Coolier - 新生・東方創想話

妖忌さんの幻想郷訪問

2016/06/21 23:50:32
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 少年が人里を歩いている。幻想郷においてもひと昔前の格好で、木刀を一本、身につけている。しかし、好奇の視線にさらされることもなく、真昼の街中をうろちょろと、あっちっこっちの出店をのぞきながら移動していた。本人にしてみれば数ヶ月ぶりの人里である。前に来た時には見当たらなかった寺やお屋敷が出来ている。人が増えて物も増えた。ものめずらしさに視線を奪われるというものだ。里自身も活気が違う。のんびりと流れていた時間が、生き生きとしている。忙しいのではなく、張りがある活力で満ちているといえば良いだろうか。

「ほ~、また変わったの」
 少年はその外見に全く合わない言葉を漏らす。少年の名前は魂魄妖忌、中身はジジイである。ジジイが少年に変化できたのは、簡単に言えば半霊だからだ。自分の半霊を使って自分の姿をとらせる。そこから必死に若い頃を思い出して少年の体を繕った。このジジイはそんな事をして、もう何度も人里を訪れている。こんなことをしている目的は自分の孫のこと、妖夢の普段の姿を確認するためだ。孫は年をとったジジイの姿は知っているが、流石にこの少年の姿は知らない。正体を隠したままに普段の行いを見るつもりだった。事実、過去数回にわたって接触に成功している。しかし、最近はそんなことは二の次だ。別段忘れたわけではないのだが、変化する町並みを見るのが楽しくなってしまった。行き交う人を見るだけでも楽しい。もはや、孫のことなど気にも留めず、人里を満喫するのが目的と化していた。
 人里をひと通り見おえたら、命連寺をのぞき、博麗神社を参拝、紅魔館を遠めに眺めて、永遠亭を訪問しようとして道に迷った。永遠亭は迷いの竹林に位置する。気がつけばたどり着けないのに日暮れ時になっていた。妖忌の実力ならば、竹林で野宿だろうと問題ないのだが、暖かい飯が欲しい。離れた場所で、半霊そっちのけで本体が食べるのも良いが、折角人里に出たのだから、普段食えないものが食べたかった。

「まずったの~、こんなにあっさり道に迷うとはおもわなんだ。飛べばすぐ出られると思うがの~」
 妖忌が気にしているのはちょっとした体裁だ。いかに幻想郷といえど一般人は空を飛べない。黄昏時に迷いの竹林から飛び出たら、妖怪変化の類と勘違いされる。そんなことで目立つのは避けたい。今日はあきらめて、明日にしようかと思った矢先、明かりが見えた。これ幸いと明かりに誘われて進んでいく。目の前にあるのは豪邸、耳を澄ませば、四~五人の声が聞こえてくる。
 子供の体というものは便利だ。ちょっと可愛く、涙ぐみながら「道に迷ったの」って言えば、きっと快く泊めてくれるに違いない。開け放たれた戸から中を確認する。そして、思わず目を見張った。館の主はどうやら妖怪だ。狼がいる。小人がいる。小さい角をはやした小鬼がいる。白い翼が生えている子供は天狗の類だろうか? そんな中、たった一人人間が居た。騒々しい中で透き通るような声をしている。人魚のわかさぎ姫なのだが、今は永琳の薬で足が生えている。全く人間と区別がつかなかった。
 中を観察している最中に「じきにご飯が炊けるから」なんて聞こえる。どうやら、皆で夕食の用意をしていたらしい。いい匂いが漂ってくる。思わず腹が鳴った。

「? 今、おなかを鳴らしたのは誰?」
 妖忌の顔に冷や汗が浮かぶ、狼の耳が立って音を探り出した。下手に動くと即座に見つかる。動くことも出来ずに物陰に釘付けにされた。狼は仲間から「そんなこと、気にするなよ。誰のでも良いじゃん? 犯人探しはやめろよな」と言われている。首をかしげながら「外からだったと思うけどな」なんて言って耳を立てたまま警戒をやめない。おかげでその後、半刻ほど夕飯を見せつけられている。匂いも我慢できないほど香る。オマケに連中は酒を出して飲み始めた。思わずよだれがたれる。ちょっとした酒盛りのあと、それぞれが自室に帰っていく。唯一、影狼をのぞいて。

「まだ、いるかな?」
 どきりとするひと言が玄関から聞こえる。腹がなったのは生理現象とはいえうかつだった。狼の警戒心の高さもだ。思えば白狼天狗も相当に耳と鼻と目がいい。物影に隠れているだけならすぐに見つかる。移動すれば追跡される。敵対などしようものなら、死に物狂いでかかってくる。多分この狼も同じだろう。この状況を穏便にすごす手は、降参以外に無い。どの道、襲われたところで、こっちの体は半霊だ。大した影響は無い。

「参った。降参じゃ。ぬしは中々鋭いの?」
 いきなり、想定外の方向から声をかけられて、影狼がびっくりしている。本当にまだ隠れていたのかと。そしてようやく相手を見る。影狼が見た姿は少年なのだが、おかしい。落ち着きすぎている。昼間ならいざ知らず、夜と言う時間帯において、狼女の影狼に十代前半の少年がこんな口調で話しかけてくるだろうか? しかも、笑いながら、木刀を差し出している。逆にこの態度が影狼の警戒心を一気に引き上げた。
 子供の姿でヤバイ妖怪なんて掃いて捨てるほどいる。フランドールしかり、萃香しかり。そして、その姿からは妖力が分からない。うかつにも家の近くにこんな奴が接近していた。思わず構えている。

「まあ、まあ。そう構えなさんな。こちらとしては危害を加える気は無い。ただの、出来れば、夕飯を恵んでくれんか? 腹が減っての」
 妖忌が影狼の前に木刀を置いて、両手を挙げる。影狼が少し呆けながら木刀を手に取っている。ただの木だ。仕込み刀でもなんでもない。しかし、未だに半信半疑、「動くな」といって、後ろに回る。そのまま、顔を近づけて、匂いをかぐ。服の匂いしかしない。体から漂う匂いが薄い。人間ではありえないほどだ。影狼の顔が一気にこわばる。

「人じゃないね? 君は」
「ほほう、どこで分かったのかな? いかにも、人間ではないが……腹は減るぞ」
「狸や狐でもないみたいだ。他に可能性があるのは化け猫かぬえだけど。それでも匂いが薄すぎる。生きている匂いがあまりにも薄い。正体を教えてもらえるかな?」
「正体……ナイショって言うのはダメか? うわさがどこをどう伝わるか、はっきり言って、わしにも読めん。正体がバレるとまずい連中がおるんでな」
「正体がバレる? なるほど、関わらないっていうのが正解かな。君の要求はご飯だっけ? おにぎり二個で立ち去ってもらえるかな?」
「おお、助かる。ただの、酒も一合でいい、つけてくれんか?」
 影狼は同意の如くうなずいている。玄関先で妖忌を待たせたまま、台所に行って握り飯を作りはじめた。

「中身は梅干しでいいか、たくあんは……いいか、別に入れなくても」
 てきぱきと握り飯を葉に包み、竹筒に酒を入れる。すると背後で音がした。振り向けばわかさぎ姫だ。

「影狼、どうしたの? お夜食? それなら私が作るよ?」
「いや、気にしないで、もう終わったから」
 曖昧に笑ってそそくさと台所から離れる。足早に玄関を抜けて外に出ると、外で待っていた妖忌の服を掴んでそのまま竹林に飛び込んだ。
 不用意に「渡す人がいる」なんて言ったら、わかさぎ姫に捕まる。わかさぎ姫が少年の妖忌を見たら、追い出そうとはしないで、泊めようとするだろう。優しいのはかまわないのだが、不審人物にまで優しくしなくていい。わかさぎ姫が追えないところまで一気に駆ける。夜の竹林は迷ったら事だし、わかさぎ姫は自力で全力の影狼の後を追うことは出来ない。
 おとなしく服を引っ張られていた妖忌が「もう、良いんじゃないか?」と言う所まで走った。

「速いの。おかげで、木刀をとりっぱぐれたぞ」
「あっ!!? い、いや、あれは、代金さ、おにぎりのね」
 妖忌は、「丸腰はなんとも様にならんの」なんて言っているが、木刀なんてすぐに削りだせる。そんなことより、夜の竹林を駆け抜けた影狼はこの竹林に詳しいだろう。人里まで道案内してもらったほうがよさそうだ。

「じゃあ、ついでに人里まで案内してくれんか? 丸腰でこの竹林はちょいと厳しいわい」
 影狼は唇をかんでいるが、しかたない。自分の責任だ。渋々人里に向かって歩き出す。竹林の出口に差し掛かる頃、視界が急に暗くなった。上から声が降ってくる。「ごきげんいかが?」と。

「げぇっ!? 紫か!?」
 慌てて口をふさぐ前に、妖忌の口からとんでもない声が漏れた。影狼は紫の登場よりも妖忌の声に驚いている。
 紫が怪訝そうな顔で少年を見る。……はて? こんな知り合いいたかな? 少年が影狼の陰に隠れようとするのを観察する。姿に覚えは無い。声にも覚えが無い。しかし、口調が引っかかる。たったひと言だが、この口調を八雲紫に向かって言う人物は数少ない。記憶の中から検索する。ヒットしたのはただ一人。だが、年齢があわない。あいつは既にジジイのはずだ。
 そこまで考えて、この件は保留にした。この顔を記憶の中のブラックリストに載せて後で確認してやろう。それより先に影狼にやって欲しいことがあるのだ。

「……えっと、危険人物が出てきたからそれをみんなに伝えればいいんですね?」
「そーよ、旧都との行き来が簡単になったからって、こういうのは困りものよね。今回出てきたのは大した奴じゃないけど、普通の妖怪よりは強いみたいだから一応ね。名前は鶏鬼(ケーキ)よ。姿は見れば一発で分かるわ。雄鶏の頭に鬼の角だから。白蓮が命蓮寺で弱小妖怪の受け入れをやるって言ってたから、そこに案内しなさいな。私はめんどくさいけど人里に結界をはるわ。怪しいのが入れなくなるだけの奴だけどね」
 そう言って、紫は少年を見る。鶏鬼は化ける術を持っていない。そういう術を身につけるほどの頭が無いそうだ。こんな姿にはなれない。しかし、どうにも引っかかる人物を野放しには出来なかった。野放しに出来ない以上、監視できる所にいてもらう必要がある。

「そうだ。影狼さん、そこの少年を預かってくれません?」
「えっ!? いや、この子は今、人里に送ろうと思っていたのですけど?」
「影狼さん、残念ですけど、そんな子、人里にはいませんよ。私、これでも人里の人間はほとんど把握してるんです。それに、外から来たにしては格好が古すぎる。ちょっと、調べたいのですよ。時空乱流でも起きて流されたんですかね?」
 紫がしてやったりの表情で少年を見る。少年が苦い顔をしている。その顔を記憶の妖忌と重ねる。しわをとって、眼光をそのまま、髪を若くすると、面が軽く八割重なる。後は確証のみ、物のついでだ、鶏鬼をぶつけてみるのも良いかもしれない。妖忌ならほんの数秒で片付けるだろう。
 ニマリと笑って、「影狼さん、よろしくね?」と言ってスキマに消えてしまった。後には頭を抱えている影狼に、弱り顔の妖忌が残されているだけだ。

 夜も遅くに影狼が戻って来た。危険人物の情報を草の根ネットワークで流してきたのである。皆の命にかかわることだから眠いとか疲れたとか言っていられない。大慌てで幻想郷を全部回ってきた。そして、妖忌は影狼の家に泊められている。紫と出会った後、家に逆戻り、そしてそのまま、影狼は妖忌に渡すはずだったおにぎりを片手に出て行ってしまった。夕飯はわかさぎ姫に軽食を作ってもらって食べている。
 妖忌が見た影狼は真面目だ。みんなのことを考えて行動している。そんな姿を見れば悪い妖怪ではないことは一目瞭然だった。加えて紫に正体がほぼバレた。あのしたり顔は忘れもしない、あくどいことを考えた顔だ。影狼には迷惑がかかる前に正体を明かしておこうと思う。

「影狼さん、戻ってきて疲れているところ悪いが、話がある」
「……正直、今日はちょっと疲れた。明日でいいかな。風呂でさっぱりしたら、寝たい」
「そうか、いや、わしの正体のことなんだが」
「それなら、ぶっちゃけどうでもいい、もう紫さんに見つかったし、完全に目をつけられたから、知った所で無意味だ」
 話がそれだけならと、影狼には風呂場に直行された。妖忌は肩をすくめている。「昔なら覗いたんだがな」ともらして案内された部屋に戻っていった。

 次の日、妖忌は、影狼に家の者たちを紹介してもらった。小鬼は正邪、小人は針妙丸、子供の天狗だと思っていたのは天使のサリエル、人間だと思っていたの人も人魚で、わかさぎ姫というらしい。
 妖忌は妖夢の親戚ぐらいに名乗り、幻想郷に来ているのは妖夢には内緒にして欲しいとだけ言っている。

「……家出なのかな?」
「そう言うわけでも無いんだが、この年格好じゃ、仕方ないわな。家出ってことにしておこうか。でも、白玉楼に連絡はしないでくれ。あと、紫には……問われたら答えるぐらいにしてくれんか? 積極的に話すことじゃないしな。ま、危害があるのに”黙っててくれ”とは言わないさ」
「分かったそうする。みんなもいいよね? 特に正邪」
 正邪も舌打ちしながら頷いている。紫に協力することだけは間違っても無い。妖忌の紹介もそれまでで終わり、皆で朝食をとった。その後は、いつもなら自由行動なのだが、危険人物が徘徊している。下手に外を出歩くことができない。自由に行動できるとしたら、影狼ぐらいなのだが、危険人物が捕まるまで篭城する気だ。
 影狼はわかさぎ姫と針妙丸、サリエルをつれて人里に必要品の買い出しに出かけた。日があるうちに戻る予定である。正邪も二、三日なら外に出る気は無い。部屋の中で一人悪巧みをしている。
 紫が動いている以上、数日で片がつく。優先するのは巻き添えを食わないこと、外に出なければ巻き込まれることも無い。影狼はそう考えていた。その考えは大筋で正しい、唯一の誤算は妖忌が目を離した隙を突いて外に出て行ってしまったことである。
 妖忌は夜までに戻れば問題ないという考えで出歩いている。人里にでてきた一応の目的は妖夢なのだから、とりあえず居場所ぐらいは特定しておきたい。

「どうも覚え辛いな。少し飛ぶか? 大体の場所さえ分かれば、戻る時にそこまで飛んでから降りればいいしな」
 妖忌はため息ひとつつくと、飛び上がる。今日は間欠泉や、旧都の入り口などを見るつもりだ。妖怪の山や太陽の畑には行かない。あそこらには万にひとつ、気がつく連中がいるからだ。
 危険なのは紫だけではない。幽香や勇儀もまずい。文と椛もだ。特に白狼天狗たる椛に匂いをかがれたら、姿を変えた程度では一発バレの可能性がある。そして正体が烏天狗の射命丸に伝わろうものなら、明日の朝には速報が流れ、勇儀と幽香が来るだろう。
 あの二人とはかなり昔に決闘にかかわる約束をした。しかし、そんな約束、もう守る気がない。要するに逃げ回っている状態だ。もう、戦いはこりごりだ。それに、あの二人が暴れたら、鶏鬼どころの騒ぎではない。大災害になるだろう。加えて、妖忌といえど、この体では……半霊だけでは歯が立たない。抵抗する事が既に無駄だ。それで納得してくれればいいが、多分しないだろう。
 竹林を見下ろし、戻る場所を大体把握すると、竹林の境目で降りる。その後は歩きだ。のんびり歩いていく。間欠泉では何の問題もなく見学を終えた。
 旧都の入り口には妖夢がいた。こちらが妖忌であることに全く気がつかない。知らんふりして話を聞けば、危険人物を退治しにきたのだという。「犯人は必ず現場に戻る」なんて言っているが、犯人もくそも無い。退治しに来た心意気だけを評価してそっとその場を離れた。

「ああ、全くあの馬鹿は……わざわざ旧都から逃げてきた奴が旧都に戻るもんかい。まあ、あの刀があれば妖夢は問題ないか、紫も巫女もおるし鶏鬼自身はすぐに退治されるだろうな」
 ぼそっとつぶやいている妖忌は次の目的地を決めかねていた。妖夢の居場所も分かったし、後は定期的に来て様子を見ればいい。後、気になるとしたら鶏鬼の居場所ぐらいだが、積極的に見つけようとは思わない。後、冥界関連を除けば、行っていない所は魔法の森に無名の丘ぐらいだが、魔法の森は胞子がきついし、無名の丘を巡って今日は戻ろうと思う。

……

 昨日の夕刻、守矢神社にて緊急会合が開かれていた。話の主題は鶏鬼である。二人の鬼が互いを指差して「こいつのせい」と言っているが、旧都の牢屋を壊したらしい。幽香も紫も呆れている。鬼達は「今回は全壊させなかったぞ!」と言っているが、結果として脱走者を出している以上認めるわけにはいかない。

「……で? 今度は何が出てきたのかしら? 前みたく鬼と天狗?」
「今回は鬼だけさ、但し、とびっきりの馬鹿だ」
 幽香が聞いて、勇儀が答える。幽香が「前みたいな奴か」と言えば、「あれ(豚鬼)のふたまわり上だ」と答える。幽香が渋い顔になった。前回の奴ですら手におえないほどの馬鹿だったのに、それのふたまわり上ってどんなレベルだ?

「ちょっと待って、そんなのが脱走したの? いや、脱走できたの?」
「いや、そこな。油断してた。前のときにたっぷりお仕置きしたから、大半の連中は壊れた穴から出て行きもしなかったさ。鶏鬼をのぞいてな」
「これなら大丈夫と二人で穴の修理の算段してたんだが、ちょっと目を離した隙をつかれたらしい。穴をふさいでから中身を数えたら一人足らなかった」
「パルシィにも確認したが橋を通って行ったらしい。ヤマメの家も大穴が開いていたから間違いない」
 紫がため息をついている。この幻想郷を作って以来のどうしようもないほどくだらない事件だ。しかし、早急に手を打たないといけない。

「勇儀さん、萃香、脱走した鶏鬼の特徴と実力は?」
「特徴は、みりゃわかる。雄鶏の頭にちょこんと小さい角がある。背丈は勇儀と同じぐらいだ」
「実力は……そうだな、力で考えて紅魔館の美鈴が丁度いいぐらいの相手じゃないか? だから、ほとんどの奴は問題ないと思うが、里の人間には脅威だろうし、ミスティア、ルーミア、リグル、チルノあたりならヤバイな」
「それでも、逃げりゃ問題ない。足は遅いし、基本的にあいつは術を使えん」
 話はそこで一区切りだ。紫は早急に手を打つと宣言して、人里に結界をはりに出かけた。ついでに影狼を捕まえて、鶏鬼の情報を伝達させる。一人ひとりに紫が連絡しても良いが、その分対策が遅れる。丁度いい連絡係を見つけたものだ。あとは、藍を使って匂いで旧都から追えば、あっという間に捕まえられるだろう。
 白蓮はミスティアやリグル等の比較的弱い妖怪の保護を買って出た。大急ぎで紫に併せて会を抜け出して行く。なるべく早く受け入れ態勢を整えたい。
 レミリアは”力は美鈴と互角ぐらい”から後の会話を聞いていない。その程度の相手など興味が無いのだ。しかし、フランドールは興味津々だった。小声で「サンドバッグ? パンチングマシーン? 何に使おうかな?」ともらしている。しかし、聞くことを放棄しているレミリアには声が届かなかった。
 鬼も伝えたいことは伝えたと言って、鶏鬼を探しに出ていく。鬼にとってはこれは恥みたいなものだ。できうる限り、自らの手で片をつけたい。
 幽香はくだらないことで呼び出されたなんて言いつつ、そそくさと立ち上がった。もはや、集まっていても意味が無いので、神様が散会を宣言して残りのメンバーはそれぞれの帰路につく。
 幽香が足早にメディスンの居場所……無名の丘を訪れる。会合を抜けてからわずかに五分、自分で意識していないが心配性だ。メディスンのほかにも、チルノとリグル、ミスティアには自分の足で連絡しようと考えている。しかし、メディスンの見た幽香の顔には心配性なんて感情は映っていない。

「……ってことよ。しばらくおとなしくしてなさいな」
「なんでそんな馬鹿のために明日の約束をふいにしなくちゃいけないの」
「危ないからよ。ま、別に巻き込まれたいなら別だけど、紫がその馬鹿の処理に動いているから、巻き添えくったら死ぬわよ。あなた」
 メディスンは口惜しそうにしているが、納得したらしい。「みんなと遊ぶ約束したのに」なんて言っている。

「みんなって、チルノとかでしょ? あいつらには私が連絡するから、あんたはおとなしく命蓮寺にでも行ってなさいな。白蓮が面倒を見てくれるそうよ。すぐにみんな集まるんじゃない?」
「う、命蓮寺はいい。人間もいるし、近くに居ただけで毒で迷惑かけそう」
「そう? じゃあ、私の家に来る? 二、三日なら別に構わないわよ」
「幽香の家もいい、ここでおとなしくしてるよ」
 幽香は性格がひねくれているから「子供のあなたが心配なの」とは言えずに、「せいぜい、気をつけることね」とそっけなく付け加えてリグルの家に向かっていった。ここへ来たときよりも、幾分か足取りが重そうではあったが……幽香はこのあとメディスンの友達の家を回り、全員を命蓮寺に向かわせることに成功した。

 次の日メディスンが目を覚ましたとき日は既に高かった。今日は快晴だ。この青空の下、遊ぶ約束をしていたのに変な奴のせいで台無しだ。草の上に寝転がって、流れる雲を見る。極めて平和、危険人物が徘徊している事実など微塵も感じない。
 ふと思いついたのだが、徘徊している奴よりも紫や幽香のほうが危険じゃないだろうか? 徘徊している奴の力は美鈴ぐらいという話だ。自分でも不意打ちすれば勝てるんじゃないか? 紫や幽香は不意討ちした所で返り討ちにされる。美鈴なら……と、そこまで考えて、重要なことに気がついた。美鈴の真の実力を知らない。美鈴はいつもにこやかに相手に合わせていた。
 私や友達を相手にする時は遊び以上の力を出していない。勝っても負けてもニコニコしていた。唯一、必死そうな顔をしていたのはフランドールが相手だったときだけだ。それだけの情報ではやっぱり、不意討ちしても美鈴に勝てるかわからない。そして、徘徊している奴にも勝てるかどうかも不明だ。
 でも、ちょっとだけ、鶏鬼を相手に自分自身がどのくらい強いのか腕試しをして見たい。鶏鬼に勝てれば美鈴以上、勝てなければ美鈴以下。たったそれだけだけど、幽香にも自慢なんて出来ないけれど……もしも、鶏鬼に勝てたら橙やチルノには大威張りができるかもしれない。
 そこまで考えて無名の丘に侵入してきた輩に気がついた。丁度いいかもしれない。隙を突いて不意討ちしてみよう。自分は毒と人形の妖怪だ。人形と言っても人体を使って製作された人形だが……動かないこと、物として気配を消す事なら、誰より上手く出来る。毒の射程距離に近づくまで待ってみよう。

 無名の丘に妖忌が到着する。見渡す限りの草っ原だ。すずらんの季節はとっくに過ぎた。二ヶ月もすれば枯れ葉で埋め尽くされるだろう。草ばかり見ていて近くでメディスンが息を殺しているのに全く気がつかない。そして、妖忌は本日最大の失言をした。

「ふうん、寂しい所だな。見るものが何にも無いぞ」

 ジワリとメディスンの体から毒がもれる。……何も無いだって? こんなにたくさん、たくさん、すずらんが、私に毒を分けてくれた、かけがえの無い生命であふれているのに……寂しい? 何もないだと? ちょっとした不意討ちの練習台のつもりが、”思い知らせてやる”に早変わりする。
 風も無いのに妖忌の後ろで草が舞った。メディスンである。自分の居場所を”何も無い”なんていきなり現れた少年に馬鹿にされた。我慢できない、敵意丸出しで襲い掛かった。メディスンはこれまで、幽香の師事を受けている。それが災いした。相手を襲うときに手加減は不要と教わっている。特に馬鹿にされた時には。
 妖忌はそれを無造作に木刀で迎撃した。不意を突かれた分だけ速く、メディスンの敵意の分だけ強く打つ。結果、妖忌が思わず「しくった」ともらすほどのダメージを相手に与えてしまった。

「おい! 大丈夫か!? 子供とは知らなんだ」
 木刀を受けて倒れこんだメディスンを見る。すぐに立ち上がってきたが、右腕がおかしい。思わず妖忌が顔を覆った。

「す、すまん。やりすぎた」
「うるさい! これでも喰らえ!」
 片手で毒を集めて毒霧にして叩きつけてくる。それを妖忌は木刀で裂く。妖忌の顔には冷や汗が噴出していた。
 メディスンの攻撃が原因ではない。右手を完全にへし折ってしまった事が原因だ。信じたくないが木刀の感触は骨を叩き折ったものだった。それに、自分自身、腕の怪我をしたとき、痛みで脂汗がでた。目の前の子供はそれ以上の怪我をしている。罪悪感で胃が一杯だ。妖怪であることを考慮しても、簡単に治る怪我ではない。そして、自分にも覚えがあるが、痛みは遅れてくる。特にこういう大きな怪我は痛み出すのに少し時間がかかるのだ。
 見る間にメディスンの動きが鈍くなった。顔が青くなって「う、ぅ、いっ、いたい」と声をもらす。しかし「腕を見せい」という妖忌の言葉は完全に無視した。涙を一杯に溜めた瞳で、精一杯の強がり、「覚えてろよ!」と叫んで飛んでいこうとする。
 それを妖忌が止めた。メディスンが進もうとした先は太陽の畑、幽香を頼ろうとしたのだが、妖忌はメディスンと幽香の関係を知らない。折れた腕を添え木で固定し、永遠亭に向かうべきと判断した。
 ちょっとした押し問答が始まる。しかし、メディスンは毒の塊と化して触れさせない。そして妖忌は道を譲らない。お互いに話を聞かず平行線のまま、三分が経過しようとしていた。

 影狼が妖忌が居ないことに気がついたのは昼前、買い出しを終えて、息抜きしている最中、サリエルが「妖忌が見当たらない」と言ってきてからだ。匂いで追跡を始めるが、竹林の途中で空を飛ばれたらしい、匂いが途切れている。仕方無しに針妙丸に打ち出の小槌を使ってもらった。それでようやく、妖忌が無名の丘にいることを特定した。
 全速力で無名の丘に向かう。そこではメディスンと妖忌の言い争いが繰り広げられていた。メディスンは既に泣き声になっている。あせり狂った妖忌の声が大きく聞こえる。影狼が見た光景は妖忌がメディスンをいじめているようにしか見えなかった。名前を叫びながら妖忌に迫る。影狼が来て、少し安心したような表情を作った妖忌の頬を思いっきり引っ叩いた。

「妖忌! お前は馬鹿か! 弱い者いじめする奴だとは思わなかったぞ!」
 盛大に頬を張られた妖忌は現状が理解できない。「医者に連れて行こうとしていた」と影狼からすれば、でまかせにしか聞こえない言い訳をしている。妖忌の言い分を完全に無視して、メディスンに手を伸ばす。妖忌をあれほど苦戦させた毒が引っ込んでいる。

「メディスン、大丈夫? すぐに医者に行こう。この馬鹿には後で徹底的に謝らせるから」
 ほっとしたのか言葉よりも先に泣き出した。影狼はそんなメディスンを軽々抱き上げると、冷たい視線で妖忌をひと睨みする。「ちゃんとついて来いよ?」と冷えた言葉を叩きつけて振り返らずに医者の下に疾走した。医者は怪我を見るなり、すぐに手術の準備を始める。待合室に残っているのは影狼と妖忌の二人だけ。影狼は心配そうな顔で妖忌は神妙な顔をしている。

「妖忌、言い訳は聞かない。メディスンが出てきたら、土下座して謝れ。多分、許してくれないけど謝れ」
「わかっとるよ。腕を折ったのは、間違いなくわしのせいだからな」
「あと幽香さんに妖忌のことを話す。これも言い訳は聞かない」
「幽香に? 何故だ? あいつは関係ないだろうが」
「あるよ。メディスンは幽香さんの直弟子なんだ。幽香さん、メディスンにはかなり気を遣ってるんだよ。あの人には珍しいぐらいにね」
「ぐっ、とんでもない奴が、予想も出来んとこでつながってるもんだ」
「妖忌、逃げるなよ? 今の内に幽香さんを呼んでくる」
「別に逃げはせんが、まずったの、幽香にゃ、正体をばらしたくなかった」
 影狼が自業自得だと切り捨てて、太陽の畑に向かって出発した。影狼の足なら三十分はかからずに戻ってくる。
 幽香は案外心配性で、乱暴で、容赦が無い。昔話をする前にボコボコにされる。頼みがあるとすれば手術室の中のメディスンの許しを先に貰うことだが、骨折の治療はそんなに簡単には終わるまい。事情説明も出来ないまま、一方的に殴られて終わりだろう。
 このときの妖忌には全く、想定などできていないのだが、手術の執刀医は永琳だった。患部の切開、損傷の治癒、骨の再結合、縫合までわずかに十分、麻酔が切れるまでを含めても十五分、天才のなせる業である。手術室の中では、既にメディスンが目を覚ましていた。

「他に痛いところ無い? すぐに診てあげるから」
「ない、ちょっと頭がぼ~っとするぐらい」
「そう? 麻酔のキレが悪いのね? 気付け飲む? 意識ははっきりするわよ」
「いい、いらない。ねえ、それより、あいつまだ居る?」
「あいつ? ああ、あいつね? まだ居るわよ。部屋の外で謝るために待ち構えてるわ。ちょっと弾幕ごっこにしては激しい感じだったのかな?」
 メディスンが首を横に振る。しかし、本気で襲い掛かったとは言いづらい。口が開きかけるが黙ってしまった。それを見て、「一緒に行こうか」と永琳が手を伸ばす。手と手を重ねて一緒に手術室を出る。ドアを押し開けた永琳の目に土下座している妖忌が映った。

「すまん! いきなりで加減が出来んかった! この通り、わしが悪かった! 許してくれと言うのもおこがましいが許してくれ!」
「……ちょっと、ちゃんと相手を見てから頭を下げたほうがいいんじゃない? 謝る相手はあっちよ」
 いきなり妖忌が目に入ったので、メディスンはドアの陰に隠れている。妖忌は妖忌で一気に謝っておかないと、後からでは言い出しにくいなんて考えていた。それで、ドアが開いた瞬間に土下座している。しかし、妖忌が頭を下げた相手は永琳だ。完全に目を合わせるタイミングを逃して、妖忌は顔が羞恥で赤くなっている。

「あ、わ、悪かったの、そ、そうだ、今度は声を掛けてくれんか。次は怪我はさせんから」
「もういい。次は反撃なんてさせないから」
 そっぽを向いているメディスンと妖忌の言動から永琳は大体の事情を察した。メディスンがこの少年に襲い掛かったのだろう。咄嗟の反撃が不幸にも直撃したのだ。まあ、良くある話だ。弾幕ごっこでも起こりうる。メディスンにもいい薬になっただろう。むやみやたらに人に襲い掛かってはいけないのだ。
 妖忌はメディスンの腕を気にしている。術後間も無いのに動いていることが信じられないようだ。「腕を見せてくれ」と言って、しきりに患部を触って骨がつながっていることを確認している。妖忌にとって見れば奇跡の類だ。一昔前ならこんな怪我、完治に二ヶ月はかかったはずだ。河童の秘薬を使っても丸一日かかった。それがわずかに一時間、医者に行くのに手間取りさえしなければ怪我をしてからわずか三十分の早業だ。感心しっぱなしの顔で執拗にべたべたと腕を触る妖忌に、流石にメディスンも痺れを切らした。「もういいでしょ」と毒で妖忌を押しのけている。そして妖忌の興味は永琳に移った。「ぬしはすごいの」なんて言って、永琳に迫るが、丁度その場に幽香が現れた。
 コホンと咳払いをして、注目を集める。幽香が見たメディスンはいたって元気だ。影狼が「怪我をしたから永遠亭に運んだ」なんて言うから、大慌てで駆けつけたのである。現にぶっちぎられた影狼は一人で永遠亭に向かって疾走中だ。

「メディスン……案外元気そうね?」
「元気だけど?」
「怪我をしたって話を聞いてちょっと心配したわ、鶏鬼にやられたかと思った」
「違うよ。もう全然、平気。心配しなくてもいいよ」
「そうね。じゃあ、最後。誰にやられたの?」
 少なくとも妖忌には、幽香の声が”誰にやられた”の所だけ酷薄に聞こえた。今現在、メディスンの友達は全員、命蓮寺に集結している。つまり、残っているのは強い連中、実力が鶏鬼以上の連中が残っているのだ。
 子供同士の怪我なら、ある程度納得できる。仮にチルノと喧嘩をして負った怪我なら問題にしない。しかし、仮にも中位以上の実力者が子供相手に加減できないというのならぶっ飛ばして、思い知らせる必要がある。実力差に基づいた理不尽な暴力を徹底的に叩き込む……そんな幽香の気配に気圧された妖忌よりも早く、メディスンが答えた。

「別にいいじゃない」
「言いたくないの? 別にあなたに害のある話じゃないけど? 私は子供に加減も出来ない馬鹿を知っておく必要があるの」
「幽香には関係ないよ」
 幽香はメディスンの口ごたえに怒りよりも困惑を浮かべている。妖忌も幽香がここまで変わったことに驚いている。口を割らせるためなら手段を選ばない奴だったのだ。そんな奴がなぜか、優しく丁寧に説明を求めている。こいつは本当に幽香なのかと我が目を疑った。

「いいから放っておいてよ」
 流石に力ずくで口を割らせるわけにもいかなくて、どうしようもなくなってしまった。そんな幽香に永琳が無言で少年を指差す。幽香が驚いた表情を作る。本当にこんなガキが犯人か? いくらなんでもメディスンが負けるわけ無いと、視線を合わせようとしたら、そっぽを向かれた。ちょっと信じられない。負けた事が恥ずかしくて言えないのか。
 少しの間、少年とメディスンを見比べてため息をついた。口を開きかけた妖忌を手で止めて、「子供同士なら仕方ないか」とあきらめるようにつぶやく。
 妖忌は自分の耳が壊れたのかと思った。幽香がここまで気を遣っている者に対して、怪我をさせた者を許す? ちょっと変わりすぎていやしないか?

