柔らかな日の光が、縁側に差し込む昼下がり。白と黒の衣服に身を包んだ魔女と、赤と白の衣装をまとった巫女が二人、両手に湯呑を握りながら、他愛のない話に花をさかせる。澄んだ青い空から吹く風が、二人の髪を静かに揺らす。そんな穏やかな午後。
「とまぁ、そんなワケで、香霖のところに持って行ったわけよ」
モノクロの魔女――霧雨魔理沙は、そういうと、手に持っていたお茶をぐっと飲み干す。
「じゃあその拾い物は、今、霖之助さんのところにあるのね」
ツートーンカラーの巫女――博麗霊夢は、魔理沙の話に応えると、空になった湯呑を預かる。すまんな。じゃあ、たまには動いて頂戴。勝手がわからん。と、いつものやりとりをして、霊夢は席を立つ。
「にしても、綺麗な空だなぁ」
背を伸ばし、だらんと垂らした足を軽く振る。見上げれば、雲一つない快晴。眠くなるような陽気なのに、空は、冷たく透き通ったような色で、見ているだけで頭が冴えるような、そんな色をしていた。
「これが、目の覚めるような青っていうんだろうなぁ」
魔理沙はそういうと、そのまま背中から床に倒れた。視界は屋根と空が半々になる。
「やぁーね。寝るならせめて、中に入ってよ」
霊夢が、湯呑にお茶を入れて戻ってくると、また先ほどと変わらず、魔理沙の隣に正座する。
「神社でだらけてる人が居たら、参拝客が来た時に、神社の威厳がなくなっちゃうじゃない」
「どうせ、来る客なんて妖怪くらいだ。それに、端からもう威厳なんてない」
「あら、言ってくれるじゃない」
「あぁ、言うぜ」
このやり取りも何度としたことか。呼吸するのと変わらない感覚。でも、やめない。でも、あきない。隣にいることが当たり前で、そんな二人だから、同じような会話も、そのあとの静けさも、居心地が良い。
魔理沙はそのまま目をつむり、霊夢は静かに湯呑に口をつける。鳥の鳴き声と風に小さく揺れる木々の音、お茶をすする音。どの音も魔理沙には、耳触りのよい音だった。
「あら、客人ね」
霊夢の言葉に、魔理沙は目を開け、身を起こす。真っ青な空の中を、神社に向けて飛んでくる影一つ。赤い赤い衣装と、銀の大きな鍵盤楽器。
「おおー。やっぱり博麗神社に来る客人は妖怪じゃないか」
「あれは騒霊よ」
「同じようなもんだろ」
魔理沙と霊夢は、別段構える様子もなく、来客者が神社に降り立つのをただ見ていた。
赤い帽子に、赤いジャケット、赤いスカートと全身真っ赤な少女は、亜麻色の短い髪を揺らして着地する。その体の周りには彼女を囲むように、楽器が宙に浮いていた。
「こんにちは。お二人さん」
ワンカラーな少女――リリカ・プリズムリバーは、二人の座る縁側まで寄ると、お辞儀代わりの演奏。明るい陽気なリズムだ。
「おう。リリカか。久しぶりだな」
魔理沙は、手をあげて挨拶する。一方の霊夢は、先ほどと変わらずお茶をすするだけであった。
「お久しぶり! そうそう聞いたわ。また異変解決したんだって?」
「まぁな」
「さすがね。霊夢もお疲れ様」
「ありがと。でも、まぁ、私の場合は仕事だから」
「ふふ。霊夢も相変わらずね」
一通り、再会のあいさつを交わすと、リリカは、霊夢たちに促され、縁側に腰掛けることになった。
親指と中指で音を鳴らすと、たちまち楽器が消えてなくなる。
「おぉ。どこいったんだ? 楽器は」
「あの楽器も、私たちの一部みたいなものなの。あ、霊夢、お気遣いなく――」
説明の最中に、たちがある霊夢にリリカは声をかけるが、気にもとめずに霊夢は家の奥の台所へ消えていく。
「まぁ、久々に来たんだ。茶でも馳走になれって」
