Coolier - 新生・東方創想話

天才と友達になる方法

2015/03/14 14:42:01
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 私のご主人様こと岡崎夢美は、弱冠十八歳で大学教授を勤める正真正銘の天才だ。けど天才ってやつは往々にして変人だったりするわけで。例えば私が教授の助手になりたいと頼みに言ったあの時、あの人は初対面の私に向かっていきなりこう言い放ったんだ。
 ――あなたみたいな小娘に手伝ってもらうほど、私の仕事は子供向けじゃないのよ。
 それを子供みたいな見た目の大学教授が言うんだから、私には大層奇妙な印象が残った。まぁ、その後助手をしばらくやってみて、意外と常識的な面があることも分かってきたわけだが。しかし何分あの第一印象が強烈で、いまだに私は心の中で教授に「変人」のラベルを貼っている。
 そう、人間にとって第一印象ってのは、なかなか侮れないもので……。


『天才と友達になる方法』


「要するに、ライバルが必要なのよ」
 その日、研究室にやってきた私に教授は突然そう言い放った。
「は? ライバル?」
「そう、好敵手ね。知っての通り、私は言ってみれば孤高の天才。これまで学問において私に勝てる人間にはついぞ出会わなかったわ」
「まぁ、そうだろうな」
 適当に応じつつ自分の机に鞄を置き、いつもの習慣で研究室に置いてある古いテレビの電源を入れた。ブン、という音がして、ノイズ交じりの映像が映し出される。……あれ、そういえば、このテレビはいつも研究室に置いてあった旧型のブラウン管テレビとは別物だ。教授が買い換えたのだろうか。ならもっと新しいものにすればよかったのに。
「けどね、私の理論に誰もついてこられないのは仕方がないにしても、『岡崎夢美はああいう人間だから』って思われていて、意見を戦わせようとする者すら出てこない。そこが問題なのよ。革新的な理論を確立させるためには、ただ一人の天才の発想だけではなく、それを検証するための活発な議論が必要不可欠だったのよ」
「つまり、この前の学会で総スカンを食らったから、せめて話だけでも誰かに聞いてほしいってことか?」
「違うわよ、ちゃんと聞いていたの?」
 教授はつかつかと私の前に回りこみ、テレビの映像を遮る。
「私の言葉が理解できる相手が、私と議論を戦わせる必要があるってこと。この際私と同じレベルでなくてもいいから」
「それって私じゃ駄目なのか?」
「そうね」
 教授はにべもなく即答した。……そういうところが、友達ができない理由なんだぜ、と私は心の中で諭す。
「ま、そうは言っても、凡人が天才に近づくのは難しいでしょう。だから今日は、一つ実験をしてみようと思うの」
「はぁ。……え? 実験?」
「そう。天才に近づき取り入るにはどうしたらいいか、ここは一つ凡人の立場から検証してみようと思って。ほら、私って天才の気持ちはわかっても凡人の気持ちはわからないから」
 何を言っているんだろう、この人は。教授が突拍子もないことを話しながら突拍子もない行動に移ることはよくあるが、今日はいつにも増して話の流れが汲み取れない。
「ちょうど、いい感じの実験器具も手に入ったことだしね。この器具のテストも兼ねて……」
 教授はそう言いながらテレビの前に屈みこみ、ダイヤル式チャンネルをがちゃがちゃと回す。映像が次々と移り変わり、
「あ、いたいた」
 古めかしい神社が映し出されたところで教授は手を止めた。情緒溢れる小さな神社の賽銭箱の横、拝殿前の階段の途中に、巫女服姿の少女がちょこんと腰掛けている。
「……何だ? 何が始まるんだ?」
「だから、実践も兼ねた実験よ。今からあそこにいる天才ちゃんと仲良くなれるかどうか試すの。ま、実際やることはゲームみたいなものだから、まずは気軽に動かしてみましょう」


