※東方成分少な目です。というかSS成分少な目です
巫女服の替えが揃いも揃ってダメになってしまった。
というのも妖精のせいなのね、そうなのよ。
主犯チルノ、共犯バカ三妖精。博麗巫女としては余罪を追及する方針である。
ただし後に謝罪し片付けを手伝ったということで、幇助犯の大妖精については猶予を与えよう。
と、そんなこんなで私は見慣れたガラクタ屋―――もとい香霖堂の前にいる。
「霖之助さーん、ちょっと頼みたいことあるんだけど……」
ツケに対する請求をどうかわそうか考えながら店の戸を開けた。
「!?」
自他共に認めるポーカーフェイスな私であったが、店の中で広がっていた光景には驚きを隠せなかった。
「や、やぁ霊夢」
「……お邪魔だったみたいね」
「待ってくれ!頼むから!」
当然ながら、店には店主がいる。
普段は大抵無口に本を読んでいるが、一度話をすれば余計な薀蓄を垂れ流す語り屋でもある。
体格からするとあまり強そうには見えないが、これでも半人半妖、それも男らしく力はそこそこあるようだ。
だがどうだろう。その彼の体に二人の見知った女子が抱き……いや、雁字搦めにしがみ付いているその様は。
「わ、ほんとに驚いてくれた!」
「そりゃ誰でも…驚くよ!」
右コーナー、自称唐傘お化けの多々良小傘。
傘を器用に持ちつつもがっしりしがみ付いているせいで、発育のいい胸が押し付けられている。
ただし、当てる側も当てられている側もともに自覚はないようだ。
「だってお楽しみのようじゃない」
「違う、誤か…いだだだだだ!!」
左コーナー、自称普通の魔法使いの魔理沙。
顔をうつむけて、無言で人妖を相手に「これでもか」というくらいにしがみ付いている。
そして何か言おうならさらに締める。不器用ちゃんめ。
そしてセンター、森近霖之助。
流石に少女と言えど二人がかりはきついのか、少しばかり体が前屈気味で汗が出ている。
まぁいいや、とにかく用件を済ませよう。
「そういうわけで霖之助さん、また服の追加をお願いしたいんだけど」
「待て待て、君はこの状況を見ても助けてくれないどころか話を進める気なのか」
「だって、邪魔して馬に蹴られたくはないもの」
「だからそういうわけじゃないと…痛い!魔理沙やめてくれ!」
一体どうしたんだとため息をつく霖之助さん。
珍しくおとなしい魔理沙を見るまでもなく、なんとなくその行動の意味がわかった。
さてそんなことはどうでもいいとして、話が進まないのも何なので、原因の一部である小傘の頭を叩いてやった。
「あいてっ!」
軽く叩いただけのつもりだったのだが、いとも簡単に落ちた。
魔理沙の方は依然として離れないが、まぁあの子だけなら霖之助さんも抱えきるだろう。
「で、どういうわけなのよ。これは」
霖之助さん曰く、至極単純な話だそうだ。
誰も驚いてくれずに困った小傘が、ふと立ち寄った香霖堂に魔理沙がいたので脅かしに行くも失敗。
さてどうしようかいい手はないかと相談したところ、魔理沙からこういわれたそうだ。
『"つくもがみ"ってのは、古くは物が化けたヤツが藻の様に纏わりついてくることから"藻"が"付く"と書いたらしい。だからお前も初心に帰って、藻の様に抱き着いて驚かせばどうだ?』
もちろん彼女が面白半分についた嘘だが、小傘はそれを本当に信じたらしい。
魔理沙の妄言を鵜呑みにするとは、というか自分の云われさえ知らないのか。
まぁいずれにせよ―――
「魔理沙の自業自得ってわけじゃないの」
「うるせぇ……」
大方霖之助さんにあやかるついでにからかったのだろう。
しっぺ返しが返ってきたに過ぎない。
それぞれ離れた後、それぞれが自ずと自分の指定席へと行く。
落ち着いた頃、霖之助さんが話を続けた。
「けど、魔理沙の言う『初心に帰る』……というより昔を顧みてみるというのはいいのかもしれないね」
「やっぱり抱き付くのは効果的なのかな?」
「いや、だからそれは魔理沙のついた嘘なんだよ」
いまだに信じているあたり、こいつは妖怪には向いていないと思う。
「でも昔を顧みるって?また『うらめしや~』とか典型的なことをさせる気?」
「いや、そういう意味じゃない。魔理沙の言っていたような『種族としての初心』だよ」
種族としての?
