Coolier - 新生・東方創想話

MONOCLEBAR

2017/02/27 17:46:33
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 難航していたデザインの人形服の、最後の針を抜き終わった。アリスは自室のアンティーク椅子の上で、大きく伸びをする。
 人形遣いである事を最大限に活かし、上海人形達に紅茶を淹れさせて一息吐くと、開放的になった気分に任せて、何とはなしに出掛けてみたくなった。
 人形服を顧客に届けた帰りに寄り道でもして――例えば、霧雨魔法店に冷やかしにいって、数日間会ってなかった霧雨魔理沙や博霊霊夢と談笑して息抜きをしよう。
 紅茶を飲み干し、すぐにも立ち上がって、一体の人形を連れてアリスは自宅の洋館を出た。向かうは人間の里。
 アリス・マーガトロイドは、魔法遣いの蒐集家として魔法の森で研究をする以外に、人形服を始めとした裁縫や刺繍の副業を行っている。自給自足できるだけの知識と操れる人形の手の数はあるが、人間の里で使える通貨やコネを持っていたほうが何かと便利だと考えているからだ。
 現に、今こうして完成した人形服を渡している子供の家は、里では珍しい骨董品屋であるし、魔法研究の触媒や妖気溢れた因縁の品などをうっかり入荷している事もある。
 勿論、アリスは自分が魔法遣いである、という事を秘密にしている。自分のその耳で優先的に情報を手に入れ、目前まで来てきちんと確認して、誰よりも先に正当な方法で手に入れるのだ。
 霧雨魔理沙のような、知り合いの間からならば半ば強引にモノを分捕る身勝手な蒐集家とは違う。
 ……ただ、今回は有用な情報は得られなかった。賃金だけをもらって、アリスは魔法の森に踵を返していく。迷いさえしなければ、霧雨魔法店は森に入ればすぐそこの距離だ。
 と、辿り着くなりアリスは奇妙なものを見てしまった。
「何やってるのよ、魔理沙」
 虫干し、という言葉が一番似合うだろう。
 霧雨魔法店というのは、魔理沙の人格ゆえか、中も相当に乱雑なダンジョンと化している。それもこれも、彼女が無節操にモノを蒐集し続けるからだ。店、なんて呼称自体が間違っている。
 それが、綺麗好きなセイヨウミツバチの霊魂でも乗り移ったのか、突然に整理整頓を始めている。彼女の庭には、彼女自身が集めた大量の品がずらりと横並びされていた。
「ああ、アリス。今ちょっと実験中だ」
「どういう事よ」
 訊くと、魔理沙は手に持った4本の小さな棒をこちらに向けて、自慢するような調子で言ってきた。
「香霖からタダで貰ったんだよ。あ、盗ったんじゃなくて、普通に譲り受けた方だぜ?」
 本当かしら、とアリスは疑いの声を返した。魔理沙曰く、古道具屋の森近霖之助は、そのアイテムを“縁起が悪い”と云って手放したがっていたそうだ。
「それで、どう使うものなの?」 尋ねると、
「まあ見てな」 と得意気に魔理沙はその棒を、商品のひとつである小型の木彫トーテムに上から突き立てた。
 ……当たり前なのだが、棒は重力に負けて横に倒れてしまう。
「で?」
 呆れるようにアリスは答えを待った。魔理沙が説明するには、“その品が必要なものであれば、棒は倒れない”らしい。
 要はダウジングロッドの変わり種という感じか。棒4つ全てを組み合わせて使う訳でなく、同じ効果のものが複数あるだけか。
「断捨離には使えそうね」 大量に並べられた商品を見て、皮肉気味にアリスは漏らした。あまり大げさに振る舞うような効果ではないように思えた。――始めの内は。
 しかし、次第に様々な疑問が湧いてきた。何故、霖之助は縁起の悪さを感じ取ったのか。何故、無駄に4つもあるのか。何故、倒れるかそうでないかという判断基準なのか。そもそも、必要なもの、とは何が判断するのか。
 率直に魔理沙に疑問をぶつけてみると、大体の答えはすでに見つけていたようだった。
 魔法の森前に店を構える森近霖之助は、道具の名前と用途を把握できる奇怪な能力を持っている。彼が棒を視たところ、名前は『棒倒し用占い具』であり、用途は『必要であるものを見極める』と判明したようだ。そのままである。
 魔理沙は、手放した霖之助の評を口真似しながら引用してみせた。
「店主の僕が判断するのは良いけれど、必要不必要を決めるアイテムがあるとモノを探す楽しみが無くなってしまうだろう? それに、うっかり倒れでもしたら、不必要な物が生まれてしまう。決めるのはいつだって意志であって欲しいものだ」
 そのあと魔理沙は自分の言葉で、
「だってさ。アイテム使っても結局必要かどうか決めるのは自分の意志なんだから、意味無い考えだよな。頑固さは損をする、柔軟な思考こそすべて!」
 と胸を張って謂うあたり、相当得をしたと思っているようだ。
 話は進み、アイテムの数や使い方は、特別な意味があるわけでなく、単純に偶然の産物で片付けられるものだ、という結論に達する。誰が使っていたのか、どうして材質が高価な象牙で出来ているのか、何故香霖堂に流れてきたのか、なんてのは追求するだけ野暮だ。
 最大の焦点は、“必要”が何を指すのか、“必要”は何が判断するのかである。
「気になるわね」
「だろ? だからこうして試している訳だ」
 アリスと魔理沙の意見はここで合致した。
 いつくか作業を続けていくと、本当に棒が倒れない商品が現れた。むしろ、必要と判断されたものが多いように感じる。
 いや、明らかに多い。全体の80%近くが何かしら使い道があるそうだ。それを集めきった魔理沙の審美眼に喜ぶべきか、断捨離に至れず、片付けきれない魔法店内を悲しむべきか。
 アイテムごとに分類して置き直し、今度はアリスが棒を使って実験を行うことになった。“何が判断しているのか”を解明するためである。
 暫くして結果が出る。それは魔理沙と全く同じであった。
「どういう事だぜ?」 疑問符を浮かべる魔理沙。
「恐らく、私達自身の必要性じゃなくて、全く別の何者か、霖之助さんの云う運否天賦的なものが判断してるみたいね」
 アリスは顎に手を当てて考えてみる。“人間”やら“魔法遣い”やらで判断されているのかもしれない。では、人形が行ったらどうだろう?
 思い付きからすぐにも行動に出た。傍らに居る上海人形に命令を出して、棒倒しを行ってもらう。ものの数分でその結果は出た。
「何も変わっていないわね」
 上海人形を定位置に戻して、アリスは頭を抱えた。結果が不変という事は、確かに“何か”が“何か”を識別しているようである。
「つまりあれか、なぞなぞみたいなものか。右のグループにはあって、左のグループにはないもの的な」
 物事は段々と推理ゲームの様式を呈していき、アリスは大きな溜め息を吐いた。これでは息抜きどころか息が詰まる。
 チラ、と上海人形を見遣る。もし、それに棒を当てたらどうなるだろう? 慣れ親しんだものだからこそ、謎を解くヒントが生まれるかもしれない。
(――――)
 が、一瞬の思考の空白を挟んで、アリスは行動を躊躇った。もし、不必要だと判断されたら――――
「魔理沙。そろそろお昼よ。何か食べましょう」
 浮かんだ恐ろしい考えを払拭するようアリスは提案する。昼日は高く昇り、声を号令として二人の腹がぐう、と鳴った。
 雲はなく晴れ間が続きそうだ。二人は整然として寂しさすら感じる魔法店に戻って、食事を作ることにした。役割を分担し、小麦粉を練り、卵を割り、葉野菜を切って、…………