「流石にこんなガキにお仕置きする気にならないわ。メディスン、次は、完勝しなさいよ? 怪我をしても、口も手も出さない。この件はあなたに任せるわ」
 そう言って、きびすを返してさっさと立ち去ってしまった。ようやく戻って来た影狼が玄関口で幽香とすれ違ったが、「教えてくれてありがと」と一言のみ交わして、元来た方角に飛び去ってしまった。

「あれ? 幽香さんは? 妖忌、許してもらったんだ?」
「あ~、なんか、わしの正体に気付くこともなく。メディスンと話をして納得してたぞ。こっちとしては助かったがな」
 影狼はなんとなく危険な匂いを感じている。妖忌のことに気がつかなかったのは九割以上幽香の責任とはいえ、黙っていたら騙していたととばっちりを受けないか? 幽香はメディスンに気を使うかわりに他への集中力が落ちていたのだ。しかし、もう過ぎてしまったことをほじくり返すわけにもいかない。そんな事をしたら確実に被害を受ける。
 知らなかったフリをしようと固く心に決めて影狼は別のことを考え始めた。

「妖忌、家に戻るよ。まさか、まだ外出したいなんてわがまま言わないよな?」
「わかっとるよ、黙って出て行ったのは悪かった。今日はもうおとなしくする」
「今日は……って、明日はまた出る気か? ダメだぞ。鶏鬼が捕まるまで外出禁止だ」
「あ~、それな。妖夢が旧都に続く洞窟の入り口にいての、様子を見に行かなけりゃいけないんだが。行くのは昼間、必ず日があるうちに戻るから勘弁してくれないか?」
「お前は大怪我したいのか? 鶏鬼に遭遇したらどうする気だ?」
 「全く問題ない」と答えかけて止めた。紫の説明から察して、鶏鬼なら木刀一本で十分勝てるが、そんなもの証明する必要はない。それに、メディスンの不意討ちに気がつかなかった。問題ないと言っても聞いてくれないだろう。まあ、紫が夕べから行動してるなら、もう捕まるはずだ。明日には影狼の所に連絡が来るだろう。
 そんな事を考えて、「分かった、鶏鬼が捕まるまでおとなしくする」と宣言した。

「メディスンはどうする? 怪我が治ったんなら、家まで送ろうか?」
「いい、どうせ一人だし、一人で帰る」
「えっ!? 一人? 幽香さんと一緒じゃないの?」
「違うよ」
「危ないよ? 特にこの二、三日は」
「大丈夫だよ。私の体、毒まみれだし。わざわざ襲いに来る馬鹿はいないよ。熊とか猪だって、私を避けるわ」
「ダメダメ、危険すぎるよ。私の家、まだ、部屋が余ってるから鶏鬼が捕まるまで泊まっていなさい」
 いつもより強い口調で、影狼が話している。妖忌から見ても、おせっかいというか、面倒見がいいというか、ちょっと押し付けがましいと思う。
 本人が意識してるかは別として、影狼の資質は群れのリーダーなのだ。狼の群れのリーダーだから、仲間に危険なことはさせないし、規律を乱すものには容赦しない。弱者は保護し、危険を徹底的に避ける。
 しかし、保護がありがたい連中はともかく、妖忌にとっては窮屈だ。たとえそれが善意であるとしてもである。メディスンも同じだ。はっきり、迷惑と顔に出ている。しかし、話が進むうちに、メディスンの家の実情……実際の所、三十秒あれば全部説明できるほどの簡易的なつくりをしている……がバレた。それにより、影狼の徹底的な押しに反論もままならず、舌戦でボコボコにされて影狼の提案をのむしか手がなくなってしまった。

「今日、一日だけだからね?」
「別に気を使わなくていいよ。鶏鬼が捕まるまで居てくれていいから」
 普通にやり取りを端から見ていて、影狼はメディスンの自尊心を傷つけていることに気がついていない。”一人でも大丈夫”というささやかなプライドを踏みにじった事実に全く無頓着だ。
 妖忌は”まあ、難しいわな”と思っている。保護と成長を両立させるなんて至難の業だ。まあ、今回は何を言われようと保護が正解か。不審者相手に、安全を捨てる必要は無い。今日一日が我慢できれば、その後は不要だ。それに、もしかしたら、もう鶏鬼なんて捕まっているかもしれない。

……

「紫様、鶏鬼の居場所を特定しました」
「ん? 特定した? 捕まえたじゃなくて?」
「すみません。トラブルです。捕縛に関して吸血鬼と鬼がいさかいを起こしまして、どっちも”私が捕まえる”といって聞きません。ちょっと、油断しすぎてました。まさか、フランドールが遊び半分で追跡してるとは思わなかったので」
「ちょっと頭痛い。争っているのは萃香とフランドール?」
「そうです。フランドールは”邪魔者ならおもちゃにしてもいいよね?”なんて言って暴れる気満々ですよ。萃香も獲物を横取りされるのは気分悪いらしくて、ゆずる気が一切ありません。一応、鶏鬼自身は結界の中に閉じ込めていますが、下手に手を出すと萃香とフランドールに攻撃されます。二人とも今、旧都で争ってるはずですよ。勇儀は結界の管理を任せるなんて言って萃香の後を追っていきました」
「馬鹿火力、超装甲、無限体力の萃香と、神速、無尽魔力、瞬間再生のフランドールが戦う? しかも旧都で? 能力制限無し? 馬鹿じゃないの?」
「おまけにフランドールは”姉さまには内緒で来たの”なんて言ってました。レミリアが気がついたら、また惨事ですよ」
「頭痛に吐き気がこみ上げてきたわ。何なの? その状況? それなら私が直接行って、問答無用で牢屋に転送したほうが被害も何も無かったじゃない」
 藍は「注意が足りずに申し訳ありません」と言っているが、もはや起きていることはどうしようもない。それに、萃香の道案内一つでも大変だったろう。
 こちらも、結界を構築するのに手一杯だった。幻想郷の住民は素通りできる結界だ。人間も、妖怪も、妖精も、幽霊も違和感の欠片もなく通過できる。引っかかるのは怪しい奴だけ……妖気の波長すら分からないような奴を引っ掛ける仕組みを作るのは予想以上の手間だったのだ。
 紫がぶつぶつと計算を始める。鶏鬼をなるべく早く始末したいが、今、争っている二人に黙って消すとリスクが高い。萃香なら獲物の横取り、フランドールならおもちゃを取り上げたに等しい。二人が争って共倒れしてくれると助かる。しかし、あの二人の場合、盛大なバトルの結果、意気投合する可能性が高確率で存在する。
 「お前、強いな」、「あなたも……こんなに手こずったの……フラン、初めて」なんて会話で互いを認めて獲物を半分こするかもしれない。その場合、鶏鬼を消したら、二人をまとめて相手にすることになる。いくら紫でも無理だ。しかし、なるべく穏便にさらっと鶏鬼を消してしまいたい。
 頭をひねる紫に名案が浮かんだ。あの少年がもしも、妖忌であるなら結界ごと鶏鬼を切断できる腕前だ。まだ、確証は無いが……この際、直接あの少年を自分が襲えばいい。後は、やられたフリをして鶏鬼の結界を解けば、自動的に妖忌が鶏鬼の相手になる。仮に、少年が人違いであれば、結界は解かない。そうしたら、また別の手を考える。
 このパターンなら、とばっちりを受けるのは妖忌だけだ。後は刀だ。さしもの妖忌でも木刀一本では、倒すことは出来ても切り捨てることは出来ない。丁度、妖夢がいるから、楼観剣を拝借しよう。

……

 旧都では二人が争っている。それを、ニヤニヤ笑って、酒を片手に勇儀が眺めている。どちらも実力者だけあって、散らす火花が尋常で無い。それは美しくも恐ろしい戦いだ。そして、いつ果てるとも分からない。時折入る勇儀の野次に答えるように閃光と地鳴りが大きくなる。はてさて、決着がつくまでいつまでかかることやら。

……

 影狼が皆と一緒に家で昼食をとっている。「ご馳走様」の一言を待っていたかのように玄関を叩く音が聞こえた。紫が現れたのである。紫はまず、影狼に鶏鬼を結界で閉じ込めたことを伝えた。場所は妖怪の山の入り口、丁度、天狗の支配領域とふもとの妖怪の支配領域との境目だ。どっちも向こうの責任といって、報告の義務を怠っていて、これほど時間がかかったと説明している。

「……じゃあ、もう安全なんですね?」
「ええ、そうよ。鶏鬼に結界は破れないし……まあ、引き取りに来るのが鬼だから、引き取られるまであんまり近くに行くのは感心しないけど」
 二人して、地図を覗き込んで、結界の場所を確認している。後は、この情報をネットワークで流すだけだ。喜び勇んで影狼が出発する。連絡相手はほとんど命蓮寺に集結している。異常事態は去った。後は妖怪の山にさえ近づかなければいい。
 影狼をニッコリ笑顔で見送った紫もこの家唯一の邪魔者がいなくなって大助かりだ。他の連中は戦闘力というものがほとんど無い。影狼が視界から消えたのを確認すると静かに妖力を引き上げて圧力を与える。まず、出てきたのは子供のような体の針妙丸だ。

「い、今すぐ、それをやめていただきたい」
「あら? あなたじゃないの。男の子が居るでしょ? 呼んで来てくれない?」
「何故だ?」
「何故? 何故って……あ~、そうね。理由なら、人里の外にいる人間を妖怪の私が襲ってなにがいけないのかしら? で、どう?」
 青い顔で唇をかんでいる針妙丸、しかし無言で輝針剣を構えている。戦う気だ。それを後から来た少年が止めた。紫の放つプレッシャーに全く動じていない。紫の口角がつり上がる。それに答えるように妖忌が口を開いた。

「わしに何のようかね?」
「早く来てくれると助かりますわ」
「呼んでくれればすぐに来たぞ。……っと、そうか、名乗っていなかったな」
「ええそうです。”少年!”なんて呼べませんからね」
「それで、用事は?」
 妖忌は胸騒ぎを感じている。紫が暴力的に呼んだ以上、わしの正体に気がついたな。幻想郷からの排除が目的か……木刀一本では追い出されて終わりだ。妖夢の様子見は、また次回にするしかない。

「用事って言うのは簡単よ。正体を教えてくださいな。もしも、魂魄妖忌って名前なら、実力も見せてくれない? 同姓同名、似たり寄ったりの可能性は確実に排除しておきたいのよ」
「分かった。まず名前だが魂魄妖忌、力は……そうさな。針妙丸、悪いが剣を貸してくれんか?」
 針妙丸から、輝針剣を受け取って、こぶし大の石を拾う。針妙丸が見ている前で空中に放り上げて、十字に切った。針妙丸の目が丸くなる。輝針剣では石は切れない。絶対に刃こぼれする。礼を言いながら妖忌が剣を返却する。針妙丸が確認しているが、刃こぼれ一つ、傷痕一つ無い。驚いている針妙丸に「小手先の技よ。気にするな」と言っている。正体を確信した紫が笑いと共に話しかける。

「く、くくく、前より実力増してるじゃない? 石の目に真空断層をぶつけて圧力差で割ったのね?」
「よく見ておるわ、木刀じゃ空気は切れんが、剣ならな。空気が切れりゃ、こんな芸当誰でも出来る。針妙丸、いい剣だから。ちゃんとした実力をつけるまで、大事にとっておけ、へたくそが使うと、剣が泣くぞ」
「あははははは、流石ね妖忌。一緒に来てくれない? ちょっと切って欲しいものがあるのよ」
「断ったら?」
「そういう態度はいけないのよ? じゃあ来てくれる気になるまで、妖力をあげ続けましょうか? あなたは平気でも、周りの子はどうでしょうね?」
 妖忌が針妙丸を見る。紫の言動に唇が震えている。仕方ないか、家の中にもプレッシャーに負けそうなのが三人いる。妖忌は両手を挙げて降参した。紫はその態度に納得するとすぐに妖力を引っ込める。妖忌はそのまま、紫に連れられてスキマに消えてしまった。

「で? 切って欲しいものって言うのは?」
「ズバリ、鶏鬼よ」
「主なら、問題ないはずだが? 腕がなまったわけでもあるまい?」
「当然。私が鶏鬼を始末できないのは、他のトラブルが押し寄せてくるからよ」
「わしは人身御供か」
「そうよ。ついでにそのトラブルに巻き込まれて死んでくれてもいいのよ。そしたら一石二鳥になるわ。わたしね。今でも西行妖の結界をぶった切ろうとしたの許したわけじゃないのよ?」
「わしもあの結界は心残りだ。幽々子が邪魔さえしなけりゃ、切断できたのにな」
「貴様が幽々子を語るな。……そうねぇ、あのまま結界を切断して、直後に西行妖と一騎討ち……仮に倒せた所で呪いでお前は道連れにされたわね」
「わしはそれでいいと幽々子に言ったぞ。泣いて止められたがな」
「わたしも幽々子に止めて欲しいと懇願さえされなければ……お前なんか死ねばよかったのに」
 現場に到着した時、既に二人の間に決定的な亀裂が入っていた。紫は妖夢から受け取った楼観剣を渡す。この刀をどうしたのかとは問わない。妖夢は紫によって、酔い潰されている。ちょっとおだてて、強い酒を飲ませた。ふにゃふにゃになった妖夢は今、スキマ転送により白玉楼で寝ている。
 無言で紫が結界を指差す。結界は黄金色の光の壁に覆われていて中身は見えない。妖忌はそれを無言で構えて十字に裂く。紫直伝の藍の結界を無造作に叩き切った。紫はそれをできて当然の目で見ている。そして妖忌がようやく口を開いた。

「おい、中身が無いぞ。どうした?」
「はあっ!? 中身が無いなんてそんな……! 藍、あの馬鹿! 地面に結界はるのを忘れやがったな!」
 覗き込んだ結界の内部で地面に大穴が開いている。よく見れば同じ大きさの穴がすぐ近くに開いていた。紫は大慌てで影狼を止めに命蓮寺に向かう。そのまま放置された妖忌はため息一つつくと人里に向かって歩き出した。

 命蓮寺では丁度影狼を捕まえて、紫が説明をしている。今しがたの情報が一気に覆った。しかし、被害はほとんどない。影狼は丁度命蓮寺を出る所だった。それに、いの一番に命蓮寺にきていた。他に伝えた連中はいない。紫もその話を聞いて、ほっと一息、藍の所へ向かっていった。
 注意深い二人にしては珍しいミス。影狼は「そうだ、人数が増えたから買い出しの量を増やしておこう」と考えて、買い物をして帰る。この遅れが致命傷を招いた。

……

 メディスンが影狼の家を出る。影狼と紫の会話は聞こえていた。影狼が出た後、すさまじい妖気が家を襲ったが、これは紫のものだ。妖忌が出て行くと収まる、そして、そのまま気配が消失した。
 やっぱり、不審者よりも紫の方が危険だと思う。先程の紫の妖力解放でサリエル、わかさぎ姫、正邪が家の中で震えているのだ。しかし、不審者は居なくなったのなら、自分の家に帰るべきと判断した。玄関先ですれ違った針妙丸にのみ自宅に帰ることを宣言し、無名の丘に向かった。
 無名の丘には鶏鬼がいた。最悪なことにメディスンの家の中だ。しかし、メディスンは気がつかずに家のドアを開ける。
 メディスンの目と鶏鬼の目が合った。凍りついたメディスンよりも早く、鶏鬼が本能的に敵と認識して襲い掛かる。「コケェ――!」との叫びはまるで理性を感じさせない。
 ようやく後ろに飛ぼうとしたメディスンの胴体を、鶏鬼の拳が捉える。幸か不幸か一撃で無名の丘から弾き飛ばされた。呼吸すらまともにできないダメージであるが、おかげで追撃は受けなかった。弾き飛ばされる威力を利用して、自分でも飛んで飛距離を稼いだからだ。
 ほとんど無抵抗で地面を転がった後、メディスンが空を見上げる。寝返りをうつだけでも大変だった。妖忌に負わされたダメージをはるかに上回る。しかも、そんな状態で痛みがこない。ダメージを認識できないのだ。自分でも不思議だが、動けない。助けを呼ぶことも出来ない。
 鶏鬼から受けたダメージが大きすぎて妖怪としての器が壊れかけている。意識が徐々に霞がかっていく、メディスンは自分が元の人形に戻っていくような感覚のなかにいる。”回復には時間がかかるな”なんて考えている。しかし、無名の丘をたたき出された以上、すずらんの毒を集めることはできない。そして意図できない所で毒が駄々漏れしている。ほんの数日放っておかれるだけで、毒は霧散し、衰弱して意識を完全に失ってしまうだろう。

……

 妖忌は人里の団子屋で一息入れている。茶を飲んで、人波を見る。八雲紫の力だろうか? 里にいれば安全が保証されている。里の外には危険人物がいるというのに、変わらない喧騒と活気があふれている。あいつ自身は大嫌いだが、この街を見ればどれだけ砕身しているかがわかる。こういうのは本当に好きだ。昔に生きていた所為か、飢饉や疫病で壊滅した集落や、活気あふれる街がたった一日の戦で消滅したのも見ている。こんな状態がいつまで維持できるかは知らないが、どこまでも続いて欲しいと思った。

「さて、自分の家に帰るとするか。財布は……財布は?」
 手を懐に入れるがいつもの感触が無い。妖忌の額を冷や汗が伝う。確認のために袖に手をいれる。右にも左にも財布の感触が無い。店員に気がつかれないように茶を口に入れてのどに流す。そうやって茶と一緒に不安を飲み込む。
 冷静に思い返してみる。出発時、わしはどうしていた? いきなり紫に呼ばれた所為で、ほとんどの道具を影狼の家に忘れてきた事実を思い出す。それすら気にならなかったのは、紫にだいぶ気を遣わされたからだろう。
 冷静に現状を把握した妖忌は無一文である。ここまでの脂汗をかくのは本当に久しぶりだ。助けを求めるように道を見れば、偶然にも影狼が目に入る。背に腹は代えられぬ。食い逃げをやるよりは、影狼に叱られたほうがはるかにまし……大声で影狼を呼んでいる。

「……もう、外に出ているんだ? 君は紫さんから預かってくれって言われてるんだけど?」
「その件なら、もうとっくに片付いた。正体なら伝えたし、向こうもわしのことなどどうでも良いみたいだったぞ」
「なんで、言ってくれないのかな? せめて、私が帰るまではじっとしているとかできないの?」
「全部、紫のせいと言っても聞いてくれなさそうだな」
「うん、口ごたえするなら、支払いはしないぞ」
「おぬしは、真面目できっちりしている所は好ましいが、融通が利かないところは嫌いだ」
「そうか? わたしもお前みたいにじっとしていられない奴は嫌いだ」
「おぬしは面倒見が良すぎる。時には任せるというのも大事だぞ。指示通りに出来ないからといって責める事は無いぞ」
「自分を棚に上げすぎだな」
 白い目で見ながら、影狼が支払いを済ませる。「感謝する」といって妖忌が頭を下げた。影狼の買い物袋を半分持って、二人で話し合いながら家路につく。しかし、二人の会話がかみ合わない。家につく頃には二人ともケンカをしているような口調になっていた。

「おぬしは他人を抑えればよいと思っているのか!」
「なんでも自由にして、いいとでも思っているのか!」
 影狼の声に気がついて、玄関先で出迎えたわかさぎ姫が普段と異なる口調の影狼にドン引きしている。それに興奮のあまり牙が見える。一触即発の雰囲気にのまれて声が出ない。
 わかさぎ姫の様子に気がついて、二人がようやく取り決めたことは、家の中でこの話は無し、ということだ。妖忌は家の中で、部屋に閉じこもる。正座して、瞑想すれば、先程の怒りを静めるのにさほど時間はかからなかった。
 影狼は家で話さなければならないことを思い出している。まだ鶏鬼がうろついているという事実だ。「もう少し、家に缶詰になるけどがんばってね」と話している。
 そんな中、針妙丸が話に切り込んできた。なんでもメディスンが家に帰ってしまったという話だ。影狼はまだ怒りを静めることが出来ていない。「何で止めなかった!」と強い口調で叫んでから、鶏鬼がまだ逃げ回っているのを知ったのは命蓮寺であることを思い出した。
 紫との会話を立ち聞きされたのを悔やみながら、「針妙丸ごめん、言い過ぎた」と言う。他のメンバーには外に出ないようにといってから、玄関先で妖忌と鉢合わせる。あれだけ大きな声で叫ばれたら気がつくに決まっている。

「メディスンがいないんだろう。手を貸すぞ」
「お前の手なんていらないぞ!」
「馬鹿が、自分一人で背負うな」
「お前は家でおとなしくしていろよ!」
 影狼の勢いをとめている暇が無いことを悟った妖忌は、話すだけ無駄といわんばかりに飛び出していった。あまりの速さに影狼が驚いている。慌てて追いかけるが追いつけない。
 時折、振り返り影狼がついてくることを確認しながら、先程話しながら通過した道を走り抜ける。竹林の出口で影狼が追いつくのを待って、無名の丘に向きを変えて走り出す。影狼の全速力を維持しながら無名の丘までを駆け抜ける。

「ぜぇ、ぜぇ、お、お前は、力を隠していたのか」
「隠したって言うのは違うぞ。不必要に見せるもんじゃ無いからだ。知らなきゃ知らないでいいし、今わかったならいいじゃないか。それより、ここからはおぬしの番だぞ。わしじゃ鼻は利かん。メディスンを探し当ててもらおう」
 妖忌の言うままに息を整えると鼻を使って特に強いすずらんの匂いを探す。しばらくしてメディスンの家を見つけるが別の匂いも漂ってくる。

「ここかい? 随分とまあ簡単なつくりだな、小屋というか、物置というか」
 踏み出そうとした妖忌の動きを影狼が止めた。強い別の匂いがするという。中からはとてもメディスンの物とは思えないいびきが聞こえてきた。妖忌がすかさず剣を構える。

「メディスンは中にいるか?」
「多分いない。強いすずらんのにおいがしないし、聞こえるいびきは鶏鬼のものだろう」
「じゃあ、他を探すぞ。こんな生き物どうでもいいわ」
「そうなんだけど、ここまで匂いがたどれたのに、ここからぷっつり無くなって……」
「悪いように考えるな。メディスンは毒の塊だ。根こそぎ食われたとは考えられんし、匂いが切れたのなら、飛んで逃げたってのが正解だろう。飛んで逃げるとしたらどこだ?」
「多分太陽の畑……幽香さんの所だと思う」
「幽香か、だとするとおかしいな。彼奴ならわしらより先にこいつの所に来ている。メディスンが話さなかった可能性はあるがな。他に考えられそうな場所は?」
「ない。……妖忌、嫌な匂いがする。あと、あの玄関の前にある跡ってさ」
「だから、悪いように考えるな。多分、多分、出会いがしらだったんだろうさ、考えるな。探すことだけに集中しろ。怒ってる時間なんぞ無駄も無駄よ」
 影狼がそのとき聞いた音は、妖忌が刀の柄を握り締めた音だ。柄が悲鳴を上げている。しかし、顔は勤めて平静、冷血動物といえるほど、この状況下で変化が無い。妖忌の感情は手に浮いた血管と刀の柄があげた音だけに現れている。勤めて冷静に「出会いがしらでぶっとばされたとしたら方角はこっちだ」と妖忌の指差す方向に進む。二人が進んだ先にはメディスンがいた。意図せずに二人から言葉が漏れるような状態だ。

「う、あ、こんなことが」
「幽香が見たら無名の丘がなくなってるぞ」
 二人が来たことで、メディスンが目を開けた。口を動かそうとしたのを妖忌が止める。メディスンの体からは毒があふれている。自制できる状態じゃないのだ。影狼に「道案内頼むぞ」と言って、メディスンを背負う。影狼じゃこの状態のメディスンを背負うことは出来ない。途中で毒にやられて動けなくなる。しかし、妖忌は別だ。半霊なのだから毒のまわりは遅い。永遠亭までは何とかもつだろう。二人して大急ぎで永遠亭を目指した。

「あ、ようぃ どぐぁ」
「しゃべるな。毒なら平気だ。医者までならもつ。揺れがきつかったら声を出せ」
 影狼が永遠亭まで最短距離を道案内する。その中で、メディスンは一回も声をあげなかった。妖忌の体術の極みだ。振動を与えることなくわずかな時間で永遠亭に到達する。
 医者にメディスンを渡すと妖忌自身も崩れ落ちた。それでも医者はメディスンの方を先に手術室に連れて行く。「ちょっと時間がかかるけど、我慢してね?」との言葉に無言で頷いてただひたすらに待った。

……

 夜になる。影狼は幽香をつれてくると宣言したのを妖忌がとめた。いわく幻想郷が崩壊しかねないとのことだ。だが、思いは違う。自分の手で鶏鬼を切り捨てるつもりだ。幽香に獲物を横取りさせるつもりは無い。染み込んだ毒さえ抜ければ、すぐにでも出発する。

「……大丈夫?」
「大丈夫さ、幽香なら。元気なメディスンを見れば納得する。もしダメなら、わしの名前を出せ。多分納得しないだろうが、まず幻想郷は平気だ」
「いや、そうじゃなくて、毒のことなんだけど」
「そっちかい。医者の薬も貰ったし、じきに毒は抜ける。心配無用だ」
 影狼が礼をいいかけるのを手振りでとめた。「すこし、他人に任せると言うことが分かればいいぞ」との言葉に影狼も頷く。
 医者の薬で、だいぶ毒が抜ける。この調子なら一日あればすっかり良くなるだろう。回復を確認しながら、待合室で仮眠を行った。メディスンの手術自身はさほど時間はかからなかったが、体の復元に必要な薬を一挙に投与できなかったらしい。時間を置いて何度か永琳が病室に出入りしていた。
 そしてそのまま、丸一日以上が経過する。影狼は自宅に帰ったが、時折、メディスンのところに顔を出している。妖忌は一日おいて完全に毒が抜けたことを確認すると「帰る」と言って、夜も深い竹林へ出て行った。帰る先は自分の隠居先だ。だがその道中で無名の丘に寄る。あんなの見せられて機嫌が悪くならない奴(やつ)はいないだろう。
 道の途中で自分の刀を振る。紫のときにはゆっくり見る暇が無かった。前と変わらない手ごたえを感じる。空気を切って、音を切り、光を返して、闇を貫く。妖夢に渡す前と同じ切れ味、「手入れだけはやってたようだな」と少しだけ感心した。
 以前の技は変わらずに出せる。ちょっと怒りに押されてやりすぎるかもしれないが、それは相手の責任だ。紫には切り捨てろと言われているし、遠慮も不要だ。
 無名の丘には九尾が来ていた。紫の命令で再び追跡を行い。鶏鬼の居場所を特定したのだ。メディスンの家ごと結界で、今回は地面も含めて結界に閉じ込めている。妖忌は輝く結界を目にして、術者を見る。

「その結界、紫の手の者か?」
「誰かな? 君は? 人じゃないみたいだね? 早く引き上げたほうが身のためだぞ? これからここは危険地帯になるからね」
「知るか。わしはその中身に用がある。紫の許可は取ったぞ。その中身はわしが切り捨てる」
「そうか……君が、紫様の言っていた妖忌か……ひと足遅かったな」
「何?」
 後ろからすさまじい妖気が近づいてくるのに気がついた。隠す気の無いこの力には覚えがある。勇儀だ。だが、それに匹敵する……もしかすると超えているかもしれない同等以上の妖気があと、二つ存在する。