また面倒な話が始まりそうだ。
「さて、君たちは『百鬼夜行』って聞いて何を思い浮かべるかな?」
話が前触れもなく明後日に飛んでいくのも、この人の特徴。
「ああ、小傘みたいな付喪神が夜道をチンドン騒ぎしながら歩いて、見た者に死をもたらすってやつだな」
「私としては萃香を思い出すわね」
私も魔理沙の方を思い浮かぶことがあるが、最近ではよく一緒にいる居候の萃香の方が強い。
一人百鬼夜行。小さな萃香が波のように押し寄せてくる。
「うん、二人のイメージはどちらも正しいと言えるだろう。だが時系列的に言うならば、先のイメージは霊夢の方が正しいと言えるね」
「そうなのか?」
少しばかり意外だった。伊達に鬼は嘘をつかないということか。
「『百』の『鬼』が『行』く『夜』―――昔の人は妖怪というよりも鬼……『物怪』の存在を意識していたんだ。まだその当時に『妖怪』というイメージが固まっていなかったんだね」
「物怪と妖怪って同じに見えるわ」
「巫女であるなら、そのあたりの区別くらいはつけておいてほしいものだな……」
やれやれとため息をつかれる。
うるさいわね。どっちも異変の原因になるし、やっつけてしまえば同じものよ。
「まぁ今の時代は分ける必要もないかもしれないけれどもだよ……」
じゃあいいじゃない。
「まぁいい……。そもそも『妖怪』という語は大陸の言葉である『妖怪(ヤオ・グアイ)』が語源といわれている。恐ろしい、人を襲う『化物』という意味だったそうだ。対して『物怪』は実体を持たない、いわゆる霊的でかつ何かに取りつく存在で、その究極形態としての姿を『鬼』としたらしい。余談だけど、面白いことに、妖怪が神道・仏教的なのに対して、物怪は陰陽道の影響が強いとも聞くね」
なんじゃそりゃ。めちゃくちゃじゃないの。
「それだけ文化が混ざり合ったってことさ」
「しかし香霖、さっぱり話が見えないぜ」
「まぁ話を最後まで聞けばわかるよ。……つまり、百鬼夜行というものは元々『得体のしれないもの』が闊歩する例えだったわけだ。『大鏡』によれば九条――藤原師輔が百鬼夜行に出会ったとされているが、当の本人以外には何も見えていなかったという。目に見えない……妖怪というよりも幽霊といった物怪の類といった存在の方がしっくりくる」
「目に見えない相手か。確かにおっかないな」
「そう、本来妖怪や幽霊といったものは説明できない恐怖心を伴う現象を具現化したものと言っていい。かまいたちがつむじ風を説明したように、ダイダラボッチが霧中の光の屈折を説明したように、何らかの理由を人々は求め、避けようとしたり抑えようとしたんだ」
「なるほどなぁ」
少しばかり話がそれてしまったが、と珍しく霖之助さん自身が舵を戻した。
「さて、さっきの話だと霊夢の言うは鬼や幽霊だからけだ。逆に魔理沙の言う百鬼夜行は、たぶんこれだろう」
そういって奥から持ってきたのは、やたらと長い絵巻物。
多数の妖怪が描かれており、それをみた横にいた傘がなんか私に寄ってきた。
「あ、私も見たことあるわ」
「いわゆる『百鬼夜行絵巻』だ。たぶん一番有名な百鬼夜行の絵巻物だろう」
そうそうこれだこれだ、と魔理沙が同意する。
順を追って右側から左へと眺めてみる。
描かれているものはまさに『妖怪』といったものだ。鬼はもちろん動物の妖怪、お歯黒を塗った顔の大きな女、牛車に入りきらない顔などなど様々な妖怪が描かれている。
「さて、気づくことはないかな?」
「そんなアバウトに言われてもなぁ」
「……『百鬼夜行』なのに描かれているのは『妖怪』ばかり、ということかしら?」
「流石は霊夢だ」
なに、これまでの話の道順をたどればどうということではない。
最初に百鬼夜行=物怪説という話をしたのも、ここに持ってきたかっただけの道標だったのだ。
「そう。先の例に挙げた『大鏡』が平安時代の書物に対して、この『百鬼夜行絵巻』は室町末期と伝えられている。この二つの時代の長い間に『百鬼夜行』のイメージがどう変化したか、説明するまでもないだろう」
「しかし平安から室町って数百年間はあるぞ。それだけ時間がかかれば考え方も変わるってもんだな」
「時代とともに人の物事への印象が変わるのは必然に近い。妖怪や神を信じていた外の人間が、科学を持って信仰を忘れたようにね」
この場合も同じということなのだろう。
昔は見えない存在であった物怪を、妖怪という概念が新しく入るにしたがって『化物』という扱いになってきたのか。
「実はもう少し気付いてほしいところがあるんだが……そこに書かれている妖怪に、見慣れたものはいないかい?」
「見慣れた?」
「ほら、ここにいる」
そういった霖之助さんが私の横に隠れている小傘をさし、そして絵巻物のうちの一つの妖怪を指した。
そこに描かれている妖怪はまさに『化け傘』といったところで、傘に顔を持って体と足がついたような妖怪だ。
ただ四肢があるといってもその傘頭は人間っぽくはなく、小傘っぽくもない。
「こ、こんなのが私だとでもいうのかぁー!」
