□□□三日目・昼□□□
●人狼 物部布都●
村民達がわらわらと家から起き出し、神子の死体を発見し朝の挨拶を交わすより前に、我は村中に響き渡るほどの大声で叫んだ。
「我、物部布都が占い師を宣言するっ! 皆の者、聞いてくれ! 本居小鈴は人狼だ!!」
「なっ!? 占い師、生きてたのかよ!」
魔理沙が驚愕と喜びの入り混じった声を上げる。
占い師を宣言し、本居小鈴を人狼に仕立て上げる。これは一輪の指示だった。議論が始まる前に占い師宣言をしてしまい、誰を処刑するかという議論をせず即座に小鈴を処刑する流れに持っていこうと言うのだ。
皆の視線が小鈴に集まる。小鈴はいきなりの出来事に面食らっているようだったが、すぐに鋭い眼光で我を睨みつけ、そして叫ぶ。
「そっ、そいつは偽物です! 私、本居小鈴が、本当の占い師を宣言します! 物部布都こそ人狼です!」
「なっ、何ぃ!?」
思わず驚きの声を上げてしまった。いかん、そうか、我が真占い師で小鈴が人狼なら、人狼である小鈴は我の占いに対抗して占い師を騙るだろう、何も不自然なことではないのだ。
しかし、小鈴が占い師、だと……!? それでは神子は、ただの村人だったというのか?
「あいわかったお二人さん。ちょっと私の話を聞いてくれ」
場が混乱をきたす前に魔理沙が話し出す。
「もし二人のうちどっちかが村人なら、直ちに占い師宣言を撤回してくれ。村人が占い師を騙ることは村にとって何のメリットもないはずなんだ。どうだ……?」
誰も、何も喋ろうとしない。我と小鈴はにらみ合いを続け、魔理沙、聖、一輪の三人は二人の占い師を見守っている。
魔理沙は、うむ、と大きく頷いて腕を組んだ。
「つまりお前らのうち、どっちかは本当の占い師で、どっちかは人狼で占い師を騙っていると。そういうことなんだな」
「う、占い師は我だ! 我の方が先に宣言したし……」
「待て待て。とりあえず二人とも。これまでの占い先を言ってくれ。話はそれからだ」
魔理沙に言われ、我は一輪が用意した偽の占い結果を報告した。
ゲーム開始前夜。東風谷早苗を占い、結果は人狼。その後の流れで彼女が処刑されることが確定したため、宣言は先延ばしにした。
一日目夜。霧雨魔理沙を占い、結果は村人。このときも潜伏を選択。
二日目夜。本居小鈴を占い、結果は人狼。こいつが二匹目の狼、つまり村に残った最後の狼であることを把握した。よって、三日目は朝一番に宣言しようと心を決めた。
何故早苗を一匹目の狼にするのだ、今日小鈴と魔理沙を人狼に仕立て上げればよいではないか、という我の問に、昨晩の一輪はこう答えた。
『例えばあなたが小鈴と魔理沙を人狼であると指摘したとしましょう。すると、その二人は布都が偽の占い師であることを把握し、布都に投票するわ。私と布都は小鈴に投票するとして、これで二票対二票。勝負は聖の判断にゆだねられるわね。けど小鈴を最後の人狼だと言った場合、村が勝つためには聖、魔理沙が自分の意志で布都に投票しなくてはならない。言い換えれば、魔理沙を人狼であると指摘することは彼女に決定的なヒントを与えてしまうことになる。よってここでは人狼はラスト一匹であると言ったほうが人狼の勝率は高いのよ。それに小鈴を最後の人狼にするのはもう一つ理由がある。それによって村人に希望を与えることができるのよ。つまり、既に死んでいる早苗が人狼であれば、狼はあと一匹でしょう? まぁ魔理沙でも小鈴でも聖でもいいけど、適当な村人を最後の人狼だと言ってやれば、他の村人はどう思うかしら。占い師を疑うより、占い師が最後の人狼だと言ったやつを処刑したほうがいい。占い師が本物ならその時点でゲームは終了するのだから。要するにあなたが必要以上に疑われるのを防ぐために、早くゲームを終わらせて生還したいという村人の希望に突け込むのよ。早苗なんて狼におあつらえ向きじゃない。あなたは一日目、早苗に投票しているのだから辻褄も合うわ』
一輪は何もかも考え尽くしてこの作戦を提案し、我もそれに納得した。ただ一つだけ、神子が占い師のふりをしていたただの村人だったという事実だけは、二人とも見破ることが出来なかったのだ。そして本当の占い師――本居小鈴がまだ生きていたということも。
「つまり何だ、布都は小鈴を処刑したらその時点で村の勝利だ、って言いたいんだな?」
魔理沙はそう尋ね、我は頷いた。
「ちょちょちょっと! 待ってください、本当の占い師は私です! そんな奴の言う事なんか――」
小鈴が抗議の声を上げたが、魔理沙は鬱陶しそうにそれを遮る。
「まぁまぁ。いいから小鈴も誰を占ったのか言ってくれよ」
小鈴は不服そうな顔をしたが、早口にそれまでの占い結果を述べた。
