Coolier - 新生・東方創想話

Wlii  ~其は赤にして赤編 11

2015/12/14 02:11:30
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夢が偽りだというのならこの世界は嘘吐き達の住む箱庭

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~其は赤にして赤編 1

一つ前
~其は赤にして赤編 10



    第十二節 魔女達のお茶会

「それで、何であなた達はここへ来た訳?」
 ソファに腰を下ろしたパチュリーが睨みつけても、魔理沙と霊夢はテーブル越しに飄飄としてソファに腰を下ろしている。
「何でってのは言い草だな。折角落し物を届けに来てやったっていうのに」
 さっきもそう言っただろと、魔理沙は懐から魔導書を取り出した。
「それは、一週間前にあなた達がここから盗んでいったものよね?」
 パチュリーが益益険を込めて魔理沙を睨むと、魔理沙は身震いをしつつも、顔には笑みを浮かべながら否定する。
「まさか。まるで強盗したみたいな言い草だな」
「強盗じゃない。違うというのなら、あの時に侵入して本を盗んでいったのは何だったの?」
「あん時は空を飛んでたらビルにぶつかりそうになったんだ。そしたら壁が消えて、偶偶このフロアに突っ込んできてしまったと」
「じゃあ、あの時どさくさに紛れて、今あなたが持っている魔導書を盗んでいったのはどう言い訳する気?」
 魔理沙は肩を竦めて魔導書を掲げた。
「盗んでないぜ。これは、道端に落ちてるのを拾ったんだ。それを返しに来てやったんだぞ? 感謝される事はあっても、そう睨まれる謂われはない」
「何処で拾ったの?」
「さあ? 忘れちゃったな。もう一週間も前だし。とにかくここじゃない何処かだ」
「なら拾った時に返しに来てくれても良かったんじゃない?」
「馬鹿言え。あの時、偶偶このフロアに入っちゃった私達を、あんたは殺そうとしたんだ。恐ろしくてそうそう戻ってこれるもんか。それでも勇気を振り絞って今日は返しに来たってのに」
「あら、そう。ならお礼にその本を貸してあげましょうか?」
「いや、もう全部覚えたから良いぜ。どうせなら別のを貸してくれよ」
 まるで悪びれない魔理沙に、パチュリーは歯噛みする。
「ぬけぬけと」
「何だ? 床でも抜けたのか?」
 魔理沙がにやにやとした笑いを浮かべる。
 パチュリーは息を吐くと立ち上がり、魔理沙の下へ歩み寄った。怯えた魔理沙は仰け反るが、それを無視して魔理沙の手から魔導書をひったくった。
「取り敢えずお礼を言っておくわ」
「どういたしまして。何かくれないの?」
 パチュリーは魔導書に目を落としてから、魔理沙に視線を戻す。
「魔導書は読んで暗記するだけじゃ駄目よ」
「知ってるぜ。使えなくちゃ意味が無い。全部使える様にしたよ。まあ、あんたからすりゃ未熟なのかも知れないけどさ」
「これを全部? 一週間で?」
 驚くパチュリーに魔理沙は口をとがらせる。
「初めての事ばっかで時間がかかったの! これでも寝ずに頑張ったんだ」
 魔理沙が抗弁すると、隣で霊夢が呟いた。
「まともな魔術師ながらもっと早く習得出来るんじゃない?」
 霊夢が口の端を釣り上げたのを見て、魔理沙は怒った様に顔をそむけた。
「そうですか! 私は、そこに居る高名な魔術師さんみたいに出来ないんでね!」
 魔理沙に指さされたパチュリーは再び手に持つ魔導書に目を落とす。殴れば優に人を殺せそうな分厚い魔導書に指を這わせる。文量も文量だが、内容だって決して初級者用の魔術では無い。その全てを、僅か一週間習得したというのならば、それは途轍も無い事だ。それが実践レベルでないにしても、使える様にしただけでも、並の魔術師に出来るとは思えない。
「これは……あなたの専門はこの分野なの?」
「神秘主義って事? 体系的な事は分かんないけど、多分違うぜ。どっちかって言うと呪術の方」
