節分も過ぎた冬の日。
ルーミアは寒さに震えながら博麗神社に来ていた。
こんな日は、神社のこたつでぬくぬくしているに限る。
「霊夢の家って、お昼がパンじゃないから助かる」
「パン? あぁ。2月だから?」
「この時期、誰の家に行っても食パンばっかりなんだもん」
「そこまでしてお皿が欲しいかしらねぇ」
霊夢が言いながらため息をつく。
毎年2月から始まるパンを食べてシールを集め、お皿をもらうお祭り。
幻想郷でも多くの人間や妖怪が参加する。
そのせいでこの時期はどこでもパンばっかりなのだ。
数少ない例外がこの博麗神社で、今日もこたつに入って鍋焼きうどんを食べた。
そのおかげで、今は外の寒さなんかすっかり忘れてしまっている。
「ふわーぁ。やっぱり冬はこたつで何もしないに限るわねぇ」
食器を片づけた霊夢が耳かきをしながら、とろけたような声で言う。
耳かきって不思議だと思う。
他人がやっているのを見ると、自分もしたくなる。
ついさっきまでぜんぜん耳なんて気にならなかったのに、今はすこしかゆい気がしてくるし。
「わたしにもやってー」
トテトテと歩いて霊夢の足に頭をのっける。
耳かきしやすいように、横向きになって髪をすこしどかすことも忘れない。
本人に言ったら怒るかもしれないけれども、霊夢の足は柔らかくて気持ちいい。
それに、
「霊夢、ぽっぱぽかだねー」
「ぷっ! ルーミア、なんだって?」
ぽっかぽかって言おうとしたら噛んだ。
霊夢の体が震えて、くすくす笑っているのがわかる。
ちょっと噛んだくらいで、そんなに笑うことないのに。
「笑ってないで、耳かきわたしにもしてよー」
「だってルーミア、ぽっぱぽぱが言え」
「あ! 霊夢も噛んだ!」
「噛んでない! ちゃんと『ぽ・っ・か・ぽ・か』って言った! 文句言うのはこの口かしら?」
霊夢がわたしの頬を引っ張ったり突いたりしながら言い訳をする。
でも、
「霊夢、絶対ぽっぱぽっぱだったもん」
「あんたの方が言えてないじゃない。ぽっぱぽっぱって何よ」
「霊夢の真似をしただけだもん」
「ルーミア、この状況でよくそんなこと言えるわね」
霊夢の声が少し低くなる。
それと同時に、耳かきを持っていなかった右手で、ぎゅっと抱きしめられた。
いや、たぶん違う。
捕獲されたというのが正しい気がする。
「霊夢?」
「ルーミアさっき耳かきして欲しいって言ったわよね? 今からちゃんとやってあげるわ」
「ひゃんっ!」
耳かきの反対側についてる梵天で、霊夢に首をくすぐられた。
「霊夢、それ耳かきじゃない!」
「えー、なんのことかしら。ちゃんと耳かき使ってるわよ」
「ぜ、絶対違うって!」
「よくわかんないなぁー」
ものすごい棒読みをしながら、何回もフサフサの梵天で首すじをなでられる。
それがくすぐったいような、むずかゆいような感覚で、思わず足をバタバタさせてしまう。
「ちゃんと耳そうじしてよー! これじゃ、耳かき使ってくすぐってるだけだもん!」
「わかったわ! ちゃんと耳そうじすればいいのね!」
うんうんと大きくうなずいて耳かきを持ち直す霊夢。
今度こそちゃんとした向きで耳かきを近づけて、
「ふーっ」
「うひゃあ!」
今度は耳に行きを吹きかけられた。
「だから、それも耳そうじじゃないってばぁ!」
さっきの恨みか、まだ耳そうじをする気のない霊夢に梵天で耳をいたずらされる。
必死に足をバタバタしても霊夢の右手でおさえられているので、膝まくらをされた状態から逃げられない。
「あんまりバタバタしてると、下着が見えるわよ」
霊夢が楽しそうにいう。
涙目になってきた視界で霊夢の顔を見ると、紅茶に毒を混ぜるときの従者のように楽しそうな顔をしていた。
「ここは博麗神社なんだから、あんたをどう扱うかは全部わたし次第ってこと、忘れちゃだめよ」
「ぶー、霊夢の意地悪」
「なに? まだくすぐられたいの?」
「嫌! 嘘です、嘘です。ごめんなさい」
