窓の外はどうも薄暗い。夏も終わって秋に近づいたというのにいつまでもここはジメジメした空気が支配している。ここは魔法の森。そんなことは年中だ。
私は家の中を整理していた。魔法で外よりずっと快適にしても肉体労働は辛い。
立ち上がって首がポキっとなった。ちょっと休憩しようかな。
「上海、お茶頂戴」
イスに座って部屋の中をくるっと見回す。あらかた片付いてきたかな。
「なんで私が片付けないといけないのよ……」
この家の持ち主だけれど、散らかしたのは私じゃない。
本棚には妙な空きがある。散らかしていくだけならまだしも盗むのはいかがなものか。いや、散らかすのもいかがなものか。
深呼吸して落ち着いたところに上海がお茶を持ってきた。
「ありがとう」
自分で魔力で動かしているのに、なんとなくお礼を言ってしまう。昔は全部自力で紐で操らないといけなかったのに、最近ではちょっとした家事ならこなすようになった。我が子を育てるようで自然と愛着がわいている。上海は昔作ったものだから特に。
紅茶を一口飲んでからカップを置いた。ゆらゆら揺らめきながら空中に消えていく湯気をながめる。その先の棚の上に白黒の服を着た金髪の人形が見えた。
「ああっ!」
こんなもの見られたらまずい。隠しておいたのに……。人形が持ってきたのかな……。
椅子から立って、人形を手に取る。
一番の自信作――。
「おーいアリス」
「ひゃッ」
とっさに手に持っていた人形を後ろに隠す。
「どうかしたか?」
「どうもしてないわよ!」
いけないけない。平常心平常心。平常心是道。
なんとか上辺を取り繕ったが、絶対に怪しまれた。
魔理沙は首をわざとらしく傾げてこっちを見ている。
とりあえずイスに座る。もちろん人形が魔理沙に見えないように細心の注意をはらいながら。
「何しに来たの?」
ちょっと作った微笑みとともに言った。
「ああ、ちょっと本でも借りようかと思って」
首を傾けたまま動いていなかった魔理沙が本棚に向かって歩いて行った。
どうしよう……。
今日はついてないなぁ。
魔理沙が本を何冊か持ってきて机の上に積み上げた。
なんで人の家にきて本を読むかな……。話したいことはいっぱいあるのに……。
どこか嫉妬に似た感情を認識して、我に返った。そんなことよりこの人形を何とかしないと。
どこにどうやって隠せばいいのか……。
「なあアリス」急に魔理沙が話しかけてきた。
「な、何?」落ち着け私。
「お茶くれ」本から顔も離さずに魔理沙は言った。
「ああ。上海、お茶いれて」
さっき私が飲んだものと同じようにてきぱきとお茶を持ってきた。
あ。
これだ。
万が一この方法で魔理沙にバレてしまわないかを考える。
五分五分くらいかな……。
ちょっと実践するには低い確率かもしれない。でも、今はベストだ。
お茶を置いてその辺りを漂っていた上海を紐で操って、私の後ろまで持ってくる。
さて、ここからが問題。
このまま上海に魔理沙人形を持たせて寝室まで運ぶのだ。ただ、ちょっと距離があるからこっちを見られればもうダメだろう。
魔理沙を観察しつつ、慎重に上海を操る。
「そういえばさ」
「な、何?」
「腹が減った」ちょっとだけ魔理沙が本から顔を上げて言った。
「ちょっと探してみるね」
私はいまどんな顔をしていたのだろう。変になってなければそれでよし。
席を立った瞬間に上海と魔理沙人形を回収した。
こっそりポケットに入れてキッチンまで行く。
あ。
これか。
このままキッチンに隠しておけばいいわけだ。
最初に気づけよ私。
とりあえず、調味料入れの棚に隠しておくことにした。その横の棚からクッキーを取り出して持っていく。ついでにポットに紅茶を入れて。
「はい。どうぞ」
「ああ、すまんな」
本とにらめっこしたまま。
ちょっとくらいこっちを見てよ。
魔理沙の金色の髪が少し動く。
白い手がページをめくる。
時折見える瞳はどこまでも輝いて、好奇心が住み着いている。
きっと、あの本の中にも面白いことがいっぱいあるに違いない。
でもね、ちょっとくらい……。
ちょっとくらいこっちを見てよ。
一緒に話さない?