ゲーム開始前夜、物部布都を占い、結果は人狼。投票で布都に投じるが、早苗の人気の前に布都票は全く足りず、狼は生き残る。しかし自分が殺されそうな気配もなかったため、潜伏を選択。
一日目夜。蘇我屠自古を占い、結果は村人。布都はいつでも処刑できると思い、二匹目を見つけるまで潜伏することに。
二日目夜。霧雨魔理沙を占い、結果は村人。占い師として名乗りを上げるかどうかは三日目の状況を見て判断しようと考える。
占い師小鈴の占い結果を聞き、我はある点に思い至った。そういうことか。神子は恐らく、最初から小鈴が占い師であると睨んでいたのだ。それがわかっていたからこそ、臆面もなく我と屠自古に早苗へ投票するよう指示したのだ。小鈴へ票が入るのを防ぐために。そして一日目に小鈴が我に票を投じたのを見て、我が人狼であることを見抜いたのだ。まぁ神子のあの様子では、我の態度からも布都が偽者であるという事実を推測することは出来たのかもしれないが。そして神子は昨日、あたかも人狼を捕捉している占い師であるかのように振舞い、我と一輪はまんまとそれに引っかかった、と……。
二人分の占い結果を聞いた魔理沙は、腕を組んで唸る。
「んーつまりあれか? どっちが本当の占い師だとしても、一発目で人狼を引き当てたってことか? ならもっと早く言って欲しかったぜ……」
魔理沙の言葉に我は反論する。
「言う必要はなかろう。人狼は既に一匹処刑されたのだから」
魔理沙は、そりゃまぁな、と曖昧な返事をして我の目をじっと覗き込んだ。何となく後ろめたい気がして我は目を逸らす。
「今日の投票だけど、布都さんは当然小鈴さんに、小鈴さんは当然布都さんに投票するわよね?」
それまで黙っていた聖が皆の前に歩み出て言った。
「つまりそれ以外の三人――私と一輪と魔理沙は、二人の占い師のうち、偽物の占い師に投票して、偽物を処刑しなければならない」
「あぁ、それなら小鈴に入れたほうがよかろう」
我は一輪の言葉を思い出しながら説明する。
「小鈴は最後の狼なのだぞ、そやつを処刑すればその時点でゲームは終わる。投票後、すぐと我の潔白が証明されるというわけだ。それに対して小鈴は狼を一匹しか把握していないではないか。仮に小鈴が占い師で我が狼だったとしたら、我を処刑した後に小鈴は喰われるであろう、そうなれば魔理沙、お主は明日、何の情報もなく聖と一輪のうちどちらが狼か当てなくてはならぬのだぞ。ならここで小鈴を処刑する方が得策ではないか?」
「しかしだな、布都さんよ」
魔理沙が前に出る。そういえば魔理沙は二人の占い師から村人と判定を受けているのだ。つまり、魔理沙は誰から見ても間違いなく村人ということになる。こやつの信頼を勝ち取れば勝てるのだが……。
魔理沙は我の方を向き、渋い顔をして言う。
「逆にこうも考えられるぜ。今日お前を処刑した場合、どういうことになる? お前が本物の占い師であれば、狼はすでに一匹死んでるって話だし、お前が偽物だとしてもお前という一匹の狼は排除できたことになる。いずれにせよ明日は訪れるんだ。私が生きてるかどうかはわからんがな。けどお前を信じて小鈴を処刑した場合、お前が本当の占い師であればその時点でゲームは終了する。それはそれでいいさ。しかしお前が人狼だったら話は別だ。お前が人狼だった場合、早苗が人狼だったと言ったお前の言葉は多分嘘だよな。となるとお前以外に人狼が生きていることになる。そうなったら明日は人狼二匹と村人一人だ。こうなりゃもう村には勝ち目はないぜ。つまり」
魔理沙はぴんと人差し指を立てる。
「布都を処刑すれば確実に明日は来るが、小鈴を処刑したらほぼ確実に今日で勝敗が決する。ここでお前を信じて小鈴を処刑するのは、考えることを諦めていちかばちかに賭けることに等しいのさ。正直言って、小鈴もお前も怪しさじゃ半々くらいだ。なら私はとりあえず明日を迎えて、もっと情報を仕入れてから判断したいね」
ぐ……。
何だこいつ、こんなに頭が回る奴だったのか? 魔理沙の言っていることは全く持ってぐうの音も出ない正論のように聞こえる。我は……我は一体、どう反論すればいいのだ?
「そ、その……我は……」
「ちょっといいでしょうか」
我の様子を見かねたのか、一輪が珍しく議論に割り込む。
「小鈴と布都の信頼度と言うことでしたら、なるほど私達はどうしようもなく情報不足だと思います。ならば、どちらを処刑するか早計に判断せず、まず色々なことを聞いて判断材料を増やすべきでは?」
「それもそうだな」
魔理沙は素直に同意した。さすが一輪だ。頼もしいことこの上ない。しかし、ここからどうやって小鈴を処刑する流れに持っていけばいいのだろう? そんなことが可能なのか?
