Coolier - 新生・東方創想話

死体探偵「パーフェクト・コガサ」

2016/05/23 01:35:13
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「わちき、カンペキ!」
 炉の光に幾分焼けた笑顔で言うのである。
 その姿がなんだか可愛らしくて、私も笑みを零してしまった。
「なんだい、その女児向けアニメのサブヒロインが言いそうな決め台詞は」
「いやぁ、今日もいい仕事が出来たから、つい嬉しくて」
「そりゃ、お疲れさん」
 多々良小傘にタオルを渡してやると、彼女はそれでごしごしと顔を拭いた。顔に付いた煤と汗で、白いタオルはすぐに真っ黒になってしまった。
 なんでも、鍛冶は神聖な仕事なので、仕事の際は必ず白装束を纏う事にしているらしい。鍛冶用の白装束には汗の染みが大きく浮き出ている。私はそれを汚らしいとは思わなかった。むしろ美しいとさえ思った。それは勲章なのである。一つの仕事に全力で取り組んだという証だ。
 火の入った工房は暑いので、私達は外へ出て、木陰に腰を下ろした。
「それで? ブツの完成度はどんなだい」
「そりゃあもう、カンペキだよ」
 得意満面、小傘はそれを取り出して、掲げて見せた。あれだけ傷ついていたロッドが、新品と見紛うばかりの真新しい輝きを取り戻していた。
 小傘の手からロッドを受け取り、感触を確かめてみる。ロッドは手に吸い付くようで、先の先まで自分の手と変わらぬ鋭敏さを感じた。
 惚れ惚れするほどの出来である。私は頷いた。これは確かに、完璧と言っても過言ではない。
「流石だな。里の鍛冶屋ではこうはいかない」
 私が手放しで褒めると、小傘はふふんと鼻を鳴らした。
「もっと褒めてくれてもいいのよ?」
「完璧だよ」
「もっと、も〜っと褒めてくれてもいいのよ?」
「これ以上思いつかないよ」
 まったく、小傘は調子に乗り易い。まあ、それが小傘の良いところでもあるのだが。
「それにしても、今回はかなり傷んでいたね」
 小傘は白装束の胸元を大きく開いて風を入れていた。女同士とはいえ、少しはしたない。どこに人の目があるか分からないというのに。
「今回も同じ相手なんでしょう」
 ロッドの傷つき具合でどんな相手と戦ったのか分かるらしい。道具に関する事で、小傘に隠し事は出来ない。
「前のロッドを真っ二つにした奴って、どんな奴なの?」
「うむ……」
 脳裏に浮かぶのは、青いレインコートの妖の姿。揺れ動く指先から放たれる、高圧圧縮された水のレーザー。
 今、私が生きているのは、小傘の鍛えたロッドのおかげだ。
「大した相手じゃあないよ」
 私がそう言うと、小傘は訝しげにふうんと唸った。
 奴との戦いに、小傘を巻き込みたくなかった。
「それより、もう一つ頼みがあるんだ」小傘の追求を逃れる為に、強引に話題を変えた。「修復して貰いたいものがある」
 私は懐から取り出した巾着袋を小傘に渡した。小傘は中の物を取り出してまじまじと見やると、ほう、と声を上げた。
「六角十手か。これは業物だね。よく使い込んである。でも……」
 小傘は言い淀んだ。傘の付喪神である小傘には、無残な姿の道具が尚更哀れに思えたのだろう。
 十手はその棒身の半ばの部分から、ぽっきりと折れてしまっていた。
「それは里の自警団長を務めていた男の十手だ」
 私は小傘に今回の事件のあらましを説明した。
 と言っても、事は単純である。自警団長が里の外に出たまま姿をくらまし、死体探偵に捜索依頼が来た。果たして彼は見つかったのだが、既にその命は尽き果てていた。傍らに折れた十手を残して。
 団長は自警団の武装化を良しとせず、あくまで人間相手の捕物を主眼にした装備しか持たなかった。捕物に際して持つ装備は先祖伝来の十手だけ。必要以上の武力は敵対心と不信感しか生まない、妖怪退治はその道の者……即ち博麗の巫女に任せる。我々は里の治安を守れればそれで良い、それが団長の口癖だった。
 だが今回は、彼の信念が裏目に出た。有象無象の妖怪に襲われた時、非力な人間が十手だけで立ち向える訳が無かったのだ。
「妖怪に襲われたの?」
「今、青娥に調べてもらっているが、遺体はかなり食害されていた。間違いないだろう」
 死体探偵である私は、団長から依頼を受ける事も少なくなかった。彼は私が妖怪だと気付いていたようだが、それを追求する事はなかった。妖怪だろうがなんだろうが、里に危害を加えなければ何でもいい。彼は妖怪との付き合い方を十二分に心得た、まさしく幻想郷の守り人であった。
「惜しい人を亡くした、そう思う」
「そっか……」
 小傘は十手を蒼い空に掲げた。