ねえ。
ねえ魔理沙。
「アリス?」
現実に引き戻されていく。魔理沙は本から顔を上げてこっちを見ていた。
「私の髪に何か付いてるか?」また妙な疑いの目でこっちを見ながら魔理は言った。
「ついてない」
「じゃあ何だ?」
えっと……。
ついてないって言うんじゃなかった。糸くずでも取る仕草をすればよかったのに。私のバカ。
よく見ると魔理沙の顔の端に泥が付いていることに気がついた。
「顔に泥はついてるけど」ちょっと笑いながら言った。
「え、どこ?」
魔理沙が自分の顔をあちこち触る。
泥の付いているほっぺたの部分を私は指でなぞった。
「ここよ」
ほっぺたの柔らかさと魔理沙の体温を感じた。
ちょっと魔理沙が体をよじらせた。
「あー顔洗わせてくれ」
「いいけど、どこ見ていってるの?」
魔理沙は天井を見ていた。
魔理沙が勢い良く立ち上がってロボットみたいにぎこちなく洗面所に向かって行った。変な魔理沙。
ふと、魔理沙の黒いスカートが裂けているのを見つけた。
「スカート破けてるじゃないの」私は指さして言った。
「え? ああ、ホントだな。森に入った時に木に引っ掛けたかな」
「そう。じゃあ、お風呂入ったら? その間に縫っておくから」
私の提案から、しばしの沈黙。
「いや、風呂まで借りるのはさすがにな……」
「とにかく入りなさいよ。あんたが遠慮するなんて珍しいわね」
私は「うぅ」とよくわからない唸りを上げている魔理沙のために風呂を沸かすのであった。
*
魔理沙が風呂に入っている間に私はスカートの裂け目を直していた。
普段通りの静けさに、お風呂から水の音が聞こえる。
そういえば、シャンプーが切れていたような。
変えのシャンプーを持って、私はお風呂場へと向かった。
ノックノック。
「魔理沙、入るわよ」
「え、ちょっと」
もう開けた後だった。
魔理沙が湯船に勢い良く潜ったせいで、お湯が周りに飛び散った。
「急に入ってくるなよ! はっ、恥ずかしいだろ……」
後半に行くほどトーンダウン。顔も夕日みたいに湯船に沈んでいった。
思考停止した私はじっと魔理沙の方を見ていた。
白い肌に、赤い顔。
なんだかこっちが恥ずかしくなってシャンプーをおいてすぐに外に出た。
横目に見えた脱衣所の鏡には、ちょっと赤くなった私の顔。
リビングに戻ったのはいいが、特にすることもなかったので魔理沙が積み上げていた本を読むことにした。
本の内容よりも先ほどの魔理沙の顔が頭のなかをうめつくす。
――かわいかったかも……。
何を言っているんだと自分でツッコミを入れた。かわいかったのは事実だけど。
本を読むのをやめて元の場所に積み上げたところで魔理沙がお風呂から出てきた。
「上がったぜ」
普段通りの口調。のぼせたのか、顔が少し赤いように見えた。
「夕食はなんだ?」
「特に決めてない」
首を横に振りながら私は答えた。
「それなら……」
魔理沙が悪いことを考えている時の顔になった。
「私が今日は作ってやるよ」
少し驚いている私に、魔理沙はスカートをポンポンと叩きながら「これ縫ってくれたしな」と言った。
「じゃあ、お任せする」
私も、魔理沙も微笑んでいた。
魔理沙がキッチンに行ったので、私は積み上げられた本を机の上から撤去することにした。
本を棚に一冊ずつ戻しつつ、窓の外を見れば、もう日が沈んで星が出ていた。
「ほら、できたぞ」
魔理沙が机の上にいくつか料理を運んできた。
「さあ、召し上がれ」
魔理沙は自信に満ちた笑みを浮かべていた。
とりあえず、スープに手を付ける。
コンソメベースできのことちょっとした野菜が入っているだけのように見えたが、なかなか美味しい。
「どうだ?」好奇心に満ち溢れた目で私を覗き込みながら魔理沙は言った。
「おいしいわよ」微笑みながら答えた。
「そうか」
満面の笑みとは、今の魔理沙みたいな笑い方を言うのだろうか。
話題というのは尽きないもので、料理をすべて平らげて晩酌に入ってもまだ私達は話し続けていた。ちなみに、料理は作った本人のほうが多く食べていた。
お互いに良い始めてから、キッチンで食器を一緒に洗うことにした。私が洗剤で洗って、魔理沙はそれを流す仕事。
「そういえばさ」やはり話題は尽きない。
「ん?」
「今日のスープになにか入れてた?」
「あー調味料は私独自のブレンドだけどな。もしかして何か変だったか?」