「最初からおとなしくしてればいいのに。危ないからあんまり動かないようにね」
ようやく霊夢が耳そうじを始めてくれる。
霊夢の耳かきは、ぜんぜん痛くなくて気持ちいい。
耳かきの気持ちよさ、それに霊夢の暖かさと、お昼を食べた満足感で頭がだんだんぼんやりしてくる。
「反対側むいて」
「ふぁーい」
半分寝てしまった状態で、何とか反対側の耳を出す。
そのあとのことは、すっかり夢の中だった。
☆☆☆
「霊夢ー! いないの?」
まどろみの中に声が響く。
霊夢ならいるはずなんだけど。
目をこすりながら起きあがると、頭の位置には座布団が置いてあった。
「霊夢は……。あ、パチュリーが来てたんだ」
霊夢はパチュリーと一緒に大きな泡の中で眠っていた。
2人して小さな寝息を立ててしまっているので、起きそうにない。
仕方ないので、霊夢のかわりにお客さんを迎えに行く。
縁側は冷たい風が吹き抜けて寒い。
廊下を歩いているだけで、足から冷気が体に染み込んでくる。
「霊夢は?」
玄関まで行くと、来ていたのはアリスだった。
ピンク色のマフラーをしているけれど、それでも寒そうに見える。
「霊夢はいるけど、今は寝てるよ。あがってく?」
「お邪魔してもいい?」
「大丈夫だよ」
どうせみんな勝手に入ってくるし。
博麗神社では、アリスのような入り方をしてくる方が少数派だ。
アリスには先にこたつのある部屋に行ってもらって、お茶の用意をする。
好みは紅茶らしいけれど、個人的に飲みたいのが緑茶だったので、緑茶を用意した。
こたつにはやっぱり緑茶だと思う。
「アリスは牛乳あった方がいいんだっけ?」
「できれば砂糖も」
「両方とも持ってくるね」
一回台所まで戻って、他に出すものがないか確認する。
次にこたつに入ったら、外にはでたくない。
「牛乳と砂糖もってきたよ」
「ありがとう、ルーミア」
アリスがこたつから手を出して頭をなでてくれる。
凄く嬉しいんだけれども、お茶を用意しただけでなでられるのは、少し恥ずかしい。
「それで、この2人は?」
お茶を一口飲んで、アリスが大きな泡を見上げる。
その中には、霊夢とパチュリー。
「最近の霊夢のお気に入りみたい。泡の中でゆっくりするの」
「お気に入り? あれ、パチュリーのスペルカードよね?」
「詳しいことは知らないけど、静かでふわふわしてて、気持ちいいって言ってた」
霊夢はこたつ好きだけど、最近は泡の中にも浮気してる。
もっとも、こたつか泡の中かの二択だったら、絶対にこたつを選ぶって言ってたけど。
やっぱりこたつは偉大だ。
「パチュリーもいつも一緒に泡の中なの?」
「普段は霊夢一人のときの方が多いよ。狭いらしいし」
「確かに狭そうね」
眠っている2人の体は、長い髪がところどころで混ざり合うほどぴったりとくっついていた。
本を抱いたまま寝ているパチュリーにいたっては、完全に霊夢に体をあずけてしまっている。
「いいなぁ……」
ポツンと小声でアリスが言った。
「何が?」
「あっ、えーっと、あの2人、絵になってるなぁって」
ちょっとあわてた声でアリスが話す。
「絵になってるの?」
「うん。きれいだし。ちょっと、ほんとうに少しだけうらやましいって思うかも」
「わたしはこたつの方がいいなぁ。泡の中って、閉じ込められてるみたいだし」
パチュリーに閉じ込められたら、逃げられる気がしない。
霊夢だったら、どうにかしちゃいそうだけど。
なんで霊夢なんてただの人間なのに、こんなに恐ろしいんだろう。
お茶を飲みながら考えるけど、ぜんぜんわかんない。
「霊夢も大人しくしてればいいのになぁ」
「ルーミア、霊夢に何かされたの?」
「お昼食べた後に、押さえつけられて、泣くまで苛められた」
あんなにくすぐることないのに。
寝る前のことを思い出して、ぷくっと頬をふくらませていると、アリスが不思議そうに目をパチパチさせていた。
その後、何回もわたしと泡の中を見比べている。
わたし、何かへんなこと言っただろうか?