「傘の妖怪だからね」
「私はこんなに怖くない!」
怖い格好をこんなもの扱いしているあたり、やはり妖怪には向いていないと思う。
「……なるほどな」
と、魔理沙が閃いたように言った。
「私が最初に言った付喪神=闊歩する妖怪のイメージと、百鬼夜行の印象の変化。つまり、百鬼夜行にいるべき物怪が妖怪となり、その妖怪の中に多く占めているのが付喪神になっている、ってことか」
逆に言えば、付喪神が妖怪と同一視もしくは同レベルに見られているということになる。
「うん。これがこの絵巻物の面白いところなんだ。この絵巻の元ネタを知ってるかい?」
「あれに元ネタなんかあるのか」
「影響元、とでもいえばいいのかな」
そういって霖之助さんが取り出したのがまた別の絵巻物。
「これは『付喪神記』という、付喪神を主役に置いた仏教絵巻だ。製作年代は同じく室町時代と言われている」
「お、なんだか話が戻ってきた気がするぜ」
そりゃそうだ。今までずっと百鬼夜行の話しかしていない。当初の話題を忘れていたわ。
「この部分を見てごらん」
巻物を先送りしたすると、なにやら妖怪たちが行列をなしてお祭り騒ぎをしている。
その先では牛車が襲われているが、あえて気にしない。
「付喪神が踊って列をなしているところは似てるな」
似ていると言われれば似ている、程度だが。
しかし思うのが、この祭列の部分、すさまじく長いのである。
「インパクトあるだろう。思うに、これにあやかったり感銘を受けた絵師が、この百鬼夜行を書いたんじゃないかと思うんだ」
物に流行り廃りがあるように、絵の画風も同じということなのかしら。
「最初に作った人がどう考えていたのかはわからない。兎にも角にも、この付喪神型百鬼夜行絵巻はある種の原形となったはずだ」
「そして巷で大人気となった後は様々な派生作品がつくられて、これがその一つだというわけか」
魔理沙が絵巻を玉すだれのように扱うのを霖之助さんが止める。慌てようが少しばかり面白い。
「どこまで人気になったのかは不明だが、これが後世の妖怪観に多大な影響を与えたのは間違いない。……普段接している君たちには実感がないかもしれないが、魔理沙の百鬼夜行に対するイメージがその一つと考えてもいいんじゃないだろうか」
少しばかりの小競り合いの後、絵巻を取り上げて話を続けた。
「さて次に、人間である二人は付喪神に対してどんな事を知っているかい?」
「そりゃあ、目の前の傘のように、小道具に手足が生えてたりとかか?」
「古いものが捨てられて、その恨みで妖怪化するのよね」
ふむふむ、と私たちの意見に頷く霖之助さん。
「まずは霊夢の見解だ。古いものが捨てらた『恨み』で妖怪化するというのは、先の『付喪神記』の影響が大きいと言われている」
「じゃあ元々は違ったのか?」
「ツクモとは九十九とも書く。人生五十年を八十年生きた老婆、長寿の二股尾をもつ猫――百年使われた道具に限らず、人の寿命より長く経た物は何かとよくない物に変化すると考えられていたんだ。だからそれを恐れた人々は、煤払いの時に九十九年使い続けた道具を捨てる、つまりは大掃除の風習に当たるわけだね。だから変化した後は必ずしも恨みを持つとは限らなかったんだ」
「もったいないなぁ、まだ使えそうなのに」
絵巻物の一部に描かれている捨てられた道具たちを見て小傘が呟いた。
「この付喪神記では、九十九年使われつつもあと一年で妖怪になれる『なりかけ付喪神』が煤払いで捨てられ、人間への恨みで化け物に変化した後暴れまわる。後に仏の使いに退治されて改心し、最終的には仏の道に進むという典型的な仏教説話となっている」
「物が仏になるたぁ奇妙な話だな」
「そうでもないかもしれないよ。幽霊や妖怪さえ仏に帰依するのなら、付喪神だってその道に入れない道理はないさ。元々無機物が妖怪に変化する時点で不思議じゃない」
そんなやり取りを聞きつつお茶をすする。
しかし、神聖なる博麗巫女の前で異教の話をよくする二人だ。
「だが、付喪神の原型である長年の道具が妖怪化するというものには、恨みなんかいらなかった。化けるというよりも精霊が宿るとされ、むしろ長年によって道理を逸した付喪『神』の名の通り神でもあった。」
「つまりわちきは神……!?」
あー、はいはい、神様神様。神様のくせに驚かすことすらままならないなんてねー。
「なんか霊夢ひどい!」
「……かなり話が大回りになったが、このことから案外魔理沙の『初心に帰る』という方法も悪くないと思うんだ」
「天界行くために地底を経由してきた気分だ。さっぱりわからん」
そうそう。大回り過ぎて本来の話を忘れてしまったわ。
「私が驚かせられる方法だよ!」
うるさい。耳元でがなるな。
「つまり、だ。知っての通り、妖怪は時代によって印象が変わってくる。この幻想郷にだって、人を襲う恐ろしい存在であると思われている一方、スペルカードや博麗巫女といった存在でその脅威は抑えられ、客観的に妖怪を評価できる書物も出て一般人も対処することができるようになった。人間にとっての脅威は減っているともいえる」
