魔理沙が紅魔館のこの地下図書館に訪れるパターンは二つある。
簡単な見分け方はホウキにまたがっているか否かだ。
ホウキにまたがっているパターンは見逃せない。こちらは自身の研究に苛つき
本を強奪するなどの名目で私に構って欲しい時だ。
死ぬまで借りてくぜなんて夜ベッドの上で思い出したら悶えてしまうような
科白を吐かなくなったのはいつ頃だろうか。
魔理沙もそろそろその恥ずかしさに気付いたのだろう。やはり人間は成長が早い。
しかたがないので、こちらのパターンの時は私も気分にもよるが、構ってやることもある。
一日中……では語弊がある。六日中程引きこもっていると体中がパキパキになってしまっている場合はちょうどいい。
やってきたネズミの駆除くらい容易いものだ。
使いの小悪魔も「パチュリー様ならぬ背骨パキリー様ですねくすくす」などとたわごとを言ってくるので
一緒に駆除するのもちょうどいい。
駆除と言っても私はだいぶ魔女の中でも優しい方なので
燃やしたり濡らしたり木を股間に生やしたり金をまぶしたり埋めたり日で焼いたり月を二つ股間に生やしたりするくらいだ。
私はだいぶん魔理沙に優しい。
「しゅうほうさい?」
そして、もう一つのパターンとはまじめに私に用がある時だ。
そういう時はホウキを手に持ち咲夜と一緒に訪れてくる。
今日は何故かひとりきりだったが。
「秋が訪れる祭りと書いて秋訪祭だ。なんとあの秋姉妹が主催だぜ。知ってるよな?」
「求聞口授の挿絵が可愛かったから覚えているわ。個人的には秋★枝さんでも良かったけど……」
今日の魔理沙は珍しく、この間借りた本を素直に返してきたので会話をしてやった。
当たり前なことをしているのに、こいつがやるとどうにも善人に見えてしまう。
どちらにしろ私の気分が良いので、気にしないことにした。
私は小悪魔の淹れた紅茶で唇を湿らせてから本を閉じた。
今日は引きこもって八日目だ。
ホウキにまたがる日であればちょうど体を動かすいいチャンスではあったのだが
魔理沙にその気が無いようだったので仕方ない。
背を伸ばすといたるところがぱきぱきと音を立てた。
「そしてこれがその秋姉妹からの招待状。ほれ」
紅葉の模様が付いた便箋は、非常に和の匂いがした。
これは茶色の匂い。抹茶の匂いではない。
なかなかに外の匂いなので刺激が強い。ストールを椅子にかけた。
「いつも宴会の時、お前の席は空席だ。今日くらい楽しもうぜ」
「……たるいわ」
「いつになく本音だな。いつもはもにゃもにゃとそれっぽい言い訳をこれぞとばかりに並び立てるのに」
魔理沙はシュガーポットに入っていた砂糖を六個紅茶に入れ、ぐるぐるとかき混ぜながら
私の顔色を伺ってきた。
ふむと私は眉を吊り上げる。
行っても良い。なにせ今日は引きこもって八日目だ。
なにかしらのリセットは必要だ。優秀な者は休養さえも上手く取る。
だが、どうにも億劫だ。
なにかきっかけがあれば既におしりから生えた根が椅子に絡みついているのも無視できて宴会に参加できるのだが。
「魔理沙、ゲームをしましょう」
「弾幕ごっこか? まあ一戦くらいなら良いけど」
「弾幕ごっこはつまらないわ。何か言葉上で私をその秋訪祭に行きたくなるように誘惑しなさい」
「わがままなやつめ。別にお前なんて来なくても宴会は開催される」
「それは約束を反故することになるわ」
魔理沙の額にしわがよる。
面白い。
他人の踏み込まれたくない思考にずかずかと入り込むのはなんて気分が良いのだろう。
魔理沙はそれとなく、と見せたつもりだが私相手じゃそうはいかない。
「報酬は何か知らないけれど」
「……ったくつまらない奴め」
「レミィか咲夜に頼まれたのでしょう。貴方はここに一人で来たしあの二人はもう宴会会場に行ったのかしら。
貴方はいつもより落ち着いているわ。宴会に行く前とは思えられない。
ということはここに少しでも居座る気があった、先ほどの言動からして私を宴会に行くよう頼まれてた。そういうことね」
「茶菓子ない?」
「話を逸らすな」