 ◯

 事が終わったのは日が傾き、空が暖色に染まってからだ。
 ほとんどの時間、談笑と魔法店の片付けに費やした。むしろ、息抜き前よりも疲れが増したほどである。
 結局、魔理沙はモノをひとつも捨てなかった。棒の謎も解き明かせず、これから実験を繰り返して考えるそうだ。彼女は画期的で珍しい方法を発案した。
「必要な物は、私達が見ても分かる通り、そのモノの用途が正常に使われるから、って理由が作れる。けど、不必要認定されたものは、それ本来の使い道を超えていらない子になった訳だろ? だからこそ、不必要な物をこれから使っていくんだ。本当に使い道がないのか、それとも棒が考えを変えるのか……ともかく、何かヒントが得られるはずだぜ」
 そして、アリスに3個ほどアイテムを押し付けてこう云った。
「アリスにも渡すから、適当に使っておいてくれ。一週間後にまた検査し直そう」
 断るにしても理由が思いつかなかった。とりあえず持ち帰って、ダイニングのテーブルの上に置いてみる。
 大変な日だった。とアリスは回想した。疲れきって張ってしまったふくらはぎを揉みつつ、衣服を包むリボンを解いていく。一糸まとわぬ姿になると、いそいそと浴場に入り込んだ。
 湯船に肩まで浸かり、明日の事を考える。貰ったアイテムはどれも統一感のないもので、古ぼけたガラスのコップに、オリエンタルな動物神を模った像、そして妙に丈夫な狼の木面だった。
 どうやって使えばよいのか。幸い、アイテムは全て用途がはっきりしているモノばかりだ。しかし、使うとなると話は別。
(コップなら生活に組み込めるけど、神像は祈らなきゃならないし、お面なんて……ずっと着けてろとでも言うのかしら)
 ……ふと、我に返る。すでに思考が魔理沙に載せられている事に気づき、アリスは鼻まで湯に沈ませて振り払おうとした。水面に浮かんでくる呼吸のあぶくのよう、蒐集家の欲望が沸いては消えていく。これは同じ魔法遣い同士の、勝負?
 では、受けて立つべきだろう。
 魔法遣いの格や、その関係性よりも何よりも、アリスには、乱雑に商品を店に積み込むような生活感の人間に“必要性”の数では負けたくはない、という気持ちがあった。
 洋館は埃ひとつ無いように人形に掃除させている。蒐集品も種類別に分けて本棚や木箱に整然と並べてあるし、より大事なものは鍵付きの隠し棚に保管している。その上、人形達の衣服はオーダーメイドで作ってすらいるのだ。
 負ける要素がない。というより、敗北が怖かった。
 明日には、頼まれていた晴れ着の補修の期限が来る。調子に乗って里の仕事を引き受けすぎたのかもしれない。
 ただ、それでもやり通せる自信が、アリスにはあった。
 いつもの紅茶のカップの代わりにガラスコップを使用して、一日2回朝夕に神像に祈りを捧げる。お面は、――顔を隠さないよう、後頭部につける形で被っておこう。メンテナンスを人形達にやらせれば、仕事も遅れることは無いだろう。
 入浴を終わらせて、タオルで留めていた金色の髪を振りほどく。全身鏡に自分を映して、ニッコリと笑顔を作った。