「ありがとう。でも、魔理沙のうちじゃないよね?」
「家みたいなもんだよ」
魔理沙の言葉に、リリカは笑う。
「で、お前一人だなんて珍しいな。姉二人はどうした?」
「姉さんたちは、他の所へ行ってるわ。だから、今日は私一人なの」
「そうなんだ。まぁ、姉妹だからって、年中ずっと一緒ってわけじゃないか」
「そうね。結構私たちって別行動とかしたりするし」
「お茶請けないけど、勘弁してね」
戻ってきた霊夢は、会話の途中でも気にせず割り込んで、、リリカに湯呑を渡す。
「あれ? 私が昨日持ってきた煎餅、あれ、どうしたんだ?」
「それが、全然見当たらないのよ」
「なんだ? この神社、ネズミでもいるんじゃないか?」
「もしかしたら、紫が持ってたかも」
霊夢の言葉に、魔理沙も頷く。
「次あった時には、懲らしめてやるわ」
「ま、まぁ、私はお茶だけで十分だから。ありがとう」
リリカは、怒った霊夢の表情に、慌ててお辞儀した。それから、お茶を一杯口に含む。
「ふぅー。癒されるわぁ」
リリカはそういうと、肩の力をぬきながら、息を吐いた。体の中にたまっていた疲労感がすべて抜け出たようである。
「それで、何か用があってきたんでしょ?」
霊夢の言葉に、魔理沙も頷く。
「そうそう。神社に来るなんて珍しいよな」
「うん、もちろん用があってね」
「用? ライブ会場としての神社はご遠慮よ。結構うるさいって里から苦情来ちゃうから」
「いやいや、そういうのじゃないよ。まぁ、私たちの活動には関わることだけど」
「お、どうかしたのか?」
魔理沙の言葉に、リリカはポッケから紙を取り出す。そして、それを広げると、魔理沙と霊夢に渡した。
「貴方たちは、音楽には興味ないわよね?」
リリカの言葉に、首を傾げつつ、二人は紙に視線を落とす。そこには、幽霊楽団新メンバー募集という大きな見出しが書いてあった。下の方には詳細がいろいろと記されている。募集しているのはボーカルらしい。
「なんだ、お前ら。新しいメンバーを探してるのか」
「うん。ほら! 最近、幻想郷に、音楽関係者増えたじゃない?」
「あー。言われてみれば」
魔理沙の記憶の中に、いくつかの面々が浮かぶ。
「でも、本当に最近だろ? あいつら。お前らの方が圧倒的に知名度も高いし、歴だって長いだろ」
「それが、逆にあの子たちの人気の後押しになっちゃてね」
「ん? どういうことだ」
「ほら、今まで私たち以外にさ、音楽やってる人なんていなかったからさ。新しい子たちの登場が、余計に際立っちゃって。オマケに扱うジャンルだって違うから」
付喪神として現れた、九十九八橋と九十九弁々は、和楽器による音色を奏でるため、幽霊楽団では出せない雰囲気の音楽を提供して、人気を稼いでいる。おなじく付喪神である堀川雷鼓は、太鼓という楽器だけではなく、キャラクター性も存在感も、今までにないタイプ。その独特なオーラとカリスマ性も相まって、一部の間で熱心なファンを広げていた。
「あー、付喪神の連中は和楽器だからな」
「そうなの」
「まぁ、私も和楽器の音は好きだしね」
霊夢はそう言うなりお茶をすする。
「神社に参拝客でも来てもらえるように、演奏でもしてもらおうと思ったくらいだし」
「そう。そうなっちゃうのよ。彼女たちは、私たちには似合わない場所で演奏できるから、お客取られちゃって。まぁ、向こうに合わない場所は私たちが、演奏しに行くんだけど」
「なんだ。しっかり住み分けできるんじゃないか。気にすることはないだろ」
魔理沙の言葉に、リリカは首を振った。