「要するに舐められてるってことね」
「阿求の本とかその典型だな。内容は主観的だが」
曰く、妖精の扱いがひどいことで有名らしい。
「始めはただ物が変化するだけの付喪神も、時代を経るにつれて、付喪神記にあるように人に恨みを持っては人肉を肴に酒を楽しむようになった。これも、安定した供給社会における大量消費という時代における付喪神への恐れが増したとも取れるんじゃないかな」
「うえぇ、人肉を食べるだなんて……」
霖之助さんもその反応に呆れつつ、長い前置きを挟んだ話を終わりへ向かわせ始めているようだ。
「だが、今ではそんなこともないようだね。人も妖怪も刻々と変化している。付喪神の場合は、君の様に人の感情の変化だけで欲を満たし、実際に危害を加えることはない存在に変化した、ともいえるだろう。もちろんすべてそうなったと言えるわけではないだろうが、君の場合は人間にとって限りなく無害に近い付喪神、いわば原始的な付喪神に再帰したともいえるんだ」
「じゃあ、人を怖がらせるためには……」
「単純な話、もう一度人間に対して付喪神は恐ろしい残酷な変化妖怪であると認識させればいい。……ああ、何も君自身が人肉を食べたり人を殺めたりする必要があるわけではないよ。人間たちの中のイメージを一新すればいいだけだ。君の話を思い出したときに君がそれらしく現れれば、当人たちから恐怖と驚きがあふれ出るだろう」
なるほどね。単純だけど、人の恐怖心を利用したなかなかな戦法だわ。
「じゃあ時代で印象を変えてきたのは何か。ほかならぬ伝聞さ。実際に目にしない限り、人々は話や書物に描かれた妖怪を信じ、それが伝わって恐れや畏怖の念を生む。裏を返せば、その時点で妖怪は変化し、元の姿は失われていっているともいえるんだ」
「人の流れで妖怪も変わる、というわけね」
「元々妖怪は人間が生みだしたに近い存在だ。逆を言えば、その伝聞に意図的な脚色を加えてその存在を人々に認めさせれば、君ら付喪神が恐れられ、もっと楽に驚かすことができるんじゃないかな?」
「結局は情報戦による印象操作かよ! よくもそれだけのために大風呂敷を広げたな」
「書物の影響の大きさは君が一番よく知っていると思うんだけどね。未知の事柄を書物に見つければ、まずそこに描かれていることを信用するだろう?」
「まぁそうだけどさ。それとこれとは話が違うんじゃないのか?」
本の有用性を談義している中、私はこっそり棚からいただいた茶菓子をつまむ。
しっかりしまっていなかったから別にいいわよね。
「ねぇねぇ、結局私はどうすればいいの?」
質問者にして終始置いてけぼりだった小傘がこっちに話を振ってきた。
「どこぞのブン屋に任せて、誇張した噂でも流しておけばいいんじゃない?」
「いやぁ、真実を伝える私としてはモットーに反するので、それはちょっと……」
「どの口で真実とか言うのかしらね、文」
「うひゃあっ!?」
「あ、どうも」
いつの間にか窓の外にいたブン屋こと射命丸文に小傘が驚いた。
開いた窓の枠に肘をかけ中を覗くようにしながら、やあやああやあやと話しかけてくる。
「何しに来たのよ」
「配達ついでに、何かいいネタはないものかと思いまして。なかなか見つからないものですね」
実際はいいネタをホクホクいただきまして、と言いたげなニヤニヤした満足そうな顔。
そんな嘘がまかり通ると思っているのだろうか。
「……収穫は?」
「んふふ、魔理沙さんの引っ付き写真を一枚をいただきました。詳細は明日の文々。新聞でどうぞ!」
当事者に一番近い人に宣伝しても意味ないと思うけど。
飛んでいこうとする文を、小傘が呼び止めて頼み込み始める。
客をそっちのけにしながら、店主は魔理沙と本談義を続けている。
とりあえず誰も気づいていないようなので、私はもう一つ茶菓子をつまむ。
変わる。人も妖怪も刻々と変わる。
確かに、それはあるのだなぁと思う。それは巫女としての知識でもあるし、博麗霊夢としての経験談でもある。
異変を起こした奴らも、次の宴会にはしれっと混ざっているし、逆に異変解決者として共闘することだってあった。一部を除いて、危険な妖怪も諌められれば気の合う飲み仲間に変わってしまう。
外の世界で生きていけなくなった者たちのための世界、幻想郷。
いつまでも変わらない幻想の地でも、確かに何かが、少しずつ変わっている。
「……とまあ、こんな感じの記事なら手を打ちましょう」
「ホント!?ありがとう!」
小傘が交渉に成功したらしい。自前の傘を担いで大声でお礼を言いつつ元気に飛び去って行った。
どうやら文の新聞に付喪神の怪談を載せるようだ。
「妖怪読者が会談で怖がるとは思えないんだけども」
「む、人里にだって購読者はいるんですよ! ……少しは」
新聞の購読範囲はいまいちらしい。
本人曰く趣味らしいから、生計には影響ないのだとか。
「ま、今回は号外ということで霊夢さんのところにも届けてきますので、お楽しみに!」
「毎回毎回号外じゃないの、アンタの新聞は」