 ◯

 元々、そういう日々だったのだろう。一週間は忙しなく、あっという間に過ぎた。里の人間達の注文は、祭りや祝い事が近いのか妙に多く、作業は苛烈を極めた。家事で働かせている人形達の服の補修が間に合わないほどだ。
 アリスはそれでもなお、自分に課したノルマを達成した。魔理沙より託された3つのアイテムは、特に魔法的な現象を起こすことはなく、ただ、モノとして順当に扱われた。
 以前のよう、魔法店の庭に集まり、その実験の結果を眺める――アリスの私闘の雌雄を決する日が来た。集まった二人は会話も程々にして、早速作業を開始した。
 魔理沙は、例の棒を手にして、ひとつひとつモノに立てていく。前に必要判定されたものも含めて、どう変わっていったかを記録していく。
 ……どうやら、必要扱いされていたものに変動はないようだ。次にアリスのアイテム。これも特に動きはない。最後に魔理沙が取り扱っていた商品の番になる。
 それは、アリスに託されたものよりも、もっと扱いづらそうな物品群であった。釣りのロッド、小さすぎる椅子、乾いた植物の入った瓶詰め、曼荼羅のような模様な描かれたボード、青と黄色が散りばめられた絨毯、無骨な石などなど……。
 まずひとつめ。椅子は――なんと、必要であると棒が答えを出した。そのあと、魔理沙の使ったものの約3割の結果が、良い方に変化した。
 予想外の出来事に、アリスは苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。
「嘘よ。何かズルしたんでしょ? 魔理沙」
「いーやいや。私は私なりに扱っただけだぜ?」
「本当? 私に悪戯するためにアイテムから何まで用意したとかじゃないの?」
「アリス……疑うなら自分で確かめてみるんだぜ」
 そんな会話があって、アリスは棒を渡される。信じられない、と云う表情のまま、彼女は作業を反復していった。
 すると、更に悪い事が判明した。
 アリス自身のアイテムどころか、魔理沙が今回必要化したアイテムですら、棒は反応しなかったのだ。二人に、差異が生まれた。
「おっ、面白い結果が出たな」
 アリスの感情なんて露知らず、魔理沙は笑って興味深そうに眺めている。冷静に考えれば、棒の判断基準のヒントが出た事を喜ぶべきなのだが、そんな事より、屈辱的な結果になってしまった現実にアリスは顔を引き攣らせた。
「……私はちゃんと大切にしたわ。魔理沙、あなた、どんなズルをして商品を大切に扱ったの?」
「それは企業秘密だぜ。だって今教えたら次の実験結果が二人同じになるかもしれないだろ? 棒の解明の近道は比較対象が必要なのぜ?」
「次? まだやる気なの?」
「ああそうだが。一回だけじゃデータが頼りなさ過ぎる。アリスが嫌なら、霊夢に協力してもらうけどさ」
「やるわよ! このままじゃ引き下がれないわ。次の一週間で、全部必要にさせてみせる」
 鼻息荒く、アリスは並べられたモノの中からコップと像と面を拾い上げる。
「――――いやそもそも、必要か不必要かの線引きがよくわからんからしてる実験だが。あ、それとさ、大切に扱うのにズルも何もないぜ」
 その魔理沙の発言が決定打となった。アリスは何が何でも、3つのアイテムの謎を解き、棒の判断を変えてみせると心の中で誓った。そして、模索の日々が始まった。