一輪は、それでは、と小鈴の方へ向き直った。
「小鈴さん。あなたに聞きたいことがあります」
「な、何ですか……?」
「最初の布都占い、昨晩の魔理沙占いはいいでしょう。しかし一日目夜の屠自古占いは妙ですね」
「どこがですか? 聖さんも言っていたでしょう。神子に過剰に意見を合わせる態度が気になったんです」
「占った理由ではありませんよ。ともかくあなたは屠自古を占い、彼女が人間であることを知ったのですね。それならば、何故昨日姐さんが屠自古を処刑先に指名したとき、反対しなかったのですか?」
そうか、そういえば……。明らかに無駄な処刑だと知っていながら、小鈴は黙っていた。本当の占い師であれば、その行動は確かに妙だ。
「そ、それは……。言い訳がましく聞こえるかもしれませんけど、私はまだ、狼を一匹しか見つけていませんでした。私が占い師宣言をすれば、屠自古さんを救うことは出来たかもしれません。でも私は死にます。占い師を失い、村は混迷するはずです。それより……」
「つまりあなたは、なんとしても生き続けて占いを続けたかったと言うのですね? 結構なことですが、重要な視点が抜けていますよ。あなたが占い師だったとしたら、何故偶然狼に襲撃されて何も成さずに死ぬ可能性を考慮しなかったのですか? そうなったら元も子もないじゃないですか」
「う……わっ、私は、あくまでも村のためになると思って……」
「村のためになると思ったのなら、村人である屠自古を見殺しにするリスクと、自分が狼の気まぐれによって襲撃先に選ばれ、占い師であると皆に知られることもなく犬死にするリスクをせめて秤にかけてもっと考えるべきでは? そしてもし私が占い師だったのなら、危険を冒してまで無慈悲に村人を見殺しにするようなギャンブルを選びはしなかったと思うのですが、いかがですか?」
一輪の猛攻が次第に小鈴を追い詰めていく。しかし小鈴は涙目になりながらも果敢に反論を試みた。
「だって、村のためって言ったって、それこそギャンブルでしょう! 自分が確実に死ぬと分かっていながら、どうして見ず知らずの村人を、しかも上司に口裏を合わせるだけの村人をかばえるんですか! 死んだらもうゲームには参加できないんですよ!? ただ勝利を期待することしか――」
「なぁ、ちょっといいか」
小鈴と一輪のやり取りに、魔理沙が強引に割って入った。
「あんた、一輪さんって言ったっけ」
「はい?」
我でも小鈴でもなく、一輪を見据えて魔理沙は言う。
「今お前が言ったことは私も確かに気になる。昨日小鈴が屠自古を見殺しにしたってのはあんまりほめられた行動じゃないだろうな。けど命がかかってるとなりゃ話は違ってくるんじゃないか? 小鈴は要するに他人に命を預けたくなかったのさ。それは人間として自然な心理だと私は思うがね」
「無論そういう心理はとても人間的です。魔理沙さんはつまり、命がかかっているとなったら危険を承知しつつも愚かで利己的な行動を人は取りかねないと仰りたいのでしょう。その心理は妖怪である人狼もよく研究しているでしょうね。しかし私はそんな人狼たちに言ってやりたい。それを表面上真似ただけでは人間に成りすますことなど到底及ばないと。……私は姐さんといろいろなところを巡り、いろいろな人間を目にしてきました。なるほど、魔理沙さんの言うように人は時として愚かにも利己主義を貫くものです。何度そのような人間を目にしてきたことか……。しかし私はそれが決して善性の本質ではなく、複雑に絡み合った人間性というものの一部分を切り取っただけに過ぎないことを知りました。目の前に死にそうになっている人がいて、自分が犠牲になればその人を助けることが出来るとしましょう。それだけでは人はまずもって動くことはありませんが、しかしその人を助けることで結果的に自分の助かる確率が上がると分かりきっていたとしたらどうですか? 人は利益が保証されていれば思ったより簡単に利他的に行動することができるはずです。私の目にはこの状況で利己主義を貫く小鈴さんの姿勢は、不自然に映ったのです」
「ほう。じゃぁ言わせてもらうけどさ」
魔理沙は何とも皮肉めいた表情を浮かべ、不意に私の方を見た。
「さっき私は布都と小鈴の怪しさは半々だっつったけど、ありゃ方便だ。もう少し二人の反応を見てみたかったんだが、一輪がそこまで小鈴を疑ってるんなら私も正直に言うよ。私は布都が人狼であるとほぼ確信している」
「なっ……!?」
魔理沙はつかつかと我の方へ歩いてくると、威圧的な目で私を見下ろした。
「だっておかしいじゃないか。布都、あんたさっき何て言った? 早苗が一匹目の人狼だったと? ならどうして一日目に処刑者に指名されたとき、早苗は黙って死んでいったんだ。いいか、よく考えてみろ。もしも早苗が人狼だったのなら、自分が指名された瞬間に占い師を騙るべきだった。それで処刑されずに済むかもしれないし、本当の占い師が『そいつは偽物だ』っつって名乗り出たらそれはそれで儲けもんだろう。どうせ死ぬのなら占い師をあぶりだしてやると、どうして早苗は考えなかったんだ。仮にもこのゲームを過去に生き延びた経験のある早苗が。なぁ、布都。あんたどう思う?」
「ぐっ……そ、そんなこと言われても……実際に人狼だったんだから仕方なかろう」
「ふん。あんたが本当の占い師だって言うなら、この矛盾に納得のいく説明をしてもらわなきゃな。それとも私が説明してやろうか。いいか、布都。あんたは、もしくはあんたの仲間は、恐らくこのゲームをやったことがなかったから、あの場面で経験者である早苗が占い師を騙らなかったことの不自然さに気付けなかったんだ。気付いていたら早苗を人狼役にするわけがないからな。例え人狼に食われたとしても記憶はその人狼のものになるんだから、人狼早苗は占い師を騙ってしかるべきなんだ。喰ったらすぐに記憶も人格もそいつに成り代わっちまうんだろう? 人狼ってのは」
「そ、そんなことはない、成り代わるのには時間がかかるから……」
「へぇ、そうなのか。あんた詳しいな」
魔理沙にずいと顔を近づけられ、背筋が凍りつく。今の我の一言は、もしや致命的なのでは……。
「……確かに」
一輪が魔理沙の背後から口を挟む。なんと冷静な声だろう。頼む、一輪。この窮地を救ってくれ……!
「確かに、あなたの言うことは筋が通っているわ」
「まだ何か文句があるのか?」
魔理沙はやれやれと振り返り、一輪の顔を見た。だが、一輪は
「いいえ」
と力の抜けた声で言う。
「私も納得したのよ。確かにその通りだってね」
えっ?
「ん?」
「確かに、早苗が人狼である可能性は低い気がする。それならここで決め打つことなく、布都を処刑して判断を明日に伸ばした方がいいかもしれないわね」
なっ……何を言っているんだ、一輪は……。慌てて一輪の手を確認するが、彼女は手を背後で組んでいる。本心であるとも嘘であるとも合図を送る気配はない。
「急に素直になったな」
「素直というか、最初は小鈴が怪しいと思っていたけど、今は布都も同じくらい怪しく思えてきたというだけよ。いえ、それ以上ね。布都を疑う根拠の方が強い気がする。だから」
一輪は投票用の札を取り出した。
「とりあえず、今日は布都を処刑しましょうか」
「えっ、ええっ!?」
何を考えているんだ、と我は必死に一輪に視線を送る。だが一輪はこちらを見ようとしない。本心で言っているわけではないはずだ、と自分に言い聞かせるも、一輪のあまりに淡白な態度は、まるで我の処刑を避けられないものとして諦めきってしまっているように見えてならない。いや、おかしいだろう、さっきまであんなに小鈴の信頼を落としにかかっていたのに、一体なぜ……!