「明確に需要が分かれてる所なら良いんだけどね。曖昧な場所は取り合いになっちゃうし」
「なんだ、猫の縄張り争いみたいだな」
「まぁ、間違ってはいないかな」
ははは。とリリカは苦笑いする。自分たちにとってはとても大切な問題なのだが、周りから見ればそんなものなのかもしれないのが、妙に納得いってしまったのだった。
「まぁ、でも彼女たちよりも、鳥獣伎楽の方が大いに問題なんだよね」
「鳥獣伎楽? あぁ、あのバカ騒ぎしてる」
霊夢の言葉に、リリカは苦笑いする。
「そうそう。すっごい爆音のね」
「いやー、あいつらはたまったもんじゃないぜ。私の家の近くでライブなんてやるもんだから、うるさくてうるさくて」
魔理沙は、そういって、顔をしかめた。事実、魔理沙はあまりの煩さに耐え兼ね、メンバーの一人、幽谷響子の監督責任者である聖白蓮に、苦情を述べたほどであった。
「でも、若い妖怪に人気なんだよね、あのバンド。ちゃんとボーカルがいて、歌詞も、あってさ」
私は好きじゃないんだけどね、と言いつつも、リリカの口ぶりは、どこか認めているようであった。
「まぁ、そういう訳でさ。新しい面々が、大いに活躍の場を広げていってるわけだから、私たち幽霊楽団も、何か行動を起こさなきゃなって」
「だから、新メンバー募集なのか。随分思い切ったことしたなぁ」
「うん。私たちも悩んだんだけどね。やっぱりいつも通りの音楽じゃ、この幻想郷では残っていけない。私たち自身ももちろん、幽霊楽団として成長してかなくちゃいけないと思ったの」
「ふーん」
魔理沙はそういって、チラシを目を凝らして見つめる。霊夢も魔理沙に習って、眺める。
「私は一切興味ないわね」
「私もだな。そもそも歌とか得意じゃないしな」
「まぁ、二人にはダメ元で聞いたつもりだったから」
リリカはそういうと、紙を受け取る。
「で、私がここに来たのは、勧誘じゃなくてね」
「なんだ、まだあんのか」
「まぁ、そう言わないで。この話に合う、誰か良い人知らないかなぁと思って来たの」
「私たちが?」
霊夢の言葉に、リリカは頷く。
「ほら、霊夢って結構、妖怪から好かれてるじゃない? 神社に足繁く通う妖怪がいるくらいだし。魔理沙は、いろんな妖怪たちと顔見知りでしょ。だから、二人のネットワークでさ、良い人いたら紹介してほしいなーと」
「なるほど。そういうことか」
「残念ながら私の方はいないわよ」
霊夢は考える間もなく答えると、静かにお茶をすすった。
「もう少し考えるくらいのことはしてくれても良いんじゃない?」
不満そうな顔を浮かべるリリカ。頬が少し膨らんでいる。
「まぁ、霊夢の周りの連中は、音楽を演奏するよりは、聞く側にいそうだもんな」
魔理沙の言葉に、霊夢は頷く。
「まぁ、そういうことね」
「言われてみるとそうね。天狗に鬼に吸血鬼……私たちも何度か演奏しに行ったことあるわ」
記憶の彼方、威厳とカリスマをもった面々の前で、演奏したことが思い出される。
仕方ないか。と、リリカは魔理沙の方へ視線を移す。
「どうかな?」
「うーん。居るかもしれないけど、すぐには浮かばないな。少し時間をくれ」
「あぁ、うん、そうだよね。魔理沙は顔広いもんね」
リリカの言葉に、頷く魔理沙。
「で、もし、仮にいたとしたら会いに行くのか?」
「もちろん。説明して、それから音楽テストでも受けてもらおうかなって」
「スカウトしに行くのにテストはあるのか」
「当たり前よ。上手い下手はともかく、伸びる可能性がある人じゃないと」
「ふーん。たとえば、どんなテストするのかしら?」