 ◯

 初日。アリスは神像を胸に抱いて、土葬される死体のような姿勢で眠りに就いた。とりあえず思いつく限りの事を実験してみるつもりでいた。
 里の仕事量を少し減らして、考える時間や祈る期間に費やした。どうすれば、器物は覚醒するだろう。魔理沙が直感で集めた蒐集物なのだ。きっと、何か別の使い道、もしくは特別な力があるはずだ。
 一日目は酷い悪夢を見た。荒野でひとりぼっちになって、彷徨う夢だ。神像は夢に関係するかもしれない。
 だが、二日目の昼寝と、夜中なかなか寝付けずに丑三つ時まで目が冴えていたあとの睡眠では、特に夢は見られなかった。
 コップは紅茶以外にも、水、コーヒー、葡萄酒、牛乳、様々な飲料を入れて試してみたが、味や効能に変わりはなかった。それどころか、水分の摂り過ぎで、四日目にしてついにアリスはお腹を壊してしまった。
 お面は他2つに比べて用途が思い付きにくかった。ただ、魔理沙が奇妙な瓶詰にすら用法を見出だせるのだから、彼女よりも長く魔法遣いをやっているアリスに出来ないわけがない。
 モチーフが狼という事は、降霊や神送りの儀式面であるはずだ。
 五日目。アリスはついに意を決して、知り得る限りの方法とアイテムをかき集めて、洋館の軒先で儀式を行った。
 具体的には、火を石組みで囲み、四方に木製の柱を立てて、聖餐となりそうな子羊の肉を焚べ、神像を中心に見立てて置いた。
 自身は周りの目を確認して、誰もいないのを確認してから狼の面をつけた。そして、ぎこちないながらもクルクルと踊ってみる。
 狼といえば、遠吠えだろう。儀式の締めには必要だと考えていたが、声を上げるのは難易度が高い。何かを喚びせてしまいそうだからだ。動物霊や神などではない、例えば、ご近所に住んでいる魔法店の人間達――――
「わ……」
 しかし、アリスの決意は固かった。蒐集家として折れたプライドをそのままにしておくのは認められなかった。
「わおーん!」
 狼の面の下で、頬が紅潮していくのがわかる。
 と、2つ開けられた面の目の穴から見える視界の端っこに、見慣れぬものが映った。
 人影。ああ……、目と目が合う。
「あ、あの。わ、私はこれで!」 捨て台詞を残して去ろうとする来訪者に、凄まじいスピードでアリスの鋭い組み付きが襲い掛かった。
 ……………………………………………………。
 暫く後、落ち着いて、焼き上がった子羊の肉を囲んで、二人は座り込んだ。面を横にずらしたアリスと、目撃者の多々良小傘だ。
 アリスが無言で肉を渡すと、小傘は低身低頭といった感じで、怖ず怖ずとそれを受け取った。
「あ、ありがとうございます。それで、何か知ってます?」
 多々良小傘は忘れ傘の付喪神である。訊くと、同じ付喪神である堀川雷鼓とともに、失くしてしまったマジックアイテムを探しているそうだ。その形状は、小さめの棒で、四本あり……、
「いいえ。知らないわ」 アリスは即答した。
 今、勝負を終わらせるわけにはいかなかった。来週、再挑戦をして魔理沙に圧勝して気分が良くなったら、教えてあげよう。
 マジックアイテムの詳細をここで聴くという手もあった。しかし、カンニングはプライドが許さない。魔理沙が棒の効果を実は知っていて、悪戯のために不公平な実験を続けている、という可能性もあったが、そんな劣勢を覆す事こそ愉悦の一歩だとアリスは考えてしまった。
「小傘。ココであったことは他言無用よ」
 脅しかけるようアリスは言葉を重ねた。
「こういう魔法実験は蒐集物の確認のために良く行うのよ。あなたの探しているアイテム。見掛けたら連絡するわ」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
 会話は、そのあと10分程続いた。アリスは付喪神という性質を知ることで、アイテム理解が深まらないかという打算から、小傘は付喪神の性質上アリスの持つ人形達へ興味から、他愛ない世間話をした。
 小傘が云う。
「その上海人形。ほとんど自作ってすごいですね。こんな細かい刺繍まで……あっ、ちょっと裾がほつれてる」
 アリスが答える。
「最近ずっと忙しかったから……。ゴタゴタが終わったら補修するつもりでいるわ」
 時間は過ぎていく。声があったと思いきや、太陽は落ちきって再び湯船に浸かっている。明日は早い。上海人形にコップをいつもより丁寧に洗わせて、ベッドに崩れ落ちる。アリスの思惑は、本当に実現するだろうか?

 ◯

「………………ッッ!」
 アリスは絶句した。
 2度目のチェック。逆に魔理沙に差をつけられてしまったからだ。アリスのアイテムは反応無し。対して魔理沙はすでに8割に認められていた。
「あッ……そうか解ったわ。棒はあなたが持っているんだから、毎日チェックしながら何が有効か見極めたんでしょ!」
「いや違うぜ。全部一週間ぶり。そもそも判定の境界線がわかんないんだから、有効も無効も無いと思うぜ」
「嘘よ。多分、いや絶対嘘。私はこんな結果信じないわ!」
 霧雨魔法店前にて大声を上げてアリスは反論した。信じないし、信じられない。恥をかいてまで利用したのだ。魔法効果はなかったものの、毎日使ってる食器が“必要”とされてないなんて、何か悪い思惑のカラクリがあるに違いない。
 今にも掴みかからんばかりのアリスをなだめるように、魔理沙はその両腕を支えるように握り、優しく語り掛けた。
「まあ気にするな。単なる実験で棒の気分次第かもしれないだろ?」
「棒に気分なんてないわ! 付喪神にもなってないマジックアイテムじゃない!」
「そんなコト言ってもなあ……。実験の傾向見る感じだと、本当に気まぐれに見えるんだよ。だって、秘密にしてたけど、私、あのアイテム群ほとんど使ってないんだぜ? アリスは、どう扱ったんだ?」
 その言葉はアリスにとっては死刑宣告に近かった。
「え……? じゃあ何よ。沢山使った私よりも、放ったらかしておいた魔理沙の方がモノの“必要性”を引き出せるの? 私の力では、“不必要”なままモノを変えることが出来ないの?」
 人形遣いとして、里で必要とされている人間として、残酷な結果に苛立たずにはいられなかった。これまでの2週間は何だったのか。モノを活用しようと思う事は、無意味なのか。
「待て待て落ち着くんだぜ。そもそも、判断は私達自身の必要性じゃないって、アリスお前本人が2週間前言ってたじゃないか。モノに移入し過ぎだぜ」
「……じゃあ、どういう事よ」
「ちょっと早い気もするが、まずは結果と過程を整理して考えよう」
 情報をまとめていくとこうだ。魔理沙は、これまで奥の方にあったその“不要品”達を表に出して、ただ、埃を払ったりたまに磨いたりしただけ。アリスは毎日のように本来の用途で使い、更に願いを込めて様々な利用法を考えついた。二人の道具の扱い方は対照的であった。
 まとめ終わる頃には冷静さが戻ってきて、アリスは深い溜息を吐いた。
「……意味解んないわ」
「問題は“必要”が何を指してるか、だな。――あ、そうだ。上海にもやって貰ったらどうだ?」
 何かの慰めになるかと魔理沙は提案した。だが、それが蒐集家としてのプライドを脆くも破壊する決定打となるなんて、アリス本人も予想していなかった。
 上海人形が棒を当てていくと、なんと全て“必要”に変わっていて、倒れなかったのだ。
 アリスは頭を抱えて昏倒しそうになり、魔理沙はその身体を抱きかかえるように補助した。意気消沈したアリスは、二言三言短く言葉を発すると、三週間目に突入する約束をして、洋館にトボトボと帰っていった。