「ま、わかってくれたんならそれでいいけど」
と魔理沙も札を取り出す。ま、まずい! このままでは処刑されてしまう、何か反論を……!
と、我が慌てふためいていたその時。
「待って」
聖が突然口を開いた。
気がつけばもう陽は大分傾いており、投票時間が近づいていた。見ると小鈴は既に我の名前を札に書いて皆に提示していた。我も急いで札に小鈴の名前を書き込み、皆に見せる。
聖はそんな我と小鈴の顔を交互に見、そして魔理沙に歩み寄った。
「あなたは……一輪のことをどう思っているの?」
聖は小声で囁くようにそう言った。魔理沙は、は? と虚を突かれたような顔になる。
「魔理沙さん、あなたが先ほど仰った、今日布都さんを処刑した場合、村の負けが確定する危険性があるという主張はもっともだと思うわ。でも私は先ほどからずっと思っていたのだけど、あなたがそう言える最大の根拠はあなたが選ぶ立場にいることにあると思うのよ。あなたは二人の占い師に人間と判定されている。あなたが明日生き残れば、あなたは自分以外の生存者のうちどちらが人狼か判定する役に回るわ。つまり最後まであなたは自分で運命を選択することが出来る。でも、私は違うのよ。あなたに選ばれる側なの。ここで小鈴さんを処刑しなければ、私はあなたに運命を託すことになる。そう考えたとき」
聖は一輪の方をちらりと一瞥した。
「私は、さっきの一輪の話が、人狼による物まねだとはどうしても思えない。人と妖怪が歩み寄るという理念を、たとえ人狼が一輪の記憶を盗んだとしても、ああも堂々と話すことができるとは。だから、一輪は人間であると私は思っている」
「ふむ。それで?」
「でもそれは、さっきあなたが組み立てた論理とは矛盾するのよ。あなたは布都さんが偽物だと結論した。ということは小鈴さんが占い師でしょう、でもそうなると、自動的に一輪が人狼であるということになってしまうのよ。私から見て布都さん以外の人狼候補は早苗さん、屠自古さん、そして一輪の三人しかいない、でも早苗さんはあなたの論理の中では村人だし、屠自古さんは小鈴さんが占った結果村人だったのだから、自動的に一輪が人狼であるということになる」
「そりゃ、あんたから見たらそうかもな。だが私から見たら――」
「待って。つまり私が言いたいのは、一輪が人間であるという私の直感と、あなたの論理は相反するということなの。大体、あなたの論理が正しければ、人狼である一輪が仲間である布都をさっきみたいに簡単に見捨てるはずがない。私から見て、私とあなたのどちらかが間違っているのよ。もしも……」
聖は札を取り出し、ペンで名前を書き込み始める。
「もしもあなたが正しかった場合、つまり一輪が人狼だった場合、布都さんを処刑しても小鈴さんが殺されて、明日は私と一輪の一騎打ちになるでしょう。そのとき、私の信頼が一輪を上回るとは思えない。だから私は」
聖はペンを札から離し、それを魔理沙に見せた。
「私を信じさせてもらうわ」
その札には、小鈴の名前が書いてあった。
何故聖が小鈴の名前を書いたのか、この時点の我には理解できていなかった。ただ一輪が言っていたとおり、ここでゲームを終わらせることが出来る希望に縋ったのだと、我は暢気にそう考え納得していた。
魔理沙 → 布都
布都 → 小鈴
聖 → 小鈴
一輪 → 小鈴
小鈴 → 布都
布都 二票
小鈴 三票
投票時間になり、お互いの声が聞こえなくなっても、小鈴は何か必死に叫んでいた。投票が終わり、絶望の表情を浮かべた彼女の命が消える瞬間からは、我は目を背けずにはいられなかった。
■■■三日目・夜■■■
●人狼 物部布都●
家に戻り、畳の上に寝転がる。
既に勝負はついた。今夜、聖でも魔理沙でもどちらでもいいが村人を襲撃し、明日一輪と残った村人に投票する。それで村人は全滅し、人狼は生き残るのだ。
この結末は喜んでいいはずだった。我は人間達の迫害を逃れ生き残ったのだから。
……それはそうなのだが……。処刑されたときの早苗の顔が、神子の顔が、小鈴の顔が脳裏にこびりついてはなれない。
もやもやした気持ちを抱いたまま寝返りを打ったとき、テレビの電源が入って一輪が画面に姿を表した。
『終わったわね』
「あぁ」
我は寝転がったまま返事をした。
『……どうしたの? 元気がないみたいだけど』
「いや、別に……。ただ、我が……自分自身がこの村を滅ぼしたんだと思うと、空恐ろしくなってな」
『布都は……あなたは人狼でしょう? それなのにあなたは今、後ろめたさを感じているというの?』
一輪は我を咎めるような声色でそう言った。
「だって、我らがこの村に来なければ、何事も起こらなかったろう?」
『それはそうだけど、でも人間はそもそも妖怪の敵じゃないの。これまでだってあなたは人間を喰って生きてきたはずよ。違う?』
「我は……覚えておらぬのだ」
『は?』
「一輪は、昔人間にこっぴどくやられたと言っておったな。だが我は昔のことをよく覚えておらぬのだ。人間と共に過ごした時間が長すぎて、いつから人狼をやっているのかももう定かではないのだ。二つ前の村くらいまでは何とか思い出すことが出来るのだが……」
『なら何かしら。あなたは……』
一輪は目を細め、いくらか表情を硬くする。
『人間を襲った記憶が少ないから、この村で人間を大勢殺したことに罪悪感を覚えているとでも言いたいの? あなたはどうあれ人喰いの妖怪でしょう。人があなたを恐れるのは自らの生存を脅かされているからに他ならないわ。それなのに、あなたはまるで自分は悪くないとでも言いたげね』
「悪くないとは言っておらんぞ、我は」
我の態度が一輪の機嫌を損ねてしまったらしいと知り、我は起き上がって画面の中の一輪に向き合った。
「ただ我はこんな戦いは望んでおらんと言いたかったのだ。だって、前の村でも、その前の村でも、我は人間達とうまくやって……」
『それはあなたがそう思っているだけじゃない。あなたは人を食って人間に成りすましていたのよ。あなたは人間達を騙していたの。人間達はそれに気づいたからあなたを攻撃した。それなのにあなたは、悪気はなかった、人間とはもっとうまくやっていけるはずなのに、と言っている。人間と妖怪が一緒に暮らせる未来を作ろうとしている人間がいる一方で、そういう悪気のない妖怪が一番人間にとっては厄介なのよ』
「な……何かすまん」
ここまで一輪が怒るとは思わなかった。……というか一輪は何故怒ったのだろう? 我が人狼として、同族として頼りないと思ったのか?