「流石に紅魔の妹さんだ。姉貴より強いんじゃないのか?」
「姉さまはもっともっと強いよ。姉妹喧嘩でわたし一回も勝って無いもの」
「そりゃ、やり方が悪いんじゃないのか? レミリアはヒット&アウェイが基本だったぞ? お前は真正面からの全力解放だったろ? 戦い方が直線に過ぎる。まあ、わたしは楽しかったがな。また、旧都に来い。遊ぼうぜ。酒も旨いのがある」
「わたし、お酒はちょっと……でも、遊ぶのは賛成。今まで加減を練習してきたけど、加減がいらないってやっぱり楽しいね! 絶対またいくから!」
 どうやら、旧都で行われていた決戦が決着したらしい。結果は萃香の勝ちである。遠慮と手加減をしなかった結果、丸一日を越える全力戦闘の末、フランドールの魔力が先に尽きた。真正面から萃香と渡り合って、再生と攻撃に魔力を使いすぎた結果である。
 もっと、フランドールが自分に適した戦い方を覚えさえすれば結果が変わるだろう。今はまだ過渡期、自分の力を伸ばす最中だ。力のふり絞り方、繊細なコントロール、ダメージの流し方……戦いで覚えることは山のようにある。
 一方で萃香も萃香で大怪我と言っていいダメージを負っている。しかし、顔は明るい。何よりも楽しかったからだ。手抜きが一切無いフランドールが気に入った。だから鶏鬼を旧都に連れ戻すことは譲らないが、その後のことは好きにしていいと約束した。フランドールもそれで納得し、鶏鬼をひっ捕まえて二人で仲良く、旧都に戻るつもりだ。
 
「くそっ、まさか先客が居たとはな」
「残念だけど、もう帰ったほうがいいな。紫様の判断と言っても外れることもあるさ」
「そりゃお前さんの責任もあるが……な」
 そう言って妖忌は少しだけ考えている。妖忌と言えど、ここまで昂った剣気をおさめるのは容易ではない。メディスンの痛みを少しでも自らの手で伝えておかないと気が静まらない。
 九尾を気絶させて、鶏鬼を切り捨て逃げ去るのに三十秒はかから無いだろう。暴力的な妖気がこの場に到達まで二分、いや一分だな。
 切ると決めた妖忌の気配が変わる。九尾はその様子に驚いていた。少年の分際でこちらを狙っているのが手に取るように分かる。自分が九尾であることに全く恐れをいだいていない。お仕置きが必要かと構えた時には、みぞおちに衝撃がはしっていた。

「ま、しばらく寝ていればいいさ」
 決め台詞を言い放った妖忌の目に九尾の視線が合う。

「……驚いた、化け物級だな」
 崩れ落ちるものだと思っていた九尾が崩れない。妖忌も初めて”まずい相手にケンカを売った”と思った。

「空狐じゃないな? もしかして玉藻前って名前か?」
「昔のとおり名さ」
 妖忌が刀を抜く。さっきの一撃は鞘を使ったものだが失敗した。警戒された最強九尾を前に加減は出来るものではない。今度は、見せた実力を元に、気迫を全開にして叩きつける。思わず飛び退った九尾を尻目に結界を縦五つ、横四つに切り裂いた。さらに斬撃を加えて、中の小屋はすっかり廃墟だ。中身は確認するだけ無駄だろう。
 藍があっけにとられている。たとえ全力でも届かないような強さだ。冷や汗が吹き出た顔で妖忌をにらむが、相手はくるりと背を向けて、脱兎の如く駆け出している。
 咄嗟に出てきた言葉は「逃げるのか!?」だが、それに答えるように「後始末を頼む」と聞こえてきた。
 最悪の後始末を押し付けられた。もうすぐ、フランドール、萃香、勇儀という幻想郷きっての武闘派が集結する。この状況をどんな風に言い訳したら良いか分からない。最後の判断として、自らもこの現場を離脱した。紫に報告する必要があると判断したためだ。
 間をおかずに到着した三人が見た風景は、残骸と化した小屋と、その中で瀕死の重傷を負った鶏鬼だった。

「お、おお? あれ? 藍はどうした? というか、何じゃこりゃ?」
「鶏鬼があちこち骨だけ切ったような状態で転がってるぞ。てか、皮膚を傷つけずに骨だけ切るってどうやったんだ?」
 状況を確認している鬼の二人を残して、フランドールだけは目をつぶって鼻を動かしている。耳もいい。遠くで駆ける音を聞きつけた。凄く速い。きっとこいつだ。赤い瞳を向ければ、視線に気がついたかのように方向を変えられた。突如としてけたたましい笑い声を上げる。これは凄い、凄い獲物だ。

「逃がさない!」
 興奮したフランドールが虚空に消える。元々の天賦の才だ。息が切れるほど疾走して逃げる妖忌にあっという間に追いつく。鬼は遅れてようやく追跡に入ったところだ。いち早く追いついたフランドールの瞳は好奇心で一杯だった。妖忌をさえぎる形で悪魔が笑みつくる。

「お前なの? わたしのおもちゃを壊したの?」
「お、おもちゃ? 何のことだか?」
「とぼけないでね? ケーキをばらばらにしたのはあなたでしょう?」
「鶏鬼か、なるほど、紫の言っていたトラブルってのはお嬢ちゃんのことか」
 お嬢ちゃんといわれたフランドールが声をあげて笑い出す。知らないって怖い。本当に怖い。私からすれば目の前の少年なんて生まれたての赤ちゃんなのに、年上のつもりなんだ。とぼける妖忌に向かって両手を広げる。

「私のおもちゃ、たくさん遊ぶはずだったおもちゃ……あなたはその代わりになるのかな?」
「お、お嬢ちゃん、悪いことは言わんから、見逃してくれんかの?」
「嫌、私遊ぶの、一杯遊ぶの。今日はとことん遊ぶの。きゃは、きゃははははははは!」
 もう我慢できないと言った表情でフランドールが一直線に襲い掛かった。咄嗟に迎え撃つ。刀の柄をカウンターでみぞおちにめり込ませる。しかし、呼気が漏れた、それだけ。目をぱちくりと開いてニカッと笑う。妖忌は恐ろしい相手を迎えていることにいまさらながらに気がついた。
 フランドールは興奮がとまらない。神速を是とする吸血鬼の動きについてこれる相手ってだけで絶賛に値する。

「凄い! 凄い!! もっと遊ぼうよ、もっと、もっと、もっと、もっと!!!」
「もう、やめてくれんか? お嬢ちゃんを傷つけたくない」
 問答無用とばかりに再び飛び掛かるフランドール。
 今度は妖忌はよけなかった。なまじ付き合うから激戦になる。無造作に力を抜いて、力任せの攻撃を受けた。半霊の術が壊れて消える。刀だけを残して姿形が消え去ってしまった。鬼達がようやく追いついたときには天に昇る魂をポカンとした表情で見送るフランドールがいるだけだ。

「あれ? 壊れちゃった」
「なんだあれ?」
「幽霊っぽいが……はてな? どこかで見たような気がする」
 勇儀が落ちている刀を見つける。拾い上げたこの刀は見覚えがある。妖夢の持っていた奴だ。しかし、今、上空に昇っていった霊は妖夢の半霊とは違う。しばらく考えてピンと来た。

「フランドール、さっきの奴は男だったか?」
「ん? そうだよ。十三ぐらいの男の子だった」
「十三? まあいいか。この刀、私があずかってもいいか?」
「いいよ。あげる。私、レーヴァテインがあるからいらない」
 萃香はそんなことに興味が無いようだ。鶏鬼をさっさと旧都の牢屋に閉じ込めて酒盛りをしたいのだ。しかし、勇儀には別の考えがあるらしい。「後は任せていいか?」と鶏鬼のことは萃香に全部任せて、一人、刀を持ってその場にとどまった。鶏鬼を引きずっている萃香はフランドールを連れて再び旧都に向かっていった。

……

 冥界の片隅で一息ついている老人がいる。ようやく戻って来た半霊は少し傷を負っている。老人は頬を掻きながら「まあ仕方ないかな」と再度術を施し始めた。
 大事な刀を置き去りにしてしまった。取りに行かなければならないが、先程の少女が居た場合、少年の姿では互いに無傷はありえない。互いに無傷で済ませる……逃げ切るだけでも全盛期の力が必要だ。今度は青年の姿をとらせる。
 この顔は……幽香や勇儀に一発バレするが……あの少女の力は桁外れだ。振り切るだけでも相当の実力が必要なのだ。鏡に映して顔を確かめる。殴られた痕が少し顔に残っているがそれ以外は上出来、手も足も利く。幽霊に蓄積するダメージを加えてくる相手が異常なだけだ。

「この顔は久しぶりだの。さて、さっさと取りに戻るか」
 姿を変えて、服を選びなおす。古い服しか持っていない。ため息が出る。今の感覚は持ち合わせていないのだ。「目立つなぁ」と一人つぶやきながら、比較的ましな服を再現する。服が決まれば、青年が木刀を片手に老人と別れて人里に向けて出発した。
 明け方には幻想郷に戻って来た。しかし、自分が飛び去った地点には近づけない。勇儀が自分の刀を手に待ち構えている。

「まずった。確かに勇儀なら刀一本で気付くか。不用意だったな。勇儀なら……だめだ。軽く一ヶ月は頑張るぞ。何とか、刀を取り戻したいが」
 しばらく考えるがいい考えが思いつかない。一つ思い出したのは影狼だ。あいつは妙に顔が利くからもしかしたら取り返してくれるかもしれない。そそくさと永遠亭に進んでいった。

……

「メディスン、大丈夫?」
「うん、もう大丈夫だよ、影狼」
「お馬鹿、私がいいと言うまで寝ていなさい。毒……今までの二十パーセントぐらいしか残って無いでしょう? 起きて、しゃべるだけじゃ話にならない。走って飛び回れるまで結構かかるわ」
「永琳がその棚の毒薬を全部くれれば、すぐにでも走れるんだけど?」
「馬鹿、あげるわけ無いじゃない。他の人の治療ができなくなるわ。毒は薄めて薬にするのよ。それに、どんなものだって適量を超えれば猛毒になるわ。さらに言うなら、あなたの体に合う毒か分からないでしょ?」
「う~ん、残念」
「影狼さん、私ではここまでの治療しか出来ないわ。後は幽香さんを呼んでくれる? すずらんを急成長させて毒を作らないといつまでたっても寝たきりだわ」
「分かりました。すぐにつれてきます」
 影狼は朝も早いのに太陽の畑に疾走する。二日前の足取りに比べれば随分軽い。しかしそれは、メディスンが再び病院送りにされたことを幽香に告げる前までである。幽香にとってメディスンは大切な者だ。鶏鬼によって怪我させられたなんていう、刺激的な情報をいきなり伝えたらどうなるかわかったものではない。しかし、影狼はそんなことに全く気がつかない。むしろ怪我が治ったのでうきうきと幽香に現状を伝えてしまった。

「あの馬鹿、またあのガキに負けたのか?」
「いいえ、やったのは鶏鬼――」
 地雷を踏んだと自覚したのは襟首と掴まれた瞬間だった。太陽の畑の外に一瞬で飛び出る。外で躊躇ったわずかな時間は鶏鬼を殺すか、永遠亭に駆けつけるかを迷った所為だ。そして、幽香は永遠亭を選択した。一直線に飛び、永遠亭では玄関を開けることすら面倒と言わんばかりに病室の天井に大穴を開けて着陸する。

「メディスン大丈夫?」
「いきなりこないでよ。天井どうするの?」
「あとでこいつらが直すわよ。それより、大丈夫そうで良かった。悪態がつけるなら問題ないわね」
 幽香が主に影狼を指差す。影狼は振り回されて口から泡を吹いていた。天井を貫通した音を聞きつけた永琳がカルテを片手に幽香を手招きしている。永琳に誘われるまま病室を出た。

「何よ。これから忙しいんだけど? 鶏鬼とか言う馬鹿を消さなけりゃいけないんだから」
「そのことなんだけど、無名の丘がなくなる前にすずらんを取ってきてくれない? メディスンの毒の大半がなくなっちゃってて補充がどうしても必要なのよ」
「た、大半ってどのくらいよ」
「私の見立てを信じるなら、八割って言えば分かる? 損失の重大さが」
 幽香の手が震えている。八割だと!!? 妖気の量で考えれば大妖怪であれば何とか持ち直せるが、普通の妖怪なら致命傷だ。それに、メディスンにとって見れば毒≒妖気である。毒の総量が妖怪としての実力に直結する。放っておくと衰弱して死ぬ。怒りで震える幽香が深呼吸して冷静さを取り戻すまで永琳が待っている。呼吸を整え終われば治療の話だ。

「大体そうね、毒の総量として必要なのは五キロってところかな。あっ、スズランそのものとかじゃなくてね。毒その物……せめて花粉だけでそのぐらい必要よ。そこまであれば後は自分で回復できるでしょうよ。あなたなら大丈夫よね?」
 そこまで聞いて無言で頷く、すずらん如きの毒なら問題ない。しかし、それだけの量、丘のすずらんを二回は満開にしないと集められない。その上、鶏鬼が近くに居る状況で自分の感情が抑えきれるか疑問だ。だが、それでも攻撃をしたら、丘が無くなる。真横で敵がいびきかいているさなか穏便に済ませないといけない。「精神安定剤ある?」という質問は幽香にしてみれば当然の言葉だ。「もちろんよ」と答えた永琳の出す薬を一気に飲み込む。十五分でだいぶ落ち着くことが出来た。さあ、いざ出発と言う所で訪問者が来た。

「お~い。影狼さんいるかね」
 この緊迫感のなか、のんきな声で、のほほんとした顔で、昔懐かしい格好で、妖忌が現れる。そして、いきなり幽香と目が合った。「よ、妖忌?」との声に、「応さ、幽香。この顔は忘れられんか」と答える。妖忌自身はさわやかに笑ったつもりだが、その顔に幽香の感情がぶっちぎれた。マスタースパークを放たなかったのは、ここは病院と言う理性がわずかに働いた所為か? 全力で殴りかかった。妖忌は体術を駆使して拳をよける。

「まて、まて、まてい! まだ、怒らせるようなことは何もしておらんぞ!」
「妖忌ってだけで万死に値する!」
「なんじゃ!? その理屈は!?」
 ところ狭しと動き回る二人の争いに無言で永琳が注射器を持って近づく。永琳の目配せを受けた妖忌が幽香を羽交い絞めにする。

「はぁっ!? あんたの腕力で抑えきれるとでも思ってんの!?」
「は、早くせい!」
 幽香が接近した永琳に気付いた時には薬を注入された後だ。ちょっと強力すぎる鎮静剤(シズマルンFinal)の大量投与により、幽香の目が病的なまでに沈んだ。

「ふぃ~、相変わらずの怪物っぷりじゃな」
「あんまり、滅多なことは言わないでね。記憶はしっかり残る物だから」
「ぬしもまずいんじゃないのか?」
「大丈夫よ、あなたの気にすることじゃないわ」
 永琳をしげしげと見て、一応納得した。医療技術なら妖忌の知る中でも最高の腕前、そして先程の争いに幽香に勘づかれずに入ってきた。放っておいてもこの医者は大丈夫なのだろう。それならばと話題を変えて、影狼の元へと急ぐ。影狼は幽香の所為で気絶していたが、気付けを行って起こす。しばらくの間、目の前の青年が妖忌であることが分からなかったようだが、匂いをかいでようやく納得してくれた。

「……でな、悪いんだが、勇儀から刀を取り返して欲しいんだが、お願いできるか?」
「……! 勇儀? 無理、絶対に無理」
「そこを何とかお願いできないか? わしじゃ、顔を合わせただけでケンカになる」
「何をどういわれようと無理なものは無理」
 聞けば、影狼も目をつけられているそうだ。隣で話を聞いていたメディスンが「私が話そうか?」と言う。

「気持ちはありがたいが、寝ていな。あの怪我だ。まあ一年はねてても誰も文句は言わんさ」
「私は今すぐ起きたい」
「いいから寝てればいい。寝る子は育つってな。それにしても、まずった。唯一のあてが外れたぞ、そうするとこの体で来たのが失敗だ。もう一回戻って、子供に……いや、絶対に無理だな。勇儀を相手にするか……双方無傷では済まんぞ」
「そんなことより先に幽香をつれて毒を集めてきてくれない? こっちの方があなたの刀より大事なことなんだけど?」
 話に割り込んできたのは永琳だ。妖忌をつれて病室をでて診察室にて簡単に説明する。

「妖怪じゃないあなたには分かりづらいかもしれないけど、放っておくとメディスンがかなりまずいの。今すぐ、幽香をつれて無名の丘ですずらんの毒を集めてくれない?」
「げぇ、幽香をつれてか? わし、今見たとおりの関係なんだが」
「医者として断言するわ。あなたの身の危険なんかより、よっぽどメディスンの方が危険なのよ。いい? 骨折を三十分で治せる医者が危険って言っている意味が分かる?」
 一気に真剣な顔つきになった。「すずらんの花を回収すればいいな?」とひと言確認すると花をつめる袋と台所から包丁をひと振り拝借する。ぐったりしている幽香を背負うと「すぐに戻る」と言って永遠亭を飛び出した。

「妖忌、妖忌、私は飛べるわよ」
「だまっとれ。おぬしはわしにしがみついておれば良いわ」
「それが嫌なんだけど。くそ、永琳め、感情が全然ついてこない。落ち着いちゃう自分が嫌だわ」
「わしもおとなしいぬしは違和感ありすぎる。まあ、女としての感触は悪くないがな」
「薬が抜けたら覚悟しろよ」
「安心せい、薬が抜ける頃にはわしはおらんわ」
「逃げる気か」
「応よ」
「離さないと言ったら?」
「おぬしは手を離さずにはいられないさ。そら、無名の丘だ。頼むぞ、大妖怪」
 あっさり妖忌から手を離す。妖気をこめて無名の丘のすずらんを急成長させる。満開になった所で妖忌が包丁で花だけを摘む。袋を一杯にしたところで永遠亭に逆戻り、永琳に毒袋を手渡し、そこから永琳が毒だけを抽出する。「もう一往復、お願いね?」とのひと言で再び無名の丘に向かう。

「妖忌、そういえば。鶏鬼って奴が」
「あ~、それはもうわしが切った」
「そう……私がしとめようと思っていたんだけど?」
「いいじゃないか、女が手を汚す必要は無いぞ」
「私を女扱いか」
「女だろう?」
「否定はしない」
 再び、無名の丘、「本当は草木にこんな無理はさせたくないわ」と言いながら急成長させる。「無理しとるのは自分もだろうが」と言って支える。すずらんがこれからも生えるように加減しながら大量に力を流す。無名の丘のダメージを最小にするために、幽香のダメージが最大化している。繊細にかつ広範囲、最大化させる力を短時間に流す。それを繰り返す。薬やら何やらでダメージが蓄積していたかもしれないが、帰り道も妖忌の背中だ。

「これで足りるか?」
「多分、足りる」
「じゃあ、これでお別れだな」
「逃げられると思っているの?」
「ああ、ぬしはへとへとだしな。薬も切れて無いだろう」
 幽香の腕の力が増す。おぶさっているような状態でしがみつく力をあげれば全盛期の妖忌と言えど振りほどくことは出来ない。永遠亭が二人の目に見えている。到着して毒袋と包丁を永琳に渡す。

「大丈夫? 結構な力でしめられてない?」
「はっは、こういうのは感触を楽しむんだよ」
 にこやかに語る妖忌とは反対に締め上げる力がさらに増した。しかし、怒りの感情がわかない。中途半端な力だ。立て続けに永琳に向かって妖忌が語る。

「医者の見立てとしてどうだ? こういう状況、女が男を求めているとは思わんか?」
 幽香の耳にも届くこの言葉で、一瞬だけ締め上げる力が緩んだ。そりゃ女が男にしがみついて離さなかったらそう取られる可能性も無きにしも非ず……耳まで赤くした幽香が”あっ”と思ったときには妖忌はすでに幽香の拘束を抜けた後だ。

「くそっ、妖忌、やっぱり殺す」
「はっは、”殺す”に力が入ってない。薬が抜けるまでおとなしくしてるんだな」
 コホンと咳払いしたのは永琳だ。「お取り込み中、申し訳ないんだけど、もう一往復お願いね」とのひと言を告げる。

「はぁ!? またこいつの背中に乗れっての?」
「誰がお前をもう一回乗せるか! 自力で飛べ!」
「私も、計算違いしてたんだけど、季節はずれで毒の量が足らないのよ。だからもう一往復」
「……チッ! 妖忌、背中を貸せ! 乗ってやる!」
「自力で飛べよ! わしを締め上げるほど体力余っておろうが!」
「妖忌さん、分かってあげてね。案外、再生とか回復とかって技量と力が必要なの。少しでも休ませないといけないのよ、分かるでしょ? あなた、切るのは得意でもつなげないでしょう?」
 そう言って包丁を渡す。一挙に険悪になった二人が悪態つきながら三度、無名の丘に繰り出す。その姿を見送って、永琳が舌を出した。計算違いというのは嘘だ。ちょっとばかりあの勢いで、幽香が元気になるとこっちが困る。せいぜい力を使っておとなしくしてもらうためだ。さて、メディスンの調子はどうかな?

「幽香」
「何よ」
「さっきの昔みたいだったな」
「それがどうしたのよ」
「いや、若返ったみたいだった」
「何を言っているのよ?」
「この体は、半霊だ」
「途中で分かったわよ、そんなの」
「本体はどうしようもないほどのジジイだ」
「……言うな馬鹿」
「もう、あんな、”どつきあい”は出来んと思っていた」
「だから言うな」
「楽しかったぞ」
「過去形で話すな」
「ぬしこそ過去を今にする必要は無いぞ」
 二人の会話はそこで終わり、無名の丘で三度同じことの繰り返し。そして幽香が完全に倒れた。

「妖忌、このまま、置いていってもいいわよ」
「馬鹿言うない。病室までなら連れて行く」
「それで、お別れ?」
「そうさ、そこでさよならだ。わしは勇儀から刀を取り返さなきゃいかん」
「二日、いや、三日くれない? 勇儀なら私が相手するわ」
「女同士で馬鹿なこと考えるな。なに、いざとなったら土下座すればいい。わざと負けるのもいいな」
「馬鹿、勇儀にそれやったらブチキレするわよ。三日、昔のよしみでよこしなさい。なるったけ穏便に取り返すから」
「穏便……ぬしの口から出たとは信じられんな」
「私も少しは変わったのよ」
 出て行った時とは打って変わって穏やかになった二人が戻って来た。結局、幽香はメディスンの隣で横になっている。妖忌と言えば影狼の家に泊まることにした。同じ竹林の中だから行き来はしやすい。
 暇になった午後、見舞いに行くことも無く、妖忌は針妙丸に剣術を指南することになった。針妙丸が是非にと申し込んだのだ。針妙丸は石を切った妖忌の技量にあこがれていた。輝針剣で妖忌の技が欲しいと思ったのだ。
 剣術指南と言うことで小人の針妙丸の体は大きくしたが小槌は家の部屋の中だ。妖忌は木刀で輝針剣を相手にする。妖忌自身、暇を潰すには丁度良かった。

「まあ、最初は、おぬしの太刀筋を見ようか。好きにかかってくるといい。まあ、一時間も見れば大体、どの程度か分かる」
「では、お願いいたす」
 そうして、指南の開始から十五分で針妙丸が倒れた。ずっと全力で動き回って、切って、突いてを繰り返したのだが、ことごとく打ち払われた。汗だくで顔を上げる。妖忌は涼しい顔をしている。

「後、四十五分あるぞ。どうした?」
「はっ、は、ま、まったく、歯が立たない」
「腕力が無いのは仕方あるまい。技術が無いのもだ。だが、あきらめるなら、気概も無しと判断するが良いな?」
「き、厳しいな」
「当たり前だ。力が欲しけりゃ相応の努力が要るものよ。高々、一時間がもたんのなら、あきらめろ。剣を持つ資格が無い」
 針妙丸が自分の剣を見て考えている。妖忌も昔、妖夢に剣を教えていた時のことを思い出していた。剣の道は厳しい。甘いことを言っていたら死ぬのは自分だ。簡単に入ってもらっても困る。あきらめるなら最初からだ。迷うぐらいなら入らないほうが良い。針妙丸の迷いを切るなら、叩き伏せるだけなら木刀で十分だ。

「針妙丸、迷っているぐらいならもうやめろ。時間の無駄だ」
「う……そうか。すまない。手間を取らせた」
 妖忌の厳しい言葉でとぼとぼと剣を持って針妙丸が引き上げようとする。そんな、針妙丸を呼び止める。

「まて、剣は置いていけ。もう使うこともあるまい」
「な? こ、これは一族の宝……」
「宝だろうと何だろうと使い手が居なけりゃ、ほこりをかぶるしかない。ただの置物よ。わしが使ってやろう」
「ダメだ。これは――」
「問答無用だ」
 初めて妖忌から攻める。妖忌にすれば遊びに近い。わざと針妙丸が見切れる速度で打って、払って、突き崩す。そうやって、針妙丸の体力を底の底まで使い切らせる。用があるのはその後だ。妖忌の基準で剣を持つ資格があるとすれば、最後の最後、追い詰められた末に向かってくる気概があるかどうかだ。逃げるようなら話にならない。止めを刺される瞬間に逃げる奴は、剣を持つ資格が無いと思っている。剣を振るうだけ振って、追い詰められたあげくに逃げだす奴は暴力を振るいたいだけの人間だ。そんな無責任なやつに剣術を教える気は欠片もない。

「針妙丸、先に断っておくが助けを呼んだら、呼ばれた奴を先に打ち倒すぞ」
「お、おまえ、は、なんて、酷い奴、だ」
「ほう! まだ口ごたえできたか」
 少し強めに剣を打つ。針妙丸の手からずるりと剣が落ちる。息も絶え絶えで覆いかぶさるように剣を拾う。もう、それだけしか体力がない。ゆっくりと仰向けになった針妙丸に対して、妖忌が全力で剣気をたたきつけた。眼光鋭く、本気の構え、裂帛の気合いで切る動作をまざまざと見せつける。輝針剣だけでは防ぎきれないのは剣術素人の針妙丸にですら理解できる。それらがわかった上でどうするだろうか? 恐怖で目をつぶるか? 手を震わせて剣を落とすか? それとも、迫り来る死を相手に意識を手放すか?
 高々木刀とはいえ、妖忌の腕前なら一撃で命に手が届く。今、針妙丸は自分自身の生命の危機を体感している。実際の所、剣の世界はこれの繰り返しである。これに逃げずに立ち向かえるようでなければ、剣術を教える価値などない。
 妖忌が課したその試験に針妙丸は合格した。最後の最後でなにやら分からない声を上げながら、滅茶苦茶な軌道で輝針剣を振りかざしている。恐怖に負けず。最後まで剣にしがみついている。端からみたら誰もが幼稚と思う剣の太刀筋に、戦う気概が確かに見えた。

「ん……まあ、合格かな」
「げっ……っ、は、な、何が、……だ」
「剣術の指南さ。まず何より、性根を見なけりゃいけなくてな。ろくでもない奴に剣術は教えられんからな」
「よ、妖忌、他に、いくらでも」
「他にやり方はあるだろうが、わしは知らん。やり方が乱暴すぎたことは謝る。だがな、紙に書いて、神に誓ったところで、本当のところは、追い詰められなきゃわからんよ。それに、剣術は男と女を区別してくれん。お前が出会う相手が女用に優しくしてくれるわけでもあるまい? 剣は大事にしろよ。今日はもう仕舞いだ、ゆっくり休んだらいい」
 妖忌の言葉にようやく全身の力が抜ける針妙丸、「う~ん、やりすぎたか?」とのことだが、過呼吸のまま「あたりまえだ!」と答えた。いくら待っても立てないので、仕方無しに背負ってそのまま家に戻る。家に帰れば影狼に「激しかったんだ?」と聞かれ、「通過儀礼みたいなもんだ」と妖忌が答える。
 針妙丸はようやく馬鹿な志願をしたと思った。しかし、時既に遅し、妖忌は明日から剣術を教える気になっている。簡単に言ってしまえば地獄が始まる。魂魄妖忌は軽く千年も昔の人物、現代の加減と言うものを全く知らない。そして戦乱を知っている……実戦の厳しさを肌で知っている人物である。一般人からしたら、はだしで逃げ出すような過酷な訓練を”普通”とか”優しい”とか考えているほどずれているのだ。

 次の日の早朝、全身筋肉痛の中、妖忌の剣術指南が始まった。影狼の家を出て竹林の中で二人だけで秘密の特訓が始まろうとしている。

「あ~、とりあえず後二日しかないから、手っ取り早く行こう」
「昨日……考えたんだが、辞退してもいいだろうか? 昨日のを繰り返されると……その……」
「ん~、安心せい、いくらわしでもわしの技全部を、二日で身につけろなんて言わん。まあ、わしが教えるのは今まで剣術やってたわしの経験則みたいなもんだ。基本の基本みたいな話よ」
「あ、安心した。あれが二日続いたら、死んでしまう」
 ほっと胸をなでおろす針妙丸、それを妖忌は不思議なそうな目で見ている。昨日の修行時間を見れば高々三十分ぐらいだ。う~ん、昔の感覚だとあのまま道場で打ち合いが続いてボコボコになったはずだが? 十時間ぐらいぶっ続けで動いていたのは感覚がおかしいのか? などと妖忌が考えている。それを欠片も表に出さずに話を続ける。

「ふっ、簡単に死ぬとか言うもんじゃない。ま、そういうところから話をしようか。針妙丸、ぬしが剣術をやるのは何のためだ? 強くなるためか?」
「無論、そのとおりだ。むしろ、それ以外の目的なんてあるのか?」
「あると思うぞ。わしの場合は言うのも恥ずかしいが、剣術をやった一番最初の動機は、強けりゃ女にもてたのよ。まあ、わしの時代のことだがな」
「お、女にもてる? 動機にしては不純すぎる。むしろ、それだけでそんなに強くなれるのか?」
 妖忌の回答に驚く針妙丸、あの実力をそんな不純な動機で作ったとは信じられない。しかし、妖忌からすれば普通だ。単純に剣術をやりこんだ時間の話である。単純に剣を振る努力をした時間が長いってだけだ。動機がどうあれ努力の量がある程度のものを言うのだ。

「ある程度の強さなら、その動機でいけるぞ。だがな、強くなるといっても、女にもてたらそれっきりよ。もてりゃその強さで十分だからな。それに、わしの場合はちょいと特殊でな、途中で目的が変わったんじゃ、女に惚れさせる前に、女に惚れてな。その女を守るために、そのためだけに強さを身に付けたよ」
「なるほど、それなら私にも分かる。私も仲間を守るためなら命を賭すよ」
「ところがな、わしの場合それに失敗したんじゃ」
「なんと!? そ、その強さで? 信じられない!」
「まー、まー、わしももっと若い時じゃ、それで信念折られてな。今度は復讐のために夢中で、壊すための強さを求めた」
「ふ、複雑だな。そうか、妖忌ほどの実力でもそんなことがあるのか」
「まあな、それでもって、その復讐も失敗したしな」
「え!? よ、妖忌、すさまじい人生だな。私にはちょっと考えられない」
 妖忌の言葉に目を丸くしている針妙丸、妖忌もこの部分は自分自身の恥であるので細かく話す気は無い。詳しく説明もせずに話を進める。