 鄙びた小さな神社の境内に、麗らかな陽の光が降り注いでいる。その神社の拝殿の前に腰を下ろす巫女服姿の少女は、頬杖をついてぼんやりと境内を眺めていた。外見は十歳前後の小柄な少女だったが、その表情は妙に大人びた落ち着きを帯びていた。
 ふと少女が顔を上げた。神社の参道を、人影が少女へ向かって歩いてくる。少女は眉根を寄せ、傍らに置いてあったお払い棒を手に取った。
 神社へ現れた人影は少女とそう変わらない年齢で、黒いドレスに黒い鍔広の三角帽を被り、腰前には白いエプロンをかけるという奇妙な出で立ちをしていた。
「……誰? 見ない顔ね」
 先に口を開いたのは巫女服の少女だった。話しかけられた白黒の少女はうっとうめいて立ち止まり、やや緊張した面持ちで
「あー、ええと、名前……。名前は、えっと……マリサ、私はマリサっていうんだぜ」
 しどろもどろにそう答える。
「ふぅん。参拝客ってなりでもないわね。……妖怪退治の依頼かしら?」
「へ? 妖怪?」
「だから、博麗の巫女である私に、妖怪退治を依頼しに来たのかって聞いてるのよ」
「い、いや違う。違うんだ。ええとだな、その……依頼は依頼なんだが、何というか……」
「ん?」
 マリサに向けられる巫女服の少女の視線が険しくなる。
「だから、変なこと言う奴だなって思われるかもしれないけど、……」
 マリサは視線を泳がせながらしばらく口の中でもごもごと言葉を出し渋っていたが、やがて思い切ったように巫女服の少女の目を覗き込み、
「私と、友達になってくれないか?」
 と言った。
 二人の間に一陣の風が吹き抜け、長い沈黙が流れた。やがて巫女服の少女の目つきが邪険になる。
「あぁ? 何だって?」