私の言葉を聞かぬまま、黒い整った羽を広げ、文が飛び去る。
奥ではまだ談義を続けている二人の姿。
この調子では日が暮れるまで続いてしまうんじゃなかろうか。
仕方ない、こちらから動こう。
……そうだ、この二人に話を作ってもらうのだ。
博麗巫女のこと博麗霊夢の話を聞かない者は、たちまち巫女の鉄槌を受けるのだと。
参拝せず、お賽銭を入れない者は、ご利益を得ることができないと。
私はなめられているに違いない。だから、こうして印象を変えてやろう。
そうすればきっと、私の神社も大繁盛するはずだから。
ちなみに一週間後の三面記事で、危険な付喪神の話を聞いて張りきった早苗に、同じく張り切って脅かそうとしていた小傘が襲われたという記事を見つけた。南無。
そして今日も、私の賽銭箱にお賽銭が入ることもない。
巫女服の替えが揃いも揃ってダメになってしまった。
というのも妖精のせいなのね、そうなのよ。
主犯チルノ、共犯バカ三妖精。博麗巫女としては余罪を追及する方針である。
ただし後に謝罪し片付けを手伝ったということで、幇助犯の大妖精については猶予を与えよう。
と、そんなこんなで私は見慣れたガラクタ屋―――もとい香霖堂の前にいる。
「霖之助さーん、ちょっと頼みたいことあるんだけど……」
ツケに対する請求をどうかわそうか考えながら店の戸を開けた。
「!?」
自他共に認めるポーカーフェイスな私であったが、店の中で広がっていた光景には驚きを隠せなかった。
「や、やぁ霊夢」
「……お邪魔だったみたいね」
「待ってくれ!頼むから!」
当然ながら、店には店主がいる。
普段は大抵無口に本を読んでいるが、一度話をすれば余計な薀蓄を垂れ流す語り屋でもある。
体格からするとあまり強そうには見えないが、これでも半人半妖、それも男らしく力はそこそこあるようだ。
だがどうだろう。その彼の体に二人の見知った女子が抱き……いや、雁字搦めにしがみ付いているその様は。
「わ、ほんとに驚いてくれた!」
「そりゃ誰でも…驚くよ!」
右コーナー、自称唐傘お化けの多々良小傘。
傘を器用に持ちつつもがっしりしがみ付いているせいで、発育のいい胸が押し付けられている。
ただし、当てる側も当てられている側もともに自覚はないようだ。
「だってお楽しみのようじゃない」
「違う、誤か…いだだだだだ!!」
左コーナー、自称普通の魔法使いの魔理沙。
顔をうつむけて、無言で人妖を相手に「これでもか」というくらいにしがみ付いている。
そして何か言おうならさらに締める。不器用ちゃんめ。
そしてセンター、森近霖之助。
流石に少女と言えど二人がかりはきついのか、少しばかり体が前屈気味で汗が出ている。
まぁいいや、とにかく用件を済ませよう。
「そういうわけで霖之助さん、また服の追加をお願いしたいんだけど」
「待て待て、君はこの状況を見ても助けてくれないどころか話を進める気なのか」
「だって、邪魔して馬に蹴られたくはないもの」
「だからそういうわけじゃないと…痛い!魔理沙やめてくれ!」
一体どうしたんだとため息をつく霖之助さん。
珍しくおとなしい魔理沙を見るまでもなく、なんとなくその行動の意味がわかった。
さてそんなことはどうでもいいとして、話が進まないのも何なので、原因の一部である小傘の頭を叩いてやった。
「あいてっ!」
軽く叩いただけのつもりだったのだが、いとも簡単に落ちた。
魔理沙の方は依然として離れないが、まぁあの子だけなら霖之助さんも抱えきるだろう。
「で、どういうわけなのよ。これは」
霖之助さん曰く、至極単純な話だそうだ。
誰も驚いてくれずに困った小傘が、ふと立ち寄った香霖堂に魔理沙がいたので脅かしに行くも失敗。
さてどうしようかいい手はないかと相談したところ、魔理沙からこういわれたそうだ。
『"つくもがみ"ってのは、古くは物が化けたヤツが藻の様に纏わりついてくることから"藻"が"付く"と書いたらしい。だからお前も初心に帰って、藻の様に抱き着いて驚かせばどうだ?』
もちろん彼女が面白半分についた嘘だが、小傘はそれを本当に信じたらしい。
魔理沙の妄言を鵜呑みにするとは、というか自分の云われさえ知らないのか。
まぁいずれにせよ―――
「魔理沙の自業自得ってわけじゃないの」
「うるせぇ……」
大方霖之助さんにあやかるついでにからかったのだろう。
しっぺ返しが返ってきたに過ぎない。
それぞれ離れた後、それぞれが自ずと自分の指定席へと行く。
落ち着いた頃、霖之助さんが話を続けた。
「けど、魔理沙の言う『初心に帰る』……というより昔を顧みてみるというのはいいのかもしれないね」
「やっぱり抱き付くのは効果的なのかな?」
「いや、だからそれは魔理沙のついた嘘なんだよ」
いまだに信じているあたり、こいつは妖怪には向いていないと思う。
「でも昔を顧みるって?また『うらめしや~』とか典型的なことをさせる気?」
「いや、そういう意味じゃない。魔理沙の言っていたような『種族としての初心』だよ」
種族としての?
