いや、まさか、そんなわけがない。まさかなあ、そんな月並みな。はっはっは……
脳内で必死に反証を試み、30分ほど立ち往生した時点で、ついに霧雨魔理沙は認めざるを得なくなった。
「う○こ踏んだわ笑」
自分で語尾に笑とかつけてしまう程度に、彼女は冷静を保つのに必死であった。
人里の外れ、自宅へ帰るその途中に地雷原は仕掛けられていた。今や幻想郷は空前のペットブーム、う○こが道端に落ちていても何らおかしくはない。一方で、そんなあからさまに放置されたう○こを踏み抜くほど、本来の魔理沙は迂闊でないはずだった。
しかし、その日の人里は春一番の強風が吹き荒れていたこと、その強風で巻き上げられた砂煙が視界を大きく遮っていたこと、要因が複合的に重なり合い、魔理沙がう○こを踏むのに絶好のコンディションとなっていたのだった。
「死ぬか」
魔理沙は途端に生きる気力が萎えて、今こそ即身成仏のときだと仏門に帰依する覚悟を決めた。
別に、今日初めて履いた新品おNEWの靴で踏んでしまってガン萎えとか、そういうわけではない。むしろ履き古しの、そろそろ変えようとさえ思っていた靴である。
しかし、そういう問題ではないのだ。これは魔理沙の信念、哲学、フィロソフィのようなものである。
多くの挫折を経験し、多くの困難を乗り越え、そして多くの成果を成し遂げてきた彼女であったが、う○こを踏んでしまった場合には潔く自決することを心に決めていた。なぜならばそれは、う○こに対する明確な敗北――食物連鎖の最下層に敗退したという事実は、魔理沙がこれまで積み上げてきたもの全てを一瞬で瓦解させることに他ならないからであった。
「先立つ不孝を許してくれ」
目を瞑り、ミニ八卦炉をこめかみに押し当てた魔理沙は、走馬燈のように出会ってきた者たちの顔を思い出す。
実家を飛び出して以来ほとんど会っていない両親、逆にいつも一緒にいたような気がする仲間たち。霊夢、パチュリー、それからアリス。
突然、魔理沙の心に迷いが生まれた。信じて疑うことのなかった自分の哲学、う○こを踏んだらすぐに死ぬ、それに対する反発の気持ちだった。
ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえたかと思えば、すぐそばまで黒猫が寄ってきて魔理沙を見つめていた。まるで「はやく死ね」とでも言われている気持ちになり、八卦炉を握る右手が汗ばむ。
「いや、まて。猫だと?」
魔理沙の思考に降りてきたのは、まさに光明、突破口であった。
おそるおそる、魔理沙はう○こを踏んだと思われる右足に視線を落とす。履き古した黒い靴が見えたが、一方でブツの姿は確認できない。
「シュレーディンガーのう○こ……!」
魔理沙の呟きには確信めいたものがにじみ出ていた。
黒猫を見つけて浮かんだ発想、それはまさしく「シュレーディンガーの猫」である。博識な彼女は、近代における量子力学の発展とハイゼンベルクの不確定性原理、それに付随する観測問題、そして思考実験であるシュレーディンガーの猫を、知識の引き出しにちゃんとしまっていたのだった。
長々と書いたが、基本的に量子力学の話はどうでもいいのである。
重要なのは、その思考実験のざっくばらんな内容――中身を確認できない箱に猫が入っているとき、猫の生存状態を観測者は決定できない、という点だ。
魔理沙は、靴の下にはう○こがいらっしゃることを半ば確信している。しかし、魔理沙はその事実を決定することができない。その靴を退かして確認しない限り、う○こを踏んだという事実を観測できないからだ。
そういうわけで、魔理沙は一生この場に留まって生活することを決意した。
「見なければそれはう○こではないぜ」
新たな時代の開闢を思わせる名言であった。
このまま右足を上げることなく、一生臭いものにふたをし続ければ、魔理沙がう○こを確認する日は決して訪れない。それはもはや、う○こを踏んでいないことに同義である。