 うちの師匠は知識よりも実戦派だし、と魔理沙が霊夢に笑いかけると、霊夢はあの人大雑把だからねと溜息を吐いた。
 パチュリーは魔理沙を見つめながら考える。その師匠が一週間で魔導書の全てを手解きしたのだろうか。だが優秀な師が居ても、習うのは本人自身だ。初級者が一から一週間でというのはやはり無理がある。余程良い先生なのか、あるいは最初からそれなりに習得していたのか。
「良い師を持ってるみたいね。今度是非とも話をしてみたいわ」
「紹介するのは構わないけどやめた方が良いぜ。あの人怒りっぽいから、あんたみたいに回りくどい喋り方してたら絶対ぶちきれる」
「あなたの喋り方も十分回りくどいわ」
「私も苦労してるんだ」
 魔理沙が笑う。霊夢も苦笑する。
 パチュリーは魔導書を従者に渡すと、再びソファに座った。
「そう言えば、まだ自己紹介もしていなかったわね」
「必要無いだろ? お互い分かってる。あんたはパチュリー。私とこいつは、魔理沙と霊夢」
「ええ、そうね。でも」
「もっと詳しく知ってるぜ。あんたはパチュリー。イギリスはロンドンのそれなりに裕福な家系に生まれ、品行方正で学業優秀と周囲から一目置かれていた。魔術の魔の字も無い人生。ところが中学を卒業すると周囲に何も告げずに失踪。その後表舞台に出る事は無く、何処をどうしたか魔術師となって吸血鬼レミリア・スカーレットの手下になった。御年二十八。意外と若いんだな。魔女って位だからもっと歳取ってるかと思ったぜ」
「それを何処で知ったの?」
 パチュリーが咎める様に尋ねると、魔理沙は不機嫌そうに腕を組む。
「お互い分かってる事を確認しあう事はやめようぜ。私達は妖怪の山にあんた等の情報を調べてもらった。あんたは尾行をつけて私達の事を探らせた。だからお互い、表層的な情報は十分に持ってる訳だ」
 魔理沙の問いにパチュリーは無表情で答える。
「そうね。ただ一つ訂正をしておくと、私は別にレミリアの手下という訳では無い」
「吸血鬼って人の血を吸って操るんだろ。操られてるんじゃないのか?」
「操られていてもきっと操られていないと答えるわね」
 パチュリーは微笑みを浮かべると、ソファに背を預ける。
「尾行に気づかれているとは思わなかったわ。魔導書の探知にも気づいてたの? 私がずっと魔導書の場所を把握していた事」
「まあな。っていうか、私も持ち物には全部追跡の魔術を掛けてあるし。それしないと、物がどっかいった時に永遠に見つけられないじゃん」
 魔理沙が笑うと霊夢が呆れた様に言った。
「あんたが物を片付けないからよ」
「魔術師ってのはそういうもんなんだぜ」
「嘘ばっか」
 霊夢が魔理沙を馬鹿にした目で睨むと、横からパチュリーが口を挟む。
「あら本当よ。よく物を失くすし、片付けるのが苦手。どうして私が小悪魔達を従えていると思っているの?」
 パチュリーが部屋で片付けをしている従者達を手で示す。
「私が霊夢と一緒に住んでる理由とおんなじだな!」
「次、そんな下らない事言ったら、今度から魔理沙の部屋だけ片付けないからね」
 霊夢は魔理沙を一睨みしてから、パチュリーへ視線を戻す。
「ま、それはともかく」
 そう言って、ソファにもたれかかり、近くの従者に振り返った。
「客が来てるのに、お茶の一つも出ない訳?」
 霊夢の言葉を受けて従者はパチュリーへ視線を送る。それに対してパチュリーが目配せを返すと従者は慌てて奥へと引っ込んだ。
「今、用意させるわ」
「ああ、さぞや上手いのが出てくるんだろうなぁ。なんたって相手は貴族様だもんなぁ。まさかそこらの店で売ってるやっすい茶を出す訳無いよなぁ」
 面白がる様に魔理沙が言った。
 パチュリーが奥へ向かって声を掛ける。
「ケイト、一番高いやつだしてやって!」
 霊夢が顎に指を当てる。
「勿論お茶うけも出てくるんでしょうねぇ。楽しみだわ。あ、別に高いやつじゃなくていいわよ。お腹が膨れれば」
「ケイト! サンドイッチも!」
 パチュリーが怒鳴ると奥から返事が聞こえた。
 霊夢と魔理沙が嬉しそうに手を打ち鳴らす。
 パチュリーはうんざりした様に肩を落とす。