「うーん。まぁ、色々あるけど、音感テストとか。まぁ、折角だし、二人とも受けてみてよ」
そういうと、返事を待たずに、リリカは立ち上がった。
「いや、別に説明してくれればそれでいいんだけど」
「まぁまぁ、いいじゃねーか。面白そうだし。それに、もしかしたら、霊夢に意外な才能があったりしてな」
何か期待しているような魔理沙口ぶりに、霊夢はしぶしぶ頷く。その姿を見たリリカは、縁側から少しだけ、離れ、また指を鳴らした。神社にやってきた際に、リリカの周りを漂っていた鍵盤楽器が姿を現す。
「私が今から、ある音を鳴らすから、それが、ドレミのどこにあたるか、当ててみて」
リリカは、鍵盤を押す。神社に一つ、音が響く。
「ぜんぜんわかんないわ。ファ?」
「うーん。ミか?」
その答えに、リリカはくすくすと笑う。
「残念。正解は、シよ」
「全然違うわね」
「まったくわからん」
「まぁ、そんなものだよ。こういうのは音楽を小さいことからやってかないと、身につかないし」
リリカの言葉に、へぇー。と頷く二人。
「じゃあ、二問目ね。これは?」
リリカの指に合わせて、また一つ音が鳴る。
「今度こそファね」
「いいや、ミだろ」
「貴方たち、適当に答えてない? 正解は、ラだよ」
答えに、うーん。と腕を組んで唸る二人に、またまたリリカは笑った。弾幕勝負じゃ負けなしの二人が、真剣に悩んでるところが妙に、おかしくて、たまらなかった。
「じゃあ、三問目。ちょっと難易度あげるわ」
「まじか」
魔理沙の反応も気にせずに、リリカは音を鳴らす。
「うえ? 全然わからん」
「わからないわね」
「ソのシャープ」
「あ、正解よ」
リリカの言葉に、目を丸くする霊夢と魔理沙。
「あれ? 私たち、わかんないって答えたんだけどな」
「え? でも、さっき、ソのシャープって……」
「うん! ソのシャープだよ!」
どこからともなく声が聞こえたかと思うと、突然、霊夢の隣に、一人の少女が現れた。
「とまぁ、そんなワケで、香霖のところに持って行ったわけよ」
モノクロの魔女――霧雨魔理沙は、そういうと、手に持っていたお茶をぐっと飲み干す。
「じゃあその拾い物は、今、霖之助さんのところにあるのね」
ツートーンカラーの巫女――博麗霊夢は、魔理沙の話に応えると、空になった湯呑を預かる。すまんな。じゃあ、たまには動いて頂戴。勝手がわからん。と、いつものやりとりをして、霊夢は席を立つ。
「にしても、綺麗な空だなぁ」
背を伸ばし、だらんと垂らした足を軽く振る。見上げれば、雲一つない快晴。眠くなるような陽気なのに、空は、冷たく透き通ったような色で、見ているだけで頭が冴えるような、そんな色をしていた。
「これが、目の覚めるような青っていうんだろうなぁ」
魔理沙はそういうと、そのまま背中から床に倒れた。視界は屋根と空が半々になる。
「やぁーね。寝るならせめて、中に入ってよ」
霊夢が、湯呑にお茶を入れて戻ってくると、また先ほどと変わらず、魔理沙の隣に正座する。
「神社でだらけてる人が居たら、参拝客が来た時に、神社の威厳がなくなっちゃうじゃない」
「どうせ、来る客なんて妖怪くらいだ。それに、端からもう威厳なんてない」
「あら、言ってくれるじゃない」
「あぁ、言うぜ」
このやり取りも何度としたことか。呼吸するのと変わらない感覚。でも、やめない。でも、あきない。隣にいることが当たり前で、そんな二人だから、同じような会話も、そのあとの静けさも、居心地が良い。
魔理沙はそのまま目をつむり、霊夢は静かに湯呑に口をつける。鳥の鳴き声と風に小さく揺れる木々の音、お茶をすする音。どの音も魔理沙には、耳触りのよい音だった。
