ咲夜。いかにもかつ丼に思い出があるかのような発言をして」
「じつはかつ丼に少しだけ思い出があるんですよ。というか、無いわけないじゃないですか。
タイトルにあるんですし。さて、朝食が来るまで少し話をしてもいいでしょうか」
「もちろん」
パチュリー様は咲夜さんを促し、紅茶に口をつけさした。
そこから語られる咲夜さんの話は、私の想像し得ない予想外の出来事だった。
ここでバトンタッチ。