また面倒な話が始まりそうだ。
「さて、君たちは『百鬼夜行』って聞いて何を思い浮かべるかな?」
話が前触れもなく明後日に飛んでいくのも、この人の特徴。
「ああ、小傘みたいな付喪神が夜道をチンドン騒ぎしながら歩いて、見た者に死をもたらすってやつだな」
「私としては萃香を思い出すわね」
私も魔理沙の方を思い浮かぶことがあるが、最近ではよく一緒にいる居候の萃香の方が強い。
一人百鬼夜行。小さな萃香が波のように押し寄せてくる。
「うん、二人のイメージはどちらも正しいと言えるだろう。だが時系列的に言うならば、先のイメージは霊夢の方が正しいと言えるね」
「そうなのか?」
少しばかり意外だった。伊達に鬼は嘘をつかないということか。
「『百』の『鬼』が『行』く『夜』―――昔の人は妖怪というよりも鬼……『物怪』の存在を意識していたんだ。まだその当時に『妖怪』というイメージが固まっていなかったんだね」
「物怪と妖怪って同じに見えるわ」
「巫女であるなら、そのあたりの区別くらいはつけておいてほしいものだな……」
やれやれとため息をつかれる。
うるさいわね。どっちも異変の原因になるし、やっつけてしまえば同じものよ。
「まぁ今の時代は分ける必要もないかもしれないけれどもだよ……」
じゃあいいじゃない。
「まぁいい……。そもそも『妖怪』という語は大陸の言葉である『妖怪(ヤオ・グアイ)』が語源といわれている。恐ろしい、人を襲う『化物』という意味だったそうだ。対して『物怪』は実体を持たない、いわゆる霊的でかつ何かに取りつく存在で、その究極形態としての姿を『鬼』としたらしい。余談だけど、面白いことに、妖怪が神道・仏教的なのに対して、物怪は陰陽道の影響が強いとも聞くね」
なんじゃそりゃ。めちゃくちゃじゃないの。
「それだけ文化が混ざり合ったってことさ」
「しかし香霖、さっぱり話が見えないぜ」
「まぁ話を最後まで聞けばわかるよ。……つまり、百鬼夜行というものは元々『得体のしれないもの』が闊歩する例えだったわけだ。『大鏡』によれば九条――藤原師輔が百鬼夜行に出会ったとされているが、当の本人以外には何も見えていなかったという。目に見えない……妖怪というよりも幽霊といった物怪の類といった存在の方がしっくりくる」
「目に見えない相手か。確かにおっかないな」
「そう、本来妖怪や幽霊といったものは説明できない恐怖心を伴う現象を具現化したものと言っていい。かまいたちがつむじ風を説明したように、ダイダラボッチが霧中の光の屈折を説明したように、何らかの理由を人々は求め、避けようとしたり抑えようとしたんだ」
「なるほどなぁ」
少しばかり話がそれてしまったが、と珍しく霖之助さん自身が舵を戻した。
「さて、さっきの話だと霊夢の言うは鬼や幽霊だからけだ。逆に魔理沙の言う百鬼夜行は、たぶんこれだろう」
そういって奥から持ってきたのは、やたらと長い絵巻物。
多数の妖怪が描かれており、それをみた横にいた傘がなんか私に寄ってきた。
「あ、私も見たことあるわ」
「いわゆる『百鬼夜行絵巻』だ。たぶん一番有名な百鬼夜行の絵巻物だろう」
そうそうこれだこれだ、と魔理沙が同意する。
順を追って右側から左へと眺めてみる。
描かれているものはまさに『妖怪』といったものだ。鬼はもちろん動物の妖怪、お歯黒を塗った顔の大きな女、牛車に入りきらない顔などなど様々な妖怪が描かれている。
「さて、気づくことはないかな?」
「そんなアバウトに言われてもなぁ」
「……『百鬼夜行』なのに描かれているのは『妖怪』ばかり、ということかしら?」
「流石は霊夢だ」
なに、これまでの話の道順をたどればどうということではない。
最初に百鬼夜行=物怪説という話をしたのも、ここに持ってきたかっただけの道標だったのだ。
「そう。先の例に挙げた『大鏡』が平安時代の書物に対して、この『百鬼夜行絵巻』は室町末期と伝えられている。この二つの時代の長い間に『百鬼夜行』のイメージがどう変化したか、説明するまでもないだろう」
「しかし平安から室町って数百年間はあるぞ。それだけ時間がかかれば考え方も変わるってもんだな」
「時代とともに人の物事への印象が変わるのは必然に近い。妖怪や神を信じていた外の人間が、科学を持って信仰を忘れたようにね」
この場合も同じということなのだろう。
昔は見えない存在であった物怪を、妖怪という概念が新しく入るにしたがって『化物』という扱いになってきたのか。
「実はもう少し気付いてほしいところがあるんだが……そこに書かれている妖怪に、見慣れたものはいないかい?」
「見慣れた?」
「ほら、ここにいる」
そういった霖之助さんが私の横に隠れている小傘をさし、そして絵巻物のうちの一つの妖怪を指した。
そこに描かれている妖怪はまさに『化け傘』といったところで、傘に顔を持って体と足がついたような妖怪だ。
ただ四肢があるといってもその傘頭は人間っぽくはなく、小傘っぽくもない。
「こ、こんなのが私だとでもいうのかぁー!」
「傘の妖怪だからね」
「私はこんなに怖くない!」
怖い格好をこんなもの扱いしているあたり、やはり妖怪には向いていないと思う。
「……なるほどな」
と、魔理沙が閃いたように言った。