「なんだよ行こうぜ宴会ー 食べ物も美味いし景色も壮観なんだぞー あきまつりー」
図星だったようだ。
所詮は魔理沙、話を逸らすなど肯定しているようなもの。
私は満足がいったので深く椅子に体重を預けた。
ああこういう時には確かに甘いものが欲しい。
「小悪魔、なにか甘いもの。あと紅茶を淹れなおして」
「はい、ただいま」
「あいつなんで濡れてんの?」
「今日が水曜日だったからよ」
待っている間、魔理沙は腕を組み虚空を見つめていた。
考えているのか、悔しさの余り現実から目を背けているのか。
後者は性格上無いとして、先ほどのゲームの事を考えているのなら都合が良い。
正直、久しぶりだし雑多な酒や雑多すぎる乾き物などで体を満たしたいという欲望はある。
だが、誘われたからといってほいほいついていくようでは魔女として終わっている。
さあ魔理沙、期待しているわよ。
「お菓子を持ってきました。スイートポテトです」
「あらおいしそ。今日はいっぱい本を読んだから紅茶に砂糖はみっつ入れてね。
脳に糖を入れねば」
「いや、パチュリー、それを食べちゃ駄目だ」
「は?」
魔理沙は小悪魔の手を制し、引っ込めるように促した。
小悪魔は困ったようにこちらの様子を伺ってきたので、ばちこんとウインクしてやると
笑いを噛み殺しながら奥に引っ込んで行った。
明日は木曜日、いらっとしたのであいつの股間から木を生やす必要がある。
「なぜ私はあの美味しそうなお菓子を食べられなかったのかしら。
まともな理由じゃなかったら怒るわよ。私のお腹の虫もさっきからむきゅうと鳴いている。ほらまた」
「バランスの問題だ」
はて。
「『チキンラーメン現象』というのがある。知っているか?」
「あまりにジャンクでローカルでにっちな現象ね」
知らなかったが知らないとは言わなかった。
魔女だから。
「知らなそうだから説明してやる。お前、チキンラーメンを食べたことがあるか?」
「当たり前じゃない。日清のチキンラーメンを食べたことないやつなんて正直話したくもないし
存在すら認められないわ。それで?」
「お前は毎日チキンラーメンを食べたいか?」
私はチキンラーメンを想起し、日毎のスケジュールにチキンラーメンを入れ込んでみた。
ふむ、答えは直ぐに出る。
「毎日なんて嫌よ」
「だよな。チキンラーメンはたまに食べるから格別なんだ。そして一回食べたら見たくもなくなる」
「その感覚は理解できるわね」
「これがチキンラーメン現象だ。そして、さっきのスイートポテトを食べることは
このチキンラーメン現象によりお前の後悔を生むことになる。だから制した」
「……というと、この後。簡単に想像がつくわね」
「そう、この後催される秋訪祭では極上のスイートポテトが食べられる。なにせ恵みの穣子様が監修だ。
ここで何かを食べてしまったら、秋訪祭に参加した時お前はお腹いっぱいになっちゃうだろ? 食が細いんだから。
もちろんスイートポテト以外もあるぜ。単純な焼き芋は加工する前より甘くてねちっこくて美味い。
それに松茸もある、お前は松茸の香ばしい匂いの中でよだれが出るのを抑えられなくなるだろう。
更になんと今回は魚も豊富だ。さんま、秋鮭、戻り鰹。米も新米だ。
酒も美味いがやはり魚には炊きたてふわふわの白い米だろう。
刺し身もいいが、想像してみろ、さんまの塩焼きジュウジュウ 大根おろしショリショリッ
炊き立てご飯パカッフワッ ポン酢トットットッ…ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」
ランプの魔人・ジーニーすらをも凌駕する魔理沙のオーバーアクションで
私の体はだいぶ秋に染まった。もうなんというか、心も体もだいぶ『秋寄り』になってしまった。
生きていくうちでは必要ないかもしれないが、人間で言う三大欲求、食欲に語りかけるなど
流石は魔法使いを自称するだけはある。魔理沙め、やりおる。
「いまいちね」
「えー、なんだよ」
だが、認めなかった。
魔女だから。
「私は食が細いのよ。そんなにいっぱいの物があるんだったらきっと食べられないものも出てくるわ。