「あんた等、何しに来た訳? ここはレストランじゃないわ」
「ん? 最初に言った通りだぜ?」
「それはもう良いわ。どうして私達を探っているのかを聞いてるの」
「素直に答えると思うか?」
 魔理沙は不敵に笑うと、指を顎の下で絡め、挑発する様な視線を送る。
「真理を探求する魔術師様なら自分で考えたらどうだ?」
「お茶出してやらないわよ」
「簡単に言えば、吸血鬼が何しに来るのか探ってるのさ」
 魔理沙の答えにパチュリーは不思議そうに眉を顰めた。
「あなた達、妖怪の山と繋がりがあるんでしょう? なら分かっている事じゃない。レミリアは両親を亡くしたから、後見人である八雲紫の下に来た。それだけよ」
「どうして八雲紫が後見人なんだ?」
 パチュリーが肩を竦める。
「分からない。レミリア自身も知らなかった。いつの間にか決まっていて、ある日突然八雲紫の使者がやってきた」
 どういう事だと魔理沙が身を乗り出す。
「おかしいじゃないか。何も知らなかったのに、突然私が後見人ですって言われて、はいそうですかって、従ってきたのか? 普通疑うだろ。疑わないにしたってわざわざ引っ越す理由が無い。別にあんたの居た町で吸血鬼刈りとか物騒な事は無かったんだろ?」
「疑うも何もレミリアの両親と八雲紫が交わした誓約書があったんですもの。理由も書かれてなくて、簡潔に八雲紫をレミリア・スカーレットの後見人にしますって文書がぺらっと。それは割符で、使者が持っていた一枚と屋敷に保管されていた一枚を突き合わせたら嵌ったの」
 後見人にするのだから、文書として残していても不思議ではない。
 だが魔理沙にはその文書自体が疑わしく思えた。
「それ本物か? さっきの話じゃレミリア自身、屋敷にそんな誓約書があったなんて知らなかったんだろ?」
 八雲紫が力を使えば、屋敷の中に偽造した誓約書を置いておくなんて簡単だろうと魔理沙は疑る。だがパチュリーは首を横に振る。
「あれには霊的な宣誓がされていた。間違い無くレミリアの両親が相手と取り交わしたものよ」
「じゃあその誓約に強制されて嫌嫌日本に来たって事?」
 そんな事言ってなかったと魔理沙は心の内で射命丸に悪態をつく。自分の意思で来たのと、親が取り決めた誓約で来るのでは全く話が違う。射命丸の話では、レミリアと両親は中が悪く、素直に後見人の下に来る事自体が疑わしいという話だったのに、これではレミリアの行動を怪しむ前提が崩れてしまう。
 だがそれをパチュリーは否定した。
「あれに強制する効果は無い。霊的な宣誓は誓約書が正当である事を示すだけのもの。それに誓約したのはレミリアの両親なんだからレミリアや私達に効果が無いの」
「なら何で日本に来たんだよ」
 誓約書に効力が無いのならわざわざ遠く離れた日本に来る必要なんて無い筈だ。
 運ばれてきた紅茶に口をつけつつ、パチュリーは柔らかな微笑を浮かべる。
「きっかけにすぎないわ」
「誓約書が?」
「そう。確かにあなたがさっき言った通り、私達の居た所は平穏そのもの。でもそれは単に寂れていただけ。元元の人口が少ない上に、子供達は都会の学校へ行って町に居ないし、大人も出稼ぎに行っている者が多くて、その町に住んでいるのは年寄りばっかりだった。それは吸血鬼が隠れるには丁度良かったけれど、子供を教育するのであれば、決して良い環境とは言えない」
「子供? レミリアの事か?」
 魔理沙がそう聞くと、パチュリーは笑い声を上げる。
「まさか。確かに外見は幼いけど、レミィは私と同じ年よ?」
「レミィ?」
「あ、いえ」
 パチュリーは口籠ると顔を赤らめた。
 その態度に違和感を覚えたものの、それよりも子供の存在が気になる。
「他に子供が居るって事?」
「ええ、今度紹介するわ。きっと良い友達になれる」
 パチュリーが嬉しそうに笑って、紅茶に口をつけた。
 何やら母性溢れる笑みだが、一週間前に出会った時の印象とまるで違っていて気味が悪い。
「どんな奴だ? 子供って、レミリアのか?」
 パチュリーはくすくすと笑って首を横に振る。