 ◯

 夕暮れに赤く染まるダイニングの窓辺に、その3つのアイテムを立てかけてアリスは眺めていた。
「私の何が悪いのよ……」 独りごちる。
 こういう時、アリスの人形達は心配したように毛布を掛けたり肩を叩いたりしてくれる。今日も同じようにそうされた。
 だが、彼女達人形は発声器官を持たない。アリス自身が込めたプログラムのような意志が、自動的にそうしているのかもしれない。
 神像と狼の面はこちらを睨むように見ている。コップは斜陽を反射して、眺める眼に視野暗転となる残像を作り出した。何が足りないのだろう。アリスは疲弊したまま、眠りそうになってハッと顔を上げた。
 “何処まですれば、振り向いてくれるだろう?”
 そもそも基準も何も判らないモノ達に悩んでいて、何の意味があるんだろう。
 アリスはミシン台の前まで歩いて行った。里の仕事をしている間は、無心になれて、気分が和らぐ。そろそろ、人形達の服も補修してやらないと。
 作業を始めて10分もしない内に強烈な睡魔が襲ってきた。まだ期限までは遠い。アリスはふらふらと館内を彷徨い、やがてベッドに沈み込んだ。そして朝まで一度も起きなかった。

 ◯

 何とはなしに、アリスは博麗霊夢に会いに行った。
 あんな取り乱したあとの日に、霧雨魔法店に寄るのは気が引けた。しかし、精神的ショックのせいか、はたまた天気が雨なせいか、朝から寂しくて仕方がなく、動かずには居られなかった。
 博麗神社は雨で白く霞がかっていた。雨宿りの猫が賽銭箱の上で居眠りしている。
 手ぶらなのもどうかと思い、湿気るのもお構いなしに焼き菓子を作ってきた。霊夢の名を呼んだが誰も出てこなかったので、アリスは神社の裏手に回ることにした。
 縁側には、季節外れのつららが突き刺さって、雨に半分溶けかかっていた。居間からは、誰か倒れているのか、腕だけが外に向かって伸びている。アリスは慌てて駆け寄った。
「霊夢! 大丈夫」
 和室内には多くの氷と、散乱した朝ご飯と思しき食器と食物、そして引き攣った笑みを浮かべて、怒りに身を震わせる霊夢が転がっていた。
「あンの莫迦共……。ご飯時に悪戯とは良い度胸してるわね」
 虚空に向かって霊夢が呟いた。バカ共、とは状況を見るに、恐らく氷精のチルノの事だろう。妖精は悪戯に命を掛けているようで、相手の力や事情なんて考えもせずに遊びに巻き込んでくる。
 訊くと、正しくその通りだった。アリスは、霊夢と共にまず散らかった部屋内を片付けた。続いて床に落ちて食べられなくなってしまった朝餉を、神社境内の猫に与えて無駄をなくす。二人は居間に戻り、畳の上でアリスの焼き菓子を囲んだ。
「これまでは大目に見ていたけれど、お茶碗やお箸まで壊すとかそろそろ本気でお灸を据えたほうが良いみたいね。アリスも気をつけなさい」
「肝に銘じておくわ」
 何気ない世間話だ。特にアイテムの相談をするわけでない。里の様子はどうとか、天気が悪い日は洗濯物がどうとか、互いに負った僅かな傷を忘れるために話し込んだ。
「アリスは良いわね。家事を人形に任せられるから」
 ふと、羨ましそうに霊夢が言った。
「そうでもないわよ。人形達のメンテナンスも含めて、仕事量と時間はあまり変わりないわ」
「そうかしら。洗い物と好きなものの製作は心に準備しなきゃならないモノが違う気がするわ」
「多分似たようなものよ」 そこまで言ってアリスはふと、気が向いた。さり気なく、“必要”な意見を聞いてみようか。
「あのさ、霊夢。例えば、モノを大切に扱う時、どうしてる?」
「えっ。何よ藪から棒に」 霊夢は僅かだが考える素振りを見せて、「――――うーん。考えてみたけどさ。あんまり意識した事ないかもしれないわ。そこに神が居れば、丁重におもてなしはするけど、“普通にする”だけで長持ちさせられるし、特別扱いはあまりしないかな。大体は消耗品ばかりだし、悪く云えば、神社の境内自体も何度も立て直してるから消耗品みたいなもんだしねー」
 と答えた。
 アリスがこれまで道具にしてきた事は、どういう行為だったのだろう。当たり前のように、普通に接してきただけではないか。時には神のように扱ったりもして、違いなんて何も無い。
 答えなんて見つからない。
 雨の音が、瓦屋根に当たって弾けて流れていく雨の音が、アリスの疑問にノイズ混じりで答えていた。アリスの口数は次第に減っていった。沈黙がやがて訪れる。
 そして、雨すら止んでその口を噤んだ。お茶請けとして置かれた焼き菓子が全部腹の中に消えてしまったくらいのタイミングで、ついに霊夢は重い腰を上げる。
 尋ねると、そろそろ氷精をしばき倒しに行くらしい。アリスは討伐を誘われたが、同行だけに留めて返事をした。博麗神社を出て、妖精の集まる霧の湖へ。何だか、妖精達のよう、悪戯を含めた遊びをしているみたいで、アリスは何処か落ち着かない気分になりつつあった。