そうしたら悔しいじゃない。ああ、来なきゃ良かったって思うかも」
「……なんでもかんでも否定するやつだな。まあいい、参考にまで聞かせてくれ。
さっきまでは『秋率』は何%くらいだった?」
「10%」
「私の話を来てどこまであがった?」
「35%」
「う、うーん。まあ、いい。進歩は進歩だ」
秋率という新しい言葉に少し戸惑ったが言わんとすることはわかる。
実際のところ今の私の90%は秋に染まっている気もするが、それは言わなくてもいいだろう。
もっと魔理沙を陽動して私の秋を高めるんだ。
「……『ギャップ萌え現象』を知っているか」
また面白そうなのが出てきた。
「萌え、とは植物が萌ゆるという意味ではないのよね、きっと」
「ああ、単純に可愛らしいとか、心がざわめいていじらしくなるとかそういう意味で考えてくれ」
「ふむ、それで? ギャップ……認識のズレに萌える現象とは」
「ここにアリスが居るとするだろ」
「ええ」
「アリスが唐突にパチュリーの肩を揉みながら『パチュリーの為にクッキーを焼いてきたのよ。食べてね(はぁと』
みたいにやってきたらどうする?」
「ゲロを吐くわ」
「例えを変えよう」
魔理沙は頭を抱えてしばらく黙りこんだ。
きっと私の答えが想像と違ったのだ。
私と魔理沙の中でアリス像というものにズレがあったのだろう。
少し興味深かったが、ここは黙っておく。
魔理沙は悩みぬいた結果、すっきりした顔でこちらを向き直した。
見つかったのかしら、答え。
「咲夜、咲夜が居るだろ。どう思う」
「どう思う、とは」
「あいつは完璧じゃないか?」
「まあたまに抜けている所があるけれど、なんでも大体はこなすわね」
「よし、それで良い。じゃああいつはどうだ?」
魔理沙はパンツ丸出しで本の整理をしている小悪魔を指差した。
「あいつだ、お前の使役しているあいつはどう思う」
「クズよ」
「よし、それでいい。じゃあ今偶然見えているあいつの下着がちょっとなんか汚かったらどうする?」
想像に容易かった。
「また何かに発情したか、とかを考えるわ。ささいすぎて特に何も思いつかないわね。
どうでもいい」
「だよな、じゃあ咲夜だったら?!」
「え?」
「あの完璧な咲夜の下着が偶然ちょこっと見えて、ちょっとなんか汚かったらどう思う?」
ふむ。私はあごに手をやった。
あの咲夜、あいつはなんだかんだでうら若き乙女だ。
何かのタイミングで下着がちょっとなんか汚くなることだってあるだろう。
想像の世界に自分と咲夜を召喚し、実際に会話をさせてみた。
「どうだパチュリー」
「別に、同じよ。何もしないわ」
「何もしないということは不快感はわかなかったということだよな」
「ええ、そうね」
「むしろちょっとなんか汚いほうが良い気がしないか?」
「ん?」
「あの完璧な咲夜の下着が何かしらの理由でちょっとなんか汚いんだ。きっと本人も気づいていない。
あいつは下着がちょっとなんか汚いのに瀟洒なふりをしてクールアンドビューティーを気取るんだ。
下着がちょっとなんか汚いのに! そこでお前はどう思うんだ?!」
「……ちょ、ちょっとなんか」
「ちょっとなんか?」
「……良いわね」
「そうだろ!」
魔理沙は興奮覚めやらない様子で私の肩を掴んだ。
何故か少しだけ私の手のひらも汗ばんでいる。
しかし、まだだ。
あと一歩足りない。魔理沙の話は大変興奮し、私を高揚させた。
しかしそれでは紅葉には届かない。
秋訪祭への一歩とはまだ成り得ないのだ。
「なるほどね、魔理沙。これがギャップ萌え現象。でも私の心を動かすには……」
「いや、違うんだパチュリー。これはただのギャップ萌え、私はそういうことを言いたいんじゃない」
「なんですって」
魔理沙はにやりと頬をゆがめた。
「この話をレミリアが知ったらどうする」
「咲夜の下着がちょっとなんか汚いことを……?」
「そうだ」
「……レミィのことだから、きっとこの『心の余裕から来る咲夜の下着がちょっとなんか汚い事による魅力』
なんてことには気づかない。信頼度はガタ落ちね」