「だがな、守るための剣も、復讐の剣もどちらも剣術よ。そして強いことには変わりない。さて、針妙丸……もう一度聞く、何のために剣術を身につけたい? ヒントをやれば、強いのは復讐の剣だぞ。超攻撃特化の剣術よ。守りの剣と比べるなら強さは雲泥の差がある」
「? なにか、含みがありそうだな」
「ふ、ふふふふ、頭は上等だ。その通り、含みがあるのさ。今日一日の修行はどんな剣を身につけたいか。自分で探してみるがいい。今日の夜、回答を聞こうか」
「……! なるほど、厳しい修行らしい」
 「そりゃそうさ」と笑いながら妖忌が答える。話はそこでしまいになる。針妙丸は難しい顔で剣を見る。何のために強くなるのか、たった一日で回答を見つけなければならない。昨日以上の難題を軽々とぶつけてくる。流石に稀代の剣士だ。昨日、気合いを見て、今度は精神を見るらしい。どうしよう? 何のためにどこまでの強さが必要なのかなんて全く考えたことが無い。「最高の強さを」と言えば復讐の剣……なんだか怖い。かといって守りの剣では強さが足りないらしい。一日で、しかも昼の間に答えを見つけないといけない。一人、剣を見つめて本気で考え始める。
 その姿を遠目に見ながら、「ほっ、優秀な奴だ」とにこやかに妖忌は立ち去った。そして、竹林をかき分け、聞き耳を立てていた影狼の元へと向かう。影でこっそり人の話を盗み聞きする奴はとっちめないといけない。

「っと、影狼、隠れていないで出てこい。人の秘密を盗み聞きするのは良くないな」
「……! 妖忌、いつから気がついていた?」
「無論、最初からだ。しかしな、いくらなんでも竹林の中じゃ振り切れるわけ無いしな。わしがおぬしを振り切ったら針妙丸も置き去りになっちまう。どうしようもなかったさ。ただな、これ以上付きまとうなら加減せんぞ。わしの剣術は秘伝とは言わんが……わしの赤っ恥の人生そのものでもある。わしが教えてもいいと思った奴にしか教える気は無い」
「わかった。妖忌、悪かったよ」
 案外、妖忌は本気で怒っていた。木刀なのだが、姿かたちが違う所為か、凄みが少年の姿の時をはるかに超えている。鋭い眼光に構えを取られると影狼もたじたじになる。影狼を追っ払った後で妖忌は永遠亭に向かった。目的は幽香である。

「幽香~、大丈夫か? 起きれるか? 後、二日で本当に勇儀から刀を取り戻せるか?」
「……見舞いに来たかと思えば、刀の催促か」
「まあ、別にいいだろ、わしとお前の仲じゃないか。それに無茶が必要なら、わしが勇儀に掛け合うまでよ。おぬしに無理をさせる気は無いぞ」
「……ちぇ、別に、無理なんてしないわよ。おとなしく後二日待っていなさい」
 二人の会話を邪魔するように、病室のドアをノックして永琳が現れる。診察のようだ。妖忌はそれを見てさっさと部屋を出て行く。その後ろ姿に、幽香がお願いをしている。

「妖忌、悪いけど、今日一日、メディスンのこと見ててくれない? 先に退院したから、ちょっとお願いするわ」
「お? おお、いいぞ。それにしても幽香」
「何よ?」
「”お願い”なんて随分変わったじゃないか、昔はなんでも上から目線で命令だった」
 幽香が目を丸くしている。朗らかに笑う妖忌に対して口調を改めて「とっとと出て行け」と命令する。「あ~、そうそう、そういう感じだったな」と言ってニコニコ笑顔で退出する。永琳は平静を装った表情の下で、爆笑を堪えていた。二人きりになった病室でたまらずに図星を指す。

「ふ~ん、幽香さん。案外、ああいうのが好みなのね?」
「永琳、治療費、拳で払っていい? 顔に支払うけど構わないわよね?」
「そう? まあ、完治してからでいいわよ? 退院させる気無いけどね?」
「前払いしてやろうか?」
「三日で体力戻して、妖忌さんを捕まえる計画をばらすぞ。妖忌さん本人にね。私の診断能力を舐めるな」
 そうして、二人で笑いあう。永琳も幽香も引く気配が無い。無理して、幽香が起き上がる。本調子ではないが、ここにいると永琳がどんな薬を盛るかわからない。

「治療費は踏み倒すわ。このヤブ医者」
「いいわよ。天井の修理費、メディスンの治療代、あなたの迷惑料、全部まとめて、妖忌さんに請求しましょう。きっと金額にびっくりして逃げ出しちゃうでしょうね」
「ぶっ、馬鹿ね。あいつ、くそ真面目だから。ここに住み込みバイトで弁償するわよ。きっと、わたしも入り浸りになるでしょうね」
 初めて永琳が言い負かされたという表情を作った。大声で「あはははははは」なんて笑っている。

「あ~、久しぶりに爆笑したわ。そうね、あなたが入り浸りになるくらいなら、治療費は無償にしましょう」
「はじめからそうしろよ。私も天井だけは直していくわ」
 幽香がぶち抜いた天井の木材を急成長させてつなぐ、屋根の瓦は後で持ってくると言い、昼時には幽香は永遠亭を退院している。

……

 霧の湖のほとりでチルノや橙、リグルと言った面々が遊んでいる。そこへ、メディスンがやってきた。隣には見知らぬ男がいる。

「何でついてくるの?」
「まあ、いいじゃないか。幽香の”お願い”もあるし、わし自身も今の遊びには興味があってな。……それにしても、ちび妖怪が多いの……おお、一人だけでっかいのがいるな。だれじゃ? あれは」
「でっかい? あ、あれは美鈴さんだよ。珍しいな。いつもなら紅魔館の門番をやってたはずだけど?」
「紅魔館……ああ、あの赤い屋敷か。頼んで中にでも入れてもらうか」
「やめたほうがいい。あそこにはレミリアって言うすっごい奴が居るから」
「レミリアねぇ」
 なんとなくだが自分の知らない間に随分と女が増えたらしい。男の自分としては嬉しい限りではあるが……他の男はどこに行った? ちょっと思い返してみるが……そういえば出会ったのは女ばっかりだ。ちょっと考えてみても比率がおかしい気がするが……もしかしたら紫の所為か? 粗野極まる男の妖怪なんて紫の排除の対象だろう。そうすると比較的おとなしい連中が残るわけか……ま、考えるだけ野暮だな。一人でそんな事を考えていると、美鈴にメディスンが捕まっている。

「ああ、メディスン。君にも聞きたいことがあったんだ。ちょっといいかな? フランドール様を知らないかな? 四日前から行方不明になっちゃってて、レミリア様の勅命でね。見つけるまで帰ってくるなって言われてしまって。知らないかな?」
「えっ? あのフランドールが? いないの?」
「その様子じゃ知らないみたいだね。どうしよう、困ったな。他の子はみんな命蓮寺にいたから知らないって言ってて。もしかして、メディスンならと思ったんだけど」
「ごめんなさい、知らない」
 メディスンの回答にがっかりした様子の美鈴は、わらにもすがる気持ちでメディスンがつれてきた人に聞いてみようと考えた。メディスンに名前を聞いたら、声を掛けて話を聞きたい。

「それじゃ、向こうの人は誰かな? 初めて見るんだけど。誰でもいいから、フランドール様の情報を知っているなら教えて欲しいんだ」
「よーき、美鈴がフランドール知らないかって言ってるけど。知ってる?」
「誰じゃ、そのフランドールってのは?」
「その様子では、居場所以前に、顔がわかって無いみたいですね」
「特徴を教えてくれれば、もしかしたら会っているかもしれんぞ。何せ、この最近ちょいとふらついていたからな」
 美鈴はこいつもはずれかと思っている。会えば一発で覚える。フランドールに出会って簡単に忘れられる人間なんて存在しない。フランドールが襲い掛からなければの話ではあるが。もし、億にひとつ、これから出会ったら連絡してもらおうと思って特徴を話す。フランドールは端正な顔立ち、金髪でサイドテール、年格好は十代前半、それに何よりレミリア様唯一の血族、吸血鬼だ。

「特徴ですか……会えば一発でわかりますよ。翼が七色の宝石で……」
「もしかして、真っ赤な服に、けたたましい笑い声と化け物じみた実力の奴か?」
 妖忌の言葉に美鈴が反応する。こいつは会ってる。しかもこの数日の間だ。フランドール様が遊びを覚えて出かけるようになったのは、ほんの極最近のこと。そして、遊ぶ連中は今ここにいるメンバーでほとんど固定されている。

「! いつ出会いました? 今どこです?」
「いつと問われれば、二日前か? 夜に襲い掛かられたぞ。今どこにいるかは知らん」
「二日前!? 襲われた? どこでですか?」
「無名の丘を越えた向こう側の森の手前だな」
 美鈴の問いに妖忌が手振りを加えて説明する。ここ一番の情報だ。もっと詳細を聞きたい。例えば、誰かと一緒だったかとか、表情はどうだったのかとか、そもそも襲われてなんで平気なのかとか。

「え、えと、他に誰か一緒にいませんでしたか? 後、フランドール様の様子は? それになんで無事だったんですか?」
「ああ、質問順に答えるなら、一緒にいたのは……誰だ? 勇儀はわかるんだが、もう一人いたな。二人ほど、一緒に行動してた奴がいたが、勇儀ともう片方がわからん。様子はあんまり覚えてないな。ただ楽しそうに襲い掛かってきたぞ。そしてあっという間にぶちのめされた、だから後のことは知らんよ」
 ”嘘は言ってないよな?”と考えている妖忌をよそに美鈴は勇儀という言葉にピンと来た。勇儀がかかわっているなら、もう片方は萃香に決まっている。そして、その二人の拠点を考えれば旧都にいることは明白なのだ。行方不明になるわけである。この数日、咲夜と二人で幻想郷中を駆け回っていたのだ。

「うちの妹様が迷惑を掛けてすみません。無事で何よりでした」
「あ~、まあ、気にせんでいいぞ」
「ああ、ありがとうございます。それに、これでどこを探せばいいか目星がつきました。早急に帰ってレミリア様に報告しないといけないので、これにて失礼します」
「ん、力になれて何よりだ」
 ペコリと頭を下げて駆け出した美鈴を見送って、子供達を見る。改めて自己紹介をし、そのまま、最近の子の遊びを見せてもらった。弾幕ごっこ、自分で工夫し、変化をつけ、きらめく光の中を子供達が駆け巡る。そんな姿は妖忌にとって真新しく映った。
 楽しく体が鍛えられて、頭の運動にも丁度いい。みんなで和気あいあいと相談し、意見をぶつけて次の一手を生み出す。自分が子供の頃はこんなこと出来なかった。厳しい剣の修行に耐え切れないで消えた仲間もいた。ライバルなんて言って、しのぎを削った連中には相談なんて出来なかった。自分自身の弱みを見せることになるからだ。いつもどこか殺伐としていてそれに慣れてしまっていたが、こんな楽しい風景があったとはおもわなかった。

「そうだ。よーきもどう? 一緒に遊ばない?」
「もう少し見ていたかったが、いいかの?」
 子供達に”爺臭い”と言われたが、にっこり笑って輪に交ざった。少しばかりの間、童心に返って遊び呆ける。

……

「私を昼間にたたき起こしたんだ。それなりの情報だろうな? 美鈴」
「ええ、レミリア様、朗報です。フランドール様は今、旧都です。二日前に勇儀と萃香が一緒だったという証言を得ました」
 レミリアが顔を覆う。よりにもよってあの萃香が相手か……あまり顔を合わせたくない奴だ。勇儀も手ごわい、二人同時に相手をして倒せる保証はない。フランドールの救出に全戦力を傾けないといけない。
 レミリアはフランドールが行方不明になった所為で、不安にかられている。今、美鈴を前にえらそうにしているが、寝付けないわ、食事がのどを通らないわで、結構な疲労を抱えていた。レミリアは指を鳴らして咲夜を呼び、弁当を作らせる。なるべく最短で救いだす。そんな決意も鮮明に檄を飛ばす。

「ぐずぐずするな美鈴、すぐに旧都に向けて出発するぞ。咲夜、お前も来い。フランドールを萃香の魔の手から救い出す」
 レミリアの目の前の二人が頭を下げてレミリアの出陣に続く。
 ちなみに大掛かりな荷物は全て美鈴が背負っている。レミリア自身は日傘のみ。咲夜に至ってはピクニックに行くかの如きバックに弁当をいれて、手に提げている。

「さ、咲夜さん。何で私だけこんな量なんですか? 中身なんですか? ドラム缶ぐらいありますよ? しかも中身が液体って、まさかガソリンで燃やす気じゃ」
「何でそんな発想なの? 美鈴? レミリア様の前では大きな声で言えないけど、交渉用のワインよ。萃香さんも珍しいお酒なら取り引きするんじゃない? でも、ひと樽分だけで足りるかしら?」
「咲夜さん……これ滅茶苦茶重いです。萃香さんなら、ワインボトル十本もあれば大丈夫ですよ。ビンに入れ替えてきていいですか? それなら、後から走っていっても追いつけます。このままじゃ、重すぎて足手まといになっちゃいますよ」
 咲夜が顔を寄せて美鈴に小声で耳打ちする。「ちょっと、レミリアお嬢様の気を探ってみなさい。今、かなり疲弊してるわ。この状態で、わたし達がレミリア様を追い抜くわけにはいかないでしょ?」、「な、なるほど。私が原因で遅ければ、レミリア様が遅いわけじゃ無いですものね。でも、正直かなりきついです」 二人ともそんな内容を話している。しかし、レミリアは非常にプライドが高い。咲夜や美鈴が先に行って、「早く来てください」なんて言った日にはへそを曲げる可能性がある。
 美鈴に枷をつけたのは咲夜の判断だ。この状態なら、美鈴を盾にとって、レミリアが疲れる前に休憩を入れることが出来る。このペースなら、昼間出発、旧都へは夜到着といった所か。ちょっとしたピクニックには丁度いいと思う。咲夜の考えではフランドール様は遊んでいるだけだ。嫌なことをされたら逃げるだろうし、嫌なことをした奴はこの世に残れるとは到底思えない。咲夜は少なくとも出発した時点ではそう思っていた。

……

 竹林では針妙丸がいまだ悩んでいる。少なくとも一人では答えが出せない。先程、正邪を捕まえて話をしようとしたが、「難しい話はパス」と断言された。他に話し相手になりそうなのは影狼ぐらいだろうか?

「ふ~ん、それが剣術の指南ねぇ」
 影狼は立ち聞きした内容を知らん振りしている。昨日、妖忌が針妙丸に無茶苦茶をやったと聞いて、監視しようとしたのだが、逆にバレて脅された。あんまり、この話を針妙丸とはしたくないが、針妙丸は真剣だ。ないがしろにも出来ない。

「どんな剣か……、剣を持ったこと無いからな、ちょっとわかりづらい」
「む、そうだな。確かにそうか。一番話が聞ければいいのは妖夢殿なんだが、流石に白玉楼にはいけないし。弱った」
 針妙丸は眉間にしわがよって相当悩んでいるようだ。影狼はヒントになればと武器に関する自分の考えを口にする。

「ただ、武器っていう意味なら牙と爪があるから、その話でいいかな?」
「お? おお! そうか。影狼殿には牙があったか。是非、お願いする」
 影狼は自分自身の武器について語る。妖忌と同じように失敗したことも含めて話す。わかさぎ姫に噛み付いた時のこと、鬼の萃香に歯が立たなかったこと、そして、最後に一緒に正邪を助けた時のこと。話の一部は針妙丸も一緒に体験したことだ。

「多分、上手くはいえないけど。使い方次第なんだよ。で、私はどういう使い方をしたいかと聞かれたら。守るために使いたい。だから、相手に歯が立たないのは勘弁して欲しいな。萃香と戦った時のあんな思いは二度としたくない」
「そうか、身につけるのは復讐の剣……強さを身につけて、後は使い方次第か、そうかもしれない」
「少しだけ気になるとしたら、妖忌の場合、教える時に加減をしないかもしれないってところかな。案外、剣のことだと、あの男はおっかないぞ」
「確かに。初日は殺されるかと思った。ただそれは気にしなくてもいいと思う。流石に二日で全剣技を教えられるとも思って無いらしい。妖忌の教えたいことは、心構えとか、考え方とか、そういったことらしい。それなら短時間で済むはずだからな」
 なるほどと言って影狼は納得している。針妙丸も悩みが解決してほっとしているようだ。身につけるのは復讐の剣、それを自分の中で使い方をコントロールする。そうすれば最強無欠の守りの剣が出来上がる……はずだった。

……

「勇儀、ちょっとお話、いいかしら?」
「おう、幽香、いいぞ。何の話だ?」
「その刀をよこしなさい」
「またストレートだな。答えはダメだ。こいつは別の持ち主の物だからな」
「知ってる。妖夢のでしょ? あの子のからかいネタに丁度いいじゃない。よこしなさいよ」
「幽香、お前目が全然笑って無いぞ。からかいネタって割には必死すぎじゃないか? とりあえずダメなものはダメだ。これは譲れないね」
 二人は無名の丘の近くで言い争っている。勇儀は刀を拾ってから全く移動をしていない。刀を放り出した奴が取りに戻るかもしれないからだ。このまま、一年でも待つつもりだ。もし、刀を落としたのが――間違いなく妖忌だと思っているが――あいつなら久しぶりに会って話をしたかった。剣の腕前は落ちていないか、今どんな面をしているのか、約束は覚えているのか、とりとめも無くそんな話がしたかった。

「勇儀、私が穏便に言っているうちに渡してよ」
「幽香……お前変わらないな。答えは”渡さない”だ。変わらないぞ。無駄な押し問答をする気は無い。どうしても刀を望むなら力ずくでこい。お前も得意だろう?」
 幽香がため息をつく、普通ならこんなことを言われたら売り言葉に買い言葉なのだが、強力な薬がまだ抜けきってない。感情に制限がかかって全力なんて出せるはずも無い。最後に質問をしていく。

「その刀をどうするつもりよ?」
「持ち主が来たらかえす。それだけさ」
「持ち主をどうするつもり?」
「さあな、昔話をするぐらいはいいかもしれない」
「妖夢ちゃんと?」
「お前、さっきからわかって聞いてるだろう? 持ち主と話をするのさ。まあ、二、三日以内には現れるさ」
「お話だけね? それ以上は許さないわよ?」
「ははは、お前も随分、ご執心じゃないか。話の後は、持ち主次第さ。相手の態度次第ってところだね」
 勇儀も勇儀で核心については話さない。これでは、妖忌が話の後どうなるかわかったものではない。妖忌自身は滅茶苦茶に女に甘い。紫や幽香など敵対したことのある女の妖怪だっていたのだが、女で切り殺された奴はいない。大概のケースで鼻の下伸ばしてたのだ。たとえ刀を持った全盛期の体であったとしても、勇儀相手に油断をかまして、ぽっくり逝ってしまう可能性があった。そんな二人を出会わせるわけには行かない。もっと別の手段で手を打とう。

……

 夜、夕食をとらずに妖忌と針妙丸が竹林に入っていく。昨日と同じように針妙丸は体を大きくし、小槌はおいていく。影狼はそんな二人を見かけたが、今度は無視した。流石に妖忌を相手に二回も邪魔したら本当にただでは済まない。いわゆる剣術馬鹿って奴だ。似たり寄ったりの連中なら他にごまんといる。白蓮は仏教馬鹿で、にとりは機械馬鹿、魔術にはまっている奴だってパチュリー、アリス、魔理沙がいる。そんな連中の夢中になっていることを邪魔をしたら無事の保証は何も無い。
 「無茶苦茶やらなきゃいいけど」そうつぶやいた影狼はまさか自分が担ぎ出されるとは夢にも思っていなかった。

「さて、針妙丸。身につけたい剣術は見つかったか?」
「一応、決まった。最高の強さを身につけたい。復讐の剣を選ぼうと思う」
「! ほほう。そうか。ぬしは頭がいいから別の剣を選ぶと思った。まあ、仕方ないか、念のため聞いておこう。どう使う?」
「どうと言われても、守るために使おうと思う。そのためにはまず、強さが欲しい。限りない強さが欲しい。強さを身につけて、そこから加減を身につけていけば理想の強さを身につけられると思う」
 妖忌は苦笑いしている。顔がそんなことは無理と言っているが、修行をやめる気は無い。”これも経験か”などと割り切って、更なる修行を課す。

「針妙丸、おぬしの言いたいことはわかった。ではまず、復讐の剣を身につけさせてやろう」
「お? そんなに簡単に出来るのか? 後、一日……まさか、特訓につぐ特訓じゃないだろうな?」
「まあ、正確には身につけ方を教えるってところか。簡単に言えば、憎くて憎くてしょうがない奴を見つければいいんだ。簡単な話だぞ。ま、その前に、おぬしが本当に守りたい奴は誰かな? 教えてもらえると助かる」
 針妙丸が「正邪、影狼、わかさぎ姫」と即答する。妖忌はさもありなんと頷いている。仰々しく、「では、今から、復讐の剣の秘伝を授ける」と宣言して、「準備をするから待っていろ」と言ってその場を離れる。針妙丸は疑いもせずにそのままちょこんと座って真面目に待つ。
 妖忌が頭をひねりながら家に戻って来た。誰が良いだろうか? 憎むなんて簡単にできる。正邪、影狼、わかさぎ姫の死体でも持っていけば、簡単に針妙丸は復讐の剣にとらわれるだろう。だがしかし、それをする気は無い。
 本当のところ、妖忌は復讐の剣なんて教える気は無いのだ。針妙丸がまさか復讐の剣がいいなんて言い出すとは思ってなかったのである。すこし、復讐の剣のさわりだけ見せてあきらめてもらおうと思っている。自分自身を振り返っても、復讐の剣などろくなものでなかったのだ。

 目標に狙いを定めて目的を忘れる生涯最大の失敗……白玉楼で行った最大の決戦のときだ。技量良し、刀良し、作戦良し。幽々子を解放するための戦いだった。
 西行妖の結界を半分まで切断したところで、紫が来た。どの道、紫が最大の障害になるのは想定済み……死すら覚悟し、西行妖も紫もまとめて真っ二つにするはずだった。
 しかし、振り下ろした剣先に幽々子が入って停止すらままならない。何とか、自分で剣を放し、蹴り上げることで最悪は避けた。しかし、幽々子に刃が当たってしまった。その後、怪我の治療をほっぽり出して紫と共に説教をくらった。幽霊とはいえ存在が危うくなるほどのダメージをそっちのけで続く説教……紫も自分も青い顔していたのは今でも鮮明に覚えている。
 そのまま、二人して互いに手を出さないことを誓わされた。おまけに、西行妖の結界を修復するために幽々子の記憶の一部を使用する羽目になった。「気にしないで」と言われて気にしない奴はいない。幽々子が少しおかしいところがあるのは記憶の欠落の所為だ。それが全て自分の責任……。
 あの時復讐にかられて切断しか頭になかったことが後悔してもしきれない。あのときもっと、よく回る頭があれば、紫と幽々子を理解できる心があれば、剣術以外の技量さえあれば……今がもっと違ったはずなのに。
 愚痴をいくら言っても足りないのだ。こんな後悔を針妙丸にさせるわけにはいかない。

 具体的に針妙丸をあきらめさせるにはどうしたらいいか? どれほど危険な剣かを思い知らせる必要があるだろう。二度とこんな剣は使わない。そう思わせるだけの体験をさせなくてはならない。そうすると、先程針妙丸が上げた三人の内、誰かに協力を仰ぎたいのだがどうしようか?
 うんうんとうなりながら、人を見る。最初に目に入ったのは正邪だ。こちらを見るなりニンマリと笑い、自分の部屋に戻っていく。妖忌の目でなくても悪意の塊である事がわかる。あれに協力を求めるほうが馬鹿だ。
 次にあったのはわかさぎ姫、ニッコリと笑って会釈すると台所に入っていった。なんというか、無防備すぎる。出会って二、三日の人間に不信という感情が無い。加えて、この家唯一の男に対して、多少は女として警戒するべきではないのか? となると、残りは影狼か? 
 しかし、計画を話したところで協力してくれるか不安である。結局、針妙丸を騙すことになるからだ。影狼は多分、従わないだろう。そうなると気絶してもらうしかない。血でもかぶって気絶してもらい。そのまま、全てのことを終えるしか無い。考えをまとめて影狼に話しかける。

「影狼、ちょいと手伝ってくれるか?」
「あの、眠いんだけど? 剣の修行? 寝たら?」
「剣の秘伝は誰も見てない夜に授けるものよ」
「……何を言っても聞かないだろうな。手伝うから早く終わらせて寝ろよ?」
 影狼は、寝ぼけ頭をかきながら妖忌を見る。妖忌の目が真剣だ。しかし、口から出た言葉は冗談にしか聞こえない。噴き出すしかなかった。

「なるべく早く終わらせるつもりだ。影狼、悪いがいのししを生け捕りにできるか?」
「ぶっ!? いきなり、いのししか? わなをしかけりゃ取れると思うけど?」
「それじゃ時間がかかりすぎる。じゃあ、熊は?」
「妖忌、基準がおかしい。何をする気だ?」
 あまりの言動に額を覆う。まさか、熊やいのししを針妙丸にけしかける気だろうか? 全く妖忌の表情からは行動が予測できない。いいや、この顔からなら悪いことだろう、しかめっ面に近いのだ。

「秘伝のためにちょいと生き血が必要なのよ。一升もありゃいいんだが……難しいか?」
「ちょっと待ってろ……鶏、十羽ならどうだ?」
「仕方ないかのう。じゃあそれで」
「明日買って来る」
「それじゃおそい。今、取ってきてくれるか?」
「店がやって無いよ! ”盗って来い”って言っているのか!」
「金は明日払うぞ」
「妖忌、一体何をする気だ?」
 ようやく、妖忌が計画を伝える。影狼を気絶させることを上手く隠して、針妙丸に命を奪うと言うことを教えると話した。妖忌は残念そうに「針妙丸は復讐の剣を覚えたいらしい」とこぼしている。しかし、復讐の剣を覚えるなら、生き物が絶対に必要と影狼を説得する。
 その言葉に責任を感じた影狼は、財布をみて、へそくりを出し、それでも足らない分を妖忌から受け取って夜の人里に繰り出した。店はとっくにしまっている。影狼の顔は悪いことをしているのを知りながら店の中に浸入し、鶏を失敬する。そして、そのことへの謝罪文と鶏の代金をおいて、両手を合わせて店を出る。

「妖忌、生きた鶏八羽だぞ。これ以上は無理、店の売り物の鶏、全部でこの数だった」
 無言で妖忌が鶏を受け取る。早速一羽を包丁で切って血を集める。そしてあっという間に自分でかぶった。ぽかんとしている影狼をよそに一羽を残して残りの鶏も同じように血を抜く。そしてためた血をいきなり影狼にぶちまけた。わけもわからず影狼は棒立ちだ。

「妖忌……流石の私もブチギレる寸前なんだけど?」
「少しブチギレして暴れてくれると助かる」
 その言葉を皮切りに影狼が飛び掛かった。妖忌は包丁を放り出して素手で取っ組み合う。しばらく二人で組み合って暴れた後、隙を見て気絶させる。幽香と渡り合った全盛期ならではの体術だ。程よく、髪も乱れ、服も汚れた。そして血の匂い。ようやく条件が整った。この状態で気絶した影狼を出せば殺したと錯覚させられる。
 さあ、復讐の剣、身につけてもらおうか。残った一羽をあっという間に捌き、血袋を作って影狼の服の内側……丁度、胸の中央に仕込む。

「針妙丸、待たせた」
 わざわざ、妖忌が背後から現れる。顔は泥だらけ、血の跡もある。包丁を片手に、腰に木刀をさして、息を切らせながら影狼を引きずっている。針妙丸が驚いている。散々待たされた挙げ句にこの状況、理解が追いつかないのだ。

「ちょいと手こずったわい。見ての通り、影狼に死んでもらった」
「な、何? 妖忌、何を言っている?」
「復讐の剣、身につけたいだろう? 手っ取り早くわしを憎むんだな」
「よ、妖忌。な……」
 針妙丸の頭が理解を拒否していることを察した妖忌はさらに手を打つ。影狼の服の内側に仕込んだ血袋を包丁で突き刺す。針妙丸からは影狼の心臓を突いたようにしか見えない。じわりと広がる血の痕が針妙丸の理解を押す。理解が追いつけば、感情が暴走する。泣くより早く、絶叫と共に突撃を繰り出した。それを木刀で止める。
 のどを突いて声を止め、強く剣を打って手をはじき、首を柄でたたき体に痺れを与える。とどめに体のつぼを押して身動きを封じる。しかし、残酷なことに意識は飛ばない。動けない針妙丸に妖忌の声が情け容赦なく届く。

「どうだ? 復讐の剣、身につけられそうか? まあ、明日、影狼の家に来い。もう一人分、見せてやろう。守るものが無くなっても本末転倒だからな。一人は残すぞ」
 さらに嗚咽を後押しするような台詞をはいて、影狼を担いで家に戻る。つぼの効果が切れるのは丁度、朝方ぐらいだろう。それまではこちらも一眠りだ。泣く針妙丸を一人残して影狼を背負って家に向かった。
 家の前で、影狼を起こそうとする。しかし、先にガラリと玄関が開いた。わかさぎ姫が二人の帰りを待っていたのだ。そして、目の前の状況が理解できない。二人とも真っ赤で近くに包丁が置いてある。影狼の胸には刺したような痕が残っている。
 頭の中が真っ白だ。慌てて飛び出し、包丁を手に取ろうとして前に駆け出して転倒した。妖忌のほうがびっくりして思考停止している。わかさぎ姫はようやく包丁を取ると、目の前で手首を切ろうとしている。慌ててとめた。

「やめい! 何するをする気だ!」
「だって、だって、影狼が、し、死んじゃう。わ、わたしの人魚の血なら」
「死んでおらんわ。待ってろ、今起こす」
「お、起こす? 生きてるの?」
 論より証拠と言わんばかりに、気付けを行う。ぱっと、目を開いた影狼が妖忌を見る。すぐさま腕に噛み付いた。

「痛た、痛つつつ、馬鹿、もういいじゃろ。放せ」
「馬鹿はどっちだ? 折角買った鶏、全部無駄にして! いくらしたと思っているんだ!」
「わかっとる。後で、金は持ってくるわい。じゃから放せ、噛み付くでないわ」
 わかさぎ姫が包丁を落として泣いた。影狼が起きてほっとして緊張が切れたらしい。ようやく泣いているわかさぎ姫に気がついた影狼が泣き崩れた彼女を抱きとめる。影狼は砂だらけで、血で汚れていて、結局、わかさぎ姫も泥だらけになってしまった。生き死にの話などそっちのけで二人して風呂に入ろうと相談している。そして、信じられないことに妖忌がその話に入ってきた。