「いいえ。今度会った時に紹介する。今は、秘密。楽しみはとっておくものでしょう?」
「何だそりゃ」
 何故話さないのか理由がわからない。何が何だかわからないのに、楽しみも何もない。
「出来れば実際会ってから判断して欲しいの。それまでに余計な情報を入れて、偏見を持たせたくない。合えばどんなに良い子かきっと分かるから」
「分かんないな。偏見って何だよ。何か特別なやつなのか?」
「だから、秘密」
「ああ、そうかい」
 魔理沙は片手で頭をかきむしると、心を落ち着ける為に紅茶を飲み、それからテーブルに載ったサンドイッチを頬張り飲み下した。
「まあ良いや。とりあえずそっちの言い分は分かったぜ。何処か引っ越そうとしていたら偶偶話があったから来ただけって言うんだな?」
「そうよ。初めは上海にしようと思っていたんだけど。土地勘のあるのが居てね。でも今回の話が来たから日本に変えたの。比較的平和って聞いたしね。後、指舐めないでよ。汚いわね」
 従者がお手拭きを持ってきたので、魔理沙は受け取り、そのままテーブルの上に置いて、二つ目のサンドイッチに手を掛けた。その隣で、霊夢は既に三つ目のサンドイッチを食べ終え、四つ目のサンドイッチを選んでいる。
 それを眺めながら、パチュリーは不機嫌そうに口を結んだ。
「それより、何を疑っているのか分からないけど、聞きたいのはこっちの方よ。私達は八雲紫に呼ばれてやって来た。なのに何をそんなに疑ってるの?」
「吸血鬼ってだけで恐れられるものなんだよ。後見人がどうとかってのは妖怪側の話だろ? 人間側からしたら吸血鬼ってのは恐ろしい。昔、吸血鬼がこの町にやってきて暴れたって話だし」
 パチュリーが眉根を寄せる。
「人間側? そりゃ、あなた達は人間でしょうけど、私達を探りに来たのは八雲紫に言われて調べてるんでしょ? なら妖怪側の話じゃない」
「違うぜ。紫から色色依頼を受けるのは確かだけど、レミリアを調べるのは紫に言われてやってる訳じゃない」
「ふーん」
 疑わしそうなパチュリーの視線に魔理沙は言葉を重ねる。
「ニュースで人気モデルのレミリアが日本に来るってやってたんだ。そしたらそれが吸血鬼だろ? しかももう事務所を構えてるって噂だし。だから調べにきたんだよ。町中に吸血鬼が居るなんて怖いだろ? まあ実際は、危険を調べに来たってより、人気モデルでしかも吸血鬼ってのに惹かれた好奇心が半分だけど」
「でもあなた達、私の事務所を襲った次の日、妖怪の山へ行ったわよね」
「行ったぜ。この事務所でのやり取りも話した。でもあくまで世間話。本当の用事はピエロについて聞きに行ったんだ」
 魔理沙がそう言いながら紅茶を飲み干す。同じく飲み干した霊夢は手を上げて、お茶のおかわりを頼むと、真剣な顔をパチュリーへ向けた。
「サンドイッチ、無くなったんだけど」
 パチュリーが視線を落とすと、並んでいた筈のサンドイッチが全て消えていた。驚いて顔をあげると、霊夢が静かに告げる。
「次は?」
 パチュリーは呆れた様に霊夢と魔理沙を交互に見つめてから、振り返って声を上げた。
「スコーン!」
 奥から返事が聞こえて、紅茶とスコーンが運ばれてきた。
 霊夢と魔理沙が嬉しそうに手をのばす。
 パチュリーはしばらく二人がスコーンを咀嚼している様子を眺めていたが、やがて口を開いた。
「あなた達は八雲紫に言われて私達を探りに来た訳じゃないって事ね?」
 飲み下した魔理沙がそれに答える。
「だからそう言ってるじゃん。あんたがさっき言った通り、後見人になってわざわざ呼んだのに、それが来たから疑わしい調べようって筈ないだろ?」
 パチュリーは疑わしそうに、魔理沙と見つ合う。
 それに対して魔理沙は意地の悪い笑みを返した。
「それとも、探られて痛い事でもあるのか?」
「いえ」
 パチュリーは言い澱みながら呟くと、紅茶で唇を潤してから、気を取り直した様に二人へ尋ねた。
「それで、ピエロって言うのは?」
「だからあの夜の事だよ。この事務所から逃げる途中の事。尾行してたんだから分かるだろ?」