「それだ!」
「え?」
そこまで言って魔理沙は既に冷め切った紅茶をごくごくと喉を鳴らして飲んだ。
私はそれを待つ時間すら惜しいと思った。
すっかり魔理沙の話に釘付けであった。
「あの咲夜だからこそ、そんな下着がちょっとなんか汚れていることだけで信頼度がガタ落ちなんだ。
あそこのクズとはわけが違う」
「さっきから私の悪口がちょいちょい聞こえてくるんですが」
「……なるほど、理解したわ魔理沙。理解してしまったわ」
小悪魔がなにか言ったような気がしたが無視した。
今はこのギャップ萌え現象に私は夢中なのだ。
「そう、あの咲夜だからこそ、普段は完璧で瀟洒だからこそ
信頼度がガタ落ちなんだ。普段から汚い奴は汚くてもなんとも思われん」
「た、確かに……現象として確かに成り立つ。既に私と魔理沙、二人以上が感覚によってこれを現象として捉えているもの。
学会にだって発表できるわ。……そういえば、さっき」
「ああ、普段は盗んでばかりの私だが、今日は素直に本をお前に返した。
至極当たり前のことだが、私がやると効果的だ。実際にお前は素直に私の話を聞いてくれたしな」
……一本取られた。
まさか、最初から。
「結構役に立つんだぜ。例えば、霊夢と約束した時にたまに寝坊してしまうんだ。そういう時に使う。
約束の時間が10時だとする。そこに30分遅れると連絡を入れる。この場合は、何かメッセージを送る魔法とかでな」
「今だったら魔法ラインや魔法スカイプが使えるわね」
「だが実際に到着するのは10時15分だ。霊夢の反応はどうなると思う?」
「……思ったより、早かった?」
「そう! 『あら、わりと早かったのね』とかで制裁を受けずに済んじゃうんだ。
素晴らしいだろうギャップ萌え現象」
魔理沙は牙を生やしたかのようにけけけと笑った。
してやられるとはこの事だ。
「だからこそパチュリー、お前は今現象の最中にいる。お前、何日図書館に篭っているんだ?」
「八日ほどね。なるほど、だからこそ私は秋訪祭に行くべきなのね」
「こんな静かで不変で普遍な図書館の景色を八日も休まず見ているんだ。きっと外に出れば驚きだぜ。
山の木々は絵の具の赤よりも朱く、紅く染まり
吹く風は枯れ葉やイチョウをざわめかせ、そのハーモニーは一流のクラシックを凌駕する。なあパチュリー」
魔理沙は私との間にある机に乗り出した。
その目は純粋に輝いている。
「……はあ、何よ」
「今『秋率』、何%だ?」
「45%くらいかしら」
「ってなんでだよおおーーーーー!!!!!」
魔理沙は椅子の上でどたんばたんとのたうち回った。
きっと100%と言うことを期待したんだろう。
そうはいかない。私は魔女だ。素直になんてなるものか。
だけど。
「そろそろ、ね」
「あ?」
「ここに居るのも『あきあき』していた所よ」
立ち上がる私を見て、魔理沙は一瞬だけぽかんとしたが再び頬をゆがませた。
「へへへ、来てくれると思ったぜ」
「よいしょ。さて、用意が終わったわ。行くとしようかしら」
「ホウキ、乗ってくか?」
「山でしょ。転移魔法で行くわ」
「『あき』れたぜ。行くと決めたのにまだ不精するか」
「あきれた? そうね秋レターに書いていたんですもの」
秋訪祭の招待状、そこには『魔法のサプライズを期待しています』と明記してあった。
普段参加しない私が突然魔法で現れるんだもの、きっとサプライズになるでしょう。
「じゃああっちでな」
「そうね。私の隣には貴方用のスペースを取っておくわ。いいわね」
「お? おう」
首を傾げる魔理沙に気にせず、詠唱を始めた。
最後の最後の秋には気づかなかったようね。
せっかく私の隣、『あき』スペースを作ってあげるって言ったのに。
……あまりにくだらなく、苦笑いが出てしまい詠唱をしそこねてしまったのは
この秋の澄み渡る空に免じて、許して欲しい。
『あきについて』
終わり
簡単な見分け方はホウキにまたがっているか否かだ。
ホウキにまたがっているパターンは見逃せない。こちらは自身の研究に苛つき
本を強奪するなどの名目で私に構って欲しい時だ。