 使い込まれた鈍色の十手には、沢山の傷が付いている。それが陰影となり、複雑な紋様を拵えていた。それは、深い皺の走った団長の仏頂面を思い起こさせた。
「形見として遺族に渡したいんだ。だけど悲劇の象徴みたいにはしたくない。小傘、修復してくれるか」
 私の問いには答えず、小傘はしばらく、十手を空に掲げ続けていた。気のせいか、その手つきは何か重いものを支えているかのように見えた。
「団長さんには息子さんっているのかな」
 不意に、小傘が問うた。
「確か、年頃の一人息子がいたはずだ」
「ふうん」
 小傘は十手を下して、私をまっすぐに見据えた。
「いいよ。受ける」
「すまんな」
「その前に一つ、私からの依頼を受けて」
「君からの?」
 予想外の依頼に、私は少し困惑した。
 小傘は淡々と頷いた。
「団長さんの息子さんが、団長さんの跡を継ぐ気があるのかどうか、調べて来て欲しいの」
「息子の? なんでまた」
 小傘はにっこりと笑った。
「わちき、半端な仕事はしたくないからさ」
 私は首を捻りながらも、変装して里へ向かった。
 団長の家は里の中心近くにあった。稗田家と繋がりがあるらしく、里の一等地に居を構えているのだが、立地に反してその家屋は質素な平屋である。職人気質の団長は派手を嫌い、倹約を好んでいた。
 家を訪ねると、生憎と息子は留守であった。
 もしやと思い、私は自警団の詰所に向かった。
 里に点在する詰所を当たり、三ヶ所目で果たして息子を見つけた。
 団長の息子はまだ十代前半と言ったところで、その顔には多分に幼さを残している。それが青年団の青い法被に身を包み、頭に捻じり鉢巻きして、詰所の前で木刀を素振りしていた。
 彼は私を見つけると、木刀を置いて駆け寄って来た。
「親父は見つかりましたか」
 緊張した顔に、僅かに希望を残して訊く。死体探偵に依頼した以上、覚悟はしている筈だが、それでもまだ心の何処かで生きている事を願っているのだ。
「もう少しかかる」
 見つけてはいるが、まだ見せられる状態ではなかった。
「そう、ですか」
 彼はがっかりしたような、安堵したような、複雑な表情を浮かべた。
「自警団に入ったのか」
「はい。親父の跡を継ぐつもりです」
「剣を習っているんだな。君の親父さんは十手術の達人だったが」
 彼の顔に陰が差した。
 私は、溜息を吐いた。
「復讐のためか」
 彼は力強く頷いた。
「親父が帰らなかったら、俺は妖怪共を許すつもりはありません」
 あどけない顔に殺気を漲らせて、彼は言った。
 私はかけるべき言葉を持たなかった。
 私はとぼとぼと掘っ立て小屋に戻り、青娥とともにエンバーミングを行った。作業自体は青娥の悪魔的手腕により、夜が明ける頃には終わった。
「ナズちゃん」
 青娥は少し憂いを帯びた目で言う。
「どうするつもり?」
 私は押し黙った。
 有象無象の妖怪共に復讐など、無謀もいいところだ。それは雨や風を相手に刀を振るのと変わりはしない。返り討ちに遭うのが落ちである。
 だが、私の中の教義は、彼を押し留める言葉をもたらしてはくれなかった。
 復讐など無意味だ。
 そう言葉にするのは簡単である。
 だが、修行を積んだ僧侶でさえ、八苦を完全に滅する事は出来ない。愛や憎しみを理や言葉だけで打ち消す事など、夢のまた夢である。私は無力だった。
 翌早朝、十手を受け取りに、私は小傘の元を訪ねた。
 小傘は白装束姿で、工房に併設された小屋の畳の上に座して待っていた。
「出来てるよ」
「流石だな。仕事が早くて助かる」
「その前に。わちきの依頼の結果を教えて欲しいな」
「……彼は跡を継ぐそうだ」
 小傘は優しく微笑むと、白い和紙を乗せた台を背後から取り出して、私の前に置いた。和紙の上には、修復された十手が乗っていた。
「なんだ、これは」
「修復は完璧に終わったよ」
「しかし、これは」
 確かに、十手は修復されていた。だが、接合箇所が盛り上がり、色も変わっている。これでは修復の跡がありありと分かってしまう。付いていた傷もそのままだ。まるで素人修理ではないか。
「強度には問題はないよ。これは使える道具だよ」
「これでは駄目だ、小傘。こんなものを見せれば」
「息子さんが復讐に逸るって?」
 ……分かっていて、やったのか。
 小傘は首を振った。
「ナズーリンがそれを止めたいと思うのは分かるし、わちきにはそれが悪い事かどうか分からないよ。でもね、ナズーリン。人は死んだら砂になる。人の歴史を残してあげるのは、道具の役目なんだよ」
 小傘は自らの本体である、茄子色の傘を抱きしめた。
「わちき、覚えてる。わちきを作ってくれた職人さんの顔も、わちきを使ってくれた人達の事も、捨てた人達の事も。それは、私の傷。道具の傷は歴史だよ。歴史は伝えてあげなくちゃ。その歴史を刻むも消すも、使う人間の手に委ねるべきだと思う。だから」