「あら、客人ね」
霊夢の言葉に、魔理沙は目を開け、身を起こす。真っ青な空の中を、神社に向けて飛んでくる影一つ。赤い赤い衣装と、銀の大きな鍵盤楽器。
「おおー。やっぱり博麗神社に来る客人は妖怪じゃないか」
「あれは騒霊よ」
「同じようなもんだろ」
魔理沙と霊夢は、別段構える様子もなく、来客者が神社に降り立つのをただ見ていた。
赤い帽子に、赤いジャケット、赤いスカートと全身真っ赤な少女は、亜麻色の短い髪を揺らして着地する。その体の周りには彼女を囲むように、楽器が宙に浮いていた。
「こんにちは。お二人さん」
ワンカラーな少女――リリカ・プリズムリバーは、二人の座る縁側まで寄ると、お辞儀代わりの演奏。明るい陽気なリズムだ。
「おう。リリカか。久しぶりだな」
魔理沙は、手をあげて挨拶する。一方の霊夢は、先ほどと変わらずお茶をすするだけであった。
「お久しぶり! そうそう聞いたわ。また異変解決したんだって?」
「まぁな」
「さすがね。霊夢もお疲れ様」
「ありがと。でも、まぁ、私の場合は仕事だから」
「ふふ。霊夢も相変わらずね」
一通り、再会のあいさつを交わすと、リリカは、霊夢たちに促され、縁側に腰掛けることになった。
親指と中指で音を鳴らすと、たちまち楽器が消えてなくなる。
「おぉ。どこいったんだ? 楽器は」
「あの楽器も、私たちの一部みたいなものなの。あ、霊夢、お気遣いなく――」
説明の最中に、たちがある霊夢にリリカは声をかけるが、気にもとめずに霊夢は家の奥の台所へ消えていく。
「まぁ、久々に来たんだ。茶でも馳走になれって」
「ありがとう。でも、魔理沙のうちじゃないよね?」
「家みたいなもんだよ」
魔理沙の言葉に、リリカは笑う。
「で、お前一人だなんて珍しいな。姉二人はどうした?」
「姉さんたちは、他の所へ行ってるわ。だから、今日は私一人なの」
「そうなんだ。まぁ、姉妹だからって、年中ずっと一緒ってわけじゃないか」
「そうね。結構私たちって別行動とかしたりするし」
「お茶請けないけど、勘弁してね」
戻ってきた霊夢は、会話の途中でも気にせず割り込んで、、リリカに湯呑を渡す。
「あれ? 私が昨日持ってきた煎餅、あれ、どうしたんだ?」
「それが、全然見当たらないのよ」
「なんだ? この神社、ネズミでもいるんじゃないか?」
「もしかしたら、紫が持ってたかも」
霊夢の言葉に、魔理沙も頷く。
「次あった時には、懲らしめてやるわ」
「ま、まぁ、私はお茶だけで十分だから。ありがとう」
リリカは、怒った霊夢の表情に、慌ててお辞儀した。それから、お茶を一杯口に含む。
「ふぅー。癒されるわぁ」
リリカはそういうと、肩の力をぬきながら、息を吐いた。体の中にたまっていた疲労感がすべて抜け出たようである。
「それで、何か用があってきたんでしょ?」
霊夢の言葉に、魔理沙も頷く。
「そうそう。神社に来るなんて珍しいよな」
「うん、もちろん用があってね」
「用? ライブ会場としての神社はご遠慮よ。結構うるさいって里から苦情来ちゃうから」
「いやいや、そういうのじゃないよ。まぁ、私たちの活動には関わることだけど」
「お、どうかしたのか?」
魔理沙の言葉に、リリカはポッケから紙を取り出す。そして、それを広げると、魔理沙と霊夢に渡した。
「貴方たちは、音楽には興味ないわよね?」
リリカの言葉に、首を傾げつつ、二人は紙に視線を落とす。そこには、幽霊楽団新メンバー募集という大きな見出しが書いてあった。下の方には詳細がいろいろと記されている。募集しているのはボーカルらしい。