「わしも泥を落としたいんじゃが?」
「お、お前無神経すぎるぞ? 男のお前を一緒に入れるわけ無いだろ!」
「? おぬしの家の風呂はでかいじゃろ? こういうのは混浴じゃ無かったか?」
「わたし達が先に入る! お前はその後だ! いくらなんでもボケすぎるぞ!」
 「昔は時間も湯の量も減らすために混浴だった」何て言っている妖忌を白い目で見ながら、「現代(いま)は違うの!」と怒鳴って二人が風呂場に向かっていった。風呂場の外で順番を待つ妖忌は「女の湯浴みの長さは昔も今も変わらんな」なんてもらしてひたすらに待った。
 その後、戸一枚をへて待ち構えていた妖忌はのぞきと勘違いされて、問答無用で両頬を張られている。

 次の日、朝食を取る段になって、針妙丸が戻っていないことに影狼が気がついたが、妖忌が「剣の修行の邪魔はしないでもらおう」と言って探しに行くのを止めてしまった。
 影狼も口を挟もうとしたのだが、妖忌は剣のことになるとうるさい。譲る気配が皆無だ。針妙丸抜きに皆でそろって朝飯をとることにする。朝ごはんは炊き立ての飯、香る味噌汁、それに鶏の炒め物だ。昨日の一件ですさまじい量の肉が余っている。

「おい……朝っぱらからこんな量か?」
「妖忌、全部お前の所為だって知ってるか? 鶏鬼の所為で急な買い出し、そこから、メディスンの分を買い足して……止めは昨日の一件だ。家計の急激な悪化はちゃんと責任とってもらえるんだろうな?」
 むやみに捨てろとも言えない妖忌に対して大量の鶏肉を嫌味かと言うほど盛り付ける。「剣の修行の責任(主に食料)も取れよな」と無言の圧力を加える。妖忌にしてみればこれでもましな部類と思っている。いのししや熊を処理しろと言われて丸々食わされるよりははるかに良いだろう。それに、つぼの効果も切れて、針妙丸もじきに現れる。運動すれば多少はましだ。
 食事を終えて、腹も膨れた妖忌が、「腹ごなしには丁度いいな」といいながら、わかさぎ姫と影狼、正邪にサリエルを台所に追いやる。外にはすさまじい剣気を身に纏った奴が来ていた。丁度、台所の戸を閉めたところで玄関が切り捨てられる。「何事か?」と問う影狼に「針妙丸よ」とカラリと答えて、戸につっかい棒をかける。そして、妖忌と針妙丸が示しをあわせたように居間で激突した。

「ふっー、ふっー、妖忌、貴様、殺す」
「おお、流石に優秀よ。復讐の剣、たった一晩で身に付けおった」
 会話もそこそこに剣戟が始まる。刺突を中心とした針妙丸の剣技は鋭い。だが、技術があるわけでもないし、力も足りないのだ。しかし、それらを補って余りある迷いの無さが鋭さを後押ししていた。
 相手が怪我をしたらどうしようとか、刺したら痛いだろうなという気後れが微塵も無い。殺意と剣気が一緒くたになって、急所のみを攻める。攻撃箇所を絞って一撃必殺を狙い続ける剣、一手すらミスを許されない状況下というものは妖忌にとってもきつい。たとえ妖忌の技量を持ってすれば遊びの範囲であったとしても……。
 これが修行でなければ、仕留める気であるなら、出会いがしらで打ち倒せるのだが、針妙丸の成長のためには、ここからさらに挑発を加えないといけないのだ。

「ああ、復讐の剣でも大したこと無いのう。それとも人数が足りんかったか? 次は誰にしようか? 正邪か? わかさぎ姫か?」
「殺す!!!」
 心臓をめがけた一手を木刀で弾き飛ばす。するっと剣が吹き飛んだ。晩飯と朝飯を抜いて力が入らないらしい。息も絶え絶えで、動く力が残っていない。ようやく、頃合いだろうか? 影狼の死を前に一晩、目の前で起きたことをずっと考えても来ただろう。思考が焼きついて、執念だけが燃えている。自分自身の体力を全て燃やしてなお、殺意が止まらない。息も荒く伸びきった針妙丸、その眼光だけが燃えている。そんな状況にとどめを刺す。

「この程度じゃ話にならんな。次をつれてきてやろう。今度は、目の前でな」
「な、何だと? ま、まて。まってくれぇ 妖忌!! やめてくれぇ!!!」
 先ほどまで「殺す」ともらしていた口が、情けない声を上げている。そんな事を気にもせずに台所に向かう。

「あ~、影狼、修行は終わったから迎えにいってくれんか? 今、居間で伸びてるから。あと、わかさぎ姫、朝餉を温めなおしてくれんか? 一晩で腹も空いただろうしな」
 つっかい棒を取り去ると、影狼が慌てて針妙丸のところに走っていく。影狼だけではない、針妙丸の絶叫を聞いていたのは台所に居た全員だ。妖忌を殴り倒す勢いで押しのけると、全員で針妙丸の所に駆けつける。

「針妙丸! 大丈夫か!」
「う、あ、か、影狼? せいじゃ、わかさぎいめ……う……、いぎでいだが……う゛、う゛ぇ~ん」
 針妙丸が泣き出した。それにあっけにとられている三人、「まあ、これで修行は完璧だな」とほざいた妖忌の顔面に影狼のストレートパンチが炸裂する。針妙丸の涙に影狼の怒りが止まらない。全力を持って追撃をつなぐ、腹ものども利き腕も容赦なく攻撃する。そして、牙を持ってのどを狙う。影狼の口に木刀の柄を噛み付かせてようやく一段落した。

「ぬしは……いや、よそう。やりすぎたことは謝る」
「私は許さないぞ! 何やってんだ! 妖忌!」
「許せ! 復讐の剣、あきらめてもらうにはこれしか手が無かった」
「ふざけんなよ! 針妙丸をどれだけ傷つけりゃ気が済むんだ!? 言葉で伝えれば十分だろうが!」
「どれほど! いいか、たとえ天才であろうと、心の底から復讐にとらわれたくないなんて思うには、一度経験するしか無いぞ! それに、教え方はこれしか知らん! いや、これほど痛切に”分かる”って教え方は無い! わしの経験則だからだ!」
 二人とも視線が最悪と言っていいほど殺気立っている。周りの人物は止めるどころではない。「表に出ろ!」、「良いとも!」と売り言葉に買い言葉を放ち、二人とも、止める前に家の外に出て行った。針妙丸はわかさぎ姫に抱きついて泣いている。

「今日という今日は許さないぞ!」
「他のことなら譲る。だが、剣だけは譲らん。見過ごせ。わしはわしのやり方しか知らん」
「黙れよ! 思い知らせる! 反省しないなら……叩きのめす!」
「無駄だ。影狼、わしの実力は……いや、かかって来い。それしかないな」
 妖忌の言葉を買って、影狼が飛び掛かる。棒立ちでそれを受けた。地面に頭を叩きつけられて昏倒寸前、無抵抗だった。

「お前は……多少は受け身を取ったらどうだ!? 死ぬぞ!?」
「この体は死なないぞ。この体で抵抗すればしただけ、ぬしが傷つく。それにわしは剣に命を掛けておる。分かってくれないか?」
「ぐ……なにを、針妙丸は泣いていたんだぞ!」
「それだけ厳しい修行に耐えたと思って欲しい。強くなるよ針妙丸は」
 震える手が仰向けになった妖忌の顔の上で迷っている。そんな手を見て思う。ここの連中は甘い、甘すぎる。敵と認識したらなら容赦なく、躊躇無くとどめをさせるぐらいでないと、守りたいものも守れない。だが、こういう連中が増えてくれたなら、いや、増えてくれたからこそ、あの人里があるのだろう。

「……怒りが収まらない。後一発殴らせろ」
「たかが一発好きに打てばいい」
 思い切りみぞおちに打ち込んで、動けなくなった妖忌を引きずって戻る。針妙丸を見れば安心したのか、泣きつかれたのか分からないが、わかさぎ姫にしがみついたままぐっすり寝ている。布団に寝かせて起きるのを待つ。妖忌と言えば、影狼に殴られた痕を確認しただけで、さっさと家を出ようとしている。

「お前は、もう出て行くのか?」
「ああ、そうだ。今日が幽香の言った期限だしな。刀を勇儀から取り戻したら自分の家に帰るさ。ただ、針妙丸に最後、言わなきゃいけないことがある。もう一度、昼時には戻るぞ」
「……剣のことか」
「そうだ。復讐の剣よりも良い剣を教えてやりたい」
「妖忌、その剣を最初から教えなかったのは何でだ?」
「復讐の剣を選ぶような単純な自分自身への強さにあこがれる心をへし折っておきたかった。それだけさ」
 妖忌はそれだけ言うと、さっさと無名の丘近い森に向かっていった。

……

「お、お願いします。返してください! それ、私の刀なんです!」
「あ~、そうか。もうちっと待ってくれないか?」
「もう少しってどのくらいですかッ?」
「あ~、十日でどうだ?」
「待てません!」
 妖夢が勇儀に土下座している。妖夢がきたのは幽香の仕業だ。持ち主が来たら返すと言う勇儀の言葉を逆手に取った方法である。こうすれば勇儀は妖夢に刀を返さざるを得ない。しかし、それを勇儀は先延ばしにしようとしている。元々の持ち主に返すつもりだ。”十日で返す”と聞いて端でガッツポーズしている幽香に声をかける男がいた。

「後、十日はまてんな。幽香、お前のやり方はわかった。もういいぞ」
「なっ! いきなり現れて、何を言っているの?」
「いいじゃないか、おぬしがおとなしくなったのは良くわかった。優しくなったの」
「ふざけんじゃないわよ。十日放っておけば妖夢が刀を取り返す。たった十日じゃない。待ちなさいよ」
「分かった。もう用は無いな。帰るとするか。十日で妖夢が刀を手にする。問題ないな」
「ちがっ……」
「違わないぞ。わしは妖夢に刀を渡した。引退さ。わしの責任で刀をなくしたが、刀は妖夢で取り戻せる。勇儀が十日と言ったなら十日さ。もう幻想郷にいる必要は無い」
「ちょっと待ちなさい。えっ~と。そうよ。見てなさいよ。今すぐ、あなたに刀を返すから」
「ほ~う。なるほど。じゃあ、あと少し待つとするか。大妖怪の手練手管見せてもらおう」
 腕まくりをして幽香が勇儀の元に進んでいくが、頭の中に良いアイディアがあるわけではない。妖忌の視線を受けながら日常的な会話をするのみだ。

「ご機嫌いかが、勇儀さん?」
「はっ、なるほど、妖夢をけしかけたご本人の登場か」
「あら、私は持ち主に探し物の場所を教えただけよ。さっさと返したらどう?」
「ん~、お前が現れたってことは相当あせっているな」
「誰がよ?」
「お前がさ。大方、あいつに”もう帰る”って言われたらしいな」
「な、なんでそれが分かるのよ」
「お前がご執心、そいでもって妖夢をけしかけて、最後の一押しって焦りかな。まあ、いいか。おい、お前ら耳をふさげ」
 勇儀が耳をふさげのところだけ小声で話す。咄嗟に耳をふさいだ幽香と何を言っているのか分からない様子の妖夢をおいて大音声をあげる。

「おい! 妖忌!! 聞こえているか!!! 刀が欲しけりゃ自分で来い!!!! 孫娘がどうなっても知らんぞ!!!!!」
 幻想郷中に響くような音量……勇儀自身、そばに妖忌がいるとは思っていない。しかし、幽香のこの態度、幻想郷の中には必ずいる。ちょっと大声上げれば声が届かないなんてことは無いと考えたのだ。しかし、勇儀の思っていたより近くで反応がある。木陰でばったり倒れた影があった。小声が聞き取れず。思わず意識を耳に集中した妖忌に声が直撃した。一発で術が解けて半霊が転がっている。同じく声が至近距離で直撃した妖夢の動けなくなった半霊と見比べても大差ない。しかし、本体に声は届いていたらしい。妖夢よりも早く起き上がった半霊は本体が来ることを告げた。

「ようやくご本人の登場か」
「……勇儀、手を出さないでくれる?」
「はは、残念だな。それは本人次第さ。それに、約束は私が先だ。おとなしくしているんだな。それとも、先に私の体力を減らしておくか? 万が一、戦う場合に備えてな」
 幽香が自分の手を見る。難しい選択だ。勇儀とやりあった場合、勝ちにしろ、負けにしろ体力は底をつく。妖忌は嬉々として立ち去るだろう。もし、あの男を捕まえるなら、全力を残していないと無理である。そうするとここから先は確率計算になる。勇儀と妖忌が激突する確率、妖忌が刀を使う確立、そして鼻の下を伸ばさない確率。肝心要の激突後、女相手に刀を振るう確率がほぼゼロに近い。それでもって激突の確率は限りなく高い。しかし、幽香と勇儀が争って、すんなり刀を手に入れられた場合はまず間違いなく逃げられる。そして二度と手が届かないだろう。幽香にすれば苦渋の選択、最悪、妖忌と勇儀の決戦に割り込むつもりで手を引く。

「ほほう、本当にご執心だな。手を引くなんてな」
「うるさい。切られてのた打ち回っても助けないからね」
「はっ、望む所さ」
「このバトルジャンキーが」
「ほめ言葉だよ」
 一刻ほど勇儀と話しただろうか、気がつけば古臭い服装をした人物が現れた。頭に頭巾をかぶっていて顔が見えない。

「あ~、勇儀。わしじゃ。妖忌じゃ。早速で悪いが、刀を返してもらえるか?」
 声に驚いているのは幽香だ。手が震える。何だ? この声? 信じられないほどに張りがない。ジジイとは思っていたが、ここまで変わっていると理解が追いつかない。半霊と話していた所為だろうか。半霊は若い頃の声を再現している。年をくったといっていてもここまでとは思わなかった。勇儀は驚きもせずに会話を進めている。

「く、くっくくく、妖忌、老いたな」
「そうじゃ、すまん。勇儀、正直顔すら見せる自信が無い」
「弱い人間の性かね? 刀……渡す前に確認したい。私との約束覚えているか?」
「もちろんだとも、紫と決着つけたら、決闘だったな」
「よく言った」
 刀を勇儀が手渡す。妖忌はそれを確かめる。「確かに受け取ったぞ」と、そのまま横で見ていた妖夢に手渡した。

「ああ、やっぱり約束を守る気は無いか」
「スマンの。悪い男に引っかかったと思って諦めてくれんか? わしはあの時、復讐にかられていてな。力さえ身に付けば何でも良かったんじゃ。しかし、それも届かんかった。紫には勝てんかったよ」
「ふっ、負けたか。お前ほどの男が」
「買いかぶりよ。その評価そのものがな。所詮、わしは女狂いってことじゃ」
「はっはっはっは!!! そうか、残念だ。最初に私に狂わせりゃ良かったな」
 二人して、からからと笑っている。「私の約束は”紫の次”だったな」と言う、「ああ、”西行妖の結界をぶった切って、ぶちきれた紫を相手に生き残ったら”と言ったな」と答えた。「まだ、決着はつかないか」と聞き、「もう、生涯つくことはないさ」と答える。二人してそのまま笑い続ける。

「妖忌、残念だ。最後に、手を見せろ。私が焦がれた腕を見せてくれないか」
「枯れ枝よ。見せる価値が無い」
「いいから見せろ」
 腕を伸ばして勇儀が袖をめくって確認する。ため息が漏れるほど細い。色が変わって、張りも無い。「たとえ、打ち倒して、持って帰っても何の自慢にもならんな」、「悪いな、価値すらなくして」。そして、その二人の会話に目を背けている幽香、年をとったことを確認したくないのだ。手を袖に隠すと二人して次の話になる。

「力比べはやめにして、飲み比べしようじゃないか」
「無理じゃ、おぬし、底なしじゃからの」
「別に幽香ぐらいならつれてきてもいいぞ」
「戦力にならんわ」
 二人して爆笑している。そんな二人をおいて幽香が離れた。もう聞く耳が耐えられない。昔、競い合った奴が枯れてしまった。半霊は無理をしていたのか、”過去を今にする必要は無い”あいつの言葉が胸に刺さる。……くそッ! 枯れた話ばかりしやがって! そう思ってなお、遠めに二人を見る。いまだに妄執を持つ自分に気がつかず、かなりの距離を保ったまま観察を続ける。

……

 昨夜、旧都に到着した一行があった。紅魔館の一味はフランドールを探して、旧都を暴れまわっている。主役はレミリアだが、弁当を食べ、到着してからぶっ続けで数時間……そろそろ、息切れが近い。しかし、ようやく鬼の頭領が気がついた。現場で暴れるレミリアに近づく。

「ふははははは、ようやく、旧都に来たか。夜の王! 歓迎するぞ! 今回は面倒な能力制限なし。ぶちのめしてやろう」
「ようやく出てきたな田舎者風情がッ! わが力を前にひれ伏すがいい!」
 出会いがしらのテンションと言うものだろうか、二人して大声で激突する。しばらくの間、レミリアの猛攻が続くのだが、次第に萃香に押されだす。集める能力で、レミリアの行動を制限する。予測された軌道の中でレミリアを捉える。ここ数日の疲弊と心労で減った機動力と攻撃力がさらに削り落ちていく。何しろ全ての攻撃を萃香の利き手に集められてしまう。すべてが力比べになる。常に萃香は鉄拳を出す。グングニル、スカーレットシュート、スターオブダビデ、全てを収束させて撃つが、それでも萃香の拳に押される。

「ふっー、流石、夜の王! 私の拳をズタボロにするとはな! だが、しかし、私にはまだ左手がある。意味がわかるか?」
「お前が計算のできない馬鹿で、実力差のわからない脳足りんな事が良くわかった。今度は両手で撃つ。吹き飛ぶがいい」
「か、かははははっは、わかってないのはお前の方だ。結集せよ! わが力! 左手のみで両手を吹き飛ばしてやろう!」
 二人してテンションが最高潮に高まっている。端で見ている美鈴と咲夜はきれいな花火程度の感覚でそれを眺めている。仮にこの激突にレミリアが耐えても、萃香の体力は底なしである。全く引かずに頭突きで勝負に出る。次第にレミリアが押されだすだろう。実際の所、萃香の集める能力に逆らいながら、攻撃箇所を全身に散らすと言うのは至難の業だ。意図せずとも、必ず一点を狙って集中攻撃をしている羽目になる。その多くは萃香の攻撃力の頂点、拳に集中し、知らずもがな力比べをする羽目になる。フランドールがわけもわからず敗れ去った理由もここにあった。

「じきに決着しますね。萃香さんの勝ちですか」
「正直、あの攻撃力に逆らうってのが信じられないんですが? どっちも信じられないぐらいの怪物ですよ」
 美鈴の言葉を笑って流している。咲夜にとって見れば、どのタイミングで仲裁を入れるかの問題だ。レミリアが勝とうが萃香が勝とうが関係ない。つい先程の大爆発でさらに疲弊したレミリアが声を荒らげている。

「くそっ! おとなしく寝ていればいいものを!」
「あの程度で”おねんね?”、ガキが、幼稚園児からやり直したらどうだ?」
 萃香の挑発でさらにレミリアが激昂する。しかし、もう萃香を倒しきるだけの魔力が無い。それを見越して最高のタイミングで咲夜が横槍を加える。

「美鈴、用意。加速させますわ。三十倍速で」
「いきなり最高速度ですか?」
「トップスピード以外で割り込める自信があるなら五倍速にしますか?」
「三十倍速でお願いしますよ」
 咲夜が美鈴の時間を圧縮する。美鈴が耐えられる最高速度、三十倍速で突っ込ませる。息切れしたレミリアの視界を瞬時にさえぎり、命中寸前の萃香の拳を丁重に捌く。それでも拳の着弾をそらすだけで美鈴の全力が必要だった。

「ふっ~ 流石ですね。萃香さん」
「あ゛あ゛ん? 邪魔すんなよ? 今いいところなんだ」
「美鈴! 咲夜! 引っ込んでいろ、命令だ!」
「お嬢様、これ以上、萃香さんに意地をはらせると可哀そうですわ」
「あ゛? 誰がカワイソウだって? 何なら三対一やってみっか? 旧都ならかまわないぞ?」
「咲夜、問題ない。下がっていろ」
 いつの間にかレミリアの前に立っている咲夜が首を横に振る。

「お嬢様、やりすぎですわ。萃香さん、怪我をなさっているでしょう?」
「こんなの普通だが?」
「首をへし折っても死ぬ奴じゃないぞ!」
 咲夜がそれでも首を横に振る。美鈴は萃香の拳を盗み見るが、拳法家なら致命傷と言っていい。ようするに戦闘不能状態だ。それで引かないのだからなんといえばよいのか、味方だったとしても心強さを通り越して心配になってしまう。

「怪我をしている相手にさらに攻撃を加えるのがお嬢様のやり方ですか? 弱いものいじめをすると?」
「ぐっ、咲夜。言い方が汚い。こいつは、その……なんだ、ピンピンしている。元気そのものだぞ」
「もういいから、三人でこいよ。まとめて相手にしてやるから、やろうぜ!」
 勢いよく構え直した萃香の言葉を完全に無視して、咲夜がレミリアを潰しにかかる。

「幽香さんと同類になってしまいますよ?」
「……な? あれと同類? 違うぞ。私は違う」
「どこがですか?」
「えっと……その……う~……いじめはしないぞ」
「良かった。では、怪我をした子を攻撃したりしませんね?」
「……う、汚い。咲夜、言い方が汚いぞ」
「するのですか? しないのですか?」
「ちょっといいかお前ら、どうでもいいからかかって来いよ。いまなら三対一、武器も使っていいぞ。何なら妹さんを呼んでもいい。なあ、手が痛いとか言わないから来いよ」
 レミリアが恨めしげに萃香を見ている。視線が早く飛び掛かってきてくださいと言っている。咲夜を相手に頭が上がらない。完全に水を差された。戦いを説教から逃げる口実にしようとしている。口の上手さでは咲夜相手に歯がたたない。咲夜に現状の体力と性格の欠点と自分の弱点を完璧なまでに握られている。

「ほら、萃香さんも手が痛いって言ってますよ」
「いや、言わねぇよ」
「う~……しないぞ」
「何です? はっきり言ってもらえますか?」
「いじめはしない! 私は幽香とは違う!」
「……ガキだな」
 視線がすさまじい勢いで萃香を向くが、言い負かされているレミリアを見て、つばぜり合いをしていた自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。「はいはい、済みませんでした」と言葉だけ謝る。そして間髪いれずに咲夜の攻撃が入る。

「お嬢様も優しい心で謝ってください」
「あ……が……さ、咲夜……お前、覚えていろよ」
「なんですか?」
「萃香……悪かった」
「聞こえませんね」
 ぎりっと歯を鳴らして、大声で「萃香! 怪我させて悪かった! 許せ!」とだけ叫ぶとふてくされてそっぽを向く。レミリアは横顔で歯軋りしている。もしも、咲夜以外が同じことをしたら、命は無い。戦いに割って入った時点で攻撃の巻き添えをくっただろう。
 咲夜はレミリアの言葉に満足すると、萃香に酒樽を示す。

「萃香さん、お詫びの品ですわ」
「酒樽一つで水に流せ……か、紅魔館いち手ごわいのは、レミリアでもなく、フランでもない、貴様か」
「滅相もありません。私では美鈴の足元にも及びませんわ」
 「「「うそつき」」」とその場の残り三人の声が重なる。

「私の嘘はおいておいて、萃香さん、フランドール様の居場所を知りませんか?」
「あ~、フランドールなら牢屋さ。旧都の牢屋の中」
 無言で咲夜がナイフを構える。それを一瞥すると萃香が言葉を続ける。

「もう少し刺激すると楽しそうだが、まあいいか。酒の礼だ。フランドールは牢屋の鶏鬼を吸血鬼化させるんだと。だから牢屋の中さ。わかるか? 今頃、鶏鬼をバンパイアにして、おもちゃにして遊んでいるさ。満足すれば出てくるだろ」
 咲夜と美鈴が目をむいた。フランドールの下僕ってどんな強さだ? しかも大本が鬼の一味、それをフランドールの力を分けて吸血鬼化させたら? ゴクリとのどが鳴る。レミリアが話半分に聞いていたがすぐさま、萃香の胸ぐらつかんで、牢屋の位置を聞いている。

「どこだ!?」
「えらそうだな。言う気をなくすぞ?」
「馬鹿っ! 早く場所を教えろ! 取り返しがつかなくなるぞ!」
「はぁ? 場所なら旧都の西のはずれだ。この先の大通りを曲がってまっすぐ行きゃ、フランドールの魔力がわかるさ」
「いそぐぞ!! 咲夜、全速力だ! 早くしろ!」
 三人が大慌てで駆け出す。それを、萃香は面白半分でつけだした。急ぐ美鈴を相手に話を始める。

「何をあせっているんだ?」
「これがあせらずにいられますかっ! いいですか? フランドール様はほとんど加減を知りません」
「いいことじゃないか、手抜きが無くてさ」
 話の通じなさに思わず舌打ちする。

「手抜きどころの話じゃないんですよ。パワーアップなんかでも加減が必要なことをあまり理解していないんですよ」
「だから?」
「ぶっちゃけて言ってしまえば、フランドール様が容赦なく”自分のおもちゃ……半分ぐらい!”なんて言って魔力を相手に注ぎ込んだら、どうなります? 間違いなく暴走しますよ? フランドール様の五割の魔力って幻想郷でも上から数えたほうが早いですよ!?」
 ちょっと考えていた萃香の顔が青くなる。間違いなく牢屋は全壊する。鶏鬼にそんな膨大な魔力をコントロールする器は無い。「大変だ!」いまさらながらの絶叫を上げて、先頭をきって牢屋に向かっていった。走って牢屋に向かう最中に地鳴りがして、前方で大爆発が起こる。この大爆発はフランドールの魔力のものだが……どっちの仕業だ?
 四人が駆けつけた時には既に廃墟となった牢屋が横たわっていた。鶏鬼を除いた囚人達とフランドールが呆然と取り残されている。

「あ……、ね、姉さま」
「フラン、無事だったか!?」
「あ、あのね。わたし、ケーキに魔力をあげたの、いっぱい遊ぼうと思って……魔力をあげたの。長持ちするように、再生能力とか中心に……殴っても壊れてもすぐ元に戻るように……でも、そしたら、爆発して逃げられちゃった」
「いい、お前が無事ならそれでいい」
「いや、よくねぇよ。どうすんだこの惨状」
「牢屋の建て直しなら、美鈴を貸してやる。使い潰せ」
「酷い!」
「そんなことはどうでも良いです。『良くないですよ! 咲夜さん!』 それより、フランドール様、疲れすぎていませんか? あの……いったい、どれほどの魔力を?」
 一同がまさか半分も魔力をあげたのかと思ったが予想をはるかに上回る回答が来た。

「八割ぐらい」
「!!?? は、八割っ!? フラン、悪いがやりすぎだ! 何でそんなにやったんだ!?」
「だって、思いっきり遊びたかったから、ケーキ遅いし、大体そのぐらいで遊ぶには丁度いいかなって思ったの」
 フランドールを除き、青い顔をしている紅魔組、フランドールの八割の魔力を持つ相手など、万全の状態のレミリアですら手こずる。そして、レミリア自身はつい先程、萃香を相手に全力を出してしまった。これから万全の状態を整えるのなら、最低二日を要する。フランドールは鶏鬼に対して魔力を与えすぎて疲れている。疲労まで加味した場合、戦っていれば負けたのはフランドールだろう。しかし当人はそんなこと気にもしないで、眠ろうとしている。

「お、おい、フラン! まだ、寝るな!」
「だって、姉さま、私眠い。ちょっとだけ寝かせてお願い。すぐに起きるから……く~」
「すげえ、この状況、これだけ災難をばら撒いて、堂々と眠りやがった」
「うちの妹様は大物ですね」
「うるさいぞ、フランは私と違ってタフなだけだ」
「タフすぎますわ」
 二人の吸血鬼姉妹を比べて、レミリアは粗暴であるが、精神面が繊細なのだ。比べてフランドールは無邪気に自由で、究極なまでにタフである。レミリアは咲夜が居なくなったり、フランドールが居なくなったりとすぐに影響が出るのだが、フランドールはその程度では変わらない。環境の変化に対して猛烈に強いのだ。
 レミリアが仕方なしにフランドールを背負う。

「そういえば、鶏鬼はどこです?」
「フランドール様の話では逃げたそうですね?」
「……今、すっごい嫌な想像をしているんだが、まさか、地上に逃げ出してねぇよな?」
 一同が凍り付いている。レミリアには想像すらできていない、頭の中は真っ白だ。

「こんなの紫にバレたら、ただじゃ済まんぞ?」
「そんなことより、ミスティアちゃんとか襲われたら一巻の終わりですよ!? それどころか白蓮さんとかだって怪しい」
「それこそ、人里で暴れられたら幻想郷がなくなりますわ」
 全員で話して、即刻、幻想郷に戻るべきと判断を下した。旧都の中で捜査網を張り巡らせるより、地上につながる一本道をふさいだほうが良い。旧都の連中は地霊殿に避難させればいい。流石に地底の太陽を相手に吸血鬼が戦えるわけは無い。萃香の能力で、地霊殿に住民を押し付ける。そして全員で旧都と地上をつなぐ洞窟へと急いだ。道中ですれ違うパルシィやヤマメに逃げるように指示を出す。連中が襲われていないってことは、まだ鶏鬼は旧都に居るはずだ。

「そういえば、さとりさんには何も言わなくていいんですかね?」
「言う必要は無いさ、へたに近づきゃこちらがつけ込まれる。ああ見えてしたたかだぜ。まあ、あいつもすぐに異常に気がつく。問題ない」
 出口に向かって真っ先に萃香が飛び出していく。外は曇り空だ。最悪である。このまま奴が外に出たら昼間だと言うのに惨劇が起こる。即、勇儀を捕まえよう。できることなら旧都の中で完全決着したい。勇儀ならば、容易でないにしろ押さえ込める。続けて外に出た美鈴たちは地上の出口にて二人が残る。いわゆる時間稼ぎと言う奴だ。レミリアとフランドールは紅魔館に帰還しようとしている。一日あればフランドールが魔力を元に戻す。足りなきゃ、自分の魔力を食わせるつもりでレミリアが説明している。

「いいか、お前らは足止めだ。それ以上は許さん。決着は我ら姉妹でつける。それと、危なかったら撤退しろ! 命令だぞ! 怪我すら許さん! 正直、人里のひとつやふたつ、お前と比べることすら馬鹿馬鹿しい。だから危険を感じたら逃げろ」
「心得ました」
「最終防衛ラインですね」
「出てきたらここで時間停止させて凍ってもらいますわ」
「美鈴! 咲夜が怪我したら、貴様に百倍返しするからな!」
「なぜ、私の扱いはこんなにも酷いのか……」
 苦笑いしている美鈴は言葉を言い終える前に振り向く。異常な振動を感じた。武術家としての直感が絶望を知らせる。四人が居る位置がそもそも死地だった。旧都の出入り口、つまり目の前は洞窟……もっと簡単に言い換えるならば天然のメガホンの前に立っていると考えればいい。地下から大声を上げたら声の威力は収束したまま出口に到達する。たとえ衝撃で洞窟が崩れてもそれを超えていけるだけの力を持っている奴だ。咄嗟に自分自身の耳を叩いて鼓膜を麻痺させる。ほぼ同時にかなりの衝撃が吹きぬけた。レミリアが尻餅をついている。地獄耳と形容されるほどの耳のよさが災いした。奇襲を喰らって腰砕けになっている。フランドールは背中をずり落ちて眠ったままだ。もしかしたら眠ったまま気絶したのかもしれない。咲夜の方はもっと酷い、先程までの会話の表情そのままでばったり転倒した。咄嗟に美鈴が体を支えなかったら頭を痛打していただろう。