魔理沙はちょっと焦った顔になるのもまたかわいい。
「全然変じゃない。おいしかったわよ。また今度教えてね」
食事の時から私も、魔理沙もずっと笑っている気がする。楽しいんだもん。仕方ないよね。
「それで、どうするの? もう結構遅いけど」
外は森の雰囲気も相まって真っ暗だった。
「あ……」
帰りのことまでは考えていなかったようだ。魔理沙らしいといえば魔理沙らしい。
「……泊まってく?」
「え?」
ふたりともフリーズ。出しっぱなしの水の音が聞こえる。
*
なんとか駄々をこねる魔理沙を泊まっていくように説得できた。
「じゃあ、私はあのイスで寝るから」
顔をひきつらせながら魔理沙が言った。
「私のベッドで寝ればいいじゃない。イスなんかで寝たら背中痛くなるわよ」
御託を並べ続ける魔理沙の腕を掴んで私は寝室に行った。
強引に引っ張って、一緒にベッドに横になる。
「……おやすみ」
魔理沙はそれだけ言って、あとは静かになった。
――一時間ほど立っただろうか。私はまだ眠れずにいた。
もともと、眠る必要もない体だから、このままでもいいのだけれど。
静寂。草木も眠っているだろう。昔はこの静寂が怖かった。
一定のリズムの魔理沙の寝息が聞こえる。
暗い中で光るように異彩を放つ白い魔理沙の手。
私はそれを握った。
このままでいたい。
ずっと手を握っていたい。
握り、握られ、つなぎ、つながれた手と手。
魔理沙の体温を感じる。魔理沙に私の体温は伝わっているのだろうか。
どうか、このまま。
ねがいのままに、私は眠りに落ちた。
*
翌朝、目が覚めた時には魔理沙の姿はなかった。
横たわったままで、手のひらを開いて見る。なにか、自分の一部がかけてしまったような感覚。
夢は覚めるもの。その儚さこそ現実。
寝てスッキリした頭のなかに、衝撃が走った。
魔理沙人形が……。
私は枕を抱え込みながら座った。
やってしまった……。
昨日調味料の話をしていたし、調味料入れの棚に入れた人形は間違いなくバレただろう。
だとすると、魔理沙人形は今どこだろうか。
視線を部屋に巡らせる。
私は少し微笑んだ。
答えは、すぐそばにあったのだ。
棚の上に、アリスと書かれた布を縫いつけたちょっと形の崩れた人形が、魔理沙人形と手をつなぐようにしておいてあった。
私は家の中を整理していた。魔法で外よりずっと快適にしても肉体労働は辛い。
立ち上がって首がポキっとなった。ちょっと休憩しようかな。
「上海、お茶頂戴」
イスに座って部屋の中をくるっと見回す。あらかた片付いてきたかな。
「なんで私が片付けないといけないのよ……」
この家の持ち主だけれど、散らかしたのは私じゃない。
本棚には妙な空きがある。散らかしていくだけならまだしも盗むのはいかがなものか。いや、散らかすのもいかがなものか。
深呼吸して落ち着いたところに上海がお茶を持ってきた。
「ありがとう」
自分で魔力で動かしているのに、なんとなくお礼を言ってしまう。昔は全部自力で紐で操らないといけなかったのに、最近ではちょっとした家事ならこなすようになった。我が子を育てるようで自然と愛着がわいている。上海は昔作ったものだから特に。
紅茶を一口飲んでからカップを置いた。ゆらゆら揺らめきながら空中に消えていく湯気をながめる。その先の棚の上に白黒の服を着た金髪の人形が見えた。
「ああっ!」
こんなもの見られたらまずい。隠しておいたのに……。人形が持ってきたのかな……。
椅子から立って、人形を手に取る。
一番の自信作――。
「おーいアリス」
「ひゃッ」
とっさに手に持っていた人形を後ろに隠す。
「どうかしたか?」
「どうもしてないわよ!」
いけないけない。平常心平常心。平常心是道。
なんとか上辺を取り繕ったが、絶対に怪しまれた。
魔理沙は首をわざとらしく傾げてこっちを見ている。
とりあえずイスに座る。もちろん人形が魔理沙に見えないように細心の注意をはらいながら。
「何しに来たの?」
ちょっと作った微笑みとともに言った。
「ああ、ちょっと本でも借りようかと思って」
首を傾けたまま動いていなかった魔理沙が本棚に向かって歩いて行った。
どうしよう……。
今日はついてないなぁ。
魔理沙が本を何冊か持ってきて机の上に積み上げた。