しかし、この場で居座り続けるためには、いくつかの問題が残っている。
それは単純に、食料だったり、生理現象だったり、そういう問題だ。う○こだけは絶対に見るわけにいかないが、最低限の文化的生活も決して捨てたくはない魔理沙である。
「……魔理沙? どうしたの、こんな風の強い日に」
うんうんと頭を使っているところに、何度も聞いたことのある声が耳に入った。
声の主、すなわちアリス・マーガトロイドとの邂逅は、魔理沙を悩ませていた諸問題を一度に解消するスマートな解決策を提示していた。
「ちょうどいいところに来てくれたぜ」
「いくらあったかくなってきたからって、こんなとこで突っ立っていたら風邪引くわよ。さ、一緒に帰りましょう」
「アリス、突然だがわたしを一生養ってはくれないか」
「!?!?!??!??!??」
アリスの脳に電撃が走り、ガツンと殴られたような衝撃はモハメッド=アリのストレートを彷彿とさせた。
思わずイスラム教に改宗しそうになる深層心理をなんとか抑え、アリスは至極冷静な対応を心がけて、魔理沙に問い返す。
「いまなんと!?!?」
「言葉のままだぜ。わたしを……わたしが死ぬまでずっと養ってほしい。駄目か?」
「はぐぅっ」
一度目は聴き間違いか、勘違いか、そのどちらかだと思っていたが、二度目ともなるといよいよ確信に変わった。
初めは動揺していたアリスも、何回か深呼吸を繰り返したのち、いつもの精悍な表情で魔理沙を見つめ返す。
「分かったわ。その話、確かに引き受けます」
「本当か!?」
「ええ、本当よ、魔理沙。結婚しましょう」
「いやそこまでは……」
「なんで!?」
一転アリスは訳が分からなくなった。だって一生養ってくれって、つまりそういうことじゃないのか。わたしの知らない行間の意味が存在するとでもいうのか。色々考えるうち、もしかすると魔理沙はわたしをからかっているのではないかと、心の片隅に黒い疑念が生まれ始める。
そんな気持ちを感じ取ったか否か、慌てたように、魔理沙は両手をふるふると振った。
「いや、気を悪くするつもりはないんだ。一生養ってほしいっていうのは本当だぜ」
「……どうして、突然こんな話を?」
「どうしてって、強いて言えば……そこにお前がいたからかな」
「はぐぅっっ」
アリスは心臓の位置を両手で握りしめて身体を思い切り捻らせ、勢いのままに4回転サルコウを成功させた。
着地した瞬間からアリスは覚悟を決める。もう魔理沙の気持ちに疑問は抱かない、わたしは魔理沙を信じて、魔理沙を一生養っていくのだ。
「安心して、魔理沙。わたしは一生あなたを養い続けてみせるわ」
「アリス……」
「ちなみに結婚に関してはゼロかしら」
「結婚は絶対しないけど養われるぜ」
それヒモやんと思わないでもなかったが、今のアリスにとっては、もはや些細な問題であった。もう疑わないと心に決めたのだから。
「まあ、いいわ。なんだか照れるけど、よろしくね」
「おう」
「とにかくここにいても寒いし、わたしの家に来て一緒にお茶でもしない?」
「それは絶対に無理だ」
疑わない。絶対に疑わない。
「そ、そっか。魔理沙にも事情があるのね。でも、どうしてなのかくらいは教えてくれる?」
「事情は話せないんだ」
「どうして」
「話したら……わたしはきっと、アリスに呆れられる」
自嘲気味に笑う魔理沙の両手を、アリスはがっしと握りしめた。
アリスは眉を吊り上げながら口元は笑っていて、頑強な意志の力が魔理沙には感じられた。
「今更何言ってるの。わたしはこれから、一生魔理沙を養うのよ。ちょっとやそっとのこと、呆れるわけがないじゃない」
「アリス……」
う○こを絶対見たくないがためにホームレス生活を決意しアリスにヒモを申請したと明かしても絶対に呆れられないだろうか。
魔理沙は50ミリ秒ほど思考に耽ったが、考えるまでもないことであった。