 ◯

「何であんな事したの?」
 嵐が過ぎ去り、お尻が真っ赤になるまで叩かれたチルノに話し掛ける。目的を達成した霊夢はすでに神社に帰っていた。暇だから、と嘘をついたアリスは霧の湖に残り、氷精を観察していた。
 何かが見つかるなんて思っていない。ただ、胸騒ぎを抑えたくて、誰かと触れ合わずには居られなかった。
「何でって、いつもの事じゃん」
 涙目でチルノは答える。尻を押さえ、尿意を我慢しているような辿々しい足取りで水辺を回っている。
「いつもの事って……ひとつ間違えれば怪我しちゃうじゃない」
「そのへんは調整してるつもり。まあ今回はダメだったみたいだけどさー。蛙でもっと加減を覚えなきゃ」
「蛙?」
「“蛙をどこまで冷凍しても許されるか”実験」
 何気に恐ろしい事を彼女は口走った。その内容とはこうである。
「解凍したとき、元気に飛び跳ねたら許されている。グッタリしてたらやり過ぎだった。悪戯にも当て嵌まってて、それが上手く調整できた日は不思議と悪戯が成功するのよ。あっ、秘密にしといてよ」
 妖精は見た目と同じく、その性格も子供のようなものだから当然かもしれないが、何だか筋の通ってない変な話だ。蛙と人間は、根本的に違う。
 訊く意義が薄そうだと感じたが、妖精と触れ合う機会なんて滅多にないので、アリスは霊夢にしたのと同じような質問を彼女に投げ掛けてみる事にした。
「秘密にする代わりに教えてほしい事があるんだけど。――ねえ、大切なモノを扱うときってどうしてる?」
「は? 魔法遣いって変なコト聞くね。そりゃ良い感じに凍らせてるに決まってるじゃん! ……あとさ、何か気持ち悪いから、後をつけないで欲しいんだけど」
 あはは、と笑い掛けてアリスはその場をあとにした。論理的に探求せずに問い掛けただけで何かが見つかるなんて、それも魔法遣い様が頭の悪い妖精に聞くなんて、どうかしてる。
 アリスは、この話はもうココで終わりにしよう、と思った。今週、やれるだけの事をしたら、きっぱりと忘れてまた日常を始めよう。悩む期間が多すぎて、このままでは布に針を通すのすら億劫になりそうだ。
 来た道を引き返していく。思えば、最初の実験の趣旨から遠く離れすぎた気がする。マジックアイテムの効果を知るために、どうして“必要性”に悩み始めて、孤独を味わう羽目になったのか。
 棒の効果――答え合わせが出来る人物ももう知っているのだ。三週間。結果のあとに、訪ねに赴こうか。