「尾行はその次の日の、妖怪の山に向かう時から。だからビルから出た直後の事は知らないわ。何があったの?」
 パチュリーにそう問われて、魔理沙は思い出した様に手を叩いた。
「そういやそれが本題だった」
「え?」
「なあ、ピエロの妖怪って知ってるか?」
 ピエロに襲われた次の日、その事を射命丸に話すと、仲間を失った事に怒り、すぐにピエロの正体を探しだすと息巻いていたが、魔理沙はその態度に違和感を覚えた。何か余所余所しい様な、焦っている様な態度が滲んでいる様に見えたのだ。それは怯えにも恐れにも怒りにも見えた。だが幾らピエロの事を聞いても、射命丸の態度はピエロなんて知らないの一点張り。ピエロの妖怪なんて妖怪の山にも、この町の野良妖怪にも居らず、また町の外の噂でも心当たりが無いと言う。
 レミリアの依頼の時といい、ここのところの射命丸は何か怪しい。隠し事をしている様に見えた。その不審は当然、射命丸の所属する妖怪の山、ひいては妖怪の山に影響力のある八雲紫にも及ぶ。それはつまり、この町中の妖怪が怪しいという事だ。
 この町の妖怪は怪しくて信用出来ない。しかし霊夢と魔理沙は全くピエロに心当たりがない。だから今回魔導書を返しにわざわざパチュリーの下へ訪れた。年季を重ねた魔術師なら何か知っているのではないかと思ったのだ。
 だが問われたパチュリーの反応は芳しくなかった。
「ピエロの妖怪? 殺人鬼みたいな奴? よく昔の映画に出てくるけど」
「殺人鬼っていうか、化物。殺した相手の姿を取り込んで成りすます奴。だと思う」
 魔理沙はピエロに襲われた時の事を思い出す。その時の、自分が溶け崩れていく様な感覚は、漠然と抱いていた死後のイメージにぴったりで、思わず身震いする。
 明らかに危険な妖怪だ。もし次に襲われたらと思うと恐ろしくなる。早く正体を暴き、出来れば退治してしまいたかった。退治といかなくても、正体を知る事で対策を練る事が出来る。それなのに今は全く情報が無くて、正体を暴く糸口も見えない。何か少しでも良いから情報が欲しい。
 魔理沙は一縷の望みを掛けてパチュリーを見つめたが、その返答は魔理沙を落胆させた。
「聞いた事無いわ。日本の妖怪なんでしょ? なら妖怪の山に聞けば良いじゃない」
「知らないって言うんだ」
「じゃあ私が知る訳」
 そう言いかけて、パチュリーの口が止まる。
「待って。ピエロ?」
 何か知っていそうなパチュリーの態度に、魔理沙は慌てて立ち上がり、霊夢もスコーンを飲み込んだ。
「知ってるのか?」
「いえ、でも町中でそんな単語を聞いたわ。何だったかしら。歌の様な」
「歌? どんな?」
「はっきりと聞いた訳じゃないから。歌っていたのはこの町の学生ね。女の子達。正直者がどうとかピエロがどうとか。そんな歌を歌っていたわ。流行りの歌って訳じゃ無いの?」
「聞いた事無いぜ。まあ元元流行りの歌にも疎いけど」
 魔理沙は腕を組んで唸る。
「ピエロ。ピエロはピエロだけど。あんまり関係無い気もするけど。霊夢はどう思う?」
「単なる偶然の気もするし、そうじゃない気もする」
「どっちだよ。いつもの勘は?」
「うーん。歌を媒介に広まった妖怪って可能性はなくもないと思うけど」
 いずれにしても、とパチュリーは言った。
「私は知らない。というより、ピエロってだけじゃどんな奴かを特定するのは困難だわ。ピエロで調べれば、色色情報は出てくるでしょうけど、昔から人気のモチーフだからあまりにも範囲が広いわよ。その情報があなたの見たピエロに当てはまるかどうかは分からない」
「そうだよなぁ」
「ただ質はよくないかもね。ピエロが演じるのは本質的に悲劇だから」
「そんなもんか。まあ一人殺してるしな。早くとっ捕まえた方が良いのは確かだぜ」
 そう言うと、魔理沙は立ち上がった。
「次のお菓子は?」
 パチュリーが奥へ怒鳴る前に、奥から従者が声を張る。
「ケーキ出来ました!」
「じゃあ、そいつはお土産に持って帰ろう。タッパとかあるか?」
 魔理沙に問われたパチュリーは傍の従者に顔を向けた。
「包んで上げなさい」
 従者は急いで奥に引っ込み、手に持てる様に紐を通した箱を二つ持ってきた。