「駄目だ。やっぱり言えない」
「魔理沙の強情っぱり!」アリスは逆上した。「わたしたち夫婦なのに!」
「いや夫婦ではないだろ」
「事実婚の関係にあるわ!」
そういう解釈もあるのかと魔理沙は驚きを禁じ得ない。
「とにかく、もう分かったわ。魔理沙はわたしが引きずってでも連れて帰る。これは決定事項よ」
アリスは魔理沙の右手首を握りなおすと、踵を返してずかずか歩き始めた。
これはまずい、と魔理沙は直感する。踏みとどまろうと足に力を入れたものなら、魔理沙の靴の裏は筆舌に尽くしがたい惨状を呈するだろう。
「ま、待ってくれアリス」
「待たない。さ、帰りましょう、わたしたちの愛の巣に」
万事休した、魔理沙は即身成仏の未来を半ば確信する。
アリスに引かれる右腕が伸びきり、ぐんと下半身に力が加わった。もはや魔理沙に抵抗の意志はなく、為されるがままに重心が前方へ傾く。
ところが、急激に右足を踏み出そうとした途端、強烈な応力がそれに抵抗した。
魔理沙の身体は引き戻され、反動でひっくり返りそうになったアリスの身体を、魔理沙が慌てて受け止める。
(なんだ? 今の力は……)
呆然と、魔理沙は自分の右足を見下ろした。今もう○こを踏んでいるだろう右足。それを踏み出そうとした途端、まるで電磁石でくっついているかの如く、魔理沙の足は動かなくなった。
当然、ただの地面ではそのような力は生じないであろう。ともなれば、この応力を駆動した原因は、ソレであると考えるのが妥当であった。
「そういうこと、ね」
抱き留める胸元から、起伏のない声が聞こえる。
次の瞬間には、アリスは魔理沙を押しのけて、一寸先の地面を踏んでいた。
「魔理沙がいきなりおかしなこと言うから、少し混乱してただけ。最初から分かっていたもの」
「アリス?」
「魔理沙はいつだってそうだもんね。いつも茶化してばっかりで、他人の気持ちなんて気にしたことがないんだわ」
「ま、待ってくれ。これは誤解――」
踏んでいるう○こが突然硬化したがゆえの不可抗力だったんだなどと説明できるわけはないが、思わず弁明しようとしたそのとき、アリスの後方から爆音と衝撃波が押し寄せた。
ふたりの髪は衝撃の向かう方向へなびき、びりびりと全身の皮膚が共振する。
振り返ったアリスと一緒に、土煙の舞い上がる空を見上げると、太陽の光を反射した何かがキラリと輝いた。
「なに、あれ? こっちに向かってきて……」
「――魔槍グングニルだ!」
魔理沙は確信と共に叫んだ。あれは魔槍グングニル。数多の敵を貫いたとされるオーディンの大槍だ。
未だ視界にも捉えられない神槍を、魔理沙がグングニルだと断言したのには訳がある。
見上げる空の向こう、霧の湖を挟んで、そこには紅魔館が鎮座しているからだ。
「グングニルって、レミリア・スカーレットの?」
「ああ、間違いない。しかも、この感じだとあと数分で着弾だ。ものすごい被害が出る」
「ちょっと待ってよ。飛んでくるのがグングニルだとしても、それをする意味が分からないわ。レミリアに人里を破壊する理由はない」
もちろんだ。かつて異変を起こしたレミリア・スカーレットとはいえど、今や人里には好意的とさえ言える。
だが、魔理沙は確信していた。ポケットから一枚の紙を取り出すと、「見てみろ」とアリスに押し付けた。
「なによこれ――『紅魔城槍投げ大会 ~ ゼレズニーを越えるときが来た』!?」
魔理沙はこのチラシを、以前里で行き会った紅美鈴から受け取っていたのであった。
いわく、最近のレミリアは槍投げに執心で「ゲルマンの高貴なる遊戯」などと形容していたらしい。
「話はまだある。レミリアのやつ、大会を盛り上げるために『本物のグングニル』を用意したらしい。あいつのことだ、始球式……もとい始槍式とでも言って、景気よく放り投げたんだろう。だが仮にも神槍……レミリアともあれど、暴れるソイツをコントロールしきれず、手元が狂って、里の方へ放り投げてしまったんだ」