「私が最初に言った付喪神=闊歩する妖怪のイメージと、百鬼夜行の印象の変化。つまり、百鬼夜行にいるべき物怪が妖怪となり、その妖怪の中に多く占めているのが付喪神になっている、ってことか」
逆に言えば、付喪神が妖怪と同一視もしくは同レベルに見られているということになる。
「うん。これがこの絵巻物の面白いところなんだ。この絵巻の元ネタを知ってるかい?」
「あれに元ネタなんかあるのか」
「影響元、とでもいえばいいのかな」
そういって霖之助さんが取り出したのがまた別の絵巻物。
「これは『付喪神記』という、付喪神を主役に置いた仏教絵巻だ。製作年代は同じく室町時代と言われている」
「お、なんだか話が戻ってきた気がするぜ」
そりゃそうだ。今までずっと百鬼夜行の話しかしていない。当初の話題を忘れていたわ。
「この部分を見てごらん」
巻物を先送りしたすると、なにやら妖怪たちが行列をなしてお祭り騒ぎをしている。
その先では牛車が襲われているが、あえて気にしない。
「付喪神が踊って列をなしているところは似てるな」
似ていると言われれば似ている、程度だが。
しかし思うのが、この祭列の部分、すさまじく長いのである。
「インパクトあるだろう。思うに、これにあやかったり感銘を受けた絵師が、この百鬼夜行を書いたんじゃないかと思うんだ」
物に流行り廃りがあるように、絵の画風も同じということなのかしら。
「最初に作った人がどう考えていたのかはわからない。兎にも角にも、この付喪神型百鬼夜行絵巻はある種の原形となったはずだ」
「そして巷で大人気となった後は様々な派生作品がつくられて、これがその一つだというわけか」
魔理沙が絵巻を玉すだれのように扱うのを霖之助さんが止める。慌てようが少しばかり面白い。
「どこまで人気になったのかは不明だが、これが後世の妖怪観に多大な影響を与えたのは間違いない。……普段接している君たちには実感がないかもしれないが、魔理沙の百鬼夜行に対するイメージがその一つと考えてもいいんじゃないだろうか」
少しばかりの小競り合いの後、絵巻を取り上げて話を続けた。
「さて次に、人間である二人は付喪神に対してどんな事を知っているかい?」
「そりゃあ、目の前の傘のように、小道具に手足が生えてたりとかか?」
「古いものが捨てられて、その恨みで妖怪化するのよね」
ふむふむ、と私たちの意見に頷く霖之助さん。
「まずは霊夢の見解だ。古いものが捨てらた『恨み』で妖怪化するというのは、先の『付喪神記』の影響が大きいと言われている」
「じゃあ元々は違ったのか?」
「ツクモとは九十九とも書く。人生五十年を八十年生きた老婆、長寿の二股尾をもつ猫――百年使われた道具に限らず、人の寿命より長く経た物は何かとよくない物に変化すると考えられていたんだ。だからそれを恐れた人々は、煤払いの時に九十九年使い続けた道具を捨てる、つまりは大掃除の風習に当たるわけだね。だから変化した後は必ずしも恨みを持つとは限らなかったんだ」
「もったいないなぁ、まだ使えそうなのに」
絵巻物の一部に描かれている捨てられた道具たちを見て小傘が呟いた。
「この付喪神記では、九十九年使われつつもあと一年で妖怪になれる『なりかけ付喪神』が煤払いで捨てられ、人間への恨みで化け物に変化した後暴れまわる。後に仏の使いに退治されて改心し、最終的には仏の道に進むという典型的な仏教説話となっている」
「物が仏になるたぁ奇妙な話だな」
「そうでもないかもしれないよ。幽霊や妖怪さえ仏に帰依するのなら、付喪神だってその道に入れない道理はないさ。元々無機物が妖怪に変化する時点で不思議じゃない」
そんなやり取りを聞きつつお茶をすする。
しかし、神聖なる博麗巫女の前で異教の話をよくする二人だ。
「だが、付喪神の原型である長年の道具が妖怪化するというものには、恨みなんかいらなかった。化けるというよりも精霊が宿るとされ、むしろ長年によって道理を逸した付喪『神』の名の通り神でもあった。」
「つまりわちきは神……!?」
あー、はいはい、神様神様。神様のくせに驚かすことすらままならないなんてねー。
「なんか霊夢ひどい!」
「……かなり話が大回りになったが、このことから案外魔理沙の『初心に帰る』という方法も悪くないと思うんだ」
「天界行くために地底を経由してきた気分だ。さっぱりわからん」
そうそう。大回り過ぎて本来の話を忘れてしまったわ。
「私が驚かせられる方法だよ!」
うるさい。耳元でがなるな。
「つまり、だ。知っての通り、妖怪は時代によって印象が変わってくる。この幻想郷にだって、人を襲う恐ろしい存在であると思われている一方、スペルカードや博麗巫女といった存在でその脅威は抑えられ、客観的に妖怪を評価できる書物も出て一般人も対処することができるようになった。人間にとっての脅威は減っているともいえる」
「要するに舐められてるってことね」
「阿求の本とかその典型だな。内容は主観的だが」
曰く、妖精の扱いがひどいことで有名らしい。
「始めはただ物が変化するだけの付喪神も、時代を経るにつれて、付喪神記にあるように人に恨みを持っては人肉を肴に酒を楽しむようになった。これも、安定した供給社会における大量消費という時代における付喪神への恐れが増したとも取れるんじゃないかな」
「うえぇ、人肉を食べるだなんて……」