「なんだ、お前ら。新しいメンバーを探してるのか」
「うん。ほら! 最近、幻想郷に、音楽関係者増えたじゃない?」
「あー。言われてみれば」
魔理沙の記憶の中に、いくつかの面々が浮かぶ。
「でも、本当に最近だろ? あいつら。お前らの方が圧倒的に知名度も高いし、歴だって長いだろ」
「それが、逆にあの子たちの人気の後押しになっちゃてね」
「ん? どういうことだ」
「ほら、今まで私たち以外にさ、音楽やってる人なんていなかったからさ。新しい子たちの登場が、余計に際立っちゃって。オマケに扱うジャンルだって違うから」
付喪神として現れた、九十九八橋と九十九弁々は、和楽器による音色を奏でるため、幽霊楽団では出せない雰囲気の音楽を提供して、人気を稼いでいる。おなじく付喪神である堀川雷鼓は、太鼓という楽器だけではなく、キャラクター性も存在感も、今までにないタイプ。その独特なオーラとカリスマ性も相まって、一部の間で熱心なファンを広げていた。
「あー、付喪神の連中は和楽器だからな」
「そうなの」
「まぁ、私も和楽器の音は好きだしね」
霊夢はそう言うなりお茶をすする。
「神社に参拝客でも来てもらえるように、演奏でもしてもらおうと思ったくらいだし」
「そう。そうなっちゃうのよ。彼女たちは、私たちには似合わない場所で演奏できるから、お客取られちゃって。まぁ、向こうに合わない場所は私たちが、演奏しに行くんだけど」
「なんだ。しっかり住み分けできるんじゃないか。気にすることはないだろ」
魔理沙の言葉に、リリカは首を振った。
「明確に需要が分かれてる所なら良いんだけどね。曖昧な場所は取り合いになっちゃうし」
「なんだ、猫の縄張り争いみたいだな」
「まぁ、間違ってはいないかな」
ははは。とリリカは苦笑いする。自分たちにとってはとても大切な問題なのだが、周りから見ればそんなものなのかもしれないのが、妙に納得いってしまったのだった。
「まぁ、でも彼女たちよりも、鳥獣伎楽の方が大いに問題なんだよね」
「鳥獣伎楽? あぁ、あのバカ騒ぎしてる」
霊夢の言葉に、リリカは苦笑いする。
「そうそう。すっごい爆音のね」
「いやー、あいつらはたまったもんじゃないぜ。私の家の近くでライブなんてやるもんだから、うるさくてうるさくて」
魔理沙は、そういって、顔をしかめた。事実、魔理沙はあまりの煩さに耐え兼ね、メンバーの一人、幽谷響子の監督責任者である聖白蓮に、苦情を述べたほどであった。
「でも、若い妖怪に人気なんだよね、あのバンド。ちゃんとボーカルがいて、歌詞も、あってさ」
私は好きじゃないんだけどね、と言いつつも、リリカの口ぶりは、どこか認めているようであった。
「まぁ、そういう訳でさ。新しい面々が、大いに活躍の場を広げていってるわけだから、私たち幽霊楽団も、何か行動を起こさなきゃなって」
「だから、新メンバー募集なのか。随分思い切ったことしたなぁ」
「うん。私たちも悩んだんだけどね。やっぱりいつも通りの音楽じゃ、この幻想郷では残っていけない。私たち自身ももちろん、幽霊楽団として成長してかなくちゃいけないと思ったの」
「ふーん」
魔理沙はそういって、チラシを目を凝らして見つめる。霊夢も魔理沙に習って、眺める。
「私は一切興味ないわね」
「私もだな。そもそも歌とか得意じゃないしな」
「まぁ、二人にはダメ元で聞いたつもりだったから」
リリカはそういうと、紙を受け取る。
「で、私がここに来たのは、勧誘じゃなくてね」
「なんだ、まだあんのか」