 それを嬉しそうに受け取る魔理沙と霊夢を眺めながら、パチュリーは呆れた様に言った。
「あんた等、本当に食べに来ただけね。構えてたこっちが馬鹿みたいじゃない」
 それを聞いて、魔理沙は笑う。
「これからもちょくちょく寄らせてもらうぜ。色色聞きたい事は多いから」
「なら今聞いていきなさいよ」
「こっちも忙しいんだ。町を見回らないと行けないからな」
「それも八雲紫に言われた仕事?」
「いや、自主的にだぜ。なんたって私達は探偵だからな」
「ああ、そう」
 パチュリーは、いまいち要領を得ない答えだと思いつつ、魔理沙と霊夢を見送る為に立ち上がる。
「ま、気が向いたら、いつでも来なさい。話でも、捜査でも、戦いでも、相手してあげるわ」
「遠慮無く来させてもらうぜ。お茶もサンドイッチもスコーンも、みんな美味かったから」
「ですってよ、ケイト」
 お茶やらお菓子やらを用意したケイトが顔を覗かせ恥ずかしそうに頬を掻く。
「別に大したものじゃないんですけど」
 それに対して霊夢が真面目な顔をしてい言った。
「いえびっくりするぐらい美味しかったわ。ただ次からサンドイッチにはもっと肉を挟んで欲しいな。野菜ばっかりだと物足りないから」
「準備しておくわ」
 パチュリーの言葉に、魔理沙と霊夢は満足そうに頷くと、部屋の外へ出た。
 そこには端末の並ぶオフィスがある。一週間前にも通ったが、同じ様に誰も働いていない。
 魔理沙は問う。
「こっちの部屋はダミーなのか? 誰も働いてないけど」
「まだ稼働してないだけよ。ダミーの為だけにこんな整える訳ないじゃない。一体幾ら掛かったと思ってるの?」
「そりゃそうか。レミリアもここに住むのか?」
「いいえ。ここはあくまで事務所で住まいは別。近くにあるわ。多分話題になってると思うわよ」
 魔理沙はその言葉で前に思いついた疑問を思い出した。そもそもここにレミリアの事務所があると噂したのは誰なのか。普通に考えれば、知っているのはレミリアの関係者だけなのだから、噂を流したのはパチュリーだと思うのだが、そうする理由があまり見えない。
「まあレミリアが住むってんじゃなぁ」
「いえ、それはまだ知られてない筈。それより」
 そこでパチュリーが吹き出した。
 何だと思って二人がパチュリーを見ると、パチュリーは笑いながら手を振った。
「いえ、とにかく近くを探せばすぐ分かるわ。そしてセンスって人それぞれだって実感出来る」
 どういう事だと問い返したが、パチュリーは笑うばかりで教えてくれない。仕方なく魔理沙と霊夢はオフィスの中を歩いて、廊下へ向かう。
「送らせましょうか?」
「これから見回りするんだってば」
「危ないかと思って」
「私達は探偵だぜ? 子供のお使いじゃない。危ないのだって承知の上だ」
「そうだったわね」
 オフィスを抜けると魔理沙と霊夢は手を振って廊下に繋がる扉を開けた。
 去っていこうとする二人の姿を見送りながら、パチュリーはふと思いつく。
「魔理沙、霊夢」
 出て行こうとした二人が振り返る。
 パチュリーは努めて無表情を作りながら静かに言った。
「あなた達の言った通り、私達は何かをしようとしている」
 二人の目が細まった。
「何を?」
「止めたいなら止めてみなさい」
「何をする気だ?」
「知りたいなら当ててご覧なさい」
 そう言ってパチュリーは口元に笑みを浮かべると、背を向けて部屋へ戻った。
 魔理沙と霊夢は息を詰めてパチュリーを見つめていたが、パチュリーの姿が部屋に消えると、顔を見合わせて、何も言えずに、エレベータへ向かった。

 部屋に戻ったパチュリーに従者が尋ねた。
「良いんですか? あんな事言っちゃって」
「どういう意味で?」
「色んな意味で」
 パチュリーは自信に満ちた笑みを見せる。
「あんな二人に遅れを取る私じゃないわよ?」
「いや、そういう問題じゃ無いと思うんですけど」
 パチュリーはふっふっふっとわざとらしく笑うと、本を受け取ってソファに座り、従者に魔理沙達を追う様に指示を出してから、本を読み始めた。