「あの、これもう駄目なんじゃないか? 第一印象最悪だぜ?」
 画面の中で硬直する二人の少女を見ながら、私は教授にそう言った。
「そうかしら? ここまでは普通だと思うけど」
「まぁ、ご主人様の中でこれが普通のやりとりなら、ある意味この実験はそれまでなんだが……」
 しかしどうしたものか。コントローラを握りながら、私は考え込む。私だったらどうだろう、初対面の人間にいきなり友達になってくれと言われてはいそうですと答えるだろうか。まず怪しむに決まっている、画面の中の巫女服の少女だって……。
『何黙ってるのよ。マリサとか言ったっけ? ほら、今何て言ったの、もう一回言ってみなさいよ』
 黙りこくるマリサに、巫女服の少女がしびれを切らして苛立ちをあらわにする。私は慌ててコントローラのマイクに口を近づけ、
「い、いや、だから、よかったら私と友達になってほしいんだ」
 と言った。画面内のマリサが私の声に合わせて口を動かし、その結果として、巫女服の少女の表情は一層険しくなった。
『どこの誰だか知らないし、言いたいことは色々あるけど……』
 その口調からすると、どうやらマリサという人間自体には疑念を抱いていないようだ。私だったらこんなことを言ってくる輩は何かよからぬことを企んでいるのではと疑うが、そこはこの大人びた少女も年相応の感覚の持ち主ということだろうか。
『まず……私が誰だか知っていて言っているの?』
「あ、あぁ。この神社の巫女さんだろ。名前は、ええと」
 ちらりと教授を振り返る。が、教授が答える前にテレビから声がした。
『博麗霊夢よ。……この神社の巫女として、妖怪退治を仕事にしている。あんたは? 何をやってる人なの?』
「何って、助手……じゃなかった、ええと」
 私は先ほど即興で作ったマリサのキャラ設定のメモを見返し、
「おう、普通の魔法使いだ」
 と答えた。
『普通の? ふぅん。で、その“普通の”魔法使いさんと、この郷を守る役目を背負った博麗の巫女が、どうして友達にならないといけないの?』
「どうしてって、ええとそうだな……そう、私の回りにあんまり年の近いやつがいなくてさ。いつも親父に店を手伝わされてて寺子屋にも通ってないし、あー、そもそも人里からちょっと離れたところに住んでいてだな、これが」
 即興で「マリサ」の設定を作りながら私は霊夢に食い下がる。
「それで最近、妖怪退治をやってるってお前の話を聞いて、よし一つ友達になってやるかって、そう思ってやって来た次第なんだぜ」
 霊夢は、ふん、と鼻を鳴らす。
『あんたの話は知ってるわよ』
「え?」
『霧雨道具店の一人娘でしょう。よく手伝いを抜け出して遊びまわってるらしいわね。それが将来あなたの仕事になるかもしれないのに、気楽なものね』
「え、ええと……」
 そうなのか? そんな細かい設定は作ってないんだが。
『悪いけど、私はこの郷を守る仕事があるの。今まさに異変が起きるかもしれない、いつ妖怪が襲ってくるかもしれないのよ。あなたみたいに暢気に遊びまわってなんかいられないわ。大体私と遊んでもつまらないでしょうし。他に気の合う子はいっぱいいるわよ。同じレベルのね』
 霊夢はそう言うと、体の向きを変えてそっぽを向いてしまった。
「はぁ……やっぱりもう駄目な気がするぜ」
 私はコントローラを机に置いて教授を振り返る。
「どうしたの?」
「なるほど確かにこの霊夢ちゃんは典型的な近づきがたい天才肌ってやつだ。こういう奴はなぁ、多分普通に接したら駄目なんだよ。ま、いきなり友達になろうって入りは私も悪かったと思うけど、もっと下手に出るべきだったんだ、きっと。そもそも対等な目線で接しちゃいけない奴だったってことだ。どこかの誰かさんと同じで」
「じゃぁやり直しましょうか。ええと、巻き戻し……」
 私の皮肉に取り合うこともせず、教授はテレビの前にかがみこんだ。見ると、テレビの画面の下にはチャンネル選択ダイアルの隣にいくつかのボタンが並んでいる。各ボタンの上にはラベルが貼ってあった跡だけが残っており、唯一「巻き戻し」と書かれたラベルが一番右端のボタンの上に残っている。教授はその巻き戻しのボタンを押した。ぶん、という音と共に画面が揺らぎ、しばらくノイズの嵐が映った後、最初と同じような神社の映像が映し出された。マリサの姿はもうどこにもない。
「……で、ご主人様。結局この実験器具って何なんだ?」
 先ほどからずっと疑問に思っていたことを一応口に出してみる。納得できる答えが帰ってくるとも思えないが。
「さっきも言ったでしょう、これは『幻想テレビ』だって」
「確かに名前だけは教えてくれたけど。ここに映ってる霊夢ってのは何なんだ? プログラムで人格をシミュレートしてるとかか?」
「そう思っていても差し支えないわ。彼女は実在の人物ではなく幻想の人物よ。私たちから見た場合のね」
 教授はそう言ってテレビの筐体をばんばんと叩いた。その衝撃で映像にノイズが走る。どうやら不安定な機械のようだ。
「このテレビは、幻の世界を観察し、また干渉するための道具なの。ここに映し出されている場所や人物はこの世界のどこにも存在しないけど、別の次元には確固として存在している」
「別の次元……?」
「そう、私たちより下位の次元にね。例えばこのテレビの中が現実だとしたら私たちのいるここは神界だし、私たちのいる世界が劇の中の世界だとしたらこのテレビに映るのは劇中劇といったところかしら」
「はぁ」
 よし、納得したことにしておこう。直感的に、これ以上掘り下げても仕方がないことのような気がした。
「ただのシミュレーターじゃないから、この中の人間は実際の人間が取るであろう行動を取る。そして、今時間を巻き戻したように、色々とこの世界に干渉する手段も用意されている。色々な実験に応用の利く、便利な道具なのよ」
「それで手始めにこんな妙なことをさせてみたってわけか」
 私に即興でマリサという少女を演じさせ、この霊夢とかいう巫女と仲良くなる。教授が私に課した課題は、これまでの彼女の実験の中でもとりわけ奇妙なものだった。
「これはこれで重要な実験なのよ。彼女……博麗霊夢は、このテレビの中の世界では博麗の巫女と呼ばれていて、この郷に出没する妖怪を退治して人間を守る使命を背負っている。そんなだから、幼い頃から優秀な戦士となるべく英才教育を受けていて、実際その妖怪退治の才能は郷に住む大人にすら尊敬されているほど。けれど今見たとおり彼女はとても近づきがたい難儀な性格をしていて、友達らしい友達はゼロ。性格はともかく、張り合えるライバルがいないという点は私と同じというわけよ」
「ご主人様もいい性格してるのぜ」
「さぁ、気を取り直してリトライしましょう。次はうまくやるのよ」
 相変わらず批判的な意見は容赦なくスルーする。それでも一応会話ができているだけマシというものだ。この変人とこれくらい話せるようになるまで、私も随分時間がかかったのだから。さて、では今一度改めて教授のような人間に初対面で近づこうと思ったら、どういう第一印象を持ってもらうよう心がけるのが一番いいのだろうか?