「まぁ、そう言わないで。この話に合う、誰か良い人知らないかなぁと思って来たの」
「私たちが?」
霊夢の言葉に、リリカは頷く。
「ほら、霊夢って結構、妖怪から好かれてるじゃない? 神社に足繁く通う妖怪がいるくらいだし。魔理沙は、いろんな妖怪たちと顔見知りでしょ。だから、二人のネットワークでさ、良い人いたら紹介してほしいなーと」
「なるほど。そういうことか」
「残念ながら私の方はいないわよ」
霊夢は考える間もなく答えると、静かにお茶をすすった。
「もう少し考えるくらいのことはしてくれても良いんじゃない?」
不満そうな顔を浮かべるリリカ。頬が少し膨らんでいる。
「まぁ、霊夢の周りの連中は、音楽を演奏するよりは、聞く側にいそうだもんな」
魔理沙の言葉に、霊夢は頷く。
「まぁ、そういうことね」
「言われてみるとそうね。天狗に鬼に吸血鬼……私たちも何度か演奏しに行ったことあるわ」
記憶の彼方、威厳とカリスマをもった面々の前で、演奏したことが思い出される。
仕方ないか。と、リリカは魔理沙の方へ視線を移す。
「どうかな?」
「うーん。居るかもしれないけど、すぐには浮かばないな。少し時間をくれ」
「あぁ、うん、そうだよね。魔理沙は顔広いもんね」
リリカの言葉に、頷く魔理沙。
「で、もし、仮にいたとしたら会いに行くのか?」
「もちろん。説明して、それから音楽テストでも受けてもらおうかなって」
「スカウトしに行くのにテストはあるのか」
「当たり前よ。上手い下手はともかく、伸びる可能性がある人じゃないと」
「ふーん。たとえば、どんなテストするのかしら?」
「うーん。まぁ、色々あるけど、音感テストとか。まぁ、折角だし、二人とも受けてみてよ」
そういうと、返事を待たずに、リリカは立ち上がった。
「いや、別に説明してくれればそれでいいんだけど」
「まぁまぁ、いいじゃねーか。面白そうだし。それに、もしかしたら、霊夢に意外な才能があったりしてな」
何か期待しているような魔理沙口ぶりに、霊夢はしぶしぶ頷く。その姿を見たリリカは、縁側から少しだけ、離れ、また指を鳴らした。神社にやってきた際に、リリカの周りを漂っていた鍵盤楽器が姿を現す。
「私が今から、ある音を鳴らすから、それが、ドレミのどこにあたるか、当ててみて」
リリカは、鍵盤を押す。神社に一つ、音が響く。
「ぜんぜんわかんないわ。ファ?」
「うーん。ミか?」
その答えに、リリカはくすくすと笑う。
「残念。正解は、シよ」
「全然違うわね」
「まったくわからん」
「まぁ、そんなものだよ。こういうのは音楽を小さいことからやってかないと、身につかないし」
リリカの言葉に、へぇー。と頷く二人。
「じゃあ、二問目ね。これは?」
リリカの指に合わせて、また一つ音が鳴る。
「今度こそファね」
「いいや、ミだろ」
「貴方たち、適当に答えてない? 正解は、ラだよ」
答えに、うーん。と腕を組んで唸る二人に、またまたリリカは笑った。弾幕勝負じゃ負けなしの二人が、真剣に悩んでるところが妙に、おかしくて、たまらなかった。
「じゃあ、三問目。ちょっと難易度あげるわ」
「まじか」
魔理沙の反応も気にせずに、リリカは音を鳴らす。
「うえ? 全然わからん」
「わからないわね」
「ソのシャープ」
「あ、正解よ」
リリカの言葉に、目を丸くする霊夢と魔理沙。
「あれ? 私たち、わかんないって答えたんだけどな」
「え? でも、さっき、ソのシャープって……」
「うん! ソのシャープだよ!」
どこからともなく声が聞こえたかと思うと、突然、霊夢の隣に、一人の少女が現れた。