死ぬまで借りてくぜなんて夜ベッドの上で思い出したら悶えてしまうような
科白を吐かなくなったのはいつ頃だろうか。
魔理沙もそろそろその恥ずかしさに気付いたのだろう。やはり人間は成長が早い。
しかたがないので、こちらのパターンの時は私も気分にもよるが、構ってやることもある。
一日中……では語弊がある。六日中程引きこもっていると体中がパキパキになってしまっている場合はちょうどいい。
やってきたネズミの駆除くらい容易いものだ。
使いの小悪魔も「パチュリー様ならぬ背骨パキリー様ですねくすくす」などとたわごとを言ってくるので
一緒に駆除するのもちょうどいい。
駆除と言っても私はだいぶ魔女の中でも優しい方なので
燃やしたり濡らしたり木を股間に生やしたり金をまぶしたり埋めたり日で焼いたり月を二つ股間に生やしたりするくらいだ。
私はだいぶん魔理沙に優しい。
「しゅうほうさい?」
そして、もう一つのパターンとはまじめに私に用がある時だ。
そういう時はホウキを手に持ち咲夜と一緒に訪れてくる。
今日は何故かひとりきりだったが。
「秋が訪れる祭りと書いて秋訪祭だ。なんとあの秋姉妹が主催だぜ。知ってるよな?」
「求聞口授の挿絵が可愛かったから覚えているわ。個人的には秋★枝さんでも良かったけど……」
今日の魔理沙は珍しく、この間借りた本を素直に返してきたので会話をしてやった。
当たり前なことをしているのに、こいつがやるとどうにも善人に見えてしまう。
どちらにしろ私の気分が良いので、気にしないことにした。
私は小悪魔の淹れた紅茶で唇を湿らせてから本を閉じた。
今日は引きこもって八日目だ。
ホウキにまたがる日であればちょうど体を動かすいいチャンスではあったのだが
魔理沙にその気が無いようだったので仕方ない。
背を伸ばすといたるところがぱきぱきと音を立てた。
「そしてこれがその秋姉妹からの招待状。ほれ」
紅葉の模様が付いた便箋は、非常に和の匂いがした。
これは茶色の匂い。抹茶の匂いではない。
なかなかに外の匂いなので刺激が強い。ストールを椅子にかけた。
「いつも宴会の時、お前の席は空席だ。今日くらい楽しもうぜ」
「……たるいわ」
「いつになく本音だな。いつもはもにゃもにゃとそれっぽい言い訳をこれぞとばかりに並び立てるのに」
魔理沙はシュガーポットに入っていた砂糖を六個紅茶に入れ、ぐるぐるとかき混ぜながら
私の顔色を伺ってきた。
ふむと私は眉を吊り上げる。
行っても良い。なにせ今日は引きこもって八日目だ。
なにかしらのリセットは必要だ。優秀な者は休養さえも上手く取る。
だが、どうにも億劫だ。
なにかきっかけがあれば既におしりから生えた根が椅子に絡みついているのも無視できて宴会に参加できるのだが。
「魔理沙、ゲームをしましょう」
「弾幕ごっこか? まあ一戦くらいなら良いけど」
「弾幕ごっこはつまらないわ。何か言葉上で私をその秋訪祭に行きたくなるように誘惑しなさい」
「わがままなやつめ。別にお前なんて来なくても宴会は開催される」
「それは約束を反故することになるわ」
魔理沙の額にしわがよる。
面白い。
他人の踏み込まれたくない思考にずかずかと入り込むのはなんて気分が良いのだろう。
魔理沙はそれとなく、と見せたつもりだが私相手じゃそうはいかない。
「報酬は何か知らないけれど」
「……ったくつまらない奴め」
「レミィか咲夜に頼まれたのでしょう。貴方はここに一人で来たしあの二人はもう宴会会場に行ったのかしら。
貴方はいつもより落ち着いているわ。宴会に行く前とは思えられない。
ということはここに少しでも居座る気があった、先ほどの言動からして私を宴会に行くよう頼まれてた。そういうことね」
「茶菓子ない?」
「話を逸らすな」
「なんだよ行こうぜ宴会ー 食べ物も美味いし景色も壮観なんだぞー あきまつりー」
図星だったようだ。
所詮は魔理沙、話を逸らすなど肯定しているようなもの。
私は満足がいったので深く椅子に体重を預けた。
ああこういう時には確かに甘いものが欲しい。