 神社の拝殿の前に腰掛ける巫女服の少女の前に、妙に腰の低い白黒の少女が現れた。
「ええと、博麗霊夢さんですか?」
「……そうだけど?」
 怪訝そうな視線を向けられた白黒の少女はどこか不自然な笑みを浮かべて霊夢ににじり寄る。
「私、霧雨魔理沙っていいます。あの、私っ、霊夢さんの大ファンなんです! 霊夢さんが妖怪を退治するところ、いつも見てて、ずっと憧れてました!」
「へぇ。で?」
 どこか態度を硬化させた霊夢の低い声に、魔理沙はぐぅと喉奥で唸った。
「で、ええと……。よかったら、私と友達になってください!」
 思い切った様子でそう言い放った魔理沙を、霊夢はじっとりとした目で眺め回す。
「……あのさぁ」
「はいっ」
 マリサは揉み手をしながら腰を低くする。
「憧れてた人に対して友達になってくださいっておかしくない? 少なくとももう何段階か間があるんじゃないの?」
「そ、そうですね」
「ま、どんな段階を踏んだところであんたに興味が沸きそうな気もしないし。他をあたったほうがいいんじゃないの?」
「そう、でしょうか?」
「そうでしょ?」
「あ、はい」
 ぶん、という電子音と共に、魔理沙と名乗った少女は霊夢の前から姿を消した。


「取り付く島もないとはこのことだぜ」
「こういうへこへこした態度は一番癪に障るわね。私が初対面の相手にこういう態度取られたら完全に無視するか、録画しておいて動画サイトに本名つきで映像を流すでしょう」
「うーん、いっそのこと上からがつがつ行ったほうがよかったりするのかな。体育会系のノリで」


「ふーん、お前があの博麗霊夢ってやつか?」
「何よあんた」
 突然神社に現れた白黒の少女に、巫女服の少女は棘のある口調で応じる。
「いや何、私と同じくらいの女の子が妖怪退治をやってるってんで、見に来てみたんだ。もしかしたら、この霧雨魔理沙様のライバルになれるかもしれないって思ってな!」
「は?」
「どうも私の周りの連中はガキばっかで、私の話についてこられなくてさ。で、何? 曲りなりにも巫女なんかやってて? 妖怪も何匹か倒してるらしい? ってウワサのお前なら、まぁ、私のライバルにしてやってもいいんじゃないかなって思ってやってきたってわけさ。どうだ? 一つ、私と仲良く語り合わないか? OK?」
「あのね」
 巫女服の少女はお払い棒を持って立ち上がり、魔理沙に歩み寄るとその胸倉を掴み上げた。その額には青筋が立っている。
「私は自分より格下の奴にバカにされるのが何よりも嫌いなのよ。あなたが自殺志願の妖怪だとしたら褒めてあげるわ。この郷で死ぬために、一番効率のいい手段を選べたことをね……!」
 そう言って構えたお払い棒の先に、何やら光の粒子が集まり始める。
「わーっ、ちょっと!」
 慌てた魔理沙の悲鳴が聞こえ、直後、閃光と爆風が神社の境内で炸裂した。


「こら、真面目にやりなさいよ」
「うん、ちょっとやりすぎたとは思っていたんだ」
「というか、魔理沙のキャラがぶれすぎなんじゃない?」
「色々試す必要があるんだろ? ええと、次はどうするかなぁ……」


「あら。あなたもしつこいわね」
「えっ?」
 神社の境内に突然現れた白黒の少女に、博麗の巫女は先んじてそう声をかけた。
「あなたのことよ。私と友達になりに来たんでしょう?」
「あ、うん、そうなんだけど……え、えと……。私たち、初対面、だよな……?」
「えぇ、そうでしょうね。でもあなたのことはよく聞いているわ。霧雨道具店の一人娘の、霧雨魔理沙ね」
「そうだ、ぜ……。ええと、それでだな、私は」
「悪いけど、あなたと友達になる気はないから」
 博麗の巫女は魔理沙の言葉をぴしゃりと遮る。
「これまで必要がなかったものを、いきなりくれてやると言われたところで、それを素直に受け取るほど私は考えなしではないのよ。あなたが何者かは知らないけど、少なくとも私を付けねらうのは諦めたほうがいいわ。そもそもが最初から私に友達なんて必要ないのだから。今までも、これからもね」
 一方的に話を進められ、魔理沙はしばらくたじたじとして返す言葉を探していたが、やがてぶん、という音と共にその場から姿を消した。