「……でも、確かにそうなのであろうな。我は、我が人狼であることを忘れておったのだ。……この村を出たら、我はもう人里に降りることをやめよう」
『え?』
「……そうだ。それがいい。あぁ……どうしてもっと早くそうしなかったのだ、我は。我は結局人間が好きだったのだ。好きだから、人と共に暮らしたいと願っていたのだ。ずっと。であるなら我は……山に入ってじっとしているべきだったのだ。もう、人里にいてはならぬ。……我のような貧弱な妖怪が山の中で生き抜くことが出来るかはわからぬが……そうだな。うん。我はそうしようと思う」
『……それがあなたの決断なら、私は何も言うことはないわ』
一輪は残念そうに言った。我に失望しているのだろう。
「最後の襲撃だ。今夜は魔理沙を襲おうと思う。いいか?」
『えぇ。どっちにしろ、同じことなのだから』
一輪はそう言い、険しい表情を崩して微笑んだ。
『今夜はごめんなさい、厳しいことを言って。でも私、この村であなたと会えてよかったわ。この通信システムには感謝しないといけないわね。あなたと話が出来て、私もいろいろなことが分かったし、この村での経験は決して無駄にはしないわ』
「あぁ。一輪、今までありがとうな」
『まだ終わってないけど、こちらこそ』
我と一輪は互いにそう言葉を交わし、その夜の通信を終えた。
我は気持ちが沈みこんではいたが、しかし不安はなかった。
我は既に勝負はついたと思っていたのだ。それは我だけでなく、他の生存者全員がそう思っていたはずだ。これは消化試合であり、明日は何の議論も起こらないと。
そして全ての予測は、最終日である四日目にその根底から覆されることとなる。
□□□四日目・昼□□□
●人狼 物部布都●
魔理沙の家の戸口に、金髪の少女の死体が横たわっていた。
どうやらその村の全員が、この日は何の議論も必要ないと考えている様子だった。誰も取り乱した様子もなく、三人は広場に集まった。
最初に口を開いたのは我だった。
「聖、騙していてすまなかった。人狼は、我と一輪なのだ」
聖は驚く様子も見せず、
「そう、でしょうね」
とだけ言って項垂れた。
「さぁ一輪、投票を行ってしまおう」
我はそう言って投票の札を取り出したが、一輪は首を横に振った。
「一輪……?」
「布都、謝るのは私のほうよ」
我を見る一輪の目が、冷たく――
「私、雲居一輪が村人を宣言する。布都。残念ながらこの村には、もう人狼はあなた一人だけなのよ」
■■■事件前夜■■■
○村人 雲居一輪○
テレビ以外に何もない質素な部屋で、私は一人静かに物思いに耽っていた。
聖姐さんの旅のお供で訪れたこの村は実に奇妙な村だった。住民は数人しかおらず、十数軒ある家はその半分ほどが空き家だった。姐さんが霊夢という巫女を捕まえてこの村のことを尋ねたところ、今は村としての機能はほとんど果たしておらず、空き家は好きに使っていいとのことだった。
一軒一軒が非常に狭いため、私は姐さんとは別々の家を借り受けることになり、そして現在に至る、と。
それにしても、姐さんはどこまで旅を続ける気なのだろう。あの人は人と妖怪の共存を説いて各地を回っているが、しかしそれが人々に聞き入れられる気配はない。時折傷ついた妖怪をこっそり匿っては人里から遠ざけてやったりもするが、しかしそれで妖怪に感謝されることはほとんどない。それなのにあの人は行脚を続ける。何の力もない、確固たる信条も持たない私を弟子として引き連れて。
私の生まれた村は妖怪に襲われた。家族の中では私だけが生き残った。何をあてにすればいいのかも分からず、希望を失っていた私を拾い上げたのが姐さんだった。妖怪を憎む私に、彼女は人と妖怪の共存を説いた。
共存と一言で言っても、それは人と妖怪が手と手を取り合うという意味ではない。姐さんの究極的な目標がそこにあるのかどうかは知らないが、彼女は主として人と妖怪の相互理解を説いた。人は妖怪を知らず、故に妖怪を恐れ無闇に排除しようとするというのだ。
説法をする彼女の後姿を見ながら、私は未だに彼女の言葉を受け入れることが出来ずにいた。姐さんが心から共存を望んでいることは十分伝わっていたし、彼女の言葉はすさんだ私の心を慰めこそしただろうが、その教えを鵜呑みにするほど私は素直な弟子ではなかったのだ。
――不意に家の戸を叩く音がした。
私は我に帰って立ち上がり、戸口へ近づく。
「姐さんですか?」
戸口の外に何者かの気配はあったが、返事はない。私は懐の中に手を入れ、妖怪退治用の札を確認した。もし妖怪の襲撃であれば、聖白蓮特製のこの札で私でも撃退できるはずだ。
私はそっと戸を押し開け、そこにいた者を見て凍りついた。
戸の外に立っていたのは、全身に大怪我を負い、立っているのがやっとといった様子の、一人の女だった。いや――こいつは妖怪だ。頭に獣のような耳が生えている。犬のような、狼のような耳だ。