 ◯

 せっかくなので狼の面を被ることにした。コップと神像を各片手に持ち、霧雨魔法店に向かう。空は快晴だった。
 アリスが庭先に足を踏み入れると、一週間前と違い、商品が準備されていなかった。魔理沙もおらず、何もなく、店内を覗くと、配置が変わっているだけでいつものように煩雑とした光景が見えた。
「魔理沙ー?」
 名前を呼びつつ一歩侵入する。見た目とは裏腹に、部屋内には埃ひとつ積もっておらず、商品そのものも綺麗なものだった。
 自分と何が違う? ますます疑問は深まるばかりだった。アイテムの扱い方は、置き場所がぐちゃぐちゃなだけで、蒐集家としては似たようなものに思えた。
 上海人形が自分を出し抜いて“必要”の枠の中に入ったのも気がかりだ。だが、それもこれも今日でお別れ。結果がどうあれ、正面から受け止め、そして悩みにキリを付けるつもりであった。
 暫くしても魔理沙は来なかった。家に施錠もしていないし、心配になり、魔法店の奥へとアリスは進んでいく。
 それにしても動き辛い。急いで行こうものなら、ドミノ倒しにしてしまいそうだ。ゆっくりとモノを掻き分けていく。これ全部が、今では恐らく魔理沙の“必要”を得たものなのだ。悔しい。
 アリスがもたもたしていると、ようやく奥の奥から魔理沙が姿を見せた。そして目が合うなり、
「うお。誰だお前!」 と面に驚き、続いて、着ている衣服を確認して「あ。ああ……」 と頷き、そして「ゴメン! アリス」 と突然謝ってきた。
 突拍子もない出来事にアリスは唖然としていたが、状況が飲み込めて、すぐにもある考えに行き着いた。
「……あぁ。やっぱりあの棒。魔理沙の悪戯だった?」
 まあそうだろうな、と薄々思っていた事ではあった。だが、魔理沙の反応は、困惑から確信に変わったアリスとは似ても似つかぬ、とぼけたものだった。
「いや棒は本物なんだが、実は霊夢にあげちゃってもう無いんだ」
「えっ?」
「えっ、も何もその通りで、もう実験やめたんだぜ。何かアリスに迷惑かけちゃったみたいだからさ、中断する事にしたんだ。けど、あの剣幕だったから、伝えようか伝えまいか悩んでたら今日になっちゃってさ……」
 云う魔理沙の目の下には、軽いクマが出来ていた。今さっき応答がなかったのも、寝坊してしまったからだろうか。
「魔理沙。……私こそごめんね。意固地になっちゃって。棒の事はもういいわ。それで、このアイテム、返すね」
 つまらないプライドのために、誰かに悪い影響を与えてしまった。アリスは居た堪れない気分に陥り、頭を深く下げた。
 すると、魔理沙は申し訳なさそうにして、
「いいや、大切にしてくれたんだからそれは譲るぜ」 と言って、商品を差し出したアリスの手を、そのまま押し返してくる。
 しかしアリスは引き下がれなかった。
「棒の判断を見てきたでしょう? 私よりも魔理沙が適任よ。受け取れないわ。このままだと道具にも申し訳ないし」
「うーん……」 譲り合いの精神、と表現できるのか? 云われ、魔理沙は少し考える素振りを見せたあと、「じゃあ、2つだけ引き取るから、残り1個は貰っておいてくれ。そうじゃないと私の気持ちが収まらない」 と提案してくる。
 強引な蒐集家で、本を盗み取ってくる事さえある魔理沙にしては珍しい。実は呪いのアイテムか? それとも棒自体に実はとんでもない秘密が隠されていて、やむを得ない状況にあるのか?
 いや、ここは素直に彼女の人間性が発揮されたと考えるのが“普通”だろう。思えば、普通とは何なのだろう。
 アリスは、始めアイテム達と邂逅した時のよう、半ば押し付けられる形で狼の面を貰った。魔理沙は、どうやらアリスが相当参っていると風の噂に聞いたようで――恐らくは察しが良すぎる霊夢経由だろう――なんやかんやと要らぬ心配をしていたようだ。
 軽い会話で誤解を解いたあと、アリスは踵を返して魔法店から出た。魔理沙への疑惑が拭い去られ、少しすっきりした気分だが、アイテムがひとつ残ってしまったからには結果が気になる。
 アリスはその足で博麗神社に向かった。
 前のよう、拝殿を見送り、住居の、縁側沿いを進んでいく。
 霊夢の姿を見つけると、彼女は少し遅い朝食を摂っていた。
「ねぇ霊夢。少し聞きたいことがあるんだけど」
「わっ。何かと思ったらアリス? 何よそのお面」
「貰ったの。食事中悪いんだけど、魔理沙から貰ったマジックアイテム、見せて欲しいんだけど良い?」
「なにそれ?」
 すると、霊夢はまるで身に覚えがない事を聞かれたように眉根を寄せた。白米を口に運び、一幕考えて、ようやく行き当たって答えを述べた。
「魔理沙からって言うと、この箸? こないだ、食器が壊れちゃったって話をしてたら2膳貰ったんだけど、――朝ご飯欲しいの? お米炊いてあるけど……」
 長い歴史上、最初に道具を開発した“何か”は、モノから“何を”判断したのだろう。真実を知る小傘の事を、ふと思い出す。付喪神にも、過去に用途によって支配されていた時期があるのなら、マジックアイテムにも、そうなる前にあった、あるべき姿があるはずである。
「そうじゃなくて、棒を立てて使いたくて」
「それなら嫌よ。ご飯に箸を立てたら縁起悪いじゃない」
 モノの使い方は持ち主次第。ただ、どうしてだろう。そのマジックアイテムを箸として使用する霊夢の姿は、妙にしっくりきた。
 ……そういえば、香霖堂は“縁起が悪い”と言ってたっけ。