「……おかしいわね」
「……おかしいな」
 教授は今までと同じようにテレビ内の世界をリセットしつつも、私と一緒に首をひねった。
「なぁご主人様、今の霊夢、明らかに前のこと覚えてたぞ。ちゃんと巻き戻してるんだよな? 毎回」
「そのはずなんだけど。でも初対面とは言っていたし……」
 教授はテレビの前にかがみこみ、ボタンを確認する。
「なーその機械バグってるんじゃないのか?」
「失礼ね、私が信頼できる筋から取り寄せたちゃんとした実験装置なんだから」
「うーん……。まぁ、前のループの記憶を引き継ぐなんて、ループ物じゃよくある話だけど」
「初期条件が食い違っていたら試行回数を増やしても使えないデータが増えるだけよ。ちゃんとリセットできてないのかしら、それとも……」
 教授はぶつくさと呟きながらテレビの裏側を調べ始める。画面内では相変わらず博麗霊夢がのほほんと階段に腰を下ろしていた。私はまたコントローラを手に取り、霧雨魔理沙を操作して博麗霊夢に近づく。
「よう、お前が博麗霊夢だな」
 私がマイクに向かってそう言うと、画面内の霊夢はびくりと飛び上がって霧雨魔理沙に向き直った。その顔がみるみるうちに激しい敵意に染まっていく。その歯軋りの音がテレビのスピーカーから聞こえるほどに。
「あ、あの……?」
 霊夢の尋常でない様子に魔理沙が何も反応できないでいると、霊夢は飛び上がって一気に魔理沙への距離を詰め、片手で魔理沙の細い首根を締め上げた。
『こ……殺してやる……っ!』
「うわーっ! ちょっと、ちょっとタンマっ!」
 コントローラのボタンをでたらめに叩いてみるが、魔理沙はじたばたともがくだけで霊夢の拘束からは逃れられない。
『死ね……!』
 そしてお払い棒の先に光が集まり、画面を白く染め上げ──。
「危なっ……!」
 私はコントローラを放り投げて身を乗り出し、テレビの巻き戻しボタンを押した。
 電子音と共に霧雨魔理沙の危機はなかったことになり、ノイズ映像の後にまた穏やかな神社の光景が映し出される。
「何? 何が起こったの?」
 私のただならぬ様子に気づき、テレビの裏側を調べていた教授も顔を上げる。
 私は、はぁ、とため息をついて床に放り捨てたコントローラを拾い上げた。
「なぁご主人様、やっぱりこの機械壊れてるぜ。今私霧雨魔理沙って名乗っただけでこいつに殺されそうになったんだ」
「そんなまさか。何か怒らせるようなことしたんじゃないの? 挑発とか」
「初対面の相手にいきなり首絞められて殺されるような挑発行為があるなら教えて欲しいぜ、全く……。とにかく、この機械が期待通りの動きをしてないのは明らかだ。少なくとも博麗霊夢はバグってる」
「だから言ってるでしょ。プログラムじゃなくてこの世界で生きてる人間を映し出してるだけだから、バグとかそういうのはないのよ。この機械には」
「じゃぁもっと深刻な何かだぜ。ったく、実験に使うんだったら、信頼の置ける器具でないと」
 教授はしばらくうーんと口に手を当てて考え込んでいたが、やがて
「ま、期待通りの挙動をしていないのは確かだし、今日のところは仕方がないわね」
 と肩を竦めた。
「修理に出すにしても、どのくらい経費がかかるのかもわからないし、何分珍しい機械だから色々と難しいのよね……」
 教授はそうぼやきながら自分の机に山積みになった書類をがさがさと漁る。
「確か取説がここらへんに……」
 一体教授がどういう経緯でこの機械を手に入れ、どんな業者に直してもらうつもりなのかはわからないが、とりあえずこれで私は解放されるらしい。
 まぁ、あのまま実験を続けても更に挙動がおかしくなるだけのような気はしたし、そうでなくともこの霊夢ちゃんと友達になる方法は発見できそうになかった。教授が諦めてくれたのなら、これ以上無駄な努力をしないですんだだけよかったのかもしれない。
 私は何気なくコントローラを手に取り、霧雨魔理沙を出現させた。博麗霊夢の前に歩み寄ると、霊夢は顔を上げて
『……誰? 見ない顔ね』
 と気のない声で話しかけてくる。相変わらず愛想と言うものを知らない少女だ。私はなんだか投げやりな気持ちになって、
「私は霧雨魔理沙だ。私と友達になってくれないか?」
 とマイクに吹き込んだ。
 画面内の霧雨魔理沙が私の言葉を霊夢に伝える。霊夢はしばらくの間表情を変えずに魔理沙の方をじっと見つめていたが、やがて
『いいわよ』
 何でもないことのようにそう言った。
「……え?」
『だから、私と友達になりたいんでしょう? じゃぁ友達になってあげる、って言ってるの』
 全く予想していなかった展開に、魔理沙の操作の手が止まる。教授もこちらの様子に気づいたらしく、何だ何だと書類を投げ置いてテレビの前へやってきた。
「あ、あのー……」
『そうね、とりあえず今週末にまたここで宴会があるから、まずはそこにいらっしゃい。あ、あなたお酒飲める? お酒飲めないとこの神社の宴会はついていけないかもね。ま、そういう私もまだ飲めないんだけど』