 ビルの外に出た魔理沙は大きく伸びをする。
「美味かったなぁ」
「ちょっと食べ過ぎた」
 歩きながら霊夢は苦しそうな顔でお腹を擦る。
 それを見て魔理沙は笑った。
「馬鹿だなぁ。食べ過ぎは体に毒だぜ」
「次にいつ食べられるか分からないじゃない」
「食べたくなったら来れば良いじゃん。てか、明日また来ようぜ。お茶飲みに」
「それはそうだけど。目の前にあったら惜しいじゃない」
「まあなぁ。明日はお昼時に行くか? 昼飯も出してくれるかも」
「良いわね」
 霊夢はにやりと笑ったが、すぐに胸の辺りを抑えて顔を歪めた。
「胸焼けする」
「早く消化しちまえよ。それにしても、あのパチュリーは何をする気なのかね?」
「吸血鬼に関わる事かしら? 町中を吸血鬼化したり」
「不審死との関わりはあるのかな?」
「これからする事って言ってたでしょ。不審死は既に起きてる」
「ピエロは?」
「ピエロの事は知らないって言ってた」
「全部口先だけだぜ」
「そう、所詮は言葉でしか無い。何かはっきりとした手掛かりを見つけないと」
 駅前へ向かう大通りからビルの裏へと入る。向かう先はピエロに襲われた場所だ。
「不審死はどうしようもないな。聞きこみしようとしても怒られて追い出されるし」
「お葬式の途中だからまずかったのかしら」
「死んだ奴の知り合いが誰かなんてそういう場じゃないと分からないんだから仕方無いじゃん」
 ビルの合間を抜けながら歩いて行くと、次第に電灯の数が減り、辺りが暗くなっていく。喧騒は何処か遠くに置き去りにされていて、二人の居る路地は静寂に淀んでいる。
「レミリアの方はどうだ? 結局あそこにはあの女が居るだけ。当のレミリア本人はまだ中国」
「まずは住まいを調べてみましょうか。後は、あの本棚を調べてみる?」
「あれは魔導書ばっかだぜ。一応見てみるか。きもそうな化物居たけど」
「何かしようとしているなら、準備の痕跡がどこかにあるかもしれない。やっぱり何度かあのパチュリーってののとこに通って兆候を見つけるしかないんじゃない?」
 その時、かつりと背後から足音が響いた。
 だが会話でかき消され、二人の耳には届かない。
「ピエロの方は何が何だか」
「現場百遍て言う事だし、この辺りを探しまわってみるしか無いわね」
「って言っても、別の人間の姿をしている訳だろ? ピエロって手掛かりしかないのに、姿がピエロ以外じゃ探すの難しいよなぁ」
「後は歌。パチュリーが聞いたっていう歌を調べて」
 そこで二人の会話が途切れた。背後から聞こえてくる足音に気がついたのだ。二人は驚いて振り返る。だがそこには誰も居ない。
 筈であった。
 そうだというのに、何も無い空間から声が響く。
「冥府の臭い」
 霊夢と魔理沙は驚いて飛び退る。
 いつの間にか、すぐ目の前に、老人が立っていた。長着と袴を着た時代錯誤の格好をしる。腰に帯びた刀を見て霊夢と魔理沙は息を飲んだ。
 老人がくたびれた編上靴で地面を踏みしめる。足音が響いて消える。足音が消えるのと同時に老人の姿も消える。魔理沙が目をこすると、再び目の前に老人が現れた。瞬きをする度に、老人の姿がついたり消えたりする。切れかけの電灯の様に老人の姿が定まらない。
 眩暈する様な光景の中、再び老人の声が聴こえる。
「死人の臭い」
 嫌な予感を覚えて魔理沙が後ろに飛び退いた。
 その瞬間、刃が閃いた。
 そのまま魔理沙は地面に落ちて、力が抜けた様に転がった。
 霊夢は何が起こったか分からず、刀を抜き放った姿勢の老人と倒れた魔理沙を見比べた後、悲鳴を上げて魔理沙の下へ駆け寄った。
 霊夢が声を張り上げて名前を呼ぶも、魔理沙は動かず倒れ伏している。それを転がして仰向けにした霊夢は、自分の手にべたりと血が取り付いた事に気がついて更に声を張り上げた。
 老人は二人に近づこうと靴を鳴らす。
 そこへ路地の傍から人影が現れ霊夢と魔理沙の前に踊りでた。
「大丈夫ですか?」
 霊夢が顔をあげると、パチュリーの従者が老人に相対していた。ケイトという名のお茶を用意していた従者だ。