「咲夜さん! 咲夜さん!!」
 どれほど声を張り上げても反応が返ってこない。美鈴の背を冷や汗が伝う。……鼓膜が破れたか? ついでに言うと自分で上げた声は自分にも聞こえない。自ら麻痺させたとはいえ、こんな数秒で耳の機能は回復しない。そんなことができるのは横で怒号を上げているレミリアだけだ。吸血鬼特有の超再生能力、耳をやられていたのはほんの数秒だ。本人は不意討ちとはいえ攻撃されて尻もちつかされた。それより何より、大切な咲夜を傷つけらている。ブチギレ状態で手の施しようが無い。なけなしの魔力をかき集めて反撃を繰り出している。

「こ、殺す! 殺して殺(や)る!! わが力を前に絶望し、果てるがいい!!!」
 相手が地下でどこにいるかさえわからないのに洞窟の中に向かって全力でグングニルを投擲する。先程の不意討ちが可愛いと思うほどの音と衝撃が走る。天まで届く紅い光の柱がたつ。そして、美鈴の見ている前でレミリアは仰向けにばったり倒れてしまった。

「くそっ……力を使いすぎた。動けん」
「お嬢様……やりすぎでは無いですか? あれじゃ、旧都もただじゃ済みませんよ?」
「旧都は無事だ。萃香が住民を逃がした。それに家が吹き飛ぶのは奴らの日常だ」
 美鈴は読唇術で言葉を聞き取る。まあ、その通りか。そんなことより、三人担いで紅魔館に戻らなくてはならない。まあ、ワインひと樽よりはマシだろう。レミリアに向けて手をさしのばす。しかし、レミリアが美鈴を見ていない。
 空を見上げているレミリアが落下するものに気がついたのだ。……怒りで現状を見失った。あの一撃じゃ片がつかなかったか。

「ぐっ、くそ。美鈴、咲夜とフランドールを先に連れて行け。私の責任だ。私が足止めをする」
「えっ!?」
 レミリアの視線の先を見た美鈴の瞳に黒い点が映る。先程の光の柱に巻き上げられた岩みたいな塊が落ちてくる。だんだん大きくなるが、黒焦げの……肉の塊? 多分、動いている様に見えるのは気のせい……じゃない! まだ生きている。いいや違う、死ねないのだ。あれほどのダメージを受けたというのに、落下中に体が再生している。徐々に鶏みたいな形に戻っていく。あいつはフランドール様の力を受けた。簡単に終わってなどくれない。

「怒りのあまり、旧都から押し出しちまったか。笑ってしまう。事態の悪化など誰が望むものか」
 美鈴はレミリアを助け起こすと咲夜を背負い。フランドールを抱きかかえる。レミリアは足元がおぼつかない。先ほどの一撃で本当に魔力が底をついた。よれよれの状態で格闘のみで迎え撃たねばならない。つくづく旧都での萃香戦が余計だった。

「泣き言いっても始まらん。いいか、美鈴、逃げるだけの時間は稼いでやる。紅魔館で咲夜を起こして、フランドールをなるべく早く回復させろ、後のことは全てフランドールに任せる」
「お嬢様は? どうするんですか?」
「どうもこうも無い。敵の足止めだ」
 美鈴はその顔から決意を読み取る。自分達のための捨て駒になる気だ。

「その後は? どうするんですか?」
「足止め、時間稼ぎだと言っただろう。できうる限り長くだ。もう行け。時間が惜しい」
 落下物は地面に激突し、もがき苦しむように転がっている。じきに手も、足も完全に再生する。尋常じゃない速度で黒焦げの皮膚が新しい皮膚に置き換わっている。

「行け! 逃げる前に私に殺されたいか!」
 美鈴は鶏鬼を見て、意を決したようにその場から撤退する。レミリアはもって……二分、下手すれば数十秒で決着してしまう。どの勢力への救援要請も間に合わない。これは仕方ないことなのだ。二人を担いでレミリアの視界の外に素早く飛び出す。物陰で思いっきり咲夜を揺さぶった。

「咲夜さん! 起きてください! お願い、起きて! くそっ!! 起きろぉ!!!」
 もう仕方ない。撤退した物陰で咲夜に強烈な気付けを行う。レミリアの目の前ではできなかったし、こんな事態でなければ絶対にしなかった方法でたたき起こす。強烈な刺激で咲夜が目を見開く。美鈴と目が合った時には、激昂と共に「痛い!」と言葉をそえて平手打ちを見舞っていた。それをものともせずに美鈴がレミリアのいる方を指差す。真剣なまなざしに視線を誘われた先では惨劇が起ころうとしていた。美鈴の目の前からナイフを構えた咲夜がかき消える。

「くはははは、ざまぁ無いな。夜の王が……この程度のゴミに喰われるか」
 鶏鬼が目の前で汚い口を広げてよだれをたらしている。両の腕を握りつぶされる形で掴まれた。今や逃げる体力も無い。時間にしてわずか三十秒ほどだったか? いや、まだだ。喰われ方を工夫すればまだ数分はもつ。あっけらかんと自分の命の使い方を考えている。しかし、それにしても遅い。焦らすにしてもほどがある。流石、下賎の……?

「お嬢様! 申し訳ありません! この咲夜、一生の不覚! 気絶しておりました!」
 声に振り向けば、咲夜が顔が見えないほど深く頭を下げている。……そうか、起きたか。良かった。そんな程度の気持ちしかない。そして、目の前のゴミは時間が停止していたのか。全く気がつかなかった。この汚い口、不細工な顔、そして時間停止に気がつかない自分……滑稽だ。わずかな間をおいて笑いがこみ上げてくる。自分の間抜け様も相手の馬鹿面も笑い飛ばすしかない。咲夜が戸惑うほどの哄笑を始めた。

「お、お嬢様、お、お気を確かに」
「カカカカッ! はははははははははははは!! あ~はっはっはっはっは!!! ああ、悪い、悪い。別に狂ったわけじゃないさ。安心したら、こいつの馬鹿面が面白くてな。だが、見飽きた。もう見たくないんだが……私を助けてくれないか?」
「それが……大変申し上げにくいのですが」
「許す。言え」
「ナイフがその、鶏鬼に刺さらず……切断できません」
「だったら私の腕を切れ。銀のナイフなら可能だ」
「そ、それより。私の血をお飲みください。お嬢様なら瞬時に回復できますわ。どうぞ私をお使いください」
 そう言って、さっと腕をレミリアの口元に差し出す。咲夜の行動と言葉を理解するのに十数秒かかった。レミリアは目の前の白い腕を、傷一つない綺麗な手を見ている。一向に噛みついてくれない事に咲夜が戸惑っている。「あ、あの……どうされました?」そんな一言がレミリアに火をつける。
 ……貴様、私に回復を強制するつもりか? 忠誠心を喰えというのか! お前を私に傷つけさせるつもりかッ!!! レミリアが一挙に怒りで沸騰寸前になっている。
 怒りはそのまま音量になる。吸血鬼と人間では回復能力に絶望的な差がある。咲夜を傷つけたら元に戻るのにどれほど時間がかかるかを腕を食わせようとしている当人が理解していない。そのこともレミリアの怒りを後押ししている。

「下がれ!!! 咲夜!!! それ以上の発言は許さん!!! そんなもの喰えるか!!! 黙って私の腕を切れ!!! できなきゃ時間停止をやめてとっとと逃げろ!!! 私を馬鹿にする気か!!! 大馬鹿者め!!!」
「……ご無礼をいたしました」
 気迫に押された咲夜が腕を引っ込める。そして、悔しそうな顔で切断を始める。そんな顔を腹立たしさ半分、面白さ半分で眺めている。自分は吸血鬼だ、両腕の損失なんて取るに足らない。しかし、咲夜が面白い。申し訳なさそうに上目遣いで顔色を窺いながらナイフを操る。私にとってどうでもいいものを切なそうに切りやがる。魔力が残っていれば霧化もありえたが、そんな力は残っていないし吸血鬼の役得と言った所か? 少しばかり「もっと、ゆっくり切れ」とか、「優しく切れ」とかいって困らせてみたい衝動にかられている。

「申し訳ありません」
「良い、許す」
「かくなるうえは、美鈴と一緒に今度こそ鶏鬼をしとめますわ。どうか、ご命令を!」
「それはダメだ。お前は私と一緒にいろ。右腕が無くては不自由でしょうがない」
「そ、それはすぐにでも、回復していただきますわ」
 咲夜の回答に半ばあきれたレミリアの視線と真剣極まる咲夜の視線が合う。「……直接言わないとわからないか……」なんて声をレミリアが漏らす。
「……馬鹿者が……私の右腕はここにある。……お前のことだ。十六夜咲夜。お前が私の右腕だ。だから傍にいろ。実の両腕なんぞ無くてかまわん。だが、お前がいなけりゃ私は一週間保たん。だから――」
 その言葉の先を咲夜がようやく理解して顔を赤くしている。言えなかったがそれだけ確認できれば十分。無言にて目配せだけして、しばらく二人で歩を進める。そうして物影で凄い真剣な顔で凍り付いている美鈴を見つけた。二人でのぞき込む。

「ほ~う、美鈴の癖に格好いい顔するじゃないか」
「私もこの顔には圧倒されましたわ」
「だが、私の方が百倍は格好良かったな」
「心臓が止まるかと思いましたわ」
「ふっ、はははは、そして、止まったのは時間だけか。中々しゃれが効いてるじゃないか」
「笑い事ではありませんわ」
 レミリアの合図で時間停止が解除される。鶏鬼は両手に握った獲物が消えていることにすら気がつかず虚空を噛む。じきにこちらの様子にはすぐ気がつくだろうが……咲夜が起きた以上、逃げ切るだけならたやすい。
 美鈴はレミリアが救出されたことを知ると真剣な顔を崩した「早く逃げましょうよ」といつもの顔で二人をせかす。「お前は私の状態を見て何も思わないのか?」との問いに「それが怪我の内に入るんですか?」ととぼけた答えをぶつける。

「くくくく、くかかかかかか、美鈴、今の今まで気がつかなかったが、良い度胸してるじゃないか。まあいい。今日は気分がいいから許してやろう。咲夜、行くぞ」
 レミリアの声に気がついた鶏鬼が物影をのぞいたときには人影はなく、レミリアの血の匂いが残るだけである。

……

「妖忌、もう帰るのか?」
「応さ、勇儀、刀は戻ったし、わしがここにいる意味も無い。悪いな」
「妖忌、次はいつ会える?」
「次、次か……運が良かったらってことにしようか。わし自身、もう長く無いしな。それに、だいぶ体も利かんようになった」
「運か……まあ、仕方ないか。葬式ぐらい教えろよ? 旧都で最上の酒を持っていく」
「やめとけ、全部、幽々子に飲まれるぞ」
 そうして、二人して腹を抱えて笑った。そこへ萃香が飛んでくる。鬼の頭領にしては珍しいほどあせった顔だ。

「勇儀! 手を貸せ。トラブルだ」
「萃香、少しはわきまえな。客人が来ているんだ」
「わしは別に構わんさ、じゃあな勇儀。久しぶりに楽しかったぞ」
「チッ、萃香、トラブルってのはなんだ? お前が慌てるほどの物か?」
「鶏鬼が暴れて、牢屋をぶっ壊しやがった」
「ッツ! 全く、あの馬鹿は……いや、待ておかしいぞ。あいつに牢屋は壊せんはずだ」
 妖忌は”鶏鬼”との言葉に立ち去るのをとどまった。そいつはわしがぶった切ったはずだが?

「紅魔の妹さんが魔力を与えちまったんだよ。八割もな」
 勇儀がその量を聞いて思わず噴出している。「八割!? 八分の間違いだろ?」、「いや、八割だ間違いない。本人が言っていたし。事実、牢屋は既に廃墟だ」大慌てで情報を伝えている。その端で妖忌は孫に「紅魔の妹さんってのは翼が宝石の子か?」と聞いている。孫が肯定するのを確認すると、とんでもないことが起きたことを意識した。

「妖夢、ちと聞くが、フランドールちゃんを倒せるか?」
「戦えと言われれば戦いますが……真正面からでは全く歯が立ちません」
 妖忌がため息をついている。「仕方ないかのう」と言って、妖夢から刀を一本渡してもらうと、半霊に術を施し始める。横では鬼達がてんやわんやの相談をしている。勇儀がふと気がつけば横には昔なつかしの顔があった。

「よ、妖忌、お前か?」
「あんましこの術は使いたくなかったぞ。勇儀、折角だ手を貸す」
「勇儀、誰だこの馬鹿は? 我ら鬼に手を貸せる奴など居るものか」
「萃香、少し黙りな。私の客人だよ。そして、私の知る限りにおいて最強の剣士だ」
「おだてるない。鶏鬼が相手なんじゃろ? あの馬鹿は野放しにできんわ」
「お前……まさか、三日前に鶏鬼をぶった切った奴はお前か!?」
「ああ、こんなことになるなら、本当にぶった切っておくんだったな」
 萃香が目の色を変える。あんな切られ方、見たことがない。妖気も感じず、霊力も大した領域でないのに、この男にあんなことできるわけがない。「嘘じゃないだろうな?」との言葉に、「嘘言ってどうするよ?」と答えた。それより、今、どうするかを話そうとしたとき、洞窟がある方角で紅い光の柱が立った。

「レミリアか!? あの馬鹿、目立つことしやがって、紫にバレたらどうする気だ!」
「バレるも何も、あれで片がついたんじゃないか?」
「一応、見に行こうかい」
 一行が動き出すより早く、蒼白な顔の紫が出現する。巨大な魔力の波長でたたき起こされて、強大な妖力が集まっている所にスキマワープしたのだ。

「萃香さん、ちょっと説明してくれる? 何? あれ」
 萃香はめんどくさい奴が来たと隠しもせずに、「二度手間だ!!!」なんて言って説明を始めた。

「……で、あれはレミリアの仕業ね?」
「間違いねぇよ。くそ、鶏鬼がこっちに来る前に旧都で始末するつもりだったのに」
「殊勝な心がけですが、こういうことは早く言って欲しいですね。まあ、あれで片がつけばお咎め無しにしましょう」
 全員でようやく移動を開始する。光の柱が立っていた場所に向かって歩いていく。紫はぶつぶつと紅魔館に対するペナルティを考えている。そうしてばったり紅魔組と出会った。

「レ、レミリア、どうしたその腕」
「あ゛? たいしたことは無い。一日ありゃ生える。そんなことより丁度良い。鶏鬼がじきにこっちに来る。私の血の匂いに誘われてな。萃香、仕留めろ。命令だ」
「ふざけんなよ!? お前の命令なんて聞けるか!」
「おやおや、あれで仕留めきれないんですか? ガキのくせにもうろくしましたか?」
 紫の言葉にレミリアが歯軋りする。しかし、流石に回復も不十分で、魔力ゼロ、歩くので手一杯の状態で八雲紫は相手にできる奴ではない。レミリアの苦々しい表情とは別に紫の視線は既に眠っているフランドールに向いていた。

「流石におイタが過ぎますね。……消えてもらいますか」
「な、何!? お、おい」
 紫が手に異空を作る。その先には星のきらめきが見える。遮蔽物も何も無い宇宙空間に飛び出したら……吸血鬼は一体どうなるだろう。しかし、その空間が広がりきることはなかった。妖忌が異空を広げた手を言うこと利かない程度に叩いている。レミリアも紫も驚いている。紫の会話の脇からいきなり割り込んできたその実力にだ。

「やめんか、馬鹿もんが。ぬしはかわらんな。いや、昔より酷いぞ。止めてくれる奴がいなかったのか?」
「……妖忌、昔から変わらないわね。いつまでたっても女の味方か」
「そんなことは無いぞ。ぬしだけは嫌いだ。まあ、その話はいい。おいておけ。それに、ことの原因はわしが切り損ねたことらしいしの。今度はきっちり、ばらばらにするぞ」
「なるほど、そういえばそうね。元はお前の切りそこねが原因だったか……責任とってもらえるかしら?」
「いいぞ。わしにまかせい」
 丁度、妖忌が腕まくりしたところで、鶏鬼が出てくる。レミリアの血の匂いに誘われてよだれを垂らしている。全く知性を感じさせないその容貌に、妖忌が「力を得て、この程度かい」なんてつぶやいている。つかつかと歩いて距離をつめる妖忌に信じられないという視線を送るレミリアに萃香、技に期待している勇儀と妖夢に、もう片付いたなんて表情の紫。

「おいっ! 誰だあいつ、死ぬぞ!?」
「お子様は知らないでしょうね。昔の剣客よ。この幻想郷で、千年も前に活躍した奴よ」
「ただの剣客程度で鶏鬼を倒せるわけがない。紫、なんで止めないんだ!」
「あれがただの剣客なら、どれほど楽だったか知れない。私が知る中で最強、それこそ、剣帝とか、剣聖とか、剣神なんてあがめられる連中を入れても、ぶっちぎりの最強よ。自分の刀を持っている以上、この場の全員が一斉に襲い掛かっても勝てないでしょうね」
「そんなことはない。怪我さえしてなきゃ、私なら勝てるさ」
「お馬鹿、万全の状態でフランドールと二人がかりで即、輪切りよ」

「何 馬鹿な会話しとるんじゃ? 終わったぞ?」
 レミリアと紫が振り返る。見てもいないうちに片付けたらしい。なぜか鶏鬼が崩れていく、明らかに関節でないところが折れ曲がっている。重力に逆らえずにそのまま崩れ落ちた。技を見て興奮した萃香が叫んでいる。

「すげぇ! こいつ強いぞ! 剣先が目で追えなかった!」
「妖忌、それができて、何で紫に勝てないんだ? 刀を使えば私でも瞬殺できるんじゃないか?」
「言ったろ? 女狂いってな。それに女の柔肌は切りたくないわ」
「チッ、男に生まれていりゃあな。相手をしてもらえたのにな」
「ぬしは怖すぎるわ。怖いからとっとと逃げるとしよう」
 早くも逃げ腰になった妖忌の後ろで鶏鬼が再生を始める。何しろ力の大本がフランドール、驚異的な速さで骨をつないでいる。

「まだ片付いていませんわ。妖忌、あなた、吸血鬼の回復能力を甘く見すぎですね」
「なぬ? ! あ~、折角、峰を打ち据えた衝撃で骨だけ叩き切ってやったのに。おとなしく寝ていることもできんのか?」
「再生できないぐらいのみじん切りをお勧めしますが?」
「剣が惜しいわい。再生能力か、再生させなきゃいいんだな?」
 敵を前にして、全くのどかな会話をしている二人、危機感が完全に欠落している。どうやってしとめるか思案している妖忌に対して、鶏鬼が距離をとった。思いっきり空気を吸い込む。紫と妖忌を除く一同が咄嗟に耳をふさいだ。レミリアだけは両腕が無い。咲夜が自分をほうってレミリアの耳をおさえている。

「大馬鹿者がッ! 自分の耳をおさえろ!! 貴様はそれでも私の右腕か!!!」
「……私はあなたの腕ですから……」
 レミリアの声を無視して鶏鬼の口が開いて衝撃が走る。そして、咲夜の覚悟を無駄にするかのごとくそれを妖忌が叩ききった。音なんて飛んでこない。妖忌の腕前ならば音が切れる。科学的な説明は妖忌にはできないが、簡単に言えば剣先が音速を軽く超えているので、真空が発生する。声や音と言うのは所詮、空気の振動である。伝わる物が無い真空では伝わりようがないのだ。音速を見極めて剣をあわせれば音など簡単に切れる。あっけにとられる一同を差し置いて、相手のあまりの芸のなさに妖忌が呆れている。

「おじいちゃん凄い! じゃなかった。師匠、流石です!」
「お前、まさか、音切りもできんのか?」
「昔、よくやられましたわ。式神への命令を直接叩き切るなんてことをね」
「あ~、散々、ぬしには苦戦させられたからな。こんなことができるのも、まあ半分以上、ぬしのおかげだな」
「よくもまあ、言ってくれますわ」
 妖忌はそんなことを言いながら、ようやく仕留め方を決めたようだ。刀を鞘に収める。

「居合い切りですか? すぐに再生しますよ?」
「阿呆、切るなんてもったいないことできるか。骨をはずすのよ」
 普通に歩いて距離をつめる。鶏鬼には相手が何で動けるのかすらわからない。知力が決定的に足らない。襲い掛かろうとして広げた両手から骨をはずされる。妖忌は鞘で関節を押す。手首、肘、肩、足首、膝、股関節とたて続けにはずされて、あっという間に崩れ落ちる。

「まあ、こんなものかな」
「なるほど、再生機能を働かせない倒し方ね。切れば組織をつなぐ、潰せば元に膨れ上がる。だけど、関節はずすだけなら、体を傷つけたわけでもないか」
「まあな。一応念のため。止めを刺しておくか。妖夢、丁度良い。見ておけ。相手を傷つけずに戦闘不能にする技をな」
 妖忌の言葉に全員が注目する。これほどの剣士が技と口にした。一同が見ている前で、鶏鬼の腰に鞘を当てる。「止めの一撃はぎっくり腰じゃ!」と叫んで、腰骨もはずした。技に期待していた妖夢が顔を真っ赤にしている。しかし、泡を吹いて痙攣している鶏鬼を見て妖忌は満足そうだ。

「おじいちゃん……その技、いらない」
「何故だ? この技が決まれば相手は立てん。どれほどの剣豪も腰が外れりゃ一発よ」
「まるで自分で経験したみたいだな」
 勇儀の言葉に妖忌の方が照れ隠しをしている。図星みたいだ。
 紫が萃香に確認している。鶏鬼が”霧化できるか”どうかだ。もしも霧になれるなら、関節を元につなぎ直すかもしれない。「そんな術使えん。たとえ吸血鬼化したところで同じだ。それに気付く頭が無い」というのが萃香の回答である。ようやくこの馬鹿騒ぎが決着した瞬間だった。
 妖夢は妖忌に他の技……最初の骨だけを切る技術を教えてもらおうとしている。

「さて、この後、これどうします?」
「どうもこうも無い、牢屋にぶち込む以上だ」
「あ~、ちょっとだけいいか。フランドールちゃんを起こして、魔力回収をやってもらわにゃいかんぞ」
 視線が一斉に紅魔組へと向いた。レミリアは鼻を鳴らして「フランドールは今寝ている。中途半端なタイミングで起こすと後が大変だぞ」と言っている。「これだけの騒動を起こしたんだ。叩き起こせ」と萃香が言う。ちょっとした押し問答が始まった。そして、話の中心から完全に外れた妖忌はするりとその場を離れる。妖夢に刀を渡すことも忘れていない。萃香とレミリアの言い争いが激化し注目を集める中、一人、手ぶらで離れていく。

「全く、埒(らち)が明きませんわ。妖忌さんも……? しまった。逃げられた!」
 紫の言葉に勇儀も反応する。

「くそ、相変わらずの逃げ足だ。気がつきゃどこにも居やしねぇ。さよならぐらい言わせやがれ」
「これだけのメンバーから逃げられると思っているのか?」
「これだけのメンバーでも既に手遅れですわ」
「いや、待て、あそこだ。森の木陰、影が!」
 一同の視線が集中する。その視線から逃げるように影が加速した。「逃がすか!」、鬼と妖夢までもが追跡に入る。残されているのは紅魔組と紫だ。

「上手いこと会話が切れましたわね」
「ちぇ、お前も追っていけよ」
「ちょっとだけ、最後の確認をしますわ。鶏鬼を紅魔館に転送しますがよろしい? フランちゃんが起きたら即刻魔力を回収していただきますわ」
「この生ゴミを、人の屋敷に押し付ける気か?」
「そう? じゃあ、妖忌もいないし、宇宙遊泳なんていかが?」
「チッ、わかった。転送しとけ」
 その回答に満足そうに頷くと、指先を鳴らす。そして、鶏鬼が地面に吸い込まれるように消えた。「着払いにしておきますね」送りつけてからそんなことを言われる。紅魔一行が館に戻るとレミリアのベットの上に鶏鬼が寝ていた。レミリアがかなり荒れたと言う話だがこれは別の話になる。

……

「まいたか」
 老人が森の中を歩いている。鬼や妖夢が追っているのは半霊のほう、じきに気がつくだろうが本体はまた別の方角に進んでいた。曇り空で少しばかり蒸し暑いが冥界はまた涼しい。ゆっくり休みながら歩いていかねば体調不良になる。森の中を移動しながら妖忌は針妙丸に教える最後の剣のことを考えていた。

「ジジイが行っても、連中は信用するかな? まあ、影狼がいるから大丈夫か。匂い……か……加齢臭がするなんて言われるかのう」
 ちょっと面と向かって言われたら流石の妖忌もへこむ。だが信用のためには狼の鼻が大事だ。半霊は鬼ごっこの最中、勇儀をまくには仕方ないのだ。
 そうして、物事を考えすぎて周囲の警戒が落ちている。もうろくしたのだろう、勇儀や萃香でさえ本体の追跡はできていない。しかしたった一人、妖忌の背中を追う人物がいた。だがそれに気がつかない。後ろから伸びてきた手に気がついたときには頭巾をとられている。風見幽香が登場した。
 幽香が見た頭巾の下は、白髪頭、顔にはしわが走り、真っ白いひげがあった。そして、急いで振り返ったその顔に、唯一変わらない眼光がある。しかし、その眼光も幽香を認めると優しくなった。

「妖忌! ……お前、枯れたな」
「わっはっはっは、応さ、わしだって年を食う。もう、しわくちゃよ。腕前も全盛期に比べりゃはるかに劣る。もう、お前さんの相手はできんよ」
「くそっ、お前だけ年をとったか」
「まあ、仕方あるまい。わしも人の子よ。この顔は見せたくなかったぞ。それにしても、妖怪のおぬしはかわらんな。背負った時も、やわらかくて、暖かい、いい香りだったぞ。昔と変わらん」
「うるさい」
 手がボキリと音を立てる。悔しいのだ。時間如きに殺されたこの男が。見るに堪えない。

「ふふふふ、わしの最後の相手はおぬしか……まあ、他の連中よりはましだな」
「うるせぇ。ましだと? じゃあ、お前はバラして、太陽の畑にまく。ひまわりの肥やしにする。これでもましか?」
「ましも大まし、紫相手じゃ、どこに捨てられるかわからん。勇儀相手じゃ死体も残らん。ひまわりを墓標にしてくれるとは、ぬしらしいやり方じゃないか」
 耳まで赤い大妖怪が襲い来る。刀もなく、力もなく、半霊もない、そんなジジイ相手に全力を出して突撃する。勝負は一瞬でつける。もう、こんな顔は見たくないのだ。
 くるりと体が回転する。使った力をそのまま利用されて吹き飛ばされた。地面に叩きつけられる。そして、追撃が来なかった。昔なら気絶しろと言わんばかりに衝撃がきたというのに、妖忌は腰を抑えて震えている。

「くそジジイ! その程度か!?」
「わ、悪いな幽香、これで打ち止めじゃ。もう体が利かん」
「くびり殺す」
「幽香、最後に頼み事いいか?」
「頼みをきく気は無いが、遺言だけは言わせてやる。勝手に言ってろ」
 妖忌が話したのは針妙丸のこと、剣術の最後の指南内容を幽香に伝える。……最後まで剣のことか……私に対して一言ないのか? せめて命乞いをしろ! 馬鹿が!

「妖忌、くだらない内容ね。わたし達がそれぞれ目指した最強はそんなものじゃないはずよ」
「強さの形なんてものはそれぞれよ。少なくともわしは良い剣だと信じている」
「裏切り者が、お前は結局、強さを捨てたか。勝手に、おまえだけ かってに ふけやがって」
「ん? どうした声が震えているぞ」
「うるさい!」
 幽香の手が妖忌の首にめり込む。数秒で意識が断絶する。同時刻、鬼ごっこをしていた妖忌の半霊が術を解いて霧のように消えてしまった。

……

「遅いねぇ。あいつ本当に来るかな?」
「来るはずさ。約束だからな」
「だけど、もう夕方だぞ? 昼に来るって言ってた割には遅いな」
 昼を過ぎてようやく針妙丸が起きた。針妙丸は影狼が無事であることをもう一度確認するとまた泣いた。影狼の「大丈夫、かたきは取ったよ」との言葉に、ただ「ありがとう」としか言えない。
 妖忌の剣術指南は厳しすぎである。普通の奴なら心が壊れる。しかし、針妙丸は耐え切った。わずか三日の間に”自分の命の危機”と”親友の死”を両方体感した。もう二度とこんな屈辱は味わいたくない。それが痛感できるほどの体験をした。

「針妙丸、ちょっと聞きたいけど自分自身の強さってどう思う?」
「大したことないと思う。それだけは完全に理解したよ。なんでそんな事を聞く?」
「最後の妖忌の言葉さ。ちょっと気になってね。”自分自身への強さにあこがれる心をへし折る”だってさ」
「そういう意味なら、あいつの修行は完璧だった。影狼の死体……いや、勘違いだったけど、あれを見たときには絶望したさ。それに朝の戦い、あれだけ攻撃だけを意識したことはない。それでもひと掠りすらしなかったよ。無力ってのはああいうことだろうさ」
「無力……か。なるほど」
 影狼が意味深に頷いている。針妙丸はそれが気になった。影狼が気にしているのは妖忌の”復讐の剣よりも良い剣”のことだ。あの男がどんな考えを持っているかは知らないが、折角教えた復讐の剣を自分で叩き折って一体何を教えようと言うのだろうか?