「小悪魔、なにか甘いもの。あと紅茶を淹れなおして」
「はい、ただいま」
「あいつなんで濡れてんの?」
「今日が水曜日だったからよ」
待っている間、魔理沙は腕を組み虚空を見つめていた。
考えているのか、悔しさの余り現実から目を背けているのか。
後者は性格上無いとして、先ほどのゲームの事を考えているのなら都合が良い。
正直、久しぶりだし雑多な酒や雑多すぎる乾き物などで体を満たしたいという欲望はある。
だが、誘われたからといってほいほいついていくようでは魔女として終わっている。
さあ魔理沙、期待しているわよ。
「お菓子を持ってきました。スイートポテトです」
「あらおいしそ。今日はいっぱい本を読んだから紅茶に砂糖はみっつ入れてね。
脳に糖を入れねば」
「いや、パチュリー、それを食べちゃ駄目だ」
「は?」
魔理沙は小悪魔の手を制し、引っ込めるように促した。
小悪魔は困ったようにこちらの様子を伺ってきたので、ばちこんとウインクしてやると
笑いを噛み殺しながら奥に引っ込んで行った。
明日は木曜日、いらっとしたのであいつの股間から木を生やす必要がある。
「なぜ私はあの美味しそうなお菓子を食べられなかったのかしら。
まともな理由じゃなかったら怒るわよ。私のお腹の虫もさっきからむきゅうと鳴いている。ほらまた」
「バランスの問題だ」
はて。
「『チキンラーメン現象』というのがある。知っているか?」
「あまりにジャンクでローカルでにっちな現象ね」
知らなかったが知らないとは言わなかった。
魔女だから。
「知らなそうだから説明してやる。お前、チキンラーメンを食べたことがあるか?」
「当たり前じゃない。日清のチキンラーメンを食べたことないやつなんて正直話したくもないし
存在すら認められないわ。それで?」
「お前は毎日チキンラーメンを食べたいか?」
私はチキンラーメンを想起し、日毎のスケジュールにチキンラーメンを入れ込んでみた。
ふむ、答えは直ぐに出る。
「毎日なんて嫌よ」
「だよな。チキンラーメンはたまに食べるから格別なんだ。そして一回食べたら見たくもなくなる」
「その感覚は理解できるわね」
「これがチキンラーメン現象だ。そして、さっきのスイートポテトを食べることは
このチキンラーメン現象によりお前の後悔を生むことになる。だから制した」
「……というと、この後。簡単に想像がつくわね」
「そう、この後催される秋訪祭では極上のスイートポテトが食べられる。なにせ恵みの穣子様が監修だ。
ここで何かを食べてしまったら、秋訪祭に参加した時お前はお腹いっぱいになっちゃうだろ? 食が細いんだから。
もちろんスイートポテト以外もあるぜ。単純な焼き芋は加工する前より甘くてねちっこくて美味い。
それに松茸もある、お前は松茸の香ばしい匂いの中でよだれが出るのを抑えられなくなるだろう。
更になんと今回は魚も豊富だ。さんま、秋鮭、戻り鰹。米も新米だ。
酒も美味いがやはり魚には炊きたてふわふわの白い米だろう。
刺し身もいいが、想像してみろ、さんまの塩焼きジュウジュウ 大根おろしショリショリッ
炊き立てご飯パカッフワッ ポン酢トットットッ…ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」
ランプの魔人・ジーニーすらをも凌駕する魔理沙のオーバーアクションで
私の体はだいぶ秋に染まった。もうなんというか、心も体もだいぶ『秋寄り』になってしまった。
生きていくうちでは必要ないかもしれないが、人間で言う三大欲求、食欲に語りかけるなど
流石は魔法使いを自称するだけはある。魔理沙め、やりおる。
「いまいちね」
「えー、なんだよ」
だが、認めなかった。
魔女だから。
「私は食が細いのよ。そんなにいっぱいの物があるんだったらきっと食べられないものも出てくるわ。
そうしたら悔しいじゃない。ああ、来なきゃ良かったって思うかも」
「……なんでもかんでも否定するやつだな。まあいい、参考にまで聞かせてくれ。
さっきまでは『秋率』は何%くらいだった?」