「ええと、霊夢さん? ちょっといいか?」
『何よ、宴会は嫌い?』
「そうじゃなくてだな。私とお前は初対面だよな?」
『そうね』
「なのにいきなり友達になっていいのか?」
『いいのかって、あんた……』
 何を言っているんだこいつは、という目で霊夢は魔理沙を見る。二人の間に一瞬の沈黙が流れた後、霊夢は私も教授も予想していなかった言葉を言い放った。
『そういう妖怪なんでしょ? 魔理沙っていうのは』
「……はぁ? 妖怪?」
『そう。種族の名前はよくわからないけど、妖怪友達探し、って私たちはあなたのことを呼んでいるわ』
 私と教授はぽかんとして顔を見合わせる。
「ちょ、ちょっと待て。どういうことだよ。私たちって、誰のことだ?」
『歴代の博麗の巫女よ。あなた、博麗の巫女が代替わりして少し経つと、必ず私たちの前に現れてこう言ったそうじゃない。私と友達になってくれ、って。私も先代からその話を聞いて、まさかそんな変な妖怪がいるなんて、とは思っていたけど、でも本当にいたのね。で、本当はあなた、どういう由来の妖怪なの? やっぱり友達がいなくて不幸に死んだ子の怨念の集まりとか? そうそう、阿求って子が興味津々だったわよ、あなたの話を聞かせたら』
「おいおい、私は人間……」
 反論しようとした私の口を、教授の手がふさいだ。見ると、教授はいつの間にか手に古びた小冊子を持っており、そのうちの一頁を開いて私に差し出した。どうやらそれはこのテレビの説明書らしく、教授が私に見せたのはテレビの各部の意味が書かれた項だった。教授はその項のボタンの図と実際のテレビを交互に指差す。
 ……あぁ、なるほど。
 説明書では、「巻き戻し」ボタンは右から二番目のボタンということになっている。あまりに古くてラベルが全部剥がれ落ちて、それを誰かが張りなおしたときに、巻き戻しのラベルを間違えて貼ったんだ。この説明書によれば、一番右端の「次へ進む」のボタンの上に。
 次。……この場合は、次の博麗霊夢に進む、ってことだったのか。
「……ってことは何か、今までの博麗霊夢は全部別人だったってことか?」
『当たり前じゃない、あなたが出没するタイミングは何十年かに一度しかなかったんだから。あとあなた、ずっと名前を間違えていたけど、本当は私たちみんなちゃんと個別の名前があったんだからね。私は何代か前の巫女と同じ、霊夢って名前を貰ってるけど』
「あー……だとしたら、お前らよく似てるな」
『もしかして本当に同じ人間だと思っていたの? 服とリボンが同じだからかしら……。そもそも、人間は妖怪よりずっと短命だって、あなた知らなかったの?』
「いや、まぁそれはいいんだ。すまん。ええと、そして。毎回出没しては友達になるよう要求する私は、そういう妖怪だと思われていて……」
『そうね。で、断るといきなりその場から姿を消す、何をしたいのかよくわからない妖怪だって。色々と話は伝わっているわよ。先代なんか酷かったでしょ。よく退治されなかったわね、あなた。ちょうどあの人が子供の頃は、人間と妖怪の争いが激化していて、あの人はあらゆる妖怪に対して偏執的なほどに敵意を抱いていたから』
「はぁ。それは何か……申し訳ない」
 人間である私が謝るのはおかしいが。まぁここは深く突っ込む必要はあるまい。
 ……ん? 待てよ。考えてみれば、あの巫女の行動はそんなに変なものじゃない。だって、博麗の巫女はこの世界じゃ妖怪退治の専門家なんだ。私のことを妖怪だと思っていたのなら、私を退治しようとするのはごく自然な行動だ。寧ろ……。
「……なぁ、それはわかったけど、じゃぁ何でお前は私と友達になるだなんて言うんだよ。私、妖怪なんだろ?」
『あなたがもし幽霊か何かの類なら、そう言ってやれば成仏するのかなって。まぁ違ったみたいだけど』
 なんだ、結局退治しようとしていたんじゃないか。
『それに、先代の頃ならともかく、今はそういうんじゃないのよ、私って。博麗の巫女の立場も時代と共に移り変わるというか。なーんか、私の代になってから、この神社に妖怪が寄り付くようになってね。いろんなルールが整備されたことも大きいんだけど、妖怪の間で博麗神社はたまり場みたいな扱いになっちゃったのよ。おかげで参拝客はぱったりだし、賽銭もなくて神社の財政が未だかつてない危機的状況に陥ってるの。はぁ……。ま、今更私がどう動いたところで、そうなっちゃったものは仕方がないしね。そこにあんたみたいな妖怪が一人増えたところで、プラスにもマイナスにもならないし、そこはいいかなって』
「はぁ……。なんていうか、感想なんだけど」
『ん? 何?』
 私はちらりと隣の教授を一瞥して言う。
「天才はやっぱり変人なんだなって」
『そういう時代だっていうだけよ』
 霊夢は飄々とそう言ってくるくるとお払い棒を指先で回転させた。