 霊夢が混乱で何も言えずに居ると、従者は振り返った。従者は魔理沙の腹の辺りに血が滲んでいるのを見ると、顔を青ざめさせる。
 再び老人の足音が聞こえる。
 従者は怯えた様に肩を震わせる。更に老人が刀を手にしているのを見て、泣きそうな顔で躙り下がった。二人が襲われているのを見つけて衝動的に飛び出したものの、戦いなんて出来無い。荒く息を吐きながら、目に涙を浮かべる。
 だが後ろを振り返り、魔理沙が倒れ、霊夢が泣いているのを見ると、意を決した様に拳を握り締めて瞬いている老人を睨みつけた。かと思うと、振り返って二人に言った。
「逃げましょう! 今から転移します!」
 従者は霊夢を手を引っ張りながら魔理沙の傍に寄り、何事が呟いてから懐から符を取り出し握りつぶした。
 再び老人の靴音が鳴った。
 従者は振り返りながら別の符を取り出して老人へ向ける。従者が呟くと、羽虫の飛び回る様な不快な音が鳴って、従者達と老人の間の空間が揺らいだ。それは魔術に寄る防護壁で現代の物理的な法則から外れている為、普通の人間が突破できる代物ではない。だが従者は何故か安心する事が出来なかった。
 老人が刀を掲げて腰を下ろす。
 嫌な予感を覚えた従者は、早く転移してくれる様に祈りながら、最初に握りしめた符を更に強く握りこんだ。だが中中転移が始まらない。
 祈る従者の前で、老人の刃が振り下ろされる。
 一瞬、ガラスを引っ掻いた様なけたたましい音が鳴ったかと思うと、老人の刃は従者達と老人の間の揺らぎをすり抜けて、符を構えていた従者の腕を切りつけた。
「そんな」
 従者は取れかけた腕を引っ込め、恐怖に塗れた表情で老人を見上げた。無表情の老人は、恐れ戦く従者を見下ろしながら、再び刀を振り上げる。
 恐怖で目を瞑り、従者はパチュリーの名を呼んだ。
 それを合図に、従者達の姿が歪み、三人は老人の前から姿を消した。
 老人は辺りを見回し、誰も居なくなった事を確認すると、刀を納め、何処かへ消えた。

 別の路地に三人の姿が現れる。
 目をつぶっていた従者は目を開き、自分が転移している事に気がついて安堵の息を吐いた。しかしやって来た腕の痛みに顔を顰め、取れかけた腕を見て口を抑える。振り返ると、倒れた魔理沙が居て、その傍に霊夢が膝立って居る。魔理沙は動く気配が無い。その姿は死んだ様に見えた。従者は息を詰めると、急いで一一九番通報を始めた。それを終えると、今度はパチュリーへ連絡する。取れかけた腕をかばう従者の顔は苦しげに歪み、次第に色が失われていく。
 その傍で、霊夢は魔理沙の名前を呼んでいた。
 だが魔理沙は応える事も目を開ける事も、動く事すらなかった。見れば魔理沙の腹部から流れた血が、地面に広がって、傍に膝立ちする霊夢の足を浸し始めていた。
 霊夢はしばらく魔理沙の名前を呼んでいたが、その声は次第に崩れて、最後は言葉にならない泣き声に変わった。



続く
~其は赤にして赤編 12(探偵2下)
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コメント



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2.10名前が無い程度の能力削除
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投稿されてたら毎回すぐ読んでますし、結構読ませる文章だとは思うんですが、プロットが……
妖夢たちはどうなったんでしょうか。
4.100名前が無い程度の能力削除
やはり危ない橋は渡るもんじゃない
いくら賢くても精神力があっても天才でも高レベルの不意打ち一発あれば駄目になる
個人の限界はそこかもね
危ない橋は必ず集団で対応すべきだ
企業だろうが国だろうがリスクヘッジやコストの分散という役割が大きいのかもね
孤立は能力だけでなくリスクやコストという面で出来ないことだらけになるのかもね
出来ないことを無理にすれば耐えられないリスクやコストに直面するということ