なんで人の家にきて本を読むかな……。話したいことはいっぱいあるのに……。
どこか嫉妬に似た感情を認識して、我に返った。そんなことよりこの人形を何とかしないと。
どこにどうやって隠せばいいのか……。
「なあアリス」急に魔理沙が話しかけてきた。
「な、何?」落ち着け私。
「お茶くれ」本から顔も離さずに魔理沙は言った。
「ああ。上海、お茶いれて」
さっき私が飲んだものと同じようにてきぱきとお茶を持ってきた。
あ。
これだ。
万が一この方法で魔理沙にバレてしまわないかを考える。
五分五分くらいかな……。
ちょっと実践するには低い確率かもしれない。でも、今はベストだ。
お茶を置いてその辺りを漂っていた上海を紐で操って、私の後ろまで持ってくる。
さて、ここからが問題。
このまま上海に魔理沙人形を持たせて寝室まで運ぶのだ。ただ、ちょっと距離があるからこっちを見られればもうダメだろう。
魔理沙を観察しつつ、慎重に上海を操る。
「そういえばさ」
「な、何?」
「腹が減った」ちょっとだけ魔理沙が本から顔を上げて言った。
「ちょっと探してみるね」
私はいまどんな顔をしていたのだろう。変になってなければそれでよし。
席を立った瞬間に上海と魔理沙人形を回収した。
こっそりポケットに入れてキッチンまで行く。
あ。
これか。
このままキッチンに隠しておけばいいわけだ。
最初に気づけよ私。
とりあえず、調味料入れの棚に隠しておくことにした。その横の棚からクッキーを取り出して持っていく。ついでにポットに紅茶を入れて。
「はい。どうぞ」
「ああ、すまんな」
本とにらめっこしたまま。
ちょっとくらいこっちを見てよ。
魔理沙の金色の髪が少し動く。
白い手がページをめくる。
時折見える瞳はどこまでも輝いて、好奇心が住み着いている。
きっと、あの本の中にも面白いことがいっぱいあるに違いない。
でもね、ちょっとくらい……。
ちょっとくらいこっちを見てよ。
一緒に話さない?
ねえ。
ねえ魔理沙。
「アリス?」
現実に引き戻されていく。魔理沙は本から顔を上げてこっちを見ていた。
「私の髪に何か付いてるか?」また妙な疑いの目でこっちを見ながら魔理は言った。
「ついてない」
「じゃあ何だ?」
えっと……。
ついてないって言うんじゃなかった。糸くずでも取る仕草をすればよかったのに。私のバカ。
よく見ると魔理沙の顔の端に泥が付いていることに気がついた。
「顔に泥はついてるけど」ちょっと笑いながら言った。
「え、どこ?」
魔理沙が自分の顔をあちこち触る。
泥の付いているほっぺたの部分を私は指でなぞった。
「ここよ」
ほっぺたの柔らかさと魔理沙の体温を感じた。
ちょっと魔理沙が体をよじらせた。
「あー顔洗わせてくれ」
「いいけど、どこ見ていってるの?」
魔理沙は天井を見ていた。
魔理沙が勢い良く立ち上がってロボットみたいにぎこちなく洗面所に向かって行った。変な魔理沙。
ふと、魔理沙の黒いスカートが裂けているのを見つけた。
「スカート破けてるじゃないの」私は指さして言った。
「え? ああ、ホントだな。森に入った時に木に引っ掛けたかな」
「そう。じゃあ、お風呂入ったら? その間に縫っておくから」
私の提案から、しばしの沈黙。
「いや、風呂まで借りるのはさすがにな……」
「とにかく入りなさいよ。あんたが遠慮するなんて珍しいわね」
私は「うぅ」とよくわからない唸りを上げている魔理沙のために風呂を沸かすのであった。
*
魔理沙が風呂に入っている間に私はスカートの裂け目を直していた。
普段通りの静けさに、お風呂から水の音が聞こえる。
そういえば、シャンプーが切れていたような。
変えのシャンプーを持って、私はお風呂場へと向かった。
ノックノック。
「魔理沙、入るわよ」
「え、ちょっと」
もう開けた後だった。
魔理沙が湯船に勢い良く潜ったせいで、お湯が周りに飛び散った。
「急に入ってくるなよ! はっ、恥ずかしいだろ……」
後半に行くほどトーンダウン。顔も夕日みたいに湯船に沈んでいった。
思考停止した私はじっと魔理沙の方を見ていた。
白い肌に、赤い顔。
なんだかこっちが恥ずかしくなってシャンプーをおいてすぐに外に出た。
横目に見えた脱衣所の鏡には、ちょっと赤くなった私の顔。