 じゃぁとりあえず週末に、と適当に話を合わせておいて、私はテレビの電源を切った。電源を切った後あの世界がどうなるのか、私が干渉した結果生み出された霧雨魔理沙という人物がどこかに残るのか、それは教授に聞いてもよくわからなかった。教授曰く、見ようと思えばあの後の霧雨魔理沙と博麗霊夢の関係にチャンネルを合わせることもできるが、それは私たちが干渉した結果の世界にチャンネルを合わせたからであって、その内容そのものがこの世界のどこかに記録として残っているというわけではないらしい。
 結局この実験結果は教授のお気に召すものではなかったらしく、特にレポートの作成などの話も振られなかった。ただの動作確認だったから、と教授は言っていたが、それにしては妙に具体的な指示だった。教授がこの実験に全く私情を挟んでいなかったとは思わないが、この人はそういう細かい機微を表に出すような人間ではない。
 ……そういえば、と私は帰り支度の手を止め、電源を切られたあのテレビを見やった。
 二人目以降の巫女は先代から霧雨魔理沙の話を聞いていたため、魔理沙のことを妖怪だと判じたのだろうが、よく考えたら最初の一人はその情報を持っていなかったことになる。つまり、最初の彼女だけは霧雨魔理沙のことを最初から最後まで人間だと思っていたはずなのだ。教授が期待した、天才と友達になる方法を唯一まっとうに検証できていたはずなのが、あの素っ気無い少女との会話だったのだ。
 まぁ、それであの不躾で不遜な態度だったのだから、結局実験は失敗に終わったと言っていいだろう。天才が、というより、あの博麗霊夢という人物と親しくできる者など、それこそ妖怪を除いてはいないのかもしれない。