恨み半分に霊夢のことを話しただけなのに。
「そういえばアリス、何か用事があって来たんじゃないの?」
「あ、そうそう。ちょっと待って」
凍ってしまったように何も話さないアリスに尋ねると、ごそごそと何かを取り出す。
「抹茶を使ったチョコレート菓子なんだけれど、どっちが好みかなって思って」
出てきたのは、小さめのシフォンケーキが2つ。
抹茶を使っているので、色が若草のような緑色をしている。
「これ、バレンタイン用?」
「その試作かな。あんまりみんなには言わないで欲しいんだけど」
「試作だったら、咲夜とかに聞いた方がいいんじゃない? お菓子つくりも得意だし」
「うん……。そうなんだけれど、和食が好きな人の意見を聞きたいなぁって思って」
「じゃあ、霊夢が起きるのをまった方がいいかな?」
「ううん。食べていいわよ。多めに作ってきてるし」
アリスがこたつから出ると、お皿をもってきてケーキをのせてくれる。
フォークを受け取って、2種類のケーキを食べてみたら、どちらも素直に美味しかった。
甘いけれどもしつこくないし、抹茶とチョコレートも風味もよくあっている。
どってが美味しいかなんて、好みの問題程度だと思う。
「わたしはこっちの方が好きかなぁ」
「ルーミアはこっちなんだ」
「こっちの方が甘いから」
「もう1つの方は甘さ控えめなのよ」
「やっぱり、霊夢の意見も聞いた方がいいかも。わたしも和食は好きだけど、和食党ってわけじゃないし」
「ルーミアは食べられれば何でも好きだもんね」
「うー、否定できないところがくやしい」
楽しそうに言うアリスに返す言葉もない。
和食でも洋食でも美味しいのだ。
そんなことを言うとただの食いしん坊って言われちゃうんだけど、その自覚もしている。
「アリスって、チョコレートあげたい人が和食好きなの?」
「え!? うーん、たぶん和食好き……、かな」
ふと思っていたことを聞くと、アリスは妙に歯切れ悪く言った。
急に耳のあたりも赤くなっている。
なんだかその様子がおかしくて、アリスに近づいてピトッと額に手を当ててみた。
「何?」
「アリス、人間の霊夢よりあったかい」
妖怪は人間より体温低いはずなのに。
「それは……、ずっとこたつに入ってたから……」
「たしかに、こたつにずっと入ってるとぽかぽかしてくるもんねー。ちょっと出た方がいいかも」
「うん、そうする」
アリスはこたつから出ると、その前に正座する。
ちょっとずつ赤みが引いてくるアリスの様子を見ながら、ふと思った。
「アリス、ぽ・っ・か・ぽ・かって言える?」
「え? ぽっぱぽぱ? あ!」
「やっぱりアリスも噛んだ!」
「うー、噛んでないわよ! ぽっかぽぱ、ぽっぱぽか、ぽっぱぽぱ、ぽっぱぽっぱ」
「アリス、ぜんぜん言えてないー」
必死に「ぽっぱぽか」と言おうとするけど、なかなか上手く言うことができない。
「ぽっぱぱぱ、ぱっぽぱぽ」
もはやぽっかぽかの原型も留めなくなってきている。
真っ赤になりながら言おうとするアリスは、直接見なくてもわかるくらいぽっぱぽぱになっていた。
☆☆☆
夕飯は4人で湯豆腐だった。
霊夢とパチュリーの2人が起きてからアリスのケーキを食べてしまったので、軽く済ませようという雰囲気になったのだ。
ちなみに霊夢のケーキの好みも甘い方だった。
その後アリスが霊夢とパチュリーに散々からかわれたんだけど、わたしは知らんぷりだった。
誰が好きとかって、あんまりよくわからないし。
「ルーミアー、運ぶの手伝ってー」
「わかったー」
台所から霊夢に呼ばれて、寒い廊下を歩いて行く。
「鍋は持ってくから、こっちのお皿持ってって」
「あれ? 夕飯軽く済ませるんじゃないの?」
「だって、タラの芽とふきのとうの天ぷら、早く食べたかったんだもん。って! つまみ食いするな!」
揚げたての天ぷらをつまみ食いをしたくなるのはしょうがない。
それに、
「霊夢、口のまわり、油で光ってる」
「…………。さっさと持ってって、食べるわよ」
「はーい」
久しぶりに霊夢を言い負かしたことに満足して、天ぷらをもってこたつのある部屋に向かう。
「もうタラの芽なんか出たのね」
「やっぱり暦では春だからね」
アリスと霊夢のそんな会話で夕食が始まる。
霊夢の家での夕飯はいつもにぎやかで楽しい。
「パチュリー、ふきのとうは?」