私と妖怪の目が合うが、妖怪は動く気配を見せない。……いや、動けないのだろうか。見たところ大変に衰弱しているようだし、……。
と、妖怪は低くうめいたかと思うとふらつき、その場に膝をついた。
「あぁ……全く……」
妖怪が掠れた声で何かを話そうとする。
「……ようやく、ここまで来たのに……」
私はそのとき、姐さんがいつも言っていたことを思い出した。
――一輪、あなたがもし妖怪を見つけても、無闇に退治しようとしては駄目よ。彼らはあなたに害意を持っているとは限らないし、持っていたとしても話が通じる妖怪もいるの。決して、妖怪は悪だと決めつけてはいけない……。
私は意を決し、この妖怪を介抱することにした。弱りきった妖怪なら、気をつけていれば襲われることもないだろう。となれば、これは妖怪を知るまたとない好機に違いない。姐さんなら、私にそうすることを望むはずだ。
妖怪に触れる嫌悪感を堪えつつ私は彼女を部屋に引き込もうとするが、彼女の体は重く、土間から畳の上へ引き上げることは出来なかった。
妖怪は怪訝な目で私を見上げる。
「あなた……私を助けようと……? 私は、妖怪なのに……」
「あら、あなた妖怪だったの? まぁ何にせよ誰かに襲われて逃げてきたんでしょう、それなら助けないと。妖怪であるかどうかは今は関係ないわ」
まるで姐さんの台詞だな。これは姐さんが妖怪を助けるときの常套句であり、私が常に疑問を抱いていた理屈だ。
「……そう」
面白いことに、妖怪はどこかしゅんとして俯いた。……ひょっとして今の言葉に感銘を受けているのだろうか。単純なものだ。
「この傷……あなた、人間に襲われたの?」
「えぇ。ご覧の通り……。大したことは、ないと思っていたのだけど……刃に毒が塗ってあったのね……もう長くは、ない……」
「酷いことをするわ! ごめんなさい、私の同胞がとんだことをしてしまって。彼らは、妖怪と対話するという姿勢を学んでいないだけなの。許してとは言えないけど……」
試しに姐さんの真似をして憤慨してみたところ、妖怪はふっと笑って
「あぁ、……あなたのような人間に、もっと早く……会えたらよかった……」
と私の言葉を真に受けて一筋の涙を流した。
予想以上に予想通りの反応を示されて私は困惑した。しかし彼女の言に嘘はないらしい。彼女は私の腕に身を預け、幸せそうに微笑を浮かべている。
私が支える彼女の体が徐々に重くなっていくのが感じられる。
「……あなた、名前は?」
私がそう尋ねると、彼女はゆっくりと目を閉じ、
「十六夜、咲夜……」
と答え、それがこの妖怪の最後の言葉となった。
その後、私は突然電源が入ったテレビから、この村の状況を知った。
今しがた戸口で息を引き取った、メイド服姿に犬耳を生やした咲夜という妖怪は人狼という種族で、その人狼が村へやってきたことによって村に仕組まれたあるトラップが発動したらしい。村人達は一定のルールに則ってこの人狼を見つけ出し、うまく撃退することが出来ればその過程で死んだ村人は全員生き返る。
人狼は咲夜以外にももう一匹いるらしい。私がテレビのボタンをいじくっていると、突然画面が切り替わり、銀髪の少女が映し出された。
「……あら? 何かしら、これ」
少女がいるのは私の部屋と同じような狭い部屋であり、彼女は私の声に反応してこちらを見た。もしかしてこれは、先ほどのルール説明の中にあった、狼同士は夜の間通信することが出来るというあれだろうか? もしそうなら、何故人狼でない私と通信が繋がっているのだろうか。もしかしてこのシステムは人狼が訪れた家と家を繋いでいるだけで、テレビを操作している者が人狼かどうかは関係ないのだろうか。
とすると……。
「ねぇそこの人。もしかして、私の声が聞こえてる? ねぇ、人狼さん?」
『……ん? もしかして我に話しかけているのか?』
少女は人狼と言う言葉に反応した。やはり、彼女がもう一匹の人狼なのだ。
「あぁよかった、ちゃんと繋がっているのね」
私はそう言い、背後を振り返った。家の戸口は開かれたままであり、咲夜の死体はまだ戸の敷居をまたいで転がっている。あの死体が人狼に見られなければいいのだが。テレビに向き直って人狼の背後に目をやると、どうやらテレビは戸口までは映していないらしい。なら私の後ろに人狼の死体があることを気づかれずに済むだろうか。
その後の通信によって、私はテレビ画面の向こうにいる人狼の名、つまり彼女が食った村人の名が物部布都であることを知った。布都は私が人狼であると完全に思い込んでいるようだった。私は人狼のふりをして、とりあえずルールに則りゲームを進めるにはどう行動すべきかを布都に説明しながら、頭の中ではこの人狼の処遇について考えていた。布都はこの村に人狼が二匹いると思い込んでいるが、咲夜は先ほど死んだのだから実際は布都しかいない。明日になったら、すぐに村人の前で布都を人狼であると告発することも出来るだろう。しかし村人にこの状況を信じてもらえるだけの証拠はあるだろうか……?