   ◆


 妖怪退治の巫女とはよく言ったもので、結局のところ私という人間に期待されていた価値は、先代から受け継がれたその技術と、そして仮に妖怪の手にかかったとしても悲しむ者がいないという事実、その二点に尽きる。
 この郷には妖怪が流れ着く。ずっと昔からそうだった。妖怪は人を食らい、人は発展を続けて妖怪を闇の中へと追いやる。その矢面に立つ者として、博麗の巫女という仕組みは自然と出来上がっていったのだろう。妖怪とは危険な存在だ。人間に害をなす存在だ。私の数少ない知人も、何人かは妖怪の被害に遭っている。中には命を落とした者もいた。そしてその度に、先代は悲しむ私の耳元で繰り返すのだ。人に仇なす妖怪を、隠滅せねばならないと。妖怪を打ち破る私たち博麗の巫女は、誰よりも強く気丈夫で、孤高の存在でなければならないと。
 だから、私の周囲に人間がいないのは、ごく自然なことであると。
「まず……私が誰だか知っていて言っているの?」
「あ、あぁ。この神社の巫女さんだろ。名前は、ええと」
 ――だから、この目の前のマリサと名乗る少女は、奇妙と言う点ではまるで妖怪のような人間だった。何しろ、他でもないこの私と友達になろうというのだから。
「で、その“普通の”魔法使いさんと、この郷を守る役目を背負った博麗の巫女が、どうして友達にならないといけないの?」
「どうしてって、ええと……そう、私の回りにあんまり年の近いやつがいなくてさ。いつも親父に店を手伝わされてて寺子屋にも通ってないし、それで最近、妖怪退治をやってるってお前の話を聞いて、よし一つ友達になってやるかって、そう思ってやって来た次第なんだぜ」
 彼女が言っている理屈は、恐らく人の子と人の子の間では全く自然に聞こえる言葉なのだろう。人と人は、きっとそうやって友達になるんだ。それだけの理由で私に近づくことが、私には異様に思えて仕方がないのに。そう思うと言うことは即ち私は人の輪の外側にいる存在であるということで、それを自覚した途端に私の胸を見えない何かがかきむしる。
「悪いけど、私はこの郷を守る仕事があるの」
 私の言葉に、マリサは困ったような顔をする。
「今まさに異変が起きるかもしれない、いつ妖怪が襲ってくるかもしれないのよ。あなたみたいに暢気に遊びまわってなんかいられないわ。大体私と遊んでもつまらないでしょうし。他に気の合う子はいっぱいいるわよ。同じレベルのね」
 私は努めて突き放したようにそう言うと、体の向きを変えて彼女から視線を逸らした。
 ……いくら私でも、今の言葉はさすがに棘が強すぎたかもしれない。背後でマリサがたじろぐ気配が伝わってくる。しかし実際、私の近くに彼女のような力ない少女がうろついては、妖怪のいい的だし……。対処としては間違っていないはずだ。
 そう自分に言い聞かせはするが、胸の中のざわつきは大きくなるだけだ。ならどうすればいいのだ? 私と同じくらい幼く、しかし恐らく私のような能力を持たない“普通の”少女が、私と……。
 私と、友達になるなんて。
「で、でも」
 口をついて言葉が出る。
「話相手くらいになら、……」
 そう言って振り返ろうとしたとき、
 ぶん、
 という音が背後で聞こえた。
 私が振り返ったときには、マリサはもうどこにもいなかった。
初めまして。銘宮と申します。
岡崎教授とちゆりのお話です。
銘宮
http://www.nicovideo.jp/user/20481638
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コメント



0.320簡易評価
1.30名前が無い程度の能力削除
どうでもいいことばかり細かいくせに全体的に雑な感じでした。
おそらく作品の内容じゃなくて作者のアウトプットの問題かと。
2.40名前が無い程度の能力削除
キャラの表現がよく伝わってきました
今後も頑張ってください
3.60名前が無い程度の能力削除
設定とか試みは面白そうですがちょっとあっさりな気もしました
今後に期待します
6.90名前が無い程度の能力削除
旧作と繋げる際の発想が面白かった
初代の霊夢がこの後にどう思っていたのか想像力を掻き立てられる
7.80名前が無い程度の能力削除
設定が面白かったです。
8.60完熟オレンジ削除
なかなか面白い設定とオチだっただけに、もう一捻り欲しかったです。
10.80名前が無い程度の能力削除
作品としては好きです、夢美教授の唯我独尊っぷりや、ちゆりの常識人っぷり
歴代博麗の巫女の反応の違いから先代からどんな風に伝わってたのか気になります

ただ、最初の博麗の巫女が教授とちゆりの戯れでああいう感情を自覚させられ、
ああして置いて行かれたことの残酷さを思うと怒りがちょっと沸いてきます

個人的には教授とちゆりの話じゃなくて博麗の巫女の話だったと思いました
12.100名前が無い程度の能力削除
東方はWin版からなので、それ以前のキャラや設定などはWikiや二次創作でしか見知らず、さらに朧気にしか覚えていない部分が多いのですが、なるほど彼女達の出会いの“可能性の一つ”はこうして出来たのか! などと久し振りに胸を高鳴らされました。
教授の説明も頭に入り易く、会話の調子や継がれていく台詞もすいすいと読み進めることができ、とても楽しめました。
現代から俯瞰するように紡がれる物語の終着点がどうなるのか、わくわくが止まりません。
文字の方での(もちろん他の分野でも)活動、心待ちにしております。
楽しい時間を堪能させて頂き感謝!
15.100名前が無い程度の能力削除
せつねぇ……