まったく納得できないアリスであった。
「でも、確かにあれはただの槍じゃない。ジュール換算で数兆のエネルギーを纏っている」
「TNT1キロトン級だな。里の半分は吹っ飛ぶぜ」
「里の人間たちに避難を……だめ、間に合わないわ」
「わたしがここに残る。アリスは今すぐ逃げてくれ」
アリスは一瞬言葉をなくしたが、すぐに目を吊り上げて反論した。
「ここに残るって、あなた独りで迎撃するつもり?」
「それ以外ないだろ?」
「あんまりわたしを舐めないで頂戴」アリスは懐から魔導書を取り出した。「わたしも迎撃する」
「勝算なんてどこにもないぜ。そこまでしてアリスが里を守る義理はないだろ」
魔理沙の言葉にアリスは目を丸くする。
しかしその表情は、次の瞬間微笑に変わった。
「なら、尚更ね。魔理沙には里を守る義理があるから残る。わたしは、そうやって残る魔理沙に義理があるから残る。何もおかしくないでしょう?」
「アリス……」
「ずっと不思議に思っていたの。どうして魔理沙はここから離れようとしないんだろう、って。でもようやく分かった。魔理沙はこれを感じ取っていたんでしょう? 理屈じゃなく、魔法使いの勘で、人里に迫る得体のしれない脅威を」
いや、う○こを踏んだだけである。
「いずれにしろ、もう時間はないわ。あと数十秒もしないうちに槍は着弾する。今から逃げても労力の無駄」
「……いいぜ。わたしは忠告したからな。後悔するなよ?」
「こんなときまで憎まれ口? 魔理沙はいつまでだって変わらないわね」
顔を見合わせて笑い合って、それを最後に表情を変えた。
目前に迫ったグングニルが放つエネルギーは凄まじい。魔理沙とアリスは水際作戦だ。引きつけて引きつけて引きつけて――至近距離から、全力の弾幕を打ちこんだ。
魔理沙の八卦炉から、アリスの使役する人形から、七色に輝くエネルギー弾が大槍に放たれては、激突の衝撃で霧散していく。
形勢は不利だった。押し留めているようにも見えるが、しかし、少しずつグングニルは魔理沙たちに近づいてくる。
「くそ」
限界が近づいていた。元より、準備運動なしの全力の弾幕だ。魔力の浪費をいつまでも続けられるわけがない。
槍のエネルギーもかなり相殺されているはずだが、ふたりの総力ではもうひとつ届かなかった。
迫る敗退の瞬間に、魔理沙がギリと歯を食いしばったそのとき、隣のアリスが一歩前進した。
「アリス……?」
「安心して。わたしはこの里も魔理沙も、必ず守ってみせる」
「なに言ってるんだ」
「わたしは魔理沙は一生養っていくんだから。こんなところで死なれちゃ困るでしょ」
肩ごしにアリスの笑顔が見える。こんなときまで馬鹿な冗談を、と魔理沙は思って、そして今も踏みつけているう○このことを思い出す。
う○こを踏んだらフィロソフィの問題で死ぬとか、シュレーディンガーのう○こだから見なければいいとか、アリスに一生養ってもらえばいいとか、そんな平和ボケしていた数分前の自分が恨めしい。
もうう○こなんてどうでもいいのだ。目の前のアリスは死ぬ気でいる。魔理沙はそれを許さない。許したくない。助けたい。それだけだ。
「こんなもん!」
呪縛を振り払うがごとく、魔理沙は右足をキックのように蹴り上げて、付着しているそれを取り除こうとした。
ところが、魔理沙にはできなかった。またもや、う○こは瞬間的に硬化して、魔理沙と地面を繋がったままにした。
「この、ムカつくう○こが……、……いや」
待てよ。先ほど見逃してしまった違和感は、今魔理沙の脳内で再燃した。
元々、このう○こは、あんまり形容したくないが、粘性の高いものだった。ゆっくり動かすとぐちゃぐちゃ言うような最悪のヤツだ。
それがたった今蹴り上げようとしたら、動かない。
アリスに突然引っ張られたときも、やはり動かない。