それに今、私は妖怪と一対一で話し合っている。私を妖怪だと思い込んでいる妖怪と話が出来るのだ。咲夜はあっさり死んでしまったが、これは再び舞い降りた好機なのではないだろうか。私はそんなことを考えながら、布都に一つ質問をした。
「布都。あなたは人間が憎くはないの?」
『……あぁ、そうであった、お主は人間にこっぴどくやられたのだったな。ならば恨みもあろう。我も、まぁ……前の村で正体が露見したとき、ありったけの敵意、殺意を向けられた。あのときは人間という種族全体を呪ってやりたくもなった。でもその……今はよくわからぬのだ』
布都はどうにも煮え切らない様子でそう答えた。
「分からない?」
『ん、うん……。だって、我が人間として振舞っていたときは、あの村の人たちはとてもよくしてくれたし、我も彼らを……多分、信頼していたのだ。その後殺されかけはしたが、……それはただ、我が人狼だったという事実だけが彼らをそうさせたのであって、それは他種族に向ける殺意ではあっても、悪意ではなかったのではないか、と……』
布都の言葉は私がそれまで知ったどの妖怪の言葉とも違っていた。彼女は人間を敵視すべきかどうか迷っているのだろうか。
彼女に興味を引かれた私は、ある決断を下した。
しばらく布都と共に人狼としてゲームを進めていこう。布都は私のことを人狼だと思っているのだ。なら私は夜に襲撃される心配はない。布都を告発するのは、村人の人数が多いときは難しいだろう。何故なら、ゲームシステムの不具合をまず皆に信じてもらう必要があるからだ。そんな話を始めれば、私は人狼であると疑われて処刑されてしまうかもしれない。勿論、私が占い師を騙って布都を人狼であると指摘することも出来なくはないが……。しかしゲームを進めていって生存者が三人まで減り、そのとき私が生きていれば布都を告発するのは簡単だ。私はまず人狼であると暴露する。三人のうち二人が人狼であれば、残り一人の村人は投票で勝つことは絶対に出来ないため、人狼側の勝利は確定している。となれば布都も私と共に人狼宣言をしてくれるだろう。その後、私は布都に向かって、実は村人であったことを告白し、咲夜の自死について説明する。私が人狼であれば最終日にそのような嘘をつく理由がないため、もう一人の村人は私の話を容易に信じるだろう。そう、私の話は最終日に切り出すことで信憑性を増すのだ。
それに、布都という人狼の話をもっと聞きたい。人を食う妖怪である人狼。その人狼が、捕食対象である人間の事をどう考えているのか。それは私が想像していた、血も涙もない妖怪像とは随分違っているらしい。一時的には村人たちを騙すことになるが、私がこのような行動を取った理由は、姐さんなら理解してくれるはずだ。
私は布都に、今夜の襲撃は自分が行うと言って通信を切った。開けっ放しになっていた戸から咲夜の死体を引きずり、村の隅に転がしておく。彼女の頭に生えた犬耳はナイフで切り取って草むらに捨てておいた。勘の鋭い村人に、この死体が人狼のものであると悟られるわけには行かない。咲夜の頭が血まみれになったが、元々大怪我を負っていたため特に目立ちはしないはずだ。
家へ戻り、血まみれの手をぬぐって朝を待つ。
明日からはゲームが始まる。しかし、ゲームに参加するのは布都と村人たちだけだ。私が投票対象に選ばれたとしても、いくらでも対処のしようはある。実際はこのゲームが既に狼の負けで決着していることを、私だけは知っているのだ……。
■■■一日目・夜■■■
○村人 雲居一輪○
一日目の議論はおおよそ私の思い通りに推移した。誰もが咲夜が村人であると信じ込んでいたようだ。当然だ。狼が狼を殺す理由などないのだから。
早苗が事前投票を提案してくれたのは助かった。布都から票が入らないことは分かっていたが、完全にランダムに投票されれば私が処刑される可能性もあったからだ。結局提案した早苗は死んでしまったがどうせ村が勝つのだから問題ない。数日後に私が生き返らせるまで、彼女にはゆっくり休んでもらおう。
それよりも興味深かったのは、霊夢が放った暴言に対する布都の反応だ。
『我は……怒ってもいたかもしれんが、……それ以上に悲しかったのだ』
夜になり、人狼会議で色々打ち合わせているときに布都は霊夢の発言に対してこう述べた。
『人間にとって、妖怪ってやっぱり、そういうものなのだろうか、って……。妖怪であるというだけで、それ以外の何の理由もなく排除されるのだとしたら、我は、人間に紛れ込んで生きていく人狼という種族には、腰を落ち着ける場所なんてどこにもないんじゃないか』
このようなことを言う妖怪は稀なのだろうか? もしこのようなことを考える妖怪が少なくないのなら、姐さんの活動は無駄ではない。そうか、姐さんはこのような妖怪を救うために活動を続けているのだ。
私達は昼の議論の時のために合図などを決め、その夜の会議を終えた。
■■■二日目・夜■■■
○村人 雲居一輪○
昼の議論と処刑――姐さんの指名による屠自古の処刑が終わった後、私は急いで家に帰って通信を繋ぎ、布都に神子が占い師であると話して聞かせた。布都はまるで気づいていなかったようだが、神子が引き分けを拒んだ理由を考えれば彼女の正体は明白だ。とはいえ、このゲームが勝利で終わると既に知っている私だからこそ、神子の正体を冷静に分析できたのかもしれない。神子は姐さんに向けて自らが占い師であることを伝えようとしていたのだが、戦いの渦中にいる姐さんにこれを悟らせるのは難しかっただろう。
今夜は神子を襲撃することで私も布都も合意した。ところが布都は、神子を襲うことに躊躇いを覚えるのだという。やはりこの妖怪は奇妙だ。私は私自身の昔話、家族を妖怪に襲われ一人だけ生き残ったという話を、妖怪と人間を入れ替えて語って聞かせた。語りながら私は、この話が妖怪と人間を入れ替えても物語として全く違和感なく聞こえることに気づいた。
「布都、あなたはどう? 人間のことをどう思ってるの?」
私がそう尋ねると、布都は困ったように眉を寄せて下を向いた。
『やっぱりよくわからなくて……。でも我ら人狼は、人間になりすまして生きていく種族であろう? だから、我はどうしても人間を敵視できぬのだ。でもそれは、妖怪としては特殊なのか……』
私はふと、もし神子がいなければ引き分けでこのゲームが終わっていただろうかと考えた。布都は引き分けには賛成だった。邪魔がなければ、布都は姐さんが差し伸べた手をとっていたことだろう。
では、私は……?