 ◯

 アリスが、狼の面の品定めをやめるに至ったのは、そんな考えをしている暇がなくなったからだ。
 箸の使い方ひとつで、まるで部屋内を散らかす魔理沙のような扱いを受けてしまった。霊夢を説得して、たった一膳の箸を譲ってもらうだけのはずなのに、行儀が悪いと判断された今ではそれすらも至難の業だ。
 結局アリスは、家事を手伝う代わりにその箸を一膳だけ貰う、という相手側にかなり譲歩した交換条件を出すことになった。それも、たった一日では申し訳ないと思い、一週間分の掃除、洗濯も余分に引き受けることにしてしまう。
 そして手元には箸が一膳。だが、一度目の前でこれを使用した食事風景を見ているせいか、すぐにモノに立てる、という気持ちにはなれなかった。思えば、諦めに入る前の、このたった数秒の時間が、判別の出来る最後のチャンスだったのだろう。
 博麗神社の家事を行うため、アリスは人形達を喚びに洋館へ帰る途中であった。ふと、魔法の森で、小傘と、付喪神の堀川雷鼓とばったり会ってしまう。
「ねぇ、アリスさん。あれから何か解ったことあります?」
 と小傘。狼の面はもう慣れてしまっているようで、驚きもせず、すぐに特定されてしまった。アリスはいきなり箸を見せびらかすわけにも行かず、アイテムの特徴を問い返すように自然に訊いてみる事にした。
「うーん。まず聞きたいんだけど、その探してるモノって、どういう能力があるの?」
 すると、小傘を押しのけて雷鼓がそれを説明してみせた。
「私が説明しよう。あれは、付喪神発見補助機みたいなものだ」
 彼女が謂う棒は、霖之助の導き出した効果とは、また若干異なるものであった。
「元は棒倒しによる占い道具なんだ。これは珍しい卜占でな、相手の頭に箸を立てて、倒れなければ縁あり、落ちてしまうと脈なし、という縁談や恋愛成就に使われるアイテムだったんだ。乃ち、自分ではなく相手の心の真意を占うのだ。それが年月を経て、人間でなくとも作用するようになった、という来歴の品だ」
 つまり、“必要”であるか、“不必要”であるかは、占ったものではなく、占われたものが判断している、という事か。
「我々は付喪神という性質上、同じ仲間が欲しいのだ。出来れば人間様に迷惑をかけて退治される前に見つけておきたい。だが、モノというのは前の持ち主に対する執着が強くてな。鞍替えを何時まで経っても出来ない道具は、付喪神よりも先に妖怪化してしまう恐れがある。例えば鈴蘭畑のお化け人形のように。――――それを見分けるために、モノ言わぬモノが、我々を必要とするようになるかどうか、管理しては棒で見極めるのだ」
 前の持ち主への執着。魔理沙のアイテムで、最初に二人共同じくして懐かなかったアイテムは、前の持ち主の影響が残っていたせいか。では、どうして魔理沙と上海人形は良くて、自分はダメなのか。アリスの胸に悔しさが蘇ってきて、もはや尋ねる事に疑問は持てなかった。
「あの、人形扱ってるから気になるんだけど、そういう道具をあなた達はどうやって鞍替えさせてるの?」
 雷鼓はアリスの傍らに飛んでいる上海人形をチラ、と見て、小馬鹿にするように鼻から息を吐き、そして答えた。
「本当にあんた人形師か? そりゃメンテナンスだよ。柔らかい布で拭いたり、錆ないよう油を塗ったり、カビを遠ざけるために天日干ししたり。ほつれた服をいつまでも着させてるあんたにゃ、難しい問題かもしれんがね」
 アリスはハッと息を呑んだ。魔理沙は魔法店があの有様でも、きちんと手入れをしていた。それに、初め“不要品”だったモノ達は、奥の方にあったとも言っていた。奥にあったせいでメンテナンスが行き届いておらず棒が倒れたのか。自分ではなく上海が選ばれたのも“直接”手入れを行ったのが人形達だったからなのだ。
 今、アリスは、上海人形の衣服の補修を、ずっとずっと先延ばしにしている。雷鼓は謂う。
「使い込むほど愛着が湧くってのは使ってる側の勝手な言い分だ。モノにゃ身体もあるし寿命もある。酷使してりゃいずれ朽ちる。付喪神ってのはそういう苦難も乗り越えて生きていけたものだけがなれるのさ」
 狼の面を貰っておいて良かったとアリスは感じた。その顔のまま、隣に浮かんだ上海人形を見た。こんな表情を見せる訳にはいかない。自分だけが“必要性”に選ばれなかったのは、モノを酷使していたからだ。だから心を閉ざした器物達の気持ちを、変える事が出来なかった。
 アリスはゆっくりと深く息を吸い込んだ。目の前の付喪神に手持ちの箸を返して、更に片割れが博麗神社にあることを白状する。そして、大急ぎで洋館に戻り、家事を終えてテーブル上で並んで休憩している人形達に声を掛けた。
 人形達の表情も、言葉もわからない。
 あの棒があれば、きっと自分がどう思われているか解っただろう。知れる事は素晴らしい事かもしれない。だがきっと、それを持ち続けて、モノの心を研究し続けたなら、あの氷精が蛙にしたように“どこまで粗末な扱いをしても許されるか”なんて考えてしまったに違いない。工程を減らしたり、時間を惜しんだり、確かに“必要性”は重要だ。しかし、固執するあまり、見えなくなってしまうモノもある。
 仮面を脱いで、再び窓際に置く。
 服がほつれてメンテナンスが滞った人形達に働かせる訳にはいかない。里の仕事は一旦休止して、アリスの本当に忙しい一週間が、今から始まった。

 ――――その洋館からは、今日もミシンの音が聞こえる。




金曜日に投稿したはずなのに何故かUPされてなかったので再投稿です(多分確認ボタン押し忘れ)

最近電子ミシンを買いました。今の段階では裾を直すくらいが精一杯ですが、縫うのが結構楽しいです。特に黒い生地にかがり縫いすると何かお洒落な感じがして謎の充実感に満たされます。
henry
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コメント



0.520簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
ものを大切にするってなかなか難しいですよね
面白かったです
4.100名前が無い程度の能力削除
魔法使いとして、姉貴分としてのプライドから意固地になるアリスかわいい。
マジックアイテムの発想や、小傘たちの慈善(?)事業、すべてが幻想郷に自然に溶け込んでいるようでとても良かった。
5.100奇声を発する程度の能力削除
面白く雰囲気もとても良かったです
7.90名前が無い程度の能力削除
シメの一文ほんと好き
11.100南条削除
面白かったです
物を大事にする心を思い出させてもらいました
最後の1文が本当に良かったです
15.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
18.100名前が無い程度の能力削除
こういう、ちょっと不思議で暖かいお話があるから二次創作を読むのは止められない
とても面白かったです