リビングに戻ったのはいいが、特にすることもなかったので魔理沙が積み上げていた本を読むことにした。
本の内容よりも先ほどの魔理沙の顔が頭のなかをうめつくす。
――かわいかったかも……。
何を言っているんだと自分でツッコミを入れた。かわいかったのは事実だけど。
本を読むのをやめて元の場所に積み上げたところで魔理沙がお風呂から出てきた。
「上がったぜ」
普段通りの口調。のぼせたのか、顔が少し赤いように見えた。
「夕食はなんだ?」
「特に決めてない」
首を横に振りながら私は答えた。
「それなら……」
魔理沙が悪いことを考えている時の顔になった。
「私が今日は作ってやるよ」
少し驚いている私に、魔理沙はスカートをポンポンと叩きながら「これ縫ってくれたしな」と言った。
「じゃあ、お任せする」
私も、魔理沙も微笑んでいた。
魔理沙がキッチンに行ったので、私は積み上げられた本を机の上から撤去することにした。
本を棚に一冊ずつ戻しつつ、窓の外を見れば、もう日が沈んで星が出ていた。
「ほら、できたぞ」
魔理沙が机の上にいくつか料理を運んできた。
「さあ、召し上がれ」
魔理沙は自信に満ちた笑みを浮かべていた。
とりあえず、スープに手を付ける。
コンソメベースできのことちょっとした野菜が入っているだけのように見えたが、なかなか美味しい。
「どうだ?」好奇心に満ち溢れた目で私を覗き込みながら魔理沙は言った。
「おいしいわよ」微笑みながら答えた。
「そうか」
満面の笑みとは、今の魔理沙みたいな笑い方を言うのだろうか。
話題というのは尽きないもので、料理をすべて平らげて晩酌に入ってもまだ私達は話し続けていた。ちなみに、料理は作った本人のほうが多く食べていた。
お互いに良い始めてから、キッチンで食器を一緒に洗うことにした。私が洗剤で洗って、魔理沙はそれを流す仕事。
「そういえばさ」やはり話題は尽きない。
「ん?」
「今日のスープになにか入れてた?」
「あー調味料は私独自のブレンドだけどな。もしかして何か変だったか?」
魔理沙はちょっと焦った顔になるのもまたかわいい。
「全然変じゃない。おいしかったわよ。また今度教えてね」
食事の時から私も、魔理沙もずっと笑っている気がする。楽しいんだもん。仕方ないよね。
「それで、どうするの? もう結構遅いけど」
外は森の雰囲気も相まって真っ暗だった。
「あ……」
帰りのことまでは考えていなかったようだ。魔理沙らしいといえば魔理沙らしい。
「……泊まってく?」
「え?」
ふたりともフリーズ。出しっぱなしの水の音が聞こえる。
*
なんとか駄々をこねる魔理沙を泊まっていくように説得できた。
「じゃあ、私はあのイスで寝るから」
顔をひきつらせながら魔理沙が言った。
「私のベッドで寝ればいいじゃない。イスなんかで寝たら背中痛くなるわよ」
御託を並べ続ける魔理沙の腕を掴んで私は寝室に行った。
強引に引っ張って、一緒にベッドに横になる。
「……おやすみ」
魔理沙はそれだけ言って、あとは静かになった。
――一時間ほど立っただろうか。私はまだ眠れずにいた。
もともと、眠る必要もない体だから、このままでもいいのだけれど。
静寂。草木も眠っているだろう。昔はこの静寂が怖かった。
一定のリズムの魔理沙の寝息が聞こえる。
暗い中で光るように異彩を放つ白い魔理沙の手。
私はそれを握った。
このままでいたい。
ずっと手を握っていたい。
握り、握られ、つなぎ、つながれた手と手。
魔理沙の体温を感じる。魔理沙に私の体温は伝わっているのだろうか。
どうか、このまま。
ねがいのままに、私は眠りに落ちた。
*
翌朝、目が覚めた時には魔理沙の姿はなかった。
横たわったままで、手のひらを開いて見る。なにか、自分の一部がかけてしまったような感覚。
夢は覚めるもの。その儚さこそ現実。
寝てスッキリした頭のなかに、衝撃が走った。
魔理沙人形が……。
私は枕を抱え込みながら座った。
やってしまった……。
昨日調味料の話をしていたし、調味料入れの棚に入れた人形は間違いなくバレただろう。
だとすると、魔理沙人形は今どこだろうか。
視線を部屋に巡らせる。
私は少し微笑んだ。
答えは、すぐそばにあったのだ。
棚の上に、アリスと書かれた布を縫いつけたちょっと形の崩れた人形が、魔理沙人形と手をつなぐようにしておいてあった。