「苦いから苦手」
「ふきみそにしてもダメなの?」
「春の味覚はタラの芽だけで十分よ」
「ふきのとうも美味しいと思うけどねー」
パチュリーは癖のある料理は嫌いらしくて、春の味覚は食べられないものが多い。
ふきのとう、セリ、ウドも食べられない。
タラの芽だけは好きなので、いつも一番食べてる印象があるけど。
「ねぇ、パチュリーぽ・っ・か・ぽ・かって言える?」
そういえば、パチュリーには聞いてないなぁと思って、聞いてみた。
「ぽっかぽか?」
「パチュリーは普通に言えるんだ。他の2人は噛んだのに」
「ルーミアは?」
「わたしも苦手で、ゆっくり言わないと噛んじゃう。でも、アリスの方が酷かったよ?」
「そうだったんだ」
パチュリーがニヤニヤとしながらアリスに視線を向ける。
それにつられてわたしと霊夢も、アリスを見る。
「え、なに? みんな」
全員に見られて左手に茶碗、右手に箸を持ったまんまアリスが固まる。
「アリス、ぽっかぽか」
パチュリーが意地の悪い声で言う。
「ぽ・っ・か・ぽ・かだよ、アリス! ぽっぱぽぱじゃなくて」
追撃をして、アリスの逃げ道をふさいでおく。
「さ、アリス!」
「ぽ、ぽっぱぽ……。言えないの認めるから、勘弁して……」
やっぱり噛んで、アリスががっくりとうなだれる。
普段は凛として澄ましてる印象なんだけど、この神社にいるときは、みんなにからかわれてる時の方が多い気がする。
「大丈夫だよ、アリス。霊夢もぽっぱぽぱになってたから」
「ルーミア、また耳かきして泣かせてあげようか?」
「それだけは嫌!」
霊夢に凄まれて、こたつの中で後ずさる。
もうお昼ご飯の後の耳かきは思い出したくない。
「霊夢……、あなたいったいわたしが来る前、何をしてたの?」
「ちょ、ちょっとパチュリー、何か勘違いしてない?」
「わたしが来たとき、ルーミアに膝まくらしてたし。いろいろ聞きたいことがあるんだけど」
「アリス、パチュリーどうしたの?」
なぜか突然霊夢を問い詰めはじめたパチュリー。
よくわからないのでアリスに尋ねてみる。
「ちょっと嫉妬してるだけよ」
「しっと?」
「ルーミアは気にしなくていいことよ。パチュリーがわがままというか、独占欲が強いだけというか」
「じゃあ、美味しくご飯食べてればいいの?」
「それで大丈夫よ」
アリスに言われて、安心してご飯を食べる。
さっきから、天ぷらの話ばっかりだけど、湯豆腐もおいしい。
4人でいろんなことをおしゃべりしながら、美味しいものを食べていくと、あっという間に時間がすぎていく。
「ごちそうさまでした」
みんなで夕飯を食べ終わって食器を台所に運んでから、こたつでぬくぬくするためにみかんを持ってくる。
その途中、縁側を歩いていると雪がちらついていることに気付いた。
今日の夕飯では春の味覚を食べたけれども、まだまだ冬が続くようだ。
「どうも冷えると思ったら、雪が降ってたのね」
真っ暗な空から雪が舞い落ちてくるのを見ていると、お茶を持った霊夢が現れる。
「ずっとこたつにいたから、あんまり寒いとは思わなかったけどね」
「明日は別にこたつに入ってなくても暖かいと助かるんだけどなぁ」
「でも、寒い方がこたつのありがたさがわかっていい気もするけどね。今日みたいに」
「今日みたいにぽっかぽかな日だったらね」
霊夢がやけにゆっくりと「ぽっかぽか」と言う。
「霊夢?」
「わたしはちゃんとぽっかぽかを言えるからね」
「どうだ」という顔をして、霊夢はコタツのある部屋に戻っていく。
ぽっかぽかと言えないと思われたことがよっぽど悔しかったらしい。
「早くしないとお茶が冷めるわよー」
こたつの部屋に入るときに霊夢に言われて、まだ手にみかんを持ったままだったことを思い出す。
やっぱり今日は寒かったらしくて、ちょっと縁側にいただけなのに大分冷えてきた気がする。
早くこたつの部屋に戻らないと冷え切ってしまいそうだ。
「すぐに行くから閉めないで!」
大声で言ってから裸足でこたつの部屋に急ぐ。
こたつとみかん、お茶があれば話が途切れることはない。
ぽっぱぽぱな博麗神社の1日は、もう少し続きそうだ。
ルーミアが泡の中に閉じ込められたり、アリスが「ぽっかぽか」と言わされたり。
夜遅くまで博麗神社から少女たちの楽しげな話し声が響くのだった。