この不可解な現象を説明できる仮説を、博識な魔理沙は持ち合わせていた。
「ダイラタンシーだ」
ダイラタンシー。
それは小さなせん断力には液体のように振る舞い、大きなせん断力には固体のように振る舞う性質である。といっても分かりづらいかもしれない。
例えば、でんぷんの粉と水を混ぜたものはダイラタンシー流体だ。手でぐにゃぐにゃ握っていると粘土のようだが、動きを止めた瞬間ドロリと手のひらから流れ落ちてしまう。
「もう……」
アリスの口から絞り出したような声が漏れる。力尽きるには時間の問題だった。
しかし、魔理沙はたったひとつの光明を見出していた。そのカギは、靴の裏のダイラタンシーう○こだ。
(ダイラタンシーは防弾チョッキにさえ応用されうる。外来本の受け売りだが)
魔理沙は考察した。推察した。もとい、願望を持った。
このう○この硬化性は尋常なものではない。なにしろ、思い切り蹴り上げようとした右足がピクリとも動かないほどだ。
ならば、もしかしたらやってくれるかもしれない。
コイツをグングニルに思い切りぶつけてやれば、もしかするかもしれない。そう願った。
唐突に、アリスの弾幕がふっと消えた。もはやグングニルを妨げるものはない。再び速度が増大し、ふたりへ一気に迫り寄る。
「アリス、伏せろ!」
全てを使い果たし、脱力したアリスの耳に、魔理沙の声が飛び込んでくる。
伏せる元気もないアリスだが、背中から地面へ倒れ込むくらいはできる。
仰向けになったアリスの目に入ったのは、なぜか右足だけ靴を脱ぎ、その靴をゆっくりとすくい上げる魔理沙の姿だった。
「ゆっくりすくって……一気に投げるっ」
魔理沙は靴をグングニルへ放り投げると、重ねるようにマスタースパークを打ちこんだ。
靴はエネルギー波に飲み込まれ、燃え尽きるように消えてなくなったが、黒い塊だけはその中に残っていた。
大槍とマスタースパークがぶつかり、更にう○こが炸裂する。マスタースパークは数秒ののちに霧散し、しかしグングニルとう○こは鍔迫り合いの如く火花を散らしていた。
「大したう○こだぜ」
う○こが神槍を食い止めている奇妙な光景を後目にして、魔理沙は倒れているアリスを抱き抱える。
そのまま、近くの大木まで猛ダッシュした。木の裏へふたりで隠れたその瞬間、轟音と共に土煙が爆発した。
魔理沙はアリスの上から覆いかぶさり、強烈な衝撃からお互いの身を守る。
爆風が過ぎ去ったあと、辺り一帯はもうもうと砂に煙っていたが、しかしそれだけだった。
アリスと魔理沙はグングニルを撃墜できなかったが、そのエネルギーの大半の相殺に成功していたのだった。
「……生きてる? 魔理沙」
「そりゃ、こっちの台詞だぜ。無茶しやがって」
「ごめん、ごめん」
仰向けのアリスと覆いかぶさる魔理沙で、顔を見合わせて笑った。
命を賭けて共闘したふたりは、戦いの前とはいくらか違う雰囲気を纏っているようだった。
「魔理沙」
「おう」
「これって、流石に結婚OKの案件じゃないかしら」
アリスに関してはあんまり変わっていなかった。
魔理沙は口角を吊り上げると、人差し指をちっちっと2, 3回振った。
「アリスは少し強引すぎるぜ。それじゃあわたしの心は動かない。わたしの心は、ダイラタンシーだからな」
ニヒルに笑った魔理沙の脳裏には、激闘で消えてなくなったう○この黒い影が残っていた。
食物連鎖の最下層とか言ってしまったが、今や魔理沙はあのう○こをリスペクトしてやまない。
なぜあそこまでダイラタントなう○こが落ちていたのかは永久の謎である。しかし、事実として、あのう○こは人里を、アリスを、そして魔理沙を救ったのだ。
その栄誉的貢献は、魔理沙の心に残り続け、次世代まで語り継がれることになるだろう。
「いや、意味わからないんだけど」
アリスには「は?」みたいな顔をされて、だいぶ悲しい気持ちになったのは、また別の話である。
よかったです