「10%」
「私の話を来てどこまであがった?」
「35%」
「う、うーん。まあ、いい。進歩は進歩だ」
秋率という新しい言葉に少し戸惑ったが言わんとすることはわかる。
実際のところ今の私の90%は秋に染まっている気もするが、それは言わなくてもいいだろう。
もっと魔理沙を陽動して私の秋を高めるんだ。
「……『ギャップ萌え現象』を知っているか」
また面白そうなのが出てきた。
「萌え、とは植物が萌ゆるという意味ではないのよね、きっと」
「ああ、単純に可愛らしいとか、心がざわめいていじらしくなるとかそういう意味で考えてくれ」
「ふむ、それで? ギャップ……認識のズレに萌える現象とは」
「ここにアリスが居るとするだろ」
「ええ」
「アリスが唐突にパチュリーの肩を揉みながら『パチュリーの為にクッキーを焼いてきたのよ。食べてね(はぁと』
みたいにやってきたらどうする?」
「ゲロを吐くわ」
「例えを変えよう」
魔理沙は頭を抱えてしばらく黙りこんだ。
きっと私の答えが想像と違ったのだ。
私と魔理沙の中でアリス像というものにズレがあったのだろう。
少し興味深かったが、ここは黙っておく。
魔理沙は悩みぬいた結果、すっきりした顔でこちらを向き直した。
見つかったのかしら、答え。
「咲夜、咲夜が居るだろ。どう思う」
「どう思う、とは」
「あいつは完璧じゃないか?」
「まあたまに抜けている所があるけれど、なんでも大体はこなすわね」
「よし、それで良い。じゃああいつはどうだ?」
魔理沙はパンツ丸出しで本の整理をしている小悪魔を指差した。
「あいつだ、お前の使役しているあいつはどう思う」
「クズよ」
「よし、それでいい。じゃあ今偶然見えているあいつの下着がちょっとなんか汚かったらどうする?」
想像に容易かった。
「また何かに発情したか、とかを考えるわ。ささいすぎて特に何も思いつかないわね。
どうでもいい」
「だよな、じゃあ咲夜だったら?!」
「え?」
「あの完璧な咲夜の下着が偶然ちょこっと見えて、ちょっとなんか汚かったらどう思う?」
ふむ。私はあごに手をやった。
あの咲夜、あいつはなんだかんだでうら若き乙女だ。
何かのタイミングで下着がちょっとなんか汚くなることだってあるだろう。
想像の世界に自分と咲夜を召喚し、実際に会話をさせてみた。
「どうだパチュリー」
「別に、同じよ。何もしないわ」
「何もしないということは不快感はわかなかったということだよな」
「ええ、そうね」
「むしろちょっとなんか汚いほうが良い気がしないか?」
「ん?」
「あの完璧な咲夜の下着が何かしらの理由でちょっとなんか汚いんだ。きっと本人も気づいていない。
あいつは下着がちょっとなんか汚いのに瀟洒なふりをしてクールアンドビューティーを気取るんだ。
下着がちょっとなんか汚いのに! そこでお前はどう思うんだ?!」
「……ちょ、ちょっとなんか」
「ちょっとなんか?」
「……良いわね」
「そうだろ!」
魔理沙は興奮覚めやらない様子で私の肩を掴んだ。
何故か少しだけ私の手のひらも汗ばんでいる。
しかし、まだだ。
あと一歩足りない。魔理沙の話は大変興奮し、私を高揚させた。
しかしそれでは紅葉には届かない。
秋訪祭への一歩とはまだ成り得ないのだ。
「なるほどね、魔理沙。これがギャップ萌え現象。でも私の心を動かすには……」
「いや、違うんだパチュリー。これはただのギャップ萌え、私はそういうことを言いたいんじゃない」
「なんですって」
魔理沙はにやりと頬をゆがめた。
「この話をレミリアが知ったらどうする」
「咲夜の下着がちょっとなんか汚いことを……?」
「そうだ」
「……レミィのことだから、きっとこの『心の余裕から来る咲夜の下着がちょっとなんか汚い事による魅力』
なんてことには気づかない。信頼度はガタ落ちね」
「それだ!」
「え?」
そこまで言って魔理沙は既に冷め切った紅茶をごくごくと喉を鳴らして飲んだ。
私はそれを待つ時間すら惜しいと思った。
すっかり魔理沙の話に釘付けであった。