昼の議論では姐さんの引き分け案に賛同していたが、実際は躊躇いの気持ちを抱いていた。というのも、姐さんの引き分け案に村人たちが賛同した第一の理由は、引き分ければ自らの身の安全が保障されるからだ。そこに妖怪との和解などというような意識は(姐さんは別にしても)欠片もなく、ゲームを続行し自らの身を危険に晒してまで、死者を助け妖怪を討ちたいと願う者が少なかった、ただそれだけなのだ。しかし私は違う。私はいつでも布都を殺してゲームを終わらせることが出来るのだから、引き分け案など無視していい。
私はあのとき、自分の気持ちが揺らいでいることに気づいていた。妖怪を何の考えもなく排除すると言った霊夢やこのゲームで目立つことばかり考えていた早苗を生き返らせるためだけに、この目の前のか弱い妖怪を見殺しにできたのだろうか、と。
私は、……布都を助けたいと思っているのだろうか。この人食いの妖怪を……。
■■■三日目・夜■■■
○村人 雲居一輪○
この日の議論は非常に危なかった。
神子に一杯食わされたことに気づいたときには既に布都と小鈴の対立構造が出来上がっていた。そしてこの構造は、布都にとって明らかに不利だった。布都を処刑したほうが村にとっては勝率が高いはずなのだから。
今になってみれば神子の狙いは明らかだ。神子は小鈴を守るために、敢えて占い師であるかのように振舞ったのだ。神子にとって不運だったのはその意図が姐さんに通じなかったことであり、幸運だったのはそれが戦況を俯瞰的に分析していた私には通じたことだった。
それにしても、魔理沙が思った以上に粘り強かった。彼女はこちらの説得に応じようとせず、布都を処刑するという正着手を取ろうとしていた。本来なら魔理沙が布都に投票することはさして問題ではないのだ。それは村を勝利に導く手なのだから。しかし私は可能な限り抗った。まだ布都に聞きたいことは残っている。姐さんが布都に入れてしまうのならそれはもう仕方がない。布都は処刑され、村に平和が訪れるだろう。しかし、せめてもう一日、もう一晩だけ話し合う猶予がほしい。できることなら魔理沙や姐さんに、どうせ明日になったら彼女を処刑できるのですから、もう少しだけ待ってくださいと伝えたい。私はそんなじりじりした気持ちを抱きながら、思いつく限りの理屈をあげつらって布都をかばった。
結局は姐さんの一票によって小鈴が処刑されることとなった。当然、ゲームは終わらない。私は胸を撫で下ろし、家に帰って通信を繋いだ。
布都は畳の上に寝転がって悄然としていた。彼女は、自分がこの村へ来たことでこんなゲームが始まってしまったことに罪悪感を覚えている様子だった。
「これまでだってあなたは人間を喰って生きてきたはずよ。違う?」
私がそう尋ねると、布都は人間を喰ったことはあまり覚えていないと答えた。彼女は自分が人里へ紛れ込む際に人を一人食っているという事実を脇へ置いて、人間たちと共に平和に暮らしていた記憶だけを大事にしているというのだ。
そのあまりに身勝手な理屈に私は憤りを覚えた。そうか、これが妖怪のものの考え方なのだ。確かに彼女は人間との共存を望んでいただろう。しかし、彼女は何故人間が妖怪を憎むのか、全く分かっていなかったのだ。ただ自分が一方的に人間から迫害されていると思い込み、それでいて人間は悪くないとかばいもする。
『ただ我はこんな戦いは望んでおらんと言いたかったのだ。だって、前の村でも、その前の村でも、我は人間達とうまくやって……』
布都は言い訳を始める。いや、彼女にとっては言い訳でもなんでもなく、本心からそう思っているのだ。彼女には最初から想像できないのだ。妖怪に家族を殺された人間の気持ちなど。
私は布都に対して思わずきつい言葉を浴びせてしまった。無自覚に人を傷つける、彼女の行為が許せなかったのだ。しかし、ここで彼女一匹だけにこんなことを言っても仕方がない。どうせ彼女は明日には処刑されるのだから。
私に出来ることは、この村で学んだことを胸に刻み、姐さんと共に旅を続けることだけなのだ。
「今夜はごめんなさい、厳しいことを言って。でも私、この村であなたと会えてよかったわ。この通信システムには感謝しないといけないわね。あなたと話が出来て、私もいろいろなことが分かったし、この村での経験は決して無駄にはしないわ」
私は布都に、本心から思ったことを述べた。
『あぁ。一輪、今までありがとうな』
「まだ終わってないけど、こちらこそ」
私達はそう言って通信を終わらせた。
○村人 聖白蓮○
今となっては、後悔のしようもない……。
このゲームの最後の夜。私は一人、家の中で膝を抱えて小さくなっていた。
一輪が人狼であることは確定していた。そんなはずはないと、私は何度も自分に言い聞かせた。しかしこれまでの論理は指し示している。私の弟子が人狼である、と。何度考え直しても穴はなかった。
私は、深く息を吐き出して目を閉じる。
昨日の指名投票で布都を指名できず、今日の投票で一輪の言葉を信じたがために占い師を処刑してしまった……。
全ては私の責任だ。
私のせいで、私のみならず多くの人間が死ぬ。この責任から、逃れる術はない。
私は覚悟を決め、朝が来るのをじっと待った。