「どうした? 影狼殿?」
「あっ、いや。妖忌の最後の剣が気になってね。結局、妖忌の剣は守りの剣ではなく、復讐の剣でもない。攻撃も防御もどっちもダメってことだろ?」
「そういえばそうだな。あいつ自身の剣はわからないな」
「針妙丸、あいつは”もっと良い剣を教えてやりたい”って言ってたんだ」
「良い剣……なんだろうな?」
 わずかに興味をそそられる。あの剣士の良い剣とはなんだろうか? ほんの少しの好奇心が昼間を越えて二人を待たせている。
 妖忌を待つ、影狼と針妙丸、しかし一向に現れない。日暮れになり、星が瞬き始める。二人がそろそろ夕食の準備をしようかというとき、大勢がこちらに向かってくるのに気がついた。影狼の顔が一気に険しくなる。影のみで判別できる奴だけで、勇儀、幽香、紫、萃香、それに多分、天狗の射命丸、他にもまだいる。これほどの面子がこちらに向かってくる。影狼はすぐに逃げるという判断をした。

「やばい。やばすぎる。針妙丸、屋敷を捨てて逃げるぞ。あれだけのメンバーが来たらただじゃすまない」
「影狼殿、もう無理だ。正邪、サリエルはいいとしても、わかさぎ姫が逃げ切れない」
「おや? 逃げる必要はありませんよ。別にあの方達はケンカしに来たわけではないですから」
 いきなり声が聞こえる。姿を認識したのはその後、天狗の射命丸だ。

「ぐっ! 速い、逃げるなんてとても無理だ」
「お褒めに預かり光栄。まあ、わたし達の役目はここで終わりですがね。椛! 私は先に戻りますよ。カメラを取ってこないと……道案内は終わりです。これからは新聞記者になりますよ」
 こちらに向かう一団に宣言すると、姿が消える。移動すら認識できない。こんな奴を道案内程度にこき使ってる連中が来る。続けての勇儀のひと言で連中が来た原因が妖忌であることが判明する。

「お~い、影狼、妖忌をつれてきたぞ」

……

 数刻前、涙をこぼしている幽香がいた。大妖怪の癖にとどめを刺しきれない。目の前の気絶した妖忌を前に泣いていた。昔はこんな簡単じゃなかったのだ。じゃれあいすらできないなんて何の冗談だろう。もっと、もっと、楽しかったはずなのだ。もう、自分でどうしたらいいのかわからない。全力でじゃれ付いて一時間は遊んでくれた相手がこんなにも力を失ってしまった。

「こっちですね」
「いや~、助かる。流石に白狼だ。頼りになるな」
「勇儀様、このスクープ、是非ともこの射命丸にお与えください。新聞のトップ記事ですよ!」
 勇儀が大天狗に椛を借り、お目付役で文が選出されている。勇儀のお供と言うことでカメラは置いてきてしまったが、椛を借りた理由を聞いて新聞の記事にする気満々である。一方で椛は哨戒中だった。いつもの武装……帷子に剣を持っている。勇儀のお供が終わればすぐに仕事に戻る気だ。

「あの男は見つかる保証は無いがな。っと、ありゃ、幽香じゃないか? それと……寝てるのは妖忌か!」
 押し倒されて転がる妖忌を認識して、勇儀が怒っている。自分の約束を飛び越えて先に手を出している幽香に怒声を飛ばす。
 振り向いた幽香は泣いていて、ふらふらと立ち上がった。「カ、カメラさえあれば」、「文さん、あれ撮ったら後で殺されますよ? 死にたがりですか?」なんて会話をしている天狗を放って、勇儀が尋ねる。

「幽香、お前、自分で何してるかわかってんだろうな?」
「わ、わかってるわよ。これから、とどめよ。殺すつもりよ」
「じゃあ、覚悟はいいだろうな。私が予約待ちだ」
「さっさと来なさいよ」
 天狗達が「えっ!?」と振り返ったときには幽香が吹き飛ばされていた。

「阿呆か? お前、わざと力を抜いたな?」
「げっ ふっ、わ、私の好きでしょ。そんなこと」
 勇儀が頭をかいて「手抜きするような馬鹿は相手にできん」とそのまま引き下がる。そして、勇儀は妖忌の顔を見る。渋くていい顔をしていると思う。年のとり方がきれいだ。見せる自信が無いなんて、気のせいもいいところだ。

「あの……、この人が妖忌? おじいちゃんを撮ってもスクープにはなりませんね」
「文さん、むかついたので噛み付いていいですか?」「噛み付けるものならいいですよ」
「あ~お前ら、永遠亭にいけるか? 妖忌を運んでやりたいんだが?」
「薬の匂いをたどれば恐らくいけると思います」
「頼むぞ白狼」
 勇儀が妖忌を担ぎ上げ、白狼天狗が迷いの竹林に向かって先陣を切る。萃香と文はぶらぶらとついてきたが、幽香もふらふらとついてきた。勇儀は鼻を鳴らすと「ふん、未練たらたらだな」とつぶやいて完全無視をした。
 永遠亭に担ぎこまれた妖忌は永琳に単なる気絶と診断された。妖忌をベッドに寝かせて起きるまで待つ。

「あ~、昔、ド変態だったんですがね。おじいちゃんになってもド変態なんですかね? 変態ジジイなら少しは話題になるかもしれません」
「そのまま押し倒されても助けませんよ」
「私昔より、全然速いですよ。つかまるわけ無いです」
「妖忌が起きたら試せばいいさ。ただし、文、半霊の方はお前より多分速いぞ」
「? ありえません。無いです」
「半霊は全盛期の状態が再現できるみたいなんだ。剣先は萃香も私も目で追えなかったぞ。しかも居合い切りじゃない。普通に振ってその速度だ」
「ほ~う。そうですか」
 射命丸があくどい顔になる。剣先だけでも最速を譲る気は無い。早く起こしましょうと永琳をせかしている。永琳は「おじいちゃんなんだから、ゆっくり休ませてあげなさい」と言っている。

「そうだ、永琳さん。確か若返りの薬を持っていましたよね?」
「あら? どこで知ったのかしら?」
「阿求さんの幻想郷縁起ですよ。私は読み物の類は大抵読んでますから。確か永琳さんの記述にそうあったと思いましたが?」
「ふふ、そう。確かに持ってるけど? まさか妖忌さんに使うつもり? 本人が年を取ることを納得しているのに? 使うの?」
「う~ん。若くなれば回復も早いかなと思っただけです」
 ガタリと幽香が座っていた所で音がした。永琳が「しまった」ともらしたときには薬室の戸を破っている。永遠亭の警報が鳴り響く中、ラベルに若返りの薬と書かれたビンを手にしている。

「ちょっと、幽香さん、用量、用法もわからないでしょう? すぐにそれをおいてもらえない?」
 しかしその言葉を完全に無視している。中身は錠剤、飲ませるに決まっている。ついでに言うなら奴の年齢は千を超える。一粒、一年で考えても全然足りないぐらいだ。駆けつけてきた勇儀と永琳が部屋の戸をふさぐ形で立つ。それを見て幽香の口がぐにゃりとゆがんだ。

「幽香、それを置け。老いなんてモンは自然の摂理だ。妖忌はいい年の取り方をしている。そっとしておけ」
「うるさい!」
 勇儀の言葉も永琳の言葉も全く聞いていない。目の前で明瞭に力を溜めて勇儀と永琳を構えさせる。そして、横の壁をぶち抜いていった。置き去りにされた二人がそろって「やられた!」と口にしている。二人とも妖忌の病室に直行するが、幽香の分身体が現れる。分身体と言っても力を半々とかに分けた奴じゃない。九割以上の力を分身体に注いでいる。ちらりと見える病室で、本体が気絶している妖忌に無理矢理薬を飲ませている。ビンの中身が空になる。永琳が蒼白になった。別段、薬が作れないとかいう問題ではない。若返りすぎて赤ん坊を通り越してしまうような量を躊躇なく飲まされている。医者としてそんなこと見過ごせるわけないのだ。

「勇儀さん! 分身体は任せるわよ!」
「おう! 任せろ!! 早くあの馬鹿をとめやがれ!!!」
 天狗の二人が全く手出しできない戦いが始まる。椛が勇儀の加勢に躊躇している間に文に腕を掴まれて上空につれ去られた。萃香は面白そうに眺めている。これは勇儀の戦い手を出すつもりは欠片もない。

「文さん! 勇儀様がっ! 加勢しないと!」
「馬鹿! 死にたがりはどっちですか!? 椛なんて戦力以前の問題です!」
 屋敷の結界内で勇儀と幽香が取っ組み合いをしている。これに巻き込まれたら、椛も文も怪我では済まない。しかし、激闘はすぐに収まる。本体が永琳によって沈められた。分身体が力なく霧散し、力が本体に戻っていく。力をほとんど分身体にまわした結果である。永琳は薬すら使わずに医者らしく的確に首筋に衝撃を落としている。

「ぐっ! この馬鹿、全部飲ませやがった。体に吸収される前に摘出をっ! いやダメだ。自分で作っといてなんだけど、吸収が早い。若返り始めた!」
 永琳が頭を抱えて「速効性があだになるなんて」とこぼしている。どんなものでも適量を超えれば毒になる……こんな簡単なことが理解できない奴がいたとは、そしてそれを医者たる自分の目の前でやられるとは思わなかった。戻って来た勇儀に両手を挙げてお手上げのジェスチャーを送る。
 老人から壮年に向けて、さらに中年から青年へどんどん若返る。

「やばくないか。何とかならないか永琳」
「私も激しく後悔中よ。若返りの薬は持ってたけど、効果を打ち消す薬とか、年を取る薬なんて持ってないのよ。今から作っても全然手遅れ。ただ、少し気になるんだけど若返り方が遅いわ。一瞬で胎児になると思ったけど?」
「こいつ千歳超えてるからな。! そうか、苗字言ってなかったな、魂魄だ。本名は魂魄妖忌、妖夢の祖父だよ」
「半人半霊か……なるほど、千歳以上……それなら。放っておきましょう。心配して損した。この若返り止まるわ」
「そうか。良かった。ちなみにどのくらいで止まるんだ?」
「そうね。正確な年齢がわからないからいくつまではいえないけど……十歳前後……体格から察して十代は間違いないわ」
「ぶっ!! 十代!? そうすると剣の腕前とか腰痛はなくなっちまうのか?」
「剣術は……そうね。記憶とか経験は残るから腕前は残ると思うけど、体が子供じゃあね。再現できないんじゃない? 腰痛は体が変わるからきれいさっぱり消えるわ」
 二人して話していると、射命丸と椛が降りてくる。

「おお、椛見てください。妖忌が変体してますよ」
「”へんたい”から離れてください。変身じゃないですか? この場合は」
「はは、二人とも無事だったか」
「当たり前です。逃げましたから」
「申し訳ありません。勇儀様」
「別にいいさ。それより、若返りは十代までで止まるみたいだ。それまで酒でも呑んで待とうか」
 天狗の顔が一気に凍りついた。えへんと咳払いしたのは永琳、幽香がぶち破った壁とかを指差して「直してくれると嬉しいんだけど?」という。「あ~、くそ。幽香は……眠りっぱなしか」、「暇つぶしなら何でも構わないじゃないか、勇儀、私も手伝うぞ」といって鬼の二人が穴の修復を始める。

「私はこの隙にカメラを取ってきましょう。椛、いい加減に放しなさい」
「噛み付けるものなら噛み付いていいんですよね?」「ちょっ、椛、いくらなんでも酷すぎますよ! 助けてあげたのに!」
「噛み付けるチャンスはかぎられますからね」
 肩に噛み付いてきたが甘がみだった。それでもカメラを取りに戻ることなどできない。翼を掴まれている。

「椛、放してください。シャッターチャンスなんですよ? 若返りの薬の効果に妖忌さん、幽香さんが気絶している。スクープじゃないですか!」
「妖忌さんの名誉のためです。あと、幽香さんのもついでに。後は、お情けであなたの命も大事だからです。だから放しません」
「私ならどっちからでも逃げ切れるのに」
「まねして、シャッターチャンスを狙う友達もいるので絶対に譲りません」
「ああ、特ダネが消えてしまう」
 二人して穴の修理と回復を待つ。本日二度目の騒動をかぎつけて紫もやってくる。永琳と話をして頭を抱えている。

「永琳、妖忌なら十代前半の体でも驚異的な強さよ。多分半霊を使って、若い頃の体を再現して暇つぶし程度に修練したんでしょうね」
「ふ、時間が余るとこういうことをするから人は面白いわね。で? どうするつもり?」
「できれば、片付けたいけど……やめとく。鬼がうるさそうだしね」
「ふふっ、それだけ?」
「なによ?」
「別に、大したことじゃないわ。旧知の仲って大事だからね」
「仲間のつもりはないわよ。ただ……そうね。もう一つ付け加えるなら、私の場合、私が間違った時にすぐに叩いてくれる奴は他にいないからね」
「ぶっ、ふふふふふ、そう? いいことだわ、多角的な意見を取り入れるってことはね」
「ただひとつ、こいつに刃物を持たせられないようにできない? 本当に刀を持たせるとまずいのよ。パワーバランス的にね」
「ふ~ん、できなくはないかな。金属アレルギーとか先端恐怖症を発症させればね。でも、多分こいつは克服するわね。そのぐらいの才能は有りそうだし。そうだ。お願いしてみたら? 多分、妖忌さんが命令を聞くとしたらそれだと思うわよ。他の方法だと出し抜かれるし、強制すれば克服するわ」
 紫が少し考えるように天井を仰ぐ。この男にお願いする。考えてみたこともなかった。出会いは最悪だったし、仲は今も変わらない。切るなと言った西行妖の結界は半分もぶった切られたし、切れと言った鶏鬼は切らずにしとめられた。命令なんて聞かないし、後始末にあたふたさせられたのは今も昔も変わらない。そんな男にお願い……ありえないな。

「残念ですが――」
「”お願いはできませんわ”って続くのね? 先読みされる程度なら命令も、お願いも届かないわよ? まあ、あなたも相応の実力者だから、確実に相手の急所を握っておきたいのは理解できるわ。絶対に反抗できないようにね。でも、それが成り立たない奴よ。魂魄妖忌はね。何しろ弱点があなたと共通の西行寺幽々子さんですものね」
 心を見透かされて、紫の気配が変わる。静かにそして確実に力を引き上げる。この永琳に弱点なんて教えた覚えはない。それに、端から見ていて気がついていても、黙っているのが礼儀ではないのか?
 紫の思いとは裏腹に永琳からすれば簡単に読み取れる。紫も妖忌もだ。

「あなたも少し、お仕置きが必要ね?」
「ふふふ、計算どおりね」
 高ぶった紫を相手に、何の手も打たない永琳、それをとめたのは病室から出てきた人物だった。

「よせ、ぬしは変わらんの」
「妖忌……邪魔ばかりするのね? やっぱり片付けるべきか……全ての万難を考慮しても危険すぎる」
「そりゃ、ぬしにとってわしは危険人物だろうさ。要するに天敵と言っていいからの。昔の悪行も全部覚えておるわ」
 妖忌を見る紫の口角がつりあがっていく、戦力解析の結果、刃物なし、体が子供ってことを考慮すれば、全力でかかれば勝てる。普段は飄々としていて、つかめない紫が戦闘態勢をとった。

「はぁ~、紫、折角だ。最強剣、見せてやろうか?」
「く、くくくくくく、剣? 残念だけど……剣も刀も近くにないわ。包丁じゃ流石に私は倒せないわよ?」
「違うさ。お~い勇儀、ちょっと来てくれや」
 妖忌に呼ばれて、勇義がやってくる。紫が舌打ちして戦闘態勢を解いた。頭に血が上って現状を見れなかった。常に冷静でなければいけないのに妖忌を相手にすると自覚できるほどにキレやすい。勇儀を迎えた妖忌が「これが最強剣よ」と言っている。呼ばれた本人が「いきなり呼んで何を言っている?」と口にする。紫ですら「確かに最強拳かもね」と言っている。唯一、永琳が真意を汲み取ったが黙っている。

「あ~、悪いな勇義。呼んだだけだ。ちょっと、紫が怖かったんでの」
 そんなひと言で勇義が「冷やかしか」と言っている。紫があきれて帰ろうとするのを永琳がとめた。

「紫さん、今のわからなかった?」
「何が?」
「妖忌さんの最強剣よ」
「どこが?」
「そう、残念ね。わからなかったのね」
「ほう、ぬしはわかったのか?」
「ふふふ、残念ながらね。まあ、私に言わせればその最強剣、使い手は幻想郷にいっぱいいるわよ?」
「確かに、ここはいいところだからな。まあ、紫のおかげだろうさ」
 妖忌の言葉に耳を疑う。この男が自分をほめるとは思わなかった。

「ん? 今、私をほめたの? あなたが?」
「ああ、おぬしは嫌いだが、幻想郷は好きだぞ。ちょっと手入れをしすぎてる感はあるがな」
「手入れをしないでどうやって管理するのよ?」
「そこは難しいがな。少なくとも子供のやったことは笑って許してやれ。もう”やらないよう”に言って聞かせればいい。おぬしの場合もう”やれないよう”にしそうでそこが怖いわ」
「難しいことを軽く言ってくれるわね」
「難題こそ組み伏せる価値があるとは思わんかな?」
 妖忌の言動を理解すると、紫が笑い始めた。確かに、簡単に解ける問題を持ってこられると逆にイラッとする。そんなもの自分で解けと言いたくなる。難題こそ、自分の価値を証明する。解ける者が他にいないからだ。
 紫が天井を仰ぐ、見えている先はどこだろうか? 星空を越えたその先、妖忌に頭を下げた先にある未来を見ようとしている。自らのストッパーとして妖忌を迎えた後の話だ。しかし、妖忌の異質度が高すぎて霞がかって想像できない。つまり、最悪にも倒れるし、今を超えることもできる。そんなこと……いいや、八雲紫ならば楽勝のはずだ。操りきって見せようではないか、たかが最強剣、たとえそれが、幻想郷の絆を利用したものであろうとも、全てを超えて強くなればいい。紫が突然、真剣な顔で妖忌に向き直り、頭を下げる。

「妖忌さん、幻想郷にようこそ。歓迎します。ですが、お願いですから真剣は振るわないでくださる?」
「お? おお、いいぞ。わしは護身用に木刀一本ありゃ十分じゃ」
 永琳が紫にウィンクしている。その表情に紫もひと息ついて、椛が文を放した。妖忌は一人病室に戻る。永琳の手で気絶させられた幽香の様子見だ。
 顔色を見る、胸に手を当てて、呼吸と心音を診る。……普段と変わらない。どことなくほっとした自分が居る。まあ、昔の仲間だ。少し心配しても罰は当たるまい。
 単純に寝ているだけと判断した妖忌が部屋を出ようとする。もう、冥界に帰るつもりだ。そんな気配を察してか幽香が目を覚ます。目にうつったのは少年、知っている奴だ。メディスンに怪我をさせた奴……そして成長した姿は忘れもしない。魂魄妖忌その人だ。

「……お前が妖忌だったか」
「くっ、はは、もう気がついたか……さすがと言えばさすがか」
 妖忌が幽香に振り向く。

「まったく、おぬしには困ったもんよ。勝手にこんな姿にさせられるとはな」
「……若返りのどこに不満があるのか」
「ジジイになってようやく落ち着いたってのにな。精神修養からやりなおさんといかん」
「私からすればそっちがお前だ。勝手に枯れやがって」
 妖忌が笑う。「幽香らしいな。変わったかと思えば全然変わっておらん」なんて言葉に幽香が「当たり前じゃない。私は私よ。本質が変わるわけないじゃない」と笑って答えた。
 幽香の回答に肩をすくめて答える妖忌……まあ、じゃあ”いつもどおり”逃げても文句はないだろう。病室の戸に手をかける。

「……どこに行くつもり?」
「ちょいと外に出るだけよ」
「あんたの”ちょっと”は信用できない。今度は何年居なくなるつもりだ」
「さあな。運が良けりゃまた会えるさ」
 幽香がベッドから起きる前に、素早く病室を出る。戸の外に居た連中には「厠に行く」と言って妖忌がふらりと永遠亭を抜けて行く。わずかに数秒遅れて、幽香が飛び出してくる。幽香の行動と、妖忌の台詞を考えて永琳が突然噴き出した。

「ぶっふふふふふふ、しまった。私も出し抜かれたわ。くくくく、トイレって、妖忌さんが進んだ方向とは逆だわ」
「! 椛! あいつを逃がすな! 追え!」
 妖忌の行動に信じられねぇとの表情をしながら勇儀が指示を出す。椛と一緒に文も飛び出していく。紫は「相変わらずの逃げ足……連中で追いつけるかしら?」と言っているが、まあいいかと流してしまった。
 しばらくして、白狼天狗によって妖忌が捕捉される。文も椛には即座に追いつく。椛の指差す先に文が飛び込んできた。

「あはははは、妖忌さん。お久しぶりですね」
「! ぬしは文か!」
「残念ですが、昔よりずっと速くなりました。幻想郷最速ですよ。捕まってもらいます」
 余裕で構えた文に対して妖忌の視線が一箇所に集中する。「ほう、随分大きくなったの」との言葉に文の方があせった。「うっ……くッ、流石に、ド変態。これ以上一歩も近づけません!」と答える。
 さしもの文も居合いの術を警戒している。捕まらない自信はあるが、捕まえるとなるとどうしようもない。射程圏内に入ったら何をされるかわからないのだ。躊躇する文を押しのけて割って入ってきたのは椛だ。

「お久しぶりです。妖忌さん」
「ほほう、ぬしは椛か……追いつかれたのはぬしのせいか……良い目と鼻をしている。成長したな。だが、いいのか?」
 ちょっとした挑発で、手をわきわきといやらしく動かす。椛が笑って流した。

「大丈夫ですよ。下に鎖帷子を着てるので、そこの普段着と一緒にしないでください」
「はっはっは、良い剣士になったな」
「捕まえたら、是非、千年前のお礼を言わせてください」
「いいぞ、捕まえられたらな」
 椛の踏み込みは教科書どおりのきれいな型だ。馬鹿力の術と集中の法を使い、型の反復のみによって得られる動作の短縮、「素晴らしい」と一言漏らして、妖忌が椛を弾き飛ばした。教科書どおり過ぎる。簡単に言うと、足を引っ掛けて椛の最高速度そのままに転ばしただけなのだが、それができるのは妖忌が達人であること、天狗の相手をしてほぼ全ての型を知っていたことが原因だ。

「反復も鍛錬も頑張っておる。後は自分の型が見つけられりゃ、ひとかどの剣士になれるぞ」
「台詞と行動があってません! 何ですか? その実力!」
「ちょっと、きれいに頑張りすぎたな。少し文みたいに遊んだほうがいいぞ」
「私は遊んでなんていませんよ! 毎日真剣にやってます!」
「鍛錬って意味なら、全然手抜きよ。その体つき見りゃな」
 妖忌の台詞に文の目がつりあがる。「後悔してください!」その一言で、今度は最大加速度で突進する。

「速い……が、それだけよ」
 剣気を全開にして叩きつける。針妙丸と同じだ。今度は手刀だったが……文の直感が命中を読み取り、ひるんで目の前で急停止している。妖忌は目の前にいる文の服を掴んで顔を寄せるとそのまま聞く。「もう少し成長したらと、言ったかな?」文が見た妖忌は楽しそうだ。蒼白な顔で「ま、まだ、成長の余地はありますよ」と答える。「そうか、じゃあ、もう少しまとうか」と言ってそのまま手放した。
 二人の天狗をものの十数秒で圧倒する。妖忌が二人の頭をなでると、そのまま走り出そうとする。しかし、幽香が戦いをかぎつけて接近している。こんな竹林の中で幽香の視界にとらえられたら振り切れる奴はいないだろう。妖忌の周囲の竹が圧倒的な速度で成長を始めた。そして竹細工のように精密に勝手に組み合わさっていく。遠めに見ればざるをひっくり返したような状態、但し中は剣道場程度には広い。丁度、人間サイズの虫かごだと思えばいいだろう。天狗の二人も巻き込まれて中に入っている。そうして、ゆっくりと風見幽香が入場する。

「……なによ勝手に出て行っちゃって」
「女が男の厠についてくるない」
「あのね、永遠亭のトイレならあっちにあるのよ」
「そりゃ、ご丁寧なことだな。だが別にどこの家の厠かなんて――」
「だまれ!!!」
 いい加減にしろと幽香が怒鳴る。妖忌相手に感情の制限がぶっちぎれている。普段、通常の幽香なら相手の観察を優先する。笑顔で喧嘩をふっかけているときも相手の態度を見ているのだ。相手がわかればそれに合わせた方法を考える……しかし、それが身についたのはごく最近……妖忌はそれ以前の桁外れの荒っぽさを持っていたころの知り合いだ。気に入らなければ、目を合わせただけで顔に拳を見舞っていた頃の知り合い。そんな幽香の素地が出はじめている。しかし、幽香が素のままで当たれる奴なんて幻想郷で他に居るだろうか?
 幽香の怒鳴り声でびびりまくる天狗に、涼しい顔でそれを流す妖忌……幽香が腹いせに力任せに手を振る。拳圧……虫かごが極度に揺れ動くような衝撃が吹き抜ける。妖忌といえば難なくそれを避ける。天狗の二人は頭を抱えて身を伏せている。

「なによ、動けるじゃない」
「そりゃあな。若返ったおかげで腰痛……いや、節々の痛みもなくなったぞ」
 幽香が少し考えるように視線を動かす。改めて妖忌の全身を見る。体ははっきり言って子供だが……服にも相当だぶつきがあるが……いや、戦えるかどうかなんていう判断は妖忌なら殴りかかった方が早い。
 妖忌の目の前で幽香の手が鳴る。幽香のそんな態度は幾たびも経験した。妖忌の顔はあきれている。……おとなしくなった? 見立て違いだったな。妖忌がぼそりと「本当に変わらんな」とつぶやく。
 構えを取る。妖忌の対幽香専用体術……幽香がよく知っている奴だ。じゃれついたときにいつも取っていた構え……「相手はできない」なんて言っていたが、ようやくその気になってくれたのか? 
 幽香が両手を大きく広げる。妖力が吹き上がる。二人の天狗が震え上がっている。「椛、即刻逃げますよ!」、しかし、「脱出口あけたら死ぬわよ二人とも」と言われてしまった。この至近距離で幽香が全力を出したプレッシャーに耐えられるやつなんて幻想郷に何人もいない。
 さすがの妖忌も焦っている。体が子供って事と相手が幽香とであることを考慮すれば、大けがで済めば御の字……無意識で刀を求めている。木刀なんぞ幽香に操られてあっという間に大木になる。
 そんな妖忌の行動を察してか椛が刀を投げる。こうなったら天狗としても最後の手段、妖忌に幽香を倒してもらわないといけない。早速、紫との約束を破って、真剣を持っている。椛の剣は片刃の太刀である。

「酷いわ。真剣は使わないんじゃないの?」
「護身じゃ、仕方あるまい。椛、後で必ず返すぞ」
 妖忌が空気で試し切りを行っている。……速い! 幽香の目ですら追いきれない速さ……じゃあ、じゃれても大丈夫よね? ずっと昔からのいつも通り……全力でいって良いのよね!? 思わず期待が口から漏れる。

「っくっくくくく、私としたことが楽しみだわ……さあ、どこまで力を戻したのかしら? 覚悟は良いわよね? 私をここまで待たせたのだから……試すわ」
「少しは加減せいよ!」
 端から見たら邪悪そのものの笑みで、首を横に振る。
 妖忌にわかるように自然に体を低くして全力の突撃をぶちかます。幽香の両腕をかいくぐって、妖忌は剣の柄で胸と腹の間の急所をえぐる。肺を無理矢理押し上げようとして、そのまま妖忌が弾き飛ばされた。

「くそ、体が小さすぎる。体重が足らん!」
「くっ……ゲッ、ふ、女扱いしてくれるんじゃなかったの? 案外、えぐい角度で入れてくれたわね」
 言葉の割には幽香は楽しそうだ。体を貫く痛みが従来の遊び相手が帰ってきたことを示している。ただ、少し残念なのは身体能力が足らない。力が足りないのだ。
 一方で弾き飛ばされた妖忌の顔は引きつっている。「幽香許せよ」と、一言断って、呪文を唱える。

「何のつもりよ? あんた、術なんて使えたっけ?」
「うるさいわい、ジジイになってから覚えたのよ」
 妖忌の半霊が地面に潜り込む、土を肉にして、石を骨に、水分を血流にして半霊を入れる。半霊が全盛期の姿をとった。少年が青年に剣を渡す。そして、それを幽香が待つ。戦いでは絶好の攻撃チャンスを薄ら笑いで流してしまった。

「幽香、悪いな。しばらく寝てもらうぞ」
「ぷっ、そうやってたのね。ちょっと、ちんけすぎない?」
「うっさいわ」
 妖忌が剣をかえして構える。流石に刃を使う気は無い。そんな姿を見て幽香が楽しそうだ。ようやく遊び相手が見つかったような、安心したような表情をしている。

「ああ、久しぶり、この緊張感。背筋がぞくぞくする。あは、楽しい」
「くっ、わしはちっとも楽しくないぞ」
「いいじゃない。幻想郷は刺激が少ないのよ。あなたにはわからないでしょうけど、私の相手になる奴ってほとんどいないのよ。そりゃ、追い込めば面白そうな奴はいるけどね。一回ぽっきりじゃ面白くないじゃない。何度でも気軽に全力で遊べる相手はいないのよ」
「気軽? 冗談抜かせ、こちとら、ひと苦労じゃ」
「いいじゃない。この幽香様の相手ができるんだから」
「全然割に合わんの」
 幽香が抑えきれずに割れ鐘のような声で笑う。対する妖忌も不敵に笑う。全盛期の体なら相手が誰であろうとしのぎ切れる。「切るつもりはないがあざぐらいは覚悟しろよ」などと言い、構える。鶏鬼には使いもしなかった居合いの術理だ。
 文と椛が見張る中、妖忌が消える。幽香は妖忌の攻撃パターンと言うものを知り尽くしている。無論、構えから消えるタイミング、攻撃範囲もだ。直感で飛び退って避ける。昔やりあった時と同じ感覚、妖忌があきれている。

「わしもまだまだよの。術は完成したつもりだったがな」
「ふふふ、楽しいわ。変わらないのね」
 言葉を交わすとふたりして、激戦に突入していく。幽香にしては珍しい格闘スタイルだ。遠距離砲では本体の妖忌と天狗の二人を巻き込む可能性がある。それに、妖忌も剣をかえしている。いわば、二人の間の暗黙の了解のようなもの……風見幽香の全力のじゃれつきといったらいいだろうか。

「くそっ、速いですね。妖忌、私も修練しないとあの速さは出せませんね」
「万年手抜きの文さんが修練ですか」
「今までその必要がなかっただけです。必要さえあれば努力しますよ。私でもね」
 椛の目では妖忌の動きは見えない。それが見えている文の方が実はおかしいのだ。幽香だって完全に捉えているわけではない。長年の付き合いによる幽香の”読み”と妖忌本来の刀で無いこと、剣をかえしたせいで剣速が落ちていることが回避を可能にしているだけだ。

「一つだけいいですか?」
「何です?」
「妖忌さんの動きって直線限定、射程もそんなにあるわけではないですよね?」
「そうです。まあ、あの動きなら二十メートルぐらいですね」
「長距離なら圧倒的に文さんの方が早いですよね?」
「椛、私は最速を譲る気は無いですよ。たとえ種目が百メートル走でも、マラソンでもね」
 椛が呆れた顔で文を見る。欲が深いというか、なんと言うか。妖忌の術理はせいぜい中距離までだ。文が勝てる距離はあるのだが、そこで満足する気がないらしい。最速と言ったらいつ、いかなる距離であっても、誰よりも速くないといけないらしい。椛にしてみれば無駄なこだわりなのだが、これが妖忌が言っていた遊びなのだろうか? まあ、いいかもしれない。普段、努力もしようとしない奴が真剣な表情で術を解明しようとしているのだから。
 一方で、妖忌と幽香の戦いは激しく動き回る割には進展がない。妖忌の振った剣は幽香の体に届かず。かといって幽香の攻撃も妖忌に当たる気配がない。いつまでも続きそうな戦いだった。しかし、その場にいた全員の予想を裏切る形で決着が近づいている。
 戦う二人で、唯一昔と異なるものが、二人の明暗を分けた。時代の流れと言う奴だろう。妖忌と幽香は集中しきった状態で全く気がつかない。文も術の解明に忙しい。ただひとり、椛だけが気がついた。戦いが進むにつれて次第になくなっていく、そしてそれと対照的に現れるものもある。それら両方が椛をドン引きさせている。ついに椛をして「……変態剣士がっ!」と吐き捨てるまで事態が進行した。
 椛の鳴らすのどの音にようやく文が気がつく。