「あの咲夜だからこそ、そんな下着がちょっとなんか汚れていることだけで信頼度がガタ落ちなんだ。
あそこのクズとはわけが違う」
「さっきから私の悪口がちょいちょい聞こえてくるんですが」
「……なるほど、理解したわ魔理沙。理解してしまったわ」
小悪魔がなにか言ったような気がしたが無視した。
今はこのギャップ萌え現象に私は夢中なのだ。
「そう、あの咲夜だからこそ、普段は完璧で瀟洒だからこそ
信頼度がガタ落ちなんだ。普段から汚い奴は汚くてもなんとも思われん」
「た、確かに……現象として確かに成り立つ。既に私と魔理沙、二人以上が感覚によってこれを現象として捉えているもの。
学会にだって発表できるわ。……そういえば、さっき」
「ああ、普段は盗んでばかりの私だが、今日は素直に本をお前に返した。
至極当たり前のことだが、私がやると効果的だ。実際にお前は素直に私の話を聞いてくれたしな」
……一本取られた。
まさか、最初から。
「結構役に立つんだぜ。例えば、霊夢と約束した時にたまに寝坊してしまうんだ。そういう時に使う。
約束の時間が10時だとする。そこに30分遅れると連絡を入れる。この場合は、何かメッセージを送る魔法とかでな」
「今だったら魔法ラインや魔法スカイプが使えるわね」
「だが実際に到着するのは10時15分だ。霊夢の反応はどうなると思う?」
「……思ったより、早かった?」
「そう! 『あら、わりと早かったのね』とかで制裁を受けずに済んじゃうんだ。
素晴らしいだろうギャップ萌え現象」
魔理沙は牙を生やしたかのようにけけけと笑った。
してやられるとはこの事だ。
「だからこそパチュリー、お前は今現象の最中にいる。お前、何日図書館に篭っているんだ?」
「八日ほどね。なるほど、だからこそ私は秋訪祭に行くべきなのね」
「こんな静かで不変で普遍な図書館の景色を八日も休まず見ているんだ。きっと外に出れば驚きだぜ。
山の木々は絵の具の赤よりも朱く、紅く染まり
吹く風は枯れ葉やイチョウをざわめかせ、そのハーモニーは一流のクラシックを凌駕する。なあパチュリー」
魔理沙は私との間にある机に乗り出した。
その目は純粋に輝いている。
「……はあ、何よ」
「今『秋率』、何%だ?」
「45%くらいかしら」
「ってなんでだよおおーーーーー!!!!!」
魔理沙は椅子の上でどたんばたんとのたうち回った。
きっと100%と言うことを期待したんだろう。
そうはいかない。私は魔女だ。素直になんてなるものか。
だけど。
「そろそろ、ね」
「あ?」
「ここに居るのも『あきあき』していた所よ」
立ち上がる私を見て、魔理沙は一瞬だけぽかんとしたが再び頬をゆがませた。
「へへへ、来てくれると思ったぜ」
「よいしょ。さて、用意が終わったわ。行くとしようかしら」
「ホウキ、乗ってくか?」
「山でしょ。転移魔法で行くわ」
「『あき』れたぜ。行くと決めたのにまだ不精するか」
「あきれた? そうね秋レターに書いていたんですもの」
秋訪祭の招待状、そこには『魔法のサプライズを期待しています』と明記してあった。
普段参加しない私が突然魔法で現れるんだもの、きっとサプライズになるでしょう。
「じゃああっちでな」
「そうね。私の隣には貴方用のスペースを取っておくわ。いいわね」
「お? おう」
首を傾げる魔理沙に気にせず、詠唱を始めた。
最後の最後の秋には気づかなかったようね。
せっかく私の隣、『あき』スペースを作ってあげるって言ったのに。
……あまりにくだらなく、苦笑いが出てしまい詠唱をしそこねてしまったのは
この秋の澄み渡る空に免じて、許して欲しい。
『あきについて』
終わり
なんでこんなタグつけた!言え!
ここ最高に愛おしい
テンポ良くてするする読めました。
あと股間に生える木に付いてもっとkwsk
って言って欲しかったんだろう! なあ!
そう思わせてくれる独特の味でした。もちろん美味な方向で!
とてもよかったです。
また秋訪祭の描写が無いのも新鮮でいいです。
読み心地が本当に良いものです……
読んでいて、とても楽しかったです!