 小傘は少しだけ寂しそうに笑った。
「これは、これでいいんだよ」
 歴史を伝える、か。
 長く生きすぎた私には、ピンとこない概念だ。
 だが、小傘のいう通りかもしれない。
 私は復讐という不毛な行為を止める事に囚われすぎて、逆に遺族への誠実を欠いていたのではないか。
「礼を言う」
 和紙の上の十手を受け取り、立ち上がった。
 私は私の出来る事をするだけだ。
 遺体を入れた桐の棺を引きずって、私は団長の家に赴いた。
 覚悟していたのか、妻も息子も、涙を流さなかった。青娥が整えた団長の穏やかな死に顔を見て、ただ肩を震わせ、ありがとう、と言った。
 私は団長の息子に十手袋を渡した。
「これは、親父の……」
「勝手だが、修復させてもらった」
 十手に残る痛々しい修復の跡を見て、彼の顔にまた深い陰が差した。
「君が親父さんの跡を継ぐ気なら、それを使うといい」
「こんなものでは、妖怪は倒せませんよ」
 彼はそう吐き捨てた。
「そうだな」私は頷いて、しかし言った。「だが、見えるか? その十手に刻まれた傷が。それが親父さんの歴史だ」
「歴史……?」
「傷が沢山付いているだろう。捕物だけでなく、過去に妖怪と戦う事だってあったはずだ。あの人はその十手で戦ってきたんだ。今まで、ずっとな。その意味を、よく考えてみてくれ」
 彼は目を閉じ、ぶるぶると震えた。
 漢の涙を見るのは失礼だ。私は彼に背を向け、里を後にした。
「ばあ!」
 里の門を出た途端、小傘が飛び出して来たので、私の心臓は危うく鼓動を止めるところだった。
 小傘は子供のようにケタケタと笑っていた。小傘は人の心を食べる妖怪で、人を驚かせるのが趣味と実益を兼ねる、妖怪としての活動なのだ。
「えへへ、驚いた?」
「遺憾ながらな」
 林の小径を並んで歩く。
 こんな子供だましの古典的な手にしてやられるなんて、ちょっと悔しい。それが私の足を速めた。
「怒ってる?」
 ぽつりと、小傘が言った。
 私は立ち止まって、首を振った。
「彼が復讐を捨てられるかどうか、それは分からん。だけど、あれで良かったんだろう。人の行く末を操ろうなどと、おこがましいことだったと思う」
「ナズーリンは、優しいだけだよ」
 果たしてそうだろうか。私は執着を捨てきれない、欲深い鼠だ。今も復讐をやめさせたいと、そう思うことを捨てられない。それを止める権利など、誰にも無いというのに。
「きっと、そう」
 朝の陽差しを浴びて、きらきら輝きながら小傘はつぶやいていた。
「なあ小傘、教えてくれ。道具の傷が歴史なら、なんで私のロッドは新品同様に直してくれるんだ?」
 私が疑問に思っていた事を問うと、小傘はクスクスと笑った。
「それは簡単だよ。ナズーリンは今、歴史を創っているんだからね。刻むのも捨てるのも新しく始めるのも、使う人間の自由」
 人間の自由ね。私は妖怪なんだがな。
「わちきはナズーリンといると、いつもおなかいっぱいだよ」
 それは皮肉なのだろうか。私が小傘の子供だましに引っかかるような単純な奴だ、という。
 だが。
 私は笑った。
「君にはいつも驚かされているからな」
 小傘の完璧な仕事振りに驚嘆しているのは、事実なのだから。
 ……そう。
 そうだ。
 小傘の作品は完璧なのだから。
 私達の思いは十手を通じ、きっと彼へと伝わるに違いない。
 私はそう信じることにした。
 ほんわか卓を見てからこっち、私はコガナズ派です。もちろんナズ星も好きですけどね。

 2016/05/23
 誤字の修正。
 コメント、真に感謝しております。
チャーシューメン
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コメント



0.420簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
シリーズものとはいえ、こうも話を短くまとめられるのは強み
7.100名前が無い程度の能力削除
文章もさることながら、その頻度や向上心は見習わねばならないと思います
このSSも面白かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
かなり面白かったです。
最後の方の小傘が驚かしにくるシーンは不意打ち過ぎて笑えました。
せっかくなのでもう1度読んできます。
9.90奇声を発する程度の能力削除
面白く楽しめました
16.100名前が無い程度の能力削除
思わず途中で涙ぐんでしまいました。
ssでここまで感動したのは久しぶりです。