霖之助さんもその反応に呆れつつ、長い前置きを挟んだ話を終わりへ向かわせ始めているようだ。
「だが、今ではそんなこともないようだね。人も妖怪も刻々と変化している。付喪神の場合は、君の様に人の感情の変化だけで欲を満たし、実際に危害を加えることはない存在に変化した、ともいえるだろう。もちろんすべてそうなったと言えるわけではないだろうが、君の場合は人間にとって限りなく無害に近い付喪神、いわば原始的な付喪神に再帰したともいえるんだ」
「じゃあ、人を怖がらせるためには……」
「単純な話、もう一度人間に対して付喪神は恐ろしい残酷な変化妖怪であると認識させればいい。……ああ、何も君自身が人肉を食べたり人を殺めたりする必要があるわけではないよ。人間たちの中のイメージを一新すればいいだけだ。君の話を思い出したときに君がそれらしく現れれば、当人たちから恐怖と驚きがあふれ出るだろう」
なるほどね。単純だけど、人の恐怖心を利用したなかなかな戦法だわ。
「じゃあ時代で印象を変えてきたのは何か。ほかならぬ伝聞さ。実際に目にしない限り、人々は話や書物に描かれた妖怪を信じ、それが伝わって恐れや畏怖の念を生む。裏を返せば、その時点で妖怪は変化し、元の姿は失われていっているともいえるんだ」
「人の流れで妖怪も変わる、というわけね」
「元々妖怪は人間が生みだしたに近い存在だ。逆を言えば、その伝聞に意図的な脚色を加えてその存在を人々に認めさせれば、君ら付喪神が恐れられ、もっと楽に驚かすことができるんじゃないかな?」
「結局は情報戦による印象操作かよ! よくもそれだけのために大風呂敷を広げたな」
「書物の影響の大きさは君が一番よく知っていると思うんだけどね。未知の事柄を書物に見つければ、まずそこに描かれていることを信用するだろう?」
「まぁそうだけどさ。それとこれとは話が違うんじゃないのか?」
本の有用性を談義している中、私はこっそり棚からいただいた茶菓子をつまむ。
しっかりしまっていなかったから別にいいわよね。
「ねぇねぇ、結局私はどうすればいいの?」
質問者にして終始置いてけぼりだった小傘がこっちに話を振ってきた。
「どこぞのブン屋に任せて、誇張した噂でも流しておけばいいんじゃない?」
「いやぁ、真実を伝える私としてはモットーに反するので、それはちょっと……」
「どの口で真実とか言うのかしらね、文」
「うひゃあっ!?」
「あ、どうも」
いつの間にか窓の外にいたブン屋こと射命丸文に小傘が驚いた。
開いた窓の枠に肘をかけ中を覗くようにしながら、やあやああやあやと話しかけてくる。
「何しに来たのよ」
「配達ついでに、何かいいネタはないものかと思いまして。なかなか見つからないものですね」
実際はいいネタをホクホクいただきまして、と言いたげなニヤニヤした満足そうな顔。
そんな嘘がまかり通ると思っているのだろうか。
「……収穫は?」
「んふふ、魔理沙さんの引っ付き写真を一枚をいただきました。詳細は明日の文々。新聞でどうぞ!」
当事者に一番近い人に宣伝しても意味ないと思うけど。
飛んでいこうとする文を、小傘が呼び止めて頼み込み始める。
客をそっちのけにしながら、店主は魔理沙と本談義を続けている。
とりあえず誰も気づいていないようなので、私はもう一つ茶菓子をつまむ。
変わる。人も妖怪も刻々と変わる。
確かに、それはあるのだなぁと思う。それは巫女としての知識でもあるし、博麗霊夢としての経験談でもある。
異変を起こした奴らも、次の宴会にはしれっと混ざっているし、逆に異変解決者として共闘することだってあった。一部を除いて、危険な妖怪も諌められれば気の合う飲み仲間に変わってしまう。
外の世界で生きていけなくなった者たちのための世界、幻想郷。
いつまでも変わらない幻想の地でも、確かに何かが、少しずつ変わっている。
「……とまあ、こんな感じの記事なら手を打ちましょう」
「ホント!?ありがとう!」
小傘が交渉に成功したらしい。自前の傘を担いで大声でお礼を言いつつ元気に飛び去って行った。
どうやら文の新聞に付喪神の怪談を載せるようだ。
「妖怪読者が会談で怖がるとは思えないんだけども」
「む、人里にだって購読者はいるんですよ! ……少しは」
新聞の購読範囲はいまいちらしい。
本人曰く趣味らしいから、生計には影響ないのだとか。
「ま、今回は号外ということで霊夢さんのところにも届けてきますので、お楽しみに!」
「毎回毎回号外じゃないの、アンタの新聞は」
私の言葉を聞かぬまま、黒い整った羽を広げ、文が飛び去る。
奥ではまだ談義を続けている二人の姿。
この調子では日が暮れるまで続いてしまうんじゃなかろうか。
仕方ない、こちらから動こう。
……そうだ、この二人に話を作ってもらうのだ。
博麗巫女のこと博麗霊夢の話を聞かない者は、たちまち巫女の鉄槌を受けるのだと。
参拝せず、お賽銭を入れない者は、ご利益を得ることができないと。
私はなめられているに違いない。だから、こうして印象を変えてやろう。
そうすればきっと、私の神社も大繁盛するはずだから。
ちなみに一週間後の三面記事で、危険な付喪神の話を聞いて張りきった早苗に、同じく張り切って脅かそうとしていた小傘が襲われたという記事を見つけた。南無。
そして今日も、私の賽銭箱にお賽銭が入ることもない。
魔理沙が可愛らしかったです