「どうしました? 椛?」
「文さん、妖忌……あの変態を止める方法はないですか?」
「えっ!? へんたい? 妖忌のことですか?」
「決まっているでしょう! あの男は女の敵です! 気がつきませんでした!」
「? どうしました? 椛が妖忌を変態なんて言うなんて。それに止めると言っても……構えられたら手が出ません。流石にいうだけあって剣は超一流ですよ?」
「あれのどこが超一流ですか!」
 文は妖忌を見ている。全く椛の言葉が理解できない。文から見ても憧れを抱くほど速いのだ。しかし、痺れを切らした椛が言葉にするのもおぞましいとばかりに文の首をひねって幽香に向ける。文が見た幽香のスカートが滅茶苦茶に短い。きっと、紙一重で妖忌の剣をかわしているからだろう。現にかわす傍から布の切れ端が飛び散っている。スカート自身は肌に密着するようなものでもないし、動けばふわりと浮いて本体の動きよりも必ず遅れる。
 弾幕ごっこでもよくある話だ。避けたつもりで服が裂けていたなんていう話なのだから。しかし、妖忌にとって災難だったのは踏み込みをきつくすればするほど、削り取られる布の面積が増えている事実、端から見ていたらじわりじわりと脱がしていく行為に近い。椛達からすれば服を剥ぎ取って楽しんでいる様にしか見えないのだ。そして、最も残念なことは戦う二人がランナーズハイのように戦いの高揚にのまれていることである。お互いに顔しか見ていない。顔から目を離したらそれだけ隙が生じるし、次の狙いが読めずに攻撃を受ける羽目になる。互いに視線を絡めたまま「流石にやるのう」、「くくくく、久しぶりにハイだわ」なんて言葉を交わしている。二人がこの状態に気がつくのはいつだろうか?
 状況に気がついた文が凍りついている。

「うわぁ、最低ですね。あれは男ではありません。変態を超えた変態、下衆という”物”です」
「下等生物の一種ですか?」
「最底辺のさらに下ですね。”生き物”の分類に入れてはいけない”物”です」
 天狗たちは完全に冷えた目で妖忌を見る。しかし、そんな視線に気付くこともなく二人の戦いは続く。そしてさらに布の面積が小さくなる。文ですら限界点と判断せざるを得ないほどだ。

「なんとか、何とかなりませんか? このまま幽香さんがゲスの手にかかるのを見ているだけしかできないなんて悲惨です」
「それどころか、椛は共犯者に近いです。何であのゲスに剣を渡したのですか?」
「か、返す言葉もありません。幽香さんに当てられて血迷っていました」
「むむ、確かに……ですが、状況が変わりました。もう十秒も幽香のスカートはもちません。本体を仕留めましょう」
 そう言って、文が半霊を操る妖忌の本体に襲い掛かった。本体は目をつぶってひたすら半霊のコントロールに集中している。取り押さえるのは簡単だった。妖忌があせった声を上げる。

「おお!? 二人とも何をやってる? やめんか!」
「黙れ! ゲスめ!」
「そうです。妖忌はゲスになったのです! もう、死んだほうが良いのです!」
 二人の言動に困惑する妖忌……暴走する二人を止めたのは幽香だ。

「邪魔するなら二人とも消すわよ? 死にたいの? これは私と妖忌の戦いなの、決着は私がつけるわ」
「ゆ、幽香さん。確かに始末する権利は幽香さんのものですが……」「手伝わせてくれないのですか?」
「ダメよ。下がってなさい」
 二人とも悔しそうに引き下がる。戦いはわずかな時間中断し、再び続きが始まるのかと思いきや、妖忌がようやく、というか、今さらながらに幽香の状態に気がついた。本体が天狗に襲われて、一度視線がそちらに向き、もう一旦、幽香を見たときにそれが視界に入っただけだ。もはや集中などできない状態になる。

「ゆ、幽香、待った」
「ダメよ。久々にここまで熱くなったんだから最後までやってよ」
 集中が切れたことを察した幽香が一気に攻勢に出る。妖忌は防戦すらままならない。なにしろ、視線が顔ではなくもっと下に誘導される。魂魄の名を冠しても男である。幽香が動くたびにゆれるスカート、正確にはその下に視線がいく。惜しげもなくさらされている太ももは健康的で、なまめかしく、艶やかに見えるのは適度な運動で汗をかいたからか? 肉付きも、うっすら見える血管も、傷一つない肌も美しさそのものだ。
 そしてそんな脚が大きく開く。集中力を完全に失った妖忌に対し渾身のハイキック、生身で受けたらまず間違いなく首が飛んでいく代物だ。そんな状況で妖忌の最後の顔は迫り来る幽香の太ももに見惚れて鼻の下が完全に伸びきっていた。蹴りの命中前に全ての意識を大きく開いた脚に奪われる大失態……しかし仕方ないだろう、本体は若返りの薬を飲んで、十代前半の悩み多き年頃なのだ。
 完全決着である。半霊が形作った全盛期の体は粉々になって霧散し、本体は鼻血を噴出して倒れている。術を強制解除された反動か、半霊のダメージが肉体に突き抜けたのか、それとも別の理由か、それすらわからないままに全てが終了した。
 幽香は勝利に興奮し、らしくもない嬌声を上げている。「あは、あはははははははは!!! やっぱりこうでなくちゃ、戦いは勝たなくちゃダメよね」一人で身もだえしながら笑っている。あっけに取られている天狗がようやく気がついて幽香の勝利を祝う。

「流石ですね幽香さん! よく、このゲスを倒してくれました」
「幽香さん、勝者の権利です。ゲスを消すのです。抹消ですよ」
 そう言って、本体を差し出す。妖忌は鼻血を出したまま気絶している。幽香はそれをつまみあげると、「なんで、鼻血噴いてるのかしら?」と問う。天狗の二人がそれに答えると、幽香の表情が一変する。
 キョトンとした表情から、血の気が一気に引いて、自分の状態を確認する。”通りで涼しいわけだな”などという冷静な判断はできなかった。一気に頭が茹で上がる。ゆでダコを超えて赤く、紅くなる。無言で椛が差し出した上着を黙ったままひったくるように手にとって、即座に腰に巻きつける。そして、顔を手で覆って、しゃがみこんでしまった。どうしたものか迷っている天狗を十分ほど待たせて、「このことを誰かにばらしたら殺す」と宣言し、立ち上がると気絶している妖忌を蔦でミイラの如く拘束した。

……

「……だとさ。どうする、見てしまった以上、口にはできんぞ。それに紫、爆笑しすぎじゃないか?」
「だって、だって、ひ、ひひひっひ、あの馬鹿……だめ、堪えきれない。あはははははははは、っはははは」
「あの妖忌が負けるとはな……いまだに信じられん。私ですら手も足も出ないレベルだと思ったが、幽香が強すぎるのかも知れん」
「勇儀さん……あなたなら楽勝よ。それこそ赤子の手をひねるより簡単かもね?」
 四人が紫が見せている映像……境界をいじって、幽香が竹で作った虫かごの中を映している……を覗いている。勇儀は首をひねって悩んでいる。何で途中で集中力を欠いて妖忌が失速したかが全く理解できていないのだ。しかし、その理由がわかる他の三人にとっては噴飯物の映像だった。
 紫は呼吸ができないほど引きつって笑っている。永琳も口元を押さえて震えている。萃香は苦笑いだ。折角すさまじい獲物が手に入りそうだったのに、性別が原因で獲物は十全に力を発揮できない。加えて相手の発育がよければ、それが勝敗に直結するレベルで実力が激減する。推測するに、刺激的な服装をした美鈴なら余裕で勝てるだろう。勇儀を相手にしたら三歩必殺の一歩目で決着する。勇義がそういうことに無頓着なため、全力を込めた必殺技は脚を縦一文字に振り上げるだろう。……スカートをはいたままでだ。幽香と同じ状態になる。間違いなく集中力をすべて吸われるだろう。勇儀は妖忌との戦いにおいて一切の手加減をしないだろうし、あの男はもう見たまんまの女好き……瞬殺以前の問題、敵足り得ない。
 映像の中の四人はこちらに戻ってくるような気配である。天狗の二人と、顔が変色したままの幽香、そして気絶したまます巻きにされた妖忌である。永遠亭では、この戦いを決して口外しないことを誓い、何食わぬ顔で戻って来た四人を迎えた。平静を装う三人と首をねじ切れるほどひねっている紫である。紫はダメかもしれない。もしも幽香と顔を合わせたら笑い死にするかもしれないのだ。

……

「……って言うわけさ」
 勇儀の説明は簡潔で、若返りの薬を飲まされた妖忌が逃げようとしたから幽香がす巻きにしたという、先ほどの展開を大幅に端折ったものだった。影狼と針妙丸は顔を見合わせている。間髪いれずに紫が話に加わる。

「影狼さん。妖忌を預かってもらえません? 人里においておくのもいいんですが、監視できて追跡できる人に管理してもらわないといけないので」
「ゆ、紫さん。あの、管理とか、監視、追跡ってどういうことですか?」
「わかると思うけど、こいつ脱走の常習犯なんです。加えて、極度の女狂い、あまり大きな声では言えませんが、幽香さんのスカートの中を覗いていたんですよ」
 紫が特に念入りに小声になって、幽香の所を話す。影狼が信じられないと言う顔をする。

「紫さん、そんな奴お断りです。まず第一に、わたし達が危ないじゃないですか!」
「そこを何とか。お願い。ちょっと考えて御覧なさい。チルノちゃんとか、ミスティアちゃんがこの馬鹿に襲われた後、人里に逃げられたらお仕置きもできないじゃない? こいつの拠点を外にする必要があるのよ。大丈夫、こいつが幻想郷に来たとき限定で、さらに下着ドロとかに遭わないように特別に金庫を支給しますわ」
 影狼がそれでも難しい顔をしている。わかさぎ姫やサリエル、正邪に針妙丸はかなり弱い部類に入る。羊の群れの中に狼を入れるようなものだ。ぶっちゃけて、影狼ですら押し倒されたら抵抗しきれるか疑問である。紫が笑いながら防犯ブザーを手渡す。押せば藍が駆けつける奴だ。それでも納得しない影狼に対して幽香が「酷い目に遭ったら言いなさい。私が殺しに行くから」と宣言した。これだけの保険を掛けてようやく影狼がしぶしぶ頷いた。

「じゃあ、よろしくね」
「さようなら」
 口々に別れの挨拶をして解散しようとする。そんな中、文が戻って来た。

「おおっと、待ってください。最後に写真を撮らないといけませんよ」
 全体写真を撮り、幽香を撮り、気絶したままの妖忌を撮る。「次回の新聞をお楽しみに!」なんて言って即座に消える。慌てて椛が追跡に入る。さっきの事件を記事にしたら命はない。というより妖怪の山が更地になるかもしれない。幽香の「必ずとめろ!!!」との命令に頭を下げてこちらも影狼に匹敵する速度で走り去った。後を追うように幽香が続き、その隙に紫はスキマに消えて、萃香は霧散する。勇儀も難しい顔をして萃香を追う。家に集結した大妖怪たちがあっという間にいなくなった。残されているのは影狼と針妙丸、す巻きの妖忌だけである。蔦を解いて妖忌を寝かす。考えた末に物置に布団を敷いて、外から鍵をかけた。

「扱いが酷すぎないか」
「針妙丸、幽香さんのスカートの中を覗ける実力ってどんなものかわかってる?」
「う……悪戯好きの妖精も、正邪も、ぬえだって絶対に手を出さないな」
「伝説の大妖怪だって手を出さないのに、あいつは手を出すんだぞ? 閉じ込めるだけじゃ正直不安だ」
 針妙丸が仕方ないのかとつぶやいて家の中に入る。丁度夕食時だ。いただきますと言った直後に物置の方で物音がして「だしてくれ~」と声が聞こえた。影狼が仕方なしに、物置を開けて妖忌をだす。一緒に夕飯を食ったらこれからの話をしよう。

「なぬ? わしは冥界に帰るつもりなんだが?」
「私もうっかりしていたんだけど、紫さんの意見で監視できるところにいて貰うんだって、だから幻想郷で活動する時の拠点はここにして欲しいんだって」
「あ~、そういう意味か、まあ、よく来るしな。宿に泊まることを考えりゃこっちの方が楽かも知れんな」
「こっちは一苦労だってのに」
「迷惑はかけんぞ?」
「もう、かかってるんだよ!」
 目を丸くしている妖忌にイライラしている影狼、深呼吸して落ち着くと、「今回はいつまでいる気だ?」と質問する。

「明日には帰るさ。次いつ来るかは……正直わしにもわからん」
「ふ~ん、こっちとしてはできる限り来て欲しくないんだけど?」
「まあ言うない。長くても十日よ。それも、妖夢の様子見だからの」
 そう言って立ち上がると、針妙丸を呼ぶ。剣術の最後の指南だ。二人して夜の竹林に繰り出していく。影狼は妖忌の見ていないところで防犯ブザーを針妙丸に手渡した。

「危ないと思ったら必ず押してね」
「私は少し、信用したいのだが?」
「ダメだよ。男は狼だ。襲ってくるものと考えていたほうがいいぞ」
 針妙丸は「自分が狼なのに?」と言いかけてやめた。目が真剣すぎる。信用がないっていうのは大変なことだと思いながら妖忌にくっついていった。しばらく竹林の中を歩いて、二人で向き合う。剣術最後の修行は強さについての話し合いだ。剣は必要ない。

「妖忌、最後の剣術指南ってどういうものだ?」
「まあ、剣術と言うか強さの在り方よ」
「在り方?」
「針妙丸、簡単に聞くが。腕が二本の奴と、三本の奴、どっちが強いと思う?」
「それは三本だろう?」
「じゃあ、四本ありゃもっと強いのもわかるな? 当然のように数が増えれば強いってこともわかるな?」
「それは、子供でもわかるぞ?」
「当然、一対二、一対三、どっちが強いかもわかるな?」
「当たり前だ」
「ではなぜ? 復讐の剣……要するに個人の、たった一人の強さを求めた?」
「えっ!? え~っと……私は、その、そういう理不尽な状態で一人でも、逆転できるように……」
「確かに理不尽を跳ね返せる力は魅力的よ。かつてのわしもその強さを求めたさ。ただな、自分の強さをもった敵が三人出てきたら、どうあがいても勝てんよ。理不尽っていうのはそういうことだからな」
「ぐっ……か、返す言葉が見つからない」
 妖忌が続けて質問する。今朝のこと、復讐の剣に染まった時のことだ。針妙丸が苦い顔になる。

「あの修行だけは二度とごめんだ。頭が沸騰したまま元に戻らなかった」
「そうだろうさ。で、どうだった? 加減はできそうだったか? ぬしは言ったな? 一番最初に、最高の強さを身につけてそこから加減するとな」
 大きく針妙丸の目が開く。そういえば、最高の強さを基にしてそこから加減をすればと思っていた。しかし、あの状態を体験した以上、回答は決まっている。

「無理だ。絶対にあの状態からは加減できなかった」
「そうだろう。わしもそうだったさ。だから、その感情を絶対に忘れるなよ?」
「二度と復讐の剣はつかわない。それだけは誓える」
「まあ、誓わなくてもいいさ。世の中本当にどうしようもないときもあるしな」
 妖忌は針妙丸の顔を見て満足そうにしている。本当に優秀だと思う。多分、心の強さなら妖夢をも超えているだろう。大体、こんな修行、妖夢には施せなかった。孫ってだけでかなり加減して教えていた。心の修行なんてしないで技術だけ……それだけでも十分に厳しいのだが……大事なことだったと今になって思う。

「針妙丸、もう一つ聞こう。おぬしがわしを倒すとしたらどうする?」
「妖忌、それは、あまり考えたくないんだが」
「例えばの話よ。修行に百年突っ込んでみるか? それとも千年?」
「今朝の状況から察して、修行した程度じゃ追いつかないと思う。小槌をつかっても無理だ」
「まあ、そうだろうな。だがな、今のおぬしでも倒せる方法はあるぞ?」
「無茶苦茶を言うな。たとえ寝込みを襲っても無理だろう」
「そりゃ、自分ひとりだったらの。だが、影狼にたのめば? 幽香をつれてくれば? どうだ?」
「そういうのがありなら、多分、勇儀に頼めれば……妖忌に勝てるかもしれない」
「おお、流石にあいつは怖いからな。わしも逃げ出すぞ」
 針妙丸の言葉に、納得の表情を送る。針妙丸自身はそんな妖忌がすこし大げさに見えた。恐らくこの男は勇儀ですら相手にできる実力がある。しかし口には出さない。話の主題はそうではないのだ。

「妖忌、それはまさか他人を頼るってことか?」
「頭が良いな。その通りよ」
「妖忌、それは違うぞ。私は他の奴を巻き込みたくない、傷ついて欲しくないんだ。だから一人の力が欲しかった」
「かわいいの。その通りよ。そして、その考えは正しい。だから、影狼も、正邪も、勇儀は……わからんな、とにかく同じようにおぬしに傷ついて欲しくないのよ。だから、協力せい。一人で立ち向かうな。一人ではなく、皆と共に進むんだ。これこそが最強剣よ。但し、戦いに巻き込めとは言ってないぞ。そして、可能な限り戦うな。負けていいときは笑われてもいいから負けろ」
「む、そ、そうなのか」
「当たり前よ。最強剣といっても必ず勝つ必要は欠片も無いわ。ただな、絶対に負けてはならない時、そのときのみに剣を振るえ。勇儀にたのめ。影狼を頼るんだ」
 妖忌の顔は真剣であるのだが、針妙丸はあまり納得していないようだ。しかし、針妙丸は頭が良い。真剣に妖忌の言葉を考えている。多分、影狼も、恐らく正邪も、傷ついて欲しくないと思ってくれるのは本当だろう。勇儀だけは怪我は勲章なんていうかもしれないが、死んでも笑い飛ばすかもしれないが、墓に酒は持ってきてくれる気がする。手を伸ばせば、きっと協力してくれるのは間違いない。少しだけ自分の考えを反芻する。妖忌はそれをせかすことなく待つ。

「妖忌、なんとなくわかったよ。でもそれは生き方みたいな話だな」
「そりゃそうさ、剣術やって千年の果てにたどり着いた境地だからな。生き方って言うのは正しいぞ。自分が何のために剣を身につけたいか? ぬしは守るためと答えたな? だったら人とかかわり、困っている人を助け、共に楽しみ、別れを惜しめばいい、つまり、普通に生きていりゃいいのよ。それが最強への道、障害も協力すりゃ必ず超えられるさ。自分が勇儀よりも強い必要など無い。強さが必要なら勇儀をよべ、良い鼻が必要なら影狼を頼め。そして同じように頼られたら必ず応えろ」
「私が頼られることなんてないと思うが……」
 妖忌は針妙丸の顔を見る。なるほど、自信が無いのか。”頼られることなどない”多分、この言葉が自分ひとりで頑張ろうとした原因なんだろう。針妙丸は助けてもらうだけになりかねないと思っているらしい。”頼っちゃいけない”なんて恐怖に似た感情を切り伏せるのはこれからの針妙丸の課題にしようか。一人前の素質十分だ。後は背中を押すだけにしよう。

「狭くて他の奴が入っていけない洞窟、他人の真似(まね)できない微細な裁縫、ぬしの秀でている所はいくらでもある。体が小さいってのは単純な事実よ。有利な面も不利な面もある。後は自分をどう使うかだけよ。強いってことは己をしり、その上で普通に生きるってことだからな」
「なるほど……そうしたら、普通に暮らしていればいいのか?」
「まあ、あまり芸はないがな。剣術の修行って言うなら、日々遊び、任された事をきっちりこなしていればいい。まあ、わしの言う遊びってのは、自分を知るためにできることを探すってことだな。常に新しいことに挑戦するってことだ。そうしてできることが増えたら任されることも増えるだろう。そうすりゃ人とのつながりも強くなるし広がる。最強になれるさ」
「妖忌……よくわかった。多分、私が目指した理想郷も同じだったんだろうな。ただ一つだけ、ちょっとだけ反撃をいいだろうか?」
「なんだ?」
「剣はどこにいった? 妖忌の言葉は正しい。それはわかるよ。日々懸命に生きようと思うだけの説得力があった。でも、妖忌の話は剣じゃなくてもいいよな? 例えば飯屋でも、本屋でも多分成り立つんじゃないかな?」
「ぶっふふ、そこに気がつくとは、ぬしは本当に頭がいいの。だが残念ながら、わしはその人とのつながりを剣で作ったのよ。勇儀も幽香も、紫も、幽々子も……みな、剣を通じて知り合った。わしの場合、普通に生きるってのが剣と一緒だったって話よ。ぬしも剣をやってみたらいいさ。但しきついぞ、剣で頼られたら必ず応えるってのはな」
「そうだな。あの修行を思い返せば痛感できるほどにわかる」
 妖忌が笑った。「厳しすぎたか?」との問いに「志願をしたことが軽く後悔できるほどに」と答えられた。笑いながら妖忌が聞く。

「ためしに本物の”剣術”を習ってみるか? 素質はあると思うぞ?」
「お断りする。まず、間違いなく三日以内に体が壊れる」
「ふふふ、惜しいの剣を持つ資格はあるのにな」
「妖忌にそれを言われただけで勲章だよ」
 妖忌は笑い続ける。勲章か……折角だから何か贈り物を用意しておくべきだった。まあ、仕方ないか。次に来たときに桜の木から削りだした木刀でも送ろう。もし、術まで修めるようなら、勇儀に頼んで真剣を作ってもらおうか。

「まあ、わしの話はこれで仕舞いだ。これにて剣術指南は終わり。免許皆伝とはいかないがな」
「妖忌に免許皆伝……多分貰う前に死ぬな」
「大丈夫、安心せい。死ぬ前に追い出すぞ」
「優しいんだか厳しいんだかさっぱりわからないな。でも、ありがとう。単純に必殺技を教わるよりいい教えだった。今、強くなったわけじゃないけど、これから強くなれる気がする」
「さて、心残りも片付いたし、明日とは言ったが、もういいか。このまま帰るとしよう」
「え!? 妖忌、別れの挨拶は? さっき、別れを惜しめと言ったはず」
 妖忌は笑って「じゃあの」と言って走り去る。妖忌には今の幻想郷に絆を作る必要はないと考えているのだ。それに、体が若い。女狂いを自称したほどの欲が暴走したら間違いなく幻想郷に対して悪影響を与える。ジジイで半霊を操っていた時とは異なり、十代の体で影狼やわかさぎ姫の横の部屋でおとなしく寝ていられる保証が自分にもない。隠居先でおとなしくしている以外に手がないのだ。

 妖忌が冥界に去ってから、しばらくたったある日、文の新聞が配られた。影狼たちもそれを読む。感想は「酷ぇ!」の一言である。名前を伏せてあるが、写真で正体がもろバレしている。目線を隠した程度では公開も同然、妖忌と幽香のことだった。内容は変態剣士が女性妖怪に襲いかかったというもので、追い詰められた女妖怪の機転を利かせた反撃で変態を撃退したことになっている。そして、新聞の配達後、間髪いれずに紫より、金庫が届けられた。届けた本人が爆笑を必死に堪えている状態で、「今日中にも妖忌さんがいらっしゃいますわ」と言っている。
 影狼が”何があったのか?”と尋ねれば「幽、幽々子が、くぷぷぷぷ、よ、ようむを連れてね。ひひひっひひひひ、ぶっふ、む、無理、本人に聞いて」といって腹を抱えてむせながらスキマに消えていった。紫のあの態度、新聞、冥界の住人が関係している。これらの前提に基づき、影狼の直感がこの先の展開を読んでいる。恐らく妖忌が冥界から追い出されたのだろう。容易に想像がつく、自分だってこの新聞を読んだら即刻、屋敷からたたき出す。こんな奴を押し付けられても居場所などない。針妙丸に対する剣術指南の礼として、物置だけ貸してやろう。そう、心に決めたとき、妖忌が見えた。顔に痣を作ってとぼとぼと歩いてくる。新聞を見た怒り心頭の幽々子と妖夢、ついでに扇で顔を隠して震えている紫に隠居先を襲撃されたのだ。
 妖忌への誤解はじきに解けるだろうが、一ヶ月は隠れていないと、まず幽々子の怒りがおさまらない。すっかり弱りきった声で「しばらく世話になる」といわれ、ため息とともに物置を指差した。

おしまい
 妖忌さんが幻想郷に戻ってくる話ですが、基本的人権など幻想郷の男には存在しませんと言う話です。妖忌さんは基本スペックが歩くスーパートラブルメーカーなので騒動から解決、そしてフルボッコまでがセットになります。
 さて、作中の妖忌さんの実力ですが、幻想郷最強の男で書いています。どこぞの店長を倒せれば自動的にNo. 1ですね。加えて、妖忌の強さは男を相手にする時限定です。どの道、きわどいスリット付きのチャイナドレスを着た美鈴にはボロ負けします。まあ、妖忌の最強の程度は文の新聞に抹殺されるレベルです。ペンは剣よりも強いのですよ。
 ちょっとだけまじめに話すなら、どのキャラにも勝てるってのは最強なのでしょうが、最高のキャラにはほど遠いですね。一応、最高の剣士を書くとこうなります。幽香に勝つキャラではなく、幽香に負けることができるキャラって事です。幽香、勇義、紫、この辺の連中が全力で暴れている最中、妖怪としてではなく、女としてみて鼻の下伸ばすなんてことができるのは、実はすごいことなのですよ。
 単純に戦いに勝って、”強さとはこういうこと”と押しつけるのではなく、作中で言っていたように日々の日常の背中を押してくれる剣士です。つかみ所の無い強さを感じてくれれば幸いです。だから別に良いじゃないですか幽香のパンチラ見て撃沈したって、妖忌の日常に”女”が入っているだけです。
 最後に次回作ですが過去話に相当する「怪物殺し 十六夜咲夜」 VS 「怪物王 レミリア」か。それとも、ようやく条件が整ったのでカ一○゛ィの敵キャラを入れてクロスオーバー系の話のどっちかにします。……と途中まで思っていたのですが良い敵キャラを思いついたので、もしかしたらそっちが先ですかね。雷光丸、豚鬼、鶏鬼に続き、大魔王シヲウル(沈着冷静、残虐無比、極悪非道、冷酷無慈悲の女魔王です。名前は単純に”死を売る”のカタカナです)さんが登場です。

2016/06/29 追記
皆さんコメントありがとうございます。
書き方の工夫と文章の切り方ですかね? 
理解に過不足無く必要最小限、且つ面白い……まあ、書いた量が解決してくれると思います。
まだ、たったの十作品なのでもっと数をこなして工夫できることを増やしていこうと思います。
書き続けるって本当に大事だと思います。
最後に、良いキャラが多いと言ってくれたNo.6の方、ありがとうございます。本当に励みになります。
”安心して見れてかつ面白い”最高の褒め言葉です。
次も王道に忠実にいきたいと思います。
何てかこうか?
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コメント



0.120簡易評価
3.20名前が無い程度の能力削除
まず最初に最後まで読めない状態で感想を書かせていただくことを謝っておきます。ごめんなさい。

で、肝心の感想ですが……途中で放り出したというのを加味しても、なにがなんだかわからない。読みとくのに必要な情報は不足気味なのに蛇足は満載という構成のせいでひたすらひたすら長ったらしい。この冗長さをどうにかしたほうがよいかと。
書きたいことを全部ぶちまけるのではなく要点を絞り、話の展開に不必要なもの(作者さんの主観ではなく客観的に観て)は捨てる、それでも長くなるのなら話や文体のテンポに工夫をして読ませる努力を。文章の単調さもなんだ。

ついでに加えるなら後書きもウザいです。
6.90名前が無い程度の能力削除
なんてこった読み終えてしまった。面白いです。
統一感やスケールが適合していないというか、無駄な展開で話が進まないような錯覚を覚える部分はありました。ぱっとしない群像劇映画のダラダラ感みたいな……その意味では脚本家の書いたシナリオみたい。このジャンル自体がもとより好きなので、そういう骨ばった文章も含めて楽しく読ませてもらいました。
良いキャラクターが多かったのもポイント高いです。小物臭のする子もいたけれど。
アクションはちょっと物足りないかも?説教すればパンチがクリーンヒットするラノベみたいな雰囲気。でも正直嫌いじゃないです。
あとは約200KBを書き上げること自体がまずすごいと思うので、その点も加味して。ぶっちゃけ読むのも大変になりますけど、読後感がよりエモーショナルで無駄に長い感想を書きたくなるのは長編のいいとこですね。

後書きについて。とある人の「最強とはステータスでしかない」て台詞が記憶にあり、まったく共感できます。時代劇・漫画・ドラマ……勧善懲悪の絶対正義を飽くまで基点においてかつ話を単純化させないように膨らませた作品は、安心して見れてかつ面白い、非常に俺得感のある良い傾向だと思っています。
7.10名前が無い程度の能力削除
ボリュームがあると言うより無駄に長いだけの文章って感じかな。文体も単調なせいでなんだか間延びしているような印象しか持てないから長い文章が丸々苦痛にしか思えない
もっと文章にメリハリ付けて読み手を飽きさせないようには出来ない?
9.無評価名前が無い程度の能力削除
前書きの時点で読む気を失う
10.無評価名前が無い程度の能力削除
小学生の水増し絵日記みたいなもんだね。
とにかく文量を多く長く書けばいいってもんじゃないだろう。文章に過剰なまでの装飾を施すのを芸風にする作家や作者もいるけれど、それはあくまでも読ませる能力があってこそなのをわきまえた方がいい。
11.10名前が無い程度の能力削除
無駄に長くて鬱陶しいだけとしか映らない作品でした
初期の作品もついでに覗いてきましたが、何一つ進歩も変化もできずにいるというのもある意味においては凄いですね。もちろん悪い意味で、ですが
13.80名前が無い程度の能力削除
みんななかなか辛口ですが、とても面白かったですよ。
特に妖忌のキャラが良い、
こんなコミカルでだらしないおじいちゃんは初めて見ましたw

ただ、他の方が言っているように、確かに文章が冗長な感じがしました。
別々に分けて書けば面白いのに、ごちゃ混ぜにしちゃったせいでまとまりがなくなってる感じ。
読んでる途中で「あれ?まだ終わらないのかな?」と感じてしまいました。
無理につなげず、前、中、後編、後日談、のように分けて書けばまとまりがあって良かったかもです。

この世界観とっても大好きです。ぜひこれで日常編とか見て見たい。
妖忌さんの武勇伝とかも聞きたいけどこの様子じゃあそそわには書けなさそうだなぁ…w